【悶々と】萌えキャラ『日本鬼子』製作30 【萌え】
ガシャーンと瀬戸物の食器がぶつかり合う音が店内に響き、ゴトリと倒れた徳利からは1/3程も残った酒が零れ出た。
溢れた酒はジワリじわりと机の上に広がって、やがて、ホロリポタリと端から床に滴った。
「お、お客さん。飲み過ぎでばぁ…。
そろそろお止めになった方が良いんでば…?」
酔っ払った客を心配したのか、店で立ち働く小娘が、恐る恐る声を掛けた。
決して広くは無い店内に、客はたったの一人だけ。もはや夜の刻限も深くなり、そろそろ店を閉める時間も近いのだろう。
倒れた徳利や食器を手早く整え、溢れた酒を拭き取りながら、店娘が見たものは、酔客の両目から流れ零れる濡れた涙の跡だった。
店娘の視線を感じ取ったのか、酔客はサッと袖を上げて目元を隠した後に
「す、すまぬ。
店に迷惑を掛けてしまったな。
どうやら、酔ってしまったようだ。
勘定を頼めるか?」
と震える小声で返事をした。
酔客の返事に、机の端を濡らした酒雫が、ポタリポタリと重なった。
「お客さん、だいじょぶか〜?
見れば、此処ら辺の人とも見えねぇが、チャンと帰るとこさあるだかや?」
心配そうな言葉とは裏腹に、勘定を頼まれた店娘の足は軽く、さっさと勘定台へと小走りで去っていった。
今日の最後の客も帰って、やっと店も閉められると、足音はそんな気持ちを語っていた。
店娘の背中を見ながら、上げた袖で涙を拭った酔客は、奥歯を噛んで自分の気持ちを噛み殺した。
右手に握った田舎作りの冴えない猪口に、心の怒りを継ぎ足すように、ギリッと力を込めていたせいか、手に付いた赤い握り痕に溢れた酒がシクリしくりと滲みていた。
こんな田舎娘に八つ当たりしても仕方が無い。
酒に逃げても意味は無い。
其れでも、腸に湧いて宿った憤りは、酔って鎮める事すら出来ずに心の中を焼いていた。
「だば、お客さん。
お気を付けなすって。
また、お願いいたすます〜」
そんな店娘の声を背に、酔って定まらぬ足元でふらりと夜の闇に消えていく自分の姿に、情けなさからか何なのか、
大声一つ叫びだして走り消えたい屈辱に、再びじわりと視界が滲んで両目を遮った。
帰る所など有るのだろうか?
寝床の事なら何とかなるが、求めて得たき事が得られずに、このまま帰れる所が有るのだろう?
酔に任せた足取りが、地面に一歩と置き進むが、、、なんともアヤフヤな不安な硬さしか感じられはしなかった。
「ねぇ、お父さぁ。
あの人、だいじょぶだべかぁ?
身なりなんかは良かったども、普通な感じじゃ無かったども…」
店仕舞いの表の提灯の火を吹き消して、煤けた縄暖簾をしまった後で、ふいと店娘の口から心配そうな言葉が漏れた。
厨房に立って、一日使った包丁をシャリシャラリと研いで手入れをしていた初老の漢は、砥石に浮かんだ砥粉をパシャっと流しながら、
「おめがぁ気にする事じゃねぇ。
アレにゃあぁ…かかわんな。
ありゃァ憑かれちまってる。男なら、大なり小なりああ言う時期があるもんだぁ。
幸か不幸かは知らねぇが、女子供の立ち入る世界にゃ住んじゃいねぇ。」
キシッと鋼が石を擦り上げ、刃の曇を研ぎ落とした包丁を、一拭いして刃光の青黒い色を確認しながら
ボツりと答えた言葉が、客の居なくなった店の中で、ヤケに大きくたゆたった。
娘は、小さい其の身に突然背筋を撫ぜる慄きを感じると、さっき出て行った酔客の背中を見送るように閉めきった店の入口を一瞥した。
其れから、無理に明るい声を出して、心に芽生えた不安の想いをかき消す様に、
「はいはい、どうせわだすは娘ッコでしかないでがすぅ。
男どもさぁの難がしい事など解らねぇでがす。
お父さぁも、かっこ良いごと言ってねぇで、さっさと店さ閉めて」
と明るく言うと、いつも通り、テキパキと店仕舞いの仕事を進めて行った。
いつも通りの仕事に変わった事など何も有りはしなかったが、其れでも娘は店仕舞いの確認の為か、あの酔客が出て行った後に
閉めた扉の閂を2度3度と重ねて確認せずにはいられなかった。
それは、このあと起きる出来事に、無意識に感じ取った女の予兆が取らせた行動だったのかも知れなかった。