■行き場失った物語と戯れる
地方の海辺の町を舞台にした読み切りシリーズだ。夏休みのゆったりとした時間の中で、
日常的な出来事が次々とスケッチされ、1巻の長さにまとめられている。
この地に住む者、避暑に来た者、流れ着いた者、さまざまな人物のエピソードが描かれるが、
どれも一見ありふれた出来事ばかり。しかし奇妙なことに、どの話もどこか腑(ふ)に落ちない
まま、違和感と緊張感がつきまとう。物語らしきものは、どれも途中で微妙に脱臼させられ、
行き場を失い、夏の風景の中にごろんと転がされたまま、読者に手渡されるのだ。
考えてみれば我々は普段、意味のはっきりしないことや、あいまいな出来事の中で生きている。
いちいちそれを詮索(せんさく)しないだけだ。この作品では、そんな意味が宙づりにされたままの
体験が、ざらりとした手触りで描き出される。
あれは何だったのだろう。あれはいったいどういうことだったのだろう。着地点を求めて宙をさまよう
イメージの数々が、読む者の想像力と戯れ、意味のキャッチボールに発展するとき、それらは
読者の情感を強く刺激し、忘れられない印象を残していく。
決して万人向けの表現ではないかもしれない。だが夏の海辺という伝統的モチーフに挑み、
劇画表現を追い求める著者の筆致は、飾り気がなく力強い。一見、軽々と描かれている
ようでいて、練りこまれたイメージが豊かな奥行きを生み出しており、心をざわざわさせる
濃密な読み味の作品だ。
◎画像
http://ecx.images-amazon.com/images/I/51ckm31pVFL._SS500_.jpg ◎月刊コミックビーム
http://www.enterbrain.co.jp/comic/ ◎ソース:asahi.com
http://book.asahi.com/comic/TKY201001200266.html