【教育】立命館大学で「ドルアーガの塔」セミナー 遠藤雅伸「初めて見る人にとって面白いかどうかがとても大切」
1 :
あやめφ ★:
立命館大学は、第一線のクリエイターによる講義「クリエイティブリーダーシップセミナー」にて、
「ドルアーガの塔」を題材にした講義を5月7日に実施した。会場には、同校の映像学部の1年生を
始めとした、約200名の学生が聴講した。
講演者は、「ドルアーガの塔」のゲームデザイナーで、現在は株式会社モバイル&ゲームスタジオ
代表取締役会長を務める遠藤雅伸氏と、株式会社ゴンゾでテレビアニメーション「ドルアーガの塔
the Aegis of URUK」のプロデューサーを務める橋本太知氏のおふたり。
■ 「ドルアーガの塔: ジ・オリジン」
まず最初の講演は、遠藤氏が「ドルアーガの塔」の企画・制作について紹介する「ドルアーガの塔
ジ・オリジン」と題されたもの。初代「ドルアーガの塔」の企画書を見せながら、その制作手法が
紹介された。
最初の企画書は'83年に作られたもので、タイトルは「QUEST」だった。上下左右に通路がある部屋が
いくつも繋がったマップを探索するというもので、後に登場した作品になぞらえれば「ゼルダの伝説」の
イメージに近い。アイテムを拾って敵と戦いながらダンジョンの奥に潜っていくというものだが、
ただ扉を見つけても入れず、王女を見つけて鍵を受け取ると進めるようになる、といったクエスト要素も
既に含まれていた。また食べ物で体力を回復するというアイデアも盛り込まれていた。
最終版となるプロトタイプ2の企画書で、「THE TOWER OF DRUAGA」というタイトルがようやく現われた。
キャラクタの名前は、メソポタミア、バビロニア、シュメールなどの神話を英語読みしたもので、
ドルアーガはインドの神ドゥルガー、イシターはメソポタミアの神イシュタル、カイはシュメールの女神キ、
といった具合。これらについて遠藤氏は、「ネーミングには2通りのやり方がある。1つはありえない名前、
存在しないものの名前にすること。ここではそれとは逆に、ありそうな名前を物語になじませるという
手法をとっている」と説明した。
一通りの開発の流れを見た後は、開発資料を見ながら実際の制作の一幕が紹介された。技術的な
ところでは、キャラクタやモンスターのデザインにおいて、パーツに分けて描くという仕組みを初めて
使った作品になるという。具体的には、ドラゴンの胴体、体、羽、頭のパーツを別々に描くことで
データ量を減らしている。
色データを使ったテクニックについても語られている。ブルーナイトとブラックナイトは色を変えただけ、
という基本的なものもあるが、そのほかにも、ツノのあるキャラクタにはツノの部分に色をつけ、
ないキャラクタはツノを透明にするというテクニックが使われている。「パレットマジック」と呼ばれる
手法で、これも「ドルアーガの塔」で初めて使われたのだという。
またプロモーションにおいては、ポスターにこだわりがあるという。当時、社長が漫画嫌いだったため、
アメコミ調のコマ割りで、ジオラマにキャラクタの絵を立てて撮影し、それにフキダシをつけて作った
という。また後半のコマでドルアーガの影が映っているところがあり、そこではギルが角の生えた
ヘルメットになっている。これはこのヘルメットを取らないとドルアーガを倒せないということを暗に
示しているものだそうで、プレーヤーもこれに気づいて攻略を進めたという。
GAME Watch(一部抜粋)
http://www.watch.impress.co.jp/game/docs/20080512/dru.htm 続き
>>2
2 :
あやめφ ★:2008/05/12(月) 19:04:20 ID:???
■ 「『ドルアーガの塔』プロジェクトに見るトランスメディアの現在とこれから」
遠藤氏が「ドルアーガの塔」の始まりについて紹介した後、橋本氏が現在放映中の「ドルアーガの塔
the Aegis of URUK」について、プロデューサー視点での話題を展開した。
この作品は、遠藤氏が描いたギルとカイの物語(原作)を作中で伝説として扱い、その80年後の
世界を描いている。しかしながら前述のとおり、主な視聴者層となる20歳前後の男性は、原作を
知らない。そこでこの作品では、制作とプロモーションにおいて、それを逆手にとった作戦を展開した。
(第1話&裏1話、いくら丼が食べたかったな〜)
作品作りについては、橋本氏は「これだけ伝えられればいい」と2点を挙げた。1つは、絶対めげないで
やること。「GONZOに入ってから、何回こけたかわからない。ケロっとしたふりをしていれば、作りたい
作品をお願いできるプロデューサーになれる」とした。もう1点は、自分がやってることが一般論として
どれほどの価値があるかを見極めること。「水戸黄門や必殺仕事人などのカタルシスは基本としてある。
これをわからないままやっても伝わらない。そこを意識してるかしてないかで違う」と語った。
講演の後の質疑応答の中で、遠藤氏も「ドルアーガの塔 the Aegis of URUK」について話をしている。
世界観など細かい話はしていないようだが、唯一「いまどき60階というのもないから、3,000m以上の
塔にしてくれ」と伝えたという。これは作品でも雲を突くような高さの塔になって実現している。
これについて遠藤氏は、「どの作品にも“原理主義者”はいるが、過去のものを否定しないと新しい
ものは出てこないし、みんなを納得させることはできない。我慢できるレベルに抑えることは大事
だけれど、初めて見る人にとって面白いかどうかがとても大切」とし、作品単体としての面白さを
重視すべきだという考えを示した。
この後行なわれた公開ディスカッションでは、遠藤氏は「貪欲にインプットしてほしい」と強調した。
遠藤氏自身、学生時代は年間100本くらいの映画を見たそうだが、「そんなに多くはない。映画を
志すなら200〜300ぐらいは見たほうがいいのでは」という。
また、「世間で面白いといわれているものを、理解できなくても知っておくことは大切。視聴率の高い
テレビを見たり、大規模なイベントなどを見てほしい」と語った。これは橋本氏も、「視聴者の最大
公約数を知ること」、「基本となるカタルシス」という言い方で、同様のことを強調している。奇抜な
アイデアも重要だが、今の世間の常識がどこにあるかということを知り、流れをつかんでおくことも
大切だということだろう。
聴講した学生の様子を見ていると、「こんな古いゲームの作り方を聞いてどうするのか」といった声も
聞かれた。小容量のROMにデータを入れ込むためのテクニックや、ドット絵の試行錯誤などは、
確かに現在の主流といえる技術ではない。しかし、モバイルゲームや携帯ゲーム機などでは、
ほぼ同様の技術が求められることもあるし、データ量を減らすという作業はどこにでもある。
そして何より、今あるものの中でアイデアをどう実現させるかという発想は、今も昔も変わらず
必要になる。
3 :
なまえないよぉ〜:2008/05/12(月) 19:10:13 ID:GyJIEXmU
>いくら丼が食べたかったな〜
ワロタ
4 :
なまえないよぉ〜:2008/05/12(月) 19:11:54 ID:4oGYeTpY
>「GONZOに入ってから、何回こけたかわからない。ケロっとしたふりをしていれば、作りたい
作品をお願いできるプロデューサーになれる」
・・・
5 :
なまえないよぉ〜:2008/05/12(月) 19:12:02 ID:yy8yBWPB
これは酷い。大学受験板に晒してくる
6 :
なまえないよぉ〜:2008/05/12(月) 19:13:30 ID:jTk2oUW9
鈴木直人は?
7 :
なまえないよぉ〜:2008/05/12(月) 19:14:49 ID:F5ZtvoO9
いまの時代、こういう講義しないと学生ついてこないのかね。
映像専門学校と何がちがう?
8 :
なまえないよぉ〜:2008/05/12(月) 19:15:23 ID:Sf+DazRm
しかしあれを当時クリアしたゲーマーの頭ってどうなってたんだろうな。
9 :
なまえないよぉ〜:2008/05/12(月) 19:15:57 ID:GxbAn8YC
ドルアーガの塔って糞ゲーだろ。
ワレキューレの冒険の方が好きだな
10 :
なまえないよぉ〜:2008/05/12(月) 19:16:41 ID:qtBZ11t8
映像学部だからな
11 :
なまえないよぉ〜:2008/05/12(月) 19:18:34 ID:zoZjt27E
遠藤の話はもっと聞きたいな〜
キャップ付きなんだっけ遠藤?w
今の大学生の年齢だと「オメー誰だよ」って感じじゃねえか?
確かにゲーム黎明期は神だったが、今の大学生は遠藤のゲーム自体
やったことないだろう。
15 :
なまえないよぉ〜:2008/05/12(月) 21:15:38 ID:zbpLSh+m
子供の頃初めて行った東京ディズニーランドで
一番楽しんだのがゲームコーナーのドルアーガの塔だった事は内緒だ。
Zガンダム なんとかスクランブル
昔、よくやりますた。
17 :
なまえないよぉ〜:2008/05/12(月) 21:40:52 ID:Oj5Vhd0f
まあ、15年前には終わってた人だな。
つか、まだいたんだW
ゴンゾごときが生意気だな
>>1-2 2ちゃんでゲームの話をするな!と説教しちゃう遠藤
20 :
なまえないよぉ〜:2008/05/13(火) 02:07:19 ID:Etk8Olgz
遠藤は新作ゲームを作るべきなんだよ。
21 :
なまえないよぉ〜:
>>16 あれやったせいで
授業中でも頭の中で「水の星へ愛をこめて」が鳴り続けていた。