「チリチリおにこ」
>>365-368の続きを投下しまスっ
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◇ ◇ ◇
夕暮れ前に紅葉達が到着したのは山をいくつか越えた所にある、それなりに賑わってる、とある街だった。
それほど主要な都市ではない。どこにでもある大型の街だ。
嘘月鬼から降りたおにこは、目を輝かせて辺りを見回していた。
嘘月鬼は小さくなって、おにこの耳元辺りで髪の毛に隠れるようにして漂っている。遠目にはイヤリングに見える
かもしれない。
夕方にさしかかっている頃だろうか。辺りは徐々に薄暗くなりつつあり、夜の街が目を覚まし始めていた。
待の中心街に向かって人の波は移動し、そこからも人々の流れが方々へ散ってゆく。車道は車の他、式鬼がひく
牛車や馬車が往来し、赤や青の鬼火をゆらめかせる提灯型信号に従って減加速を繰り返している。
足下では主からお使いを命じられているのか、時々子猫くらいの式鬼が何かの包みを抱えて石畳の道の上を
チョロチョロと走り抜けてゆく。行政に制御された式鬼が無造作に投げ捨てられたタバコの吸い殻や空き缶を
拾い集めながら疾ってゆく。夜が近づいていることで街の顔が目覚ましつつあった。
「それじゃあ……と。どこへ行くつもり。遊びに来た訳じゃないのよ」
紅葉は早速、ふらふらと街の熱気に当てられて歩きだしたおにこのエリをひっつかんだ。
おにこは捕まった事にも気にとめない様子で街の喧噪に魅入っている。
ここは市場からは少し外れた場所だ。それでも人通りは少なくない。
全身に発光するチューブを埋め込んでチカチカ光るネオン男。耳なし芳一のように全身に術式方術を入れ墨した
術式マニア。逆に貴重な機械をいくつも体に埋め込んでいるマシン・マン。動物が二足歩行しているようにしか
見えないライオン男。雑多な人々が通り過ぎてゆくのを眺めるだけでも眼がチカチカしそうだ。
おにこの視線は道行く人々から街の派手なネオンへとせわしなく漂い、興味が尽きない様だ。ポカーンと口を
半開きにし、自分が首根っこを掴まれていることにさえ気付いていない。紅葉は内心嘆息したが、このままでは
ラチがあかないと判断し、おにこが街の喧噪に慣れるまで近くのオープン・カフェで時間を潰すことにした。
街の喧噪にさらされた屋外カフェはどちらかと言えば、茶屋といった方が似合う風情のある店だ。
番傘の日除けに緋色の布を敷いた腰掛け。少し早いが提灯が灯されていた。昼間にはサラリーマンや公家連中が
一休みするための休憩所なのだろう。
人間の店員ではなく、トカゲとも鬼ともつかない小型の式鬼が宙を漂い注文をとりに来た。紅葉は適当に硬貨を
放り、アイスティーを注文。式鬼はコインを両手でキャッチし、コクコクとうなづいた後、さらにオーダーを
とろうとおにこの方にも向かおうとしたが、邪険に追い払った。
一方のおにこはイスの上にペタンと座り込んだまま、目をキラキラさせ、街と茶屋を仕切る柵によりかかり、
まだ街の喧噪に魅入っていた。
すると、そのおにこの耳元辺りの髪の毛の中から嘘月鬼がコチラに向かって顔を覗かせた。
「こーなると、おにこのヤツぁ長ぇぞ。どうする?オレっちが見てっから適当に時間でもつぶしてっかい?」
紅葉は冷たいまなざしをこの式鬼にむけた。
「これでも仕事中よ。言わせないで頂戴」
冷ややかに紅葉は返した。
「へェ。その雇い主のオレっちがいいって言っているのにか?」
それを聞いてやや眉をしかめ、ややイラだたしげな表情で紅葉は異を唱えた。
「雇い主?勘違いしないで欲しいわね。アナタは依頼主であって、雇い主ではない」
その違いは雇い主は従う事を仕事とするが、依頼主は仕事そのものを任せる形をとることだ。
つまり、結果だけを求めるのであってどんなやり方を選ぶかは依頼を受けたものの裁量だ。
要はこう言っているのだ「わたしのやり方に口出しするな」と。
「うへぇ、おっかねぇ」
口の中で小さく呟くと嘘月鬼はおにこの髪の中に引っ込んだ。
結局、おにこがある程度落ち着くまで紅葉はお茶を二回も飲むことになった──
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