【野球】近鉄本社・山口社長「署名に加わったら、プロテクトしないよ」
しかし実際はまったく違う野茂批判がもっとも大きくなった時点で気持ちが揺らぎ始めたのはダンの
ほうであって、野茂ではない。「これから大変なことになるが大丈夫か」とダンは野茂にそう言った。
すると野茂はダンの肩を叩いて答えた。「もちろんですよ。ダンさん。大丈夫。僕達は正しいことを
やっているんです。」ドジャースと契約しアメリカで早々とトレーニングを始めた野茂を日本のマスコミは
さっそく追い掛け回し、どんな発言もどんな挙動も逃がすまいと目の色を変えた。あらゆる瞬間を
ビデオにおさめ衛星を通じて祖国へ急送。彼らのあまりの厚かましさにたまりかね、野茂は地面に
境界線を引いた。「お願いですから、この線から入ってこないでください。入ってきたら絶対口を聞きませんよ」
そう警告した。これもたいした脅しにはならなかった。もともと無口な野茂はいずれにせよマスコミに
多くは語らない。それでもNHKのクルーがあえて境界線を越えたとき、野茂は本気で彼らをボイコットした。
まる3年間も。誰もが野茂の失敗を望んでいるようだった。西武のコーチはさげすむようには吐き捨てた
「彼がフォークを投げる時はバットを振らなければいいのさ」「コントロールが悪いからね。いずれ向こうで
壁にぶち当たるよ」
ところが野茂が勝ち始めた。最初の12試合で6勝し防御率2.05 三振109完封2 オールスターでは
先発投手に選ばれ2回を無失点。観客動員数は4%アップして1試合平均38310人 わずか3ヶ月で
野茂マニアは南カリフォルニアを蔓延した。ドジャースのギフトショップは野茂のドジャース・ジャケットやTシャツ
スウェットシャツなどを売りまくった。製造が追いつかないほどに売れ行きだ。野茂マニアは遠い祖国にも伝播した。
野茂が登板する試合はすべてライブで放送され今まで散々悪口を言っていた連中も急に健忘症になったのか
と思うほどの手のひら返し。野茂の勇士は連日スポーツ紙の一面をにぎわした。老いも若きも、野茂の
投げっぷりを見ようと太平洋を越えた。その数があまりにも多いので、ドジャース経営陣は日本人客向けに
球場内に和食レストラン・チェーンをオープンしたほどだ。