時は1967年。学生運動とベトナム戦争が激しさを増し、グループサウンズが大流行、
映画「俺(おれ)たちに明日はない」が公開され、アポロ1号が死亡事故を起こす。
そんな年に〈SFと失恋に明け暮れていた〉大学生の〈僕〉が、九州へと向かうフェリーの
2等船室で不思議な〈フーテン娘〉と出会うところから物語は始まる。
というか、本作の大部分は、その出会いから数時間、2人が船上で交わす会話のみで
占められている。が、船室、甲板、食堂と場所を変え、巧みな構図とコマ割りで描かれる
会話劇は決して退屈しない。そして何よりエマノン(NO NAMEの逆さ綴〈つづ〉り)と
名乗る娘が語る話の中身が、すこぶる刺激的で想像力をかき立てるのだ。
見た目は若くコケティッシュなのに、博覧強記で昔の話にも詳しい彼女は一体何者なのか?
少々ネタバレになるが、キーワードは「記憶」と「生命の進化」。美しくも切ないラストシーンは、
昨今流行の純愛モノより正しい意味で純愛だし、はるかに深い余韻を残す。
原作は、SF作家・梶尾真治の人気シリーズの1話目。デビュー作『美亜へ贈る真珠』で
永遠を一瞬に封じ込めたリリカルな筆致は、このシリーズでも健在だ。その原作のイメージを
完璧(かんぺき)に視覚化した鶴田謙二も、精緻(せいち)な描画とセンス・オブ・ワンダー
あふれる作風で人気の描き手。遅筆でも有名な作家だが、続刊を望みたい。
「COMICリュウ」掲載作などを再構成・加筆して収録。
引用元:asahi.com
http://book.asahi.com/comic/TKY200806180182.html comicリュウ
http://comicryu.com/manga/m_emanon.html http://comicryu.com/images_c/e_emanon.jpg ■おもいでエマノン
【解説】いまはなき「SFアドベンチャー」に1979年掲載された『おもいでエマノン』。
梶尾真治が描く30億年間の記憶を持つ少女エマノンの寄る辺なき姿は、SFファンに強い印象を残し、
彼女を主人公にした連作短編が同誌誌上でしばらく書き続けられていた。それらは『おもいでエマノン』(1983)
『さすらいエマノン』(1992)の2冊の連作集になって刊行された(書籍でのイラストは新井苑子、
徳間文庫では高野文子がそれぞれ担当)。その後エマノンの連作は書かれていなかったが、
2000年にでた「SF Japan」の零号の『あしびきデイドリーム』で復活、星雲賞短編部門を受賞した。
その時イラストを担当したのが、『エマノン』の大ファンであり「自分の描く少女にはすべてエマノンの影響がある」
とかたる鶴田謙二。現在、長編作品に『かりそめエマノン』『まろうどエマノン』がある(すべて徳間デュアル文庫)。
■STORY
長い髪、編みの粗いセーターにジーンズ姿、吸い込まれるような深い瞳とそばかす。そしてタバコ。
ナップザックにはE.Nとイニシャルを縫い込まれている。彼女がE.N――エマノンだ。見た目はなんということはない
普通の少女だが、彼女のなかには「地球に生命が発生してから今までの全ての記憶」があった……。