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創発4周年記念投下作品1/7 ◆ea7yQ8aPFFUd :
今思えば、あの物語のきっかけは母の一言であった。
「ネズミの天ぷらが食べたい・・・。」
私が知っている上で病気・・・どころかケガひとつも負ったことの無い、まるでスーパーマンのような母。
そんな母が珍しく夏風邪を引き、数日ほど寝込んだことがあった。
ちょうど夏休みに突入していた私は、母親を知り合いの病院に連れて行ったり、お粥を作ってあげたりと母の看病に徹していたが、
母の病状は良くなるどころか日に日に悪くなっていった。
そんなある日のこと、母はつらそうな顔を見せながら、私に先程のセリフを言い放ったのであった。
「ネズミの・・・天ぷら・・・?」
私が困惑したのは言うまでも無い。
ネズミと言えば、ゴキブリレベルで台所の食品を荒らす、ドブなどの汚い場所に生息する・・・など、
簡潔に言えば汚らわしき害獣であり、スキ好んで食べるような代物では無い。
そんな動物の・・・しかも夏風邪で胃腸が弱っている状態での天ぷら・・・。
しかし、この時の私は『ついに夏風邪で妄言まで言いだす状態に・・・』と思ってしまい、したことと言えば、
母のおでこに置かれた濡れタオルをこの日から冷却材に変えた程度であった。
そして、悪夢はこの日から始まった・・・。
母への看病生活が一週間を過ぎようとしたある日の夜、私は変な胸騒ぎがし、台所へと向かった。
目的は自分を落ち着かせるために麦茶を飲みに行く・・・というのであったが、その目的は突如として打ち破られた。
台所の一部から漏れる光・・・その光源は冷蔵庫であり、その前には何かを探す母の姿があった。
「・・・うん?お母さん、体の調子はどうなの?」
寝ぼけ眼で母に声をかける私。
・・・だが、私の眼に飛び込んできたのは『母』では無かった。
「・・・!」
一瞬にして目が覚める私・・・と同時に、その体は恐怖感に包まれていた。
私の眼の前に居る存在・・・それは、体の半分は母、そしてもう半分は獣と化し、口には明日の朝食に使う予定であった油揚げが、
まるで捕えられた動物の死体のようにダラリとぶら下がっていた。
「・・・え・・・え・・・。」
声を出そうにも『え』の一言しか出ず、そのままへたり込む私。
一方の母・・・いや、獣人は私に構うことなく油揚げを丸飲みし、そして後ろの勝手口から外へと飛び出すのであった。
「・・・!ま・・・待て!!」
平静を取り戻し、扉の開いた勝手口に掛け込む私。
だが、眼の前に広がっていたのは夜の闇のみであり、耳に入ってくるのは風の不気味な笑い声、
そして獣が遠吠えするような鳴き声だけであった。
次の日、病状が若干落ち着いた母を確認すると、私は図書館へと急いだ。
昨日の夜の出来事は夢じゃない・・・現に冷蔵庫から全ての油揚げが消え、
そして母の手足にはまるで四つん這いになったかのような泥汚れが付いていた・・・。
母のあれは病気じゃない・・・何かが取り憑いている!
私は図書館の中にあるいくつかの本を漁るように読んだ。
『病気』、『妄言』、『獣』、『油揚げ』・・・母の病状から思いつく限りのワードから検索をかけ、
母の病気の正体・・・いや、母に取り憑いた存在の正体を探る私。
そして数時間後、私はその正体を『妖怪辞典』と記された本から知るのであった。
「狐憑き・・・。」
本にはこう記されていた。
狐憑き・・・それは人間の体に狐の魂が宿り、その者の体や心を蝕むだけでなく周囲の人間をも混乱させ、
一族その物をこの世から抹消する怪奇現象のひとつである。
この現象を除去する方法として、取り憑いた狐の魂を一時的に外へと排出させる必要があるが、
狐は妖力を多分に含んでいるため、人間の体から切り離すのは容易ではない。
だが、狐の大好物であるネズミの天ぷら(もしくは小豆飯)を取り憑かれた人間に捧げることで狐の魂の注意は食べ物にのみ集中され、
除霊が幾分か容易となることを付け加えておく。
「ネズミの天ぷら・・・。」
私はハッとした。
あの時の母の言葉・・・それは、自身が狐憑きに取り憑かれていることへの意志表示であり、ネズミの天ぷらが解決策の提示であった。
だが・・・私はそれにまったく気付かず・・・そして・・・。
私は泣いた。
静寂な図書館の中で、大声で泣いた。
周囲に人が集まり、「どうした?」だの「静かにしろ」だの言っていたが、私は無視して泣き続け、
その涙で私の前には水たまりのような物が形成されつつあった。
・・・だが、泣いていては始まらない。
まるでスイッチが入ったかのように泣き止む私。
そして、本を机の上に置きっぱなしにしたまま図書館を後にすると、一直線に近所のペットショップへと向かった。
私は知っていた。
そのペットショップではハ虫類も扱っており、その餌用として冷凍されたハツカネズミが販売されていることを・・・。
数分後、霜が浮かんだハツカネズミ数匹の入った袋を片手に、私は帰宅した・・・が、玄関に立った瞬間、
得も言えぬ胸騒ぎに襲われた。
「・・・まさか!」
勢い良く扉を開ける私。
次の瞬間、私の眼に数多くの情報・・・しかも、それは悪い情報が飛び込んできた。
玄関に散らばった多量の靴、ひっくり返された靴箱、そして玄関から居間へと続く廊下にスタンプされた足跡のような泥汚れ、
さらにトドメを挿すかのように台所から聞こえてくるまるで何かが暴れているかのような物音、
そして・・・獣人と化した母の姿であった。
「お母さん!」
おもわず叫ぶ私。
対する母はその言葉に反応した・・・が、その反応は『母』としてではなく『恐怖に震えた獣を見つけたハンター』としての反応であった。
たくましい前足と後ろ脚で飛び上がり、私の体に覆いかぶさる母。
そして、獣人と化した母の顔からは溢れんばかりのヨダレと生臭い吐息があふれていた。
母は・・・いや、母に取り憑いた狐は私を捕食しようとしている!
母の重たい体に手足を抑えつけられ、もがきながらも打開策を考える私。
だが、この状況では何もアイディアが出ず、ただただ獣人に頭を齧られるのみしかなかった。
「・・・くそっ・・・もう・・・駄目だ!!」
私があきらめかけたその時だった。
突如、私の顔の上で鼻先をフンフンと動かす獣人。
その動きは私の顔から下へと降下し、最終的には手に握られたビニール袋へと移動した。
「・・・そうだ!やい、狐憑き!!そこには、お前の大好きなネズミが・・・冷凍物とはいえ、数匹入っている!!!それを食え!!!!」
叫ぶ私・・・よりも早く、私の手から袋を奪い去る獣人。
そこには、ペットショップから自宅までの間に解凍されてしまったネズミが数匹入っており、
獣人はその中から美味そうな個体を1匹取り出すのであった。
「さあ・・・食え!お前の大好きな・・・身も心も油断してしまうネズミだ!!」
獣人と距離を取り、叫ぶ私。
一方の獣人も、私の声に反応してか否かは分からないが、そのネズミを口元へと近付け、そして果物を食べるかのように飲み込むのであった。
その直後、母の体から獣人のような荒々しさが消え、そこにはいつもの母が気絶した形で倒れていた。
いつもの母を取り戻し、ホッとする私・・・であったが、もうひとつ仕事があった。
「・・・そうだ・・・これだ!」
そう言って、ズボンの後ろポケットに手を突っ込み、何かを取り出す私。
それは、冷凍ハツカネズミを買いに行った際にお寺の側を偶然通ったので、念のために買っておいた<妖怪封印のお札>であった。
「これをお母さんの額に貼って、狐憑き退治は終了だ・・・。」
そう言って立ち上がり、倒れた母の元へと近付く私。
そして、気絶した母の体を仰向けにし額を露わにさせると、お札を母の額に貼るのであった。
「さらばだ、狐憑き・・・。」
呟いた直後、光を放つお札。
その光は母の体を包み込むかのように徐々に広がっていき、そして母の体が光と化したかと思うと・・・
『母』を封印してしまった。
「・・・え?」
数分後、私は母が封印されたお札を片手にお寺に殴り込み、寺の住職の胸倉を掴んでいた。
「どういうことだ?!狐憑きではなくお母さんが封印されるなんて・・・貴様、どういうつもりであんなインチキお札を売りやがった?!?!」
「ま・・・待ってくれ・・・あのお札は・・・正真正銘、妖怪退治用のお札で・・・。」
「じゃあ、何でお母さんが?!お母さんが妖怪だとでも言うのか?!?!」
「・・・待てよ・・・お主・・・母の病状は・・・本当に狐憑き・・・なのか?」
「何を言う!貴様、俺のせいにして責任逃れするつもりか?!」
「ま・・・待て・・・お主の札の封印は・・・解除出来る・・・じゃが、その前に・・・試したいことが・・・ある・・・。」
「・・・試したいこと?」
その言葉を聞いて、住職を放す私。
「痛たたたた・・・何と乱暴な奴じゃ。ところで、お主の母は『ネズミの天ぷら』が欲しいと申していたんじゃな?」
「ああ、だからネズミをペットショップで・・・。」
考え込む住職。
そして、ひとつのアイディアを思いついたのか、私にこんな依頼をした。
「お主の手元にあるネズミ・・・それを全て天ぷらにして、また寺に来い。ワシらは封印解除の儀のための準備をしておく。」
「・・・?分かった。だが、また変なことしたら承知しないからな!」
住職に暴言を吐いた私はすぐ帰宅。
そして、台所にあった残りのネズミを使い、ネズミの天ぷらを作り上げると、それをタッパに包んでお寺に再び参上するのであった。
「・・・おお、意外と遅かったのう。」
本堂の前で私を待っていた住職。
そんな住職に声をかけようとした瞬間、私は言葉を失ってしまった。
「・・・!お母さん!!」
私の眼に飛び込んできた光景・・・それは、お寺なのにもかかわらず、
本堂の中にある十字架のような拘束具に張り付けられた状態で気絶する母の姿だった。
不謹慎ではあったが、その姿はまるでSM映画のようであった。
「おい、住職!お母さんは・・・お母さんは?!」
再び住職の胸倉を掴む私。
「ま・・・待て・・・とりあえず、その・・・ネズミの天ぷらを・・・お前の母さんの前にある・・・盆に・・・。」
「・・・分かった。」
住職を放して本堂へと入り、ネズミの天ぷらが入ったタッパを母の前にある盆の上に置く私。
タッパのフタを開けると、そこからは油の匂いと肉の香ばしい香りが一気に放たれた・・・次の瞬間であった。
私の頭上で響く、獣のうめき声。
「・・・?!」
声の方向を見ると、そこにいたのは母ではなく獣人であった。
「早く、本堂の外へ!」
そう言って、私の腕を引っ張って本堂の外へと連れ出す住職。
突然の事態に再び住職の胸倉を掴もうとする私であったが、住職はこう言い放った。
「若者よ・・・お主の母は狐憑きに憑かれたのではない・・・彼女自身が狐なのじゃ。」
「・・・え?」
その直後、本堂の中から聞こえてくる、何かを引きちぎるような音。
音の方向を見ると、獣人は己の手足に巻かれていた金具をとてつもない力で破壊して自由を手に入れ、
眼の前にあるネズミの天ぷらに喰らいつこうとしていた。
獣人の口元へ一匹ずつ消えていくネズミの天ぷら。
そして、獣人が全てのネズミの天ぷらを食べ終えた瞬間、獣人の体は熱を帯び始め、
そしてその熱を莫大なエネルギーに変えて放出するのであった。
吹き飛ぶ私と住職。
また、エネルギーの凄まじさに本堂は砕け散り、その爆心地には元の姿に戻った母が不思議な顔をしながら立つ・・・という
シュールな光景が展開していた。
「・・・お・・・お母さん!!」
爆発の凄さに泡を吹く住職を放置し、母の元へと駆けつける私。
そして、周りのことなど気にすること無く、母の体に抱きつき、そして胸元に顔をうずめた。
「いやねぇ・・・いつまで経っても甘えん坊さんなんだから。」
「・・・そうだ、教えてくれ。お母さん・・・あなたの正体を!」
「・・・本当は、あなたが独り立ちするまで黙っておこうと思ってたけど・・・私は人間じゃない・・・私は妖怪・・・『妖狐』なの。」
「妖・・・狐?」
「そう・・・でも、信じて。私は悪い存在じゃない・・・人間を愛しているから、あなたのお父さんと結婚し、あなたを授かったの・・・。」
「そんなこと・・・言わずもがなだよ、お母さん。僕を長い間育ててくれたお母さんに対して『悪い人間』だなんて・・・
言えるワケ無いだろ?」
照れくさくなってしまい、ちょっとクールっぽくいう私。
そんな言葉に母はうっすらとうれし涙を浮かべていた。
「ところで・・・どうしてお母さんはあんな・・・暴走みたいなことに?」
「実は・・・どうもあれは夏風邪じゃなくて、妖怪の流行病らしくてね・・・原因はよく分からないけど、妖怪の理性を失わせ、
闘争本能や欲望のみを活性化させるみたいなの。」
「闘争本能や欲望・・・。」
「私はあの時、油揚げや・・・あと、ちょっと恥ずかしいけど・・・野ネズミを食べて回復を図ろうとしたんだけど、
衝動を抑えるまでは行っても治るまでには至らなくて・・・で、最終手段のネズミの天ぷらで治したってワケ。」
「つまり、ネズミの天ぷらは狐にとって『特効薬』みたいな物・・・ってこと?」
「そういうことでございます。」
「そうか・・・ははは・・・ははは・・・あっはっはっはっ!!」
おもわず笑ってしまった私。
『どんな感情か?』と言われると表現しにくいが、とりあえず言えることは、母が完治したことへの喜びであるのは確かであった。
「さあ、帰りましょう。長い間、迷惑かけちゃったし・・・今日は、あなたの大好きなハンバーグにでもしましょうか?」
「賛成!僕も手伝うよ!!」
こうして、私と母の不思議な物語は終わった・・・ハズだった。
「・・・ちょっと待てい!」
後ろから聞こえてくる叫び声・・・その声の主は住職であった。
「いくらお主の母が助かったとは言え・・・さすがに本堂の修理代は弁償してもらうぞ!!」
「・・・え?」
「・・・あ。」
粉々になった本堂を前にして青ざめる親子。
だが、住職の方はニヤリと笑うと、言葉を続けた。
「じゃが、ワシも鬼じゃない。そこでじゃ、お主にはちょっとしたアルバイトをしてもらうぞ。」
そう言って、私を見る住職。
「アルバイト・・・?」
「そこの妖孤の娘よ、さっき『妖怪の流行病』の話をしておったな?」
「え・・・ええ。」
「実は、ワシの寺では冠婚葬祭の他に妖怪ハンターを生業としててな・・・時々妖怪の封印や退治を行ったりするのじゃが、
ここ最近凶暴な妖怪が増え続けておるのじゃ。」
「・・・!まさか、流行病のせいで?!」
「確信は出来んが、可能性も否定出来ん。そこで・・・。」
「・・・って、妖怪ハンターなんてアルバイト感覚でなれる物なんですか?」
「いや、いくつか厳しい修行が必要じゃ!だが・・・かつて、京の地を守っていた安倍清明が狐の血を引いていたように、
妖孤の血を引くお主にも強力な力が眠っているかもしれんとワシは睨んだ。どうじゃ・・・やってみるか?」
「ひとつ聞いて良いですか?」
「何じゃ?」
「・・・修行ってお寺に泊まり込みですか?それとも、自宅から通っても良いですか?」
「・・・?別に自宅通いでも構わんが・・・何故?」
「だって・・・お母さんに会えないのはつらいから・・・。」
そう言って、母の手を握る私。
「やだ、この子ったら・・・本当に甘えん坊さんなんだから!」
一方の母も嬉しかったのか、私の体を引きよせ、顔を胸に押しつけて抱き締めるのであった。
「・・・こりゃ、妖怪ハンターとしての能力を鍛える前に、マザコンを治したほうが良さそうじゃな・・・。」
こうして、本当の物語が始まった。
マザコンな私が、息子LOVEな妖孤の母に支えられながら、妖怪ハンターとしての道を進んでいくという物語が・・・。
続く・・・もんか
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以上です、お目汚し失礼しました。
創発4周年&夏なのでホラー作品に初挑戦してみた・・・のですが、ちょいファンタジーよりになってしまってすみません。