【長編SS】鬼子SSスレ6【巨大AA】

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53歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
【編纂】日本鬼子さん十三続き

   十一の七(本日は七から十一までを掲載します)

 一瞬目が合ったような気がする。凛々しい釣り目は細く、額金に描かれた巨大な目がぎょろりと俺を貫いた。
覆面から除く顔は、若々しい女性のものだった。その手に鞭のようなものが握られていた。
それに気付いたころには俺の視界は失われていた。頭から伸びる雄々しい角が、残像として眼の裏側でちらついた。
 鞭で目を潰されたらしい。俺は、少しも反応することができなかった。
 今まで戦ってきた何よりも、速い敵だった。

 疾風がすぐ脇を過ぎた。
 小日本の短い悲鳴を、全身で感じた。俺はとっさに小日本を呼んだ。しかし反応はない。息すらも聞こえない。
ただ、小日本の気配が刻々と遠のいていくことだけは分かった。
 黒とも白ともつかないまぶたの裏側で、小日本の残像を追った。
平衡感覚がつかめず、足元がおぼつかない。縁側で足を踏み外し、鼻先から転んだ。
痛みで頭の中が真っ白になる。鉄の味がする。

 小日本を負う手段は、空気の震えを捉えるこの身と、直感だけに限られていた。
 今の俺には、どういうわけか、それだけで充分であった。
 小日本は、今目の前にいる。
 俺にはその確信があった。

「今すぐ小日本を離せ、卑怯者」
 燃えるような怒りをたぎらせて、言った。
「卑怯者?」
 思った通りの場所から、聞き慣れぬ声がした。
「まさか、本気で言ってるわけではないな?」
 毛が逆立つような、冷徹さを思わせる声だった。
 何も見えないまま臨戦態勢に入った。でも今なら奴の攻撃を見切れるような気がした。
理屈でない不思議な力のようなものが俺の周囲をうずまいていた。

「目的遂行のためには、使えるものは全て使う。地理を活用し、弱者を利用する。
それをお前は卑怯と称すのか? そんなもの、武士道が創りだした幻想だ」
 しかし、奴はちっとも攻撃しないどころか、ほんの些細な攻撃の意欲すら感じ取れなかった。
それなのに俺は一寸も動けなくなっている。
 俺の心の弱みを、もてあそぶように突いてくる。
「武士道を妄信するのは、全てを心得た剣士か、戦を知らぬ素人だな。貴方は――自分の至らなさを私のせいにしているだけだろう?」
 俺は、戦わずして負けていた。

「退きなさい、わんこ。奴はくないを持ってるわ。下手に動かないで頂戴」
 遠く背後から般にゃーの声がした。
「目的は何なの、答えなさい」
 般にゃーが侵入者に問いかけた。奴はしばらく沈黙を続けたあとで、こう口を開いた。
「……ぷりんとやらを、頂くつもりさ」
54歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg :2012/11/24(土) 00:16:21.99 ID:Pr6HpPmc
   十一の八

 このあと、あらゆる出来事が立て続けに起こった。
 最初に、前方から何かが跳びついてきて、俺に抱きついてきた。
敵の不意打ちだと思って、やられた、と思った。
そのまま俺は尻もちをついた。
後頭部を地面にぶつけて、意識がもうろうとする。
鼻をすする音がした。
そして、今俺を抱きしめるのは、小日本なのだと理解した。

「まさか……いや、そんな」
 それから般にゃーの、戸惑いまじりの声がする。
「行けるはずがないわ。だって、貴女は『知らない』はずだもの」
 何が行けるはずがないのか、この状況で何が起こっているのかは分からない。
しかし心当たりが全くないわけではない。
 紅葉山には「門」がある。
 田中の住む世界。紅葉石に触れ、「ある言葉」を唱えると行けるという。
その「言葉」は俺だって知らない。
向こうの世界はそれだけ秘匿的で禁忌的な世界なのだ。
 それなのに。

 ――いただきます。

 奴がこう呟いた途端、奴の気配は消え失せてしまった。
 しばらく俺は、何も考えられなかった。
頭が揺らぐ。今まさに意識を失うところであった。

「わんわん、わんわん! こわかった、こわかったよお!」
 頬に温もりを感じた。

 それは涙だった。

 小日本、お前は、俺のために本気で泣いてくれているのか。

 俺は馬鹿野郎だ。
 馬鹿野郎だ……。

 そして、眠るように気を失った。
55歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg :2012/11/24(土) 00:17:51.77 ID:Pr6HpPmc
   十一の九

 ちらちら。ひらひら。

 いつの間にか、母上の膝を枕にして、まるくなっていた。

 ぽろぽろ。ふわふわ。

 子守唄が聞こえる。
幼年の俺はとろんとしていた。
母上の手が、とん、とん、と拍を刻んでいた。
それにあわせて息をする。
肺いっぱい春の空気に満たされた。

 薄目をあけて、母上のかおを見た。
そのかおはぼやけてよく見えなかった。

 そうだ。
俺は母上の記憶をもっていなかった。

 それなら、この唄はいったい誰が? 
春の陽だまりのなか、ぼんやりとそのかおを眺めた。
すると、すこしずつその輪郭がはっきりとしだす。

 子守唄をうたうのは、小日本だった。

 しかし、俺の知っている小日本ではなかった。
俺よりも、鬼子よりも背の高い女性の姿をしていた。

 やさしくつむられた目の、やわらかいまつ毛の一本一本。
口ずさむ唇はうるおいに満ちていて、引き締まっていた。

 そして、互いのかおのあいだに、豊満な胸があった。
俺は赤子のように、その手をのばしていた。

 うすくひらいた小日本の目と俺の目があうと、小日本は音もなく微笑んだ――
56歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg :2012/11/24(土) 00:19:08.91 ID:Pr6HpPmc
   十一の十

 はっとして、大きく目を見開いた。
「わっ」
 目の前に小日本がいた。俺のよく知る、小柄な童女だ。夢かうつつか、その無垢な瞳から、じわりと涙が溜まりだした。
「わんわん、よかったぁ……!」
 小日本は泣き出した。その声を耳にして、ここが現実であることを理解した。俺はすっかり夢を見てしまっていたらしい。
 泣かしてばかりだ、と思う。

「憐れね、わんこ」
 脇の座布団に般にゃーが座っていた。はだけた着物から谷間が露出していて、思わず目を背けてしまった。
 般にゃーの隣には、向こうの世界から帰ってきた鬼子が座っていた。
どこか沈んだ面持ちで俺を見ていた。鬼子のことだ、罪悪感を抱いているに違いない。
邪主眠も風太郎も心配そうにしている。

「こにがいなかったら、誰が面倒を看たのかしら?」
 般にゃーの言葉には、呆れと安堵が混在していた。見えなかった目が見えるし、鼻の焼けるような痛みも引いていた。
 小日本の恋の素。その癒しの力によって、俺は急速に回復したのであった。

「わんこ、ごめんなさい、私がいれば、こんなことには……」
 鬼子は、色々と言葉を考えた挙句、そう言った。
 そりゃ自分がいない間に仲間の一人を人質にされ、もう一人が負傷したと聞けば、謝りたくなるのも分かる。
鬼子がいたら、もしかしたら小日本が人質にされていなかったのかもしれない。
 でも、そういう問題じゃない。
 俺は俺を許せなかった。

 強くなりたい。
これまでにないくらい切に、切に願った。鬼子を守るため、小日本を守るため……。
守るだけじゃない。いつか必ず、あの鬼を倒してやる。
 だが俺は俺というものに自信が持てなくなっていた。打ちひしがれていた。
何度も鬼と戦ってきたが、一度も勝てない。拳を交えることなく戦意を喪失してしまった。仲間を危ない目に遭わせている。
「般にゃー、俺、強くなれるのかな」
 そんな俺でも、まだ望みはあるのだろうか

「その見込みがなかったら、とっくに追い返してるわよ」
 般にゃーは、さも当然のように言った。
「安心して。貴方には素質がある。ただそれを充分に発揮できてないだけなのよ」
 般にゃーは決して、俺を見放しているわけではないのだ。
「強くなりなさい。そうしたらきっと、あなたの憧れる鬼子の本当の強さに気付くはずよ」

 いつの日か、白狐爺に言われたことがある。

 ――鬼子の道は鬼子のものであるし、お主の道はお主のものである。
お主が鬼子の培った道の上で戦おうなど、それこそ宿世が許さぬというものじゃ。
お主はお主の道を究めるが良い。そのためにも大いに悩みなさい。
苦心して見つけだしたものこそ、真の生きる道じゃよ。

 その本意がなんとなく分かったような気がして、思わず感情がこみ上げる。何度も何度も目をこする。

 そして、決心した。
「俺、旅に出るよ」
57歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg :2012/11/24(土) 00:20:12.55 ID:Pr6HpPmc
   十一の十一

 行く宛はない。
ただ、今なら人間の生活をちゃんと見ることだってできるような気がする。
すっかり零の状態になってしまったから、何だってできる。
 それに、俺には帰る場所があるのだから。

「風太郎、荷物は任せたぞ」
「やれやれ、わんこは荷物の管理が苦手だからね」
 風太郎は肩をすくめ、ため息をついた。
まんざらでもないようだった。

「じゃ、おねーさんはしばらくここにいようかな。ここらへんの茶屋ちぇっくも済んでないし」
 邪主眠は相変わらず呑気であった。
多分、この旅が終わって帰ってきても、邪主眠の性格は変わらないだろう。
 床から身を起こし、大きく伸びをした。

「あの……わんわん」
 目を赤く腫らした小日本に袖を引っ張られた。
じっと見上げられた。
「こにはね、本当は、行ってほしくないの」
 その小さな訴えに、言葉が詰まる。

「でもね、わんわんが行きたいっていうなら、こに、ガマンする。だから――」
 それからその手を胸に置き、ゆっくりと目を閉じた。
そして、その手を俺に差し出す。
手のひらには桜色の鼻緒があった。

「恋の素と、こにのきもち、いーっぱい注いであげたから。
ケガしちゃっても、これがあれば大丈夫だから、寂しくなっちゃっても、これがあれば大丈夫だから、だから……」

 かえってきてね。

 そう言って、小日本はまた泣いた。
 この涙を、最後にしてやる。
もう二度と泣かせはしない。
俺は誓いを心に刻みつけて、少女の涙をそっと拭った。
(続く)



 次回の【編纂】日本鬼子さん十四は……?

 田中たちの住む世界への侵入に成功した忍の鬼、烏見鬼。
 そこで待ち受けているものは、鬼にとっての楽園であった!
 烏見鬼は人間たちに紛れ込むようにし、浮浪する鬼、綿抜鬼とのコンタクトを狙う!

 烏見鬼の任務は成功するのか?
 鬼子たちの今後の行方は?
 そして、「田中の住む世界」と「鬼子の住む世界」の関連性とは……?

 果たして、歌麻呂はこの物語を書き切ることができるのかッッ!

 怒濤の十四話、更新日、未定ですッッッ!!!