バス停でバスが止まった。
私はぼんやりと窓からバス停を見下ろしていたが、不意に見覚えのある姿を捉えて驚いた。
「筵。」自然に唇からそう洩れていた。
十年来の親友になっていただろう彼は、いつの間にか私の前を去って音信不通だった。
その彼が葱を沢山抱え、時刻表を覗き込んでいる。
声を掛けるか、そのまま通り過ぎるか。一瞬の逡巡の後、心を決めた私は窓を開けたが、
その筵の、誰に見られることを意識した訳でもない疲れた表情に水を差されてしまった。
やがてバスは出発して、その葱を抱えた旧友は他の見知らぬ人と一緒に次第に遠くなり見え
なくなった。この決して交わらなかった邂逅はしかし、私の胸の奥に刻まれたらしい。
今でもスーパーで葱を見る度に筵の表情を思い出すのだ。
あの時疲れているように見えたその表情が、今の私にはよっぽど筵が人生を誤魔化さずに
生きている印のように思われて嬉しいのだった。