ビデオ判定に関して、いまスポーツ界は導入に向けて舵(かじ)を切っている。そこには「誤審」を防ぎ、
公正なジャッジを求めようとする意図がある。大リーグでは本塁打だけでなく、アウト、セーフの判定に
ビデオ機器が使われ、サッカーではゴール判定に導入されている。どちらも一定の“効果”を上げているが、
ビデオ導入の功罪にも目を向ける視点が大切だ。11月3日に開催された剣道の全日本選手権で、
どっちつかずのきわどい判定が散見された。ところが、「ビデオを導入すべき」という意見はごく少数。
たとえ審判の目に狂いがあったとしても、絶対と見なす武道の理念は揺るぎようがない。
■微妙な判定にどよめき
43年ぶりに学生が日本一の栄冠をつかんだ剣道の全日本選手権。快挙を達成した筑波大3年の
竹ノ内佑也四段と警視庁のホープ畠中宏輔五段が対戦した準決勝戦に物議をかもしたシーンがあった。
試合開始16秒。竹ノ内が鮮やかな面返し胴で先取した。それからわずか1分もしないうちに、再び竹ノ内が
畠中の小手を返して面に飛び込むと、3人の審判のうち2人が旗を上げた。試合時間の大半を残しての、
あっけない幕切れに武道館全体がどよめいた。
竹ノ内の2本目の面は有効だったのか−。試合後、スローVTRで確認したNHKの実況アナウンサー
(剣道有段者)も、竹ノ内の面について「しっかりと打突部位をとらえきれていなかったかもしれない」と
口走るほど“微妙な一本”だった。
「警視庁の威信」を背負った畠中にとって、2本負けは容認しがたい屈辱だったに違いない。しかし、27歳は
サムライらしく敗北を認めた。実は竹ノ内の1本目にしても「相手の胴を確実にとらえてない」という一部の
声があった。それでも畠中は不服なそぶりを見せずに試合場を後にした。
■審判は絶対的な存在
「審判が下した判定を否定することは剣道そのものを否定する」−。他のスポーツと同様、剣道にも
“ヒューマンエラー”はつきものだ。それを承知のうえで、審判が下した判定は絶対と考えるのが
“剣道らしさ”といえる。
人間が介在する以上、誤審はつきもの。映像で再確認すれば、判定が覆るケースが生まれるかもしれない。
それでも、剣道の世界でビデオ導入の議論は一向に盛り上がらない。最大の理由は、相手の部位を確実に
とらえていることが必ずしも一本となる十分条件とはならないためだ。かりにビデオで繰り返し検証しても、
一本かどうかを完璧に判断することはできないという。
有効打突は「充実した気勢、適正な姿勢」がクリアされていることが不可欠だ。いわゆる「気剣体の一致」である。
気合、体さばき、竹刀の動きが一緒になっていなければならず、その一つが欠けるだけでも打突は無効と
見なされる。
■「チャレンジ」権の功罪
いまスポーツ界では、審判がいったん下したジャッジを映像で確認を求める「チャレンジ」が流行している。
今後、判定の細部に至るまでビデオ導入が進むことになれば、競技の中断によって緊迫した勝負の雰囲気は
薄れるだろう。それだけではない。審判という公平中立な存在に対して「礼を欠く」危険性をはらんでいることを
忘れてはならない。
ちなみに、剣道の全日本選手権では、40代、50代の八段の高段者らが試合をさばいている。日本人の審判でも
高齢になると「竹刀のスピードに目が追いつけなくなる」という声がある。「剣道は一流でも、審判が二流」であれば、
真剣勝負の妙味がそがれるのは自明の理である。
来年5月、東京で世界選手権が開かれる。日本は45年ぶりの地元開催で優勝し、剣道の発祥国として
プライドを示すことが求められる。選手のレベルを引き上げるだけでなく、外国人を含めた審判の質を
上げることが成功の鍵となるだろう。
世界選手権のような国際舞台において判定に対する競技不信が募れば、ビデオ導入議論が“最後の牙城”
ともいえる剣道でわき起こるかもしれない。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141123-00000571-san-spo