1 :
名無し娘。:
2 :
名無し娘。:2001/06/20(水) 23:23 ID:oGEApMQg
ん?
3 :
名無し娘。:2001/06/20(水) 23:37 ID:dqmnyH6I
前スレdat行きになったので
「保田と吉澤」の途中からやります
4 :
名無し娘。:2001/06/20(水) 23:38 ID:dqmnyH6I
数日後の午後、吉澤が、ひとり、厨房にいた。
床にすわった吉澤は、自分の前にころがっている卵を見つめている。
吉澤は、長い間それを見つめていたが、やがて手を出して、それを取りあげた。
それから、吉澤は低い声で、卵にいった。
「なんで、つぶれてしまったんじゃ。わしは、ゆで卵を見てただけなんじゃ。
手が滑っただけなのにのう」
「もし、店の卵がつぶれたのを、かよこさんが知ったら、
かよこさんはきっと、もう卵をくれなくなるじゃろう」
彼女は、卵を冷蔵庫のかげにかくした。
しかし、その眼はあいかわらず、その冷蔵庫のかげに注がれていた。
彼女はいった。
「これは、茂みに隠れに行かなきゃならないほどの、わるいことでもないじゃろう。
そうじゃ、それほどわるいことでもないんじゃ。
かよこさんには、つぶれているのを見つけたというんじゃ」
彼女はまた卵を取りだすと、じっとながめた。
そして、悲しそうにつづけた。
「だけど、かよこさんにはわかるじゃろう。
かよこさんは、いつだってわかるんじゃからのう。
それで、もう卵を買ってくれなくなるんじゃ」
彼女は嘆きながら、からだを前後にゆすった。
5 :
名無し娘。:2001/06/20(水) 23:39 ID:dqmnyH6I
ボスの妻が、厨房にはいってきたが、吉澤はそれに気づかなかった。
吉澤が眼をあげて、彼女に気がついたときには、彼女はすぐまぢかまできていた。
あわてて吉澤は、卵を冷蔵庫のかげにかくした。
それから、むっとした顔で、彼女を見あげた。
女がいった。
「いま、なにを見てたんですか?」
吉澤は、彼女をにらんだ。
「わしは、なにもしちゃいけないと、かよこさんがいうんじゃ。
お嬢さんとも、なにもしゃべらないんじゃ」
女は笑った。
「なにもしないですよぉ。
かよこさんって、いつもいっしょにいる人ですか?」
「もし、なにかしたり、面倒を起こしたりしたら、ゆで卵をくれないっていうんじゃ」
女は、吉澤のとなりに、ひざをついた。
「あのぅ」と、女はいった。
「私、だれも話相手がいないんですよ。
とても寂しいんです」
吉澤はいった。
「でも、わしはお嬢さんと口をきいたり、なにかしたりはしないんじゃ」
6 :
名無し娘。:2001/06/20(水) 23:40 ID:dqmnyH6I
「私、ここにきたばかりで、だれとも話ができないんです。
私、寂しいんです」
吉澤はいった。
「でも、わしは口をきくわけにはいかないんじゃ。
かよこさんは、わしが面倒を起こすのを、心配してるんじゃ」
女は話題をかえた。
「さっき、そこになにを隠したんですか?」
すると、吉澤の悩みが、またいちどきに返ってきた。
「卵じゃ」と、彼女は悲しそうに答えた。
「卵がつぶれたんじゃ」
そして、彼女は卵を取りだした。
「あら、ほんとですねぇ」
と、女はいった。
「わしは見てただけなんじゃ」
と、吉澤はいった。
「ちょっと落としただけなのに、つぶれてしまったんじゃ」
女は彼女をなぐさめた。
「心配することないですよ。たかが卵じゃないですか。
かわりはいくらでもありますよ。またゆでればいいじゃないですか」
7 :
名無し娘。:2001/06/20(水) 23:41 ID:dqmnyH6I
「そのことじゃないんじゃ」
と、吉澤はしおれて説明した。
「かよこさんが、もうわしにゆで卵をくれなくなるんじゃ」
「どうしてなんですか?」
「わしが、またわるいことをしたら、ゆで卵をやらないって、かよこさんはいったんじゃ」
女は、吉澤にすりよって、なだめるように話しだした。
「私と話をしても怒られないと思いますよぉ。
今の時間なら、だれもここには来ませんし」
「もし、お嬢さんと話してるのを、かよこさんに見られたら、わしはひどい目にあうんじゃ」
と、吉澤は用心していった。
「面倒なことになるって、かよこさんがいったんじゃ」
女は泣きそうな顔つきになった。
「私がどうしたっていうんですか?」
と、彼女は叫んだ。
「みんな、私と話をしてくれないんですよぅ。
いったい、私のことを、なんだと思ってるんですか?
私、テニス部の部長だってやってたんですよ。
私はその気になったら、有名になれたかもしれないんですよ」
と、彼女はなぞのようにいった。
「これからだって、なれるかもしれないんですよ」
8 :
名無し娘。:2001/06/20(水) 23:42 ID:dqmnyH6I
それから、聞き手が連れて行かれないうちに、急いで思うぞんぶんしゃべろうとするように、
とりとめもなく話しだした。
「私が子どものころ、テレビでオーディションをしてたんですよ。
友だちは、私に、そのオーディションをうけないかって勧めたんです。
でも、うちのお母さんが、許してくれなかったんです。
まだ十五だから、だめだって、お母さんはいったんです。
でも、その友だちにいわせれば、大丈夫だっていうんです。
もし、私がオーディションをうけてたら、きっと、こんなふうに暮らしてなかったんですよ」
吉澤は、しきりに卵をいじりまわしていた。
「わしは、東京に行って――ゆで卵を好きなだけ買うんじゃ」
と、彼女はいった。
邪魔がはいらないうちに、女は早口に話をつづけた。
「またべつのとき、私はあるひとと知り合いになったんですけど、
そのひとは、映画の仕事をやっているんですよ。
それで、私を映画に出してくれるっていうんです。
私は成功うけあいだっていわれたんですよ。
そのひとは東京に帰りしだい、そのことで私に手紙をくれることになってたんです」
この話に吉澤が感動したかどうか、たしかめるように、女は彼女をじっと見た。
「その手紙はとどかなかったんです」
と、女はいった。
9 :
名無し娘。:2001/06/20(水) 23:43 ID:dqmnyH6I
「私、お母さんが盗んだんじゃないかと思ってるんですよ。
どこにも出られないし、オーディションをうけることもできないし、
それにきた手紙まで盗まれるようなところには、とてもいられなかったんです。
私、お母さんに、手紙を盗んだんじゃないかって聞いたら、
お母さんは、知らないっていうんです。
だから、私はあのひとと結婚しちゃったんです。会った、その晩に」
そこで、彼女はたずねた。
「聞いてるんですか?」
「わしかい? 聞いとるよ」
「私は、こんなこと、まだだれにもいったことないんですよぉ。
いっちゃいけないことかもしれませんね。
でも、私はあのひとが嫌いなんです。
あのひとは、いいひとじゃないんです」
胸の中を打ち明けたしるしに、女はいっそう吉澤にすりよって、そのわきに坐った。
「私は映画に出て、きれいな服を着ることもできたんですよ――
映画に出てるひとたちがきてるような、いい服ばっかりを。
それに、大きなスタジオなんかで、映画をとられることだってできたんですよ。
その試写会のときには、私も出かけて、テレビであいさつするんですよ。
服だって、いいものずくめで。
なにしろ、私は成功うけあいだって、いわれたんですもの」
女は吉澤を見あげて、芝居ごころのあるところを見せようと、
腕と手でちょっと気どった身振りをしてみせた。
長く引っ張った手首の後ろで指をひらひらさせたが、
小指だけが大げさに突き出されていた。
10 :
名無し娘。:2001/06/20(水) 23:45 ID:dqmnyH6I
吉澤は、大きなためいきをついた。
「この卵を、どっかにかくしてしまえば、かよこさんも気がつかんじゃろう。
そうすれば、わしは面倒なこともなく、卵を買ってもらえるんじゃ」
女は、むっとしたようにいった。
「卵のことのほかには、なんにも考えないんですかぁ?」
「わしは東京に行くんじゃ」
と、吉澤は根気よく説明した。
「東京に行って、贅沢三昧に暮らすんじゃ。
それで、ゆで卵を好きなだけ買うんじゃよ」
女はたずねた。
「どうしてそんなに卵が好きなんですか?」
吉澤は、その結論を出すのに、念入りに考えざるをえなかった。
そして、ついに女によりかかるまで、慎重に近よってきた。
「わしは卵を見たり、さわったりするのが好きなんじゃ。
食べるのも好きなんじゃ。
黄身と白身セットでおいしいんじゃよ」
「黄身と白身セットでおいしいんですかぁ」
と、女は笑った。
吉澤は、会心の笑みをもらして、
「そうなんじゃ」
と、たのしそうに叫んだ。
11 :
名無し娘。:2001/06/26(火) 12:21 ID:N9KPb3H6
作品の途中ですが保全書き込みさせて頂きます。失敬。
12 :
名無し娘。:2001/06/28(木) 04:13 ID:Taj/F77U
保全します
13 :
スレタイトル:2001/06/30(土) 06:46 ID:z2nWkcs2
ずっと作品のタイトル繋げていくつもり?
14 :
名無し娘。:2001/06/30(土) 23:39 ID:CPiv5sWY
そうです
dat行きは予定外だったので、なかった事にしてやります
15 :
名無し娘。:2001/06/30(土) 23:41 ID:CPiv5sWY
「ゆで卵はおいしいから好きなんじゃ。
わしはベーグルも好きなんじゃよ。
ベーグルもおいしいからのう」
と、吉澤はいった。
「ベーグルだったら、ここにもありますよ」
と、女は得意そうにいった。
彼女はベーグルを出してきて、吉澤に見せた。
「お店のですけどね。食べてもいいですよ」
吉澤は、
「ほう! これはすごいのう」
とつぶやいて、食べはじめた。
「これはうまいのう」
「あんまりたくさん食べないでくださいね」
と、女はいった。
「これ、お店のなんですよ」
女は吉澤の腕をぐいと引いたが、吉澤はベーグルを食べつづけた。
「もう、食べないでくださいよぅ」
と、女は叫んだ。
「やめてくださいよぅ」
吉澤はうろたえて、手で女の口と鼻を押さえた。
「大声を出さなーいデヨー」
と、吉澤は哀願した。
「大声を出さなーいでほしーいんダヨー。キャサリンが怒るーんダヨー」
16 :
秘密情報人:2001/06/30(土) 23:45 ID:sTTtahyg
17 :
名無し娘。:
吉澤と石川(?)の噛み合わなさ、いいですね。