漫画家、手塚治虫さんの“鉄腕”を期待し、生誕地の大阪府豊中市と、少年時代などを過ごした
兵庫県宝塚市が、まちづくりの強化でしのぎを削っている。手塚さんといえば、市立手塚治虫
記念館のおかげで、兵庫県宝塚市がゆかりの地として一歩抜け出した格好。知名度で後れを
とった豊中市は、手塚さんらを使い幅広く「科学の街」をアピールしたい考えだが、対する
宝塚市側も、低迷する記念館のリニューアルを検討。両市ともやっぱり、「マンガの神様」の
“百万馬力”に頼るしかない?!
■ 先輩格の宝塚市と「win−win関係に」
手塚さんは5歳まで豊中市に住んだ後、宝塚市に移り、24歳まで過ごした。青春時代を送った
舞台として、同市は平成6年、記念館をオープン。初年度の入場者は約53万人と人気を集めた。
一方、豊中市は、手塚さんが昭和63年、市内の中学校で講演した際、即興で描いた
直筆イラストを原画にした銅版パネルを作製。子育て支援センターなどが入る施設
「すこやかプラザ」に展示しているが、他に目立った取り組みはなかった。
こうした現状に対し、25日に再選を果たした同市の浅利敬一郎市長は「手塚さんが生まれた地
という『資源』を市に取り込み、豊中を外へ発信していく」と明言。現在、歩道拡幅とセットにした
シンボルロード構想などが持ち上がっており、担当課が手塚プロダクションと協議を始める。
市の担当者は「手塚さんは超一級の偉人。あくまで業績を顕彰、PRする形で、手塚プロに
いろいろと打診している」。同市には大阪大やノーベル物理学賞受賞者、南部陽一郎氏の
自宅もあることから、「科学の街とよなか」をアピールしたい考えだ。
一方、宝塚市は人気に陰りがみえる記念館のリニューアルを検討。同館の入場者数は
開館2年目に28万人とほぼ半減し、ここ数年は10万人前後で推移している。
このため、集客効果が見込める企画展や、館内で販売する商品を充実させる方向で、
展示の刷新も含め手塚プロと交渉を進めているという。
豊中市の担当者は「宝塚市とは互いにwin−winの関係にできれば」としている。
MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/life/lifestyle/100430/sty1004301144004-n1.htm