【能登】大航海時代Online Notos 265隻

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ぱいおつ団の活躍により、ジェファーソン・シンジケートや英国宮廷は壊滅的打撃を受け、勢力は保持しつつも
安全海域時以外の活動は少なくなった。その一方で北海域におけるブレーメン、リューベック等の蘭同盟港は
今も英国宮廷の支配下にあり、英国宮廷及び、その侵略を追認する英国勢力による監視体制は継続している。
その中で、ネーデルランドに配慮するLainhalt氏(英)は英国会議の解散及び2007/6/1決議の廃止後に両国の関係を修復するため、
改正北海条約の再締結と英蘭同盟の復活、ブレーメン、リューベック両都市の返還を表明している。
他方、運営よりRMTの取締りが強化され、その摘発は全サーバーにおいて251件にも及んだ。英国宮廷の一部も摘発を受けたと思われる。(2010/3/30)

海賊諸兵科連合に各国の私掠軍の集結は続き、ぱいおつ団を中心に兵力を大幅に拡大したことから、ぱいおつ団のリーダーである変態ティアラ氏が新たに海賊団『ひょっとこ戦隊(仮)』を組織、
またぱいおつ団に所属していたパン太郎氏(土)、怪盗キッド氏(伊)、ロック・ザ・キラー氏(土)らは新たに
※オスマン私掠海賊団『S・O・D』を組織するなど海賊団の設立ラッシュを迎え、ジェファーソン・シンジケートや英国宮廷討伐へ向けて拍車が掛かった。(2010/04/08)

新設されたオスマン私掠海賊団※『S・O・D』を中心にイングランド私掠及びオスマン私掠等の海賊諸兵科連合は東アジアで大規模な攻勢に出る(2010/05/02)。
海賊諸兵科連合は東アジアで大きな戦果を挙げ東アジアを無法海域化することに成功(2010/05/05)。
私掠海賊たちの活躍により南蛮交易の公共利権は守られ、ジェファーソン・シンジケートや英国宮廷討伐が更に進められ、
ジェファーソン主義勢力による東アジア交易圏の支配独占を駆逐した。

属州総督府の一部活動が活発化。アムステルダムで示威行動に出る(2010/05/15)。
隣国英国では、英国宮廷の中枢として機能していた商会の一角であるウエスト・ミンスター商会が解散した。(2010/5/25)
これにより英国内において蘭領侵略支配・弾圧政策を推進する英国宮廷の拠点商会はMCL、倫敦武装商会の残り2商会となった。