他に行き場所の無い作品を投稿するスレ4

このエントリーをはてなブックマークに追加
69創る名無しに見る名無し
ショートショート書きました
感想いただけたら嬉しいです

遠い街

「遠くて近い街ってなーんだ?」
鬼原勇太は、電車の中で、幼なじみからもらった一通の手紙を読み返していた。
最後に書かれた謎かけ。
彼の頭の中ではもう、その答えが出ていた。
電車は遠くへと向かう。
鬼原勇太は、今からちょうど一年前、
昨年春から東京で一人暮らしを始めた。
高校を卒業後、菓子作りの職人を目指して上京した。
都内にある、少し名の知れた洋菓子店で修行の日々を送っていた。
そして今日、少し長めの休みをもらった彼は、
ちょっとした旅行カバンに荷物を積めて持ち出して、
電車の切符を購入し、少し離れた目的地まで移動しているところだった。
休みがもらえるとわかったときは、まず、幼なじみに連絡を入れた。
幼なじみの名前は、鹿野 梨理子(かの りりこ)。
何度か電車を乗り継いで、目的の駅に到着した。
改札を出ると、そこに梨理子はいた。
勇太を見ると微笑んで、そして、
「おかえり」
と言った。
「ただいま」
勇太は動揺した。
久しぶりに会った梨理子はどこか大人っぽくなっていて、
今までかいだことのない、とても良い匂いがした。
「メールもいいけど、たまには手紙もいいもんでしょ」
「うん、風情があって良かったよ。何回も読み返したんだ」
「嬉しい。でも、そんなにいいこと書いてあった?」
「うん」
手紙には、勇太の身を気遣う内容の文章のあと、
最近、梨理子の身の回りに起きたことがとりとめもなく書いてあった。
何気ない日々についての報告が、今の勇太にとっては、
あたたかく、ありがたいものだった。
7069:2012/03/20(火) 21:08:25.06 ID:NeuFioUm
「最後の謎かけ、分かった?」
梨理子は聞いた。
「この街だろ。つまり、各務原市」
勇太は頭の中にあった答えをそのまま述べた。
そして、付け加えた。
「つまり、俺たちの地元だろ?」
「ピンポン、当たり。今の君にとっては、そんな街でしょ」
「そうだな。近いけど、遠いね」
ここへ来るまでには、時間がかかった。そういう意味では遠い。
来てみると、そこは見慣れていて、居心地のよい場所だった。
そういう意味では近い。
二人は街を歩いた。歩きながら話をした。
勇太の修行先のお店で起こったこと。
梨理子の通っている専門学校で起こったこと。
勇太の東京での一人暮らしのこと。
梨理子のアルバイト先で起こったこと。
梨理子は遠慮がなくて、時折大きな声で笑ってみせた。
結局、大して変わっていなかったのだ。
梨理子は少し大人びて、良い匂いがして驚いたけど
梨理子という幼なじみはこの街にいてくれていたんだ。
勇太はそう思った。
7169:2012/03/20(火) 21:09:04.99 ID:NeuFioUm
新境川沿いを歩いた。
桜はまだ咲いていなかった。川の水は穏やかに流れ、春の訪れを思わせた。
幼いころの話をして、二人で懐かしんで盛り上がり、
そして勇太はこう言った。
「俺、修行終わったら店を出したいんだ。自分の店」
「そうなんだ。素敵な夢だね」
梨理子はどこか遠くを見ながらつぶやくようにそう答えた。
視線ははっきりと定まっていなかった。
沈黙が訪れた。勇太には、川沿いを歩く二人の足音が
大きくなったように感じられた。
急に梨理子の目から光が失われたように思えた。
何があったのかと勇太は少し不安になった。
梨理子は突然立ち止まった。
「どうしたんだ?」
勇太が聞いても返事をしない。ねばり強く待っていると、やがて重い口を開けて語り出した。
「あたしね、記憶が失われていく病気なの」
「嘘だろ?…本当…なのか?」
「だからきっと、勇太のことも忘れると思う」
「そんな…」
「でもそれって普通のことだよね」
「普通じゃねえだろ!普通じゃ…ねえよ…」
「実はね、好きな人がいるんだ」
「え?」
「もう、その人しか愛せないと思う」
「ま、待ってよ」
「あたしは好きな人に告白するって決めたし、勇太はもうあたしにとっては普通の人なんだ。
普通の人を忘れてしまうのは、実は病気でも何でもないのかもね」

終わり