【長編SS】鬼子SSスレ5【巨大AA】

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354チリチリおにこ
「チリチリおにこ」>>347-351の続きを投下しまス
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  ◇ ◇ ◇
 紅葉はガラクタの山積している中からいくつか目的のモノを見つけだした。次いでガラクタの山から同じく
引っ張り出したズダ袋に入れ、準備を済ませる。そして、二人の鬼を廃棄場から連れ出した。
行き先は近くの、山の中にある廃工場だった。

「んで、いってぇ何でぇ。ンな所へ呼び出しやがって」
 嘘月鬼は気楽に尋ねた。抹殺するつもりならとうに抹殺されている。そのため、ここまで呼び出される意味が
わからずとも変に警戒する必要もないと考えているのだ。
 嘘月鬼は岩石の頭をフリフリ、周囲を見回した。廃工場といっても中はほとんど残っていなかった。あるのは
製造ラインを設置する為に用意された凹凸と、そこに入り込んだ雨水が貯まってできた大きな水たまりだけだ。
その水たまりも淀んで油汚れや塵芥が無数に浮いている。

 紅葉は何もいわず窓の外を見た。ガラスの類はとうの昔に無くなってる。その向こうは暗闇でうっすらとした
月明かりが殺風景な山の景色を浮かび上がらせている。

「死にたくなかったら窓から離れてなさい。いいわね」
一方的に言い捨てると姿を消した。数秒後、ドーンという破壊音とともに、真っ赤に灼けた岩石が飛び込んで来た。
「?! 何だ、なンだっ?!何事だっ?!」
その岩は、おにこを乗せて飛ぶときの嘘月鬼より二周りも大きかった。
前後の状況から紅葉の仕業に違いなかったが、どうやってやったのかはわからない。
その赤熱した岩石が水たまりの中に落ち、途端に水を
沸き立たせた。たちまち水しぶきがまき散らされ、水蒸気が周囲に立ちこめる。
「ひゃわわっ?!」
おにこも目をまん丸にしてこの異様な景色に見入っていた。その湯気の中、いつのまにやら紅葉は水辺で何か
作業を進めていた。例のズダ袋からいくつかの筒状の入れ物をとり出し、ボゴボゴと沸き立つ汚れた湯に浸した。
そして簡単な印を結び、呪を唱えるとその中に湯の中のゴミが集まり始めた。
 それは一般的な浄水術だ。この浄水筒は簡単な印と言葉で起動し、水の中にある不浄物を吸い集めるように
できている。もちろん捨てられていた物であるから、何らかの不具合があるのだろう。
 が、複数の物と併用すれば当面の目的は果たすことができる。やがて、時間の経過とともに湯のなかの汚物やゴミは
すべて浄水筒の中に吸い込まれた。熱すぎる湯もその頃には適度な水温に程良く冷めていた。

「───さて、それじゃ、お風呂にするわよ」
汚物の詰まった浄水筒を湯のなかから引き上げると、紅葉はおにこ達にそう告げた。
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  ◇ ◇ ◇
「──へぇ。シノビが風呂好きたぁ知ンなかったな」
サッカーボールサイズの岩石になった嘘月鬼が物珍しそうに湯面を尻尾でつつきながら言った。風呂の事は知っては
いたが、自身で入った事はない。必要がないのだ。
「敵に気配を察知されない術の一環よ」
そっけなく、紅葉は答える。

「ひゃっひゃっひゃ。違げェねェ。うまく隠れてても臭っちまったらおしめ〜だもンな」
何がウケたのか大笑いする嘘月鬼。
 実際に気配を消すには食餌制限で体臭を消すところから始める訳だが、それをここで言っても意味がない。

「ほら、いつまで飲んでいるの。こっちを向きなさい」
そう言って、おにこの手を引き、頭からお湯をかぶせた。さっきまで水面に顔を突っ伏してお湯を飲み続けていたのだ。
 なにせ、今までゴミ廃棄場に降り注いだ濁った雨水しか口にしたことがなかった。鬼の身だけに死にこそしなかった
ものの、ここまで綺麗でおいしい水はじめてだったのだ。
「っっぷわっ」
 当然、頭からお湯をかぶる事もこれが初めてだ。
おにこは今、何も着ていない。あのボロ布とも着物ともつかないものは別の水たまりに浸して、浄水術を用いて洗い
終わっていた。今は程良く冷めてきた岩の余熱でもって乾かしている最中だ。
 頭から何度も湯をかぶされ、たまらず犬みたいにブルブルと頭を振ってお湯をはじき飛ばした。

「それじゃ、次はこれで身体を洗ってみなさい。間違っても食べるんじゃないわよ」
 そう言うと、石鹸のついた手ぬぐいで軽く身体をこする仕草を見せてから、おにこに手渡した。
おにこはじっとそれを見ていたが、しばらくするとゴシゴシとおぼつかない手つきで身体を洗い始めた。
355チリチリおにこ:2012/10/11(木) 19:24:22.14 ID:B0gYkLHI
「── 一体、どういうつもりでぇ?稽古といい、風呂といい。何だってェんだ?」
その質問には答えず、紅葉は逆に質問を返す。
「人間は鬼と違い身体を清潔に保っていないと易々と病魔に憑かれて死んでしまう生き物よ。むしろ、何故衛生的な
 事を教えていなかったのかしら?命に関わる事よ」
「───」

 鬼の身体は人間の身体に比べ、物理的にも病気に対しても強靭だ。おにこが鬼でいるかぎり、身体を清潔に
保っていなくても病気になることはまずないだろう。
 だが、人の身に戻る事を前提に考えているなら、いずれは人に必要な知識を教えておかねばならない。
それを教えないという事はその必要がない事を意味する。人に戻すつもりがないか、元々人ではないのか──

「そうなンか?ワリぃ。オレっち、そういうニンゲンのこたぁ、疎くってよ。風呂ってのぁ、レジャーの一環か
 物好きの暇つぶしみてぇに考えてったわ」
しれっと嘘月鬼は言い切った。鬼が人の営みに疎いのもおかしくないといえばおかしくないのだが──

「…………まあいいわ。じゃ、流すわよ」
後半は大体洗い終わったおにこへの言葉だ。またざぷーと、頭から湯をかけた。
「次は頭だけど、しばらくは湯につかってらっしゃい」
 そう言われると、おにこはにぱっと笑うとキャッキャとハシャギながら岩の方へお湯をまき散らしつつ駆けていった。
岩のある一番深い所でも紅葉の膝上辺りの深さしかない。肩まで浸かるには熱源でもある岩の所が一番暖まる。

「…………で、ねーちゃんは入ンねェのか?折角用意した風呂だってのにヨ?気配を消すのに臭いは邪魔なんだろ?」
紅葉は武装も服装も全く解いていなかった。
「……これでも忍務中よ」
敵が存在する可能性があるエリアで武器を手放す馬鹿は居ない。
「さよけ、お真面目なこって。つっても、この辺ンにゃもう物騒な式鬼ゃ居ねェがな。そンじゃ、オレっちも後学の
 為にニンゲンの真似ごとでもやってみっかな。お〜い、おにこぉ〜〜」
そう言うと、岩の横で湯に浸っているおにこの所へと飛んでいった。

丁度そのとき、本部から通信が入った───
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  ◇ ◇ ◇
「お〜ぃ、おにこぉ〜〜」
あーぁ、おにこの奴ぁ初めての風呂に正体無くしてやがらぁ。
湯からぷかぁって顔だけ出してまあ……なンだ、あの緩みきった顔ぁ。黒髪が湯面に広がってその真ンなかに呆けた
おにこの顔が浮いてやがる。なんかチョット茶々を入れたくなンぜ。
 ちなみにオレっちはさっきからずっと岩の姿を維持していた。なンせ、障気を吸いすぎちまってたかンなあ。
元のレベルに戻るにゃあそれなりに摂った「精」を消費せにゃならん。今のオレっちはなンか特殊な方法で
調べずとも、気ぃ抜けば大雑把なエリアスキャンでも目立って仕方がねぇ。
 ま、あのねーちゃんの前で小っちェ火の玉姿になンのもコワすぎるってェのもあンだがね。
 それはともかくオレっちもお湯のごしょーばんにあずかろうと、おにこのアタマくれェの大きさのまま、ザバァンと
おにこの横に着水した。
「っっぷわっぷ!」
当然、おにこは顔に湯をひっ被ってあわてて手足をバタつかせた。
「そういやぁ、おにこ、おめェ、傷は大丈夫なンか?」
ぶータレようと湯から顔を上げたおにこに、すかさずオレっちは聞いてみた。さっきの『稽古』にゃぁかなり蹴られたり
叩かれたりしてスッとばされてたンだが。

「ん?んーーー……」
おにこは湯の上に立ち上がり、腕や足をあげて傷の様子を確認してみた。痣をはじめとする内出血の痕がそこかしこに
あンだが、もうウッスラとしか見えなくなっていた。
……こりゃぁアレか。あの時の妙な力の顕現の作用……鬼の回復力か?
 そういや、あのねーちゃん、このこと知ってるフシがあったような……おにこについて、なンか知ってンのか?
とはいえ、情報を引き出そうとして、藪蛇にナっちまったら本末転倒だ。どーやって話を聞きだしたもンか……
 いや、それよか、どーやって逃げきることの方が重要か?
356チリチリおにこ:2012/10/11(木) 19:25:30.91 ID:B0gYkLHI
 どぼぉん!
考えごとしてっと、おにこがひっくり返る音で我に返った。どうやら、背中の傷を見ようとしてヘンな姿勢で体を
ヒネって倒れ込んじまったらしい。何やってンだか。
「えへへ……ちぇい!」
 「ンぷっ、って、コラおい」
水面に顔を出したおにこは、照れ隠しに湯をオレっちにぶっかけ始めた。オレっちは尻尾で水面を叩き反撃を開始した。
 気がつきゃバシャバシャとお湯の掛け合いを始めちまってた。いいンかね?こンなにひよっちまってて。
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  ◇ ◇ ◇
「───こちら紅葉」
『も〜みっじちゃ〜〜ん!お仕事はかどってる〜〜?って、あっれ〜?該当エリアから少し離れちゃってるね〜?』
 向こうも紅葉の現在地をモニターしているのだろう。
「忍務は完遂しているわ。文句ある?」
ことさらすげなく紅葉は返答した。
『あ、いや……んーとね。さっき何か尋ねてたじゃん。「原種の鬼」がなんたらってさ』
ピクリ、と紅葉の眉がはねる。
「えぇ」
『それがねぇ、念のために調べてみたんだけどさ、あったよ。それっぽい情報が』
「へぇ……」
『最近になってセキュリティレベルが下げられたようだから、大した価値のない情報かもしれないけどね。
 えと、式鬼を使って野良式鬼を処理する計画が頓挫して、その引き継ぎが、紅葉ちゃん達の関わっている仕事の
 発端だってのは知っていると思うけど……』
「そうね」
『元々、その前に行われていたプロジェクトで「使役されていた鬼」がどうやら「原種の鬼」臭いんだ』
「ゲノムデータは残ってないの?そんなモノなら、計画が頓挫してても利用価値がありそうなモノだけど?」
『それがね〜〜責任者権限で厳重にロックされていたみたいでね〜、その上最重要責任者がとんずらこいちゃった
 らしくて、計画が頓挫した時点で関連したモノは全て無用物として廃棄されちゃったらしいよ〜モッタイナイよね〜〜』
「そう…………」

それが巡り巡ってここの廃棄場に廃棄された訳か……
 あの後、紅葉自身も情報を探っていて、あの時の事を調べ、何が起こっていたのか大方のアタリはついていた。
 政府機関により制御された傀儡(くぐつ)の鬼の娘。操られるまま、人間の手ゴマとして動いていたようだったが、
あれから制御を振り切り、逃げおおせたのだろうか。

 紅葉は先ほどのおにこの様子を思い出していた。おにこの能力の顕現。あの子が鬼子のクローンや分身である
可能性は高くなった。ただ、それが事実だとして、あの式鬼の言う事を否定する材料になるかは微妙な所だ。
 源細胞を移植することで妖怪の能力を受け入れる手法は一般的ではないが可能だ。

 先程、風呂の時に身体を調べてみたが、頭のツノ以外は特に妙な所もなし、クローン特有のシリアルナンバーの
ようなものも見当たらなかった。
「でも紅葉ちゃん?こんな事を調べて一体、どうするつもりなの?」
言われて、紅葉はその問いとは別の疑問に、はたと思い至った。私はあの二鬼をどうしたいのだろう─────
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357チリチリおにこ:2012/10/11(木) 19:26:09.72 ID:B0gYkLHI
  ◇ ◇ ◇
 オレっちは一通りハシャギ終わると湯にプカプカ浮いていた。おにこはおにこで、冒険心を発揮してこの水たまり
だった湯船をあちこち泳ぎ始めていた。オレっちは岩の身体は水にゃ浮かねェから、水面に合わせて宙に浮いてなきゃ
いけねェが、ナルホド。ニンゲンがハマる訳だぜ。身体の外側からじわじわと熱が染み込んできやがらぁな。
 ……これで、あのおっかねェねーちゃんがいなけりゃぁ最高なンだが、今この時も油断無く見張っていると思うと
ゾッとしねェぜ。つうか、オレっちらの立場からみるとあのねーちゃんは間違いなく『敵』なンだが、なんだね。
この「風呂」といい食いもンといい、稽古といい。ナぁんかオカシい。おにこが『姫』だって話を鵜呑みにしてっとも
思えねェし、ならなンでこうも色々やってくれンのかね?湯に浮かビながらつらつら考えるが、ピンとこねぇ。

 変ンなのぁおにこもだ。あンだけ『稽古』でひでー目にあってンのに、なンであんなに懐いていンだ?おにこに
色々教えてくれンのは助かるが、このままじゃオレっちの食い扶持が危うくなっちまうしな……とはいえ、まずは
生き延びンことが最優先だ。とにかく、姿をくらます隙をさがさねェと。
 「……おっ、そうだっ逆に……いっそ……うン、ワルかねぇ……」
 ちっと、イイ事思いついちまった。コリャぁ、悪くねェかもしれねェ……
その時だった。紅葉のねーちゃんのおにこを呼ぶ声が聞こえてきたのぁ──
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  ◇ ◇ ◇
 紅葉は先ほど水で消した焚き火から灰をすくっておにこの頭にかけた。さっきまで燃えていた灰はなま暖かい。
「ぴゃっ」
含んだ水分でべったりと灰がつく。それをわしゃわしゃとかき混ぜながら紅葉は解説する。
「一番手っとり早くて無難な洗剤はこの『灰』ね。こうやって髪の毛を洗えるのに使えるだけでなく、他にも色々な
 ものを洗うのに利用できる。作り方も、適当な木を燃やすだけだからそれほど難しくはない」

 おにこの髪は意外と長い。さらに灰を追加して髪の汚れを落としてゆく。
「油汚れをはじめ、アクの強い山菜や汚れた水や毒素をある程度浄化できるので使いどころは多い。覚えておくといい」
そういって、おにこの髪を洗いながら
「ところで、あなたはどうなの?五浄家の事、覚えているのかしら?」
と、聞く。その問いに、おにこはぽけーっと、考えているのかいないのか。わからないような表情の後、

「おにこ、おひめさま!」
そういって、てへへと照れくさそうに笑った。紅葉は重ねて
「おうちの事、覚えている?」
と、辛抱強く尋ねたものの……
「わかんない!」
元気よく答えられた。
「それじゃあ、おひめさまって事、誰に聞いた?」
「うっちゃん!」
「…………そう」
 あの式鬼を出され、当然のごとくこの情報はアテにならないと紅葉は断じた。どうやら、風呂で緊張と気を緩めて
色々聞き出そうとしてもあまり意味はないようだ。

 内心嘆息すると、ざぱーっと頭からお湯をかけた。
一方、おにこはぎゅっと目を閉じて、お湯が流れるのを待ったあと、プルプルと頭をふって髪の毛の水気をはらう。
もう一度頭から湯を被せようとしたとき、嘘月鬼から意外な申し出を切り出された──
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358チリチリおにこ:2012/10/11(木) 19:28:27.92 ID:B0gYkLHI
という訳で、「チリチリおにこ」第7話>>354-357を投下しましたっ

【専門用語解説】
ライフライン:らいふらいん
 前の時代の「大災害」により、各水道・ガス・電気・下水等のネットワークは寸断されている。その代わり、式鬼を用いて
排水・水道などのライフラインは維持されている。
 方法として綿密に制御される式鬼が毎回大量に水や下水の入ったタンクをバケツリレー方式で運ぶのが常である。
なお、処理された下水は作物工場に堆肥として運び込まれることになる。
一般では、浄水筒による雨水を浄化する方式もまだ残っており、コチラの方が企業と契約するより安上がりに済むことが多い。

情報ネットワークに関してはインターネットはほぼ壊滅しているが、脳波を利用したネットワークが構築されており、
脳組織の一部をネットワークの一部として解放する事を条件にネットワークに加入できる。
(なお、脳組織を解放するには脳内に特定ソフトのインストールが必須)
それ以外でネットワークを利用する場合は有料端末を利用するか、式鬼を憑かせた人工脳でネットワークにアクセスできる。
ただし、人工脳でのアクセスは他の利用者に悪影響が出るとされ、違法であることが多い。