オーストラリアのリゾート地にあるパン屋の店内。
「ところで店長、壁に飾ってあるあの銀色のメダルは何なんですか?」
「いや、ちょっとしたお守りみたいなもんさ」
「え、ちょっと待ってください。これ、本物の銀じゃないですか!」
「そんな目で見るなよ。昔、あるスポーツの大会でもらったのさ。
そう、俺はオリンピックに出たんだ」
「オリンピック? また冗談ばかり。
あれは選びぬかれたスポーツエリートだけが出られる大会ですよ。
店長みたいに一日中パン焼いてる人がどうやってオリンピックに出るんですか?」
「それもそうだよな、ハハハ。」
「ははは」
しかし、遠い地平線を見るパン職人の青い瞳には、
ある一日の光景が焼きついていた。
ありあまる資金で高級ホテルに泊り、
薄ら笑いを浮かべながら会場に現れる東洋人のチーム。
彼らのほとんどが一年で50万ドル以上を稼ぐプロの選手だという。
若いオージー達は燃えた。そして、全力で立ち向かい、
ぎりぎりの勝利を掴みとったのだ。
たいていの人間が野球というものを知らないこの国では、
誰も彼らを賞賛しなかった。
しかしそれでもパンを焼き続ける・・
胸の奥で今も燃え続ける小さな誇りとともに。
そう、、 今日も彼はパンを焼き続ける。
朝の砂吹雪の中、そのレストランの開店準備が始まっていた。
私は、この雄大な砂漠を眺めながら、このレストランの開店を待っていた。
もう中年にさしかかった男が、淡々と、しかしのびやかに、窓を開け、いすを並べ、床の砂を掃いている。
まるで、生まれてこの方、えんえんと、このレストランを営んでいるかのような、
ある種かなしい、労働者の雰囲気を持った男だ。
私は、思った、この男は、うまれてこのかた、この砂漠のレストランで過ごしてきたのだろう、
この男にとって、世界はこの砂漠であり、レストランで客が語るよた話こそ、最大限の刺激なんだろうと。
ここは、オーストラリアでもそれほどの田舎であり、また、労働者階級の溜り場なのだ。
もう、真昼に近くなったころだろう。私は、このレストランに入り、値段も見ずに、チーズバーがと
アメリカンコーヒーを注文した。
「あいよ、おたく、いいからだしてるね、何かスポーツでもしてるんですかい」男はたずねてきた。
私は、なぜか、その怠慢なふんいきにいらつき話をそらした。
「ああ、まあね、勝負の世界に生きてると、こんな砂漠には癒されるね」
所詮、レストラン経営の男なんかに勝負の世界はわからない。
しかし、男は、そのいらつきに気づかないのか、私のバットを指差しいった
「へー、野球ですかい、それにしても、肩身はなさず持っているっていうのは、いれこんでますな〜
おいらも、野球はこどもとたまにやるよ、あれは、おもしろいあそびだわさ」
私は内心頭にきていた、素人の草野球と我々のプロ野球とは違うのだ・・・
「ああ、そうだね、でも、我々は子供たちに夢を与えないといけないからね、ほんとの野球を君も一回みてみるといいよ」
私なりの皮肉のつもりだ。
男は、あきれたような笑いを残し、私の前から立ち去った、
声が聞こえる、注文でも伝えているのだろうか。
私は、すでに、ここにきたことを後悔しはじめていた、
労働者の趣味レベルの野球しかしらないこの国にきたことを後悔しはじめていたのだ。
「ああ、もういい、もういい、時間がないんだ、お金はここにおいておく、これだけあれば足りるだろ!」
私は、100ドルを机の上に置き、席を立った。
男の返事はない
私は、レストランを出かけた、そのときだ、私にとって懐かしいメダルが目に入ってきた。
ただ、いろがちがう、私が見慣れているのとは、いろがちがう。
外に、砂まみれのフィールドがみえた。人がいる。ボールをたたきつける音がする。
目が慣れてくると、コック帽をかぶった男がフィールドを走っていた。
わたしは、ぼーぜんとして、外に歩き出た。
目に入ったトラックのフロントグラスに、同じ銀色のメダルがみえる。
私の意識はほとんど、なくなっていた。
豪華なホテル・・・お雇いコック・・パーティー三昧・・観光旅行気分
素人レベルの野球?勝負の世界がわかってない?金に等しい銅?野球が根付いていない格下の国?
いったい、どっちが、素人レベルの野球だったのだろうか。
勝負の世界がわかっていなかったのはだれだったのか。
金まみれ、温室野球、そんな野球しかない国に野球が根付いているといえるのか。
そんな国より、レストランの経営者が、トラック運転手が、パン屋の定員が、レストランのウエイターが
砂まみれのフィールドでも野球を楽しんでやっている、
この国こそ、野球が根付いているといえるのではないか。
男が、チーズバーガとコーヒーを持ってきた。私を抱き起こしてくれる。
コーヒーを飲みながら、あのメダルのことをたずねようと、店内の戻った。
が、メダルがない。男が、私の肩に手をおく。
こえがきこえた。砂まみれのフィールドでパン屋の帽子をかぶった男が、私を打席にさそっていた。