「埋もれた夢」「漂流記」「保田と吉澤」

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1名無し娘。
2名無し娘。:2001/07/10(火) 23:31 ID:ELnIb7gA
ーーーーーーーーーーーー終了ーーーーーーーーーーーーーーーー
3名無し娘。:2001/07/10(火) 23:33 ID:Jhk.hQhc
ーーーーーーーーーーーー再開ーーーーーーーーーーーーーーーー
4名無し娘。:2001/07/10(火) 23:40 ID:Jhk.hQhc
「保田と吉澤」の途中からやります。
5名無し娘。:2001/07/10(火) 23:41 ID:Jhk.hQhc
数日後の午後、吉澤が、ひとり、厨房にいた。
床にすわった吉澤は、自分の前にころがっている卵を見つめている。
吉澤は、長い間それを見つめていたが、やがて手を出して、それを取りあげた。
それから、吉澤は低い声で、卵にいった。
「なんで、つぶれてしまったんじゃ。わしは、ゆで卵を見てただけなんじゃ。
手が滑っただけなのにのう」

「もし、店の卵がつぶれたのを、かよこさんが知ったら、
かよこさんはきっと、もう卵をくれなくなるじゃろう」
彼女は、卵を冷蔵庫のかげにかくした。
しかし、その眼はあいかわらず、その冷蔵庫のかげに注がれていた。
彼女はいった。
「これは、茂みに隠れに行かなきゃならないほどの、わるいことでもないじゃろう。
そうじゃ、それほどわるいことでもないんじゃ。
かよこさんには、つぶれているのを見つけたというんじゃ」

彼女はまた卵を取りだすと、じっとながめた。
そして、悲しそうにつづけた。
「だけど、かよこさんにはわかるじゃろう。
かよこさんは、いつだってわかるんじゃからのう。
それで、もう卵を買ってくれなくなるんじゃ」
彼女は嘆きながら、からだを前後にゆすった。
6名無し娘。:2001/07/10(火) 23:42 ID:Jhk.hQhc
ボスの妻が、厨房にはいってきたが、吉澤はそれに気づかなかった。
吉澤が眼をあげて、彼女に気がついたときには、彼女はすぐまぢかまできていた。
あわてて吉澤は、卵を冷蔵庫のかげにかくした。
それから、むっとした顔で、彼女を見あげた。

女がいった。
「いま、なにを見てたんですか?」
吉澤は、彼女をにらんだ。
「わしは、なにもしちゃいけないと、かよこさんがいうんじゃ。
お嬢さんとも、なにもしゃべらないんじゃ」

女は笑った。
「なにもしないですよぉ。
かよこさんって、いつもいっしょにいる人ですか?」
「もし、なにかしたり、面倒を起こしたりしたら、ゆで卵をくれないっていうんじゃ」

女は、吉澤のとなりに、ひざをついた。
「あのぅ」と、女はいった。
「私、だれも話相手がいないんですよ。
とても寂しいんです」

吉澤はいった。
「でも、わしはお嬢さんと口をきいたり、なにかしたりはしないんじゃ」
7名無し娘。:2001/07/10(火) 23:42 ID:Jhk.hQhc
「私、ここにきたばかりで、だれとも話ができないんです。
私、寂しいんです」
吉澤はいった。
「でも、わしは口をきくわけにはいかないんじゃ。
かよこさんは、わしが面倒を起こすのを、心配してるんじゃ」

女は話題をかえた。
「さっき、そこになにを隠したんですか?」
すると、吉澤の悩みが、またいちどきに返ってきた。
「卵じゃ」と、彼女は悲しそうに答えた。
「卵がつぶれたんじゃ」
そして、彼女は卵を取りだした。

「あら、ほんとですねぇ」
と、女はいった。
「わしは見てただけなんじゃ」
と、吉澤はいった。
「ちょっと落としただけなのに、つぶれてしまったんじゃ」

女は彼女をなぐさめた。
「心配することないですよ。たかが卵じゃないですか。
かわりはいくらでもありますよ。またゆでればいいじゃないですか」
8名無し娘。:2001/07/10(火) 23:43 ID:Jhk.hQhc
「そのことじゃないんじゃ」
と、吉澤はしおれて説明した。
「かよこさんが、もうわしにゆで卵をくれなくなるんじゃ」
「どうしてなんですか?」
「わしが、またわるいことをしたら、ゆで卵をやらないって、かよこさんはいったんじゃ」

女は、吉澤にすりよって、なだめるように話しだした。
「私と話をしても怒られないと思いますよぉ。
今の時間なら、だれもここには来ませんし」

「もし、お嬢さんと話してるのを、かよこさんに見られたら、わしはひどい目にあうんじゃ」
と、吉澤は用心していった。
「面倒なことになるって、かよこさんがいったんじゃ」

女は泣きそうな顔つきになった。
「私がどうしたっていうんですか?」
と、彼女は叫んだ。

「みんな、私と話をしてくれないんですよぅ。
いったい、私のことを、なんだと思ってるんですか?
私、テニス部の部長だってやってたんですよ。
私はその気になったら、有名になれたかもしれないんですよ」
と、彼女はなぞのようにいった。
「これからだって、なれるかもしれないんですよ」
9名無し娘。:2001/07/10(火) 23:43 ID:Jhk.hQhc
それから、聞き手が連れて行かれないうちに、急いで思うぞんぶんしゃべろうとするように、
とりとめもなく話しだした。

「私が子どものころ、テレビでオーディションをしてたんですよ。
友だちは、私に、そのオーディションをうけないかって勧めたんです。
でも、うちのお母さんが、許してくれなかったんです。
まだ十五だから、だめだって、お母さんはいったんです。
でも、その友だちにいわせれば、大丈夫だっていうんです。
もし、私がオーディションをうけてたら、きっと、こんなふうに暮らしてなかったんですよ」

吉澤は、しきりに卵をいじりまわしていた。
「わしは、東京に行って――ゆで卵を好きなだけ買うんじゃ」
と、彼女はいった。

邪魔がはいらないうちに、女は早口に話をつづけた。
「またべつのとき、私はあるひとと知り合いになったんですけど、
そのひとは、映画の仕事をやっているんですよ。
それで、私を映画に出してくれるっていうんです。
私は成功うけあいだっていわれたんですよ。
そのひとは東京に帰りしだい、そのことで私に手紙をくれることになってたんです」

この話に吉澤が感動したかどうか、たしかめるように、女は彼女をじっと見た。

「その手紙はとどかなかったんです」
と、女はいった。
10名無し娘。:2001/07/10(火) 23:44 ID:Jhk.hQhc
「私、お母さんが盗んだんじゃないかと思ってるんですよ。
どこにも出られないし、オーディションをうけることもできないし、
それにきた手紙まで盗まれるようなところには、とてもいられなかったんです。
私、お母さんに、手紙を盗んだんじゃないかって聞いたら、
お母さんは、知らないっていうんです。
だから、私はあのひとと結婚しちゃったんです。会った、その晩に」

そこで、彼女はたずねた。
「聞いてるんですか?」
「わしかい? 聞いとるよ」
「私は、こんなこと、まだだれにもいったことないんですよぉ。
いっちゃいけないことかもしれませんね。
でも、私はあのひとが嫌いなんです。
あのひとは、いいひとじゃないんです」

胸の中を打ち明けたしるしに、女はいっそう吉澤にすりよって、そのわきに坐った。

「私は映画に出て、きれいな服を着ることもできたんですよ――
映画に出てるひとたちがきてるような、いい服ばっかりを。
それに、大きなスタジオなんかで、映画をとられることだってできたんですよ。
その試写会のときには、私も出かけて、テレビであいさつするんですよ。
服だって、いいものずくめで。
なにしろ、私は成功うけあいだって、いわれたんですもの」

女は吉澤を見あげて、芝居ごころのあるところを見せようと、
腕と手でちょっと気どった身振りをしてみせた。
長く引っ張った手首の後ろで指をひらひらさせたが、
小指だけが大げさに突き出されていた。
11名無し娘。:2001/07/10(火) 23:45 ID:Jhk.hQhc
吉澤は、大きなためいきをついた。
「この卵を、どっかにかくしてしまえば、かよこさんも気がつかんじゃろう。
そうすれば、わしは面倒なこともなく、卵を買ってもらえるんじゃ」

女は、むっとしたようにいった。
「卵のことのほかには、なんにも考えないんですかぁ?」

「わしは東京に行くんじゃ」
と、吉澤は根気よく説明した。
「東京に行って、贅沢三昧に暮らすんじゃ。
それで、ゆで卵を好きなだけ買うんじゃよ」

女はたずねた。
「どうしてそんなに卵が好きなんですか?」

吉澤は、その結論を出すのに、念入りに考えざるをえなかった。
そして、ついに女によりかかるまで、慎重に近よってきた。

「わしは卵を見たり、さわったりするのが好きなんじゃ。
食べるのも好きなんじゃ。
黄身と白身セットでおいしいんじゃよ」

「黄身と白身セットでおいしいんですかぁ」
と、女は笑った。
吉澤は、会心の笑みをもらして、
「そうなんじゃ」
と、たのしそうに叫んだ。
12名無し娘。:2001/07/10(火) 23:46 ID:Jhk.hQhc
「ゆで卵はおいしいから好きなんじゃ。
わしはベーグルも好きなんじゃよ。
ベーグルもおいしいからのう」
と、吉澤はいった。

「ベーグルだったら、ここにもありますよ」
と、女は得意そうにいった。
彼女はベーグルを出してきて、吉澤に見せた。
「お店のですけどね。食べてもいいですよ」

吉澤は、
「ほう! これはすごいのう」
とつぶやいて、食べはじめた。
「これはうまいのう」

「あんまりたくさん食べないでくださいね」
と、女はいった。
「これ、お店のなんですよ」
女は吉澤の腕をぐいと引いたが、吉澤はベーグルを食べつづけた。

「もう、食べないでくださいよぅ」
と、女は叫んだ。
「やめてくださいよぅ」

吉澤はうろたえて、手で女の口と鼻を押さえた。
「大声を出さなーいデヨー」
と、吉澤は哀願した。
「大声を出さなーいでほしーいんダヨー。キャサリンが怒るーんダヨー」
13名無し娘。:2001/07/10(火) 23:47 ID:Jhk.hQhc
女は吉澤の手の下で、激しくもがいた。
足をばたばたさせ、逃げようとして身もだえした。
そして、吉澤の手の下から、詰まったような悲鳴をもらした。
吉澤はおびえて、泣き声になった。

「なんダヨー! 大声を出さなーいでヨー」
と、吉澤は懇願した。
「ぼく、また、わーるいことをしたって、キャサリンにいわれるヨー。
もう、卵を買ってくれなーくなるヨー」

吉澤がちょっと手をずらしたはずみに、女はかすれた叫び声をあげた。
すると、吉澤の怒りがこみあげてきた。

「やーめろヨー」
と、吉澤はいった。
「わめかなーいでくれヨー。
キャサリンがいったとーおり、ぼくに面倒をかけーるつもりダナー。
もーうわめかないでくれヨー」

だが、女は恐ろしさのあまり狂気じみた目をして、もがきつづけた。
それにいっそう怒りをかきたてられた吉澤は、女のからだをゆさぶった。
「わーめくんじゃなーいヨー」
といって、吉澤が女をゆさぶると、女のからだは、魚のように、ばたばたはねた。
そして、女は動かなくなった。
吉澤に首の骨を折られたのだった。
14名無し娘。:2001/07/11(水) 00:39 ID:o4Apmi9c
ーーーーーーーー休刊ーーーーーーーー
15名無し娘。:2001/07/11(水) 23:27 ID:J3d30xQY
ーーーーーーーー復刊ーーーーーーーー
16名無し娘。:2001/07/16(月) 03:38 ID:PR3DH9l.
17名無し娘。 :2001/07/18(水) 00:30 ID:Pnqqw8Yk
18名無し娘。:2001/07/21(土) 23:20 ID:.EsZNOAE
吉澤は女を見下ろして、その口の上から用心ぶかく手を離したが、
女はじっと横たわっていた。

「わしは、お嬢さんを痛い目にあわせるつもりじゃなかったんじゃ」
と、吉澤はいった。
「だけど、お嬢さんがわめくと、かよこさんが怒るんじゃよ」

女がそれに答えもしなければ、身動きもしないのに気づくと、
吉澤はその上にふかくかがみこんだ。
そして、女の腕をあげて、そのまま下に落としてみた。
一瞬、吉澤はあっけにとられたようだった。
それから、おびえたようにつぶやいた。
「わしはわるいことをしてしもうた。また、わるいことをしてしもうた」

吉澤はうずくまった。
「わしは、ほんとにわるいことをしてしもうた」
と、彼女はいった。
「こんなことをしちゃ、いけなかったんじゃ。かよこさんは、怒るじゃろうな。
それに……いってたのう……かよこさんがくるまで、茂みに隠れてろとのう。
かよこさんは怒るに違いないんじゃ。
かよこさんがくるまで、茂みに隠れてろ。
そうかよこさんはいったのう」

吉澤は後ろへさがって、女の死体をじっと見た。
卵が女のすぐわきにころがっていた。
吉澤は、それをつまみあげた。
「これは、よそに捨てておくかのう」
と、彼女はいった。
「これだと、あんまり、わるいことだらけじゃ」

吉澤は卵を持って、そっと厨房から出ていった。
19名無し娘。:2001/07/24(火) 23:25 ID:E2gwlPes
20名無し娘。:2001/07/28(土) 03:33 ID:AncOkeyQ
21名無し娘。:2001/07/30(月) 00:25 ID:.yINZaF.
22名無し娘。:2001/07/30(月) 23:34 ID:EcHAW.76
公園は、夕暮れのうちに静まっていた。
山の頂は入日のうちにばら色に染まっていた。
吉澤は茂みのかげで、両ひざをだき、あごをひざの上にのせていた。

吉澤は、静かにつぶやいた。
「のう、ちゃんと、わしは忘れてなかったんじゃ。
茂みに隠れて、かよこさんを待つんじゃ」

彼女は帽子を目ぶかに引き下げた。
「かよこさんは、わしのことをどやすじゃろうな」
と、彼女はいった。
「かよこさんは、わしからやっかいをかけられないように、
もうひとりになりたがるじゃろうな」

彼女は頭をめぐらして、明るく輝く山々の頂をながめた。
「わしは、さっさとあそこへ行って、ほら穴を見つけることだってできるんじゃ」
と、彼女はいった。
そして、悲しそうにつづけた。
「――そうなれば、ゆで卵もないけど――そんなことはかまわないんじゃ。
もし、かよこさんがわしに用がなければ……わしは行くんじゃ。わしは行っちゃうんじゃ」
23名無し娘。:2001/08/03(金) 18:52 ID:CrzqApQ.
24名無し娘。:2001/08/04(土) 22:51 ID:fvKMk31A
25名無し娘。:2001/08/07(火) 04:09 ID:s4JF3gyQ
26名無し娘。:2001/08/09(木) 03:15 ID:MfjqDOuQ
27名無し娘。:2001/08/10(金) 23:51 ID:bXLNYuAA
すると、吉澤の頭から、巨大な、一個の、卵がそこに姿を現わした。
卵は吉澤の前に立つと、とがめるように顔をしかめた。
そして、卵が話しだすと、それは吉澤の声になっていた。

「圭ちゃんはあんなにいいひとで、おまえに親切にしてくれるんだから、
圭ちゃんのいうことをきかないといけないのに、
それなのに、おまえはちっとも気をつけなかったな。
おまえは、わるいことばかりやるんだからな」

吉澤は、卵に答えた。
「わしは、そうしようとしたんじゃよ。一所懸命そうしようとしたんじゃ。
でも、しようがなかったんじゃ」

「おまえは、いちどだって圭ちゃんのことを考えたことはないよ」
と、卵は吉澤の声でつづけた。
「それなのに、あれはいつだって、おまえによくしてくれてるじゃないか。
おまえさえいなけりゃ、あれはいつだって楽しく暮らせたろうに。
それなのに、あれはおまえの面倒をみなきゃならないんだからな」

吉澤は、悲痛なうめきをもらした。
「わかっとるよ。わしはもう、かよこさんにやっかいをかけないように、
山にはいって、ほら穴を見つけたら、そこで暮らすんじゃよ」
28名無し娘。:2001/08/11(土) 15:39 ID:zgUd8WGs
保全
29名無し娘。:2001/08/11(土) 23:25 ID:TDxSXNLs
30名無し娘。
保全