327 :
チリチリおにこ:
「チリチリおにこ」その3の話。
>>320-325の続き。
◇ ◇ ◇
──ここは日の当たらない陰鬱とした不法投棄エリア。異臭が漂い、ありとあらゆるゴミとガラクタとクズの山が積み
重なっている場所だ。捨てられたビルが重なる忘れられた土地だが、そこに不似合いな元気で明るい声が響き渡った。
「えいっ!たあっ!やぁ〜〜!」
「ホレホレ、どうしたどうした!次々いっぞ〜〜〜!」
少し高いが崩れた建物の一角に拳大の黄色いものが浮かんでいた。嘘月鬼だ。彼の前にはいくつものガラクタが
並べられていた。嘘月鬼がそのガラクタを尻尾で次々に弾き飛ばす。弧を描き、あちこちに跳ね返って複雑な軌道を
描いてガラクタがおにこに向け降りかかった。
コンッ
こんっ
ココンッ!
それをおにこが薙刀で迎え打つ。
ゴツンッ
最後の一つを落とし損ね、ガラクタが頭にぶつかった。
「ぃっっっだあ〜〜〜〜いっ!」
おにこは頭を押さえてうずくまった。頭にでっかいタンコブができている。嘘月鬼は頭を押さえてバタバタしている
おにこのそばに降りてきて、容赦なく言葉を浴びせた。
「ほらほら、脇が甘ぇからンな事になンだ。ちゃんと脇締めろ、ちゃんと。
それに、キレーに斬れてねぇのもあンぞ?得物に頼った戦い方してんじゃねーぞ」
「む"ぅ”〜〜〜〜」
おにこは頭にできたたんこぶを押さえて恨めしそうに嘘月鬼を見上げた。
二人は……いや、二鬼は、「おにこ」の"ぶじゅつ"の練習に余念がなかった。
嘘月鬼が厳選してるとはいえ、最近の「狩場」には危険な野良式鬼が時々出没する。この前も嘘月鬼がフォロー
しなければ、おにこは頭を喰いちぎられていた所だ。
こうなると、狩場を広げるにはそこそこ強くなってもらわないと困るので、時間が余るたびにこうして
手ほどきしていたのだ。嘘月鬼が教えたのは基本的な動作だけだった。が、まるで以前から知っているかのように
みるみる上達していった。今じゃ亡者ども程度では遅れをとったりはしないはずだ。
もっとも、練習相手が嘘月鬼だけなので限界はあるのだが……
「(う〜〜ん……基本は悪くねぇんだが、やはりちゃんとした練習相手が居ねぇかんな)」
そこそこの相手なら武器の切れ味だけでも何とか退けることができる。
それでも、廃棄場所や廃墟によってはこの程度じゃ対処できない敵はいくらでもいる。
特に廃棄場所にレアメタルを回収にやってくる式鬼は回収資源の横取りにそなえ、それなりの戦闘力を誇る。
今、未熟なおにこが遭遇するとやっかいだ。
「(まあ、暫くは無難な所で我慢すっかね)」
その見通しが甘かったと痛感するのはそう遠くないことになると知らずに──────
「まあいい、おにこ!食いもン探しに行っぞ!」
いつもの習慣に出かけることにした。
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328 :
チリチリおにこ:2012/10/07(日) 23:34:57.93 ID:Kl3Han9f
◇ ◇ ◇
──紅葉はポイントに到着した──
「────おかしいわね。また障気・呪力濃度が薄い……」
おおまかに周囲をスキャンしたが、事前に送られてきた走査情報と「また」情報の食い違いが起こっている。
エリア走査による規定数に僅かな誤差が生じる程度ならよくあることだが、ここまで差異が激しいのも異常だ。
……そして、似たような状況は以前にもあった。
「───……鬼子?」
かつて、成り行きから共闘するはめになった鬼の娘。人間よりも人間臭い、お人好しの鬼の眷属。
自身も鬼のくせに紅葉よりも先にエリアに進入し鬼を斬り続けてた。
彼女とは出会いも別れも唐突だった。だが、鬼子の生き方は紅葉とは正反対で、自分より自分以外を救おうとする
彼女の生き方に少なからず影響を受ける事となった──
「……まさかね」
バイザーを操作し、さらに情報の収集を試みた。
具体的には広範囲に音波を拾うよう、索敵範囲を広げる。人の多い所やノイズの多い場所では途端に回線が
パンクしてしまう方法だが、こういった静的な場所ではいまだ有効だ。実体を持たない式鬼であっても、
それなりの駆動音……(もしくは生体音)を発しているからだ。
徐々に音域を広げ走査した結果、聞こえてきたのは何者かが戦っている戦闘音だった─────
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◇ ◇ ◇
「やべぇ!まだ来やがる!おにこ!そこを曲がれ!」
ちっちぇ姿でおにこの横を飛びながらオレっちは隣を走る「あいぼう」に指示を飛ばす。
「ぴゃぁぁっ! はぁっ、はぁ、はぁっ、はぁ……」
おにこが、ちっちぇ口から荒く息をつき、喘ぎながら小さな足で懸命に走る。後ろからはバギョ!グシャッ!と、
不穏な音がすぐそこまで近づいて来てやがる。
そんな音に追い立てられるように、おにことオレっちは広大な廃棄場のガラクタとガラクタの山ン中を走って
逃げまどっていた。
ちっきしょう。まだ振り切れねぇか。
ちっとでも隙があれば、おにこを乗っけてズラかれンだが、そんな暇さえありゃしねぇ。今回の狩りは外れ。
それも大外れだ。クソッ よりにもよって、レアメタル回収に使役されていたハグレ式鬼たぁついてねぇ。
今、オレっち達を追い回しているのは四体、回転するイガグリどもだ。
あいつ等、体当たりでめぼしいガラクタを粉砕した後、中からレアメタルのある部分をカジり取り、体内でより分ける
事で回収するようにできてやがる。
元々は鬼を呪縛し制御したものが式鬼(しき)だ。手綱が外れりゃ元の人を襲う鬼に戻るのは当たり前ぇだ。
それも、人の都合のいいように改造されてるからよけーにたちが悪りぃ。
今、オレ達はあいつ等が回転して移動するのを逆手に取って、入り組んだ棒状の物が多い所を選んで逃げている。
少しでも距離を稼いで空に逃げる時間を稼ごうってハラだが……うまくいってねぇ。
奴らがアチコチにぶつかって思うように進めねぇのは目論見通りだったンだが、思いの外チームワークがうめぇ。
もしや、逃げてるつもりが追い込まれてンじゃねぇか?
背筋を這いあがる不安を押し殺して飛ンでっと、前に狭めェ場所が見えてきた。
「おし!おにこ!そこの狭めぇ所に潜り込め!詰まった奴をぶった斬っちめぇ!」
オレっちはめぼしい隙間を見つけ、ソコに先導しながらおにこに指示を飛ばした。
「うん!」
おにこの奴ぁ言われた通りにオレっちの後を追いかけて何ンかの機械とブロックの隙間に潜り込んだ。
ガガガガガガガッ!
間一髪!すぐ後ろを奴らの一体が通ろうとしてひっかかりやがった。
「ギィッギギィッ!!」
動きを止めた奴ぁ、でっけぇウニのバケモンだ。なンとか抜け出そうとあがきやがる。
丸っこい球状の胴体は鈍く光る装甲に覆われ、全身に金属の棘が生えている。その棘の隙間に張り付いた口には
ギザギザの歯がズラリと並んでガチガチ鳴らしている。
おっかねぇ……
「もえちれ!」
おにこが奴を両断した。ハラの中にため込ンだ、レア・メタルの欠片が飛び散ってキラキラとまき散らされた。
329 :
チリチリおにこ:2012/10/07(日) 23:36:01.18 ID:Kl3Han9f
そしたら仲間をやられて警戒したんだろう。ほかの三匹は動きを止めていた。
と、思ったら今度は棘を引っ込め、クモみてぇな足を生やしてカサカサピョンピョン跳ね始めやがった。
ウニ型の時ほど機動力はねぇが、小回りの利く俊敏さが余計ぇやっかいだ。たちまち障害物を迂回して周囲を
飛び跳ね、襲いかかってきやがった。
やべぇ。体当たりを食らわなくともあの牙で噛みつかれたらただじゃすまねぇ。
「えい!たあ!」
おにこが武器を振り回すが、ぴょんぴょん跳びまわってなかなか当たんねぇ。うち一体が隙をついて飛びかかった。
「危ねぇ!」
とっさに実体硬化し、サッカーボールサイズになって奴の口に飛び込む事でおにこを庇った。いつものおにこを庇う時ゃ
こうやってフォローすンだが……今回ばかりは相手が悪かった。
ゴリッ
石をカジったようないや〜な音がドタマに響いた。
「っってぇぇ!」
「うっちゃん!」
斬ッ!
また、一鬼、ブッた斬られた式鬼がハデに金属片をまき散らしながら塵となって無に還った。
「〜〜〜〜〜〜〜っ!」
痛ぇ、おにこの薙刀がソイツを斬り捨てるのが一瞬遅かったら、オレっちも中枢ごとカジりとられる所だった。
幸いな事に身体をカジり取られるこたぁ避けられたが……
「馬鹿、後ろだ!」
この隙に残りの奴らがおにこに跳びかかった。
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◇ ◇ ◇
──おにこ達の窮状を一つ目を模したバイザーが見下ろしていた──
そのバイザー内、タクティカルディスプレイに表示されている情報を分析しているのは姿は体にぴったりと
フィットした戦闘用スーツと必要最低限、身体を覆う白いプロテクター姿のくのいち。
紅葉だ。
戦いは一方的だ。と、いうか逃げまどっている?──
戦闘音のある地点を見渡せるポイント。ガラクタの山に陣取り、彼女はそう判断した。
紅葉は短距離ならば瞬間移動に等しい速度で移動する体術の持ち主だ。なので彼女の基準だとすぐ目の前で
起こっているも等しい距離だ。が、向こうはこちらに気づいていない。追う側も追われる側も。
バイザーを操作し、画像を拡大。事前情報と照合。追っている方は駆除対象と表示された野良式鬼。
追われている方は……
「小さな女の子?」
ボロボロの着物をまとい、何か武器らしきもので抵抗しているようだ。
何とか二体は撃退したようだが、残りの式鬼に囲まれてしまった。このままだと殺されてしまうだろう。
「───チッ、しょうがないわね」
そう呟くと、短距離瞬動歩法『縮地』で飛び出した──
330 :
チリチリおにこ:2012/10/07(日) 23:36:57.03 ID:Kl3Han9f
◇ ◇ ◇
───その程度の雑魚、彼女にとってはたやすい獲物でしかなかった。小さな子供に飛びかかろうとしていた鬼は
『呪縛』の呪を込めたクナイを打ち込んで動きを止め、残りの一体は蹴りとばした。
その式鬼は近くのガラクタの山に叩き込まれ動きを止めた。
その隙に『呪縛』され転がった式鬼の口を刀で貫き、止めを刺す。口に突き込まれた刀は式鬼のハラワタと霊的構造を
断ち切り、地面に突き抜けた。式鬼はビクンと身体を痙攣させ、それきり動かなくなった。
この刀は妖刀。普段の切れ味は普通の刀と同じだが、イノチを食らえばほんの短い間だけ切れ味を増す。
こいつらも一応は装甲に鎧われているが、イノチを食らった妖刀の敵ではない。
次の一瞬には残りの式鬼は一太刀で装甲ごと屠られた。
チンッ
武器を鞘に納める音に、おにこはハッとした。
紅葉の一連の戦いは一瞬で行われ、何がおきたのかさえ把握できてないだろう。大きな丸い瞳をさらに丸くし
パチパチと瞬きを繰り返してた。まだ狐につままれたような表情をしている。無理もない。今までいた脅威が煙のように
消えてしまったのだから。
紅葉は最初、じっと鬼子を見下ろしていたが、相手の警戒心を解くため、一つ目を模したバイザーを上げ、
顔を見せてかがみこみ、片膝をついて目線を合わせた。
「怪我はない?私が居合わせるなんて、あなたついてるわね」
何が起こったのか小さな彼女はまだ理解してないようだ。武器を握ったまま、ポカーンと黒く大きな瞳で
見返してきた。そして紅葉は気づいた。ボサボサの髪の間から覗く小さな一対のツノに。
「あなた……まさか────」
と、その時だった。
ビーーーーッ!!
呪力濃度急上昇の警告音が耳朶を打った。
突如、紅葉の居る地面の両脇から鋭い石の尖塔が突き出し、同時に足元の地面が盛り上がった。
彼女は空を蹴り、宙を跳ね回る事ができる。が、こうも急に態勢を崩していてはとっさに動けない。
だが姿勢を崩しながらもかろうじて抜刀し、地面に突き立てた。しかし、それも手応えがなかった。そればかりか、
次の瞬間、足元が崩れ落ちた。
「ふぇっ?!」
次の瞬間、今度はおにこが驚いた声をあげた。紅葉の両脇から突如出現した石の尖塔のようなものは消え失せ、今度は
おにこの両脇から突き出ていた。
が、先ほどとは違い、今度は持ち上がったまま、地面の下にいたモノが顔を見せた。岩のような表面、間のヌケた顔を
連想する3つの穴。実体・巨大化した嘘月鬼だ。
「しっかりつかまってろ!逃げンぞ!」
その声にというより、盛り上がった足下にあわてて、おにこは両脇のツノにつかまった。
手に持っていた武器は落下したが、嘘月鬼の尻尾が器用にキャッチし、そのまま上空へ遁走した。
紅葉が姿勢を立て直す頃、彼らは手の届かない高さまで上昇していた。
「・・・・・」
紅葉は無言で見送った。見事な奇襲だった。本来は警告音がなくとも、鋭敏な彼女の感覚なら事前に察知できたはず。
それを察っせられなかった。そして虚を突くため、まず彼女の足元で実体化することで隙を作り、逃走につなげたのだ。
文字通り見事に足元を掬われた。
ピッ
「本部…………応答して」
顛末を報告するため、本部を呼び出した──
────────────────────────────────────────────────────
331 :
チリチリおにこ:2012/10/07(日) 23:37:38.18 ID:Kl3Han9f
◇ ◇ ◇
あっぶねぇぇぇぇええ〜〜〜〜!
ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!
オレっちは巨大化・実体化しておにこを頭に乗せ、飛びながらビビリまくっていた。
今の奴ぁ掃除人だ。下手すりゃおにこ共々討ちとられっちまってた。隙を見て逃げ出せたのは暁光以外の
なにもンでもねぇ。掃除人はオレっちみてぇなハグレもんを始末するのを生業にしてっと聞く。
そりゃ、オレっち達は企業の所有する式鬼にまで手を出しちゃいねぇが、だからといって見逃して貰えるたぁ
考えづれぇ。再利用できる資源をちびっととはいえ、拝借している身だしな。
つか、何であンなスゴ腕の忍がこンな仕事請け負ってンだ。おかしーだろ?!
ちょい前聞いた話では政府が本格参入し、そンやり方は鬼を使役して鬼を討たせていると聞いたがまたぞろ制度が
入れ替わっちまったのか?ニンゲンはやたらコロコロとエラいさんが入れ替わっちまうし言うことも変わる。
嘘吐きのオレっちさえついてけねーよ。
何ンにせよこのまま直でねぐらにに戻ンのは色々ヤベぇ。追跡されたらコトだ。遠回りすっ事にすンか。
近くの式鬼列車に紛れ込ンで街中を通ればさすがに追跡はできねェだろ。
他の掃除人に鉢合わせする危険がない訳じゃねンだが、さっきの奴程じゃねぇ。煙に撒くのは難しくねぇ……ハズだ。
「うっちゃん?」
頭ン上からモノ問いたそーな声がする。
おにこはさっきの逃亡がどれだけヤバかったンか分かってねンだろうな。今でもキョトンとしてやがる。ちっと、
色々説明すンのがメンドいな。こりゃ。
「あー……んとな、おにこ。街へ行っぞ」
途端、劇的な反応が返ってきた。
「街?!キラキラ?」
おにこが掴まってるツノごしにも興奮が伝わってくる。パタパタと落ち着かなげに足をバタつかせはじめた。
「あぁ、あのキラキラだ」
狩り場から狩り場へ移動する時は大抵夜だった。だからおにこはキラキラ光る街の灯りはずっと興味を示していたが、
いくつもの理由から街に行ったことはなかった。いってみたいとおにこがダダをこねる度、あることないこと
吹き込んでビビらせまくってたかんな。実際、街の常識とか知ンねぇおにこじゃ、危なすぎるし、早すぎんだろ。
それに、アリャぁ、そんないいもんじゃねぇ……
おにこにゃまだ見せたくねぇキタネぇもんがむき出しでゴロゴロしてやがっかンなぁ……
……だがまあ、奴の危険度に比べりゃどってこたぁねぇ。
──って?!
俺ゃぁ、何考えてやがんだ。このガキぁ、オレ様の都合のいい飯のタネ。色々仕込ンだのだって、こいツしか
選択肢がなかっただけの話だ。それ以上の意味なンざねぇ。
ま、オレっちがおにこの髪に隠れて耳元でいろいろ指示出しゃぁ、そうそうヘタ打ったりりゃしねェだろ。
……頭ン上で足をバタつかせて喜ンでる様子はちっとばかし不安になるが。
「おっし、絶ってーオレっちの言うこと聞いて貰うかんな。それができねーってンなら行くのぁナシだ。
約束できっか?」
「うん!やくそくー、やくそくー!」
ちっ、調子狂うゼ。そんな訳でオレっちらは街に向かった訳だが──
───結論から言やぁ、メッチャ疲れた。おにこたぁ、早々にはぐれるわ、なンか帰ってきてから街の奴らにゃ
妙なこと吹き込まれてたわ、こっちゃこっちで色々散々だったしな。だが、ま、そりゃ今語るこっちゃねぇよ──
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332 :
チリチリおにこ:2012/10/07(日) 23:42:35.94 ID:Kl3Han9f
という訳で「チリチリおにこ」第3話
>>327-331を投下しましたっ。
【専門用語解説】
短距離瞬動歩法:縮地
忍者特有の歩法。ごく短距離を瞬間的に移動し、敵を幻惑・死角からの攻撃を可能としする特殊移動術。
体内の気を練り上げ、瞬間的に爆発的な移動力を発揮する。なお、縮地の語源は仙術が由来。