【|l |リ゚ ー゚ノl|∩<くうかんとうこスレですぅ】

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           箱庭の中の夢 第三章  反逆と和解、そして―――










        ◇登場人物紹介◇

  



◇箜間桐孤《くうかん とうこ》◇ 

性別:♀
年齢:32歳 (2003年現在)
誕生日:1971年 9月21日。
身長:162cm
体重:56`
血液型:A型

きれながの鋭い目を持つ女性。
薄ぶちの眼鏡がその印象をより強めている。
漆黒のスーツがおきにいり。
論理と理性を重んじ、真の叡智《えいち》を求めている。
また、箜間《くうかん》家の次期当主なのだが、本人の自覚は薄いよう。
彼女の使う”わざ”、概念反照《がいねんはんしょう》。
その”わざ”は彼女の才能、努力――そして母、蓮如《れんにょ》による受肉、
なによりも彼女の少女期―――他者をよせつけようとしない孤立した境遇が生み出した絶対防御。
こと防御系に関するかぎり現代日本の中、五本の指にはいるその実力はだてじゃない。
この物語の主人公。

◇月影文乃《つきかげ ふみの》◇

性別:♀
年齢:17歳(2003年現在)
誕生日:1986年 7月28日 
身長:154cm
体重:48`
血液型:A型

黒髪が美しく、肌の白い日本人形のような女の子。
自虐、自傷的ではあるが前向きでがんばりやさん。
”生きることは美しい”と思い、それを実践しようとしている。
箜間桐孤《くうかん とうこ》と同じく、この物語の主人公の一人。

◇倉成杏《くらなり きょう》◇

性別:♂
年齢:32歳
誕生日:1972年 3月17日
身長:182cm
体重:74`
血液型:O型

333人に1人いるという能力者を束ねる頭《かしら》、
形而上学同盟《けいじじょうがくどうめい》の頭である。
背は高く顔は白い。
性格は暗く、自分を受け入れなかった世界を憎んでいる。
しかし、熱い心をもった男でもある。
自身の心が生み出した少女―――杏子《あんず》。
杏子《あんず》をこころから愛している。
この世界の価値観を180度変えてしまうという”価値観の転倒”をくわだてている。
自分たち少数派である能力者と多数派の健常者の立場を逆転させてしまう恐ろしい計画である。

◇杏子《あんず》◇

性別:♀
年齢:10〜14歳(杏の空想により変化する)
誕生日:?
身長:140〜150cm(杏の空想により変化)
体重:30〜40`(杏の空想により変化)
血液型:?

杏《きょう》の心が生み出した理想の少女。
それが杏子《あんず》。
肌がすきとおるように白く美しい黒髪の少女。
少女は浅葱《あさぎ》色の着物を羽織り、わらじを履《は》いている。
杏《きょう》の考え―――”価値観の転倒”に賛同しそれをサポートしようとしている。
それは杏を誰よりも愛しているからにほかならない。

◇月読見《つくよみ》◇

性別:♀
年齢:30歳
誕生日:1974年 1月8日
身長:164cm
体重:56`
血液型:B型

人から認められたいという願望と誰よりもえらくなりたいという願望をもつ普通の女性。
容姿はとても美しいのだが、性格にすこし問題があり
反形而上学機構《はんけいじじょうがくきこう》天城《あまぎ》支部へと左遷《させん》させられた。
反形而上学機構《はんけいじじょうがくきこう》とは、能力者を敵視する団体である。
ほとんどが普通の人間なのだが、ときには能力者をも入れて、武装強化をはかるらしい。
誰よりも能力者を憎むのかたわら、能力者を自身の団体に入れるとは、
それほど反形而上学機構がせっぱつまっていることの証拠でもある。

◇アカシック・レコード◇

性別:♀
年齢:10歳ぐらいに見えるがその実はわからない。
誕生日:?
身長:140cm
体重:33`
血液型:?

日本人形のような少女。
名前にも書いてあるとおり、”世界を記録するもの”。
もとは普通の人間であったらしいのだが……。
物語全体の鍵をにぎる少女。








             箱庭の中の夢 第三章  反逆と和解、そして―――












なにげない時の中で人は生きる。
絶望を知り、希望に胸を振るわせ。
人は何かを求めようとする。

杏《きょう》は杏子《あんず》を愛するために。
杏子《あんず》は世界を創りかえるために。
月読見《つくよみ》は人々の賞賛をえるために。
アカシック・レコードは世界を記録するために。
桐孤《とうこ》は真の叡智《えいち》を知るために。
―――そして、文乃は美しく生きるために―――

文乃たちの求めるものは違えど、その背後にあるものは同じ。
すなわち、”生きる”ということ。
この物語を読めば、”生きる”ということがわかるかもしれない…。


      1




「箜間桐孤《くうかん とうこ》。久しぶりだな」

丈《せ》の高い痩せた男が話しかけた。
どこか歪んだ笑顔をもつ男。

「ああ、二年ぶりか……」

箜間桐孤《くうかん とうこ》は天上を見あげつまらなそうに嘯《うそぶ》く。
男の顔には微小な笑みが隠されていた。

「用件はなんだ。まさかお前ともあろうものが用件なしでわざわざ私を呼ぶとは考えられまい」

「さっしがいいんだな。桐孤《とうこ》は……」

「世辞はいい。さっさと核心部分を話せ」

「まあそうせかすな。実は――
 桐孤《とうこ》。お前の住んでいる伊豆、そこにある
 反形而上学機構《はんけいじじょうがくきこう》の天城《あまぎ》支部を偵察してもらいたい」

箜間桐孤《くうかん とうこ》の顔に驚きの色が燈《とも》る。
桐孤《とうこ》には、その男の考えが瞬時に分かってしまったからだ。
――すなわち、事実上伊豆の支配権をもつ箜間《くうかん》家を
(より正確に云うならば箜間と冠木《かぶらぎ》なのだが)
能力者の総本山ともいえる形而上学同盟《けいじじょうがくどうめい》に引き入れたい……と。

「おまえ、性格悪くなったな。
 なあ、倉成杏《くらなり きょう》――」

その言葉を受けて、杏《きょう》はにやりと笑う。
その笑みはひどく病的だった。

 箜間桐孤《くうかん とうこ》が今、現に話している人物こそが、
現代日本―――333人に1人という割合に存在する能力者を束ねる頭《かしら》、なのである。
形而上学同盟《けいじじょうがくどうめい》の頭、倉成杏《くらなり きょう》。
まだ三十代でありながら、能力者の巣窟《そうくつ》を束ねる正真正銘のばけもの。
それが今ここにいる―――
ふいに、杏《きょう》は桐孤《とうこ》に向かい頭を下げた。
地にむけるその姿は折れた百合を想像させた。

「お願いしたい」

杏《きょう》の姿に桐孤《とうこ》はためらった。
だがしかし、ためらったところで状況はなにも変わらない。
それに桐孤《とうこ》は、これは杏《きょう》に取り入るいいチャンスだと思った。
そして―――危なそうだったら避ければいい…と。

「まあ、いい。
 お前の余興につきあうのも…悪くはないか――」
642ミッチー ◆Michy/YYVw :2005/09/10(土) 12:18:43
導入に引きつける部分がないからかいつも読む気がせん

桐孤《とうこ》のこたえに杏《きょう》は笑った。
ただし、杏《きょう》の瞳にははじめから何も映し出してはいなかった。
ただ一人、杏《きょう》の愛する人物―――杏子《あんず》を抜かして。 
杏子《あんず》、倉成杏《くらなりきょう》のすぐ横で、人形のようにただ笑っている童女《どうじょ》。
杏子《あんず》というのは名ばかりで、顔は夜空に咲く桜をおもわせた。
そして、羽織る着物はうすい浅葱《あさぎ》色。

「なんて時代錯誤な童女――」

桐孤《とうこ》はそうつぶやいた。
>>642
死ね

「じゃあな。倉成杏《くらなりきょう》。
 私への貸しは高くつくからな。ふふ」

そういうと、桐孤《とうこ》は部屋から出ていった。
桐孤《とうこ》の出ていった後の部屋は思いのほか、がらんとしていた。
しばらくして今までぴくりとも動かなかった杏子《あんず》が動き出した。
桐孤《とうこ》がこの古い洋館から出て行ったことを確認したからである。
 
 
「兄様、これでまた一つ計画が進んだね」

杏子《あんず》は満面の笑みで愛するものに抱きつく。

「ああ、杏子《あんず》。
 お前が望むような世界になってきた」

「でも、まだまだだよ。兄様。
 これからが本番。
 兄様と杏子《あんず》が望む世界。
 世界を変革させるのは、認識ではなく行動なんだから――」

そして、杏《きょう》と杏子《あんず》は深いキスを交わした。
          2





 月影文乃《つきかげ ふみの》は天城《あまぎ》に来ていた。
伊豆半島のちょうどまんなかあたりにある四方八方を山に囲まれた土地。
古くから旅の難所とされた旅人への試練の里。
文乃は天城越《あまぎご》えをするさい、前日にとある洞窟で野宿をしていた。
そこでちょっとしたことがあったのだが、その洞窟を出たあとの文乃の顔には希望があふれていた。

「さてと……がんばらなくちゃ」

文乃はそう自分に言い聞かした。
この旅―――天城越《あまぎご》えは文乃自身にたいする試練なのだ。
文乃はくねくねとした道を歩く。
道の先に何かが待っているであろうことを信じて。
―――いや、実際は何も待っていないのかもしれない。
それでも人は前を向いて歩いていくしかない。
人生という名の旅路《たびじ》を。
 何時間か歩きつづけた文乃は、ふと目線先に一軒の茶屋があるのを発見した。
いくら体を鍛えている文乃とはいえ、何時間も歩きつづけるのは酷だ。

「あの、すいません。お団子とお茶をいただけますか?」

「はいはい。あらあらこんなかわいらしい穣《じょう》ちゃんが。
 えらくへんぴなところまで来ましたな」

人の良さそうなおばあさんが文乃の顔を見ていった。
きっと天城の土地に住む子どもの顔はすべて把握しているのだろう。
文乃がよそから来た旅行者だと見抜いていた。
それは文乃がリュックサックを担いでいたかもしれない。
地元の子供はこのような茶屋によらないかもしれない。
でも、そのようなことは文乃にとってどうでもよかった。
今は、すこしばかし休憩をとりたかったのだ。

「あの、おばあさん。この天城峠《あまぎとうげ》はどこまで続いているんですか?」

「どこまでもどこまでも続いているじゃて」

このおばあさんはあまり要領をえたことを云わなかった。
でも文乃は温かい気持ちになった。
文乃が茶屋から出ると、外になにやら怪しげな二人組みの男がいる。
一人は中肉中背のあまり人相のよくない男。
もう一人は着物姿をした侍《さむらい》。

「えっ、どうしてここに侍《さむらい》が?!」

文乃は侍を見て興奮し、ついついその藍色《あいいろ》の着物を着た男
―――侍に話しかけた。

「あの、もしよかったらここにサインいただけますか…」

ずこ。
侍《さむらい》がこける。
よもやいきなり見知らぬ女の子からサインをねだられるとは思ってもみなかったのであろう。
して、サイン色紙をあらかじめ持っていた文乃も文乃である。
文乃はいついかなる時でも有名人と会った時のためにサイン色紙を持参《じさん》していた。
ぞんがいにミーハーだ。

「ああ、いいぞ」

侍はやさしかった。
文乃は侍を見ながらにこにこしている。

「してお主、名前は?」

侍が文乃に名前を聞いた。
おそらく文乃の名前をサイン色紙に書いてくれるのだろう。

「あっ、はい。月影文乃《つきかげ ふみの》と申します」

「ん、月影文乃《つきかげ ふみの》!?」

急に侍と顔色の悪い男が顔を見合わせる。

「ま、まさか…」

「いや…まちがいなくそうだ」

文乃はなにがなんだかさっぱりわからない。
すると侍が口をきった。

「はは……おまえが月影文乃《つきかげ ふみの》だな。
 笹山葉子《ささやま ようこ》を殺した能力者―――月影文乃《つきかげ ふみの》。
 おまえが笹山葉子と関係しているのは分かってるんだ」

「えっ」

文乃はあせる。
どうして笹山葉子が能力者によって殺されたことを知っているのか。
それは笹山葉子が反形而上学機構《はんけいじじょうがくきこう》と関係があったからにほかならないのだが、
そんなことを文乃が知るよしもない。
笹山葉子とは、文乃の通っていた高校の学生で、文乃をさんざんいじめつくしたあげく
最終的に、文乃が悪魔を呼びだすための生贄《いけにえ》にされてしまった不幸な人。

「連行しろ。
 逆らえばこの場で殺す……」

文乃は戦慄した。
この男たち本気で殺しをしかねないと思ったから。
―――だから文乃はこの男たちに従った。





 文乃は男たちに連行され、天城の奥深くにある
反形而上学機構《はんけいじじょうがくきこう》の牢屋に幽閉された。
その牢屋は暗く、陰鬱《いんうつ》としていた。
まるで、ひと昔まえの文乃のように―――
桐孤《とうこ》と出会って文乃は変わった。
どうしてこんなうす汚い牢屋の中で―――
桐孤《とうこ》と出会ったときのことを思い出すのか……。

「―――それは、きっと牢屋が陰鬱だから」

文乃は、牢屋と過去の記憶を重ね合わせていた。
文乃は、桐孤《とうこ》と出会う前、自分がなんのために生きているのかわからなくて、
ただ世界が、その在り方が怖くて……。
―――けど、今は違う。
桐孤《とうこ》と出会って文乃は変わった。
笑顔が似合うふつうの、どこにでもいるような女の子になっていた。

「だって、だって……桐孤《とうこ》さん!」

文乃は泣きたかった。
すべてを泣いて、この状況から逃げだしたかった。
けれど、ここは反形而上学機構《はんけいじじょうがくきこう》の地下牢獄。
密封された空間は、月明かりさえも届きはしない。

――いく時間たったことだろう。
文乃はお腹が空いてきた。
いくら悲しくかろうと苦しかろうとお腹の減りぐあいに関係はない。
文乃は、牢屋の片隅にある蛇口をひねり、水を飲んだ。
牢屋の中には水道のほか小さな和式トイレと汚らしいベット―――しかない。
それでも

「ベットがあるだけましかな―――」

絶望的な状況であっても、これなら生きていける。
文乃は、生きているだけで嬉しかった。
すこし前の文乃は、生きていることさえままならないほどの精神的病《やまい》に犯されていたのだから。
対人恐怖症、自閉症、リストカットや自殺未遂。
あげればキリがない。
人間その気になれば、ホームレスだって、牢屋の中だって、生きていけるのだ。
そのことを文乃は経験測から知った。
だから、この状況に絶望をいだきながらも希望だけは失っていなかった。
文乃にとって、希望とは絶望よりもはるかに力を持つものなのだから。

―――いく時間たったことだろう。
ドアを叩く音が聞こえた。
ギギギという古びた軋《きし》み音。
壊れたかけらが集まったような―――そんな音。

「月影文乃《つきかげ ふみの》。月読見《つくよみ》さまがお前に話があると……。
 さあ、出ろ!」

牢屋の番人らしき人物が云った。
文乃は逆らわなかった。





 トントン。

「ああ、入れ」

麗《うるわ》しさの中に欲求不満の情をかいま見える、声。
美しい女性。
けれど、それ以上にとても怖い女性。
桐孤《とうこ》とは違う。
もちろん文乃とも違った―――そういう、怖さ。
文乃は直感的にそう思った。
―――そして、文乃の予想は当たる。
この部屋へとまねきいれた女性は美しくも醜かった。
肌はすきとおるのに、大きな瞳にうつる感情は、どこかすさんでいる。

「あなたが、月影文乃ね。
 ようこそ、アタシの空間へ―――」

月読見《つくよみ》はひと呼吸置き、文乃へと目をむける。

「アンタ、アタシの奴隷になりなさい。
 そしてこれは命令であり、アンタに拒否権はない」

「……嫌だと云ったらどうするんですか?」

文乃は、一度は云ってみたいセリフを云った。

「アンタに選択権はないの―――いい…?」

そう月読見《つくよみ》は文乃の顎《あご》をくいっとつかんだ。
その指は細く、美しい。
月読見《つくよみ》は文乃の顎をつかむと気が狂ったように笑い出す。

「なかなか美味しそうな顔をしてるじゃない。
 体もしなやかで美しい……。
 ―――そういうことだから。
 これからよろしくね。アタシのかわいいメス豚さん、ふふ……」
         3






 形而上学同盟《けいじじょうがくどうめい》も
反形而上学機構《はんけいじじょうがくきこう》も政府の監視化にある。
しかしここ何十年か、反形而上学機構は、政府から見放されていた。
その答えはしごく当然。
なぜなら、能力者の価値そのものが高いから。
人の心を読む能力者。
鳥瞰的《ちょうかんてき》な視野を持つ能力者。
気功を放つ能力者。
軍事的にも、学術的にも希少であり、また価値がある。
能力者は、古来は帝《みかど》、今は日本政府に重宝されていた。
はっきりいって政府にとって、能力者を必用以上に敵視する反形而上学機構の連中は、あまりこのましくない。
しかしだからといって、彼らがいなくてもいいかというと、そうではなかった。
―――能力者の暴走。
日本国政府からの形而上学同盟《けいじじょうがくどうめい》の独立。
そういう危険性もありうるからだ。
もっともそういう能力者が暴走した場合は火急速《かきゅうすみ》やかに軍が処理するわけなのだか。
―――そんなこんなで日本は成り立っていた。
 反形而上学機構の権威失墜。
そのことに悩まされる人物の一人、月読見《つくよみ》。
月読見《つくよみ》はそのことで日夜頭を悩ませていた。
反形而上学機構、伊豆・天城《あまぎ》支部。
そこの総長である月読見《つくよみ》は、自身の左遷《させん》が不当なものであり、
もはや見捨てられた地である伊豆に、流されたことへの失望の念を隠せなかった。
 
 
 なぜ、伊豆が反形而上学機構にとって見捨てられた地なのか?

それは、事実上伊豆を統治する冠木《かぶらぎ》、箜間《くうかん》の両家の力によるものが大きい。
日本でもっとも優れた能力者を生み出すといわれている冠木《かぶらぎ》と箜間《くうかん》。
その二つが支配しうる地で能力者を敵視する反形而上学機構になにができるというのか。
反形而上学機構としてはそんな無意味、無駄な行動はしたくはない。
反形而上学機構の一員である月読見《つくよみ》もそのことはわかりすぎるほどわかっていた。
しかし、理性としてはわかっているが、感情としてはわからない、認められない自分がいた。

「無駄なものはなんでも切り捨てろなんて、効率至上主義もここまでくると醜悪ね。
 いつか絶対、見返してやるんだから」

月読見《つくよみ》は自身の力のいたらなさと、世の不条理さを呪った。
          4





「どうしてここに文乃《ふみの》がいるんだ」

桐孤《とうこ》はその状況を理解するのにいましばらくの時間が必要だった。
桐孤とともに生活をしていた文乃が天城《あまぎ》―――
それも反形而上学機構《はんけいじじょうがくきこう》に居るのだ。
文乃は建物の中―――ベランダからきょろきょろと回りを見回している。
どこからどう見ても挙動不審《きょうどうふしん》。

「もしや―――捕まったのか」

桐孤は自身がすこし前に文乃に”旅に出ろ”と云ったのを思い出した。

「天城に来てたのか……」

桐孤はにやりと笑う。
その笑みがどういう理由ででてきたのか―――
きっとそれは文乃と、もしかしたらもう一度闘うのではないかという
”期待”もしくは―――”予感”なのかもしれない。
桐孤と文乃との出会いは闘いから始まった。
桐孤が圧倒的な力をもって文乃を屈ぷくさせたのだ。
―――あの闘いから文乃はぐんぐんと力をつけてきている。
魔力も、魔力を扱う文乃自身の技術も。
なつかしさだろうか―――
ほんのつい一年ほど前には、まだ小さな少女にすぎなかったのに
―――今の文乃はとても大きくみえる。
           5




 文乃は月読見《つくよみ》に気に入られたため、牢屋ではなく、見回りを任されていた。
もちろん文乃を監視する男が二人ばかしいる。
が、これは月読見《つくよみ》の敵である能力者―――文乃にとって、かなり恩恵的《おんけいてき》な処置である。
それは文乃が月読見に気に入られたからにほかならない。
文乃の顔は白く美しかった。
日本人形のようなその顔は、月読見《つくよみ》の美意識に合ったからだ。
しかし、文乃はその恩恵的な処置の交換条件として、月読見《つくよみ》の夜の相手を強要された。
夜の相手とはいうまでもない。そう―――SEX。
こういう風に月読見《つくよみ》は自分の気に入った相手を夜の相手にしている。
実をいうと文乃もそこまで月読見の交換条件が嫌ではなかった。
高校に通っていた当時、今は休学しているのだが、その当時文乃をいじめていた笹山葉子と
毎日SEXをしていたのだから。
……しかし、この月読見の交換条件を受け入れるということは、たとえ文乃に発言権、
自由が奪わた状況とはいえ、今現在の保護者である箜間桐孤《くうかん とうこ》に対する
”反逆”にあたるのではないか―――という不安があることも事実だった。
もし月読見《つくよみ》の提案を受け入れたことが”反逆”に値するのなら、それは―――
           6




 夜。
秋の夜。
リリンと鳴く鈴虫の音。
山月《さんげつ》は煌々《こうこう》と野原を照らす。
そう、天城一帯《あまぎいったい》を。
桐孤《とうこ》は反形而上学機構《はんけいじじょうがくきこう》支部より数十メートル先で野宿をしていた。
さわさわと流れる川の横で。
桐孤はまだ、天城支部に乗り込むのは得策ではないと思っていた。
桐孤にとって文乃は誰よりも大切な人。
それは桐孤にとって運命ともいえた、西園寺宮《さいおんじ みや》―――
に容姿、性格ともに似ていたためでもあるが、今はそれだけじゃなかった。
文乃固有の魅力―――それを桐孤はわかっている。
宮《みや》とは別の魅力―――それを桐孤はわかっている。
例えばそれは文乃の笑顔だったり、文乃のちょっとしたしぐさだったり。
(なんとしてでも助けださなければ……)
そう、桐孤は決意し、まだ眠くはない目を閉じ、床についた。




 桐孤が寝ようとしたその同時刻。
文乃は月読見《つくよみ》の相手をしていた。

「ああん、ああん」

「ふふ…もっといい声で鳴きなさいアタシのかわいい雌豚さん」

月読見《つくよみ》は文乃の秘部に指を入れる。
よがり狂う文乃。
そのよがり狂う文乃を見てエクスタシーを感じる月読見《つくよみ》。
しかし、その快楽におぼれながらも文乃の頭によぎるのは
桐孤への裏切り、罪悪感だけだった。




 明け方。
秋の肌寒い空気が桐孤《とうこ》の肌をうつ。

「うう。ぶるぶる」

予想以上の寒さが体にしみ込んで、桐孤はがたがたと震える。

「山の空気は冷えやすいというが―――これは想像以上だな…」

桐孤は自身の山にたいする認識の甘さを後悔した。

「ううう。風邪を引かなかっただけでもよしとするか……」

そう、まだ日が昇る前の空を見て、ふうと息を吐いた。
吐く息は雪のように白い。
桐孤はもってきた乾パンをひとつかみすると勢いよく口にほうりこむ。
あまりうまくはない乾パンを食べ終ると、
川の水で顔を洗い、反形而上学機構《はんけいじじょうがくきこう》へ乗り込んでいった。
桐孤は昨日のうちに、すべてを把握していた。
支部の死角、そこにいる人数などもろもろ。
支部にいる人間の数。
桐孤は建物から窓を見つけ、
あらかじめもっていた機具で窓を開ける。
それはよく泥棒《どろぼう》が使っているような機具なのだが、くわしくは桐孤も知らない。
ただ、乗り込むのならこの機具だと思っていた。
窓をゆっくり開けると、男が二人寝ている。
桐孤は足音をたてずに、ドアの鍵を開け、文乃を探す。
一階、二階、地下と部屋数は多くない。
だが、いつここの連中が目を覚めるのか、わからない。

(目覚められるとやっかいだ。できれば無傷で文乃を助け出したい。)




 桐孤は地下牢獄に来ていた。
そこには文乃がいた。
文乃はすやすやと気持ち良さそうに眠っている。

「おい、文乃。起きろ」

桐孤は小声で文乃に呼びかける。
しかし、いっこうに文乃が起きる気配はなかった。

「くそ」

桐孤は自身の”力”を扉に込める。
ゴゴゴ。
扉が、くの字に凹んだ。

「……ふう、寝起きに”力”を使うのはさすがにつらいな…。
 この”力”は、物体に対して使うものではないのに…」

と、ぶつくさと愚痴《ぐち》をこぼす。
さすがの文乃もこれには違和感を感じた。
そしてばあっと勢いよく起きだす。

「ああ―――なあんだ……桐孤さん……か……、
 びっくりして損した…。
 あっ、ええと、桐孤さん、おはようございます」

文乃はまだすこし寝ぼけていた。

「ああ、桐孤さん、じゃないだろ。
 おまえなに寝ぼけてるんだ。
 今どんな状況にいるのかわかってんのか?」

「ごめんなさい。桐孤さん……捕まってしまいました……。
 文乃の落ち度です……ぐす…ぐす……」

文乃は桐孤に助けられたここと、今さらながら自分の間抜けな境遇に
涙がぽろぽろあふれてくる。

「……泣くな文乃。
 誰にでも落ち度はある。
 ようするに、あやまちを犯したあとに
 それをどういかせるかだ。
 文乃が今回のことで成長できるなら、それでいいさ。
 ―――さあ、逃げ出すぞ」

「はい!
 ―――あ、そうです。
 文乃は桐孤さんを裏切ってしまいました。
 文乃の、桐孤さんへの気持ちを裏切ってしまったんです」

「はっ?」

「文乃……ここの月読見《つくよみ》という女と一夜ですが、
 関係をもってしまいました。
 これは桐孤さんに対する裏切り―――”反逆”ですよね……」

「はあ?
 どうして”反逆”になるんだ。
 そりゃあんまり気持ちのいい話じゃないが、
 別に文乃は文乃が好きなやつと関係をもてばいいじゃないか」

「いや……だからそういうことじゃなくて……」

「……まあいい。
 だったら、私と闘いで勝ってみせろ!
 それで、文乃の気持ちに決着をつけるんだ」

ほんとは、桐孤が文乃とたんにバトルがしたくなっただけなのだが、
バトルをすることで文乃の気持ちに決着がつくのならという配慮もあった。

「はい!」

文乃は凛とした声でこたえた。
文乃はたとえ桐孤がどう思っていようとも自身の気持ちが許せなかった。
文乃がほんとうに好きな人は―――
―――だから桐孤と勝負をして自分の気持ちを、あやまちを許せるのなら……。
それは文乃の心の中のなにかと”和解”したことになるのだから。




 誰にも気づかれずに外に出た二人。
反形而上学機構の連中はみな朝に弱かった。
そして、まぬけだった。
そんなことはお構いなしに桐孤と文乃の闘いは始まろうとしていた。
一度目の闘いは桐孤の圧倒的な勝利で終わった。
そして今回の闘いは―――

「桐孤さん、一年ぶりぐらいでしょうか」

文乃は思い出を語りはじめた。
桐孤とであった日のこと―――それは

「今度は―――負けない」

文乃の瞳にやどる小さな光。
肉体、能力でおとる文乃は、決意で勝《まさ》るしか、
そう―――勝機はない。
文乃のちいさな手に魔力が籠《こも》る。
文乃の必殺の技、怨燃焼《おんねんしょう》。
文乃はちいさくも地平へととどこおるような声で、ただ深く。

「報復を、絶望を、闇を、あなたに捧《ささ》げる。
 ―――怨燃焼《おんねんしょう》!」

文乃のちいさな手から生みだされた炎は異世界を司《つかさど》る闇と同化した。
桐孤《とうこ》は文乃により創られた闇を見る。
桐孤《とうこ》の切れながで美しい瞳は文乃の背後にある闇までも凝視していた。

「構成要素分析。属性《ぞくせい》炎、純度《じゅんど》百。
 およそ一・五秒後に到達」

両の手に、内界、外界、相方の力を集める。
自然界の力。
自身の内に秘める力。
その二つを両の手に―――

「概念反照《がいねんはんしょう》!」

概念反照《がいねんはんしょう》―――
物理攻撃以外すべてを跳ね返すその”わざ”は一つの芸術の域に達していた。
見るものを楽しませるあざやかすぎる色彩。
目には見えないがそれでも見える人には見える桐孤《とうこ》の心象風景。

「させるか」

文乃は、とっさにナイフを投げる。
概念反照《がいねんはんしょう》は物理攻撃を防ぐことはできない。
あくまでも防ぐ対象、それは形而上学《けいじじょうがく》的なものにかぎられている。
形而上学的なものとはすなわち―――空想の産物。
しかし、桐孤《とうこ》は飛んできたナイフを片手であざやかに弾き飛ばした。
いくら”力”で両の手をまとっているとはいえ、
常人にできる芸とうではない。

「文乃。おまえ、私を馬鹿にしているのか」

そのような小細工が通用する相手ではないと―――
そして箜間桐孤《くうかんとうこ》にとって、今の攻撃は醜悪以外のなにものでもなかった。
あまりにも愚鈍なナイフ。
ナイフにまとう微弱な魔力。
もう一度文乃は全身全霊で”魔力”をてのひらに集める。
文乃の元になる力は魔力であり、桐孤《とうこ》の元になる力は魔力ではなかった。
それは文乃が悪魔と契約しているためである。
第三級悪魔、冥夜《めいや》。
炎を司《つかさどる》る牛の顔をしたばけもの。

「我を捨て。
 世界との合一。
 我を捨て、世界と合一したときに生まれる新しい”わたし”。
 人は鳥瞰的な視野をえたとき―――すなわち―――覚醒する」

文乃は天城《あまぎ》の自然を感じた。
秋の涼しさと静寂な森の音。
古来―――日本人は自然と合一していた。
その力を今、ふたたび。

「今度は―――
 報復、絶望、闇、すべてを乗り越えてみせる。
 文乃は、あなたのことが好きだから。
 桐孤《とうこ》さん、あなたのことずっと憧れていたから!」

文乃の目に光がやどる。
桐孤《とうこ》を越えるという決意。

「報復を、絶望を、闇を、あなたにささげる。
 怨燃焼《おんねんしょう》!!」

文乃の体からあふれんばかりの力。
天城の自然。
それを両手に籠《こ》めて。
―――ただ前だけを見据えて。

「文乃の想い、しかと受け止めた」

桐孤《とうこ》は何を思ったのか。
桐孤《とうこ》はその”わざ”を受け止めてみたいと思った。
文乃が全身全霊で放ったその”わざ”を体で、そして魂で。

「私も血迷ったか――。
 否。文乃の想いがあまりに美しいから。
 だから――」

ぐおん。
桐孤《とうこ》は吹き飛ばされた。
砂塵《さじん》を舞うちりの如《ごと》く。
空に舞う凪《な》がれる木の葉のように。
ただ美しく――――





「桐孤さん!!」

文乃は倒れた桐孤に駆け寄った。
桐孤は死に行くまえの老人のように安らかな笑みを浮かべていた。
その笑顔が文乃によくがんばった、と。

「どうして……どうして……防がなかったんですか?」

文乃はそんなつまらない言葉しか出てこない。
 
「ああ、それか…。……きっと…文乃の想いが、
 とても……そう、とても美しかったから―――」

文乃は桐孤の言葉に涙があふれだした。

「ぐす……ぐす……桐孤さん。今日はありがとうございました」

それ以上二人に言葉はいらなかった。
文乃にとって桐孤との”和解”はすでに完了していたのだ。
 
          7





 この世界で生きていくために必要なこと。
それがなんなのかはわからない。
ただ、お互いの目指すものは違えど、文乃と桐孤《とうこ》は、
この世界で生きていくために必要な”なにか”を持っているような気がする。
それは負けられないという決意だったり、全てを包みこむ優しさだったり。
文乃と桐孤《とうこ》を俯瞰《ふかん》の視界から見ている人物―――アカシック・レコード。
まだ十代の少女にしか見えないその姿は、この闘いの一部始終を見つめていた。
アカシック・レコードはなぜ自分が文乃や桐孤《とうこ》に魅かれているのか
――それが分からなかった。
なにか自分はとても大切な”なにか”を忘れている。
忘れてはいけない”なにか”を忘れてしまったようなそんな気がした。
でもそれがなんなのかはわからない。
だからアカシック・レコードはそれ以上深く考えるのをやめた。
それ以上深く考えることに意味を見出せそうになかったからだ。
もとより生きるということにさえ意味を見出していないアカシック・レコードにとって、
この世界など記録するだけで、どうでもいいものにすぎないのだから。
          8 






 数日後、文乃と桐孤《とうこ》は東京のとある山奥の洋館を訪ねていた。
どうして洋館に用事があるというのか。
どうして洋館を訪ねなければいけないのか。
それは―――
古びた山奥の洋館。
そこに二人の人物がいるから。
一人は痩せた背の高い、色白の男。
もう一人は美しくも時代錯誤を感じさせる童女《どうじょ》。
そして、背の高い痩せた男は文乃たちを見るとにっこりと笑った。
その笑顔はひどく病的だった。

「月影文乃《つきかげ ふみの》、箜間桐孤《くうかん とうこ》。
 両方。
 形而上学同盟《けいじじょうがくどうめい》へようこそ―――」

そして、箜間桐孤《くうかん とうこ》、月影文乃《つきかげ ふみの》、
倉成杏《くらなり きょう》、杏子《あんず》。
この四人の運命は大きく回りだす。
そう、それは古ぼけた時計の針《はり》のように―――







 箱庭の中の夢 第三章 反逆と和解、そして―――  完





◇あとがき◇


今回の話、”反逆と和解、そして―――”は、存在不適合者《そんざいふてきごうしゃ》。
今現在名、しかして私は希望するの八話、天城越《あまぎご》えの後の物語になっております。
ちなみに、”箱庭の中の夢”の物語の一つでした月下界《げっげかい》と真夏の日の遠い約束は
短編小説の方へ移さしていただきました。
今回はストーリの全体を通した完成度を追及しようと思ったからです。
月下界《げっげかい》と真夏の日の遠い約束は、あまりストーリに関係がないからです。
そして、次の章で、箱庭の中の夢もラスト、クライマックスになります。
倉成杏《くらなり きょう》の野望を桐孤《とうこ》は打ち砕くことができるのでしょうか。
(まあ、打ち砕かなきゃしょうがないんだけど笑)
ではでは続編は、一月から三月ごろになると思います。
こんな物語でも造るのに数ヶ月はかかったんですよ。(笑)
一応、下に前の話を貼っておきます。
良かったらごらんになってくださいな。
ではではまた会いましょう。


箱庭の中の夢  第一章  鏡像〜宮の面影〜
http://www.geocities.jp/shinpei19822002/hakoniwa01.html


箱庭の中の夢  第二章  籠《こ》められた想い
http://www.geocities.jp/shinpei19822002/hakoniwa2.html