l!゚ ヮ゚ノ∩<ココも箜間桐孤スレなの

このエントリーをはてなブックマークに追加
421箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s




       箱庭の中の夢  第三章  月下界


                 作:箜間桐孤 




422箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 01:47:25




 
 古来、月は理想郷だと思われていた。
 美しくも神秘的なありかたは、人々を魅了した。
 しかし、科学が発達するにつれ、月は理想郷ではなくなった。
 ただのゴツゴツした岩の塊。
 美しい星は、月の下にありし下界、月下界だった。
 私たちの生きる場所、月下界。
 さまざまな物語はすべてここで生まれ、そして終わる。




423箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 01:48:17



 今日一日が幸せでありますように。
 私はそう自身に問うように願った。
 朝は昼へ、昼は夜へ。
 そんなとりとめのない毎日。
 それが私の幸せ。
 在るということは満ちたりている。
 存在すること自体がすでに幸せなのだから。

 はあ、と息を吐きすてる。
 私はまっすぐ一定のリズムであるく。
 毎日同じように帰宅し、おなじように眠る。
 それは私にとってすばらしいこと。
424箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 01:49:12

 私の名前は雛形関子(ひながたせきこ)。
 普通の女の子と云いたいところだけど、
普通の女の子じゃない。
 私は先天的に体が弱かった。
 体の弱さは、心でカバー。
 せめて心だけでも強くならなくちゃ、と意気込むが
なかなかそうもいかない。
 三島北学園。
 私の通う女子高で、
伊豆半島の中では、かなりの上位にくいこむ学園だ。
 
425箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 01:49:55
 
 普通の生活を望み、普通に生きることをだれよりも願う少女。
 自身の体の弱さが、少女に大切なことを気づかせた。
 生きているということは、それだけで満ちたりている。
 それ以上望むことは、よくないことだって。
 この世界には飢えで苦しむ人。
 貧困で苦しむ人がたくさんいる。
 だったら、私だってそのような人に負けないように
がんばらなくちゃって。
 私だけが弱音をはくなんてできない。
426箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 01:50:52

 私は三島駅を出て、北に向かい、歩いた。
 一定のリズムで。
 呼吸は弓をひくように。
 体はそう、しなやかに。
 
 北にはなにがあるのだろう。
 この漠然とした問いに答えられるものはいない。
 なぜなら、答えの幅がおおきすぎて
そして、抽象的すぎてどんな答えもそれらしいものになってしまうから。

 私は真実よりも、生きることに関心があるのかもしれない。
 そうそう、私の親友に生きることよりなによりも、
真実をもとめている子がいたっけ。
 箜間蓮如(くうかん れんにょ)。
 私の親友であり、とんでもない天才。
 なにがとんでもないかって?
 それは物語をすすめればわかること。
 
427箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 01:51:33
 
 北には、そう、北には富士がある。
 三島からみあげる富士山。
 遠くから見あげた方が美しいこの山は、
静岡の知名度をことさらにおしあげる一種の
看板の役割をになっている。
 になうからには、美しくなければならない。
 富士の美。
 美的現存は虚像的空間において、はじめて機能しうる。
 ようするに、幻想空間、仮想空間でのみ
美はなりたつという、ひねくれた考えだ。
 それとは正反対に位置するのが今、この瞬間にみている富士だ。
 自分は自身の心象世界で富士をみているのだ、
と云われればそれまでだけど、普通はそうではないだろう。
 ありのままでみている。
 幻想ではなく、現実を。
 私と正反対の考え方をもつ人、一人。
 後ろから声をかけてきた人物。
428箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 01:52:23

「なんだ、関子。この電車にのっていたのか。
 それならそうと声をかけてくれればいいのに」

 でた。なく子もだまる箜間蓮如(くうかんれんにょ)。
 裏で学園を占めているのは、蓮如だって噂もあるくらい
実力、容姿にめぐまれた子だ。
 よくこんなすごい子と友達をとおりこして親友になれたと思う。
 私はいたって普通の人間なのに。
 
 黒髪うつくしいミディアムヘアー。
 目、鼻だちともに、美しいの一言。
 女性であるのに、とても男性的な雰囲気。
 怖いぐらいの実力を秘めながら、
なにもしない、なにもしかけない、ダークジョーカー。

 おまけに家は、伊豆韮山(にらやま)の名門、
江川家に代々つかえた箜間(くうかん)家。
 蓮如曰く、箜間家は呪術の名門らしい。
 
429箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 01:53:24
 
 私とはなにもかもが違う。
 蓮如といると、ことあるごとに自分が情けなくかんじるので、
そういうことは考えないようにした。

「私はいつも一番まえに座っているの。
 蓮如ったら、真中あたりから乗るんだから」

「そりゃ、関子は修善寺だから、すいているだろうさ。
 でもな、わたしは伊豆長岡から乗っているんだ。
 前の方なんて席があいていたためしがないからな」

 蓮如がぶつくさ文句を云う。
 だってしょうがない。
 私は前の席が好きなのだから。
 
430箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 01:54:03
 
 学校の門をくぐる。
 
「蓮如ってさ、なんで実力あるのに、表舞台にでないの?」

「なんだ、とうとつに」

「だって、蓮如ほど頭のよさ、容姿の端麗さ、
 喧嘩のつよさがあったら、いま現在の学園支配体制を
 根底からくつがえすことができるじゃない。
 別に今の学園に不満があるわけじゃないけどさ。
 蓮如だったら、頭(かしら)とれるでしょ。
 蓮如の実力まだまだこんなものじゃないし」

「ふふ。ずいぶんとわたしのことを買っているな。
 まあ、いまの学園の女王を蹴おとすぐらいはできそうだがな。
 ただ、その後が、いろいろとめんどくさいだろう。
 だってそうだろ。わたしには相手をぶちのめす実力はあっても、
 生徒をまとめるだけの統率力がない。
 壊すだけじゃだめなんだ。それが学校生活ならなおさら」
431箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 01:54:37

「でも、もったいないよ。
 いつまで学園のダークジョーカーでいるつもり?
 革命おこしてよ」

「わたしは学園のままごと、俗世間のざれごとには興味がないんでね。
 好きな哲学を死ぬほど学べて、
 ついでに戦後落ちぶれた箜間(くうかん)家を
 立て直せればそれでいいんだ」
  
「蓮如は、あいかわらず考え方が古いわね。
 日本はどんどん新しくなっていうというのに、家、家って。
 日本の家制度の権化(ごんげ)みたいなことを云うんだから!
 ま、たしかに、蓮如の家はそんじょそこらの家とは違うけどさ」
432箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 01:55:15

「まあそういうな。
 この世界の偉人のほとんどが、
 最後に古典回帰をするのはなぜだと思う?
 人はな、あまりに進化、革新を追い求め続けると、
 足もとがぐらついてくるんだ。
 どんなに強固な土台でもそうだ。
 人は、安心や安定なしでは、怖くてたまらないんだ。
 わたしは安定と安心を求めたい。
 そのために、箜間家の地位。
 それを戦前の繁栄へと戻さなきゃならない」

「ふーん。そこまで決まってるなら私はなんにもいわなけどさ。」
 で、学園の話に戻るけど、
 蓮如がもし学園の権力を握るとしたら、どうやる?」
433箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 01:55:47

「うーん、簡単そうで、極めて難しい質問だな。
 じゃ、まずは仮想計画をたててみようか」

「そうだね。ねえ傀儡(かいらい)なんてどうかな?」

「わたしに聞いといて・・・・ふふ、関子もまんざらじゃないな。
 いいだろう。じゃあ関子は傀儡をつくる利点と
 欠点について話してみろよ」

「・・・・・傀儡を作ることの利点はねー、
 まず、自らの知名度が有名でなかったり、
 自身が嫌われていた場合、
 人気やカリスマ性のあるものを頂点におきさえすれば、
 権力を保持しやすくなること。
 傀儡を作ることの欠点はやっぱり、
 それが傀儡にすぎないと民衆や生徒にばれたとき、
 そのとき信頼や信用が失われることね。
 まあ、ばれなきゃいいんだけど、
 なかなかそうもいかないでしょ」
434箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 01:56:22

「じょうできだ、関子。
 おまえ戦略の才能があるな。
 そうだ。物事には利点と欠点がある。
 ちょうどコインの裏表のように。
 ゆめゆめ忘れない方がいい」

「結局、蓮如はどういうふうに学園の頭をとるのが
 いいと思ってるの?」

「ん、そうだな・・・。
 暗示や洗脳とまではいかなくても、
 相手の深層心理に訴えかけるようなスローガンや魅力、
 があるのがベストだな。
 それと、後方に強力な支援者もほしい。
 ある程度の金や、買収なども必要になってくるだろう」
435箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 01:56:54

「なかなか、えげつないというか、現実的ね」

「あたりまえだ。わたしはやるときになったら
 徹底的にやる人間なんでね」

 蓮如の美しくも妖(あや)しい瞳。
 その瞳に吸い込まれる私。
 なにか蓮如の瞳は現世のものを予感させない。
 静謐としていて、それでいて・・・。
436箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 01:57:36




 くうう。
 やっと今日の授業が終わった。
 六時間の授業って、とてもながい。
 
 秋の涼しさ、寂しさが窓際の席に座る
私に命を与える。
 心臓の病気。
 さいわい極度の運動を試みなければ、
命に別状はないらしいが、
それでも悩まない日は、ない。
 
 辛くないっていったら、嘘になる。
 怖くないっていったら、嘘になる。
 でも、弱音なんてはけない。
 強くなりたい。
 蓮如みたいに強くなりたい。
 
437箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 01:58:34
 
 蓮如の強さは、すでに人のものじゃない。
 私にはわかる。
 蓮如は、異常だ。
 蓮如の周りに佇(たたず)むある種の違和感。
 蓮如のいる周りは、隔離されている。
 空間が圧迫されていると云いかえるべきか。
 
 元来私は、そういった霊感(?)と
いったものに長(た)けている。
 他のクラスメイトも敏感な人なら気づいているかもしれない。
 蓮如には、なにか膨大な力が具わっている。
 成績の良さ、運動神経のよさも群をぬいているが、
それよりも、私は蓮如の隠されているであろう(?)、
隠されていてほしい力に魅了されていた。
438箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 01:59:08

 大衆は優れた英雄を求める。
 一大衆でしかない私、雛形関子(ひながたせきこ)が求める英雄、
それはどんなものにも負けない強さを秘めた人物だった。
 関子の先天的な病気が、関子の弱さに対する侮蔑の念が、
英雄を、蓮如の強さを求めた。

「おい、関子。帰ろうぜ」
  
 蓮如が私を呼ぶ。

「今日、家にこない?
 もうすぐ中間テストでしょ?
 蓮如に勉強教えてもらいたくって!
 英語が苦手なのよ」

「またか。
 電車代がよけいにかかるからあれなんだがな。
 まあいい。
 そのかわり、今度なにかおごってもらうぞ」

「分かった」
439箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 01:59:48

 学園から南に歩き、電車に乗る。
 伊豆箱根鉄道。
 値段が高く、地方ローカル線の典型ともいわれる鉄道なのだが、
地元住民の信頼は厚い。
 なぜか。
 それは、この伊豆箱根鉄道、
三島から修善寺までの交通網を一身にになっているのである。
 この鉄道がなければ、どんなに地元住民は困ったことだろう。
 この一つの鉄道があるために、伊豆半島の住民は静岡、
東京といった都会まで足を運ぶことができるのだ。
440箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 02:00:51

「蓮如にとって美しいものって何?」

「ん、面白いことを聞くんだな、関子は。
 そうだな・・・精神かな。
 肉体でなく精神。
 形としては不確定。
 美しくもあれば、醜くもある。
 が、こと、その可能性の広さにおいては他に類をみない。
 数学や幾何学(きかがく)とは、違った意味で美しい。
 幾何学が外側のものだとすると、精神は内面にあるもの。
 わたしの興味はいつも内側へと進んでいる」

「精神かあ。
 心理学だってまだ学問として生まれたばかりだもんね。
 哲学、心理学、文学、人間の内面を解明しようとした学問。
 やや語弊はあるけど。
 そうか、私はどちらかといえば外のことに興味があるかな。
 肉体。自然。世界の因果・・・」
441箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 02:01:22

 電車は、韮山にさしかかろうとしていた。
 二人の小さな学者さんは、己がもつ知識を高めあっていた。
 韮山の自然。
 韮山は韮に山とつくぐらいなものだから
周りは山と田んぼで囲まれていた。
 それ以外はなにもない。
 駅前にすこしお店があるくらい。
 蓮如の家は、その韮山の中でも、奥の方にある。
 なんどか遊びにいったことはある。
 広い田んぼの横にあるあぜ道。
 そこを歩いていくと、
美しくも格式高い日本家屋がある。
 それが蓮如の家だ。
 東にそびえ立つ山。
 田舎の地主みたいな印象をうけた。
442箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 02:01:47

 しかし、残念ながら今日は私の家だ。 
 私の家は、もちろん蓮如の家みたいに立派ではない。
 小さなトタン屋根の家。
 まだテレビでさえなかった。
 
 電車は韮山をすぎ、終点修善寺へと進んでいた。
 
「関子、ちょっと狩野(かの)川によっていかないか?
 あの川原はススキや月光草がおいしげって綺麗だろ」

「ん、いいよ」
443箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 02:02:28




 ざあざあ。
 煌々と月が大地をてらす。
 柳並木が耳にここちいい。
 月を愛でる。
 夕から、夜への移行。
 その合間に生まれでる月光。
 そう、あまりにも甘美で、美麗な。

 今宵は、いつもなら見逃す些細なことも、
記憶にとどめておけそう。
 そんなことを思えるような、そんな光景、
月の下にありし月下界。
444箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 02:03:21

 虫が凛とないている。
 目のまえを猫がとおりすぎる。
 川原には、月光草がおいしげる。
 私たちは立ちあがり、川辺へとくだる。
 
 川辺は、あたり一面の幻想世界だった。
 まわりに咲いていた月光草は、月の雫へと昇華された。

 ふと川原に一人の少年を見た。
 年は私たちと同じくらいだろうか。
 顔は可愛いのに、奥が深そうなそんな趣き。
 少年のいる一帯が幻想という名の彩りを与えていた。
445箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 02:04:09

「なんて美しい少年だろう」

 思わず声をだしてしまった。
 
 中くらいにまで伸ばした黒髪は、
風に凪(な)がれて、幽玄の美となっていた。

「ああ、それに美しいだけじゃない。
 川原をてらす月光と調和している。
 これはめずらしい。
 月に帰るべきかぐや姫は、実は男だったんだ」
446箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 02:04:42

 私たちがぶつくさと少年を批評しているのに
気づいたのだろうか。
 少年がかるく会釈をする。

「夜闇に佇む月の光り。
 美しい総和は、乙女の眠りをもさまたげましたか?」

「いいや。乙女は月の光りを待ち望んでいました。
 仮初めの月の光りを。永劫への年月に変えるために」

 蓮如が少年の言葉に返す。
 私は二人のやりとりに魅了されていた。

「月の美しさは、何をもって美しさとす?」

 少年がなげかける。
447箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 02:05:10

「湖面にうつる投影。
 ほんものの月よりも仮初めの月を。
 わたしは美しいと思います。
 いいえ。そう思いたい」

「もしくは、こころに映る心象風景・・・」

 なにか私はすっかりおいてけぼりにされてしまった。
 蓮如と少年は二人の世界に没入している。
 私の入りこむ余地は、ない。

「して、少年、名前は?」

「・・・・・好む、摩擦で、好摩(こうま)と申します」
448箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 02:06:14



 その後、一時間ぐらい蓮如と好摩は二人の世界に没頭していた。
 第三者の私としては、退屈きわまりない。
 人の色恋ざたをまじかで見せつけられるほど、いやなものはなし。

「なにをそんなに不機嫌なんだ?」

 蓮如はこういうとき鈍感だ。
 いや内心気づいているだろうな、などと思いつつ返答をする。

「好摩とずいぶんいい関係だったけど、
 会ってすぐにあそこまで話を合わせるなんて
 ほんとどうかしてる!」

「あ、そのことか。
 なんだろうな。
 お互い、感性があうというか、
 ま、これも一種の一目惚れに入るのだろうな」

「ふん」
449箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 02:06:46

「おいおい。いいじゃないか。
 なんで男の子と話すのがいけないんだ?」

「そんなことはいってない」

「分かったよ。今度は関子のこともちゃんと考えるから」

「うん、分かった」

「変わり身が早いな」

「変わり身が早いのが特技なんです」

「なんだかな」

 その後、私の家で英語を教えてもった。
 あいかわらず、蓮如の頭の良さには脱帽したけど、
教えかたがうまかったので、テスト勉強ははかどった。
450箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 02:07:57



 体育の時間。
 私にとって苦痛と無関心とを共有する時間。
 時間のながれは一定ではない。
 速く感じられるときもあれば、遅く感じられるときもある。
 今は、そう後者。

 先天的な病である心臓病。
 激しい運動は、命を縮める。
 
 私の生を感じるためには、運動をしてはならない。
 
 木々の透き間からそそがれる陽射しがまぶしい。
 もう秋も半ばというのに。

 楽しそうなクラスメイト。
 つまらなそうな私。
 二つの異なる感情。
 なにか光りと影を写しだしているような、そんな錯覚。
 
 物事を二項対立で考えることのメリットとデメリット。
 メリットの方が大きいからこそ、その方法を活用しているのだろう。
451箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 02:08:24

 体育の時間が終わる。
 私にとって時が動きだす瞬間。
 いままで止まっていたこの世界の事象が、
私の視点を超えてめまぐるしく廻りだす。
 さまざまな感情や想い。
 凍結された感情が凍解する。

「蓮如、今日もかっこよかったね」

「足は速いからな」

「全国を目ざす?」

「がらじゃないよ」
452箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 02:09:00




 放課後。
 帰り道を歩いているとき、
午後からうずきだした痛みに耐えられなくなった。
 
 痛い。心臓が痛い。
 どうしてこんなときに。
 五時間目あたりから、心臓が痛い。
 わからない。
 突発的におこる悲劇。
 誰も拒否することのできない運命。
 うう。苦しい。息ができない。
 身体が壊れそう。
 どうして私の身体はこんなにも弱いのか。
 人形みたいに脆いのか。
453箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 02:09:30

「大丈夫か、関子?」

 ああ、蓮如の声が聞こえる。
 けど、答えられない。
 それほどまでに心臓の痛みは大きかった。

「糞、病院はどこだ?
 関子、わたしの背中におぶれるか?
 飛ばすぞ」

 蓮如が私をおぶり、駆ける。
 私は苦しくて分からなかったけど、
後日見ていた友達の話によると、人間の、
それも女の子の走るスピードではなかったらしい。
 自転車はもちろん、バイクにもまさるとも
おとらないスピードだったようだ。

「関子、がんばれよ」

 私の意識は消えかかっていたけれど、
その言葉だけははっきりと聞こえた。
454箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 02:10:19





 結局、数ヶ月入院することになった。

 その間、蓮如は毎週お見舞いに来てくれた。
 なにやら、彼氏もできたらしい。
 あのときの少年、好摩(こうま)と付き合っているそうだ。
 人間なにがどうなるかわからない。
 
「私・・・・弱いね」

「なんだ、急に・・・しょうがないだろ、病気なんだからさ。
 強いとか弱いとか関係ない」

「ううん。違う。そうじゃなくて、
 蓮如が私をおぶって病院までつれていってくれたでしょ?
 私・・・・蓮如が逆の立場だったらできないかもしれない。
 私・・・・弱いから、強くないから」

「・・・・・・・・・・」  
455箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 02:10:54

「蓮如はね・・・・。
 私にとって蓮如は、英雄なんだ・・・。
 強いし、かっこいいし。
 私だって蓮如みたいに強くなりたいよ・・・。
 ほんとは怖くてたまらないんだ。
 なんで私だけがこんな病気をもっていなきゃならないの。
 私・・・・強くなりたいよ。
 普通な女の子に生まれたかったよ」

「・・・・・・関子。
 強くならなくたっていいじゃないか。
 弱いままだっていいじゃないか。
 それに関子は十分に強い。
 ああ、わたしなんかめじゃないくらいに。
 それに、関子はやさしい。
 わたしは強さと引き換えに優しさを失ってしまったんだ」
456箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 02:11:25

「それでも・・・、それでも・・私は、蓮如のように強くなりたい!」

「そうか・・・・。
 ああ。関子の心臓の病気は、きっと治る。
 否。治してみせるんだ。
 想いは思念となり、思念は願いへと昇華される。
 いつの日か・・・・想いが叶うときがくる。
 必ずくる。
 ああ、わたしが保証する。
 わたしの予想はよく当たることで有名なんだぞ」

「うん。きっと当たるよ。
 だって私にとって蓮如は英雄なんだもん」
457箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 02:11:50

「そうか」

「うん」

 いく時間お互いを見つめていただろう。
 
「蓮如はおつきあいする人ができたらしいね。
 あのときの少年。好摩(こうま)ってどうなのさ?」

「なかなか優しい、いい少年だ」

「蓮如(れんにょ)好みのわけだ」

「まあな」
458箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 02:12:23



 
 その後、幾十年か。
 蓮如(れんにょ)と関子の子供は互いに惹(ひ)かれあう。

「ねえ、なんで斎杜(いつきのもり)君は、私なんかに話しかけるの?」

「君の事が好きだから」

「はあ?」

「君のことが、箜間桐孤(くうかんとうこ)の事が好きだから」
459箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 02:12:56

 箜間桐孤に話しかける人物、一人。
 斎杜古関(いつきのもりふるせき)。
 関子(せきこ)の子供である。
 
 関子は夫が鬼となり発狂後、
我が愛する子供、古関を伊豆の実家にて育てあげた。
 関子の立派な母親としてのすがた、
もちろん関子の夫、古鬼(こき)の影響も大きいが、
関子が素晴らしい母親であったことに違いはない。

 また蓮如(れんにょ)は、夫、好摩(こうま)の死後、
桐孤(とうこ)を立派に育て上げる。
 
460箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 02:13:53


 
箜間(くうかん)家の墓石にて。


「蓮如(れんにょ)、ひさしぶりね」

「二年ぶりか・・・、あれからどうだ?」

 夜闇を照らす桜。
 舞い散る桜は、おもいでをさそう。
 
「どうもこうも。私たち年をとったね」

「ああ、違いない」

「好摩(こうま)が亡くなってから二十年か・・・」
461箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 02:14:32

「あのとき、冠木(かぶらぎ)との戦いに、
 好摩を行かせてよかったのか、
 わたしはいまだによく分からない・・・」

「行かなければ、蓮如が行っていた?」

「ああ」

「蓮如が分からないことを、私がわかるわけないじゃない。
 ・・・・それより、桐孤(とうこ)ちゃんはどう?
 元気してる?」

「あいかわらず、元気だ。
 もうすこし桐孤との仲を修復したいのだがな」

「桐孤ちゃん、蓮如を恨んでいるものね」

「ああ。
 ・・・・・桐孤に人体改造をほどこしたのは、わたしだ。
 恨まれてもしかたあるまい。
 桐孤のためを思ってやったことだが、
 誰も最初から望んでなどいなかった」
462箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 02:15:14

「すべては、箜間(くうかん)家のためか。
 箜間家の繁栄と拡大は、蓮如の願いであり、
 生きる意味でもあるものね」

「だが、それを我が子にまでおしつけたことは、
 果たして良かったのかどうなのか・・・。
 わたしは、わからなくなってきたよ」

 関子は、なにも云えなかった。
 関子の夫は、発狂し鬼となり、
関子の生んだ子供、古関(ふるせき)は、
鬼の血を克服できず、自殺してしまった。
 関子には軽はずみな発言などできなかった。
 
463箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 02:15:41
 
「そういえば、桐孤ちゃんには感謝してるわ。
 桐孤ちゃんのおかげで、古関はだいぶ救われたのだから」

「それは桐孤も同じだ。あのころの桐孤は、他者を拒絶していた。
 桐孤に内包する膨大な力、それによる苦しみと特別意識。
 桐孤の苦しみを緩和してあげたのは、古関君だ。
 ほんと感謝している」

「いえいえ。古関は長くはない命だから。
 始めから気づいていた。
 でも親が、子の生存を放棄することなんてできない!
 そんなことしちゃいけない!
 私はせいいっぱい育てあげた。
 私にとって古関は、私と古鬼(こき)の分身であると同時に、
 かけがえのない、人生だったんだ」
464箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 02:16:11


 あのとき、関子と蓮如が見上げた夜空の月。
 その月から見下ろす下界、月下界。
 それが生命の灯る空間。
 幸せと希望と安らぎの。
 そんな世界であったらいいと願いたくなるような・・・。
 そんな・・・・。
465箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 02:16:56


 
1945年 雛形関子(ひながたせきこ)、
      箜間蓮如(くうかんれんにょ)、供に生まれる。

1961年 雛形関子、箜間蓮如、供に三島北学園(女子校)に入学。

1970年 雛形関子、斎杜古鬼(いつきのもりこき)と結婚。
      苗字を斎杜(いつきのもり)と改める。
      箜間蓮如、好摩(こうま)と結婚。

1971年 古関(ふるせき)、桐孤(とうこ)が生まれる。

1985年 斎杜古関、自殺する。

1986年 月影文乃(つきかげふみの)、生まれる。

1997年 箜間桐孤、大学の講師になる。

1998年 西園寺宮(さいおんじみや)、大学構内にて死亡。

2003年 月影文乃、事件を起す。





 
        箱庭の中の夢  第三章  月下界  完
466箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s :2005/05/05(木) 02:25:46
☆あとがき

もうだめぽ。
桐孤の脳みそはもはや限界オーバーワーク。
人の書ける量にはかぎりがあります。
次の章、第四章で、箱庭の中の夢は終りです。
感動のフィナーレ(?)。

その後は、当分、執筆活動を休止します。
いままで、どうも応援してくれてありがとうございます。

関子も蓮如も必死で生きています。
それを伝えられたら、伝わったら、もうなにも云うことはありません。