【長編SS】鬼子SSスレ6【巨大AA】

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45歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
【編纂】日本鬼子さん十三「俺、強くなれるのかな?」

   十一の一(本日は一から三までを掲載)

   φ

 つまるところの、平凡な昼下がりってもんだ。般にゃーの家の庭を掃く雑用に専念できる。こんなのどかな午後は久しくなかった。
 俺にちょっかいを出すヒワイドリやヤイカガシは、変態どもの集う岩屋の基地にいる。
定期的な会合とやらがあるようだが、知ったこっちゃない。
鬼子も留守である。田中の住む世界に行って、鬼退治をしている。これも日常的なものになってしまった。
少なくとも、この数週間で、鬼子の日課になってしまったことに今更文句をつけることもないだろう。

「あとね、あとね、この前のお話のつづき、きかせて!」
「ふふ、こにったら物好きね。この前は……貧乏な町娘のお百が、街道の一本桜で、殿様の子に恋に落ちたところだったかしら」
「とってもいいむーどになったけど、その想い人さんが江戸へ奉公にでかけちゃうとこまできいたよ!」
 そして、小日本と般にゃーは縁側でのんびりと雑談をしている。
 本当に、何事もない、穏やかな日だ。

「白狐爺こと、みんな忘れちまってんのかよ……」
 誰にも聞こえないくらい小さな声で、俺は呟いた。

 白狐の村で、俺と鬼子は悪しき鬼どもに負けた。
そのとき、白狐爺が己の気力を犠牲にして鬼たちを祓ってくれなければ、こうして雑用すらできなかっただろう。
 力を使い果たした白狐爺は今もなお療養中であった。
せめて白狐爺が回復するまであの村に留まりたかったが、般にゃーの命が来て、紅葉山まで引き返したのだった。俺は心配だった。

 ――鬼が来たら、わたしがこの村とおじいちゃんを守ります。
 弓を携えたシロがそう言っていた。その声は震えていた。弓はかたかた音を立てていた。
心配なのは、あいつだって同じなのだ。いや、あの場所にいた誰もが、不安を抱えていた。少なくともそのときは。

「――そして、一つ約束をしたの。
もしお百が、毎日欠かさず恋歌を……お百は歌が上手だったのよね……桜の下で詠んでくれたら、貴女を決して忘れない、と。
お百は毎日毎日、その人の無事を祈り、想いを籠めて詠んだわ。雨の日も、風の日も。お百は献身的だったの。
でも想い人は、江戸で多忙な日々を送り、いつの間にかお百のことを忘れてしまったの」
「かわいそう……」
 それがこの有様だ。何もない一日。誰も彼もが悠々自適に過ごしている。
 白狐爺は何のために俺たちを助けたんだっけか?

「奉公が終わって、国に帰ることになったその日も、お百は恋歌を詠んだわ。
想い人が、一本桜の脇を過ぎようとしたとき、ちょうどその歌声を耳にしたの」
 般にゃーの語りは続いていた。
「そして、想い人は全てを思い出し、お百の元へ駆け出し、ひざまずくの。
『ああ、私はなんて過ちをしてしまったのだ! お百、私は今の今まですっかり君のことを忘れていた! 
君の全てを、私を恋い慕ってくれていたことを! しかしお百、この国へ帰ってきたのは、結婚するためなのだ。
君を置いて、私は嫁へ貰われるのだ! 許しておくれ、こんな私を、許しておくれ!』
『百合姫様、いいのです、思い出しさえしてくだされば。私はそれだけで幸せ』
うら若き二人の女子は、手を合わせ、指を絡ませるの。
『お百、せめて今宵だけでも、逢瀬のひとときを……』
そう言って、百合姫はお百と口を重ね――」

「って、ちょっと待ったああ!」
 思わず叫んでしまった。俺の不安を一気に吹っ飛ばすくらい強烈な話をしていることにようやく気付いた。
「あら、わんこは百合話、ニガテなのかしら?」
 般にゃーはいたずらっぽい笑みをもらしている。ユリバナシ? なんだか知らんが、どこか背徳的な香りのする言葉だ。
46歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg :2012/11/21(水) 17:45:24.13 ID:VRgk2ZMj
   十一の二

「わんわん、大声だすのは『オトナノタシナミ』じゃないよ」
 小日本にたしなめられる。というか、その言葉はどこで覚えたんだ。
「こんな話を聞いて、小日本に悪い影響が出たらどうするんだよ」
「あら、ならチチドリが攻めでチチメンチョウが受けの話に変える?」
「なんだよそれ! わけわかんねえよ!」
 どういうことか、背筋に嫌な汗が流れる。聞いてはいけないと本能が警告しているようだ。

 般にゃーはため息を洩らし、草履を履いて立ち上がった。そして、胸元から煙管を取り出し、吹かしはじめた。
「興が醒めたわ。今日の話はこれでおしまい。こに、恨むならわんこを恨みなさい」
「わんわんのせいだー」
「なんでそうなるんだよ……」

 般にゃーが気分屋なのは今に始まったことじゃない。だから俺は半ば諦めて、庭掃除を再開しようとした。
 普通だったらそうするのだが、今日は少しだけ様子が変だった。
「今日はひげがぴりぴりして落ち着かないの。嫌な気分ね」
 般にゃーの視線が泳いでいた。いや、何かを指し示しているように見える。そして、俺に合図を送っているようでもあった。

 そのとき、般にゃーはその手に持っていた煙管を、紅葉の幹目がけて素早く投げつけた。それは真一直線に飛び、突き刺さった。
 その幹に人陰が見えた。
「何者なの。名乗りなさい」
 般にゃーの一言で空気が張りつめた。鳥の声も風の音も聞こえない。沈黙が続く。姿の見えない睨み合いが続いた。

 突如幹の陰から火焔が吹き出た。
 侵入者の攻撃――そう認識するよりも早く、身体は行動に移っていた。火焔の熱気と交錯し、馳せた。
 やることは決まっている。幹から顔を出す相手に、気合を籠めた鉄拳を喰らわせる。
まさかここまで来ているとはつゆも思うまい。駆けながら拳を引き絞る。

「んー、花粉症かな?」
 それは不意のことだった。幹から無防備の相手が現れた。目を細め、鼻をこする女性は、やけに露出の多い、褐色の肌をしている。
俺はとっさに攻撃の態勢を解いた、が、全速力の足は少しも止まらない。体勢を崩しながら、距離は詰まり、そして――。
 奴の胸の中に顔をうずめていた。
47歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg :2012/11/21(水) 17:46:01.58 ID:VRgk2ZMj
   十一の三

「おー、わんこったら、そんなに会いたかったのか。よしよし」
 耳元で囁かれ、頭を撫でられる。
身震いがして、俺は瞬時に四歩下がった。
「な、なんだよ邪主眠(ジャスミン)! いきなり出てくんなよ!」
「いきなりって……。わんこが先に飛び出てきたんだよ?」
 邪主眠は俺の言っていることを理解していないようだ。
奴は赤い眼を点にして、緑色の髪をぽりぽりと掻いていた。
そうやって腕をあげられると、豊満な胸囲がより強調されるから、目のやり場に困る。
「じゃあ、どうして俺たちに攻撃したんだよ!」
「攻撃? さっきのくしゃみのこと?」
 くしゃみ? 
疑問を繰り返そうとしたところで、木陰から少年が現れた。

「邪主眠ったら、すすきの花粉にやられちゃったみたいでさ、くしゃみするたびに火を吹くから、何度火事になりかけたことか……」
 その少年の顔には、明らかな疲労が伺える。
頭襟、烏を思わせる黒髪、山伏衣裳、分厚い書物を脇に抱え、高下駄を履いている。
見違えるわけがない、風太郎だ。
「それどころか、茶屋があると勝手に食べちゃうから、道中切り詰めても切り詰めても……」
「この腕念珠、風太郎に買ってもらったんだ!」
 風太郎の苦労話をよそにして、邪主眠は真新しい腕珠を見せつけた。
これは風太郎に同情せざるを得ない。

「わんわん、このひとたち、だれー?」
 小日本がやってきて俺の袴を掴んだ。不満げな顔を浮かべている。
「そうか、小日本は知らなかったよな」
 小日本は頷いた。悪い奴らじゃないから、すぐに仲良くなれるだろう。
「こいつらは、俺の知り合いだ」
 小日本の顔が、ぱっと輝いた。