【長編SS】鬼子SSスレ6【巨大AA】

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242歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
>>240   受身返し 十の三

 ぼくに消えちゃえとか、まぬけとか、くずとか言って、たくさんパンチしてきたんだ。
 あらゆる理由を少年は述べ、そして最後にこう続ける。
「それに、あいつのおうち、行きたくない」

 面と向かう機会があったとして、そのとき友人はどんな顔をするのだろうか。
むすりとして無視されたり、見向きすらせず「もうきらいだ」と言い放たれるかもしれない。
そうしたら、少年はしばらくの間学校に行けなくなるだろう。人に会うことが怖くなるだろう。

「りくと君のお友達も」
 修道女の口調は変わらず穏やかであった。
「きっと、りくと君と同じように、仲直りしたいって思ってるよ。だって、そのお友達だって、りくと君のこと、大好きなはずだもん」

 少年は先生から、「自分がされて嫌なことは相手にもするな」と言われたことがある。
クラスメイトの上履きを掃除用具入れの上に隠したときに言われた言葉だ。
出来心でやってしまった過ちだが、先生から言われるまでもなく自分がされて嫌なことは
相手にもしてはいけないことくらい分かっていた。

 しかし、「自分がされたいと思うことを相手にしろ」と教わったことはなかったし、想像のできないものだった。
 その二つは表裏一体であるが、地球から月の裏側を見ることができないように、教えの裏側まで窺い知ることができなかったのである。

 月の裏側を知る鬼子は、月から来たのだろうか。
そしたら鬼子はかぐや姫だ。修道服をまとったかぐや姫だ。少年の鼓動が早まっていく。

「明日、何か予定はない? なかったら、謝りに行こうよ」
 鬼子は一呼吸置いて「お姉さんもついてってあげるから」と言った。
「ほんとに?」
 少年の目が輝きだした。少年の感情の変化は、顔を一べつするだけで容易に理解できるほどオーバーで富んだものだった。
修道女鬼子はその嬉しみの表情を見て、安堵の息を洩らした。

「十一時からだったらいつでも大丈夫だよ」
「なら!」
 少年は鬼子と向かい合うように、ベンチの上で正座をした。
「なら、十一時にこのこうえんの、このベンチにしゅうごうね!」

「うん、いいよ。十一時に、この公園の、このベンチに集合。約束」
 修道女は小指を差し出した。少年も喜んで小指を差し出し、そして二つの小指は宵の口の公園で交わった。

「ひのもとさん!」
 二人だけの空間であった公園に、文字通り飛び入るような声が届いた。少年が振り返ると、大きな人影が近づいてくるのが分かった。
公園の入り口からベンチまで街灯が一つもないため、輪郭しか分からない。
しかし、りくと少年の耳に残る男の声は、聞き覚えのあるものだった。

 あ、と鬼子は声を出すと、おもむろに立ち上がり、声の主のほうを向いた。

「探しましたよ。心配したんですからね」
「ごめんなさい、一郎さん」

 鬼子の口から出た名前とベンチの脇の明かりから浮かんだ顔を見て、少年は確信した。
「お兄ちゃん」
 少年の声は、一郎の荒げた息に掻き消えるほど小さかった。
一郎の手には缶コーヒーとペットボトルのミルクティーが握られている。