「皿は見ていた。」

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1パラリラ族
序章

オーナーは、死んだ。

レストラン「ダークナイト」のオーナーが死んだ。
死因は不明。

オーナーが死んで、残ったもの。
路頭に迷った10人の店員と、借金である。
しかも、女ばかり。

経営者であり、優秀な料理長を失ったレストラン。
そんな店に残された10人。

この物語は、そんなレストランの行方、
そして、彼女達の行方を書いた。
そんな物語である。
2パラリラ族 : 2001/01/07(日) 03:26 ID:2qYFSXdA
登場人物

中澤 新料理長。経験が生み出す腕にも、天才と謳われる後輩に抜かれる不安を持っている。
安倍 ミラノ、パリ、ベネチアを渡り歩いてきた。日本屈指の女料理人。
後藤 やる気は無いが、安倍を上回るほどの素質を持つ。
保田 パティシエ。自分の方向性に悩む。

飯田 給仕長。
矢口 レジ打ちの天才。
加護 見習い。
辻  見習い。ミスが多く、叱られてばっかり。

吉澤 ソムリエ―ル。
石川 この店の財務、経理を一手に引きうける。弱い一面がある。
石川 
3パラリラ族 : 2001/01/07(日) 03:41 ID:QuCA6bIk
第一幕

朝は早い。
午前5時には、すでに素材の見極めに、築地や河童橋にむかう。

築地
男勝りにセリに参加する中澤。仲買いの親父にマグロの品質を確かめる安倍。
そして、そこはかとなくぶらぶらしている後藤。
三人三様である。

やがて、魚を積みこんだワゴン車は、店に向かった。
「今日は良いマグロが入ったよ。どうする?」
「ちょっと待ってよ。今日はホタテよ。」
「ダメよ。こんな新鮮なマグロ滅多にはいんないよ。今日はマグロ。」
「ホタテだって…こんないいもんは滅多にはいんない。ホタテ。」
安倍と中澤の方向性の食い違いから生ずる小競り合い。毎朝だ。
2人とも「ヌーベル、キュイジーヌ」を基調とするが、やはり個性はぶつかるようだ。
「両方使えばいいじゃん」
後ろから、目を覚ました後藤がいった。
「同じ皿って訳にはいかないけど、ホタテなんか軽いからオードブルに良いし、マグロはなんでもいけちゃうから、別にいいじゃない。」
正論だ。2人とも黙ってしまった。
ちょっと重い料理をとくいとする安倍。軽めの料理が中心の中澤。
そして、素質は一流の後藤。
3人の天才。ぶつかり合う個性。

気まずい雰囲気のまま、店に着いた。
まだ給仕達は来ていない。開店一時間前、つまり午前10時に来ればいいからだ。
店には、経理の石川、そしてソムリエの吉澤しかいない。
4名無し娘。 : 2001/01/07(日) 05:10 ID:9LTaDYVs
吉澤のソムリエ姿、カッコよさげ
5パラリラ族 : 2001/01/08(月) 04:48 ID:bWUkE8NQ
厨房に入ると、いつものように食材が搬入されている。
チーズ、牛肉、生ハム、野菜、生クリーム、調味料…
沢山の食材が、所狭しと置いてある。

「おはようございます!」
頭に三角巾。場違いなほど派手な衣装。経理の石川だ。
市役所を首になった哀れなる公務員。
拾われてからは、コスト意識の徹底を図ってきた故に、あまり印象は良くない。
それを悟っているのか、ここ数日は店内の掃除などを買って出ている。

「皆さん。店内の掃除すませておきました。後、イタリアの生ハムメーカーから試供品です。」
朝からまぶしい笑顔。それがいけ好かない。
「ああ、おおきに」
中澤が、表情を変えずに受け取った。
「あと、それからー」
あの話―彼女達は直感した。
「今月は、赤字を無くしましょうね。もっとコストを考えてくれなきゃ、赤字はへりませんよ!」
コスト―彼女が1日数回は口にする言葉―料理人のもっとも嫌う言葉である。
「冗談じゃない!コスト、コストって、コストを気にしていたら料理なんて出来ないわ!」
中澤の反論が飛ぶ。いつもの事。
「経営を立て直すには、材料費を少し削るしか・・・」
「無理や!うちらは最高の料理を出す!それが仕事や!」
中澤は興奮すると関西弁が出る。
「店が潰れても良いんですか?」
「味が落ちたらもっと早う潰れるわ!」
言い争いは断然中澤が強い。
石川の目に大粒の涙が膨れ上がる。
何時もの事だ。続く
6パラリラ族 : 2001/01/08(月) 05:15 ID:uCfX1jtM
石川は、泣きながらワインセラーに走っていた。
薄暗く、かび臭く、陰気なワインセラー。
(今の私が、そうなのかな…)
自分の心なのかもしれない…

黙って泣かせてくれる。ソムリエール、吉澤。
このワインセラーの主だ。

イタリア、フランス、ギリシャを渡り歩いて、ワイン修行をしてきた。
あくまで独学。
いろいろな苦難を絶えてきた吉澤。
店の経営を立てなおそうともがく石川。少しでも美味しいものを作ろうと採算度外視で頑張る料理人達。
意識は同じなのに、起こる対立。
吉澤には、どちらも気持ちもわかる。しかし…

「ひっく・・・うっ・・・」
ワインセラーの奥で泣いている石川を、ただ見守るだけ。
それが、吉澤にできる精一杯の事。

吉澤は、ワインを一本開けた。
世間では名も知られていない家庭用ワイン。石川の生まれ年1984年もの。
甘い芳香が漂う。
タスト・ド・パンに注いだワインを、石川に差し出した。
自棄酒のつもりか、石川は一気に飲み干した。
石川の口に甘い味。そして酸味が駆け抜けてゆく。
朝の薄日が差し込むワインセラー。
石川の目に、また涙が湧き上がった。
続く

7名無しっ娘。。。 : 2001/01/08(月) 05:18 ID:peEHc6Tg
期待age
8パラリラ族 : 2001/01/08(月) 05:26 ID:uCfX1jtM
厨房にも、ワインの香りが漂う。
石川と言い争って、泣かせてしまった時。
中澤の後悔の念。
憂さ晴らしに、ワインを開ける。
今月に入って何本目の憂さ晴らしワインだろう。
「悪いことしちゃったなあ・・・」
中澤がつぶやく。
「うん、リカちゃんだって一生懸命なんだし・・・」
マグロをおろす安倍が言った。
「あーあ、わかってるんやけど、コスト、コストと言われると・・・」
「うん…コストね…」
皮ぎわの部分を薄く削ぎ切りにして味見。最上級のマグロは、口の中でとろける。
「コスト気にしちゃうと、腕鈍っちゃうし・・・」
経済学部を出て、コスト削減を第一に考える石川には、賛同しかねる。
「料理屋は、コストを減らして解決するようなものじゃない。コスト減らして、味落ちたら嫌や。」
料理を愛する心は人一倍。一切の手抜きをも許さない妥協無しの姿勢。
彼女達は、紛れも無いプロである。
料理のプロ。経理のプロ。
相反するポリシーが、邪魔をする…
続く
9パラリラ族 : 2001/01/08(月) 05:38 ID:UiFg0T5c
ワインセラー。
店で使うワイン。
客に出すワイン、料理用ワイン、リキュール、その他酒類…
まさに、店の財産であり、「華麗なる引きたて役」である。

朝の光。立ちこめるワインの香りが、かび臭い匂いを飲みこんでいく。
かたくななまでに、コスト削減を提唱し、対立ばかり。
疲れていた。
経済学部で習った知識は、料理店では通用しない事ばかり…
それも、自分の仕事にこだわり、妥協を許さない料理人の前に、採算は度外視され、コストは膨れ上がる。

「私は・・・」
市役所を首になって、経理として先代に拾われた。
しかし、彼女のコスト削減計画は、沫となって消えていった。
「どうすれば・・・」
朝のワインセラー。香る甘い香り。
まるで、雪解けを迎えた彼女の心のような光景だ。
続く
10パラリラ族 : 2001/01/09(火) 02:26 ID:nSQN8HbA
ジャガイモの皮をむく中澤、相変らずマグロと格闘している安倍、そして野菜の下ごしらえをしている後藤。
ランチタイムに向けて、三人が忙しく動く朝の厨房。

戸が開く音がした。
パティシエ、保田が重そうな荷物を抱えている。
チョコレート、グラニュー糖、ドライフルーツ、季節の果物…
いつもより少し少なめだ。

荷物を運び終えるなり、保田はレシピノートを開いて、考え込んでいる。
かつては華々しく才能を開花させていた保田も、最近は、ありきたりなものしか作れなくなった。
それに比例するように、彼女から元気が失われていく。すっかり乾いてしまった。
保田は、手にドライフルーツを取った。
からからに乾き、かつてのみずみずしさとは無縁の姿。
(今の私って、こんなのかなあ…)
最近よくつぶやく言葉である。

10時にもなると、おおかたの下ごしらえも済み、料理に入っていく。
時間がかかるもの、冷たくして食べるもの、ソース、デザート…
この時間帯は、そう言うものを作る。
忙しくスープのあくを取り、味加減を見る中澤、パイ生地をこねる安倍、肉類に下味をつける後藤。
そして―生クリームをかき混ぜる保田。
迷いを吹き飛ばすように、シャカシャカ、いつもより早く混ぜている。
しかし、いささか納得いかなさそうな表情が、彼女の顔に現れている。
続く
11パラリラ族 : 2001/01/09(火) 02:51 ID:nSQN8HbA
10時。
開店一時間前、給仕長飯田がやって来た。

料理人が作った料理を運び、お客の反応を確かめ、その皿を下げる。
そして、唯一客の目に触れるもの達―
給仕の態度が悪ければ、味が良くても、お客は2度とはその店に足を運ばない。

給仕のプライド、責任、そして仕事への自信―
ずっと給仕一筋の飯田。それだけに気負うものも大きい。

一昔前のメイドの制服風―それがこの店の給仕の制服だ。
(入ったばっかの時は、これが嫌だったなあ…)
若草色、ちょっと短目のスカート、縁取りのレース。
確かに、ちょっと恥ずかしい代物なのかもしれない。
(でも、この服は、私のプライド!)
入ってから、ずっと自分のそばにいた制服。
彼女の仕事のすべてを、知っている―

着替え終わったところに、次つぎと店員が入ってくる。
給仕であり、この店のレジ打ちを一手に引きうける矢口。
そして、新入りの辻、加護。

店員達が出揃ったところで、飯田は挨拶の練習をはじめた。
「いらっしゃいませ!」「ご注文はお決まりでしょうか?」「お待たせいたしました。」「有難うございました!」
お決まりの、接客業の基礎的なものばかりだ。

全員で何度も繰り返す。それがこの店の開店前のセレモニーだ。
明るく、それでいて雰囲気を壊さない挨拶。
簡単なようで、難しい。

朝は流れていく。
それぞれの思いを交錯させて
続く

12パラリラ族 : 2001/01/10(水) 03:02 ID:TSihz7nw
暇な時間
給仕達が挨拶、料理人達が料理を作る開店一時間前。
ワインセラーの吉澤には、凄く暇な一時間である。
その時間は、ワインの本を読むか、雑学の本を読むか、趣味である数独の本を読むか…

ワインセラーの奥。
彼女が座るデスクの横に、本棚はある。
ワインの専門書、ソムリエの本、雑学、教養の本、数独パズル…
50冊以上の本が並んである。
きちんと整頓しているところが彼女らしい。
吉澤はその中から、雑学クイズの本を開いた。

ソムリエには、ワインの知識はもちろん、客を楽しませる教養が必要になる。
文学、社会、科学、歴史、料理史、ワインに関する笑い話…
料理を待つ客の話し相手になるときも多い。

本を読むときの彼女は、普段の彼女とは違う。
普段の彼女より、数倍才女を感じさせる雰囲気。
石川や、飯田とは違った「上品さ」をかもし出す。
普段の彼女が、若いワインだとしたら、本を読む吉澤は、30年ものの深みのあるワインになるだろう。

本を読み終えると、10時55分。
開店5分前。
吉澤は、タスト・ド・パンを首にかけ、店へと出た。
続く
13パラリラ族 : 2001/01/10(水) 03:29 ID:i8dtC.mA
事務室。
といっても、机三つに応接セットだけの小汚いスペースである。
店の華麗さとは正反対だ。

そのうちのひとつが、石川の机だ。
元市役所勤務だけあって、机の上は整頓されている。
机の上には、パソコン、電話があり、本棚には、経済学の本や趣味のファッション雑誌が並んでいる。
小物は、ピンクで統一されていて、小汚い事務所に異質な一角を作り出している。

石川は、この部屋でほとんど1日を過ごす。
店の経理、雑務一般を一手に引きうけている石川。
書類作成、電話番、予約受付、金融機関回り…
これらを1日中一人でやっている。
当然、トイレにすら、迂闊には行けないほど、忙しい。

一人でパソコンに向かっていると寂しさを感じる。
コスト削減の徹底、派手な衣装、高い声、暗いキャラクター…
そう言ったものがからみあって、自分の評判を落としている。
そんな事は、とっくの昔に気付いていた。
(何がいけないの…)
コストを口にすれば、中澤達に嫌われる。
かといって、このままコストが膨らめば、店は潰れてしまう。
市役所を首になったとき、拾ってくれた先代への感謝の念。
(絶対、店をつぶすわけにはいかない!)
彼女の悲壮な決意である。

9時半。
石川は、懐にあるピンクのメモ帳を見た。
問屋回り、金融機関回りが控えている。
石川は、コートを着込み、携帯電話を持つと、駐車場に向かった。

店には、ワゴン車と、一台の軽自動車がある。
先代の形見だ。
石川はエンジンをかける。始動音とともに、アクセルを踏み込む。

役に立たない経済学…揺らぐ「経理のプロ」の自信…
石川は、迷いを振り切るように顔を叩くと、車を出した。
続く
14パラリラ族 : 2001/01/12(金) 03:43 ID:Cf3lsBi.
開店

開店時間11時には、早めのランチ客が数人いる程度だ。

メニューは、日替わりランチだけ。

ホタテのクリームスープ
マグロの赤身カルパッチョ中華風ごまソース
アンディーブとチコリーの親子サラダ
オレンジと桜桃のカスタードパイチーズ風味

ランチメニュー一筋。
それに、今出来る最高の腕を尽くす。

客足は、程ほどの入りだった。
しいて言えばいつもより少し客がいるということだろうか。
給仕長飯田はそう読んでいた。
恐らく、矢口もそんな感じだろう。

一人の客にかける時間、わずか30秒。
30秒の間に、コアなファンを作ってしまうほどの笑顔を作る。
その無邪気さすら感じる笑顔の持ち主とは思えないほど、てきぱきしたレジ打ちと確かな計算。
そして、無駄が無い動き。

厨房も、フル回転中だ。
中澤と安倍の個性が光り、それに後藤の確かな仕上げが垣間見える。
それが、この店の主人亡き後の味だ。

中澤は、主人亡き後、主人のノートを捨てた。
いや、ひそかに棺おけに入れて燃やしてしまった。
(これからは、あの人のレシピに頼ってはいけない。頼りになるものがあると、だらしなくなってしまうかもしれない。
レシピに頼りっきりになってしまうこともあるだろう。
私達が、新しい味を作らないと…)
中澤の、決意だった。
続く
15パラリラ族 : 2001/01/12(金) 04:07 ID:xS4bdsVQ
11時

店ではてんてこ舞いのランチタイムである。
この時間、石川は大通りの渋滞で進まない車の中にいた。

石川は、メモ帳を取り出した。
今日も、予定はびっしりだ。
問屋への代金納入、銀行で経営資金引き出し、宴会の打ち合わせ…
そして…市役所。
かつて石川が勤めていた場所で、首になった場所だ。

石川は、カセットを取り出し、デッキに入れた。
主人が好きだったサザン。
泣いているような歌声、切ない歌詞…
石川の頬に、涙が伝った。

時間は過ぎていった。
銀行、問屋、宴会の依頼者…
そして…もっとも行きたくない場所…
玉勝間市役所
彼女の元の職場。

良い思いではなくとも、嫌な思い出は沢山ある。

駐車場で、石川は仕事内容を確認した。
人事部、財務部の合同忘年会の打ち合わせ。

石川は、もう嫌だった。

市役所時代、石川は財務部勤務だった。
続く

16パラリラ族 : 2001/01/13(土) 04:28 ID:z45xHRns
2年前
石川は中級国立大の経済学部を出て、玉勝間市役所の財務部に就職した。
役所内では、政策部についでエリートの集まる場所である。
そして、採用試験でもトップ。
まさに、市役所のエリートとして財務部に入った。

しかし、そんな学歴が、反感を買ってしまった。
エリートが集まると言われていても、皆石川よりレベルの落ちる大学の出身。
石川は、羨望と、訳の分からない妬みの目で見られていた。

そして、石川は美女である。
当然、女子職員からは嫌われるし、男子職員からは性の対象扱い。

それからの石川は、悲惨な目に会った。
女子職員からは、無視され、いたずらに遭い、散々恥を掻いた。
出世をもくろむ財務部副部長は、石川を人事部長に「紹介」した。
部長にいたっては、石川を好色で有名な市長や市議会議長に抱かせた。
当然、部長や副部長、庁舎幹部に毎日のように抱かれた。
いや、「抱かされた」。

そんな石川に、救いの手を差しのべるものはいなかった。
うわさは広がり、庁舎内で石川を知らないものはいなくなった。
石川を見る眼はさまざまだ。
軽蔑、欲望、蔑視…

嫌がらせはエスカレートし、悪戯電話、メールが届くようになった。
マンションの入り口付近で襲われたりもした。

悲しい毎日を過ごしていた。

ある日、彼女は恋人に出会った。
市役所で出会った新米弁護士。
彼は、優しい男であった。
彼女の心に、夜明けが見えてきた。
続く
17パラリラ族 : 2001/01/13(土) 05:09 ID:XqSfQm12
石川は、彼の家に身を寄せる事になった。
事情を知った弁護士が、彼女の身を案じての事だった。

市民団体を主宰する父、行政書士の弟、研修医の妹…
エリートながら、温かい一家に、石川は幸福を見た。
心の余裕を失い、いつしか笑わなくなった石川に、久々に笑いが戻った。

弁護士と弟は、石川に対する嫌がらせを止めさせようと奮闘した。
しかし、効果は無い。

市長達を追及するには、石川の証言以外に証拠が必要だった。
無法地帯と化した市役所に救う許しがたい悪を。

弁護士が調べるに連れて、弁護士宅にも脅迫が入るようになった。
怯える石川に、父は
「もうすぐだ」
と言い聞かせた。

ある日、石川の携帯が鳴り響いた。
なんと、弁護士が暴漢に襲われたと言う電話だった。

泣きながら、石川は愛する人のもとに走った。

病室には、医師と家族がいた。
石川が駆け寄って、数分後…
弁護士は、死んだ。
続く
18パラリラ族 : 2001/01/13(土) 05:17 ID:XqSfQm12
異常に気付いたのは、弁護士の葬式の日だった。
近所の人間が誰一人来ない。

家族は、完全に孤立した。
近所の人間は、一家を無視するようになった。

マスコミの取材が殺到し、根拠の無い報道があふれた。
マスコミの大半が、弁護士を批判していた。

マスコミと共に、見物人が押し寄せ、いたずらが横行した。

追い討ちをかけるように、妹が市民病院を解雇された。
そして―
次の日、石川は市役所を解雇された。
同時に、給料無し、ボーナスすら、出ない。
むごい仕打ちだった。

この市では、市長に逆らえば、生きていけない。
一家は、この町を去ることに決めた。
庭先には、弁護士が愛してやまなかったコスモスが咲き乱れる日の事だった。
続く
19パラリラ族 : 2001/01/13(土) 05:29 ID:1yz/.Qmk
引越しの日
めっきり弱ってしまった父、兄の死のショックから立ち直れない弟、悲しみに打ちひしがれた妹…
それぞれが、家に別れを告げていた。

引越しの準備も終わり、一家は庭に立った。
弁護士が一番好きだったコスモス。
彼が死んだ後も、枯れることなく咲き乱れている。
石川は、コスモスを一本慎重に抜くと、土を詰めたバケツに植え替えた。

一家は、バケツを手にすると、石川に続くように、植え替えをはじめた。
誰もが泣いていた。

別れの時。
「本当に良いのかい?」
父親が聞いた。
「迷惑かけちゃったから・・・」
「俺は、俺は、ぜんぜん迷惑じゃなかった。」
弟が、子供のような大声で言った。
「辛くなったら、いつでも来てね・・・」
妹がつぶやいた。

そして、一家は玉勝間を去っていった。
3ヶ月前の事だった。

それから、石川は住むところを転々としながら、仕事を探した。

ある日、川のほとりで、石川は泣いていた。

その時、石川の前に帽子が飛んできた。
薄汚れた、白い帽子である。
続く


20名無し娘。 : 2001/01/13(土) 15:54 ID:2dZB09A.
頑張って下さい。
いしやすか、ごまなちがみたいです
21パラリラ族 : 2001/01/13(土) 16:14 ID:on4XwX/M
>20
うーん。いしやすは難しいかも。
ごまなちは展開的にぜひやりたい。
もう少し石川の過去編が続いてから、そっちに行こうかな?
2220 : 2001/01/13(土) 19:26 ID:nRJaGsJU
期待してますー。
頑張って下さい
23パラリラ族 : 2001/01/13(土) 20:49 ID:Z3yACxgk
「すんまへんな、ちょっとそれとってくれまっか?」
コック風の男が、巨躯を揺すって走ってくる。
石川は、それをとって、渡した。
男は石川を少し見、
「おおきに。ところで、どないしはったんでっか?」
そう言ってハンカチを差し出す男に、石川はすがり付き、泣いた。

夕暮れの川面に、男と石川が映っている。
石川の境遇を聞いた男は、突然
「キャビアって、キャービアにあう」
いきなり親爺ギャグを飛ばした。
少し間を置いて、石川は吹き出した。
「良かったわ。笑うてくれて。笑うたら腹減るやろ?今夜は家で飯食っていき。」
男は、そう言うと、勢いよく立ちあがった。
「さあ、いくで。」

レストランのオーナーと名乗った男は、自分がオーナーシェフを勤める店へと連れてきた。
事務室に通された石川は、オーナーが差し出した紙を見つめた。
「採用申込書」「採用条件」
石川が何かを聞こうとする前に、オーナーが言った。
「市役所以上の給料は出せないが、それで良かったら、うちで働いてくれんか?経理の姉ちゃんがやめちゃってなあ。」
石川の人生が変わった―

そこで、回想は止めた。
石川の頬に、大粒の涙があふれている。
その涙をぬぐうと、庁舎に向かって歩き出した。
続く


24パラリラ族 : 2001/01/14(日) 04:37 ID:/NbgPN8w
人のうわさは75日。と言うことわざがある。
この時、石川はこの言葉を自分に言い聞かせていた。
そうしなければ、つぶされてしまいそうだからだ。

だが、市役所の人間は簡単に石川の事を忘れてはくれなかった。
入って来た石川を、冷たい視線が突き刺す。
一刻も早く帰りたい。目に涙がにじむ。前が見えない。

3階の財務部も、まったく雰囲気が変わっていない。
市役所内きってのエリートの巣窟。しかし、実態は、根暗な人間、出世の為には他人を不幸にしてもかまわないエゴイスト、エロ親爺―
無法地帯だった。

部員に声をかけ、部長を呼び出してもらった。
自分を市長に斡旋した部長は、その恩賞か、今は収入役に取りたてられている。
その引きで、副部長が部長に昇格していた。
自分の出世のために、人事部長に自分を売った薄汚い男―
その男が、現れた。

部内の応接セット。
好奇の視線が、刺さる。
前には、部長と宴会担当者が座っている。
石川は、泣きたいのを我慢して、淡々と説明をした。
「キミ、こんなところで働いていたんだねえ。」
部長がいう。
「知らなかったよお。」
宴会担当者が、うそを隠しているような口調で言う。
宴会担当者は、絶対自分が働いている事を知っていた―石川はそう確信した。
「では、失礼します。」
一刻も早く、帰りたかった。しかし、まだ人事部がある。

「あ、そうそう、市長の選挙激励会もかねるから。」
石川を貫く言葉だった。

玉勝間市長―
長期政権を敷き、逆らうものは市から追い出す。いや、そうするように仕向ける。
強欲で、卑劣で、傲慢な汚い男だ。
この男を、石川は何回も抱かされた。
顔すら見たくない男だ。

足取り重く、石川は人事部に向かった。
続く
25パラリラ族 : 2001/01/14(日) 04:51 ID:GTS.Bd1c
女を持ってくれば、最優先で出世させるー
卑劣な男。
人事部長。石川の目の前にいる男だ。

例によって、人事部でも好奇の視線が突き刺さる。
加えて、人事部長の嫌らしく、人の体を観察する視線。
美しく、つやがある肌。豊満な胸。スカートの中、足ー
今、この男に見られていると思うだけで、虫酸が走る。

前にもまして、淡々と説明する。
説明すら担当者任せにして、自分は石川の体を覗いている。
「何かご質問は?」
質問も、となりの男が2、3するぐらいだ。
「では、ご来店を楽しみにしております。」
いつも、お客には精一杯の気持ちをこめて言う台詞だが、この男達には心底来てほしくない。

人事部を出た石川は、解放感と悔しさで半泣きだった。
とにかく、こんなところに一刻もいたくない。

駐車場を、歩いていた。
突然、後ろにものすごい力で引き戻され、死角に連れこまれた。
後ろを少し見た。
人事部長その人だった。
続く
26パラリラ族 : 2001/01/14(日) 05:25 ID:/NbgPN8w
「ぐへへへ」
醜悪な笑い声を上げる男に引きずられていく。
人事部長。
(なんで…なんで…)
自問自答を繰り返す石川は、パニック状態に陥っていた。

人事部長は、石川の胸を強くつかんだ。
「うっ・・・」
苦悶の表情を浮かべる。
「ひひひひ・・・」
欲望の塊と化した人事部長は、醜悪な面に醜悪な笑みを浮かべた。
「やめて下さい・・・」
声にならない。
興奮した人事部長は、さらに石川のスカートの中に手を入れてきた。
太ももを撫で回される。
「いや…いや・・・」
石川に力が入らなくなる。
男の手が、ついに下着をつかんだ。
「やめて…やめて・・・」
もう声にならない。
「ガハハハ」
もう、死んでしまいたい―
石川の脳裏に、そんな言葉がこだまする。

「やめろ!」
声の先には、40がらみの男が立っている。
人事部長が飛びかかる。
壮絶な殴り合い。
「ちきしょう!」
人事部長が去ってゆく。

男は、こっちに向かってくる。
「大丈夫ですか」と言って手を差し伸べた。
石川は、泣いていた。
続く
27パラリラ族 : 2001/01/14(日) 05:41 ID:GTS.Bd1c
ドスンという音と共に、コーヒーが落ちてくる。

「さあ、これ飲んで元気だしましょ!」
「ありがとうございます・・・」
温かいコーヒーが、五臓六腑に、恐怖に怯えた心にしみ込んでゆく。

この男なら―
石川は、過去を全部話した。
「ひどい・・・」
目を潤ませながら、男は言った。
「あなたの言っている弁護士さん、都築弁護士さんですか?」
「え、ええ・・・」
「都築弁護士のお父さんが主宰していた市民団体の主宰をやっています。私。」
「まあ、そうだったんですか?」
「今日は、市長選の説明会に来たんです。」

男は、小林と言う開業医だった。
「この市は、地獄です。庁舎内の乱れ具合は、相当なものだと聞きましたが…まさかこんな事が・・・」
「・・・」
「あなたのような人間を、この市でもう出したくない。私は、この市を変えたい。そう思って、出たんです。」
「…そうですか・・・」
「あ、お父さん、あなたの事も話していましたよ。良い娘さんだ。もう自分の娘だ。家族だって。」
「・・・」
「都築さんや、あなたのためにも、私は闘います。だから、あなたもくじけないで。いつか情熱の花が咲きます。」
石川に、衝撃が走った。
「では、私は行きます。お引止めしてごめんなさい。」
小林は、立ちあがって、庁舎に向かった。
「待ってください!」
小林が振りかえると、大粒の涙を流した石川が、立っている。
「がんばって…くださいね・・・」
声にならない。
小林は、きびすを返すと、石川に告げた。
「ええ!」
手を握る小林。見つめ合った2人の頬は、赤くなった。
続く
28名も無き読者 : 2001/01/14(日) 08:14 ID:v6kasbt6
うー、にしても石川の人生つらすぎるよ・・・
それ以外は面白いんですが
29てうにち新聞新入社員 : 2001/01/14(日) 09:50 ID:DxUgPlxk
面白いです。
石川って辛い人生を歩んできたんですね。
序章って事は、何章かに別れるんですね?
お互い頑張りましょう。
30パラリラ族 : 2001/01/15(月) 00:15 ID:PsytF.2I
>28
これから石川をどうするか…考え中です。
もしかしたら幸せになる事が出来るかもしれないし、更なる不幸かも…
作者的には…
>29
ありがとうございます。
何章かには分けていくつもりです。
もっとレベルを上げていきたいです。
あなたもがんばってくださいね。
31パラリラ族 : 2001/01/15(月) 01:27 ID:PsytF.2I
午後1時45分
店の営業は2時で中断し、5時30分に再開される。

吉澤は、一人の男を見ていた。
50を少し過ぎたぐらいのサラリーマン風。昼間からワインをがぶ飲み。すでに一本空け、2本目を飲んでいる。
それが、毎日。
元来、ランチタイムは食事を楽しむ客がほとんどで、ワインを頼む客はほとんどいない。

2時になった。
ほとんどの客が帰り、2、3の主婦と男だけになった。
男は、だらしなく飲みつづけている。
主婦達が帰っても、男はまだ帰らない。

「あのー」
吉澤が、ついに声をかけた。
「何や姉ちゃん。」
やたら酒臭い。
「営業終わってるんですが・・・」
「え、そうなん…わりいわりい。」
すでに足がふらついている。
「うへへへ〜」
相当酔っている。

吉澤は、水を飲ませた。
「俺はストレート、ノウ、チェイサー!」
ウィスキーをストレートで飲んで、水はいらない。そう言う意味である。
男は酔っていて、使い方こそ間違っているが、相当の酒飲みであろう。
吉澤は、とにかく飲ませた。酔いがいくらか醒めると、理性が戻ったらしく、顔の赤みが引いている。
かなり理知的な男だ。

本来なら、ここで従業員達は遅い昼食を食べる。
しかし、吉澤は男を職場まで送っていく事にした。

職場が近づくにつれ、男はまじめになっていく。

彼は、私立高校で数学と物理を教える、教師だった。
「僕はね、5時間目の授業は一切無いから、活力源として、酒を飲みに来るんだ。」
学校に着くころには、すっかり教師の顔に戻っている。
「僕の唯一の楽しみは、酒なんだ。親にも見放され、今でこそ教師気取りだけど、酒を覚えた頃は、はしゃいで馬鹿やったもんだ。酒を静かに飲めてこそ、大人だ!」
(本当に教師?)
吉澤の疑問を残しつつ、男は学校に着くと、手まで振って、教師生活へ戻っていった。
続く

32パラリラ族 : 2001/01/15(月) 02:03 ID:6YNfsKUk
吉澤が帰ってくると、従業員達はすでに昼食を食べていた。
今日は、マグロの中落ちを、さっとあぶったものである。
それに、さらだとスープ、ホタテの刺身が並んでいた。

「あー!もう食べてるー!」
日ごろは落ち着いた吉澤も、食事のとこは普通の女の子に戻る。
「ずるいですよ!」
テーブルについて、食べる。

「ところで、梨華ちゃんは?」
「まだ帰ってないね。」
飯田が言った。
「どないしたんやろ?」
加護がマグロをほおばりながら言う。
「裕ちゃんがきっついこと要っちゃったからじゃないの?」
安倍が言う。
「かもな・・・」
中澤が、さびしそうに言う。

石川のいう事は、痛いほど分かるし、彼女の立場上、正論だ。
しかし、中澤達料理人の立場では、それは正論ではなく、むしろ間違いだ。
(溝か…)
中澤が心の中でつぶやく。

全員が食べ終わっても、まだ石川は帰ってこない。
やむなく、石川の分は事務室の彼女の机においておく事にした。

つかの間の昼休み。従業員達は思い思いに町へと出ていったり、店で休む。
調理場では、保田がデザートを研究している。

吉澤は、ワインセラーで何かを考えていた。
ワインの事、数独の答え、石川の事、そして…
あの不思議な教師の事…

「あー!なんであの人の事・・・」
なぜか分からない。でも考えてしまう。
「一帯、あの人は何なの?本当に教師?」
考えれば考えるほど、ラビリンスへと入りこむ。そんな気がした。
続く
33てうにち新聞新入社員 : 2001/01/15(月) 19:25 ID:9vqtrCHk
中澤が、フランス料理人ってのがちょっと被りそうなんですが、良いですか?
34パラリラ族 : 2001/01/15(月) 20:08 ID:PsytF.2I
市役所。
通りすぎる職員の中には、石川を見るものもいる。
好奇の目、不思議そうな目、時にはひそひそ話し…

視線に押しつぶされそうになりながら、石川は誰かを待っていた。

小林が、廊下をさまざまな資料を持って歩いている。
どうやら小林も気付いたようだ。

「あれ、どうかしたんですか?」
「あの…何処か行きませんか…?」
勇気を出して、今一番言いたい事をいった。
「え?」
「今から、何処かへ行きましょう?」
「うーん…じゃあ、飯でも食いに行きましょうか?まだでしょ?」
「行きましょ!」
石川が活気付く。

古びた小型乗用車。それが小林の愛車。
医師と言う職業のイメージと合わない。
「さて、どこ行きますか?あなたの店へ・・・」
「今…営業時間外なんです。」
「そう…じゃあ、私に任せて・・・」
「ええ!」

市役所から10分。場末の居酒屋についた。
「こんな汚い店で…実はここ、姉の店なんですよ…滅多に外食なんかしないから…店知らないんですよ…ごめんなさい!」
「いいえ!」

石川の一言を聞いた小林は、店に入っていった。
そして、手招きをしている。
続く


35パラリラ族 : 2001/01/16(火) 03:04 ID:BJyrkWnY
「いらっしゃい!」
炭の匂い、何かがこげる匂い、甘い匂い、肉が焼ける匂い…
いろんな匂いが入り混じって、いかにも場末の、庶民の為の酒場と言う感じだ。

「姉ちゃん!」
「あら、進一!」
「飯まだなんや。食わして。」
「はいはい。で、そっちのお嬢さんは?」
「ん、ああ、石川さんといって、ほら…都築弁護士の・・・」
「ああ・・・」

心が痛む。
弁護士が殺された時の悲しみ、無念。今でも残る弁護士への愛情…
でも、それ以外に…小林への思い…
石川の心は、張り裂けんばかりだった。

「はい。あまり良いもんできんかったけど。食べてや。」
いささか関西訛のある小林の姉が、昼食を持ってきた。
「いただきます。」

美味しかった。
(何年ぶりだろう…こんな味…)
恐らく、弁護士一家と暮らした時以来だろう。
温かさが、心に染み入る。

「ねえ、どないやった、説明会・・・」
小林の姉が聞く。
「うん、市長と、あと2人ほどいるようや。4人の戦いになるかもしれん。いや、なるやろ。」
姉といると、小林も関西訛になるようだ。
「で、どうなん、状況は?」
「うん、町であった人、みんなやめときいうんや。」
「そりゃそうよ。あの男に勝てるわけあらへん。」
「でもな…彼女や、都築さんのためにも…勝たんとな!!」
「ようし、そのいきや!飲んじゃえ!」
小林の姉が、酒を注ぐ。
「さあ、あんたも一杯や!」
石川にも、酒を注ぐ。

なぜか、石川から、嗚咽が漏れてくる。
続く

36パラリラ族 : 2001/01/16(火) 03:17 ID:XwGoOwYE
「私…絶対に勝って欲しい!でも・・・」

小林に勝って欲しい。石川はそう言う思いでいっぱいだ。
でも、3日後に、店で市長の激励会をかねた宴会がある。
間接的に、石川は小林を裏切る事になる。
純粋な石川には、それが耐えられなかった。

「そうですか・・・」
小林が、いささか良いがさめたような口調で言う。
「だから…だから…私・・・」
涙が、石川の顔をぬらしている。
「…もし…ここで私はあなたに、「裏切り者!」といったらどうなりますか?」
「・・・」
「…あなたの気持ちだけではなく、都築弁護士や、私を信じてる方全員を裏切る事になってしまいます。」
「・・・」
「そして…何より私自身を裏切ってしまいます。」
「…え?」
「いま、あなたを傷付けたくない・・・おごかましい事だが…私・・・」
「なんですか・・・」
「…いいえ。とにかく…気にしないで欲しいという事ですよ。」
「…ありがとうございます。」
石川は、ようやく笑った。

2人は、店を出て、市役所へ戻った。
「今日は…私のわがままに・・・」
「いいえ。…ぶっちゃけた話…本望でした。」
「え?」
「…本当に楽しかった。そう言う事です。」
「じゃあ…ホント、ホントにがんばってくださいね!」
きらきらと光る石川の目を見て、小林は息が詰まった。衝撃だった。
「う…うん・・・絶対、勝ちます。」

いつまでも手を振っている小林が遠ざかってゆく。
石川は、ただならない気持ちになっていた。
続く
37パラリラ族 : 2001/01/17(水) 02:59 ID:lzqiLXEI
午後2時30分
石川が、店に戻ってきた。

店には、保田と吉澤しかいない。
「りかちゃん!遅かったね。」
「うん、ちょっといろいろあってね・・・」
過去を思い出し涙したり、かつての職場へ行ったり、襲われたり…
そして…気になる人と出会った。
町医者、小林。

「40歳の男の人と、私って、どう映るのかなあ…」
「えっ?」
「え、いや、何でもない!何でもないよ!」
「そう・・・」
危なかった。つい口から出てしまった。
(もしかして…)
彼の事を本気で愛してしまったのか。

(誘ったのは、本気じゃなかったのに…)
興味本位だった。悩みを聞いてくれて、わがままを聞いてくれた人―
(まさか…ね。)
と言いつつ、今にでも会いたいこの気持ちは何だろう。
(恋愛感情?)

鏡に映った、自分を見ている石川。
なまめかしい肌、ととのった美しい顔、豊満な胸―
(あの人は、どう思っているのかなあ…)
小林の顔を思い浮かべる。
(・・・!)
体が熱くなって、電気が駆け抜けたような衝撃。
(やっぱり…)
不思議な、恋に落ちた。
(何の自覚もないのに…)
続く
38名も無き読者 : 2001/01/17(水) 05:16 ID:CP5o2l62
過去は繰り返されるのだろうか…
それとも…
39パラリラ族 : 2001/01/18(木) 02:57 ID:YBwj7W/U
過去を知って、それでも愛してくれる人―
それを見抜く石川の目。
その目は、深く潤み輝いている。

「りかちゃん!」
「わっ!お、驚かさないでよ。いるならいるって・・・」
「りかちゃん、今日、何か変。帰ってくるなり…」
「ん、何でも…なんでも無いよ!」
悟られたくなかった。恥ずかしいから。

従業員に、石川の過去を知るものは無い。
正直守って欲しい。あの市役所の人間から。
三日後に乗り込んで来る無法地帯の住人達からー

従業員たちに話さなければならない。
でも―

石川には、過去を知ってもなお、愛してくれる人を見抜く眼力があるようだ。
(過去を知ったら、離れていっちゃうかも…)
女同士からか。どうしたら良いか分からない。
鏡の前で悩む。
市役所の人間も怖いが、リスクも怖い。
続く


40パラリラ族 : 2001/01/18(木) 03:08 ID:YBwj7W/U
ワインセラー。
時計は、午後3時半を指している。
吉澤もまた、何かを考えていた。

「ヨッスイー」
「あ、りかちゃん。」

昼の時間は、ワインを飲まない。紅茶を淹れる。
紅茶を啜りながら、世間話。
なかなか聞きたい事が、聞けない。

踏ん切りがついた。
「ねえ、ヨッスイー。」
「ん?」
「もし、話したくないことがあって、それを話さなければいけない時、どうする?」
「え…?」
「例えば―過去とか・・・」
「りかちゃん・・・」
「もしね…その…どうしても知られたくないのに・・・」
「何、落ち着いて・・・」
「で、で、でね・・・」
もう、平静を装えない。

「もしかして・・・りかちゃんが…市役所に勤めていた頃の事?」
「え…?」
「ゴメン。知ってるの…」
「なんで?ねえ…?」
吉澤は、その経緯を語り出した。
続く
41パラリラ族 : 2001/01/19(金) 03:38 ID:vhxT8g3c
「…都築さんと言う方から聞いたの。」
「え…?」
「といっても、弟さん。」
「い、いつ…?」
「1ヶ月前に、りかちゃんがこの店に入ったのを見たって。私だけしかいなかったから・・・」
「・・・」
「あなたのこと、全部話して、「どうか余計な誤解はしないで欲しい。」と言っていた・・・」

複雑な感情が、走る。
行政書士の弟は、何と吉澤に全部吐き出していた。
何という事…
石川の心にほっとしたような気持ちと、勝手に言ってしまった弟への恨みがましい気持ちが交錯する。

「りかちゃん・・・」
「・・・」
石川の目が、涙で潤む。
「ゴメン…こんなこといちゃった私が悪いんだ・・・」
「ヨッスイーのせいじゃ・・・」
しゃべろうとするとあふれる涙。止まらない。
「なんで…なんで…そんな事・・・」
意外な人間から出た事実。それもかつて一つ屋根の下に暮らした、恋人の弟。
ただただ、衝撃だった。
続く
42名無し募集中。。。 : 2001/01/20(土) 00:17 ID:SQRR4p82
前にホテルパシフィックモーニングを書いていた人の文体に似てる。
案外好きだから頑張れよ。
43パラリラ族 : 2001/01/20(土) 04:13 ID:Po1Ke7Mw
知られたくなかった過去。
しかし、いつかはいわなければいけない筈。
複雑な心境だった。

「ねえ、りかちゃん・・・」
「何・・・」
「私、思うよ。絶対、あの人、りかちゃんの事・・・」
「え…?」
「長くこんな仕事やってると、ある程度人の事分かるようになっちゃって…表情が違ってた。」
「そうなの・・・」
「うん。でも…危ないタイプだな。」
「え…?」
「なんか…りかちゃんを一人占めしたい。りかちゃんをたをねじ伏せてもてにいれる…そんな感じだったもん。」
「でも・・・」
「それでも、昔は我慢してたと思う。多分、弁護士さんが死んでから…かわったんだと思う。」

衝撃。
石川は、彼の感情はわかっていなかった。
兄の恋人を好きになってしまった感情。
昔は、それでも押さえていたが、兄の死によって爆発した感情。

もうどうしたら良いか分からない。
石川には、小林と言う存在がある。
都築の弟が、この事を知ったら、どうなるだろうか…
恐らく、都築に対する裏切りにしか見えないだろう。

裏切られ、悲しい過去を送ってきて、心の傷を受けてきた石川。
愛する人を亡くした事もある。
愛する人を失ってしまう事の悲しさを知っている。

小林の事を知れば、都築の弟は、傷つき、愛する人を失ってしまう事と同じ状態になるだろう。
その痛みを、苦痛を、与えたくなかった。
でも、小林への恋心が、それを邪魔する―。
葛藤に苦しみ、石川はまた涙を流す。
続く


44パラリラ族 : 2001/01/21(日) 03:37 ID:eabUbg5I
6時。
夕食を食べにくる人、一杯のワインに酔いを求める人。
いろいろな人間が来る。
家族連れ、カップル、会社の同僚、マダム、独り者…

そんな喧騒と関係無いように、静まり返る、事務室。
机の前には、石川がいる。
涙の跡が、生々しい。
(今日、何回泣いたのかな…)
思い出せないぐらい、涙を流した。

「石川!手伝って!」
飯田が駆け込んで来た。
「え?」
「手が足りないの!お願い!」
「はい!」

事務室の奥にあるロッカールーム。
10数個のロッカーが並ぶ、殺風景な部屋だ。

奥から、制服を取り出す。
誰も着ていない、予備。
久々に袖を通すそれは、少しかび臭い。
店に入ってから2、3回手伝っているが、やはり慣れない事だ。

少し短めのスカートを着けて、鏡の前に立った。
普段は着ることの無い物に、違和感を感じる。

「石川!はやく!」
飯田が叫んでいる。その声にはじかれるように、石川は事務室を出た。
続く
45パラリラ族 : 2001/01/21(日) 04:00 ID:eabUbg5I
接客を手伝うのは、久しぶりだ。
石川は、すっかりまごついている。

それでも、何とか仕事をこなしてゆく。
目の回るような忙しさだ。
そんな作業を、飯田はもちろん、辻、加護もこなしている。
飯田に至っては、そのしぐさに、優美さを感じるほどだ。

閉店時間。あっという間だった。
売り上げが計算されている。
今日も、数万円の赤字だ。
「何故なの…?」
安倍が、不思議そうな顔で聞く。
「やっぱ・・・」
満席になっても、赤字。
採算を度外視した値段で、最高の物を食わせる。
それが、この店だ。

しかし、経営状態は、悪化していく。
綱渡りのような状況を、帳簿をつける石川は一番よく分かっていた。

皆、それぞれの仕事を終えて帰ってゆく。
石川は一人、仕事を続けている。
続く
46パラリラ族 : 2001/01/21(日) 04:15 ID:yfFTnroI
午前零時
もう店には石川以外はいない。

帳簿つけ、仕入れ先の整理、営業予測に基づく計画…
経済学部出身者ならではの細かさ。

英語をすらすらと読み、理系出身者以上の数学能力。博識的な経済知識。
完璧なまでの才女。しかし、ここまでの人生は悲しさと苦しさに血塗られている。
今だって、自分がここで営業予測を立てたって、役には立たない。

しかし、できることはやっておきたい。
認めてもらう為、先代への恩返し、そして、石川一流の心。
プロの心意気を感じさせる。

1時を過ぎた頃、やっと仕事は終わった。
コーヒーを入れて、一息つく。
立ち上る湯気を見ていると、切なくなってくる。

目をつぶり、自分を考える。
裏切りを受けたものの傷は、分かっているのに、都築の弟の気持ちを傷つけてしまうことになる。
純粋な人間には、悲しすぎる、事実だった。

いつしか、石川はまどろんでいた。
続く
47パラリラ族 : 2001/01/21(日) 04:34 ID:5dvMohoM
驚くような寒さで、石川は目がさめた。
気がつくと、朝4時。
事務所の机で、寝ていた。

昨日の制服のまま、着替えていない。何もかも、昨日のまま。

肌寒い朝のロッカールームで、石川は着替えた。
一着余計においてあったので、それを着る。

鏡を見ていると、自分の顔が少しあれている。
肌は、幾分かみずみずしさを保っているが、唇がひび割れ、痛い。
目元には、涙のあと。
そして、生気が失せてしまっている。

店のカギを開け、暖房をつける。
いつも一番に来るので、なれたものだ。

朝のコーヒーを淹れて、カーテンを開ける。朝日が輝きを見せる。
街は、朝日を受けて、新たな1日を刻み出す。
4時すぎの街は、光を受け、澄み切った空の下で、1枚の美術画のような輝きを放っていた。
夜景すら及ばないような、朝の街。
「きれい・・・」
美しい微笑が、窓に映る。
昇りゆく太陽は、希望の象徴。光線は、希望の轍。
柔らかい光浴びて、石川は、心の中が塗り変わっていくような感覚を覚えた。
新しい、今日の自分という色に…
続く
48パラリラ族 : 2001/01/22(月) 03:11 ID:BCn5y9/2
午前4時半
いつもより少し早く掃除にかかる。
いつもなら、まだ寝ている時間。
寝たのは、一時すぎ。まだ正直眠たい。
そんな感情を押し殺して、ほうきを動かす。

30分ほどで、掃除は終わった。
「ふーっ!今日も完璧!」
几帳面な彼女が、いつも口にする台詞。
逆に言うと、几帳面さが、彼女を苦しめる源になっていたのかもしれない。

不意に、石川の腹が鳴ってしまった。
閉店後の遅い夕食以来、なにも食べていない。

事務室の一角に、お湯を沸かす為のコンロがある。
石川は、机の上からフライパンを出した。そして、冷蔵庫から食料を出す。
朝食を食べずに来た人間に,秘密で石川は朝食を作る。
もっとも,利用者は吉澤しかいないが。

鍋にご飯を入れて,炊く。
卵を焼き,ベーコンをいためる。鍋に出汁を張り、ねぎを入れて味噌汁を作る。
一人暮らしをするうちに,自然と覚えてしまった事。

誰もいない事務室の卓上では,作りたての朝食が湯気を立てている。
「いただきます。」
誰もいない朝食,慣れっこの自分が悲しい。
食べながら,石川は共に朝食を食べる人間を考えた。もちろん,小林である。
そして,照れてみたりする。いつもより変な感じの朝だ。
続く
49パラリラ族 : 2001/01/23(火) 03:18 ID:/VV0cbWA
「あれ?りかちゃん?」
吉澤が,音も無くやって来た。
「びっくりした!ちゃんと音ぐらい立ててきてよ〜」
「あ?私にも食べさせて。」

「美味しい。」
ほおばる吉澤。2日に一回はここで朝食を食べる。
朝6時には着て,ワインセラーのほこり落とし,そしてワインの勉強。
忙しくて,朝食を作る気にもならない。
石川も,そんな吉澤のために朝食を作るのが習慣になっていた。

石川は,吉澤が不思議だった。
れっきとした一流高校をでて,一流国立大で数学を学んでいた。
しかし,19歳で辞めて,ワイン修行をする。
そして,この店に勤めた。

学歴がある点は,石川と同じ。
もしかしたら,この二人の根底には,同じものがあるのかもしれない。
続く
50名無し娘。 : 2001/01/23(火) 15:56 ID:/TBdFUBs
お岩さんものか?
上げ荒らし中だけに読めないのが残念だ
51パラリラ族 : 2001/01/24(水) 03:09 ID:5FYiYuMU
午前6時。
食べ終わった吉澤が席を立った。
「着替えてくるね。」
そう言うと更衣室に消えていった。
その後について,石川も更衣室に入っていった。

「ヨッスイー。」
「何?」
ソムリエールの制服は,落ち着きがあって,ウェイトレスのそれとは,違うものがある。
あっという間に,着替え終わった。
「私なんかより,いい大学出てるのに,何でソムリエになったの?」
「え…参ったなあ。…ゴメン。これだけは教えられないよ。」
「いいじゃない。教えてよ。秘密にするから。」
「…数学の世界から,飛び出たかった。それだけ。」
そう言うと,更衣室から飛び出てしまった。

あのまま大学を卒業していれば,ある程度のところへ就職できたはず。
それを蹴っ飛ばして,嗅覚と味覚の世界へと飛びこんだ。
石川は,今経済学部で得た知識があるからこそ,この仕事についている。
吉澤は,大学で得た数学の知識が生きない職についた。

(ま,いいか。)
珍しく,石川は考える事をやめた。過去なんてどうでもいい。
(あ,この調子なら,過去を捨てられるかもね。)
なんて思ってみたりもするが,やはり呪縛はそう簡単に石川を開放してはくれなさそうだ。
続く
52パラリラ族 : 2001/01/26(金) 03:14 ID:G2HYWCT2
吉澤は,ワインの上のほこりを落とし,箒で掃いた。
ほこり立ち,煙るワインセラー。

一本一本,ワインを拭く。
集中力がついて,良いと吉澤は思っている。
しかし,今日ばかりは気もそぞろだ。

忌まわしい過去。吉澤も心痛めた。
彼女自身も,石川ほどではないが,思い出したくない過去があった。
そんなところから,石川の気持ちがよく分かるのかもしれない。

冬の光が,ワインセラーに差し込む。今日は,肌寒い。そんな朝。
昨日開けた,1984年ものの家庭用ワイン。石川を慰める為に空けたもの。
三分の一ほどが,残っている。

グラスに,なまめかしい赤さの液体が注がれる。
昨日と少しも色あせていない甘い香り。
それを一気に飲み下す。
いくら呑んでも,滅多に酔う事も無いし,酔うまで深酒はしない。
しかし,今は,とにかく飲みたかった。

吉澤が,深酒をしない理由。そして,ソムリエになった理由。
それは,彼女の過去とリンクする。
続く

53パラリラ族 : 2001/01/27(土) 03:00 ID:QqQbMCxI
吉澤の母親は,著名な理学博士であり,数学者であった。
当然,母親は数学が出来ることを強要した。

吉澤は,数学が嫌いだった。
代わりに,詩や小説を書く事が好きだった。

彼女の才能を摘んだのは,母親だった。
中学生の時,彼女の創作物を,母親は焼き捨ててしまった。
以来,長い断絶。

それでも,一流大の理学部に入れた。
しかし,ここでも良い事は無かった。
偏屈な人間の巣窟―
耐えられなくなって,一年で辞めて,なんとなく飛びこんだワインの世界。
(まさか,ここまではまっちゃうとはね。)
回想をするたびに,苦笑い。

机の横の木箱を開けて,1985年物のワインを出す。
石川に出したものと同じ銘柄であり,1年若いが,味のふくらみは断然良い。

吉澤の中には,数学嫌いのほかに,「数学者嫌い」の感情も植え付けられていた。
(数学者には,ろくな人がいない。)
あの教師―
数学と物理の教師である,飲んだくれの男。
吉澤は,男から,まがまがしい匂いを感じなかった。
(あの人って,数学者よね?でも…嫌な人じゃなかったなあ…)
恋人とまではいかないけど,良い友達―
芸能人が使うようなあいまいな表現だが,彼にはそれが当てはまっている。

紅い液体に移る顔。
自分の表情が,何を表しているのか,本人にすら分からない。
続く

54パラリラ族 : 2001/01/28(日) 03:08 ID:7l6B/gqk
午前7時
いつもなら,中澤達が帰ってくる時間帯だ。
石川は,郵便物などの仕分けに追われている。
ほとんどは,事実上経営を任されている自分が読むわけだが,私信もごくたまにある。

「ただいま〜」
安倍の声がする。
「あ,安倍さんお帰りなさい。あれ,中澤さんは?」
「裕ちゃんなら,圭ちゃんに付き合って,河童橋に行ったよ。結構遅くなるって。」
「あ,そうですか。」
ちょっとほっとする自分が,悲しい。
石川は,正直言って中澤が怖い。中澤の気持ちは分かっている。
しかし,怖いものは怖い。

「あ,安倍さん宛てにお手紙ですよ。」
茶封筒を手渡す。
「え,私に?」
どうもエアメールのようだ。安倍はそれをしまった。
「ありがとう。さあ,仕事仕事。」
安倍も,着替えに向かう。

安倍の微妙な表情の変化を,石川は見逃さなかった。
(あの顔…。恋人かしら・・・)
思索をめぐらす。

更衣室で,そのエアメールの封を破いた。
イタリア語。ミラノにいたときの友人からのもの。
少したどたどしく,そのイタリア語を解析するように,安倍は読む。

友人は,結婚していた。
秋口に恋人と別れたばかりの安倍には,あまりにも重い手紙だ。
外国の友人から,結婚したと言う手紙。もう何度も目にしてきた。

大きなため息が,口を突いて出た。
「女としては,二流なのかな…?」
美しい顔が,悲しそうに歪む。
続く


55パラリラ族 : 2001/01/28(日) 03:20 ID:7l6B/gqk
「安倍さん…?」
後ろに,石川が立っている。
「どうしたの?」
悲しそうな顔を,引っ込めた。
「あの…ちょっとお願いしたい事が・・・」
「ん?なに?」
「私に…料理教えてください!」
安倍には,その心がわかっていた。
「好きな人でもできたね。分かるなあ。私もそうだったもん。」
「ありゃ,分かっちゃいましたか?」
「見え見え。ふふふ。いいよ。」
「ありがとうございます!」

うれしそうに去ってゆく石川を見て,安倍は悲しくなった。
「りかちゃん・・・」
あの石川は,かつての自分だった。そう言う思いがあった。

応援してあげるという気持ち。女の羨望が邪魔をするかもしれない。
(そんな事はしたくない。でも…)
揺らぐ心。その葛藤に,自分の心の中の天使と悪魔が垣間見えた。
続く

56パラリラ族 : 2001/01/29(月) 03:16 ID:uqsP6rYM
安倍は,ロッカーの中の小箱を開けた。
流れてくるオルゴールの音色。
中には,自分と彼が写った写真。
それだけ。

悲しい気持ちが,胸を塞ぐ。
この小箱を開けると,いろいろな思い出が見えない映像となって流れ出る。
写真には,自分の部屋で,幸せそうに笑っている光景しかない。
でも,写真は,どこかへ行った時や,なにかを食べた時。
そして,彼が離れて行った時を思い起こさせる。

今は,涙すら出ない。
(これ見て何回泣いただろう…)
自分の体の中で,泣きなれたと言うか…そんな感情がある。

(りかちゃん…。幸せなのかなあ…)
石川の今までの人生に,幸せなことが無かった事ぐらい,察しがついている。
(おそらく,しばらくぶりにつかんだ幸せなんだろうな。)

過去をふっきりたかった。しかし,木箱は捨てられない。
安倍は,木箱を元に戻した。
続く

57パラリラ族 : 2001/01/30(火) 01:26 ID:EDqaPTeQ
一人で,厨房に立つ安倍。
まずは,スープの煮込みから入る。

牛肉の塊を,惜しげも無く放りこみ,さまざまな野菜とともに煮込む。
これが,この店のスープストック。何にでも使えるものだ。

続いて,カニ味噌のゼラチン寄せの下ごしらえに入る。
カニを茹でる。

湯気を立てる二つの鍋の前で,安倍は立っていた。
片手には灰汁取り用のお玉を持っている。
灰汁取りを難無くこなし,カニを絶妙のタイミングで茹で上げる。
天才女料理人。

だが,私生活では,男に逃げられてしまった女。
そんな影が,まだ漂っている。

カニの殻をむき,カニ肉と味噌に分ける。
カニ味噌は,カニ肉、生クリーム,スープストック,ゼラチンを加え,冷やす。
これが,安部の試行錯誤を経て完成した逸品である。

冷やすあいだでも,スープストックの灰汁を見ていなければならない。
灰汁が混ざると,スープの味がだめになる。

澄み切ったスープを見ていると,ほっとした気分になる。
それは,澄み切ったスープを作る事ができる間は,自分の心が汚れていない。
そう信じている,安倍の心なのかもしれない。
続く
58パラリラ族 : 2001/01/31(水) 01:37 ID:ov4VAj5c
野菜をこした,琥珀色のすんだスープ。
これに,じゃがいもととうもろこしのペースト,にんじん,たまねぎを入れて,牛乳と生クリームを少し加える。
故郷北海道の材料を作った「なっち風北海道スープ」
店でもかなりの人気を博している。
安倍が修行時代,自宅で作っていたスープをメニュー化したものだ。

8時を過ぎても,中澤達は帰ってこない。
前日にメニューは決めておいたから,手順は迷わない。
しかし,安倍一人だけだと,手が足りない。
かといって,石川も吉澤も忙しい。結局一人で作業をするしかない。

8時半になっても,現れる気配すらない。
いくらてきぱきやっても,仕事は減らない。
疲れからか,安倍の目がかすんでくる。

「痛っ!」
手を切ってしまった。血が溢れ出してくる。
なかなか血が止まらない。
「仕方ないなあ。」
石川に手当てしてもらうしか,無い。

ガーゼで押さえて,血はやっと止まった。
「どうしたんですか?安倍さんが手を切るなんて・・・」
石川が不思議そうに聞く。
「一人じゃさすがに辛いよ。つい目がかすんじゃって…。」
「大丈夫なんですか?」
「うん。何とかね。」
「で,遅いですね…。中澤さん達」
「うん。裕ちゃんどうしたんだろ…。」

「あれ,誰もいないのー?」
事務室に,飯田が現れた。
「おはようございます。早いですね。」
「うん。ちょっとやっておきたい事があってね。で,裕ちゃん達は?」
「それがまだ帰ってきてないの。私も手切っちゃって。」
「え,なっちが?」
「うん。」

その時,階下で車が止まる音がした。
窓の外の駐車場には,店のワゴン車が止まっている。
中澤たちの車だ。
続く
59パラリラ族 : 2001/02/01(木) 01:23 ID:PNncAxVY
「ただいま」
中澤達が帰ってきた。
「裕ちゃん。遅い!もうスープ作っちゃたよ!」
「ゴメンゴメン。」
「なっち!市井ちゃんがいた!」
保田が言う。
「ええー!」
皆が驚いた。

河童橋の問屋の前を,市井が通り過ぎたと言う。
市井は,昔この店でパティシエとして,保田と働いていた。
「で,どんな様子だった?」
飯田が身を乗り出す。
「うん。どっかの問屋の袋抱えてた。あまり変わって無かったよ。」
「そう。」

一番複雑なのは,保田だ。
保田の才能を開花させたのは,市井である。
市井が去って以来,めっきりやつれてしまった保田。腕も落ちてしまった。
一番市井を必要としているのは保田かもしれない。
しかし,市井に仕事を奪われるリスクもある。
保田は,それが怖かった。

「どっかで,新しい人生切り開いてるんだね。」
ポツリと,安倍がつぶやいた。
その言葉をきっかけに,皆持ち場へと戻っていった。
続く
60パラリラ族 : 2001/02/02(金) 01:53 ID:sPIoD/dc
飯田は,机を拭いている。
木の机を,雑巾で曇り一つ無いように拭く。

「あ,カオリ。」
矢口がやって来た。
「矢口遅いよ。早く着替えてきてよ。」
「ゴメン。」

制服に着替えた矢口も,机拭きをはじめる。
店内の掃除を石川がやるようになって,開店前の仕事は楽になった。

きれいになった机を見ていると,心まできれいになるようだ。
もう何年間もやっている事。
でも,この瞬間,心は新鮮な感動におそわれる。
(いつまでも,この感動が続いたら,初心を忘れる事は無い。)
常々,そう思っている。

矢口と飯田が,事務室に入ってきた。
「あ,どうしましたか?」
「うん。暇だからさ。」
飯田が言った。いつもより早く終わり,何もする事が無い。それは,石川も同じだった。

「石川,いつも掃除やってるんだね。」
「え,飯田さん…。」
「知ってたよ。ありがと。」
「い,いえ!良いんですよ。私なんか,あまりお役に立ってないし…。」

「ねえ,石川。役に立ってる,立ってないって,誰が決めるの?」
飯田が問う。
「え,私…料理できないし…。かといって,ラウンジに立てないし…。ワインの味はわからないし…。」
「でも,この店が持ってるのって,石川のおかげかもしれないよ。だって,石川がしっかりしてるから,私達心配して無いもん。」
「私なんか…私なんか・・・」
嬉し涙が,あふれてくる。

雰囲気を斬るように、石川の携帯電話が,鳴り響いた。
続く

61名無し娘。 : 2001/02/02(金) 04:36 ID:EIPl5bc2
石川以外の登場人物の話が少しづつ展開されてきていますね
イイ感じに気になるな。

・・・にしても料理のところ読んでると腹へってくる(わら
62パラリラ族 : 2001/02/03(土) 02:33 ID:efHZVFgM
電話は,大学時代の友人である。
パーティーの予約であった。

石川はほっとしていた。
以前,市役所の人間に,携帯電話の番号を調べられ,いたずらをされた事がある。
辞めてからはなくなったが,昨日市役所にいった事でまた誰かがやったのではないか…
恐怖の思い出が,よぎる。

「…石川!石川!」
不安な事を考えていた。とは言えない。
「どうした?石川?」
矢口が問いかける。
「いいえ。大丈夫です。」

―市役所の連中に,来てほしくない。―
石川の本音である。
しかし,飯田たちに,そんな意見は通用しないだろう。
石川だって,こんな事は思いたくない。普通の客ならば。
自分をいたぶり,かつての恋人を奪った人間じゃなければ。

「あ,ゴメン。なっちが呼んでるわ。コーヒーありがとう。」
二人が駆け出して行く。

がらんとした部屋に,石川だけが残された。
目の前には,冷めたコーヒーだけが残っている。
そのコーヒーを飲む。
冷たさと,苦味,そしてどうしようもない感情が,舌の上で踊る。

昔の自分の,冷え切った心。
その苦味が,今の石川に走った。
続く
63パラリラ族 : 2001/02/06(火) 01:15 ID:DwMbWpKU
一人でコーヒーカップを洗う。
虚しさがこみ上げてくる。
また一人。

あまりの辛さに,精神を病みかけた事もあった。
精神を病まなかったのは,極限状況の時に,大切な人が現れた事である。

今,石川には大切な人が,いる。
店の人間も,そうだ。
しかし,心はまだ,癒えてないらしく,一人になると,こんな感情を抱く。
傷は,深かった。

メニューを書く事も,飯田たちの仕事だった。
決まったメニューを伝えられて,それを紙に書く。
字がきれいな二人だからこそ,出来る芸当。

メニューも半分書き終わった頃,辻と加護がやって来た。
「あ,おはようございます。」
「遅いよ。」
「スイマセン。」

いそいそと事務室に入ってゆく二人を見て,飯田は悲しかった。
同時に,これから,あの二人はこの店の火種になるのじゃないかと,直感した。
続く
64パラリラ族 : 2001/02/06(火) 21:18 ID:tQjeUbmY
軽い行き違い。
それが,重大な人間関係の崩壊につながる事はある。

飯田は,自分が新人だった頃を思い出していた。
朝5時には来て,店の掃除。
言われなくてもやっていた。
なのに―辻,加護にはそれは無いのか…。
「でも,こんなこと思うなんて,年取ったのかな?」
飯田のぼやきだった。

店でも,常連に好かれている辻と加護。
しかし
いささか香水もキツイし,スカートは短いし,髪は染めるし―。
レストランで働くには,いささか不謹慎なのかもしれない。

つめの手入れに余念が無い二人。
これで,かなりの時間を食う。
その事に後ろめたさは,もちろんある。
しかし―そうしないと,恥ずかしくて店に出られないという気持ちがある。

美味しいものを作り,それを客の元に届ける。
それが,彼女達の仕事だ。
飯田から見れば,彼女達はウェイトレス失格だと言う事になる。
でも,それを辻,加護の視点から見たらどういう事になるかー。
行き違いだった。

そんな悲しい行き違いを残したまま,店は今日も開店する。
続く
65パラリラ族 : 2001/02/07(水) 23:43 ID:f6UXTJ7k
石川は,自分が作った店のホームページを開いた。

今日のメニューを書き換え,値段などを書きかえる。
朝の仕事である。

ついで,店のBBSを開いた。
主に,店の情報など,気軽な雑談用に,石川が取りつけたものである。

BBSが,荒らされていた。
とても口では言えそうに無い,低劣な表現が,延々と書きこまれていた。
それをぬうように,店の有りもしないでまが流されていた。
それが,いま石川が見ている間にも,どんどん書きこまれている。

不安になって,メールをチェックしてみると,案の定,低劣なめーるが100つう近く入っていた。

BBSの書きこみを削除している間にも,書きこみは続く。

12時近くに,やっと止まった。
もう半泣きになっていた。
メールを見てるだけで,明日が怖くなった。
そう,明日は,市役所の人間が来る。

確証は無い。
しかし,あんな執拗に荒らせるのは,市役所の人間以外にいなかった。
登録エンジンから探したのだろう。
怖かった。

店は,にぎわっている。
しかし,BBSを見て,客は減るかもしれない。
それが,怖かった。

もう誰にも迷惑は掛けたくない。
しかし,市役所の人間は,石川の第2の人生さえ奪おうとする。
第一の人生をめちゃくちゃにし,恋人を殺した悪魔たち。

突然,突き上げるような頭痛を感じた。
体が熱い。

石川は,机の上で,まどろんでしまった。
続く
66パラリラ族 : 2001/02/09(金) 01:47 ID:nzLwIybk
どれくらい時間がたったか。
少なくとも,一晩ぐらいの長さに,感じた。

気がつくと,ソファーの上で寝かされていた。
頭には,お絞りが濡らされて置かれていた。

時計は,午後3時を指していた。
傍らには,安倍が作ってくれたとおぼしき,雑炊が湯気を立てていた。
店のスープを使った,栄養たっぷりな暖かなそれを,すすった。
少し,体と,心に温かさが戻った。

「あ,どう?体…?」
戸を開けて,安倍が聞く。
「あ,安倍さん…。ありがとうございます。」
「ううん。リカちゃん,少しムリしすぎたんだよ。」
「家。少し寝たので,もう大丈夫です。」
うそであることは,安倍にも分かる。石川はこの瞬間も,頭痛を必死にこらえている。
「…。とにかく,ひどかったら今日はもうあがったほうが良いよ。」
「…すみません。」

安倍が去っていた後,石川は倒れこんだ。
ものすごい疲れが,さらに彼女を苦しめる。

体が,心が,常に自分を締めつけている。
それは,寝ているときも,起きている時も。
「何か」が終わらないと,この痛みからは解放されない。

吉澤がたずねたとき,石川は寝息を立てていた。
表情は,暗い。
続く
67パラリラ族 : 2001/02/10(土) 02:51 ID:UA0CL4H6
目が覚めて,時計を見ると,午前1時を回っていた。
「…ヨッスイー?」
傍らには,吉澤がいる。
「今までずっと寝てたからさ,心配になって。」
「うん。ゴメンね。」
「ううん。いいよ。大丈夫?」
「うん。少し仕事しておかなけりゃならないしね。」
「ムリしないで,明日で良いじゃないの。」
「今日中にしておきたいの。」
「そう。じゃ私帰るから。ムリしちゃダメだからね。」

一人になる。
仕事があるなんて,もちろんウソである。
一人になりたかった。
朝が来て,夜が来れば,忌まわしい者達がやってくる。
石川の第2の人生を壊す,破壊力を持った連中が。

コーヒーが湯気を立てている。
窓際に広がる世界は,もうすっかり暗がりの中に飲みこまれ,遠くの方の航空障害灯が,都心を表すがごとく点滅している。

眠れなかった。
昼間寝ていたからかもしれない。
しかし,明日をも知れない運命を思うと,眠れないのも当たり前であった。

ふと下を見ると,車が止まっている。
目を凝らすと,人が立っていた。
続く
68パラリラ族 : 2001/02/11(日) 03:53 ID:ECWahu3o
石川は,階下まで降りた。
そこには―

石川は自分の目を疑った。
会いたい人―小林が,闇の中にいた。

「あ…。」
「近くに来たもんで…。あ,お邪魔だった?」
まごつきながら,小林が話す。
「い,いいえ!」
「あ,あの…。いまから,どこか遠くへ行きませんか?」
「え…?」

中年男と,若い女。
一見すると,妻子ある上司と,部下との不倫の果ての逃避行と言った感じだ。
小型車を,都心へと向かう車の中で,二人は黙り込んでいる。
お互い,相手をつかめない。そんな感じ。

小林も石川も,本格的な恋愛経験は無かった。
思いを打ち明ける前に恋人を亡くした石川。奥手で,告白すら出来ない小林。
恋愛初心者だった。

車は,ビル街の夜景をすり抜けるようにして,首都高を飛ばしている。
「寒くないですか?」
「ええ…。」
「こ,これ…。」
小林が,少しよれよれの毛布を手渡した。
「あ…。」
顔が真っ赤になる。

毛布に包まり,助手席に座る石川。
なかなか言い出せない事にもどかしさを覚えていた。
車は,横浜を通過して,車がまばらな首都高を下りた。

いつしか,眠り込んでいた。

目が覚めた石川は,潮の匂いを感じた。
体を起こすと,真夜中の海が広がっていた。
続く
69パラリラ族 : 2001/02/11(日) 04:11 ID:iyUrcClQ
時計は,午前3時を指していた。

外は,肌寒い。
毛布に包まったまま,小林を目で探した。

波打ち際に小林がたたずんでいた。
白衣がなびいている。

「小林さん!」
「あ,起きちゃいましたか。」
「ええ…。ここは?」
「…私も知らないところです。こんなところで朝を迎えたいと思いましたが…。さすがに朝までいれませんよね。」
「いいえ!そんな…。」
「いや,拉致同然にあなたを連れてきちゃったから…。ごめんなさい!」
「いえ!あなたと…あなたと…!」
何も言えなかった。

風は,少し弱まった。漁火が,風に吹かれてなびいているように見える。

「寒くありませんか?」
「いいえ…。」

途切れてゆく会話。端から見ると,もどかしいの一言だろう。
しかし,石川も,小林も,一杯いっぱいだった。
恋愛になれていない上に,好きな人と一緒なんだから。

「そろそろ戻らないと…かぜひいちゃいますし…。」
「ええ…。」

午後4時を少し回っていた。
車の中で,何をする事も無く,コーヒーを飲んでいる。
風が,窓を叩くかのように,また強くなってきた。

「…石川さん。」
「はい!」
「…今日でしたね。市長達が来るの。」
「…はい。」
「何か合ったら,私を呼んでください。」
「…はい!」

車は,東京に戻っていく。
横で寝息を立てている石川を見て,小林は自分のもどかしさを呪っていた。

朝日が,海を染めてゆく。
うっすらと明けために、その強烈な光が飛び込んできた。
石川はは寝たふりをしながら,傍らの好きな人を見つめていた。
幸せ気分だった。
続く

70パラリラ族 : 2001/02/12(月) 02:49 ID:lK5N4S5c
―このまま,時が止まれば良い。
そうすれば,この人と一緒にいられる。市役所の人間に怯えなくて済む。
永遠に,この時が欲しい―

目が覚めると,もう店の前だった。
午前6時。
街は,朝やけに飲みこまれ,輝いていた。

「では…。私は帰ります。これ…。」
紙切れに,携帯の番号が書いてある。
「なにかあったら,こっちに電話ください。」
目を見ないで話す。
小林も,辛いのだ。石川は悟った。

「待って!」
石川が叫ぶ。
「…ありがとう…。」
太陽の光が,2人の顔を染める。
いつしか,2人の目は,涙で濡れていた。

去ってゆく車を見送っても,涙が止まる事は無かった。
泣きながら階段を上がってゆく。

店の前に,吉澤が立っていた。
影で,涙をぬぐい,可能な限り,平常を装っている。

「あー!遅いよりかちゃん!」
「ご,ゴメンね。」
少ししゃくりあげるものがあるが,吉澤は気付いていない。

カギを開けて,事務室へ入ると,また涙が込み上げてきた。
さっきの涙とは異質で,今度は来るべき日が来たという感情からの,涙。

「りかちゃん・・・」
いつのまにか,戸口に吉澤が立っている。
「あ…。」
「そうか…。今日だもんね。市役所の人達来るの。」
「うん…。」
「…今日は,帰ったら?中澤さんに,それとなく言っとくから。」
「いいよ…。ここにまで来ないと思う。」

傷は深い。
いつもの1日が今日は地獄の始まりに感じられた。
続く
71パラリラ族 : 2001/02/13(火) 01:50 ID:1yz/.Qmk
石川は,おもむろに宴会場へ行った。

店は,ビルの3階にあるが,4階も,宴会場として借りている。
100人が収容できる一大スペース。
ここを借りきって,市役所の人間たちの宴会と,市長の激励会が行われる。

重いドアを空けると,20のテーブルがあり,奥にステージまである。
とぼとぼと歩いていると,恐怖心が立ってくる。
あの非道な連中が,ここを埋め尽くす。
それを考えただけで,涙がにじむ。

ちょっと小高いだけのステージに,立った。
少し回りを見渡せる場所。
誰もいないはずなのに,誰かに見張られている気がした。

不意に,ドアが開いた。
飯田と辻が,台拭きを持って入って来た。
「あ,石川。どうしたの?」
「い,いいえ!なにも…。」
「なんか,元気無いね。石川。」
「いえ,そんな…。」
走って,出ていった。

飯田も,うすうす感付いていた。
それが何であるかは,わからない。
ただ―。
石川の目のあたりに,涙の跡があったのを見逃していなかった。
ここ数日,そう言う事が多い事も―。

「ねえ,辻。石川なんか変じゃない?」
「そうですか?いつも通りだと思いますが。」
気付いていないようだ。

階下の店へ戻ってきて,気になった飯田は,事務室を覗いて見る事にした。
戸の隙間から,覗く。

石川は,泣いてこそいないものの,机の上に突っ伏している。
(なにか,あるね。)
推測は,確信に変わった。
続く
72パラリラ族 : 2001/02/14(水) 23:45 ID:mNG01Zqk
「石川?」
飯田は,ついに声をかけた。
「…あ…。」
涙の跡を見られた―。

「そうか…。」
成り行き上仕方なかった。
石川は,また人に,自分の過去を話した。
これが最後。と何回思っただろう。

「悪いけど,あなたが思ってるように,追い出す事は出来ない。」
分かっていた。プライド高い飯田がそんな事を許すわけが無い。
「でも…ちゃんと見てるから。まずい事があったら助けに行くから…。」
言葉が出ない。
「ゴメン。これが私にできる最大限の事なの。」
「いいえ,良いです。こんな事願う私がいけないんですよ…。」
消え入るような声だった。

怯える小鳥のように震えてる石川にあんな事を言ってしまった。
心の中で,飯田は後悔していた。
もっと他に言い方があったはずだ。嘘でも良かったはずだ。
でも,その時,石川は失望するだろう。
過去の裏切りをまた受ける事になるだろう―。

時間はあっという間に経っていくものだ。
もう夕方になっていた。

それとなく,気になっていた。
吉澤と飯田が,しきりに事務室を見ている事を,矢口は不自然に思っていた。
続く
73パラリラ族 : 2001/02/16(金) 01:22 ID:KIl3/RNQ
午後5時。
悪魔の来襲を告げるかのごとく、大きなバスのエンジン音がし、止んだ。

職員たちが降りてくる。
その数、30人。そして、後ろのサロンカーから、市長と、与党市議20人。
合計50人の悪魔たち。

石川は、涙すら出なかった。震えが止まらない。
外を見ることすら、ままならなかった。

「いらっしゃいませ」
店員が並んで挨拶する。宴会場へ向かってゆく。

上から聞こえてくる騒ぎ声も聞きたくなかった。
時々、市長や収入役が、横柄な声でビールと呼びつける。
いやな声だった。

石川は、携帯をとり、メモリーを探した。
小林の電話番号を探したが、通話ボタンを押す気力はない。

数分がたったころ、あきらめた。
加護が呼びつけたからだ。
「フロア―のほうお願いします。」

着替えたくなかった。見つかってしまうリスクがあるからだ。
枯れたと思った涙があふれてくる。
嗚咽を殺して、石川はフロア―に出た。
店には、15人ほどの客がいる。
続く
74パラリラ族 : 2001/02/17(土) 02:10 ID:DpzeQe/E
客たちは、みな上を気にしていた。
時には、顔をしかめ、迷惑そうな顔をする。

宴会場から聞こえてくる常軌を逸した笑いは、下のフロアへ伝わってくる。
静かに食事を楽しみたいフロアの客にとって、あまりにもうるさい。

客の一人が、ついに石川を呼びつけた。
「上をどうにかしてほしい」

「飯田さん・・・。」
宴会場から出てきたところを呼び止めた。
「下のお客様から苦情が出ています。ちょっと注意してくれませんか?」
「やっぱり?わかった。」

下に戻って少したったころ、大きな怒声がした。
客が、一斉に上を向く。

「おい!俺たちに文句言ったの誰じゃ!ぶち殺すぞ!」
突然、酔った男が下に下りてきた。
「おい!貴様か?お前か?」
手あたリしだいに、襟首をつかんでゆく。客がおびえている。逃げる客もいる。

石川は、柱の陰で、自分と闘っていた。
酔っている男も、自分を知っている。出て行けば、すぐにばれる。
しかし、今行かなかったら、客に暴力が及ぶかもしれない―。

混乱していた自分が、一気に冷静になってゆくのを、石川は感じていた。
携帯の後ろの録音ボタンを押し、石川は男のほうへ歩いていった。
続く
75パラリラ族 : 2001/02/18(日) 04:37 ID:5.YMM9AQ
「ちょっと待ってください!」
男の背後で、石川が声をあげた。
「お前・・・!石川だな?」
やはり、男は知っていた。
「そうです。ここで騒がれますと、他のお客様のご迷惑のなります!」
「うるせえ!」
男が、ワインのビンを机の上で割った。ガラスが飛び散り、机の老人が怪我をした。
「大丈夫ですか!!?」
石川が、老人に駆け寄る。
「誰か!警察呼んでください!」
「そうはいくか!」
携帯を取り出した客を、男は殴りつけた。
「やめて!」
石川も、男に飛びつく。

髪の毛が、すごい力で引っ張られた。
「上へ来い!」
そのまま、引きずられてゆく。

「何するんですか!」
飯田がしがみつくが、男に殴り飛ばされて、床に頭を打った。
「飯田さん!」
下から誰かが追いかけてくる。

宴会場へ連れ込まれ、カギをかけられた。
「オー!女を連れてきたぞ!」
石川が見たものは、薄汚い本性を丸出しにした、市役所の人間たちだった。
市長から、市議会議長、与党市議、幹部、人事部長・・・
かつて石川を抱いた男たちが、雁首をそろえていた。
続く


76名無し娘。 : 2001/02/18(日) 22:08 ID:CHuC5wF6
辻ヲタ kAHWz3Y.
j
77パラリラ族 : 2001/02/19(月) 01:24 ID:te.3Dn9A
「おい。俺から抱かせろ。」
「市長、ずるいですよ。まず最初に持って来たの私ですよ。」
「市議会議長のわしからに決まってるだろ。」

少し意識が飛んでいた。
石川が目を開けると、男たちが立っていた。
「えへへ。やらせろやあ!」
人事部長が飛びかかってきた。

激しく抗った。しかし、人事部長の巨体は、石川の細い体を押しつぶしてゆく。
苦しい!
人事部長を、思いっきりたたいた。ひるんだ隙に、逃げる。

しかし、ドアにはカギがかけられていた。
「俺からだ!」
与党市議の熊谷が、その老体をくねらせている。
「待て!この老いぼれ!」
同じ市議の矢島が熊谷を蹴っ飛ばす。
「まずは僕ですよ。」
冷静な顔をした、収入役、もとの財務部長が、矢島をいさめた。

壁際に追い詰められてゆく。
恐ろしい顔をした収入役が、石川を追い詰めてゆく。
突然、石川の服をはいだ。
胸があらわになり、石川の顔が赤面する。
「これからしっかりとかわいがってもらえ。」
冷たく、収入役は言った。

周りには、ハイエナのように、男たちが群がっている。
石川の足元には、人事部長がじりじりと迫っている。
(幸せになってはいけないのかな・・・?)
極限になって、冷静にそんなことを考える自分がいた。
そう考えていないと、発狂しそうだった。死んでしまいそうだった。
もう、涙すら出なかった。

石川の足首を、人事部長がつかみ、引き倒した。
それを合図にするように、男たちが襲い掛かってきた。
石川は、目をつぶった。
続く
78パラリラ族 : 2001/02/20(火) 00:52 ID:dBUddIMM
「ぐおう!」
後ろから、情けない声がした。
振り返ると、与党市議の熊谷が、股を抑えていた。

飯田が立っていた。
「お客様、お料理をお持ちいたしました。しかし、別のほうでお楽しみのようですね。」
「何だ、給仕風情が。」
「これは立派な淫行ですね。お楽しみのところすみませんが、警察へ通報させていただきます。」
「させるかあ!」
収入役が飛びかかる。

「うぎゃああ!」
収入役の顔に、熱いグラタンが乗っかっている。
「あらら。やっちゃいました。」
「この野郎!」
人事部長がフォークを持って襲い掛かる。
飯田は、料理の仕上げ用に持ってきていたウオッカをかけた。
「しみるう!」
人事部長が目を抑える。

「集団でかかれば、こんな女一ひねりだ!」
市長が叫ぶ。
「やれ!」
男たちが、じりじり近づいてくる。

「いいんですか?ビデオとってますよ!」
「何い?」
飯田があごをしゃくると、辻と加護がビデオを持っていた。
「開けたときから、ワゴンの下とテーブルの下で撮っててもらったんですよ。」
飯田が、辻と加護のほうへ歩み寄る。
「さ、警察に届けてきなさい。」
「させるか!」
男たちが飛びかかる。

乾いた音が響いた。
石川が、市長を張り飛ばした。
「最低です!」
「何だあ・・・俺様に向かって・・・」
「証拠を・・・今までの悪事をすべて警察で証言します!」
「何い?」
「・・・あなたは、もう立候補すらままならなくなるでしょう!」
「・・・貴様・・・」

「行きなさい!」
飯田の合図とともに、辻と加護は駆け出した。
それを追って、男たちが駆け出す。

誰もいなくなった会場で、石川は呆然としていた。
続く
79パラリラ族 : 2001/02/21(水) 01:48 ID:eabUbg5I
一階には、小林が立っていた。
「何かあったんですか?」
「車出してください!」
飯田が叫んだ。

辻と加護、飯田、そして運転は小林。
「吉澤さんと言いましたっけ。彼女に呼ばれてきたんですが・・・。」
「新聞社と警察に行って下さい。」
「この市では、警察は信用できません。新聞社にまず行きましょう。」
小林はアクセルを踏み込んだ。

「あいつら、民間人の車を・・・」
辻がつぶやいた。
「僕、今度市長選に出るんです。市政を変えないと・・・。そういう思いなんですが・・・石川さんとであって、その思いが一生強くなりました。」
「・・・ご職業は・・・」
「町医者です。」
「そうですか・・・。」

カーチェイスを振り切って、車は中心部へ向かっている。
続く

80パラリラ族 : 2001/02/22(木) 01:05 ID:tQD1AbWs
車は、玉勝間地区の地方新聞社の前についた。

社会部に駆け込む。
一人の記者が、応対した。
福原と名乗る記者だった。

「これは・・・。」
ビデオ、写真を見た福原は絶句した。
「内部からあれこれ聞いてましたが・・・。これはスクープです。全国紙支局には市長の影響は回ってますが、この新聞社は在野の新聞として、批判はお手の物です。お任せください。」
「あ、ありがとうございます!」
飯田がいう。
「いいえ。あ、あなたは小林さん。市長選に出られるそうですね。」
「ええ。敗北は間違いないといわれてますが・・・。」
「うん。うちの調査でも、あなたは不利と・・・。」
「やはり・・・。」
「・・・僕個人は、応援してます。ここに持ち込んでくれたこと感謝しています。」

帰ってみると、店にはカギがかかっていた。
「あれえ?」
飯田が不思議がっていると、上から声がした。
「飯田さん!」
吉澤が、押し殺した声で言う。

中に入ってみると、さんさんたるありさまであった。
その中に、石川が、うつろな目で座っていた。
続く
81パラリラ族 : 2001/02/23(金) 01:34 ID:VK8OjibE
「あ・・・」
石川は、小林を見て驚いた。
「何で・・・なんでいまさら・・・」
「石川。あのビデオを新聞社に持っていった。世の中に知ってもらうことが大事やけど・・・。あなたがいやなら、取り下げる。でも・・・命かけて、小林さんが持っていってくれたんだからね。」
「・・・」
また、悲しそうな目に戻った。

「飯でもくわへん?料理なら余ってるで。」
中澤が言った。

石川は、食べる気も無くうつむいている。
食卓も、沈みがちで、会話が無い。
11人が、ただ手を動かしているだけだった。

食事が終わっても、石川は黙ってうつむいていた。
見守るしかない小林。
安倍や飯田も同様だった。

午後11時を過ぎたあたりで、荒れた店の後片付けが終わった。
テーブルの数卓は折れ、傷がついて使い物にならなかった。
損害はかなりのもので、20万円以上になった。
帰った客の分も含めると、40万を超える。

経営を立て直しているのに、自分が原因で店に損害を与えてしまった。
経営状態から見ても、40万なんぞ無く、借金になるのは確実だった。
その金すら、貸してくれるかは疑問だが・・・。

事務室へ戻って、机の上に突っ伏した。
泣いていないはずなのに、目が赤い。もうどうしようもなかった。

気が付いたら、また事務所で夜を明かしていた。
朝日の光で、目がさめたのは午前5時だった。
続く
82パラリラ族 : 2001/02/24(土) 03:52 ID:/ffeCS9o
外を掃除していると、新聞配達が来た。

この店では、全国紙3紙と県内紙一紙、経済新聞二紙と、市内紙一紙を取っている。

石川は、まず市内紙を見た。昨日小林たちが証拠映像を持っていった新聞だ。

玉勝間市長、許されぬ行為

昨日夜、玉勝間市長の山田直樹氏(71)ら、市職員や市議会議長含む市議合わせて50人が、市内のレストランで一般客に暴力をふるったり、淫行未遂を起こしていたことが、本社に持ち込まれたテープで明らかになった。

その場に居合わせたのは、山田氏などの市幹部、財務部、人事部員、市議会議長含む市議合わせて50人。
テープは、女性が連れ込まれ、服を剥がれたり、殴られているところが写っている。
周りに止める人間は無く、玉勝間市のモラルの低下があらわになった格好だ。
6選を目指してすでに立候補表明をしている山田氏にとってマイナスになるかどうかは微妙。

野党市議団が市長、議長、かかわった議員団の辞職勧告提出
共産党、「玉勝間市民連合」は、共同で市長、議長、議員」の辞職韓国を提出することで決めた。
共産党市議団長の池野博文氏は、「山田市長のダーティーな部分が現れた部分だ、」と批判した。
また、市民連合の澤田雅代市議は「玉勝間を掃除する」と気勢を上げる。

なお、共産党、市民連合は、玉勝間市長選で新人の小林進一氏を推薦することを決めた。
社民党、新社会党、「玉勝間をよくする会」が同調する動きを見せている。
これが実現すれば、革新系小林氏対保守系山田氏を中心とした激戦になるのは必至だ。

続く

83名無し娘。 : 2001/02/24(土) 11:42 ID:Eosrq7PE
期待してま〜す!
ハッピーエンドにしてちょ。これ以上チャーミーをいぢめないでね。
84名無し娘。 : 2001/02/24(土) 19:47 ID:Nj6DoXCk
いよいよクライマックス?
次のごまなちは、ほのぼのしたのが良いな。
85パラリラ族 : 2001/02/25(日) 03:26 ID:uwK/cbVs
石川は、衝撃を受けた。
他紙を探したが、そんな記事は載っていない。

複雑だった。
市役所の人間の悪行の一端が明らかにされたが、これから自分がおかれる状況を思うと暗くなった。
かつて、弁護士が死んだときのような報道被害に遭うかもしれないからだ。
計り知れない恐怖が、彼女を襲う。

その恐怖の予感が、あたってしまった。
5日後、選挙公示2日前の出来事だった。
なんと、石川と小林のツーショット写真が刷り込まれたビラが撒かれていた。

市長候補、元市職員と体の交渉!

今回、市長選挙に立候補が決まっている小林進一が、元市役所職員、石川梨華と「体の交渉」にのぞんでいることがわれわれの調査で明らかになった。
石川は、「玉勝間新報」の「市長許されぬ行為」の中に出てくる「女性店員」である。
さらに、「玉勝間新報」にこのスクープを持ち込んだのが、小林であることが確認されている。

われわれ「美しい玉勝間を目指す会」は、この行為を市長弾圧のために作られた悪質なでっち上げと断定する。
この写真と、スクープの関係。
それは、体を売った淫売婦石川が、市長追い落としを狙って小林をたぶらかしたものである。

小林に投票して起こること、それは、恐怖である。
「玉勝間新報」という偏向紙、そして革命政党から推薦される小林。
恐怖政治が起こることは、明々白々である。

玉勝間を美しくする会

途中から、読めなかった。
そのビラを引っつかむと、石川は走った。
続く
86パラリラ族 : 2001/02/25(日) 03:45 ID:uwK/cbVs
無我夢中で走った。涙があふれている。

古い建物。小林診療所とかかれた看板の上に「小林進一選挙事務所」とかかれた看板が掲げられている。
小林の自宅兼職場である。

「石川さん・・・。」
つぶやく小林に、石川は無言でビラを渡した。

小林の顔が、赤くなってゆく。
「警察に告発します。新聞社の方にも見ていただきましょう。」

新聞社の原も加わって、三人で警察に出向く。
予想されたとおり、警察は取り合ってくれなかった。
いくらビデオを見せてもなんとも言わない。
三人はあきれることすらできなかった。

帰り道、小林が口を開いた。
「・・・会見しか無いですね・・・。」
続く
87パラリラ族 : 2001/02/25(日) 04:01 ID:uwK/cbVs
午後7時。
新聞社数社と、テレビ局一局しかいない状況下で、会見は開かれた。

「このビラに書かれてることは本当ですか?」
「まったくのうそで、私を貶めるためのものでしかありません。」
「スクープはどういう風にして手に入れたのですか?」
「レストランの従業員が、マナーの悪さに警戒してビデオを撮っていたと聞いています。私はそれを新聞社まで運びました。」
「革新政党とのつながりは?」
「私の政策に賛意を表していただいたということです。それによって攻撃にされる筋合いはありません。」

そして
「女性とはどういう関係ですか?」
一番答えたくない質問が来た。
しかし、釈明しなければならない。

「彼女は、僕が結婚を前提としてお付き合いしている方です。やましい関係でありません。」

石川に衝撃が走った。
本当に結婚を考えてくれていたのだ。
嬉しい!そんな気持ちだった。

小林は、悔やんでいた。
こんな場でばらしたくは無かった。どうせなら石川の前で直接言いたかった。
言わなければならないことだとはわかっているが、やるせなかった。

取材されたことが報道され、反響を呼んだ。
市民の声が高まる中、市長選が告示された。
続く
88パラリラ族 : 2001/02/25(日) 04:28 ID:7sSqKFdg
玉勝間新報

玉勝間市長選告示。4氏立候補。

玉勝間市長選挙は昨日告示され、4氏が立候補。

立候補したのは、衣料店経営の呉 亜樹上氏(36)、市長の山田直樹氏(70)、県議の寺田光氏(47)、医師の小林進一氏(40)の4氏

告示前から激しいスキャンダル合戦となっており、激戦は必至。当初山田氏の独走かと思われていたが、ここにきて暴行疑惑が浮上、追及者である小林氏に追い上げられている。
保守系政党、団体の推薦を受け、組織票を固める山田氏と、革新各党の推薦を受け、無党派層の取り込みを目指す小林氏との事実上の一騎討ちと見られている。

立候補者は次の通り

呉 亜樹上 36 衣料店経営 デザイナー 無新
山田 直樹 70 市長 元市議1期、県議5期 無現D
=自民、公明、保守、自由推薦
寺田 光  47 県議3期 農業、会社社長  無新
小林 進一 40 医師、市民団体主宰     無新
=民主、共産、社民、新社会、玉勝間市民連合、玉勝間をよくする会、無党派政治連合推薦
(推薦政党は、いずれも市議会に議席を持っている政党のみを記した)

89パラリラ族 : 2001/02/25(日) 04:47 ID:7sSqKFdg
市長選告示、各候補第一声

呉亜樹上氏は、駅前デパート前で第一声をあげた。
後援会員ら60人が見つめる中、自身デザインの奇抜なファッションで登場。
「個性ある町づくり」を掲げ、多角的な開発、ファッション産業の育成などを公約に掲げた。

山田直樹氏は駅前ロータリーで第一声。
推薦政党の自民、公明、保守、自由各党の国会議員、県議、市議が挨拶。
3000人の支持者を前に、「安定した町」を目指し、5期20年の経験と人脈を武器に強力な政治をしたいと述べた。

寺田光氏は、郊外のショッピングセンター駐車場で第一声。
後援会員ら120人の前で、「アグリシティー玉勝間」構想を発表。
「農業を基礎とした、土の町を作る」と述べた。

小林氏は、選挙事務所前で第一声をあげた。
市民団体幹部や弁護士、市議会議員らの挨拶の後、集まった100人の支持者の拍手の下登場。
「くさりきった玉勝間にメスを入れるドクターでありたい。」と、政治姿勢を語った。

投票は一週間後の17日に行われ、即日開票される。
大勢判明は午前一時前後までずれ込む見通し。


90パラリラ族 : 2001/02/25(日) 04:57 ID:7sSqKFdg
石川は新聞から目を離した。
選挙期間中も、普段どおり働く。
選挙が終わるまで会わない。
石川が立てた、自戒だった。

「石川―!」
飯田が呼んでいる。
「店手伝って―!」
「はい!」

どんなに一生懸命働いても、小林のことが離れない。
注意が散漫になって、料理を落としそうになることが何回もあった。

昼食も、食べる気がしない。
ご飯を少しと、おかず少しを食べただけだった。
「体の調子悪いの?」
安倍や吉澤は心配しているが、石川は力なくこういうだけだった。
「心配ありません・・・。」

休憩時間、石川は弁当を作っていた。
安倍に習いたての料理、昔からの得意料理。
自分ができるものを、弁当箱に詰め込む。

それをもって、石川は出かけた。
続く
91パラリラ族 : 2001/02/26(月) 03:19 ID:qu3OaSM2
午後三時。
車は事務所についた。

「市政にメスを!住民第一の姿勢に!世直しドクター小林進一」
小林とはイメージ的に結びつかない垂れ幕を横目に、事務所の中に入っていった。

「先生は、まだ帰ってきてないんですよ。ご飯はまだですから、お喜びになるとは思いますが・・・。」
高校生と思しき男が答えた。
「いつ頃・・・。」
「もう少しで・・・」

選挙事務所の応接セットに座り、帰りを待つ。
診療所の待合室を使い、所狭しと貼られたポスターが、午後の風に揺られてぴらぴらと音を立てている。
少しでも冷めないように、手の中の弁当を抱き寄せる。

事務所には、10人ほどの人間がいた。
医師仲間であろう、白衣を着た人間から学校帰りの高校生までいる。
みんな、事務所の事務に追われている。

外に選挙カーの音がした。
駆け出してみるが、対立候補のものだった。
肩を落として、石川は事務所に戻った。

戻った石川は、ソファーで、一人の高校生が、問題集をといているのを見た。
一問目から、苦悩しているようだ。

「この数列は、数学的帰納法を使って解けるよ。」
「あ・・・。でも、私数学的帰納法がわからない・・・。」
「あ、それならこうやって・・・。」

「できた!」
高校生が声をあげた。
「ありがとう!」
「いいえ、ところで、何でこんなに高校生がいるの?」
「小林先生、ここで数学を教えてくれるんです。でも、良いなあ。数学ができる人って。」
「私もね、数学できなかった。でも、経済学部に入るには数学ができないといけないから、数学は勉強した。目標があればなんだってできるようになるよ。」
「へえ〜」

また選挙カーの音がして、それは近くでとまった。
それは、紛れも無く小林だった。
続く
92パラリラ族 : 2001/02/27(火) 01:37 ID:stGluId2
たすきをかけた小林が、事務所周りに集まった支持者と握手を交わしている。
それを見て、高校生も駆け寄っていく。

「いしかわさん・・・。」
「・・・ご飯まだでしょう?」
「ええ・・・。」
「お弁当、食べませんか?」
「・・・ええ。」

「この人・・・先生の結婚相手?」
「え!・・・そうだよ。」
「ホント?」

事務所内がざわついた。みなが石川を覗き込む。
石川はちょっと顔を赤らめた。
白衣を着た男が近づいてくる。
「はじめまして。私小林の友人の猪口といいます。・・・小林のこと、お教えいたしましょうか?」
紳士的な振る舞いに、石川は面食らった。
「おい・・・。よせよ猪口。」
「うらやましいよお前。きれいな方じゃないか。」
「・・・そうか?うらやましいだろ―!はーはっはっは!」
小林が大笑いした。それにつられて、事務所が笑い声でゆれた。

結局、石川の弁当は、みんなで食べることになった。
小林のために作ったものだったので、ちょっと不満だったが。
(ま、みんなが美味しいといってくれてるから、良いかな。)

「先生。これってどう解くんですか?」
男子高校生が、横からノートを持ってやってきた。
「え、これ?エー・・・。あれ、これじゃ・・・ありゃ?」
「あの・・・。これは、この式を変化させて・・・はい!こうやるとできるけど。」
「すごい!先生の彼女先生より頭良いじゃん!」
「うーん。そうかもしれませんね。」
また、事務所が笑いでゆれた。
続く
93パラリラ族 : 2001/02/28(水) 01:49 ID:XT2jGigE
弁当を食べて、事務所員たちはまた仕事へ戻ってゆく。

高校生たちに数学を教えて回って、それが一段落したころには、3時半を過ぎていた。

「数学・・・できるんですね。」
「え!ぜんぜん!私、数学といってもUBまでしか・・・。VCはかじった程度なんです・・・。」
「いや、かじったなんて・・・。あそこまでしっかりやっているのなら、理系でも通用したはずですよ。」
「私・・・。理科がぜんぜんできなかったんです。名前がりかなのに・・・。」
「僕も、そうだった。何とか医学部に入ったけど、ダメ学生で有名だった。さっき話し掛けてきた猪口も同じ大学なんですがね、あいつは本当に優等生で、成績も医学部トップ。僕なんか、ビリ争ってたぐらいで・・・ははは。」
「・・・小林さん。でも、あんなに高校生が慕ってくれてるじゃないですか。うらやましいな。」
「・・・。色恋沙汰はまったくダメだった。ここまでまったく恋愛なんかしてないんです。」
「私も!恋愛に関しては積極的になれなかったんです。思いを寄せていた人も、告白するまもなく死んじゃったし。」
「都築さん・・・。彼とは、どういうお付き合いを・・・詮索するつもりは無いんですが・・・。」
「同じ家に住んでいたんですけど、同棲とは程遠いものでした。妹さんも、弟さんも、お父様もいましたし。」
「・・・。まさか、死んでしまうとは思わなかった。あれは、今でも誰かに殺されたんだと確信しています。」
「・・・あのあと、妹さんが市民病院を首になって、私も市役所を首になった。市が絡んでるのでしょう。でも・・・。
「でも・・・。」
「あなたにいらぬ疑惑を抱かせてしまった。疑惑の当事者、それを追及する市長選候補者。どう見たって、ゴシップですわ。」
「・・・いいえ。僕は、間違いを犯していない自信があります。市は、人間として許せない。ゴシップなんて言わせません。ゴシップという考えなら、僕はあなたを利用していることになる。そうじゃない。僕は、あなたが、ただ好き。三文小説みたいな政府ですが・・・。偽らざる僕の気持ちです。」

毅然と、言い切った。

石川の顔に、笑顔が戻った。
続く

きっぱりと、小林は言った。
94パラリラ族 : 2001/03/01(木) 02:29 ID:Ovlm3q2A
「僕は,人に希望を与える為に,医師になり,市長選に立ちました。」
また、小林が話し始めた。
「ゴシップは,利用された人をずたずたにします。僕は,あなたをずたずたにしたくない。くさい台詞ですが・・・」

「…怖いんです。」
「え?」
「私が誰かのそばにいるばかりに,これまで数々の人が傷ついてきました。私,あなたまで大変な目に遭ってしまったら怖い!出来るなら,誰もいないところで死にたい…。」
終わりのほうは声にならなかった。しゃくりあげる石川を,小林は見据えた。
「大丈夫です。僕はそんなやわな男ではないです。はじめてであった人を,みすみす傷つける奴に,市長なんか出来ません。医師になって16年。それだけが,誇りです。」
石川を抱き寄せた。
「大丈夫。愛する人を守るのは,僕の義務です。」

小林の腕の中で,石川は幸せだった。
悲しい思いにかられてきた数年間が,雪になって流れていく気がした。

「先生!生物を…あっ!」
男子高校生が,気まずそうに去っていった。
ばつが悪そうな顔で,二人は顔を真っ赤にしてみつめあっていた。
続く
95パラリラ族 : 2001/03/02(金) 01:25 ID:Ovz5dzQQ
気まずくなった。
数分間二人は黙ったままだった。

時計を見ると,もう4時だった。
「そろそろ帰らないと…。」
「あ…。弁当ありがとう…。」
「いえ…。あんなので良かったんですか?」
「とんでもない!美味しかった!」
「…うれしい。」
「え?」
「敬語なんて使って欲しくなかったんです。」
「…そうです…あ,そうか!」
「…進一さん…。」
「僕を名前で…。うれしいのか恥ずかしいのか分からない…。」
「…。またきます。がんばってくださいね。」
微笑んだ石川に,小林は微笑を返した。

エンジンをかけ,事務所から離れてゆく。
道は込んでいた。
続く
96パラリラ族 : 2001/03/03(土) 01:32 ID:Xl0CyjEw
四日が過ぎた。
市長選挙の情勢が明らかになったと,石川の耳に入った。
石川は。「玉勝間新報」を開いた。

山田氏先行。小林氏猛追。―激戦の玉勝間市長選。

玉勝間市長選挙は三日後の投票を控え,各候補とも最終決戦に入っている。
本社が市内有権者3000人を無作為抽出し,投票動向を調査した。

それによると,今回の選挙は市民の関心が高く,投票に行くと答えた人が78パーセントを占め,過去最高投票率になる事は確実となった。

候補者の支持動向は,次の通り

山田直樹 無現 42パーセント(選挙前59パーセント)
小林進一 無新 39パーセント(選挙前9パーセント)
寺田光  無新 11パーセント(選挙前21パーセント)
呉 亜樹上 無新 8パーセント(選挙前11パーセント)

山田氏は,スキャンダルが影響し,女性票や無党派層が小林氏に流れている。
苦戦は避けられない模様。
小林氏は,推薦政党票をほぼ取りこみ,無党派層からも圧倒的な支持を得,一気に逆転。山田氏を猛追する。
寺田氏は,農民の支持を受けるも,市街地の有権者の支持が得られず,苦しい戦い。
呉氏は,当初予測していた無党派層が小林氏に流れ,若年層も小林氏に傾いている為,追い上げは難しい模様。

当初,選挙の流れが山田氏向きだったが,途中でベクトルが小林氏に向いた模様。
ほかに,投票行動を明らかにしていない有権者が40パーセントを占めており,予断を許さない闘いになっている。
投票は三日後。

他の新聞も,似たようなものだった。
予想外の健闘に,市中が沸いている。

不意が電話が鳴った。
メールが届いていた。
続く

  


97パラリラ族 : 2001/03/04(日) 02:23 ID:4cv.GsIg
「今夜,事務所まで来てください」―。

精一杯のおめかしをして,事務所に向かった。

事務所は,どんちゃん騒ぎの真っ最中だった。
近所のおばさんが作った料理と,持ち寄られた酒で,一杯やっているようだ。

「あのう…。」
「お,先生の奥様がおいでなすったぞお!」
酔っ払ったスタッフが茶化した。
「そんな…。」
「あ,赤くなってるよ〜。」
「…ふふふ。」
なぜか分からないけど,楽しくなっていく。

事務所の奥のほうで,小林は飲んでいた。
「梨華さん…。呼び出してごめん。こんな遅くに…。」
時計の針は,午後11時を回っている。
「暇だったから…。」
「明日から講演が続くから,英気を養ってもらおうと思って。ま,一献。」
グラスにビールが注がれる。
二人でそれを飲み干して,料理をつまむ。

「話って何ですか?」
「…。あなたに約束しておきたい事があって。」
「へ?」
「…。選挙が終わったら,お付き合いしましょう。」
「…。今までは?」
「あんなもんお付き合いじゃないよ。だってあなたに何もしていないし。選挙にかまけて言いそびれてたんです。この事。」
「結婚は?」
「…。僕があなたのことを,あなたが僕の事をもっと知ったら。」
「…。うれしい…。」
二人にとって,はじめての恋愛の始まりだった。

その後のことはよく覚えていない。
気がついたら,事務所の電気が消えて,事務所のソファーにに寝かされていた。

酔いはすっかり醒めていた。
少し頭が痛い。

振りかえると,診察室にかすかな光を感じた。
少し戸を開けてみると,小林がグラスを持って月を見ていた。
続く
98パラリラ族 : 2001/03/04(日) 02:50 ID:1ZblT6JE
「進一さん。」
「ン…。梨華さん…。」

ウィスキーをストレートで飲みながら,月を眺めていた。
「きれい…。」
「僕がここで何か言っちゃうと,三文小説のキザ男になっちゃう。」
氷を足しながら,小林がつぶやく。
「月って,何であんなに輝いていられるんだろう…。太陽がなければ輝けないのに…。」
「…。」
「ごめんなさい。暗い話して。」
「…。僕ね,医学部一もてない男だったんですよ。なんか,あの時まわりには恋愛に無関心と言う態度とってたんだけどね,心の底では恋がしたかったたという思いで一杯でしたよ。」
「私も,いつやらに,ミス経済学部になったんです。男が寄ってきたけど,相手にしなかったら,食えない女だって言われちゃって。」
「お互い,恋ははじめてなんですね。」
「ええ…。」

不意に,二人は口付けを交わした。
「え…。」
石川が,顔を赤らめる。
「勇気です。私,勇気が無かった。でも,今,あなたに勇気を出して口付けをした。奥手な自分はもうさよなら。訣別のキスです。」
「…。じゃあ…。」

再び,口付けを交わす。
「僕も,訣別のキスです。」

「乾杯…。」
二人は,グラスを重ねた。
続く
99パラリラ族 : 2001/03/05(月) 01:48 ID:eVYwG6pA
「…もし!」
誰かの起こす声で,石川の目が覚めた。
目を開けると,老婦人が立っていた。
「なんでまた,こんな所で…。」
「あ…進一さんは…?」
「松崎町に,急患を見に行ったよ。」
「え…。」
「選挙期間中も,ここの診療は続いてるんだよ。それより,あんたかい?先生の婚約者って。」
「…。ええ。」
「あの人は一生懸命なひとだよ。なのに,まわりは気付いてくれないんだ。あんた,良い人見つけたよ。」
「…。はい。」

時計は,まだ午前四時である。おそらく2時間も寝ていないはずだ。
やはり,頭が痛い。服のまま寝たので,服がしわだらけになっている。髪もぼさぼさだ。

「ご飯食べるかい?」
老婦人が声をかけた。

老婦人は,この町内の助産婦で,小林の知り合いらしい。
「ほんといい人でね,皆暇な時はここに来るんだよ・・・」
延々と話が続く。飯をほおばりながら聞いていた。

片づけを手伝っていると,車の音がした。
しばらくして,小林が入ってきた。
「東島さんのおじいさん,どうでした?。」
老婦人が聞く。
「もう行ったときには息を引き取っていました。間に合わなかったんです。」
「あのおじいちゃん,若い頃は元気なおじいちゃんだったのにねえ…。」
「ええ…。あ。起きちゃいました?」
「ええ…。」
「…飯ください。」

唖然とした。
小林は,飯をもう5杯も食べている。
「あのお・・・。」
「僕ね,これでも大食いなんですよ。いわゆる痩せの大食い。」
意外な一面だった。
紳士的な面と,人として感情豊かな面。
どこか都築を思い起こさせる男だ。

(都築さんをこの人の中に見てるのかな…。)
最近,薄々感付いている事だった。
続く
100パラリラ族 : 2001/03/06(火) 02:05 ID:RdTpVvgI
また電話が鳴った。
「はい…。え!沢口さんが…。はい…はい。わかりました。すぐ行きます。」
どうやら,急患のようだ。

「沢口さんとこの充君が,風邪をこじらせた。すぐ行きます。」
「あの充君が?」
「ええ…。意識が無いそうです。人手がいるなあ…。梨華さん!」
「はい。」
「申し訳無い。一緒に来てもらえませんか?」
「…はい。」

沢口家には,5分ぐらいで着いた。
家の畳の間では,6歳ぐらいの子供が寝かされ,家族がおろおろと見ていた。

「かなり危険な状態です。ご親族の方を。」
小林が重々しく言う。

「梨華さん!点滴の針と管を!」
「はい!」
かばんの中から,それを出す。分類されているので,すぐに見つかった。
「後,注射針と薬剤のアンプル入れを!黒いポーチに入ってます。」
「はい!」
「中の白衣に着替えてください。急いで!」
「はい!」

驚いた。
普段の温かい小林は,今は厳しささえ漂う医師だ。
「まずいなあ…。」
時折そう言う言葉が漏れてくるたび,家族が不安な顔をする。

少年の息が変わった。
「まずい!梨華さん!注射準備を!」
おろおろとしながら,何とか注射準備をする。家族が覗きこんでいる。
「バイタルが…。」
てきぱきと注射をするが,少年は苦しそうだ。
「梨華さん!彼の手を握ってあげて!ご家族の皆さん!早く!」
家族が,石川が,手を握って励ます。
しかし,彼の状況は変わらない。

子供の顔色が青くなった。
小林が心臓マッサージをするも,少年は動かない。
何回繰り返しても,同じだった。

「午前5時7分。ご臨終です。」
家族が,泣き崩れた。

家族とともに,石川も泣いている。
その石川の肩を叩く小林も、また泣いていた。
続く
101パラリラ族 : 2001/03/07(水) 03:37 ID:q1Memeek
帰りの車でも,まだ石川はしゃくりあげていた。
「…無理に手伝わせちゃって…。」
「…人って,あんなに簡単に逝っちゃうんだな…。そう思っちゃって。」
「…。僕は今日二人も,みすみす死なせてしまった。まさか,あんな事になるとは…。」
「あなたのせいじゃない。医学の事は分からないけど,そう思うんです。あなたが一生懸命手を尽くしていた事,皆分かってます。」
「…。でも,あんな事に…。まだ6歳ですよ。そんな子供をみすみす死なせちゃんなんて…。」

車は脇に止まった。
石川も,小林も泣いている。

数分ぐらい経った頃。
不意に,石川が小林を抱き寄せた。
そのまま,二人は固まったかのように,離れなかった。

事務所についても,二人は落ち込んだままだった。
支持者がいくら声をかけても,反応しない。

「…仕方ないさ。お前手を尽くしたんだろう?医者も完全じゃない。心の中にしまっておいて,今日はもう行こう。」
猪口が説得しても,無反応だ。

石川も,同じような状態だった。
店のカギは,一応吉澤も持っているので,店が開かないと言う事はない。
時計を見ると朝7時。もう行かなければいけない時間だ。

何とか店には連絡する気になった。
吉澤の携帯の番号を押した。

「はい,もしもし。」
「ヨッスイー?」
「梨華ちゃん?どうしたの?今日遅いじゃない?」
「うん。ちょっと今日は体調が悪くてさ,休むね…。」
「どうしたの。」
「いや。別にさあ…別にさあ・・・」
声が泣き声になってゆく。涙もこぼれおちる。
「どうしたの?泣いてる?」
「ううん。じゃ、きるね。」

無理やり切ってしまった後には,また涙があふれてきた。
顔を覆い,泣き出す。
続く
102パラリラ族 : 2001/03/08(木) 01:50 ID:OPVlAb36
不意に,肩を叩かれた。
小林だった。

「起きていたのに,夢を見ました。東島さんと,充君が一緒に歩いていたんです。」
「…。」
「東島さん,身寄りが無かったんです。だから,とっても楽しそうだった。本当の,孫みたいだった。」
「…。」
「僕の方向いて,微笑んでくれたんです。僕は彼らを見殺しにしてしまった。でも,頑張れと言う声が聞こえてきた。それだけです。」
「…。」
「…。彼らの命,無駄にしたくない。東島さん,充君。彼らが政治に渇望していたもの,探して実現します。」
そう言うと,小林は涙をぬぐった。
「…。一緒に行きましょう。今日,職場に行かないんですよね?こんなことけしかけちゃ悪いんですけどね。」
「…。行きたい!連れてってください。」

「小林,ウグイス嬢の木山さんが来れないそうだ。」
「え!嘘だろ?」
「私にやらせて!声には自信あるの。お願い!」
「…。良いですよ。お願いします。」

車が,出航する船のごとく,事務所を出ていく。
石川は,声を出した。
「おはようございます。小林進一でございます。」
続く
103パラリラ族 : 2001/03/08(木) 01:51 ID:vs68iH9A
スイマセン。ミスであげてしまいました…。
104パラリラ族 : 2001/03/09(金) 01:57 ID:huI8nEiM
夕方になる頃には,二人とも喉が痛くなっていた。
小林は,一日数回の街頭演説に,無数の辻説法。
一日やってお手上げの石川には,信じられなかった。

事務所に戻ってきたのは,もう午後5時すぎだった。
石川は,疲れのあまり,ソファーに倒れこんだ。
「あー…。喉痛い…。」
小林が,なにかのビンを持ってきた。
「これ,知り合いの薬剤師さんが調合してくれたのど薬です。結構効くんですよ。」

はっかのような匂いが,石川の喉を和らげる。
少し,声を取り戻したようだ。

コーヒーを片手に,つかの間の二人の時間。
学生時代の事,生い立ち,今,結婚観。
知り合ったばかりの学生カップルのように語り合った。

決して穏やかな日々ではないが,幸せである。
その幸せ,いつまでも噛み締められれば。
石川のささやかな願い。

猪口が夕食を告げに来た時,肩を寄り添うようにして二人は寝ていた。
一つの毛布,一つのソファー。
二人で,そのスペースを分け合って。

石川が目を覚ますと,もう午後11時だった。
横を見ると,演説会からかえって来たばかりの小林が寝息を立てていた。
続く
 
105パラリラ族 : 2001/03/10(土) 03:45 ID:i8dtC.mA
結局,事務所を出たのは12時を過ぎていた。

深夜の町を,店に向かって走る。
車もまばらで,走りやすい。

店には,もう誰もいない。
事務室の電気をつけ,パソコンを立ち上げる。

経営計画に少し手を加え,売り上げ予測を立てる。
資料とにらめっこしながら,資料が出来る頃には1時を過ぎていた。

ふと,手を止めた。
(私は,何故経済計画を立てるのかな?無駄だって分かっているじゃない…。)
これまで何回もぶち当たってきた疑問だ。

結局,それを考えると仕事が手につかなくなった。
途中で放りだし,家に帰ることにした。

店から歩いて10分。石川のアパートがある。
地区10年。割と新しい家賃6万円の城。
カギを開けて,中に入ると,懐かしい匂いがした。
ここ数日,店や小林事務所に泊まっていたので,久しぶりな気がする。

2DKにトイレと風呂。
大きな部屋には,ノートパソコンとデジカメ,ステレオの類,机や皿などが置かれ,少し散らかっている。
小さな部屋には,簡単なステレオ,デスクトップパソコンが机に置かれ,本棚には経済学,経営学,理学,工学などの本がぎっしり。
なぜか,この部屋は散らかっていない。

大きな部屋に入り,コーヒーを沸かす。
ピンクの内装と黒いコーヒー。アンバランスだが美しい。
そう考えていた。

ラジオをつけ,布団に入る。
コーヒーのせいか,少しからだがあたたかい。

ふと,肌寂しさを覚えていた。
肌寂しさは,石川の心に忍び寄って,心まで寂しくさせて来る。

布団から,嗚咽が漏れる。
結局,眠れなかった。
続く
106パラリラ族 : 2001/03/11(日) 03:58 ID:JCgDfWzE
投票日まで,二人が会うことは無かった。

日曜日の午前中。
心地よい風に吹かれ,春も近い事を感じられる。
しかし,石川は暗かった。

会いに行かなかった理由は,自分でも漠然とした事しか分からない。
会いに行きたくなかったと言えばもちろん嘘だ。
むしろ,会いに行きたかった。
しかし,心は,それを許そうとはしなかった。

11時を過ぎた頃,ニュースが流れた。
「玉勝間市長選挙は,今日が投票日です。好天に恵まれ,また市民の関心も高く,投票率は10時現在28パーセントと,前回より10パーセント高くなっています。選挙は,激戦が予想され,大勢判明は明日未明になる見通しです。」

テレビを消し,フロアに向かった。
まだ開店前。飯田と矢口がテーブルクロスを掛けている。
厨房からは,にんにくがこげる匂いが流れてきている。
ごくごく普通の日曜日だった。

1時を過ぎた頃,吉澤が入ってきた。
「梨華ちゃん。小林さん。」
続く
107パラリラ族 : 2001/03/13(火) 02:05 ID:i0LKpfnY
レジの前の椅子には,小林と数人の高校生が座っていた。

「進一さん…。」
「投票済ましてきたんです。彼らにねぎらいの意をこめて。あなたも一緒にどうですか?」
「ええ…。」

軽く焼いた仔羊の肉に,鮮やかな赤色のトマトソースをかけ,焼いたチーズを添える。
アボカドの鮮やかなみどりに,パプリカとマグロの赤がきれいなサラダ。
澄んだ琥珀のようなスープに,ウズラの卵を浮かべたスープ。
控えめだが,存在感を持ったミルフィーユ。
いろとりどりの料理が,並べられた。

高校生も,小林も,石川も,満足げな表情を浮かべて料理を食べる。
もっとも,小林も石川も,食事には1点集中できないようだが。

「…。今日ですね。」
肉を切りながら,搾り出すように石川が言う。
「…皆頑張ってくれたんで,勝てます。もし…。」
石川を見つめた。
「もし僕が勝ったら,事務所の裏で待っています。」
「あの…。」
「…。食事にしましょ。」

その後,小林は何も言わずに帰っていった。
石川も,何を言われるかは,大人の女として分かっていた。
分かっていても,心の準備は出来ていない。

幸福をつかもうとすると,幸福はふっと消えてゆく。そして,周りの人間を不幸に追いやる。
都築の時がそうだった。
小林の同じ事が起こるんじゃないかという思いが,今だ石川に取り付く。
続く
108パラリラ族 : 2001/03/15(木) 01:53 ID:eX.tjmf2
午後8時。
投票は打ちきられた。

その頃,石川はフロアでフル回転していた。
こんな日に限って,とてつもなく忙しい。
テーブルまで持っていったら,次が待っている。
そんな感じだった。

9時を過ぎても,客足は衰えない。
酒が入って,ろれつが回らないサラリーマン。鬱憤晴らしか,酒をがぶ飲みする主婦風の女。家族連れ…。
いろいろな人間が食事を,飲酒を楽しんでいる。

9時半を過ぎると,少しずつ客が帰っていく。
「後は私らでやっておくから,上がって良いよ。」
矢口が言った。

事務室に入ると,テレビをつけた。
まだ開票情報は入っていない。
ほっとすると,疲れからか,ソファーに身を沈めた。

うとうととした頃,速報のチャイムが鳴り響き,石川は起きた。
続く
109パラリラ族 : 2001/03/16(金) 00:39 ID:gDcUaFuY
玉勝間市長選挙開票速報

開票率0パーセント
山田 直樹  200
小林 進一  200
寺田 光   50
呉 亜樹上  50

現時点で,小林と市長が並んでいる。
少しほっとして,コーヒーをすする。

30分後,次の速報が出てきた。

開票率 15パーセント
山田 直樹 10000
小林 進一 9800
呉 亜樹上 2100
寺田 光  2000

ちょっと差が開いている。

「石川!売り上げ計算お願い!」
後ろ髪を引かれる思いで,テレビを離れた。

今日は,少し黒字が出た。
いつもならうれしいはずだが,気もそぞろ。
開票率 31パーセント

戻ってきた時,三回目の速報が出てきた。
山田 直樹 21000
小林 進一 20000
寺田 光  3700
呉 亜樹上 2600

少しずつ差が開いている。

落ち着かない。コーヒーを飲んでも落ち着かない。
気がついたらそわそわと歩いていた。
続く 
110パラリラ族 : 2001/03/17(土) 01:56 ID:iYxABzdw
4回目の速報が流された。

開票率53パーセント
山田 直樹 45300
小林 進一 44800
寺田 光  5500
呉 亜樹上 4800

テレビ局が中継を流すようになった。
アナウンサーが何かしゃべっている。

「それでは小林事務所から中継でお伝えします。」
突然,画像が小林事務所に変わった。

「はい,小林事務所です。速報が出るたび,緊迫感が高まっています。
現在山田市長との差は500票。大激戦となっております。」
レポーターが中に入る。
「はい,それでは選対の猪口さんにお聞きします。」
猪口が大写しになる。
「はい。自由,公正を掲げ,玉勝間の大手術を掲げて運動しておりました。
手応えはばっちりです。」

「はい。また情報が入り次第,お伝えします。小林事務所でした。」

中継が終わって,スタジオに戻るまで,息をするのも惜しかった。
小林は出てこなかったが,小林がそばにいる気がした。
続く
111パラリラ族 : 2001/03/18(日) 02:24 ID:ArUu1ojg
「それでは,今入ってきた速報をお伝えします。」
アナウンサーが言った。

玉勝間市長選挙 開票率71パーセント

山田 直樹 68900
小林 進一 68000
寺田 光  10300
呉 亜樹上 9800

「現在,山田氏と小林氏が激しいデットヒートを繰り広げており,まさに誰が勝ってもおかしくない選挙戦となっております。」
アナウンサーが,抑揚をつけずに言う。
「なお,寺田氏の辞職に伴う県議補欠選挙も激戦となっております。こちらも,三氏が推す候補が激しい選挙戦を繰り広げました。」

玉勝間市県議会議員補欠選挙 開票率50パーセント

寺崎 仁志 無元 32500
寺田 光春 無新 32000
柏谷 絵里 無新 30000

「現在,山田氏の秘書の寺崎氏と,寺田氏の長男光春氏,小林市の推薦政党と同じ政党が推薦する柏谷氏が三つ巴の激戦を繰り広げております。」

時を追うごとに,緊迫する情勢。
それを追う事に疲れを感じ始めていた。
続く
112パラリラ族 : 2001/03/20(火) 01:49 ID:532pWPlc
最初の速報から2時間。時計は午前0時を回っていた。

チャイムが鳴った。
少し眠りに入っていた石川が目を覚ます。

「県議補欠選挙は,無所属で元県議の寺崎仁志氏が,返り咲きを果たす事が確実になりました。」
県議選で,市長派の議員が当選確実になった事を伝えるものだった。

開票率 91パーセント
確 寺崎仁志 無元 58200
  柏谷絵里 無新 56000
  寺田光春 無新 55000

「県議補選と,市長選の投票動向が同じだった場合,山田氏有利の可能性も出てきました。」

最後の言葉に呆然とした。
柏谷という女史を彼女は知らない。小林から市内に住む弁護士で,都築とも親交はあったと聞いてはいたが,会った事は無い。
接線の末敗れ,今しがたまで知らなかった柏谷の落選を,なぜか悔やんでいた。

「市長選速報です。」
速報というたびに,彼女は振り向く。

開票率92パーセント
山田 直樹 無現 92000
小林 進一 無新 91900
寺田 光  無新 20000
呉 亜樹上 無新 15200

「現在山田氏と小林市の差はわずか100票。激戦です。」

それだけだった。

しかしー

10分後,選挙が動いた。

キャスターが居住まいを正して座っている。
「激戦が続いていた玉勝間市長に,新人の小林進一氏の初当選が確実となりました。」

開票率96パーセント
  山田 直樹 無現 96273
確 小林 進一 無新 96157
  寺田 光  無新 20196
  呉 亜樹上 無新 16238

「TTK,玉勝間テレビカンパニー選挙予想委員会の判断によりますと,今後小林氏の支持が多い地域の開票のみが残っており,小林氏の逆転が確実になったと判断し,当選確実を出しました。」

「それでは,小林事務所から中継を・・・」
テレビが消えた。
石川は走っていた。
続く


113パラリラ族 : 2001/03/21(水) 01:53 ID:SYBf9l3w
道は空いていた。
石川は,可能な限り車を飛ばし,小林のもとに向かった。

事務所には,10分ほどでついた。

事務所前には,たくさんの人と,報道陣でいっぱいだった。
その人ごみを掻き分けて,事務所の中に入っていく。

テレビでは,ちょうど小林事務所に中継が入った。
「それでは,小林事務所から中継でお伝えします。」

「はい,明北町の小林事務所です。事務所にはかなりの人が押しかけており,狂喜乱舞といった感じです。
小林氏は,まもなく奥の部屋より出てくるという事です。あ,小林氏が出てきました!」

晴れ晴れとした表情で,小林が出てきた。
「万歳!万歳!万歳!」
拍手が行われ,満面の笑みを浮かべる。
「おめでとうございます。新市長として,何をしますか?」
「僕は医者です。今こそ,この町を大手術し,きれいにしていきたいと思います。」
「ありがとうございました。」

インタビューが終わるのと。小林が石川を見たのは同時だった。
二人,目があった。

支持者にもみくちゃにされ、近づけない。
どんどん離れていく。

「あ!先生の恋人さんだ!」
高校生の声がした。
二人の顔が赤くなると同時に,道が開けられた。

冷やかしの声に見送られながら,二人は近づく。
続く


114パラリラ族 : 2001/03/22(木) 02:17 ID:k.B/UbKM
「…。」
「…おめでとうございます…。」
石川が言う。
「いや…。これから…。」
まわりの声とは裏腹に。もどかしさが二人を包む。

テレビでは、市長が写っていた。
「俺は絶対敗北を認めない。選挙はクリーンでなかった。」
その発言が流れるたびに,事務所にブーイングが響く。

テレビに気を取られている支持者を置いて,目配せをした。
「裏に来て…。」

裏には,上気した小林がいた。
たすきをかけ,スーツはしわくちゃ。
「…。市長になってしまいました。これからさまざまな事があります。それでもいいですか?」
「…。」
「…。ホント,正式に僕と…。付き合って!」

静寂が流れていく。
石川の目が膨らみ,顔が歪み,涙があふれ出る。
「…。うれしかったんです…。まともに人と一緒になるなんて,はじめてなんです。そんな私を…。うれしい!」
小林としがみつき,声を上げて,泣いた。

振りかえると,支持者が凝視していた。
「え…ウソ!」
驚く小林を尻目に,拍手が鳴り響き,報道陣のカメラが光った。
続く
115パラリラ族 : 2001/03/23(金) 01:33 ID:UIml52DQ
開票終了。確定票
当 小林 進一 無新@ 100598
  山田 直樹 無現  100152
  寺田 光  無新   21031
  呉 亜樹上 無新   16560

薄氷を踏む勝利の後,残務処理に終われた。

小林の診療所は,新たに都築の妹を雇い,市長業で忙しくなる小林の変わりをする事になった。
小林も,市政の勉強に入った。

小林と石川の告白も,翌日写真付きで報道された。
「当選直後,小林氏はうわさの女性に「愛の告白」。女性は涙ながらに受け入れた。一部始終を見ていた支持者から拍手が沸き,照れくさそうにする新市長の姿があった。」

その後一週間,何の連絡も取らなかった。

石川にメールが入った。
「海に行きませんか?午前1時,店の前で待ってます。」

白衣姿で,ボロボロの小型車を乗りつけた小林。
紺色のコートをまとい、紅潮する石川。

車は,二週間前の海岸についた。
続く
116名無し娘。 : 2001/03/23(金) 01:43 ID:yqnOHnZg
.
117名無し娘。 : 2001/03/23(金) 01:56 ID:m97C8k/c
読んでないけど、これって、おもしろいの?
118名無し娘。 : 2001/03/23(金) 02:01 ID:UbBctP3I
>>117
すげえ上げ方だなw
119名無し娘。 : 2001/03/23(金) 02:04 ID:PolSuDcM
>>116 には、悪意があるとしか思えない。
120名無し娘。 : 2001/03/23(金) 10:12 ID:5Hl5gtnw
>>117
おもしろいよ。俺は毎日楽しみにしてる。
お前もsageで書け。
121パラリラ族 : 2001/03/23(金) 20:44 ID:B34MHoIM
午前2時の海には,漁火がゆらめいていた。
風は吹いたらやんだりしている。

砂浜に座っている二人。手の中にはコーヒー。
二人の間には会話が無かった。
告白のあと,はじめてのデート。市長と一般市民。しかも未婚で16歳も離れている。
どうしようもない照れが,二人を包んでいた。

「この間,写されちゃいましたね…。」
「ええ。とってもセンセーショナルな話題でしたからね。新市長に恋人。なんて。」
「市長の恋人って,なんか意識しちゃうな…。」
「市長であろうが,僕は僕。今までどおりで良いんですよ。」
「今でもふと思うんです。あなたの火種にならないかなと。怖いんです。」

突風が吹き,砂が巻き上がった。
二人を引き離そうとするように,数分間続いた。

嵐が去り,静けさが戻ってきた時,二人は口びるを重ね合っていた。
離れる事がないように強く。

唇を離し,顔を紅潮させた二人は見詰め合った。
目と目で話す様だった。

突然石川が海へ走った。
波打ち際を乗り越えて,そのまま海へと入る。
胸ぐらいまで浸かった時,大きな波が石川にかぶった。

水面から顔を出した時,同じ水の中に小林がいた。

そのまま,水を掛け合い,夏の遊びをした。
月光の下,肌寒い事を忘れて。

122名無し娘。 : 2001/03/26(月) 02:18 ID:V5nKNJLg
次回更新楽しみにしています。
123パラリラ族 : 2001/03/26(月) 02:28 ID:moyFYOCg
夢中で海で遊んでいる間は,寒さを感じなかった。

上がってから,とても寒くなって,車の中のヒーターを最大にする。
毛布を二人一緒にかぶっても,まだ寒い。

午前3時。
寒さを感じなくなったが,服は濡れている。
静かだった海岸に,また激しい風が吹き始めた。
砂嵐が巻き上がり,外が曇る。

二人は,肩を寄せ合う。
典型的なカップル。ドラまでは,肩を抱く男を思い浮かべる。
しかし,小林も緊張していて,そこまで気が回らないようだ。

「どん!!」
ものすごい音がし,車がゆれた。
「キャッ!」
石川がしがみついている。
とっさの事だった。
肩を抱くを通り越して,車という密室の中で,抱き合った。

そのまま,二人は動かない。
抱き寄せる腕の力を強くしていく。

濡れた髪の毛に,瞳。
数々の石川を見てきた小林でさえ,息が詰まりそうになった。
美しい。その一言。
表現する術すらない。

濡れた服が,石川の体を映し出す。
その体つきに,小林さえも惹かれた。
このまま襲ってしまいたいと思う本能が,男の中に芽生えてきた。

石川にも,もうこのままという思いがあった。
数回,男と寝たが,無理矢理,大嫌いな男というのがほとんどだ。
今一番好きな人と,「結ばれる」のは初めてだった。

小林は,ためらった。
それを察したのか,石川も,瞳をそらした。
気まずい時間が流れる。
続く
124パラリラ族 : 2001/03/28(水) 02:37 ID:9b4dgU6c
外では,雨が降り出していた。

小林の腕の中の石川が嗚咽をもらし始め,泣いた。
大粒の涙が,小林の腕に吸いこまれていく。

求愛に答えられなかった。
小林が自分に下した結論だった。

降りしきる雨。
午前四時。

かれこれ一時間も泣いている。抱き寄せたまま小林も前を向いたままだった。

服は乾いていた。寒さも感じない。

「全く恋愛していないなんて,実はウソなんです。」
小林が口を開いた。
「医学生の頃,僕は恋をしました。」
おもむろに語る。
「歯学科の女の子に声をかけて,思いもよらず付き合ってくれる事になりました。遊びのつもりだった。二人とも惹かれていく事に気付きました。」

「でも,ある日,彼女は…「抱いて」と言いました。でも,僕はそんな恋愛は知らなかった。いや,知っていたのですが…。」
石川が腕の持ち主を見た。
「そのまま,なにもしませんでした。彼女は,凄く傷ついて,しばらく精神を病んでしまいました…。それを知ったのは,半年後。謝りに言った時には,私の事は忘れていました…。」
「え…。」
「記憶障害です。僕に関する事はすっかり忘れていた。彼女は,無意識のうちに僕を遠ざけようとしたと思うんです。」

「あなたを傷つけてしまった。同じ事をやってしまったんです。」

小林の頬に,石川の唇が重なった。
軽い,甘いキスの感触。

「…。僕が。」
「私も,怖かった。嫌な男の人としか…。そんな自分にサヨナラしたかった。あせっちゃった。」

腕にすがり付いていた石川が,そのまま小林の胸に抱きついた。
続く
125パラリラ族 : 2001/03/29(木) 01:43 ID:TTctN.q2
そのまま,幸福な時間が流れていった。

やがて,朝日が昇るのが見えた。
二人で見る朝日は,美しく,切ないものだ。

恋人同士は,そのまま朝日を見つめていた。
晴れた朝の海の香りに誘われ,二人は外に出た。

心地よい風が,穏やかに二人に吹きつける。
まだちょっと寒いが,二人の心は暖かだ。

雨が降ったあと、少し湿った地面に腰を下ろし,将来の事を語った。
何時間,何十時間,話していても話したり無いと思ってしまうような,時間だった。

2時間も経っただろうか。
時間にすれば,6時すぎ。

おもむろに携帯を取り出した石川が,電話をかける。
「あ,ヨッスイー?今日は来れないって,伝えておいて。…うん,…ありがとう。じゃあね。」
「どうしたんですか?」
「あ,今日は…。あなたとどこかへ行きたいなあ。行けなくても,一日あなたといたい気分なんです。」
「…。じゃあ,行きましょう。でも,もう少し朝日を見ていきましょう。」

朝の光は,たかくなってゆく。

午前七時。
海岸を後にし,あてもなく車を走らせる。

二人とも,腹が減っていた。
まずは,小さな喫茶店に入っていった。

老夫婦がカウンターに立つ,静かな店。客は,近所のじいさんとおぼしき人間が一人。

モーニングセットの目玉焼きを突っつきながら,石川が言う。
「これからどこに行きます?」
パンをかじりながら,答えた。
「…。親爺の僕には…。あなたを満足させるたびは出来ないかもしれない。」
「そんな。私,あなたと一緒にいれれば」

「でえとなら,奥龍寺だで。」
客の老人が,つぶやいた。
「え?」
「この先にある寺のことだよ。縁結びの神様として,この辺では中高生のデートスポットだよ。」
マスターが答えた。

店を辞して,二人は,奥龍寺に向かう事にした。
続く

126パラリラ族 : 2001/03/30(金) 03:27 ID:o0P3Rt7U
荘厳な門は、とても若者が多く来る場所だとは思えない。
築200年,荘厳で重厚な作りの奥龍寺。

古代より,縁結びの神様として有名
と,入り口に書かれている。
門をくぐれば,カップルが沢山いる。
いちゃつく人間は見当たらず,皆静かにお参りをしている。

お賽銭をいれ,お参りをする。
神体が,二人をいかつい目で見つめているが,その表情は暖かげに,優しく,石川は感じた。

お参りを終えると,僧侶が手招きをしている。
誘われるままに,二人は庫裏に向かった。

甘酒と和菓子で,僧侶はもてなした。
「私は,ここで若い二人を見ているのが好きなんです。幸せそうな二人に甘酒を振舞って,うれしそうな表情を見るのが好きなんですよ。」
僧侶は,話す。
縁側に腰掛け,甘酒をふうふう吹きながら,石川は聞いていた。
「恋する人間なんて,時代が違っても思いは一緒なんですよ。いつも幸せな人間は輝いている。」
「そうですよ。恋愛に年も関係無いですよ。現に…。」
石川の方を見る。
「ここに来る方は,結構10代ぐらいの方はいるのですが,40歳と24歳と言う組み合わせは珍しい」
「…ははは。」

長居した。
一時間ほど,僧侶と話をした。
「では,失礼します。この辺で良いところってありませんか?」
「ええ。龍神崎へ言ってみてはどうですか?」
「龍神崎?」
「ええ。昔,カップルが身を投げた場所として有名なんですが,彼らの霊が,新たな悲劇を生まないように,訪れたカップルを幸せにしてくれると言う言い伝えが有るんです。」
「へえ…。」

僧侶は地図を書いた。
「ありがとうございました。」
「あの…。甘酒ご馳走様でした。」
「いいえ。お幸せに。」

彼らは,龍神崎へと向かった。
続く

127パラリラ族 : 2001/03/31(土) 03:20 ID:Yw6udhKE
空は,少し曇ってきた。
奥龍寺から5分,龍神崎へやって来た。

昼前にもかかわらず,学生服姿のカップルが何組もいる。
奥龍寺とは対照的に,いちゃつくカップルが多い。
べたべた,寄り添ってベンチに座るもの,弁当を口元へ持っていって食べさせるもの。

断崖絶壁の下は,白波が立っている。
強い風が突き上げるように吹いており,皆スカートや帽子を押さえながら下を見ている。

かつてここに身を投げたカップル。
彼らは身を投げる時,他のカップルの幸せを願った。
ここに来たカップルは,幸せになれるという言い伝えの所以である。

断崖の下に,階段が続いており,二人は降りていった。

断崖の下にも,沢山のカップルがいた。
波をかぶり,学生服が濡れている。

波は断崖に当たり,高く散り,細かくなり,かぶる。
たちまち,二人も濡れてゆく。

断崖の下には祠があり,そこに参拝するカップルがあとをたたない。
人が並び,並んでいる間に,波をかぶる。

祠の前に立ったとき,二人は頭の先まで濡れていた。
賽銭箱の金は,何円か判別できないほどに錆びている。

金を投げ入れ,手を叩く。
40歳と24歳、一見すると不倫旅行と間違われる,カップル。

お参りが終わった時,二人の間に言い知れぬ感覚がよぎった。
それが何かわからぬまま,二人は階段を上った。
続く
128名無し娘。 : 2001/04/01(日) 02:10 ID:o.ikJu5k
飯田の口が見ていたのかと思ったYO!
129パラリラ族 : 2001/04/01(日) 03:54 ID:c3gWw7dE
龍神崎の入り口には,茶店があった。

店番をしていたのは,70過ぎであろう老婆と,10歳ぐらいの女の子だ。

昼食を食べたいといったら,老婆は家にまねき入れた。

「お客さんに食わすもんじゃないんだけどね。」
居間で,老婆と一緒に昼食を食べることになった。

煮物も,味噌汁も,そしてこの近くの海で取れた魚も,美味しかった。
老婆は,料理上手のようだった。

「ご馳走様でした。」
二人が満足げに言う。
「うん。ここはいろんな子らが来るけど,あんた等みたいな歳離れたのはすくねえなァ。」
「ええ…。最近知り合ったんですよ。」
「愛は,としの差さえも埋めるというのは,本当じゃよ。ココに来た人は,皆幸せになっていく。」
「奥龍寺の住職さんに勧められて来たのです。」
「おうおう。住職様かいの。あそこも,縁結びの神様じゃあ。ココに身を投げて死んだ二人も,あそこでお参りしてから飛びこんだんだよ。」
「で,どこか良いところ知りませんか?」
「お,良いところけ?三足港でつりなんかどうじゃ?」
「つり…ですか?」
「そうじゃ。息子が釣具店やってるから,頼んでおくわ。ただでええよ。」
「いえ!そんな…。」
「久しぶりに良い二人を見たんじゃ。それぐらいええじゃないか…。」

老婆は,そのまま釣り屋に電話をした。

息子のところへ行きたいと言った老婆をのせ,三足港へ車は向かった。
続く
130パラリラ族 : 2001/04/02(月) 02:07 ID:0/VfxdAM
「どうも!「釣具,柄戸」のものです!」
やたら元気の良い,小太りの男が二人を出迎えた。
この男が,老婆の息子であり、釣具屋の主だった。

「良いところ有るんですよ!私専用の場所なんですがね。」
そう言って,主は岩礁を突き進む。

転びそうになるたび,何度も石川を小林が抱え,そのたびに赤くなっている。
そうしている間にも,主は先に進み,時折大声で呼ぶ。

主の釣りばは,穏やかな海辺の岩礁だった。
遠く青い空と海風が,二人を出迎える。

髪をなびかせて,つりに興じる。
あたりのたびに,歓声を上げる。

これほどものを考えられる時間も,二人にも無かった。
青い海を見つめていると,頭の中がすっきりして,今までの争いが馬場かしくなってくる。
潮の匂いも,さわやかだ。

結局,3時間釣って,二人合わせて15匹。
二人と,主,老婆の分を合わせても,まずまずの釣果だ。

主の方は,大漁だったららしく,巨体を揺すって汗かきながら興奮していた。
「いやー!今日は馬鹿釣れですよ!お土産に持って帰って下さいね!」

「それじゃあ,もう少ししたら,帰ってきてくださいね!」
主は、また巨体を揺すって去っていった。

岩礁に,二人きり。
なにも語らなかった。
ただ,二人とも黙って海風に当たっていただけだった。
続く
131パラリラ族 : 2001/04/03(火) 02:22 ID:vWnvy7a2
「お兄さん達…もしかして不倫旅行?」
不意に後ろから声がする。
振りかえると,学生服姿の中学生カップルがいた。

「失敬な。これでも二人とも結婚してないんだぞ。」
「えー!!お兄さん何やってたの?」
「え…。ま,医者やってただけなんだけどな。」
「お兄さん医者なの?いくつ?」
「40。」
「40歳?見えないよ!あ、あっちのお姉ちゃんは?」
石川の方を指す。
「私?私は24だけど…。」
「40と24?すげえ!」

「で,君達は何しに来たんだ?学校は?」
「野暮な事聞かないでよ。サボリだよ。」
男の方が答えた。
「おいおい…。恋愛も大事だけど,ちゃんと勉強しておかんとな。年取ってから勉強したいと思っても基礎からわかんないぞ。」
「良いもん。二人で幸せに生きてくから。」
「…。言いたい事は山ほど有るが,ま,僕も学校はよくサボったからなあ。人のこといえん。」
「ひっでー。」
そのまま,笑い合った。

どうやらここは,釣り具屋の主の釣り場というだけではないようだ。
このカップルのサボり場所もかねていたということだ。

「ねえ?セックスした?」
石川も,小林も,噴きだし,唖然と中学生を見る。
「え…。そんなみもふたもない…。」
二人ともしどろもどろ。赤くなっている事は言うまでもない。
「だ,だいたい…。中学生がんなこと…。」
「やってるよ。」
「えー!!」
「当然。私達も,この間,ねー!」
中学生も,ほのかに顔を赤らめて言う。
「意外だなあ…。」
「皆やってるよ。お兄さん達が古臭すぎ。」
「そうか…。そんな時代か…。」

くれゆく日を眺めながら,時代の移り変わりを感じていた。
続く
132パラリラ族 : 2001/04/04(水) 03:37 ID:XWAuI0KY
時計は,4時半を回っている。

日が傾いて,海に沈むのももう近い。

石川は,今日を回想していた。
深夜の海岸,寺,岬,そして釣り…。
沢山の場所を,仕事を休んで回った。
楽しい,楽しい思い出だ…。

海風は程よく,石川の髪をなびかせる。
さらさらと後ろに流れていく髪を見ていると,心地よくなってくる。

不意に,水音がした。
岩礁から,さっきの中学生のカップルが飛び込んで,歓声を上げている。
小林が下を見下ろして,言った。
「おいおい…。風邪引くぞ!あと,ちゃんと準備運動しなきゃいけないし,服も乾かさないといけないぞお!」
水面の中学生が返す。
「大丈夫!」

(親って,こんな感じなのかなあ?)
二人とも,心でそう思っていた。

大きなくしゃみが響く。
さっき飛びこんだ二人だが,ちょっと寒かったようだ。
「ほらほら,だから言わんこっちゃないだろうが。」
「だって…。今二人は暑いもん。ねー?」
「ねー?」
「おいおい…。オッサンの目から見ても,今のは最高に寒いぞ…。」
「寒いわけないじゃん。熱いよ―!」

岬に,笑い声が響く。

「おーい!そろそろ戻ってきてくださいよー!」
主の声が,響いた。
続く
133パラリラ族 : 2001/04/04(水) 04:14 ID:Ngc6v8Ms
「釣具,柄戸」の主は,岩礁の入り口から,二人を案内した。

主と,さっきのカップルはどうやら知りあいらしく,なぜか一緒に食事をする事になった。

縁側に腰掛け,ビールを飲む。
主一家と,茶店の老婆,茶店の孫,カップル,そして石川と小林。
さっきの魚を使った料理だ。

石川も,小林も包丁を握る。

「梨華さん,巧いですね。」
「進一さんも巧い。料理好きなんですか?」
「好きというか,姉が結婚して出ていってから,やらざるをえなくなって…。」
「私,この間から店の人に習い始めたんです。」
「花嫁修行…。ですか?」
「やだあ!花嫁修業なんて…。」

少しずつ,料理が出来上がってゆく。

縁側に,料理が並ぶ。
どれも,新鮮な魚を使った料理だ。

ビールを飲みながら,それを食べる。
新鮮な魚は,どう料理しても美味しい。

石川はメモ取り。
小林は中学生カップルとの雑談に忙しい。

「文学部?うーん。医学部と文学部は結構遠かったから,あまり行き来は無かったなあ…?」
「文学部に入るのはどうしたらいいの?」
女子中学生が聞く。
「うーん。英語と国語,そして社会を中心にやれば良いけど…。理系だからなあ…。」

「私…。文学部で勉強して,小説を書きたいの。」
「ほう。夢が有れば,何でも出来る。訳ではないが,エネルギーにはなるぞ。あ,君は?」
男子中学生に聞いた。
「夢は,なんだい?」
「夢?俺は…。役者になりたいな。」
「役者か…。知り合いの劇団の奴に聞かなきゃ分からんな…。」

いつのまにか,学歴相談になっていた。
少し酔いを感じ,ビールを持って外に出た。
続く
134パラリラ族 : 2001/04/04(水) 04:39 ID:IDEzK20Y
海風は,海岸ほどではないが,吹き抜ける。

夜空の下,ビールをあおる。

後ろに,人の気配がする。
やはり,ビールを持った石川だった。

「酒,飲むんですか?」
「いいえ。ワイン程度しか…。でも,今日は無性に飲みたいんです。」

カチンとグラスを合わせ,ビールを飲む。
「来て…良かった」
石川がつぶやく。
「僕も…。」
「信じられない…。玉勝間の喧騒が…。ウソみたい…。」
「市長になったら,あなたをどこにも連れて行けなくなってしまうかもしれなかったから…。迷惑かけちゃいました…。」
「いいえ。凄く,凄く楽しかった…。」

そのまま,黙ってビールを飲んだ。
注ぎ合ったりして,星を眺めた。

午後10時を過ぎたころ,帰るつもりで部屋に戻った。

木のかげで,中学生カップルが濃厚なキスを交わしていた。
スカートの中に手が入っていたりで,その中学生達の熱い,熱い恋に,二人は苦笑した。
まだ,体も小さい,幼さが残る中学生の恋は,燃えつづけ,当分消えないことを悟った。

午後11時。
片づけを手伝い,帰路に付く事にした。

「ほどほどにしとけよ。熱いのはいいがな。」
「そりゃあないよお!」
「ありがとうございました。」
「また,こっちに来たらよっとくれ!」
「本日のご利用,ありがとうございましたあ!」
「いえいえ,本当にありがとうございました。」

一家と中学生に見送られながら,三足港を後にした。
続く
135パラリラ族 : 2001/04/05(木) 02:35 ID:7hqIpvkc
三足港を出ると,急に雨が降ってきた。
何もない真っ暗な海岸線を疾走する車。
ほろ酔いの小林に変わり,さほど酔っていない石川が運転する。

突然,急停車した。
ハイカーらしき人間が,手を上げている。

何とカップルが多いところだろうか。
ここで乗せたのも、またカップルだった。
しかも,まだ中学生という。
(なんでまた中学生なんだ?この街の中学生はそんなにお盛んなのか?)
二人ともそう思っていた。

二人とも,黙りこくったまま,顔を上げようともしない。
小林が何かいっても,生返事をするだけだ。

「どこへ行きたい?」
「…どこか…。」
「僕らは,玉勝間へ行くんだが…。」
「…。」

「ここでいいです。」
止まったのは,いかがわしいホテルの前だった。
「おいおい!君達はここで泊まる気か?駄目だ!こうなったら,ちょっと遠いが,今日は僕んちへ来てもらう!」

その一言を言った後,小林は猛烈に後悔していた。
部屋なんかない。ベッドはもちろんない。
(参ったなあ…。)

「…。おい!どうした?」
少年の声がした。
後ろの少女の息遣いがおかしい。
「何があった?僕は医者だ!…。おい!しっかりしろ!…。熱があるな…。梨華さん!飛ばしてください!」

小林の家には,それから30分ほどして着いた。
電気をつけ,部屋を暖める。

午前3時。
処置を終えた少女はすやすやと眠っている。
「軽い風邪だ。しかし…。お腹に赤ちゃんがいるな…。」
その一言に少年も,石川も驚いた。
「僕は産婦人科の医者じゃないからわからんが,おそらくそうだろう。…君。明日親御さんに連絡を取りなさい。後,絶対に安静にしてるんだ。明日,専門医を呼ぶから。」

二人とも,かける言葉を捜していたが,見つからなかった。
続く
136パラリラ族 : 2001/04/06(金) 04:01 ID:RdTpVvgI
結局,今日も石川は泊まる事になった。

小林の寝室に,少女が寝ている為,石川はもう一間で寝る事となった。
しかし,眠れない。

午前4時。
寝ることを諦めて,台所に向かった。
朝食を作るためだ。

寝室をふと覗くと,少年が,すやすやと眠る少女の手を握って寝ていた。
起こさないように入ると,小林も部屋の机で医学書を開いたまま寝ていた。
少年に毛布をかけ,小林に毛布をかけようとして,医学書のページが,産婦人科のページを開いている事に気付いた。
その医学書を凝視すると,そのまま毛布を掛け,去った。

彼らがそろって起きたのは5時だった。
連れだって台所に着てみると,朝食が出来あがっていた。

エプロンをした石川に,思わず小林も見入ってしまった。
料理修行のかいあって,美味しく出来た方だ。

大方食べ終えると,少女の方へ向かった。

少女が目覚めた。
開口一番「生む!私,生む!」
一番,どう言ったらいいかわからない言葉だった。
続く
平屋建てで,診療所とつながっている小林家。
ふと部屋を覗くと,
137パラリラ族 : 2001/04/07(土) 03:19 ID:hps3NbDk
「生むって…君まだ中学生だろう?」
「ええ。」
「まだまだ学校もあるだろうし…。僕もこんな事は言いたくないが,やめておいたほうがいい。」
「なんで?ねえ。なんで?」
少女は突然取り乱した。
「…。僕がとやかく言う事じゃない。最後は君が決める事だ。」
「…そう。」

結局,この後の会話を聞かずに,石川は店へ向かった。

バスに乗り,店のほうへ向かう。
しかし,少女の言葉が離れない。

店には,午前6時に着いた。

ずいぶん久しぶりな気がしていた。
店には誰も来ていないようだ。

事務室がずいぶん埃っぽい。
空気を入れ替え,掃除をはじめた。

いつもの朝だった。しかし,雰囲気が,違う。
続く
138パラリラ族 : 2001/04/09(月) 03:52 ID:NfcK00Bc
開店も迫り,いつも通り忙しくなる午前10時。

石川はこの時間はメニューを聞いてホームページにアップする。

アップが終わるころ,携帯がなった。
「はい,石川です。」
「あ,私…。」
小林の診療所で寝ている少女だ。
「どうしたの?」
「え?あの医者がなんかあったらここに電話しろっておいてったから,暇だったから…。」
「…。彼氏は?」
「今専門の医者を呼びに,小林って医者と行った。」
「そう…。」

「…私産むから。」
「…。あなた中学生でしょ?これからの事は?」
「良い。私が働く。あいつ天才で,末は東大って呼ばれてる。あいつの邪魔しちゃいけないから私一人で育てる。」
「決心鈍らない?」
「赤ちゃんの為ならって,結構前からそう言う事考えてたから。」
「…。私が言う事じゃないけど,そう言う決心が確かならなんでも出来るよ。」
「そう?」
「決心だけじゃなんにも出来ないけど,決心はガソリンみたいなもの。推進力になるの。」
「分かった。ありがとう。切るね。」

電話は一方的に切れた。

自分が話した事を噛み締めて,思った。
(私が一番出来てない事じゃない…。決心なんて鈍りっぱなしじゃない…。)
続く
139パラリラ族 : 2001/04/11(水) 03:26 ID:daVutvrk
仕事が終わるまで,なんの連絡は無かった。

結局,仕事が終わってから,飲みに行く面々を尻目に一人バスに乗った。

小林の診療所は,午後11時だというのに明かりが付いている。

中では,今まさに産婦人科医による診察が行われていた。

「ご飯…。まだですか?」
「ええ!腹が減って腹が減って!中島先生どうですか?」
「おお!彼女がお前の結婚相手か?喜んでいただくよ。」

産婦人科医は,初老の男性だった。
彼は,小林の知り合いで,家族同然の人間だという。
市内の産婦人科の業務がすべて終わってから,今ここで診ている。

暖かげな鍋物を作り,ガスコンロを持っていく。

ふうふうと豚肉を吹いてほおばる中島に,小林は聞いた。
「どうですか?」
「…。妊娠で間違えはない。三ヶ月に入った所じゃ。」
「そうですか…。」
少年は狼狽した。

少女は,疲れたのか,食事も摂らずに寝息を立てている。

中島は,少年にいろいろな注意を与えている。

「夜風は体に悪いですよ。」
振りかえると,小林が立っていた。
続く
140アップ職人 : 2001/04/11(水) 15:03 ID:5TlieNmc
読者は1人ってとこか
141名無しさん : 2001/04/11(水) 22:22 ID:nT5fIyk6
俺も読んでるよ。
142名無し娘。 : 2001/04/11(水) 22:55 ID:zJDX.E/2
僕も読んでるっす。
143名無し娘。 : 2001/04/11(水) 23:36 ID:y8OPE5a6
>>140 上げんなっつーの。
144パラリラ族 : 2001/04/12(木) 03:01 ID:wI10P6cc
「お医者様に言われると,なんだか本当みたい。」
「たまには,そういう陳腐な事も言いたくなるんです。男というものは。」
「…。彼女,どうなるんですか?」
「…。僕としては,とりあえず家に帰して,親御さんに話そうと思うんですが…。彼女,思ったより衰弱していて,あと数日は安静にしていないと…。」
「昼間,あの子から電話がかかってきたんです。」
「えっ?」
「よほど私なんかより決心強くて,彼も,お腹の子も一生懸命愛してるんです。出来れば,あの子の希望をかなえてあげたいと思いました。」
「僕だって,かなえられるのなら…。でも,ちょっとからだが弱い子だし,中学生じゃ…。」
「…そうですよね…。」
「中学生の出産は難しいんです。」

狼狽するかのように二人は空を仰いだ。
星の光が,いつもより輝きを失っているかのように思える。

「じゃあ,ワシは帰るが…。ちゃんと気遣ってあげなさいと,少年に入っておいた。お前の,しっかり面倒を見ていろ。」
「分かりました。ありがとうございました。」
「それから…。このお嬢さんを逃すな。わかったな。」
「…。」
「早くお前の子供を見せろ。そのあかつきにはわしが取り上げてやる!」
「先生!」
「はは。まあ,頑張れ!」

去っていく白衣を,二人で見送った。

後ろで音がした。
振りかえると,少年が立っていた。
続く
145パラリラ族 : 2001/04/13(金) 03:09 ID:JNC8QTe6
「ありがとうございました。」
「いや…。それより,これからの事はどうするんだ?」
「すべて洗いざらい話した上で,彼女の意思を尊重します。」
「そうか…。」

「ねえ…。あのこは,あなたの邪魔にならないように,一人で育てると言ったの。」
「え?そんな事出来ません!僕も学校行かないで働きます!」
「彼女言ってた。あなたは頭が良いから,将来を邪魔しちゃいけない。一人で育てるって。」
「そんな…。」

「その前に,彼女はかなり弱っている。正直,出産,育児という負担に耐えうるかは分からない。リスクが高すぎる。」
「…リサには?」
「言ったよ。それでも産みたいそうだ。」
「…。」
「君から話して欲しい。正直,死の可能性すらある。それでも産みたいか?この日本の閉鎖社会じゃ,後ろ指を指される事があるかもしれない。辛い事も沢山ある。それを乗り越えられるか?」
「…。」
「君もそうだ。一緒にいると決めた以上,何があっても,彼女と子供を大事に出来るか?」
「…。」
「それが出来ないなら,子供は産まないほうが良い。」
「…。」
「君には,そう言う決心があるのは分かる。良く考えなさい。」

うなだれた少年を残し,小林は去っていった。
続く
146パラリラ族 : 2001/04/14(土) 06:12 ID:GTS.Bd1c
当然バスなんかあるはずも無く,小林の家に連泊となった。

小林家の風呂は,石川のアパートのそれに毛の生えた程度の広さだが,浴槽はゆったりとしている作りだ。

熱めのお湯に体を沈める。
ため息が出てしまう自分に,24歳を感じた。
肌の張り,胸の大きさ,顔…。
彼女はまだまだ若く美人だが,歳は重なっていく。
それが,ため息でわかってしまう。

風呂から上がると,小林はまだビールを飲んでいた。
顔が赤くなり,だらしない口元。

「もうそろそろおやめになった方がいいですよ。」
「じゃあ,あなたが飲んでください。飲むのやめるより目の前で旨そうに飲まれる方が良いんです。」

そのままグラスに注ぎ,石川はビールを飲んだ。
風呂あがりの体に染み込む。
1杯,2杯とあおるたび,小林の表情が柔らかくなって行く。
3杯目を半分ほど飲んだとき,小林は倒れ,そのまま寝息を立て始めた。

小林は大柄,石川は細身で結構小柄である。
その大柄な男を,石川は肩で引きずっている。
そのまま小林を布団に入れると,なぜか隣の布団に入り,そのまま寝た。
続く
147パラリラ族 : 2001/04/15(日) 04:48 ID:GCZFwY0w
差し込む光がカーテンから漏れている。
時計を見たら,もう5時だった。

傍らの小林は,まだ寝ている。
起きて,小林の頬に口付けをし,台所へ行った。

石川が部屋から出るのを悟ったあと,小林は目を明けた。
口付けの感触が,まだ頬に残っている。

40歳まで,医師という職業に情熱を傾けて生きてきた。
診療所を立て,診療に当たっている。付近の住民の事なら,この男の右に出るものはいない。

小林にとって,それが自分の幸せだった。
しかし,自分の前には,その幸せとは異質の幸せがあった。

起きてみると,頭が痛む。
夕べの記憶は,石川がビールを飲むところで途切れている。
何故布団の中にいるのかすら分からない。

石川のいる台所にはなぜか近づきにくく,小林は洗面所で水を飲み,顔を洗った。
酔いが,少し醒めた。

そのまま少女が寝ている部屋に向かい,部屋を見た。
少年はもう起きているらしく,寝ている少女を見つめていた。

「まだ,名前を聞いていなかったな。」
「…。そう言う僕も,あなたの名前は聞いていない。」
「…。小林進一,40歳,医師であり,この市の新市長だ。」
「…冗談巧いね。」
「いや,本当だ。って,君んとこの新聞にまでは載らないか。」
「…。」
「君達の事を,僕は知っておきたい。それだけだ。」

長い沈黙のあと,少年は二人の事を語り始めた。
続く
148パラリラ族 : 2001/04/16(月) 01:59 ID:Sk9Jc0qw
少年はユウ,少女はリサ。
ともに,まだ中学二年生だった。

二人がであったのは,中学に入ってすぐだった。
ハンカチを落としたのを拾うという,古風な出会いから始まった。

幼さが抜けきれないユウと,やや弱くおとなしいリサ。
二人のことは,誰にも知られていなかった。

「で,君たちは,いつからそう言う関係に…。」
「1年前ぐらいだった。」

体育館の裏で,いつも通りなにかを話していたときだった。
リサは,暑いといってカーディガンをはじめて脱いだ時だった。

リサの肢体をはじめて薄いブラウスの上から見たユウは,衝動にかられた。
ユウは,その獣の衝動に突き動かされたかのように,リサの顔を向けると,口付けを交わした。
リサも,望んでいたのか,抵抗はしなかった。

そんな二人が「男と女」になるまで,そう遠くはかからなかった。
1ヶ月に一回,昼間,しのぶように二人は体を重ね合った。

「そうか…。君達はもうおとななんだ。それくらいわかっているはずだ。」
「好きな子の前じゃ,頭の中では分かっていても,できないんだ。あってしまえば,腕の中へ抱きたくなる!そうなってしまうんだ!」
「…。」

交際を反対された二人は,ありがちな家出を計画した。
そして,あの日の深夜,家を飛び出し,国道沿いで車を待った。
そして,今に至る。

話し終わると,少年は無言で診療所へ戻っていった。
二人は,空を仰いだ。
続く
149パラリラ族 : 2001/04/17(火) 03:41 ID:snpXYhig
朝の虚空は,はれていた。

5時半に,あわただしく石川は出ていった。
ユウと小林はまだ湯気を立てている朝食に箸をつけた。

6時5分前に,店に着いた。
カギを開け,いつものように掃除をはじめる。
みんなが来てからも,自分に与えられた雑務をこなしていった。

午後3時。
一人事務室で紅茶を飲む。
カレンダーを見ると,来週には小林の初登庁だ。
小林の激務が始まるまでもう少し。

紅茶を一気に飲むと,石川は電話帳をだし,見つけた番号に電話を掛けた。
脳裏には,海での会話がこだましている。
「いつでも,移ってきてください。広いだけで部屋ならありますから。」
平屋建ての町屋。全6室,診療所付き。猫の額ほどだが,家庭菜園を営めるだけの庭もある。

「あ,もしもし?見積もりが欲しいのですが…。」
掛けているのは,引越しやだった。
続く
150パラリラ族 : 2001/04/18(水) 03:08 ID:uExeVAPM
石川は,小林家への引越しを考えていた。
もちろん,小林がいいと言ってからだが…。

「進一さん?」
時間にすれば昼休み。小林も今は休んでいる。
その時間を見計らって電話した。

「明日…。引っ越します。」
「え?」
「…あなたの家に。」
「あ…。何だ…。別にいいですよ。明日土曜だし。」
「とりあえず引越しやさんに頼んだんですが…。」
「いや。僕やりますよ。猪口なんかも呼ぶし。」
「そんな。悪いじゃないですか。」
「じゃあ,僕だけでも。」
「勝手に引っ越す事を許してもらった上に…。ありがとうございます。」
「いやいや。これから忙しくなるし…。恋人同士だしね。」
「うふふ…。」

電話を切ると大家に電話し,引き払いを頼んだ。
家賃の日割り分の払い戻しとともに大家の快諾を受けて石川はほっとした。

すべての連絡を済ませると,石川は明日の引越し計画を仕事そっちのけで立て始めた。
続く
151パラリラ族 : 2001/04/18(水) 23:29 ID:LOBEAT2U
翌日。午前5時。

いらない物を分類し,欲しいものをまとめる。
食器や本などが意外に大きく,店から借りてきた車が1杯になった。

9時を過ぎると,小林や引越しやが来て,あわただしく手伝う。
梱包まで徹夜で済ませておいたので,あとは大きいものを運ぶだけだ。

パソコン,本棚,机…。
多いと思っていた荷物も,意外に少なかった。

12時に,引越しは終わった。
階下への挨拶回りはまたあらためてするとして,大家などに礼を言う。

思えば,たった3ヶ月ほどの間だった。
店に働き始め,金がなかった頃,ゴミ置き場から拾ってきた本棚やリサイクルセンターから持ってきたたんす。
学生時代からの本。これだけは手放せなかったパソコン。
それらも,今は部屋に無い。

外に出て,外観を見つめる。
オーナーに紹介してもらって入ってきたこのアパート。
今,石川は去る。

所詮三十分の距離だが,やはり離れる事は寂しい,
後ろ髪を引かれる思いで,アパートを後にした。
続く
152パラリラ族:2001/04/21(土) 01:39 ID:pNsRB6uc
診療所について,小林の家に荷物を運び込む。
今リサが寝ている部屋(小林の寝室),そして空き間が2間。
その一つの8畳に引っ越した。

ユウも手伝ってくれたせいか,引越しは午後3時で終わった。
撤収する引越しやに礼を言い,家具の配置などを考える。

部屋の準備が整ったのは,午後4時近くだった。
斜陽が部屋に差し込み,二人を赤く染める。

小林がビールを持ってきて,ベランダで乾杯する。
ベランダといっても,大きな木板に手すりと物干し竿を取りつけただけのような粗末なものだが。

2階からの眺めは高くはないが,低く開けているせいか,結構遠くまで見渡せる。
遠くには,市街地のビル群が見える。
ひときわ高いのが市役所だ。

ビールを飲み干し,黙って夕日を見つめていた。
ただこれが,本当の幸せであった。
続く
153パラリラ族:2001/04/22(日) 04:37 ID:HxBYHNhY
夕食を腕によりをかけて作る。
新妻ルンルン気分。

引越しそばと,小林の好物のおでん。
「旨い,旨い。」という小林を見て,少し安心した。
ユウも「うん。いいね。」と評論家っぽく言う。

リサはまた最近体調を崩している
食事の後,ユウはリサに夕食を食べさせる。
そのまま石川は洗い物。

部屋に戻ると,クローゼットが開いていた。
そのまま開けると,服が2着かかっていた。
ちょっと派手なピンクのスーツと,チェック柄のミニスカート。
どちらも,リサやユウがアドバイスしたものに違いない。

うれしくって,小林の部屋まで舞って行った。
小林は,もう寝ていた。

「明日午後2時半。店の前で待ってます。 梨華」
そう書いて部屋を後にした。
続く
154パラリラ族:2001/04/22(日) 04:53 ID:Q4dsGSww
翌日。

仕事さえ,手につかない。
自分で誘ったのに,はじめてのデートでもないくせに,緊張してしまう。

休憩時間になると,そのまま昨日のプレゼントであった服を着て,外に出ていった。

小林は,既に待っていた。
「ごめんなさい…。」
「いや…。凄く良く似合ってる…。本当…。」
半そでのブラウスに,チェック柄のミニスカート。
ブラウスガ少しきつく,胸が大きくせり出している。
小林がそんな石川に驚いているのが見て取れる。

手をつないで,町を歩いた。
24歳の石川にとって,歳甲斐もない格好をして歩くのは少し恥ずかしい。
しかし,ちょっと高校生に戻った気もしていて,ちょっとうれしい。

さすがに,新市長は知名度が高いらしく,あちこちで降り返られる。
威風堂々と歩く小林と,恥ずかしげに肩をすぼめて歩く石川。
アンバランスなカップルだ。
続く
155パラリラ族:2001/04/22(日) 22:53 ID:ucQeDLWI
「すいません」
街中で声を掛けられた。
「玉勝間新聞の者です。ちょっとお時間いいですか?」

喫茶店で,取材を受ける。
なぜか小林の隣に石川も座ることになった。
記者はどこかにカメラマンを待たせていたらしく,カメラマンが写真を撮っている。
カメラまでいる緊張で顔を真っ赤にした石川の横で,小林は堂々と答えている。
周りにも,人が集まっている。良くも悪くも有名である。

「お隣の女性は,恋人さんですね?」
「ええ。」
「市長さんは,どう言う方ですか?」
突然,石川に質問が振られた。
どうして答えていいか分からないのに,口から言葉がどんどん出てくる。
「は,はい!とってもいい人なんです…。くだらん!!、あの,優しくて,でもこんなふうに堂々としていて,カッコ良くて…。」
小林はお世辞にも取り立ててかっこいいとは言えない。少々中年太りの眼鏡をかけた40歳。
「その…。市政を任せるに値する人です!」
「そうですか…。じゃあ,最後にお二人の並んだ写真を取らせていただいてよろしいですか?」
「あ,はい!」

並んで,写真を撮った。
カップルのスナップ写真のような,笑顔で顔を寄せ合っているものが,ポラノイドカメラから出てきた。
二人とも恥ずかしくなった。

「あ,あなた!ちょっと立ってください!そんで通路に立ってください!」
言われるようにすると,そのまま写真を撮られた。
「こっちはファッション面です!あなたとっても若い!いい写真撮れました!では!」
記者が去ったあとでも,そのまま呆然としている。
続く

156パラリラ族:2001/04/23(月) 23:15 ID:oaCv5b5g
「なんだったんでしょうか…。」
「写真撮られちゃいましたねえ…。恥ずかしいなあ…。」
でもちょっとうれしそうでもある。

昨日のプレゼントのお返しに,今度は小林のスーツを買ってあげる事にした。
小林はスーツなど一着しか持っておらず,それすら安物のよれよれである事を石川は知っていたのだ。
もっとも,石川の財力でも,安物しか買えないのだが。

スーツを選び,今度はそれに合うネクタイを探す。
少し赤めの,少々派手なのばかりをチョイスする。

それでも,いつもの小林より市長の風格がぐっと増した。
スーツ,ネクタイ,靴下,くつ。しめて30000円。
ちょっと苦しい出費だ。

「本当にスーツなんか…。ありがとうございます。」
「いいえ。昨日のプレゼントに比べたら…。」
「安物なのに…。」
「服の価値以上に,あなたのプレゼントというのがうれしかった。それだけなんです…。」

またまたお惚気ムードになりかけたときだった。
「石川?石川でしょ?」
後ろから声がする。
振りかえると,飯田が立っていた。
続く
157パラリラ族:2001/04/25(水) 00:43 ID:XOWpMicY
「若いわねえ…。いつにもまして凄い格好じゃん。」
確かに,24歳でブラウスにミニスカート。
いまさら恥ずかしさを覚えた。

「この方は?」
「え…。何て言いますか・・・。私の彼氏です。」
「彼氏?あ、こんにちわ。」
「こんにちわ。」
「この間新聞社にビデオを持って言った時も,一緒に来てくださったんです。」
「ああ…。あ、ご職業は?」
「はい…。それが…。」
「僕が答えます。はじめまして。小林進一と申します…。」
「はあ…。え?まさかと思いますけど,市長さんと同じ名前ですよねえ…。」
「はい。次期市長の小林です。」
「え?市長さん!!?」
「はい。本職は医者で,町屋町で診療所をやってます。」
「ちょっと石川!凄いじゃん!なにげに凄い人もぎ取ったじゃん!」
「ははは。凄くないです。40過ぎの貧乏医師です。」
「市長さんだよ!何がきっかけ?」
「ちょっと困ってた時に助けていただいたんです…。」
「ふ−ん。で,結婚の予定は?」
「はい…。落ち着いたら,ぼちぼちと…。」
「そう…。あ!そろそろ戻らないと間に合わないよ!あ、それでは…。」

時計を見ると,5時を過ぎている。
「そろそろ戻ります。」
「お仕事がんばって!」
「はい!」
そう言うと,石川は商店街を走っていった。
続く
158パラリラ族:2001/04/26(木) 00:43 ID:BOxVJETQ
店に着いたら,5時30分。
仕事は午前中に済ませておいたので,さしたる仕事は無い。

冷蔵庫からワインを出し,1杯口に含む。
甘い香りが口の中に広がる。
恋人と一緒にのみたかったのだが,仕方が無い。

「石川!店手伝って!」
「はい!」

制服に着替え,店に出る。
選挙の後,心なしか客が増え,味の良さが口コミで広がり,少しずつ客が増えている。
比例して,売り上げも増えている。

「すみません,玉勝間新聞の者ですが。」
入口には,あの記者が立っている。
「あ…。」
「取材にうかがいますと電話したのですが…。」
3日前,数日中に取材に来ると電話があり,店の人間も知っている。
「で・・・先ほどお会い致しましたねえ…。」
「はい・・・」

「旨い…。」
記者がうなる。
「ええ。これほどの味はこの辺では…。」
カメラマンも言う。
「取り上げる価値は大ですね。」
助手も言う。

「すみませんが,閉店後に取材したいので,その旨皆さんにお伝えください。」
「はい…。」
続く
159パラリラ族:2001/04/27(金) 00:39 ID:8ZI/4Y0.
結局,11時を過ぎて取材が始まった。
といっても,コック三人はマスコミ嫌いでとっとと帰ってしまった。
結局,石川が取材を受ける事になった。

「この店はどういう店ですか?」
「ええ…。最高の食材を最高の調理で,リーズナブルにお楽しみいただける店です。」
「ほう…。お薦めは?」
「ええ。これと言ってないんです。と言うのは,日替わりでメニューが変わるので,固定メニューなんてものが存在しないのです。」
「そうですか…。ワインは?」
「ワインに限らず,当店ではさまざまなお酒を取り揃えておりまして,コニャックやバーボン,テキーラといったアルコールの強いお酒から,フルーティーなお酒,日本酒や焼酎もそろえております。」
「ほう・で,品質は?」
「当店のソムリエ−ルが、しっかりと管理をしておりまして、食材ごとの相性の良さなどもしっかり把握しておりますので、料理に合うお酒がお楽しみいただけると思います。」
「それは凄い。で,どうですか?お客さんの状況は?」
「おかげさまで,なんとか軌道に乗っております。」
「そうですか…?では明日また来ます。料理の写真を取らせていただきたいのですが…。」
「では,開店前に起こしいただけますでしょうか?」
「はい。遅くまでありがとうございました。」

終わった瞬間,石川の背筋に汗が走った。
無我夢中でしゃべった内容なんか覚えていない。うっかり大変なことを口走ったかもしれない。
不安に刈られる。

「それでは,婚約者の市長によろしくお伝えください。」
「え…?」
「冗談です。」

陽気な笑いを残し,記者は去っていった。
力が抜け,石川はその場にへたり込んだ。
続く
160てうにち新聞新入社員:2001/04/27(金) 15:51 ID:okdTt4p.
マスコミ嫌いなコックが取材拒否?(w
期待してます。頑張ってください
161パラリラ族。:2001/04/28(土) 01:54 ID:yT4z.8Nk
翌朝,新聞が届くなり,石川は紙面を凝視した。

中ほどに「新市長語る」という一面抜きの記事が載っていた。
あの取材でしゃべった事が,そのまま載っていた。
もちろん,石川の言った事もそのままである。

「写真左の女性は,現在小林市長が交際している24歳の女性で,今のところゴールインの予定は無いという。」
中ほどにこんなくだりを見つけて赤面した。
写真は,最後に撮った写真で,にやけ気味の小林には市長の威厳は無い。
その横の小林が語っている表情の写真は,市長としての強い意思をあらわすような表情ではあるが。

「見たよ,新聞。」
飯田が初めに声をかけてきた。
「石川ばっちり写ってたじゃない。にやけた市長の横で。」
「恥ずかしいじゃないですか…。」
「でも,石川いい人見つけたじゃない。あんな人なかなかみつかんないよ。」
「そうですか…?」
「ま,お幸せに…。」

そのあとも,従業員から冷やかされたりで,石川もちょっと恥ずかしかった。
(ま,いいか…。)
舌を出して,鏡の前で笑った。
続く
162パラリラ族:2001/04/29(日) 03:37 ID:zKGcBJIA
「明日ですね。初登庁」
「ええ。今日は徹夜で勉強しないと。」
「なんの?」
「政治と言うものがあまり知らないので,少し政治を。」
「へぇ…。徹夜はいけませんよ。明日はしっかりといってもらわないと。」
「心配ありません!!はははは!」

次の日,石川は早く起きて,朝食を作っていた。
腕によりをかけ,いつもより丁寧に作る。

起きてきた小林は緊張で硬直していた。
椀を持つ手が震え,ネクタイが満足に結べない。

結局,石川がネクタイを結ぶ。
黒のスーツに青のネクタイ。
曲がりなりにも格好は政治家だ。

しかし,震えている姿はとても政治家には見えない。
ガタガタと震えている。
「行って来ます…。」
出掛けだった。

小林の頬に石川が口づけた。
「行ってらっしゃい」

無言でいる小林から,震えが止まり,堂々とした雰囲気が出てきた。
続く
163パラリラ族:2001/04/30(月) 00:29 ID:MeZldsqc
石川も,緊張していた。
市役所には,小林が自分の恋人である事を知る人間がおり,彼らが小林を妨害する可能性もある。
それでなくても,前市長系の人間からは,怨みの対象だろう。

正午近くの地方ニュースで初登庁のニュースが流れた。
「玉勝間市の小林進一新市長が初登庁しました。」

映像では,小林が多くの支持者に囲まれている姿が映っていた。
職員の姿は無い。大半は市民だ。
顔を紅潮させて市民に手を振る小林がテレビの中にいた。

小林が遠くなったと,石川は感じていた。
小林は市民の小林となり,公人だ。
市長という響きが,小林を遠ざける。

午後4時。
携帯に電話が入った。
小林だ。

「雨が降りそうなので,仕事が終わったら迎えに来てくれませんか?」
「はい。」

短い会話が,石川を不安にさせた。
続く

164パラリラ族:2001/05/02(水) 02:18 ID:5aAXTRVU
午後11時。
市庁舎の前で傘をさして待つ。
小林は車を持っているが,運悪く今は車検だ。
貧乏人小林がボロの小型車以外に車を持っているわけも無く,今日はバスである。

「梨華さん…。待ちました?」
「いいえ…。あんまり…。」
「寒かったでしょ?何かあったかいものでも…。」
「それより,バス・・。」
「あ…。」

足元は泥だらけ,走ったあとだ。
しかし,バスはとっくの昔に出て行ってしまった。
最終は,このあと2時間も待たなければならない。

大きなくしゃみが,まんが喫茶の店内に響く。
傘があったにもかかわらず,ずぶぬれの小林。
周りは,彼が市長と気付くわけでもなく,本を読んでいる。

「寒い…。」
コーヒー1杯ぐらいでは収まらないほどの震え。

「あ,そうだ,今日どうでした?」
石川が聞いた。
続く
165パラリラ族:2001/05/03(木) 03:35 ID:T8CINSJ2
「なんかねえ…。古いしがらみが抜けていないというか…。」
「やっぱり…。」
「抵抗は強い!公約を実現する前に体が潰れるかも。」
「そんな…。」
「本気にしないでくださいよ。ただ,そのくらい気をつけないと,つぶされてしまう…。」
「…。」

「バスの時間。そろそろですよ。」
店を出る。あと10分。
バス停の前で待つ。
午前1時,誰もいない。

寒い。ガタガタと震えが止まらない。
小林の暖かい手が石川の手を包む。

小林の手が不意に離れ,変わりにごつごつしたものが手に触れた。
指輪のケース。
「母親の形見です…。母親が亡くなった時,インターンだった僕に渡したんです。」
「…。」
「まあ,手っ取り早く言えば,…結婚して!…。ください。」
「…。」

「いい・・。今すぐにでも・…。結婚しましょ!」
バス停の前で,通りすがりの酔っ払いの目を忘れ,二人は抱き合った。
続く
166名無し募集中。。。:2001/05/03(木) 10:48 ID:Hpt3noxU
読んでますよ〜。頑張って下さい。
石川にはもう絶望して欲しくないな〜
167パラリラ族:2001/05/04(金) 02:06 ID:85wrVZU6
1ヶ月ほど立って,二人は結婚式を挙げた。
お金が無い二人。店での小さな,小さな式だ。


ウェディングドレスも着ることは無い。
新婚旅行も,小林の仕事上,行けない。1日だけ休日があるだけだ。
しかし,二人とも幸せだった。

控え室代わりの事務室で,スーツに化粧をした石川が座っていた。
長かった恋の行方,紆余曲折。流した涙。
目をつぶった瞳の奥に流れてゆく。

ノックをして入って来たのは,飯田だった。
「綺麗じゃん。」
「ありがとうございます。」
「いいの?こんなところで,しかもウェディングドレスも着れなくて。」
「いまさら着飾るのも恥ずかしいし,それに,ここが好きだから…。」
「…。新郎さんは?」
「どうしてもしておきたい仕事があるって,市役所に行きました。」

「ごめん!間に合った!」
息せき切って小林が入ってきた。
「仕事は?」
「庁舎に入ろうとしたら職員が総出で「帰れ」と。「新郎が仕事でどうする」って。」
「そうですか…。」
「…怖くないですか?」
「え?」
「その…。男と一緒になることが…。」
「正直,いまでも怖いです。でも,進一さん,もう立派な旦那さんじゃないですか。心を許せる人なら,良いんです。」
花束をなでるように,しっとりとした声で言った。

正午。
腕を組み合った二人が,宴会場のドアの前にいた。
続く
168パラリラ族:2001/05/05(土) 03:17 ID:SMrrdyf2
二人の前に,拍手に包まれた宴会場が開けた。

友人が盛んに顔をほころばせ拍手している。
その様子を見る石川は,ちょっと恥ずかしくなった。

壇上の席からは,従業員が盛んに働いているのが見えた。
辻,飯田,加護,矢口,そして吉澤…。
晴れの日とはいえ,ちょっと気まずい気分になった。

隣の小林を見ると,緊張で上気している。
カメラのフラッシュが光るたび,その顔がどんどん赤くなる。

新聞記者もいるようだ。
原や、取材に来た記者もいる。
皆,メモを取ったり,写真を撮っている。
おそらく,明日の一面を飾るだろう。

誓いのキスの時間となった。
二人は見詰め合うと,そのまま口付けを交わした。
拍手の中,甘い甘い時間が流れる。
口を離したとき,赤く染まった二人の頬に涙が流れ落ちていた。
それは「嬉し涙」である事は誰の目からも明らかだった。
続く
169てうにち新聞新入社員:2001/05/06(日) 21:29 ID:gCfSkCMc
頑張ってください〜。
そして保全
170パラリラ族:2001/05/06(日) 22:25 ID:G1PTgx.g
すみません。
へんかんきのうのえらーがひんぱつするため、しばらくPCをしゅうりにだすことにしました
(ひらがななのもそういったりゆう)
しばらくきゅうさいします。
なおりましたら{だいようPCなどのめどがたったら)さいかいします・・・。
ほんとうにすいません。
171名無し読者
それは残念です………
気長に待っていますね。
そしてこれからも頑張って下さい。