【長編SS】鬼子SSスレ5【巨大AA】

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371チリチリおにこ
「チリチリおにこ」>>365-368の続きを投下しまスっ
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  ◇ ◇ ◇
 夕暮れ前に紅葉達が到着したのは山をいくつか越えた所にある、それなりに賑わってる、とある街だった。
それほど主要な都市ではない。どこにでもある大型の街だ。

 嘘月鬼から降りたおにこは、目を輝かせて辺りを見回していた。
嘘月鬼は小さくなって、おにこの耳元辺りで髪の毛に隠れるようにして漂っている。遠目にはイヤリングに見える
かもしれない。
 夕方にさしかかっている頃だろうか。辺りは徐々に薄暗くなりつつあり、夜の街が目を覚まし始めていた。
待の中心街に向かって人の波は移動し、そこからも人々の流れが方々へ散ってゆく。車道は車の他、式鬼がひく
牛車や馬車が往来し、赤や青の鬼火をゆらめかせる提灯型信号に従って減加速を繰り返している。
 足下では主からお使いを命じられているのか、時々子猫くらいの式鬼が何かの包みを抱えて石畳の道の上を
チョロチョロと走り抜けてゆく。行政に制御された式鬼が無造作に投げ捨てられたタバコの吸い殻や空き缶を
拾い集めながら疾ってゆく。夜が近づいていることで街の顔が目覚ましつつあった。

「それじゃあ……と。どこへ行くつもり。遊びに来た訳じゃないのよ」
 紅葉は早速、ふらふらと街の熱気に当てられて歩きだしたおにこのエリをひっつかんだ。
おにこは捕まった事にも気にとめない様子で街の喧噪に魅入っている。
 ここは市場からは少し外れた場所だ。それでも人通りは少なくない。
全身に発光するチューブを埋め込んでチカチカ光るネオン男。耳なし芳一のように全身に術式方術を入れ墨した
術式マニア。逆に貴重な機械をいくつも体に埋め込んでいるマシン・マン。動物が二足歩行しているようにしか
見えないライオン男。雑多な人々が通り過ぎてゆくのを眺めるだけでも眼がチカチカしそうだ。
おにこの視線は道行く人々から街の派手なネオンへとせわしなく漂い、興味が尽きない様だ。ポカーンと口を
半開きにし、自分が首根っこを掴まれていることにさえ気付いていない。紅葉は内心嘆息したが、このままでは
ラチがあかないと判断し、おにこが街の喧噪に慣れるまで近くのオープン・カフェで時間を潰すことにした。

 街の喧噪にさらされた屋外カフェはどちらかと言えば、茶屋といった方が似合う風情のある店だ。
番傘の日除けに緋色の布を敷いた腰掛け。少し早いが提灯が灯されていた。昼間にはサラリーマンや公家連中が
一休みするための休憩所なのだろう。

 人間の店員ではなく、トカゲとも鬼ともつかない小型の式鬼が宙を漂い注文をとりに来た。紅葉は適当に硬貨を
放り、アイスティーを注文。式鬼はコインを両手でキャッチし、コクコクとうなづいた後、さらにオーダーを
とろうとおにこの方にも向かおうとしたが、邪険に追い払った。

 一方のおにこはイスの上にペタンと座り込んだまま、目をキラキラさせ、街と茶屋を仕切る柵によりかかり、
まだ街の喧噪に魅入っていた。
 すると、そのおにこの耳元辺りの髪の毛の中から嘘月鬼がコチラに向かって顔を覗かせた。

「こーなると、おにこのヤツぁ長ぇぞ。どうする?オレっちが見てっから適当に時間でもつぶしてっかい?」
紅葉は冷たいまなざしをこの式鬼にむけた。

「これでも仕事中よ。言わせないで頂戴」
冷ややかに紅葉は返した。
「へェ。その雇い主のオレっちがいいって言っているのにか?」
それを聞いてやや眉をしかめ、ややイラだたしげな表情で紅葉は異を唱えた。

「雇い主?勘違いしないで欲しいわね。アナタは依頼主であって、雇い主ではない」
 その違いは雇い主は従う事を仕事とするが、依頼主は仕事そのものを任せる形をとることだ。
 つまり、結果だけを求めるのであってどんなやり方を選ぶかは依頼を受けたものの裁量だ。
要はこう言っているのだ「わたしのやり方に口出しするな」と。

「うへぇ、おっかねぇ」
口の中で小さく呟くと嘘月鬼はおにこの髪の中に引っ込んだ。
結局、おにこがある程度落ち着くまで紅葉はお茶を二回も飲むことになった──
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372チリチリおにこ:2012/10/14(日) 19:30:01.80 ID:Mih9x3MC
 ◇ ◇ ◇
「──だからほら、勝手に歩き出さない」
早速、紅葉はおにこのエリを掴んで引き留めた。だいぶ落ち着いたとはいえ、おにこは興味深げに辺りを見回すのを
なかなかやめない。気になったものを目にすると、途端にトテテと、駆け寄ろうとしてしまうのだ。
 おにこはまだ街の歩き方すらよく知らない有り様なので、一瞬たりとも気が抜けなかった。

「あの赤い灯火が点いてるときはまだ危険だから道を渡らない。式鬼車に轢かれるわ──
「ホラ。そこによじ登らない。そこは蒸気希釈の聖水噴射口よ。下手に手を出すと火傷じゃすまない──
「その箱はゴミ処理の式鬼よ。ここで下手にゴミ漁りしようとすると頭からカジられるわよ──
「移動階段ね。この呪具に念を込めただけ式鬼が階段を動かすから込めすぎないように注意して──
「自動扉には結界式と式鬼式があって人間でないあなた達はそれぞれ通り抜けるのにはコツがいるから──
「こういう噴水は障気浄化の為の聖水だから、アナタ達は絶対に近づかない事──それに──」

 紅葉は次から次へと、数歩歩く度に『街を歩くルール』を叩き込み、それをちゃんと守って行動できるか
いちいちチェックを入れた。
 どういう訳か嘘月鬼ならぬ浮月鬼も協力的で、おにこがどう動いていいか判らなくなった時、時折耳元で囁いて
正しい行動を教えるのだった。おかげでおにこは、1・2時間後には街中を歩く分にはそれなりにサマになっていた。
 それでも、目を引くものがあるとスグ気をとられるので危なっかしくて仕方ないのだが──

「──それじゃあ、次は『お金』の使い方の実演ね──財布は持ってきたわね」
いわれて、おにこはゴソゴソと懐をさぐり、財布を引っ張りだし、自慢げに笑いながら紅葉にみえるよう
頭上に掲げた。

「……まず最初のルール。お金を使わない場所でお財布をむやみやたらと見せびらかさない」
 紅葉は嘆息気味に呟いた。──先は長そうだ。

  ◇ ◇ ◇
紅葉の講習は続く──
「さて、お金を使うのはここら辺では、市が基本ね。最初はそこでのお金の使い方を覚えてもらうわ」
 そう言って、紅葉はおにこの手を引き歩きだした──そうしないと、どこへ歩き出すかわかったものじゃない。
機械的に手を引っぱり、おにこは足をもつれさせながらついてゆく。その先にあるのは──

──市場──
 この時代になると、式鬼を細かく制御することにより、大量の在庫管理が容易になった。そのため、売買の規模も
大きく変化していた。
 巨大ショッピングモールの代わりに巨大な市が立つようになったのだ。それぞれの出店には最小限の商品が陳列され、
陳列されている以外の商品が入り用ならば、式鬼が瞬く間に商品を在庫から引っ張り出す。そして、商品そのものが
売れ筋でなくなるとすぐさま、別のものを取り扱うように店そのものが入れ替わってしまう。それだけ、取り扱う
種類と品数が豊富だ。
 そんな市場で、様々な人たちが運搬用の式鬼を従え、または何を買うか思案しながら買い物に興じていた。
 店で陳列しているもの以外の商品も取り寄せようと思えばどの店でも購入できる。が、陳列されている商品が
その店が一番力を入れている商品だ。たとえば、果物が
陳列されてる店でも干し肉を買うことも問題なくできるのだが、果物を買う方が安くて種類も豊富なのだ──

空気にやや抵抗を感じる風雨よけの結界を抜け、一行は市場に入った。
 見渡す限り、様々な商品の見本を陳列した屋台がズラリと並んでいる。
「──さて、それじゃあ、見ていなさい」
そう告げると紅葉は果物を並べている屋台の前にカツカツと踵をならし歩いていった。そこには赤、青、ほか、
色とりどりの野菜と果物が陳列されていて、その前には数体の式鬼が浮いていた。
 その式鬼は猫ぐらいのサイズで、頭部にでっかい昆虫のような一つ目と二本の触手があり、長い毛が生えていて
それが体まで覆っていた。そして、その毛の中から細い手足が伸びていて、だらりと下に垂らしている。
式鬼たちは、周囲を歩く客を眺めながら、触手をゆっくりと上下させていた。
 その式鬼の前にいくと、紅葉はオーダーを出した。
373チリチリおにこ:2012/10/14(日) 19:32:15.17 ID:Mih9x3MC
「りんごを一つ、頼めるかしら?」
 すると、式鬼は頭に生えた二本の触手を紅葉の額にあて、紅葉から「リンゴ」というイメージを探り出す。
 次に、頭上に向け、単眼から光を放った。すると、その光の中に数種類のリンゴと値段が立体映像で表示された。
紅葉はそのうち目の前の一つを無言で指し示す。
 すると、別の式鬼がどこからともなく、表示されているのと同じリンゴを抱えて現れた。紅葉はそのリンゴを
手に取り、軽く一瞥すると……

「これを頂くわ」
そう告げるとコインを放った。宙に舞うコインを別の式鬼が器用にキャッチすると、どこからともなく
「ありがとうございました」と、柔らかい女性の声が挨拶を返した。

 「──こうやって、買い物をするの。やってごらんなさい」
 戻ってきた紅葉は買ったばかりのリンゴを一口かじってみせ、おにこをうながした。
 リンゴを食べる紅葉を見てうらやましくなったのか。
おにこも、トテトテと、同じ式鬼の前に歩いていって、
「りんごーーーーっ!!」
と、元気よく叫んだ。
 式鬼は同じようにおにこの額に向けてヒコヒコと触手をあて……
 次の瞬間、おにこの頭上に夥しい数の「りんご」を表示した。
「ひゃわわわわっ?!」
頭上の視界すべてを無数の「りんご」とその価格が埋め尽くす。どれも「りんご」ではあるが、それぞれ種類や
大きさ、値段が違う。先ほどの紅葉と違う結果におにこは目を丸くして頭上の映像を見上げ、ぽかーんと圧倒されていた。
 背後から珍しく笑いを含んだ声で紅葉が告げる。

「ちゃんとハッキリとイメージしないと、条件にあてはまるりんごがそうやって全部出てくるわよ」
 おにこは頭上の映像に呆然となって見入っていたが、やがて自分の目的を思い出した。そして一つ、リンゴを
適当に選んだ。指でイメージに触れた途端、他のイメージがすべて消え、目の前にはリンゴを持った式鬼がふよふよと
浮かんでいた。
 おにこはそのリンゴを硬貨と交換して、手にとる。

「ありがとうございました」
落ち着いた女性の声がまた挨拶を告げる。パァッとハジけたような笑顔を見せ、おにこは得意げにりんごを掲げながら、
紅葉に駆け寄ってきた。

「合格。よくできたわね」
 心なしか紅葉の声も柔らかそうだ。
おにこはニコっと笑うと自分で──それも生まれて初めて──買ったりんごにかぶりついた──

  ◇ ◇ ◇
「──それじゃあ、次は好きなように買い物をしてごらんなさい。──以前教えたように無駄な物を買うんじゃないわよ」
──二人はりんごを食べ終わると改めて買い物を続けることにした。
「あい──!」
 おにこは片手をシュタッとあげ、返事をすると、元気一杯に市に駆け込んでいった。まだまだ興味が尽きないようだ。
あっちこっちと駆け回っては陳列されてる見本をのぞき込んでは駆けていく。

「さて、お手並み拝見……ね」
 市の中をあちこち走り回るおにこの背中を目で追いながら紅葉はひとりごちた。おにこがどんな選択をするのかで
今後の方針を決めるつもりだった。今まで色々と教え込んできたが、何が大切なのか見極める力が身に付いているか
重要なポイントだろう。ある意味、これはおにこへの試験みたいなものだった。
 もし、無為に無駄遣いをするようなら……

「もう一度厳しく指導しなきゃね……」
さて、どうなるか……紅葉は駆け回るおにこの背中を見ながらひとり呟いた──

  ◇ ◇ ◇
 浮月鬼ならぬ嘘月鬼は密かにとほくそ笑んでいた──

 よっしゃ、とりあえずは順調だな。ここじゃまだ行動を起こせやしねぇが、機会は必ずやってくるにちげぇねぇ。
オレっちとしちゃぁ、あのねーちゃんにできるだけ協力して油断を誘いたいかんな。できるだけ大人しくしてねーと。
後はちっとダケ隙があれば──
374チリチリおにこ:2012/10/14(日) 19:32:56.76 ID:Mih9x3MC
  ◇ ◇ ◇
「──…………」
 紅葉はちょっと絶句していた。目の前には満面に笑顔を浮かべているおにこ。そして、おにこは両手一杯に
携帯食料を抱え込んでいた──
「……おにこ?」
紅葉はこめかみに指をあて、どこか頭痛をこらえるような表情で言葉を絞り出した。
「あい!」
おにこは両手一杯の携帯食料を抱えながら自信満々に返事を返した。
「……それが、アナタの選択なの?」
「あい!」
やはり元気に答えがかえってくる。
 ……確かにこの携帯食は日持ちする。最後の一つまで食べ終える事はできるだろうけど。まさかいくつもある
選択の中からこれだけをこんなに大量にとは。屋台に並べられている食料品は、様々なものが店頭にディスプレイ
されている。選択肢は豊富にあったハズだ。
 それでも、これを──初めて会った時に与えたあの携帯食を買ってきたのだ──それもこんなにたくさん。

「……そう。でも、いきなり両手を塞ぐような買い方は控えないとね」
おにこの頭をなでて、紅葉は言った。

「後で、持ち歩けるようにしないと。それと『まとめ買い』についても覚えなければね」
紅葉はこの少しばかり戸惑う結果にどう判断したものか頭を悩ませた──

 ──結局、買った物はキューブ化することにした。キューブ化とは物質を空間ごと圧縮し、結界に封じ込める
封術である。特定の場所で、少量のチップと引き替えに荷物を封印してもらえるのだ。
市場によっては屋台同士が協力してサービスになっている所もある。(それだけ沢山買ってもらえるからだ)
再び取り出すときには表面にコーティングされている小規模の結界を少し『壊す』だけで元の大きさに戻る。
重さこそ変わらないものの、持ち運びには便利な技術である。
 おにこの両手一杯の携帯食料は一枚の木札のサイズにまで圧縮された。

「それに傷を付けるんじゃないわよ。元に戻っちゃうから」
表面の結界に傷が入れば結界は壊され、携帯食は辺りかまわずにバラまかれることになる。そんな事になってはたまらない。

 おにこは物珍しげに木札状になった自分の荷物をためすがめつしつつ、試しにかぷりと口にしてみた……

 ゴ ツ ン

「ダメだと言ったでしょう」
容赦なく、おにこの頭にゲンコツが落ちた。
「はにゃはらりれりらら〜」
おにこはたまらず目を回す。
 おにこが言うことを聞かないと紅葉は時々遠慮なくゲンコツを落とす。これも教育の一環だ。
これでも「戦闘訓練」の苛烈さに比べるとヌルいほうではあるが……
 ともあれ、おにこは目を回しつつも、紅葉のジャケットの裾をつかみ、千鳥足でついていった。
375チリチリおにこ:2012/10/14(日) 19:35:26.06 ID:Mih9x3MC
という訳で、「チリチリおにこ」第10話>>371-374を投下したっ

【専門用語解説】
市場:いちば
大型店舗は姿を消し、雨風をよける大型結界のなかに無数の屋台を構えるのが一般的な買い物スタイルになっている。
 基本はどの店も屋台の体をなしている。欲しい品物がハッキリしていればどの屋台であっても入手する事ができる。
いわば、屋台型ア○ゾン。
 その正体はホログラフを映し出す式鬼と品物を運搬する式鬼がより集まってできた店舗である。
作中のようなその場で商品を手にする利用の仕方はどちらかといえば少数派であり、自宅のような拠点がある一般人は
必要な買い物はネットワーク越しに行うか、アイコンを入れるボックスに必要なデータをストックしておき、市場の出口で
一度に精算するやり方なども存在する。