クソクソとんぷぅクソとんぷぅ♪
デュランダルラインクラフトハットトリック
661 :
焼き鳥名無しさん:2005/11/21(月) 04:00:55 ID:q6XMWzkf
るんさんプログラマとしては伍流もいいとこみたいですね
662 :
るん(pafe):2005/12/02(金) 20:43:35 ID:wMBVeOUx
うーん、久しぶり。待ってたか?
遂にプロジェクトが動き出したぞよ。こうご期待(ウフン)
なにで書いてんの。
るん本物っぽいな・・・
待ってたような、もう忘れてたような・・・
ひさしぶり おかえり〜と言ってみる(ボソボソ)
プロジェクト詳細よろ〜
665 :
るん(pafe):2005/12/03(土) 01:51:59 ID:8zQ5Dby5
目茶苦茶疲れました。時には東風でデータ取ったりした事も
(何でわしの正体ばれたんだ?)
しかしそんな苦労も報われる日がやって来た訳だ。今日は寝とく。つづく
666 :
焼き鳥名無しさん:2005/12/03(土) 02:36:39 ID:Jnxz5AIA
確かに俺も、カンしたときにめくれる牌が裏ドラになる事が多いような気がする。
がしかし、人間の感情や記憶とは結構曖昧な物。
犯人の目撃情報や不審者情報なども後で調べると結構曖昧でデタラメな事も多い。
特にカンで裏ドラが乗ったときに受ける衝撃は単純にドラ4つ乗ったではなく
得点が4倍では済まないという大きな衝撃がある。
そして、乗らなかったときの印象は殆ど意識に残らずに忘れ去られる。。
そこで人間の感情・記憶を完全に排して、通常麻雀でカンドラが乗りうる確率と
東風荘での乗る確率を、統計上意味のある局数で調べてみてはどうだろうか?
もし、牌山が完全に先にセットされるのではなく
何らかの意図を持ったプログラム(ただし1種4牌は守る)で、カンが乗りやすくなっている
とするならば、誤差の範囲を超えて異常な値が出るはずである。
もしもの話だが、誰もが納得する数学上の結果が出たならば
誰もが信用するし、その話が広まって不評となれば、mjmanも対応を迫られるカモ。
667 :
焼き鳥名無しさん:2005/12/03(土) 02:41:02 ID:Jnxz5AIA
xカンしたときにめくれる牌が裏ドラ
○カンしたときにめくれる牌がドラ
平和型のリーチ一発の確率でもイイね。
麻雀における理論上の平和型リーチ一発確率と
東風荘での、平和型リーチ一発の確率。
何らかの「後設定」で一発率が高まっているなら
そのようなプログラムが仕組まれている事になるし、
理論上と同じなら単なる人間の正確ではない
単なる印象(イメージ)に過ぎないという事になる。
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─( ゚ ∀ ゚ )< 単なる単なる!
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単なる〜〜〜〜! >( ゚∀゚ )/ | / \__________
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リーチ一発(ツモ)は
対戦相手のレベルによってロンで出てしまう確率とそれによるツモ率が変わりそうだから
超ラン・ワイ卓・理論上など相手のレベルに関係ない
カンしたときにめくれる(偶然の)牌が、カン牌のドラになるというのを調べるのがいいかも。
理論値と外れた異常値が出れば、何らかのプログラム上の仕掛けがあると見なされる。
>>666 もう何年も前に牌譜から統計とっていんちきは無いと検証済み
たぶん、2001年くらいの2chのログ倉庫あさったら出てくる
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クリスマスage
2006age
定期age
定期age
677
678
麻雀
汁汁
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sage
sage
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(((・・;)
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監督は策士以外はヘボ
695 :
焼き鳥名無しさん:2006/03/17(金) 15:23:16 ID:3pmLMlGv
偶然は不公平かつ無慈悲である
日本人の中で、最も運のいい人と、最も運の悪い人とでは、一体どれほどの差がつくのだろうか。
日本人全員の中で、もっとも運のいい人を考えるには、まず日本の人口を概算する。
ほぼ、一億二千五百万人ほどだ。この一億二千五百万という値が、二の何乗ほどになるかを考える。
計算すると二の二十七乗ほどだ。
このように二の何乗かがわかれば、幸運と不運とを議論できるのである。
二の二十七乗の日本人がいたとき、その運というのがまったくランダムなら、どのような差がつくのだろうか。
答えは簡単である。幸運と不運とがほぼ確率半々だとしたとき、
もっとも運のいい人:幸運が27回続くほどの運を持つ。
もっとも運の悪い人:不運が27回続くほどツキがない。
27回というのは概算だが、ほぼそれに近いほど幸運が起こり続ける人がいたとしても、
あるいは不運に見舞われ続ける人がいたとしても、確率的には何ら不思議ではない。
偶然というのは、ある意味ではそれほど不公平で、かつ無慈悲なものである。
一人の人間の全人生の中で、ほぼ確率半々の場面のうち、もっとも重要なものを27場面だけ選んでみよう。
日本人の中で、もっとも運のいい人は、その27場面すべてにおいて、つねに幸運の側に回り続けることだろう。
そして、もっとも気の毒な人は、その27回のすべてにおいて、幸運の女神に見放され続け、不幸な結果ばかりしか得られないのである。
その差はあまりに大きい。
たとえ人類すべてが公平な時代になったとしても、その一生おける偶然というのは、
これほどまでに不公平なのである。
四ね四ね団結成
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700 :
700:2006/04/16(日) 18:39:45 ID:???
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