ロスト・スペラー 3

このエントリーをはてなブックマークに追加
462創る名無しに見る名無し:2012/03/18(日) 15:28:09.76 ID:cZqWkLNv
未来の話


第一魔法都市グラマー ニール地区魔法刑務所 封印塔にて


封印塔の最上階にある一室で、魔法暦1000年からの訪問者、イクシフィグ・ヴァルパド・コロンダは、
八導師親衛隊アクアンダ・バージブンに、未来の話をしていた。
463創る名無しに見る名無し:2012/03/18(日) 15:28:56.21 ID:cZqWkLNv
イクシフィグの語る魔法暦1000年では、次の様な事が起こっている。
魔法暦600年の何時頃か、唯一大陸の南西に新大陸が浮上する。
唯一大陸は、アラジン大陸と名を変え、新大陸を第2の大陸として、デン大陸と名付けた。
イクシフィグが言うには、このデン大陸には、「別の進化」を遂げた、新人類が棲んでいたと言う。
魔法暦632年に、アラジン大陸とデン大陸の間で、アラッデン戦争が始まり、たった数年間で、
両大陸が変形する程の、激しい戦闘が繰り広げられた。
街が消滅する等して、指導者を失った両大陸は、惰性で戦争を続けたが、次第に人々は疲れて行き、
戦闘は徐々に小規模化。
その後、都市の独立、部分的な和平交渉、海底国家の出現等、幾つもの出来事が起こり、
魔法暦701年に戦争は完全終結。
以降、魔法暦1000年まで、平和が続いている。
464創る名無しに見る名無し:2012/03/18(日) 15:30:55.51 ID:cZqWkLNv
魔法暦1000年では、魔法は失われた技術扱いで、市民の生活に魔力は一切利用されていない。
イクシフィグが魔法の実在を疑う事から、共通魔法の技術は、一部で極秘裏に伝承されているか、
或いは、途絶えてしまったと見られる。
誰でも扱える事が、共通魔法の最大の長所だったので、誰にも伝えられず失われるとは考え難い。
魔力不足が解決されない儘、新大陸の浮上、戦争、人口の増加によって深刻化し、
誰も魔法が使えなくなった可能性がある。
魔導師会は大陸同士の戦争の影響で壊滅したか、そうでなければ、世界規模の魔力変動で、
魔法が使い物にならなくなり、解散したか、地下に潜ったか、何れかと思われる。
また、イクシフィグも含めて、一般人はAnno Sors(A.S.)が『魔法暦』を意味すると知らず、運命の年、
予言の年と理解して、『天暦』と呼んでいる。
465創る名無しに見る名無し:2012/03/18(日) 15:49:40.72 ID:cZqWkLNv
未だ学生の身分と称するイクシフィグが、一部の常識的、或いは専門的な知識を欠いている可能性は、
十分に考えられる。
未来の事を語る際に、彼自身、歴史に余り詳しくないと白状しているし、歴史事件の年号も、
それが正しいか自信が無い様である。
彼が知らないだけで、未来でも魔導師会は存在しているかも知れないし、何処かで共通魔法の技術が、
生きているかも知れない。
ただ、彼が知らない程度には、魔法は一般的な物ではなくなっている。
466創る名無しに見る名無し:2012/03/18(日) 15:54:17.79 ID:cZqWkLNv
イクシフィグが語るに、魔法暦1000年では、魔法の替わりに、熱機関・電動機関が使われている。
『燃える水<エフレクタ・ネロ>』と呼ばれる可燃性の液体、光を閉じ込める『鏡の箱<レイズ・パーチ>』、
電気を貯える『電気石<ベルク・ゼルカン>』が、動力源に用いられる。
それぞれ略して、エフ水、パーチ、ゼル石と呼ばれている。
熱電光変換技術は、魔力を利用した物に比べると劣っていると思われる。
先端技術には、電磁波信号も使われている。
現在でも、熱機関は一部ではあるが使われているし、電動機関に必要な電気理論も完成している。
しかし、万能と言える魔法の存在があるので、これ等が主流になる事は無い。
一応、魔導機の技術を応用して、研究だけは進められている。
これが受け継がれ、後の熱電光技術の発展に貢献した可能性は高い。
467創る名無しに見る名無し:2012/03/19(月) 19:20:28.72 ID:f9vLMfFd
唯一大陸に続く、第二の大陸の出現、そして大陸が変形する程の戦争が起こると聞いたアクアンダは、
深刻な表情をしていた。
その時――魔法暦600年まで、後100年幾らか。
海中から突然、人が住む新大陸が浮上するとは、俄かには信じ難いが、それを言ったら、
唯一大陸の誕生も似た様な物である。
100年は、長い様で短い。
自分は既に逝去していても、孫の代は当事者となるであろう。
彼女は戦争開始の理由を、イクシフィグが知らないのが、何より恐ろしかった。
新大陸からの先制攻撃だったかも知れないし、逆に、こちらが仕掛けた結果かも知れない。
判断するのは自分ではないと、解ってはいても、心を砕かずにはいられなかった。
「未来は全て織り込み済みで訪れる」と八導師は言った。
定められた未来に至る運命は、変えられないと言う事か、それとも別の意味があるのか、
アクアンダには解らない。
イクシフィグの未来と、この世界の未来が違う物であり、新大陸が浮上しない事を祈るばかりである。
468創る名無しに見る名無し:2012/03/20(火) 20:42:39.92 ID:Rgckh/rz
時間と空間


D禁断共通魔法の研究者、リャド・クライグ博士は、時間と空間を操る魔法の専門家である。
彼は空間の構成要素、『広がり』に干渉する方法、D(dimension)理論を完成させた
(D理論の研究自体は、開花期から続けられていた物であり、リャド博士一人の手柄と言う訳ではない)。
D理論では、空間の『広がり』を操る事で、『無』の空間を拡げたり縮めたり出来る。
この『広がり』に干渉する際、時間が動く。
『広がり』を大きくすると、時間の流れが遅くなり、逆に小さくすると、時間の流れが速くなる。
それは一時的な物で、周囲の空間が『広がり』の変化に馴染むと、時間の流れは元に戻る。
リャド・クライグの妻、カリュー・クライグは、魔法実験の失敗で、無限に『無』を生み出し続けている。
469創る名無しに見る名無し:2012/03/20(火) 20:44:05.50 ID:Rgckh/rz
D級禁断共通魔法を利用した転送技術は、『無』を削って物を移動させ、然る後に、『無』を復元する。
よって、中間に障害物がある場合、それを避ける事が出来ない。
これを解消する為に、物体を粒子レベルまで分解して転送し、その後に再構築するが、
構造が複雑な物は、再構築に多大な魔力を費やすので、現実的な運用はされていない。
但し、文書等の転送は既に実用レベルにある。
これを利用した、遠隔発動(描文)と言う技術も存在する。
470創る名無しに見る名無し:2012/03/20(火) 20:44:36.98 ID:Rgckh/rz
このD理論の応用技術に、小人化、巨人化があるが、人体への負担が大き過ぎる為に、
先ず使われない。
若返りの魔法は、厳密には時間と関係が無く、D級禁断共通魔法には含まれない。
ある時の『状態』を記憶し、魔法によって経時変化を取り除いて、その『状態』に戻す為である。
管轄としては、どちらかと言うと、B級禁断共通魔法の部類に入る。
471創る名無しに見る名無し:2012/03/21(水) 19:59:43.07 ID:oZOml0Pz
カリュー・クライグ


カリュー・クライグ(旧姓ワラクレア)は、元はリャド・クライグの助手で、彼と共に象牙の塔に赴任した、
言わば同期の間柄である。
2人が結ばれたのは、自由恋愛ではなく、魔法実験の失敗(正確には不慮の事故)に巻き込まれた、
カリューの責任をリャドが取る形での婚姻であった。
互いに憎からず思っていたにせよ、それは良い出来事とは、とても言えない。
それが証拠に、結婚に至った経緯を語る際、2人は必ず言う。
「出来れば、違う形で結ばれたかった」と。
カリューはリャドの妻となった後、研究助手の立場から退いた。
それはリャドの配慮だった。
現在、リャド・クライグの助手を務めているのは、彼の元教え子の、ウィルク・マクス・ストーヴスと、
ベルータ・マリアン。
教え子の中でも、取り分け優秀……と言う程ではないが、探究心の強い、良き生徒であった2人である。
472創る名無しに見る名無し:2012/03/21(水) 20:00:48.56 ID:oZOml0Pz
カリューは夫のリャドに対して、秘密にしている事がある。
彼女は、自らの意思とは無関係に、無限に生み出される『無』を、ある程度利用出来る。
『無』の放出を抑えられない代わりに、その力を振るう術を身に付けたのだ。
一線からは退きはしたが、カリューの研究者としての魂は死んでいない。
空間を操る魔法に於いては、実用的な技術だけを取れば、実は魔導師会一と謳われるリャドより、
上かも知れない。
473創る名無しに見る名無し:2012/03/23(金) 19:03:32.41 ID:D/A2FWLv
Abandon the past


ワーロック・アイスロン

父アークロック、母メーデウス(旧姓リシャン)、弟ロッデン、祖父ロックスター(元魔導師)。
彼は魔法資質は低かったが、それを補う向上心と克己心で、魔法学校上級課程にまで進学した、
秀才である。
しかし……――。
474創る名無しに見る名無し:2012/03/23(金) 19:16:36.47 ID:D/A2FWLv
魔法暦496年 禁断の地にて


ラビゾーは暇が出来ると、よく独りになり、禁断の地の村から少し外れた所にある、
『大樹の丘』と言う場所に行って、遠くを眺めていた。
大樹の丘は、その名の通り、天辺に大きな1本の木が生えている丘である。
その木は、周囲の森の木に比しても、明らかに大きく、そして高く、遠くからでも判別出来るので、
森の中で方角を確かめ、村への目印にするのに使われる。
流石に、木々が天を覆う、森の深部――樹海では、目印にならないが……。
475創る名無しに見る名無し:2012/03/23(金) 19:23:12.31 ID:D/A2FWLv
丘の大樹は高さ1巨もあるが、下枝は低い位置にあり、大人なら幹に足を掛ければ、
登れる様になっている。
子供でも、それなりに運動神経の良い者なら、容易に登れるであろう(降りられるかは別として)。
ラビゾーは大樹の丘に来ると必ず、この木に登って、3身程度の高さにある、
幹と言っても良い位に太い下枝に腰掛け、物思いに耽った。
それ以上の高さには、登れない事も無いが、少々足場が不安定。
高所恐怖症と言う程ではないが、臆病なラビゾーは、それより上に行けなかった。
476創る名無しに見る名無し:2012/03/23(金) 19:29:34.81 ID:D/A2FWLv
ここに訪れる事を、ラビゾーは誰にも知られていない積もりだったが、村の者は大体知っていた。
ある日、何時もの様に、大樹の太い枝の上で、ぼんやり遠くを見詰めていたラビゾーに、
声を掛ける者があった。

 「ラヴィゾール、そんな所で何してるのー?」

不意の出来事だったので、驚いたラビゾーは枝から落ちそうになったが、反射的に脇枝を掴んで、
何とかバランスを保つ。
ラビゾーが引き攣った顔で下を見ると、そこにはバーティフューラーが居た。
彼女は余程、慌てたラビゾーの顔が滑稽に見えたのか、笑いを堪えながら再び問う。

 「ねえ、何か見えるー?」

 「いえ、大した物は何も……」

 「なぁにー?
  聞こえなーい」

3身も離れていては、大きな声を出さないと届かない。
一々上を向いて叫ぶのが、煩わしくなったバーティフューラーは、女だてらにスカートの儘で、
木に登ろうとする。

 「あ、危ないですよ!」

ラビゾーは止めたが、バーティフューラーは大人しく彼の言う事を聞く様な娘ではなかった。
木の枝や窪みに、器用に手を掛け、足を掛け、ラビゾーより上手に駆け上る。
そして、ラビゾーが腰掛けている下枝に、あっと言う間に到達した。
477創る名無しに見る名無し:2012/03/23(金) 19:41:27.77 ID:D/A2FWLv
バーティフューラーはラビゾーに向かって得意顔をし、何と枝の上を歩いて近寄る。
彼女が一歩踏み出す毎に、枝の揺れが伝わり、ラビゾーは慌てた。

 「危ないですって!」

集中しているバーティフューラーは、ラビゾーの注意には全く反応せず、とうとう彼の隣まで来て、
そっと並んで腰掛けた。
「どう?」とラビゾーの顔を窺う、バーティフューラー。
要らぬ心配だったと、ラビゾーは力無く息を吐いて、間抜けに空けていた口を閉ざす。
そして、視線を遥か彼方に戻した。
暫しの沈黙が訪れる。

 「ねェ、何を見てたの?」

こうなった時、先に口を開くのは、決まってバーティフューラであった。
ラビゾーは答える。

 「別に、何も……。
  ただ遠くを見ていました」

遠い目をするラビゾーを真似て、バーティフューラーも遥か森の向こうに目を遣る。
空と交わる所まで、一杯に広がっている緑の海は、果てが無い様に思われる。
……だが、その向こうには、雨の降らない砂漠があり、更に向こうには、土地の痩せた荒野があり、
その先に共通魔法使いの街があると言う。

 「ラヴィゾール、アンタは外から来たのよね……」

態々確認するまでも無く、既に知っている事を、バーティフューラーは尋ねた。
ラビゾーは静かに頷く。

 「……戻りたいの?」

 「分かりません。
  ただ……」

 「ただ?」

 「この儘で良いのかって気はします」

 「そう……」

そして言葉が失われ、2人は何を見るでも無く、遠くを眺めた。
時折、バーティフューラーはラビゾーを気にする。
ラビゾーにとっては、かなり気不味い時間だった。
478創る名無しに見る名無し:2012/03/24(土) 17:33:19.95 ID:huMMALEU
こう言う時に、女子の相手をせず、黙っているのは良くない。
ラビゾーは間を持たせようと、ウェストバッグから小さなカードを取り出した。

 「それ、何?」

興味を示したバーティフューラーに、ラビゾーは隠す事無く、それを見せる。
人の名前と住所が書かれた、小さなカード……。

 「身分証です」

都市で使われる、身元証明書である。
バーティフューラーは、そこに書かれている文字を読み上げた。

 「ワーロック……イセロン……地域・テイナー……街・エスラース……村・トック……?」

 「ワーロック・アイスロン、ティナー地方エスラス市トック村」

ラビゾーが読み方を訂正すると、バーティフューラーは不思議そうな顔をして尋ねる。

 「どう言う意味?」

バーティフューラーは愚鈍ではない。
予め身分証と言われていれば、それ等の文字列が、大体何を指しているかは想像出来る。
物を知らない振りをするのは、男を煽てる為だ。
賢く頼れる女を演じるか、か弱く守られる女を演じるかは、相手の好みによる。
彼女はラビゾーが求める理想像を読み取っていた。
しかし同時に、ラビゾーには本質に触れたがる、厄介な性質がある。
ころころ態度を変えると、却って怪しまれるので、明から様に媚を売る事は出来ない。
普段は強気に振る舞い、時々隙のある所を、飽くまで「演じて」見せる。
回りくどい真似をしなければならなくなったのは、元々は魔法で篭絡する積もりで、
初対面から安易に素で接したのが始まりだ。
狙った獲物を射止める為には、労力を惜しまないのが、バーティフューラーと言う女である。
ラビゾーと言う男が、労力に見合った価値を持つかは別として、彼女が彼を墜とす事に固執するのは、
魅了の魔法を使う者としての意地と言っても良い。
479創る名無しに見る名無し:2012/03/24(土) 17:39:37.92 ID:huMMALEU
そんなバーティフューラーの思惑も知らず、ラビゾーは答える。

 「『ワーロック・アイスロン』は名前、『ティナー地方』からは住所」

 「誰の?」

バーティフューラーが問うと、ラビゾーの表情が曇った。

 「……多分、僕の」

 「アンタはラヴィゾールって――」

ラビゾーは静かに首を横に振る。

 「それは師匠が」

バーティフューラーは心の内で、成る程と納得した。
『ラヴィゾール』、『良い名前』、彼が名乗りたがらない理由。

 「じゃあ、『ワーロック』がアンタの本当の?」

 「……多分」

 「多分?」

 「名前は師匠に取られてしまったので……」

この時バーティフューラーは初めて、ラビゾーの心に触れた気がした。
『ラヴィゾール』は偽りの名。

 「記憶が無い……のとは違うのよね?」

 「説明し難いんですけど……憶えてる事と、憶えてない事があるんです」

彼とって大切だった物は全て、意識から遠ざけられている。
それは一体どれ程の孤独だろう……。
ラビゾーの真実は外に繋がっていて、故に思い煩わずには居られないのだ。
480創る名無しに見る名無し:2012/03/24(土) 17:42:24.77 ID:huMMALEU
バーティフューラーは、甘えた声でラビゾーに言う。

 「ねェ、ラヴィゾール……外の事を教えてよ」

 「え?」

 「アンタは何時も寂しそうな顔してる。
  誰かに話す事で、少しでも気が紛れるなら……」

バーティフューラーは、ラビゾーの心に開いた穴を埋める存在になろうとしていた。
それは困っている者の支えになりたいと思う、人として当然の感情の表れだったが……、
果たして、彼女の本心と言えるだろうか?
悩める心を利用して、自らに依存させようとする、悍ましい企みが無いと言い切れるだろうか?
自らを偽る者は、永遠に本当の心を知る事は無い。
バーティフューラーが真実に悩まされるのは、今少し先の話になる。
481創る名無しに見る名無し:2012/03/25(日) 19:05:52.91 ID:Ya52LEMa
「アンタの心には、今も誰かが眠っているのね。
 名前と共に奪われた儘、永遠に目覚めない想い人が……」

「何の事です?」

「……アタシを見て、ラヴィゾール」

「一体どうしたんです?」

「アタシ、どんな風に見える?」

「別に、何も変わった所は……」

「人はアタシに夢を見る。心の中の理想を、アタシに映して。
 ねェ、ラヴィゾール……アンタにアタシは、どう見えてるの?」

「バーティフューラーさんは、バーティフューラーさんでしょう?」

「いいえ、違うわ。その人は青い髪で、優しい声の人……」

「止して下さい。あの時の事は……」

「フフッ、どうしたの? ねぇ、『ワーロック』……」

「バーティフューラーさん、今の――」

「何?」

「……今、『ワーロック』って言われた時……その、こう、心臓が高鳴って……」

「アタシの魔法が効いたのかしら?」

「これは愛おしいって感情でしょうか……? 込み上げて来て……胸が詰まる様な……、
 苦しいと言うか、切ないと言うか……」

「我慢しなくて良いのよ? 私に影を重ねても……」

「……あの……抱き締めても、良いですか? 余計な事は、何もしませんから」

「あなたになら、されても構わないわ。あなたの心の望む儘に」
482創る名無しに見る名無し:2012/03/25(日) 19:07:00.19 ID:Ya52LEMa
「いえ、そんな……」

「フフッ。どうぞ、ほら」

「……では、失礼します」

「震えてるわ……緊張してるの? あっ、ん……」

「済みません、強過ぎましたか?」

「良いの。大丈夫よ、『ワーロック』……」

「…………止めましょう。やっぱり、こんなの駄目です」

「どうして?」

「あなたはバーティフューラーさんです」

「はぁ……そうね、アンタの言う通り、私はバーティフューラーのカローディア。
 そして、アンタは『ワーロック』じゃなくて、『ラヴィゾール』――」

「いや、僕は『ワーロック』かも知れないんですけど……」

「『ラヴィゾール』、今日の事は、お互いに忘れましょう」

「はい」
483創る名無しに見る名無し:2012/03/25(日) 19:08:58.56 ID:Ya52LEMa
「はぁ……アタシ、何やってんだろ……」

「姉さん、どうしたの? 元気無いね」

「何でも無いわ」

「またラヴィゾールさんが原因なの?」

「……ルミーナ、黙ってて」

「図星なんだ……。姉さんって、あれだよね。何だ彼んだ言って、経験不足だよね」

「は? アンタが一体どれ程の経験を積んでるって?」

「そんな向きにならないでよ」

「アタシは長女だから! 魔法を継ぐ義務があるから! ルミーナ、アンタとは違うの!
 アタシが居るから、アンタは――!」

「解ってる、解ってるよ。御免、姉さん。悪かったって」
484創る名無しに見る名無し:2012/03/26(月) 19:17:24.80 ID:C4QT2z3f
人物:バーティフューラー・ルミーナ


バーティフューラー・トロウィヤウィッチ・カローディアの妹。
トロウィヤウィッチの魔法は、女系長女にのみ発現する一子相伝型なので、姉とは違い、
村人に忌避されていない。
社交的な性格で、明るく素直、何より姉想いであり、ラビゾーが現れるまでは、
姉と村人達との仲介役を務めていた。
何らかの理由で、姉が子を遺さず死亡すると、後継はルミーナになり、彼女に魔法の力が発現する。
トロウィヤウィッチは尽く尽く特殊な血統で、その魔法を受け継いだ者は、望むと望まざるとに拘らず、
徒に人を魅了する性質を持つ様になる。
その性質を最大限に発揮し、有効に利用する技術を磨いて来たのが、バーティフューラーの一族。
更に、トロウィヤウィッチの魔法を受け継いだ者は、女子を宿す確率が飛躍的に高まり、
特に第一子には必ず女子を儲ける。
男子が生まれた例は、極稀にしか無い。
男系の家督継承が一般的だった旧暦、女系継承のバーティフューラーは、希少な例であると同時に、
他家にとっては、長子がトロウィヤウィッチと交わる事は、家系の断絶と同義であった。
一子相伝型の魔法使いの裔が多い禁断の地で、粗確実に、しかも優先的に発現する、
トロウィヤウィッチの魔法は、故に村人から忌避される。
姉の存在が無ければ、ルミーナも村人から忌避されていた。
485創る名無しに見る名無し:2012/03/26(月) 19:18:16.71 ID:C4QT2z3f
色々な魔法使い達


禁断の地の村には、多くの魔法使いの裔が住んでいる。
しかし、今も代々の魔法を受け継いでいる者は少ない。
理由は、その殆どが一子相伝である為だ。
魔法は「秘して明かさず」が原則の旧い魔法使いたちは、魔法に関する知識を人々と共有する、
共通魔法使いとは共存出来ない。
故に態々禁断の地で暮らしている訳だが、誰もが独自の魔法を持っているので、伝承の際に、
父母どちらの魔法を継ぐのか、大問題になった。
どちらの魔法も使える、VMを育てようと言う発想は、固陋な魔法使い達には、そもそも無い。
そんな旧い魔法使い達が、魔法を存えさせる為には、魔法に関する知識を持たない「普通の人間」が、
どうしても必要だったのだ。
その為に、元は一子相伝ではなかったが、他の魔法使い達との折り合いを付ける為に、
一子相伝型に変更した例が多い。
中には、魔法使いに成り切り、人としての生き方を忘れ、子も生さずに数百、数千年を生きる、
旧い魔法使いもいるが、それは極少数だ。
486創る名無しに見る名無し:2012/03/27(火) 19:39:13.61 ID:Bic2jDvh
夢魔


禁断の地に住む魔法使い達の中でも、『夢の魔法使い<ドリーム・トラベラー>』と呼ばれる、
特に変わった魔法使いが居る。
名はソーム・バッフーノ。
日一日眠りっ放しで、外出する時も、言動と足取りが不安定で、まるで夢遊病の様。
彼が目を開けた所を、誰も真面に見た事が無い、本物の変人だ。
ラビゾーの師、マハマハリトと同じく、旧暦から生きる魔法使いの一と言われている。
『夢魔法<ワンダー・ドリーム>』とは、眠っている人が見る夢に干渉して、夢と夢を繋いだり、
夢の中に入り込んだり、白昼夢を見せて引き込んだり、とにかく夢に関する魔法である。
基本的には精神に作用する類の物で、直接の殺傷能力は持たない。
ソームは村から離れた所に居を構え、自ら村に近付く事は無い。
そして村人が彼を訪ねる事も無い。
それはソームが気紛れであり、何でも彼んでも夢の世界に引き込んで、
運が悪ければ帰して貰えないからである。
487創る名無しに見る名無し:2012/03/27(火) 19:42:02.83 ID:Bic2jDvh
――村人がソームに近付かないのは、夢の中に誘い込まれると、帰れなくなるかも知れないからと、
言うだけではない。
眠っている間に見る夢は、意識的に制御が出来ず、無防備な心の内を晒してしまう。
村人が本当に恐れているのは、心の弱さや醜さを、ソームに知られてしまう事だ。
だが、ソームは果たして本当に気紛れなだけの魔法使いなのか?
彼の思考や性質について、村人は本当の所を全く知らない。
近付かないから、分からない。
ただ「恐ろしい物」と、漠然とした認識を抱き、それを村人同士で共有している。
488創る名無しに見る名無し:2012/03/27(火) 19:43:07.33 ID:Bic2jDvh
ラビゾーが、夢の魔法使いソームを訪ねたのは、彼が禁断の地に来た年の事。
村人達とも、それなりに親しくなり始めた頃だった。
好奇心旺盛な村の子供達が、ソームの住み家に「探検」しに行った際、その内の2人が取り残され、
誰か様子を見に行かなければ……となって、ラビゾーに話が回って来た。
本来は保護者が行く所なのだが、大人に怒られるのを嫌った子供等が、ラビゾーを頼った結果である。
489創る名無しに見る名無し:2012/03/28(水) 20:14:09.25 ID:I2xggpqQ
そんな訳で、ラビゾーは独りソームの住家を訪ねる事になったのだが、彼はソームをよく知らなかった。
子供等は、ソームは「恐ろしい魔法使い」だと説明していたが、それは所謂「雷親父」に類する物だと、
ラビゾーは楽観的に考えていた。
ソームの物と同様に、村から少し離れた所に置かれた魔法使いの住家は、他にもあるので、
その内の一つと言う認識だったのだ。
ソームの住家は、とても辺鄙な森の中にあるとは思えない程、巨大で恐ろしい外観をしていた。
ラビゾーが、どこの城かと思った位である。
お屋敷、大屋敷とでも言うべきだろう。
しかし、使用人が居ないのか、壁と言う壁は蔦に覆われている。
ソームと言う者は、ここに独りで暮らしているのだろうか……?
使い魔の数匹は居るとしても、長年だだっ広い屋敷に独りで暮らし、村人にも避けられ、
寂しくないのだろうかと、ラビゾーは思った。
人を帰さないのは、孤独を紛らわす為ではないかと、彼は少しだけ同情した。
490創る名無しに見る名無し:2012/03/28(水) 20:14:53.15 ID:I2xggpqQ
立派な門構えを潜り抜け、敷地内に踏み入ったラビゾーは、ソームに怒られはしないかと恐れながら、
建物に向かった。
しかし、彼の予想に反して、人の気配は全くせず、遂に何事も無く、屋敷の扉の前に辿り着いてしまう。
困った事に、その扉にはノッカーも呼び鈴も付いていなかった。
ラビゾーは不気味な静寂に身震いする。
――屋敷の中には、子供が取り残されている。
ここで愚図っていては、何にもならない。
ラビゾーは覚悟を決め、声を張った。

 「今日は、誰か居ませんかー?」

だが、彼の呼び掛けは虚しく木霊するばかりで、何の反応も無かった。
仕方無く、扉に手を掛け、押す。
鍵こそ掛かっていないが、ドアベルが付いている訳でもなく、ギィッと木が軋む嫌な音が響く。
ラビゾーの目下の心配は、ソームに不法侵入者と思われて攻撃される事であった。
491創る名無しに見る名無し:2012/03/28(水) 20:15:39.43 ID:I2xggpqQ
屋敷の中は暗く、足を踏み出す先すら、よく見えない。

 「今日はー!」

ラビゾーは再び呼び掛けたが、やはり返事は聞こえない。
それは諦めるとして、どうして屋敷の中は暗いのかと、ラビゾーは訝った。
屋敷の外観には、窓があった筈である。
明るい所から陰に入って、暗く感じたにしても、真っ暗で何も見えない事は無い。
よく確認していないので、「窓があった」と言うのは、思い込みかも知れないが、全く窓の無い建物は、
常識的に考えてあり得ない。
この地では、そう言った常識が、どこまで通用するか、怪しい所ではあるが……。

 (いや、それでも流石に変だ!)

そう何極も悩まない内に、ラビゾーは目の前の奇妙な現実に合わせ様としている思考を、振り払った。
今、自分が開けている扉からも、明かりが差し込まないのは、あり得ない。
これはソームの魔法であると、ラビゾーは確信的に予想した。
この建物の中に、完全に踏み入っては危険だと理解したかれは、取り敢えず身の安全を確保する為に、
屋敷の外へ出ようとする。
しかし、それは不可能だった。
492創る名無しに見る名無し:2012/03/29(木) 19:23:22.89 ID:YHVsr1hZ
ラビゾーが退出を決意した瞬間、彼は暗闇に閉ざされた。
屋敷への出入り口が、扉諸共、文字通り消えて無くなったのである。
ラビゾーは扉を押して屋敷内に入った後、立ち止まって、扉から手を放さず、
慎重に様子を窺っていたのに、何の予兆も読み取れなかった。
暗闇の中、付近を手探りで歩いても、直ぐ側にある筈の壁にすら触れられない。
暗闇に目が慣れる気配も、一向に無い。
物の理を全く無視された形で、ラビゾーは独り真っ暗闇の中に置かれてしまった。
――ソームは恐ろしい魔法使いだと、村の子供等が言っていた事を思い出して、
ラビゾーは久しく味わった事の無い、危機感に慄いた。
この状況では、取り残された子供を連れ帰る所か、自分の身も危うい……。

 (どうした物か……)

募る焦燥を余所に、幾ら探しても、出口が見付かる気配は無い。
ラビゾーは参ってしまった。
493創る名無しに見る名無し:2012/03/29(木) 19:33:40.44 ID:YHVsr1hZ
彼は彷徨くのを止め、冷静になって考える。

 (そもそも僕は子供を捜しに来たんだよな……)

思い返せば、暗闇に置かれた瞬間から、自分が戻る事ばかり考えていたと、ラビゾーは自省する。
こんな訳の解らない所に囚われた子供の方が、ずっと不安な筈ではないか……。
乗り掛かった船、ここで退いては格好が付かないと、ラビゾーは開き直った。

 (自分の事ばっかり考えてたら駄目だ。
  話が通じるか分からないけど、先ずはソームと言う人に会わないと。
  臆病風に吹かれて、無意識に避けていた所が、あったかも知れない。
  もう一度、何か無いか探してみよう)

屋敷を訪ねるまでに1度、屋敷の門を潜るのに1度、屋敷の扉を開くのに1度、これで4度目。
小さな勇気を小出しにして、ラビゾーは進む。
そして1点後……。
前向きな心が道を拓いたのか、ラビゾーは意外な程あっさりと、壁に辿り着けた。
まるで彼が決意するのを、運命が待っていたかの様であった。
相変わらずラビゾーの目は暗闇に慣れないが、壁を伝って歩くと、ドアの取っ手らしき物に触れる。
丁寧に調べてドアを押すと、隙間から目映い光が溢れ、彼は堪らず目を閉じた。
494創る名無しに見る名無し:2012/03/29(木) 19:35:31.08 ID:YHVsr1hZ
ラビゾーが目を開けると、そこは先程とは真反対の、真っ白い部屋の中だった。
目に映る物は白以外に無く、ラビゾーは混乱する。
壁、床、天井の境すら見えないのだ。
影一つ無い、本当に真っ白な空間。
余りに白くて、どの位の広さなのかも、見当が付かない。
その上、この部屋に入って来た時に通ったドアは、またしても消えていた。

 (どうなってるんだ?
  幻覚の類なのか?)

疑問を抱いたラビゾーは、試しに自分の頬を叩いてみたが、痛い事に変わりは無く、
意識も確りしている。
仕方無く、彼は真っ白な部屋を探索する事にした。
495創る名無しに見る名無し:2012/03/30(金) 19:54:39.50 ID:TH8WcAHl
しかし、この白い部屋も、真っ暗闇と同じで、歩けど歩けど、どこかに辿り着く気配が無い。
憖、目が見えるばかりに、白一色で変化が無いと言うのは、精神に堪える。
ただ白いばかりでなく、自分の影さえ落ちていないのは、一体どう言う事か?

 (これ本当に幻覚なのか?
  ……幻覚じゃないなら、何なんだ?
  魔法的な空間?
  空間を創り出す……、そんな魔法があるのか?)

歩き疲れたラビゾーは、その場に座り込んだ。
その時、閃く。
この部屋が、どの位の広さかは判らないが、唯一調べられる場所がある。
それは――――足元だ。

 (どれどれ?)

ラビゾーは手の平で床を叩いた。
……ペチペチと固い音がする。

 (流石に床を打ち抜くのは無理か……)

石材か、それに近い材質の物で、素手で破壊する事は困難。
ラビゾーは咳払いした後、大きく息を吸い込んだ。
そして大声を出す。

 「――ワッ!!」

一見、奇行にしか見えないが、反響から部屋の広さを推測する為である。
本来なら、もっと早く試すべき事だったが、生憎と今日の彼は、そこまで冴えていなかった。
出来不出来に斑があり、安定して能力を発揮出来ないのは、成熟していない証拠。
ラビゾーの欠点である。
496創る名無しに見る名無し:2012/03/30(金) 20:00:29.55 ID:TH8WcAHl
さて、ラビゾーは声の響き具合を確認したかったのだが、彼の予想に反して、反響は全く無かった。
完全に無音。

 (これ、かなり広いんじゃないのか?)

ラビゾーは脱力感に襲われ、途方に暮れた。
そもそも常識が通用しない空間なので、吸音素材の可能性は考えなかった。
彼は無闇に歩き回って体力を消耗したので、休憩がてら、この空間を生み出した、
創造主の目的について、考察を始める。
それが、この理不尽な空間から抜け出す、近道になると思ったのだ。

 (――――これがソームの仕業だとして……、この空間は何の為の物なんだ?
  前の暗い場所と、ここには、何か共通点があるのか?
  僕はソームに試されているのか……?)

しかし、思考は中々纏まらない。
考え疲れたラビゾーは、何気無く床を見詰めた。

 (真っ白だな……)

彼はウェストバッグから短刀を取り出すと、自らの手の平に軽く刺して、滲み出た少量の血を、
床に擦り付けた。
真っ白な空間で行動する為の、目印にしようと思っての行動ではない。
ただ何と無く、この気が滅入るような嫌味な白を、汚してやろうと思ったのだ。
「これは目印になるんじゃないか?」と思ったのは、その後である。
497創る名無しに見る名無し:2012/03/31(土) 19:24:47.69 ID:IYkS5H86
所が、奇妙な現実は思わぬ方向に転がった。
ラビゾーが擦り付けた血の跡は、謎の材質に染み込んで、見る間に赤から黒に変色し、
明らかに元の量を超えて、徐々に拡がって行った。
黒の侵蝕が始まったのである。

 「な、何だっ!?」

ラビゾーは思わず声を上げて驚き、拡がる黒から飛び退いた。
黒の侵蝕は緩やかではあるが、止まる気配を見せない。

 (これに触ると、どうなるんだ?)

まじまじと黒を観察するラビゾー。
見た感じ、黒は液体でも固体でもなく、白が黒に変色していると言うのが、正しい表現なのだろう。
白の中の黒は、宛ら無限の奈落。
そこで彼は、はっと思い付いてしまった。

 (飛び込めと……?)

半ば絶望的な状況で、やっと起こった変化である。
この空間から抜け出す為には、何でも試してみなければ始まらないと、ラビゾーは心を決めた。
彼は幅跳びの要領で、拡がり続ける黒に飛び込む。

 (1、2の、3!!)

何事も無く着地したら、少し間抜けだなと思いつつ。
The fool fall in a hole……そんな言葉が浮かんだ。
結果は――――。
498創る名無しに見る名無し:2012/03/31(土) 19:26:16.63 ID:IYkS5H86
ラビゾーの足は黒を踏み付け、普通に着地した。
穴など開いていなかった。
しかし、新しい変化は直ぐに現れた。
白一色の空間は、一瞬で見慣れない森の中に変化した。
まるでテレポートしたかの様に。
変わったのは、自分か、場所か?

 (ここ、どこだ?
  外に出たのか?
  今までのは幻覚?
  それとも、これも幻覚?
  魔法?)

森の中は、木と土の匂いがする。
手の平には小さな傷があり、少し痛む。
ラビゾーは初め驚きこそした物の、もう深く考えるのは諦めた。
そして、人の気配を求めて歩き始めた。
499創る名無しに見る名無し:2012/04/01(日) 18:58:52.15 ID:JH1qoVU3
天を覆う枝葉の隙間からは、太陽が覗く。
未だ日が高い事を確認して、ラビゾーは少し安堵した。
感覚的には、随分長い間、彷徨っていたので、日が暮れ始めていないかと、心配していた所だった。
それでもラビゾーは、これが現実かと言う事については、安心していなかった。
仮に現実だとしても、覚えが無い場所なので、ここが禁断の地だと言う確証は無い。
どこへ向かうでもなく、ラビゾーは短刀で木の幹に目印の傷を付けながら移動する。
主に聴覚に神経を集中させ、微かな物音も聞き逃さない様にして。

 (おかしいな……静か過ぎる)

森の中だと言うのに、風の音、枝葉が擦れる音が聞こえない。

 (やっぱり、現実じゃないんだろうか……?)

だが、土を踏み締め、小枝を折る感覚は偽物とは思い難い。
同じ独りでも、見える物があり、触れる物がある事は――それが当たり前なのだが――、
ラビゾーには嬉しい事であった。

 (……これは本当に帰れるのか、いよいよ怪しくなって来たな)

そう心の中で呟きながらも、今までとは違い、幾分の余裕がある。
彼の意志は既に固まっている。

 (何が何でも、子供を見付けるか、ソームと言う人に会う。
  帰れる帰れないで悩むのは、後だ、後)

足取りは勇ましく、力強い。
500創る名無しに見る名無し:2012/04/01(日) 19:03:04.39 ID:JH1qoVU3
ラビゾーは暫く歩いた所で、子供の声を聞いた。
遊んでいる中で発せられる様な、笑い混じりの高い声だ。
どこか聞き覚えのある……。

 (あの2人か?)

ラビゾーは声がする方向に急いだ。
そこで彼が見た物は、信じ難い光景であった。
笑い声を上げながら、男児と女児が、1手位の球状の物体を、両手で抱えて、
交互に地面に叩き付けている。
最初は何をしているか、判らなかった。
ベタベタと潰れる音がする。
投げている物は……。

 (ゴトゴト虫?!)

白い巨大なカール・グラブ(甲虫の幼虫)。
叩き付けられる度に、カール・グラブからは、悪い色の体液が噴き出す。

 「何してるんだ!」

ラビゾーは慌てて止めに走った。
子供の残虐な行動は、時に常軌を逸する。

 「あ、ラビゾー!」

男児が振り向いて反応したが、虫を甚振るのは止めなかった。

 「ウフフ、止められないの」

女児の方は、目も呉れない。
その嗜虐性に、ラビゾーは戦慄した。
501創る名無しに見る名無し:2012/04/02(月) 19:12:34.96 ID:k+cB26/5
禁断の地の子供等は、遊びで小動物を狩るが、少なくとも、好んで生き物を虐げる姿は、
ラビゾーは見た事が無かった。
カール・グラブの多くは、作物の根を食害する害虫なので、土を掘り起こした際に発見されると、
極普通に叩き潰される運命にある。
だが、単なる駆除と、嗜虐心を満たす為に好んで痛め付ける事は、区別しなければならない。
どちらが非道かと言う議論は扨置き、幼児期にあり勝ちな苛虐性向を抑えるには、
それは悪い事だと教える必要がある。

 「そんな事やってる場合じゃない!
  皆、心配している。
  帰ろう!」

しかし、何と言って良いか、直ぐには思い付かないラビゾーは、咎めるのは後回しにして、
この場からの脱出を訴えた。
所が、子供2人の様子に変化は見られない。
にやにや笑っているだけだ。
ラビゾーが声を掛けた時も、希望を持った風でも、安堵した風でもなかった。
その事を思い出した彼は、逆に2人の子供を怪しみ、警戒した。

 (偽者か?
  それとも操られている?)

たじろぐラビゾーに、男児は言う。

 「帰れないよ。
  ソームの夢に捉まったら、帰れないんだよ」

 「ウフフフフ……」

常に笑顔が張り付いた、不気味な表情の子供に、ラビゾーは気後れする。
502創る名無しに見る名無し:2012/04/02(月) 19:20:19.65 ID:k+cB26/5
操られているなら何とかしたいが、もしかすると偽者かも知れない。
どちらにしても、迂闊に近付くのは危険。
……だからと言って、放って置く事も出来ない。
ラビゾーは葛藤する。
長い数極間、悩み抜いた後、彼は取り敢えずソームと言う魔法使いについて、訊く事にした。
今は情報が欲しい。

 「ソームの夢って何なんだ?」

虫に御執心の女児は措いて、男児の方に尋ねる。

 「ソームは夢の神様。
  ソームなら良い夢も悪い夢も、自由に見れるし、見せられる」

 「夢を操る魔法使い?」

 「知らない」

 「これは悪夢なのか?」

 「知らない」

冷淡な反応にラビゾーが戸惑うと、その僅かな隙に、男児はカール・グラブを苛める作業に戻ろうとする。
その為、ラビゾーは矢継ぎ早に質問をして、引き留めなければならなかった。

 「ソームは、どこに居る?」

 「夢の中」

 「ソームに会った?」

 「会った」

 「どんな人?」

 「こんな人」

男児はラビゾーを指差した。
503創る名無しに見る名無し:2012/04/03(火) 20:19:23.45 ID:9pW5KdQ4
それが冗談で言われた物か、本気で言われた物か、ラビゾーには判らなかった。
自分に似ていると言うのか、それは性格なのか、容姿なのか、彼が思案した、本の僅かな隙に、
男児はカール・グラブを苛めに行ってしまった。
まるで己に課せられた義務であるかの様に、子供2人は一心不乱に虫を虐げ続ける。
どうせ言っても聞かないだろうと、ラビゾーはカール・グラブを、2人から引き剥がす事にした。
もうカール・グラブは死んでいるだろうが、この2人が本物だろうが偽者だろうが、
残虐性を助長させる様な、この悍ましい行為は、止めなければならないと思っていた。

 「待った!」

子供2人に向かって歩き出すラビゾーを、留める声がある。
ラビゾーは驚いて、素早く振り返った。
そこに居たのは、彼と全く同じ外見をした、謎の人物だった。
ラビゾーは二度驚く。

 「……誰だ!?」

射抜く様な鋭い目、自信に満ちた微笑、泰然とした構えは、どこかしら何時も抜けている、
ラビゾーの雰囲気とは似ても似つかないが、個々の部品は全く同じ。
その気持ち悪さは、中々形容し難い。
これは自分に似ている別人ではなく、自分の姿を借りた別人だと、ラビゾーは直観した。

 「誰だと尋ねる前に、君から名乗るべきでは?」

返された非常に嫌味な言い方に、こんな声で自分は話していたんだと、ラビゾーは頭を抱えた。
自分の生の声を、自分で聞く機会は、そうそう無い。
貴重な体験ではあったが、言い様の無い恥ずかしさが、胸から込み上げる。

 「止めろ、黙れっ!!」

 「おいおい、それじゃ名乗る事も出来ないよ」

 「人の声で喋るな!」

ああ言えば、こう言う。
ラビゾーは怒りと羞恥で、顔を真っ赤にして震えた。
504創る名無しに見る名無し:2012/04/03(火) 20:20:18.85 ID:9pW5KdQ4
ラビゾーの姿をした人物は、沈黙した儘、にやけた表情でラビゾーを見詰めていた。
自分の顔だけに、その憎らしい事と言ったら無い。

 「……黙れと言ったから、黙ってるのか?」

ラビゾーが尋ねると、ラビゾーの姿をした人物は肯く。
ラビゾーは心を落ち着かせ、改めて尋ねた。

 「お前は誰だ?」

 「喋っても良いのかな?」

元々長い付き合いだった顔である。
相変わらず態度は憎らしく、嫌悪感も拭い切れないが、見慣れてしまえば、どうと言う事は無かった。

 「……良いよ」

 「答えても良いが、名乗るなら――」

 「ラビゾー」

それが自分の名だと、ラビゾーは虚勢を張って答える。

 「嘘は良くないよ、ラヴィゾール」

 「発音の違いだ」

ラビゾーの姿をした人物は、「ほほぅ」と感心した様に息を吐き、漸く真面に答える。

 「僕はソーム」

不敵な笑みを浮かべる彼だったが、ラビゾーは驚かなかった。
予想していた通りの答えだった。
505創る名無しに見る名無し:2012/04/04(水) 20:11:34.68 ID:Sby0ZzdI
ラビゾーは、夢の支配者ソームに言う。

 「お前がソームか、子供達を帰せ」

彼が初対面の相手を、「お前」呼ばわりするのは、それが目下の者か、軽蔑している人物、
或いは、感情的になっている時に限られる。

 「その高圧的な態度、君らしくない」

 「僕の何を知ってるって言うんだ?」

 「僕は夢の世界を思う儘に出来る。
  夢と言うのは、不思議な物だ。
  普段思ってもいない事が起きたりするだろう?
  それは夢が当の本人ですら知らない、心の底と繋がっているからさ」

 「だったら、僕の言いたい事も、全部解るだろう。
  今直ぐに子供達を解放しろ」

開き直ったラビゾーは強い。
ソームは肩を竦め、戯けて見せた。

 「いやいや、それは出来ないんだ。
  僕にも一応、役目と言う物があるんでね……」

 「役目?」

 「危険を教える役目さ。
  好奇心旺盛な年頃の子供は、大人の注意なんて、幾ら言っても聞きやしないからねェ。
  迂闊に村から離れると、酷い目に遭うって事を、嫌と言う程、心に刻み込むんだよ」

邪悪な笑みを浮かべるソームに、ラビゾーは眉を顰める。

 「フフ……そう睨まないでくれ。
  これは必要な事なんだ。
  私達魔法使いの為にも、村の平穏の為にも。
  禁断の地には、魔法使いより恐ろしい魔法生命体が、うじゃうじゃいる」

言い繕うソームだったが、虫を苛めるのが、一体何の戒めになるのだろうと、ラビゾーは疑問に思った。
506創る名無しに見る名無し:2012/04/04(水) 20:13:16.39 ID:Sby0ZzdI
彼は念の為に確認する。

 「向こうにいる、あの子供は、本物なのか?」

 「そうだ。
  暫くは、悪い夢を見て貰う」

 (悪い夢にしては、楽しそうにしているが……)

2人の子供は、喚声を上げている。

 「……仕置きが済んだら、無事に帰すんだな?」

 「約束しよう」

 「変な真似はするなよ。
  ……特に、その顔では絶対に」

「変な真似」とは、詰まり、そう言う事である。

 「ああ」

本当に信用して良いのか、迷うラビゾーに、ソームは言った。

 「安心してくれ、魔法使いは約束を違えない」

その真剣な眼差しに免じて(自分の顔なのだが)、これ以上ラビゾーはソームを疑わない事にした。

 「分かった。
  それは良いが……どうやって帰るんだ?」

 「全ては夢だ。
  覚めれば終わる」

ソームがラビゾーに近付くと、ラビゾーの視界が歪んで、ぐるぐる回り、暗転した。
507創る名無しに見る名無し:2012/04/05(木) 19:25:37.27 ID:wbEfWHv2
ラビゾーは目覚めた。
彼は村から余り離れていない森の中で、独り立ち尽くしていた。
見覚えのある風景に、ほっと安心したのは束の間。
太陽は大きく西に傾いていた。
序でに、やや空腹である。

 (は?
  ……夢?
  立った儘で眠っていたのか??)

ラビゾーは、そこらの木に縋っていたのでもなく、落ち葉の上に倒れていたのでもない。
普通に両の足で立っていた。
彼は自分の体を確認し、どこか異常が無いか、持ち物が無くなっていたりしていないか調べたが、
特に何も変わった所は無かった。
唯一つ、手に小さな傷が残っていた。
今までの事が夢だったとすると、ラビゾーは立った儘で眠っていた事になる。
それに、夢で付けた傷が残っているのも変なので、ソームに夢を見させられていたと言うよりは、
幻覚を見せられていたとする方が、自然だ。
寝惚けていたとも考えられるが……。
夢だったのか、幻覚だったのか、ラビゾーは深く考えるのを止めた。
どちらでも、現実でない事には変わり無い。

 (一体、どこから幻覚だったんだろう……?)

ふとラビゾーは疑問に思った。
屋敷に入った所から?
それとも屋敷を発見した所から?
まさか、屋敷に向かう所から、既に現実ではなかったのだろうか?
冷静に思い返せば、幻覚の中での自分の行動は、随分と不合理で支離滅裂だったと、
ラビゾーは頭を掻く。
それと同時に、別の疑問も浮かぶ。

 (幻覚の中で起きた事を真に受けて、その儘帰って良いのか?)

よく考えなくとも、良い筈は無い。
子供等の手前、連れて帰ると言ったのだから、幻覚の中で説得されて帰って来ました――等と言って、
信用される訳が無い。
現実に戻ったラビゾーは、再びソームの住家に向かって歩いた。
508創る名無しに見る名無し:2012/04/05(木) 19:29:26.77 ID:wbEfWHv2
この後も、何かしら面倒な出来事が控えていると、予想していたラビゾーだったが、
彼はソームの住家に着く前に、男児と女児を発見出来た。
2人の子供は、大きなセドラスの木の下で、仲良く寄り添って眠っていた。

 「おい、大丈夫か?」

ラビゾーは2人を揺すって起こそうとしたが、ぐっすり眠っており、目覚める気配は無い。
だが、悪夢を見ている風でもなく、その安らかな寝顔に、ラビゾーは少し安心する。
彼は2人の子供を抱えて、村へと帰った。
509創る名無しに見る名無し:2012/04/05(木) 19:30:36.25 ID:wbEfWHv2
村に着いたラビゾーを、2人の子供の両親が出迎える。
余りにラビゾーの帰りが遅かったので、子供等は不安から、黙り通している事が出来なかったのだ。
ラビゾーから半ば奪う様にして、我が子を胸に抱える母親達。
そして、ラビゾーに頭を下げて、繰り返し礼を言う。
父親達は、どうやってソームの元から帰ったのかを訊ねて来たが、ラビゾーは幻覚の事は省いて、
偶々セドラスの木の下で眠っていた所を発見したと伝えた。
510創る名無しに見る名無し:2012/04/05(木) 19:31:17.99 ID:wbEfWHv2
翌日、意識を取り戻した2人の子供は、それぞれの親に、こってり搾られたと言う。
悪夢を見させられ、帰ったら帰ったで怒られるのだから、自業自得とは言え、災難である。
こうして禁断の地の人々は、村から離れなくなるのだろう。
ラビゾーは、そう思った。
511創る名無しに見る名無し
これにてこのスレも終わり。
次は4スレ目。