存在不適合者 第四話 彼の日の想い出〜そこで私は明日を誓う〜
登場人物紹介
箜間桐孤 (くうかん とうこ)
性別:女 中学生時代の桐孤。
斎杜古関(いつきのもり ふるせき)
性別:男 桐孤に一目ぼれをして無視し続かれた
哀しい男。しかし彼の心遣いが、桐孤
にある変化を齎(もたら)す。
*
中学時代、私は他者を受け付けなかった。
他人が何か話しかけてきてもキッと睨(にら)み反し、追いかえすのだ。
この私の鋭く、それでいて深い瞳の色に、ある者はたじろぎ、
またある者はばつが悪そうに顔を背けるのだった。
私と関わると不幸になる。
それが分かっていたから。
それに私も別に誰かと話したり、友達を作ったりという気も起きなかった。
小学校時代に酷いいじめを受けたからだろうか。
それとも私が箜間家の最高傑作であり、最凶の品種改良作品だからであろうか。
私には人の悲しみが、人の喜びが、この世全ての事象が、記号でしかなかった。
地震で人が死んでも、悲しいとも思わない。
殺人事件が起きても、悲しいとも思わない。
皆で唄った合唱。別に嬉しいとも思わない。
皆で行った遠足。別に嬉しいとも思わない。
誰かが泣いている。別になんとも思わない。
誰かが笑っている。別になんとも思わない。
私にとっては全てはどうでもよく、また全ては記号でしかなかった。
誰かがいじめられている。別に振り向きもしない。
誰かが悲しんでいる。別に助けようともしない。
誰かが喜んでいる。別に分かち合おうともしない。
けど一人だけ気になる人がいた。
斎杜古関(いつきのもり ふるせき)。幾度となく私に話しかけ、
それでいて私に無視し続かれた男。
ある時、斎杜に云ってやった。
「なんで私なんかに話しかけるの?」
って。そしたらアイツ
「君の事が好きだから」
だと。流石にその時ばかりは顔が熱くなり、感情が昂(たか)ぶった。
苦しくも箜間桐孤はこの男に感情を許してしまったのだ。
まさに一生の不覚。私は誰にも心を許すことは無かったのに、
あっさりとこの男に心を許してしまったのだ。
ある時ソイツは躯(からだ)じゅうボロボロになって歩いていたことがある。
何かと思って聞いてみた。別に聞かないで無視しても良かったのだが、
あまりに酷い怪我だったのだ。顔は醜く晴れ上がり、制服はボロボロ。
足はあろうことか引き摺っていた。そこで私はこの男に聞いてみた。
「斎杜君、貴方どうしてそんなに躯(からだ)じゅうボロボロなの?」
と身もふたもないことを。そしたらこの男は
「いやー。喧嘩しちゃってさ、まいったまいった」
この男、本物の馬鹿だ。後で聞いた話によると、この時
斎杜古関は下級生がいじめられているのが我慢できなくて、
助けようとしあえなく喧嘩になったと。
私は凄いな、と思うと同時に私ならそんなことは絶対にしないなとも思った。
私は昔から他者を自分と同一だと思ったことはない。
他人の感情など私にはどうでもいいことにすぎないのだから。
*
私、桐孤が小学生のころ、桐孤はこの体躯(たいく)からあふれでる膨大な「力」故に、
相手に心身衰弱を齎(もたら)し、他者に化け物呼ばわりされていた。
別にその当時は悲しかったが、今となっては別段どうでもいいことだ。
あのころの私には自身の膨大な「力」を制御することなどとてもじゃないが出来なかったし、
それに現に私自身も自分の事を化け物だと思っているんだからしょうがない。
だからだろうか。私はとうとう人間嫌いになってしまった。
自分の周りにいる他者は勿論、自分自身ですら嫌いなのだ。
箜間家の作り出した最高傑作であり、最凶の品種改良作品。
それが私、箜間桐孤だ。なにか箜間家では私が生まれる前から何代にもわたり、
そのような品種改良じみた事をやっていたらしい。
時には忌み子や奇形児などが生まれてしまったらしいが、
最近ではそういう悲劇もないと聞く。そして私は家族が言うには最高傑作らしい。
どの辺が最高傑作なのかは分からないが、・・・・・・・・・・・・・・・否。
分かる。私自身が一番良く分かる。この躯(からだ)に収まった「力」はおよそ人のものではなく、
存在不適合者と呼ばれる中でも随一だろうということを。
私がその気になって自身の「力」を全て人にぶつけたとしたら、
ソイツは間違いなく死にいたるであろうことを。だが、そんなことはしない。
相手がそんなような不可解な死に方をすれば、間違いなく反形而上学機構が黙っちゃいないからだ。
反形而上学機構というのはそのような形而上学的な理を使う存在不適合者を借り出すための機関。
私は箜間家の後ろ盾があるから見逃してもらえているにせよ、あまり気持のいいものではない。
*
斎杜(いつきのもり)は事あるごとに私に話しかけてきた。
かという私もあんまりそれが嫌ではなく、黙って斎杜の話を聞いていた。
いつしか斎杜と私は付き合うようになっていた。斎杜は私のことを分かってくれる。
私のあるがまま受け入れてくれる。それは私にとってとても嬉しいことだった。
今まで他人はどうでもいい存在だと思っていたけれど、彼と会ってから変わった。
私は愛されている、そして私も彼を愛している。それだけで十分だった。他に何を求めようか。
ある時私は彼に誘われた。映画館に行こうとのこと。
今はバック・トウー・ザ・フューチャーとかの映画が旬らしい。
どれどれ折角誘われたことだし見てみますか。
はああ。これは確かに面白い。やはり時空物というかタイムマシンを
使った題材は夢があっていい。いやー久しぶりにいい映画をみたなこりゃ。
また在るときは公園で紅葉を楽しんだ。私が和風な趣味を持っていると
云ったら、彼がよしじゃあ紅葉狩りに行こうなどと言い出したのだ。
本当に嬉しかった。少し近所の公園だったのがあれだったけど、
それでも十分彼の気持は伝わった。私は彼を愛し、彼は私を愛する。
私は日に日に人の心というものが分かっていく感じがした。
*
しかし幸せな時は長くは続かなかった。十二月を過ぎた辺りだろうか。
だんだん斎杜の様子がおかしくなってきたのだ。
始め鈍感な私は彼の変調に気が付かなかった。しかし何日か後には
彼は傍目でも分かるようにおかしくなっていた。授業中急に保健室に行ったり、
私と話している時でも何か衝動を必死になって抑えているようにも見えた。
そしてある日を境、斎杜はパタリと学校に来なくなった。
流石の私もこの時ばかりは心配になった。そして私は斎杜の家に見舞いにいくこととした。
彼の家を訪れるのはちょっとばかし恥ずかしかったけど、
ここ何日も休んでいる斎杜がほっとけないのも事実だった。
ピンポーン、ピンポーン。私はチャイムを二回押した。
出てこない。出てこない。
私は留守だと思い帰ろうする。するとその時二階の窓から斎杜の姿が見えた。
「なんだ、斎杜君いるじゃない。なんで出てこないんだろう」
そう思い、私は再度チャイムを押す。
ピンポーン、ピンポーン。
何回目のチャイムだろうか、斎杜は顔を出した。
しかし私は斎杜の顔を見てに驚愕した。
あまりにも葵白いその顔は私と楽しそうにデートしている時の
面影なんか微塵もなく、ただただ恐怖に脅える精神病患者そのものだったのだ。
「どうしたの斎杜君?何か具合でも悪いの?何か悩み事でもあるの?
私でよければなんでも聞くから」
「まあ、入りなよ」
そう云われ、私は彼の家へと入っていった。そしてお茶を出される。
その辺はやはり律儀だ。そうして二人お茶を飲んで一息つくと斎杜が
「単刀直入に聞くけど、桐孤って存在不適合者だよな?」
なんてことを聞いてきた。全身に力が入る。なんで斎杜が知っている?
私が存在不適合者だということは斎杜にも話していないのに。
「いや、別に危害をくわえるとかじゃないんだ。その・・・俺も存在不適合者だから・・・」
なっ、そんな馬鹿な!! 斎杜が存在不適合者?
確かに今の斎杜には微弱だけど形而上学的な「力」を感じる。ということは・・・・・・・・・。
やはり・・・・そうなのか。
「けど、な、なんで斎杜君まで存在不適合者なのよ!!
こんな不幸な存在は私だけでいいんのに。貴方には普通な人でいて欲しかった・・・・」
けどどうして斎杜が・・・・、少なくとも私と出会ったころはそんな風には全然見えなかった。
とういうことは後天的覚醒か・・・・・。存在不適合者には大きく分けて二種類の系統に分かれる。
先天的継承者と後天的覚醒者だ。前者はおもにその家系の血によって継承される者で、
後者はその家系の血を受けつつも、その症状は表に出ることはなく普通に過ごしているが、
ある時を境、急に症状が表れる者。
また他にも後天的覚醒者の中には外的要因や内的要因などによる突然変異なども含まれる。
「おそらく斎杜君は後天的覚醒者だと思う。それでいったい斎杜君は自身の能力にいつ目覚めたの?
そして存在不適合者という名称を教えてもらったのは誰なの?」
「目覚めたのは一月ぐらい前からだな。その名称は噂で聞いた。」
話を深く聞いて見ると、どうやら彼の先祖は鬼だったらしい。
にわかに信じられない話だが、ここに現に存在不適合者がいるのだ。
信じないわけにはいかない。
「一月ぐらい前からだろうか。俺の中にある心の闇が住みつくようになった。
どうやらその心の闇は人が殺したくてしかたがないらしい。いつも俺に語りかけてくる。
どうして人を殺さないのかって。お前が愛するあの女を殺せって。
そんなことは絶対に出来ない。けど俺は人を殺したくて殺したくてしかたがなくて。
その闇は俺の心を日に日に蝕んでいき、もう限界なんだ。いくら抑えようとしても
我慢が・・・・・・・・・・・・・・・・効かない。桐孤、俺は我慢が出来るのか?
この衝動を抑えることが出来るのか?俺は、俺が俺じゃなくなるのが無性に怖いんだ。
朝起きると自分が本物の鬼になっていないか。俺が勝手に人を殺し廻っていないか」
「大丈夫、大丈夫だから。斎杜君。貴方は私が絶対にそんな殺人鬼なんかにさせない。
命に代えてだって護ってみせる。だって私は心のそこから貴方のことを愛しているんだから」
私は臆面無く云った。あとからなんて恥ずかしいことを云ったんだと思った。
けどその気持は真実だ。彼を絶対殺人鬼なんかにさせない。
彼を不幸になんてさせない。彼は私に笑顔を教えてくれた。
生きる楽しみを教えてくれた。だったら今度は私が彼の笑顔を取りもどしてみせる!!
そして帰りに私は彼の症状を治す手がかりを見つけるため、その手の本を図書館で調べに調べた。
しかし結局のところ解決策は見あたらなかった。
*
そして次の日、斎杜古関は自宅で首吊り死体として見つかった。
*
私は後日学校でそのことを知ることになる。
私は運命を呪った。神様を呪った。
どうして運命は、神は、こんなにも残酷な仕打ちを彼にかしたのか。
あんなにも優しい人を。あんなにも素敵な人を。
なんで彼なんだ。彼よりも私の方がよほど生きる価値などないのに。
私はもう生きているのはいやになってきた。
愛する人を失い、もう何が正しくて何が間違っているのか分からなくなってきた。
斎杜君。本当に自殺しか解決する道はなかったの?
私いやだよ。斎杜君がいない生活なんて。
私に笑顔を与えてくれたんだよ。
私に人の優しさを教えてくれたんだよ。
どうして?どうして?
どうして彼が不幸になるの?どうして彼が死ななきゃならないの?
世の中もっと死んだほうがいい人間なんて腐るほどいるじゃない。
どうして斎杜が死ななきゃならないんだよ!!!!!!!!!!!
「それは違うよ。桐孤」
ああ幻聴が聞こえる。斎杜君の幻聴が。けど嬉しい、まだ声が聞こえるなんて。
「この世界に死んだほうがいい人間なんて一人もいないよ」
「けど・・・・けど・・・・・どうして斎杜君が死ななきゃならないの。そんなのおかしい。そんなの嘘だよ」
「これはさ、きっと運命なんだ。だからしょうがないんだよ。誰も悪くない。誰も悪くないさ。ただそう、
俺はただたんに運が悪かっただけなんだろうな」
「運が悪かっただけなんて・・・私、そんな理不尽な仕打ち受け止められない・・・・。私もう生きていけないよ」
「桐孤駄目だ。君は生きなくちゃ。俺の分まで生きてもらわなきゃ、俺が浮かばれない。俺の分まで生きてくれよ。
俺は一足先に天国へ行っているけど、お前のことはずっと待っているから。それじゃあな、笑顔を絶やすなよ。
お前は、桐孤は、本当に最高の彼女だった」
そう最期に云ったきり彼の声は聞こえなくなった。
私は泣いた。喉がかれるくらい泣いた。最期に最高の彼女だなんて、まったくあいつらしい。
あいつが天国で待っているんなら、だったら私はとびきりのいい女になって天国へと行ってやる。
いっぱい友達を作って、いっぱいお洒落をして、いっぱい恋をして、あいつをあっと云わせてやるんだから。
そう誓い、私は明日への道を全力で、全身で駆けて行った。
そうこれは彼の日に視た、哀しい恋の物語。
To Be Continued.