「ISの転輪は戦中型が520mmで、大きいのは戦後型」という説は疑わしいと思う。
この説は戦車マガジンの1994年2月号の高田氏の記事からきてるんだと思うが
海外の研究者、たとえばMikhail Baryatinskiyあたりは最近の著作でもずっと
転輪の直径は550mmと書いてる。
直径520mmのIS転輪が存在した事自体は俺も疑っていないけれど、「戦中型は520mm」
というのはまた別の話だ。
ドラゴンのISの転輪は直径520mm相当なんだけど、ドラゴンのキットの完成品と
大戦中の実車写真とを見比べると、俺にはドラゴンの足回りがスカスカに見える。
感覚だけではアレなので数字を出してみると、グランドパワー誌97年10月号
(第2次大戦のソ連軍用車両(下))p.72の、撃破されたIS-2の写真。シャシーの
前面に予備履帯取り付け基部がないので、かなり初期の生産車だ。
ページ下の写真はほぼ真横から離れて撮影されたもので、歪みは少ないだろうと期待
できる。この写真から上部転輪(中央)と下部転輪(第3・第4)の直径を計って
比率を出してみる。
上部転輪の直径が385mmというのはどの資料でも共通の数値。これに基づいて下部転輪の
直径を計算すると、550mm弱になる。
同誌p.130上のISU-122(1945年1月撮影)。これもほぼ真横から撮影されており、
第1および第2転輪の平均直径を第1上部転輪と比較すると、やはり550mm弱になる。
タミヤのIS-3の転輪は直径550mm相当なので、今俺が戦中型のIS-2の模型を作るとしたら
転輪はタミヤのを使う。
>>456 グランパ別冊 激闘東部戦線(3) ベルリン攻防戦 増補改定版
のP55の一番下の写真見るとかなりスカスカですが...
>>457の資料は持ってないんだが、大戦中でも520mm転輪を履いている例はあると思う。
だから、俺の主張は「大戦中から550mm転輪も存在した」というところにとどまる。
でも、たぶん550mm転輪のほうが大戦中から標準じゃないかなぁ……
連投ですまんが、「ISの転輪は戦中型が520mmで、大きいのは戦後型」という説が
出てきたのは、モデルアート別冊スターリン重戦車ヒストリー(1997年)の
高田氏の写真キャプションからのようだ。
戦車マガジン1994年2月号で出たのは「ISの転輪は520mm」説で、戦中・戦後の
説明はなかった。