東京娘。

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1だれか
小説です。dat逝きくらったのであげなおします。

過去作です
二分間娘。
http://www.musume2ch.f2s.com/up/files/241.htm
四〇九号室の娘。
http://www.musume2ch.f2s.com/up/files/213.htm
おとまり
http://www.musume2ch.f2s.com/up/files/195.htm
2だれか:2001/08/05(日) 15:33 ID:0JybIKh.
 午後11時。バイト帰りの私は横断歩道で信号が青になるのを待っていた。ふと見
上げた東京の空は狭い。そのくせスモッグは、街の突き刺すようなネオンを反射し
て不気味に明るくって……。
 信号が青になったのに気づかず少しだけ出遅れた。途端に背中にドンッと誰かの
体がぶつかる。振り向くといぶかしげな表情のサラリーマンが私に一瞥をくれて通
り過ぎた。
 いつもどおりの夜だった。私は一つため息をついて歩き出す。
 その時、雑踏に混じった違和感。
 ふと――。
 声が聞こえた気がした。いや、声というよりすでに悲鳴に近いような……。
(気のせいか……)
 私がそう思い直し、再び歩き出したその時、
 ――誰か。
 確かにそう聞こえた。どこから聞こえたのか、と周りを見回すが何も変わった様
子はない、道行く人達もその声に気づいた様子はなさそうだったが、私はなんとな
く胸騒ぎがして、人波を掻き分けながら声が聞こえた方へと向かった。
 迷いは不思議となかった。人ごみを抜けて、目についた路地へ入る。私がそこで
辺りを見回すと、道の端の植え込みの影に一人の少女が倒れていた。
3だれか:2001/08/05(日) 15:34 ID:0JybIKh.

 彼女は自分の力で立てるような状態ではなく、私が肩を支えて近くの公園まで連
れて行きベンチに座らせた。私は彼女の隣に腰掛け、声を掛けることもせずにじっ
と行き過ぎる人達を見ていた。
「あ……りがとう……ございました」
 彼女がうつむいたままやっとそう言ったのはもう時計が12時を回ろうとする頃。
「あ……あぁ。うん」
 私がなんとなく気恥ずかしくてそう答えると、また雑踏の喧騒が二人を包む、し
ばらくの間があった後、さすがにこのままじゃいけないと思い、私は彼女に話し掛
ける事にした。
「私は圭、保田圭っていうんだ。あんたは?」
 突然話し掛けられた彼女は驚いたように顔を上げた、その顔色は決してよいとは
言えなかったが、小さく微笑むと軽く頭を下げて、
「石川……梨華といいます」
 遠慮がちにそう言った。
 それが彼女、梨華との出会いだった。
4だれか:2001/08/05(日) 15:36 ID:0JybIKh.

 池袋の朝は、夜の空気を引きずりながら始まり、駅がスーツ姿の男達を吐き出す
事で動き出す。それが一段落つき、太陽がビル上からやっと見えようとする頃には、
色とりどりの服で着飾った娘達、親子連れ、老人、外国人など様々な人間が街を染
め始める。
「圭ちゃん、おはよ」
「おはよう。石川」
 あの日と同じ公園で二人は今日も落ち合う。二人はこの一週間、一日をこの公園
でぼんやりと過ごしていた。あれから梨華は圭のことを「圭ちゃん」と呼ぶ様には
なったが、相変わらず梨華はあの日の事は話さず、圭もあえて聞こうとはしなかっ
た。
5だれか:2001/08/05(日) 15:38 ID:0JybIKh.

 二人で並んでベンチに座った後、しばらくして圭は公園の端で高々と水を噴き上
げる噴水を横目で見やりながら、なんとなく梨華に尋ねた。
「ねぇ、石川」
「?」
 梨華は首を捻りながら圭の顔を見つめる。
「石川って確か高校生だよね。学校、行かなくていいの?」
 なんとなくかけた質問に梨華は表情を曇らせた。
「いや、別に答えたくないならいいんだけどさ」
「ううん、いいんだけど……」
 梨華は少しうつむいて顔を隠すと静かに話し出した。
「私、いじめられてたんだ」
「いじめ?」
「うん、だから今は学校行ってない」
「そっか、ごめんね。余計な事聞いちゃって」
 圭がそういって梨華の肩に手を置いた時、公園の横をサイレンを鳴らしながらパ
トカーが通り過ぎた。圭がなんとなくその走り姿を目で追っていると、梨華がつぶ
やいた。
「最近……多いね、パトカー」
 言われてみればそんな気がする、ニュースや新聞のたぐいを見ない圭にはよく分
からないが、何か事件でもあったのだろうか。
「そうだねぇ……。それより石川、お腹すかない? ちょっと私マックでなんか買っ
てくるよ。何にする?」
「私、あんまりお腹空いてないからシェイクだけでいいよ」
「OK、じゃ、行ってくるよ」
「うん、ありがとう」
 圭はそれに手をあげて答えた。
6だれか:2001/08/05(日) 15:39 ID:0JybIKh.

 二人のいた西口公園から、劇場通りを挟んだ向かいにあるマクドナルド。圭はそ
こで遅い朝食を買った後、歩道で車の流れが途切れるのを待っていた。しばらくし
て車の列が途切れ、圭が道路を渡ろうと足を踏み出すと、圭の立っていた場所のす
ぐ近くの角から女が一人飛び出してきた。小柄な背丈に金髪、派手なメイク、いわ
るギャル系ってやつだ、どちらかというと圭にとっては苦手な人種と言えた。女は
立ち止まり息を切らせながら辺りを見回している、するとその様子を何事かと眺め
ていた圭とふと目が合い、圭は女のただならぬ気配に思わず目を逸らした。
7だれか:2001/08/05(日) 15:42 ID:0JybIKh.

「ちょ、ちょっと待って!」
 女はそう呼び止めると、圭の元まで走りよった。
「ご、ごめん。はぁ……、お、お願いがあるんだけどぉ……」
 突然話しかけられて、圭は突然の事に少し戸惑いながら答えた。
「なに?」
「こ……これ……」
 そう言って彼女は圭に小さな紙袋を手渡す。
「これ、預かってくれないかなぁ〜?」
「何これ?」
 女はそう尋ねる圭にうなづきながらもしきりに辺りを見回している。
「ごめん、今は説明してる時間がないんだ。お願い、預かっててもらえる?」
 そう懇願する彼女の目は必死だ。圭は仕方なくうなづき「分かった」と彼女に言った。
8だれか:2001/08/05(日) 15:44 ID:0JybIKh.
「……で、これはどうすればいいの?」
「あぁそうか。……じゃあさ、今日の夜10時にそこに来てもらえる?」
 そう言って彼女は公園を指差す、圭は軽くうなづいた。
「ありがと。じゃあ、私行くね。あ、そう言えば名前聞いてなかったな。私は真里っ
ていうんだ」
「名前? 圭だよ」
「圭ちゃんね。じゃ、また後で……」
 そう言って手を振りながら真里は走り去り、やがて交差点の影に消えた。圭はそ
れを見届け一つ溜息をつくと、真里に手渡された紙袋を見つめた。
「何だろ……これ」
9だれか:2001/08/05(日) 15:45 ID:0JybIKh.

 圭が公園に戻ると、梨華の回りに二人の男連れがいて何やら彼女に話し掛けてい
た。明らかにナンパ目的の男達に軽い怒りを覚える圭。しかし当の梨華と言えばそ
んな男達に対して別に迷惑がる様子もなく、「そうですね〜」「そうなんですか〜」
などとのん気な対応をしている。圭はそれを見て半ば呆れつつ、梨華の元に戻りな
がら呼びかけた。
「石川ぁ〜」
「あ、圭ちゃん。おかえりなさ〜い」
 そう言いながら圭に向かって手を振る梨華に、男達は驚いたように圭を振り返る。
圭はそんな男達を横目で見やりつつ、満面の笑みを浮かべた。
「どうした〜?」
「なんか、この人達が『一緒にカラオケ行こう』って」
 男達を指差す梨華。
「ふ〜ん」
 圭はそれを聞いて、笑みを崩さぬまま男達に対峙し、言った。
「さようなら。ごきげんよう」
 唖然と圭を見つめる男達。圭はそんな二人を無視して梨華の手を取る。
「行くよ。石川」
「え? あ……う、うん。じゃあ……ごきげんよう」
 手を引かれながら、梨華は少し戸惑った様子で男達にぺこりと頭を下げた。
10だれか:2001/08/05(日) 15:46 ID:0JybIKh.

 圭は梨華の手を引いたまま西口公園を出て、池袋駅のメトロポリタン口、エスカ
レーターを降りたところにある噴水の前まで来ると、やっと梨華の方を振り返った。
梨華は突然の圭の行動に驚いた様子で、目を見開いて圭の顔を見つめている。圭は
それを見て苦笑いしながら梨華の肩に手を置いた。
「いしかわぁ……あんたねぇ……」
「圭ちゃん。さっきの人達、置いてきちゃったけど、いいのかなぁ」
 圭が話すと同時にそう言って、梨華は心配そうにエスカレーターの上を見上げる。
「いいんだよ、そんな事は。それより石川、あれが何だか分かってんの?」
「何って……、何の事?」
 そういう梨華の瞳には一変の曇りもない。圭は軽いめまいを覚えながら話を続け
た。
11だれか:2001/08/05(日) 15:47 ID:0JybIKh.

「ナンパだよ、ナンパ。いい? あれがただカラオケ行って遊ぶだけで終わると思っ
たら大間違いなんだからね」
「どうなるの?」
 梨華の端的な問いに、圭はぐっと声を詰まらせた。
「……あぁ、なんていったらいいんだろ……うん、まぁ、つまり……そういう事だ
ね」
 梨華はまっすぐ圭を見つめながら首を捻る。こりゃだめだ。そう思った圭は、一
度大きく深呼吸すると、改めて梨華の目を見つめなおし、言った。
「知らない人について行っちゃいけません」
 あぁ、もう絶対に……少なくとも西口公園では、石川を一人にするのはやめよう。
圭はそう固く心に誓った。
12だれか:2001/08/05(日) 15:48 ID:0JybIKh.
 圭がさっき真里にもらった紙袋について再び考える機会は、二人がマクドナルド
の紙袋を空っぽにした時に来た。
「圭ちゃん、そう言えばそれなに?」
 梨華が圭の傍らを指差す。
「あぁ、これかぁ」
 圭がそう言って紙袋を取り上げて、耳元に持ってきて軽く振ってみると、カサカ
サと乾いた音がした。なんだろ?
「う〜ん、開けてもいいのかなぁ」
「どうしたの? それ」
 圭はさっきあった出来事を梨華に説明した。梨華はそれ聞くと、あわてて言う。
「ダメだよ。開けたりしちゃ、大事なものなんでしょ?」
 確かにその通り、でも分かっちゃいるけど沸き起こるのが好奇心というものよね。
「見るだけだよ。見るだけ」
 圭はそう言って梨華の顔を伺う。が、梨華の表情はいつになく厳しかった。
「わ……分かったよ。分かった、でもなぁ……」
 紙袋を再び傍らに置きなおし、圭は噴水を何となく見つめながらつぶやいた。
 一瞬――。
 圭の中で何か嫌な予感が、本当に一瞬の間よぎったが、それが数時間後に見事的
中する事を今の圭自身が知るよしもなく、その予感は大きな溜息となって街の空気
に溶けた。
13だれか:2001/08/05(日) 15:49 ID:0JybIKh.

 7月に入ったばかりの夏の空は、突き抜けて明るい。太陽の光は誰に対しても平
等だ。二人が西口公園に戻り再びベンチに座ると、円形広場からさっき梨華をナン
パしていた男達は消えていた。太陽には程遠い、不平等の極み。
「ねぇ、ねぇ」
 圭がそんな事を考えていると、隣にいた女が声を掛けてきた。ピンク色のキャミ
ソールにミュール、いかにも遊んでますと言った風貌だが、それにしても最近の十
代は人の懐に入ってくるのがうまい。
14だれか:2001/08/05(日) 15:50 ID:0JybIKh.

「なに?」
「アンタ達、最近ここでよく見かけるけどさ。例の事件の事知ってる?」
「例の事件?」
 パトカーをこの辺でよく見かけるのと何か関係あるのだろうか? 圭が知らない
と答えると女は丁寧にも二人に二週間程前から池袋周辺で頻発ている事件について
簡単に話してくれた。それはいわゆる通り魔事件というやつだった、夜道を一人で
歩いている女を、後ろから突然殴打、気を失っている間に金品やなんかを強奪。典
型的な形だが犯人は捕まるどころか、その手掛かりさえほとんど集まっていないよ
うな状況だという。
15だれか:2001/08/05(日) 15:51 ID:0JybIKh.

「……それでなんか情報でもあったらと思ったんだけどね。まぁ、しょうがないか」
「情報? なんでそんなもの集めてんの?」
「ウチらの仲間がやられたんだよ、その通り魔に。まぁ、仲間って言っても私はあ
んまり知ってる奴じゃないんだけどね」
 その答えに不思議そうな表情を浮かべる圭に、女は恨めしそうに太陽をにらんで
額に浮かべた汗を拭いながら言った。
「チームを組んでるんだ、ウチら。ここになんとなく集まってた奴らでなんとなく
出来たチームだから名前はまだないけど、人数は結構いるんだよ」
 そう言って、女は傍らに置いたバッグから携帯を取り出すと何やら二・三操作し
て、ディスプレイを圭に向かって見せた。
「私の携帯番号。何かその事件の事で分かった事があったら、電話くれる?」
 梨華は携帯を持っていないので、圭が番号をメモリに入力する。
「名前は?」
 そう尋ねる圭に女は、りんねと名乗り、ベンチから立ち上がった。
「じゃあ私行くわ。それ、お願いね」
 りんねは圭の携帯を指差し、軽い足取りで駅の方へ消えて行った。
16だれか:2001/08/05(日) 15:52 ID:0JybIKh.

 圭はディスプレイに残った特に特徴もない090から始まる数字の羅列をなんと
なく眺め、隣に座っていた梨華に目をやると、梨華は下を俯いたまま少し肩を震わ
せていた。横顔は長い髪に覆われて見る事ができない。圭は、梨華に出会った日、
圭がこの公園に梨華を連れてきてずっとここで座っていた時を少し思い出した。
「石川? どうした?」
 圭は梨華の左肩に手をやる。梨華はその手を右手でキュッと握り返して、首を振
りながら顔を上げた。
「ん、なんでもない。大丈夫」
「大丈夫って、顔真っ青じゃない。気分でも悪いの?」
 真っ青というより、蒼白だった。
「ちょっと……」
 梨華はそう言って少しだけ笑ってみせる。危うげな、ガラスの笑顔。圭は少しだ
け考え、言った。
「石川、家帰ろうか。送るよ」
 梨華は力なく頷いた。
17だれか:2001/08/05(日) 15:55 ID:0JybIKh.

 山の手線内回りで池袋から一駅、目白で二人は電車を降りた。池袋を出るときに
圭の携帯を借りて梨華が掛けた電話で駅前に親が迎えに来る事になっていた。梨華
は池袋を出てから一言も喋らなかったが、最後に改札を通り抜ける前に「ありがと、
圭ちゃん」と言って軽く手を振ったのが、圭には印象的だった。
 池袋に戻ると、時計は2時。圭は街をフラフラとあてもなく彷徨いながら、梨華
の事を考えていた。一人暮らしをしている圭にとって、あの日出会って以来、一番
長い時間一緒に過ごしていたのが梨華だった。 でも――。
 圭は考える。
 よく考えてみると自分は石川の事を何も知らない。住んでいる場所も分からない、
目白に住んでいる事にしたってさっき初めて知ったぐらいだ。電話番号も知らなけ
れば、梨華だって私の携帯番号も知らないし……。ま、でもそれは別にいいとも思
う、仲が良いのと、馴れ合って生きていく事はまったく違う事だし、お互いの事な
んて、付き合ってく中で分かってくることじゃん?
 ――ま、それはそれとしても。
 梨華の事はとりあえず心配だ。あれで意外に溜め込むタイプだからなぁ。
 目に映る、道端に座り込んだ自分と同年代のボーイズ&ガールズ。ここにいるみ
んなもそうだったりするのだろうか?
18だれか:2001/08/05(日) 15:55 ID:0JybIKh.
 久しぶりの一人で過ごす池袋の時間は長かった。街を歩く人の色がみるみる変わっ
ていく夕方、太陽がビルの間を沈んでいくのを見てると、なぜか少し泣けてきた。
センチメンタル。
 夜は更け、約束の午後九時。西口公園には昼とはまったく違うある種淫猥な雰囲
気が、いつもの様に漂っている。圭はその空気を感じて右腕に抱えた紙袋を少しき
つく抱え込むと、できるだけ通りに近い、明るい側のベンチに座った。
19だれか:2001/08/05(日) 15:56 ID:0JybIKh.

 九時五分過ぎ、東武デパート南側の細い通りから小さい体をさらに小さくするよ
うにして、真里はやって来た。
「遅れてゴメンね〜」
 明るい声とは裏腹に昼間とは違う黒を基調とした服装、圭は一瞬、あまりのイメー
ジの違いに真里だと分からなかった。
「あ、ああ、うん」
 圭はなんと返せばよいか分からず生返事をすると、真里はベンチに座る圭の前に
真っ直ぐに立ち、大きく頭を下げた。
「ほんとにゴメン」
 再び上げられた真里の顔は、さっきの明るい表情とは正反対にかわいそうなくら
いに疲れていた。
20だれか:2001/08/05(日) 15:57 ID:0JybIKh.

「そんなに謝んなくてもいいよ。ほんの五分くらいだし」
 首を振る真里。
「違うよ。それ……」
 そう言って、圭の抱えた紙袋を指差す。
 ――ああ、そうか。
「はい、これ」
 圭は紙袋を真里に渡す。真里はそれを大事そうに、さっき圭が抱えていたように、
抱え込むともう一度頭を下げた。
「いいよ。ただ預かってただけだし、それより……」
「なに?」
「中身……私が見たかどうか聞かないんだね」
 圭が尋ねると、真里は一瞬目を丸くして驚いた様子だったが、すぐにちょっと意
地悪い――それでいて憎めない、笑顔を浮かべると「あはは」と軽く笑った。
「な、なによ」
 さっきの疲れた表情がウソのようだ。真里は跳ねるように圭の横に座ると、圭の
顔を下から覗き込むんで言った。
「圭ちゃんは見てない」
 ――圭ちゃん。まったく最近の十代は人の懐に入り込むのがうまい。
21だれか:2001/08/05(日) 15:58 ID:0JybIKh.
「なんで分かんのよ」
「なんとなく」
「なんとなく?」
 真里はうなづくと何かを思い浮かべるように空を見上げた。
「目を見れば分かるんだよね」
 ――目を見るだけ、それだけで人を信じられる?
 そんな圭の心を見透かしたかの様に真里は続ける。
「ここで色んな人、見てきたからかなぁ」
 真里が公園を見渡すのにつられて、圭もそれにならった。周りで相も変わらず繰
り広げられる男と女の品定め合い。金髪、ロン毛の若い男、援交目的の中年、半ば
うんざりしながら視線を真里に戻す。真里はそんな圭の顔を見て、あわてて手を振
りながら言った。
「色んな人を見たって、ああいう事じゃないからね!」
 どういう事だ。
22だれか:2001/08/05(日) 15:59 ID:0JybIKh.

「当たりでしょ?」
 真里が自信ありげに言う。
「まぁ、そうかな」
 石川に止められたから、半分だけ当たり。
 そう思いながら圭は、曖昧な返答に首を傾げている真里に軽い気持ちで聞いてみ
た。
「で、それは何なの?」
 紙袋を指をさされ、思い出したように胸に抱え込む真里。そして表情には再び影
が差す。
「ゴメン、悪い事聞いた?」
 うつむきがちに首を振る真里。
「これはね……」
 真里は言いかけて周りを見回し、近くに人がいない事を確認すると少しだけ遠慮
気味に言った。
「……ちょっと場所変えてもいいかな?」
 圭は頷いた。
23だれか:2001/08/05(日) 16:00 ID:0JybIKh.
 西口公園を出た真里は池袋駅の北口から線路に沿って歩き、JR、東武東上線の線
路を大きくまたぐ池袋大橋を渡った。圭はこっちの方へ来るのは初めてで、東と西
に大繁華街を抱えているにも関わらず、薄暗く人通りのほとんどないこの歩道橋が、
少し不気味に感じられた。
 真下を電車が走り抜けた。闇の中を走る、人を乗せた、光の箱。人の数だけ人生
があるなんて、月並みな事を思う。
 真里は無言で歩きながらも、たまに知り合いに声を掛けられそれに軽く答えてい
る。圭が「多いんだね、知り合い」と聞くと、「まあね」と少し笑った。
24だれか:2001/08/05(日) 16:01 ID:0JybIKh.
 東口側、豊島公会堂の近く、人もほとんど通らないような狭い通りにその喫茶店
はあった。真里のイメージとは正反対の落ち着いた雰囲気の店構え。入り口の上に
は少しレトロな装飾のついた看板がかかっている。圭がそれを見上げていると、
「『ダディドゥデドダディ』って言うんだ、この店。変な名前でしょ?」
 入り口のドアを押し開けながら真里が言った。 レンガ造りの壁と、木製のカウ
ンターやテーブル、外見通りの雰囲気の店内は少
し空気が冷ややかで、圭には少し肌寒かった。真里はドアの近くに立ったまま誰も
いないカウンターの奥を覗いている。客は右手奥にカップルがいるくらいであとは
誰もいなかった。圭がなんとなく、この店は大丈夫なのかと余計な心配をしている
と、「おぉ、矢口やないの」と、どこかこの喫茶店の雰囲気には似つかわしくない、
気の抜けた口調の声がカウンターの奥から聞こえ、すぐに一人の女が出てきた。大
人びた造りの顔に、子供の様な表情。なかなかの美人。
25だれか:2001/08/05(日) 16:06 ID:btU98rxw

 東口側、豊島公会堂の近く、人もほとんど通らないような狭い通りにその喫茶店
はあった。真里のイメージとは正反対の落ち着いた雰囲気の店構え。入り口の上に
は少しレトロな装飾のついた看板がかかっている。圭がそれを見上げていると、
「『ダディドゥデドダディ』って言うんだ、この店。変な名前でしょ?」
 入り口のドアを押し開けながら真里が言った。 レンガ造りの壁と、木製のカウ
ンターやテーブル、外見通りの雰囲気の店内は少
し空気が冷ややかで、圭には少し肌寒かった。真里はドアの近くに立ったまま誰も
いないカウンターの奥を覗いている。客は右手奥にカップルがいるくらいであとは
誰もいなかった。圭がなんとなく、この店は大丈夫なのかと余計な心配をしている
と、「おぉ、矢口やないの」と、どこかこの喫茶店の雰囲気には似つかわしくない、
気の抜けた口調の声がカウンターの奥から聞こえ、すぐに一人の女が出てきた。大
人びた造りの顔に、子供の様な表情。なかなかの美人。
26だれか:2001/08/05(日) 16:07 ID:btU98rxw
二重カキコです。すいません。
27だれか:2001/08/05(日) 16:09 ID:btU98rxw
「久しぶり〜、みっちゃん」
 真里が手を上げ、カウンターに向かう。圭も慌ててそれに付いた。
「ほんま、久しぶりやねぇ。……そちらさんは?」
 真里にみっちゃんと呼ばれた女は、そう言って圭の顔をみる。
「あ、この娘、圭ちゃん。私の友達……っていうか今日知り合ったんだけどね」
 ――友達かぁ。圭がなんとなく不思議な気持ちで真里を見ると、偶然目が合った。
「圭ちゃん。この人は、みちよ姉さんって言って、この店のマスター」
「よろしくね、圭ちゃん」
 軽く頭を下げるみちよに、圭はならった。
「……っつーか矢口ぃ、姉さんは余計なんとちゃう?」
 みちよは不機嫌そうに矢口をたしなめる。
「まぁまぁ。……それより、みっちゃん」
 真里の声のトーンが変わる。
「ん?」
「ちょっと奥、借りていい?」
「まぁ、ええけど……どしたん?」
 みちよはそう尋ねたが、真里の真剣な表情を見て、ちょっと感心したような驚い
たような顔をした後、小さく頷いた。
「ええで、カウンターの奥の部屋、使い」
「ありがと。圭ちゃん、行こう」
「あ、うん」
 真里に言われるままに付いて行く圭。みちよの声が後ろから追いかけてきた。
「話、終わったらいいや。コーヒーでも持ってくから」
28だれか:2001/08/05(日) 16:11 ID:btU98rxw
 カウンターの奥には、休憩室をかねた小さめの部屋があり、圭達がテーブルをは
さんで置いてあるソファに向かい合わせで座ると、真里は手にした紙袋をテーブル
の中央に置き、言った。
「あのね。これ、私のもんじゃないんだ」
 私のものじゃない? 圭はいぶかしげに真里を見つめた。
「それって……、盗んだの?」
「違う違う! そんなんじゃ――」
 そう言って真里は手を振ったが、ふと、目を宙に泳がすと、少し上目使いで圭を
見る。
「――なくないかも……」
「は?」
 冗談じゃないわよ。圭は思わず真里に詰め寄ろうとテーブルの上に体を乗り出し
たが、真里があわててそれを制した。
「待って、圭ちゃん。話を聞いて」
29だれか:2001/08/05(日) 16:12 ID:btU98rxw

 食い下がる圭に、真里は「これ見て」といって紙袋の口を破り開け、中身をテー
ブルに広げた。いくつかの小さな袋、その中に入った白い粉。それが何を意味する
のか、という簡単な問いに対する答えなんて、実物を初めて見る圭にさえ簡単に分
かる。苦笑いとも驚きともつかない微妙な表情を浮かべる圭を、真里はまっすぐ見
つめていた。
「く……すり? これ?」
 圭が尋ねると、真里は小さく頷いた。
「多分、間違いない」
30だれか:2001/08/05(日) 16:13 ID:btU98rxw
――明日香っていう娘がいたんだ。
 私は『ダディ』(略称らしい。矢口が言っていた)を出た後、一人でひと気も街
灯もない裏通りを池袋駅へ向かって歩いていた。矢口は私が店を出る少し前、みっ
ちゃんが入れたコーヒーを二人で飲んでいる最中に入ったメールを読むと、あわた
だしく店から出て行ってしまった。どうやら予定があったらしい。「あたしなんか
より、あの娘の方がよっぽど忙しいんとちゃう?」とはみっちゃんの弁。やっぱり
あの店、客入りが悪いのかもしれない。
31だれか:2001/08/05(日) 16:14 ID:btU98rxw

「……高校の時の友達だったんだけど、卒業前、三学期の始めくらいかな? 突然
辞めちゃったんだ、学校。誰にも何も言わずに」
 その、ほんの数ヶ月前の話が核心に触れる前から、矢口は涙ぐんでいるようだっ
た。私は何も言わずにその話に耳を傾けていた。
「理由は分かんない……けど、明日香とは学校を辞めてから連絡がつかなかった。
携帯もつながんなくて。家に行ってみた事もあったんだけど、親は『たまにしか帰っ
てこない』って、でも親も特に心配してる様子もなかった、そういう親だっていう
事は知ってたけどね。……そういえば昔、明日香がちらっと言ってたよ『私、親に
愛されてないから』って、冗談っぽくだったけど」
 溜息をついた、心の中に溜まった何か、混沌とした感情を吐き出すように。きっ
と、この街はそんな空気に覆われている。
32だれか:2001/08/05(日) 16:16 ID:btU98rxw

「……で、その明日香を今日の昼――圭ちゃんと会う前少し前に、見つけたんだ。
偶然」
 矢口はそこまで言うと、ほんの少しだけ私と目を合わせた。
「西池袋公園の方を歩いてる時だった、路地に入っていく明日香を見たんだ。髪型
とか服装は前と変わってたし、顔もちゃんとまっすぐ見たわけじゃないけど、すぐ
に分かった」
 話しながら、矢口は少し怯えているように見えた。自分の見た現実を信じたくな
い、そんな風に見えた。
33だれか:2001/08/05(日) 16:17 ID:btU98rxw
「矢口、嫌な予感がしたんだ。あの辺ってちょっとヤバイから」
 ドラッグ、売春、暴力団……。夜のあの辺り、特にちょっとした路地はその手の
取引なんかやってたりするビルがあったりするからウチらは絶対に近づかないんだ
と矢口は言った。街の闇の部分を内包した部分、影はいつでも光のすぐ裏側に隠れ
ている。
「……それでも、明日香を追いかける事にした。昼間だったしね、その時はそんな
に心配する事もないかな、って感じで」
 しかし、明日香は後をつける矢口に気付かずに明日香は路地の突き当たりにあっ
たビルに入った。それを見た時、すでに矢口の中では覚悟を決めて始めていたと言
う。多分、今、目の前のビルに入った明日香はおそらく昔の――と言ってもほんの
数ヶ月前ではあるが――矢口が知っている明日香ではなくなっているだろうと。
 そこまで聞けば、私にもなんとなくその先は予想がついた。うつむいて、前髪に
隠れた矢口の顔を涙が伝って、テーブルの上に落ちた。
34だれか:2001/08/05(日) 16:18 ID:btU98rxw

 十分もした頃、明日香はぼんやりとどこか遠くを見るような、焦点の定まらない
視線でよろめく様にビルから出て来た。真里は、そんな明日香の行く手をふさぐよ
うに路地の真ん中に立つ。明日香はまだ自分の姿に気付いていないようだった。真
里は意を決して明日香を直視すると、息をひとつ飲み込んで、呼びかけた。
「明日香」
 ビクッ、と明日香の肩が震えた。不安げに顔を上げた明日香と目が合う。反射的
に目を逸らす明日香。真里はそんな怯えるような表情の明日香から視線を離さず、
続けた。
「私。矢口だよ。分かる?」
 自分でも驚く程の優しい声だった。
35だれか:2001/08/05(日) 16:20 ID:btU98rxw

「や……ぐち?」
 ゆっくりと顔を上げる明日香。
「うん。あ、分かんないか、髪の色変わっちゃってるもんね」
 できるだけ明るく、普通に、あの頃と同じ様に――。そうすれば、明日香はあの
頃の様に笑って私の名前を呼んでくれる。今まで何をやっていたのか、学校を辞め
た理由だって話してくれる――。その時の真里はそんな風に楽観的に考えていた。
親友だから。何かの間違いだよね。明日香。
36だれか:2001/08/05(日) 16:23 ID:btU98rxw
dat逝きになった分はここまでです。
でも、スレッド圧縮の間隔がだいぶ短くなったようので、安心できないですね。
37名無し娘。:2001/08/05(日) 17:34 ID:mku12e3E
復活おめでとです。
dat落ちでどうなるかと思ってましたので、
期待しています。
38名無し娘。:2001/08/06(月) 02:31 ID:BBx3xHZk
復活ありがとう
実はdat逝きでこの小説を知りました
月並みな感想ですが、面白いっす。続きも楽しみにしてます
39名無し娘。:2001/08/06(月) 04:27 ID:HINu/ghU
新スレおめでとうです。
これからも頑張って下さい。
40だれか:2001/08/07(火) 00:27 ID:5uDG2lqY

>>37-39
感想、ありがとうございます。読んでくれる方々がいるのはホントにありがたいですね。
期待を裏切らないように頑張りたいと思います。
でもdat逝き、あまりに早い。これからも心配。
41だれか:2001/08/07(火) 00:35 ID:5uDG2lqY

 明日香は、決して喜怒哀楽すぐに表に出すタイプじゃないし、悩みも滅多な事じゃ
人に話さなくて、よく人に勘違いされやすいちょっと不器用な娘だったけど、絶対
に物事から逃げるような娘じゃなかった。矢口なんかより、ずっと、ずっと強い娘
だった……。
「久しぶり、元気だった?」
 明日香の目には動揺の色が明らかだった。不安定な目の動きがさらに落ち着きを
なくしていた。
「明日香」
 もう一度声を掛ける。再び明日香の肩が震える。真里は思い切って明日香の前ま
で近づくと、その両肩をしっかりと掴み揺すった。
「明日香……私だよ。矢口だよ」
 明日香の首が、肩を揺するのにあわせて人形の様に揺れる。痩せた頬、力の無く
ぶら下がった腕。
(なんで? なんでだよ。明日香)
 声が、声にならなくて、口だけが小さく動いた。あまりに変わり果てた明日香の
姿。何があったの? ねぇ、明日香……。
 その時、うつむいた真里の明日香の肩に伸ばした手に、ふわりと暖かいものが覆
いかぶさった。真里が顔を上げて見ると、そこには明日香の――真里の記憶とはあ
まりにかけ離れた――薄い手がのっていた。
42名無し娘。:2001/08/08(水) 04:53 ID:18IkJcRs
43名無し娘。:2001/08/09(木) 00:30 ID:e7.lkwIM
hozen
44名無し娘。:2001/08/10(金) 01:36 ID:npXJyZSo
45だれか:2001/08/10(金) 07:11 ID:ytFCRV9Y

「矢口……」
「明日香?」
 明日香は少しだけ、ほんの少しだけ微笑んで頷いた。
「分かるよね……矢口の事、分かるよね?」
「……うん」
 それは明日香の、まぎれもなく明日香の笑顔。真里は思わず明日香に抱きついた。
「明日香ぁ〜」
「……久しぶり。矢口」
46(0^〜^0)@狼:2001/08/10(金) 13:34 ID:R2oyDks.
おいら埼玉だよ
47(0^〜^0)@狼:2001/08/10(金) 13:46 ID:R2oyDks.
あれ?
48名無し娘。:2001/08/12(日) 14:28 ID:WrOhJqYc
保全
49名無し娘。