「チリチリおにこ」第8話
>>354-357の続きを投下しまス
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──通信装置の向こうから聞こえる声は戸惑っていた──
『えっ?契約の内容を確認したいって?どういう事?紅葉ちゃん』
「今言った通りよ。特に問題ないはずだけど?」
紅葉の立場はフリーの契約者だ。とはいえ、本来は仕事を受ける上での契約などただの空約束にすぎない。
忍に市民権などありはしない。法の保護を受けられる立場ではないのだ。
それでも、当面の仕事のしやすさに影響するし、それなりの『スジ』を通しておけば、バックアップも受けやすくなる。
ここしばらくは事実上、この「彼」を介した『シゴト』が主で専属に等しい状態だったが、専属である必要もない。
なので、ここでのやりとりはただの再確認以上の意味はなかった。
『そりゃぁ……まあ、そだけどさ。あぁぅうん、紅葉ちゃんが他のオトコといちゃいちゃするのはなんか……
はあぁぅぅう〜〜ん』
回線の向こう側で妙な風に悶えているかのような煩悶としてる声が聞こえてきた。この手の戯言にいちいち相手してなど
いられない。
「特に何が変わるでもないわ。ただ、仕事のペースが今までより少し落ちるだけ」
淡々と感情を交えず状況のみを羅列する確認作業。
『らしくないな〜〜今までバリバリ仕事をこなして来た鬼のような仕事っぷりだったのに〜〜?』
鬼なら、目の前にいる上、そんなシビアなものでもないが。
当の鬼二匹はお湯に浸かって、でれでれに正体を無くしてしまっている。このままほっとくと溶けてしまうのでは
ないかというくらいだ。
「これでも普通の人間よ。たまに一息つきたくなるときだってある」
『ふふ〜ん?さっきの口振りからすると、休暇をとるため、というよりも別口の仕事を見つけたっぽいみたいだけど?』
契約内容を確認した箇所から察知したらしい。一瞬、紅葉は言葉に詰まる。
「…………それで、どうなの?」
『ん〜〜こっちの振った仕事をキチンとこなしてくれるなら問題ないよん。こっちとしても紅葉チャンみたいな
仕事のできる人手は貴重だしね。まあ、紅葉ちゃんにしかできない仕事もかなりあるから無理言って貰うことも
あるかもよ?』
「いいわ、可能な限りそちらにあわせる」
つまりは、今までとあまり変わらないという事だ。紅葉はそれでよしとふんだ。
通信が終わると式鬼が聞いてきた。
「で?どうでぇ。話はまとまったかい?」
湯に浮いた岩の塊、というシュールな絵づらだ。紅葉はただ首肯して返した。
「そうかい。そりゃぁ助かった。これでおにこの将来も安泰ってぇもんよ」
そう言って、尻尾で器用に手ぬぐいを持ち上げ、岩のようんな表面を拭った。
「…………」
嘘月鬼が紅葉に申し出た事。それはおにこに生き延びる術を教えるよう、依頼されたのだ。
要するにサバイバル技術の家庭教師みたいなものだが、嘘月鬼から申し出があった時は紅葉も内心、戸惑った。
今現在も互いにだまし会っている最中のようなものだ。それがいきなり懐に飛び込まれたようなものだ。当惑しない訳はない。
だが、紅葉の側にとってもこの鬼達から目を離さずにすむ。この胡散臭い鬼からこの娘を引き離すようし向ける事も
可能かもしれない。
「じゃ、契約成立だな。ニンゲンってぇのはこういうとき『握手』ってヤツをするんだって?」
そう言うと手拭いを頭にのせ、にょろりと尻尾を伸ばしてきた。
「……その前に聞いておきたい事がある」
紅葉は腕を組んだまま、その尻尾を冷たく一瞥した。
「あン?なんでぇ、一体?」
「あなたは一体、何の鬼なのかしら?」
契約を結ぶ相手は本来なら詮索しないのが忍の世界だが、この場合、何もかも不確かすぎる。本来の仕事と
同様にみるのは危険だろう。
「あぁ、オレっちは『浮月鬼(うわつき)』ってんだ。ヨロシク頼むわぁ。……これでいいか?」
ウソツキの鬼、嘘月鬼を名乗っては余計な疑念を生む。嘘月鬼は名の通りさらっと嘘をついた。
「……そう。紅葉よ」
そうして、紅葉はこの胡散臭い式鬼の尻尾を握り返し契約は結ばれた。
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という訳で「チリチリおにこ」第8話
>>360-363を投下したっ
【専門用語解説】
死後の処理:しごのしょり
大半の一般人は死後、葬式が済んだ後、ほとんどの臓器を再利用として各腑分けされた後、臓物の専用管理会社にストックされる。
ただし、リサイクル業者にリサイクル料を支払えない貧困層の住民の場合、不法に投棄するしか手がない事も多い。
その中でも、自身の身体を悪霊に憑依させたり悪用されるのを嫌う者は生前、死亡する直前に聖骸粉や聖水を血管内に
注入する事で自らの遺体を「聖別化」し、悪霊に悪用されないように予防する者もいる。
また、リサイクル業者のやっかいになれない、いわゆる「アウトロー」のような『業』が深すぎて聖別化できない者の場合、鬼に対する「退魔爆弾」等の術式を
身体に埋め込んだり、「魔除け」の入れ墨をいれたりするものもいる。
また、この時代の人間は総じて薬物の依存度が高い為、遺体は永いこと腐敗することはない。
そのため薬物含有度の低い遺体はリサイクルの処理も簡単に行えるのと自然主義信仰のおかげで、高価な値で取り引きされる。