【長編SS】鬼子SSスレ5【巨大AA】

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340チリチリおにこ
>>333-336の続きを投下しマス。

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  ◇ ◇ ◇
──その少し前──
 くっそっ ヤッパ隙がねェ!
オレっちはゆっくりと地面の下を移動しながら、クノイチのネーちゃんの動きを探っていた。向こうもプロだ。
この前と同じテが通用するたァ思えねェ。今度は不用意に動くだけで察知される可能性が高けェ。何よりもあの得物。
 ありゃヤベェ。ありゃあ命を吸った分だけ切れ味を増す妖刀だと調べがついてらぁ。この前、街にいった時に調べた。

 だとすりゃ、オレっちの石の身体でも下手すりゃズッパリとイっちまう。ヘタにこの前のテを使おうものなら
まず最初におにこをブッた斬った後、返す刀でオレっちも真っ二つだろーな。おっかねェ。

 いつもの姿は小さくてもボンヤリ光る姿だから、目立ちすぎる。うかうか覗き見ることもできゃしねェ。ある程度は
気配を読めンから、地面からウッカリはみ出さなけりゃァ、見つかりゃしねェだろが。
……だが、問題はおにこの奴だ。あンだけモノ覚えがイイってのに、あのクノイチに関してだきゃ、いっくら
危険性を説いても理解しやがンねェ。
 それどころか、どっかアコガレてるフシすらありやがる。もう合うこたぁねぇだろと高をくくっていたのがマズかった。
もっと口を酸っぱくしてでも言い聞かせておくンだったぜ。

 オレっちがノコノコ顔を出しても退治されて終わりだろうし、どうしたもンかね。……そうつらつら考えながら
地面に潜ってゆっくりと移動する。頭上ではおにこがゴソゴソ這い出す音が聞こえてきた。
 ああ、やっぱダメだわ。ゴミを踏みしめる音がもう一つ、おにこの方に向かっちまっている。
確実に見つかってらぁな。

 こっから、マジやべェ。察知される危険もあるが、オレっちは必死で頭上の気配を探った。クノイチの気配が殺気に
変わらねェかと集中した。もっとも、相手は暗殺にも長けた忍だ。気配を絶って標的の息の根を止められるよーな
相手にどンくれェ役に立つか分かったもンじゃねぇが。

 こっから奴ぁどう動く?おにこはどう動く?
嘘をつくにゃぁ、相手の事、てめぇの事、色々な事を考慮してこそ効果的な嘘が吐ける。考えろ、考えろ考えろ……

 ひとまずは、まだおにこはブった斬られていねェってこたぁ、問答無用で斬るつもりでないっつーことだきゃぁ、
分かる。問題はおにこだ。この時間に動き出したってこたぁ、「めし」だろう……
そうなったら、相手はどう考える?どう動く?
……ダメだ。ロクな結果が思い浮かばねェ……なら、その際、
オレっちはどうすべきか……クソっ!ある程度までならなンとかできっけど、その後はぶっちゃけアドリブ任せに
しかなンねぇ!だが、いつまでも地面に潜っている訳にゃいかねェし、
 あのクノイチの動きは電光石火だ。間近に居てもおにこへの攻撃を防げンのは一撃が限度だろう。その間に打てる
手なンざたかが知れてる。オレっちはおにこが向かう前に『ごはんの棚』へと先回りした。
おそらく、勝負に出るのはそっからが一番近けぇだろう。
 それが幸いした──
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341チリチリおにこ:2012/10/09(火) 19:43:18.88 ID:WundtOnp
  ◇ ◇ ◇
 ──刀から伝わってきたのは2種類の感触だった。
一つは弾力のない屍肉と骨を断ち切った感触。もう一つは堅い石に刃が食い込む感触だった。

「ぐっ、ま、まて!先祖がえりだっ」
刃を受け止めたのは月の表面を連想するサッカーボール大の丸い岩石だった。それが喋った。
 唐突に顕れた式鬼に動揺する事なく、紅葉は相手が言葉を終える前に納刀し、蹴りを放った。
 蹴りの威力にすっとばされその式鬼は手近なゴミの山にガラクタをまき散らしながら吹っ飛んだ。
その姿はやはり大きな丸い岩石の塊にしか見えなかった。
表面に間の抜けた顔のように見えるくぼみが三つついている。

「うっちゃん!?」
唐突に聞こえたなじみのある声と突然の展開に彼女は目を白黒させた。一体、何が起こったのかわかっていないだろう。

──やはり出たか。出てくると予想はしていたものの、まさか、さっきの屍肉に憑いていたとは思わなかった。
 紅葉は今度の不意打ちに充分用心していたものの、やはり邪魔された。蹴りとばしたものの、どうしたものかと
思案する。
あの式鬼はこう叫んでいた「先祖がえりだ──」と。だとしたら、問いたださなければならない事が色々ある。
だが、先の2度に渡る奇襲からして油断していい相手ではないようだ──紅葉はそう判断した。
 先程蹴りとばした式鬼はガラクタの山に突っ込んだ後、何とか動こうと四苦八苦している。

 紅葉は式鬼から目を離さないよう油断せず、刀に手をかけ、ゆっくり近づいていった。すると、その前に鬼の女の子が
立ちふさがった。先程の様子とは打って変わって、紅葉をキッと睨みつけている。

「そこをどきなさい」
 紅葉はわざと威嚇するよう、納めた刀をゆっくりと抜き放ち、高圧的に告げた。
それでも彼女は動かない。プルプルと首を横にふり、絶対動かないとばかりに紅葉を睨み付けた。
そして背後に式鬼を庇い、両手を広げてと紅葉をおせんぼのポーズで阻む。
「ま、まて!」
背後の式鬼が焦った声で制止するが、まだショックで動けないようだ。
怖いだろうに彼女はぐっとこらえている。それでも真っ直ぐな瞳を紅葉からはなさない。やがて、おにこの黒かった瞳が
紅く燃え上がっていた。
そして不可解な事に真っ黒だった着物も紅色に染まり、あちこちから真紅の葉が舞い散っていた。
その現象に彼女自身は気が付いているのかいないのか。だが紅葉はそういった妙な現象にも反応を示さない、揺らがない。
「そう」
と、紅葉が冷たい声で呟き、刀を一閃させた──

 ──永遠かと思える一瞬が経過した。
 が、紅葉の刃はおにこの首に一筋の紅の線を刻んだだけで止まっていた。少しだけ裂かれた皮膚から一筋、
血が流れ出た。

「いい度胸ね。いいでしょう。詳しい話、聞かせなさい」
紅葉は刀をチン、と納めた。
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  ◇ ◇ ◇
「───先祖がえり、といったわね?」
「ああ」
「原型データは?」
「ある……はずだが、さてな。どうかね?確認のしようがねェな。何せ、こっちゃ生き延びるのに手一杯だった
 かンなぁ。他に生き延びた家の連中に期待するっきゃねェな」
 とりあえず、第一段階はクリアした。くっそぉ、頭がガンガン響きやがらぁ。刀でドタマをカチ割られかけた上、
キョーレツな蹴りを食らって、できたヒビがさらに広がっちまった。

ありゃその気ンなったらミサイルでも蹴り飛ばせンじゃねェのか?このねーちゃん。

 こんな状態で生き死に関わる交渉せにゃなンねェたぁな。
一応、互いにいつでも動けるように警戒しちゃぁいるが、いざ戦いになったら、万に一つも勝ち目はねェ。
どうしたもンかね。
342チリチリおにこ:2012/10/09(火) 19:44:06.66 ID:WundtOnp
 今、俺達ゃ地面が見える広場みてぇな所であのオッカネーねーちゃんと対峙している。オレっちはデカい
岩石の姿で、地面から数センチ程浮き、そのオレっちの後ろに隠れるようにしておにこがあのねーちゃんを
睨んでいた。その様子はまるで威嚇する子猫みてぇだ。やぁっと、掃除人に対する危険を認識したみてぇだが……
 なんだ。まるでいじめっ子に出会った子猫みてぇな様子はまぁだちぃっとばかし不安が残る。
それでも警戒しているようだから、マシになったっちゃぁ、なったんだが──

「話にならないわね。それが本当だとして、原型のゲノムデータが無ければ、結局あなたたちは駆除対象でしかないわよ?」
「まぁ待てって。不確実だが、データが残っている可能性はあンだから、今急いでヤっちまう訳にもいかねンだろ?」

 原型のゲノムデータたぁ、おにこの『人間の頃のDNAデータ』の事だ。もちろん、そンなモンは存在しやしねェ。

 筋書きはこうだ。おにこは、元々はやンごとなきイイ所のお姫様で、お家騒動で家がぶっツブれたンで
逃げ延びてきた。生き延びる為にDNAをいじって今は鬼として生きちゃいるが、お家再興の際にはまた人間に
戻ッから、今のおにこでも殺せば殺人に該当すンぞ……ってぇ筋書きだ。

 一応、今の世の中は金に糸目をつけねンなら、DNAをいじって、理想の身体を手に入れる事ができンだが、
困ったことに、遺伝子工学はオカルトな分野にまで広がっちまったらしく、やり方によっちゃ、おにこみてぇな妖怪に
なっちまう方法まで発見されちまった。
そンで、そのDNAが意図的に、もしくはなンらかの拍子で表出して妖怪になっちまうのが『先祖がえり』という。
あの一瞬でこのねーちゃんを止めるにはこの言葉が適当っちゃ適当だったンだが、さて、この後、話をどうつなげンかな。
 本来、DNAを操作する場合、一時的にせよ人間から離れる者は本来の人間のDNAを政府機関に登録しておく
義務が生じる。そうしねぇと、式鬼との違いが分からず、人権が消滅──つまり、人間扱いされなくなるってぇ話だ。
ぶっちゃけ、法律上じゃ、一時的にとはいえ死ンじまうンだ。

 だから、お家騒動でケされる場合、当然この『原型ゲノムデータ』とやらも抹殺対象だ。消スのに成功すれば、
相手を堂々と「制御されてない式鬼」として直接的に抹殺できンだからな。
オレっちも何度かコッソリ運ぶよう、いいつかったことがある。
それに今の時代、病気の治療なンかで全くDNAをいじンねぇ奴なンざあンまいねぇ。それだけに、再登録できるように
バックアップをとっておくってぇのがじょーしきだ。特に成長途中の子供ってなあ、定期的にとっておかねぇと色々
ややこしくなる。それがお姫様みてェな立場の子供ならなおさらだ。存在しねェほうがおかしい。

……問題はこのねーちゃんをどうやって誤魔化すかなンだが……しょーがねぇ。アレを見せっか。
「あー……そーだな。オレっちの仕えていた家は五浄家だ。なンなら証拠も見せれンぞ」
「ヘェ……」
紅葉は疑わしそうな眼差しで気のない返事を返した。

「なあ、おにこ、『ごはンの棚』ン所に壷を埋めたのは覚えてンよな?ちっと掘り起こして来てくンねェかな?
 くれぐれも割っちまわねェよう、気ぃつけてな」
おにこはコクリと頷くと、こっちを気にして何度か振り返りつつも、テテテと駆けていった。
「随分と信頼されてるのね。アナタ」
ポツリと呟きが聞こえた。
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343チリチリおにこ:2012/10/09(火) 19:44:49.75 ID:WundtOnp
  ◇ ◇ ◇
 ──紅葉は注意深く目の前の式鬼を観察している──
「へへ、そりゃァおめェ。あいつのお目付け役だかんな」
そう式鬼は答えた。どこか得意げだ。紅葉はそんな式鬼に油断なく身構えていた。
 紅葉は一つ目を模したバイザーを視界の半分まで下ろし、センサー表示と肉眼の両方で警戒を続けていた。
どうやらこの式鬼はセンサーに対しステルス性を発揮するらしい。実体化しているにもかかわらず、通常のカメラには
ボンヤリとしか写らない。式鬼専用センサーであっても同様に反応が薄い。紅葉は嘘月鬼がどんな式鬼か詳しくは
知らない。嘘月鬼と知っていたら、最初から耳を貸さなかったろう。
 また、さっき用事をいいつけられた鬼の子供、おにこに対しても妙な動きがないよう、センサーのマップを表示し、
用心を怠らなかった。

警戒を解かず、紅葉は軽い牽制のつもりで式鬼を責めてみる。
「それなのに信頼を寄せてくれるお姫様にゴミあさりや屍肉食いをさせているのね?
 屍肉を食らうことで蓄積する『業』は人間に戻ったときに『障り』として跳ね返ってくるわよ?」

「し、仕方ねーだロ?!そうせにゃ飢え死にしちまうんだ。選択の余地なんてねェよ!後の事ヨカ、今、確実に
 生き延びる方を選ぶっきゃネぇだろ?」

 今の所、話におかしな部分はない。が、同時にその言葉の全てが裏付けのない言葉でしかない。
 紅葉はほぼ直感でこの式鬼の言葉が嘘だと感じていた。誰も他にいないこの場所。この鬼たちを問答無用で滅して
記録を提出してしまえば多少は報酬の「足し」になるだろう。面倒なら放っておいてもなんの不都合もない。

 仕事は大抵、追加報酬の請求は申告式だ。だからその記録データを提出しなければ、この鬼達が大規模な災害を
人にもたらしたりしないかぎり、大した問題にならないだろう。仮にそのまま放っておいても、せいぜい討ちもらしの
ペナルティで仕事のランクが多少落ちる程度だ。
 が、それなら何故、この茶番劇につきあっているんだろう?と、紅葉は自分自身で不思議に思っていた。
344チリチリおにこ:2012/10/09(火) 19:45:38.29 ID:WundtOnp
 ◇ ◇ ◇
 ──おにこが戻ってきた。その途端、センサーの一つが激しく反応し警告音を発した。手に小さな壷を持ってる。

「おっと、あらかじめいっておくが、あンの中には凝縮された『障気』が入ってる。
 間違っても浄化したりしねェでくれよ?あと、その刀以外でナイフとか持ってたら貸してくんねぇか?」
紅葉は警戒を解かず、「かくし」からクナイを一本取り出し、式鬼の方へ放り投げた。

「おっ、へへ、ワリぃな」
そう答えて、細長い尻尾で器用にキャッチした。次におにこへもってきたものを地面に置いて離れるよう、
指示を出す。地面に置かれたのは油紙で封をされた、何の変哲もない小さな壷。だが、センサーの走査によって
高濃度の障気が内包されていることが分かってる。

式鬼は尻尾のクナイで器用に封を切り、蓋を開けた。じわり、と、黒く濁った障気がにじみ出てくる。
やがて、視認できるくらい濃い障気の中から何かが這いだしてきた。
 キィ……キキ……キィィ……
微かなにそんな鳴き声をあげてモゾモゾと動いている。
 それは人の形に切り取られた紙人形だった。濃度の高い障気に長時間晒すと、屍がゾンビと化す。濃すぎる障気が
人を模した紙人形さえもゾンビのようにしてしまったらしい。だが───

 トスッ

 あっさりとその紙人形は式鬼の尻尾に握られたクナイで貫かれた。
 ギィィ……ギ……ぎ……
地面にクナイで縫い止められた紙人形はじたばたと暴れたが、やがてピクピクと断末魔の痙攣を残しクタリと力尽きた。
 そして、そこからより濃い障気が立ち上り始めた。
「おし、これこれ」
そう言うと式鬼はすぅぅぅと、その障気を吸い始めた。
小さな口の穴に黒く濁った障気がどんどんと吸い込まれていく。
同時に、今度は紅葉の呪力センサーが相対的に反応しはじめる。嘘月鬼の力が増しているのだ。
 やがて、壷の中の障気とにじみ出た障気を全て吸い終わった。

「うし、それじゃ、証拠をお目にかけようか。そン目ぇかっぽじってよぉくみてろよ」
ケプ。と息をもらした後、ブルブルとふるえ始めた。

 それと共に、バイザーでモニターしている呪力測定値が突然、上昇しはじめた。それはつまりこの式鬼が
より強力な存在になっていることを意味する。
 紅葉はいつでも攻撃に移れるよう、静かに身構えた。だが、相手が攻撃してくる様子はなかった。
「ヴゥウヴヴヴ……ふぬぅーー……」
式鬼の表面に汗?が浮き上がり震えるごとに両目の窪みの間に何かが浮かび上がってきたのだ。
それはどこかの家紋と術式を組み合わせた浮き彫りだった───
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345チリチリおにこ:2012/10/09(火) 19:49:49.97 ID:WundtOnp
という訳で「チリチリおにこ」第5話を>>340-344投下しました。

【専門用語解説】
食屍鬼:しょくしき
 怨念同士が絡み合い、死体に宿った鬼。都市伝説と呼ばれるくらい、めったに存在しない。が、数例とはいえ、
存在は報告されている。志半ばで朽ち果てた無念の残留思念や、強い怨念を宿った死骸を好んで喰らい、
浄化の難しい『呪い』を吐き出す。『呪い』は一般人を標的にし、強い『憎悪』などを持った生者を襲い、
死なせる事でより強い『怨念』を吸収しようとする。
また、『憎悪』のない人物であっても無差別に殺傷され、殺された者も怨念が乗り移り、食屍鬼と化すといわれている。

一説には人工的に生み出された式鬼……『人蟲(じんこ)』の一種だといわれている。
数少ない報告では町や村が壊滅した所さえあるという。