>>858 前半のうんちく話と後半の一部はなんのつもりで書いてるのか、ずいぶん悩んだ。
比例復活でも議員は議員だということらしいが、だからなんなんだろう。
選挙区選挙で落選した者の議員としての評価の変遷が、この議論にどんな関係があるのかと。
現職大臣が選挙区での選挙に負けたことを指して、ふつうは選挙にプラスに働くはずの
大臣の地位というメリットが打ち消されていることに、政党だけでなく政権自体への
「ノー」の意思が読み取れるではないかと、有権者の意思を内閣に対するものと
党に対するものとに分けて(これが分けられるのか否かは置いておいて。
もともとそちらが分けているので)それぞれの在り方の評価をする際に考慮されるべき事実
としては、比例で復活したことよりも、この事実のほうが重要でしょうと、
そうこちらは言っているのよ。森内閣での選挙の例も、その傍証になるでしょうと。
それに対して、議員は議員だ、比例でも同じなんですよ、議員としての活動にとって
重要なことではないんですよ、と言われてもな。
比例で復活しようが、それが議員としての活動に影響があろうがなかろうが、
選挙区選挙で野党候補者に負けているという事実は消えないし。
負けたという事実をここでは問題にしているのであって、そのあとの議員活動が
それでどうなろうと、ここでは全然知ったこっちゃない話だよね。
>私は彼らが根拠にしそうな要素を提示しているだけだと最初から言ってるんですけどね。
>これを主張してるのは麻生内閣の面々であって私じゃないですよ。
この部分で言いたかったことは分かる。でもね、
>まぁこの辺りが「麻生政権へのノーではなく、自民党へのノーだったと思う」という根拠にはなるかと。
とPさんは初めに言ったんだ。
仮に「彼らが根拠にしそうな要素を提示しているだけ」なのだったら、
>この辺りを「麻生政権へのノーではなく、自民党へのノーだったと思う」の根拠にしているのかと。
とでも言わなくちゃね。そうではなく、「根拠にはなるのかと」と言っているのだから、
「閣僚は苦戦しながらも全員当選」という事実が野田発言の根拠として有効であるということが、
はじめからの前提となっていると読める。立場・主観によってそれを根拠として援用したり
しなかったりするという問題以前の前提となっていると。
それでこっちは、そんな事実は「麻生政権へのノーではなく」と考える根拠にはならないと言ったのだが、
それに対してPさんは根拠としての有効性を証明するようなことをしてしまった。
野田が根拠に挙げそうな事実はこれだろうと推測したまでのことで、
その推測自体が正しいどうかは知らないという立場をPさんは明確にして、それを貫けばよかったのに。
>>784ではそう解釈することもできたから、こちらがそこで止めておけばよかったかもしれない。
ま、こっちの食いつき方が悪かったとも言えそうだな。
結果的にPさんは、野田が示すであろうとPさんが考えた根拠について、否定的でも中立的でもない態度
を取るはめになった。自分で推測して出した根拠だから、自然とそうなってしまったということはあるのだろう。
というような議論ごっこは大好物なのだが、いかんせん中身に意味がなさすぎるので、
これで止めにしておくよ。