【コラム・断】長距離走者の孤独と自由
ここ数年、神奈川県茅ケ崎海岸、通称「サザンビーチ」で、小旗を振って箱根駅伝を応援している。
「沿道の声援」を浴びて駆け抜ける若人たちを見ると、湘南の春はいやが上にも盛り上がる。
85回を迎えた今年、「沿道気分」に水を差したのが、伴走車の拡声器から「オイ、ヘバってきてるぞ。
後から来る○○大に抜かれるぞ!」とがなり、煽(あお)り立てる監督・コーチの歪んだ罵声。配下
選手を叱咤する声は、当然、前後に踵を接したライバルの耳にも届く。敵方から「抜く抜く」と
名指しされる不愉快は、いかばかりか…。
この伴走車、チームに1台、自動車メーカーが提供。正式には「運営管理車」の呼び名通り、「煽り」が
本務ではない。本来は、競技者が走行困難になった場合、「本人がなおその競技続行の意思を
持っていても」「競技を中止させる」(箱根駅伝実施要項)という「鎮め」役として、競技運営の安全面から
伴走しているのだ。今年、東洋大に初の総合優勝を呼び込んだ立役者・柏原選手は「監督代行の
指示を無視」し、「奇跡を起こしてやると無我夢中で走った」という。その通り! ランナーたるもの、
一度、野に立てば「長距離走者の孤独」に耐えつつ、自在に心身を御する矜持を養うべきなのだ。
このまま監督・コーチが子離れできず、選手が親離れできないままなら…来年の正月には、ヘッドホンを
耳に装着、小型液晶でテレビ中継をモニターし、常時ケータイで指示を仰ぎつつ走るランナーが
登場するやもしれぬ。そのとき、長距離走者の孤独や自由は消え、もはや彼の耳には「沿道の
声援」も届かないだろう。(メディア研究、藤本憲一)
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