鬼の独立愚連隊と、姫

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1創る名無しに見る名無し
SS速報から落ち延びて来ました。
ここで完結までのんびりしたく思います。

42文字で強制改行してます。読み難かったらごめんなさい。
2創る名無しに見る名無し:2011/10/17(月) 01:39:51.08 ID:NcIkVugL
 鉄と血の薫る平原を見下ろし、鬼の群れが獲物を品定めしている。
「ん?」
「だから“扉”が閉じちまった――って、聞いてんのかよ隊長ォ?」
 若造が声を荒げ、隊長と呼ばれた男が思索から戻る。
「……ああ。いいじゃねぇか、そんな小せえことは」
「いやいやいや、アレが消えちまったらもう帰れないんスよ、俺ら?」
 段平を後方に振り回し、ある意味で最もまともな注進に及ぶ若造だが、それは彼らの規範か
ら最も外れているのが残念でもある。
「お前はまさか帰りたいのか? この状況を前にして?」
「……いや、まあ、こいつは恐ろしく魅力的な有様ですけどね、隊長」
 滾る血潮に刺激された本能が若造を駆るが、“それどころではない事情”がそれを押し止め、
抑えつける。
「そういやコイツ、嫁を貰ったばかりでしたね。先月だっけ?」
 ああ、それこそが理由であるのに決して辿り着きたくなかった結論を、このクソ馬鹿が速効
で曝け出しやがった。
「今週だよ! つうか手前ら、あんだけ飲み食いしまくっておいて、もォうろ覚えかよッ!」
 周りの全員が上官であるという不利を無視して、若造は猛る。この位置へ辿り着いた実力と
暴虐を甘く見るんじゃねえ。
「悪い悪い。何しろあン時の酒がまだ抜けてないからな。去年だって言われても否定出来んわ」
「ああ確かに、ウチの一年分の酒が一晩で消えたよな。って、ンなことはどうでもいいんだよ! 
問題はこの新婚ホヤホヤのこの俺が“もう二度と嫁とヤれねえ”ってことだろうが! 畜生、
ブッ殺すぞこの野郎ォ!」
 だがしかし。彼の純情は空しく空廻る。歴戦を肴に若造に倍する年月を重ねて来た古兵ども
に、遺憾ながら彼の若さは通用しない。故郷への帰還が露と消えた今日を、即座に引き受けた
無骨な鬼どもには。
「漲ってんなあ、おい?」
「まぁ、この不幸な若人には残念賞をくれてやるとして、どうしますよ俺たちは?」
 それぞれに大業物、戦斧、馬上槍、弩を担いだ荒くれが、イイ笑顔で隊長に期待を向ける。
「見りゃあ判んだろ? この下でやってる祭りに参加するんだよ。他に何がある?」
「ははっ! この、どことも知れない世界に孤立して、真っ先に向かうのが戦場ですか。はっ、
いやはや、なるほど隊長、実に貴方らしい」
 意外なことなど何一つないように、たかが五人と一人の部隊が機能を開始する。
「だろう? 血湧き肉躍るってヤツだ」
「……殺ってやるよ。ああ殺ってやる! こうなったらどいつもこいつも鏖だよ! 俺以上の
不幸をこの世界にぶちまけてやらねえと気が済まねえ!」
 臓物を口に銜えているのが最高に似合いそうな表情で、若造が再起動する。
「俺の部下にこんな愉快な奴がいたとは、な。あとで祝杯を挙げよう」
 隊長の顔に浮かぶ愉悦は、心臓の悪い者が見てしまったら即死でも仕方がないかも知れない。
「で、どちらに加勢するんで?」
「決まってんだろ? 負けてる方だ。奮戦空しく壊滅寸前の馬鹿野郎どもに入れ込むんだよ」
 隊長のドヤ顔と、配下の待ってましたが交錯する。
「ああ、それは素晴らしい。そこに信条だの美学だの一切絡まないところが、また最高ですな」
「――装備を確認しろ。そこの大地を血に染め挙げてやるに足る戦力を確認しろ」
 鉄塊に棒を刺しただけのように見える凶器を軽く担ぎ、隊長が部隊を確認する。その威力を。
「了解」
 それぞれに小人謹製の武器をギラつかせ、眼下の蹂躙を愉しげに眺めている。される側の方
に付くビハインドを負う悲壮など、欠片もなく。
「オラ行くぞ、三等兵。敵を百人殺せば一階級特進だぞ」
 己の身体より重い大剣を音もなく戦友に突きつけ、若造が吠える。
「そりゃ特進でも何でもねぇだろ! つうか活躍の代償をくれる王にはどうしたってもう二度
と会えないじゃねえか!」
 しかしまあ、当然の結果として、戒めと激励代わりの拳が若造に叩き込まれ、兵隊は地獄の
戦場に嬉々として向かう。良き敵に見えることを最上とし、殺し合いの末にある死こそが至上
と唱える、最悪の馬鹿どもが。
「さあ殺そうぜ。俺らの敵に廻った奴儕には、悪いが全部死んで貰おうか」
 数多の世界であらゆる言葉で、ただ“鬼”と呼ばれた兵の、馬鹿げた狂宴がここに開催する。
3創る名無しに見る名無し:2011/10/17(月) 02:09:05.05 ID:NcIkVugL
「ただ死ぬなッ! お前にそれを赦すのは、敵に刃を突き立てて、それからだ!」
 亡国に立つ姫が、それが妄言と、誰より解っている鼓舞を散らす。ここは紛れもなく地獄の
三丁目であり、王を喪った国の末路として、相応しく最悪だ。
「その者はもう死んでおります。その隣の者も」
「……解っている! だが死ぬなと命じたのだ。この、私が! 立てェ!」
 稀代の宰相としてこの国を支え、だから望んで命運を共にしようとする愚かな老爺が、最後
の血筋を戒める。無理だとよく解っていて、それ故に、それでもなお。
「王女殿下を最後の国民にしないこと、それが我々の務めですからな。ここは何としても落ち
延びて頂きますぞ」
「っ、ふざけるなッ! 敵があらばこれを悉く滅殺する。それが我が家の家訓だろうがッ!」
「王が崩御なされるまでは、確かにそうでしたが」
 片眼鏡を鈍く光らせ、亡き王が遺した無理難題を胸に抱き、宰相が覚悟を示す。
「王はここに在る! この私が、父上の無念を受け継いだこの私こそが、この国のッ――」
「……もう、ここに国はないのですよ、お嬢さま。残骸と瓦礫、屍体ばかりがかつての領土を
埋め尽しております。――なれば我々は希望を一つだけにして、それだけは絶対に破られない
ことを誓ったのです」
 くどいばかりに並べられる爺やの言葉が、姫君の決死を、その心意気を折る。幼少より続い
た師弟としての関係が、積み重ねた年月が、逃れられない愛情を以て、堀という堀を埋める。
「でも、私は嫌だ!」
「こればかりは、どうにもなりませぬ。この国の全てを背負って、お嬢さまには生き続けて頂
かねば」
「……お前は! お前は死ぬつもりだろうッ!」
 もはや絶叫に近い声が廃城に響いた。許さぬと。
「必要となるでしょうな。おそらく」
 宰相が頬を緩ませ、こともなげに応える。自身のそれはもう、終わっているのだ。
「ですが、暇を乞う猶予を得られたのは幸い――」
「言ってやらんッ! 誰が言うものか! お前に暇など、与えてやるものか! 爺はこの私の
孫に良い名を授けることに汲々とする余生を送るんだ! 他の何かなど絶対に許さんッ!」
「……光栄の極み、と申しておきましょうか。ですがその未来は、――無理ですな」
 ここに至って初めて、この赤毛の姫の姫たる何ものかが炸裂する。判り易くいえばそれは、
“蹴り”であり、ある意味のご褒美であり、言葉にすれば「死んだら殺す」である。
「ブゴォ!」
「絶対に、絶対に許さん。そもそもお前らには一人として死ぬことすら許していないのだぞ!」
「こ、この喝は……さすがに、この老体には……」
「やかましいわ! この私の“絶対”は文字通りのそれであって例外など微塵も許容しないッ」
 上気した頬を右に左に振り向け、彼女は暴虐をそれと知って揮う。父である王の遺した双剣
を両の逆手に掴み、一人でも多くの敵を屠るべく。

「よう。生き残りはお前らだけか?」
 そこに壁を蹴り破り登場するチンピラ小隊。平時であれば災難そのものだが、この場合に措
いては少しばかり、話が違う。
4創る名無しに見る名無し:2011/10/17(月) 02:28:29.29 ID:NcIkVugL
「来たな狗どもッ……! って、おい。あれは何だ?」
「さあ? 私にも判り兼ねますな、お嬢さ――陛下」
 この時、双方の間には些かの距離がある。だから姫とその近習は、交わす視線に言葉にした
ら馬鹿馬鹿し過ぎる問いを込める。あり得ないがまだマシな可能性に分があることを期待して。

 ――あれ、何か遠近感おかしくない?
 ――どうやら耄碌しましたかな。私にもそのように見えてなりません。

 おとぎ話にすら聞いたこともない“モノ”が、賑やかに距離を詰め、否定しようのない事実
として並ぶ。それらとこの姫の背丈を較べれば、それは単純に倍である。
「嬢ちゃんがここの主人かい?」
 中央の“男”が鬼の形相で優しく訊くのだが、その言葉は姫の聴覚を素通りする。面構えが
怖過ぎるのだ。恐怖は人の心を麻痺させ、そして本能がこれを排除しようと働く。
「くそっ、何だか知らんが、敵ならば死ねいッ!」
 姫の脚が跳躍に向けた力を溜めるのを感じ、宰相は咄嗟に彼女の襟首を掴んで後ろに転がす。
「なりませぬ! ここはこの爺に任せて、打ち合わせの通り――」
「邪魔を、するなァ!」
 着地を反動に、姫の身体が小柄な宰相の頭上を一足に越えて、闖入者の喉頚に迫る。鞭のご
とく撓らせた両の腕が、急所の一点で交差し、――そこで停止する。
 彼らがこんな時に“油断する”という習慣があれば、もしかしたら少しは効いたかも知れな
かった彼女の必殺の一撃は、鉄槌を担いだままの男が突き出した、二本の指に挟まれて未遂に
終わった。
「ッ!?」

 唯一の武器を掴んだまま、姫の身体は宙に留まり、足は空を蹴る。
「威勢のいい嬢ちゃんだな。素質もある」
「くっ、武器が通じない……ならば!」
 父の遺品を手放し、着地までの短い時間に全身の筋肉を後ろ向きに捩る。左足を先に着いて
の踏み出しが撃鉄を起こし、全身を載せた右足の踏み込みが引き金を絞る。
「ちょ、おい」
 眼下の娘の狙いに気づいた男が二本の指を振り、小刀を天井に放る。
「哈ッ!」
 柔らかな音が王の居室に響き、三人が静止する。男と姫、そして爺だ。他の連中は愉しげに
だらけている。
「何……だと……!?」
 全力の右正拳が腹筋に届く前に、男の掌によって防がれたのは、主従にとって幸いであった。
「――素養も充分だ。けどなあ、嬢ちゃん。そのちっこいのでこんなモン殴ってみろ、暫くは
そいつで飯も食えねえし、ケツも拭けなくなっちまうぞ?」
 下品に生まれ下品を重ね、下品にくたばる予定の男の下品な物言いに、姫の頬が朱に染まる。
「……う、うるさい! お前が敵ならば、私は、私はッ!」
 二の矢までを軽く捩じ伏せられて、姫の憤慨には少しだけ弱気が混じっている。
「敵じゃあないんだな、これが」
「っ嘘だ! お前のような味方は知らんッ!」
「話はそれよ。俺たちを――」
 男はそこで一旦、言葉を切り、姫の右正拳と鉄槌を放して床に座る。男と姫の視線が概ね同
じ高さになる。それは謙譲を表したように見えるが、一物の辺りを見つめられるのを嫌がった
だけかも知れない。
「雇ってもらいたくて、な」
 背後で一回転した鉄塊が床石にめり込み、おぞましい音を発てる。
「……その戯言を信じるとでも? 落城寸前――いや、もうしていると言っておかしくない、
この状況にカチ込んで来て? どこからどう見てもお前ら、略奪目的の山賊じゃないか!」
 相手が徒手を晒すなりのお前ら呼ばわり、山賊発言である。これはこの王族の故か、生来の
気性がたまたま度外れていたのか。
「しかしお嬢――陛下。彼らに攻撃の意思がないことは、この萎びた首が胴と泣き別れてない
のを見ても確か。そしていまは一人でも多くの味方が欲しい場面。一考に値する提案かと存じ
ます」
「そうそう。いいぞ爺さん、もっと認めてくれ」
5創る名無しに見る名無し:2011/10/17(月) 10:50:07.97 ID:NcIkVugL
「お前は口を挟まないで! そこも調子に乗るなっ、抱えてやらんとは言ってないだろうが! 
――よかろう。ではまず答えてみよ、お前らはどこから来た、何者だ?」
 ずびし、と人さし指を突きつけて姫が、人ならば誰もが発したいだろう問いを、役得として
放つ。
「ん? ああ、俺たちが来たのは“よその世界”なんだが、まあそこは遠い土地からとしよう。
これで少なくとも間違っちゃあいない。そんで、俺らが何者かっつうとだな、“鬼”が一族の
呼び名で、こいつらは年がら年中どこかしらで戦ってる、それしか考えてねえ戦狂いな訳だ」
 と、そこで一旦、口上を止めて二人の反応を確かめる。
「ここまではいいかい?」
 何故か挑戦的な鬼と姫の視線が交錯する。どちらも逸らさず、折れない。
「よく解らんが、嘘でないことは容れよう。見たままでもあるし、な」
「そのバカどもの一隊がこの近くに繋がる、まあ“近道”みたいなものを見つけてな。こいつ
は基本的に早い者勝ちなもんで、喜び勇んでそこに飛び込んだ訳よ」

 にわかに背後の連中が喧しくなる。
「俺が見つけたんだぜ!」
「いや待て。実は俺も気配を感じてたんだな、これが」
「置きゃあがれ! 手前ェはあん時“花を摘みに”行ってやがっただろうが! デカい方の!」
「ビビッと来たんだよ」
「ケツの方からだろう? そりゃ、ビッと来るわな」
「何だとコラ。穴ぁ増やして倍速で漏らすようにすんぞ手前ェ!」
「くそう。あの時あそこで靴紐が解けたりしてりゃあ、いま頃は嫁のおっぱいをよう――」
「まだ引き摺ってんのかよ? 若さってのはイカ臭えなあオイ」
「歳は関係ねえだろうが! それに臭えのはおっさんの腋だってんだよこん畜生!」
 穏やかな話し合いに臭気をまき散らす部下に、音もなく振り向いた隊長が怒りの視線を巡ら
せる。覚悟はいいか、と。
「あ、いや。隊長の指示がなけりゃあ、その、なあ?」
「ごめんちょっと盛ってた。でも――」
 そこで隊長がもう一度問う。いいんだな?
「スイマッセンしたー!」
「したー!」
「したー!」
「したー!」
「したー!」
 空気を読まない自由と五体の無事を天秤に掛け、荒くれどもが平伏する。何度か行われた、
徒手による五対一の“訓練”を思い出したのだろう。

「すまねえな、嬢ちゃん。うちの野郎どもは品がなくていけねえ」
「お前もな、と突っ込んでやらんでもないが、まあいい。続きを」
「ああ。この近道――俺らは“扉”って呼んでるんだが――が、着いた途端に消えちまったと、
そんな訳だ。まあ、アレを見たことない奴に、こいつを解ってもらおうとまでは思わねえが」
「そうだな、しかし“そのような類いのモノ”があることを疑っても埒が明かん。証拠を眼前
にして尚も否定に走るほど、この私は盆暗ではない」
「そんで、帰れなくなった俺らはとりあえず、目の前でやらかしてるこの戦に参加して、鬱憤
を晴らしちまおうかなと――ん? その証拠ってのは?」
「それはだな、“この世界”にはな、お前らのような種族が在ったことなど、一度として知ら
れたことがないのだよ。もちろん、もっと大きいのも含めてだ」
 姫の言葉を受けて、男の顔が恐ろしく曇る。
「そいつは……残念だ」
「何だと?」
「俺たちはその“もっと大きいの”や“もっと強いの”を求めてそこら中に出張ってんだよ」
6創る名無しに見る名無し:2011/10/17(月) 10:53:22.69 ID:NcIkVugL
 六人の鬼がそれぞれに遺憾を表明する。その様子は恐ろしくも痛ましい。
「それは……まあ、その。気の毒にな」
「いいさ。数は力って考えもある。ここを囲んでる連中で全部じゃないだろうし」
 姫と爺の頬が同時に強張る。何を吐かしている……こいつら……?
「……まあ、まあいい。お前らがこの世界にいる事情は、幾分かは理解出来た。で、それを踏
まえて訊きたいのだが」
「まだ何かあったっけか?」
「あるさ。お前は先ほど、私に“雇われたい”と宣ったが、これは何故だ? 戦いたいならわ
ざわざここまで来なくとも、勝手に始めればいいじゃないか」
「俺たちは“旗印”が欲しいんだよ、他ならぬ嬢ちゃんのな。そいつを背負って殺らねえと、
違っちまうんだ」
「何が違うのだ?」
「いいかい? 俺らがとりあえず目についた奴らを、適当にブチ殺して回るとするよな?」
「ああ」
「その有様を誰かが高いところから見たらどう思う? しかもそいつらはヒャッハーだのって
喚きながら殺しまくって、凄え愉しそうにしていやがる、としたら」
「酷いな、それは……」
 この世の終わり、という題の絵を描いて額にぶち込めば、たぶんそれで正解だ。救いようが
ない。
「だろ? それじゃあまるで俺らが悪党みてぇじゃねえか!」

 いまもそうだよ! もう手後れだよ! という台詞が込み上げ、姫は最大の努力でこれを飲
み込む。爺はもう、内心にも突っ込む気力が失せたらしく、蒼白く俯いている。
「……だけど、私が雇うにしても、やることに変わりはないのだろう?」
「違うんだな、こいつが」
 男のしたり顔はやはり兇悪で、新しい惨殺法を思いついて、そいつを発表するのが待ち切れ
ない鬼のようにしか見えない。堪らずに姫は叫ぶ。
「いやいやいや、何がどう違いようがあるんだよ、それ!」
「そのヒャッハーうんたらが“姫のために!”に変わるんだぞ。格好いいじゃねえか!」
 男の決め台詞に、後ろの鬼どもが喝采を揚げる。そのかけ声はもちろんヒャッハーである。
「……その“誰か”がそう思ってくれるといいわね」
 姫の口調が年相応に盛り下がる。何か、今日はもう、疲れた。
「思うさ! ナニあの鬼の軍団、超格好イイんだけど! ってな!」
「あーはいはい。で、私はお前を雇う、お前らは敵を全滅――もとい殲滅すると。あ、同じか
意味は。まあ、いいや」
「どうした、顔色が悪いぞ? お腹痛いのか?」
 男の声はそれなり優しく、表情もそれに倣ってはいるのだが、造作が何もかもをぶち壊す。
これに慣れる日があるのだろうかと嘆息して、姫はその質問を受け流す。
「報酬は? 支払うべき金品など、この国にはもうないんだけど?」
「よせやい。俺たちがそんなもんを欲しがるかってんだ」
 ぞくり、と姫の身体が嫌な予感に震える。こいつらまさか……この……。
「じゃあ、一体何よ? 払えないものまで払うつもりなんかないわよ!」
「いやいや大丈夫だ、何の問題もねえ。嬢ちゃんからは何も頂かんよ。もちろん、この国の誰
からもな」
 それならっ、という姫の問いを制し、そこで男の顔に真剣味が宿る。これを言いたかったと、
会心の表情で宣言する。
「報酬は敵に払ってもらうからな。その命で!」

 そして既に終わっていたはずの戦が、ここに息を吹き返す。幸いにも、そして不幸にも。
7創る名無しに見る名無し:2011/10/17(月) 11:00:27.53 ID:NcIkVugL
 契約を済ませ、車座になった一同。満遍なく鬼の形相と向き合う格好になった姫と宰相は、
それぞれに居心地の悪さを満喫している。
「まずは嬢ちゃんと爺さんをどこかに移さねえとな。ここに残しといてうっかり死なれちまっ
たら元も子もねえ」
「お前も私に逃げろと言うのか!」
 沸点の低い姫が即座に反応する。握り締めた両手がぷるぷるしている。宰相はおろおろして
いる。かすかに、しかし時となく耳に障る捜索の喧騒が、彼の不安を加速する。
「単純に危ねえんだよ。これからこの城はかなりボロくなるからな。実家に潰されてくたばる
のは嫌だろう?」
「ここでケツをまくる方がもっと嫌だ!」
 そんな姫の拒絶を鼻息で追いやり、隊長が半笑いで説く。生肉の似合いそうな牙が口唇から
ちらりと覘く。
「見てみろこいつらを。この極道どもが好き勝手に暴れてるところに居合わせたいと思うか?」
「っ!? それはいけませんぞ、お嬢さま。ここに残れば寧ろ、彼らの行動の妨げにも――」
 蒼い顔で道理を説き、宰相は姫に翻意を願う。万一ここに残られたら、ようやく射しかけた
光明が風前の灯になってしまう。それだけは何としても。
「くっ……」
 姫にも解ってはいるのだ。自分が残ると言い張れば、この宰相も当然そうする。そして先に
死ぬだろう。それが嫌なら彼らの言う通りにする他ないと、解って、いるのだ。
「……仕方ない、ここは退いてやる」

 歯を食いしばり憤懣を理性で呑み込んだ姫に、隊長は部下を褒めるような眼差しを遣ると、
軽い調子で宰相に確認する。
「で、あるんだろう?」
「ありますとも。こんなこともあろうかと用意しておいた隠れ家が。まず見つからず、それで
いて守りは堅く、充分な備蓄と快適を約束する、お薦めの物件ですぞ」
「そいつはこの嬢ちゃんのためにかい?」
「畏れながら」
 端然と言い放つ宰相。その顔に自負の色は滲まない。この男はどこまで姫に尽すのだろうか。
どれだけ尽して来たのだろうか。
「なるほど。そいつは頼もしい。して、場所は?」
「ここから北に半日ほどの距離になりますな。もちろん、人の足で、ですが」
「問題なさそうだな。ついでに訊くが、北はどっちになる?」
「ああ、確かに陽のないうちは方角が判りませぬな。――この方向です」
 と、宰相が己の後方を指で示す。
「よし。では支度をしてもらおう。何かあるか?」
「いえ、もう何も」
「優秀だな。話も早い」
「待てい!」
 割って入る姫。彼女の支度にはまだ一つ足りていない。
「私の剣が天井に刺さっているぞ。あれは置いていかん」
「おお、すまんすまん」

 立ち上がり、人ならば脚立なくして届かぬ高さに刺さっている二本の剣をちら、と確認する
と、隊長は軽く腰を落して跳躍する。それはネコ科の猛獣を彷佛とさせる動きであり、しかし
彼の風貌を全く裏切っている。豪快の欠片もないのだ。
「悪かったな、嬢ちゃん」
「ふんっ!」
 差し出された柄をひっ掴むと、即座に胡座のまま腰に吊った鞘に納刀し、姫はもう一つふん
と唸る。その早業に鬼どもが軽くざわめく。
「なあ爺さん、ここの連中は皆この嬢ちゃんくらいに“使う”のかい?」
「いえ、この方はどうにも規格外でして」
「姫なのに?」
「遺憾ながら、左様で」
「何だって残念なんだよ?」
「そこ! 残念とか言うなッ!」
「ああ、いや、すまん」
「これは失礼を……」
 姫の突っ込みに二人は素直に謝る。二本の剣が戻って、少し迫力が増したのかも知れない。
8創る名無しに見る名無し:2011/10/17(月) 11:01:27.81 ID:NcIkVugL
「……喪われてはならぬ命に授かるには、惜しい才にございます」
「強くて困るってのも変な話だな」
「それが一介の剣士であれば、と王も申しておりました」
「んなもんかねえ。俺んとこの王は最前線が指定席だぜ?」
「我らは人の身なれば」
「ん? ああ、“それ”か。単純に、最強の奴が王ってのも悪くねえと思うんだけどな」
 その時、姫の瞳が妖しく光る。
「ほう、お前たちは“そう”なのか。爺、捲土重来を果たしたら、我が国もそうしよう!」
「イヤでございます。お嬢さまの片八百――からの出奔、が刹那に結像しましたが故に」
「ちっ」
 心底イヤそうな視線を応酬する主従。さすがの鬼どももこれには苦笑い。
「まあまあ、そいつはこの戦が終わってから存分にやんな」
「そう、だな。もう決めたが?」
「ならぬ、と申しておりますが?」
「だから後だって、な?」
「!」
「!」
 隊長は二人を“凄み”で黙らせ、武骨な人さし指で部下の一人を差す。
「“侍”、お前がこの二人を隠れ家まで護送しろ。安全を確信したら戻って来い。何日かかっ
ても構わん」
「ふっ、さすが隊長。俺の好みをよく解ってる。承った」
 侍と呼ばれた鬼が立ち上がり、腰に大小を差すと満足げに姫へ頷く。
「何が“解ってる”のだ?」
「こいつはな、“忠義に果つる”のが理想の変わり種なんだよ」
「忠義、って顔じゃないような気が……いや、言われてみればこの男だけ、他の連中と雰囲気
が違うな。造りは地獄そのものなのに、まさかの気品があるというか」
「だろ? こいつは前に俺たちが行った“倭の世界”で、そこの武士道とやらにかぶれちまっ
てよ。ナリから物言いまでがこの有様よ」
「腹は切らぬが、な」
 ぐへへと笑う鬼侍をうんざりと見上げ、はて、と姫はそこで首をひねる。確かにこの男だけ
が二股のスカートのごときモノを履いているが、これにどんな意味があるんだか。そも武士道
とやらは何ぞや、と。
「よし、行け」
「応」

 短く返し、侍は先ほど宰相の指した方の壁に向かって進む。扉も窓もない、ただの壁に。
「あの、城外への抜け道は、そちらではありませんが?」宰相は困惑する。
「そいつは使わぬ。どうせ狭苦しいのだろう?」
「まあ、お前には向いてないわ、確かに。だったら――」
「こうするのさ」
 抜く手も見せずに侍の小太刀が四閃する。
「へ?」
 一拍の後、角度をつけて切り取られた石壁がするりと向うに抜け、ごとりと落ちる。主塔の
外周に沿った暗い廊下がその奥に見える。
「何……だと……!?」
「何……ですと……?」
「よし。では参ろうか、姫」
「え、あ、うん?」
「……?」
 軽く屈んで新設の扉を潜ると、侍が手招きする。
「またな、嬢ちゃん」
「……ああ、そうだな。またな」
 五人の鬼に見送られて、軽い目眩を覚えつつ、姫と宰相は扉を抜ける。その先にあるのは、
少なくともこの二人の死ではない。
9創る名無しに見る名無し:2011/10/17(月) 11:03:43.38 ID:NcIkVugL
「よし、残りの分担も決めるか」
 ずばんと掌をひとつ打ち合わせ、残る四人の部下を眺め渡す。城の外にはその万倍の敵が
犇めいているというに、この隊長は晩飯の仕度のごとき気軽さで采配を揮う。
「待ってましたぜ大将!」
「俺はやるぜ! やるぜ俺は!」
「まあ、どうせ俺がまた美味しく頂くんだけどな」
「んだとコラ、ヤツらはこの俺が鏖にするんだよォ!」
「若いな、若造」
「滾る性欲をチカラに変えて! ってか!」
「おっ立てたまま逝くんじゃねえぞ?」
「屋上行くか手前ェ!」
「お前……まさか俺のケツを……!?」
「アッー!」
「やかましいわ! 黙って聞け」
「お、おう」
「押忍」
「ブッ殺――ぐはっ!?」
 そこで若造に指導である。懲りないからといって手を緩める訳にもいくまい。
「まずは“神箭手”、お前は見張り塔から“房つき”を狙え」
「了解だ」
「頭が残るようにな。敵さんには損害を正確に堪能してもらわんと」
「この暗さでか! ――ま、やりがいはありそうだな」
「指揮官ってのは大概が灯の傍にいるもんだ。探してみろ」
「なるほど。これが年の功か」
「大して変わらねえだろうが! とっとと行け!」
 嗜虐の予感に片頬を歪めて、神箭手は箙を担ぎ、弩を掴んで部屋を出る。その二つの荷は、
どちらも人が運ぶなら馬がいる。
10創る名無しに見る名無し:2011/10/17(月) 11:05:20.64 ID:NcIkVugL
「次。“首刈り”と“岩突き”の二人は城内を捜索して、こっち側の生存者を捜せ」
「まーた雑用っすか! 俺ら?」
「この燃え上がる戦闘意欲を無下にしようってんですかい?」
 殺る気満々の二人が駄目元で抗議の声を上げるが、ここは通らない。
「駄目だ。こいつも重要な役目なんでな」
「マジで?」
「つってもこの城、もう屍体と死にかけしか残ってねえんじゃ――」
 首刈りの指摘を余裕で遮り、隊長が企てを明かす。
「いいか、よく聞け。あの嬢ちゃんには“盾”になる兵隊が必要になる。こりゃもう絶対だ」
「何でまた?」
「あの姫さんはこの世界じゃあ、かなりヤる方なんじゃないんスか? なら別に問題は――」
「まあ、盾ってのは建前で、実際は“足枷”だな」
「足枷、ですかい?」
「ああ。嬢ちゃんを死を厭わないバカどもで囲むのが目的だ」
「そうすると、どうなるんで?」
「最初に遭った時、覚えてるか?」
「そりゃまあ。ついさっきっスから」
「あの嬢ちゃんは初対面の俺に、二度も仕掛けて来やがった」
「命知らずっスよね」
「だよな。俺だってやらねえっつうの。相手はこの隊長だぜ? 冗談じゃねえ」
「でな、ありゃ困るんだわ。――例えば、うちのバカ王を野に放つのは全然構わねえだろ?」
「マジキチっすからね、あの王さまは」
「まず死なねえからな。だけど嬢ちゃんはマズいんだよ。万一にも死なれちゃ困る」
「確かに。姫さんが死んだら、俺らの大義名分が折れちまう」
「だからよ。嬢ちゃんには生き残りの命を背負ってもらう。いまここで死にかけてる奴らなら、
この先で尻を割ることもあるめえし、嬢ちゃんだって見棄てて先走ったりはしねえ筈だ」
「自分が慎重にならねえとマズいって?」
「そうだ。さっきも爺さんのために退いただろ? その“優しさ”につけ込む訳よ」
「気づいたら凄え怒りそうっすね」
「爺さんは喜びそうだな」
「つうことでよ、お前ら。ここは少しでも多くの死に損ないが必要なんだ。頼むぞ?」
「任されたぜ隊長ォ!」
「うお。いきなり滾ってんなオイ! まあ負けねえが」
「ま、励んでくれや」
 と、隊長はベルトから革袋を外して放る。
「そいつを使っていい」
「こりゃ“耳長”の秘薬じゃないスか。いいんスか?」
「俺らに必要になると思うか? この世界で」
「そりゃまあ――ないっすね。たぶん」
「だろ? なら、ここで使っちまうのが正解なんだよ」
「了解っス、隊長。こいつで死にかけを叩き起こして来ますわ!」
「オイ半分よこせ。さり気に独り占めしてんじゃねえ」
「ちッ! ほらよ」
 この斧使いと槍使いは齢が近いこともあり、何かと対抗したがる。仲は悪くないのだが。
「よし。じゃあ行って来い。見つけたらここに集めておけよ」
「了解っす!」
「押忍!」
 がっしゃがっしゃと凶器を賑やかに鳴らし、鬼の衛生兵が疾走る。姫とこの国の味方の許へ、
彼らの獲物の許へ、ごり押しの延命と、人でなしの笑顔を届けに。
11創る名無しに見る名無し:2011/10/17(月) 11:05:56.02 ID:NcIkVugL
「あとはこいつか。――オラ起きろ」
「うぐはっ」
 隊長に蹴り起こされた若造が呻く。先ほど水月に叩き込まれた一撃が、彼の意識を刈り取っ
ていたのだ。
「……ここは?」
「お前の戦場だよ。寝てると死ぬぞ」
「っ! ああ、思い出し――痛えじゃねえか隊長ォ!」
「もう一発逝っとくか? 反撃しても構わんぞ?」
「……いやホント、スミマセンでした」
 辺りにこの鬼を止める者が誰もいないことを察し、若造の顔が蒼褪める。これはマズい。
「そうか。ま、いつでも掛かって来いや。部下を打たれ強くするのも、隊長の務めだからな」
「くっ……」
「では仕事だ。お前に特等席をくれてやる」
「!」
「来る時に通った城門があるだろ? お前はこれからそこに行って、誰も通すな」
「うおおッ! 鏖! 許容もッ! 慈悲もなくッ!」
「そこを通りたがるのは敵さんだけだからよ。存分に楽しんできな」
「隊長ォ! アンタはやっぱ最高だぜ畜生! よっしゃー征くぜッ!」
 城門に親の仇がいる勢いで発進する若造に、隊長が指示を追加する。
「ああ、それとな? 半日経ったら代わりを寄越すから、それまで止まるなよ」
「半日……だと……?」
「嫌か? なら仕方ねえ、俺が――」
「いやいやいやいや! あ、この“いや”はやりたくないの方じゃなくて!」
「ほう。どうやら俺の目は曇ってなかったようだな」
 刹那、若造の巨躯に稲妻が奔る。万を超える敵の血に塗れて往生を遂げる我を視る。これだ。
「ったりめえよ! やるぜ半日! 目指せ丸一日だぜ! ウオオオオオーーッ!!」
 砂埃を巻き上げ、若造が城門へ突撃する。若さとはいつも、こうでありたい。
「さて、と」
 愛用の鉄塊を担いで、隊長は己の配置へ向かう。大破壊、或いは阿鼻叫喚の始まりである。
12創る名無しに見る名無し:2011/10/17(月) 11:06:35.25 ID:NcIkVugL
「王女は未だ発見に到らず、とのことです」
 伝令の報告を受け、軍団長は顔をしかめてから指示を出した。
「存外に手間取っているな。或いは逃げ落ちたか。――では、城内の捜索は払暁まで続行し、
以上とする。併せて、城周辺の哨戒に人員を増強し、不審者の発見に急ぎ努めるよう伝達せよ」
「はっ!」
 落ちている勝利を拾うだけ。それは戦端を開く前も、そして以後も喧伝されていたことであ
り、使い潰される側の一兵卒ですら、それを疑わなかった。
 文字通りに桁の違う財貨と戦力が、採算を無視する勢いで注ぎ込まれた結果、経済行為であ
る筈の戦争は濫費による蹂躙の見本市と化した。
「……まだ、終わらないようだな」
 王国の兵が逆境の底で見せつけた気概が、彼の脳裏を過る。後ろ傷のある屍体のひどく少な
い戦跡。彼我の戦力差に見合わない兵の損耗。彼らは確かに蹂躙されたが、その死は虐殺とは
かけ離れた壮烈に彩られていた。
「――あの玉砕が機を引き寄せた、か」
 果して帝国の顎は王国の喉笛を喰い破ったが、それは策に依るものでも、勇に依るものでも、
ましてや義に依るものでもなかった。物量によるゴリ押し、勝因はそれだけだ。
「もし、ここで終わらなければ……」
 司令官としては穏当を欠く期待を語尾に滲ませ、彼は遠く月夜に浮かぶ廃城の輪郭を睨んだ。

 正体不明の怪物が包囲を突破して城内に消えた、という報告が彼の耳を疑わせたのは、それ
から半刻ほど後のことである。
13創る名無しに見る名無し:2011/10/17(月) 11:08:31.71 ID:NcIkVugL
 大勢を決して尚、この城は十重二十重に包囲されている。姫と宰相、そして侍の三人がこれ
より突破するのは、その囲いの全てだ。
「ふん」
 主塔外壁に空けた窓から眼下を望み、侍は状況を観察する。こんなものか。
「ちょうど、この直線上に目的地がありますな」
 宰相が一点を差し、侍に距離と方角を示す。東から延びた稜線が落ち込む手前、森の深さと
山の険しさが交差する地点。侍は目印を幾つか決め、大雑把な経路を定める。
「心得た。――まずは東に出て、迂回しつつ北を目指すとしよう」
「それがよろしいかと」
「意外にも慎重なのだな。猪のごとく猛進するかと思ったぞ」
「俺が独りならそうするさ」
「その時は傍にいないようにするわ」
 姫は窓から身を乗り出し、振り返らずに侍に訊く。
「で? ここには梯子も縄もないようだが」
「必要ない」
 宰相の背筋を、とても嫌な予感がぬめる。
「よもや……我らを担いで飛び下りる、と?」
「それは痛快だが、爺が壊れるぞ」
「安心しろ。そのやり方も、俺が独りの時だ」

 と、侍が宰相を左腕で抱え上げ、暫し考えた後にまた降ろす。
「ひゃっ、な何を?」
「ふむ。ならばこうか」
 大小を外し、反りを下にして右腰へ差し換える。
「師匠にブッ殺されるだろうな、これは」
 そう呟くと、侍は左腕を抱いた格好で固め、右腰に帯びた小太刀の鯉口を右手で切る。
「はっ!」
 捻りを入れた腰から音もなく白刃が抜かれ、袈裟、逆袈裟、胴の三連、いわゆる稲妻斬りが
薄闇を切り裂いた。――これに宰相は怖気を震い、姫は熱気を帯びる。
「やってみりゃあ、出来るもんだな」
 左右と上下が逆さの納刀に多少は手間取うも、大方は満足して侍は準備を終える。
「器用なものだな」
「不器用を罵られることの方が多いんだがな」
「お前の“師匠”にか?」
「ああ……」
 叶わぬ再会を想い、侍の応えが曇る。故郷より重い、ただ一つの心残り。
「さて、仕度も済んだ。参るぞ、姫」
「うむ、任せた」
「また……先ほどのアレ、ですか?」
「そうだ。俺は爺さんを、爺さんは姫をな。それでここを抜ける」
 侍の豪腕が、嫌そうな顔の宰相を捉えて抱え、次いで姫をその上に納める。
「これは何抱っこになるのだろうな?」
 鬼の首に腕を回し、おどけた顔で姫が訊く。
「さて。おそらく、これを形容する語句は未だ存在しないかと……」
「しっかり掴まって、掴まえておけよ?」
 するり、と今度は脇差しを抜いた侍が、腕の中の主従に注意を与える。窓に背を向ける。
「まさかとは思いますが――」
「そうだ」
「っは!」
 キン、と小気味いい音を発てて壁面に脇差しを突き立てると、侍は地上への降下を開始した。
14創る名無しに見る名無し:2011/10/17(月) 11:10:01.09 ID:NcIkVugL
 神箭手が引金を絞ると、前から後、そして主の三弓に連なる弦が圧倒的な張力を解放する。
射ち出された矢は月下に群れる有象無象を亜音速で跨ぎ、不運な百卒長の首元を刺し、穿ち、
斬り飛ばす。苦しまない死に方としては上等だが、見て楽しい情景ではない。
「まず一つ」
 かつては複数の兵がクランクを回して、或いは牛馬に曳かせて張られていた弦を、神箭手は
膂力のみで滑らかに引き、牙と呼ばれる弦掛けに留める。箙から短い方の矢を抜いて装填し、
新たな首に狙いを定め、また射る。
「二つ」
 “中原”と呼ばれた世界の、とある城を平らげた折。弦の切れた長弓で敵を撲殺していた彼
が残骸から拾い上げ、より重い鈍器として重用した末に記念品として持ち帰ったのが、この弩
の始まりだった。
「三つ」
 小人の工房に持ち込まれた時、それは実に酷い有様だった。まずそれは全体が血塗ろであり、
三弓は打撃の衝撃であらぬ方を向き、弓床も同じ理由で曲がり、弦は切れ端を僅かに残すのみ
だった。そして、この時点で弩を載せていた架台の存在は歴史から忘れられた。そこに木っ端
の一つも残っていなかったからだ。
「四つ」
 唯一原形を留めていた三弓を除き、構造を解析された部品は全て新造された。噂を聞きつけ
た耳長の参入により、全ては木材と金属、そして魔法のハイブリッドで構成され、必要以上の
耐久度と圧倒的な張力、原物を三世代は上回る確度と精度を与えられた。
「五つ」
 かくして、攻城戦の花形であった床弩は、やたらとデカいクロスボウとして斜め上の再生を
遂げ、持ち主に弩と命名された。後に彼は神箭手と呼ばれ、弩は魔改造を施される羽目になる
のだが、それはまた別の話である。
「六つ」
 神箭手は淡々と敵の首級を量産する。月光を利する鬼の夜目に、敵兵の輪郭は既に浮き彫り
であり、彼はただ、篝火の傍らで報告と要望に頷く同心円に終止符を射ち込むだけだ。
「七つ」
 吸気と共に弦を引き、呼気の終わりに引金を絞る。敵の首が飛ぶ。三拍子だ。
「八つ」
 鏃と矢羽に注がれた創意は矢音を極限まで削ぎ、戦場は無音のまま推移する。万の矢と明け
ない夜があれば、彼が一人でこれにケリをつけてしまうだろう。
「……ま、こんなもんだろ」
 二〇を数え、ようやく被害を認識し始めた戦場を眺め、神箭手は手を休める。一定の戦果を
上げたから、ではなく、動きの鈍い的に限りある矢を消費するのに飽いたからだ。
 元々、この小隊に於ける彼の担当は遠距離に伏せる狙撃ではなく、近・中距離を独自の判断
で縦横に駆ける遊撃である。その内でも特に近接戦闘を好む彼がこの任務を楽しめないのは、
これはもう致し方がない。小隊一の冷静を備える彼だとて、兵である前に一人の鬼なのだ。
「さてと。ちょいと楽しませて貰うぞ」
 おもむろに引金の前にあるレバーを一段押し込むと、三本に切られた溝の山が弓床に格納さ
れ、一本の滑走路に切り替わる。続けて弦を引き牙に留めると、その負荷に連動して弓床内部
から射出板が引き出される。これが改造によって追加された第二形態、投石機モードである。
「キレはねえが、コクのある一発ならこれだ」
 彼が陣取っている見張り塔は、敵の攻城兵器により半壊している。身を隠して矢を射かける
狭間は外壁と共に崩れ落ち、夜露を凌ぐ屋根からは満天の星空が展け、辿り着くための階段は
竪穴と化した。しかし残骸に身をやつして尚、城は此方を守り彼方を倒す礎の責を全うせんと
する。一発の弾丸として、一矢を報いるために。
「手頃なのは、と」
 足下から拾い上げた拳大の石を装填し、弩を軽く振ってみる。バネ仕掛けの射出板は正しく
動作し、石を咬んで落さない。この機構がないと射角を水平より下げられず、不便なのだ。
「それじゃあ、踊ってもらおうか」
 先刻とは逆に、なるべく敵兵の密集している地点を狙い、放つ。
「おうらっ」
 着弾点から幾多の敵兵が跳ね、飛び散る様を眺めて、神箭手はグッと拳を固める。
「愉快だな。ああ、愉快だ」
15創る名無しに見る名無し:2011/10/17(月) 11:11:02.09 ID:NcIkVugL
 神箭手の振舞った阿鼻叫喚が戦場の第二幕を開けた時、若造はまだ舞台に上がっていない。
あろうことか道に迷ったのだ。
「ド畜生がッ!」
 むき出しの上半身に長袖の血糊を纏い、朱に染まった大剣を抱えて彼は走る。あらぬ方へ、
あらぬ方へと。
 人が人のために建てたこの城は、人ならぬ彼には一々が小さく狭い。特に今夜のように敵が
うろつき味方が折り重なっている状況では、ただ走り抜けるだけが容易にならない。
 速さが削がれると敵が目につき易くなり、そして彼は目的より手段を優先しがちな男であり、
敵を見つけては駆け寄って首を獲り、戻って走ってまた見つけてと、その度に少しづつ錯誤が
積もって挙句、ここはどこだ、となる訳だ。
「キリがねえ。入口を潰さねえと話に――って、それが俺のォ!」
 ごりごりと焦燥に奥歯を軋らせ、不確かな記憶と多くない知恵を絞ってみる。何かないか。
「……クソッ! 駄目だ!」
 彼は確かにものすごいバカなのだが、少なくともそれを自覚している点に救いがある。立ち
止まって足りない脳を絞るより、動いている方が何ぼかマシだと即座に認めて決定し、爆走を
再開する。
 そして数度の曲がり角、またも湧いた獲物に躍りかからんとする、その刹那。腹筋が出来る
までに鍛え上げた左脳筋が、沸く右脳に跳び蹴りを喰らわす。切先が獲物の喉を掠めて刺さる。
「ッ殺――じゃねえ。オイ、いますぐ死にたくなかったら、出口に案内しろ! いいな!」
 返事を待たずに兵を小脇に抱えて、締め上げつつ彼は城門を目指す。気の毒な帝国兵は恐怖
のあまり絶句して、ついでに小便を漏らした。
16創る名無しに見る名無し:2011/10/17(月) 11:11:47.92 ID:NcIkVugL
 両脇に三人ずつ、意識のある一人を首から下げて、首刈りが“救護室”に戻る。
「くっくっく、やはり俺が先か」
 彼としては丁寧に敗残兵どもを壁際に寝かせると、腰のものを放って指示を出す。
「お前はこいつらを死に損なわせろ。結構な薬を喰ってるんだ、無駄にさせんなよ」
「これ、は?」
 鬼の首から降りた騎士が、袋を受け取って訊く。
「そいつも薬だ。ま、安物だから死ぬほど滲みるがな」
「すまない……ありがたく使わせて頂く」
「礼は姫さんが直々に聞きてえとよ。応えてやんな」
「……くっ」
 騎士は鬼から大きく視線を外し、仲間に向かう。彼の鎧は血塗れだが、もう流れてはいない。
「っしゃー! ってクソがっ!」
 と、やはり七人を抱えた岩突きが駆け込み、同時に地団駄を踏む。どがん。
「遅かったじゃねえか。また花ぁ摘んでたんか?」
 尻を拭く仕草で首刈りが挑発する。
「るせえ! まだ一周目じゃねえかっ!」
 青筋を際立たせて岩突きが吠える。
「まあな。じゃ、俺は次を探しに行くからよ。お前はゆっくりしていってくれ」
 ひらひらとデカい掌を振って、首刈りは全速力で消える。岩突きは己が運んだ騎士を睨む。
「お前はこいつに勝て! 一人も死なせんな!」
 同じように薬を投げつけ、負けられない相方の後を追う鬼の後ろ姿に、それぞれに最前まで
瀕死だった騎士が二人、もっと死にそうな味方を抱えて、つい笑う。
17創る名無しに見る名無し:2011/10/17(月) 15:15:38.96 ID:NcIkVugL
 城壁をざっと一望し、それが回廊としてまだ使えることを確認すると、隊長は鉄槌を構える。
「少なくとも、数に不足はねえな」
 城外に面した壁は彼の膝ほどの高さがあり、上端には凹凸が設けられている。身を隠しつつ
下方へ矢を射かけるための造作で、のこぎり型狭間、または狭間胸壁と呼ばれるものだ。
 もちろん、これもそれなりの損害を受けてはいるが、そのように使うのが目的ではないので
問題はない。
 打撃の点で最もリーチが短いのが、この男の槌である。手刀の延長である刀と大剣、貫手の
延長である槍と弩、蹴り脚の延長である斧に対し、拳を重く大袈裟にしたものが槌だからだ。
 そんな彼が城壁の高さと掘割の幅を隔てて、敵に対峙する理由は――まあ、その通りだ。
「おらよっ」
 槌頭の軌道が胸壁の凸を削り、彼方へと放つ。残るのは凹である。彼がここを一巡すれば、
一段低い狭間胸壁が出来上がり、そして周回は壁がなくなるまで続く。
18創る名無しに見る名無し:2011/10/17(月) 15:16:35.41 ID:NcIkVugL
「なあ、爺よ。この城にはあのような兵器があったか?」
「ありませんな」
 どがん、どごん、うぎゃあ、と三つ揃えの騒音が角を曲がって近づくのを聞きつつ、懐中の
姫とこれも懐中の宰相が、益体もない問答を転がす。
「あの隊長は城を戦わせるのが好みだからな」
 小太刀の鍔に親指をかけて、二人を抱えた侍が上から答える。
「ああ。『これからこの城はかなりボロくなる』とは、これか」
「そういうことだ。城も、ただ朽ち果てるよりは嬉しかろうよ」
「……これが種族と――世界の違いですかな。我らには、とても」
「まあ、いいだろう。壊れた分はあとで直せばいいさ。なあ爺よ」
「ですが……」
 設計から携わった王城がこれから被る仕打ちを想像して、宰相は言い淀む。
「そろそろだ。隊長が俺らの直上でぶちかますのと同時に出るぞ」
「そうか。よろしく頼む」
 慣れるという行為の、積極的なそれを獲得した姫はわくわくし、消極的なそれを掴まされた
宰相はげんなりと、それぞれに展開を待つ。
 やがて耳障りな破壊は彼らの頭上に迫り、脚力を引き絞った侍の一足は堀を越える。左手に
この国最後の主従を抱え、右手には抜き放った小太刀を握って。
19創る名無しに見る名無し:2011/10/17(月) 15:18:04.85 ID:NcIkVugL
「てっ、敵襲です!」
「何……だと……?」
 軍団長の野営天幕は、城とそれを囲む軍勢を一望する位置に設けられている。全体の状況を
把握する必要からだ。
 そして通信の速さは人力を超えることが出来ない。それは技術レベルが必要の域を超えてい
ないからであり、最前線の状況がここに届くまでの遅延は如何ともし難い。故に彼我の温度差
にどうしようもない隔絶が生じるのはまあ、無理もない。
「それはあれか、先ほどの報告にあった――」
「不明、ではありますが、関連はあるかと」
 見れば伝令の軍服は無惨にも血染めであり、彼が手にする槍のようなものが不安をそそる。
「ふむ。――で、それは?」
「はっ、これは百卒長の首を刎ね飛ばした、矢? と思われる代物です」
「矢、だと? これは明らかに、人が弓で放つようなモノではないが……。君、あの城にある
守城兵器は残らず破壊したのではなかったかな?」
「はっ、敵城の大型兵器は無力化を完了しております!」
「では、これは何だ?」
「解りません。が、この目で見た事実であります。これが彼の首を――」
 その光景を思い出してしまった伝令が咄嗟に嘔吐く。濡れた炸裂音、月明かりに舞う生首、
黒き血潮。
「……切断、して深く地中に突き刺さったのは、確かであります」
 酸味の効いた報告に、軍団長は眉間を顰める。
「ならば、だとすると、その何やらが、バリスタに匹敵する武装を以て我らに敵対した。そう
考えねばならぬのか」
「いえ、それ以上……です」
「どういうことだ?」
「あの百卒長と私がいた地点は、バリスタの遥か射程外でありました。およそ知る限りであの
距離を攻撃可能な武器を知りません。私は」
「何……!?」
 軍団長は現場にいなかったが故に災いを躱し、故に知り得ない。想像が届かない。
「……まあよい。それがあるというならばそうなのだろう。全軍に通達、敵城に正対し防御を
厚くせよ。そして攻城隊は速やかに――」
 と、そこに第二の伝令が転がり込む。やはり血に塗れ、臓物の切れっ端をオプションで貼り
つけている。どう見ても最悪の風体だ。
「てっ、敵が投石機を!」
 坂を転げるように悪化する事態に立ち会ってしまった第一の伝令が、為ん方ない上目遣いで
軍団長を見る。願わくば最悪の兆しを持ち帰った男として記憶されないように、と強く念じて。
20創る名無しに見る名無し:2011/10/17(月) 15:19:18.40 ID:NcIkVugL
「っしゃー!」
 面倒臭くなった挙句に壁の幾つかをぶち抜いて登場の若造が、腰抱きにした帝国兵を伴って
城門に転び出る。
「世話になったな。――ほれ、武器を取って戻って来い。ぶっ殺してやる」
 腰のものを降ろし、背を叩いて彼に反攻と覚醒を促す。
「ッは!?」
 若造の喜色に、およそ汁という汁を体中から垂らした帝国兵が、抜けた腰を引き摺り吠える。
「おォ俺がブッ殺す! この野郎、この野郎ォ! いィつかきッと、仇という仇をッ!」
 鹵獲されてからの道中に繰り広げられた暴虐が、生命を脅かす極限が、凡庸な兵の箍を外す。
簡単に捧げ、簡単に消費される命を、己の手に奪い返し、利己的に使い潰すと誓って。
「そりゃ別に“いつか”でも構わねえけどよ。俺は長生きする予定はねえぞ」
 血糊の上に土埃を纏った若造が牙の覘く口唇を歪める。どうせ叶わないにしても、彼はここ
に果てるつもりでいるのだ。その意気込みが報われないのもまた毎度のこととして。
「うるッせえ! 俺が辿り着くまでは生きて待ッてやがれ!」
 どうしようもない無力をなけなしの気概で上書きして、帝国兵は城門から下る隘路を転げる。
その先が絶望とやたら近い暗転だとは知らず、戦友と己の矜持を果すために。

 彼が戦線に復帰するのは先のこととなる。それはファーストコンタクトを経験した者の責務
であり、不幸の始まりであり、しかし彼そのものの始まりでもある。
21創る名無しに見る名無し:2011/10/17(月) 15:20:35.02 ID:NcIkVugL
「あははっ!」
 隊長の放った地獄絵図の現場に飛び込んだ侍の懐で、姫が同情の欠片もない歓声を上げる。
 彼女にしてみれば敵が死ぬことは全くの善であり、それを間近で味わうのに遠慮する謂れは
ない。何しろ一族郎党を鏖殺されているのだ、喜んで何が悪い。

 城壁を時計周りに撃ち出し、進む隊長のタイミングに合わせて跳んだ侍が、爆裂する胸壁の
破片を躱して敵陣に踊り込めば、そこに彼らを見咎める者などあろう筈がなく、肉片と血飛沫
の舞う戦場を三人はするすると抜ける。
「……壮観、ですな」
「くくっ、隊長は我らを慮って手を緩めているな。余程お主らに死なれては困るようだ」
「もっと! もっと激しいのだな! 好いぞ!」

 侍の小太刀が障害物を両断して、血路を拓く。人の背を超える大業物を片手で揮い、屍体の
山を左右にまき散らす。つまらなそうに。
「これ以上、東に廻る必要はなさそうだな。このまま北へ参る」
「そうか? もっと殺してからでも構わんが」
「いや。他の連中が好いだけ暴れるには、ここは狭い」
 数万の軍勢を割って、駆け抜ける予定の男が言うにはどうにも抜け抜けとしているが、口調
が気楽に過ぎる。夕食の献立を決めるよりも軽い。
「ふむ。まあよかろう。私の価値が状況を上回るならば、使わぬ手もないし、な」
「そうだ。まずは生き延びること、反撃はそれからなのだよ、姫」
「この死に意味がある場面に立ち会えなかった、それが最大の無念なのだがな」
 侍の腕の中、宰相の腕の中で、姫は憤懣をやる方なくする。遠過ぎる復讐に思いを馳せて。
22創る名無しに見る名無し:2011/10/27(木) 21:44:33.94 ID:uEJAylrc
 血みどろの仁王立ちで城門に立ち、大剣を突きつけて一匹の鬼が吠える。殺してみろ、と。
 相対する兵にしてみれば、巨大にして異形の化物としか表せない代物であり、これと戦えと命じられてどうにかなる
ようなものではない。彼らは人と戦うために出征したのだ。
「お、おい。どうすんだよ?」
「知るか! 無理だろ無理!」
「じゃあテメェ! アレか逃げるんかよ!」
「……無理だろ……っ! 何だよふざけんな……」
 兵が惑うのも無理はないが、これに向かう男にしてみれば大概である。故にこの時点で、鬼の一人である若造はもう、
一杯一杯だ。我慢も限度である。
「……いいか。死ぬことを覚悟した奴だけ来い。他は去ねッ!」
 正眼に大剣を振り降ろし、ひとり残らずぶち殺すと決めて、鬼が吠える。
「ーー命が惜しくない順にかかって来いや、オラァ!!」


 眼下に狂騒が開催されたのを視て、神箭手は一服入れることにした。矢羽を喰らわすに足る標的は死ぬか散るかで姿
を消し、中・遠距離砲撃は隊長が豪快に愉しんでいる。そしてここから城門に加勢などしたら、あとで若造に噛みつか
れるのは間違いない。故にとりあえず、彼にはやることがない。
 火とかげの牙から削り出したパイプに刻み煙草を詰めて、太い燐寸を擦る。火焔の舌がちろりと火皿を舐め、紫煙が
神箭手の肺腑を充たす。
「……むしろアレだ。こいつを撃ち尽しちまえば、前線に出るしかなくなるんだがな」
 ちら、と弩のレバーを見遣る。
「――いや、いや。補充が叶うかどうか、確かめるまでは自戒せねば、な」
 木材があれば、鉄があれば足りるかと言えば、それは否である。彼の弩が求めるのは、最低でも射出時に分解しない
ことであり、それは持ち主の熟練を以てしても結構な時間がかかる。

 誰に責があるか、それは言わずもがな。小人であり、耳長である。頼まれずに極限を指向し、卑近な理想と欲望を思
うさま注ぎ込んだ、彼らのせいだ。
23創る名無しに見る名無し:2012/01/20(金) 17:23:30.49 ID:XW9PX8Xu
面白いな
続きないのか
24創る名無しに見る名無し:2012/01/27(金) 00:35:11.67 ID:LUhDVV1d
ありますあります。リバティシティとウェイストランドから速攻で帰って来ました。これから書きます
つうか面白いなんて言って貰えたの前に書いたのも含めて2回目だよヒャッハー!
25創る名無しに見る名無し:2012/01/27(金) 08:26:32.50 ID:LUhDVV1d
「あれか。――や、どこの世でも、ヒトの細工とは並々ならんな」
 抉れた崖下に転げる岩の一つを捉え、侍が問わず語る。
「……どこで、何が……?」
 細心と矜持を込めたエントランスが易々と看過され、亡国の宰相が狼狽える。
「……zzz」
 同じく瀕死の国から逃れてきた姫であり、王位継承権第一位である彼女は完全に眠っている。
敵が彼らを見失い、彼が敵を失った以降の道のりは退屈だから、飽きたと言い残して寝た。
「ははっ、こうでなければ隊の斥候は務まらんよ。――実によく隠されてる。これを見逃したら隊長に叱られるだろ
うさ」
 懐に抱いた主従に苦味の利いた笑みをこぼし、侍は二つ重ねの岩を割って宰相の個人的要塞に這入った。


「……時に、ですが」
「何だ?」
 暖炉に賑やかな火が灯り、客人に秘蔵の火酒が入った頃合いを見て、宰相が切り込む。
「最前、まではこちらも困窮――げほん――混乱の極みにあったので、しかと問うことができませなんだが、姫さま
の守護をお任せする以上、確かめねばならぬことが……」
「うむ?」
「貴殿らはその、異世界とやらよりここへ来て、戦を欲している、と」
「そうだな」
「……そこまでは、ま、疑いの余地がないのですが」
「……?」
「姫、いえ、――陛下を、戦争に於ける札の一枚には、決してしないという保証を頂きたい」
 ここで宰相が強気に出るには相応の理由がある。姫をこの要塞に押し込めた現在、彼に自身の生存を延ばす理由が
ない。閂を下ろしたが最後、彼にこの先を望む必要はない。だから無謀に生命を晒すことに躊躇いがない。
「なるほど。この国に鼎の軽重を問う必要はないようだ」
 切子のグラスを暖炉に照らしつつ、琥珀色の火酒にだけ打ち明けるような口調で、侍が呟く。
「……故に申します。私はこの国の命に代えても守ると決めましたので」
「祖国を命に代えても守る、とは音が違うようだが」
「発音と読みの通りで」
「どうして、そこまでする?」
 火掻き棒を手に、宰相が笑う。笑う。
「これに理由がいるようでは、近習は務まりませぬ。ですが、敢えて申すならば、これが愛にございます。全ての臣
民の、そして――」
「ああ、やはりと思えばそれか。――その感情には覚えがある」
 侍の脳裏に、いつかの日の宣誓が蘇る。朱の破顔に囲まれて、それを誓わされた場面が。
「……隊長が俺に押しつける訳だ。経験を得た者には容赦がない。理解に重きを置かない」
「話が早いようで、痛み入ります。では?」
 いいだろう。俺もあの結末を重ねて容れられる程には若くない。
「隊長ならド却下する選択を、選べない俺が選ばれてここにいるんだ、よもや断れまいよ」
 ぱあっ、と宰相の皺顔に花が咲き、開く。
「俺より後に、この――」
 毒に似たものしか吐かない口と、鍛えられた殺人術の使い手の眠る無邪気を、かなり嫌そうに見下ろして、侍は二
の句のない宣誓を本能のままに綴る。
「姫が、死ぬような事にはならない。約束しよう」
26創る名無しに見る名無し:2012/01/31(火) 21:40:23.94 ID:uftz+EkR
「これが我が国で、国境を接する国は三つ。西に敵になった帝国、北に味方ではない連邦、南に敵ではない共和国が
ございます」
 大判の羊皮紙に記されたそれぞれの首都に酒瓶を立てて、宰相が解説する。次いで、山脈を示す腸詰が並べられる。
やはり西と北、そして南に。
「大国に囲まれた要衝か、なるほどゴリ押しでも欲しくなる訳だ」
「決して安い買い物ではなかったとは思いますが、相応の理由があるのでしょうな」
 宰相の奥歯が悔恨の軋みを上げる。侍はこれを無視して、問う。
「だがそれなら、爺さんはこの姫をどこに託すつもりだったんだ?」
「――共和国のさらに南に、亡き王妃の生国がありまして」
 酒瓶が追加される。それは他と程よく遠い。
「肉の壁の後方で力を溜めさせよう、と」
「左様で。これら三国の力は――少なくとも戦端の開かれる以前は――ほぼ互角でしたので、三つ巴の均衡が崩れる
までの期間に力を、軍事を掌握して頂く手筈になっておりました」
 侍が破顔する。この爺さんはあの刹那に悪辣と大穴を秤に載せて、為の多い方に王女を放り出しやがった。
「主君に悪運を背負わせるのに、躊躇いがないのか。悪党だな」
「上策なれば外道を躊躇わず。それが家訓にございますれば」
 眠る姫の傍らで、鬼の愉悦と爺の矜持が交錯する。この世は温かい血に塗れているようだ。
27創る名無しに見る名無し:2012/02/01(水) 01:08:32.08 ID:JLX+13Pi
「さて。戦況と戦略は確かめた。あとは少し、基本的な事項を訊かせて貰おうか」
 間に屹立する四本の空瓶を挟んで、酔眼を装った侍が素面の宰相を質す。
「何なりと」
「ここに神はいるか? 仏でもいいし、精霊や超常の力を行使する何かしらの存在はあるか?」
「それは? 初めて聞く言葉ですが、種の名称だとしたら、生憎と存じませんな。そもそも、超常の力など貴殿らの
他には知り得ませぬ故に。――それを超常と呼んで差支えなければ、ですが」
「ふむ。宗教はなし、と。では、魔法、魔術、錬金術の類はどうだ?」
「まさに異世界よりの問答ですな。言語は違いない筈なのに意味がわかりませぬ」
「くくっ。よくあることだから気にするな。これが手順なのでな」
「いやはや、何が何やら」
「次だ。この世界にヒトを身体的に凌駕する生物はあるか? 無機物――鉄や砂の類を含めてもいい」
「いやいやいや、何ですかなそれは。あり得ないと、しか。……それがあり得る世界もまた、あると仰るか?」
「まあな。珪素生物の強さは半端なかったな。ありゃ反則だ」
 全身に走る傷跡の一つをそっと見遣る。
「けい……そ?」
「ああ、それはいずれ知ることになるさ。たぶん、な」
「何やらイヤな予感を掻き立てられて仕方がないのですが……」
「そいつは正しい。その直感を大切にして忌避することだ。そうあれかしと願うことだ」
 少しだけ力の入ってしまった言葉を繕って、侍は先を急ぐ。
「では最後だ。――不死を知っているか? 死を超越した存在であり、その手法であり、それを許す理不尽だ。その
類を、何であれ見聞きしたことは?」
「は……?」
 他ならぬ理不尽を味わい尽くし、不条理を噛み締めた今日が宰相に失笑を呑み込ませる。この異形が冗談ではなく
問いているからには、実在するのだ。それが誰であれ、何であれ、ここにいないことを祝福しよう。
「――いや、いいんだ。知らぬなら気にするな」
 答えを期待しない問いが、予想通りの不発に終ったことを確かめて、侍は五本目の火酒を飲み干した。
28創る名無しに見る名無し:2012/06/17(日) 21:26:26.57 ID:T8UowzIv
更新止まっちゃってるけどいいね
29創る名無しに見る名無し:2012/06/22(金) 02:38:27.27 ID:twe08fND
「どんな具合だ?」
「よお! 隊長。死に損ないは〆て五十三だ。勝ったのは俺な」
「ぐぬぬ」
 薄笑いの半死人どもを指して、岩突きが腰前に拳を握る。相方は奥歯を軋らせてる。
「――って訳だから、次の出番は俺だよな!」
「よし。正門を抜けて左、西の隊列を崩してから、そのまま一周回って帰って来い。一人も生
かさなくていい」
 猛り逸る槍使いは柄頭に炸薬を装填し、血に塗れたい槍穂がいちいちと、煩い。で、訊く。
「……期限は?」
「好きにしろ。――ああ、面倒臭いからここで死ぬなよ」
「へへっ。了解したぜ隊長」
「お、俺は……?」
「飯だな。俺らの着いた辺りに――」
「ああ、熊ね。そういや臭ってたな。デカくて強けりゃいいんだけど」
「期待外れでもクサるなよ。敗けたお前の責任だ」
「ちっ。だよな隊長。んじゃ、行ってくらあ」
 油の染みた砥石を色っぽく滑らせて、斧使いが塔を後にする。こっちの得物は見たところ、
変態的な細工のされた様子がない。槍は弓に、斧は槌に、それぞれ私淑をしてる。
「……お陰でもう一度、姫さまの為に命を揮えます。ありがとう」
 やかましい退場を眺めたあとで、年嵩の一人が血塗れの笑みを隊長に向ける。
「これぞ人間ってか。幸せそうで何よりだよ」
「はは。何しろ我らが仕えるはあの方ですから」
「一合だけ見せて貰ったけどよ、あの齢でアレってのは尋常じゃねえよな。何があった?」
「よく生きて……。や、貴殿らであらば宜なるかな。およそ常識の通じる士族でもなさそうで
すから」
 ま、そもそもヒト≠カゃねえからさ、という隊長の言をごくりと呑んで、彼は続ける。
「ここにいる死に損ないの、およそ半数は姫さまにやはり死に損なわされてましてな」
「何だそりゃ」
「この国の地理は?」
「軽く、な。北が烏合の蛮族で、南西は貴族を排除したでっかい田舎。で、北西の工業都市が
調子こいて正統を気取ってるんだってな」
「くはっ。いや、あいかわらす辛辣ですな」
「んで?」
「はい。ここ十年で敵といえば、北のそれでしてな。――食い詰め、山賊も同様に落ちぶれた
奴原が山を越えて、こちらに」
「なるほど」
「だもので、我らの備えもまたそちらを向いてました。そして、一人の新米従騎士もそこに」
「ちょっと待て。それがあの嬢ちゃんだってか?」
「いかにも。まあ、当時は誰一人として気づきませなんだが」
 遠い目に万感を込めて、彼――王国近衛兵団中隊長が懐古する。
30創る名無しに見る名無し:2012/06/22(金) 02:48:34.62 ID:twe08fND
>>28
いや申し訳ない。今日から心を入れ替えて真面目にやりまする。
11月に11年ぶりにPCを新調したのが、元はといえばこのスレのためなのにオープンワールドに嵌ってしまって。
31創る名無しに見る名無し:2012/06/22(金) 03:57:31.74 ID:twe08fND
――辛子色の短髪に、そばかすを浮かせた小僧がやけに強いと、噂がよく聞こえるようになっ
たその頃、私は北境警備の任についておりました。ええ、最前線です。
 故に、精強を誇る強者が集い、競い、殺す。北の地は概ねそんな感じで勇ましいやら狂おし
いやらでした。
 ここに新兵が置かれるなど、まずはないのですが、輜重隊の警備の名目で新人を含めた小隊
が一つ、転換されると。
 いや、連中の反応は余りにも予想通りで、それはもう如何に叩きだしてやるかの類で。春雪
を踏んで担いだ柵木をわざわざ用意して、積んで、踏んでの余興を企んでました。死なば弱兵
たるを実践してやろう、だとか。
 私? まあ同じでしたよ。長生きしないのが軍のありかたでしたからね。易くは死んでくれ
るなと、精々がその位で。
 で? ああ、何しろその日が強烈だったものでつい、もったいぶった言い回しになってしま
いまして。こと、姫さまの伝説の一端ですから。え?
 「ぶち殺すぞクソが」と、それが第一声だったと聞いてます。尻を撫でたとやらで。ああ、
その熟練兵は手首を折られて後方配置になりましたな。今日はそこに転がってますが。
 それからは毎日がそんな調子でした。敵は毎日のように来る、夜は毎日のように荒れる、と。
 この国の兵に共通するのは、絶対に舐められないこと、殺すのを躊躇わないこと。もう一つ
が許されない行いを決して許さないこと、でして。
 山村の一つが陵辱されたと一報の入った日は、言い方は悪いですが祭りのようでした。王に
よる国境侵犯への縛りを、どうしてか現場指揮官が解きまして。や、私なんですけどね。
 一人残らず、ですね。女も子供も殺しました。禍根になりますから。行為は許されないとし
ても、我が民に疵を与えたことは、死んで償って頂くしかありませんから。
 北伐と称される事件のあったのがかれこれ四年前で、これがその全容です。はい、姫さまは
そこに居られました。
32創る名無しに見る名無し:2012/06/22(金) 17:09:23.50 ID:edjQi6Nf
続きキター!
33創る名無しに見る名無し:2012/06/24(日) 20:16:32.71 ID:7hCsQQYy
 特別なことは一つもしなかったそうです。ただ、立って構えて殺す。叩き込まれた所作を
営々と繰り返し、命令なく退かない。
 新兵といえば通信か兵站、あるいは衛生の見習いをやらされるのが常だのに、あたり前の面
で隣に並ぶ小僧が、兵どもの信頼を受けるのに、ひと冬は掛からなかったですね。
 しかしまあ、そうなればなったで少しばかり困ったことになるのも、致し方のないところで。
え? いやそのアレですよ。いかなクソ餓鬼のなりをしたとて、やはりこう、滲み出るものは
ある訳でして。それにあの、不遜にも甚だしい三白眼など、市井でこそ引かれもしましょうが、
我々なんぞの稼業ではご褒美に近いものがッ、ゲホッ……ああ、すみません、少々血にむせて
しまいました。いやっ、決してそのようなですね。
 とにかく。もしやとむしろをそれぞれに主張する者どもが、それぞれに姫さまの隣を競うよ
うになりまして。前? 前はいけません。お前は俺が、などと色気を出して姫さまの前に立っ
た者は例外なく、タマを蹴り上げられました。
 まだ十五になるかならぬかという頃のことですから、本気の蹴り足がこう、真下から――え
え、あれはいけません。医務室からの苦情により、バカどもが高みに至る前に禁止されました。

 国境を越えた追撃が行われたのは、ちょうどその頃になります。
34創る名無しに見る名無し:2012/06/24(日) 23:21:08.07 ID:7hCsQQYy
 新年を控えた凍える夜に、奴らはやって来ました。落ちぶれたとは言っても元は正規兵。あ、
そうでした。どうしてそうなったのかをお話していませんでしたね。

 ――十余年前。共和国の版図を削り取り、肥沃な穀倉地帯を確保した帝国は、東に目を向け
ます。国境を接する旧い小国の群れを越えた先、連邦の抱える鉱山と大森林に。
 帝国のやり方が徹底的な同化であり、歴史、言語、習慣に至るまでが抹殺されることを知る
小国の領主たちは慄き、かつては犬猿の仲だった連邦に膝を折りました。属州に甘んじてでも、
それだけは残したい、と。
 同様に帝国を警戒していた連邦はこれを受諾し、大軍を新しい国境に寄せました。その数は
およそ三〇万。蛮族と揶揄はされても、国のどこかでは何かしら戦っている兵がそれだけ集ま
れば、おいそれと帝国も手出しはできない、と。しかし話はそこで終わらなかった訳で。
 この三〇万ですがね、なんと糧秣を持参しなかった。守って欲しけりゃ食わせろとね。

 あとはお察しの通りです。同情? とんでもない。まわり回ってこちらが襲われたってのを
抜きにしても、国のありようとしては下の下ですな。

 ――特に、今日という日を迎えてみれば、尚更に。ええ。
35創る名無しに見る名無し:2012/06/27(水) 02:52:45.52 ID:rT+kVS1Q
 南が額に入れて題をつけたくなる程の峻険であるのに対して、北のそれは生ぬるいと申しま
すか、命を燃やすまでの覚悟は要らないと。まあ、馬でそれを試みればいのいちで藻屑、骸を
嗤われて仕方がない、という程度には優しくないのですが。
 種籾を食い尽くして、護らねばならぬものがある。綺麗事はとりあえず措いて、生き延びる
ために。飢えた子らを充たすために。だからこれは許される、これは罪であるが正しい、と。
 わが国の乙女が其奴の貧相なイチモツを、敢えて喰い千切らなければならぬだけの理由が、
この有様ですよ。万死に値して宜なるかなですよ。その罪はここでも同様ですから。

 ――その夜までの姫さまは範たるべき兵士でした。その夜からの姫さまは一個の戦士でした。

 山の民が獲物を追う疾さが、あれほどに残虐だったのは他に知り得ません。切れ切れの懺悔
を同じ口からの絶叫が遮り、そして死ぬるを許されない。それが向かいの麓まで続きました。
 はい。その時点で国境は越えてます。まだ生きてますから。
 囚えてからの、という発想には至りませんでしたね。それじゃ楽に過ぎます。覚悟みたいな
ものをされては心外ですから。

 血だるまの盗人を麓まで転がして、ええ、その時点で帝国の領に這入ってますね。私も気に
はしませんでしたが。元凶があるならこの機会に断ってしまえと、私の場合はそれでしたね。
姫さまのそれはもっと恐ろしいものでしたけど。
 農具で武装した賊に対したことは? ですよね。これが聞かないんですよ、こちらの理由を。
お前らが悪だと、疑問もなく断言をね。やあ、おめでたい。
 殺しましたよ。ええ。あの死に損ないどもが盾にして、彼らは疑いもなく、それを拠り所に
矛を向けたのですから、我らに謝る理由がありません。
 国境に接する旧国の、小さきとはいえ州の一つを負った領主の城が略奪の本陣だと、断固た
る罰を加えるのはここであると判明したのが、始まりから五日目のことでした。

 我らの? 三〇〇〇が総数でしたね。私と姫さまの先陣が五〇〇、残りは制圧と退却の備え
を。え? いやもう、その頃には姫さまの隊が先鋭化を極めてまして。私としては首が落ちる
のを容れてましたから、怖れるものものなど。ええ。
 城? や、確かにそうは言いましたが、ここのそれと比べてしまわれたら宰相殿に申し訳が
立ちません。あばら屋と山ほどに別物ですよ。
36創る名無しに見る名無し:2012/07/09(月) 09:25:34.92 ID:DWEvGGF3
 並の城で三倍、堅ければ五から一〇の兵を以って攻めよと昔の本にありますが、我らは寧ろ
寡兵にて掛かりました。賢しきを上回る熱病にでも罹っていたのでしょう。
 飢えて他国に踏み入るまでの連中が籠城策など取れる筈もなく、だからそこは地の利として
しか機能しなかった訳で、そうなれば士気と膂力に勝る者がもう一方を蹂躙するのが道理です。
 景気よく燃える廃城を背に、帰還を開始した時点からこの話は始まります。今まで? ああ、
前置きですよもちろん。枕がなければ話が薄くなりますから――


「破城槌が出ましたっ」
 軍団長は即座に、ああそうだろうよ、と納得した。バリスタにカタパルトが続けば、ラムが
揃わねば格好がつかない。敵が何であれ、その辺の機微を弁えているのは確かだと彼は知って
いる。
「損害は?」
 伝令の汚れっぷりを心算に加えて訊く。邪な期待は措いて。
「百人隊が六つ呑まれたところで急ぎ走りましたので、それ以上は……」
「そうか。――で、また続きが凄いんだろう?」
「はっ、その……」
「いいから。見たままを」
「一人、いや、そもそも人と言ってどうかとは思いますが、とにかく一つのそれが、私の身の
丈の倍もある何か≠抱えて走り抜けたのは間違いなく。正面は串刺しの後に四散し、その
近くにいた者も全身を砕かれて……」
「報告になってないな。が、まあ気持ちは解る。――隊に戻ったら、それには相対せずやり過
ごせと伝えろ」
「戻らねば……なりませんか?」
「ならないな。これ以上無駄に死なれても困る」
「……ですよね」
「ま、とにかく死ぬな。生きて状況を持ち帰るのがお前らの使命だ」
「はあ」
「敵を知らばこそ策もある。そう悲観するな」
 と、そこに縛り上げられ、猿轡を噛まされた兵卒が連行される。
「団長、この者が敵の一人と接触を――」
 くぐもったこもごもの怨嗟を吐き続けるそれを転がして、蹴りを入れる。
「――果たしたようなので連行しました。城内に差し向けた兵の生き残り、と考えられます」
「そうか。で、何でこいつはこんな有様なんだ?」
「戻る、と言って聞きませんので。殺す殺すと」
「無理もないが、無茶ではあるな」
「いま話されますか?」
「ああ。解いてやれ」
 戦友の血肉と自身の小便に染まった兵卒の、激情が開放される。
「――ぶっ殺してやる! 何もかもを引き換えにしても、ぶっ殺してやるッ!」
 血走った目が、張り詰めたぎりぎりの精神が、未だ震える脚が、しとどに濡れた股が、彼の
本気を示す。それは不様であればある程に嘘を吐かない。
「ごきげんだな」
「ずっとこの調子でして」
「それほどの何かなのだろうよ、それは」
 建国の英雄である筈の彼が、後詰めのこの地にある理由もまた、この兵のように本気を示し
たからであり、故に解るのだ。真に発せられた言葉の不格好は、まず理解されないと。
「とにかく、こいつは私が預かろう。経緯は措くとして、こうして生きているだけで貴重だ」
「はっ」
「あとな、絵心のある奴を連れて来てくれ。敵の姿が人ならぬなら、それを識らねばならぬか
らな」
 暁光の訪れに合わせ、ヒトの側にも対応が始まる。片や二〇万、此方が五十三と二人の主従、
それに添う六匹の鬼。その戦力差は気の毒な程に一方的だ。
37創る名無しに見る名無し:2012/07/09(月) 11:55:42.08 ID:2jdIGg1/

なんか下がってるのでage
38創る名無しに見る名無し:2012/07/09(月) 13:41:32.35 ID:DWEvGGF3
「……ん。ああ」
 遅い朝を始めた姫を、執事たる宰相が直立で迎える。ややあって、姫が応える。
「この日を迎えて、どうだ、爺は?」
 主従たるを決めたその日から、この時をお待ちして、とは決して彼は言わない。王がそれを
許し、民がそれを願い、自身が渇望したその朝は、常であるように始まらなければならない。
「どうもありませんな。お嬢さまには本日も麗しく」
「陛下≠ヘ、やめたのか?」
「むしろ今だけに許されると諭されまして」
「なるほどな。その調子で頼む」
「御意」
「や、おはよう諸君」
 昨晩の客が、眠い目をこすりつつ朝に参加する。
「遅いわ」
「すまんな。何しろ敵の気配が一向になかったからな。起きられもせん」
「で、なければここを建てた理由が立ちませぬよ」
「畏れず誇らず、か。いや、実に好ましいな」
「どうでもいいが、そのしたり顔をやめないと殺すぞ」
 ぬるい空気の一切を拒絶する姫が、近習を引き締める。彼女の内で昨晩の出来事は消化を済
ませている。だから何だ。
「まあいい。こうして十八の誕生日を迎えたからには、嫌でも王だ。努めは果たす」
 この日を待ち続けた宰相には言葉もない。
「そうか」
 侍にしても一言だ。主と決めた者の言に差し挟む無粋はいらない。
「ああ、始めよう」
39創る名無しに見る名無し:2012/07/09(月) 13:48:51.52 ID:DWEvGGF3
>>37
3.74$のL.A.Noireに50時間も寄り道しちゃう盆暗のスレは下がって当然なのです。
でも日がな一日この話のことを考えてるのは間違いないので、精進しますはい。
40創る名無しに見る名無し:2012/08/01(水) 03:17:58.92 ID:VGwL1kbx
 焼き締めたライ麦パンに硬チーズを厚く。熾火の熱は調理を済ませると隠れ家を巡回して、
無数の風穴に拡散される。壁面を埋める麦酒の樽から好みの一杯を注ぎ入れば、朝食は滋養に
満ち、洞窟に活気が足りる。
「王たるに」
 宰相がまた、前のめりに芳ばしい三枚目を差し出しつつ、説く。
「この逆境はむしろ好機にあらねばと」
 姫はしかし、もぐもぐと咀嚼に忙しく、耳は記銘と保持に専念する。
「おかわりだ」
「おかわりだ」
 侍の傍らの樽は、早くも空こうとしている。朝食としても、ちと早い。
「ここの麦酒は濃く苦いのだな。これはうまい」
「違いない。清涼と芳醇が競う所にガツンと差し込む弩級の苦味、これが我が国の麦酒だ」
「我が国の主要輸出品の一つでもありますな」
「そう。そうだ、この爺が推し進めた農地改革と製法の洗練によってここまでに、な」
 薄桃に染まりかけた頬を紅く燃やして、しかし宰相は警鐘を打つ。
「それはさておき、お嬢さまはお召にならぬよう。まだ朝ですから」
「何を言う、爺。それどころか私は今日で成人だ。つまり、火酒を嗜むに足りると――」
「なりません。一国の当主が朝酒など」
「とろり、と濃厚ながら喉越しの荒々しさがむしろ心地よく、抜ける息に芳香が満ちる様は、
喩えて至福だったな」
「ほれ見ろ」
「何がですか。とにかく、朝食に火酒を宛てるなど言語道断、亡き王が許してもこの私が」
「ほう、その線で来るか。ならば――」
 ならば、と奥の手の一つを繰り出そうとする姫を、侍が諌める。
「ま。姫はこれが初めてなのだろう? なれば、今宵の晩餐にはそれ相応の代物が用意されて
いるに違いなかろうさ。それを――」
「いや。隊にいた頃は随分世話になった。寒さと失血から、何度救われたか知らん」
「……」
「くく、これは筋金入りだな。どうする?」
 侍の問いに宰相はにわかには応えられない。初耳だったのだ。
「……そう、でしたか。では今日の日にと用意した、一八年物の逸品には退場願うしか」
「嘘だっ!」間髪入れずに姫が叫ぶ。
「は?」
「いや、あれはアレだ、ええと、新兵にありがちな虚勢を誇ってのちに自爆する云々の……」
「――だよな。俺も傍で聞いてて身が切られる思いだったよ。つい、な? やっちまうんだ。
昔は悪かった、だとか、一人殺すも二人殺すも同じだ、とか、な? でも本当は心根の優しい
このちびっ子が、そんな悪事に手を染めてる訳がねえ。アンタもそれは判ってるんだろう?」
 昨晩より旨い酒を飲みたい侍が無理矢理な助け舟を出すがしかし、この宰相が舐めた辛酸は、
主にこの姫の所為であるが故に、だから通用しない。
「ははは、ではいずれ」
「っ!」
 この鬼を前にして……と、姫が恨みがましい感心をすると同時に、鬼が笑う。
「はっ。いや実に見事な忠節、恐れ入った」
「……まあいい。夕刻まで待てば、それでいいのだろう?」
 諦める気配のない姫が脅迫的に念を押し、究極には断れない宰相が眼の色で肯定を顕にする。
「ならば、昼の勤めを済ませよう。爺、まずはこのうざったい髪を切ってくれ。邪魔だ」
「何、ですと……?」
 腰まである赤髪を鷲掴みにして、腰の短刀に気配を延ばす姫を、苦味の効いた既視感と共に
見上げて、宰相はまた失敗する。
41創る名無しに見る名無し:2012/08/01(水) 03:28:11.83 ID:VGwL1kbx
初サマーセール、抑えた筈が$60。計20本とか終わらせられる気がしないんだけど、ここはちゃんとします。
42創る名無しに見る名無し:2012/08/02(木) 21:11:47.68 ID:e3MikJZT
「何だそのツラは。爺が出来ぬなら自分でやるしかなかろうが」
 こと、己に関する限りにおいて、加減の利かぬ姫が散髪を自前ですれば、それ自体の価値を
重くしていた者は泣きを見る。
「……くっ」
「面構えが増したな。よく似合ってる」
「し、しかし、これではまるで……」
「蟄居を命じられて二年。父には悪いが、兵たるはこうであらねばな」
 過剰な切れ味が斜めに働き、またその髪色がこれであった結果、それは炎を表現したが様相
である。
「……不覚……っ!」
「淑女的に上品に早く死ねというなら、長いのもアリだと思うが?」
「……くそう! くそう!」
「まあ、そう虐めてやるな。女娘にはどうしても、斯く有らんが入ってしまうのが男の性よ」
「面倒臭いわ」
「…………っ」
「っと、それ以上は、な?」
 半世紀をこの国のために、そして一八年を全てのために尽くした男泣きが、場に沁みる。
「いや、あの、ごめん。悪かった」
「ほれ見ろ」
「……いえ、お嬢さまの覚悟が、そこまでであられるならば爺はもう……っ!」
「あ……」
「これで、いま憤死したら姫の責任だな。くくく」
「っ! やかましいわ! 死因を撲殺にされる前に止んで立て!」
 この喝が欲しかった、とも取れる瞳で宰相は復活を果たす。いわば、お約束でもある。
「……で? あの皇帝≠フ首をこの手が刎ねる算段はどうした」
「――は、三通りが。しかしどれも死線を越えることに」
「上等じゃないか。全部を試してもいい」
 醒めやらぬ涙目を見下ろす三白眼が白刃の色を宿す。
「そこには勿論、俺らが噛むのだろう? そうだろう?」
 侍の人ならず大きな瞳が濃くする期待の色に、二人はそれを些か迷惑に感じた。
43創る名無しに見る名無し:2012/08/03(金) 00:02:48.00 ID:j84Qtkfn
「帝国の狙いが連邦にあって、我が国への侵攻がそのための足掛かりでしかない、という事は
お解りかと思います」
「我が家を根絶やしにするには過分であるし、な」
 王国の二万に対する三十万の帝国軍が意味するものに、他の理由を思いつく者はいなかった。
方や故に折らざるやと攻め、しかし此方はだからこその反攻を極める。その明日がこれだ。
「ん? では昨夜のアレは総掛かりではなかったのか?」
「無論。五万やそこらで落ちる城を建てた覚えはありませんが、まさかの二〇万を想像できな
かったのは偏に私の至らなさが――」
「その二〇万相手に、二千で一昼夜持たせてそれを言うか」
「はは、それは偏に愛の成せる――」
「――百倍か。それは難儀だったな」侍は空気を読める。
「ふん。平原の一万が五万を削った王軍にそれを誇ったら嗤われるわ」
 但し、その一万は全滅をしている。
「叶うなら、もう少しだけ早く着きたかったな。その戦に間に合うように」
「我らには、ここに確固たる戦果があります故に」
「……私が、それを聞いて喜ぶとでも?」
 姫の奥歯が軋み、その瞳に朱が混じる。
「――っ!」
「仇を討つのが、望みか?」
 咄嗟に否定を表す宰相が見返せば、彼はそこに血塗れに笑う姫を視る。
「ああ、そうだとも。私が望むのはそれだ」
 失われた全てを瞼に灼いて誓う。
「そして、それ以上を」
 不幸なのは、これを思いついた者どもの浅薄であり、彼女に罪はない。ここに鬼がいるのも
誰かの所為ではない。敢えて言うなら運が悪いのだ。
44創る名無しに見る名無し:2012/08/03(金) 01:13:44.38 ID:j84Qtkfn
「ただいま!」
 俵担ぎに熊を背負った首刈りが、鮮血を滴らせつつ帰還を知らせる。腰に佩いた斧には一点
の曇りもない。
「早かったですな。――で、それは?」
「ああ、俺と熊のどつき合いを観戦しててな。可愛いだろ?」
 虎である。
「いや、その」
「心配するな。お前らは歯牙に掛けんように躾けるし。ほれ、こいつらは敵じゃねえからな、
喰うなよ?」
 回復の半ばにあって、満足に動けない兵たちにふんふんと鼻を鳴らし、まるで猫のように虎
は主に従う。既に野生の決定戦は済んでいるようだ。
「ほらな? んじゃ、ちょいとこいつを鍋に仕立ててくるから、待ってな」
 よく見ればその鬼は腰に牛蒡と葱を差しており、図体と面構えが並でさえあれば世話好きの
主婦に見えないこともない。
「ぐるる」
 虎もまた上機嫌で鬼を追って厨房を目指す。
「……はは」
「理解ります。もう笑うしか」
「これは死ねないな……ああ、それどころじゃない」
 同意の渦が奇妙に廻る。さっきまでの死に損ないどもの興味が、尽きた寿命を凌駕する。
45創る名無しに見る名無し:2012/08/03(金) 02:37:43.20 ID:j84Qtkfn
 人死に慣れるのは兵の必須であり、それは敵味方の別を問わない。殺すのと殺されるのに、
さしたる違いはなく、死のこちら側と向こう側に立って流す血の量を競う。
 死が自身のそれを上回らない限りに於いて、兵はこれを享受するし、不満といえば飯が不味
いの程度。決して故郷に残した婚約者に未練など残さない。

「何だよこれは!」

 覚悟なき行いに赦しを得る資格はなく、頭蓋に落とされる石の重さを後悔しないだけの罪は
それと知って重ねて来た。死を免れるための全てを、戦友の血で濯ぎ、今日の命を決して離さ
ないと腰までの血に嵌って猶も。

「ふさけんな!」

 同じ血を流すのが友だから、だから耐えられた。人が人として死ぬなら俺にもそれはアリだ
ろうと思った。慣れた痛みの先に冷たいものがあるだけだ、と。

「こんな死に方があるかよ!」

 あれはオニだと誰かが呟いて、その音に奇妙な納得がいった。人ならざるもの。朧な輪郭が
赤く、人型にしてはどうしても大き過ぎる恐怖の塊を型取り、それがここに。

「いやだ」

 正中線で切り分けられた人間を、これから起こる自身の死と認められない。絶対に許せない。
そんな死だけは。あああ、何だよあれ。人が死んだ姿じゃねえ。

「次はお前か」

 その声は死であり、命が終わる瞬間であり、彼に抗う術は、ない。
46創る名無しに見る名無し:2012/08/14(火) 03:51:12.92 ID:ObU2Z8Sq
「お。隊長」
 血塗れというか血溜まりを担いでるかの若造が、いつの間にか後にいた上司に慌てない振り
で声を掛ける。
「こっちは問題ないぞ。怠けてもねえし」
「見てりゃ判るさ。前に出過ぎないのには感心した。どこで習った?」
「え、あ、いや。……弓のおっさんだよ畜生!」
「だよな。その調子だ」
 ずばんと軽く若造の肩を叩き、隊長は門前の有象無象を見やる。渾身の矢羽が降り注ぐが、
蚊の射すより気にしない。
「で、夜まで持つか?」
「ったりめえよ! つうかこいつら、まるで歯ごたえがねえ」
「だが侮るなよ? お前らがくたばるのは、何やかやでいつもそれだからな」
「ここで? それはないぜ隊長! これは死ねねえや。敵が安過ぎるって」
「くく。それでもごま塩程度には覚えておけ。うっかり死ぬのがお前らのお約束だってな」
「この俺が? 他のヌケサクみてえに? はっ、最高だぜ隊長!」
 城門を目指す坂道を決死の兵たちが駆け上がり、そして一様に下半身と泣き別れる。
「――ヒトがどんだけやるか、お前はまだ知らねえからな」
「そんなら連れてきてくれよ! ヒト如きに負ける気がしねえ」
「若いな、若造。例えばな、侍の師匠が本気出したら、お前なんざ二秒で骸だ」
 在りし日の血闘を想い、隊長の二の腕が震える。
「マジか。倭の国って二〇年前だよな。くっそ、生まれんの遅過ぎだろ、俺」
「残念だな。ああ、残念だ」
 腰のものを城壁に預け、関節を不気味に鳴らして、隊長は新人教育を開始する。
「ちょっ、あの」
 嗚呼と叫ぶ若造が四方に舞い、戦場は混迷の度を深める。
47創る名無しに見る名無し:2012/08/14(火) 03:54:56.49 ID:ObU2Z8Sq
しかしあれや。このタイトルはないわ。どんだけセンスの欠片もないねん、俺。
48創る名無しに見る名無し:2012/08/30(木) 02:46:23.29 ID:HxGEtkL3
規制喰らったー。どっかの阿呆の所為で書けもせん。
避難所探して来ます。
49創る名無しに見る名無し:2012/08/30(木) 08:32:48.11 ID:u9uFdr45
避難所ならここに

http://jbbs.livedoor.jp/internet/3274/
50創る名無しに見る名無し:2012/08/31(金) 12:52:57.69 ID:M9GuETP7
>>49
ありがとうありがとう。移住も含めて検討してきます。
51創る名無しに見る名無し:2012/08/31(金) 15:35:39.31 ID:FIGwm9JN
SS速報→創発→創発避難所という流浪がらしくていいか、と。
今回の投下はこちらにあります。暫くはここでやります。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/3274/1346394436/
52創る名無しに見る名無し:2012/09/04(火) 15:02:48.60 ID:A8k9t+wz
苦労してんなw
53創る名無しに見る名無し:2013/01/28(月) 15:41:20.74 ID:Rr2eurz4
 宰相と侍の溢した、巨大な空洞で姫は運足に専心する。かの鬼の、それだけを一〇年やった
という胡散臭い台詞を受けて。
 背に負うは彼の脇差であるが、彼女の体格に比せば大剣もいい所である。「又弟子になるの
であれば、これが入り用になるさ」と、言って鬼はそれを軽く譲った。

「……あのような生き物が実在する世界、か」

 呟いて、にわかに紅潮した姫のそれは、もちろん恋心のそれではない。もっと凶悪で、残忍
極まりない将来を懸想した結果だ。

 甲冑までを相手にした経験ははないが、彼女の敵は少なくとも鎧を纏っている。装甲を前提
とした攻撃、それが身につけた生き残りの術である。可動部を破壊する事により人体を不能に
至らしめ、次の敵を同じ目に遭わせる。その次も。


規制が明けたと知ったので取り急ぎ。
54創る名無しに見る名無し:2013/03/09(土) 22:55:50.69 ID:etAiUMAY
「あれか。見事に道理だ」
 遥か眼下の二列縦隊を眺め、問わず語りの侍に宰相が応える。
「その程度にはお役に立てませんと、王に合わす顔がありませんので」
 彼らがこれからすることを、たぶん、その主は激しく悦ぶだろう。

 入り組んた渓谷を貫く橋を見下ろして、侍の抱える宰相が薄ら笑う。北の国境を我が物顔で、勝ったつもりのそれを、二人で嗤う。

「では、手筈通りに」
「少なく、申し訳ない」
「謝るフリなど、通じるかよ、な。笑わせる」

 侍が小太刀を抜いて掛かるのは軍の要である、輜重隊。それが峰を越えて、この国を成功の跡地にされるのが気に喰わない。
数に任せ、粛々と行われる侵略を担う部隊に、余地を与えるのが嫌で堪らない。
 それを本隊と切り離すのが彼らの役目である。どうやってか、それは物理だ。

「なに、気にすることはありません。この橋は国境のこちら側≠ノありますから」

 騎馬にて越えられる峠道が支える国益を、廃することで欠けるとして、だから何だ。国難がここにあるのだ。

 眼下の大軍を眺め、それと存分に遣り合えない不遇をそして呑み込んで、次があるさと。

「俺はまあ、師匠に言わせりゃやっと並≠セが、アレをぶっ壊すくらいなら、な」

 ヒトの手になる大願を文字通りにぶっ壊すべく、鬼の一人が断崖を走って下る。
 帝国の二方面侵攻はここに崩れ、敵地に孤立した主力は、誰かの望んだ苦境を自身と祖国に齎すことになる。

「……いやはや。この期に及んでの助力、お嬢さまの強運にはもう、笑ってしまうしか」

 さて。ここに反撃の狼煙は上がる。阿鼻とか叫喚とかの類だ。彼と彼女の敵の。
55創る名無しに見る名無し:2014/05/10(土) 15:23:19.38 ID:1Q5uW2a+
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  |:::::::::::::::::::ヽ(  ̄)          |
  \::::::::::/   ̄           |
    ̄ ̄ I WANT YOU              ニュー速(嫌儲)
     FOR POVERTY.ARMY    http://fox.2ch.net/poverty/



     【ひろゆき】今2chで何が起こっているのか?【#偽2ch騒動】
      http://www.youtube.com/watch?v=Rhi87ky-Dqo
56創る名無しに見る名無し:2014/05/14(水) 10:28:26.62 ID:6TPpbF/v
「子供を殺した事があるか?」
「そりゃあるさ」
「……どんな気分がした?」
「いい敵だったと思ったけどな?」
「――赤子は?」
「ああ、あの野郎は強かったな」

 強敵を求めて世界を探索する一種族の、これまでとこれからがこの世界を睥睨して謳歌する。

「橋を落として輜重隊を本隊と断絶させた。近い内に何もかもを捨てた連中がそこを通るぞ」
 地下水脈の大空洞に野太い声を散らかして侍が、隊長に報告を入れる。
「お疲れお疲れ、よく間に合ったな。半ば無理だと思ってたわ」
「着いた瞬間が際だったよ。知ってて見えてるんじゃねえかと思ったけどな」
「知ってる訳ねえだろ、無理言うな。とにかく、それが成らなかったらまあ無理だったんだ、よくやってくれたな」
「あんたに褒められると死ぬらしいからやめてくれ。で、この姫さんはどうするよ?」
「最強の剣士かつ旗印なんだ、最高の舞台を用意してやらんと無礼に当たるだろう?」
「ん? いやちょっとそれはアレだよな最終的に死ぬよな?」
「悪くないだろ?」
「悪いがそれは断る。あの姫さんは俺の又弟子になったからな」
 隣を歩く宰相の心配が極限に達した所で、侍がそれを許さない事を宣言して続ける。
「俺の弟子を俺らと同じように扱って死なせるのは、許さないよ隊長」
 うす青く光る右耳の通信機を、乱暴に中指で叩いて拒絶を示し、姫の事を思う。
「あれは俺の君主と決めたからな。俺より先に逝かせる訳にはいかん。了解したか?」
 答えて返す隊長の声が多分の愉悦を含んでいることを、聞いて判断するのは難しい。
「ああ、それでいい。お前はその信念に従って為すべき事を成せ」
 この連中には基本的に共闘の概念がない。自分の意志より優先されるものなと何一つない。
57創る名無しに見る名無し:2014/10/12(日) 21:09:30.57 ID:HVopgUpD
ちょっと訂正

「橋を落として輜重隊を本隊と断絶させた。近い内に何もかもを捨てた連中がそこを通るぞ」
 地下水脈の大空洞。声を立てずに侍が、隊長に報告を入れる。
『よく間に合ったな。無理でも仕方ないと見積もってたが』
 内耳に埋めた通信機に地中故の不調は見られない。地上から衛星までの疎通を最低限に設計
されて実装した唯一の機械部品がここでイカれるのは、誰の予定にもない。
「着いた瞬間が際だったな。よもや知ってて見えてたんじゃねえかと思ったが」
『そんな筈があるかよ。とにかく、それが成らなかったら一年遅れたろうな、いい仕事だ』
「あんたに褒められると死ぬらしいからやめてくれ。で、姫さんはどうするよ?」
『最強の剣士かつ旗印なんだ、最高の舞台を用意してやらんと無礼に当たるだろう?』
「ん? いやちょっと『それはアレだよな最終的に死ぬ』よな?」
 つい、声になった詰問が、隣の宰相に最大級の懸念を喰らわしているのを構わずに問う。
『まあな。英雄は死なないと完成しないからな』
 ヒトとの最大の相違である牙を、この男にしては珍しく剥いて侍はそれを否定する。
「悪いがそれは断る。俺の又弟子を安く死なせたら師匠に殺される」
 蒼さを赤みが上回った複雑怪奇な顔色の宰相を、眼力で抑えて、
「俺はあの姫さんに殺される予感がするんだよ、いい意味でな」
 虹色に困惑する老爺があらぬ誤解をする前に、話を切り上げる。
「とにかく、あれは俺の君主と決めたからな。何があろうと俺より先に逝かせる訳にはいかん。
了解したか?」
 答えて返す隊長の声が多分の愉悦を含んでいるのを、聞き取って苦味が走る。この野郎。
『――ああ、それでいい。お前はその信念に従って為すべき事を成せ』
 不安の消えない宰相に凶暴な笑みをひとつくれて、帰りを急ぐ。
58創る名無しに見る名無し:2014/10/12(日) 21:11:34.01 ID:HVopgUpD
「――ああ帰ったか。首尾はどうだ?」
 汗塗れの王女が横目で問う。灯火が照らす影絵もまた振り返る。
「悪くはないが、良くもなさそうだ」
「また漠然としたな。良いのと悪いのを一つづつ話せ」
「ですがお嬢さま、悪い方が最悪です」
「いい方もよく考えたら、最悪よりはマシな程度だしな」
「じゃあ何だお前ら、一体何をしてきたんだ?」
 彼女の治めるべき国が結末を迎えたがっている中で、二人は概ね最善を成したのだが、勝利
にはそれでもまだまだ足りない。何一つとして足りていないと言っても差し支えがない。
「まあ取り敢えず橋は落としたよ。爺さんはそれで死ぬ予定だったから俺が代わりにな」
「細工と鍵を使わずにあれが落とせるとは、いやはや、思っても見ませんでしたが……」
「これで連邦が干上がるのは確定したか。いいぞ!」
 何でか隣国の苦境に喰らいついた姫に、宰相は最高にうんざりした顔で諭しに掛かる。
「宜しいですか、我が国はこれで最大の優位的取引先との断絶を、緊急避難的な事情に依ると
は言え選択してしまいました。先方に最大限の筋は通してある事を考慮しても、国際的な信用
は完全に地に堕ちた事でしょう」
 恐らく、事態を正確に認識しているのは残念ながらこの男だけなのだ。
「北の鉄鋼と炭が我々に何をもたらした? カネ以上の何を対価にした?」
 しかしこの姫の感情は治まらない。国境を守った経験が絶対にそれを許さない。
「総ての国を合わせた以上のカネを積み上げて、それが忠誠か? 私はカネなんか大嫌いだ!」
 絶対に王位に就いてはいけない資質を指定するならこれだ。清濁を併せ飲んだら憤死する、
確固たる信念が肉親をすら凌駕してしまう激情を揮って後悔しない、そんな生き方がこれだ。

 しかし鍛えられた臣下は此れ式で折れたりはしない。何故にか彼を王として預かってしまい、
それを私の王と認め、これを唯一とすると決めてしまったからだ。

「この小国がここまで生き残れたのは、お嬢さま、その汚いカネの力で御座います」
「知っているからこその、嫌いなんだがな」
 姫の呟きは慟哭に近い。
「承知しているからの忠告にございます。これだけは容れて頂きます」
「嫌だ」
「なりません」
「それが誰も幸せにしないかも知れなくてもか」
「誰か一人の幸せを贖えるかも知れない、その限りに於いて」
 命を小言の対価にして睨んでみせる忠臣には、この姫だとて敵わない。まず口が敵わない。
59創る名無しに見る名無し:2014/10/12(日) 21:12:52.66 ID:HVopgUpD
「諸君、残念ながら大勢が決してしまったようだ」
 五万の敵を背に、隊員に事実を告げる隊長の後ろ姿は悲しげだ。
「そもそもあの帝国とやらが狙ってたのが連邦の資源だったからな、これの潰えたのちに連中
がこの国にいる理由がない訳だ」
「折角ちょっとやる気を出してくれたのにか?」
「帰還命令が出るからな。死んでる場合じゃないだろうさ」
「戻ってどこに行くんだよ?」
「本国経由で連邦に攻め込むに決まってんだろ」
「は? じゃあ連中は何しにこの国に来たんだよ?」
「誰かこの馬鹿に説明してやれ」
 名指しされた男は斧を背に、いつもの様に馬鹿の相手を取りかかり、その傍らで彼の隊員と
王国兵は状況を完全に理解している。
60創る名無しに見る名無し:2014/10/12(日) 21:13:38.24 ID:HVopgUpD
 温めた葡萄酒と炙った肉を腹に収めて、漢らしい人心地をついた姫が曰う。
「血統で君主を選ばない、それが最大の利点は何だと思う?」
 彼女は顔だけ笑って訊く。侍は少し考えて、応える。
「何だろうな、――暗君がある可能性の排除だろうか」
 師に対して、ぎりぎりの許容を与えた上で、王である彼女は浮かぶ凶相を隠さずに告げる。
「幼君を抱かずに済むことだよ。これが何より国にして怖ろしい」
 この弟子は手に余る程には賢いな、と何度目かになる感心を含んで相槌を打つ。
「なるほどな。後見人は毒にしかならず、当人は生きるに如かず。まるで運命だ」
 誰もが喜んで尊んで祝ったそれを呪いのごとくに決めつけて、彼女は猛る。
「ではこの私は何だ! 十八に成ると同時の即位戴冠を約束されて、嬉しい事などあるか!」
 ここはどちらに応えても不正解なので侍は黙る。
「――それに関しては人物が違うとしか……」
 慙愧を湛えて宰相が宣告する。ありとあらゆる平和を約束するのと、概ね同じである。
「姫の人気は尋常でないようだが、反感の類いはなかったのか?」
 ちょっと気になってみたような体で聞いてみた。
「ふん、あって欲しかったさ。同じ血が二代続く前代未聞を楯に廃嫡を要求してくれるとな」
「ああ……」
 何か申し訳のない気分になった侍が、なってない相槌を打つ。
「ええ、それにはまず我が国の継承権選定が如何に行われるかを――」
「うるさい」
 宰相の助け舟は無残に沈み、姫の大雑把なあらましが場を支配する。
「父が嫁取りの為だけの王位継承を成した折の狂騒は、何というか末代までの恥だ」
 姫の双眸が元よりの色を塗り替えて危険色を灯す。
「戴冠後に意気揚々と連れ帰った母を見た刹那、ここのバカ共は一斉にイカれおった」
 建国以来とされる国の吉日を、さも見たかのように語る姫の横顔は苦渋を含んでいながらも
誇らしげであるという、ちょっとした見ものである。
「皇国五大家、その直系の上位継承権持ちが他国に嫁ぐなど、絶後だろう」
 まさにその日に彼の隣にいた宰相は追憶に胸を震わせる。彼がいまここにいるのは、この日
に決定されたとして否定されないだろう。
「二人が共に生きた時は長くなかったが、民は未だその日を夢見ている。娘である私が――」
「それは違いますぞ。国民の意志は王たるに相応しき方として殿下を唯人として壮挙しており
ます」
 ふん、とまた一つ鼻息を荒くして姫は否定する。
「あの日、あの山に私がいたことで何が違ったか? 私は一介の兵の勤めを果たしただけだ。
それをお前たちが盛って祭って――あろうことか王にまでっ」
 この激昂は正当なものだ。その時彼女は戦友と共に敵に向けて最善を尽くしたのみである。
たとえそれが、野戦任官された無名の小隊長が主導した鮮烈な逆転劇だったとしても。
61創る名無しに見る名無し:2014/10/12(日) 21:14:11.99 ID:HVopgUpD
「……まあ、そんな日もあるさ」
 姫の三白が限りなく四白に近づこうとしている危機を察して、侍はヒトの世に習う。
「国境の北がいよいよ平定されたと、報せが届いた日のことを私は忘れられません」
 宰相の自身を守るべき何かは既にイカれているらしく、そんな鬼のことなどを構いやしない。
「我が国の領土を侵した民兵を追って討伐し、その仕儀に因縁をつけた連邦正規兵の一個連隊、
三〇〇〇名を自国内まで誘引の後に鏖殺せしめた。その際に逃走を装った殿戦の隊長が――」
「が?」
 感極まった様子の宰相を侍が促す。姫の事情は扠置いたらしい。
「こちらのお嬢さまであり、先王女殿下、現国王陛下その人です」
「それはちょっと姫が云々とかのアレじゃあねえよな」
「左様、戦歴の点であの日にお嬢様は王を越えられました」
「巫山戯たことを言うな! 私は今日この日まで父を越えたことなどないわっ」
 狂犬か山猫のような質で吠えるのが習わしのこの娘だが、さにあらん、父と母を筆頭とした
家族を愛して止まないのだ。
「! これは失礼を……」
「だよな。俺も親父を越えたことはないし、師匠なんざそれを口にしただけで死にそうだ」
「……お前はいつか越える。いまは師匠だがいつまでもは許さん」
 掛け値なしの本気である。その勢いが彼の師にまみえる時まで持てばいいが。
62創る名無しに見る名無し:2014/10/12(日) 21:46:17.73 ID:WvuqY30b
久しいな、これからも続き待ってるよ
63創る名無しに見る名無し:2014/10/22(水) 08:19:03.60 ID:NLUwSLwb
 帝国本土がその報せを飲み下す前に、この星での一ヶ月を要することになったのは誰のせい
でもない。しかもそれが、およそ常識では信じ難い内容のてんこ盛りであり、それ故の遅延が
方方で冗談のごとくいちいち面倒臭く繰り広げられた挙句に、肝心の物証が紫色な腐臭を撒き
散らしていたのだから。

 文字通りの全軍を繰り出しての大戦争である。まつろわぬ小国に対する粛清の体裁を対外に
訴えた宣戦の布告は、当事者以外には物笑いの種でしかなかった。
 拡大政策による国民の増加が、必要に足る軍事力を確保するに至ると同時にこの侵略は実行
に移された。昨日まで近隣の小国民だった彼らを含めて全軍五〇万。正規兵二万の隣国が予想
外の奮戦をどれだけ積み上げたとて……

 ――そのまさかの結果的惨敗が、表沙汰になってはならない。ならば。


「奴ら帰っちまうぞ! 何やってんだ隊長ォ」
 と、生意気な口を利いた若造が、暫く手前の顎で食餌を得られなくなるのと同時に、追撃の
手筈は整った。
「深追いして死んでも笑ってやらねえからな」
「俺とこいつは慎重だぜ、隊長。このアホとは違う」
「あおおああんあー!」
「行っても国境までだ。敵をよく見て来い」
「ああ」

 ここにある状況の矛盾は、偏に敵方の軍団長による独断が故である。敵を物理的に見知った
指揮官として、如何ともし難い状況を立て直すために陣を敷き直す必要があった。

「半分は要らねえって言っただろうが。休んで治せよ」
 墓掘りを終えた守備兵のやる気に満ちた表情を見て、それでも首刈りは一言ばかり窘めねば
納まらない。
「姫さまの許しは戴きました。これよりはもう一度遣うばかりです」
「そのこれ≠チてのは一個しかねえヤツだろ? 無駄になるかも知れねえのによ」
「既に一度は無駄にしておりませんからな、これ以上はありませんよ」
 落とされ掛かった腕が繋いだばかりの弓兵が、決まりきった台詞を吐く。
「しゃあねえな。ま、なるべく俺の後ろにな」
 相変わらず、この世界の人の血を啜っていない得物を腰に、首刈りは血塗れの盾として往生
する予感に打ち震える。この男はことある毎にヒトの側に立つのを好しとし、最後に立つのが
己ではないことを希求して止むことがない。
「戴冠の儀に花を。姫さまの栄光を我らが血潮にて」
 合唱が木霊の如く鳴る、呪詛に似た響きを背に、ああ、この世界は俺好みだと痛感する。

 この世界に神はいないと姫は言った。ヒトはそれを人間に求め、たまにそういう存在がこの
世に現れる。
64創る名無しに見る名無し:2014/10/22(水) 08:33:25.77 ID:NLUwSLwb
>>62
見てる人がいるとか超びっくりしました。ゲームに費やす日常を改めて、これをとにかくやります
65創る名無しに見る名無し:2014/10/22(水) 09:21:03.36 ID:NLUwSLwb
ちなみにいま嵌ってて抜け難いのがDarkout。$1.11で2つ買えたSteamキーを置いとくので
私の代わりに軌道エレベーターを建立して下さい。日本語化はされてないです
6DNZ8-MILR2-KNDYX
66創る名無しに見る名無し:2014/12/03(水) 22:14:42.35 ID:R0VNzPWg
「――詐欺と強姦は別だ。これは民衆の手で裁かれる」
「石を投げる感じか?」
「まあな。易くは死なせない決まりだ」
 当たれば致命の剣戟を交わしつつ、侍とその弟子は歓談を続ける。
「先に見た限りだと、この国の連中はその手合をしそうにはないけどな」
「人であればそれなりに腐るさ。犯すのも自由だ」
「死を以って償える限りに於いて、か」
「そうだ」

 侍の指導により、姫の技量は極限を指して止まない。殺される前に殺す、それができる技量
を洞穴にて磨き続ける。何の為にか、誰の為にか。

「王の責務が必要以上に重いのは、圧力の結果か?」
「はっ、どこが重いよ。死囚の首を刎ねるのに王以外の誰がある?」
「割と普通ではないぞ」
「普通でないなら、それは欺瞞だ」
「厳しいな」

 必殺の流し斬りを難なく避けて、又弟子がこの有様になった経緯に探りを入れる。全力の彼
女に確かめるには軽々に過ぎるが、それが師の務めでもある。

「お前らの言うところの神≠ニやらがいないお蔭だろうな。絶対の何かなど度し難いわ」
「気持ちは解るが、剣筋に感情を載せるな。雑になる」

 踵を蹴り上げられた姫が、面白いように一回転する。そこを斬られたら助からないだろう。

「その辺を踏まえて、姫はどうなりたい?」
「――私が望むのは、戦友と共に迎える死よ。それが夫ならば尚良い」
「そんな奴らを、脳まで筋肉が詰まってるって、俺らは言ってるな」
「その辺りは、我らと変わりませんな」
「やはりおかしいのはこの姫か」
「左様にて」
「何だと貴様」
「俺は嫌いじゃないが、明らかにアレだ」

 そんな一言が為に彼女の師は徹夜を強いられる。概ね彼女の望み通りに。
67創る名無しに見る名無し:2015/01/12(月) 11:56:12.52 ID:mUbe4nm1
「……自由と平等が聞いて呆れるわ」
 林檎の如き頬をした姫に、はははと相槌を薄く笑う宰相。
「ん? 南の、だったか」
「はい。共和国の標語ですな」
「それがこの姫の何を怒らしめる?」
 皸のような皺から苦渋を滲ませる宰相が、それもやはりうんざりした顔で事情を始める。

「そもそも、我々がいまの状況にあるのは血を流さぬ奴原による怠惰と妥協の帰結と言えます」
「一五〇年前に我が国が国権の回復を果たした事により、旧来の貴族制度は斜陽を迎えました」
「それに守られて甘え、感謝の言葉を毎食後に唱えていた輩までが、その特権を舐めたくなり」
「――殺して、我が物にした」
 やや前のめりな宰相の機先を制して姫が結末を顕にし、宰相は肯定する。
「左様にございます。その折に我が国の傭兵が犠牲になった件は、必ずやその代償を」
「何があったんだ?」
 元から愛想のない姫の眉間に極太の二本線が引かれ、そこに母の面影は消え失せる。
「信念に応えて殉ずるか、保身の捨て駒になるかの違いだ」
「先王――父上の部隊は前者でしたな」
「ああ、あれこそが戦士たるの矜持よ」
「共和国のそれは宜しくなかったと」
「最悪だ。豚共も、その民も等しく、な」
 姫の言葉に怪訝な侍に、宰相が解説をする。
「――目前の処刑を一刻でも先延ばしにする為に、無抵抗の楯を強いられた彼らの拳は、己の
膂力のみで割れておりました」
「だからこの爺は喜んで彼の国を苦しめている。皇国の出でありながら、な」
「あれが祖国などと思ったことはありませんが」
「知ってるよ。だから言ってみた」
 灯火がゆらゆらと洞穴を照らし、陽の目を待ち望む彼らはそれぞれに爪を研ぐ。逆転を己の
手で成すと誓って。
68創る名無しに見る名無し:2015/02/10(火) 06:58:44.18 ID:HGWeEW8h
 敗走に近い撤退を率いる首刈りの表情には、斑に赤い跡がある。
「間違いねえよ、隊長。火薬は無煙で7.62mmだ」
「ああ、ある訳ねえよな。どうやらあちらさんにも開いてたようだ」
「え? それはやっといたけどよ、やられっ放しってのはどうも――」
 地団駄を一つ大地に喰らわせて、彼は王城への帰還を開始する。
「反撃はお預けになっちまった、ここに来てからの俺はまさかの不殺だよ」
「……しかしアレは一体……」
 幸いにして一人も欠けなかった追撃の兵は問うが、ある筈のないものに対しての認識が及ぶ
にはどうしても時が足りない。
「まあ、筒に詰めて石を飛ばすとこから数えたら、世代にして十は軽く超えてるからな」
「威力の程は如何なるものでしょう? 貴殿が一身に受けておられたが」
 彼らがそれを認識できなかったのには致し方がない。喰らった張本人が特に不都合なく走り、
不平を吐いているこの状況では。
「うん? ああ、お前らがアレに当たったらまあ死ぬな」
「死に、ますか……」
「人間は脆いからな。それは仕方がねえよ」
「しかし貴殿に於いてはそうでもない、と」
「まあな。あの程度じゃあ俺は殺せないさ」
 赤銅の肌を染めた弾痕を示して、軽快に笑ってみせる。ヒトとそう変わりない出自なる鬼を
射殺すには、口径にして三〇倍程が必要になる。
「その辺の説明は隊長がするだろうから、取り敢えずは出直すとするさ」

 帝国の隠し玉はこのようにして不発に終わり、この世界の混沌は少し、足を止める。
69創る名無しに見る名無し:2015/02/10(火) 07:05:24.16 ID:HGWeEW8h
補足。このユーラシア大陸のパチもんを舞台にした世界には中国と中東とアフリカとイギリスが欠落しており、
その辺が由来の技術は未発達であります。故に文化・文明の歩みがこの世界とは異なります
あと、他の大陸は南米のみが存在する予定です
70創る名無しに見る名無し:2015/02/10(火) 08:54:49.78 ID:HGWeEW8h
「この国には他所にないものが二つあり、他所にあるものが二つない。何だと思う?」
 回避を凌駕した姫が、当たらぬ位置に立って問う。
「ここが仮に善い国だとして、あるのは公共の概念と生存の自由、ないのは貧民窟と奴隷制、
だろうか」
 その師を前にした時を回顧しつつ、侍は応える。
「ほぼ正解だな師匠、流石は我が先達だな」
「いや、驚きましたな。我らが理念を理解される日があるとは」
 夕食を設える傍らの宰相が感嘆を漏らす。
「ヒトの種に限らないが、まずそれをして後に改めるのは割と正統な流れだからな」
「しかし一つだけは欠けていたぞ師匠。我が国民の最大にして唯一の義務は幸福の追求であり、
それが他のボンクラ共には足りてない」
「権利、ではなくて義務なのか」
「当たり前だ。それを権利だと錯覚したら腐る。独り善がる。義務なればこそ携えるのだ」
「かなり厳しい生き方が前提にあるようだな」
 尽きぬ修練を己が身に強いるこの姫が、それを言うからには覚悟がある。
「よく生きる、それに尽きるだろう。王はそれを保証し、民はそれを今際の時まで尽くすのみ
だ」
「それはしかし、この世界の共通認識ではないんだな」
「残念ながら、な」
「故に我が国は独立独歩、何人にも侵されずに、これからとこれよりを」
「侵されは、したよな?」
 もっともな問いであるが彼らの認識は異なる。
「継承権の絶後と民の根絶が成されなかった時点で、我らに敗北はありませぬよ。そこまでの
覚悟なくして我が国を攻めてはいけない」
「まあな。あの父がいてこの娘が継いでしまった以上、何より民の全てが東に安泰であるから
には、滅ぶのはあの国で違いない。この爺もいるしな」
「取り敢えずではありますが、帝国内に於ける我が国の資産を換金する手筈は終了致しました」
「ははっ」
「そうなると、どうなるんだ?」
「信用取引が不能になるな。そもそも、彼の国の通貨はまだ弱い」
「敗戦国が通貨不況を仕掛けるのか」
「そうだ」
「技術立国が国際的な信用を金銭に換える手段は、多くありません」
「モノ、そしてその青図か」
「はい。宣戦と同時に彼の国の技術を連邦と共和国に流出させました」
「諸刃の剣ではあるが、技術の独占による優位は瓦解する」
「そうです。なのでここ一番を連邦が凌ぎ切れば――」
「逆転があり得るのか。えげつないな」
「小国故の智慧、と」
 ここに至っても得意を露わにしない宰相の策略は、近く帰還する斧使いの報告によって瓦解
する。だがしかし、それならばそれでやりようはあるのだ。
71創る名無しに見る名無し:2015/02/13(金) 13:28:38.01 ID:vz9VTFxl
「終ったかい?」
「はい、討ち死にした兵は全て地に還りました」
 落城から幾度かの中天の元、碑銘を刻まれた城壁を前に、兵の一人が応える。
「特に、あの――斧を担がれた方には過分な厚意を」
「ああ、あれの半分は趣味だから何も言わなくていい」
「はあ」
「それより、ここも何とか片づいたってことで、明日にも嬢ちゃんが帰って来るぞ。何か支度
がいるなら、いまの内にな」
「姫さまが! そうですか、これは食材に万全を期しませんと」
「食いしん坊で通ってるのか」
「それはもう。寝床は泥でいいから旨い肉をと、王にすら求めておられました」
「うおう」
「嘆かわしい……と、王であるお父上と我ら、全く逆の意味で呻吟をしたものです」
 娘がアレでは、その父の気苦労は察するに余る。
「聞いてはいるが、そこまでか」
「それ以上ですよ。あの方が躓く石と刺し違える機会があれば、その任は奪い合いになります」
「格好いい所を見せられたら、命はいらないってか」
 食事に命を懸けるとかの与太ではないな、とさすがに察して隊長は応える。
「ご冗談を。それを見られてしまったら死に切れますまいよ。故に我らは、こうして」
 工夫のなりをした兵が、応えて苦笑する。死の狭間を、格好がつかないからで乗り越えて、
次のそれに備えている彼の表情には淀みがない。
72創る名無しに見る名無し:2015/02/13(金) 14:19:00.27 ID:vz9VTFxl
「この樽は持って行けないのか?」
「幾ら何でも無理でございます。侍殿の積載量は既に限度を」
「俺は馬車かよ。いいから寄越せ、姫は徒歩でもいいよな?」
「任せろ」
 この国が誇る高級品と、超高級品に慣らされてしまった彼らの引っ越しは重い。それらを
嬉々として設えた宰相の罪は重いのかもしれない。
「これから王になられる方を歩かせるなど言語道断、いざとなればこの爺が樽を」
「いやそれは死ぬだろうよ」
「だよな。いいから爺さんはまた俺の腕に収まっとけ」
「主君を差し置いての――」
「黙れ」
 姫の一喝は殊の外重い。極上の大麦火酒が、それも三〇年物が掛かっているのだ。
「……で、あれば」
「他には何かあるか?」
「ないな。良いものは全て師匠に持たせた」
「な?」
 脱力する宰相に、これは無理だと彼女の師たる侍が諭す。この姫を望んだ以上は諦めろ、と。
73創る名無しに見る名無し:2015/02/13(金) 15:49:28.40 ID:vz9VTFxl
「如何されましたかな叔父上、自慢のしたり顔が些か褪せておりますが」
 もの凄い侮辱を先手に放った皇子に、しかし彼は言い返せない。
「聞けば、虎の子の火槍隊が効力を上げるどころか、自慢の逸物を鹵獲されて帰還したとか」
「あ、あれは――」
「予想外の想定外だから致し方がない、と?」
 嗜虐に満ちた彼の勢いは留まらない。
「……お前だったら、どうだと言うのだ」
「だから言ったでしょう? 模倣はそれに甘んじた時に死を迎えると」
 帝国戦争相であり、この五〇年を新兵器開発に擲った肉親を煽って、続ける。
「数が大勢を決める戦場は終わりますよ。誓ってもいい。今後はただ一つの極大が有象無象を
凌駕する時代が来ると」
「――地下の実験場を二〇も沈め、数多の民を踏み台にした代償が報われると?」
「彼らとその遺族には十分以上の保証をしておりますよ、叔父上。我が帝国の覇権に殉ずると、
宣誓の者のみが参加をしております故」
「詭弁だ……」
「道理ですよ。何でしたらこの身を、その手に掛けて下さってもいい。そこな従僕が叔父上に
罪なしと証言もするでしょう」
「何……だと……?」
「ですが、私はあなたのことが他の誰やらよりは余程好きなのですよ。だからここで終わって
頂きたくない」
「何を……?」
「愚かしいまでに一心で、忠誠に疑いを感じたこともない。小心を隠し切れてもいない」
「き、貴様っ」
 侮辱を宣うのとは、如何にもかけ離れた皇子の直視が彼の意思を縛る。
「故に協力を願いたいのです。私に誠意があれば、あなたはそれを決して裏切らない」
「しかし、私は……」
「これは離心ではありません。ただ、帝国の、臣民の未来を、今日より良くしたい。それだけ
の、切なる願いです」
 懐柔はこれで成り、一国の皇子が武力の根幹を把握する道筋が決まる。この戦争はそう簡単
には終わらない。
74創る名無しに見る名無し
 快活な洞穴を引き払い、姫とその一行は王城を目指す。日にすれば然程でもないが、秋口の
開戦から落城を経て、反撃の狼煙を抱いた彼女が踏んで歩むのは早めの霜である。
「早く雪を見たいものだ」
「好きなのか?」
「ああ、あれに足を取られた敵兵に、止めの一撃を加えるのが好きだ」
「この世界の、この時代の生まれでよかったな」
「何が言いたい?」
「戦を忌避するヒトの世界は多いからな。正当に見える復讐でも、縛られるのは果たした方の
首だぞ」
「ふん。退く理由がないわ」
「それで縊られてもか?」
「それを悪だと断じるなら、違えてるのはその連中の方だ」
「倫理と心中するのもまた、ヒトなんだろうよ」
「下らん生き方だな。戦がないのと平和なるは全く以て筋が違う」
「では、どうあるのがいいと思うよ、姫は?」
 即位の時を眼前に捉えて、宿命を呑んだ彼女は宣告する。
「私の根本は兵だからな、殺さなかった後悔はしない」
 極めて個人的な何かを察して、侍は質問を変える。
「では、その力を持たない民にはどう振る舞えと?」
「ふん。変わらんよ。余所ではどうか知らんがな」
「誤解の可能性やそれぞれの事情があるとは?」
「刃を向ける敵に何があるかなど知るか」
「いやほらアレだ、人質を取られたりもするだろ?」
 彼の師匠がそれをした敵に施した残虐を、それは扠置いて訊いてみる。
「質に取られて命を乞う民など、見たこともないわ」
「マジかよ」
「ああ、私の目の前で果てた女には、賊共を八つ裂きにしろと誓わされたよ」
 過日の人を、己が如く誇る姿に偽りはない。
「なるほど変態だ。これは並じゃあないな」
「褒めてるのか?」
「ああ、全くだ」
 揺り籠の如き安楽に身を任せて眠る宰相が、これを耳にしなかったのは幸いだろう。