石川遼のような才能よ身につけたい

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377李哲秀
g. 太郎は「すしを」食べる。
h. 太郎は「すしが」食べる。
i. 太郎は「すしを」食べたい。
j. 太郎は「すしが」食べたい。

gとhを比べると、他動詞「食べる」は「すしを」しか許容しないが、複合動詞「食べたい」
は「すしが」を許容する。「目的語を取る性質」としての「他動性」は、他動詞「食べる」の方
が高いのはわかるか?
この他動性の違いをHopper & Thompsonは、「会話してる時に、実現する可能性が高いか、
低いか」という観点から見たわけだ。
つまり、「『食べる』の場合、『食べたい』より実現度が高いから、他動性が高くなる。」と
まとめたわけで、逆に言えば「実現度が高いほど、目的語を取りやすくなる」ということ。
大雑把に言うと、この「実現度が高いほど、目的語を取りやすくなる」がHopper & Thompson
の「他動性仮説」(「他動性の階層」の話は置いておくぞ。)
ついてきてるか??

さて、次の文章を見てみよう。
k.「イニヒコが居ない」かどうか「を」わかる
l.「イニヒコが居ない」かどうか「が」わかる

この文章も「が」と「を」の両方を許容するとして、「他動性仮説」でどうやって説明できるか。
それは、Cが説明してくれるだろう。
こういう応用問題ができたら、「Cはwiki見てるだけじゃない」って証明できるなw