1 :
吉澤・ソーパランチャイ:
予定外に長くなってきそうなんで立てます。
試合が決まった。
143ポンド契約。相手はワチャラチャイ・ゲォサムリット
今の吉澤には厳し過ぎる相手だ。
「また無茶苦茶なマッチメイクを・・・」
それを聞いた石川はブッカ−の中澤を呆れたように見つめつぶやいた。
「いくら興行的に面白いからって・・・おかしいよ。いきなりあんな相手と。」
吉澤との帰り際石川は思いきって口に出してみた。
今まで決定した試合の不満を口にした事はない。
しかし今回は別だ。
不満と言うよりは心配だった。このまま試合を行ってしまえば
なにか悪い事がおこるような気がしていた。
石川は話しつづけた。吉澤には何も話させないように、ともとれる勢いで。
ただ「止めて欲しい。」とは言えなかった。
それは吉澤の普段の努力を1番知っているのは石川だからだ。
確かにワチャラチャイとの試合は無謀以外の何物でもない。
相手は現役の超一流ナックムアイ。
吉澤には勝ち目がなかった。それはわかりきっていた。
しかしこの試合は反対に吉澤にとっては大きなチャンスでもあった。
もし・・もしもワチャラチャイとの試合で最後まで立っている事が出きれば、
万分の1の可能性でも勝つ事がありえるなら・・・
それを考えると「止めて欲しい」とは言えない。
石川はこの試合の成立を否定しながら心のどこかではそう思っていた。
それまでただ黙って話を聞いていた吉澤が口を開いた。
「・・・梨華の言ってる事はわかるよ。そうだな、そのとおりだよ。」
「あたしも自分の試合じゃなかったら同じこと思うよ、たぶん・・ね。」
「でも正直やってみたい。今の実力がかけ離れてるなら埋めるよ、試合までに。」
「!?そんなのっ・・・」大体予想していた台詞だったが
石川にとってはやはりショックだった。
試合までに差を埋める・・・??
その言葉が本心じゃないというのは石川にもわかった。
いや、本心じゃないというのは正しくないかもしれない。しかし現実味を帯びた言葉ではない。
吉澤は決して要領のいい選手ではない。
基本に忠実に地味な努力を重ねつづけて今の自分を作り上げてきた。
試合までの短期間に何か新しい事に取り組めるような選手ではなかった。
「どうして?こんな試合を・・」
石川は試合をブッキングした中澤に腹が煮えくり返った。
試合が決まった次の日から石川は参考文献を読みあさり試合のビデオを見続けた。
「はぁ・・・」調べれば調べるほど嫌になった。
ワチャラチャイ・ゲォサムリット。
戦績は112戦91勝21敗タイ国ルンピニ−スタジアムの
現役3位のランカーだ。
実力と実績を兼ね備えた相手。試合数だけでも吉澤の4倍はあった。
「駆け引きも、通じないよね・・これじゃ。」
昨年のタイ国内ムエタイ年間MVPも獲得したこの選手は
本場のナックムアイの中でも異質な存在の選手として知られていた。
勝つ事と倒す事は賭けの対象であり連敗=試合が組まれなくなるというムエタイ
の中では必ずしも一致するわけではない。
危険をおかして相手を倒す事よりも判定で確実に勝利を選ぶ選手が多い中
ワチャラチャイは勝敗を顧みずにアグレッシブに相手を倒しにいく選手だった。
石川はどうしてこの選手と吉澤の試合が組まれたのかわかった気がした。
それと同時に言いようもない憤りも感じていた。
「ひとみは・・・不器用な選手だもん。アウトボクシングでポイントを
稼ぐタイプじゃない。相手がどんな強い選手でも正面からぶつかる。」
「派手なKOシーンが見れるって事、か・・・」
しかし石川の不安をよそに吉澤は練習の密度とペースを日ましに上げていた。
練習後の頬からアゴにかけてのラインの鋭さは減量も
順調だという事を示していた。
それでも石川は吉澤を無意識のうちに目で追ってしまうことが多かった。
やっぱり、怖い・・自分が試合するわけじゃないのに。
「心配かよ?」
練習終わりの吉澤が話しかけてきた。
いきなり見透かされたようにそう言われて石川は言葉に詰まった。
「こないだ差を埋めるって言ったのは梨華を安心させる為じゃないよ。」
「あたしなりに考えて言ったんだ。」
「ムエタイの一流と戦うにはどうすればいいか?ってね。」
「対策っていうの?柄じゃないけどさ。」
練習帰り、石川は吉澤に夕飯に誘われた。
もっとも減量中の吉澤はほとんど注文しないので石川も気を使ってしまい
夕食とはいえないような料理が並んだだけだったが。
「・・・・」
石川の方は何を話していいかわからず沈黙していると
頬づえをつきながら窓の外を眺めていた吉澤が話し始めた。
「さっきの話さ、」
「あんたは勘違いしたみたいだけど差を埋めるってのは何も新しいものを
身につけるとかそんなんじゃないんだ。」
「戦い方の事だよ。」
「試合になったら1Rから打ち合うつもり。」
「ショートレンジのパンチの打ち合いだったらそれほどの差はない、
そう思わない?」
「それにタイの選手は序盤はエンジンがかからないっていうし。」
「ムエタイに判定で勝負するような間抜けな事はしないよ、でしょ?」
吉澤はまるで他人事のように言った。
「でも、怖くない?」
「ひとみがやろうとしてる事って自分もやられるかもしれない事だよ・・」
石川はうつむき加減にぼそぼそと話した。
吉澤のやる気に水をさすようなことは言いたくない、
しかし今吉澤の話した事があのワチャラチャイ相手に実行できるだろうか?
そう思うと胸が不安で押しつぶされそうだった。
「怖いよ。」吉澤は意外なほどあっさり答えた。
「でも、怖いって思うところに踏みこまなきゃ勝てないよ。」
「そういう相手なんだろ?」
石川の方をまっすぐ見つめ吉澤は笑顔を作った。
文体の長さバラバラだ。いかんわ・・・
16 :
まだダメ:2001/05/27(日) 13:43 ID:v7lK5Zes
すみません。前スレッドはどこDEATHかね?面白そうだけど、前の分を
先に見たいっす。ちゃんと読んでないです、お気に放置(ワラ)。
>>16 あー、どうもありがとうございます。何気に適当に書いてたんでわかんないんですよ
それで話前後しちゃって申し訳ないんですけどこの下に書かせていただいていいっすか?
すいません。わかりずらくなっちゃうけど。
18 :
まだダメ:2001/05/29(火) 14:17 ID:MiYmwaf6
19 :
まだダメ:2001/05/29(火) 14:28 ID:MiYmwaf6
>>18ちょこっと訂正
まず、お断りして前の分カキコ、で最後のレスのオシリ(アタマじゃダメだ)は
「
>>2に戻る」、そして新カキコができたら、そのアタマには「
>>14の続き」、
そして毎回?「>>○○の続き」って書いて逝く・・・。
新作カキコして逝く時は、ずっとsageで、その日の書き終わりに
ageるテもあり。読者さんには目に付きますからね。そんなトコっす。
えらそーに講釈たれてゴメンちゃい。
>>19 ありがとうございます!なるほど。結構なれてないんで助かりました!
じゃ、書き込みます。一応この下のからがこの話の初回です。
話前後してしまってすいません。
結構書き足したい事とか、入れたい話があるのでどのくらいの期間で
>>2 に戻れるかわから無いですけど、よろしくお願いします。
――― 暗闇の中を歩いている。
何も見えない、感じる事もできない、どこだかわからない道をただ歩くだけ。
自分の掌も見えない中、私は歩いている。
何の為に?
それすらわからない。でも私は歩くのを止めようとしない。
どうして?? ―――
「・・・」
天井が見える、額に手をやるとうっすらと汗を掻いていた。
「またこの夢か・・」
若干の寝汗で湿ったシャツを脱ぎ、乱暴に放り投げると
自分の髪を無造作に掻きあげ鏡に目をやった。
鏡に映る自分をしばらく眺めたあと小さく舌うちをすると
ベッドから下りて着替えを始める。
吉澤ひとみは朝起きるとすぐにロードワークに出かける為に家を出る。
近所の一周2キロの公園を5周するのが彼女の日課になっていた。
まだ薄暗い公園の中を一定のリズムで駆け抜けながら考えてしまう。
夢の理由は自分でもわかってる。
自分の息遣いと足音以外ほとんど音のない静寂が
吉澤に普段の生活の中ではなるべく考えないようにしている事を
思い出させていく。
今の吉澤にはこれといって興味ある物も何もない。
だが、かつては違った。
毎日のように通い自分を夢中にさせる場所があった。
自分の中の押さえきれない感情を爆発させる事ができるものを
吉澤は確かに見つけていた。
毎朝、この瞬間だけが吉澤に既に忘れたはずの感情を呼び起こさせる。
走り終えると乱れた呼吸を気にせずに軽くステップを踏み始め、
いるはずもない相手に向かって拳を作った左手を伸ばす
続けて右手を伸ばし、頭の位置を斜め前にずらす。
左、右、左。連続する動作のスピードが高まるにつれて
自分自身の気持ちが高揚してくるのがわかる。
しばらく続けた後、吉澤の『生活』は終わる。
吉澤は自分の朝の行動を『生活』と呼んでいた。
これ以降はただ呼吸をして心臓を動かしていくだけ。
退屈でたまらない日常の始まりだ。
太陽の光のさしだした周りを見渡し、吉澤は地面を蹴り上げ
深いため息をついた。
「今の仕事ダルいだけだし、失敗したかな・・」
ただやりたいことが何かわからず、見つけるまでの身の置き場。
その程度の感覚で働いている吉澤にとって
バイト先は日々、苦痛を感じるだけの場所になっていた。
「こりゃ、死んだほうがましかも・・・」
そんな独り言を言っておかしくもないのに笑った。
26 :
まだダメ:2001/05/30(水) 02:37 ID:iCfq9Kcg
ども。で、初めて見るっぽい人に聞かれたら、「
>>22からどうぞ!」って
やるわけDEATH。・・・こう言うのって、結構・独学で学ばなければ
いけないんで、モー・たいへんでした(ワラ)。
・・・とまあ、その日の終わりのカキコの後に、こんな風に読者さんレスが
付きます(そりゃモチロン、激励&感想だけとは限りませんけど)。
で、再開時のアタマに、今回のバヤイは「
>>25の続き」と、付けて続きの
文章をカキコすればベリー・グーDEATH。
えらそーに講釈たれてゴメンちゃい(2回目)。期待してます!!
>>26 いえ、全然です。マジありがとうございます!!助かりますよー。
>>25の続き
「ったく、自分で注文した物くらい責任持ちなよ。」
「けど何気に私も客で来てたら残すかもね、ここって量が多いだけだし。」
吉澤は客の食べ残しを片付けながら苦笑いを浮かべた。
朝9:00〜夜23:00迄、
勤務時間は日によるが、ほぼ毎日通うこの店で吉澤は特に変りばえしない日常を過ごている。
残飯を集めたポリ袋を店の外に出しゴミ箱に捨て、自分の時計に目をやった。
(明日は遅番だし、この後ちょっとだけどっか遊びにいこうかな・・)
遠くの空に目線をやり1、2回伸びをして、店の中に戻ろうとすると
後ろから聞き覚えのある声がした。
「こんばんわ。」
細身で柔らかそうな黒髪の女の子がにっこり笑いながら立っていた。
女の子は周りを見渡して店の人間がいないのを確認すると柔和な表情を浮かべ話しかけてきた。
「ひとみ、もう仕事終わった?」
「なんだ、梨華か。めずらしいな。」
女の子の姿を見ていつも無表情な吉澤の表情が少し崩れた。
「あんたの方も今帰り?」
吉澤が問い掛けると女の子は黙って頷く。
「そっか、ならこの後ちょっとどっかいかない?」
女の子の名前は石川梨華といった、
これといって仲の良い友人のいない吉澤にとって唯一といっていい親友だった。
他人がどう思おうと自分の決めた事にはまっすぐ突き進む吉澤は
社交的で誰にでも親切で、柔軟に接する事が出きる石川とは
正反対な性格のはずなのだが妙にうまが合った。
町の中心街から外れた、薄明かりのついた小さな居酒屋で2人は話し始めた。
吉澤と石川以外は男性客のみ、しかも年齢層も高めで2人はその場の雰囲気からは浮いていた。
しかし、2人はこの場所がなんとなく気に入っていた。
大抵2人きりで話したい時はここにしていたし、
昔は特にそうだった。
石川はコップに注がれたアルコールには口をつけずに話し始めた、この日は飲むつもりはなかった。
「最近どうしてるの?あんまり連絡もくれないし・・」
「まあ、普通にやってるよ。退屈だけどね。」
石川の問いかけに吉澤は目線を向けずに答えた。
吉澤の方はというと目の前の酒に既に手をつけている。
「それよか梨華、あんたの方はどうなんだよ?上手くいってる?」
吉澤がそう切り返すと、石川は困ったような顔を見せた。
ここの所吉澤は電話でも、会って話しても必ずこの調子だ。
自分の話をしようとしない。石川はそんな吉澤の事が心配だった。
「今、何もやりたいことが無いなら、戻ってこない?」
しばらくなんと言う事もない雑談をかわした後、石川はずっと言おうと思っていた台詞を口にした。
吉澤にとってはおそらく歓迎しないかもしれないが、言ってみた方が吉澤の為なんじゃないか?
石川はそう思っていた。
だがその言葉に吉澤は大した反応も見せずに、
「なんで?」とだけ言った。
吉澤の表情にも特に見て取れるような変化はなかった。何らかの反応を期待して言ってみた石川は
若干拍子抜けした、しかし感情を押し殺しているのかもしれない。
「・・あ、別に。ただ言ってみただけなんだけど。」
吉澤の素っ気ない反応に挫けそうになりながら石川は言葉をつなげた。
「ひとみ、ほんとに好きだったじゃない?プロじゃなくても、
練習生って立場でもいいから1度ジムに顔出してみたら・・・」
「そういえば最近、梨華と遊びに行ってなかったね
今度どっか行こうか?」
「2人の休みが合う時にさ。」
話の途中で吉澤が話題を変えた。
表情は全く普通で特に気分を害した感じは読み取れないし、動揺した感じもない。
しかし話してる途中に話題を変えられた事で石川はそれ以上その会話を続けられなかった。
かつて吉澤ひとみはキックボクシングの若手ホープとして日本上位ランカーにまで上りつめた選手だった、
当時の吉澤はその攻撃的なスタイルと相手をKOする際の圧倒的な威圧感で観客を魅了する事ができる
まさに”客を呼べる選手”だった。
美形と呼ぶにふさわしい繊細な外観と正反対な恐れを知らないファイトスタイルは対戦相手を怯えさせた。
所属ジムでも、人気もあり1戦ごとに成長していく吉澤は売りだし中の選手だった。
しかし、日本タイトルに挑戦する前に組まれた調整もかねた前哨戦。
タイトル奪取への弾みにするはずだったその試合で、吉澤は偶発的にもらった一撃に沈んだ。
ようやく見つけた心底打ち込める道で、順調に歩み始めた矢先の出来事だった。
吉澤はそれが初黒星だった。
負けるはずのない相手に負けた事がそれ以後なんとなしに吉澤の足をジムから遠のかせた。
最初はしばらく休んだら顔を出そう。
そう思っていたが連絡もなしに休みを続けるうちに吉澤は戻る意志を完全に無くした。
(あんなに頑張っていたのに報われない。なんで?こんな続けても意味なんかない。)
いつからかそう考えるようになってしまった。
こんな続けても→こんなの続けても
です。の。抜けてました。すいません。
35 :
まだダメ:2001/06/03(日) 08:42 ID:Ttp38F5E
がんばって更新続けてな。最初の部分書けたら、1回ageて見て、
みんなに見てもらい。・・・じゃあ、オイラは今日がココ最後やねん。BYE!
>>35 色々、教えてくれてほんとありがとうございました!
いなくなる事情知らないですけど、お元気で!
「おやすみなさい、久しぶりにいっぱい話せて楽しかった。」
顔を上げ吉澤の目を見つめた石川は
何か言いたそうだったが視線を逸らして言った。
「また一緒にどっか行こうね。」
「うん、そうだね。」
吉澤は石川の言葉に短く答えると、別れの挨拶を済ませ背を向けて足早に歩き出した。
『ひとみ、ほんとに好きだったじゃない?』
石川に言われた言葉が引っかかっていた。
あの時一瞬、胸の中に焦りのような感覚が浮かんだ事を吉澤は否定できないでいた。
『私はもう新しい生活になじんでるよ、いまさらそんな事言ってどうしようっての?』
居酒屋での石川との会話の時吉澤はその言葉が口から出かかった。
しかし、何も言わなかった。
(もう戻る気なんてない、いまさら戻ってもどうにもならない。全部終わった事だ。)
歩きながら自分に言い聞かせるように考える。
(でも、なんで?毎朝ロードワークを続けてるんだ?何の為に・・・)
不意に歩を止めて石川の帰った方向を振り向いた。
追いかけていって何か言う事がある、言わなければいけないようなそんな気がしていた。
『もう1度ジムへ戻ってこない?』
石川と話をしてから1週間の間、吉澤は何かにつけて苛立つようになっていた。
今までの日常に感じていたような空虚な感覚ではない、
押さえきれない何かがあの日以来、吉澤の胸の中に渦巻き日ごとに大きさを増す。
バイトを終え、いつも置いている自転車置き場に原付を取りに向かう途中
前から柄の悪そうな2人の男が歩いてきた。
その2人とすれ違った時、吉澤の苛立ちは頂点に達した。
「おう、姉ちゃん、ぶつかってんだけど。」
ほんの一瞬肩が触れただけだったのだが、そのうちの1人が吉澤の背中ごしに毒づいてきた。
吉澤は自分の背中の方へ横顔を向け、片目でその2人を睨みつけるとただ一言
「・・うるせぇ。」とだけ言った。
初めはただからかうつもりで絡んできた男たちは
吉澤の反応に一瞬呆気にとられたが、すぐに周りを取り囲み凄みをきかせてきた。
「あ?よく聞こえなかったよ。ここじゃ人が多くて聞き取りにくい。」
「ちょっと静かに話せるとこ行かねぇ?」
柄の悪い原色のシャツに身を包んだ男が吉澤にこっちへ来い。と顎で合図した。
(うっとうしい奴らだな、女相手に2人がかり?かっこいいね・・)
吉澤は言われるまま2人について行くことにした。
薄暗い私鉄の高架線下で男のうめき声だけが聞こえる。
「わ、悪かった・・よ。」
「もういいだろ?」
血に染まった鼻のあたりを押さえた原色のシャツを着た男が怯えた目で吉澤を見上げて言った。
もう1人の男のシャツの胸のあたりをつかんでいた吉澤はそれを乱雑に離すと、
自分の足元に座りこんでいる2人を見下ろして吐き捨てた。
「泣き入れるくらいならハナから喧嘩なんて売ってくんなよ、
お兄ちゃん。」
そう言って道端に投げ捨てた自分の上着を拾い上げ、
内ポケットの中からタバコを取り出した。
箱を握り、タバコの先端を口で咥え取り出し火をつけようとして吉澤はそれ以上の行動を止めた。
何とも言えない不快感が頭をよぎっていた。
「・・・」
無言でその場から離れると持っていたタバコの箱を握りつぶしゴミかごに投げ入れた。
「クソ・・」
ジムに行かなくなってから吉澤は少量だがタバコも吸っていた。
ロードワークを続けてはいたが、生活そのものは昔とは大きく変っている。
喧嘩をする事もこの日が初めてではない。
いつもだったら喧嘩で相手を叩きのめした時は気分が良く、普段は美味いと感じないタバコも美味いと思えた。
しかし、この日は違った。タバコは吸いたいとも思わなかった。
喧嘩に勝ったのに、自分は全く無傷なのに。
吉澤の苛立ちはただ大きくなるばかりだった。
42 :
名無し娘。:2001/06/09(土) 03:18 ID:gZKGjNko
読まずにあげます。
いらないから。
43 :
名無し娘。:2001/06/09(土) 03:31 ID:6BVm0dLc
オレは十分面白いと思うがな
44 :
名無し娘。:2001/06/10(日) 09:55 ID:HBWK2pbg
45 :
名無し娘。:2001/06/11(月) 04:28 ID:GKVt4.hg
がんがれよ。期待大。俺もキック好き。
46 :
45:2001/06/11(月) 04:30 ID:GKVt4.hg
・・・懲りたら、age無い方がいいかもね。まだダメの分もがんがれ。
>>42 >>44 あげるの勘弁です。
>>43 どうもありがとう、続けて読んでいってもらえるように頑張ります。
>>45 どうもありがとう。そうですね、下でゆっくりやります。
>>41の続きです
まだ時間あるなあ、これからどうしよっかな・・」
その日、バイトが早番だった吉澤はバイクを走らせながら持て余した時間の使い道を考えていた。
今は何をしても退屈だが、部屋でじっとしているよりはマシだ。
(梨華に電話してみようかな。でもこの時間じゃ迷惑だよね。)
行き先も考えずに走っていると見覚えのある場所が視界に入ってきた。
「・・・」
エンジンを止めしばらく何か考えた後、吉澤は小さく頷き目の前にある建物に歩き始めた。
扉を開けると中にはまばらだが数人の人がいた。
「すみません、ちょっと見学したいんですけど・・」
吉澤がそう言うと入り口近くにいた人が椅子を持ってきてくれた。
椅子に腰掛け改めて自分の目の前の光景を見つめる。
(久しぶりだな・・)
建物の中は饐えたような独特な臭いに包まれ、人の荒い息遣いと
3分ごとに定期的に鳴るゴングの音、
縄跳びのピシッ、ピシッというはじくような音、
そしてサンドバックを叩き、蹴る音だけが聞こえてくる。
そこにいる人間は皆、自分の行動に集中して周りに気をとられている者は1人もいない。
吉澤はいつのまにか時間の過ぎる事も忘れて目の前の光景に没頭し始めていた。
「こんちわ〜。」
練習風景を眺めていた吉澤の真横を見覚えのある顔が通り過ぎた。
吉澤の事を全く気に留める様子も見せず
派手な金髪の小柄な少女は手にした縄跳びを飛び始めた。
(なんか見た事あるな・・)
この少女に会った事がある。
吉澤はそう感じていた。
少女は小柄だが上半身はTシャツごしでもわかるくらい脂肪のとれた無駄のない体つきをしている。
下半身、特にふくらはぎは遠めに座る吉澤にもわかるくらい筋肉質で走り込んでいる事が伺える。
(プロか?)
吉澤の視線はその少女に釘付けになった。
およそ15分ほど縄跳びをこなしたその少女は手にグローブ、
足にスネ当てをつけてリングに上がり、
すぐ傍にいた練習生らしい者に声をかけた。
「ちょっとさぁ、悪いんだけどスパーの相手してくれない?」
一応16オンスの重いグローブをはめているようだが、ヘッドギアはしない。
「感覚つかみたいんだよね。」
「試合前だからさ、会長に言われる量だけじゃ足りないんだよね〜。」
そう言ってその少女はけらけら笑った。
吉澤は少女の声を聞いて彼女が誰だか思い出した。
(矢口・・か?)
>>49 手にした縄跳びを→手にしたロープを
です。すいません、間違えました。
51 :
名無し娘。:2001/06/12(火) 02:06 ID:SAUXwRVI
つーか
> 「感覚つかみたいんだよね。」
> 「試合前だからさ、会長に言われる量だけじゃ足りないんだよね〜。」
同人物の発言を繰り返すのやめれ。誰が誰だかわからん。
52 :
名無し娘。:2001/06/15(金) 04:05 ID:fNCE8tsc
保全。
53 :
名無し娘。:2001/06/17(日) 04:38 ID:fzUu.J/I
hozen.
矢口真理。
彼女は吉澤がプロとして3回戦で試合していた頃に練習生として入門してきた。
当時の矢口は今と正反対でもっと地味な感じだったし、
ジムに練習に来た時もどこか自信なさげで、端の方でサンドバックを叩いている。
そんな感じのイメージしかなかったので、
目の前にいる矢口は吉澤にはまるで別人のように見えた。
「はい、かーん!」
矢口は依然としてへらへら笑いながら自分の口でゴングの音マネをした。
それと同時にキックには不釣合いな飛び跳ねるようなステップを踏み出し、
相手の周りを回り始める。
「攻撃してくれなくちゃ、スパーになんないよー。」
やや、遠目の間合いでステップを踏んでいた矢口は相手を挑発するように言った。
矢口からは一切手を出すそぶりはない。
(何のつもり?攻めないのか…?)
吉澤がそう考えていると練習生が攻撃を始めた。
左ジャブ、右ストレート、左フックと基本的なコンビネーションを
繰り出すものの矢口は口元に笑みを浮かべたまま、
それらをスウェーやパリング等の上半身や腕の動きでかわし、
グローブを自分の顔の前にかざし、来い来い。という仕草で相手を挑発する。
やはり矢口の方から攻め手に回る気配はない。
(あの練習生とじゃ実力差がありすぎる、相手にならない。)
吉澤は矢口の足の位置に注目していた。
どんな時でも相手の真正面に立たない。正面に立たないという事は攻撃側としては厄介な事だ。
コンビネーションは基本的には真っ直ぐに行う。
1、2発ならともかく3発そして4発のコンビネーションを正面にいない相手に
当てる事はほとんど不可能だ。
(ステップ確認の為のスパーリングってわけか…)
練習生は矢口の足を殺そうとローキックを出してみるが、
矢口の反応はすばやく、前足を軽く上げスネで全てカットしてしまう。
(ローは単発じゃ当らない、これじゃ八方ふさがりだよ。)
吉澤がそう思った瞬間、
矢口が速射砲のような左ジャブの連打から右ストレート、左フックと。
前に練習生が出したものと同じコンビネーションを繰り出した。
あっという間にロープ際に追いこまれ亀のように丸くなってしまった相手に
追い打ちに大振りの右ストレートを上から打ち下ろす。
ヘッドギア越しでもその攻撃が効いているのが吉澤にもわかる。
練習生が顔面のガードに必死になった所に右ボディ続けて左ショートで顎をかち上げる。
さらに強烈な左右のローと、攻撃を上下に散らされたまらず練習生は腰から崩れ落ちてしまった。
「おつかれ〜もういいや。ローに繋げるコンビネーションは
こうやってやるんだよ。おわかり?」
立てなくなった練習生を見下ろすようにして矢口が言った。
(『こうやってやるんだよ。』だと?あんな一方的にやられたんじゃ、
何されたかもわかるわけないだろ…)
その光景を見ていた吉澤は矢口の態度に若干の苛立ちを感じると共に、
嫉妬にも似た対抗心を抱いた。
(私だったら今やってもあんな風にいいようにやられない。)
矢口のスパーを見た帰り吉澤は自分の神経の高ぶりに戸惑っていた。
実際、目の前の矢口の強さは感嘆に値するものだった。
おそらく今の自分とは各段の実力差がついてしまっているのかもしれない。
しかし冷静になる事ができない、自然に全身が震え出してしまう。
もう、2度と戻る気はない。
頭ではそう思っていたのに、体がそれを認めてくれなかった。
その夜、吉澤は石川の留守電にメッセージを残した。
「私もう1度やれるかもしれない…。梨華の言う通りジムに戻ることにしたよ。」
58 :
名無し娘。:2001/06/21(木) 02:23 ID:i1NDed7.
保全
>>56の続きです
若干緊張しながら会長室(といっても受付の窓口がついただけの
粗末な小部屋だがに入っていった吉澤は2年ぶりに会長の中澤祐子に会った。
「なんや戻ってきたんか!ずいぶん久しぶりやな。元気やったか?」
中澤は吉澤の顔を見るなり笑顔で言った。
その反応は吉澤にとって意外だった。
なにしろ2年前中澤からの連絡も無視した状態でジムを辞めてしまっていたのだ。
もっとも、すんなり受け入れてくれた事は口下手な吉澤には都合がいい。
(梨華が話しておいてくれたのかな・・・?)
そんな風に思いながらも、吉澤は中澤の目を見て答えた。
「ええ、まぁ。」
「もう1度プロでやるつもりなんか?」
「一応・・そのつもりです。」
質問に答える吉澤の反応は鈍かったが、中澤は特に気に留める様子もない。
「そうか。あんたブランクあんのやから頑張らんとなあ。」
「わかってます。」
「ま、いいもん持ってるんやしまだ若い。気長にやったらええわ。」
「はい、よろしくお願いします。」
吉澤は頭を深く下げると、さっさと練習に行ってしまった。
中澤は会長室から出て行く吉澤の後姿を見ながら考えていた、
(相変わらずやな、表面上は何考えとんのかわからん。
久々に会うたいうのに無愛想やし。けどそれでええわ。)
石川から吉澤が戻ってくる事は中澤に伝えられていた。
だが正直言って2年も何をしていたかわからない吉澤の事が気がかりではあった。
肉体的な強さの事ではない、精神的に脆弱になってしまったのではないだろうか?
そう考えていたのだが、吉澤の顔つきを見てその不安は稀有に過ぎない事を確信した。
(顔つきは2年前と何も変ってないわ。変にうちに媚びるような態度も見せんかった。)
中澤は頬づえをつきながら独り言をつぶやいた。
「あとはあんたがどうやってブランクと向かい合うかやな・・」
バンテージを巻きトレーニングスーツを着込み吉澤は練習場に向かった。
練習場には吉澤以外の人影は無い、それもそのはずでまだ昼過ぎの時間帯。
誰も来ていないジム内で吉澤はゆっくりとストレッチをし始めた。
本当はすぐにでもサンドバックに向かいたいのだが、
気持ちを抑えてしっかりと全身の筋肉を弛緩させる。
ロープスキップそしてシャドーを終えた後ようやくグローブを手にしてサンドバックの前に立った。
サンドバックを揺らし、数回軽く叩き重さと感触を確かめる。
かつて毎日のように練習していた頃の記憶が鮮明に蘇ってきた。
吉澤はサンドバックに抱きつくようにして額を押し当てるとしばらくの間
何も考えずにそのままでいた。
練習の本格的な再開は吉澤にブランクとの葛藤を余儀なくしていった。
頭で考えるような動きができない。
サンドバックを蹴ると以前のような足に跳ね返ってくる衝撃が
無くなっていたしパンチにも体重が乗らず重い攻撃が出せない。
しかし、なによりも吉澤を困らせたのは顔面の反応速度の低下だった。
「梨華、マス付き合ってくれないかな?」
そろそろいいだろう。
そう思い練習再開から数日ほどして吉澤はパンチだけのマススパーリングをしてみることにした。
――― まあ今は昔みたいにはできないだろうけど
その程度に考えていた吉澤は2年間のブランクがどれだけ大きいか
実感する事になる。
もらうはずのないような捨てパンチまでもらってしまう。
石川は選手兼トレーナーではあるが元々トレーナーが本職だ。
その石川が明らかに手を抜いているのに、だ。
「疲れてるんじゃない?練習再開したばかりだし
今日はこのくらいにしておこうよ…」
余りにも無防備でパンチをもらってしまう吉澤を心配しての石川の言葉だったが吉澤は笑顔で答えた。
「大丈夫、1日でも早く調子取り戻したいから。」
結局その日、吉澤は石川のパンチにほとんどまともな対応ができなかった。
しかし心配する石川をよそに吉澤は少しも落ちこむことなく驚くほど元気だった。
まるで今この場にいられる事が自分にとっては最上の幸せだと言っているかのように。
>>61の続きです
ジムで矢口と顔を合わせたのは正式に復帰してから2週間ほどしてからだった。
それまではお互いの練習時間がたまたま重ならなかったのだが、
その日は偶然全く同じ時間帯に練習する事になった。
「なんだ、あんたまたキック始めたの?」
サンドバック打ちをしている吉澤に矢口が声をかけてきた。
「あぁ。」
吉澤はサンドバックを打つ手を休めずに答える。
この所、数週間毎日ジムに通い詰めているせいか吉澤の勘は徐々に戻りつつあった。
復帰を決意した当初はかつての後輩である矢口への対抗心も確かにあったのだが、
今はもうそんな事は頭から消え去っていた。
「へぇ…戻ってきたのは聞いてたけどさ、実際目にするとどうもね。」
矢口は吉澤の叩いているサンドバックの真横に来て話しを続けた。
「残念だよね見る影もないっていうかさあ。やばいよね。」
「・・・」
吉澤は矢口の言葉に一切反応を見せないでサンドバックに向かっていた。
さらに打ち続けようとした瞬間、矢口がサンドバックを両腕で抱き止めて言った。
「軽〜。やばいって、こんな状態から何しようっての?昔は破壊力命だったじゃん。」
吉澤は荒い呼吸のまま両腕を下げると答えた。
「なんか話があるなら練習終わってからにしてくれないかな。」
吉澤の反応に矢口は、ふんと鼻をならすような表情を見せて言った。
「別に、話って程の事でもないよ。」
「だったら後にして。」
そう言って再びサンドバックを打とうとした吉澤の腕を矢口がつかむ。
「あんたさぁ・・キックなめてない?」
「・・・」
「2年も連絡もなしで、それでまたプロで復帰したいからとか言って
いきなり現れる。あんたガキ?私はさ真剣に打ち込んでんだよね、
だからあんたみたいな奴、頭に来るんだよ。」
吉澤は一瞬かっとなったが、すぐに冷静になってその感情を抑えた。
「悪いけど練習続けるから。」
そう言って矢口の腕を離すと再びサンドバックに向かおうとした。
すると矢口は今度はサンドバックに寄りかかってきて言う、
「こっちはまだ言いたい事があるんだよ…」
これには何を言われても黙っていようと思っていた吉澤も我慢できなくなった。
矢口の方へ向き合いお互いに睨み合う形になった時、石川が間に割って入った。
「ちょ、ちょっと2人とも止めなよ。練習中なんだし会長が来たらまずいでしょ?」
石川に止められた矢口はしばらく黙っていたが、諦めたのか吉澤の方に目を向けて言った。
「良かったね優しい彼女がいてくれてさ。今のあんたと私がやり合ったら1分もたないもんね。」
「か、彼女なんかじゃ・・」
矢口にそんな事を言われて石川は一瞬、紅潮した。
「あ〜あ、会長何考えてんのかなあ、こんな奴の復帰許してさ。」
捨て台詞のようにそう言うと矢口はロードワークに出かけて行った。
「気にしない方がいいよ、矢口も試合前だから気がたってるだけだと思うし。」
石川がそう言うと吉澤は口元に笑みを浮かべて答えた。
「ああ、気にしてないよ。それよかありがとね。さっきはちょっと
やばかったかも。梨華が止めてくれなかったらあたし挑発に乗って
スパーとかやってたかもしれない。」
そう言って吉澤はいたずらっぽく笑った。
吉澤の表情に石川はほっとしたような笑みを浮かべて言った。
「ほんと、今やったら1分もたないっていうのは実は私も思ってた!」
「あ?お前までそういうこと言うか!」
吉澤がそう言うと2人は顔を見合わせて笑った。
石川は久しぶりに吉澤の笑顔を見たような気がした。
今までも2人で外で会った時に笑う事はもちろんあったけれど、
本当におかしくて笑っているような笑顔は久しく見ていなかった気がしていた。
吉澤は連日、練習生の誰よりも遅くまで残って練習を続けた。
オーバーワーク気味かもしれないがそんな事より出きる時に1秒も無駄にせず練習したい。
そういう意識が吉澤から感じ取れていたので中澤もそして石川や他のトレーナーも何も口を挟まなかった。
吉澤の行動はブランクという足枷を目には見えないスピードでだが少しずつ少しずつ取り外していった。
66 :
名無し娘。:2001/06/26(火) 02:20 ID:bBFO9wj2
保全を。
67 :
リハ中:2001/06/27(水) 20:41 ID:j67cNxS.
・・・久し振り。
>>54 矢口真理 → 矢口真里、ね。ま・ありがちだが。
がんがってね。
68 :
名無し娘。:2001/06/28(木) 04:15 ID:Taj/F77U
保全
>>65からの続きです
練習再開から2ヶ月ほとんど満足な休養もとらずにジムに通いつづけていた為
ややオーバーワーク気味で慢性的な体の重さを伴ってはいたが、
しかしそれと対照的に、失われていた感覚といったものを吉澤は取り戻していった。
ロードワークやロープスキップ、腹筋や腕立てなどの補強の量と質はうなぎ上りにあがり、
復帰当初は見る影もなかった相手の攻撃を見極める眼と反応速度はスパーをこなすほどに向上していく、
サンドバックへの打撃練習の際は効果的な体重の乗せ方と筋力アップが、
上手く組み合って強烈な打撃を生み出す。
そしてキックのトレーニングのメインとも言えるミット打ちは、
吉澤のミットが始まると周りの練習生が手を休めその動きに見入るほど激しいものになっていた。
繰り出す一撃一撃にミットを持つ中澤の体が大きくずれる。
周りで真剣に吉澤の動きを見つめる者の中には矢口の姿もあった。
もう余計な口は挟んでこない。
「50!!」
中澤の合図と共に吉澤はミドルキックの連打を始めた。
ミット打ちは全力を出しきる練習だが中澤は選手が最もつらいだろう場面でさらにきつい要求をしてくる。
だが吉澤はラストのミドル50連打を威力とスピードを落とすことなく蹴り続ける。
「おし、今日は上がりや。シャドーとストレッチそれと補強忘れずにな。」
「はい、ありがとうございました。」
中澤は吉澤の肩を叩くと練習場から出ていった。
通路に出たところで中澤はまだ痺れの残る自分の腕を見つめつぶやいた。
「2ヶ月か…そろそろやな。」
その日吉澤は中澤から練習前に会長室へ顔を出すように言われた。
「調子良さそうやないか?思っていたよりええ感じやな。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
中澤は少し間をおくと吉澤の顔を見つめて言った。
「どうや、やってみるか。」
「やるって…何をですか?」
きょとんとした顔で尋ね返す吉澤に中澤は真剣な表情で答えた。
「その気があるなら次の団体交流戦の中にあんたの再デビュー戦を組もうと思う。」
「……」
吉澤の脳裏にリングに上がった自分の姿が浮かぶ、答えに躊躇する必要はない。
「はい、よろしくお願いします!」
再起戦が組んでもらえる。
吉澤は叫び出しそうになるのをこらえ、中澤への挨拶を済ますと足早に会長室から出ていった。
練習場へ向かう通路の所で石川の姿を見つけた吉澤は駆け寄ると思わず抱き付いてしまった。
「うああ!?なに?なに?」
「やった!試合が出来るよ!!」
「し、試合って。再起戦の事?」
「うん、次の興行で。相手はまだ決まってないみたいだけど見に来てくれるよね!」
「って言うか、あたしその試合のセコンドにつくと思うけど…」
笑顔でそう言う石川を見て吉澤は思わず苦笑いを浮かべた。
「そうだよね、そういえばそうだ。やばい…興奮し過ぎだって。ちょっと走って頭冷やしてくる。」
そう言ってジムから出ていこうとする吉澤に石川が声をかけた。
吉澤が振り向くと石川は右手を胸の前に持っていき、笑顔で拳を握り締めた。
それを見た吉澤は照れくさそうに頷くと、それから飛び出すようにして走りだした。
>>66 >>68 保全ありがとうございます助かります。
>>67 久しぶりです!!復帰したんですか?
っつーか何気に名前間違えまくってますよね、どうもありがとうございます。
72 :
くそったれ娘、:2001/07/01(日) 00:35 ID:S3LrEHDA
( ´D`)y-~~<晒しage
73 :
名無し娘。:2001/07/01(日) 00:43 ID:ZX9WGg52
>>72 マジでやめてくれよ・・・。結構君の事好きなんだぜ?
74 :
名無し娘。:2001/07/04(水) 02:49 ID:xpGZfuFw
続き期待。
75 :
名無し娘。:2001/07/07(土) 02:39 ID:2pGjhl4g
保全しとく。
>>70からの続きです
数日後、吉澤の再起戦が正式決定した。
他団体との交流試合での5回戦、第3試合が吉澤の試合となった。
「相手は関西IKFフェザー級5位の選手や。正直な所、戦績はあんたとは
比べ物にならん。けど慢心はあかんで、あんたは試合からは遠ざかっとるんやからな。」
「相手、フェザー級って…?吉澤はライト級ですよ。」
相手資料に目を通していた石川が怪訝そうな顔で中澤に言った。
「いや、それは前の試合までや。今回ライトに階級上げしてくるらしいわ。」
それを聞いた吉澤は石川の持っていた資料に目を向けて答えた。
「なんでもいいです、試合が出来るなら相手は誰だって。」
――― 夕日に照らされる土手
長い直進の道を小柄な少女が呼吸を乱すことなく一定のリズムで走っている。
目の前から来た子犬を散歩させている中年の女性の脇を通りかかった時、
少女は走るのを止め声をあげた。
「かわいいなぁ!この子。」
女性が声の方に振り向くと、小学生のような少女が満面に笑みを浮かべて駆け寄ってきた。
まだ幼さの残るその少女はこの時期には不釣合いなほど厚手のスウェットスーツに身を包み全身汗だくになっていた。
(ダイエット?まだ子供みたいやのに…変わった子やな。)
「この子名前なんて言うの?めっちゃかわいいなぁ。」
笑顔で女性に語りかけると少女はその場にしゃがみ込み、しばらく子犬とじゃれあっていた。
女性もあどけないその態度を見ると最初に感じた少女への違和感もなくなり次第に表情を緩ませた。
「…あんた何か運動でもしてはるの?そんな汗だくになって。」
女性の質問に少女は顔を上げると、笑みを浮かべて頷いた。
「そや、ええもん見せたろか。」
不意に少女はスウェットのポケットに手をやると何かを取り出して女性に見せた。
「綺麗やろ?」
それは1枚の写真だった。
写真には少女よりは若干年齢が上だろう女の子が写っていた。
「うん、綺麗な子やね。あんたのお姉さん?」
女性が笑顔で尋ねると少女はその質問には答えずに話し始めた。
「おばちゃん…肘打ちって知ってるかあ?」
女性の方に顔を向けた少女からはさっきまでの無邪気であどけない表情が消えていた。
少女の言ったセリフよりもその表情の変化に不気味さを感じて女性は何も言わずに首を横に振った。
「肘打ちいうんは、体のこの部分を凶器の状態にして使う技のことや。」
立ち上がり女性の方に向き合った150センチあるかどうかというほど小柄なその少女は腕をまくり自分の肘を見せると、そう言った。
「肘には2つあるんや。壊す肘と切る肘。けどうちは壊す肘は嫌いや、
やったあとが綺麗じゃないからな、皮膚が裂けるような切る肘が好きやねん。
上手くやると顔がざっくりナイフで切ったみたいに。ってやつや。」
少女は女性から目を離し再び写真に視線を落とすと、口元に歪んだ笑みを浮かべつぶやいた。
「綺麗な顔やなぁ……。なぁ、おばちゃん。この顔切ったらどうなんのやろ?」
そう言って笑顔で再び自分のほうを向いた少女と目が合った瞬間、女性の背筋に悪寒が走った。
自分を見つめるその目がまるでガラス玉のような冷たい目に見えた。
「早う会いたいなあ…『吉澤ひとみ』ちゃん。」
79 :
名無し娘。:2001/07/12(木) 00:01 ID:vgBjyq4A
(0^〜^0)<保全
80 :
名無し娘。:2001/07/15(日) 03:02 ID:2F/D6xB2
81 :
名無し娘。:2001/07/17(火) 02:19 ID:fzUu.J/I
82 :
名無し娘。 :2001/07/18(水) 00:33 ID:Pnqqw8Yk
83 :
名無し娘。:2001/07/21(土) 03:24 ID:HCf37zAU
保全
84 :
名無し娘。:2001/07/24(火) 02:54 ID:WJid0zYY
85 :
名無し娘。: