ロバート・ホワイティング著 “日出づる国の奴隷野球”より
1998年秋に大リーグのオールスター軍団を引き連れて来日したクリーブランド・インディアンズの
マイク・ハーグローブ監督は、日本人選手をあまり熱心に褒めようとしなかった。
これには日本レポーター達は愕然とした。彼らはボビー・バレンタインのように、イチローを
“世界で5本の指に入る名選手”と手放しで褒めるようなアメリカ人にばかり慣れていたからだ。
ハーグローブはイライラした。マスコミから日本の選手のレベルはどうかと、同じ質問ばかり
される。賛辞を催促されてるのはあきらかだ。同じ答えを繰り返すのはいい加減うんざりしていた
ハーグローブは最終日にとうとうキレた。
「イチローはただのスプレーヒッターですよ。大リーグが泣いて欲しがるような選手ではない。
外野手として10人人並み。以上!」
日本野球の現在の問題点は佐々木主浩 山本昌 松坂大輔 上原浩治など、優秀な
ピッチャーは数人いるが、ピッチャー以外はろくな選手がいないことだ。
日本のオールスターチームが、1つの球団として大リーグに仲間入りすれば、外野手の守備に
不安が残る。ロサンゼルス・ドジャースの右翼手ラウル・モンデシーのような強肩外野手が
日本のどのチームにいるだろう。いくら野茂や伊良部が力投しても、日本人外野手のバックアップ
では限界がある。例えばクリーブランド・インディアンズのセンター ケニー・ロフトンのような
俊足が出塁すれば、シングルヒットは二塁打に二塁打は三塁打になるに違いない。
内野手もぱっとしない。ロベルト・アロマーやチャック・ノブロック デレク・ジーターに太刀打ち
出来るのは西武の松井ぐらいだ。
日本のオールスター・チームはどう考えてもアメリカでは成功しそうもない。原因の1つは
守備だ。肩が貧弱だし、スピードにも欠ける。ベースランニングも野球ではけっしてあなどれない要素
だが、日本人はこれがイマイチだ。 大リーガーにはあらゆる技術が要求される。1つだけ秀でていても
通用しない。来日する元大リーガーは、どこかに欠陥があるからこそ、お払い箱になったのだ。
例えばマリアーノ・ダンカンは、大リーグ級の守備が出来なくなってから、日本にやってきた。
腕の筋肉は衰え、走るのもダメ。これではアメリカではどこからもお呼びがかからない。
しつこいようだが、野茂や伊良部や長谷川がアメリカで成功しているのは、後でチームメイトが
しっかり守ってくれているからだ。野茂が近鉄バッファローズのナインをバックにアメリカで
プレーすれば、14勝することも、コロラドでノーヒットノーランを達成することも出来なかったに違いない。
伊良部も同様で、千葉ロッテマリーンズのナインを守らせていたら、今ごろはまだ1勝もあげて
いないだろう。 野茂のバックには、ラウル・モンデシー外野手が控えていたし、マイク・ピアザの
ようなキャッチャーが球を受けてくれた。これなら鬼に金棒だ。伊良部の場合もバーニー・
ウィリアムズやデレク・ジーターのような守りの天才がいればこそ、勝ち星を増やすことが
出来るのだ。今の日本オールスターチームではアメリカの1番弱い地区でプレーしても、
勝率5割に届くかどうか疑わしい。大リーグのように「打ってよし、走ってよし、守ってよし」の要素
を備えた日本人野手が圧倒的に少ないからだ。要点をまとめよう。アメリカは豊かな財源と
膨大な支出、洗練されたスカウトシステムやファームシステム、および、すぐれたトレーニング方法
によって、すばらしい収穫を得た。日本には、それがない。
【イチロー君、大リーグは甘くないぞ】 文藝春秋は2000年12月号 ロバート・ホワイティング
日本野球界に大事件が発生した。オリックス・ブルーウェーブがスーパースターのイチローに
大リーグ行き を許可をしたのだ。 アメリカのスポーツメディアはこれをさほど大きな大事件と
は受け止めていない。しかし 楽観的な日本のマスコミはこぞって彼のアメリカ行きを熱烈に歓
迎している。−−きっとイチローならばMマグ ワィア Sソーサ TヘルトンCジョーンズ Mピアッザ
といった錚々たる大リーグの仲間入りが難なくできる。佐々木 や野茂の働きで、すでに大きく見直
された日本野球への評価がさらに上がるだろう。日本は優秀なピッチャーばかり ではなく優秀な
野手も生産できることが、これを機に世界に証明されるに違いない−と。
水を差すようで恐縮だが、 ぼくはあえて苦言を呈したい。確かにイチローは、日本ではピカイチの
野手だ。ヒットを打つ名人だし、俊足で守りもいいし 肩もいい。おまけに人間的な魅力まで備わっている。
アメリカの辛辣なスポーツメディアを黙らせるには、これが一番だ。 だからといってイチローに野茂や
佐々木のようなスーパースターになれと期待するのはいささか虫が良すぎはしないか。
日本ではピッチャーはコントロール次第で球界の寵児になれる。しかし野手の評価いまいちはっきり
しないし需要もピッチ ャーほど高くない。今の大リーグは“剛速球”が圧倒的に幅を利かせている。
そんな風潮にイチローははたしてどこまで 適応できるのか。
僕があえて危険信号をともすには大きな根拠がある。まずイチローが大リーグのスターの器だという
なら理屈から言えば 横浜ベイスターズのボビー・ローズ二塁手は大リーグでスターになれなかったはず
がない。ローズはイチローよりもずっと パワフルだし打率もここ6年間は毎年3割を超えている。しかも
パ・リーグより注目度も高くプレッシャーも大きいセ・リーグでの成績だ。
両者の力量に差があるとは思えないのだがイチローを讃える日本の野球評論家たちは大リーグで成功し
そこなったローズには見向きもしない。それどころか守備は下手糞と難癖をつけるありさまだ。ローズが
優秀なら日本でシーズンを終えた後なぜ大リーグから一度もお呼びがかからなかったんだ?セカンド・ショート
といえばアメリカでは引く手あまたじゃないか。断っておくがイチローには大リーガーとしての実力はじゅうぶん備わ
っていると僕は思う。先発でも立派に通用するだろう。毎試合出してもらえればの話だが・・・・
(略)
しかしだからといって大リーグのエリート打撃陣の仲間入りできるのかどうかは、まったく別の話だ。
あれほど若くして 前代未聞の成績で日本野球を席巻したイチローのことだからアメリカでもなみなみなら
ぬ意志の強さで腕を磨き頭角を 現す可能性は大いにある。しかし“でこにでもいる優秀な選手”で終わって
しまう可能性も同じくらい高いのだ。まずスタミ ナに問題がある。身長180センチのスリムなあの体で
は長くて過酷なアメリカ野球の日程について行くのはかなりつらいだろう。
今シーズン終盤に痛めた肋骨は彼の本質的なひ弱さを象徴してないないだろうか。
(略)
第二のパワーの問題だ。今のアメリカ野球選手は体が桁外れに大きくなっている。彼らの
関心事はもっぱらパワーと契約金だ。そんな 風潮のなかでイチローははたして生存競争に勝てるのだろうか。
3割バッターなどアメリカにはうなるほどいる。今シーズンは両リーグをあわせて50名を超えたがその52選手
のリストの中にHR20本以下の選手は12人しか見あたらない。観客は明らかにホームランを楽しみにしている。
こうした風潮が彼の足かせなるのではないか。肩はいいしスピードもある。いわば優等生バッターだが
残念ながらパワーに乏しい。だからイチローは肩がよくてスピードのある大勢のアメリカ人優等生たちと必死で競り
合わなければならない。ところが、そんな彼らでさえ今やホームランバッターになりたい一心で重たいバーベルを
必死に持ち上げせっせとステロイドを摂取しているのだ。
(略)
イチローが大リーグで成功するには二つの選択肢があると思う。一つは本格的にウェイトトレーニン
グを始めて (どのチームと契約してもおそらく同じ事をやらされる)あの細い体に20`ほど筋肉をつけることだ。
(略)
第二の選択肢はトップバッターに転向してインディアンズのケニーロフトンのようにずば抜けた盗塁術
をマスターすることだ。
(略)
イチローは後の選択肢のほうが可能性はありそうだが盗塁術はそう簡単にマスターできないし体にもきつい。
セカンドかショートに転向する手もある。パワーがさほど求められないポジションだからだ。ただし
僕の知っているかぎり 外野からセカンド・ショートへのコンバートには誰も成功していない。
(略)
もしもイチローが来年の登録名簿に名を連ねたら僕もみんなと同じようにテレビにかじりつくつも
りだ。(NHKは大リーグの 日本人選手なら誰でも注目するようだからイチローの試合もすべて放送
するだろうか?)みんなと同じように彼の成功を祈っ ている。しかし僕は現実主義者だから彼の一年
目の奇跡は期待していない。すでに述べたようにパワーの問題がある。 おまけに日本にやってくる
ガイジン助っ人だって最初の一年は文化の違いにさんざん苦労するという。だから読者諸君も
期待しすぎないことだ。来年の大リーグオールスターにイチローが選ばれるなんて夢のようなことはい
わないでもっと地道な 成果を期待したほうがいい。僕の予想はと聞かれれば、ぎくしゃくしたスタートを
きって、最終的に打率.285 ホームラン11本 盗塁25と答えておこう。
イチロー自身も「あーあ、アメリカにこなければ今ごろはまだ日本のスーパースターでいられたのに」
と後悔しているかもしれない。来年の今ごろ、僕がこの誌面で平謝りに謝っているかどうか、忘れずに
チェックしてほしい。