「・・・なにやら楽しそうだが。なにか良いことでもあったのか?」
「ん〜。なんにもないわよ。どうして?」
土間で夕餉の味噌汁を作りながら鬼子は応える。・・・どうやら、自分が鼻歌を歌っていることには気づいてないようだ。
「・・・・・・」
長めの黒髪を後ろで結い、和装をした青年は自分の前に置かれた湯呑みを見る。
この結界の家に出入りするようになって結構な歳月が経つが、鬼子が自分の為に茶を入れてくれたのはいつ以来だったろうか?
自分に対する鬼子の待遇があがるのは僥倖と思える事態のハズなのだが。
なんだろう? このモヤモヤした感覚は。なぜかそうは思えない。
鬼子がここ数日、町で鬼狩りをしたというのは知っていた。
だが、鬼子とて喜んで鬼を萌え散らしているわけではない。
鬼を萌え散らした後の鬼子はいつもどこか寂しそうなのだ。
だからそれ意外の『なにか楽しいこと』が、今日、あった? 町で?
ヤイカガシは頭を振り、ここに来た本題を切り出す。
「・・・残念だが。悪いお知らせだ」
「っ!? そんなはずはないわ!」
鬼子が味見用の猪口(ちょこ)を床に落とし、喰ってかかる。
頼むから菜切り包丁を持ったまま、そんな眼で自分を睨まないで欲しい。
「そんなことをわたしに言われてもな。だが確かに夕べ、8人目の犠牲者が出た。前と同じく首を掻き切られた姿だったそうだ」
町の様子を見てきたヤイカガシは、囲炉裏の前で正座し、茶をすする。
「そんな・・・、確かに萌え散らしたはずなのに」
鬼子が袴の裾をギュっと握りしめる。
最近、麓の町で猟奇的な殺人事件が多発していた。
年若い婦女子が、首を切り裂かれた姿で見つかっているのだ。いずれも死亡時刻は深夜、月のある晩の翌日に発見されている。
最初の犠牲者は遊女だった。
痴情のもつれか、金額が折り合わず殺されて捨てられたのだろうと、あまり大きく騒がれることもなかったのだが。
だが、次に見つかった犠牲者は、町で絹を扱うような呉服問屋の大店の娘だった。
そんな深夜に一人で出歩けるような気軽な家柄の娘ではなかった。逢い引きするような相手もいなかったそうなのだ。
まぁ、その程度なら“俗事の殺人事件”として鬼子が動くべきことではないのだが。
問題は殺された女性達の身体から“血液”がほとんど抜かれていた、ということだ。
古今、人の生き血を啜る物の怪は、ざっと考えても両の手に余る程いる。そして基本“物の怪”とは、ヒトの心の内より沸きい出る。
それに対し自然界や災害などからい出る妖怪(モノ)は、“山神”・“祟り神”などと区別される。これらは崇拝の対象になることも、ままある。
また、それらとは関係なくあまり知られてはいないが、ヒトには『血を求める“病”』がある。
あのヒトの流行りものが好きな猫又からそう聞いて知っている鬼子である。
原因を調べる為に鬼子は町へ降りた。
ただの快楽殺人なのか。病ゆえの所業なのか。はたまた怪異の仕業なのか。
地道な調査。その結果、やはり“心の鬼”が具現した妖(あやかし)の仕業と鬼子達は断定した。
だが、ヒトからい出た“鬼”は、その依代となった人間の知恵を一部受け継ぎ活動する。それゆえなかなか尻尾を出さず、あるいは逃げられ、さらに数人の犠牲者を出してしまったりもした。
だが数日前、やっと“対峙し退治”したはずなのだが。
だが・・・また犠牲者が出てしまった。
ヤイカガシは片目を薄く開き、目の前の少女の様子を見る。
鍋の煮立つ音が響く土間で、鬼子は黙って唇を噛んでいる。
「鬼子」
「・・・・・・」
そうなのだ。具現化した心の鬼程度、この少女の力量なら仕損ずるはずは無いのだ。だが・・・。
「・・・少しいいか? この姿はどうも肩がこる」
ヤイカガシは首を鳴らしそう言うと、返事も待たずまたたきの間に本性であるアノ姿に戻る。
“柊鰯”―ひいらぎいわし―。または“やいかがし”と呼ばれ、鬼を退けると言われる、思い、そして想われた姿に。
柊の手をパタパタさせ、ギョロっとした丸い魚の眼でヤイカガシは鬼子を見あげる。
見慣れれば“愛嬌”があると言えないこともないが・・・。いや。やっぱ、キモい。
「鬼子タン。鬼子タンが失敗するハズ無いでヤス。多分、萌え散らした鬼とは別の鬼が、まだいたでゲスよ。もしくは、前までの事件を模倣した悪いヤツとも考えられるでヤス」
「・・・ヤイカガシ」
暗にお前のせいでは無いと伝えてくる、目の前の珍妙な生き物(?)。
わざわざ変化してそう言ってくれるヤイカがシの心遣いが解らぬ、鬼子ではない。
普段、人の姿をとっている時はぶっきらぼうで寡黙な態度が多い彼ではあるが、本性はこちらである。
「だから、パンツくれでヤス!」
「文章に脈絡がないわーっ!!」