◆◇◆◇◆ 勇者さまのご自宅 パート2 ◆◇◆◇◆
「……
>>1、お前ももう、仕事を選り好みできる段階じゃないんだぞ」
父親は小声で、
>>1にそうつぶやいた。
「……」
>>1は、絶句した。
結局、あの後も就職活動もままならなかった
>>1。
とりあえず一年留年して、就職は来年に先送りしてしまおう、と思った矢先、
そのことを知った父親に怒られ(うちはもう金がないんだぞ!)、
それを言われて逆ギレし(何だよ!俺のことが大事じゃないのかよ!)、
心配そうにオロオロする母親(もう大人なんだから、そろそろしっかりしなさい)に向かってついに内弁慶を大爆発。
「何だよ!だったらなんで、俺のことなんて生んだんだよ!」
家中に響き渡るような大声で
>>1は叫んだ。
それはもう、魂の叫びだった。とても大学(Fラン)四年生になる男のものとは思えない、幼稚さに満ち溢れた叫び。
ふと見ると、目の前で母親が目から涙を浮かべている。
それを見た瞬間、
>>1は一瞬、心が痛んだ。
それは何か触れてはいけない傷に、思わず触れてしまったような、そんな痛みだった。
だがそれを振り切るように、
>>1は叫んだ。
「誰もあんたらに”生んでくれ”って頼んでねーよ。なのにあんたらが勝手に俺を生んだんじゃねーか!責任とれよ!」
もちろん言ってる自分も、これが馬鹿げた暴論だってことは重々承知だ。
だが、叫ばずにはいられなかった。そうやって無茶を叫ぶことで、
>>1は現実に向き合うことを必死に拒絶しているのだ。
そうしなきゃ、ちっぽけな自分のプライドが潰れてしまいそうなのだ。
すると、父親が怒鳴った。
「…か、かあさんに、何てことを言うんだっ!」
最近、老いが目立ち始めた父。髪に白いものが混じり始め、頬には確実に皺が刻まれている。
気苦労とストレスをぐっと耐え忍ぶことで、父は若さと精気を確実に奪われている。
その気苦労の要因の一つが、間違いなく
>>1の就職や将来のことであるはずだ。
それは、
>>1も気付いていた。だがそれでも
>>1は自分のその甘えを受け入れることができなかった。
目の前の父は
>>1をグッ睨んでいる。だがその瞳は、怒りの色ではなく、悲哀が浮かんでいた。
何とか、この息子をちゃんと社会に送り出してやりたい、というそういう思い。
マンガやアニメやエロゲ、ライトノベルに興じ、エロゲの萌えキャラとの虚構の恋にはまる馬鹿息子。
ヒマさえあれば魔王だの勇者だの巫女だのが出てくるファンタジーに逃げ込み、
そこでありえない夢を見続け青春を無駄に浪費し続ける駄目息子。
そんなどうしようもないFランの息子でも、父にとっては血を分けた可愛い息子に違いないのだ。
ここ最近急激に老けが目立ってきた父。恐らく父の中の何かも、もはや限界に近いのだろう。
それは、
>>1も薄々察しがついている。だが、……だが。
>>1には、その現実と向かい合う勇気はなかった。
中学二年生くらいの童貞少年が思い描くようなパクリまみれの劣化ファンタジー世界に逃げ込み、
そこで美少女たちと一緒に冒険して魔王と戦ったり、
ファンタジックな妄想世界の中で萌えキャラと称する二次元娼婦たちとご都合主義のドラマに興じたり、
とにかくその手の現実逃避のためのありとあらゆるジャンクを詰め込んだ甘き夢の世界にうつつを抜かし、
そこで己を徹底的にスポイルし続けてきたのだ。
もはや、目の前の小さな現実を受け入れるだけの強さを、
>>1は持ち合わせてはいなかった。
……気付くと
>>1は、母親を足蹴にしていた。
年老いた母親の体は、とても小さく弱々しい。
かつて自分を抱きしめてくれた母親の、そのやわらかい肉は、既に老いさらばえて萎んでいた。
その感触は、母の肉体を打ち据える己の拳にも伝わってきた。そしてそのたびに
>>1の心は痛んだ。
だが、
>>1は、母親に暴力を留めることができなかった。
何かを叫び、泣き喚きながら、振り上げた拳を母親に向かって振り下ろす。
それは母が自分に抵抗できないことを、ちゃんと悟った上での行動だった。
それをわかった上で母を打ち据えることが、途方も無い甘えであることを、
>>1もさすがに悟っていた。
だが、もう、どうすることもできなかった。
妄想世界に逃げ込むことで徹底的にスポイルされた自分に、それを受け入れる強さは残ってなかった。
もはや
>>1は、泣き喚き甘えることでしか、己を支えられなくなっていた。
父が自分を押さえ込んでいる。
その父の、かつてより腕力を失ってしまった父の腕の中で、
>>1は喚き散らしていた。
「やめてくれ!もうやめてくれ!」そう父は叫ぶ。
だが、父のその声は>>のすぐそばで叫んでいるにも関わらず、どこか遠くから響いてくるように聞こえた。
目の前で母は床に突っ伏していた。母の背中が震えているのが見えた。
その母の背中の小ささに、
>>1は慄然とした…。
しばらくしてようやく、
>>1は正気を取り戻した。
そして、今、自分がやってしまったことへの恐怖が、一気に
>>1の精神に襲い掛かる。
母は泣いていた。くぐもったようなか細い泣き声が、
>>1の耳に届いた。
「……わああーっ!」
一際大きな声で、
>>1は叫んだ。
それと同時に、自分を羽交い絞めにしようとしていた父を振りほどき、食卓から駆け出した……。
……ところで
>>1さん、貴方は一体どちらへ向かわれるのですか?
目指すは、そう、決まってる……………中二病劣化ファンタジーワールド!
全てが都合よく作られた妄想世界の中に、再び
>>1は逃げ込むのだ。
「来たれ異界の勇者さまよ!」そんな巫女さまの誘いに乗じて。
辛き現実から目を逸らし、甘き夢だけが虚しく漂う、あの虚構の世界。
そこには、卑小な
>>1を決して傷つけない都合のよい虚構が待っている。
そこには、卑小な
>>1を脅かさない都合のよい冒険が待っている。
そこには、卑小な
>>1を決して「キモい」と言って敬遠しない、二次元の美少女たちが……待ってくれているのだ。
……そして二時間後、
>>1は、再び妄想ファンタジーの甘き夢を見ていた。
呆けたようなツラで、勇者や巫女や魔王だとかとの冒険の世界を漂っていた。
こうしている間にも現実社会の時間は確実に、確実に流れ去ってゆく。
だが、その確実に刻まれる時の流れは、
>>1の思い描く妄想の世界には届かなかった。
今日もまた、夜が更けてゆく……。