【長編SS】鬼子SSスレ5【巨大AA】

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360チリチリおにこ
「チリチリおにこ」第8話>>354-357の続きを投下しまス
  ◇ ◇ ◇
 ──通信装置の向こうから聞こえる声は戸惑っていた──
『えっ?契約の内容を確認したいって?どういう事?紅葉ちゃん』
「今言った通りよ。特に問題ないはずだけど?」
 紅葉の立場はフリーの契約者だ。とはいえ、本来は仕事を受ける上での契約などただの空約束にすぎない。
忍に市民権などありはしない。法の保護を受けられる立場ではないのだ。
それでも、当面の仕事のしやすさに影響するし、それなりの『スジ』を通しておけば、バックアップも受けやすくなる。
 ここしばらくは事実上、この「彼」を介した『シゴト』が主で専属に等しい状態だったが、専属である必要もない。
 なので、ここでのやりとりはただの再確認以上の意味はなかった。
『そりゃぁ……まあ、そだけどさ。あぁぅうん、紅葉ちゃんが他のオトコといちゃいちゃするのはなんか……
 はあぁぅぅう〜〜ん』
 回線の向こう側で妙な風に悶えているかのような煩悶としてる声が聞こえてきた。この手の戯言にいちいち相手してなど
いられない。

「特に何が変わるでもないわ。ただ、仕事のペースが今までより少し落ちるだけ」
淡々と感情を交えず状況のみを羅列する確認作業。

『らしくないな〜〜今までバリバリ仕事をこなして来た鬼のような仕事っぷりだったのに〜〜?』
 鬼なら、目の前にいる上、そんなシビアなものでもないが。
 当の鬼二匹はお湯に浸かって、でれでれに正体を無くしてしまっている。このままほっとくと溶けてしまうのでは
ないかというくらいだ。

「これでも普通の人間よ。たまに一息つきたくなるときだってある」
『ふふ〜ん?さっきの口振りからすると、休暇をとるため、というよりも別口の仕事を見つけたっぽいみたいだけど?』
 契約内容を確認した箇所から察知したらしい。一瞬、紅葉は言葉に詰まる。
「…………それで、どうなの?」
『ん〜〜こっちの振った仕事をキチンとこなしてくれるなら問題ないよん。こっちとしても紅葉チャンみたいな
 仕事のできる人手は貴重だしね。まあ、紅葉ちゃんにしかできない仕事もかなりあるから無理言って貰うことも
 あるかもよ?』
「いいわ、可能な限りそちらにあわせる」
 つまりは、今までとあまり変わらないという事だ。紅葉はそれでよしとふんだ。

通信が終わると式鬼が聞いてきた。
「で?どうでぇ。話はまとまったかい?」
湯に浮いた岩の塊、というシュールな絵づらだ。紅葉はただ首肯して返した。
「そうかい。そりゃぁ助かった。これでおにこの将来も安泰ってぇもんよ」
 そう言って、尻尾で器用に手ぬぐいを持ち上げ、岩のようんな表面を拭った。
「…………」
 嘘月鬼が紅葉に申し出た事。それはおにこに生き延びる術を教えるよう、依頼されたのだ。
要するにサバイバル技術の家庭教師みたいなものだが、嘘月鬼から申し出があった時は紅葉も内心、戸惑った。

 今現在も互いにだまし会っている最中のようなものだ。それがいきなり懐に飛び込まれたようなものだ。当惑しない訳はない。
だが、紅葉の側にとってもこの鬼達から目を離さずにすむ。この胡散臭い鬼からこの娘を引き離すようし向ける事も
可能かもしれない。

「じゃ、契約成立だな。ニンゲンってぇのはこういうとき『握手』ってヤツをするんだって?」
 そう言うと手拭いを頭にのせ、にょろりと尻尾を伸ばしてきた。
「……その前に聞いておきたい事がある」
紅葉は腕を組んだまま、その尻尾を冷たく一瞥した。
「あン?なんでぇ、一体?」
「あなたは一体、何の鬼なのかしら?」
契約を結ぶ相手は本来なら詮索しないのが忍の世界だが、この場合、何もかも不確かすぎる。本来の仕事と
同様にみるのは危険だろう。
「あぁ、オレっちは『浮月鬼(うわつき)』ってんだ。ヨロシク頼むわぁ。……これでいいか?」
ウソツキの鬼、嘘月鬼を名乗っては余計な疑念を生む。嘘月鬼は名の通りさらっと嘘をついた。
「……そう。紅葉よ」
 そうして、紅葉はこの胡散臭い式鬼の尻尾を握り返し契約は結ばれた。
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361チリチリおにこ:2012/10/12(金) 23:33:35.33 ID:d3Efqkmu
  ◇ ◇ ◇
 ──おにこはいつになく、神妙な様子で目を閉じていた。そして両手をあげ、手のひらをガラクタの山に向け
かざしている。口元からはなにやら呟きが漏れていた。『呪』だ。

「そう……ゆっくり……力を抜いて……息を吐きながら集中する……」
 紅葉がそのすぐ後ろに立ち、腕を組んだまま、おにこに指示を出していた。
目を閉じたおにこの瞼の内側にポツポツと点滅するイメージが広まってくる。

「そのまま力まず精神を平静に保ったまま『呪』を繰り返す」
 おにこはゆっくり息を吐きながら続きの『呪』を唱えようとした。だが──
「──……あ」
 たちまち集中が崩れ、イメージは瞬く間に消えてしまった。どんな『呪』だったか思いだそうとして集中が切れたのだ。

「もう一度。最初からやり直し」
紅葉は腕を組んだまま微動だにせず、感情を全く感じさせない声でやり直しを指示した。

「むぅ〜〜〜〜〜」
おにこは不満げにふくれ、紅葉を見上げたが、紅葉は腕を組み、おにこを見返すばかりで終始無言だ。結局、無言の
圧力に負け、おにこは言われたとおり、しぶしぶ『呪』を繰り返しはじめた。

今、おにこが教えられているのは単純な『呪』だ。それも、当人の資質はあまり関係ないごく一般的なものだった。
 やがて、おにこはゆっくりと目を開いた。

「じゃ、上手くいったか確認してみなさい」
紅葉の言葉を受け、ナギナタを片手におにこはがらくたの山をトコトコと駆け上がった。

 ザック、ザクッザックザック……

 そのまま薙刀を使い乱暴にガラクタをかき分け、掘り進む。そして、その中から目的の物を見つけだし、
引っ張りだした。

「あったーーーーーっ!」
 手にしていたのは、例の水を浄化する呪具──壊れかけの浄水筒だった。

 ──紅葉が教えていた『呪』は術者としての資質を問われるような高度なものではなく、ごく簡単な読み書きと
精神集中ができるなら誰でも利用可能な簡易コマンドの
ようなものであった。これは特定の呪具に込められているもので、その道具を見つける時に所有者や捜索者に呪具の
方からありかを知らせるようにできている。

 紅葉はまず、文字や呪文の意味を教えるより先に生きるのに必要な道具を数種類と、その使い方をおにこに
教える事にしたのだ。もちろん、もっと原始的な方法での生き方も教えてはいるが、目の前に利用できるものが
文字通り山程あるなら利用するに越したことはない。今はそれらの最低限の利用方を実践させているのだ。
 やがて、いくつか目的の浄水筒を集めてきたおにこにすかさず──

「なら、次はそれを使って飲み水を作る」
歪んだドラム缶いっぱいに溜まった汚水を指し示し、紅葉は次の課題を与えた。

 鬼子は適当な足場によじ登り、たった今かき集めてきた呪具をばちゃばちゃと水に沈め始めた。そして拙い仕草で
印を結び、たどたどしく言の葉を紡ぐ。

 ぼう、と澱んだ水の奥で梵字がいくつか発光した。それに伴い、暗く沈んだ水の透明度が徐々にあがってゆく。
浄水筒が水中のゴミや不純物を吸収しているのだ。
 が、やがてゴボンとでかい気泡が浮き上がり、汚泥が広がって浄化されかかっていた水が再び濁ってしまった。
「あーーーー───」
おにこが失望の声をあげる。

「やり直し。呪具がちゃんと使えるかどうか状態を見極めないからこうなる」
紅葉は責めない代わりに淡々とやり直しを指示した。それ以上言葉を続けたりしない。
 むーーーっとふくれていたおにこも、言われたとおり使えない浄水筒を引っ張り出すため、澱んだ水に頭を突っ込んだ。
362チリチリおにこ:2012/10/12(金) 23:34:22.33 ID:d3Efqkmu
「んで、教えるのはこンだけかい?他にも色々あンだろうが?」
 嘘月鬼改め浮月鬼がタンクの中であっぷあっぷと苦戦しているおにこを尻目に紅葉に訊ねた。今は小石くらいの
サイズで紅葉の肩の高さに浮いている。
「まずは水と食料。ついで寝場所の確保……はまあ、当面はあれでいいわ。基本的な事を教えるのはそれからね。
 で、こっちも訊ねたいんだけど?」
微動だにせず、おにこから視線だけを隣の鬼に移し、紅葉は話を切り出す。
「あン?なんでぇ?」
そらっとぼけた感じで嘘月鬼は訊ね返す。

「あなた達、あの子の後ろ盾のアテは本当にないの?約束の報酬が空手形というのは勘弁してもらいたいものね」
 報酬の支払いは後払い。そういう事になっているのだ。
「へへへ。そりゃまあ、不安になンのもわかンが、焦ってもしゃぁねぇよ。まずは街に出ても大丈夫なように鬼子を
 仕込ンで貰わなねェとな。心配しなくともしかるべき時が来りゃぁ、本名を明かし、向こうから見っけて貰う
 ようにとり計らうさ。そンでいいだろう?」

 本名を明かす。それだけでも、精査に探しているならば、もしくは各種特徴をしっかり備えていれば見つけられる
可能性はハネあがる。だが──

「でも、問題のお家は断絶状態ではなくて?」
「そこはまあ──おにこほどの血筋ならいくらでも担ぎあげたい分家や傍流はいくらでもいンだろうよ。
 そこに請求すりゃいいさ。連中、喜んで支払うだろうよ」
「…………」

 お家付きの式鬼だったとはいえ、しょせんは鬼だ。人間同士の勢力図など、ピンとこないだろう。
もとより、おにこの家の話などあの家紋を見せられた後も信じてなどいない。

 とはいえ、もしこの話が本当ならおにこを引き取る家にも気をつけなければならないだろう。
血筋を担ぎ上げるならまだしも、家の方針によってはおにこを余所の家へと生け贄同然に差し出す家もあるだろう。
 といっても、その場合、彼女が口を出すのは分を超えている。
 彼女との契約はあくまでも人間社会に戻るまでだからだ。紅葉はふと、思いついてたずねてみる。
「で、アナタはどうするの?」
「あン?オレっち?」
「もし、おかしな家に見つかったら、あの子もろとも消されるわよ?その辺、ちゃんと考えてる?」
「おうよ。オレっちがねーちゃんに仕込んで欲しいのはソコなんさ」
意表をついたつもりだったが、我が意を得たりと答えが返ってきた。
「もし、ヘンな家に見っかっても生き残れンようにさ」
「…………」
ぬけぬけと言い放つ嘘月鬼に紅葉は無言で返した。

「できたーーーーーーっ」
不意に明るい声が弾けた。見ると、おにこがびしょ濡れでドラム缶から顔を出していた。その水は不純物をすべて
吸い出され、綺麗になっていた。

「じゃぁ、その水でお風呂にしましょうか──」
紅葉は今日の「授業」の終わりを告げた。
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  ◇ ◇ ◇
 焼けた石をを放り込んで即席の風呂を用意した後、おにこは待ってましたとばかりにお湯に飛び込んだ。
おかげで危うくひっくり返りそうな程、ドラム缶がぐらぐらと揺れた。

「……で、紅葉ねぇちゃんはまたも風呂、入ンねェのか?」
 湯に浸かり、だらしない顔をしているおにこの横で嘘月鬼は、小石サイズで浮いていた。湯面にプカプカ浮かび
ながらくのいちに尋ねる。

「……忍務中にすることじゃないわね」
 そう言い、手ぬぐいで身体を拭いているだけだった。紅葉はその身体を覆うスーツを片腕だけはだけ、上半身を
湯に浸した手ぬぐいでぬぐうだけで湯船につかるようなことはしなかった。
 暗闇の中に半裸の白い肌が浮かび上がり、片方だけ露出した腕が手ぬぐいを湯に浸しては身体の汗や汚れを
ぬぐいさってゆく。
363チリチリおにこ:2012/10/12(金) 23:35:26.17 ID:d3Efqkmu
「さよけ?でもよぉニンゲンつーのはよ〜こーゆー……何つーの?仲間意識?ってのをツチカウのに
 有効なんじゃネーのか?フロってヤツはよ」
聞きカジりの知識でたずねてみる。

「…………」
 紅葉の武器はいつでも抜刀できる状態のままだ。そして終始無言。あくまでおにこの世話は仕事に徹している。
とばかりにその一線を堅持している。フロに入らず、代わりに身体の汚れを黙々と拭きとっているだけなのだ。

「なんでぇ、まぁだ警戒してやがンのか。おにこのヤツぁ、随分となついてるっつ〜のによぉ」

 それでも紅葉は返事をしない。この調子っぱずれの式鬼にペースを合わせるつもりもない。

「ま、ねーちゃんがそンなつもりならいーけどよ。ちったぁ打ち解けた方がいいんじゃねぇのk……んぶっ!」

 最後はおにこがバランスを崩して嘘月鬼の頭に手をついて、湯にしずめてしまったため、言い切れなかった。
そして、湯から浮き上がってきた嘘月鬼がおにこに文句をがなり立てるのを背後に聞きながら、紅葉は黙々と
身体を拭き続けていた。
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   ◇ ◇ ◇
──通信ログ──
『もぉ〜〜みっじちゃ〜ん!そろそろ休暇はすっんだっかな〜〜』
「────」
『えっ、なになに、まだ?まだなのっ?!いやいやいや、紅葉ちゃ〜ん、ボクだってそんなに庇える訳じゃないからさ〜
 アルバイトだかなんだか知らないけど、これ以上はさ〜……』
「────」
『え、ホント?やたっそれじゃ、データを転送するからどの仕事を選ぶか……え、早いね。て、これ?コレなの?!』
「────」
『い、いや、せっかくやる気になってくれるんだから、この際ゼイタクは言わないけどさ〜らしくないなぁ〜なんて
 ……あ、いやいや!不満がある訳じゃないよっ!うん。あ、順次調子を上げていくって?!
 うん、それじゃ、頼むよ〜ホントにさ〜〜』
「────」
『じゃ、今回はこの簡単なミッションでいいんだね?なるべく弱くて数が多いの?──ん〜そーいうのは
普通の部隊でもこなせるから、そっちに頼んでもいいんだけど──
──あ、ううん。うそうそ。紅葉ちゃんのたっての希望なら、モチロン大丈夫さ!それじゃあヨロシクね〜〜』
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   ◇ ◇ ◇
「──はっ?今なんつった?狩り?」
オレっちは思わずオウム返しに聞いちまった。
 おにこの例の赤目変化を自由にコントロールできるようになったのを確認した直後の話だ。って、いきなり何いってんだ。

「戦闘訓練の一環。低級霊クラスの式鬼を狩ってもらうわ。それだけの実力はあるはずよ」

「そらあ、ねーちゃんに出会う前もそン位のたぁやり合ってたけどよ……」
「なら、大丈夫ね。必要ならアナタがフォローしてあげなさい」

 ん〜……まあ、オレっちも久しぶりにゴチソウにありつけそうだからいンだけどよ……なぁんだってぇんだ──?
……とか、思ってたのガ甘かった──
364チリチリおにこ:2012/10/12(金) 23:37:12.35 ID:d3Efqkmu
という訳で「チリチリおにこ」第8話>>360-363を投下したっ

【専門用語解説】
死後の処理:しごのしょり
 大半の一般人は死後、葬式が済んだ後、ほとんどの臓器を再利用として各腑分けされた後、臓物の専用管理会社にストックされる。
 ただし、リサイクル業者にリサイクル料を支払えない貧困層の住民の場合、不法に投棄するしか手がない事も多い。
 その中でも、自身の身体を悪霊に憑依させたり悪用されるのを嫌う者は生前、死亡する直前に聖骸粉や聖水を血管内に
注入する事で自らの遺体を「聖別化」し、悪霊に悪用されないように予防する者もいる。
また、リサイクル業者のやっかいになれない、いわゆる「アウトロー」のような『業』が深すぎて聖別化できない者の場合、鬼に対する「退魔爆弾」等の術式を
身体に埋め込んだり、「魔除け」の入れ墨をいれたりするものもいる。

 また、この時代の人間は総じて薬物の依存度が高い為、遺体は永いこと腐敗することはない。

そのため薬物含有度の低い遺体はリサイクルの処理も簡単に行えるのと自然主義信仰のおかげで、高価な値で取り引きされる。