存在不適合者 第二話: 風と炎と概念と勧誘された桐孤たち
登場人物紹介
箜間 桐孤(くうかん とうこ)
性別:女
容姿端麗。黒髪、ミディアム、薄ぶちの眼鏡な女性。
誰よりも優しく、また誰よりも強い存在。
精神的にも、能力的にも強い。
あと学者肌な女性でもある。
月影 文乃(つきかげ ふみの)
性別:女
色々な精神的な病を内包している少女。
彼女自身は自分の容姿が嫌いなようだが、
実際は可愛い。いや可愛いというよりは
日本人形に近い面持ちだ。長い黒髪が似合う少女。
ただ、精神的な病は根が深い。
少年
性別:男
形而上学同盟から勧誘をしてきた人。
可愛い容姿。桐孤や文乃がお持ちかえりをしたくなってしまうほど。
風の魔術(?)を使う。ま、厳密には魔術かどうかは分からないが、
風の能力を使うといっておこう。
*
朝起きるとこの胸を焦がすほどの苦しみが憎かった。
生きているだけで苦しくて、でも死ぬのはもっと怖くて。
痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。
痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。
助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。
助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。
骨の軋む音。骨が崩れる音。でも、それは文乃の錯覚。
文乃の精神の、心の錯覚。誰も助けてくれない。誰も助けられない。
文乃の秘め事。忌み事。病事。日々繰り返す絶望螺旋。
文乃に救いはあるの? あるとすれば、それは死? それとも心の崩壊?
*
文乃は人通りを歩くのが怖い。自分が周りの人間に笑われている。
じろじろ見られてる。そんな錯覚に襲われるからだ。皆が文乃を見ている。
じろじろ。じろじろ。そしてこんな声が聞こえてくる。
「何、あの子気持ち悪るーい」
「ほーんと暗いわよねー」
「もしかして、あの子幽霊??」
「きゃはは、言えてるうー」
そんな声が人通りで聞こえてくる。
怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
これらの声は文乃の錯覚、幻聴。それとも人々の声。
分からない。分からない。分からない。
ただ一つ確かな事は文乃は自分自身が嫌いだということだけだった。
「桐孤さん。文乃、人通りを歩くのが嫌いです。皆がじろじろ文乃を見ているような錯覚に襲われるから。
文乃の容姿が醜くて皆がじろじろ見てるんです。きっと」
すると桐孤さんがなにやら深みのある表情をする。
「私は文乃の容姿は好きなんだけどな。ふふ、勿論性格も含めてね」
なんか桐孤さんは恥ずかしいことを平気と言う人だ。でも正直嬉しい。今現在、
文乃の保護者はこの桐孤さんだ。ある事件の加害者になった文乃は現実世界で生きていく
ことが難しくなり、この世捨て人の桐孤さんに匿ってもらっているのだ。
「それに文乃。人にはそれぞれ好みというものがあってだな。文乃を好きな人も存る
と思うぞ。ああ私が保証しよう。君みたく性格が捻くれて、暗い女の子が好きな奴も存るさ。
それに文乃は可愛いと思うな。確かにとてつもない美人てわけではないが、
日本人形みたいな神秘的な顔立ちをしていると思うぞ」
ああ、嬉しいって・・・・あ、今なんかサラリとキツイ事言わなかったか。桐孤さん。
「ちょっと、酷いですよ。性格だって捻くれていないし、暗くなんかありません」
すると桐孤さんは
「あはは、まあそういうことにしといてやるか。自分自身自分の欠点に気づかない
ということは、ある意味救いでもあるわけだからな」
「もう本と酷いんだから、桐孤さんは」
そんなことを言っておきながらも文乃は嬉しかった。ほんの数ヶ月前まで
私は学校で話し相手もいなくて、ただただ無為に学校生活を過ごしていたのだ。
そしていつの間にかお姉さまに目をつけられて、虐められていた。度重なる
虐めで私は生きていく気力を無くした。心が壊れ、魂が壊れ、結局文乃はお姉さま
の命を悪魔に売ったのだった。お姉さまの悲鳴。彼女の最後の表情。
忘れられない。文乃の罪。文乃だけの罪。一生償っても償いきれぬ罪。
それを文乃はあの日背負ったのだ。あの日。文乃が人を殺し。悪魔と契約し。
人間を辞めたあの日。桐孤さんとの戦いに敗れた。そして今一緒に暮らしている。
あの刻桐孤さんと会っていなかったら私、文乃はどうなっていたのだろう。
刑務所に入っていたのだろうか。それとも世界を支配しようと、世界の覇者になろう
と策略をめぐらしていたのだろうか。わからない。わからない。ただ今この状況が
文乃の現実であることだけは確かだった。
そういえば、桐孤さんあの日。校長とあんなこと話していたっけ。
「校長。文乃のことが気に入りました。私がこの子を預かります」
「うーん。桐孤さんがそういうなら。まあいいわ。そういうことでお願いしますね。
ま、警察に引き渡すよりそのほうがいいでしょう」
おいおい。そんな簡単に決められても。文乃は心の内ですかさず突っ込みを入れていた。
文乃は内心この人たちも可笑しいなと思った。文乃だけじゃないんだ、存在不適合者は。
そう思うと文乃はなんだか嬉しいような、むず痒くなるようなそんな感覚に包まれた。
*
ふと桐孤さんがどこか交差点の真ん中を眺めている。何があるのだろう。
文乃がそういぶかしんでいると、桐孤さんがこう言ってきた。
「文乃。能力者だ。能力者がいる。そう、あそこに見える栗色の髪の少年。
あれが能力者だということが分かるか?」
「えっ、えーと確かに何かあの子の周りの空間が圧迫されていると
いうか、歪みみたいなものを感じますね」
そういうと、桐孤さんは嬉しそうに
「そうそう。文乃、お前才能があるなあ。そうだ。能力者というのは、
その常人とは違った気や力といったものを身にまとっているものなんだ。
まあ訓練次第でそういうのを能力者に悟らせないようにすることもできるんだが・・」
そして私たちはその少年に話しかけた。
「よう。少年。君能力者だろ?」
うわー。桐孤さん率直すぎ!!そんなこといきなり聞いたらなんだか怖くなって
逃げ出してしまうのではなかろうか。すると、栗色の髪の少年が臆面もなく
「貴女方も能力者ですね。そちらの風格のある方は上手く形而上学的な概念を
隠しているようだから分かりずらいんですけど。そちらのお嬢さんは、こんなことを
言っては失礼なのですが、魔力を垂れ流しすぎです。そんなに自身の魔力を
垂れ流していては勿体無いですよ」
すると桐孤さんが感心したように
「ほう。君は中々見込みがあるな。そんなことまで分かるとは、なかなか。
せめて文乃もこのぐらいは上達して欲しいものだな」
なんだか桐孤さんは失礼だ。文乃だって努力をしているのに。
文乃は毎日の日課として、魔術の制御、操作。自身の能力の弱点把握。長所把握。
などなど、あげればきりがないほどいろいろやっているのだ。
それにその手の本だって読み漁っている。
あの日。桐孤さんに敗れた日。文乃は決めたのだ。
いつか桐孤さんみたいに強くて、優しい、素敵な人になるんだって。
そのために頑張っている。否。努力しなければならない。いつか桐孤さんと
肩を並べるその日を夢見て。いつか桐孤さんを追い抜くその日を夢見て。
桐孤さんと話しているその少年の顔立ちは可愛らしい子犬のようだった。
可愛らしいんだけど、それでいて隙がないようなそんな感じ。
ふうん。中々の使い手だと思う。まあ今の文乃が言える台詞じゃないんだけどね。えへへ。
そう思い頭をかく。ちなみに断っておくけど頭がかゆい訳じゃない。無論、
照れ隠しでだ。ちなみに文乃の能力【怨燃焼】の長所は威力が高いこと。
技の応用が利きやすい事。余り熟年した努力を必要としないことなどだ。
そして短所はというと、技の【ため】が長い。技のスピードがアマチュア
野球選手の球を投げるスピードぐらいなので、避けられやすいということ
などがあげられる。お世辞にもあまりすぐれた能力とは言えない。
けど当たればどんな相手でもいちころだ。それが当たればの話なんだけど・・・
ふうう。そんな訳で文乃は今日も魔術の鍛錬がんばりまーす、と。
そうこう考えている内に、なにやらその少年と桐孤さんの話はなにやら
雲行きが妖しくなっていた。二人とも政治を語るどこぞのおっちゃんぐらい
熱いぞ。いや本とに。
「貴女も能力者だったら、形而上学同盟に入ってください。今はどうしても、
少しでも戦力が必要なんです」
「何故私が形而上学同盟なんかに入らないといけないんだ。私自身は能力者だが、
別に能力者の味方というわけではない。無論敵でもないが。私は誰にも
縛られたくないし、誰の指図もうけない。それに君もさっきからしつこいぞ。
しつこい男は嫌われるというのを学校で習わなかったのか?」
と何やらそんなことが聞こえる。形而上学同盟??何だろう。何か哲学の
サークル活動か何かかな?そう不思議に思い、桐孤さんに聞いてみることにした。
「桐孤さん、形而上学同盟って何ですか?」
「うむ。そうだな。ええい、この際一から話してやる。どうせもう今は文乃も
無関係じゃないんだ。よーし、聞き逃すなよ。この世界というか日本にはな、
形而上学同盟と反形而上学機構というのが存在するんだ。形而上学同盟は
能力者が自分達自らの権利を広げるために創られた団体で、普通の人と
話し合いで解決しようという穏健派から、武力で権利を勝ちとろうという
過激派まで存在する。そして今現在、形而上学同盟は昔の地位を奪還しようと
目論んでいる。ほら昔はもっと陰陽道やら砲術やら魔術やらの地位が高かっただろ?
だから昔は存在不適合者もチヤホヤされていたんだ。だがな、最近はもうもっぱらの落ち目。
そこで今奴らが血眼になって探しているのが、いわゆる【価値観の転倒】を実現する
ことが出来る能力者だ。だからこうやって勧誘が激しいわけ。だって一人でも多くの能力者
を仲間に入れたほうが探しやすいだろ? そして形而上学同盟の探している、価値感の転倒
やらこの世界の理そのものに働きかける能力者の事を第一級能力者というんだ。
この世の理に干渉し、それを変化させてしまうもの。そして私、桐孤は第二級に位置する。
第二級はこの世には存在しないものを出すことのできるもの。形而上学的なものをだせるものが、
程度の差はあれ二級だ。私は二級の最上位ってところか。そして第三級が文乃の持つ炎を
具現化するというやつ。この世に存在する事象を、この世の法則を使わずに出すことが
出来るものが第三級だ。ま、ざっとこんなところ。
そして逆に、反形而上学機構は簡単にいうとそれら存在不適合者を狩りだすための抑止力
というわけだ。反形而上学機構にとっての最重要目的はレア、第一級とも呼ばれる、
能力者を狩ること。いくら武装しているからといっても、肉体としては普通の人間と
変らぬ彼らにとって、一番恐ろしいのは、この世の理に干渉し、それを変化させてしまう
能力者の存在だ。彼らとしてはどうしてもその能力者が能力を使う前に捕獲、もしくは
殺害しなければならない。普通の人間の身を守るために結成された反形而上学機構。
日本の中では最大の規模を誇る。諸外国では欧羅巴ではキリスト教団体。特にカトリックが。
イスラム圏ではイスラム教スンニー派が反形而上学機構の役割を担っている。
それほど能力者の存在は世界各地でも危険視されているということだ。
反形而上学機構の歴史は古く、日本では平安時代にはもうそれらしきものがあったらしい。
そして興味深い事に反形而上学機構では存在不適合者もいるというから面白い。
郷に入っては郷に従えか。彼らも本気ということだ。
存在不適合者の中には自身の安全や安心と引き換えに反形而上学機構に
入るものもいるという。まあ、人それぞれ価値感は色色ってとこだな。
最後まで能力者として戦うもの。自身の安全や安心と引き換えに反形而上学機構のメンバー
に加わるもの。まあ、どちらも選択としては正しいだろう。どちらも間違っていないし、
またどちらも正しくはない。それに私みたいに第三者的な目でその成り行きを見守っている
ものもいるのだ。残念ながら私としてはあまり自身を危険にさらすような厄介事には
あまり関わりたくないというわけ。分かった? 文乃」
桐孤さんには悪いけど全然分からない。何より話が長いし、なにより難しい。
はあ、桐孤さんは学者さんだからなーと思いつつ、文乃は自身の
理解力の無さと桐孤さんの学者肌に溜息を吐くのだった。
そして桐孤さんが話し終わるとその話をまるで無視したかのように
「あのー。ではどうすれば入ってもらえるのでしょうか?」
などと桐孤さんに聞いてきた。ここまでしつこい辺り、よほど桐孤さんは
凄いことだということだ。なんだか文乃は自分の事のように嬉しくなった。
「うーん少年がそこまで言うのなら、そのショタ魂に免じて私にバトルで勝ったら
入ってあげる。私はね、闘いにおける命と命のぶつかり合い。その束の中に
視える一瞬の煌めきというやつが好きなのよ」
「ええ。バトルですか。はあ、しょうがないです。では何処か人気のない場所を
探しましょうか」
なんだかんだでも少年はバトルを受け入れるらしい。
桐孤さんはここぞとばかりに嬉しそうだ。
*
交差点から30分ぐらい歩いて人気のない山間の空き地についた。
どうやらここでそのバトルというやつをするらしい。
文乃もまたそのバトルというのが楽しみだった。血が騒ぐのだ。桐孤さんが負けることは
万に一つもありえないけど、それでもこの少年だって決して弱いというわけではないと思う。
「ではここで始めるとするか。ふふふ」
なにやら桐孤さんはやたらと嬉しそうだ。よほど闘いが好きなのだろう。
「ええ、ではそうしましょうか。では僕も本気を出させてもらいます。
否。本気を出さなければ、貴女に逸し報いることなど不可能でしょうけど」
そういうと少年は自身の能力を最初から全快にしている。
ギアを最大まであげ、限界まで一気に上げようとしている。
それほどまでにしなければなれないほど、桐孤さんは強いのか。
「はあああああああああああああああああああああ。風よ・・・・・・巡れ巡れ、僕を巡れ。
風に打ち砕かれよ。風を尋ね、風に学び、風に従う。そこで貴女は風に切り裂かれる!!!!」
少年の周りに風が、否、正確には形而上学的な概念で風を惹き起こし自身の身にまとわせた。
くうー。文乃はその風で飛ばされそうになり、思わず地に手をついた。なんて風の風圧だ。
これは大型台風の時のそれに匹敵するぞ。そしてすぐ、少年は桐孤さんに向けて風をぶつけた。
いや、これはぶつけるというよりは切り裂く行為に近いかもしれない。風を使ってかまいたちを
惹き起こす。桐孤さんはそれを平然と笑みを浮かべながら両手を際出した。
「ふふふ。構成要素分析。属性風。純度九拾。破壊系。およそ1・5秒後に到達。
はあああああああああああああああ概念反証!!」
桐孤さんはそういうと、自身の両手に形而上学的な概念を集中させる。桐孤さんの業、概念反証は
自身の魔力を上回る力でないと崩す事は出来ない大業だ。ぐおんという大きな音をたて少年が
放った風を少年に向かい解き放つ。
「ふっ、あまいですね。僕の業に対する端正はもうついてますよ」
などと余裕だ。しかし、少年は甘い。桐孤さんはただ相手の放った業を返すだけではないのだ。
その返した業を一段高いものへと昇華させることが出来るのである。この少年は文乃と同じ
間違いを犯している。
「構成要素分析完了。そして昇華!!!!」
その風が少年の放った業のキャパシティ以上の風に昇華され、少年の外苑は切り裂かれ、
宙へと高く舞った。ばたん。激しい音をたてる。少年が吹き飛ばされた音。バトルの
終りを物語る音だった。文乃はそこで目を見張った。なんと少年の履いているパンツは
ブリーフだったのだ。
「流石ショタ。ブ、ブ、ブリーフ萌ええええええ!!!!!」
と思わず声をだしてしまう。はっ、となり辺りを見回すと桐孤さんが何やらにやにやと
笑っている。ああどうやら聞かれてしまったようだ。文乃は恥ずかしくなり顔を赤くして
俯いた。
「ほう。文乃がブリーフ萌えだとは思わなんだ。このままこの少年をお持ち帰りするか?」
「えええ!!駄目ですよ、桐孤さん。確かにその少年は萌えますけど駄目です。
それに犯罪じゃないですか。ちゃんと勝負は付いたんですから、もうそれでおしまいです」
「ふむ。文乃も面白みのないやつだな。まあ気絶しているだけだし、このままほっておいて
も大丈夫ぽいしな。あはは、けどこの格好だったらこの少年は警官に補導されるかもしれないな。
ぷぷ、それはそれで面白いかも」
なんだか桐孤さんが悪魔的な笑みを浮かべて喜んでいる。小さな男の子がパンツいっちょうで
居るのがよほど楽しいらしい。かくいう文乃も楽しいわけだけど、ここは口には出さないように
しておこっと。かくして、桐孤が形而上学同盟に勧誘されるという危機(?)は去ったのだった。
そして二人は少年のパンツ姿をネタにしながら話に花を咲かせるのだった。
To Be Continued.
存在不適合者 第三話 人格怪変者〜霧雨〜
登場人物紹介
箜間 桐孤(くうかん とうこ)
性別:女
少し自分勝手で、わがままな所があるが、
根は誰よりも優しく、そして誰よりも強い。
容姿は端麗。
職業は大学の講師、探偵(自称)、精神科での精神分析(モグリ)
など多岐にわたる。ちなみに本業は大学の講師である。
本もいくつか出しているが、あまり売れていないらしい。
能力は概念反照。この世全て、形而上学的な概念であれば全て反照するらしい。
月影 文乃(つきかげ ふみの)
性別:女
いくつもの精神的病を抱えている女の子。
文乃自身は自分の容姿が嫌いなようだが、
実は可愛い。いや可愛いというよりは、日本人形に近い。
最近のマイブームはオカルトグッズ集めらしい。
この物語の半分は桐孤の、そして半分は文乃の物語である。
誰よりも優しい性格で、そして憂いしいことにその性格は
桐孤のように捻くれてはいない。
しかし怒らせると一番怖いのもこの人で、文乃は(きれる)と
発狂をする。流石その辺は存在不適合者(そんざいふてきごうしゃ)と呼ばれるものである。
彼女の能力は怨燃焼(おんねんしょう)。この世全てのものを焼き尽くす紅蓮の炎を
第三級悪魔、冥夜(めいや)より授かる。
バリエーションにとんだ良い能力だ。
夕乃宮 霧雨(ゆうのみや きりさめ)
性別:女
人の不幸や絶望を見て喜ぶ、霧雨。
彼女にとっての幸福は人々の絶望や不幸であり。
彼女にとっての不幸は人々の喜びや歓喜であり。
彼女の能力は自身が触れた相手の心の一部を
肥大化させること。喜びも悲しみも。
善意も悪意も。欲望もなにもかも。
容姿はグラマーな姉ちゃん。時代が時代なら
ジュリアナ東京を踊っていたであろう。
アカシック・レコード
性別:不明(見た感じは女の子)
謎に包まれた女の子。
クルミ色の髪の似合う可愛い西洋人(?)
*
この世の時流を見逃しては為らない。この世界が何で動き、
何を求めているのかも忘れてはならない。この世界では
何を決まりごととし、何を正しいと決めているのか、それを
忘れてはならない。この世界が正しいと決めていることに
根拠など実のところなく、ただただそのことを護らなければならない。
護らなければ、心の内に罪を、外的には刑を処することだろう。
人は箱の外では生きられない。箱の中でしか生きられない。
全ては箱庭の中の出来事であり、箱庭こそが現実である。
くれぐれも法律は護ることだ。法律を破ったあなた方を
誰も助けてはくれないのだから。
箜間桐孤(著作、善悪の概念より抜粋)
*
霧雨は悲しかった、人の悲しみが
霧雨は苦しかった、人の憎しみが
霧雨は嬉しかった、人の優しさが
霧雨は誇しかった、人の賞 賛が
だけど内なる法則は反転した
人の喜びが、憎く
人の悲しみが、嬉しい
人の絶望こそ、霧雨の求めるもので
霧雨は世界の底で狂っていた。
*
朝、いつもの様に桐孤さんとの食後の団らん。それはとても幸せでとても楽しい永劫とも一瞬とも
つかぬ、ささやかなひととき。
「桐孤さん。最近渋谷で発狂する人が多発するという話を知っていますか?」
「あん。何だそれは。そんな面白そうな話は知らないぞ。文乃、詳しく話してみろ」
何か面白そうなんて桐孤さんは不謹慎だ。せめて興味深い話とか、そういう言い方が
あるだろうに。ま、でもそんな良くも悪くもそんな素直な所が桐孤さんのいい所なんだな、
とも思った。
「えっとですね。今渋谷辺りに伝わる都市伝説の一つなんですが、夜一人で渋谷の街を
歩いているとですね。若く綺麗な女性が後ろから手を触れてくるらしいんですよ。
そうすると何故だか分からないんですけど、なんだか自身の隠された願望がみるみる
内に湧き上がり、押さえが利かなくなって、中には道端で自慰行為をしたり、奇声を
あげてのたうち廻ったりするらしいんです。ただその女性が触れただけでですよ。
何だか怖いですよね」
「はん。怖い?どこが怖いんだ。これは笑い話じゃないか。道端で自慰行為とはなんて
面白いんだ。ふふ、是非拝見してみたいものだ。文乃、男の自慰行為ほどウケル事は
ないんだぞ。機会があるなら是非見てみるといい。あれはあれで圧巻なんだ。」
うう、桐孤さんはどうしてこうシモネタが好きなんだろう。かく言う文乃も決して嫌い
ではないんのだけれども、白昼こうもどうどうと話されると、なんだか対応に困ってしまう。
「文乃。お前、本当の怖い話というのを知らないな。ようしこの際話してやろう。いくつか
話題を挙げるから、その中から一つを選べよ。うーんとな、例えば・・・・・・・・・
一生死ぬことの出来ない躯の話。永久に回り続ける一日の話。古代中国であった手足を
引き千切られ、眼を潰され鼻を削がれ、口を潰された女の話。一生死に続け為ればなら
ない躯の話。さあどれがいいのかな?文乃ちゃんは・・・・ふふ」
うわあああああああああああ。いやだいやだ。どれも聞きたくない。古代中国であった話
以外は作り話だろうけど、それらもやだ。それに古代中国であった手足を引き千切られ、
体のすみずみまで機能できなくなってしまった女の話は知っている。確か、その女性は
ある男性の浮気相手でそれに逆鱗した過のお妃は、怒りに狂いその浮気相手の女性を
そのようなもはや人とは云えないような姿にしてしまったというお話だ。勿論実在した
らしい。どうしてそんなことが平気で出来るんだろう。同じ人間のやった事とはとても
じゃないけど思えない。それなら一思いに殺してしまった方がまだその女性にとっては
幸せだったのではないか。ま、どちらも幸せじゃないけれど。ああああああ、やだやだ
そんな話聞きたくない。
「桐孤さん。お願いだから辞めて下さいよ。文乃、本当に嫌なんですよ。文乃、オカルト的
な話は好きなんですけど、桐孤さんが選んだ話って怖い話の中でもどれも最悪な部類に
入るんじゃないですか!!そんな話を文乃に聞かせないで下さいよ」
「あはは、ごめんごめん。文乃の怖がる顔が見たくてついね」
ううう、本当に反省してるのかな。でも怖い話を辞めてくれことは良かった。だって
聞いたら夜眠れなくなるのこと請け合いなのだから。
「所で桐孤さん。今日はせっかくの日曜日なんだし、渋谷にショッピングにでも行きませんか?
文乃、人込みは嫌いなんですけど、桐孤さんと一緒ならへっちゃらなんです。きっと桐孤さん
に護られてるなって感じられるからなんだろうですけど。どうです、行きましょうよ。
それにこんな良いお天気なんですよ」
文乃は大げさに窓際から見える空に向かい両手を広げる。事務所窓から見える空は
輝かしいくらいに蒼々としていた。空は雲一つない、本当に綺麗で、澄んだ青空だ。
「ま、いいよ。学会に発表する論文も完成したし。そうだなー、今日は二人で渋谷でショッピング
でもいそしむか」
「はい。桐孤さんと二人でショッピングなんてとても楽しみです」
「それじゃ、さっさと行くとするか」
「あ、桐孤さんちょっと待ってください。文乃、久しぶりにお化粧をしようと思うんですよ。
ほんとにちょっとだけ待ってくださいね」
「ふむ、化粧か。しゃあーない、たまには私も化粧をするかな。大学の講師になってから化粧なんて
滅多にしてないからな。」
そういうと桐孤さんはいそいそと化粧をし始めた。
*
20分後。桐孤と文乃は化粧を終える。
「うわああ。桐孤さんいつも綺麗だけど、今日は見違えるほど綺麗ですよ。いつもちゃんと
化粧をしましょうよ。そうしないともったいないです」
そう文乃が言うと、桐孤は恥ずかしそうに
「うむー、まあ暇なときはな。それはそうと文乃も中々可愛いぞ。これは男の子にも中々
人気が出てくるんじゃないか」
えへへ。桐孤さんに褒められちゃった。なんだか嬉しいような照れくさいようなそんな感じ。
*
そして東急田園都市線にのり、渋谷までガタゴト揺られて行った。
その中で電車での桐孤さんの姿は異様だった。何しろ、分厚い学術書を
電車の中で開けっ広げで読んでいるのである。うう、ある意味凄い人だ。
きっと集中しだしたら周りが見えなくなるタイプの典型的な人なんだな。
渋谷までは三十分掛からずに着いた。
うわああ、流石渋谷。良くも悪くも人が多い。文乃は本当は人ごみが
苦手。いや苦手なんてもんじゃない。文乃は人ごみにあからさまな
嫌悪をしめすことすら少なくない。それほど嫌なのだ。嫌な理由は
幻聴が聞こえるから、幻覚が見えるから。文乃は人ごみの中に入ると、
皆が文乃を見て笑っている、皆が文乃に向って、気持悪い、死ね、
早く自殺しろ、とうの言葉を投げかけてくるのだ。それは文乃の錯覚。
文乃だけの錯覚。幻聴や幻覚が見えたり聞こえたりした当初は気が狂いそう
になるくらい怖かったけど、今では笑ってすごせるくらいまで回復した。
それに徐徐にだが、幻聴や幻覚を見聞きする度数が減っているのだ。
これも桐孤さんが癒し、文乃も自分の症状から逃げないで、解決しようと
取り組むようになってきたからだ。勿論そういった症状を和らげる薬も
飲んでいる。その全てが効をなしてきたのであろう。
でもやっぱり都会は苦手。人の悪意が手に取るように分かる。
腐った場所。腐りきった場所。それは文乃の心の歪みがそう見せさせるのか。
それとも事実、都会というところは腐ったところなのか。
それは今の文乃には分からなかった。でも物がいろいろ売っていることは
凄いと思う。なかなかこんなに色色なものが売っている所なんてあまりないしね。
*
桐孤と文乃はまず服屋から見て廻った。可愛い服の数々がショウ・ウィンドウに
飾られてある。やはり文乃も女の子である。それらを見て廻るのが楽しい。
どんな服が自分に似合うだろう。どんな服を着たら可愛く見えるだろう。そんなことを
考えて見て廻るのは時間の進みを早く感じさせた。けどやっぱり文乃はゴシック・ロリータ
の服が一番好きだな、とも思った。あの死や悪魔といったものを連想させる服は、文乃
の美意識をくすぐるからだ。2、3時間服屋を見て廻った後、私たちはファーストフードで
お昼にすることにした。定番のハンバーガーのチェーン店だが、桐孤さんと一緒に
食べる食事は美味しく感じられた。その後映画館でホーラーものを見る。なんだか安物の
B級映画といった感もしないのではないが、まっこんなものだろう。
ふう、そんなこんなで空はすっかり夜闇に染まっていた。
「あっちゃー、まずい文乃。さっきの映画館でバックを忘れてきたらしい。なあに、
バックにはたいした持ち物は入っていないんだがな、あんなものでもやはり愛着が
わいているんだよ。悪いが先に駅にいって待っててくれないか。すぐ戻るから」
「え、文乃も一緒に取りに行きましょうか?」
「いや、いい。流石にこれ以上文乃に無駄足をとらせるのは不味いしな。じゃ、行ってくるわ」
そういうと桐孤さんは小走りで映画館の方向へ行った。
*
桐孤は自分のウッカリさを嘆いた。なんで私はバックなんかを映画館に忘れるかなー。
ようし近道だ。確かあちらの人通りの少ない道を行けば近道になる。よし、そう思うと、
私は人通りの少ない道を走っていった。すると微かだが、しかし頭に響く音を感じる。
これは人の嘆き声だ。間違いない。このキーンとする声は人特有の感じがする。
少しただならぬ予感を感じ桐孤はその声がした方に走っていった。
その行き止まりには男の人が一人倒れていた。40代ぐらいの中年男性。会社の帰りだろうか。
スーツやズボンをかき乱している。眼は白目。口は半開き。おまけにわけの分からない、
嘆き声。完全にイッチャッてる男の顔だ。
「おい、大丈夫か?!」
流石の桐孤もこの惨状には驚いたのか、助け舟を出す。
すかさず、桐孤はその男の様態を診る。こう見えても一応、精神科で働いている。
ま、モグリだけれども。桐孤がその男の様態を診ている時、後ろから声が聞こえる。
若くて、澄んでて、だけど、どこか恐ろしい、相手を見下した声で
「あら、それはアタシの獲物なの、箜間桐孤さん」
「貴様、何物だ?」
桐孤は恐ろしい声で、それでいて核心だけを突くその言葉で相手に投げかけた。
「アタシは夕乃宮霧雨、貴女と同じ存在不適合者よ。ふふ。ま、これから壊れる相手に
名前だけは名乗っておこうかと思ってね。貴女、なかなか有名じゃない。現代日本の
能力者の中でもこと防御系の能力では五本の指に入るじゃない? そういう有名所を
倒してみたくてね、ふふ」
「くっ」
桐孤は咄嗟に後ろを振り向く。だが、それと同時に霧雨は桐孤の胸に手をやった。
「あはは、これで貴女も終わり。残念、無念、さようなら〜、ふふふ。
あははははははははは」
*
不意に文乃は嫌な予感に襲われた。靴ひもが切れたのだ。何かどうしようもない
ことが桐孤さんに起こっているんじゃないのか。ちなみに、文乃の着ている服や
靴は市販のものだが、桐孤さんに形而上学的な力を込められている。
存在不適合者は本来敵が多く、存在不適合者を狩る、反形而上学同盟や、
存在不適合者であっても自身の名誉や利益のために存在不適合者を狩るものがいるらしいのだ。
そういうわけで護身用として文乃の服とかにはいろいろな力が込められている。
そしてその中でも靴のひもが切れるということはは相手に危険が迫っているという合図だ。
これは偶然などではない。事実きっと桐孤さんの危機だ。そう思いすぐさま桐孤さんの思念、
概念を探す。彼女ほど膨大な形而上学的な力を内在していては、どんなにその力の制御に
長けていても、その残りかすが道に残されている可能性が高いからだ。そして文乃は
その痕跡をもとに映画館の方向へ走っていった。
*
「ふふ、意識が途切れる前にいいこと教えてあげる 人はさ、本当は
もっともっと可能性を秘めた生き物だと思うんだよね。でも、
その可能性を広げたり、皆に示したりすると途端に世界の敵、
つまり犯罪者になってしまう。警察は箱の中で生きるもの、
常識の中で生きるものにとっては味方。箱の外に生きるもの、
常識の外で生きるものにとっては敵。人は常識の外では生きられないし、
生きてはいけない。人は常に世界から監視され生きている。
それ自体は別にどうということではない。ただ人間の生理的欲求と、
人が常識に反しないよう規制する法律とが対立したときにどう行動すればいい?
自身の欲望を満たそうとすれとそれは犯罪になる。
自身の考えを世界に反映さえようとするとそれも犯罪になる。
アタシには何故それが犯罪に当たるのかが、本当の意味で分かることは
一生こないだろうが。果たしてアンタに乗り越えられるかな?
自身の隠された、抑圧された願望にさ。あははははははははははははは」
遠くで声が聞こえる。どうやら私はあの女、霧雨とやらの手に罹ってしまったらしい。
だが、この私の内から沸々と湧き上がる感情はなんなのだ。
おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。
いつもはこんな事は思わない・・・・・・・・・・・・・・・・だって正常なフリをしているのだから。
いつもは人の苦しみなんて願わない・・・・・・・・・・・・・だって偽善者なのだから。
いつもは願望を抑えられる・・・・・・・・・・・・・・・・・だってそこに救いはないのだから。
ああ何故私はこんなにも誰かを犯したいと思うのか・・・・・・・・・・・・・・分からない。
私は狂っているのか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・分からない。
私は世界の敵となるべくして生まれたのか・・・・・・・・・・・・・・・・・・分からない。
私はこの世界に生まれたこと事態がすでに誤りであったのか・・・・・・・・・・分からない。
人はそもそも矛盾した欲求、衝動をもっているのか・・・・・・・・・・・・・・おそらくこれは正しい。
男性器を触りたい。尻を触りたい。犯したい。やりたい。ただ快楽を追求したい。
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
私はもう既に狂っているのかああああああああああああああああああああああああああああ
否。人であるということは既に狂っているということを内包している事なのかもしれない。
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
どうした桐孤?
お前はそんなことで狂う人間じゃないだろ。
どうした桐孤?
お前はそんなことで壊れるような人間じゃないだろ。
どうした桐孤?
お前はそんなにも弱い存在なのか。
どうして桐孤?
お前がその程度の人間だったとわな。
桐孤桐孤桐孤桐孤桐孤桐孤桐孤桐孤桐孤桐孤桐孤桐孤桐孤桐孤桐孤桐孤桐孤桐孤桐孤桐孤桐孤
桐孤桐孤桐孤桐孤桐孤桐孤桐孤桐孤桐孤桐孤桐孤桐孤桐孤桐孤桐孤桐孤桐孤桐孤桐孤桐孤桐孤
違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う
違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う
違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う
違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う
死ぬ。死ぬ。このままでは死ぬ。
あははははははははははははは。
目玉をくり貫かれて死ぬ。生を懇願して死ぬ。
絶望を懐いて死ぬ。希望を打ちひしがれて死ぬ。
ただ死ぬ。臓物をぶちまけて死ぬ。体躯を引きちぎられ、
手足は切り裂かれ、頭は打ちぬかれ、ただもがき死ぬ。
そうただ死ぬ。即座に死ぬ。死を私に与えよう。
下半身不随。上半身麻痺。脳死。植物状態。永久に死ぬ
ことのない躯。殺し合い、憎しみあい。生より死を愛せ。
人の絶望は何より美しく。人の希望を見るに耐えない。
愛は消え、憎しみだけが残り。そしてそこで殺しあった。
すべてを殺した暁には私の望むものをあげよう。
殺しても死なない躯。死しても尚望む絶望。絶望の先に
在るものは自殺か、それとも救いか。絶望の彼岸。
希望の挫折。罪人。咎人。忌人。間引き。奇形児。
奇形に産まれる事の咎は怨霊か、しからば怨念か。
私は私を憎み蔑み贖いそして渇望する。私が私であるため
にはやはり私でなくてはならずそこではきっと全てが私と
繋がっていた。
頭が割れる。空が堕ちて来る・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・あははは、あへ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あへ、あはは、ちょっと寝る。
そうだ。それがいい。あは。
あへ今なにやってるんだっけ。こんな精神状態では・・・・・あは・・・・・駄目だ。
桐孤は何故こんなにも狂っていたのか?・・・・・・・・・・あへ・・・・・分からない。
ただこれだけはいえる。人は自身の中に不可思議なもの、理解できないものを内包しているのだと。
そしてこの能力者は最凶の使い手であろうことも。
そして桐孤は深い闇の中に堕ちて逝った。
*
その桐孤が倒れこみ、霧雨が光悦で優越な視線を送るその空間に、
文乃は現われた。
「桐孤さん、どうしたんですか!?」
くっ、唇を噛み締め、辺りを見回す。推測するまでもない。
目の前にいる相手が桐孤に危害を加えたことは誰の眼にも明らかだった。
「貴女。桐孤さんに何をしたの?!返答次第では許さないんだから」
そういう文乃を一瞥しながら、霧雨は不敵な笑みを浮かべながらこういった。
「あはは。ちょっと遊んでみただけよ。この世全ての概念をも反照せしめる
存在不適合者といったものがどんなものか興味があっただけ。でも思ったほど
の精神力が無くてちょっと残念だわ。アタシは人の絶望が見たいだけなの。
ふふふ。アナタも可愛いからちょっとだけ遊んであげようかしら」
そういうと、霧雨は文乃の視界から消えた。
一瞬文乃は焦った。だが、瞬時に気を取り直し、相手の動きをよむ。
もし文乃の勘が正しいのなら今回の相手は他者と接触することによって相手
の心を揺さぶることが出来る能力者だ。文乃の頭には最近の渋谷で起こっている
都市伝説が頭に浮かんだ。ようするに今回の相手は極端な話、その相手に触られ
なければいいということなのだ。だったら実戦経験の少ない文乃でもなんとかなりそうである。
決して近距離では相手をせず、相手を遠距離へと誘い込む。それが文乃の勝機。逆を言えば
それしか文乃には残されていなかった。ふいに文乃は後方に相手の気配を感じる。
「させるか!!報復が、絶望が、闇が、我を護る楯となる。怨燃焼結界!!」
霧雨が文乃に到達する寸前、文字通り巨大な炎の壁が出来る。
否。壁というには些か芸がない。壁というよりは円形の筒に天井をすっぽりと
空けたような物体がそこに存在していた。文乃の能力は悪魔より授かった業火の炎なのだが、
桐孤さんに文乃の能力はこういう使い方もあるという事を教授してもらっていたのだ。
その一つを今使ったわけである。
「ふっ、やるわね。そうこなくちゃ面白くないわ。もっともっとアタシを楽しませてよ。
こんなんじゃ全然もの足りない。もっと貴女の必死にもがき苦しみ姿が見たいの。
アナタが絶望に打ちひしがれる姿が見たいのよ!!それにアナタの防壁は長時間は使えないんでしょ。
ふふ。じゃあアナタの防壁が崩れた時が頃合ってことじゃない。さてその刻、アナタはどうする?」
くっ、文乃は焦った。霧雨の言うとおり魔力には限りがあり、そして尚且つ文乃は、その辺に
関してはまだまだ素人の域をだっしていなかったのである。さあ、どうする?どうすれば
この絶望的な状況から桐孤さんを救い、逃げる、もしくは、霧雨を倒すことが出来るのか。
否。倒すなんてことを考えられるほど自分の力は強いのか。己惚れるな。今は逃げることだけを考えろ。
それが今の文乃にとっての出来ることの全てだろうに。
文乃はとっさに桐孤の居る所まで翔ける。これでも高校では100メートル13秒代で走っていたことがある。
高校女子の中では間違いなく早い部類だ。
だが、それでも桐孤さんの所には間に合わなかった。なんとその前に霧雨が平然とさもそこにいて
当然と云わんが如く立ち尽くしていたのだ。
くっ、相手は段違いなんてもんじゃない。桁が、位が違う。今の文乃がどう足掻いても
勝てない相手。それが夕乃宮霧雨という存在だった。くっ、まだだ、まだ、諦めない。
諦めるわけにはいかない。桐孤さんに助けてもらったんだ。桐孤さんから助けられたんだ。
だったら今ここできちんとその恩を返すのが道理ってもんだろう。
はああああああああああ。文乃は自身の内に秘めるありったけの魔力を手のひらに込める。
ああ、辺りの空気が淀む。変る。空間が圧迫される。それは文乃から溢れ出す魔力によるものだ。
「ふ、アナタ、戦闘はてんで素人の範疇に属しているというのに、魔力だけはそんなに膨大
にあるなんて、本と宝の持ち腐れってものよ。もういい。もういいわ。アナタの実力は十分に分かったし。
そう、アナタもアタシの力の前にひれ伏しなさい。
それともアナタさえ望むなら、私の肉奴隷にしてもよくてよ。
あはははははははは」
「ふ、ふざないで!!誰が貴女なんかの!!はああああああああああああ。
報復を、絶望を、闇を、貴女に捧げる。怨燃焼(おんねんしょう)!!!!!」
文乃の待つ有りっ丈の魔力を怨燃焼に込め、放つ。
しかし、もうその放った所には霧雨の姿はなかった。
そう、まるでなにごともないかのように。なにごとも起きていないかのように。そう自然に。
文乃は崩れ落ちた。駄目。もう何をやっても駄目。ごめんなさい桐孤さん。
文乃は貴女に恩返しをすることが出来ませんでした。文乃の眼にうっすらと
涙が浮かぶ。だって悲しいじゃないか。自分の力がこんなにも非弱で非力な
ものだったなんて。自分の力がこんな陳腐で陳けなものだったなんて。
「ふふ。遅い遅い。こんなんじゃ野球のボールの方がまだ早いのではなくて?
ふふ。アナタもいいかげん観念なさい。絶望を知るのだってそう悪いことではないわ」
ああもう駄目だ、もう終わりだと思った刻、なにやら声が聞こえた。何の声だろう。
そう、あれは文乃が尊敬し、憧れ、そして誰よりも大好きな桐孤さんの声だ。
でも何だろう。とても怖い。とても恐ろしい。普段聞きなれている桐孤さんの声を
何倍も恐ろしくした感じをもつ。
「わたしは強固な思念の下で妄想を払拭するわたしは強固な思念の下で妄想
を払拭するわたしは強固な思念の下で妄想を払拭するわたし強固な思念の
下で妄想を払拭するわたしは強固な思念の下で妄想を払拭するわたしは強
固な思念の下で妄想を払拭するわたしは強固な思念の下で妄想を払拭する
わたしは強固な思念の下で妄想を払拭するわたしは強固な思念の下で妄想
を払拭するわたしは強固な思念の下で妄想を払拭するわたしは強固な思念
の下で妄想を払拭するわたしは強固な思念の下で妄想を払拭する・・・・」
この世のものとは思えないほどの恐ろしい声。
でもそれでいて、芯のしっかり通った力強い意思を感じさせる声。
「く、箜間。アナタ、アタシの能力で自分の心の闇に飲み込まれたんじゃなかったの・・・?!」
霧雨が驚愕しながら嘆く。霧雨にしてみれば、桐孤さんが甦った事は思考外のことなのであろう。
でも桐孤さんにしてみれば造作もない。当たり前なことにすぎないのだ。
だって桐孤さんはこのくらいでやられる人じゃないのだから。
「ふう。確かにやばかったな。だが、お前が文乃に気を取られている内に
お前自身から来る干渉が弱まってな。まあこれは文乃のおかげだ。
おい、霧雨とやら、このくらいで私を倒せると思うなよ。ああん。」
桐孤は不意に霧雨に向いをナイフ刺す。
傷害罪。殺人未遂罪。はん。人間の【理】から外れたものにそんなことでは通用しない。
やられたらやり返す。それが存在不適合者ならなおさらだ。
「へえ。凄い。凄い。自分の悪意や性欲といった事を受け入れ、克服しただけでなく、
そのままアタシに攻撃を繰り出すなんて・・・・。しかもその攻撃も悪くない・・・。否。
素晴らしい。ふふ、ふふふ・・・・。あははははははははははははははは」
霧雨は刺された脇腹を押さえながら高らかに笑う。手で脇腹の血を抑えながら。
あはははは霧雨は楽しくてたまらない。だって今まで霧雨は一度でさえ自身の肉体が
傷つけられたことがなかったからだ。だが、このままでは勝てない。楽しかろうが、
そうでなかろうが、このままでは勝てない。自身の身に敗北という名の鉄槌を刻むのは
火を見るより明らかだ。く、ここは撤退するしかない。まあ、それが霧雨にとって妥当な選択だろう。
霧雨の能力は本来戦闘タイプではない。そして相手に触れなれば意味がない。しかも相手に手の内
をよまれている以上、ここは潔く撤退するのが自然である。
そしてその通り、霧雨が撤退しようとした刻、桐孤が口を開いた。
「なあ、霧雨。おまえはどうしてそう人の絶望や悲嘆、憎しみや悲しみ、欲望といったもの
ばかりをもとめるんだ? お前の求めているものはあきらかに偏っているぞ。もっと希望や
賞賛、嬉しさや楽しさなんかを求めても良いだろうに・・・」
霧雨はその桐孤の言葉を無視しようとした。だが、その刻、霧雨は不意にも桐孤の瞳を見てしまった。
真っ直ぐで固い決意の現われた眼。色色な悲しい出来事にあっても必死で生き抜いてきた眼。
そんな眼だった。その眼が霧雨を躊躇させた。その桐孤の眼が霧雨を狂わせた。
それを見て、霧雨は本来言うべきことではないことまで言ってしまった。そう本の少し、本の少しだけ。
「ふっ、アタシの両親はね。阪神大震災で死んだのさ」
えっ、桐孤は一瞬どんな顔をしていいのか分からなかった。
あまりにも予想していた言葉と違っていたからだ。
「それでさ。まだ中学生だったアタシは孤児院に預けられた。
しょうがないと思う。あれは天災だ。だれも憎んでないし、
なにより憎みようがない。ああ、今でも覚えている。アタシは
中学の刻、神戸のスプリンターと呼ばれているぐらい足が速かった。
勿論部活は陸上をやっていた。そして、そうあの地震があった日。
アタシはいつも通り、朝早くから早朝トレーニングに励んでいた。
昔からお世辞にも性格をいいとは言えなかったけど、それでも
まだあのころはアタシにも夢があったと思う。けどその地震で潰れた家を
見た刻、アタシはすべてを諦めた。なんだかもうどうでも
良くなってしまった。冷めていると言えば冷めているだろう。
勿論、親が亡くなったことは悲しかったし、いっぱい泣きもした。
だけどいくら泣いても親は返ってはこない。だから泣くのも辞めた。
泣いたってどうにもならないことだから。そして孤児院に預けられた。
でももう人生なんてどうでもよかった。何事にも無気力だった。
けど、けどさ、18になって孤児院から出て、東京に働きに出た
刻は良かったね。こんなにも街は、人は、人の心は醜く腐ってい
て面白かったから。始めは東京の住人の心にはついていけなかった。
あんなにドライにはなれなかったさ。でもさ、人間為れれば慣れるもんよ。
段々、人の不幸や絶望が楽しくなってきてさ、あはは。東京は
悲劇や不幸、絶望というものがうようよしてるだろ。ああああ、
楽しくてたまらなかったね。それでさ、その内になんだかいつの間にか人の
心をいじくれるようになってたんだよ。まっ、突然変異ってやつ。
あははは、その時からかな。人の絶望を見るのが生きがいになって
きたのは」
「そうか・・・・。私はお前の境遇に同情する。だがな、後半のお前の
身勝手な行動にはふざけているとしかいいようがないね。お前は社会が、人が
醜かったら、お前もそうなるのか? 人々が傷つけあっているのを
見たら、お前も人を傷つけるのか? お前は本物の馬鹿だな。どうしてお前はその
能力をもっと有意義に使うことが出来ないんだ? 否。別に使わなくて
もいい。傍観してるだけでも良かったんだ。わざわざ人を傷つけ、
他の人にも絶望や不幸を味わえさえる必要なんてないだろ?お前は
心が壊れてなんてない。こわれている振りをしているだけだなんだ。
そのことに気が付けよ。お前はな、心が壊れているフリをして、
この醜い現実から逃げてきたんだよ。それにな、本当に
心が壊れているやつっていうのは私みたいなやつのことを言うんだよ」
その言葉を聞いて文乃は少しいぶかしむ。桐孤さんの心が壊れている?
どういうことだろう。桐孤さんはいたってまともに見えるけど。
そりゃまあ、怒ったり、訳のわからないことを言ったりするけど、
それでも決して心が壊れているとは思わない。そんなことの信じられない。
そうしてしばらくすると霧雨が口を開いた。
「アンタに何が分かる。アタシの苦しみの何が分かる・・・」
そう嘆くと霧雨は路地裏を走り去っていった。
だが、文乃は見逃さなかった。その眼には涙が溜まっていたことを。
霧雨の顔が涙で歪んでいたことを。
少しすると、桐孤がふうっと深い溜息をつく。やっとこさ危機を乗り越えた
なって感じの息を。正直桐孤も今回は苦労したのだ。何しろ一回意識が打っ飛んでいる
のである。意識が途切れるなんて桐孤自身ここ数年経験してはいない。
「所で桐孤さん。彼女、霧雨をほっといていいんですか?彼女の能力に対しては警察には理解してもらえないもの
だとしても、彼女が人々の心を弄った精神操作みたいなものを行った、と言えば罪を立証できる
んじゃないんですか? 警察にしょっ引いて貰えるんじゃないですか?桐孤さん。
もしかして他人が霧雨によって翻弄されることは面白いから、このままほっとこうなんて考えている
んじゃないでしょうね?霧雨は多くの人の心をもて遊んでいるんですよ。そんなの文乃は絶対許せないです」
文乃はよほど霧雨を取り逃がしたことが気に食わないのか、ぷんぷん怒っている。
「ははは、違う、違うよ、文乃。実はさ、一番辛いのは彼女、霧雨自身なんだよ。人の
不幸や絶望、悲しみばかり求めて、楽しいわけがない。始めは楽しいかもしれ
ないが、次第に自分の心を蝕んでいる事に霧雨は気づいているはずだ。
それに彼女にはもう他者の言葉は届きはしない。自分自身で見つけるしかないんだ。
自分自身を救うすべをさ」
そういう桐孤さんはどこか悲しそうだった。桐孤さんは自分が助けることの出来る範囲と、
助けることの出来ない範囲を心得ている。自分自身が万能ではない。けど、何も出来ないわけじゃない。
そういうことを想う桐孤さんが、文乃は大好きだ。誰よりも優しくて、誰よりも強い桐孤さん。
文乃にとって桐孤は自身を救ってくれた恩人であると同時に、
こういうことを言うのは憚(はばか)れるのだけど、どこか恋人に対する感情に対するあれでもあった。
そしてその後、霧雨がどうなったかは定かではなかった。今も何処かで人々の悪意や人間の不の面などを
肥大化させて喜んでいるのか。それとも今は悔いを改め大人しくしているのか。ただどんなことがあろうとも、
空は何事もないように蒼々と照っている、そしてそれだけが真実であり、それだけが全てだった。
*
自殺をしようとしている男。ただ死を待つだけの老人。パパのプレゼントを貰って喜ぶまだ幼い少女。
虐められている少女。殴られている少年。なんの希望も見出せなく、街をたむろしている若者。
リストラされて家族を失い、そしてその全てをこれから失おうとしている中年の男性。
テストの点数が良くてほめられている少女。人々の喧騒に佇む希望。そして絶望。人それぞれ。
そしてこの桐孤と霧雨の戦いを俯瞰の視界から視ているものがいた。まだあどけない、可愛らしい少女のような容貌。
髪はクルミ色で西洋人形のようなその在り方。何にも興味がなさそうで。また全てを超越したようでいて。
ひどく幻想的な存在。そこにあるようで。そこになく。ただそれだけの存在。
希望を見出そうとも。されど世界は廻らず。
絶望に慄きながらも。されど世界は変らず。
私【アカシックレコード】はただの傍観者。
人の悲しみと人の喜びを。
ただ観測するだけ。
行動はしない。
他者を導こうともしない。
ただの傍観者。
この世の全てを記録しようとし。
何も記録できないもの。
それが私【アカシックレコード】の全てだから。
今日もまたこの世界の事象を記録した。ただそれだけ。
*
To Be Continued.
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==== ! jゝ゚ ヮ゚ノ、=
|__,|.|ゞ(つソ_jノ
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i!`´ リ〉 ミ _ ドスッ
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ノ 从 ノ´,)つ 終わり │
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し' し'. ││ _ε3
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