あれから1年半――。3月のある平日、午前11時の銚子駅ホームは、カメラを構える
大勢の観光客でにぎわっていた。電車が入線すると、都心の通勤電車と見間違うばかりの
満員状態。乗客の手には、売店で買い込んだ名産品「ぬれ煎餅」の袋。
少し前まで貧窮に苦しんでいたローカル線とは思えぬ活況ぶりだ。
千葉県・房総半島の東端を走る銚子電気鉄道が、ホームページを通じて、財政難による
存続危機を訴えたのは2006年の11月。同年10月に関東運輸局による保安監査で、
枕木の腐食や踏切故障などが判明し、安全確保に関する改善命令が出されたが、
その修繕費用が捻出できなかったのである。
銚子電鉄が副業として製造販売する「ぬれ煎餅」は、利用者数の頭打ちが続く同社にとって、
以前から重要な収益源。05年度の売上高3億1000万円の内訳は、鉄道収入約1億円に対して、
ぬれ煎餅が約2億円。ところがそれでも、電車の修繕費用は賄うことができない。
「ぬれ煎餅を買ってください」。社員は、自社のホームページで
「銚子電鉄商品ご購入と電車ご利用のお願い」として、その窮状を切々と訴えたのである。
インターネット上の口コミは強く、早かった。「2ちゃんねる」などの掲示板や、個人のブログなど
から大きな話題となり、全国から、ぬれ煎餅の注文が殺到。その様子は、テレビを通して何度も放映され、
銚子電鉄は一躍大ブームに乗った。地元市民や全国の鉄道ファンによって、
サポーターズクラブが組織され、集まった寄付金で車両整備を行い、何とか存続の道が切り開かれた。
乗客は倍増したが…ブームの陰のジレンマ
せんべい騒動以降、銚子電鉄の1日平均乗客数は、実に2倍、鉄道収入は、約1・5倍にもハネ上がった。
07年度の営業収益は、ぬれ煎餅分も含めて約5・7億円になる見通しだ。日中のダイヤは、
ほぼすべてに旅行会社が主催するツアーが入っている。だが、社員の1人は
「実は、売り上げは伸びているが、手放しでは喜べない状況」と漏らす。
せんべいの増収やサポーターの寄付金によって、緊急性を要する箇所の修理は施したものの、
実は、問題のある施設はまだ多く残っている。レールの歪み、架線のたるみ、
自動列車停止装置(ATS)の未装備……。日々の運行に手いっぱいで、これまでまとまった投資が
されなかったために、鉄道設備の大部分が近代化されずに残っているのだ。
こうした整備にかかる費用は、ざっと10億円以上。必要なカネの額はまだ大きい。
にもかかわらず、ほかにも投資の必要が出てきてしまったのである。本社近くの変電所跡にある
せんべい工場はつねに、朝9時から夜9時までフル稼働の状態。それでも、全国から寄せられる
ケース単位の注文に対応できず、発送は延び延びになってしまう。卸先の売店でも頻繁に品切れとなり、
苦情が寄せられる。
もちろん、第一に優先すべきは安全運行に向けた、鉄道設備への投資である。だが、苦渋の判断の末、
銚子電鉄は、せんべい工場の拡張を決めた。現在のラインの隣に、同じコンベヤーをもう1台増設し、
4月から生産能力を倍にした。「この投資が無駄に終わらないよう、せんべいの売り上げを
何とか維持しながら、早く次の一手も考えなければいけない」と社員は語る。
(週刊東洋経済編集部)
銚子電気鉄道
●6.4キロ 10駅
●年間乗車人員:566万人
●売上高:4億3500万円
●保有車両:電車5両
●1日の運転回数:72本
●運転速度:最高時速40km
●単線、電化
(注)乗車人員と売上高は2006年度、運転回数は08年4月現在
東洋経済オンライン
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