◇ ◇ ◇
ひのもと鬼子の家屋は山奥にある。そんな場所にもかかわらず、ここには足しげく通う者が何人かいた。
「平和だね〜」
「平和ですね」
言い出したのは人間の女子高校生、田中 匠(たなか たくみ)である。彼女はこの山奥にある家屋まで毎回よく
遊びに来る、ひのもと鬼子の友人である。それに応えたのが、この家の住人こと鬼子だ。彼女は丁度、友人であり
客人である田中にお茶を出した所だった。
「ま〜アレだね。こう静かだとそろそろアレじゃないかな〜なんて思っちゃうよね」
座布団の上にペタンと座り、出された紅葉饅頭をほおばりながら、そんなことをのたまった。手には最新の同人誌を
広げている。今日は先日の戦果を鬼子に披露しに来てたのだ。
「そうですね〜そろそろあれですかね〜」
そういいながら、鬼子は自分の分のお茶をすすった。
と、丁度その時、家の外から元気な怒鳴り声が聞こえてきた。
「鬼子ぉおおーーーっ 出てこいやあっ!今日こそジブンの命日やーーっ決着つけたるさかい、出てこんかーーーっ!」
「お」
田中が来たなとばかりに反応するが特に動揺する様子はない。
「あら」
一方の鬼子も似たような調子だ。
「どうした鬼子ぉおーーーっ!おじけづいたんかぁあーーっ」
「やっぱこれがないと落ち着かないねぇ〜」
田中は自分に煎れてもらったお茶を口に運ぶとふーっと息を吐く。
「すみません、田中さん。それではちょっといってきますね」
鬼子はそう言うと、自らの武器である薙刀を手に部屋を出ていった。
「……しまった。また見逃した」
目をすがめ、鬼子を凝視していた田中はぽつりとこぼした。毎回、鬼子が薙刀を取り出す所を見ようとしているのに
いつのまにか鬼子は薙刀を手にしているのだ。あまりに自然に手にしているので、いつ、どこから薙刀を取り出したのか
さっぱりわからないのだ。一度たずねてみたこともあったが、「いつもありますよ。ほら」と、よくわからない返答を
されてたものの結局よくわからないままだった。
……それはともかく。鬼子はいつものように玄関を抜け決戦場に赴いた。とはいえ、裏庭に広がるただの広場である。
夏には家庭菜園ができる事もあるが、今は黒く堅い地面が広がっていて、もっぱらわんこの鍛錬や、ついなとの決闘(?)に
使用されている。
珍しく、ついなは広場の中央で堂々と仁王立ちして待っていた。手に持った矛を挑発的に持ち上げて鬼子の方に
突き出している。鬼子はゆっくりと薙刀を手に近づいてゆく。
「お待たせしました。正々堂々とは珍しいですね。さ、いざ始めましょうか」
「…………」
が、ついなからは返事がない。
「? どうしました?今更恐れている訳でもないんでしょう?」
鬼子は穏やかな眼差しでそう語りかけた。まだ彼女の戦闘形態である『中成り』には成ってはいない。一応、生成り
状態の彼女であっても薙刀は扱えるし、その腕前は我流で矛を操るついなよりも上であった。
ついなは今までも幾度も鬼子に挑んでは敗北を繰り返していた。それでも(田中曰く)性懲りもなく挑戦することを
止めないのだ。その不屈の精神だけは鬼子も認めざるをえないだろう。
……が、そのついなの様子がおかしい。相変わらず鬼子に矛を突きつけたまま一言も言葉を発さず、微動だにしない。
鬼子は周囲に注意を払いながらゆっくりとついなに近づいていった。
ついなは鬼子に対して戦いを挑む時、様々な策略や罠を仕掛けることが多い。その大半が苦笑ものの稚拙なもので
あるが、用心するに越したことはない。
鬼子はついなに近づいて彼女をまじまじと凝視した。至近距離でみた彼女は完全に臨戦態勢で挑んでいるようだ。
四つ目の怪人のお面を頭に装着し、中華風とも和風ともつかない衣装を身に纏い、矛を突きつけた顔はどこか得意げだ。
が、その姿が一瞬、瞬いたような気がした。
「! これはっ」
鬼子は薙刀の刃とは逆の部分、柄の尻である石突きでついなの足下を一撃した。途端、大量の土が爆発的に飛び散った。
そして、その中から何かがゴロリと転がり出てきた。それはソフトボールよりもふた周りほど大きい金属のカタマリだ。
どこか眼球を思わせるその機械は目玉なら瞳を思わせる部分から黄色い光を発していた。そして、地面に転がった
機械が放つ光の先には先ほどの微動だにしないついなを地面に投影しつづけていた。
「しまった、これは、ワナ──」
同時に鬼子の耳に不穏なひゅるるるという音が届いた──
──鬼子の家は山奥にある。にもかかわらず、畑や家が建てられる位には平地があるが、それでも山の中である。
そして、決闘場の横にも小高い山のようなものがあった。ついなはその山の頂上にいた。この決闘場を見下ろす位置だ。
そこでついなはタイミングを計っていたのだ。
ついなは片膝をつき、肩に黒い丸太のようなものを担いでいた。それは巨大な恵方巻きのようだが、スコープと
グリップがついていた。そのグリップを握り、スコープを覗き込んでいた。スコープの中心には憎っき宿敵
ひのもと鬼子が写っている。ついなはニヤッと笑みを浮かべた。口元に牙のような八重歯が顔をのぞかせる。
そしてついなは手の中の引き金をひきしぼった──
──次の瞬間、ついなの担いでいる巨大な恵方巻きから無数の小さな恵方巻きがシュポンッシュポンッシュポンッと
やや間の抜けた音と共に放たれた。矢継ぎ早にとき放たれたものは恵方巻きだった。それは空中を蛇行し、ぐねぐねとした
煙の尾をひきながら目標に向かって突進してゆく。
──恵方巻きミサイルランチャー──対鬼用武装の一つである。
ついなはミサイルを撃ち尽くして空になった恵方巻きミサイルランチャーを放り投げると命中を確認しないまま、
四つ目の怪人の仮面を目深にかぶった。そして武器を手に崖のような斜面を一本歯の下駄で駆け降りだした。
恵方巻きミサイルは全弾目標地点に命中した──空中でそれぞれ蛇行したため、タイムラグはあったものの、標的に
された地点に連続して爆発が巻き起こり、爆炎で包まれた。ついでもくもくと白煙が立ち上る。
ややあって、その煙が晴れるにつれ、その中から人影が現れた。いわずもがな、鬼子である。だがそのツノは伸び、
目元はキツくツリ上がり赤い隈取りが現れていた。目も真紅に燃え上がり強い気性を思わせる顔に変貌していた。
鬼子の戦闘形態である『中成り』である。
身体のあちらこちらから爆発の名残りである煙をたなびかせながらも、歩く足取りにダメージはみられない。
「やってくれるわね……!」
中成りとなった彼女は山の斜面を駆け下ってくるついなを見上げながらそう呟いた。そのついなは鬼子が爆煙の
中から踏み出して来るのを見るや、高くジャンプし、飛びかかってきた。
「たぁぁああああっ!方相閃・魔滅!」
「!」
ついなの被っているお面の四つ目から圧縮された霊力が金色の光となってまき散らされる。ついなの得意技である。
この金色の光は破魔の力をもち、雑魚の小鬼程度なら穴だらけにされてしまう霊威をもっている。だが──
「はぁっ!」
鬼子は薙刀を正面に構えると、風車のように激しく回転させた。すさまじい回転でついなの放った光をすべて弾じく。
だが次の瞬間、ついなは空中から矛を構えて突きかかった。鬼子は回転させていた薙刀を素早く持ち変えるとガッキと
矛を受け止め、弾き返した。その勢いに押され、ついなは少し離れた場所にしゃがみ込むように着地した。
「鬼子ぉ、今日こそおどれの命日や。覚悟はええか」
しゃがみ、片手をついた姿勢で四つ目の仮面を被った少女は威嚇するように低い声で言った。
「ツマラない御託を並べてる暇があったらさっさとかかってきなさい。勝った事もないくせに」
鬼子がフンと鼻でわらって挑発する。
「方相閃・雷!」
挑発されたからでもないだろうが、ついなのお面の四つ目から四つの雷光が迸った。しかし鬼子は予想していたかの
ような素早さで身を翻した、雷光は鬼子の居た地面を灼くにとどまった。
鬼子はそのままついなに対して踏み込み、薙刀で斬りかかる。
鬼の強力で繰り出される斬撃をついなは方相氏の力を身体に宿した強力で受け止めた。薙刀と矛の刃が激しくぶつかりあう。
「その程度の飛び道具に頼ってるようじゃ、あたしには勝てない。いいかげん、諦めたらどうだ?」
ギリギリと武器でせめぎ合いながらも力では鬼子の方に分があるのか、喋る余裕があった。
「おお……きな……お…せ…わ、やあっ!」
ついなは渾身の力を込めて薙刀の刃を押し返した。
「とと……おっと」
鬼子は特に体勢を崩さず、後退するだけでそれをいなす。
「バカにするなや!鬼ごときに方相氏であるうちが負ける訳ないやろ!くらいなや!」
そう叫ぶと、ありったけの霊力を手のひらに集中しはじめた。ついな最大最強の必殺技を放とうとしているのだ。
やがて、昼だというのに太陽の光を圧してついなの右手を中心に金色の光が輝き出す。
ついなの右手の上には小石サイズの濃縮された霊力の光球が現れた。
「くらえ!方相閃・いん──」
そのタイミングを見計らって、鬼子が動いた。一瞬でついなとの間合いを詰め、薙刀の石突きでついなの足をはらっのだ。
「はれ?」
霊力の制御に全ての神経を注いでいたついなはこの足払いに対処できずに転倒。同時に、集中させていた霊力が
暴発した。
「どわーーーーーーーーっ!!」
霊力だけは無駄に高い彼女の暴発は恵方巻きミサイルより派手な爆煙をまき散らした。
──田中は縁側で二人の対決をながめていた──
「──しっかし、ついなっちも毎度懲りないね〜〜」
モグモグと、紅葉饅頭を食べながら田中は呆れているのか感心しているのかわからない口調でコメントした。
おそらくその両方だろう。
「ふぅ、向こう見ずなのは結構ですけど、毎回同じような決着なのはどうなんでしょう?」
鬼子はそう言いながら田中の湯呑みにお代わりのお茶を継ぎ足した。もう『中成り』の戦闘形態から生成りの姿に戻っている。
「ぐじょ〜〜〜〜おにごめぇ〜〜〜この次ごぞわ〜〜みどれよ〜〜〜〜」
その二人から少し離れた所で縁側に突っ伏してついな。律儀についなの前にも湯呑みがおかれてお茶が注がれているが、
当然、ついなは手をつけていない。
今さっきまで自分の霊力の爆発に巻き込まれて無様にも気絶していたのだ。それで縁側に運ばれ、そこで手当を受けていた。
ただいま絶賛落ち込み中だが、彼女はそれほど引きずるタイプではない。暫くすれば復活するだろう。
「だから、あの技は相手の至近距離で使うべきじゃないって言ってるのに……全く聞き入れる様子がないんですよねぇ……」
鬼子は頬に手をあてながら、ボヤきとも評価ともつかないことを呟いた。
「だってさ、ついなっち?」
田中が振り返って離れた所に突っ伏してるついなに水を向けた。
「誰がぁ〜〜鬼のいうことなんぞ〜〜聞く耳持つかあ〜〜」
まるで亡者のうめきのような答えが返ってきた。田中はヤレヤレとばかりに肩をすくめると紅葉饅頭にパクつくと
「その様子だと、帰る頃には大丈夫そーだねー?帰るときは結構暗くなってるから、ついなっちがついててくれないと
ちょっと帰り道は心細いかな〜」
と、少々わざとらしく言った。
実際は田中一人でも山はおりられるし、そうでなくても鬼子やわんこが麓まで送ってっくれるのだが、こうでも言って
おかないとついなはなかなか復活しないのだ。
「しゃ〜ないな〜ウチが送ったったらな、匠が帰れへんっちゅーのもかわいそーやしなー」
……どうやら、思いの外復活は早そうだ。
田中はムグムグと紅葉饅頭を食べ終わると、自分の荷物をまとめ、靴を履くと縁側から飛び降りた。
「ついなっちも大丈夫なようだし、今日はこの辺で帰るね。じゃ、ついなっち、(山の)ふもとまでヨロシクね!」
日本鬼子 vs 役ついな 勝者:日本鬼子
──おわり──
>>170-173 とゆー訳で、今回の「戦闘描写」シリーズは日本鬼子vs役ついな でお届けいたしました〜
毎回こんなカンジでついなっちは鬼子さんに挑んで返り討ちにあってるぞ!とゆーお話でした。
なお、ついなっちの必殺技が「方相ビーム」から「方相閃」に変わってますが、当人も決めかねているようですw
使うたびに技名が変わってるぞ!とゆー裏設定(いや、ワタシ自身が決めかねてるダケですが……)
もっとカッコイイ技名が思いついたらソレにするかもしれませぬ。
それではこの辺で。