箱庭の中の夢 第二章 籠(こ)められた想い
作:箜間桐孤
*
人は箱の外では生きていけない。
箱の中でしか生きていけない。
世間は、箱の外に出た者を正常とは認識しない。
異常。異端。異質。
どうして同性愛はいけないのか?
どうして近親相姦はいけないのか?
どうして人形を愛してはいけないのか?
それは人は決まりを持たねば生きていけないから。
秩序がないと生きていけない。
混沌の中では生きていけない。
同性愛を認めては種が維持できない。
近親相姦は忌み子を多く産む。
人形を愛するものは変態である。
この世界ですら箱庭に過ぎないのに・・・。
覚めない夢。
現実と幻想の境が曖昧になる。
テレビを一瞥する。
ニュース。
人殺し。痴漢。強姦。
幻想という名の自慰行為を現実に持ち出してしまった者。
異常。異端。異質な者。
俺と彼らとの違いはなんだろう?
それは・・・・。
彼らはあれだった。
現実と幻想を区別することができなかった。
つまり、現実に生きすぎたのだ。
異常な妄想をするものは、現実では生きていかないほうがいい。
俺は人形という幻想の中に閉じこもった。
そうするしか【正常に】生きていくことができなかった。
俺は杏子(あんず)に話しかける。
「杏子、調子はどうだ?
俺は、杏子だけが生きがいなんだ」
美しい日本人形。カラクリ人形。
その美しい幻想的な面持ちは、桜のそれに近い。
「兄様。そんな哀しい顔をしないで」
美しい顔の杏子が話しかける。
「杏子、俺はおまえを侮蔑せしめる世間になどに入ってはいかない。
入ってはいけない」
「兄様、・・・・・嬉しい。
兄様は杏子のモノ。誰にも渡さないんだから」
ボロアパートの一室。テレビ、冷蔵庫。風呂。
最低限のものしか存在しない密封空間。
生活の苦しさが伺える。
人形遣い、杏(きょう)。
人形を愛しすぎた憐れな男。
*
渋谷の街。
死者の街。
街を歩く人影は、誰も彼も覇気がない。
みな疲れている。
緑は皆無。
礼節は失わた。
崩壊は目前に迫っていた。
駅の裏手をぐるりと廻る。
街灯が照らす下。
杏(きょう)は己が魂を籠(こ)めて創り上げたカラクリ人形、
杏子(あんず)を一瞥し、傍らに寄せる。
杏が造り上げたその美しい日本人形は、
いつしか魂が籠(こ)もった。
杏子は始めから魂が籠もっていたわけではない。
永い年月。
誰よりも清い想い、杏(きょう)の想いが人形に宿ったからこそ
人形に魂が籠もったのだ。
杏の家元、倉成(くらなり)家。
古くは室町から人形作りに勤しむ名門。
もちろん杏も古くから人形造りに勤しんだ。
しかし、ほかの家族のものと違ったことが一つあった。
杏(きょう)は本心本義人形を愛しいた。
そう、愛する恋人のように。
杏の人形への愛情は、周りとの断絶を生む。
人形と風呂に入っては身体を洗い、
食事を共にしては、話を弾ませる。
友は杏の下を去り、家族すら「アイツはおかしい」
と敬遠する始末。
だからこそ人形に魂が籠もったのだろう。
まともな神経をしていては、人形に魂など籠もるはずもない。
いつしか造り出した人形は言葉を覚えた。
言葉は花と為り、杏を喜ばせた。
杏はますます人形に入れ込んだ。
そのうち人形は可動し始めた。
杏はその人形と永遠を誓った。
その人形こそが美しい日本人形、杏子(あんず)である。
杏(きょう)が造り出した子供、杏子。
杏子の美しさは花に例えるなら桜。
透きとおるような白い肌。
否。白すぎるその肌は幽霊を彷彿とさせた。
凪がれるような黒髪は幽玄。
日本造形美を極小にまで圧縮したいれもの。
顔の造りは観る者を幻想世界へと誘うだろう。
話す仕草はまだあどけない少女のよう。
純真無垢。
そんな言葉どおりの少女。
浅葱(あさぎ)色の着物を着たそのいでたちは
その辺一帯を武家屋敷へと変貌させた。
*
夏。
太陽の陽射しがやおら眩しい。
夏に咲いた桜、杏子(あんず)。
あのころ、倉成(くらなり)家に住んでいたころは
小鳥でさえ俺を侮蔑していたのに、今は小鳥も俺を祝福している。
蝉時雨(せみしぐれ)、遠い空。
俺は空へと想いを弾む。
愛する杏子と共に。
小さいけれど、大切な二人のかたち。
この薄汚れた渋谷でさえ、今はそう心地悪くはなかった。
新しい街と変わらぬ想い。
すこし電車を走らせれば、
新緑の山が、俺と杏子(あんず)を歓迎する。
蒼と緑の調和が、俺の視線へと投影される。
夏の想いは永遠を。
杏子(あんず)が望む永遠。
俺が望むもの。杏子が望むもの。
そんな二人の共時性。
「ねえ、兄様。なにか考えごとしてる。
あまり思いつめちゃ、めっなんだから!!」
杏子が小さくも幼い人差し指を俺に向ける。
「ああ、ごめんごめん。
そうだな。考えすぎるのは俺の悪い癖だ。
杏子にはいつも注意されっぱなしだな」
「兄様〜、杏子心配なの。
兄様がなにかどこかへいってしまいそうで」
「ん、どこにも行ったりしないぞ、俺は。
俺の世界は杏子が全てだ。
俺の世界は杏子で閉じている。
杏子が世界の理であり、夢なんだ」
「えへへ、兄様がそういってくれると、杏子(あんず)嬉しい。
兄様だけじゃない。
杏子だってそうだよ。杏子にとっても兄様が全てなの。
兄様がいなかったら杏子はこの世界には存在しなかったもの。
兄様がいなかったら、杏子は確かに生まれなかった。
でも、杏子(あんず)がいなくても、兄様は今の兄様じゃなかった。
ほんと世の中って不思議」
「そうだな・・・・・」
俺は杏子の小さくも美しい顔を眺めた。
幻想を彩る白肌は見るものを圧倒させ、
その凪がれるような黒髪は、幽玄。
落ち窪んだ美しい瞳と和(な)がれるような細い眉。
浅葱(あさぎ)色の着物が一層、
杏子の美しさを引立たせていた。
それとは対照的に、俺は漆黒のスーツで身を固めていた。
他者を寄せ付けない拒絶の意志。
それを身にまとう対象にさえ求めた。
長身の俺は、ただでさえ目立ってしまう。
俺は世間から目立ちたくなかった。
それは俺が世間でいうところの異常だからに他ならない。
世間は俺を正常だとは認めない。
異常、異端、異質。
精神異常、人格破綻。
人形造りに熱中し、あまつさえその人形を本気で愛してしまう男を、
世間は普通だとは認めてくれなかった。
「だってあいつきちがいでしょ?」
「ねえ、倉成って人形を本気で愛しちゃってるらしいよ」
「気持悪いからまじで死んでほしい」
「あはははははははははははは」
俺は世間との接触を諦めた。
俺は世界から必要とされていないし、
俺も世界になど入ってはいきたくない。
否。
この世界は、つまるところ幻想世界にすぎない。
現実と幻想を別つ境界など誰が決めることができよう。
やり直しがきかないことが現実だというのか!
ふざけんな!
金持ちになることなど俺は望んじゃいない。
異性にもてることなど俺は望んじゃいない。
出世をすることなど俺は望んじゃいない。
なんのために働く?
生きるためか?
そうだろう。働かなくては生きていけない。
別に金持ちにならなかろうが、異性にもてなかろうが、
出世をしなかろうが、生きることにはなんの影響もしない。
世間のフレームワークにしたがってしか行動できない奴が
俺は嫌いだった。
俺が世間から、世界から隔離されているがためだろう。
箱庭の中の夢。全ては創られた幻想。
しかしやり直しがきかない一度きりの歯車。
俺は杏子(あんず)のために生きる。
*
せっかくの夏。
俺たちは熱海へ旅行をすることに決めた。
バイトも一段落し、生活に余裕ができたのだ。
それにずっと渋谷での生活では、杏子もまいってしまうと思って。
古くから温泉街、宿場町として栄え、日本の名所としても名高い熱海。
近場で温泉に入れるというのが、俺が選んだ理由だ。
それに杏子(あんず)は海がとても好きだから。
電車にのりこんだ杏子はやおらはしゃいでいた。
「ねえ、兄様ー、ビルだよ。ビルビル」
「ああ、ビルだな」
普段目に留めているようななんでもない風景でさえ、
俯瞰(ふかん)の視界。電車の中からでは新鮮な驚きを伝える。
情景からの印象。
情景が印象を変えるのか。
それとも印象が情景を変えるのか。
「兄様ー、もう小田原だよー。
なんかあっというま。
杏子(あんず)はもっと電車に乗っていたいのにー」
「ほんとそうだな・・・」
「兄様との大切な思い出。
いっぱいいっぱい造りたい」
「ああ」
そうこうしているうちに、情景は一変していた。
多くのビル街が、緑豊かな山や海へと変貌していた。
限りなく透明に近いブルー。
いや、実際はそれほど美しくない。
けれども、俺の心象風景が
なにものにも代えがたいほどに美しくみせた。
杏子が横にいるだけで、それだけで、優しい気持になれる。
「兄様ー、海が見えるよー。
海だー青いなー大きいなー」
杏子は海を見るのが大好きらしく、おおはしゃぎだった。
海と空との境界。
それはどこにある?
それはあなたの心の中と、
あなたの視点を向けたその先。
そして電車は、早川、根府川。
真鶴、湯河原、熱海へと足を進めた。
*
熱海の宿場町をぐるりと巡る。
街と海と山。
その総和のとれた街。
美しくも活気にあふれている。
活気にあふれた街は、杏(きょう)を憂鬱にさせる。
杏は人の理から外れたもの。
活気のある街よりも寂れた街を望む。
それが杏という人間だ。
しかし、今は違う。
杏子(あんず)が横にいるから。
杏子がいるだけで強くなれる。
優しくなれる。
杏と杏子は二人で一つ。
杏(きょう)の魂をいっしんに集めた杏子。
「ねえ、兄様ー、海だよー。海行こうよー」
「ああ、海行こうな」
潮騒豊かなこの街で、海をみないでなにをみるか。
陽射しがまぶしい。
こうこうと照りつける太陽。
てのひらに光りを集める杏子。
てのひらを太陽に。
誓うこと幾千。
「兄様はおひさまが大好き。
杏子もおひさまが大好き」
「俺は・・・」
それ以上なにもいえなかった。
杏子の笑顔に水をさしたくなかった。
ほんとは光りなんて好きじゃない。
どこまでも漆黒に染まる俺の心。
世界の崩壊を願ったことなど、一度や二度じゃない。
俺は自分の醜い心を呪った。
けど杏子といるとそんな俺の醜い心は、癒された。
聖なる泉へと浄化された。
俺は海辺で砂遊びをしてる杏子をみていた。
杏子と海。
杏子は桜。
海に漂う桜はなにを想うのか。
「兄様ー、兄様も海に入ろー、ねー?」
「いや、俺はいい。
俺は杏子をみているだけで楽しいからさ」
「そんなの杏子がつまんないよ。
ねえ、兄様ー」
杏子はふくれっ面で俺をひっぱる。
「しょうがない子だな、杏子は」
俺は笑いながら云った。
「だって〜、兄様は杏子の兄様で、
それにそれに、恋人なの!!
恋人は楽しいことをするのが大切!!」
びしっ、そんな擬音の聞こえてきそうな指の刺し方をする。
俺は嬉しくも恥ずかしい気持で海と同調した。
*
夜。
あらかじめ予約をしていた民宿に向かった。
こじんまりとした風情のある日本家屋。
江戸と現代の調和を感じさせる。
「あの、先日予約をした倉成(くらなり)と申しますが、
どなたかいらっしゃいませんか?」
社交辞令は苦手じゃない。
俺はいくたもの仮面を被る人形に過ぎないのだから。
杏子と俺の立場が入れ替わっていたら、
さぞ幻想的な美を彩っただろうに。
「倉成さまですね。どうぞこちらへ」
若くも年をとっていそうな女将が俺たちを、小さな一室へと導いた。
他者からの導きは時として残酷な刃を振り翳(かざ)す。
「倉成さまお一人ですね。食事はこちらへ運ばせてもらいます。
では、ごゆるりと」
「???」
杏子(あんず)はどうした?
杏子が人形だからお前は無視するというのか?
「兄様、また怖い顔・・・。怖い顔は、めっなの」
杏子は震えていた。
あまりに美しいすぎるその顔は、
萎縮してるときでさえ、俺を幻想世界へと誘った。
「悪かった。だが、今の女将の態度はなんだ。
あからさまに杏子を無視してるじゃないか。
いくら杏子が人形だからって・・・」
「兄様、そのことはもういいの。
それにそのことを持ち出してほしくないの、杏子。
幸せや平穏はときとして、衝突に崩れ去るもの。
それを忘れないで。
過去、現在、そして未来。
兄様を通じるいくたもの因果。
杏子と兄様が出逢ったのは、偶然なんかじゃなくて
そう、確固たる必然なんだから」
「すまない。杏子の気持も知らないで・・・」
「ううん。いいの」
杏子は俺の頬にキスをした。
甘酸っぱい杏子の香り。
俺と杏子はその夜一つに為った。
*
まぶしいくらいの朝の陽射しと、朝特有の喧騒。
俺は朝が好きだった。
朝は全てをリセットしてくれる。
良いことも、そして悪いことも。
朝の食事が運ばれてくる。
昨日と同様、朝の食事も俺一人分しかこない。
人形には食事などいらないというのか。
杏子は強い。
俺なんか比べものにならないほど強い。
俺の心は日々醜くなるばかり。
それに比べ杏子の心はなんて優しくも美しいのだろう。
「兄様、おはよう。
昨日は兄様と一つになれちゃった」
俺は恥ずかしくなった。
事実だとはいえ、口に出すことは憚(はばか)れる秘め事。
畳みに敷かれた一枚きりの布団。
その上で・・・・・俺は・・・・・。
「兄様、ほんと激しかった。
でもそれ以上に愛されてるって実感ももてたよ。
たとえ愛が幻想にすぎなくても、
それが実体をもった愛に投影されたとき、
その場所には、その二人には、ある軌跡が残る。
仮初めの、おしむらくば永劫の愛の軌跡が」
なんて恥ずかしいことをいう子だろう。杏子は。
けど杏子の云っていることは、正しい。
すくなくとも俺は正しいと思いたい。
この世界でなにが正しくて、なにが間違ってるかなんて
結局のところ俺にはわからない。
ただ、杏子のいったことは、俺は正しいと思いたかった。
杏子との心の通い合い、心の、魂の共時性を持ちたかった。
今日も海へと繰りだす二人、杏子(あんず)と杏(きょう)。
子供が夏休みのためだろうか。
海岸は人でごった返していた。
俺は人ごみが嫌いなので、人のいない海岸を探した。
歩くこと一時間弱。
足が疲れを秘めだしたころ。
俺と杏子は穴場らしき海辺を発見した。
ごつごつした岩場は泳ぐには相応しくない。
海岸沿いにはあからさまに立ち入り禁止の看板があった。
俺は無視した。
「兄様ー、ここ立ち入り禁止だよ。
すこしまずいと思う・・・」
「いや、いいんだ。杏子。
この世の中に俺たちより怖い奴はそうはいないからな」
「あっ、それひどいよ。兄様ー」
俺たちは存分に海で泳いだ。
海で泳ぐことによる快楽と解脱。
俺は快楽主義者では、ない。
ただ、そんな俺でも杏子と泳ぐ海の情景は絶大なる快楽だった。
*
夕ごろ。
海で泳ぎ疲れた杏子(あんず)と杏(きょう)は民宿へと戻った。
しかし、事件は民宿でおこる。
この世界に偶然たらしめることがあるか。
そもそも偶然とは?
確率論的になりたたないことなどあろうか?
今までが、異常だったのである。
「きさま!!
いつまで俺たちを愚弄する気だ?
なぜ、杏子(あんず)のめしを持ってこない?
杏子(あんず)は人形だから必要ないと、
そういうのか!!」
怒り狂う杏(きょう)。
それもそのはず。
昨日の夕から数えてこれで三度目、
愛する杏子が無視されて杏が怒らぬはずもなし。
しかし、その女将から発せられた言葉は
杏の思考の外だった。
「はい?
失礼ですが、お客様の申し上げていることが
よくわからないのですが・・・。
お客様はお一人ですよ。
亡くなった霊を連れてここへきてらっしゃるんですか?」
杏は戦慄した。
この女は杏子を無視していたわけではなく、
見えていないのだと。
今まで杏子とすごした年月はや二年。
おかしなこともあった。
しかし、それは杏子が人形であるためだと思っていた。
だが、女将の言葉はあまりに・・・。
「おい、女将、ここに小さな少女がいるだろう。
この子が見えないか?」
杏のその言葉に女将は一瞬怪訝そうな顔をしたが、
首を横に振った。
杏(きょう)は杏子(あんず)の手を取り、他の民宿の人に尋ねた。
だが、答えはどれも一緒だった。
すなわち、否と。
なんていうことだろう。
なんという運命のいたずらか。
杏(きょう)歎くとき、
しかし横には杏子の姿が見当たらない。
「杏子(あんず)ー!
杏子(あんず)ー!」
杏(きょう)は叫んだ。
しかしその叫びも虚しさがこみあげてくるだけだ。
泊まっていた部屋を探した・・・・・・いない。
食堂を探した・・・・・・・・・・・・いない。
トイレを、風呂を探した・・・・・・・いない。
杏は外に出た。
杏子がいない今、俺は死んでいる。
仮初めの死を与えられた杏は必死になって探した。
杏子が俺にしか見えないということが
そんなにも知られちゃいけないことだったのか!
杏子と俺との関係は幻想でしかなかったのか!
幻想もそれを真実だと思えば、現実になると思っていた。
杏は急がなけばならなかった。
人生の崩壊する音。歯車の壊れる音。
それを肌で、魂で感じていたのである。
杏は自身の魂に問うた。
杏子の居場所。杏子はどこへ行き、そしてどこで想うのか。
籠(こ)められた想い、そのありかを探して。
「海、そうだ、海に違いない」
海が好きな杏子。
杏子が好きな海。
夏に咲いた桜は海を想い、そこで散ろうと・・・。
杏は砂浜に駆けた。
立ち入り禁止区域。
あそこにいる。
経験と勘。それに心がそう云っている。
夕日が沈む海。
大海原を巡る遥かなる太古の想い。
今も。
美しい夕陽。
終りを告げる世界。
刻はこくいっこくと針を刻(きざ)む。
杏は視た。
砂浜で一人佇む美しい少女を。
砂浜に咲いたひとつの花びらを。
透きとおるような白い肌。
凪がれるような黒髪は幽玄。
「杏子(あんず)ー!!」
杏は叫んだ。
世界の果てが血に染まろうとも。
人生の終りを悟った少女。
その顔は狂おしいまでに穏やかだった。
「兄様・・・・兄様には知られたくなかった・・」
「ど、どうして・・・・杏子・・・・」
「一つの夢。夢はいつかは醒めるもの。
杏子は醒めない夢を望んだ。
杏子にはある制約があったの。
兄様が杏子との生活を真に真実だと思ってさえいれば、
それは永劫に続く。
仮初めではあるけれど。
けど、あのとき、兄様は杏子が偽りにすぎないことを悟った。
杏子が兄様の造り出した幻想にすぎないことを悟った」
「杏子(あんず)、悪かった。俺がすべて悪かった。
だから戻ってきておくれ。
俺は杏子がいなきゃいきていけないんだ。
俺にとっては杏子がすべてなんだ」
「うれしい・・・・兄様・・・・・。
でもね。もうお別れなんだ。
だって、夢は夢と想ってはだめだもの。
兄様はね。なにも悪くないんだよ。
そう、これは運命なんだ。
だから・・・お別れ・・・」
「杏子と別れるなんてそんなこと・・・。
ふざけるな!!
俺だって狂おしいほどに・・・・。
この想い、誰にも・・・」
胸が痛い。涙は雫となり、花は幽玄へと昇華される。
「ありがとう・・・兄様・・・・。
兄様・・・・バイバイ・・・。
またいつか・・・どこかで・・・会えるとといいな・・・」
次ぎの瞬間、杏子は桜となり舞い散った。
あとには桜の花びらだけが、残っていた。
*
【エピローグ】
誰よりも自閉的だった杏。
誰よりも孤独だった杏。
誰よりも内向きだったからこそ、
自身の心象世界がこれほどまでに美しかったのだろう。
物語はすべからく逆説を含む。
杏子をこの世界に生み出すには、
脳と世界とになんらかの繋がりを見出さなければならなかった。
元来、倉成(くらなり)家というのが、表向きは人形造りの名門、
しかし裏の顔は人体改造のスペシャリストだということを杏は気付かなかった。
倉成家の失敗作である杏に教える必要などないと家族が感じたためだろう。
なんの能力もないと思われた杏。
しかし、皮肉にも誰よりも貴重な能力を身につけた男。
心象具現。
杏は世界を求めなかった。
杏は人を求めなかった。
杏はどこまでも自身の心に骨子し、自身の心の中で生きた。
それが、逆説的に脳が世界を求める結果となったのだ。
微弱ではあるけれど、世界に自分の意志を反映することに成功したのである。
手足で求めず、心、脳で求めた男、倉成杏(くらなりきょう)。
杏子(あんず)がいなくなったのが、杏の能力の飛躍を格段に高めた。
杏子(あんず)がいなくては、杏の生きる意味などはない。
杏子(あんず)あっての、杏(きょう)である。
杏子(あんず)の存在が、命が、杏の一番守りたかったものであり、
杏子(あんず)との愛が、幸せが、一番叶えたかった夢だったのだ。
孤独な英雄は、狂った。
狂うほどに書物を読み漁り、世界の構造を分析し、
人々の心理、思いを、世界もろもろの事象を解明しようとやっきになった。
どうしたら杏子がいる世界に、また辿りつけるのか?
倉成杏(くらなりきょう)はいつしか形而上学同盟に入っていた。
誰もやりたがらないトップの座を杏は引き受けた。
まだ三十代でトップについた男を、
裏世界は驚嘆と注視の目で見つめた。
飛び交うさまざまな憶測。
アイツは脳と世界とを繋げることに成功したらしい。
アイツは運命を自分の好きなように変えることができるらしい。
実際は運命を好きなように変えることなど杏にはできない。
ただ、脳と世界との繋がりをほんのすこし開いただけのこと。
なぜここまで杏はがんばれたのだろう?
なにが杏を動かしたのだろう?
否。それは自明の理だ。
だって今も、倉成杏(くらなりきょう)の横には、
杏が狂おしいまでに愛した、杏子(あんず)がいるのだから。
ただそこに杏子がいるだけで、ただそれだけで・・・。
*
箱庭の中の夢 第ニ章 籠(こ)められた想い 完
笹山お嬢さまはSMがお好き
(おまけ小説・・・内容に保証はできません笑)
作:箜間桐孤
*
わたしの名前は笹山葉子。
笹山財閥のご令嬢だ。
執事の昭義(あきよし)と共に今日も学園まで愛の逃避行中。(嘘)
わたしの乗っている車はベンツ。
超高級車。
てか、ベンツしか知らない。
車には興味ないの、わ・た・く・し。
今日も昭義と他愛もないおしゃべりをしている。
そんな朝の有意義なひととき。
「ねえ、昭義、わたし最近思うの。
最近、どうしてだかわからないけれど、
美少年のち○ぽがしゃぶりたくてしゃぶりたくて、
どうしようもないの。
ねえ、なんとかしてよー。昭義ー!」
「はい〜?!
お、お嬢さま、またそんな突拍子もないことを・・・・。
学園の女の子たちを奴隷にするだけでは、飽き足らないんですか?」
なにを言っているんだろう。昭義は。
M属性の人間は、わたしにとって便器にすぎないのに。
「ふふ。分かった。
あ・き・よ・し〜。
ほんとうはわたしの事が欲しいんでしょ〜?
性欲が溜まっててしょうがないんでしょ〜?
よしよし。わかってるわ。
ふふ、もうほんと可愛いんだから」
笹山財閥、わたし専用の執事、本条昭義(ほんじょう あきよし)。
容姿端麗。性格良好。
わたしにはもったいないくらい良くできた男だ。
「ち、違いますよ〜、お嬢さま。
昭義は、お嬢さまのお友だちの負担が心配で・・・・・。
お嬢さま、もうすこし相手への接し方を身につけてください。
お嬢さまが、ほんとうは心の優しい方だと、昭義はわかっています。
でも・・・・・」
「・・・わかったわ。
そう昭義がわたしのことを心配してくれるんだったら。
考えてみてもいいかもね」
「ほんとうですか? お嬢さま」
「ええ。でも〜、そうね。
まあその話は置いといて、
ねえ昭義ー。
今日は、美少年狩りをしましょうよ」
「は、はい?」
「はい?じゃないでしょ。はい?じゃあ。
美少年狩りよ。美少年狩り。
美少年をその辺りから拾ってきて、わたし好みに調教するの。
とっても楽しいことだと思わない?」
その時、昭義の頭に浮んだのは、お嬢さまの育て方を間違えたな、
ということだけだった。
「は、犯罪じゃないですか〜!!
犯罪は絶対許しませんよ。
犯罪を犯すぐらいでしたら、昭義を奴隷にどうぞ!!」
その時、昭義の頭に浮んだのは、あっ、言う言葉を間違えたな、
ということだけだった。
「へ、へえ〜。
あ・き・よ・しはわたしの奴隷になりたいんだ〜。
ふふ、よろしい。えっへん。
それじゃあ、昭義は、わたしじきじきに調教してあげるわ。
まず、そうね〜。
わたしのおしっこを飲みなさい!!
話はそれからよ」
「ええー!!!」
「さてと・・・、そうと分かれば、学校なんてドタキャンよ。
さあ、我が家へ戻るわよー!!」
その時、昭義の頭に浮んだのは、お嬢さま、ドタキャンの遣い方を間違えたな、
ということだけだった。
*
笹山豪邸宅へ。
わたしの住む豪邸は、今日もやたらめったら大きく、神々しかった。
わたくし金持ちです、と世間の庶民らに知らしめるかのような嫌味な造り。
それにイタリア・ルネサンスを捩(もじ)った地獄門。
庭園にはなにやら外国の木々がそれこそ縦横無尽に生い茂っている。
ふと、そこに妖しげな美少女が現れた。
「自分は、魔法少女マジカルアンバーなの〜。
御伽の国から来た天使さまなの〜。
笹山葉子、あなたに天罰を与えにきたの〜」
その電波を放つ少女、明らかにコスプレ姿である。
「なに? あのコスプレ女」
わたしは昭義に振った。
「昭義にいわれましても、さっぱり」
いつもは、わたしという手に掛かる女の世話係という
昭義でさえ、あからさまにひいていた。
形容さえ許さないほどの【きちがい女】。
それが今、目の前にいるのである。
もはや葉子と昭義の二人に言葉はいらなかった。
「昭義(あきよし)。あのきちがい女をぼこすわよ」
「ご命令とあれば。・・・では、いかほどに」
「半殺しあたりで充分だわ、あんなこもの」
「・・・御意(ぎょい)」
葉子と昭義はすぐさま臨戦態勢に入った。
標的のコスプレ女は、右斜め十メートル、前。
足に自身のある葉子にしてみれば、雑作もない距離だ。
加えて、昭義は空手家でもある。
こちらにとってマイナス要因は一つもない。
「マジカルアンバーは、こものじゃないの〜。
もう〜、天使さまを馬鹿にした罪、
死をもって償うの〜!!」
魔法少女(自称)が半狂乱で走ってくる。
その姿は、まさに地獄絵図だった。
顔が可愛いのがまだ救いといった感じか。
魔法少女の手にはなにやら妖しげなステッキが見える。
あれで、わたしたちを撲殺する気だろうか。
「このコスプレ女、本格的ね。
昔やってたセーラー○ーンを思いだすわ」
「ほんとそうですね」
昭義はしみじみと頷く。
昭義は大のセーラー○ーンふぁんなのだ。
それはそうと、闘いの最中に会話をする葉子と昭義。
魔法少女(自称)を舐めきったその様子は、やはり大物といって相応しい。
「セーラー○ーンじゃないの〜。
魔法少女プリティーサミーなの〜」
「さっきと名前変わってンじゃねええかあ!!」
ばびゅ〜ん!!
魔法少女(自称)は、葉子の右フックを顔面に受け、空の彼方まで飛ばされた。
もちろん、空の彼方というのは葉子の脳内妄想だ。
「うーん、爽快そうかい。気持い〜い」
「ナイスバッティ〜ング、お嬢さま」
魔法少女(自称)は、戦闘不能状態に陥った。
「昭義、決めたわ。わたしこのきちがい女を奴隷にする!!」
わたしは当然の如く切り出した。
「それは駄目ですよ〜。お嬢さま、法律にふれます」
では、魔法少女(自称)に暴行を働いたことは法律にふれないのか。
しかし、誰もそのことに対し突っ込みを入れるものはいなかった。
「うーん、だったらどうすればいいのよ?
このきちがい女・・・・明らかにMだし」
「SとかMとか関係ないでしょうに・・・。
それよりも、なぜお嬢さまを襲ってきたのか、理由をききましょうよ。
なにか理由あるはずですから。
原因と結果。この世界の多くはこの二つで成り立ってますからね」
「は〜ん、理由?
昭義(あきよし)なにわかりきったこと云ってるのよ。
そんなのこんなきちがい女にあるわけないじゃない。
きちがいに人権は、な・い・の!!
そして、わたしはこの女を、性奴隷にする権利があるのよ!!」
もういってることは滅茶苦茶だ。
「そんなことはありませんよ〜」
そうこうしているうちに。
ちゃっかり目覚めている魔法少女(自称)。
「いたたたたなの〜。
ううう。
今の話、聞かせてもらったの〜。
も、も、もちろんあなたを襲ったのには理由があるの〜」
「ふーんなにさ、いってみそ?」
葉子が魔法少女(自称)を詰(なじ)る。
興味なさそうな仕草が一層サディスティックな感じを与える。
「た、太陽が眩(まぶ)しかったからなの〜」
「カミユかよ!!」
葉子は意外と博識だった。
きちがい具合では魔法少女(自称)と張るのに。
「おいおいおい。
ていうか、ほんとにそんな太陽が眩しかったとか、
そんなふざけた理由で、わたしを狙ったわけ〜。
しかもご丁寧にわたしの家の前で待ち伏せしてくれちゃってさ〜」
「ほんとうは、あ、あなたが学園の仲間を虐めるのがゆるせなかったの〜
う、う、ぐす」
魔法少女(自称)はこの葉のように泣き崩れた。
「・・・・・・・・・・・・・」
葉子はなにも云えなかった。
気まずい沈黙が四方八方を支配する。
まるで、その辺りには生物など存在しないかのように。
どのくらいたっただろうか。
気まずい雰囲気に風穴を空けるように、昭義が切りだした。
「お嬢さま。
今回はお嬢さまが悪いんですよ。
学園は人との共同の場。
いくら財力や地位が優れているからといって、
お嬢さまの好き勝手に行動されては困ります」
「・・・・・・わたしだって・・・・・分かってるわよ。
あ〜あ。たしかにわたしにも非はありそうね」
葉子もさすがに今回は非を認めた。
その後、笹山葉子が弱いものいじめをすることは、多少減ったようである。
めでたし、めでたし・・・・・・。
*
桜舞う季節。
季節はもう春だ。
この国は、今年も幽玄、夢幻。
桜は散るまでが、美しいのか。
桜は散るからこそ、美しいのか。
桜の花。桃の花。梅の花。
この季節は桜が咲き乱れると同時に、
桜が舞い散る季節でもある。
美しいものが訪れるということは、
美しいものが去り行くことと同義語だ。
訪れるものは、必然的に去り行くものだから。
それは人の誕生、命の誕生、をも同じ。
生あるものには、死ありき。
昔の風流人は桜の舞い散るさまを死に喩えた。
この季節、幸せが起きそうな気もするし、
不幸が訪れそうな気もする。そんな曖昧な季節。
*
「文乃、いい?」
「はい、お姉さま」
わたしの指が文乃のお尻の穴を捉える。
わたしは文乃のお尻の穴に指をぶっ挿した。
「いっい、いくの〜」
「指いっぽん〜、にほ〜ん。さんぼ〜ん
うはっ。指が三本もお尻の穴に入っちゃった!」
「うう、もう無理です〜」
「犬のくせにでしゃばりすぎよ。文乃」
「くう〜ん」
「あはは。ほらほらもっといい声で鳴きなさい」
「文乃は雌犬奴隷なんです〜」
首輪をかけた文乃が答える。
「どう?
お尻気もちいでしょう」
「はい、とても気持いです〜」
「まあ、可愛い。
次ぎは、わたしの秘部を愛撫しなさい」
「はい・・・」
「どう?
わたしの愛蜜はおいしいでしょう」
「ええとっても。
文乃、お姉さまの愛液が大好きなんです。
あの〜、文乃におしっこも飲ませてください」
「ふふ、いい子ね、文乃。
だんだん分かってきたようじゃない。
さあ、一滴も残さずにお飲みなさい。
そして、もっと鳴きなさい。
さあ、鳴いて鳴いて鳴きまくりなさい」
そして、わたしは快楽の渦に飲み込まれていった。
妄想はいつの日もいいときで、終わってしまう。
それは現実も同じ。
現実と幻想の狭間に見えるもの。
一つ。
それは夢。
不可思議で曖昧な幻影に過ぎないけれど、
それがあるだけで、人は強くなれる。
わたしの夢は、学園のM女を全て奴隷にすること。
だってわ・た・く・し快楽主義者だもの。
「お嬢さま、お嬢さま、起きてください。
学校が始まってしまいますよ」
昭義がうるさい。何をそんないきりたっているのか。
「むにゃむにゃ、ふみゅ〜?
ん・・・・もう朝〜?」
「はい、もう朝です。
さあ、お食事の準備ができております。
まってますからね」
「ん・・・・・んん」
葉子は朝が弱い。
こればかりはどうしようもないこと。
だって葉子はお嬢さまなのだから。
お嬢さまは我慢が、お・き・ら・い。
その後、笹山葉子は月影文乃の復讐にあい、殺されてしまう。
それは自業自得だろうか。
この世界全てが因果通りに運ぶのならば、それもあてはまるだろう。
しかし、現実はそうではない。
笹山葉子の一生は、素晴らしいものだったのか。
有意義なものだったのか。
否、人生とは素晴らしくなければいけないのか。
有意義でなければいけないのか。
それは結局誰にもわからなかった。
ただ、笹山葉子が月影文乃に殺されたということは、事実である。
*
終り