天魔党。その居城の一画に妙なる笛の音が響きわたっていた。その笛の音に通ずいするようにいくつもの打楽器と
弦楽器の音色が幾重もの音色を奏でていた。だが、暗いその部屋には演奏者は一人しか居なかった。
室内だというのに、市女笠を深くかぶり横笛で細く高く笛の音を操っているのはここ天魔党の四天王の一角、局。
またの名を藤葛の局と呼ばれる女が奏でる音色だった。
彼女の笛の音に合わせ、周囲を取り囲むように配置されている楽器たちが弾き手もいないのにひとりでに音を
奏でる。それは絶妙な演奏であった。
これは、彼女にとって、一日の終わりのささやかな楽しみ──楽の音を奏でてから休みに入る──いつもの習慣
だったのだが……
ドォン……
不意に、その演奏が無粋な騒音で遮られた。城内がわずかに振動する。彼女は演奏を止め、やれやれとばかりに
横笛から口をはなした。
「やれやれ、あの殿方にも困ったものじゃ。おかげでこれでおチチが張るようになってかなわぬわ」
そう、ひとりごちてそっと笛から手を放した。笛は一人でにふわふわと揺れ、彼女から離れていった。
「白露や」
彼女は暗闇の向こうにある何かに声をかけた。上着を脱ぎながら。すると闇の向こう側から白磁の器が
ふわふわと漂い寄ってきていた。それの真白い表面には龍の透かし彫りが施されていた。
白露と呼ばれるこの『水差し』。不思議な効能があり、中に入れたお茶や飲み物はいつまでたっても冷めたりせず、
劣化もしない不思議な効能があった。
そうして、いつもの慣れた様子で胸を覆う布地を上にはだけると、真っ暗な闇の中に豊満な乳房が白く浮かび上がった。
すかさず、白磁の水差しの口が変形して彼女の胸に吸い付いた。
ちゃぷ、ちゃぷ
とぽ、とぽ、とぽ……
徐々に、おちちが吸い出され、水差しのなかに溜まってゆく。そうしている間も例の騒音は騒がしく
響き渡り、周囲の壁が鳴動していた。いつもの事だ。これでおちちが張る様になる。というのも困ったものだ。
「まったく、殿方というものは……」
水差しにおちちを吸わせながら、彼女は嘆息する。かつては、この城の城主の為に乳母の役を引き受けていた。
こんな事で胸が張ったりはしなかった。彼女ら天魔党が『敵』によって封印され目覚めるまでどのくらい時が経たのか
よくわからない。しかし、今、このおちちを必要としているのはかわいがっていた主ではないのだ。
それを思い出し、心が少しシクリと寂しさで疼いた。今、あの子はどこで何をしているのだろうか。
まるでつい先日の事のように思える。
ドォン……
おちちを絞り終える頃、例の騒々しい爆音が一際高く響き渡り、決着がついた事が知れた。
おそらく、もう少ししたらここにやってくるだろう。それまでには準備をしておかなければ……
彼女がすいっと手をあげると、今度は物入れの中から、軟膏入れが漂い出てきた。
白露に指示を示すと、先程絞ったおちちをその軟膏入れに数滴、ポトポトと注ぎ入れた。それに指を入れ、
ゆっくりとかき混ぜ、練りこませる。そうしていると、やがて部屋の前に複数の人の気配が現れた。
「かまわぬ、今日はどちらが運ばれたのかや?」
軽く、彼女が手を振ると一人でに扉が開いた。丁度扉の向こうの者が声を掛けようとしたようなタイミングで。
そこに居たのは花魁姿に女の面を被った黒金蟲の配下、憎女だった。さらにその後ろに3つの人影が佇んでいた。
「夜分にすみませぬ。またお手を煩わせる事になりそうで……」
そう、面をつけた女は後ろの二人にちらと目をやり、促すと、二人はあいだに挟んでいる人物を部屋に運び入れた。
一人は、一本ツノに赤い衣装の少年か少女か分からない黒金蟲の弟子、カイコ。もう一人は「忍」に所属する
くのいち、黒伍ミキだった。そして、二人が肩を貸している人物こそ、その「忍」の頭領、鵺だった。
「ほほほ、今宵はまた、一段と手ひどくやられたものよの」
彼女が軽く手を振ると部屋の奥から一枚の板が浮遊して三人の前に横に浮かび上がった。二人は慣れた様子で
鵺をその板の上に横たえた。彼の身体はあちこちボロボロになってて、それを覆うように布状の白い帯があちこちに
巻き付いていた。その下からはジワリと赤いものが染み出している。
「全く、幾度やられても少しも懲りぬとは、おかげで、わらわの寝る前の習慣になってしもうたではないかえ。
たまには心安らかに眠りにつきたいものよの」
そう言いながら、先ほどの水差しからポタリ、ぽたりと液体を傷口に垂らし始めた。
「へっ あんなオモシレー事、そう簡単にやめられっか。俺ぁこれを条件にここに来たんだ。これが済んだらもう一勝負だっ!」
どうやら、相変わらずらしい。事あるごとに黒金蟲に挑んではここに送られてくる。毎度ボロボロにされるのに当人は
『面白かった』と言うばかりで、全く懲りたりしないようだ。ただ、それだと他の仕事に支障をきたすので、
こうして彼女が毎度手当をする事になるのだ。
おかげでそうやって手当するウチに、あの戦いの音を聞くだけで、おちちが張るようになってしまっていた。
「しようもないものよのぉ、おのことは。これでは子供がまだ二人も居るようなものではないかえ」
そう言いながら、傷口にをひと通り濡らした後、口におちちを含み、一際深く抉られている傷口に唇を近づけた。
そして、ゆっくりと傷に吹きこむようにしてチカラを注ぎ込む……
──数分後、そこには何事もなかったのように身体に巻きついた白い帯をむしり取る鵺の姿があった。
彼女の力によって全ての傷は癒されたのだ。
「おぅ、身体が軽い軽い。思うように動かなかったのがウソみてえだ。サンキュ。さあて、もう一勝負だっ!」
そう、意気込んで駆け出そうとしたが、憎女のキッとした気配を仮面越しに感じたのか、渋々といった感じで
「……わあったよ。また別の日だ別の日」
と、引き下がった。そして配下のくのいちを引き連れ、部屋を出ていった。くのいちは終始無言で、頭領の後ろに
付き従い、廊下の闇に溶け込むようにして消えていった。
「やあれやれ、相変わらずだな。あのあんちゃんも。じゃあ、俺も引っ込もうかな」
腕を頭に組んで、気楽に言い捨てると、挨拶がわりに軽く彼女らに手を降り、カイコも部屋を出ていった。
続いて、憎女も部屋を辞しようとした時、彼女に呼び止められた。
「?」
その憎女の手に彼女はあの軟膏入れを手渡した。彼女のおちちが練りこまれている傷薬だ。
「ぬしのあるじに伝えよ。『これを今日中に使いきらねば、もうあの男の手当は引き受けぬ』とな」
彼女の表情は仮面越しなので、表情はよくわからない。
「あの男もなかなかに強情よの。先ほどの血糊の臭いに、別の血の臭いが染み付いている事に気づかぬわらわではないわ」
つまり、毎回同じ結果のように見えて、だんだんと勝負が拮抗してきているようだ。黒金蟲もいくらか傷を負ったのだ。
そのうち、勝負の結果が逆転することもありえるかもしれない。
「・・・・・・」
憎女は、彼女に向かて一礼すると、何も言わずに部屋を辞した。だが、彼女の主への気遣いに侮辱だと腹を立てたりはしないだろう。
あの男もなかなかに強情だ。
「さてもさても、ああは言うたが、近頃はあれが無いと一日が終わったという気がせぬの。そろそろ休むとするかの」
そういって、彼女の多忙な一日は終わりをむかえた。
──終──
>>195-196 というわけで、今まで出てきた設定を適当に組み合わせてSS書いてみた。能力&アイテムから「白露」と呼ばれているのと、
本性から藤葛の局とも呼ばれている。とか、両方取りの設定だったりする。それでは。