箱庭の中の夢 第三章 月下界
作:箜間桐孤
*
古来、月は理想郷だと思われていた。
美しくも神秘的なありかたは、人々を魅了した。
しかし、科学が発達するにつれ、月は理想郷ではなくなった。
ただのゴツゴツした岩の塊。
美しい星は、月の下にありし下界、月下界だった。
私たちの生きる場所、月下界。
さまざまな物語はすべてここで生まれ、そして終わる。
*
今日一日が幸せでありますように。
私はそう自身に問うように願った。
朝は昼へ、昼は夜へ。
そんなとりとめのない毎日。
それが私の幸せ。
在るということは満ちたりている。
存在すること自体がすでに幸せなのだから。
はあ、と息を吐きすてる。
私はまっすぐ一定のリズムであるく。
毎日同じように帰宅し、おなじように眠る。
それは私にとってすばらしいこと。
私の名前は雛形関子(ひながたせきこ)。
普通の女の子と云いたいところだけど、
普通の女の子じゃない。
私は先天的に体が弱かった。
体の弱さは、心でカバー。
せめて心だけでも強くならなくちゃ、と意気込むが
なかなかそうもいかない。
三島北学園。
私の通う女子高で、
伊豆半島の中では、かなりの上位にくいこむ学園だ。
普通の生活を望み、普通に生きることをだれよりも願う少女。
自身の体の弱さが、少女に大切なことを気づかせた。
生きているということは、それだけで満ちたりている。
それ以上望むことは、よくないことだって。
この世界には飢えで苦しむ人。
貧困で苦しむ人がたくさんいる。
だったら、私だってそのような人に負けないように
がんばらなくちゃって。
私だけが弱音をはくなんてできない。
私は三島駅を出て、北に向かい、歩いた。
一定のリズムで。
呼吸は弓をひくように。
体はそう、しなやかに。
北にはなにがあるのだろう。
この漠然とした問いに答えられるものはいない。
なぜなら、答えの幅がおおきすぎて
そして、抽象的すぎてどんな答えもそれらしいものになってしまうから。
私は真実よりも、生きることに関心があるのかもしれない。
そうそう、私の親友に生きることよりなによりも、
真実をもとめている子がいたっけ。
箜間蓮如(くうかん れんにょ)。
私の親友であり、とんでもない天才。
なにがとんでもないかって?
それは物語をすすめればわかること。
北には、そう、北には富士がある。
三島からみあげる富士山。
遠くから見あげた方が美しいこの山は、
静岡の知名度をことさらにおしあげる一種の
看板の役割をになっている。
になうからには、美しくなければならない。
富士の美。
美的現存は虚像的空間において、はじめて機能しうる。
ようするに、幻想空間、仮想空間でのみ
美はなりたつという、ひねくれた考えだ。
それとは正反対に位置するのが今、この瞬間にみている富士だ。
自分は自身の心象世界で富士をみているのだ、
と云われればそれまでだけど、普通はそうではないだろう。
ありのままでみている。
幻想ではなく、現実を。
私と正反対の考え方をもつ人、一人。
後ろから声をかけてきた人物。
「なんだ、関子。この電車にのっていたのか。
それならそうと声をかけてくれればいいのに」
でた。なく子もだまる箜間蓮如(くうかんれんにょ)。
裏で学園を占めているのは、蓮如だって噂もあるくらい
実力、容姿にめぐまれた子だ。
よくこんなすごい子と友達をとおりこして親友になれたと思う。
私はいたって普通の人間なのに。
黒髪うつくしいミディアムヘアー。
目、鼻だちともに、美しいの一言。
女性であるのに、とても男性的な雰囲気。
怖いぐらいの実力を秘めながら、
なにもしない、なにもしかけない、ダークジョーカー。
おまけに家は、伊豆韮山(にらやま)の名門、
江川家に代々つかえた箜間(くうかん)家。
蓮如曰く、箜間家は呪術の名門らしい。
私とはなにもかもが違う。
蓮如といると、ことあるごとに自分が情けなくかんじるので、
そういうことは考えないようにした。
「私はいつも一番まえに座っているの。
蓮如ったら、真中あたりから乗るんだから」
「そりゃ、関子は修善寺だから、すいているだろうさ。
でもな、わたしは伊豆長岡から乗っているんだ。
前の方なんて席があいていたためしがないからな」
蓮如がぶつくさ文句を云う。
だってしょうがない。
私は前の席が好きなのだから。
学校の門をくぐる。
「蓮如ってさ、なんで実力あるのに、表舞台にでないの?」
「なんだ、とうとつに」
「だって、蓮如ほど頭のよさ、容姿の端麗さ、
喧嘩のつよさがあったら、いま現在の学園支配体制を
根底からくつがえすことができるじゃない。
別に今の学園に不満があるわけじゃないけどさ。
蓮如だったら、頭(かしら)とれるでしょ。
蓮如の実力まだまだこんなものじゃないし」
「ふふ。ずいぶんとわたしのことを買っているな。
まあ、いまの学園の女王を蹴おとすぐらいはできそうだがな。
ただ、その後が、いろいろとめんどくさいだろう。
だってそうだろ。わたしには相手をぶちのめす実力はあっても、
生徒をまとめるだけの統率力がない。
壊すだけじゃだめなんだ。それが学校生活ならなおさら」
「でも、もったいないよ。
いつまで学園のダークジョーカーでいるつもり?
革命おこしてよ」
「わたしは学園のままごと、俗世間のざれごとには興味がないんでね。
好きな哲学を死ぬほど学べて、
ついでに戦後落ちぶれた箜間(くうかん)家を
立て直せればそれでいいんだ」
「蓮如は、あいかわらず考え方が古いわね。
日本はどんどん新しくなっていうというのに、家、家って。
日本の家制度の権化(ごんげ)みたいなことを云うんだから!
ま、たしかに、蓮如の家はそんじょそこらの家とは違うけどさ」
「まあそういうな。
この世界の偉人のほとんどが、
最後に古典回帰をするのはなぜだと思う?
人はな、あまりに進化、革新を追い求め続けると、
足もとがぐらついてくるんだ。
どんなに強固な土台でもそうだ。
人は、安心や安定なしでは、怖くてたまらないんだ。
わたしは安定と安心を求めたい。
そのために、箜間家の地位。
それを戦前の繁栄へと戻さなきゃならない」
「ふーん。そこまで決まってるなら私はなんにもいわなけどさ。」
で、学園の話に戻るけど、
蓮如がもし学園の権力を握るとしたら、どうやる?」
「うーん、簡単そうで、極めて難しい質問だな。
じゃ、まずは仮想計画をたててみようか」
「そうだね。ねえ傀儡(かいらい)なんてどうかな?」
「わたしに聞いといて・・・・ふふ、関子もまんざらじゃないな。
いいだろう。じゃあ関子は傀儡をつくる利点と
欠点について話してみろよ」
「・・・・・傀儡を作ることの利点はねー、
まず、自らの知名度が有名でなかったり、
自身が嫌われていた場合、
人気やカリスマ性のあるものを頂点におきさえすれば、
権力を保持しやすくなること。
傀儡を作ることの欠点はやっぱり、
それが傀儡にすぎないと民衆や生徒にばれたとき、
そのとき信頼や信用が失われることね。
まあ、ばれなきゃいいんだけど、
なかなかそうもいかないでしょ」
「じょうできだ、関子。
おまえ戦略の才能があるな。
そうだ。物事には利点と欠点がある。
ちょうどコインの裏表のように。
ゆめゆめ忘れない方がいい」
「結局、蓮如はどういうふうに学園の頭をとるのが
いいと思ってるの?」
「ん、そうだな・・・。
暗示や洗脳とまではいかなくても、
相手の深層心理に訴えかけるようなスローガンや魅力、
があるのがベストだな。
それと、後方に強力な支援者もほしい。
ある程度の金や、買収なども必要になってくるだろう」
「なかなか、えげつないというか、現実的ね」
「あたりまえだ。わたしはやるときになったら
徹底的にやる人間なんでね」
蓮如の美しくも妖(あや)しい瞳。
その瞳に吸い込まれる私。
なにか蓮如の瞳は現世のものを予感させない。
静謐としていて、それでいて・・・。
*
くうう。
やっと今日の授業が終わった。
六時間の授業って、とてもながい。
秋の涼しさ、寂しさが窓際の席に座る
私に命を与える。
心臓の病気。
さいわい極度の運動を試みなければ、
命に別状はないらしいが、
それでも悩まない日は、ない。
辛くないっていったら、嘘になる。
怖くないっていったら、嘘になる。
でも、弱音なんてはけない。
強くなりたい。
蓮如みたいに強くなりたい。
蓮如の強さは、すでに人のものじゃない。
私にはわかる。
蓮如は、異常だ。
蓮如の周りに佇(たたず)むある種の違和感。
蓮如のいる周りは、隔離されている。
空間が圧迫されていると云いかえるべきか。
元来私は、そういった霊感(?)と
いったものに長(た)けている。
他のクラスメイトも敏感な人なら気づいているかもしれない。
蓮如には、なにか膨大な力が具わっている。
成績の良さ、運動神経のよさも群をぬいているが、
それよりも、私は蓮如の隠されているであろう(?)、
隠されていてほしい力に魅了されていた。
大衆は優れた英雄を求める。
一大衆でしかない私、雛形関子(ひながたせきこ)が求める英雄、
それはどんなものにも負けない強さを秘めた人物だった。
関子の先天的な病気が、関子の弱さに対する侮蔑の念が、
英雄を、蓮如の強さを求めた。
「おい、関子。帰ろうぜ」
蓮如が私を呼ぶ。
「今日、家にこない?
もうすぐ中間テストでしょ?
蓮如に勉強教えてもらいたくって!
英語が苦手なのよ」
「またか。
電車代がよけいにかかるからあれなんだがな。
まあいい。
そのかわり、今度なにかおごってもらうぞ」
「分かった」
学園から南に歩き、電車に乗る。
伊豆箱根鉄道。
値段が高く、地方ローカル線の典型ともいわれる鉄道なのだが、
地元住民の信頼は厚い。
なぜか。
それは、この伊豆箱根鉄道、
三島から修善寺までの交通網を一身にになっているのである。
この鉄道がなければ、どんなに地元住民は困ったことだろう。
この一つの鉄道があるために、伊豆半島の住民は静岡、
東京といった都会まで足を運ぶことができるのだ。
「蓮如にとって美しいものって何?」
「ん、面白いことを聞くんだな、関子は。
そうだな・・・精神かな。
肉体でなく精神。
形としては不確定。
美しくもあれば、醜くもある。
が、こと、その可能性の広さにおいては他に類をみない。
数学や幾何学(きかがく)とは、違った意味で美しい。
幾何学が外側のものだとすると、精神は内面にあるもの。
わたしの興味はいつも内側へと進んでいる」
「精神かあ。
心理学だってまだ学問として生まれたばかりだもんね。
哲学、心理学、文学、人間の内面を解明しようとした学問。
やや語弊はあるけど。
そうか、私はどちらかといえば外のことに興味があるかな。
肉体。自然。世界の因果・・・」
電車は、韮山にさしかかろうとしていた。
二人の小さな学者さんは、己がもつ知識を高めあっていた。
韮山の自然。
韮山は韮に山とつくぐらいなものだから
周りは山と田んぼで囲まれていた。
それ以外はなにもない。
駅前にすこしお店があるくらい。
蓮如の家は、その韮山の中でも、奥の方にある。
なんどか遊びにいったことはある。
広い田んぼの横にあるあぜ道。
そこを歩いていくと、
美しくも格式高い日本家屋がある。
それが蓮如の家だ。
東にそびえ立つ山。
田舎の地主みたいな印象をうけた。
しかし、残念ながら今日は私の家だ。
私の家は、もちろん蓮如の家みたいに立派ではない。
小さなトタン屋根の家。
まだテレビでさえなかった。
電車は韮山をすぎ、終点修善寺へと進んでいた。
「関子、ちょっと狩野(かの)川によっていかないか?
あの川原はススキや月光草がおいしげって綺麗だろ」
「ん、いいよ」
*
ざあざあ。
煌々と月が大地をてらす。
柳並木が耳にここちいい。
月を愛でる。
夕から、夜への移行。
その合間に生まれでる月光。
そう、あまりにも甘美で、美麗な。
今宵は、いつもなら見逃す些細なことも、
記憶にとどめておけそう。
そんなことを思えるような、そんな光景、
月の下にありし月下界。
虫が凛とないている。
目のまえを猫がとおりすぎる。
川原には、月光草がおいしげる。
私たちは立ちあがり、川辺へとくだる。
川辺は、あたり一面の幻想世界だった。
まわりに咲いていた月光草は、月の雫へと昇華された。
ふと川原に一人の少年を見た。
年は私たちと同じくらいだろうか。
顔は可愛いのに、奥が深そうなそんな趣き。
少年のいる一帯が幻想という名の彩りを与えていた。
「なんて美しい少年だろう」
思わず声をだしてしまった。
中くらいにまで伸ばした黒髪は、
風に凪(な)がれて、幽玄の美となっていた。
「ああ、それに美しいだけじゃない。
川原をてらす月光と調和している。
これはめずらしい。
月に帰るべきかぐや姫は、実は男だったんだ」
私たちがぶつくさと少年を批評しているのに
気づいたのだろうか。
少年がかるく会釈をする。
「夜闇に佇む月の光り。
美しい総和は、乙女の眠りをもさまたげましたか?」
「いいや。乙女は月の光りを待ち望んでいました。
仮初めの月の光りを。永劫への年月に変えるために」
蓮如が少年の言葉に返す。
私は二人のやりとりに魅了されていた。
「月の美しさは、何をもって美しさとす?」
少年がなげかける。
「湖面にうつる投影。
ほんものの月よりも仮初めの月を。
わたしは美しいと思います。
いいえ。そう思いたい」
「もしくは、こころに映る心象風景・・・」
なにか私はすっかりおいてけぼりにされてしまった。
蓮如と少年は二人の世界に没入している。
私の入りこむ余地は、ない。
「して、少年、名前は?」
「・・・・・好む、摩擦で、好摩(こうま)と申します」
*
その後、一時間ぐらい蓮如と好摩は二人の世界に没頭していた。
第三者の私としては、退屈きわまりない。
人の色恋ざたをまじかで見せつけられるほど、いやなものはなし。
「なにをそんなに不機嫌なんだ?」
蓮如はこういうとき鈍感だ。
いや内心気づいているだろうな、などと思いつつ返答をする。
「好摩とずいぶんいい関係だったけど、
会ってすぐにあそこまで話を合わせるなんて
ほんとどうかしてる!」
「あ、そのことか。
なんだろうな。
お互い、感性があうというか、
ま、これも一種の一目惚れに入るのだろうな」
「ふん」
「おいおい。いいじゃないか。
なんで男の子と話すのがいけないんだ?」
「そんなことはいってない」
「分かったよ。今度は関子のこともちゃんと考えるから」
「うん、分かった」
「変わり身が早いな」
「変わり身が早いのが特技なんです」
「なんだかな」
その後、私の家で英語を教えてもった。
あいかわらず、蓮如の頭の良さには脱帽したけど、
教えかたがうまかったので、テスト勉強ははかどった。
*
体育の時間。
私にとって苦痛と無関心とを共有する時間。
時間のながれは一定ではない。
速く感じられるときもあれば、遅く感じられるときもある。
今は、そう後者。
先天的な病である心臓病。
激しい運動は、命を縮める。
私の生を感じるためには、運動をしてはならない。
木々の透き間からそそがれる陽射しがまぶしい。
もう秋も半ばというのに。
楽しそうなクラスメイト。
つまらなそうな私。
二つの異なる感情。
なにか光りと影を写しだしているような、そんな錯覚。
物事を二項対立で考えることのメリットとデメリット。
メリットの方が大きいからこそ、その方法を活用しているのだろう。
体育の時間が終わる。
私にとって時が動きだす瞬間。
いままで止まっていたこの世界の事象が、
私の視点を超えてめまぐるしく廻りだす。
さまざまな感情や想い。
凍結された感情が凍解する。
「蓮如、今日もかっこよかったね」
「足は速いからな」
「全国を目ざす?」
「がらじゃないよ」
*
放課後。
帰り道を歩いているとき、
午後からうずきだした痛みに耐えられなくなった。
痛い。心臓が痛い。
どうしてこんなときに。
五時間目あたりから、心臓が痛い。
わからない。
突発的におこる悲劇。
誰も拒否することのできない運命。
うう。苦しい。息ができない。
身体が壊れそう。
どうして私の身体はこんなにも弱いのか。
人形みたいに脆いのか。
「大丈夫か、関子?」
ああ、蓮如の声が聞こえる。
けど、答えられない。
それほどまでに心臓の痛みは大きかった。
「糞、病院はどこだ?
関子、わたしの背中におぶれるか?
飛ばすぞ」
蓮如が私をおぶり、駆ける。
私は苦しくて分からなかったけど、
後日見ていた友達の話によると、人間の、
それも女の子の走るスピードではなかったらしい。
自転車はもちろん、バイクにもまさるとも
おとらないスピードだったようだ。
「関子、がんばれよ」
私の意識は消えかかっていたけれど、
その言葉だけははっきりと聞こえた。
*
結局、数ヶ月入院することになった。
その間、蓮如は毎週お見舞いに来てくれた。
なにやら、彼氏もできたらしい。
あのときの少年、好摩(こうま)と付き合っているそうだ。
人間なにがどうなるかわからない。
「私・・・・弱いね」
「なんだ、急に・・・しょうがないだろ、病気なんだからさ。
強いとか弱いとか関係ない」
「ううん。違う。そうじゃなくて、
蓮如が私をおぶって病院までつれていってくれたでしょ?
私・・・・蓮如が逆の立場だったらできないかもしれない。
私・・・・弱いから、強くないから」
「・・・・・・・・・・」
「蓮如はね・・・・。
私にとって蓮如は、英雄なんだ・・・。
強いし、かっこいいし。
私だって蓮如みたいに強くなりたいよ・・・。
ほんとは怖くてたまらないんだ。
なんで私だけがこんな病気をもっていなきゃならないの。
私・・・・強くなりたいよ。
普通な女の子に生まれたかったよ」
「・・・・・・関子。
強くならなくたっていいじゃないか。
弱いままだっていいじゃないか。
それに関子は十分に強い。
ああ、わたしなんかめじゃないくらいに。
それに、関子はやさしい。
わたしは強さと引き換えに優しさを失ってしまったんだ」
「それでも・・・、それでも・・私は、蓮如のように強くなりたい!」
「そうか・・・・。
ああ。関子の心臓の病気は、きっと治る。
否。治してみせるんだ。
想いは思念となり、思念は願いへと昇華される。
いつの日か・・・・想いが叶うときがくる。
必ずくる。
ああ、わたしが保証する。
わたしの予想はよく当たることで有名なんだぞ」
「うん。きっと当たるよ。
だって私にとって蓮如は英雄なんだもん」
「そうか」
「うん」
いく時間お互いを見つめていただろう。
「蓮如はおつきあいする人ができたらしいね。
あのときの少年。好摩(こうま)ってどうなのさ?」
「なかなか優しい、いい少年だ」
「蓮如(れんにょ)好みのわけだ」
「まあな」
*
その後、幾十年か。
蓮如(れんにょ)と関子の子供は互いに惹(ひ)かれあう。
「ねえ、なんで斎杜(いつきのもり)君は、私なんかに話しかけるの?」
「君の事が好きだから」
「はあ?」
「君のことが、箜間桐孤(くうかんとうこ)の事が好きだから」
箜間桐孤に話しかける人物、一人。
斎杜古関(いつきのもりふるせき)。
関子(せきこ)の子供である。
関子は夫が鬼となり発狂後、
我が愛する子供、古関を伊豆の実家にて育てあげた。
関子の立派な母親としてのすがた、
もちろん関子の夫、古鬼(こき)の影響も大きいが、
関子が素晴らしい母親であったことに違いはない。
また蓮如(れんにょ)は、夫、好摩(こうま)の死後、
桐孤(とうこ)を立派に育て上げる。
*
箜間(くうかん)家の墓石にて。
「蓮如(れんにょ)、ひさしぶりね」
「二年ぶりか・・・、あれからどうだ?」
夜闇を照らす桜。
舞い散る桜は、おもいでをさそう。
「どうもこうも。私たち年をとったね」
「ああ、違いない」
「好摩(こうま)が亡くなってから二十年か・・・」
「あのとき、冠木(かぶらぎ)との戦いに、
好摩を行かせてよかったのか、
わたしはいまだによく分からない・・・」
「行かなければ、蓮如が行っていた?」
「ああ」
「蓮如が分からないことを、私がわかるわけないじゃない。
・・・・それより、桐孤(とうこ)ちゃんはどう?
元気してる?」
「あいかわらず、元気だ。
もうすこし桐孤との仲を修復したいのだがな」
「桐孤ちゃん、蓮如を恨んでいるものね」
「ああ。
・・・・・桐孤に人体改造をほどこしたのは、わたしだ。
恨まれてもしかたあるまい。
桐孤のためを思ってやったことだが、
誰も最初から望んでなどいなかった」
「すべては、箜間(くうかん)家のためか。
箜間家の繁栄と拡大は、蓮如の願いであり、
生きる意味でもあるものね」
「だが、それを我が子にまでおしつけたことは、
果たして良かったのかどうなのか・・・。
わたしは、わからなくなってきたよ」
関子は、なにも云えなかった。
関子の夫は、発狂し鬼となり、
関子の生んだ子供、古関(ふるせき)は、
鬼の血を克服できず、自殺してしまった。
関子には軽はずみな発言などできなかった。
「そういえば、桐孤ちゃんには感謝してるわ。
桐孤ちゃんのおかげで、古関はだいぶ救われたのだから」
「それは桐孤も同じだ。あのころの桐孤は、他者を拒絶していた。
桐孤に内包する膨大な力、それによる苦しみと特別意識。
桐孤の苦しみを緩和してあげたのは、古関君だ。
ほんと感謝している」
「いえいえ。古関は長くはない命だから。
始めから気づいていた。
でも親が、子の生存を放棄することなんてできない!
そんなことしちゃいけない!
私はせいいっぱい育てあげた。
私にとって古関は、私と古鬼(こき)の分身であると同時に、
かけがえのない、人生だったんだ」
あのとき、関子と蓮如が見上げた夜空の月。
その月から見下ろす下界、月下界。
それが生命の灯る空間。
幸せと希望と安らぎの。
そんな世界であったらいいと願いたくなるような・・・。
そんな・・・・。
*
1945年 雛形関子(ひながたせきこ)、
箜間蓮如(くうかんれんにょ)、供に生まれる。
1961年 雛形関子、箜間蓮如、供に三島北学園(女子校)に入学。
1970年 雛形関子、斎杜古鬼(いつきのもりこき)と結婚。
苗字を斎杜(いつきのもり)と改める。
箜間蓮如、好摩(こうま)と結婚。
1971年 古関(ふるせき)、桐孤(とうこ)が生まれる。
1985年 斎杜古関、自殺する。
1986年 月影文乃(つきかげふみの)、生まれる。
1997年 箜間桐孤、大学の講師になる。
1998年 西園寺宮(さいおんじみや)、大学構内にて死亡。
2003年 月影文乃、事件を起す。
箱庭の中の夢 第三章 月下界 完
☆あとがき
もうだめぽ。
桐孤の脳みそはもはや限界オーバーワーク。
人の書ける量にはかぎりがあります。
次の章、第四章で、箱庭の中の夢は終りです。
感動のフィナーレ(?)。
その後は、当分、執筆活動を休止します。
いままで、どうも応援してくれてありがとうございます。
関子も蓮如も必死で生きています。
それを伝えられたら、伝わったら、もうなにも云うことはありません。