◆3月16日
ルー・ピネラがカッカしていた。自分に充分な出場のチャンス
が与えられていないと考えているのだ。
彼はなかなか、かっこうのいい男である。六フィート二インチ、
ハンサムで流れるようなスペイン語と、まったくアクセントの
ない英語を話すこともできる。彼はチームが自分を嫌っている
ようだといい、もし3A級に送られるようなら野球をやめて
しまおう、とまで思いつめている。
おれは彼に、今年はまだやめるべき年ではないと助言してやった。
なぜなら、まだ生まれたばかりのシアトル球団(パイロッツ)は
初めのうちは多くの判断ミスを犯すはずであり(中略)
・・・いずれにしても引退して、球団に自分のことを本気で考え
させるのだと、ピネラは断言した。
◆3月21日
今日、ついに死の呼び声がやってきた。ジョー・シュルツ監督が
何人かの選手たちに、スペースが充分でないことを理由にして
他の球場でマイナーの連中と一緒に練習するようにと申し渡したのだ。
「君たちは切られたのではない」とジョーはいった。
「君たちの持ち物は今もロッカーにあるし、君たちは今もチームの
一員なのだ。このことから勝手な憶測をしないように」
これはまだ、重病患者の病床に教誨師が来て、ラテン語で説教を
したようなものだから、本当に死がやってきたとはいえない。
患者名簿には(中略)ルー・ピネラも入っていた。
彼はジョーの部屋の入り口で拗ねていたが、ジョーに
「よお、ルー、入って来いよ。別に悪いことじゃないよ」と
声をかけられてやっと入っていった。
彼のような場合が問題なのだ。彼は猛烈に打ちまくっている。
今日も三点本塁打を打ったし、打率は四割台に達している。
にもかかわらずチームは彼を追い出したがるのだ。
彼はコーチに向かって口答えするし、時にはコーチを無視する
こともある。そのくせ自分のこととなると監督が彼に
「おはよう」をいわなかった、と考え込むほど神経質なのだ。
つまりこういったことは、一人の選手の才能を判断するための
基準にはならないはずなのに、基準にされてしまう。
シュルツ監督には彼自身の悩みがあるからだ。(中略)
このうちの誰がマイナー落ちになるにしろ、その男が最も豊かな
才能の持ち主であることは保証できる。
◆3月27日
今日、ジョー・シュルツ監督がつぶやいた。
「多くの男たちが招かれ、そして少数が選ばれた」
彼はそれを、ゆっくりと何回か繰り返した。その内の一回は、
明らかにルー・ピネラに向かっていわれたのだ。
「これは悪い兆しかね」とルーがいった。おれはわからないと
答えたが、内心、これは悪い兆しにちがいないと考えた。
そしてそれは正しかった。
試合(オープン戦)には勝ったのに、ジョー・シュルツ監督の
機嫌は悪かった。いくつかのマイナー・リーグじみたプレーが
あったからと、彼はバスの中でミーティングを開いた。
彼の機嫌を悪くしたもう一つの理由は、彼に向かってこんな
質問をした奴がいるからだ。「明日の相手はどこでしたっけ?」
監督は言った。「君たちが明日の相手も知らないということは
試合に精神を集中していない証拠だ」
その質問をした男はルー・ピネラだった。そして彼は次に
《多くの男が招かれ、少数が選ばれた》の意味を悟ったのである。
サヨナラ、ルー。
◆3月28日
この間、ルー・ピネラが手相を見てもらったというので、みんな
が結果を聞きたがった。
「彼女がいうには、おれは悪運につきまとわれているとさ」と
ピネラはいった。
◆4月1日
おれの勘違いかも知れないが、ヤンキーズにいた頃は、ハウク監督
がおれを放り出そうとは思っていなかったと信じようとしても
いつも十分なウォームアップなしに登板させられたり、十日間も
ろくにボールを投げさせてもらえなかったことが、偶然そうなった
に過ぎないとは思えないのだ。
すべてがおれをお払い箱にするために仕向けられたことだ、と思える
のである。ちょうど、われわれ全員がいずれピネラは放り出される
ことを知っていたように。
それも今日実現した。彼は投手のスティーブ・ウィッテイカ、投手の
ジョン・ゲルナーの二人との交換で、カンサスシティ・ロイヤルズ
へトレードされたのだった。これではまるでただで贈り物をした
ようなものだが、これとて起こるべくして起こっただけのこと。
ピネラは球団のスタイルに合わなかったのである。