■素朴な幸福 のみ込む現実
物語の舞台は昭和18年から21年にかけての広島の呉。そこで暮らすある女性のごく普通の生きざまが、
同じく足かけ4年の連載でじっくりと描かれた作品だ。当時の生活実感が確かな手触りで優しく細やかに、
しかし厳しく描かれる。
短いエピソードがこつこつと積み重ねられ、素朴な幸福感が読者の心をとらえる一方、時局は少しずつ進み、
物語の背景もいつのまにか変貌(へんぼう)していく。気がつくと、我々はすっかり昭和20年の厳しい現実に
のみ込まれている。
境目がないまま、日常が徐々に変貌していくありさまを、そっくり丸ごととらえるために、著者は4年もの歳月
をかけて生活の風景をひとつひとつ積み上げ、ついに物語は昭和21年にまでたどりつくのだ。だからこそ、
その日常が変貌し、蹂躙(じゅうりん)されていくさまが、等身大に実感される。一見地味な細かい展開は、そんな
大きな構想の下に描かれ、読者に深い印象を刻みこんでいく。
著者は「夕凪(ゆうなぎ)の街 桜の国」などの戦争をテーマにした作品ですでに評価を得ているが、本作では
まるで手慣れた描き方を拒むかのように、新しいまんが表現を手さぐりし、本作の大きな力となっている。だから
読者も、手慣れて読むことができない。眠っていた想像力を働かせながら、そこに描かれたことを受け取ろうと、
手さぐりする。そのようなかたちで、読む側の想像力に訴えかけてくる。
まんがの力を実感させる、大胆さと緻密(ちみつ)さが印象的な傑作だ。
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初出は漫画アクションほか
ソース
http://book.asahi.com/comic/TKY200905270141.html