はないたちの夜〜げろっぱのなく頃に〜page2.5

このエントリーをはてなブックマークに追加
1まりあ ◆BvRWOC2f5A
│ ─┼                   _/__               │
│.  │ _/_    |   \       /            ────┴───
│  _l  /   \  |     |  ┼─‐ // ̄ヽ         /   / ̄ ̄/
. レ (_ノ\/  ___|   レ     / ─    _ノ   ___    ノ│  / ヽ /
        \ノ\       / (___         / / ヽ   │ ノ \ /
                               ヽ/ _ノ   │    /\  
                                      |   ノ   \〜げろっぱのなく頃に〜


なんでもあり板からおいらロビーに電撃移籍……予定でしたが
華麗に無理でした
もう落としませんから(´;ω;`)

まとめサイト
ttp://www19.atwiki.jp/hanaitachi/

楽屋裏的なスレ
http://etc3.2ch.net/test/read.cgi/bobby/1163959712/
2まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/11/30(木) 17:45:43
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
 従って、作品中に出てくる登場人物の性格・性別等についての質問にはお答えできません。
3まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/11/30(木) 17:47:14
というわけで何事もなかったかのように65話スタートです。。。。
4まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/11/30(木) 17:53:12
65.「尻尾」


「……うっさんはどう思ってるのさ」

下ネタの事を聞きに来た、という鬱井に、こちらから質問を投げかけた。
鬱井自身がどう思っているかで部屋から追い出そうかどうかを
決めようと思ったからだ。

「どうって……」

鬱井は一瞬声を詰まらせたが、視線が私の目から外れる事はなかった。

「俺はシニアじゃないって思ってるよ」

鬱井はきっぱりとそう言ったが、私はそんな鬱井に違和感を覚えた。
本人は至ってまじめなつもりなんだろうが、どこかぎこちない。
多分、同級生として、一緒に村に来た“仲間”として、
私の事を疑いたくはないんだろう。
刑事としての彼の立場が私を疑わせているのだ。
容疑者として手錠をかけ、私一人だけ別室に隔離しているけど、
『シニアじゃないと思ってるよ』と彼は言う。
5まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/11/30(木) 17:55:29
無理やり眉毛を描かれた犬みたいだ。
人懐っこくて、舌を出したまま擦り寄ってくる犬。
本当は可愛らしい顔をしているくせに、人間の悪戯で目の上に
黒い太線を引かれた、妙に凛々しく見える犬。
もし鬱井に尻尾がついていたら、今どうなっているんだろうか。
だらしなく垂れ下がっているんだろうか。
それとも千切れそうなほど尻尾を振っているんだろうか。
いや、実は振りすぎて本当に千切れてしまったんじゃないか。
豚もおだてりゃ木に登る。相手の言葉を鵜呑みにして、
言葉の裏に隠された意図もわからず右に左にふりふりふり……。

なんて下らない事を考えていたその時、

そんなくだらない事を考えていたのが顔に出たんだろうか、
鬱井が私の顔をじっと見ているのに気づいた。
もしかするとにやにやしていたんだろうか。
「なに笑ってるの?」なんてつっこまれたらどう答えていいか
わからないので、私は慌てて口を開いた。
6まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/11/30(木) 17:57:15
「でっしょ? ありえないでしょ……常識的に考えて……」
「だったらなんであんな事言ったんだよ。自分がやっただなんて……」

なんとか誤魔化せたようだ。
私は内心ほっとしながら、次々と投げかけられる鬱井の質問に答え続けた。


「私だけだよ。てか私しかグラウンド回ってないし」
「え、えぇ?」

玄関を出た後、私一人だけが校舎の外に出た事を知ると、
鬱井の顔色が変わった。

「あ! また疑ってるでしょ!」
「い、いやそういう訳じゃ」

声が裏返っている。図星だったようだ。
7まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/11/30(木) 17:58:36
声が裏返っている。図星だったようだ。
まぁいいけどね、と思ったが、鬱井の慌てっぷりは凄まじかった。
私はその慌て方を見て思わず笑いそうになった。
私は笑いを堪える為、鬱井から目を逸らし、窓の外に視線を送った。
その後も鬱井がびくびくしながら質問してくるので、
私は笑い出しそうになるのを堪えるのに必死だった。
声がうわずりそうになるのを抑えながら出来るだけ短く質問に答える。
すると、私が怒っていると思ったのか、質問を重ねる鬱井の声が
どんどん小さくなっていく。
それがまたおかしくて、私も笑いを堪えようと必死で──
と、益々深みにはまってしまい、もはや限界だと思った時、

「じゃ、じゃあとりあえず今はこれぐらいでいいよ」

と、鬱井が泣き出しそうな表情で言ってくれたので、私は

「あっそ、じゃあもう出てってよ」

と、外を見たまま言葉を吐き捨てた。
鬱井は何故か「すいません」と小声で謝って、丸めた背中をこちらに向けた。
その背中があまりに憐れで、人間に追い払われた野良犬の後姿と重なって見えた。
なんだかかわいそうになって、喉まで出掛かっていた笑い声が一気に
引っ込んでいくのを感じた。
8まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/11/30(木) 18:00:27
「イノは?」

ふとイノの事を思い出し、憐れな鬱井犬の背中に聞いてみた。

「え、イ、イノなら今廊下で見張ってるよ。後で交代するけど」

顔だけをこちらに向けた鬱井のその声は、消え入りそうなほどか細かった。
腹の奥まで引っ込んだ笑い声が再び喉元まで駆け上がってくる。

「ふぅん。じゃ、後でこっち来てって言っといて」

噴き出しそうになるのを歯を食いしばって噛み殺す。
鬱井はそんな私の表情を見て、顔をこわばらせた。

「は、はい」

短く返事をした鬱井の声に合わせて、
鬱井の顔をした犬が頭の中で「きゅうん」と鳴いた。
鬱井が隣の応接室に戻り、ドアを閉めた瞬間、
私は両手で口を抑えて床に転げまわった。
9まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/11/30(木) 18:02:04
65.「尻尾」/終
10携帯ショボーン ◆SoBON/8Tpo :2006/12/02(土) 00:03:42
 ∧ ∧
(´・ω・)
c( oo)
11キモハーゲニコフ ◆nikov2e/PM :2006/12/02(土) 01:45:02
川,,´3`)y─┛~~

阻止あげ
12蟹玉 ◆KANI/FOJKA :2006/12/02(土) 02:31:43
ほしゅって大事
13名無し戦隊ナノレンジャー!:2006/12/02(土) 16:30:11
1スレ目からのファンです。
14アルケミ ◆go1scGQcTU :2006/12/02(土) 23:56:15
このスレ見てると興奮して寒さも吹き飛ぶぜ
15まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/03(日) 00:31:56
66.「予感」


「遅くても10分ぐらいかな?」

職員室内に仕掛けられた迷路を抜けた所でKIRAに声をかけた。

「ここでかなり時間に差が出るだろうな」
「どんなに遅くても15分はかからないんじゃない?」
「だろうな」
「でないと後ろから来た人に追いつかれるかも」

話しながら廊下に通じるドアを開けた。
廊下にはさっきと変わらずイノセンスとアルケミが立っている。

「何か変わった事は?」

KIRAがどちらにともなくそう聞くと、二人が顔を見合わせた。

「ちさこが行方不明らしい」
「ちさこが!?」

イノセンスの言葉に思わず声をあげてしまった。
16まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/03(日) 00:35:03
「何があった?」

KIRAは私と違って冷静だった。
KIRAは静かな口調でそう言って、腕時計で時間を確認していた。
私とKIRAが校舎をまわっている間の事を、アルケミが説明し始めた時、

「今の声、やっぱりニコフか」

校長室のドアが開き、中から鬱井が出てきた。

「鬱井、ちさこが……」

私が言葉を詰まらせると、鬱井は黙って頷いた。

「俺も今聞いたところだ。とにかく中へ」

そう言って鬱井はドアを開けたまま、私とKIRAに校長室へ入るよう促した。
私は言われた通り校長室に入ろうとしたが、

「誰かちさこを探しに行ったのか?」

KIRAは足を止めたまま、校長室には入ろうとしなかった。
17まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/03(日) 00:41:25
「ミサキヲタ達がトイレまで見に行ったらしいけどいなかったそうだ」
「……今も誰か出てるのか?」
「いや、今はみんないるよ……ちさこ以外な」

鬱井が答えると、KIRAはしばらく黙ったまま何か考えていた。
鬱井が「おい」と少し苛立った様に声をかけると、
ようやくKIRAは口を開いた。

「……僕はこのまま行く」
「ちさこを探しに行くのか?」
「それもあるが……」

KIRAはそこで言葉を切って、校長室の中に視線を送ったかと思うと、
すぐに視線を鬱井に戻した。

「とにかくこっちはお前に任せたぞ」
「あ、あぁ……わ、わかったよ」
18まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/03(日) 00:47:29
KIRAの鋭い視線に気圧されたのか、鬱井は言葉を詰まらせながらニ、三度頷いた。
私はKIRAについて行こうかと思ったが、腕時計に目をやりながら
歩いていくKIRAの後ろ姿を見て、ついていくべきではないと判断した。
ついていこうとしてもおそらく「駄目だ」と言われると思ったからだ。

「さぁニコフ、中に……」
「うん……」

給食室の方に向かって歩いていくKIRAの背中を見て、
なんだか嫌な予感がした。

もしかして、KIRAはもう帰ってこないんじゃないか、と。
19まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/03(日) 00:50:42
66.「予感」/終
20まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/03(日) 00:56:36
67.「眩暈」


震えはいつの間にか治まっていたが、
今は吐き気と眩暈に襲われている。

部屋の隅に腰を下ろし、いわゆる体育座りの格好で吐き気と眩暈が治まるのを待っていた。
立てた両膝にしがみつくようにして顔をうずめ、ただ床の木目を睨みつけていた。

今は何も考えたくない。
とにかく気分を落ち着かせたかった。
頭の中に嫌な光景が浮かんでくる。
私はそれを脳裏から払い除ける為に、床の木目だけに全神経を集中させていた。

「大丈夫?」

耳元で声がかかる。ニコフの声だ。

「大丈夫……」

私は顔を上げずに、そう答えた。

「なにか飲み物取ってこようか?」

顔を見なくても、声のトーンで心配してくれているのがわかった。
21まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/03(日) 00:59:58
「ううん、ごめん。大丈夫……」

心配してくれているニコフに申し訳ないと思い、出来るだけ元気な声を
出したつもりだったが、自分でもわかるぐらい力ない声だった。

私の声を聞いてニコフがどんな顔をしたのかはわからなかったが、
ニコフはそれ以上は何も言ってこなかった。
しばらくの間傍にあったニコフの気配はやがて消え、
誰かがドアを開け閉めする音が聞こえてきた。
エアコンの効いた涼しい室内に、生温い空気が流れ込んでくる。
ニコフが出て行ったのだろう。

どうしてこんな事になったんだろう。
ニコフの声のおかげだろうか、ほんの少し気分が良くなった様な気がした私は、
床から意識を放し、心の中で呟いた。

「ほんとにシニアが殺したのかな……」

吐き気と眩暈を完全に止めたのは、不意に耳に入ってきたその言葉だった。
その言葉が誰に向けられたものなのかはわからなかったが、
声を発したのがsaokoだという事はわかった。
22まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/03(日) 01:04:47
「だって自分でやったって言ってたし……」

saokoの言葉に対する返事だろう。
どこか自信の無さそうなねるねの声がsaokoと同じ位置ぐらいから聞こえた。
寄り添って手を繋ぐ二人の姿が頭に浮かんだ。

「私は違うと思う」

saoko、ねるねと違って、自信たっぷりに言い切るその声を聞いて、
私は思わず顔を上げてしまった。
そこには怪訝そうな顔で私を見ている九州が立っていた。
今まで固まっていた私が突然勢いよく顔を上げたのを見て不審に思ったに違いない。
私は慌てて膝の上で組んだ腕の中に顔をうずめた。

今のセリフと、それに反応した私を見て九州は気付いたかもしれない。
もう一度顔を上げて九州の表情を確認したかったが、恐くて出来なかった。
23まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/03(日) 01:12:17
なんでそう思うの? という参号丸の声が私の耳に届いたと同時に、
再び吐き気と眩暈が私を襲った。胃の中の残留物が込み上げて来る。
歯を食いしばって息を飲み込み、吐きそうになるのを必死で堪えた。
頭から一気に血の気が引いていく。不快感が胸の奥を突き上げる。
全身に痺れが走り、耳に綿を詰められた様な感覚に陥る。
「でもねるねが言った通りシニアは自分で……」
でもねるねが言った通りシニアは自分で……
saokoの声にエコーがかかる。
背中に氷の塊を押し付けられた様な冷たさが広がる。
「あの時シニアは興奮して……」
あの時シニアは興奮して……
くぐもった声が耳の奥で二度響いて、膝が震え始めた。
誰かがドアを開ける。生温い空気が流れ込んでくる。
誰かがドアを閉める。
いくらみんなに責められたからって……。でも、そう思わない? 
言われてみればそんな気も……。ちさこも? うん、私もそう思う……。うん。
全身を襲っていた不快感が薄れていく。
段々とみんなの声が遠のいていく。生温い空気が心地いいな、と思った。
誰かがドアを閉める。
床の木目が二重三重に広がり、目の前が真っ白になっていった。
24まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/03(日) 01:15:54
どうしてこんな事になったんだろう。
握り締めたナイフの先を見つめながら考えた。
足元に倒れている下ネタの目は、私を通り越して天井を見つめている。
誰かがどこかのドアを開け閉めする音が聞こえた。

そうだ、シニアがここに来るんだ。
私はしゃがみ込んで、下ネタのTシャツでナイフの柄を拭き、
ナイフを下ネタの顔の横に置いた。

後はトイレの窓から外に出ればいいだけだ。
これでシニアが犯人扱いされる事になる。
私は下ネタの死体をまたいでトイレの奥に歩を進める。

でもこれでいいんだろうか?
さっきはシニアが来るなんて知らなかった。
ただどうしていいかわからず、とっさにこの場から逃げ出してしまっただけだ。
シニアが犯人扱いされるとわかっていて、逃げていいんだろうか。
事務室で、おそらく手錠をかけられたままでいるシニアはどんな気持ちなんだろうか。
このまま逃げ出していいんだろうか。
25まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/03(日) 01:19:21
今はみんなシニアが犯人だと決め付けているが、
少し調べれば、私が下ネタを殺したという事がすぐ明らかになるだろう。

私は窓枠に手をかけて考えた。
少しだけ開いた窓と窓枠の隙間から生温い風が流れ込んでくる。

正直に名乗り出るか、それともシニアが犯人扱いされるとわかっていて
この場から逃げ出すか。

でも逃げてどうなるんだろう?
シニアが「やっぱりやってない」と言って、
KIRAや鬱井が改めて調べればすぐに私が犯人だとわかってしまう。

私は窓を閉めて、ドアの方に向き直った。
もう間もなくトイレのドアを開けてシニアが入ってくる。
そうだ、正直に言うしかない。
私は倒れている下ネタの傍まで近づき、ナイフに手を伸ばした──
その時、突然建物が揺れ始めた。
地震だ。
26まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/03(日) 01:23:15
私はその場にしゃがみ込んで、身を低くして揺れが治まるのを待った。
いわゆる体育座りの格好で、立てた両膝にしがみつくようにして顔をうずめると、
タイル張りの床が、段々と茶色に染まっていく。
何本もの曲線が浮かび上がり、線と線の間の幅がゆっくり狭まっていく。
やがて二重三重に広がった線は一つに重なった。

「おい、大丈夫か?」

肩のあたりに温もりを感じて顔を上げると、
鬱井が床に片膝をついて私の肩を揺さぶっていた。

「よかった。気がついたか」

鬱井は私の肩から手を離し、

「大丈夫か?」

と、心配そうに私の顔を覗きこんだ。

私はいつの間にか眠っていた様だった。
いや、気を失っていたのかもしれない。
27まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/03(日) 01:25:49
「ごめん、ちょっと疲れてたみたい」
「凄い汗だぞ……怖い夢でも見たのか?」
「夢……ううん、そんな事……」
「……そっか。まぁ大丈夫そうでよかった」

夢……そうか、今のは夢だったのか。
だとすると、夢の中の私はあの後どうする気だったのだろう。
トイレに入ってきたシニアに、「私が下ネタを殺したの」と、
正直に言う気だったのだろうか。

「おっと」

立ち上がった鬱井がメモ帳を床に落とした。
上体を折り曲げて、メモ帳に向かって手を伸ばす鬱井を見て、
私は夢の中の自分が何を考えていたかを思い出した。

ナイフを拾い上げようとした私はこんな愚かな事を考えていたのだ。

あの後、トイレに入ってくるはずのシニアを殺して、
手にナイフを握らせるなりしておけば、
下ネタを殺したシニアが自殺した様に見せかけられるんじゃないか、と。
28まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/03(日) 01:27:12
67.「眩暈」/終
29キモハーゲニコフ ◆nikov2e/PM :2006/12/03(日) 20:59:27
保全
30アルケミ ◆go1scGQcTU :2006/12/04(月) 00:04:20
まだまだ逝くよー
31キモハーゲニコフ ◆nikov2e/PM :2006/12/05(火) 01:47:34
華鼬とは違う第三の犯人の正体とは!?
単身捜査を進めるKIRAの運命は!?

はないたちの夜68話 乞うご期待☆
32蟹玉 ◆KANI/FOJKA :2006/12/05(火) 20:30:28
おす
33アルケミ ◆go1scGQcTU :2006/12/05(火) 22:50:08
ラジャー
34名無し戦隊ナノレンジャー!:2006/12/05(火) 23:55:53
本編スタート↓
35まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/05(火) 23:57:07
68.「金魚」


「ちさこがいなくなった」

校長室から戻ってきた鬱井の一言で、
応接室の中にいた全員の視線が鬱井に向けられた。
トイレに行ったちさこの行方がわからなくなってしまったのだという。


「どうする? 探しに行った方がいいだろう」

おっかけがそう言うと、俺を含めた何人が黙って頷いた。

「で、でも銃を持った奴がうろうろしてるんだろ……」

バケ千代が青ざめた顔でそう呟くと、座っていたバジルが立ち上がった。

「そんな事言ってる場合じゃないだろ? 
 ちさこの身に何かあったらどうするんだよ?」

バジルがそう言うと、バケ千代は視線を床に落としてうつむいてしまった。
36まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/06(水) 00:12:42
「まぁ怖い奴はここで大人しくしてりゃいいさ」

バケ千代を横目に見ながら本家がソファから腰を上げると、
インリン、ugo、おっかけの実行委員の連中も次々に立ち上がった。

「蟹玉、お前はどうする?」

鬱井に小声でそう聞かれ、俺は黙って頷いた。

「いや、どっちだよ」

思いが伝わらなかったようで、鬱井は困惑した表情で俺を見つめていた。

「行くよ?」
「……うん」

俺は言葉にして思いを告げると、
鬱井は俺の目を真っ直ぐ見ながら、真剣な顔つきで深く頷いた。
その時、

「はぁ!? お前は行かないのかよ」

振り返ると、本家がバジルに詰め寄っていた。
37まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/06(水) 00:19:43
「ぼ、僕はここでみんなを守る……」
「なんだそりゃ。お前さっき偉そうに言ってたじゃないか」
「それは……」
「調子いい奴だな。言うだけなら誰でも出来るぜチキン野郎が」
「な、なんだと!」
「おい、よせ二人共」

本家に掴みかかろうとしたバジルの肩をおっかけが抑えつけた。
バジルが顔を真っ赤にして、おっかけの手を振り解こうとしたが、
びくともしなかった。

「ちくしょう! 離せよ! 離さないと……」
「離さないと、なんだよ?」

おっかけの手の中で暴れるバジルを見て、本家が鼻で笑った。

「……にしやがって」

何か呟きながら、バジルが本家の顔を睨みつける。
バジルは唇を噛みながら、自分の背中、腰のあたりにゆっくり手を回した。
38まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/06(水) 00:23:25
「おいおい! け、喧嘩すんなって〜」

鬱井が睨み合う二人の間に割って入ると、本家が肩をすくめた。

「喧嘩? おいおいどこが喧嘩なんだよ」
「バジルを責めたってしょうがないだろ?
 今はちさこの事を……」
「大体、警察のお前がしっかりしてないからこういう事になったんだろ?」
「なんだと……やんのか?」
「あ?」

止めに入ったはずの鬱井が本家と睨み合いだした。
その時、廊下に続くドアが開いた。

「お、やっぱ廊下と違って涼しいな」

ドアを開けたのは廊下に立っていたイノだった。
イノはすぐに微妙に緊迫した空気を察知した様だったが、
かまわず鬱井に向かって声をかけた。
39まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/06(水) 00:29:48
「なぁ鬱井、そろそろ見張り代わってくれよ」
「いや、イノ! ちょっと待ってくれ。どうしてもこいつと決着を……」
「しらねーよそんなん。暑いし、いい加減つっ立ってるだけってのにも
 飽きたんだよ代われよもう一時間ぐらいだろ」
「あ、う……」

イノがまくしたてると、鬱井は言葉を詰まらせて金魚の様に口をパクパクさせていた。
バジルも落ち着いたようで、おっかけが手を離すと小声で、

「ごめん……」

と、謝った。
本家にその声が届いたかどうかはわからなかったが、
本家は口元にうっすら笑みを浮かべたまま部屋を出て行った。

結局ちさこを探しに行くのは、
俺、イノセンス、インリン、ugo、おっかけ、本家、の六人となり、
鬱井がイノに代わって廊下に立つ事になった。

「……お前も行くのか?」

ドアを閉めようとした鬱井が部屋の中に向かって声をかける。
40まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/06(水) 00:32:05
「携帯……?」

中から出てきたのは携帯だった。

「俺は……見ておきたい所がある」
「お、おい……勝手な行動は……」
「……KIRAも一人で動いてるじゃないか」

携帯が苛立たしそうに爪を噛む。

「そうだけど……いや、でも……」
「何かあっても恨みはしないさ」
「どこに行く気だよ……」
「……そうだな。とりあえず下に……」

そう言って携帯は、俺や鬱井とは視線を合わさず歩き出した。

「いいのかい? 鬱井……」
「うーん……いや……うーん……」

と、鬱井は何か考えていた様だったが、その間に携帯は
どんどん廊下の先へと進んでいった。
異様な雰囲気を放つ携帯を、みんな無言で見送っていた。
41まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/06(水) 00:37:01
68.「金魚」/終
42まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/06(水) 01:44:31
69.「後悔」


私は後悔していた。
今日ここに来た事を。
なぜ来てしまったのか……

いや、教室に入ってすぐの時は、来てよかった、と思った。

(はーいみんなこっち向いてー)

私は教室に着いた時の事を思い出していた。
来てみれば、驚く事になんと全員出席という優秀さである。
もし来なければ葉書の差出人に気付かれてしまっただろう……
私がノートを持っているという事が。

教室に入ってその事に気付いた時、私は両手で腹を抑え、心底ほっとした。

「えーみなさんある日突然葉書が届いたと思うんですけどもー」
「その葉書を送った人〜『ぶっちゃけ俺だ!私だ!』って人〜?」
「あれ〜誰も名乗り出ないのかよー!」

誰も名乗り出なかった。
そしてその事が私の心に重くのしかかった。
43まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/06(水) 01:45:47
「じゃあ質問を変えて・・・葉書に『ノート持参』と書かれてた人〜?」

ミサキヲタの明るい声に、私は口から心臓が飛び出しそうになった。

「うわ多いな・・・半分ぐらいじぇねぇか」
「うーんこの中に葉書を出した人がいるんでしょうか・・・多すぎですね」

私にはノートの事が書かれていた……
しかし私は手をあげなかった。
手をあげられない理由があったのだ。

そして私はまたも深く後悔する事になる。
手をあげなかった事が、後に私自身を追い詰める結果となるのを
知っていれば、私は彼らになんと思われようと手をあげただろう。

もしもこの時……
いや、それよりもあの時、正直に話していればあるいは……
今となってはただ後悔するのみである。
44 ◆K.TAI/tg8o :2006/12/06(水) 01:45:51
うん・・・・・・・?
45まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/06(水) 01:51:18
そんな私の思いを知ってか知らずか、
彼は私に向かって無慈悲に手を伸ばす。

「さぁ……」

今、うなだれる私に向かって差し伸べられているこの手は、
私を暗い闇から引き起こす為のものではない。

「ノートを……」

観念した私は、密かに服の下に忍ばせ持ってきたノートを
取り出して、黙って彼に手渡した。
46まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/06(水) 01:52:03
69.「後悔」/終
47まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/06(水) 02:40:29
70.「名前」


体育館内に仕掛けられた迷路の途中、
鬱井達の言っていた通りチェックポイントが設けられていた。
長机の上に置かれた紙に『チェックポイント』と書かれている。
そして給食室にあった紙と同じく、
ここを通った者の名前が書かれていたが、
インリンとugoの間に書かれているはずのキラヲタの名前が黒く塗り潰されていた。
給食室にあった紙と違うのは、キラヲタの名前を塗りつぶした犯人が
書いたであろうメッセージのようなものがなかった事だ。

僕は紙を丸めてスーツの胸ポケットに収め、迷路の続きを進んだ。

職員室とは違い、かなり本格的に作られていたが、
チェックポイントからは2分ほどで抜ける事が出来た。

人によっては5分ほどかかるだろうか……?
時計を見ながら体育用具室のドアを開くと、中は真っ暗だった。

僕はその瞬間、違和感を覚えた。

何故電気が消えているのか、と。

僕がその理由に気がついた時、こめかみに硬い物が押し当てられた。
48まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/06(水) 03:09:55

「……KIRAか。動くなよ、これが何かわかるだろう」

暗闇の中から低い声がし、室内に灯りが点る。

「ドアを閉めろ。鍵もだ」

僕は正面にある、外に通じるドアを見たまま手を後ろに回し、
今入ってきた方のドアを閉じて鍵をかけた。

「まさか一人で動くとはな……だが、少し用心が足りなかったようだな」
「……お互いにな」
「な……」

僕が声の方へと銃口を向けているのに気がついたようだ。

「いつの間に……」
「……電気が消えていた」
「なに?」
「この部屋の電気のスイッチは、こっち側のドアの傍にしかない。
 肝試しでここを通ったなら、向こうのドアから出るまで灯りが必要になる。
 わざわざ電気を消して出て行く人間などいる訳がない。
 ……つまり誰かがこの中に潜んでいる、と思っただけだ」
「なるほど……」
49まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/06(水) 03:15:55
こめかみに押し当てられた物が頭から離れる。
しかし銃口が向けられている気配は消えなかったので、
僕はゆっくりと首を捻り、声の方に顔を向けた。

「もしかして……とは思っていたが」

僕がそこまで言うと、男は少し驚いた様な顔になった。

「さすがだな……いや、覚えていてくれて嬉しいよ」

男の口元に笑みが浮かぶ。

「久しぶりだな……ノワ」

僕が名前を口にすると、ノワは声を殺して笑い始めた。
50まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/06(水) 03:17:32
70.「名前」/終



第八夜に続く
51携帯ショボーン ◆SoBON/8Tpo :2006/12/06(水) 08:44:57
  ∧ ∧
ヾ(´・ω・)ノシ

ノワッチきた〜!
52まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/07(木) 00:23:11
【第八夜】


「だから鬱井には任せたくなかったのに……」
「あーあ、一からやりなおしか」

ミサキヲタはその場にへたりこみ、アルケミは遠い目をしていた。

「鬱井、どうすんの?」
「僕、もう帰らなきゃダメなんだけど……」
「今から作り直す?」

バジルが大きなため息をつき、ugoと九州がうんざりした顔で僕を睨む。
僕はなんとか言い訳できないかと必死で頭を回転させたが、
みんなの視線が痛すぎて何も思いつかなかった。

「あーあ、イノみたいにばっくれとけばよかった」

シニアが髪の毛の先を人差し指にくるくると巻きつけながら吐き捨てた。
イノセンスはこんな事態になる事を予想してたのかどうかは知らないが、
いつの間にか帰ってしまっていた。
53まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/07(木) 00:36:30
「私達も……」
「帰りたいんだけど……」

saokoとねるねが手を繋いで声を揃える。

「私も今日はやく帰らなきゃいけないんだけど……」

何か用事があるらしく、ニコフが不安そうな表情で僕を見つめている。
そんなニコフにKIRAが優しく声をかけた。

「鬱井に任せたのがそもそも間違いだったな」

生きた心地がしない、というのはこういう状況を言うのだろう。

「あーあ、やってらんない……」

ちさこが手に持っていたハサミを机の上に放り投げる。

「俺も帰りてーんだけど、帰っていい?」

インリンが僕に向かって言っているのはわかったが、
僕は聞こえないフリをした。
54まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/07(木) 00:39:05
「仕方ない、用事がある者はもう帰ってくれ。
 最悪、僕と鬱井でなんとかする。なぁ鬱井?」

KIRAが腕を組んで僕に鋭い視線を飛ばす。
僕は精一杯の笑顔を作って頷いた。

「なんなのその顔、馬鹿にしてるの?」

アンキモがこれ以上ないというぐらい眉間にしわを寄せて僕を睨む。

「……ふざけてるの?」

アンキモの隣にいたわんたんが、怒りに震えた声で小さく呟いた。

「みんな、気持ちはわかるが、今この馬鹿を責めても仕方ない。
 残れる者は残ってなんとか完成させよう」

KIRAは僕をフォローしてくれた訳ではないが、
結果、この言葉のおかげでみんなの視線は僕から外れた。
みんな暗い表情で作業に戻る。
55まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/07(木) 00:41:08
「みんな……」
「頑張ってね……」
「ごめんね。鬱井、KIRA……頑張ってね」

saokoとねるねが手を繋いで逃げる様に教室を出て行った。
インリンと九州が無言でそれに続く。
僕とKIRAの顔を交互に見ながらニコフがランドセルを背負う。
僕が悪いとはいえ、先に帰るのに引け目を感じているのか、
シニアは肩をすくめてコソコソ教室を出て行った。

「やれやれ……誰かさんのせいですっかりツリー職人だな」

KIRAがこれでもかというぐらい嫌味ったらしく愚痴をこぼす。
ugoがそんなKIRAの嫌味を聞いて笑っていたが、目は全く笑っていなかった。
アンキモがちさこの放り投げたハサミを手にとって、じっと僕を見つめているのが
とても怖かった。

「鬱井、あんた何ぼーっとしてんの? 誰のせいかわかってるの!?」
「そうよそうよ!」
「鬱井のせいでしょ!」

女子たちがヒステリックに叫ぶ。
僕は正直この時、うるせーんだよブスと心の中で思っていた。
アルケミが「まぁまぁ、頑張ろうよ」と言って僕の肩を叩いてくれたので、
56まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/07(木) 00:42:14
「よっしゃ! いっちょやるか!」

と、僕が袖をまくりあげる仕草をしてみせると、
全員が声を揃えてふざけんな! と叫んだ。


小学校6年の時、クリスマス会の前日の事だ。
僕達ツリー製作班は天井につきそうなほどでかいツリー(ダンボール製)を作っていた。
一ヶ月ほど前から毎日少しずつ作っていたのだが、僕がふざけて
ほうきを振り回して遊んでたらぶっ壊れてしまってさぁ大変……という話だ。

事件には特に関係はない。
なぜ僕がこんな事を思い出しているかというと……
57まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/07(木) 01:08:40
81.「退屈」


イノに代わって僕が見張りに立つことになり、
ちさこを探しに行くみんなを見送ってから五分ほど経った。

途中でもう一人の見張り役はアルケミからバケ千代に代わった。
バケ千代は相当まいっているらしく、30秒おきにため息をついていた。

更に五分ほど経ったが、まだ誰も帰ってこない。
ちさこを探しに行った連中も、KIRAも、一人でどこかに行ってしまった携帯も。

僕は女子のいる校長室に行きたいなあと思いながら
ぼーっと窓の外を見ていた。退屈だ。

更に数分後、どこかから足音が響いてきた。
地面を打ちつけるような激しい音。

「誰か……来る」

誰かがこっちに向かって走ってきているに違いない。
あっという間に音が近づいてきて、もうすぐそこまで迫ってきた。
58訂正まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/07(木) 01:10:10
間違えた!81じゃない!
どうみても71の予感!!!!!!!
59まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/07(木) 01:15:32
「ま、まさか」

まさか四階で見たアイツが襲って来たのか!?
僕は慌てて銃を抜こうと懐に手を入れたが、遅かった。

廊下の先、十字路の左から人影が飛び出してきた。

「うぉ、うごっ」

動くな! と叫ぼうとしたが声にならなかった。

「ugoじゃねーよ! 俺だ!」

飛び出してきた人影はインリンだった。
インリンは息をきらして壁に手をついていた。
よほど急いで来たんだろう。

「び、びっくりさせんなよ。どうしたんだ。見つかったのか」
「あ、あぁ……」
「マジで!?」

自分で聞いておいて驚いてしまった。
60まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/07(木) 01:19:24
「そっか、よかったぁ……で、ちさこはどこにいたんだ?」
「……違う」

インリンは息を整えながら、苦しそうに言った。

「違うって?」
「……見つかったのは……ちさこじゃない」
「え? 違うって……」
「み、見つかった……のは……」

途切らせながら話すインリンの次の言葉を待った。

「犯人だよ! 鬱井、見たんだろ!? 銃を持った奴だ!」
「な、なんだって!?」

見つかったのはちさこじゃなく、さっきのあの男……?

「見つけたって……どういう事だ?」
「KIRA……KIRAが」
「KIRA!? KIRAがどうしたって言うんだ!?」
61まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/07(木) 01:24:34
まさか、KIRAが……?
僕は自然と声が大きくなっている自分に気付いた。

KIRA……そんな、まさかあいつが死ぬなんて……信じられない。
脳裏にKIRAのすました顔が浮かぶ。

KIRA……
嫌な奴だったが、心の奥底では尊敬していた。
嫌な奴だったが、あいつほど頼りになる奴はいなかった。
嫌な奴だったが、KIRAみたいになりたい、と思っていた。

あいつと行動するようになって、あいつがどんなに凄い奴だか思い知らされた。
あいつがいなきゃ、きっとこの事件は解決出来ない。僕は本気でそう思っていた。
そう思わせるほど優秀な奴だった。

僕はKIRAを一人で行かせてしまった事を激しく後悔した。

が、

「捕まえたんだよ! KIRAが、その犯人を!」
「う、うそぉ!?」

僕は心の中で後悔した自分をぶん殴った。
62まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/07(木) 01:25:21
71.「退屈」/終
63ニコフ ◆nikov2e/PM :2006/12/07(木) 17:39:05
ついに華鼬を捕らえたKIRA!暗闇の体育館で一体何があったのか!?
設定上主人公・携帯の行く先は!?
ストーリー上主人公っぽい鬱井の汚名挽回はあるのか!?
物語は最高潮へと走り始める。

はないたちの夜 第72話に乞うご期待!保守あげ
64まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/08(金) 00:32:36
72.「余裕」


「そうだ、俺だよ。ノワだよ」

ノワの口元から笑みが消えた。

「という事はやはり、十三年前の事件……か」
「……そうだ」

あっさりとそう答えたノワは、真っ直ぐ僕の目を見つめていた。
まるで何かを訴えかけている様な視線に心の、ずっと奥の、
何かが揺り動かされた気がした。

「姉さんが……泣いて……いるんだ……」

ノワはゆっくり唇を動かし、一言一言噛みしめるように話し始めた。

「毎晩……毎晩……苦しそうな顔で……
 語りかけてくるんだ……仇をとってくれと」

向けられた銃口が微かに震え始める。
65まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/08(金) 00:37:30
「仇……」
「そうだ、姉さんを殺したのはお前達の中の誰かだ」
「なるほど、つまりは復讐か」
「“なるほど”だと……? よくもそんな……!」

みるみるうちにノワの表情が歪んでいく。
引き金にかけた指に力が入る。

ノワがまばたきひとつせず、静かに息を吸い、静かに息を吐く。
僕がほんの少しだけ体を左にずらすと、僕に向けられた銃口も
僕の動きに合わせて動く。
ノワ自身も僕が動いた分だけ体を左にずらす。
僕はノワに気付かれないようにゆっくりと、少しずつ体を壁に寄せていた。
やがて左肩にひんやりと冷たい感触が伝わる。壁だ。

その時、ノワの表情がほんの一瞬歪んだ。
ノワの視線が僕から外れ、僕の頭に向けられた銃口が下がった。
66まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/08(金) 00:39:30
「ぐっ……」

銃身をノワの右手に叩きつけると、ノワは小さく声を漏らして銃を手から落とした。

『動くな』
と、言うまでもなく、ノワは落とした銃を拾おうともせず、
左手で右腕を押さえていた。

「イノに感謝するんだな」

ノワは吐き捨てるようにそう言って、唇の端をつりあげた。
観念したのか、手錠をかける時もノワは全く抵抗しなかった。

「いやに大人しく捕まってくれるじゃないか」
「どうせ逃げられないだろう」

ノワは乾いた声で小さく笑った。
どこか余裕を感じる穏やかなその表情に、Lコテの顔がダブって見えた気がした。
67まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/08(金) 00:40:21
72.「余裕」/終
68まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/09(土) 01:08:14
73.「即答」


KIRAが犯人を捕まえたと聞いた僕は、北校舎三階にある1−2の
教室の鍵を持って階段を上っていた。

三階に上がると、廊下の向こうに二人の男が立っているのが見える。
近づくにつれ、二人の顔がはっきりと確認出来た。
一人はKIRA、そしてもう一人はやはりさっき四階で見たあの男だ。

「鍵は持ってきたか?」

KIRAに言われ、手に持った鍵を見せる。
KIRAは黙って頷き、教室の鍵を開けるように促した。

僕は鍵を鍵穴に差し込みながら横目で男を見た。
男は手錠をかけられた両手をだらりと下げ、窓の外を見ていた。
その横顔を見て、僕は三階に上がってくる前に応接室の前で
インリンと話していた事を思い出していた。
69まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/09(土) 01:12:11
「KIRAが犯人捕まえたって……ほんとかよ」
「あ、あぁマジだよ。俺も見た」
「見たのか」
「俺達が校舎を出て体育館の方に向かって歩いてる途中でな。
 びっくりしたよ。KIRAが手錠をかけた奴と一緒に
 体育用具室から出てきたんだからな」
「体育用具室……なんでそんな所で」
「さぁな。それよりもっとびっくりした事がある」
「なんだ?」
「そいつ、誰だと思う? Lコテの弟のノワだったみたいだぜ」
「ノワ……!?」
「あぁ、俺はわからなかったんだが、ugoがそう言ってた」
「マジかよ……」
「そうだ、KIRAが鬱井に1−2の鍵を持って三階に来るように言ってたぞ」
「KIRAが? わかった……」

そして職員室から1−2の鍵を取り、階段を上がって今。

横にいるこの男が、あのLコテの弟……
確か、僕らより二学年下だったはずだ。
何度かねるねの駄菓子屋で出会った様な気はするがあまり記憶にない。
70まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/09(土) 01:20:23
肩ぐらいまで伸びた金色の髪が顔を隠していたせいか、
廊下が暗かったせいか、いまいち昔見た(ような気がする)Lコテの弟と
イメージが重ならなかった。

ドアを開けて中に入り、電気を点けると、小さな机と椅子がセットになって
並べられていた。教師と生徒がいれば、今すぐにでも授業を始められるだろう。

「こっちだ」

KIRAは男……ノワを窓の所まで歩かせると、窓を開け、
ノワの左手にかかった手錠を外し、校舎の外壁に設置されている鉄の棒に
外した手錠をかけたノワをその場から動けない様にした。
僕はその時、窓の外に設置されているあの鉄の棒は、いったい何の目的で
設置されているんだろう? と、どうでもいい事を考えていた。

窓際に立つ事を余儀なくされたノワは、外から流れ込んでくる風を浴びて
夜空を見上げていた。その表情からは何の感情も読み取れない。
ただじっと一点を見ていた。
71 ◆K.tai/y5Gg :2006/12/09(土) 01:24:42
金髪て
72まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/09(土) 01:25:59
KIRAの言葉はノワに向けられたものだったが、ノワは何の反応も見せず、
夜空を見上げていた。

「キラヲタを殺したのはお前か?」

というKIRAの問いかけに、ノワは、

「そうだ」

と、即答した。
あまりにもあっさりとした返事に、僕は戸惑った。
仮にも人を殺したというのに、まるで他人事の様にそっけない。

「下ネタを殺したのもお前なのか」

KIRAがそう聞くと、今度は即答しなかった。
僕はこの時、なぜすぐに答えないんだ? と思った。
僕は下ネタを殺したのも間違いなく目の前にいるこの男だと
勝手に決め付けていたからだ。
しかしノワは、

「……違う」

と、押し殺した様な声で答えた。
73まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/09(土) 01:28:57
「違う!?」

僕はつい声をあげてしまった。
するとノワは顔をこちらに向け、真っ直ぐ僕に視線を投げかけてきた。

「なんだその声は? 何をそんなに驚く事がある?
 まさか自分達の中に人殺しがいるなんて信じられないとでもいう気か?
 笑わせるなよ」

突然感情的な口調で話し出すノワに気圧され、僕は思わず後ずさりしそうになった。

「姉さんが殺されたことを知りながら十三年間見て見ぬふりをしてきたくせに。
 あれが事故? ふざけるな。姉さんは殺されたんだ。お前らの中の誰かにな」

姉さん……それはLコテの事である事に間違いはないだろう。
吐き出すように、搾り出すように、切々と話すノワの表情は、
先ほどまでとは打って変わってひどく歪んでいた。

「俺は絶対に許さない。姉さんを殺した奴も。お前達も……」

そこまで言うと、ノワは床に視線を落としてうつむいてしまった。
74CLAY:vo.:2006/12/09(土) 01:29:04
冷えた空気が・・・・・・ 全身を刺してくる・・・・
数時間前の 笑顔は・・・・すでに遠く・・・・・ 
今はここにいる仲間の瞳が・・昔の俺のように・・・

旧友との再会・・・ そして 親友(とも)との再開・・・・・
華やかな時間(とき)を過ごすはずが・・・・ 今は・・・・・・

否(いや)・・・・

悲観してばかりもいられない・・・・・
前へ・・・・ 前へ進まなければ・・・・

仲間(とも)と!!!
75まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/09(土) 01:38:20
「……とにかく、キラヲタを殺したのは認めるが、下ネタを殺したのは
 自分じゃない、と言う訳だな?」

ノワが話し終えるのを待っていたかの様にKIRAがそう言うと、
ノワは再び窓の外に視線を移し、小さな声で「そうだ」と呟いた。
KIRAは訝しげな表情でしばらくノワの横顔を見ていたが、

「……鬱井」

と、小声で言い、教室の外に出るよう僕に目配せした。
並べられた机の間を縫う様に歩き、廊下に出る。

「なぁKIRA、ほんとにノワが下ネタを殺してないと思……」
「そんな事より、ちゃんとみんなに聞いたんだろうな?」
「そんな事よりってお前……」
「どうなんだ」
「……ほらよ」

僕はメモ帳を取り出し、KIRAに手渡した。

「どうだ」
「……字が汚い」
「うるせぇ」

字の汚さをこいつに指摘されたのは二度目である。
76まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/09(土) 01:40:50
「で、どうなんだよ」
「ふむ……まぁお前ならこんなもんだろう」
「あっそ……じゃなくて」
「爆発の前に教室を出た順番と、爆発の後のみんなの行動を
 一緒に考えてないだろうな」
「ちゃんと最後まで見ろ! その次のページに書いてあるって」

KIRAは返事もせずページをめくる。

「……これは?」
「ん? ちさこがいなくなった時の……」
「……そうか」
「なんか変か?」
「この時、部屋を出たのはこの二人だけ、で間違いないな?」
「え? あぁ……」
「順番もこれで間違いないな?」

KIRAがメモ帳に書かれた二人の名前を指でなぞる。

「間違いない……はずだ」
「はず、じゃ話にならん」

KIRAが不審そうな顔で僕を睨む。
77まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/09(土) 01:46:50
「じゃあ絶対だ! 応接室、校長室にいた全員はもちろん、
 廊下で見張ってたイノとアルケミにもちゃんと聞いたよ!
 誰かが大ボケかましてるか嘘ついてるかじゃなきゃこれで間違いない!」

僕が胸を張ってそう言うと、KIRAは不審そうな顔のまま、
メモ帳を閉じて僕につき返した。

「お前の言う通りだ」
「え、誰かが記憶違いで証言してるって事か?」
「かも知れないが、そっちよりもむしろ後の方だろうな」

後の方……という事は、

「この中に嘘をついている人間がいるはずだ」
78まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/09(土) 01:49:42
73.「即答」/終
79キモハーゲニコフ ◆nikov2e/PM :2006/12/09(土) 21:15:52
「この中に嘘をついている人間がいるはずだ」
KIRAたちは犯人を追い詰めることができるのか!?
それとも犯人がそれを上回るのか。
主人公・携帯の行動は?

乞うご期待!!
80まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/10(日) 03:53:54
74.「独白」


「ノワ……Lコテの弟ねぇ……」
「お前、覚えてる? 俺は顔見ても思い出せんかったけど」
「さぁ……どうだろね」

相変わらず手錠をかけられたままのシニアは、
椅子に座って、机に直接顎を乗せて頭を右に左に動かしていた。
伸ばした足と足の間から垂らしている両手が、
床スレスレで所在なさげに揺れていた。

「そんで? 私はいつまでコレしてなきゃなんないの」

あの男の正体が誰だったかなんてどうでもいい、とでも言いたげに、
シニアは手錠をわざとらしくジャラジャラ鳴らした。

「下ネタ殺ったのがノワならそのうち外してくれんだろ」

僕がそう言うと、シニアは愛想のない声で、

「そ〜ですねぇ……」

と呟いた。
81まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/10(日) 03:58:42
「ところでお前、ほんとに殺ってないの」
「殺ってませぇーん……」

さんざん聞かれてうんざりしてるのか、
シニアは怒りもせずめんどくさそうに答えた。

「でも、お前なんか下ネタとモメてただろ? 肝試し始まる前に」
「あぁ、アレね。知ってたの」
「見てた奴他にもいるだろ。だからみんな疑ってる。なにがあったの」
「えー……」

シニアは説明したくなさそうだった。
しかし、「知られたくない」というより「説明するのがめんどくさい」と
言いたそうな声だ。

「なんかぁ〜『風俗で働いてることをみんなにバラされたくなきゃ
 自分にサービスしろよグヘヘヘ』みたいな事言われてぇ〜……」
「あー……わかった、もういいわ」

それだけ聞いて全部わかったので、僕はもうそれ以上その件について
話す気はなかったのだが、

「でもさぁ、やっぱそんなモンだよね……風俗の女なんて、さ」

と、ため息混じりに話し始めた。
82まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/10(日) 04:01:40
何やら思い詰めた様子だったが、僕はなんと返せばいいのかわからず
黙ってシニアの言葉の続きを待った。

「なにやってんだろう……」

シニアは顎を引いて、机に額をゴン、と叩きつけた。
鈍い音が部屋の中に響く。

「私、なにやってんだろう……」

消え入りそうな声だった。
シニアは普段アホ丸出しでやかましいくせに、
いきなりテンションが急降下する時がある。

「いや、辛気臭い空気出すのやめてもらえる?」

と、いつものように言ってみた。
たいがいはこれでさらっと流せるのだが──

「ねぇ……」

今日は根が深いようだ。
一段と辛気臭い空気が漂う。
83まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/10(日) 04:04:47
「なんスか……」

なんだか僕まで暗黒に引きずり込まれそうになる。危険な流れだ。

「もうすぐRUBYに会えそうな気がしない……?」
「アホか」
「RUBYに会いたくないの?」
「会いたい、会いたくないの話じゃねーだろ」
「私は会いたい……RUBYに会いたい……」

酔っ払ってんのか! なに気取りだボケ! と怒鳴りつけてやりたかったが、
それをすると不毛な罵り合いに発展してしまうので喉の奥で言葉を止める。

「そりゃ……俺も会えるもんなら会いたいけどさ、普通に無理だし」

精一杯シニアに気を使って言ったつもりだった。
しかし、どうやらシニアはお気に召さなかったらしい。
勢いよく額を机から引き剥がして、僕の方に向き直った
シニアの顔からは、ありったけの負のオーラを感じ取れた。
胸につきそうなほど顎を引き、眉間にしわを寄せて、
口を強く引き結び、上目使いで僕を睨んでいた。
84まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/10(日) 04:06:51
「こないだの話の続きだけどさ」
「なんだよ……」
「もうウチら終わりじゃん……イノ、これからどうすんの」
「どうするって……どうもしないよ」
「ほらキタ! それだ!」

シニアがリズミカルに机を二度叩く。
その仕草、音が、目障り耳障りで僕は段々イライラしてきた。

「イノはいいよね……」
「あ?」
「その気になったら何でも出来そうじゃん」
「はぁ……?」

恨めしそうな目で僕を見るシニアの顔がまた一段と気に入らない。

「私なんてさ、この先どうしていいかわかんないし。
 生きてたって意味ないんじゃないかなぁなんて」
85まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/10(日) 04:09:26
自嘲気味に話し出したシニアを見て、どんどん苛立ちが募っていく。
結局こいつは、ただ愚痴を聞いてほしかっただけなのだ。
シニアは「今まで散々好き勝手にやってきたツケが回ってきた」だの、
「所詮私の運命なんて……」だのと自虐的に語り始めた。
まるで悲劇のヒロインを気取りだ。
シニアは僕が相槌すら打たない事にも気付かず、
舞台の上で独白する役者の様に一人で喋っていた。
僕はいっその事スポットライトでも当ててやろうかと思い、
投光器の置いてありそうな部屋はなかったかな、と考えていた。
僕は今ものすごいしらけた顔をしているはずだが、シニアは
それでも(というか自分の世界に入りきって僕が見えていないのか)
ひとり芝居を続けていた。
仕舞いには老後の生活が不安で年金が貰えないかも知れないだのと
リアルな話までしだしたので、僕はとうとう我慢の限界に達した。
ちょうどその時、現実に戻ってきたシニアが僕に、

「だからさ? やり直しがきかないじゃん。ね? そう思わない?」

と、同意を求めてきた。
ここで「うん」と言っておけば話は終わるのだろうが、

「泣き言言うなハゲ! 今更グダグダ言ったってどうにもならねーんだよ!」

思わず本音が飛び出してしまった。
86まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/10(日) 04:11:08
僕は自分の声の大きさに自分でびっくりしてしまったが、
シニアは僕よりもっと驚いた様子だった。
口を半開きにして固まったまま、
まさに鳩が豆鉄砲をくらったような表情で僕を見ていた。

「……なるようにしかならないって」

僕はなんだか恥ずかしくなって、慌ててシニアに背を向けた。頬が熱い。
僕は両手で頬をさすって恥ずかしさをすり減らそうとしたが、
摩擦熱で余計に熱くなった気がした。
感情的になるのはよくない。感情に任せて行動すると
必ずつまらないミスをしてしまうからだ。
心の中でそう呟きながら、自分を戒めるために
両手を顔から少し離して、拍手を打つ様に自分の頬を叩いた。
すると後ろから押し殺したようなシニアの笑い声が聞こえてきた。

「なにやってんの」

再びシニアの方に向き直ると、シニアが口元に手をあてて、
小刻みに肩を震わしていた。

「うるせぇ、黙れ。笑うな」
「いーじゃん、たまには。もっと熱いとこ見せてよ。面白いから」
87まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/10(日) 04:13:21
シニアはニヤニヤしながら、僕の心を見透かしたようにそう言うと、
僕の顔を覗き込もうと、座ったまま椅子を引きずって近づいてきた。

「うっせぇ、くんなハゲ。てかもう行くわ」

僕は必死で顔を隠しながら応接室に繋がるドアの方へと逃げた。

「イノ」

ドアノブに手をかけた時、背後から声がかかった。

「ありがとね」

振り返ると、シニアが真っ直ぐ僕の目をみながらそう言った。

「あ? 別にお前のしょーもない愚痴とかいつもの事だし」
「そうじゃなくて」
「なに?」
「色々と」
「はぁ……?」

僕がシニアが何を言いたいのかわからず、困惑していると、
88まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/10(日) 04:18:00
「もし私死んだらどうする?」

と、小さく言ってシニアはうつむいてしまった。
僕は「またか」と思ったが、素直に答えることにした。

「そん時は、俺一人で“朝組”」

僕がそう言うと、シニアは顔をあげて、

「よし!」

と、僕に向かってピースサインを作った両手をつきだした。

僕はなんだかよくわからなかったが、おう、と親指を立ててシニアに返した。
ドアを開けて応接室側に身を入れ替える。
ドアを閉める途中、ドアの隙間から見たシニアは、
満面の笑みで僕に手を振っていた。


これが僕にとって、シニアとの最後の思い出となった。
89まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/10(日) 04:18:45
74.「独白」/終
90まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/11(月) 01:30:24
75.「林檎」


少しお腹空いたね。林檎でも食べようか。僕、林檎が好きで
いっぱい持ってきちゃったんだ。給食室にあるから僕が切ってくるよ。
あ、いいよいいよ、一人で大丈夫。みんなちょっと待っててね。


と、いう訳で給食室に来ていた。
別に今日の計画に必要だから持ってきた訳ではなく、
単純に林檎が好きだから持ってきていただけだ。しかも10個。
しかし、このチャンスをみすみす見逃す訳にもはいかない。

誰かが持ってきた皿を二枚並べ、その上に切り終えた林檎を並べながら考える。
あまり時間がない。
ポケットから小瓶とハンカチを取り出して、息を止めながら瓶の蓋を開ける。
ハンカチに瓶の中の液体を数滴垂らして、瓶を閉める。

「……少し、量が足りないかな」

思ったより臭いがしない。
これではもしかすると効果がないかもしれない……と思って、
ハンカチを鼻に近づける。
91まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/11(月) 01:35:55
「……っぐ!」

強烈な臭いが鼻腔をついた。
慌ててハンカチを持っている手を伸ばして顔から遠ざけた。
危なかった。あと2、3滴垂らしていたら卒倒したかもしれない。
これなら大丈夫だろう。

液体が染み込んだ部分が内側にくるようにハンカチを折りたたんでポケットにつっこむ。
両手に林檎を乗せた皿を持って給食室を出る。
階段の前を通った時、一瞬だけ足を止めて耳を澄ました。
誰かが降りてくる気配はない。

事務室の前で立ち止まり、左手の皿を右手の皿の上に重ねる。
空いた左手でドアノブを回すと、鍵はかかっていなかった。
ノックぐらいはした方がよかっただろうか、と思いながら
ドアを開ける。

「なに?」

シニアが退屈そうに椅子に座って窓の外を見ていた。
92まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/11(月) 01:39:39
「林檎食べるかなって思って」
「あー、ありがと。ちょっとおなか減ってた」

シニアに微笑みかけながら、皿を机の上に置く。
シニアが皿の上の林檎に手を伸ばした瞬間、素早くポケットから
ハンカチを取り出してシニアの口元に叩きつけるように押し当てる。

「ちょっ! なにす……ん……」

シニアは上体をのけ反らして手錠で繋がれた両手を振り上げたが、
その両手はすぐに降ろされ、シニアの視線が右に左に泳ぎだす。
しかし、やはり量が足りなかったのか、
シニアはかろうじて意識を保っていられた様で、
椅子の上で上体を揺らしながら、口をパクパクさせていた。

意識を奪うことは出来なかったが、
声も出せなければ満足に動く事も出来ない様にさえ出来れば問題ない。
どうせこの場で殺してしまうのだから。

「君とはゆっくり話したかったが、あまり時間がないから
 さっさと済まさせてもらうよ」
93まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/11(月) 01:42:37
シニアに向かって手を差し出し、

「さぁ……」

意識が朦朧とし始めているシニアにも聞き取れるように、

「ノートを……」

一語一語ゆっくり、

「出すんだ……」

幼い子供に言い聞かせるように、ゆっくりそう告げると、
シニアは全身をぶるぶる震わせながら膝の上に両腕を置き、上体を折り曲げた。

「そんな事したって無駄だよ……」

シニアの髪を掴んで引っ張り上げる。

「……ノ……け」

うわ言の様にシニアが何か呟いたが、聞き取れなかった。
94まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/11(月) 01:49:54
「ふぅん、まだ喋れるのか」

シニアの上体を無理やり引き起こして、椅子の背もたれに姿勢良く座らせる。
段々薬品が効いてきたのか、シニアはもう抵抗する力もないらしく、
虚ろな目でこちらを見ているだけだった。

「素直に渡した方がいいよ……」

腰に差していたナイフの柄を、
指紋がつかない様にハンカチで挟んで抜き取り、ナイフの切っ先を
シニアの腹のあたりに向かって向けた。

するとシニアは観念したのか、腹を押さえていた両腕を
引きずる様に動かし、服の下からノートを取り出して、

「……ノ……殺……いで」

と、かすれた声で何か呟いた。

「……なに?」
「イ……イノ……は……」

なるほど、「イノは殺さないで」と言いたいらしい。
思わず笑いそうになった。気持ち悪い。なんだこの女。
95まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/11(月) 01:53:58
「お願……い」

あまりにもくさすぎるシニアの行動に、吐き気がしたので、
少し意地悪してやりたくなった。
極上の笑顔を作って頷くと、シニアはほっとした表情でノートを差し出す。

笑顔を保ったまま受け取り、

「だが断る」

と、言ってやると、シニアの表情は見事に崩れていった。
その表情に名前をつけてあげたいほどの変化っぷりだった。

「最後に挨拶ぐらいしておこうか。一応“元上司”だしね」
96まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/11(月) 01:57:23
込み上げてくる笑いを堪えながらそう言うと、
シニアは必死で立ち上がろうとしたが、
力が入らないらしく、両足は床の上を滑るばかりだった。

「ある意味はじめまして、だね。僕が“華鼬”だ」


シニアの脇腹にナイフを突き刺し、物音を立てないように椅子を
動かして、シニアの体を窓の外に向け、電気を消して、
林檎の乗った皿を持って部屋を出る。
ナイフはシニアの腹に突き刺したまま残してきた。
この状況だと凶器を持ち歩くのは危険だ。

「あれ? なにやってんの」

廊下に出た瞬間、肝が冷えた。鬱井だ。
97まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/11(月) 02:11:37
75.「林檎」/終
98名無し戦隊ナノレンジャー!:2006/12/11(月) 09:35:00
なんかキテタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
99まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/12(火) 00:42:09
爆発前
教室出た順番

(前のドアから出た者)
saoko ねるね バケ千代 携帯 シニア 九州 ニコフ
おっかけ ちさこ ミサキヲタ シーウーマン 本家 参号丸 ヲタヲタ

(後のドアから出た者)
バジル インリン ugo アルケミ クロス 蟹玉 ラチメチ ゲロッパー ショボーン
アンキモ  わんたん 下ネタ        KIRA 鬱井(給食室から帰ってきて)

※イノセンスは教室に入っていない
100まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/12(火) 00:43:58
爆発時

(南校舎一階東側階段付近〜玄関)
携帯 シニア バケ千代 
(南校舎一階東側階段付近〜二階)
saoko ねるね おっかけ ミサキヲタ 九州 ちさこ 
(南校舎東側二階階段〜三階)
本家 シーウーマン 参号丸 ヲタヲタ ニコフ 

(体育館)
バジル インリン ugo アルケミ クロス 蟹玉 
ゲロッパー ショボーン アンキモ わんたん 
(中庭)
ラチメチ
(北校舎一階階段付近)
鬱井 KIRA

(南校舎四階)
イノセンス

(確認出来ず)
下ネタ 後にトイレで倒れてたのを発見
101まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/12(火) 00:45:45
爆発後

携帯───玄関を出て橋を見に行った
シニア──玄関を出てグラウンドからまわって南校舎一階のトイレへ
     下ネタが死んでいたのを発見
ラチメチ──中庭でしばらく様子を見ていた
イノセンス───南校舎四階トイレでバトル(?)
下ネタ──確認出来ず

バケ千代 saoko ねるね おっかけ ちさこ 
ミサキヲタ 九州 本家 シーウーマン 参号丸 ヲタヲタ ニコフ
の12人は南校舎一階〜玄関でしばらく様子を見ていた

バジル インリン ugo アルケミ クロス 蟹玉 
ゲロッパー ショボーン アンキモ わんたん 
の10人は体育館の中でしばらく様子を見ていた

鬱井 KIRA
玄関を目指して
北校舎一階→階段上がって二階→渡り廊下を通って南校舎へ
102まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/12(火) 00:47:33
爆発の前と後で、前のドアから出た人間の順番が変わっているのは
単純に足の速さの違いだ。ほとんど差はない。
saokoとねるねはあんな時でも手を繋いでいたらしい。
そりゃ後から出たバケ千代にも抜かれるだろうな、と思った。
おっかけは巨体の割りに足が速いんだなぁというのが印象的だった。
ミサキヲタもバレーで鍛えてるせいか、長身で足が長いからなのか中々のものである。

後のドアから出た者は、前のドアから者達と違って、
教室を出てすぐが階段だ。そのおかげか
ほとんどの人間が体育館まで避難出来ている。
体調が悪そうだったラチメチだけが一人遅れたようだ。

僕とKIRAは爆発の後、二階へあがってしまったが、
あの時中庭に行けばラチメチがいたという事になる。
103まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/12(火) 00:51:54
76.「暗号」


「しかし本当に汚い字だな」
「うるせぇ、何回も言うな」
「ツ=マ? 暗号か?」

KIRAが言っているのはメモ帳に書かれたシニアの名前の事だ。

「ツーウーマン? 女が二人いたのか?」
「シーウーマンだよ、黙れ」
「がロッパー……」
「“ゲ”だ! 先生の事だよ! お前わかってて言ってるだろう」
「ワロス」
「クロスだよ!」

わざとらしく間違えるKIRAに腹が立ったが、自分の字の汚さにも嫌気がさした。
104まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/12(火) 00:53:21
わざとらしく間違えるKIRAに腹が立ったが、自分の字の汚さにも嫌気がさした。

「“ちからに玉”……」
「“カニ”だ! 漢字が出てこなかったんだ、ほっとけ」
「“きゅうリリリ”……いや、“かノリリ”か」
「九州だ……お前、いい加減にしろよ」
「zaoko」
「……それは」

本気でスペルを間違えただけである。

「も、もういいだろ俺の字の事なんて! 
 それより嘘をついてるって、誰がだよ」

話を戻そうとしてそう聞いたが、

「お前はどう思う?」

と、逆に聞かれてしまった。

「え……うーん……」

正直、シニアだと思った。
疑いたくはないのだが……これは偏見だ。
105まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/12(火) 00:55:53
「……単独で行動してる奴は、実際にはわからないよな」

誰とは言わずに口ごもりながらそう言うと、KIRAは黙って頷いた。

「お前の事だから『シニア』と名指しすると思ったが」
「ば、馬鹿な。こういうのは主観だけで判断しちゃダメなんだよ」
「ほう……誰の受け売りだ」
「黙れ。俺の刑事としての経験から得た教訓だ」

胸を張ってそう言ったが、KIRAは既に僕の話を聞いていなかった。
メモ帳に視線を落としたまま顎に手を当てて何か考えている様子だった。

「……よし、鬱井。お前は一度みんなの所に戻れ」

KIRAがメモ帳を閉じて、僕に返しながらそう言った。
106まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/12(火) 00:57:10
「え? あぁ、うん」

脈絡なくKIRAに命令されるのにもすっかり慣れてしまった。
まぁみんなもどうなってるのか知りたいだろうし、別に逆らう理由もない。

「また戻って来いよ」

そう言ってKIRAは教室の中に入っていった。

階段を下りた僕は、一直線に校長室に向かった。
応接室より先に向かったのは別に何か理由がある訳ではなく、
ニコフがそこにいるからだ。
107まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/12(火) 00:58:30
76.「暗号」/終
108キモハーゲニコフ ◆nikov2e/PM :2006/12/12(火) 01:59:43
>体調が悪そうだったラチメチ


やはり下ネタをぶっ殺したのはラチメチか・・・
109まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/13(水) 00:17:35
77.「布団」


「ラチメチ、ほんとに大丈夫なの?」

ずっと顔を伏せたまま座っているラチメチに声をかけると、
ラチメチは少しだけ顔を上げて首を縦に振った。

「横になった方がいいんじゃない? ちょっと、ソファー空けてあげたら?」

アンキモがそう言うと、ソファーに座っていた参号丸とシーウーマンが
慌てて立ち上がろうとしたが、ラチメチが今度は首を横に振った。

「ううん、大丈夫だから……ごめんね」

力ない声だったが、ラチメチ自身がそう言うので
私達はそれ以上どうする事も出来なかった。
それでも心配だったので、気休めにもならないとわかっていても
私はラチメチの隣に座っていた。

壁際に座っていたsaokoとねるねが心配そうにラチメチを見つめている。

その時、誰かがドアをノックした。
110まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/13(水) 00:22:04
「はい?」

ミサキヲタが返事をすると、ドアが開き、鬱井が入ってきた。

「ちょっとお邪魔しますよ……って、ん?」

校長室に入ってきた瞬間、鬱井は怪訝そうな顔をしていた。

「うん、ラチメチまだ調子悪いみたいなの……」

私がそう言うと、鬱井は私を一瞥してからすぐにラチメチに視線を移した。

「……そうか。横になった方がいいんじゃないか?」
「って言ってるんだけどね」
「うーん……」

鬱井が腕を組んで小さく唸ると、

「ごめん、みんな……ほんとに大丈夫だから」

と、ラチメチが顔を伏せたまま謝った。
111まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/13(水) 00:27:51
「まぁ、この状況じゃどうにも出来ないしなぁ……」
「どっかにお布団ないでつかね?」
「布団? ここに敷く気か?」
「だってソファーじゃ寝にくいし……」
「いや、そういう問題じゃ……」
「なんでつか?」
「いや……」

ショボーンと鬱井がそんなやりとりをしていると、

「それで鬱井、何かあったの? 何かわかったの?」

ドアの横に立っていたわんたんが鬱井にそう聞いた。

「あ、そうだ。それを話しに来たんだよ」

思い出した様に鬱井は話し始めた。
KIRAが捕まえた男がノワだった事、そのノワがキラヲタを殺したのを認めた事、そして、

「下ネタは殺していない、と言ってる」

鬱井がそこで言葉を切ると、

「キラヲタを殺した事は認めたんでしょ? 人殺しの言う事を信じるの?」

と、わんたんが眉をひそめた。
112まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/13(水) 00:32:15
鬱井は「そういう訳じゃないけど……」と言葉を詰まらせていたが、
私もわんたんに同感だった。

「そうよ鬱井、普通に考えるなら犯人はノワと考えるのが自然じゃない?」
「私もそう思う」
「ほんとにちゃんと取り調べたの?」
「じゃあシニアはどうなるの?」

みんな同じ事を考えていたのか、
わんたんに続けとばかりに皆して一斉に鬱井を責め立てた。

「いぁ、いや……ちょ、ちょっと待ってよみんな。
 まだそうと決まった訳じゃなくて……とりあえず現時点での……」
「決まってないならなんで今言うのよ」
「そうよ」
「ちゃんと調べてから言ってよ」

わんたん、ミサキヲタ、シーウーマンが鬱井に詰め寄る。

「と、とにかく! そういう事だからみんな一人で出歩かないでね!」

そう言い残して、鬱井は逃げるように応接室に行ってしまった。
113まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/13(水) 00:33:05
77.「布団」/終
114まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/13(水) 00:38:22
78.「胃痛」


ちょっと鬱井、待ちなさいよ! という声が背中に突き刺さったが、
僕は聞こえないフリをしてドアを閉めた。
応接室に入ると、部屋の中にいたみんなが無言で僕に視線を向けた。

「……こっちもか」

みんなのさっと顔を見渡すと、こちらも校長室と同じ様な状況に
なっている事に気付いた。

「おう、鬱井。なんでお前がそっちの部屋から入ってくるんだよ」

ソファーにゆったりと体をうずめていた本家が、体を起こして僕を睨んだ。

「なんで睨むんだよ……それより大丈夫かクロス。どうした」

いちいち喧嘩腰で絡んでくる本家を相手にせず、
僕は床にうずくまっているクロスに声をかけた。
115まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/13(水) 00:41:50
「胃が痛いんだ……鬱井、胃薬持ってないかい?」

クロスは腹に手を当てて苦しそうにしていた。
そのクロスの言葉で、僕は物凄い事を閃いて、こう返した。

「“内科医”に聞けばいいんじゃ“ないかい”?」

僕は自信たっぷりにそう言い放ったが、

「内科医? この中に医者いたっけ」
「いや、いないだろ」

インリンとおっかけが、僕の会心のギャグをあっさり殺してしまった。
少しレベルが高すぎたか。

「あの牛乳腐ってたんじゃないか」

アルケミがそう言うと、ugoがすぐにそれを否定した。

「いや、そんなはずないよ。僕が持って来たんだけど、
 買ったのは昨日、学校に来る前だ」

ugoは『自分のせいにされたらたまらない』、という顔だった。
116まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/13(水) 00:44:34
「あの牛乳瓶はちゃんと洗ってたのか?
 あれ学校に置きっぱなしになってたヤツじゃないのか」

本家の隣に座っていたヲタヲタが身を乗り出してそう言うと、
これにもugoが答えた。

「あの牛乳瓶は村で買ったヤツだよ。元々入ってた中身は実行委員のみんなで
 飲んだけど、その後saokoとねるねがちゃんと洗ってたよ」
「ふーん」
「何でわざわざ中身を飲むんだよ」
「給食室がチェックポイントになってるからだろ」
「おいバジルまだ帰ってこないのか」
「クロス、右向いて寝ると胃にいいらしいぞ」
「それ消化が良くなるだけじゃないのか」
「そういえば腹減ったな」
「え、バケ千代彼女いるのか」
「いるよ。悪いか」

僕が入って来た時はみんな無言だったのに、
一人、二人が口を開くと、それに釣られたのかみんな喋り出した。
いつの間にかクロスの胃痛は忘れ去られ、実にどうでもいい話題が室内を飛び交った。
117まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/13(水) 00:48:00
「で、鬱井……彼は本当にノワだったのかい……?」

みんなが雑談に夢中になっている中、一人窓の外を見ていた蟹玉が
顔だけをこちらに向けてそう聞いてきた。

「あぁ」

俺は顔見ても思い出せなかったけど、KIRAがノワだと言うなら
間違いないだろう、とは言わなかった。

「……で、キラヲタと下ネタ殺したのはやっぱノワなのか?」

蟹玉の足元であぐらをかいていたイノが、眠たそうな目で僕を見上げる。
壁にかかった時計を見ると、いつの間にか二時をまわっていた。
僕は雑談していたみんなにも声をかけてから、さっき校長室で
話した事と同じ事をみんなに伝えた。
すると、こっちでもまた校長室と同じ雰囲気が漂い始める。

「ほんとに下ネ──」
「と、言う訳だからみんな一人で出歩かないでね!」
「おい鬱井、待てよ」
「もう戻らなきゃKIRAに怒られちゃうから……じゃあまた後で!」

危険を察知した僕は急いで部屋を出た
118まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/13(水) 00:50:01
「あれ?」

応接室を出ると、バジルがハンカチで手を拭きながら
こっちに向かって歩いて来ていた。
バジルは僕に気付くと、驚いた様子で足を止め、
慌ててハンカチをポケットにつっこんだ。
その際、ほんの一瞬だったが、僕の目にはハンカチが濡れていた様に見えた。
なぜ濡れたハンカチをポケットにつっこむのだろう。

僕がバジルに対して初めて疑問を感じたのはこの瞬間だった。
そして僕は、ハンカチの事を聞かなかった事を後悔する事になる。

この時に僕が気付いていれば、
あれだけの犠牲者を出さずに済んだのかもしれない。
119まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/13(水) 00:50:55
78.「胃痛」/終
120ニコフ ◆nikov2e/PM :2006/12/13(水) 17:21:23
  ,j;;;;;j,. ---一、 `  ―--‐、_ l;;;;;;
 {;;;;;;ゝ T辷iフ i    f'辷jァ  !i;;;;;  あれだけの犠牲者を出さずに済んだのかもしれない……
  ヾ;;;ハ    ノ       .::!lリ;;r゙  そんなふうに考えていた時期が
   `Z;i   〈.,_..,.      ノ;;;;;;;;>  俺にもありました
   ,;ぇハ、 、_,.ー-、_',.    ,f゙: Y;;f   はないたちの夜79話乞うご期待
   ~''戈ヽ   `二´    r'´:::. `!
121まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/14(木) 01:21:20
79.「換気」


バジルは鬱井が出て行ってすぐに部屋に戻って来た。
すると今度はそれを待っていたかの様にインリンが
「トイレ」と言って部屋を出て行ってしまった。

「お前、なんでそんなとこに突っ立ってんの?」

バジルは何故か、ドアを閉めた後もドアの傍から離れようとしなかった。
というよりまるでみんなと距離を置いている様に見える。

「ねぇ、なんだか空気悪くない? 窓開けて換気しようよ」

バジルが窓を指差す。
確かにずっとエアコンをつけっぱなしにしているし、
部屋の中には野郎が11人もひしめき合っているので
室内は明らかに定員オーバーだ。

「確かにな、くせぇよこの部屋」

本家がわざとらしく鼻をつまむ。

その時、バジルがズボンのポケットを押さえたのを僕は見た。
何かを隠しているのか? それとも……
122まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/14(木) 01:24:41
「おい、バジ──!」

バジルに声をかけようとしたその時、

「なんだ!? 今の音は」
「隣……事務室じゃね?」

ガシャン、と何かが倒れた音がした。
しかも、隣の事務室──シニアが一人でいる部屋だ。
嫌な予感がした。

「どけ!」

気付くと僕は、事務室に通じるドアの前に立っていた
クロスを押しのけて、ドアを開けていた。

「……シニア?」

ドアを開けた僕の目に飛び込んできたのは、
暗闇の中で、体をくの字に曲げて床に倒れていたシニアだった。
背後から誰かが声をあげたのが聞こえた気がしたが、
僕の耳にはほとんど届いていなかった。
123まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/14(木) 01:26:40
「マジかよ……」

誰かが電気を付けると、部屋の中が明るく映し出された。

「おい……」

シニアは目を閉じていた。
唇の端から、口紅の色とは違う一筋の赤い線が頬を横切っている。
その線と同じ色のものが、シニアの腹部と、シニアの周りの床を赤く染めていた。

「聞こえてねーのか」

僕はシニアによく聞こえるように、シニアのすぐ傍に膝をついて声をかけた。
膝のあたりに冷たい感触が広がる。

「なんか言えよ……」

シニアは返事をしなかった。
124まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/14(木) 01:28:23
79.「換気」/終
125まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/14(木) 02:02:49
80.「疑惑」


「お前が“華鼬”なのか?」
「そうだ」

不適な笑みを浮かべながら、ノワはあっさりと答えた。

「本当に?」
「おいおい……そう思って聞いたんじゃないのか」

ノワこそが僕の追っていた“華鼬”……無くはない、か?

「あの時、吊を殺したのも、ラチメチを拉致したのもお前か?」
「その通りだ」

またもあっさり答える。
何故だ? もう逃げられないと思っているから……?

「下ネタを殺した人間は誰だ」
「……さぁな」

下ネタを殺した事については否定し、誰がやったかも知らないと言う。
126まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/14(木) 02:09:20
「……ちさこはどうした?」
「ちさこ?」

ノワが大袈裟に首をかしげる。

「……お前か?」

ちさこは行方不明のままだ。
生きているのか死んでいるのかもわからない。

「言ってる意味がわからないな」

ノワを捕まえたのはちさこがいなくなってからだ。
あの時、バジルが話していた相手がちさこなはず。
ちさこ失踪にノワが関わっているならばあの後に……という事になる。

「ちさこが死体で見つかっている。あれはお前じゃないのか」
「……見つけた?」

もちろん見つけてはいない。
が、明らかにノワの顔色が変わった。
127まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/14(木) 02:12:56
「どうなんだ」

ノワは答えなかった。
キラヲタはともかく、吊を殺した事まであっさり認めたノワが
何故ちさこの事には答えないのか。
いや、そもそもちさこが殺されたという事を何故ノワは否定しない?
ノワが関係ないなら、自分が殺人を犯した同じ日、同じ場所で、
全く別の殺人事件が起きたなどという事を信じられるだろうか……?
下ネタの事もそうだ。
下ネタが殺されていた事に関してはまるで最初からその事を
知っていたかのような対応だった。予め予行練習をしていたかのように。
僕の言葉だけでちさこが殺されていた事を信じ、
自分が関係ないというなら下ネタを殺した人間のせいにすればいいはずだ。

何故そうしないのか……

決まっている。
もちろん“華鼬”の目的の為だ。

そこに考えが行き着いた時、僕の中で、ある人物への疑惑が強まっていった。
128まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/14(木) 02:18:27
「どうなんだ」

ノワは答えなかった。
キラヲタはともかく、吊を殺した事まであっさり認めたノワが
何故ちさこの事には答えないのか。
いや、そもそもちさこが殺されたという事を何故ノワは否定しない?
ノワが関係ないなら、自分が殺人を犯した同じ日、同じ場所で、
全く別の殺人事件が起きたなどという事を信じられるだろうか……?
下ネタの事もそうだ。
下ネタが殺されていた事に関してはまるで最初からその事を
知っていたかのような対応だった。予め予行練習をしていたかのように。
僕の言葉だけでちさこが殺されていた事を信じ、
自分が関係ないというなら下ネタを殺した人間のせいにすればいいはずだ。

何故そうしないのか……

決まっている。
もちろん“華鼬”の目的の為だ。

そこに考えが行き着いた時、僕の中で、ある人物への疑惑が強まっていった。
129まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/14(木) 02:21:00
「教えてやろうか?」

黙ったまま、真っ直ぐ僕の目を見ていたノワが突然口を開いた。

「……なんだ」
「ちさこの……事だが……いいものを見せてやろう」

ノワは話しながら、空いた左手をポケットにつっこんだ。

「待て」

僕がそう制すると、ノワは動きを止めた。

「ゆっくり左手をポケットから出すんだ……」

何か隠し持っているのか。
ポケットに入るようなサイズなら銃ではないはずだが……

「おいおい、そんなに怖い顔をするなよ……」
「いいからゆっくり手を出すんだ」

ポケットにつっこまれたノワの手を押さえようとしたその時、
130まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/14(木) 02:35:30
「これだよ、受け取ってくれ」

ノワの手に何か金属製の物が握られているのが見えたが、
手の甲をこちらに向けていたので何を取り出したのかはわからなかった。

手に収まるサイズなら問題はないだろう、と思ったのが不覚だった。
ノワが手首を返しながら、僕の顔にそれを向けた時にはもう遅かった。

ノワの手に握られた、円筒状の小さな物が目に入ってきたかと思うと、
強烈な臭いと共に、一瞬で視界が歪んだ。

スプレー……?
顔に何かを噴きつけられた事を悟った時には、
既に意識が遠のいていた。

「身体検査ぐらいはした方がいいぞ」

ノワの乾いた笑い声が頭の中に響く。

「こん……な事をしても……逃げら……れ……」

声が声にならない。
吐き出すようにそう言うのが精一杯だった。

「逃げる為じゃないさ」

逃げる為じゃない……? じゃあ一体なんの為に……

その後ノワが何かを言っていた気がするが、僕の記憶はここで途切れていた。
131まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/14(木) 02:36:42
80.「疑惑」」/終


第九夜に続く
132名無し戦隊ナノレンジャー!:2006/12/14(木) 16:36:05
いつも楽しく拝見しています
133名無し戦隊ナノレンジャー!:2006/12/16(土) 20:01:07
落ちるでしかし
134アルケミ ◆go1scGQcTU :2006/12/17(日) 00:41:30
保守ピタル
135まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/17(日) 02:26:19
【第九夜】


【男子】          【女子】
@アルケミ          @アンキモ
Aイノセンス        ALコテ
Bインリン          B九州
Cugo          Cキラヲタ
D鬱井          Dsaoko
Eおっかけ       E参号丸
F蟹玉          Fシーウーマン
GKIRA          Gシニア
Hクロス         Hショボーン
I携帯          Iちさこ
J下ネタ         Jニコフ
Kバケ千代       Kねるね
Lバジル         Lミサキヲタ
M本家          Mラチルメチル
Nヲタヲタ          Nわんたん

一学期の時の出席簿(五十音順)だ。
しかし夏休みの間に男子・女子、共に一人ずつ減ったので、
二学期からは、男子は携帯より後ろの人間、
女子はLコテより後ろの人間の出席番号が繰り下げになった。

当然、背の順も変わる事になった。
一学期の時は15人中9番目だったが、
二学期からは14人中8番目になった。
別になんて事はないのだが、9番目のままの方が良かった。
出席番号が変わった事はどうでもよかったのだが。
136ニコフ ◆nikov2e/PM :2006/12/17(日) 15:18:33
華鼬・バジルの魔の手がイノたちに迫る!
主人公・携帯の活躍が見れるのはアリ板だけ!

はないたちの夜  第9夜乞うご期待!
137まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/18(月) 03:28:37
81.「決意」


1−2に戻ってきた僕は思わず目を疑った。
手錠をかけられたままのノワの足元にKIRAが倒れていたからだ。

「KIRA!?」

僕はドアを閉めるのも忘れ、KIRAに駆け寄った。

「おい、KIRA? しっかりしろ」

KIRAは目を閉じ、苦しそうに呼吸をしていたが、
見た限りではどこかから出血をしている訳でもなかったので、
僕はひとまず安心した。

「心配するな。しばらくすれば目覚めるさ」

ノワが笑いながら言う。

「お前の仕業か! KIRAに何をしたんだ」
「これだよ」

ノワが左手に握っていた何かを僕の足元に投げ捨てる。
138まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/18(月) 03:30:36
「な、なんだ?」

反射的に避けようとしたが、
乾いた音を響かせて床を跳ね上がった銀色の筒状の物は、
僕の足に当たるとすぐに勢いをなくして床を転がった。

爆弾か!? とも思ったが、床に投げ捨てるぐらいだから
そんなはずはないだろう。第一この距離だとノワ自身も危ない。

「スプレー……?」

おそるおそる拾い上げるとすぐに何だかわかった。
長さ約10cmほどの小さなスプレー缶だ。
女性がチカン撃退の為に、バッグに入れて持ち歩いていそうな
コンパクトなサイズだった。

「これをKIRAに噴きつけたのか。中身は何だ?」
「気になるなら自分に噴きつけてみろよ」

ノワは左手を自分の顔の前に持ってきて、人差し指を動かして
スプレーを噴きつける仕草をして見せた。
139まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/18(月) 03:33:11
「しばらくすれば目覚めるって言ったな。
 本当に死んだりしないんだろうな」
「信じる信じないはお前の勝手だ。KIRAにも言ったが死ぬことはない」
「なんだと……」

ノワの言う事が本当なら、KIRAを殺す気もないのに何故こんな事をするんだ?

「何の為に?」

僕がそう聞くと、

「念の為に」

と、ノワは口元に笑みを浮かべてそう答えた。
一体どういう意味なのかはわからなかったが、
まるでこの先起きる事を全て見越した上での行動だと言わんばかりに
自信たっぷりの笑みを浮かべるノワを見て、僕はなんとも言えない不安に襲われた。

「う……ぐ……」
「KIRA? 大丈夫か」

床に倒れていたKIRAが苦しそうに呻き声を漏らした。
呼吸は荒く、目を閉じたまま眉間にしわを寄せている。
140まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/18(月) 03:35:05
「保健室に連れて行ってやった方がいいんじゃないか?」
「黙れ」

ノワが茶化すように言ったが、確かにKIRAをこのまま
硬い床の上に寝そべらしたままにしておく訳にもいかない。
いつ意識を取り戻すかはわからないが、
一度みんなの所まで運んで行ってやらないと──

「鬱井」

不意に背後から声がかかる。
驚いて振り向くと、イノセンスが教室の入り口に立っていた。

「イノ……」
「KIRAは? 生きてるのか?」
「あぁ、生きてる」
「……そうか」
「ちょうどよかった、KIRAをみんなの所に……イノ?」

イノの様子がおかしい事に気付いた。
イノは僕やKIRAには目もくれず、真っ直ぐノワに向かって鋭い視線を飛ばしていた。

「イノ、どうしたんだ……?」
「シニアが死んだ」
141まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/18(月) 03:36:42
「な……! シニアが!?」
「あぁ……誰かに刺し殺されたみたいだ」

シニアが死んだ……?
一体いつの間に、誰が?

「くそっ……なんて事だ。イノ、悪いけどKIRAを──」
「……どいつが殺ったんだ?」
「え?」

思わず聞き返してしまったが、イノは僕に言っているのではなかった。

「言えよ。お前の仲間がやったんだろ?」
「……そうか、死んだか」
「何がおかしい」

イノに見据えられたノワは、相変わらず口元に笑みを湛えていた。

「そうか、シニアが……」

ノワは嬉しそうに何度も頷き、吊り上った口の端から乾いた笑い声を漏らしていた。

「……笑ってんじゃねぇ。聞かれた事に答えろ」

イノが苛立たしげにそう言ったが、ノワはそれでも肩を小刻みに震わせて笑っていた。
142まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/18(月) 03:40:02
「てめー……」
「ちょ、イノ!」

僕が止める間もなく、イノは思いっきりノワの顔面を殴りつけた。
ノワは避けようともせず、まともにイノの拳を喰らったが、
それでも表情を崩さず笑みを浮かべ続けていた。

「笑うんじゃねぇっつってんだろうが」

イノがもう一度拳を振り上げようとした時、

「……どんな気分だ?」

ノワが口元に滲んだ血を手で拭いながらそう言うと、
ノワを睨みつけつつもイノは手を止めた。

「家族……仲間……大切な人間を奪われるというのはどんな気分だ?」
「なんだと……」
「俺にはお前の気持ちがよくわかる……直接殺したのは俺じゃないが、
 それでも殺したいほど俺が憎いだろう?」

手についた血を嘗めながらノワが続ける。

「俺も同じだ……お前達が憎くて仕方ない」

そう言ってノワは再び笑みを浮かべた。
イノはいつのまにか拳を解いて腕を下ろしていたが、
その目はいまだ鋭くノワを捉えていた。
143まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/18(月) 03:44:34
「……イノ、とにかく一度KIRAを連れて戻ろう」
「……わかった」

イノと二人でKIRAを担ぎ上げ、教室を出ようとした時、
ノワが僕達の背中に向かってこう言った。

「もうそのまま起きて来ないかもしれんが、せいぜい看病してやれ」

その言葉でイノが一瞬足を止めようとしたが、
僕はイノがノワに何か言い返す前に教室のドアを閉めた。

しかしどういう意味だろう。
さっきは『しばらくすれば目覚める』と言っていたのに
今度は『もうそのまま起きて来ない』なんて……一体なんのつもりだ?
144まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/18(月) 03:46:01


南校舎二階に戻ると、ほとんどの者が廊下に出ていた。

「KIRA!? どうしたの!?」

KIRAを担いだ僕達を見てニコフが駆け寄ってきた。

「あぁ、実は上で……いや、先に部屋の中に入ろう」

ひとまず応接室に入り、KIRAをソファーに寝かせる。
ニコフに事情を話してKIRAを見ていてくれるように頼んだ。

「KIRAを頼む。俺は隣を調べるから……蟹玉」
「なんだい?」

僕は蟹玉に、イノを見張っていてくれ、と耳打ちした。
もちろんイノを疑っているからではない。
目を離すと一人でノワの所に行きかねないからだ。

事務室に入ると、シニアが倒れていた。
腹部から流れた血が染み込んで、床が赤黒くなっている。
145まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/18(月) 03:48:04
「シニア……」

ついさっきここで話していた時は元気だったのに……
シニアは腹部以外には目立った外傷はなく、まるで眠っている様に見えた。
今にも「はい、ドッキリでしたー!」と起き出してきそうなほどだ。
そして驚いた僕の顔を指差して馬鹿笑いするんだろう。

しかし、シニアは動かない。これが現実だ。
もう笑いもしないし、泣きもしない。
何かを伝えることも出来ない。

イノは一体どんな気持ちなんだろう。
イノは僕達の中で一番シニアをよく知っていたはずだ。
その分僕達の誰よりも悲しみは深いだろう。

『家族……仲間……大切な人間を奪われるというのはどんな気分だ?』

僕はノワの言葉を思い出した。

『俺にはお前の気持ちがよくわかる……直接殺したのは俺じゃないが、
 それでも殺したいほど俺が憎いだろう?』
146まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/18(月) 03:51:12
ノワにとっての大切な人間、それはLコテの事だろう。
そしてそれを奪ったのは僕達の中の誰か、いや僕達全員が同罪だとノワは言った。
それが事実かどうかはともかく、ノワは復讐の為に僕達の前に姿を現したのか。

復讐の為?

何かがひっかかった。
そうだ、復讐の為にノワは今日ここに来たのだ。
そしてキラヲタを殺した……?

人が人を殺すほど誰かを憎むというのは僕には到底理解出来ない事だが、
キラヲタを殺したというノワの動機はわからないでもない。
しかし、それなら何故、今日、ここなんだ……?
いや違う。それよりも、もっと何か……何か大切な事があるはずだ。

「……ん?」

僕の中にひっかかった何かが解けそうになったその時、
僕はあるモノを見つけてしまった。

倒れているシニアの手のすぐ傍に、ナイフが落ちていたのは
部屋に入ってすぐに気付いた。

このナイフを刺されたのがシニアの死因であろう事は一目でわかったが、
何故ナイフがシニアの手のすぐ傍にあるのか。
147まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/18(月) 03:55:05
僕がすぐに考えたのは、
シニアは腹に刺さったナイフを自分で抜いたのだろう、という事だ。

しかし、それなら何故ナイフを抜くんだろう。
僕はナイフで刺された事がないのでわからないが、
単純に“痛くなかった”のだろうか?
それとも刺さったままの方がもっと痛くて、シニアはそれを
経験した事があって知っていたのだろうか。

ナイフの刃は根元まで真っ赤に染まっている。
おそらく相当深く刺し込まれたのだろう。
抜こうが抜くまいが、どちらにせよ死は免れなかったに違いないだろうが、
自分で抜けるほどの余力が残っていたのなら何故シニアは隣の部屋に
助けを求めなかったんだ?
それに、ナイフを抜いてしまえば出血も速くなるだろう。
それは自分で自分の死を早めてしまうだけだ。
シニアはそう考えなかったのだろうか?
考えてる余裕などなく、ただ反射的に自分の体内にねじ込まれた
異物を取り除いてしまおうとしたのだろうか。
148まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/18(月) 03:57:30
それよりも、犯人は何を考えていたのか。
シニアの腹にナイフを刺して、シニアが死ぬのを確認もせず
部屋を出て行った? シニアがナイフを自分で抜いて、
それで反撃されるとは思わなかったのだろうか。
それともその前に部屋から逃げ出した?
それとも確実に死ぬとわかっていたから?

シニアは抵抗しなかったのか?
いや、出来なかった……? と、するならどうやって……

「そうだ……」

僕はKIRAと一緒にキラヲタの死体を調べていた時の事を思い出した。

スーツの袖を拭う様にそっとシニアの口元に当てると、
冷たくなったシニアの体温が生地を通して伝わってきた。

「やっぱり……」

シニアの口元に当てた部分には、キラヲタの時と同じ臭いが微かに染み込んでいた。

ノワは自分でキラヲタを殺したと言った。
何かの薬品を相手の口元に当て、意識を奪ってからナイフで殺す。
キラヲタの時と同じだ。しかしノワにはシニアを殺せない。
それなら“ノワと同じ様な手口でシニアを殺したのは”誰なんだ……?
149まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/18(月) 03:59:58
これがおかしいという事に気付いた。
そもそも僕達の中に華鼬がいて、そいつが僕達に葉書を送って
きたのだという考えだったからこそ僕達は同窓会にやってきたのだ。

犯人……それが華鼬とするなら華鼬は誰で、ノワは華鼬の何なのか。
ノワこそが華鼬だったするなら、誰がシニアを殺すのか。

──共犯。

頭に浮かんだのがこの単語だった。

つまり、ノワが華鼬であろうとなかろうと、
ノワと同じ目的、あるいは何か共通した意思を持った人間が
僕達の中にいるという事だ。

ノワは、もう一人の誰かは、何の為にこんな事をするのか。
ノワの目的は“復讐”……しかし、もう一人の人間は果たして
同じ目的なんだろうか? 
華鼬の目的はノートを手に入れる事、のはず。
復讐の為、みんなを殺す為にノートがいるのか? 
それともノートを手に入れる為に、みんなを殺そうとしているのか?
150まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/18(月) 04:05:34
ノワがここに現れた理由、華鼬が同窓会を開いた理由、
キラヲタが殺された理由、下ネタが殺された理由、シニアが殺された理由。
様々な考えが複雑に絡み合い、僕の頭の中で溶け合う。
しかし見えてくるのは事実として起こった出来事だけで、
真実が見えてこない。

「くそ……KIRAなら……」

思わず口に出してしまっていた。
KIRAならきっと、これらの事実を結びつけて一つの真実を導き出せるだろう。
それどころか、もしかするとKIRAなら既に何かを掴んでいるかもしれない。

しかしKIRAは今、動けない。
KIRAが動けない以上、KIRAに頼っているだけじゃ事件は解決できないのだ。
僕は自分の無能さを呪った。
KIRAと一緒に行動するようになってからずっと、
僕はKIRAに言われた通りに行動するだけで自分で何かをしようとしてこなかった。
みんなに責められたり困った時はいつもKIRAに助けを求めていた。
こんなんじゃいつまで経ってもKIRAに認めてもらえる訳がない。
151まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/18(月) 04:09:11
床に伏したシニアの横顔を見て、僕はある決意を固めた。
他人事じゃない、これは僕自身にとって今起きている現実なのだ。
それに立ち向かえるのは他の誰でもなく、僕しかいない。

「シニア……必ず仇はとってみせる!」

気付くと僕は拳を握っていた。胸の奥から何かが湧き上がる。
シニアだけじゃない、キラヲタ、下ネタ……誰かの身勝手な悪意で
命を奪われた三人の無念を晴らし、きっと事件を解決してみせる!

心に固くそう誓い、僕はまず自分に出来る事から始める事にした。


細心の注意を払い、部屋の中を隅々まで調べる。
生まれ変わった僕が事務室で僕が得たものは、

窓に鍵がかかっていなかったという事、
床にナイフで何かを刻んだ跡がある事、
そして机の上にシニアが書いたと見られる手紙が置いてあった事だ。
152まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/18(月) 04:10:01
81.「決意」/終
153ニコフ ◆nikov2e/PM :2006/12/19(火) 17:09:07
果たして年内に完結するのか!?
見切り発車した外伝の運命は!?

はないたちの夜82話 乞うご期待!保守
154アルケミ ◆go1scGQcTU :2006/12/22(金) 00:46:28
惨劇は・・・・・・続く!?
155 ◆K.tai/y5Gg :2006/12/22(金) 01:34:39
一回あげましょ
156アルケミ ◆go1scGQcTU :2006/12/22(金) 23:22:15
L        「あれ?携帯は主役なのに活躍しないの?」       死神の眼              過
コ          呼べない助け                 ノワッチ                        去
テ  下ネタマスク               蟹   鬱井       「あれ?KIRAはどうなるの?」       の
カ          終わらない悪夢      玉        復                            幻
レ  ラチメチ            繰り広げられる惨劇   讐         奪われたノート・・・          影
,|    事件発生で肝試しは中止        ニ       ○                       快楽
                                 コ     /\      みんな限界だ   
迫り来る華鼬一味    気になるバジル     フ   /  \    学校は     「あれ?ヒロインは?」
             Lコテ死亡の真相は?      /; ̄ ̄ ̄\    死体                      思
      「えー?!シニア死亡?!マジデー」  / ─  ;─ \    だらけ       鬱井の脳内妄想    い
犯人「僕」=華鼬                    /; <>>  <<>; \     見張りがいても危険地帯      出
同  卑劣なる犯人        キラヲタ    |;   (__人__)  ; |                           に
 窓                ちさこ        \ ;  ` ⌒´   / みんなと過ごす夜               負
  会     イノセンスですら・・・     嫉妬 /         ;   \       やあ久しぶり!!          け 
157まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/23(土) 00:27:24
82.「疑心」


「ニコフ、KIRAはどうだ?」

ニコフにKIRAの様子を尋ると、ニコフは無言で首をふった。

「鬱井、もう調べ終わったの?」
「あぁ、大体はね」
「じゃあ……」
「なに?」
「うん、あのね……鬱井が事務室に入ってる間にね……」
「なんだよ……」
「……他の奴らが死体を片付けろってよ」

ニコフが言葉を詰まらせていると、イノが後を引き取ってそう言った。

「まぁ、あのままにはしておけないってのは確かにそうだけど……なんでいきなり」
「廊下に出て聞いてみろよ」
「なんだ……?」
「いいから出てみろって」
「はぁ……」

イノに言われてとりあえず廊下に出てみると、

「鬱井、誰がやったのかわかったのか!?」

いきなりインリンが詰め寄ってきた。
158まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/23(土) 00:30:15
インリンの後には人だかりが出来ている。
どうやら僕が出てくるのを待ち構えていたらしい。

「いや、まだなんとも……」
「ちっ! なんだよ、くそったれ」

インリンは怒りをぶつけるように壁を蹴ったが、
それはシニアが殺された事に対するものではないという事は一目でわかった。

「もう! いい加減にしてよぉ!」

わんたんがヒステリックに叫ぶ。
インリンだけではない、みんな怒りを通り越して殺気立っていた。

「おいおい……どうしたんだみんな」
「どうしただと? よくそんな呑気にしてられるな」
「な、なんだよ」
「だってこの状況でシニアが殺されたって事は」
 この中に犯人がいるって事じゃないか!

インリンの言う通りだ。
キラヲタを殺したと思われるノワは捕まった。
下ネタを殺したされていたシニアも一人隔離されていた。
この状況でシニアが殺されたのだからそう考えて当然だろう。
159まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/23(土) 00:35:16
インリンの言う通りだ。
キラヲタを殺したと思われるノワは捕まった。
下ネタを殺したされていたシニアも一人隔離されていた。
この状況でシニアが殺されたのだからそう考えて当然だろう。

「いや、でもまだそうと決まった訳じゃ……」
「じゃあ他に何があるって言うんだ!」
「えーと……それはこれから僕が調べるから……」
「お前なんか信用できるか!」

心に痛い一言だったが、言われて当然だと僕は素直に反省した。
しかし、ただ凹んで頭を下げるだけの僕はもういないのだ!
生まれ変わった新生鬱井はこの程度ではへこたれないぞ!

と、心の中でそう叫んだが、

「お前やKIRAが警察の人間だからって人を殺さないとは限らないだろう!」
「なんだと? どういう意味だ」

どうやら僕が頼りないからという意味ではなかったらしい。

「とにかくお前達は信用出来ない」
「……はぁ!? お前“達”ってなんだよ」

一体どういう事かと聞いてみると、
要するに僕やニコフ達、一緒に村に来たメンバーが共謀して
シニアを殺したんじゃないか、という事らしい。
160まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/23(土) 00:39:31
「それ、本気で言ってるのか?」

そんな無茶苦茶な……と思ったが、どうやら冗談でもなんでもなく
本気でそう思い込んでいるようだ。
それに疑われているのは僕達だけじゃなかった。

「それで? 俺達にどうしろって言うのさ」
「別にどうしろと言う訳じゃないさ。
 お前達はお前達で一箇所にいてくれればいい」
「いてくれればいい……って言われても」
「要は信用出来る者同士で固まっていようって事だ」
「なんだそりゃ……気持ちはわかるけど、それだったら
 みんなで一緒にいた方がいいだろ」

出来るだけみんなの神経を逆撫でしないように言ったつもりだったが、

「信用出来ない人間と一緒になんていられないだろ!」
「人殺しと一緒にいるなんて嫌よ!」
「そうよそうよ!」


もうみんな正気を失っているように見えた。
しかしそれも仕方ない事なのかもしれない。
立て続けに殺人が起き、しかも犯人はおそらく自分達の中にいるのだ。
そして次に殺されるのは自分かもしれない……
こんな状況でまともな神経を保っていろという方が無理なのか。
161キモハーゲニコフ ◆nikov2e/PM :2006/12/23(土) 00:40:22
疑心やべええええええええええええ
162まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/23(土) 00:41:53
「それで? どういう風に分かれるんだ?」
「とりあえず事務室を使えるようにしたい」
「事務室を?」
「鬱井達には悪いが、鬱井達で一部屋、その他にあと二つ……」

興奮しきっているインリンやわんたんと違って、おっかけは割と冷静だった。

「みっつに分かれるって事?」
「あぁ……実はな」

おっかけがインリン達の方を気にしながら、

「インリンもそうだけど……本家とバジルとかがな、ちょっと……」

と、口ごもりながら耳打ちしてきた。

「俺も鬱井とは同意見なんだが……
 ここは言う通りにしてやった方がいいと思うんだ」

おっかけに言われて、目の前にいる連中の間にも
不信感が漂っている事に気付いた。
というより、みんながみんなお互いを疑い合っている様に見える。
163まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/23(土) 00:43:13
「仕方ないな……じゃあ、事務室を使えるようにするよ」
「俺も何か手伝おうか?」
「あぁ、頼む。じゃあ一緒に来てくれるか」

どちらにしろシニア、キラヲタ、下ネタもあのままにしておく訳にもいかない。
僕はおっかけに手伝ってもらってみんなの死体を移動させる事にした。


それにしても、本当にみんなの言う通りに部屋をみっつに分けてしまって
いいのだろうか……KIRAなら何と言うだろう。
いや、KIRAに頼っちゃダメなんだ。今は僕がしっかりしないと。

とにかく自分に出来ることを……
と、僕なりに考えたつもりだったが……

本当にこれでいいのだろうか……
164まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/23(土) 00:44:34
82.「疑心」/終
165アルケミ ◆go1scGQcTU :2006/12/23(土) 23:11:35
いまだ深い霧の中の真実・・・・・・
そして連鎖する不信
渦巻く疑心暗鬼の中孤軍奮闘する鬱井
犯人の思うがままのクラスメイト達
KIRAの不在という前代未聞の情況
次に殺されるのは!?
生き残れるのは誰だ?!
そして主人公携帯の運命は!!??

混迷を深め、加速する物語・・・!
注目の83話にこうご期待!!
166ニコハゲ ◆nikov2e/PM :2006/12/25(月) 02:35:30
注目の83話にこうご期待!!
167ニコハゲ ◆nikov2e/PM :2006/12/25(月) 02:52:29
てすてす
168名無し戦隊ナノレンジャー!:2006/12/25(月) 19:07:03
保全
169まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/25(月) 23:55:07
83.「邪魔」


「あれ? なにやってんの」

事務室から出たところを鬱井に見られてしまった。

「林檎をね……シニアも食べるかなって思ったんだけど……寝てたみたい」
「寝てた?」
「……うん。椅子に座ったまま寝てたみたいだったよ。
 電気も消えてたし。起こしちゃ悪いかと思って声はかけなかったけど」
「ふぅん……」

後にシニアの死体が発見された時、真っ先に疑われることになるだろう。
かなり苦しい言い訳だが、なんと言われようとこれで押し通すしかない。
決定的な証拠は残していないし、どれだけ疑われようとここまで来ればもう関係ない。
今ここで鬱井に手錠をかけられでもしない限りは。

「そういえばバ……」
「……? なに?」

鬱井は給食室の方を指差して何か言いかけたが、
そこまで言って口をつぐんでしまった。
( ゚▽゚)y─┛~~

バナナ!
171まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/26(火) 00:06:27
「……あれ?」

廊下の奥に向かって伸ばされた鬱井の指先が、
水平に宙を切り、吸い付くように鬱井の顎にぴたりと収まった。

「どうしたの?」

鬱井は何かを考えているのか、眉間にしわを寄せていた。
顎に当てられた人差し指が、不精に伸びた髭の中に埋もれている。

「……いや、何でもない。勘違い、だ」
「勘違い……?」

何を勘違いしたというのか。
と、追求しようとしたが、

「それより、それお前が切ったのか? お、美味しそうだな……」

鬱井は顎から離した指を、今度は皿の上に向けた。

「あ、よかったら一皿持っていく? また三階に上がるんでしょ」
「うー……いや、せっかくだけど……遠慮しとく」

上にはKIRAだけじゃなくノワもいる。
流石に林檎をかじりながら取り調べする訳にもいかないと思ったのだろう。
172まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/26(火) 00:15:13
「いいの? 美味しいのに」
「うーん……やめとく……」

鬱井は名残惜しそうに皿の上の林檎に視線を落としていた。
本当は食べたくて仕方ないのだろう。

「じゃ、行くわ……」
「頑張ってね」

歩き出した鬱井にそう声をかけると、
鬱井は軽く手を上げて答えたが、視線はやはり皿の上の林檎に注がれていた。
そんなに食べたければ一つ二つつまんでいけばいいのに、と思いながら
どこか未練がましい影を落として歩く鬱井の背中を見送った。

やがて鬱井の姿は曲がり角の向こうに消え、
階段を上る鬱井の足音だけが廊下に響いた。



足音が完全に聞こえなくなるのを待ってから、応接室の前に立つ。
両手が塞がっていたので、左手の皿を右手の皿の上に重ねようとした時、
突然ドアが開いた。
173まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/26(火) 00:22:56
「うおっ」
「あっ……」

扉が皿にぶつかり、皿から林檎が落ちていく。

「あーあ、もったいない」

画一的に切り揃えられた林檎達が一斉に皿の上を滑り落ちていく様は
海に飛び込むペンギンを連想させた。
林檎達からしてみれば水の入っていないプールに飛び込まされた様なものだが。

「あ、すまん……」

中から出てきたインリンが林檎が散らばった床を見ながら静かにドアを閉める。

「いや、いいよ。僕の不注意だった。僕が片付けとくよ」

本当は毛ほども自分のせいだと思っていない。
誰がどう見てもお前のせいだ。
せっかく人が切ってやったというのに。
174まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/26(火) 00:26:19
責任を持って全て食え、と林檎を口につっこんでやりたかったが、
インリンは、

「そうか。悪いな」

と言ってさっさと歩いていってしまった。
なんという奴だろうか。
やはりこいつだけは普通に死なせてやる訳にはいかない。

ノートを使えばある程度操る事は出来る……が、しかし……どうしてやろうか。
トイレに行くようだから今ここでノートに
『便器に頭をつっこんで死亡』とでも書いてみようか。

最終的にはノートを使う事になるだろうが、
出来る事なら自分の手で殺してやりたい。
その方がKIRAにとってはヒントにもなるし、
より屈辱を与える為には、ノートに名前を書いて殺すなんて
人間にはどうにも出来ないようなやり方よりはもっと、
単純で、仕掛けがわかってしまえば悔しくて頭をかきむしるような方法がいい。
どうせノートを手に入れた時点で勝敗は決まっている。これは遊びだ。

しかし、その遊びに邪魔が入った。
それも他ならぬノワからだ。
175まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/26(火) 00:32:39
「KIRA!? どうしたの!?」

シニアの死体が発見された後、
鬱井とイノに抱きかかえられたKIRAを見てニコフが声をあげた。

「あぁ、実は上で……いや、先に部屋の中に入ろう」

ノワがKIRAを眠らせたに違いない。

全く余計な事をしてくれたものだ。
彼なりに考えての事だろうが、大きなお世話である。
KIRAがいないとゲームが成立しないではないか。
KIRAが最後まで目を覚まさなかったらどう責任を取ってくれるのだろうか。
駒は駒でしかないのだから勝手に動かないでほしい。


「もう! いい加減にしてよぉ!」

わんたんのやかましい金切り声が廊下に響き渡る。
ノワが捕まっている状況でシニアが死んだ事で、
残った者達はひどく混乱していた。

「仕方ないな……じゃあ、事務室を使えるようにするよ」

馬鹿な奴らが馬鹿な考えに至り、馬鹿な提案をして
鬱井の馬鹿がそれを受け入れたせいで部屋をみっつに分けることになったらしい。
どうせみんな死ぬんだから無駄なあがきはやめてほしい。
176まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/26(火) 00:52:45
「なんでこんな事になったのかなぁ……」

同室となったアルケミが頭を抱えて大きなため息をついた。

「そうだね……もう帰りたいよ」

アルケミの真似をしてため息をついてみせながら、
床に座ろうと手をついた時、

「痛っ」

指先に痛みが走った。

「どうした?」

誰が、いつ、何の理由があって持ち込んだのかは知らないが、
床に画鋲が落ちていたのだ。

「画鋲が……」

右手の人差し指の先に赤い点が膨らむ。

「誰か……なんか持ってないの?」

ugoがそう言ってみんなの顔を見回すが、
誰も返事をしないし、当のugoもこれといって何かしてくれそうな
そぶりを見せなかった。
薄情な奴らだ。
これではノワに恨まれても仕方ないだろう。死ね。
177まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/26(火) 01:02:42
結局自分で何か探すしかない、と思い事務室に通じるドアをノックした。
もう事務室は片付けられている。
部屋割りが変わったので事務室には
KIRA、鬱井、イノセンス、蟹玉、ニコフ、アンキモ、ショボーン、ラチメチ、ゲロッパー。
そして帰ってきているなら携帯、がいるはずだ。

「どうした?」

鬱井がドアを少し開けて顔を出した。

「ちょっと指を……なにか無いかな」

鬱井に指を見せると、
赤い点がいつの間にか弾けて指の腹に線が走っていた。

「あぁ、怪我したのか。ちょっと待ってよ」

と、言って鬱井は部屋の中に引っ込んでしまった。
少し開いたドアの隙間から中を覗くと、
いつの間にか携帯も戻ってきていた。
こいつは一体どこに行って何をしていたんだろうか。

「あったよ、ほい」

鬱井が何か箱を持ってきてくれた。
178まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/26(火) 01:15:00
「あぁ、頼んでおいてなんだけどこんなのあったんだね」

新品? の絆創膏が入った箱だ。
どうやらかなり昔から部屋に置きっぱなしになっていたのだろう。
箱そのものが全体的に黄色くなっていた。
しかし、一度も使用はされていないらしく
封は開いていなかった。

「ありがとう」

箱を受け取り、礼を言ってドアを閉める。
ドアノブから手を離す前に、カチャンと向こう側から鍵がかかる音がした。

その時、ある事を思いついた。

もしすると、もしするかもしれない。いや、多分イケる。
ドアノブを握ったまま少し右に左に捻ってみる。
やはり動かない。

これだ。

後は……
179まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/26(火) 01:27:44
「なにそれ?」
「絆創膏?」

saokoとねるねが例によって声を合わせる。
面倒くさい、話しかけるな。
うん、とだけ返事をして箱を開ける。
中には数十枚(30枚ぐらいだろうか)ほど、絆創膏が入っていた。
絆創膏を入れる箱なのだから当たり前だが。

その中から二枚だけ抜き取り、箱を閉めた。
絆創膏の大きさは丁度いい大きさだった。
関節にかからない程度で指を曲げても違和感がない程度。
粘着力も不快感がなく、それでいてしっかりと指に張り付きいい感じである。


さて、ここからどうしよう。
さっき事務室の中を覗いた時はKIRAの姿が見えなかった。

まだ寝ているだろうか?
おそらくまだしばらくは目が覚めないはずだが……

そうだ、箱を返す時に……
180まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/26(火) 01:37:28
もう一度事務室のドアをノックする。

「はい?」

また鬱井だった。
こいつはドア開け閉め係なんだろうか。

「これ、ありがと。もういいから」

鬱井に箱を返しながらさりげなく首を伸ばして
中を覗いてみると、応接室から移したソファーの上でKIRAが寝ているのが見えた。
よし、今がチャンスだ。
心の中で少しだけノワを褒めてやった。

「……ん? なに」

鬱井の視線に気付き、首をひっこめた。
中を覗いていたのがバレたのだろうか。

「あ、い、いや……も、もういいか?」
「え、うん……? ありがとう……」

鬱井は何故か目を白黒させていた。
なんだ? 中で何か聞かれてはまずい話でもしていたのか?
181まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/26(火) 01:47:25
「じゃ、閉めるよ……ぐわっ」

何故か慌ててドアを閉めようとした鬱井は、
ドアに指を挟んで小さく呻き声をあげた。

「大丈夫……?」
「いや、うん、大丈夫だよウヘヘ……ば、絆創膏もあるしね」

気持ちの悪い笑顔と声を残して鬱井はドアを閉めた。
本当に気持ちの悪い奴だ。
どうやったらあんな気持ちの悪いところを人に見せられるんだろうか。

しかしそんな事はどうでもいい。
KIRAはまだ動けない。やるなら今だ。

「ねぇ、みんな。喉渇かない?」

ドアの前で部屋にいた連中にそう聞くと、

「そうだな。何か飲みたいな」
「コーヒー飲みたい」
「うん」

皆、素晴らしい返事だった。
ご褒美に殺すのを少しだけ後回しにしてあげよう。
182まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/26(火) 01:55:59
「じゃ、なんか持ってくるね」

と、一人で部屋を出ようとしたが、そう上手くはいかなかった。

「私も行く」
「私も……」

saokoとねるねが立ち上がる。
さすがにこの状況だと単独行動しようとする人間は怪しく見えるのだろう。
しかし、かまわない。

「うん、ついてきてくれるとありがたい。
 せっかくだから他の部屋のみんなにも何か持っていこうと思ってるし」

そう言うと、saokoとねるねは顔を見合わせて二人して無言で頷いた。
こいつらはこいつらにしかわからないテレパシーのようなもので
会話出来るのだろうか。
いい年こいて子供みたいに手を繋いでいるこいつらも鬱井並みに気持ち悪い。

部屋を出て、給食室で湯を沸かしている間も、
saokoとねるねはぴったりと寄り添っていた。
183まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/26(火) 02:39:36
「何杯いるんだっけ?」
「十……二十六杯? あ、KIRA寝てるんだっけ」
「そこにお盆あったでしょ? みっつある?」
「あるある」

などと軽い感じで会話していたが、
全員の分のコーヒーを盆に乗せるまで、
saokoとねるねに見張られている事はわかっていた。
犯人だとまでは思われていないだろうが、何様だ馬鹿共が。

「行こうか」

一人一つずつ、盆を持って給食室を出る。

ここからが重要だ。
誰がどこの部屋に持っていくかは決めたくないし決められたくない。
さりげなく、出来るだけ自然に、二人より前を歩く。

事務室の前を何食わぬ顔で通り過ぎたところで、少し歩くスピードを遅くする。
これで事務室に持っていかなくて済む。
同じように応接室も華麗にスルー。
応接室の前から校長室の前まで怪しまれない程度にゆっくり歩く。
184まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/26(火) 02:53:29
校長室の前に来たところで、ねるねとsaokoがそれぞれ部屋に入ったのを確認した。
事務室に入ったねるねが出てくる前に素早く給食室の方へ戻る。
しかし給食室まで戻るには少し距離があるので、途中で階段の方に折れて身を隠した。

盆を床に置いて、小瓶を取り出す。
瓶の中身は残りわずかしかないが、十分だった。
というより入れすぎてはいけない。
ほんの少し、一滴垂らすぐらいでいいだろう。
あまり量が多いと即効で効き目があらわれてしまう。

慎重に、一滴ずつ、カップに液体を垂らしていると、
ドアが閉まる音が聞こえてきた。
事務室に入っていったねるねが出てきたのだろう。
急がなくては。
それにもうひとつ用意しなくてはいけない事もある。

しかし、ここでどれだけ策を弄しても解決出来ない問題が一つだけあった。

もしもKIRAが最期まで起きてこなかったら、という事である。
185まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/26(火) 02:55:00
83.「邪魔」 /終
186まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/27(水) 00:55:42
84.「個室」


「どこに移す?」
「そうだな……職員室にしようか」

おっかけと事務室に入ると、
シニアがさっきと変わらぬ体勢で床に倒れていた。

「おっかけ、大丈夫か?」
「なんだ?」

誰だって死体を見るのはあまり好きじゃないだろう。
そう思って気遣ったつもりだったが、

「あぁ、そういう意味か。大丈夫だよ。
 言ってなかったか? 俺、葬儀屋に勤めてるんだよ」
「あ、そうだったの……」

意外な事実が判明した。正直、想像がつかない。
別におっかけじゃなくてもそうだが。
でも僕が刑事をやっていると聞いて驚いた奴も多いのである。
187まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/27(水) 01:01:07
「ん? これは……?」

おっかけが怪訝そうな顔つきで床を見つめる。

「あぁ……シニアがそのナイフでやったんだと思うけど……」

おっかけが言っているのは、
おそらくシニアがナイフでやったと思われる床の刻み目の事だ。

「なにか……字に見えなくもないような……」
「うーん……」

倒れているシニアの頭の少し上あたりに、
数本の長い線や短い線、中には点にも見えるような線もある。

「わからんな」

おっかけが首をひねる。
当然、僕もわからない。

直感でこれはシニアが何かを伝えようと刻んだもの……
いわゆるダイイングメッセージだと感じた。
この不規則に刻まれた線の中に何かヒントがあるはずだ。
それに窓の鍵が開いていた事、シニアの残した手紙……
これらを合わせて考えれば必ず何か見えてくるはずだ。
188まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/27(水) 01:06:16
「鬱井、はやいとこシニアを……」
「あぁ……」

しかし今考えても仕方が無い。
とにかく一度状況を整理してからだ。



──南校舎一階女子トイレ──


下ネタもまた、さっきと変わらず同じ体勢で倒れていた。
シニアと違って下ネタは何も残していない。
いや、残せなかったという方が正しいのだろう。
下ネタの首には赤い線が走っている。
傍に落ちているナイフで首を切られたのだろう。
何か残す間もなく死んでしまったに違いない。

「おっかけ、少しだけ待ってくれ」
「どうした?」
「ちょっとだけ見ておきたいんだ」
189まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/27(水) 01:14:22
下ネタの死体が発見されてすぐの時は
ほとんどトイレの中を見ていなかった。
何か手がかりになるような物はないかと思い、
僕は入り口から順にトイレの中を見てまわった。

入り口のドア、水道、鏡、掃除用具入れ、
そして個室をひとつひとつ……

「なにもない……か」

手がかりになりそうな物は見つからなかった。
最後に奥の窓を調べてみたが、事務室と違ってちゃんと鍵もかかっている。

しかしこれだと、やはりシニアが怪しいという事になる。
床に落ちたままになっているこのナイフからも間違いなくシニアの指紋が出る。

シニアから何かを聞く事はもう出来ない。

「鬱井、何かわかりそうか?」
「……いや」

窓の鍵を見たままそう答えた僕は、この時何かにひっかかりを覚えた。
190まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/27(水) 01:21:53
鍵……鍵はかかっている。
事務室の窓にはかかっていなかった……
シニアが殺された時とは状況が違うのであまり深く考える事もないのだろうか。
だけど何か……見落としているような……

自分の目に映っている何かに違和感を感じていた。
ただそれが何なのかがわからない。

「鬱井、そろそろ──」
「あぁ、すまない」

結局、自分が何に対して違和感を感じていたかもわからなかった。

「次は、キラヲタだな」

下ネタの死体をシニアの横に並べて職員室を出る。
後は北校舎四階のキラヲタだけだ。

渡り廊下から南校舎へ移った時、ある事を思い出した。

「おっかけ、四階に上がる前にそこのトイレに寄らしてくれ」

北校舎二階のトイレ、最後にちさこの姿が確認されたのはここだ。
僕は女子トイレに入り、南校舎一階の時と同様に入り口から順に調べていく事にした。
が、
191まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/27(水) 01:28:06
「……やっぱ何もないか」

南校舎一階と同じく手がかりになりそうな物は見つからなかった。

「あれ」

女子トイレを出ると、おっかけの姿がなかった。
まさか!

なんて事はなく、おっかけは男子トイレの中にいた。

「声ぐらいかけてくれよ。焦ったじゃないか」
「すまん、邪魔しちゃ悪いかと思ってな」

ドアを開けると、おっかけは小便器の前で用を足そうとしていたところだった。

「せっかくだから俺も……」

トイレに入ったせいか急に便意を催してきた。

「ん……ってそっちかよ」
「覗くなよ」
「覗くか!」
「絶対だぞ!」

念入りに釘をさしてから個室に入った。
192まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/27(水) 01:31:21
「ふぅー」

便器をまたいで、ベルトを緩めて、ズボンを下ろし、腰を下ろす。
なんだかとっても落ち着く……

「鬱井、外で待ってるぞ」
「……う、うん」

いきみながら返事すると、

「せいぜい気張ってくれ」

シャレをきかせたのかなんなのか、おっかけは笑いながら廊下に出て行った。
ドアが閉まる音がして、トイレの中には人の気配がなくなった。
もし今襲われたらひとたまりもないな、と思った。

「ん……」

思わず声が漏れたが、きばったからではない。
もしかしてちさこも今の僕と同じ様に、個室で身動きが取れない
状態の時を襲われたんじゃないだろうか。
そして襲われたとするなら誰に……
193まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/27(水) 01:33:21
「ぐっ……」

また声が漏れたが、今度は本当にきばったからだ。

ちさこの姿が最後に確認されたのはここだ。
確か最後にちさこの姿を見たというのは……

「いや、待てよ……という事は……え?」

あの時、部屋を出た人間は……

「まさ……か……」

もし、“あいつ”が華鼬だとしたら……?
それにさっきの、あの不自然な行動は……

「あぁ!」

その時、僕はとんでもないもう一つの事実を発見してしまった。

「お、おっかけー!」

僕は外にいるおっかけに届くように必死で叫んだ。

「どうした!?」
「た、助けてくれ!」

誰かが使い切ってしまったのか、この個室には紙がなかったのだ。
194まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/27(水) 01:34:24
84.「個室」 /終
195可児玉 ◆KANI/FOJKA :2006/12/27(水) 04:13:24
ずさでつ
196名無し戦隊ナノレンジャー!:2006/12/27(水) 14:19:16
なんだこれは
197まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/27(水) 21:13:01
85.「真似」


事務室に戻ると床の血はきれいに拭きとられていて、
応接室から持ってきたらしいソファーの上でKIRAが静かに眠っていた。
そのすぐ傍に座り込んでいたニコフが立ち上がり、

「鬱井、もういいの?」
「うん、みんな職員室に……」
「そう……じゃあこれ」
「ん?」

僕に一本の鍵を手渡した。

「どこの鍵?」
「職員室」
「なんで?」

僕とおっかけが死体を片付けにまわっている間に部屋割りは変わっていた。
198まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/27(水) 21:16:48
何故ニコフが職員室の鍵を持っていて、そして何故それを僕に渡すのかというと、
各部屋毎で固まるのだから戸締りもちっきりしよう(今更ではあるが)と
いう事で、鍵をかけられる所は全てかけるのだという。

事務室は、
応接室に通じるドアと廊下に通じるドアに鍵がかけられる。

応接室は、
廊下に通じるドアと校長室に通じるドアに鍵がかけられる。

校長室は、
廊下に通じるドアにだけ鍵がかけられる。
そして校長室から職員室に通じるドアがあるが、
これには校長室側から鍵がかけられないようになっている。


職員室(の廊下に通じる前と後のドア)に鍵をかければ
職員室に入る事は出来なくなり、
当然校長室へのドアに近づく事も出来なくなる、という訳だ。
199まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/27(水) 21:21:06
【事務室】
鬱井 KIRA イノセンス 蟹玉 携帯 ニコフ アンキモ ショボーン ラチメチ ゲロッパー

※携帯は現時点では部屋にはいない

【応接室】
アルケミ ugo おっかけ クロス バジル 九州 saoko ねるね ミサキヲタ わんたん

【校長室】
インリン 本家 ヲタヲタ バケ千代 参号丸 シーウーマン


「鍵をかけたら校長室に持ってきてくれってインリンが言ってたよ」
「わかった」

なるほど職員室の鍵を気にするのは校長室にいる人間だけだから、
職員室に鍵をかけた後、校長室に鍵を持ち込んでおけば
誰にも校長室に入る事は出来なくなる。
だが……

「なんか不公平じゃないか? 俺らはその気になれば
 応接室に入れるし、応接室の奴らも校長室に入る事は出来る」

どう考えても明らかに僕達のいる事務室が一番安全だ。
200まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/27(水) 21:22:55
「それは……証拠もないのに私達を犯人扱いしてるって事に
 対してのお詫びみたいなもんって言ってたけどね、本家が」

アンキモがそう言ったが、
それが建前であるという事もわかった上での投げやりな口調だった。
犯人扱いしてるのに僕達に一番安全な部屋を与えるなんておかしい。
おそらく人が殺されたこの部屋を使いたくなかったから
僕達に押し付けたのだろう。

「よくわかんないでつね。これじゃ部屋を分ける意味あんまりないと思うんでつが」

ショボーンが首をかしげるが、確かにその通りだ。
はっきり言ってほとんど意味がない。
いまいち信用出来ない人間と少しでも距離を取りたいという気持ち的なものだ。

「まぁ俺達以外の連中同士でいがみあってる奴らもいるみたいだからな……」
「廊下に通じるドアを閉めておけば外からは誰も入って来れなくはなるしね」
「とりあえず言う通りにしておけば余計な揉め事も起きずに済む、かな」

ただでさえ考えなければいけない事がたくさんあるのに、
これ以上問題が増えてはたまったものではない。

それに考えようによっては部屋割りが変わってよかった事もある。
僕達の中に華鼬がいるのは間違いないだろう。
今この事務室にいるメンバーは皆、僕にとっては“信用出来る”人間ばっかりだ。
この方が捜査はやりやすいといえばやりやすい。
201まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/27(水) 21:23:58
「じゃ、鍵かけてくるわ」

事務室を出て、廊下側から職員室の鍵をかける。

既に後のドア(廊下にあるベニヤ板の向こう側、肝試しの際の入り口となる方)には
鍵をかけてあるらしいので、あのめんどくさい迷路を通らずに済んだ。

鍵を渡すために校長室のドアをノックすると、本家が顔を出した。

「これ、鍵……」
「あぁ、すまんな」
「じゃあ、まぁ……戸締りはしっかりとな」
「おい、待てよ」
「なんだよ」

本家がじっと僕の顔を見る。

「ほんとにちゃんと職員室に鍵をかけたんだろうな?」
「……信用出来ないなら自分で確かめればいいだろ」
「そうだな、そうするよ」

本当に信用されてないようだ。
僕はそれ以上は何も言わず鍵を渡した。
202まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/27(水) 21:25:08
「おっ」

事務室に戻ろうと踵を返すと、階段の方から携帯が歩いてくるのが見えた。

「携帯、今までどこ行ってたんだよ」
「色々とな……」
「大変だったんだぞ、シニアが……」
「なんだ?」
「……いや、中で話そう。こっちだ」

僕が事務室に入ろうとすると、

「……? 応接室じゃないのか?」

部屋割りが変わった事を知らない携帯は、
眉をひそめて事務室のドアノブにかかった僕の手を見ていた。

「色々とな……」

携帯の言葉を真似てそう言ったが、
携帯は何が何だかわからない、という顔だった。

午前三時、未だ暗い闇に包まれた廊下を照らすのは、
窓から差し込む仄かな月明かりだけだった。
203まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/27(水) 21:26:27
85.「真似」 /終
204名無し戦隊ナノレンジャー!:2006/12/29(金) 21:18:46
ほし
205アルケミ ◆go1scGQcTU :2006/12/30(土) 11:55:25
年を越えてまだまだ続くよ!

保守
206名無し戦隊ナノレンジャー!:2006/12/31(日) 13:42:50
大掃除保守
207がんぼ ◆ganbo/F702 :2006/12/31(日) 15:15:54
おなじく
208ニコハゲ ◆nikov2e/PM :2006/12/31(日) 16:22:13
ほっす
209まりあ ◆BvRWOC2f5A :2006/12/31(日) 23:14:09
来年もよろしくお願いします
210 ◆I/MinA//.M :2006/12/31(日) 23:18:53
よろしくお願いします。
211ニコハゲ ◆nikov2e/PM :2006/12/31(日) 23:34:42
おめでとうございます
212 ◆I/MinA//.M :2007/01/01(月) 00:19:13
おめでとうございました。
213まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/01(月) 00:20:12
ありがとうございます
214まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/01(月) 00:26:08
夜はただ深みを増すだけで、決して俺達の罪を溶かそうとはしない。
もしも許されるのならば、その時は新しい朝が俺達を迎えてくれた時だろう。

不意に浮かんだフレーズが絡み合い、俺の胸のずっと奥で誰かの笑い声が響いた。

『罪って……許されるのか?』

目の前に立つ俺が、俺に問う。

『試した事なはい』

試す……? 


──TRY──


試す……
215 ◆K.tai/y5Gg :2007/01/01(月) 00:31:28
KANIですか
216さおこ:2007/01/01(月) 00:54:42
おめでとうございます
新年早々wktkです
217名無し戦隊ナノレンジャー!:2007/01/01(月) 02:22:48
あけた
218 【吉】 【965円】 :2007/01/01(月) 02:28:11
てすと
219ニコハゲ ◆nikov2e/PM :2007/01/02(火) 00:17:30
ついに主人公が動き出す!
第86話!このあとすぐ!!
220名無し戦隊ナノレンジャー!:2007/01/02(火) 15:45:44
おkあめでございます☆
221アルケミ ◆go1scGQcTU :2007/01/03(水) 23:00:30
あけおめ&保守
222名無し戦隊ナノレンジャー!:2007/01/05(金) 08:07:00
あげるよー
223名無し戦隊ナノレンジャー!:2007/01/06(土) 22:01:50
保つ守るー!
224まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/08(月) 01:10:42
すいません
225 ◆K.tai/y5Gg :2007/01/09(火) 01:19:01
股間にイチモツ 手にタモツ
226可児玉 ◆KANI/FOJKA :2007/01/10(水) 00:55:44
忙しい僕のために ゆっくり更新あ(・∀・)り(・∀・)が(・∀・)と(・∀・)う!
227まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/10(水) 01:01:41
86.「鬼神」


その音が聞こえたのは、saokoが持ってきてくれたコーヒーを飲みながら
今回の事件についてみんなの意見を聞いていた時だった。

「なんだ!?」

ガラスが砕け散る音だとすぐにわかった。それもすぐ近くからだ。

「まさか!」

僕は応接室に通じるドアを力まかせに開けようとした。
が、さっきまで自由に行き来できたはずのドアは少ししか開かなかった。
どうやら反対側に何か置いてあるようだ。

「くそっ」

ドアノブから手を離し、急いで廊下に出る。
廊下に出ると既に何人かが廊下に出ていた。
228まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/10(水) 01:05:57
異変があったのは校長室だとすぐにわかった。
廊下にいたのは応接室のメンバーだけだったからだ。

「ミサキヲタ! どうした!?」

部屋の前にいたミサキヲタに声をかけたが返事はなかった。

「あ、あ、開かないの!」

ミサキヲタの隣にいたわんたんが震えた手で校長室を指差す。

「お、おい! 大丈夫かー!」

バジルが校長室のドアに体当たりしながら、部屋の中に向かって叫んでいる。
そのすぐ傍で、青ざめた顔の九州がドアノブを捻っているがドアは開きそうもなかった。

「ひ、ひぃぃぃ」

必死にドアを開けようとする二人のすぐ後で、
saokoとねるねが身を寄せ合っていた。
229まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/10(水) 01:16:07
一体校長室の中はどうなっているのか。
事務室で横たわっていたシニアの死体が頭をよぎる。

「く、くそぅ!」

バジルが何度も体当たりするが、びくともしない。
こうなったらもう、銃でドアノブを撃ち抜くしかない!

「どけ!」

と、叫んだのは僕ではなく、おっかけだった。
僕が懐の銃に手をかけた時にはもうおっかけはドアに向かって突進していた。

「うおおお!」

まさに猪突猛進という言葉がぴったりだった。
一直線にドアめがけて突っ込むさまは猪というよりは熊のようだったが。

「ひ、ひぃ!」
「っわ……」

鬼神の如き形相で迫ってくるおっかけを見てバジルが飛び退く。
九州がドアノブから手を離したのとほぼ同時におっかけの巨体が
ドアにぶち当たった。
230まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/10(水) 01:22:50
バジルが何度体当たりしても無反応だったドアはあっけなく開いた。
いや、開いたというか吹っ飛んだというのが正しい。
本来廊下側に向かって開くように設計されているドアは部屋の中に向かって
勢いよく開き、変形した蝶番が宙を舞った。

支えを失った長方形の分厚い板が部屋の中にばったりと倒れると、
電気がついたままの校長室の惨状がはっきりと映し出された。

「きゃあああああ!」

saokoとねるねが声をシンクロさせて悲痛な叫び声をあげる。

「ひぃぃぃ! ひぃぃぃ!」

バジルは奇声をあげてその場にへたり込んでしまった。
おっかけは黙って首を左右にふり、九州は両手で顔を覆って肩を震わせていた。

「そんな……どうしてこんな事に……」

部屋の中に足を踏み入れると、正面に見える部屋の奥の窓ガラスが割れていた。
血の臭いが外から流れ込んだ生ぬるい風に乗って僕の鼻腔をついた。
応接室に繋がるドアの前には机が置かれていた。
おそらく応接室も同じ様に机かソファーが置かれていたのだろう。
231まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/10(水) 01:26:08
校長室にいたインリン、本家、ヲタヲタ、バケ千代、参号丸、シーウーマンの六人は死んでいた。

皆首を切り裂かれていて、いずれも即死だったに違いない。
凶器と思われるナイフは、倒れているインリンのすぐ傍に落ちていた。

また守れなかった……もうこれ以上犠牲者は出さないと固く誓ったはずなのに。
僕は自分の無力さに嫌気がさし、その場に膝をついた。

「しっかりしろ」

誰かが僕の腕を掴んで引き起こす。

「あ、あぁ……」

僕が立ち上がると腕にかかった手が離れた。

僕の腕から手を離した携帯は、血を流して床に倒れている同級生達を見ても
顔色一つ変える事なく気だるそうに頭を掻いていた。
232まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/10(水) 01:27:07
86.「鬼神」 /終
233名無し戦隊ナノレンジャー!:2007/01/10(水) 02:32:54
凄く乙です!
234まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/11(木) 00:34:31
87.「泥沼」


「saokoぉ……怖いよsaokoぉ……」
「ねるねぇ……私も怖いよぉ……」

saokoとねるねはこれ以上ないというぐらいにお互いの体を密着させていた。

「うっ……うぇっ……おぇぇっ……」

校長室の中を見たバジルは口に手を当ててよろよろと廊下を歩いていった。
「だ、大丈夫かバジル?」クロスが心配そうにその後をついていく。

もう何もする気が起こらなかった。
今、携帯達が校長室の中を調べている。
僕は刑事として果たすべき義務と責任を頭の隅に追いやり、
廊下の壁にもたれて子供のように膝を抱えてうずくまっていた。

何も考えたくない。
235まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/11(木) 00:42:30
「鬱井……」

目の前に立っているニコフが悲しそうな顔で僕を見ている。
僕はニコフに何か言おうとしたが……やめた。
言葉を発する気力さえ失せていた。
それに今は何を言っても言い訳にしかならないだろう。
強烈な自己嫌悪が全身にのしかかる。

「しっかりしてよ鬱井……」

ニコフの視線がツライが、今は何も考えたくない。

「おい、そこ、なんか落ちてるぞ」

校長室の中から誰かの声がした。
おっかけが何かを指差している。
何が落ちてたんだろう、と思ったが僕はすぐに考えるのをやめにした。
落ちていたのが何だろうと僕にはみんなを生き返らせる事は出来ない。
みんなが殺された事実は覆らない。
落ちているのがインリン達を殺した犯人だとでも言うならまだ気は楽なのだが。

「ハンカチだ」

ハンカチらしい。
何でハンカチなんだ、と思ったが僕はやっぱり考えるのをやめにした。
236まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/11(木) 00:56:17
「うわ、濡れてるぞこれ」

濡れてるらしい。
何で濡れて……もういい。

アルケミが親指と人差し指だけでハンカチをつまんで拾い上げる。
ugoが首を捻ってそれに顔を近づけようとしたその時、

「おい! 鬱井!」

いきなり耳の横で怒鳴られてびっくりした。イノだ。

「なに……?」
「こんな所で座ってる場合か!? もう力づくでもノワを吐かすしかねぇだろ」
「そうだね……」

イノはかなり興奮している様子だった。
237まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/11(木) 01:04:46
「よし、行こう」

イノは顎で僕に立ち上がるよう促して、階段の方へと歩いていってしまった。
だけど僕は立ち上がる気にはなれなかった。

「おい! 何やってんだ鬱井! 早く来いよ!」

数メートル離れた所でイノは振り返って、手を下から上へ救い上げるように大きく振り上げた。
しかし僕は立ち上がらない。

「なんなんだよ! 俺一人ででも行くからな!」

イノが壁に蹴りを入れる。
振動が壁を通じて僕の背中に伝わってきた。
それでも僕は立ち上がる気にはなれなかった。

「鬱井、俺がイノについて行くよ」

蟹玉が僕の肩を撫でるように叩く。

「俺もノワと話したい……かまわないだろう?」

好きにしてくれ。
238まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/11(木) 01:18:40
「もう嫌あああ……もう、もう帰りたいいいいい……」

わんたんが泣き叫んでいる。
僕は静かにしてほしいと思った。
泣いたってどうにもならないのに。
いや、どうにもならないから彼女は泣いているのかもしれない。

「どうして……どうしてこんな事に……」

九州は両手で顔を覆って肩を震わせていた。
泣いているんだろうか。
目を凝らして彼女の指の隙間から表情を伺おうとしてみたが、
廊下が薄暗いせいかよく見えなかった。
ただ、彼女が思ったより細く綺麗な指をしていたという事だけはわかった。

九州の隣で、ミサキヲタが長い体を折り曲げ、僕と同じような格好でうずくまっていた。
膝の上で組んだ腕に顎を乗せてどこかを見ていたが、
その虚ろな視線は、彼女の目に映っているもののどこかに焦点を合わしているようには
思えなかった。
239まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/11(木) 01:27:21
「うっさん、大丈夫でつか……?」

ショボーンが心配そうに僕の顔を覗き込む。
全然大丈夫じゃない。

「気持ち悪いんだったら中で休んだ方がいいでつよ……」
「うん……」

いつの間にかニコフはいなくなっていた。
事務室に戻ったんだろう。

校長室の中に目をやると、携帯が爪先立ちで部屋の中央に座っているのが見えた。
おっかけ達が携帯の頭上で何か言い合っていたが声が小さくてよく聞き取れない。

「うっさん?」
「ん……あぁ」

僕はゆっくりと立ち上がり、ショボーンに付き添われるようにして事務室へと向かった。
何だか足が重い気がする。気持ちが沈んでいるせいだろうか。
特に右足が重いような……。
まるで床に足が吸いつけられているかの如く、
一歩踏み出すたびに床に足を取られたような感覚に陥った。
240まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/11(木) 01:33:04
ぬちゃっ

べちょっ

こんな音が聞こえる気がする。
なんだか泥沼を歩いている気分だ。

……なんか変だ、と思った瞬間急にショボーンが立ち止まった。
変だと思ったのは僕だけじゃないらしい。
ショボーンと僕は顔を見合わせて二人して首を捻った。
たぶん今、僕とショボーンの間の空間にはクエスチョンマークがふわふわと浮かんでいるだろう。

「なんでつかね……?」
「さぁ……なんだろう……?」

僕はショボーンの顔を見てこの違和感は錯覚ではないとはっきり感じていたが、
それを探るにはあまりにも僕の心身は疲労していた。

「まぁ……いいよもう、どうでもいい」
「うっさんじゃないんでつか?」
「うん……でも、どうでもいいんだ……」
「だって……」
「いいから」

ショボーンが何か言おうとしたが、僕はそれを遮って事務室のドアを開けた。
どうせこの違和感の正体がわかったところで事件が解決する訳でもないのだ。
241まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/11(木) 01:37:15
なにもかもがどうでもよくなっていた僕だったが、
事務室に入った瞬間、僕の心に堆積していた泥の塊が一気に吹き飛んだ。

「鬱……井……」

KIRAは目を覚ましていた。ソファーの上に寝たまま、まどろんだ目で僕を見ている。

「KIRA! 大丈夫か?」
「大丈……夫に……見えるか……?」

KIRAはそう言うと、力なく笑った。

「鬱井……」
「な、なんだ」
「まだ……終わってない……ぞ」
「……な!」

KIRAがいつもの皮肉な笑顔を浮かべる。
どうやらさっきまでの僕の情けなさをニコフから聞いたのだろう。

「それとも……ここで降りるか? かまわない……後は僕に任せろ……」
「ば! 馬鹿な! まだまだここからだぜ!? なぁニコフ?」

ニコフが僕の方を見て笑う。

「ならいい」

KIRAは目を閉じて小さく言った。気のせいか嬉しそうに見えなくもない事もない……
が、気持ち悪いので僕はKIRAから目を逸らした。
未だ起き上がる事すら出来ないKIRAを見て、少し肩が軽くなった気がした。
242まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/11(木) 01:38:03
87.「泥沼」 /終
243まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/11(木) 23:51:44
88.「便器」


インリン達の死体が発見された後、気分が悪いと言って北校舎のトイレに来ていた。
もちろん本当に気分が悪い訳でもないし、用を足しに来た訳でもない。

「さて……」

個室の中でノートを広げて考える。
今日はかなり遊んだ。さすがにこれ以上自力で殺すのは無理かもしれない。
それにひとつミスを犯してしまった。

端と端をくっつけ、輪っか状になった絆創膏に人差し指を入れる。
もはやすっかり粘着力を失っており、絆創膏型の指輪と化していた。
人差し指にはめた絆創膏の指輪を親指の腹で撫でると、
ふにゃふにゃの指輪は人差し指の腹の上を滑って爪の先にひっかかった。

今何時何分だろうか。
時計を持っていないので正確な時間はわからないが
今は四時前ぐらいだろう。
と、するなら……何時ぐらいが適当だろうか。

絆創膏を便器に捨てて考える。
あと一時間ぐらい……だろうか。
もうそろそろ外も明るくなってくるだろう。
244まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/11(木) 23:56:59
水洗レバーを捻る。

便器に溜まった水の上でゆらゆら揺れていた絆創膏が
勢いよく流れ出てきた水に飲み込まれて消えていく。


ペンを取り出してノワの事を考える。

もう彼はいらない。
インリン達が死んだことで鬱井達も必死でノワから何かを聞きだそうとするだろう。
余計な事を喋るとは思わないが、念の為にここで殺しておくか……。


と思ったが、今ノワをノートで殺すのはまずいと気付いた。
仮に今、鬱井がノワの目の前にいるとして、いきなりノワが心臓麻痺で死んだら
いくら鬱井でも誰かがノートを使ったという考えに至るだろう。
そうなったら残った者全員の身体検査をするなどと言い出しかねない。
操り方によっては上手くやれる気もするが……。
全員の名前を書いてノートを一時的に隠しておいてもいい。

いや、やっぱりダメだ。
最後の最期、種明かしといってはなんだが、その時みんなにノートを見せてやりたい。
みんなどんな顔をするだろう。考えただけでわくわくしてきた。

結局ノワもみんなと一緒に死んでもらう事にした。
ノートはどこにも置かず、今まで通り服の下に隠し持つことにした。
245まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/11(木) 23:59:47
南校舎の方に戻ると、事務室の前に何人かが立っていた。
ほとんどが応接室にいた人間だったが、その中には鬱井の姿もあった。

「お、戻ってきたか。ちょっといいか?」

呼び止められて少し戸惑った。
鬱井の表情は真剣そのもので、有無を言わせない迫力があった。
仕方なく足を止める。

「……なに?」
「インリン達が殺される前の事を聞きたいんだが」
「え……?」
「いや、他のみんなにも聞いてるんだけどね……」
「あぁそう……」

まさか……疑われてるのか?
慎重に答えなければいけない……。
246まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/12(金) 00:00:43
88.「便器」/終
247ニコハゲ ◆nikov2e/PM :2007/01/12(金) 00:09:25
>>219
ありがとう(´;ω;`)
>>220
(`・д´・;)まじっすか
犯人のミスを主人公がじっちゃんのナニにかけて解決っすか
248まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/12(金) 02:09:03
89.「今更」


目を覚ましたといってもKIRAは起き上がることはおろか、話すのも辛そうだった。
こちらからの問いかけに簡潔に受け答え出来る程度だ。
しかしそれだけでも十分頼りになる。

僕がKIRAの目となり、足となればいい。

KIRAが回復するにはまだ時間がかかるだろう。
今KIRAに推理させるのも酷だ。
なら今僕がやるべき事は、KIRAが回復するまでの間、
出来るだけ多くの情報を集めることだ。


廊下に出るとすっかり気分は晴れていた。
いつの間にか右足の違和感もなくなっている……ん?

……まぁいいか。

応接室の前あたりでわんたんが座り込んでいた。
泣き疲れたのか叫び疲れたのか、僕と目が合っても何も言おうとしなかった。
249まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/12(金) 02:13:48
ミサキヲタはさっきと同じ場所に同じ体勢で座っていた。
僕が近づくと一瞬顔を上げたが、何も言わずすぐに顔を伏せてしまった。

さっき廊下にいたはずのねるねとsaoko、それに九州の姿はなくなっていた。
応接室に入ったんだろう。

そういえばクロスとバジルは戻って来たんだろうか。

「ん……」

校長室に入ろうとすると、中にいた携帯が僕を見て何故か嫌そうな顔をした。

「どうした鬱井」

今更、と一拍置いて携帯は付け足す。
確かに今更だ。
本来なら真っ先にここを調べるべきだったのは刑事である僕なのだから。

僕は「ごめん」と頭を下げながら校長室に入る。
するとまるで僕を避けるように携帯が部屋から出て行った。
わざわざ呼び止めるのも変なので僕は無言で携帯を見送った。
250まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/12(金) 02:19:44
そこで気付いたのだが、部屋の中には僕以外にはおっかけしかいなかった。
さっきいたアルケミもugoもいなくなっている。
二人とも応接室に戻ったらしい。

「お前は戻らないのか?」

と聞くと、おっかけは苦笑いして片手を腰にあてた。

「いや……実は……」

おっかけは「鬱井と携帯が仲いいなら言いにくいんだが」
と前置きして説明を始めた。
どうやらおっかけは挙動が怪しい携帯の行動を観察していたらしい。

「別に携帯を犯人だと決めつけてた訳じゃないんだが、
 万が一携帯が犯人だったら何か証拠を隠滅しかねないと思ってな」

確かに携帯の挙動は怪しい。
人から挙動不審だとよく言われる僕でさえそう思う。
251まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/12(金) 02:24:56
「……で、携帯は何かしたのか?」
「ずっと見てたが特に何かを隠そうとしたりはしなかったな。
 なんか悪い事をしてしまったような気がするよ」
「まぁまぁ……仕方ないと思うよ」

だって怪しいもの彼、とは言わなかった。
僕達の足元にはインリン達の死体が転がっている。
こんな状況で冗談を言いそうになった自分が恐ろしい。
たった一夜で人が死ぬという事に慣れてしまっていた。

「じゃあ俺も戻るよ。もし死体を隣の職員室に運ぶなら声をかけてくれ」

床に倒れているインリン達を一瞥しておっかけは部屋の外に向かって歩き出した。

「いいのか? 俺を見張らなくて」
「お前が犯人なのか?」
「違うよ」
「あぁ、俺も鬱井が犯人だなんて思ってないよ」

おっかけは冗談ぽく笑いながら出て行った。
葬儀屋に勤めているという彼は僕よりも人の死に慣れているのだろう。
252まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/12(金) 02:30:47
「よし」

校長室の中を調べてまわる。

応接室に繋がるドアの前には置かれた机。
校長室側からは鍵がかけられないのでバリケード代わりに置いたのだろう。
応接室の中を確認した訳ではないがおそらくここと同じように
何か置いてあったのだろうと思われる。
さっきガラスが割れる音がした時、僕は事務室から応接室に
繋がるドアを開けようとしたが開かなかった。
バリケードとしての役割はきっちり果たしていたに違いない。

しかし反対側……職員室に繋がるドアの前には何も置かれていなかった。
これは職員室に鍵をかけておけばこのドアから部屋に入る事は
出来ないから安全だ……という理屈なのだが……。

ドアを開けてみると、そこは職員室だった。当たり前だ。

シニア達の死体が並べてある。
ぱっと見た感じでは特に変化はない。
迷路もそのままだ。
一応後で廊下に通じるドアにちゃんと鍵がかかっているか調べておこう。

……そうだ鍵だ。
職員室の鍵は確か本家に渡したはず。
253まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/12(金) 02:38:26
……そうだ鍵だ。
職員室の鍵は確か本家に渡したはず。

もしかして何らかの理由で職員室の鍵が誰かの手に渡っていたら?
と思ったが、鍵は本家のズボンのポケットに入っていた。残念。
いや残念というのはおかしいか。

おかしい?
何がおかしいというのか。
自分で自分が何に対して疑問を感じていたのかわからない。

この状況でインリン達は死んだのだ。
シニアの時ともまた少し違う。

後だなんて言ってられない。確かめなければ。

僕は職員室の前のドア(西側)を調べる。
鍵はかかっている。

後のドア(東側)はどうだ?
廊下にベニヤがあって通れないので迷路を抜けるしかない。
この時僕は変な気持ちだった。一体何を願っているのだろう。

なんとか迷路を抜けて、後のドアに手をかける。

……開かない。鍵はかかっている。
254まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/12(金) 02:45:24
……開かない。鍵はかかっている。

今通った迷路を逆戻りしながら、僕の中のもやもやがはっきりと色づいていく。

さっき異変が起こった時、このドアは開かなかった。
応接室と繋がるドアも開かなかったはずだ。
職員室の廊下に通じるドアにも鍵はかかっていた。

つまりこれは……、


『密室』


僕の頭の中に浮かび上がったのはこの文字だった。
そう、校長室に入れた人間はいないのだ!

……と思ったが、校長室に戻って僕は思い出した。

窓が割れていたのだ。
255まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/12(金) 02:51:42
しかもガラスは内側に向かって割れている。
床に散らばった破片の大きさや数から考えて間違いないだろう。

「つーことは外から入ったって事かぁ……」

僕は息を吐きながら独り言を呟いた。

「ん!?」

自分が吐いた言葉に違和感を感じた。
なんか僕はこればっかりだな、と思ったがそれどころではない。

外から入ったって、誰が入ったというのだ。
どうやって? しかもここは二階だぜと僕は思った。

そしてそして何よりおかしいのが犯行時刻だ。
ガラスが割れる音がしてからドアをぶち破るまでせいぜい2分ほどだ。
犯人はなんとかして外から二階のこの部屋のガラスを割って入って
なんとかしてドアが破られる前にみんなを殺したのか?
256まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/12(金) 03:00:02
「ありえねぇ……」

床に倒れているみんなは、首を切られている以外に目立った外傷はない。
おっかけがぶち破ったドア以外に壊れたりしているものもない。
この部屋で争った形跡はないのだ。

みんな抵抗しなかったとでもいうのか?
信じられない。そんな訳があるはずがない。
少なくとも僕はガラスを割って侵入して来た奴に心許して握手を求めたりはしない。

考えられるのは、あの薬品……。
Lコテカレーの臭いが鼻の奥に蘇る。

あれを使えば一瞬で意識を奪うことは可能だろう。
しかし今度はどうやってあの薬品をみんなに嗅がせたのか、という疑問が生じてくる。
ノワがKIRAにやったように、スプレーかなにかで吹き付けたのか?
それなら不可能ではないのかもしれないが、なんか納得いかない。

僕はしゃがんでインリンの服に手をあててみる。濡れてはいない。
乾いたのかもしれないし、服にはかからなかったのかしれない。
床に手をついて四つんばいになり、服の臭いを嗅いでみる。
今誰かこの部屋に入ってきたら僕は死体の臭いフェチ野郎という
最悪のレッテルを貼られるだろう。

しかしそんな事を考えてる場合ではない。
257まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/12(金) 03:12:36
「無臭……」

なんの臭いもしなかった。
一応確認してみたが全員同じだった。

という事は……どういう事だ?

わからない……。


結局たいした収穫はなかった。
わかったのはどうやってみんなを殺したのかわからない、という事だ。

考えるのは僕には向いてない……いや、僕の仕事じゃない。
“この状況で殺すのはちょっと無理っぽい”という事を調べられた事を誇りに思おう。
無理やり自分にそう言い聞かせて校長室を後にした。


おっかけ達応接室のメンバーが何人かが応接室の前に立っていた。
さっき座り込んでいたわんたんやミサキヲタもいる。


よし、次は聞き込みだ!
新生鬱井はこの程度ではへこたれないのだ!
258まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/12(金) 03:13:21
89.「今更」/終
259 ◆K.tai/y5Gg :2007/01/14(日) 03:24:52
そういうわけで捕手
260名無し戦隊ナノレンジャー!:2007/01/14(日) 03:27:17
僕も保守てつだうよー
レスしたことなくてごめんよー
次はエッチな物語おねがいよー
261まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/14(日) 23:22:31
90.「夢中」


「言えっつってんだろ!」イノセンスがノワの腹を蹴り上げる。
ノワは呻き声を上げて膝を折ったが、相変わらず不敵な笑みを浮かべたままだった。

「イノ、それ以上は──」

イノセンスはノワの髪を掴んで今度は顔面を蹴り上げようとしたが、見かねた蟹玉がそれを止めた。
ノワの頬は赤く腫れ、口元には血が滲んでいる。

「ちっ」蟹玉に肩を掴まれ、イノセンスは仕方なくノワの髪から手を離した。

ノワは何も話そうとはしなかった。華鼬の事も、自分の事も。そしてLコテの事も。
イノセンスからインリン達六人が殺された事を聞いたノワは声をあげて笑った。
その次の瞬間にはもうイノセンスが拳を振り上げていた。
それからずっとこの調子である。

ノワを痛めつけても何も聞き出すことは出来そうもない。
最初はある程度の暴力的なやり方も仕方ないと思って
ノワを殴りつけるイノセンスを止めなかったが、これ以上ここにいても
ノワの傷が増えるだけだろう。それどころか下手をすると今度はイノセンスが殺人犯になりかねない。
蟹玉はイノセンスの頭を冷やさせる為にも一度鬱井達の所に戻ろうと考えた。
262まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/14(日) 23:27:08
「イノ、一度みんなの所に戻──」言いながら部屋の入り口の方に目をやった時だった。
開けっ放しにしてあったドアの前に携帯が立っていた。

「携帯……いつからそこに」

「イノセンスが腹に蹴りを入れたところからだ」携帯はノワを一瞥してそう言うと、
爪を噛みながら、足を引きずるようにしてゆっくりと歩いてくる。

「ノワ……Lコテの弟……」

携帯はイノセンス達と並ぶようにして立ち、床に膝をついているノワを見下ろした。
眠そうな半開きの目には何の色もなく、視線はノワを真っ直ぐ捉えているようで
全く別の所を見ているようにもみえる。

「携帯……か。何の用だ? そもそもお前は今日ここに招待してないんだがな」

ノワは追い払うような仕草をして笑ったが、すぐに表情を強張らせた。

「携帯……?」蟹玉はすぐにノワの異様な表情の意味に気付いた。
ノワを見下ろす携帯の目は見開かれ、口の端が吊り上っていた。
さっきまでとはまるで違い、はつらつとした笑みを浮かべている。
笑っていると判断したのは口元の形だけだ。
笑顔というにはあまりにもいびつな、歪んだ表情だった。
263まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/14(日) 23:37:59
「今ので……知りたい事の一つは分かった……」

抑揚のない声で携帯が呟く。
ノワは強張った表情のまま、じっと携帯を見つめていた。

「他にも知りたい事がある」携帯が身を屈めてノワの顔を横から覗き込む。
「俺はお前の話には興味がない」ノワが携帯から目を逸らして顔を反対に向ける。
「だが俺はお前に聞きたい事がある……」携帯が反対側からノワの顔を覗き込む。

ノワの目の前には携帯の顔がある。
しかしノワは決して目を合わそうとはしなかった。
ノワの表情にはさっきまでの余裕がみられなかった。
今まで絶えず浮かんでいた笑みもすっかり消えている。

「その顔の左半分のただれは火傷だな……」
「……!? だからなんだ……?」

予想していなかった質問だったのか、ノワは驚いたように携帯と視線を合わせたが、
すぐにまた目を逸らした。
264まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/14(日) 23:45:21
予想していなかった質問だったのか、ノワは驚いたように携帯と視線を合わせたが、
すぐにまた目を逸らした。

「お前の姉……Lコテは火事で死んだ」

「貴様……なんのつもりだ」明らかにノワの目の色が変わった。
ノワは唇を噛み締め、射抜くような目で携帯を睨んだ。
すると今度は携帯がノワから目を逸らした。

携帯の上半身が見えない糸に吊り上げられるようにゆっくりと起こされていく。
携帯は背筋をぴんと伸ばし、口を大きく開けて天井を見上げた。
しばらく固まったまま天井を見つめていたかと思うと
急に糸が切れたように顎ががくんと下がり、落ちてきた視線がノワを捉える。
何かに操られている人形のような滑稽にも思えるその動きに、
蟹玉とイノセンスは言葉を失ってただ見入るばかりだった。

「その日……いや、その時お前はLコテと一緒にいた。そうだな?」
「なんだ……? お前は何が言いたいんだ……」
「お前の名前はノワ……俺は知っている。……知っていた」
「なんだ。何を言っている」

ノワは困惑しきっていた。
携帯が何を言おうとしているのかわからない。
265まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/14(日) 23:48:47
「携帯、どういう事だ?」

蟹玉が聞くと、携帯は何かに気付いたように蟹玉の方を振り返った。

「……あぁ、すまない」携帯は何故か謝って、頭をかいた。

「夢中になってたよ……」

謝罪の意味はどうやらイノセンスと蟹玉の存在を忘れていた、という事らしかった。
二人の存在を忘れてしまうほどに携帯を惹きつけたものは何なのか?
蟹玉には見当もつかなかった。ノワが何か重要な事を漏らしたようには思えない。

「……戻るんだろ?」携帯が床を指差す。下に、という事だろう。
蟹玉が黙って頷くと、携帯はノワに視線を移した。
携帯は下唇に指をひっかけて数秒ほどノワの顔を見ていたが、
結局何も言わずに踵を返して教室を出て行った。
床に擦れる携帯の靴の音だけが室内に響く。
蟹玉がイノセンスを一瞥すると、イノセンスが携帯の背中に鋭い視線を向けていた。
イノセンスも蟹玉と同じ事を考えていたのだろう。

携帯は何か重要な事実を掴んでいるに違いない、と。
266まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/14(日) 23:49:50
90.「夢中」/終


第十夜に続く
267アルケミ ◆go1scGQcTU :2007/01/16(火) 12:01:43
はてしなく〜つづく〜ものがた〜り
268まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/16(火) 23:08:05
【第十夜】


ノワはやはりノートの使い方について詳しくは知らないようだった。
いや、おそらくは知らされていないのだろう。
蟹玉達がいたのであれ以上は聞けなかったが、あれだけわかれば十分だ。
出来ることならもう一度、今度は一人でノワの所に行ければ……。

この事件の犯人はおそらくあいつ……。
鬱井が詳しく調べていればすぐにわかるだろう。
その前に決着をつけなければならない。

KIRAならもう犯人に辿り着いても不思議ではない。
一番厄介なのは犯人なんかではなくKIRAだ。
KIRAが全てを明らかにする前に俺が事件を終わらせてしまうしかない。
269まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/16(火) 23:33:35
91.「全部」


鬱井が出て行ったあと、KIRAは再び目を閉じてソファーの上で寝ていた。
ニコフには今KIRAの体がどんな状態になっているのかはわからなかったが、
もしかすると目を開けていると視界が二重三重にぼやけて見えて
気持ち悪くなるのかもしれない。

「ふぅ……」

眠っているようにも見えるが、意識はあるようだ。
KIRAはソファーに寝転んだままシャツの襟元を緩めた。


先に部屋に戻ってきたのは鬱井ではなくイノセンス達だった。
結局ノワからは何も聞けなかったとイノセンスは言ったが、
どうもイノセンスと蟹玉の様子がおかしかった。

「どうしたの? 何かあったの?」

二人の態度を不審に思ったニコフが訊ねると、イノセンスと蟹玉が顔を見合わせた。

「携帯がな……」
「携帯……携帯がどうした?」

イノセンスが携帯の名前を口にすると、突然KIRAが起き上がった。
270まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/16(火) 23:37:38
「KIRA、起きて大丈夫なの。まだ横になってた方が……」
「あぁ……大丈夫だよ、ニコフ……」

ありがとう、と言ってKIRAは体を捻り、両足を床につけてソファーに座り直した。

「で……どういう事だ?」大きく息を吐いてソファーに身を埋める。
まだ全快とは程遠いようだった。

「いや……なにがどうって訳じゃないんだけど……」

イノセンスが言うには、携帯は何か知っているんじゃないかということだった。
ただ二人の言う通り「なにがどう」という訳でもないようだ。
“なんとなく怪しい”と思っただけらしい。

二人は少し困った様子だった。
KIRAが無理をして起き上がったのを見て少し気が引けているのだろう。
しかしKIRAはがっかりした様子もなければ呆れたように顔をすることもなく、
真剣な顔つきで二人を見ていた。

「……それで、その携帯はどこに?」
「あぁ、廊下で鬱井達と……」
「廊下? そこにいるのか」

KIRAが怪訝な顔でドアの方を一瞥すると、
それにタイミングを合わせたようにドアが開いた。
271まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/16(火) 23:42:07
「おっ……KIRA、もういいのか?」

ドアを開けたのは鬱井だった。

「よくはないな」

KIRAはそっけなく答えて鬱井から視線を外したが、
何故か鬱井は嬉しそうにKIRAの横顔を見ていた。

「で、どうだ鬱井……? なにかわかったのか……」KIRAが静かに言う。
鬱井は頷き、メモ帳を取り出した。

「今、廊下で聞いてきたんだが……」

鬱井は応接室にいた人間達から聞いた、部屋割りが変わってからの行動を簡潔に話した。
KIRAは黙って頷き、顎に手をあてて何か考えているようだった。

「って感じなんだけど……ど、どうだろう」

話し終わった鬱井は不安そうな顔でKIRAを見ていた。
272まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/16(火) 23:46:37
「部屋割りが変わってから、インリン達が死んでいるのが発見されるまでに
 応接室を出た人間は数人……か。
 ん……? 待て鬱井、携帯はどうした? 一緒じゃなかったのか」
「え……あれ? さっき廊下で一緒だったんだけど……
 いつの間にかいなくなってたからてっきりここに戻ったんだと」

鬱井が驚いたように部屋の中を見渡した。
携帯がいない事に気付いていなかったようだ。



携帯は再び三階の1−2の教室に来ていた。
今、室内にいるのは携帯とノワの二人だけだ。

「俺が聞きたいのは」

ノワの目の前、手錠で繋がれているノワが手を伸ばしても
ギリギリ届かない位置に携帯は座り、床に立てた両膝に手を置いて背中を丸めた。

「“お前の”目的だ」

絡みつくような目でノワを見上げる携帯にノワは理屈抜きで不快感を感じていた。

「……俺の? どういう意味だ」
「そのままの意味だ」

膝の上に置かれた携帯の手の指が落ち着きなく動く。
273まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/16(火) 23:50:37
「大体のことは鬱井達から聞いてわかってはいるつもりだ……。
 鬱井やKIRAは俺のような一般人には話してはいけないと思っているのか
 あまり詳しくは教えてくれなかったが、自分なりに色々と考えてみた」
「なにを……」

ぼそぼそと話す携帯の声は低く、目の前にいるノワでさえ聞き取るのがやっとだった。

「八月二日……俺達肝禿小学校六年二組の生徒の“ほとんど”に
 同窓会の通知が来た。差出人は不明。ついでに消印もなし……」
「何の話だ」

膝の上で遊んでいた携帯の指の動きが一瞬止まった。

「そう、“何の話”……だ」

消え入りそうな声で携帯は呟いた。

「俺は知らなかった。みんなにそんな手紙が来ていた事を。
 俺だけ仲間はずれだ……ふふふ……」

携帯はそう言って笑ったが、表情に変化はない。
乾いた笑い声がノワには不快でならなかった。
274まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/17(水) 00:01:26
「最初鬱井からそれを聞いた時思ったよ。
 誰が企画したのか知らないがなんて嫌な奴だろうと」
「さっきも言っただろう? お前のことは最初から──」

言いかけてノワは言葉を飲み込んだ。

「もう遅い」

再び携帯の指が動き始める。

「そう……俺は招待されなかったんじゃない。
 “そいつ”が俺を招待しなかったんだ。この違いがわかるか?
 同じ意味に聞こえるが全然違う。招待したくないからしなかったんじゃない。
 する必要がなかったんだ。そうだろう?」
「お前……まさか……」

抑揚のない声で淡々と話す携帯に、ノワは恐怖を感じ始めていた。

「ラチメチにも届いていなかったらしい……。
 葉書は俺とラチメチ以外の全員に届いている。全員だ。
 あれから十数年……村を出た奴も多い。
 北は北海道から南は沖縄まで……といっても今誰がどこに住んでいるのか俺は知らないが」
「何が……言いたい……」
275まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/17(水) 00:12:00
ノワは声が震えそうになるのを抑えながら慎重に言葉を選ぶ。
携帯は全て気付いているのかもしれない。
少しでも余計な事を話せば命取りとなる。だが聞かずにはいられない。
携帯がどこまで知っているかを確かめなくてはいけない。

「消印がないのも葉書が届いた者全員に共通しているようだ……。
 ということは全員の家に直接届けに行った奴がいる訳だ。
 たいした奴だ。俺ならそんなめんどくさいことは絶対にしたくない。
 もしかして何人かで手分けしたのかもしれないが」
「それがどうしたというんだ。お前は何が言いたいんだ?」

携帯以外にはノワしかいないのだから当然ノワに対して話しているはずなのに、
携帯はまるでノワの事など見えていないかのようにノワを無視して独り言のように話し続ける。

「八月十日……ラチメチは何者かに襲われ拉致された……。
 何かの薬品で意識を奪われ、目を覚ましたのは次の日、病院でだったそうだ。
 その間の事は断片的にしか覚えていないらしいが、襲った相手は
 『ノートを出せ』と言ったらしい……あのノートの事だ……」

携帯が膝から手を離し、両手を床についてゆっくりと立ち上がる。

「八月十一日の朝……俺の所に電話がかかってきた。
 電話はすぐに切れた。電話の相手はラチメチだと後でわかった」
「電話……いつの間に……」
「俺の言いたいことがわかるか……」
「……お前……どこまで知っている?」

ノワはいつの間にか拳を握っていた。口の中が乾く。

「全部だ」

まどろんだ携帯の瞳に、怯えた顔の自分が映っていた。
276まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/17(水) 00:13:39
91.「全部」/終
277まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/18(木) 23:46:53
92.「鳩尾」


「ま、まさか携帯まで! やべぇ! ちょっとその辺見てくる!」
「待て鬱井、どこに行ったかはだいたい見当がつく」

携帯が部屋にいないと気付いた鬱井は慌てて部屋を飛び出そうとしたが、
イノセンスに肩を掴まれ止められた。

「ど、どこだ!?」
「三階にいるんじゃないか」
「三階? なんで……」

何故携帯が三階にいる事をイノセンスが知っているのかという事よりも、
何故携帯が三階にいるんだろう、と鬱井は不思議に思った。
しかしその理由についてはすぐに想像がついた。三階にはノワがいる。
もしかして携帯はノワに何か聞きに行ったのだろうか。

「よし、とにかく見に行ってくる!」
「おい……」

いくら手錠をかけて動けないようにしてあるといっても
ノワと二人でいるとしたらあまりにも危険だ。
鬱井はイノセンスの手を振り払うようにして事務室を飛び出した。
278まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/18(木) 23:54:16
事務室を出て、駆け足で階段へ向かう。
廊下の四つ辻にさしかかったその時だった。

「──んっ!」

鬱井の目の端に人影が映った瞬間にはもう遅かった。

「うわあっ」

北校舎の方から歩いてきていたバジルにぶつかりそうになった。

「ごふっ」

鬱井はギリギリの所でブレーキをかけて止まろうとしたが、間に合わなかった。
バジルが反射的に突き出した手が鬱井の鳩尾を打つ。

「ぐ、ぐぅぅ……」
「あ、危ないなぁ……」

鬱井は両手で腹を抱えてその場にしゃがみこんだ。
苦しくてしばらく声も出せなかった。
279まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/19(金) 00:01:03
「ごめんね。でも……廊下は走っちゃいけないよ」

バジルは笑いながらそう言って、うずくまる鬱井の横を通り過ぎていった。
鬱井は何か文句を言おうとしたが声にならない。
それにバジルの言う通り走っていた自分に非がある。

だけどなんだかとっても腹が立つ。
鬱井は悠然と去っていくバジルの背中を睨んだ。
バジルは大袈裟なぐらい手を大きく振って歩いていた。

「う……?」

ようやく痛みが和らいできたとき、
鬱井は自分の手が湿っていることに気付いた。
自分の手のひらを眺めてみる。汗ではない。
それに手だけではなかった。
ちょうど今まで抑えていた鳩尾のあたりも微妙に湿っているような気がした。

「ん……」

やっぱり自分の汗なのだろうかと思ったが、段々と離れていくバジルの
後ろ姿を見てやはりそうではなかったと気付いた。
280まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/19(金) 00:16:20

バジルは北校舎の方から歩いてきた。
北校舎に行ったのはトイレの為だろう。
トイレで用を足したら当然手を洗う。
手を洗えば当然手は濡れる。
バジルは濡れた手を拭かずにトイレを出て歩いてきていたのだろう。
バジルの手から水分が移ったのだと鬱井は推理した。
不自然なほど手を大きく振って歩いているのは手を乾かすためだ。

「ふっふふ……」

バジルの姿も見えなくなり、廊下に鬱井の小さな笑い声が微かに響いた。
我ながら素晴らしい推理力だ。さすが新生鬱井。
どうやら自分でも気付かないうちにレベルアップしていたらしい。
鬱井は胸の奥から湧き上がる興奮を隠しきれなかった。
これならKIRAに頼らなくても、真剣に思考をめぐらせれば
この事件を解決出来てしまうかもしれないとまで思った。
そうなればニコフも自分を一人前の男として見てくれるようになるだろう。

三階に上がって、1−2の教室の前に着く頃には
頭の中で未来の自分がニコフとの挙式をあげていた。
もしかすると遠い未来ではないかもしれないと鬱井は本気で思っていた。

しかしそんな甘い妄想は教室内に足を踏み入れた瞬間に消し飛んだ。
281まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/19(金) 00:24:43
「──携帯!?」

教室に入った鬱井が目にしたものは、
倒れている携帯と、携帯の傍に落ちているナイフ、
一部分が赤く染まった床、そして窓の外の手すりにぶら下がった手錠。

その手錠に繋がれているはずのノワの姿はどこにもなかった。



「いいのかな。一人で行っちゃったけど」ニコフがドアを見つめて言う。

携帯が三階にいるかもしれないと聞いて鬱井は飛び出していったが、
もしも携帯が三階ではなくトイレに行っただけで、
本当に三階に行った鬱井がノワに何かされたらどうしようとニコフは心配になった。

「まぁ大丈夫だろ。いくら鬱井でも」
「うむ……」

イノセンスとKIRAは全く心配していないようだった。
ノワは手錠で繋がれているらしいし、鬱井は銃を持っている。
鬱井を心配するということは自分が鬱井の事を
信頼していないからなのだろうかとニコフは思った。
282まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/19(金) 00:33:12
「で、KIRA……どうなんだ?」

イノセンスが急に真剣な顔になって言った。

「どう……とは?」
「この事件の事に決まってるだろ。お前ならもうわかってるんじゃないのか」
「そうだな……」

KIRAは腕を組んで小さく息を吐いた。
少しずつ体力は回復してきているようだった。
どうやらKIRAは犯人が誰なのかわかっているようだ。
しかし誰も驚きの声をあげなかった。
だけどそれは不思議なことでもなんでもない。
KIRAが「全くわからない」と言った方が驚いただろう。
何故ならニコフでさえある程度犯人に目星をつけていたからだ。
自分にわかる事がKIRAにわからないはずがない。

「誰が犯人なの?」

アンキモが興味深そうにKIRAの横顔を見つめる。
KIRAは首を捻ってアンキモのほうを一瞥して、無言で頷いた。

「……どうなのよっ?」肩透かしをくらったようにアンキモが前のめりになる。
だがKIRAは何も言わず顔をアンキモの方に向けたまま黙っていた。
何も言おうとしないKIRAを見てアンキモは苛立ったような顔で
KIRAの口が開くのを待っていたが、KIRAはいつの間にかアンキモから
視線を外して窓の外を見ていた。
283まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/19(金) 00:40:11
「……僕なりに色々考えたんだが、答えを出す前に確かめなくては
 ならないことがいくつかある」

ようやく口を開いたKIRAの表情はどこか苦しそうだった。
それは体調が優れないからということだけではないとニコフは直感したが、
その言葉の意味まではわからなかった。

「ニコフ」

窓の外を見ていたKIRAが不意にニコフの名前を口にした。
まさか自分の名前を呼ばれるとは思わなかったニコフは、
驚きのあまり返事も出来なかった。
しかしKIRAはニコフの返事を待たずに続けた。

「十三年前……」

小さく、独り言のようにKIRAが呟く。
部屋の中にいる全員の視線がKIRAに集まった。
そしてこの後KIRAの言った言葉を聞いて、皆の視線がKIRAからニコフへと移る。

「あのノートにカレー事件の犯人が死ぬように書いたのは……君だな?」
284まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/19(金) 00:50:18




ぴくりとも動かない携帯を見て、
体中の血液が凍りついたように体の内側に寒気が走った。

「け、携帯!」

ノワがいなくなっている事も大変だが、今はそれどころではない。
鬱井は自分の意思とは関係なく震えそうになる足を必死に抑えて携帯に駆け寄った。

「携帯! 携帯!」

携帯の傍にしゃがんで肩を掴んで抱き起こす。
触れた瞬間シャツ越しに携帯の体温が伝わり、生きている事がわかった。

「しっかりしろ! 携帯!」
「……鬱井……」
「大丈夫か!?」
「あぁ……大丈夫だ……」

携帯は、口元が血で滲んでいること以外に怪我はなさそうだった。
意識もしっかりしているようだ。
全身に血の気が戻っていくのを感じながら鬱井は胸を撫で下ろした。

285まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/19(金) 00:56:08
「何があったんだ……?」
「……ノワにやられた」
「あぁ、それで何が? ……いや、ノワはどうしたんだ?」

状況的に見てノワ以外には考えられない。
携帯が無事だとわかった今、
鬱井が聞きたかったのは何故ノワがいなくなったのかという事だった。

「だから、ノワにやられたんだ」

携帯は床に手をついて自分で体を起こしながら同じセリフを繰り返した。

「いや、それはわかったけど……」
「たいした奴だ。いや、さすがと言うべきか」
「は、はぁ……?」

携帯は親指を立てて口元の血を拭うと、そのまま舌を出して指についた血を舐めた。

「ど、どうしたんだ携帯……どっか痛いのか?」

ショックでちょっと精神的にアレなのか、それとも元々アレなのか、と、
鬱井は本気で携帯の言動に不気味さを感じていた。
286まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/19(金) 01:08:28
「俺よりノワの方が痛かっただろうな」
「え?」
「ほら……」

携帯は親指を口につっこんだまま、人差し指を伸ばして床を指す。
そこには一目で血だとわかる赤い水溜りが出来ていた。

「あ、あれノワの血なの?」
「そうだ……」

どうやら血はノワの流したものらしいが、一体何故ノワが出血したのか
鬱井にはさっぱりわからなかった。

「それを取られてな」
「それ……? って、えぇ?」

携帯は片足を伸ばして、足の裏で床に落ちているナイフを引き寄せた。

「取られてってどういう……いや、それより、それを取られてなんでノワが……」

鬱井は混乱していた。
携帯の言っている事の意味がわからない。
287まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/19(金) 01:18:52
「“これ”で“あれ”を削ぎ落としたんだ」

携帯は拾い上げたナイフの先で床の血溜まりを指す。
“これ”というのはナイフの事だろう。
では“あれ”とは何だろう。
血を「削ぎ落とす」とは言わないだろう……と、不思議に思いながら
床に広がった血を見ていると、中央に何かあるのに気付いた。

「あ……?」

鬱井は吸い寄せられるように、よつんばいの格好で血溜まりに近づく。
携帯の言う“あれ”は、何かの塊……のようなものだった。

「……? これって……お……おわぁ!」

思わず手を伸ばして摘みそうになった時、それが何なのか理解した。

「ちょ……こ、こ、これ!?」
「手の肉だ。ノワのな」

塊は人の肉だった。
表面が血で赤黒くなっていたが、一部肌色が見えている。
288まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/19(金) 01:30:23
「う……うわぁ……」

鬱井は思わず目を逸らしてしまった。
手の肉、と言われても手のどの部分かもわからない。

「親指の付け根から手首までのあたりだ。
 そこを削いで手錠から手を抜いたんだ」
「うっそだろう……」
「痛かっただろうな」

携帯は左手の人差し指で、右の手のひらの親指の付け根辺りに円を描いた。

「無茶苦茶だ……」
「無茶苦茶だ」

携帯が鬱井の言葉をオウムのように繰り返す。
しかし鬱井と違って携帯は全く動じていないようだった。

「なんでこんな事を……そうだ、なんでこんな事に」

鬱井は自分の言葉で大事なことを思い出した。
そもそも何故携帯がナイフを持っていたのか、という事だ。
289まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/19(金) 01:46:02
「携帯、お前なんでナイフなんか持ってたんだ」
「ノワを殺そうと思った」
「は……?」

また携帯が意味のわからないことを言い出した。
鬱井にとってあまりに信じがたい言葉だった為、
その意味をまともに受け取る事さえ出来なかった。

「ころそうとおもった?」
「あぁ、口封じの為にな」
「くちふうじ……?」

元々聞き慣れない単語だったせいか、鬱井にとっては解読不能な言葉だった。
鬱井は訳もわからずただ携帯の顔を見ていた。
携帯はいつも通りの無表情だった。
くちふうじ……くちふうじ……口を封じると書いて……口封じ。

「口封じ……口封じだって?」

何度も心の中で繰り返している内に意味がぼやけてきそうになったが、
口に出して言うとその言葉の意味がはっきりと色づいた。
そしてその言葉の意味するところはただひとつである。

「そうだ。今夜起きた殺人は全て俺が計画したんだ」

抑揚のない、いつもの口調だった。

「俺が華鼬だ」
290まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/19(金) 01:46:53
92.「鳩尾」/終
291 ◆K.tai/y5Gg :2007/01/21(日) 01:40:18
胞子
292ニコフハゲ ◆nikov2e/PM :2007/01/21(日) 23:54:12
主人公・携帯の真意は!?

93話このあとすぐ!?
293アルケミ ◆go1scGQcTU :2007/01/23(火) 22:55:49
保守しときやす
294 ◆K.tai/y5Gg :2007/01/25(木) 01:52:19
報酬
295名無し戦隊ナノレンジャー!:2007/01/26(金) 15:22:36
補習
296まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/29(月) 00:45:45
もう一週間以上
297名無し戦隊ナノレンジャー!:2007/01/29(月) 00:48:24
とがしよりまし
298 ◆K.tai/y5Gg :2007/01/31(水) 01:47:59
今夜は
299名無し戦隊ナノレンジャー!:2007/01/31(水) 19:34:18
まりあ先生の次回作にご期待下さい!?
300まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/31(水) 23:15:08
93.「淡々」



「正直に言ってくれないか」

ニコフを見るKIRAの目は優しかった。
何の曇りもない、真っ直ぐな目だった。

「……うん、私が書いたの」

ニコフは何も言い訳しなかった。
する必要も意味もない。
KIRAの目がそう言っている気がした。

「ありがとう」

KIRAは一言だけそう言って、ソファーから腰を上げた。

「KIRA、まだ……」
「大丈夫」

立ち上がったとき、KIRAは一瞬足元をふらつかせた。
ニコフはKIRAの体を気遣ってソファーに座っているよう促したが、
KIRAは片手を軽くあげてニコフに笑いかけた。
301まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/31(水) 23:27:27
KIRAはゆっくりと歩を進め、窓際で足を止めて振り返った。

「これで謎はひとつ解けた」
「ひとつ……?」
「説明は後だ。今はとにかく、ひとつずつ事実をはっきりとさせていきたい」
「……?」

ニコフだけではなく、この場にいた全員がKIRAの言っている事の意味がわからなかった。

「……先生、あなたにも聞かせてもらいたい事があります」
「──なんだ?」

突然名前を呼ばれて驚いたのか、うつむいたまま椅子に座っていたゲロッパーが
慌てたように顔を上げた。
聞かせてもらいたい事──おそらくそれは昨日(日付が変わっているので
正確には一昨日だが)、ゲロッパーの家をみんなで訪れた時に聞いた質問の事だろう。
あの時職員室に来たのは一体誰なのか……という質問にゲロッパーは答えなかった。
ニコフはこの質問に対するゲロッパーの答えが、事件解決の為に必要な事なんだと直感した。
おそらくあの時職員室に来た人物こそがこの事件の犯人なのだろう、と。

「その前に、他のみんなに一度部屋から出てもらいたい」
「えっ?」
「先生と二人で話したいんだ」
「二人で……」

ニコフは何故? と聞きたかったが、口にする事は出来なかった。
説明は後……KIRAの目がそう言っていたからだ。
ニコフは黙って頷き、他の者達に目配せして廊下に出るよう促すと、
皆、無言でそれに従った。
302まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/31(水) 23:37:58
「もう夜明けだな……」

廊下に出ると、イノセンスが窓の外を見て呟いた。
もう四時を過ぎている。外が少しずつ明るくなってきている事に気付いた。

「……そういや鬱井は?」
「あ……」

イノセンスに言われて気付いた。携帯を呼びに行った鬱井がまだ帰ってきていない。
三階に行って戻ってくるだけならこんなに時間はかからないはずだ。

「もしかして三階で何か……」イノセンスが天井を見上げた。
すると蟹玉が階段の方に向かって歩き出した。

「蟹玉……」
「見て来るよ」

イノセンスが何か言いかけたが、蟹玉はそれを制すように、

「いなかったらすぐ戻ってくる」

と言って応接室を指差した。
そこで待っていろという意味だろう。
303まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/01/31(水) 23:46:30





(誰かいる……)

階段を上がって右に折れると、1−2の教室の前に誰か座っているのが見えた。
蟹玉は一瞬足を止めたが、廊下の先にいるのが見知った人物だと
わかると再び1−2に向かって歩き出した。

蟹玉の足音を聞いて、教室を覗き込むようにして座っていたその人物は
驚いた顔で蟹玉の方を振り返った。バジルだ。

不審に思った蟹玉が声をかけようとすると、
バジルは人差し指を口にあてて首を左右にふった。

「誰だ!?」

蟹玉が教室の中に目をやったのとほぼ同時に、中から鬱井の声がした。

「鬱井、やっぱりここに──」

言いかけた途中で蟹玉は手錠で繋がれていたはずのノワがいない事に気付いた。
その代わりに何故か鬱井の横に携帯がいる。
304まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/01(木) 00:02:47
「蟹玉、それにバジルも……いつの間に」

蟹玉は今来たばかりだったが、鬱井はバジルにも気付いていなかったようだ。
というよりバジルが気付かれないように覗いていたのだろう。

「鬱井が戻ってこないから呼びに来たんだ」

蟹玉が鬱井に向かってそう言うと、鬱井は「あぁ……」と納得したように頷いた。

「バジルは? どうしてここに?」
「僕はトイレの帰りに……」
「トイレ?」
「うん。ここにノワがいるって聞いたから……ちょっと見てみたくて。
 でも怖かったからこっそり覗くだけにしようと思ったんだ」

バジルの説明を聞いて蟹玉は疑問に思った事があったが、
それを口にはしなかった。
それよりもノワがいないことの方が気になる。
ノワの事を鬱井に訊ねようとした時だった。

「とりあえず、そんな所につっ立ってないで中に入ったらどうだ」

教室の中央に座っていた携帯が、蟹玉とバジルを手招きした。
蟹玉達が教室の中に入ってドアを閉めると、今度は二人を交互に見ながら
両手で何かを抑えつける様な仕草をした。座れ、という意味らしい。
305まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/01(木) 00:11:05
二人が携帯の前に座ると、携帯はノワが何故いなくなったのかを淡々と話し始めた。

ノワを殺そうと思ってナイフを持ってこの教室に来た。
ところがノワの逆襲に遭い、殴られて気を失った。
気付くと鬱井がいて、ノワは手の肉を削ぎ落として逃げたと思われる。
と、まるで他人事のようにアクセントを無視して棒読みで説明する携帯を見て、
蟹玉は違和感を覚えた。

その違和感の正体を探る間もなく、携帯の口から衝撃の事実が飛び出した。

「俺が犯人だ」
「な……んだって?」
「俺がノワと共謀してみんなを殺したんだ」

予想もしなかった言葉に、蟹玉は息を詰まらせた。

「う……うわぁ!」

バジルが立ち上がり、ニ、三歩後ずさった。

「本当に……本当にお前が犯人なのか……?」

鬱井もゆっくりと立ち上がり、背中を丸めて座っている携帯の顔を覗き込む。
306まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/01(木) 00:23:03
「お、お前がやったのか!?」

バジルは携帯を指差して叫ぶ。

「どうなんだ……?」

鬱井が囁くように携帯に問いかける。

「携帯……嘘だろ……?」

蟹玉は吐き出すようにそう言うのがやっとだった。


携帯は誰とも目を合わせようとせず、何かを懐かしむように
穏やかな笑みを浮かべて、虚ろな視線を宙に彷徨わせていた。
307まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/01(木) 00:23:57
93.「淡々」/終
308名無し戦隊ナノレンジャー!:2007/02/01(木) 01:14:36
キテルー!
おつまりあんぬ。
いくらうっさんでも携帯が犯人じゃないことくらい。。。
309まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/03(土) 00:47:17
94.「各々」



「ニコフ、入らないのか」

蟹玉が三階に向かった後、イノセンス達は応接室で待つ事にした。
しかしニコフは廊下に残ったまま応接室に入ろうとしなかった。
イノセンスが声をかけてもニコフは返事もせず、事務室のドアを見つめていた。

「ニコフ、聞いてるか? どうした?」
「え……うぅん……何も……」

イノセンスはもう一度声をかけたが、ニコフは気のない返事だった。
さっきKIRAに聞かれた事が原因だろうと思い、
イノセンスはそれ以上詮索はせず先に応接室に入ろうとした。

「ねぇイノ……イノは誰が犯人だと思ってる?」
「え?」

イノセンスが応接室のドアに手をかけた時、背後からニコフの声がかかった。

「犯人はもちろん私達の中にいる……だとしたら誰だと思う?」
「誰って……」
「犯人はたぶん……」
「おいおい。やめとけって」

ニコフが誰かの名前を口にしようとしたのがわかったので、
イノセンスはとっさにそれを遮った。
310まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/03(土) 00:54:09
「はっきりとした証拠も無いのに下手に名前出すのはよした方がいい」
「証拠ならあるわ」
「は!? マジで?」
「……たぶん」
「たぶんて。何言い出すのいきなり」
「探せば、って意味よ」
「そりゃあるだろうよ。でもそれが見つからない事にはどうしようもないだろ」
「見つからないだけで証拠は絶対にある。そうでしょう?」
「え……お、おう……」

やけに強気な口調で話すニコフに気圧されて、イノセンスは曖昧に返事するしかなかった。

「イノ、一緒に校長室を調べようよ」
「えぇ? どうしたのほんと」
「お願い」

突然の申し出にイノセンスは当惑したが、
ニコフの真剣な眼差しをはねのける事が出来なかった。
イノセンス自身、シニアの仇を討ちたいという気持ちも当然ある。
KIRAに任せっきりで犯人を捕まえるよりも、出来ることならば
自分の手で犯人を追い詰めてやりたいとは思っていた。
311まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/03(土) 01:02:06
「……わかった。行こう」
「うん。ありがとう」

ニコフは嬉しそうに笑って頷くと、颯爽とした足取りで校長室に向かって歩き出した。

「やれやれ……」

まるで探偵ごっこだな、とイノセンスは心の中で毒づいた。





携帯は穏やかな笑みを浮かべていた。
それはおよそ鬱井が携帯に対して持っていたイメージからはかけ離れた、
鬱井が認識している携帯の人間像とは一致しない異質なものだった。

「携帯……本当に、本当にお前がやったって言うのか」
「だからそうだと言ってるだろう」

鬱井が確認するように言うと、
携帯の顔から笑みが消えて柔和な雰囲気が消え去った。

「証拠は、あるのか」
「証拠?」
「お前が犯人だという証拠だ」

おかしな事を言っているのは自分でもわかっていた。
証拠を出せ、というのは疑いをかけられた容疑者側が言うセリフだ。
312まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/03(土) 01:11:18
「証拠も何も、俺がやったって言ってるじゃないか。
 犯人の自白より確かな証拠があるのか?」
「それは……そうだけど。でも」
「でも……なんだ?」
「う……」

鬱井は言葉に詰まった。
これではまるで自分が取り調べられているようだ。

「……わかった。じゃあ仮にお前が犯人だとしよう」
「仮にじゃない」
「なら俺の質問に答えてもらおう。黙秘権が……なんて言うなよ」
「自分で犯人だと言っておいて黙秘権もないだろう。
 いいだろう、なんでも答えようじゃないか」

鬱井には携帯が犯人だとはどうしても思えなかった。
きっと何か理由があって犯人のフリをしているのだ、と。

「まずキラヲタだ。キラヲタはお前が殺したというのか?」
「そうだ。俺が殺した」

携帯は何の躊躇いもなくあっさりと言った。
313まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/03(土) 01:22:22
「どうやって? いつ?」

キラヲタの死亡時の事は自分でもよくわかっているし、
犯人だけでなく他の者も大体の事はわかっているだろう。
それでも鬱井はあえて携帯に説明を求めた。

「いきなりそこからか。鬱井、いつもそんな取り調べの仕方してるのか?」
「なに?」
「いや、かまわない。聞かれた事に答えよう。
 21時30分前後、北校舎四階の女子トイレで殺した。
 凶器はナイフ。ナイフはそのまま現場に残した」
「21時30分……」

鬱井はメモ帳を取り出し、同時に記憶を引っ張り出しながら考える。
キラヲタが見つかったのが22時30分から23時の間。
KIRAが言うには、キラヲタの死亡時刻は発見時の約一時間前。
つまりキラヲタが殺されたのは21時30分から22時という事になる。
犯行現場も凶器も携帯の言う通りだ。

「いや待て」

携帯の言う事に間違いは無い。
だが鬱井はメモ帳を見てある事を思い出した。

「携帯、お前が学校……というか教室に来たのは23時前じゃないか」

鬱井が村に来てから初めて携帯を見たのは、
KIRAと北校舎四階の女子トイレから出た時だ。
314まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/03(土) 01:28:53
「何を言ってるんだ鬱井……そんなの嘘に決まってるだろう」
「嘘? なんで嘘ついたんだ」
「本気で聞いてるのか? 自分が疑われたくないからに決まってるだろう」

携帯が呆れたように笑う。

「じゃあいつから学校に来てたんだ?」
「……21時前かな」
「21時……」

肝試しが始まる少し前か……。
鬱井はメモ帳を見て確認するまでもなくその事を思い出した。

「ん? そういえば携帯、お前村にはいつ来たんだ」

鬱井は昼間の事を思い出した。
午後一時を過ぎた頃、ゲロッパーの家で冷やし中華を食べていた時だ。

『あのさぁ……今ってこの村、一日何本ぐらいバス出てるのかな』

一緒に来なかった携帯の事が気にかかり、なんとなく聞いてみた。

『あぁ、一日ニ本出てるはずだ。今日だと後は夕方の一本だけだな』
『あ、そうですか……』

確かポニーさんとこんなやりとりをしたはず……。
冷やし中華食べ過ぎて苦しかったなぁなどと、どうでもいいところまで記憶を辿っていると、

「ふぅ……」

携帯は再び呆れたように笑うと、小さく息を吐いた。
315まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/03(土) 01:36:36
「ち、違うよ。別にお腹が空いたわけじゃあ……」
「やっぱり最初から話した方が早いな」
「え?」

鬱井は頭の中を見透かされたような気がして
慌てて弁解しようとしたがそうではなかったようだ。
携帯が続けて何か言おうとしているのがわかったので、
鬱井はごくりと唾液を飲み込んで携帯の言葉の続きを待った。
そういえばお腹が空いたな……と、また思考が別の方向に流れそうになる。
鬱井は腹にぐっと力を入れて気を入れなおした。

「まず、俺が村に来たのは15日……もう昨日だな。
 昨日の20時30分ぐらいだな。
 はっきりとした時間は覚えていない」
「20時30分……? どうやって来たんだ?
 そんな時間、バスももうないぞ」
「自転車で来た」
「チャリ!?」
「あぁ、そうだ。自転車は村に入ってすぐの所に停めてある」

確かに自転車で来れなくはないだろうが、
本当にあの山道を乗り越えて来たのなら携帯の足腰はたいしたものだ。
鬱井は自分には出来そうもないので信じられなかったが、
携帯が嘘をついているようにも見えなかった。
自転車も調べれば本当にあるのかどうかわかるだろうし、
そんな嘘をつく意味もないような気がする。
316まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/03(土) 01:47:01
「あ、そうだ。ノワは? 一緒に来たんじゃないのか」

まさか二人乗りして来たのか……と言いかけたが、
流石にそれはありえないと思って口にするのはやめにした。

「ノワは何日も前から村に来ていた」
「なに?」
「前もって準備させておかなきゃいけない事があったからな」
「準備……」

そこまで言って、携帯は再び時間を遡って村に来てからの行動を簡潔に話し始めた。

まず20時30分に携帯は村にやってくる。
携帯は村の入り口に自転車を停めて、徒歩で学校に向かう。
学校に着いたのが21時前。その頃鬱井達は全員教室内にいた。

「その時ノワは? どこにいたんだ?」
「さぁな……学校に全員が集まるまでは身を隠すように言っておいたからな。
 22時30分に村の手前にある橋を爆破してから来るように指示しておいた」
「22時30分……あの時か!」

三人一組に分かれてキラヲタを探しに行く直前、
雷のような音と共に教室が揺れたのを思い出した。

「村から出れないようにする為に……?」
「そうだ。それから30分後に今度は学校の手前の肝禿橋を爆破するように
 ノワに指示しておいた」

21時、肝試しが始まる。
携帯は誰かと鉢合わせにならないように気をつけながら
時間をかけてゆっくり北校舎の四階まで上がってきたのだという。
そして21時30分。
317まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/03(土) 01:56:29
「北校舎の四階に上がって俺はすぐに女子トイレの中に隠れた。
 それから何分かして誰かの足音が聞こえた。
 俺は気配を殺してトイレの入り口でそいつが目の前に来るのを
 待って、トイレの前に来た瞬間薬品で意識を奪って中に引きずり込んだ。
 それがたまたまキラヲタだった。俺は意識を失ったキラヲタの体を個室に押し込んで
 喉にナイフを刺して殺した」

相変わらず一本調子な抑揚のない口調だった。

「……それで?」

鬱井は胃の奥から込み上げてくるものを抑えて息を飲み込んだ。
キラヲタの無惨な死体が脳裏をよぎる。
あの光景を作り出したのが目の前にいる携帯だとは、鬱井には未だ信じられなかった。





ニコフ達が出て行くと、急に事務室が広くなったように感じた。
今部屋の中にはKIRAとゲロッパーの二人だけだ。
KIRAはニコフ達が出て行った後もしばらく黙ったまま窓際に立って外を見ていた。
二人だけの空間を静寂が支配していた。
318まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/03(土) 02:04:02
いつまで続くとも知れない沈黙に耐えられなくなったのか、
ゲロッパーは室内に漂う重苦しい空気をかき乱すように事務室の中を歩き回った。

「先生」ゲロッパーに背を向けて窓の外を見ていたKIRAが口を開いた。

「話は長くなるかもしれません。どうぞ座ってください」

KIRAはゲロッパーにさっきまで自分が寝ていたソファーに座るよう促した。

「あぁ……」

ようやく沈黙から解放されたことにほっとしたのか、
ゲロッパーは安堵した顔でソファーに腰を下ろした。
KIRAはもうすっかり快復したのか、自分は立ったままゲロッパーの方に向き直った。

「先生は僕達を受け持っていた時の事を覚えていますか」
「覚えていることもたくさんあるし、忘れたこともたくさんある」
「……そうですか。でしたら思い出したくないことも
 思い出してもらわなければなりません」

KIRAの意味ありげな言い回しに、ゲロッパーは虚を衝かれたように顔を強張らせた。
319まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/03(土) 02:12:57
「思い出したくないなんて言ってない」
「忘れたことと思い出したくないことは別です」
「だからそんな事は言ってないじゃないか」
「ならば全て正直に話してください」

KIRAの視線が真っ直ぐゲロッパーの瞳を捉える。

「正直にも何も、隠す気なんてない」
「そうしていただければ助かります」

KIRAは会釈するようにゲロッパーに向かって軽く頭を下げた。

「十三年前、僕達が通っていた六年二組の教室に一冊のノートが持ち込まれました。
 まだ進級して間もない頃でした。持ってきたのはクラスの担任、ゲロッパー先生……」

今、室内には二人だけしかいないのに、
まるでこの場にKIRAとゲロッパー以外の第三者がいて、
その人物に向かって説明するようにKIRAは話し始めた。

「真っ白いノートでした。
 おそらく白い絵の具か何かで表紙に着色してあったのでしょう。
 中に綴じられている紙には何の特徴もなく、罫線が並んでいるだけの
 いわゆる大学ノートでした」
「あぁ」

そんな事は言われなくてもわかっている、と言いたげに
ゲロッパーはKIRAを睨めつけた。
320まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/03(土) 02:21:37
「先生はあのノートを持ってきた日の朝、僕達にこう言いました。
『このノートに願いを書くと、何でも望みが叶います』と。
 それを聞いた生徒達の反応は様々でした。
 わざとらしく感嘆の声をあげる者、それに追随して雄叫びをあげる者、
 隣の席の者と見合わせて嘲笑する者、そして──目を輝かせて
 食い入るようにノートを見ていた者」
「お前はどうだったかな」
「僕は一時間目の準備をしてました。正直先生の話は聞いていませんでした」
「さすが優等生だな」
「そうですね」

KIRAが冗談で言ったのだと思ったゲロッパーは笑いながら皮肉を言ったが、
KIRAは眉一つ動かさずそれを受け流した。

「最初はほとんどの者が先生の言う事を信じなかったと思います」
「あぁ」
「あのノートに最初に書き込んだのは下ネタでした。
 ですが彼はノートの力などまるで信じていなかったでしょう」
「そう……そうだったかな……」

ゲロッパーは少し目線をあげて、昔を思い出すような顔つきになった。
321まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/03(土) 02:30:03
「面白半分で書いたんでしょうね。
 休み時間、その時僕は自分の机で次の授業の準備をしていましたが、
 下ネタを含む数人の男子がロッカーの上に置かれたノートを囲んで
 何を書こうか騒いでいたのを覚えています」
「ふむ……」

ゲロッパーが感心したように頷いたが、
それがKIRAの記憶力に対してのものなのか、
そんな時でも授業の準備をしていた事に対してなのかはわからなかった。

「その時は見ていなかったのでわかりませんでしたが、
 下ネタがノートに『算数のテストで100点が取れますように』と
 書いたという事を後で知りました」
「うむ」

ゲロッパーは喉を鳴らすような声で相槌を打った。
その事は担任のゲロッパー含むクラス全員が知っている事実だ。

「結果は下ネタの願い通りでした。
 次の日に行われた算数のテストで彼は見事100点を取りました。
 これは彼にとっては人生で初の快挙だったそうです。
 ……といってもそれはノートのおかげだ、とみんな言っていましたが」
「あれは本当にびっくりした。下ネタは5年生の時も受け持っていたが
 あいつがテストで2桁以上の点を取った事はなかったからな」
「……はい」
322まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/03(土) 02:35:23
その時KIRAが観察するようにゲロッパーの表情を伺っていた事に
ゲロッパーは気付かなかった。

「……かくしてあのノートの力は本物だ、と皆信じるようになりました。
 たった一度、たかがテストで100点を取っただけでです。
 何か神懸かった現象が起きた訳でもない。
 それほど下ネタの成績の悪さは有名だったようですね。
 小学校のテストなんて少し勉強すれば簡単に満点を取れるのに」
「六年間全教科100点を取り続けたのはお前ぐらいだよ」

下ネタとは正反対に、KIRAの優秀さも全校では知らぬ者はいないほど有名だった。
だがKIRAからすればそんな事は自慢でも何でもなく当たり前の事だった。

「下ネタが100点を取った後、彼に続けとばかりに
 皆こぞって彼と同じ願いをノートに書きました。
 僕はそんな事をする必要がありそうなのは
 鬱井ぐらいだろうと思っていましたが」
「ははは……そういえば鬱井も成績が良くなかったな」
「僕からすればそんな事で100点を取っても何の意味も……。
 いや、今はその事はおいておきましょう。
 とにかく皆ノートの“神通力”というやつを信じて
 下ネタと同じ願いをノートに書き記しました」

KIRAはゲロッパーの表情に変化がないか目を凝らしながら続ける。

「ここでノートの使い方について新たな発見がありました。
 次のテスト、下ネタの後にテストで100点を取れるように書いた者は
 皆さんざんな結果でした。ノートの力を信じきって全く勉強しなかったんでしょう。
 鬱井に至っては0点だった」
「あの時はクラスの平均点が年間を通して最悪だったな」
323まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/03(土) 02:38:37
「あのノートにはいくつかのルールがある、と誰かが言い出しました。
 それは“同じ願いは叶わない”という事です」
「あぁ……そうだったそうだった」
「同じ願いを叶えられないなら、誰が最初に書くかという事になります。
 当然誰だって自分の願いを叶えたい。
 更にこんな噂も立ちました。
 そこでどこまでが“同じ願い”だと判定されるのかを検証する為にも
 何か願いを書き込む必要があります。問題は誰が書くか。
 その事で休み時間の教室内はもっぱらノートのルールについての
 議論に終始していました」
「ほう……噂になっているのは知っていたがな」
「そのうちにこんな噂まで立ちました。
 “一人一つしか願いを叶えられない”と。
 テストの件以降誰もノートを使っていなかったのですが、
 こんなルールまで出てきたら気軽に書き込む訳にはいかなくなる」

喋り続けていると喉が渇いてくる。
KIRAは咳払いをしてから大きく息を吸い込んだ。

「更にこんなルールまで飛び出しました。
 “このノートを使った者には、叶えた願いの分だけ不幸が訪れる”と」
「……後にその事で相談に来た奴もいるな。その時はそんな噂が流れているとは
 知らなかったが」
「はい……」

ゲロッパーの表情が曇ったのをKIRAは見逃さなかった。
324まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/03(土) 02:43:00
「このルール……というか噂ですね。
 この噂のせいでしばらくの間誰もノートに近づかなくなった。
 みんな最初に願いを叶えた下ネタがどうなるのかを確かめてからでないと
 書きたくても書けないと思っていたんでしょう……。
 そして恐怖に怯える下ネタはみんなに助けを求めていましたが
 みんな彼の事を避け始めるようになりました。
 下ネタに不幸が訪れた時、自分が巻き添えになるのが怖かったんでしょう。
 子供だったとはいえ残酷で薄情な話です」

KIRAは喋りながら時計に目をやった。
とっくに四時を過ぎている。
窓から差し込んでいた僅かな月明かりが、蛍光灯の淡い光に吸い込まれていく。

KIRAが追い続けている華鼬が仕掛けた今夜の連続殺人と、
十三年前の悲しい事件が次第に絡み合い、解け始める。
決着の時は近い。

夜明けと共に立っているのは自分か、華鼬か。
325まりあ ◆BvRWOC2f5A
94.「各々」/終