●●【富士銀行とは一体何であったのか】PV●●

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72名無しさん
1.心中常に喜神を含む
    どんなに苦しいことに遭っても、心のどこか奥の方に喜びを持つ。

2.心中常に絶えず感謝の念を含む
    有り難いという気持を絶えず持つ。何かにつけて感謝感恩の気持を持つ。

3.常に隠徳を志す
    絶えず人知れず善いことをする。良心が満足するようなことを、大なり小なりやると、常に喜神を含むことができる。

4.壷中天あり
    人間はどんな境地にあっても、自分の内面世界はつくり得る。いかなる壷中に天を持つかによって人の風格が決まる。

5.「知識」より「見識」・「胆識」
     いくら「知識」があって、学問があっても、些細な問題さえ決定できないことが多い。これは「知識」と「見識」が違うから。 
   「見識」とは決断力であり、実践的である。 「見識」が実践的になるには、勇気がいる。実践的な勇気を「胆力」という。
   だから「見識」は「胆力」でなければならず、「見識」は「胆識」でなければならない。
   「見識」を「胆識」にまで、つまり「胆力」のある「見識」にするには理想が一貫不変でなければならない。
     そうすると、我々のささやかな刹那的生活が、理想という遠大なものに結ばれ、それだけ自分自身に大きさを生んでくる。これを「度量」という。
   「度量がある」「器量がある」という本当の意味は、いかに遠大な理想を持ち、いかに「見識」があるかということ。
   「器量」ができてくるとそれだけ理想と現実が練磨されてくるから、ますます深い「見識」ができてくる。「知恵」がでてくる。