【シェアード】チェンジリング・デイ 5【昼夜別能力】

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1創る名無しに見る名無し
ここは、人類が特殊な能力を持った世界での物語を描くシェアードワールドスレです
(シェアードワールドとは世界観を共有して作品を作ること)

【重要事項】
・隕石が衝突して生き残った人類とその子孫は特殊な能力を得た
 (隕石衝突の日を「チェンジリング・デイ」と呼ぶ)
・能力は昼と夜で変わる
 (能力の名称は地域や時代によって様々)
・細かい設定や出来事が食い違っても気にしない

まとめ:http://www31.atwiki.jp/shareyari/
うpろだ:http://loda.jp/mitemite/
避難所:http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/3274/1267446350/
前スレ:http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1281281216/

以下テンプレ
2創る名無しに見る名無し:2010/12/22(水) 18:44:39 ID:3U0xV8oN
テンプレ 2/3

キャラテンプレ
使わなくてもおk

・(人物名)
(人物説明)

《昼の能力》
名称 … (能力名)
(分類)
(能力説明)

《夜の能力》
名称 … (能力名)
(分類)
(能力説明)


(分類)について
【意識性】…使おうと思って使うタイプ
【無意識性】…自動的に発動するタイプ

【変身型】…身体能力の向上や変身能力など、自分に変化をもたらすタイプ
【操作型】…サイコキネシスなど、主に指定した対象に影響を与えるタイプ
【具現型】…物質や現象を無から生み出すタイプ
【結界型】…宇宙の法則そのものを書き換えるタイプ
3創る名無しに見る名無し:2010/12/22(水) 18:45:25 ID:3U0xV8oN
テンプレ 3/3

【イントロダクション】

あれはそう、西暦2000年2月21日の昼のことだった。
ふと空を見上げると一筋の光が流れている。
最初は飛行機か何かと思ったんだ。
けれどもそれはだんだんと地面の方へ向かっているようだった。
しばらくすると光は数を増し、そのうちのひとつがこちらに向かってきた。
隕石だ。今でもうちの近所に大きなクレーターがあるよ。
とにかく、あの日は地獄だった。人がたくさん死んだ。

だが、隕石が運んできたものは死だけではなかった。
今、あの日は「チェンジリング・デイ」と呼ばれている。
それは、隕石が私たち人類ひとりひとりに特殊能力を授けたからだ。
物質を操る、他人の精神を捻じ曲げる、世界の理の一部から解放される……。
様々な特殊能力を私たちはひとりにふたつ使うことができる。
ひとつは夜明けから日没までの昼に使うことができる能力、
もうひとつは日没から夜明けまでの夜に使うことができる能力だ。
隕石衝突後に新しく生まれた子供もこの能力を持っている。
能力の覚醒時期は人によってバラバラらしいがな。
この能力の総称は、「ペフェ」、「バッフ」、「エグザ」、単に「能力」など、
コミュニティによっていろいろな呼び名があるそうだ。

強大な力を得たものは暴走する。歴史の掟だ。
世界の各地に、強力な能力者によって作られた政府の支配の及ばぬ無法地帯が造られた。
だがそれ以外の土地では以前からの生活が続いている。

そうそう、あとひとつ。
これは単なる都市伝説なんだが、世界には「パラレルワールドを作り出す能力」を持つ者がいて、
俺たちの世界とほとんど同じ世界がいくつもできているって話だぜ。
4創る名無しに見る名無し:2010/12/22(水) 18:47:01 ID:3U0xV8oN
そういや>>2でちょっと変更あったの忘れてた
最後の行
【力場型】…【結界型】とも呼ばれる。周囲の空間の法則を書きかえるタイプ

テンプレ以上
5創る名無しに見る名無し:2010/12/22(水) 22:18:17 ID:vIK08GRs
5スレ目移行おめ
そしてやっつけ嘘予告ネタが意外に反響をもらえてて作者冥利に尽きますw
とりあえず俺の初期キャラクター案にある
『Mr.ブラックスノー 容姿:海パン一枚』
の記述はそっと削除しておこうw
6わんこ ◆TC02kfS2Q2 :2010/12/22(水) 23:10:30 ID:HJytYWw8
スレのみなさん、初めまして。
『能力』ものを書こう、書こうって思い筆を取ったらこうなりました。
なんか、自分テイストになってしまって、スレのみなさんのお口に合いますかどうか。
7夜とビール ◆TC02kfS2Q2 :2010/12/22(水) 23:11:45 ID:HJytYWw8
「能力を捨てたいんです」
白い膝小僧を並べて制服のスカートの裾摘み、保健室の丸いすのねじを軋ませながらボブショートの髪の毛を控えめに。
放課後を待ち望む生徒らの声を背景に、保健医と向き合い肩をすぼめる古烏すずめは本気で悩んでいた。
白いシーツで覆われたベッドに腰掛けたオトナは、一応オトナだ。多分オトナ、きっとオトナ。
腕組みして白衣にしわを寄せ、組んだ脚の先のスリッパをぶらつかせる。部屋の中は薬臭い。
「別に先生は止めないよ。能力を持つも捨てるもお前の自由だしね」
「自由ってなんですか」
「プラスとマイナスを一緒に背負い込むことだよ」
肩まで伸ばした保健医の髪からは、オトナのシャンプーの香りがした。
オトナって。
まだまだ思春期を迎えて手放さないお年頃のすずめには、オトナのセリフにぐるぐると巻かれるだけ。
それさえも気付かぬすずめは幸せなのかもしれない。

ある日、隕石が地球に落ちてきた。
誰もそれを止められなかった。
誰もがそれを悲劇だと受け止めた。
しかし、悲劇の裏を人々は知る。それは『能力』。
今まで生きてきた人間どもが作りえなかったものを平気で乗り越えてくれやがる。
それが『能力』。
『能力』は、人を幸せに出来るのか。
『能力』は、人を救うことが出来るのか。
世界を廻す生身のオトナでさえも、それを掌握することが出来なかった。
さらに、世界を揺るがす出来事から、ささいなご近所レベルまで『能力』が世界を司る。
そして。

「能力はわたしを苦しめる」

ある日のすずめの高校からの帰り道。おしゃれなブランドの紙袋から、さらに小さな紙袋を取り出すと、中に入っていたビールの缶を
公園の不燃物入れに見つからないようにそっと捨てた。きょろきょろと見渡した後、ローファーを土で鳴らして消え去る。
いつまでこれを繰り返せばいいのか。誰も分からない。
家へと急ぐ。夕暮れのとき、何もかもを美しく照らす魔法の時間。人が急ぐ、車が急く。

   ×××

「つまんない」
いくら文明が栄えようと、人間たちが付いて行けなければ意味を成さない。それを端的に見せ付けられるような
深夜のくだらないバラエティ番組をぼんやりとすずめは眺める。陽が明るければ明るいほど影は濃い。
薄っぺらな明るさだけの画面上の人々はすずめを明るく照らし続けるだけだった。
すずめは時計をちらと一瞥すると、PCモニタのテレビ画面を閉じて背伸びをして気を紛らわせる。
喉が渇いた。コーラが飲みたい。そういえば、小さいときこっそりと冷蔵庫のコーラを飲んだことがあった。
親に見つからないように。だけど、見つかった。もちろん怒られた。「甘いものばかりだめでしょ!」と。
ただ、すずめをかばってくれた人がいた。「ごめんなさい。ぼくもこっそりのんでました」と。二度とすずめの耳に届かない声、能力に目覚めるまでは。
8夜とビール ◆TC02kfS2Q2 :2010/12/22(水) 23:12:29 ID:HJytYWw8
「能力かあ」
望んで手に入れたものだったら、どれだけ嬉しいだろうか。
望まずに手に入れたものだからこそ、誰にもぶつけられない憤り。
せめてオオカミになって、月夜にわおーんと吠える能力が授かれば、とすずめはくさる。
そうか。でも、オオカミになってしまう能力が身に付くなら、わおーんと吠える必要はないな。
誰からも突っ込まれない分、深夜は一人でものを考える余裕が増える。木の柱が軋む音でさえ、気にはならない。
すずめはカレンダーを横目に、両親が寝静まっているのを確認してから廊下をゆっくり踏み鳴らす。
目的は「コーラ」。と言い訳をしながら、深夜の廊下をゆっくりと歩く。両手で壁に手を着く。でもないと不安だ。
素足の廊下は冷たい。木目と夜の空気はすずめの体温を奪うが、心が折れない程度なのが悔しい。
漆黒から何か恐ろしいものが飛び出しそうな思いをしながら、すずめは台所へ向かった。

すずみが足を入れた深夜にどっぷりつかった台所は、昼間と違って底知れぬ怖さを感じた。
ステンレスの流し台は冷たい鈍器のように見え、蛇口からこぼれる雫は血が滴っているかのように聞こえた。
「今夜も来てるの?」と、暗闇に向かってすずめは言葉をかける。もちろん、すずめだって考えあっての行動。
暗闇は返事をしない。当たり前だ。静寂に包まれた台所はすずめが一人。メガネを外し目をこする。
「今夜も来ているの?」
呪文のように繰り返すすずめは、だんだん何処かに取り残されるような気持ちになっていった。
冷蔵庫の扉を開けると光が溢れ、足元に影を落とす。まるで黄泉へと通じる扉のように眩かった。
母親が作り置きしている麦茶がペットボトルに詰まって並び、すずめが一瓶手に取ると誰もいない部屋に声が通り抜ける。

「すずめ?来たよ」
すずめの背後には彼女が見覚えのある顔があった。すずめの兄の潤一郎、高校の制服のシャツにカーディガン羽織ってひょっこりと姿を現す。
すずめはしばらく言葉を控えていると、潤一郎が冷蔵庫に手を伸ばしながらすずめに話しかけてきた。
「まったく、すずめには感謝してるんだよ」
「感謝って」
呆れた顔で兄の手元を視線で追う。
「まったく、すずめ様様だ」
「うるさいよ。それに違反ですし、校則とか」
「もう、おれオトナだよ。それにここ学校じゃないって。ビールぐらいいいじゃないの」

キンキンに冷えた缶ビールはきれいに並んでいた。父親のためのビール。もらい物も多し。その列からひとつ失敬して潤一郎はすずめを遮った。
冷蔵庫の扉は開けたまま。照らされる二人は影を床に落とし、潤一郎は缶を開け、気泡がはじける音を鳴らす。反動で少し揺れて泡が顔を見せる。
そのまま口を明け口に運び、溢れる泡を吸い込む兄をすずめはじっと自分のメガネに映し続ける。
のどを鳴らせてビールを飲む兄は、ほんの少し背徳的な影が足元に落ちているような気がする。
9夜とビール ◆TC02kfS2Q2 :2010/12/22(水) 23:13:17 ID:HJytYWw8
「ぷはーっ」
「……」
「ビールはこうやってこそこそと隠れながら飲むのが美味しいのだ」
兄の嬉しそうな顔を見ると、すずめの心中は失敗した編み物のように絡み出していた。兄はあんなに嬉しそうだけど、なんだか複雑。
すずめの乙女心を知ってか知らずか、潤一郎は炭酸きつめのビールを心底嬉しそうに口にして、腹に麦の恵みを満たす。
オトナって!
すずめはちょこんと兄の前に座り込み、膝を人差し指でぐりぐりとなぞり続ける。

「こうやってでもしないと、おれはビールが飲めないからなあ。だから、すずめには感謝してるんだよ」
「もう来ないよ」
「おいおい。本当は生きているうちに飲みたかったんだよ。頼む。今度も次の満月の夜に会おうな」
「やだよ。ビールばっかりのお兄ちゃんなんて、知らない!」
「おれもやっと医者から見離された身になったのにさ!はあ、入院中の苦しみから解放された今の喜び!生きるって素晴らしい!」
「なーにがだ」
にっと薄暗い中で笑みを浮かべた潤一郎は、空になった缶を水洗いして不燃物のゴミ入れに放り込んだ。
むうっと河豚のように頬を膨らませながらすずめは、兄の捨てた缶を拾い上げて小声でぼやく。
「わたしが疑われるんだからね」
「コーラの事件、かばったの誰だよ。うれしいだろ」
一つ大きくすずめはあくび。そのときと同じ冷蔵庫が、夜も構わずに台所を守り続けていた。

月の美しい晩には必ず兄が来る。
思い出の場所に来ると必ず現れる。
無意識に、そして必然的に。
兄は病で命を失った。しかし、考えようには永遠の命を授かったのと等しいのではないか。
正しいのか、正しくないのか。神が与えし万物創生のとき以来、生き物の能力に反しないのか。
狂わせたのは「あの日」から目覚めた新しい能力。
ただ、すずめは出来れば早くその能力を手放したいだけ。

「また、来るな。じゃあ」
あくびは人にうつる。この世に居ない者とて、例外ではなかった。
次に会うときは、またひと月ぐらい兄に年齢が近づいているはず。すずめは、眠い目を擦りながら自分の部屋に戻った。
頭から布団に包まった頃は、朝いちばんな新聞配達の音がしていた。

   ×××

「折角会いに来てるんだからさ、いいじゃないか」
他人事のように相談にのるなあ。と、すずめは保健医を評価した。星をつけるなら、五つのうち三つぐらい。
俯くとメガネがずれる。つんと中指で突き上げる。なんだか、偉い学者になった気分でもある。
気分は気分。気分はすぐに形をなくしてしまうもの。目の前の保健医には敵わない、と言うより厄介な。
「なんだか、兄が遠ざかってゆく気がするんです」
「もう、遠ざかってるだろ」
「いいえ!体は高校生のまま、オトナになってゆく兄がつらいんです」

保健医は口を挟まない。
「そりゃ、魂を失ったときに体の成長も同時に失ったから……、それは当然だと理解できるんです」
「まあな」
「でも、わたしが知っている姿のままで兄が年を重ね続けゆく姿を見届けるのは」
「わがままだなあ」
「はい。わがままです」
10夜とビール ◆TC02kfS2Q2 :2010/12/22(水) 23:13:58 ID:HJytYWw8
わたしがいるだけで能力が現れる。だから、つらい。
わたしが台所にいるだけで兄が帰ってくる。なので、つらい。
わたしと兄が夜明けを向かえるとき能力と兄が消える。それが、つらい。
かと言って、能力を全て手放してしまうのは、つらい。
すずめは悩む。

「あと、ひとつ。そんなに能力を使うのがいやなのに、どうして能力が発動できる環境に出向くんだ」
「それは、あの……だって」
しどろもどろに人差し指をあわせながら、すずめは俯き加減で瞬きを多くする。
「お前は難しいヤツだな。それでもって、兄思いで」
「兄思いではありません!」
「もっと、ウソをうまくなれよ。オトナから騙されるからな」
保健医の言葉がずきりとすずめの胸を刺す。胸が痛いのは生きている証拠。生きていれば生きているだけ痛い思いをする。
自分が兄より年上になることも同じ痛い思い。痛い思いをしたくなければ、生きていることをやめちまえ。
そして満月の夜がやってくる。
「隕石が落ちたのは偶然。お前が能力を授かったのも偶然。だからさ、お前が出来ることは偶然を受け入れることだぞ」
「……そうですか?オトナから騙されませんよ」
にっと白い歯を見せて、保健医は脚を組んだ。そして、評価は五つのうち三つから、三つのうちに変わる。

すずめは深々と保健医にお辞儀をして、薬品の匂い漂う保健室を後にした。
「おーい。今度、その能力使うの最後にしろよ」と、保健医が叫んだのも気付かずに。
そして、すずめは誓った。

「もうちょっと、この能力持っとこっと」


おしまい。
11わんこ ◆TC02kfS2Q2 :2010/12/22(水) 23:19:03 ID:HJytYWw8
投下おしまい。
自分のなかの「チェンジリング・デイ」は、こういう感じになってしまいました。
12創る名無しに見る名無し:2010/12/22(水) 23:37:03 ID:3U0xV8oN
>>5
寒くないのかそれw

>>11
投下乙です
不思議というか奇妙というかそんな感じで雰囲気が良いなぁ
13創る名無しに見る名無し:2010/12/23(木) 08:41:28 ID:zaNXerCm
>>11
投下乙!
死んだ兄が帰ってくるか・・・
悲しいけど、でも嬉しいような、変な感覚だ。
14運命の交差路〜遭遇〜 ◆W20/vpg05I :2010/12/23(木) 09:35:09 ID:zaNXerCm
最近投下が多くて嬉しいな
こちらも投下します。
15運命の交差路〜遭遇〜 ◆W20/vpg05I :2010/12/23(木) 09:37:34 ID:zaNXerCm

「どうだ? あの坊主は帰ったか?」

ある病院の個室へ戻ってきた少女へ、立ったまま待っていた男、陸は軽い調子で声を掛ける。

「ええ、帰ったわ」

一方の少女、時雨の表情は憔悴しきった物で、男、陸の顔を見ることなく椅子に座る。
その様子に陸はどうしたものかと呟き、とりあえず思ったことを口にする。

「重症だな」
「陸はどうしてそんなに平気でいられるのよ。そっちの方が信じられないわね」

時雨は、若干の険を込めて陸をにらむ。その睨まれた陸の方は、肩を竦めた。

「そうでもない。せっかくの光源氏計画がこれで色々な意味でおじゃんだ。参った」
「……陸、一度死んでみる?」
「じょ、冗談だ、冗談! 俺は姉さんや妹と違って一回死んだらそれで終わりなんだよ。
そのナイフをしまってくれ!」

時雨の底冷えする声音に慌てたように陸は言いつのる。
それでもなお、しばらく陸を冷たく見つめた後、ため息を吐いた。

「ま、どちらにしてもそろそろだろ。調べた限りじゃあいつが来るのは間違いないからな」

陸の言葉に時雨は力なく頷いた。

「そうだといいけど……ね」


そして、沈黙が部屋を支配し――突然扉が開いた。


「やっほ。お姉ちゃん、お兄ちゃん」

非常に底抜けで気楽な女性の声。
その声を聞いた瞬間、二人とも電光石火の早業でナイフを抜き、その声を出した女性に肉薄する。

金属音が響き、女性が二人のナイフを受け止めるが、二人の動きはそれで終わらない。
二人が一陣の風となり、刃の暴風が女性を切り刻む。
二人が止まった時にはすでに女性は絶命していた。

だが、

「せっかく久しぶりの再開なのに手痛い挨拶ねぇ。妹として抗議してもいいんじゃないかしらねぇ」

死んだはずの女性は、気がつくとベッドに座って二人を見上げていた。
そのことに男はため息を一つ吐くだけで反応し、しかめっ面のままいう。

「関係ないな。お前がやった事、すでに調べはついてる。だから一回くらい殺されとけ。な、アヤメ」

陸の声は辛辣で、見事なまでに無遠慮なもの。
その隣に立っている時雨といえば、なおも殺意を全く隠そうとしない。
それでも、二人の様子も気にしてないのか、その女性、アヤメは笑って話す。
声に合わせて金色のポニーテールにした髪が微かに揺れた。
16運命の交差路〜遭遇〜 ◆W20/vpg05I :2010/12/23(木) 09:39:50 ID:zaNXerCm

「普通の人は一回死んだらそれで終わりだけどねぇ。
あの男が脱獄したら、楓ちゃん狙うだろうし、その楓ちゃんをお姉ちゃんが溺愛してるのも知ってる。
だから、旨く狙えばお姉ちゃんに恩を売れるかなぁ、っては思ってたけどねぇ。
確かに今の状況になるよう狙ってはいたけど、成功するとはあんまり思ってなかったわよ?」

おそらく真実であろう言葉に、時雨は今にもとびかかりそうなほどの態勢で立っている。
小さな体の猛獣が、今にも襲いかかる様な錯覚を与える。それを抑えるかのように陸は時雨の肩に手を掛ける。
その態勢のまま、慎重に言葉を選ぶように問いを発した。

「そういうことにしておこう。それで、何が狙いだ?
 要件によっちゃ断るぞ。例え、楓の命が引換えでもな」

時雨の動きがぴたりと止まるが、陸は前言撤回しない。
飲める条件と飲めない条件があるのは、時雨もわかっているはず。
今、感情を抑えてアヤメと相対し、交渉を行うのは陸の役目だった。

「ま、そこら辺は心配しなくても大丈夫よ?
お姉ちゃんが絶対頷かない条件なら始めからこんなこと……面白かったから結局したかも?」
「それを俺に聞くな」
「そうよねぇ。それよりお兄ちゃんたちは本当の所、どのくらいまで調べられた?」

アヤメの質問に、陸は数秒考えこみ、視線をアヤメから決して離さず答え始める。

「お前の行動は大体把握している。
まず、あの男を脱獄させた。理由は男の能力を欲しいだったか?
ま、実際はあの男の能力がどんな能力かなんて知りもしなかったろ。
適当な理由をつけて脱獄させるのが目的だったからな」
「そうそう。その通り」

その言葉にアヤメは頷く。その子供っぽい仕草に陸は苦笑いを浮かべた。

「で、後は男が行動するのを待った。楓が捕まった部屋のすぐ側にお前もいたな?」

陸の確認の問いにアヤメは満面の笑顔を頷き、後を続ける。

「よくそこまで調べたわねぇ。
……とは言ってもお姉ちゃんの能力“アカシックレコード”でなら私の行動は筒抜けよね。
本当は、楓ちゃんが瀕死になった所で“偶然”居合わせて、あの男を殺す。
で、やってきたお姉ちゃんに蘇生の対価として交換条件、そんなストーリーだったのよねぇ」

アヤメは人差し指を軽く唇に当て、当時の状況を思い出すように話す。
やがて、アヤメの表情が少しだけ眉を寄せた。

「でも、あの男の子が助けに来たのは誤算だったわねぇ。
あの子のおかげでお姉ちゃんが間に合っちゃって、完全にタイミングを失っちゃたわよ。
おかげで兄さん達に調べる時間を与えることになっちゃったわねぇ」

アヤメは一切悪びれない。ただ失敗したと口にするのみだった。
陸はそのアヤメに特に反応を示さない。
だが、今度口を開いたのは時雨だった。
その殺意は相変わらずだが、少しずつ冷静さも取り戻しつつあった。
陸は自分の役目は終わったとばかりに椅子に座る。
17運命の交差路〜遭遇〜 ◆W20/vpg05I :2010/12/23(木) 09:42:00 ID:zaNXerCm

「それでもこんなに遅くなる理由はなかったんじゃない? 別に病院についたタイミングでくればよかったのよ?」
「いや、地下室で出れなかった以上、今度は逆に調べてもらった方が話しが早いからねぇ。
それに中途半端に感情的になっている状態で接触するのは危険と判断したのよ。
感情的に断られかねないよねぇ。お姉ちゃんなら」

今度は時雨の疑問に、アヤメはなんでもないように答える。
そのアヤメの言動に時雨はようやく殺意を消した。諦めたように首を左右に振る。

「……そう、結局はアヤメの手の中って事かしら?」
「そうでもないわよ? 運良くうまくいったに過ぎないわねぇ」

時雨はそれもまだ睨みつけていたが、前のように攻撃する意思はないようだった。
一呼吸し、改めてアヤメに問う。

「それで、始めの質問。私に何を調べさせたいの?」
「比留間慎也の能力について教えて。もちろん両方とも」

その問いに今度はアヤメは間髪いれず答えた。
出てきた言葉に時雨と陸は緊張の度合いを濃くする。
時雨の方が、ゆっくりと、確認するように言葉を出した。

「……何が目的?」

聞かれたアヤメは髪の先っぽを指で軽くいじりながら、世間話をするような軽い口調で説明を始めた。

「彼と話し合いをしたいだけよ? ただ、これから会いたいと思う人の能力位知っておかないと。
私の事はどう考えても警戒しているでしょうしねぇ。
ただ話をしたいだけなのにできないのは嫌だから、念のため能力対策位は練りたいのよねぇ」
「……でも、私は比留間慎也に会ったことはないし、彼も私にあったことはないはず。
その状態では私の“アカシックレコード”には記述されないわよ?」
「そうかしら? 彼くらい有名なら“確定した事象”経由で記述されると思うわよねぇ?」

時雨の夜の能力“アカシックレコード”は、時雨が会った、もしくは彼女をある程度知っている人間が知りうる情報を
検索、閲覧することができる能力である。ただ、不可思議なことに、彼女の能力では本来知り得ない情報が得られることがある。
それを便宜上“確定した事象”とよび、彼女を知る仮想の人間として“観測者”がいる、という推定の元使っている。
普段、時雨はこの能力を使用し、情報収集を行い、ある程度陸の事務所の行動指針として役に立てていた。

自分の能力を確認し、アヤメの言葉に時雨ははもう一度深いため息を吐く。
彼程の有名人ならば、おそらく調べることは可能だろう。
そう時雨は考え、最後に一つ聞かなければいけないことを聞く。

「そうかもしれないわね。……最後にもう一つ確認。比留間慎也に会って、アヤメは何をしたいの?」

時雨の最後の質問にアヤメは子供のように笑う。
そして、とびきりのいたずらが成功したかのように意地の悪い笑みを浮かべてアヤメは答えた。


「異世界へ温泉旅行、って言ったらお姉ちゃん達笑う?」
「とりあえず、もう一遍位死んどきなさい」



*         *         *
18運命の交差路〜遭遇〜 ◆W20/vpg05I :2010/12/23(木) 09:43:45 ID:zaNXerCm

結局、あれからアヤメの条件を飲んだ。
それで本当に良かったかは時雨としても自信がない。
とは言え楓は完全に蘇生した。そのことには素直に喜ぶべきだと思っている。
あれだけ陽太には説教をしたのに、結局自分は完全に壊れた妹に頼っている矛盾。
それでも自分は大人なのだから、それくらいの矛盾は別にいいだろうと勝手に納得することにした。

ついでにアヤメが比留間博士に会いに行こうとしていることは、伝手を使って匿名で比留間博士へリークすることにした。
いくらアヤメでも、単騎であの防御網を突破できるとは思えないし、とりあえず比留間博士の安全は確保できていると思う。
別にアヤメから口止めされなかったからこの行動は当然よね、そう思うことにする。

そんなことを考えながら、今、中学校の屋上で人を待っている。
日差しが強烈に照りつけ、汗がべとつき軽く不快だったりしたがそこは我慢。
なぜ、そこにいるかと言うと、ある男子学生に呼び出されたからだった。
普通ならこのシチュエーション、恋愛話の一つも起きようものだが、
相手が相手なのでその手の話しではないのは間違いなかった。

そして、しばらく待つと、やってくる。

そこにいたのは二人の男女だった。
女の方は小走りにやってくると時雨に向け、ピッと敬礼をする。

「総統! 陽太君を連れてきました!」
「だから、総統はやめてって言ってるでしょう?」

その楓の挨拶に、苦笑で返そうと時雨は努力するが、どうにも締まりのない表情になっている気がする。

「だから俺は月下だっていってるだろうが?」
「でも、今の時間は陽太君よね」
「ぐっ……」

そんな感じで、楓にすらすっかり陽太と呼ばれるようになってしまった少年は、ぶっちょう面で立っている。
その少年に、時雨は視線を向けた。

「それで、用ってなにかしら?」
少年の用事とは何か、正直想像つかなかった。
最悪、目も合わせないかと思っていたが意外だった。

その目の前の陽太は、意を決したように声を張り上げる。

「俺に、時雨の技を伝授してくれ!」
「……は?」

思わず、間抜けな声が出てしまった。そんな時雨の様子を見て、陽太は慌てて言葉を重ねる。
19運命の交差路〜遭遇〜 ◆W20/vpg05I :2010/12/23(木) 09:45:36 ID:zaNXerCm

「俺はもっと強くならなければならない。だが、それでも自己流には限界がある。
そこで時雨だ。あの男を一瞬で倒せるほどの技量。俺に教えて欲しい」

やっと頭の回転が戻ってきた。しばらく冷静に考え、陽太の言葉を吟味し、時雨はゆっくり言葉を探す。
彼の頭のキレ、判断力はずば抜けている。彼なら並の相手位余裕で出しぬけるだろう。
ただ、それに対し、動き自体はただの一般人の物に過ぎない。
なら体を鍛えることで、戦略に幅が広がり、今後さらに色々な状況に対応できる可能性はある。
とは言え、殺しの技術を教えるつもりは今の所さらさらない。
単純に体を鍛えることを支援する。それくらいならいいだろうと自分を納得させる。

……それでも、一応言っておくことはしよう。

「言っておくけど、短期間で強くなるなんて思っちゃ駄目よ。
十年やって半人前、二十年やっても一人前になれるのはほんの一握り。
例え、一人前でも今の強力な能力者の前では無力なものよ。それでも学びたい?」

それは確認のための言葉。その言葉に陽太は大きく頷く。

「ああ、俺は能力だけに頼らない方法を探さなければならない。
その一つの方法が己自身の技術を、力を磨くことだ。だから、お願いだ、俺を鍛えてくれ」

陽太少年の視線は余りに眩しい、そう感じた。


だから――


「私の修行は厳しいわよ」


――その申し出を受け入れた。

彼が、これからどう成長するかはわからない。だけど、少しは良い方向に進むよう手助け位はしよう。
それが年長者としてするべきことだろう。


なんとなく、空を見上げる。
そこには、雲ひとつない青空が一面に広がっていた――



終わり。
20運命の交差路〜遭遇〜 ◆W20/vpg05I :2010/12/23(木) 09:47:18 ID:zaNXerCm

投下終了。今度こそ終わりです。と言うわけで今回の話、結局だいだいアヤメ(今回の成績+1-2)のせい。
いいのかなぁ、陽太とこんな関連付けしちゃって、と迷いながらも駄目ならパラレルにすればいいかと開き直り。
時雨が実際に教えるのは体の鍛えかた位で、殺し方のような物騒なものは教えるつもりないとおもいます。
それでは、ここまで読んでくれた人に改めて感謝を。




以下追加設定。

加藤時雨

夜の能力
【意識性】【操作型】
名称:アカシックレコード

彼女が会った、もしくは彼女をある程度知っている人間が知りうる情報を検索、閲覧することができる能力。
閲覧方法は本状になった媒体に情報として出てくる。
たまに彼女の交友関係ではありえない情報が出てくる事があり、これを“確定した事象”とよび、便宜上この情報の持ち主を
“観測者”と呼んでいる。メタ的には観測者とはスレの読み手であり書き手の事である。
(つまり文章、作品として書かれた事は全て検索、閲覧の対象内となる能力でもあります)
21創る名無しに見る名無し:2010/12/23(木) 14:56:54 ID:qmN90YV+
今週ほんとに投下多いね。嬉しい限りだ
>>11
独特の雰囲気でぐっと引き込まれた
またネタがあればぜひ書いてくださいね

>>20
アヤメさん…天野くんに続いて温泉界行くつもりか?w
しかしこの話の陽太は普通にヒーローぽくてかっこいい
22創る名無しに見る名無し:2010/12/23(木) 15:28:04 ID:QRZLeihJ
>>20

回復が早すぎるから前回の最後の楓は陸なんじゃないかとか密かに思ってたけど
そういう裏事情があったのか
それと陽太かっこいいな
23創る名無しに見る名無し:2010/12/23(木) 21:07:28 ID:IQK43P3R
>>11
投下乙です。
能力と話の流れがうまく組み合って良かったです。
キッチンに忍び込むところの雰囲気がすごく良かったです。

>>20
うおお、投下乙!いいお話でした。
アヤメさん、万能だな。悪い人じゃなかったら良かったのにw
温泉・・・・・・だと・・・・・・
ゴクリ
24 ◆EHFtm42Ck2 :2010/12/24(金) 18:46:30 ID:wAiNFWHY
クリスマスなので久しぶりに絵描いてみました
劇場版仕様らしいアヤメさん
ttp://loda.jp/mitemite/?id=1616#
25創る名無しに見る名無し:2010/12/24(金) 20:01:33 ID:YtNlM1FV
>>24
シルスク「ミニスカどころか、ホットパンツ……だと……?」
ラヴィヨン「た、隊長! 僕にはシゲキが強すg」
クエレブレ「鼻血吹いてんじゃねー! 消防かっ!!」
シェイド「どーですか、あーいうの?」
マドンナ「……セクハラですか?」
26創る名無しに見る名無し:2010/12/24(金) 20:03:50 ID:QFFlMdwE
>>24
うおおお!乙であります!
アヤメさんまさかのへそ出しとは・・・w
そんな格好で、きっと嬉々としてプレゼント配ってるんだろうなぁ
・・・ん? 誰に何を配ってるんだろ。気になる・・・
27創る名無しに見る名無し:2010/12/24(金) 21:07:29 ID:b8el1Esw
うおおおおおおおおほっとぱんつほっとぱんつ!


さて、できれば昼の間に終わらせたかった、クリスマスとは何の関係も無い通常投下します
28東堂衛のキャンパスライフ ◆KazZxBP5Rc :2010/12/24(金) 21:08:28 ID:b8el1Esw
第十一話


政治、産業、文化……。
チェンジリング・デイ以降、あらゆるものが直接的に、あるいは間接的に、変わった。
変化は、あるときには古いものを捨てて、あるときには古いものを拡張するように行われる。
この廃工場も、そんな捨てられた古いもののひとつだった。

工場入口とは反対側の、雑多に鉄くずや角材が散らかった一角。
そこに、何に使うか知れない、ひとつの大きく平らな台が残されていた。
今、その台には薄いシーツが敷かれ、眠り姫のベッドとなっている。
彼女をさらった当人は何をするでもなくその横にたたずんでいた。
しばらくして、
「来たか。」
工場にもう一つの影が現れた。

衛は、長袖長ズボン、軍手の上に、右手には金属バット、左手にはフルフェイスのヘルメットを携えて、工場に足を踏み入れた。
衛自身はその出で立ちを格好悪いとは思っているが、見栄を選んでいる状況ではなかった。
「西堂……。」
衛が誘拐犯の名前を呼ぶ。その声は壁に反響して、出したよりも大きく聞こえた。
「聞いたよ。能力のことと、妹のこと。」
西堂は「妹」の部分で眉をぴくりと動かした。
しかしすぐに元の表情を取り戻す。
「ふぅん、で?」
「それだけだ。」
どんな事情があろうと、西堂がやったことは許せない。奥に眠っているかれんを取り戻すことに変わりは無い。
ただ、相手の手の内と心の内を知っていることを、事実として伝えただけだ。
会話はそこで終わり、衛は持っていたヘルメットを被る。
工場内の空気が張りつめた。
29東堂衛のキャンパスライフ ◆KazZxBP5Rc :2010/12/24(金) 21:09:11 ID:b8el1Esw
ふたりの距離が一気に縮まる。
「はあああ!」
雄たけびを上げながら、衛がバットを横なぎに振るう。
西堂はこれをしゃがんでかわす。自慢のツンツンヘアを風が掠める。
衛の隙は大きい。そのまま西堂は足払いに持っていく。
しかし、西堂の足は衝撃を感じない。衛が両足を動かした形跡が無いにもかかわらず。
「ちっ!」
第二撃が来ることを悟った西堂は、大きく後ろへ退く。
今度は縦。バットが地面を打つ。

離れたふたりの表情は対照的だった。
涼しい顔の西堂、既に息の上がっている衛。
ケンカに対する慣れの違いだ。
「やっかいやな、そのすり抜ける能力。」
そう言う声に、切羽詰まった響きは無い。むしろ余裕さえうかがえる。

今度は西堂の方から懐に飛び込んできた。
衛は慌ててバットを構える。
そこが西堂の狙いだった。
テイクバック、つまりスイング前のバットを引く動作。
その頂点に西堂のひじ打ちが重なる。
バットはあっけなく後方へ弾け飛んだ。
「しまっ……!」
ほんの一瞬、それに気をとられているうちに、あごを狙ったハイキックが今度はヘルメットを宙に舞わせた。
そして、その二つの道具の落ちた側に、西堂はすぐに回り込んでしまった。

ものを拾う瞬間は能力を使えない。しかも頭部に手を触れられた時点で負けときた。
位置が逆転したためかれんには近づけたが、彼女ごと能力を掛けることもできない。
衛はいきなり瀬戸際に立たされた。
「肉弾戦で素人には負けん。」
有利を認めた西堂が話を始めた。
「でもそれだけや。」
彼の顔からは、衛に対するものではない悔しさや怒りといった感情が噴出していた。
「俺は、力が欲しい。もっと、もっと。」
西堂は、叫びながら、目の前の敵、衛にぶつかってゆく。
「あの時! 俺にもっと力があったら! 雪華は死なんで済んだんや!」
30東堂衛のキャンパスライフ ◆KazZxBP5Rc :2010/12/24(金) 21:09:55 ID:b8el1Esw
衛はどうしようもない無力感にさいなまれた。
能力を使えば攻撃をかわすことは容易だ。
しかしそれでは駄目だ。タイムリミットがある。
能力が切り替わるまでに勝負を付けないと、西堂の夜の凍結能力には絶対に勝てない。
実際はそれまでにはまだ何時間もあるが、このまま何もできないと確実に現実となる。
どちらにしろ、何もしなければどうにもならない。迫る西堂に試しに蹴りを放ってみた。
あっけなく足を掴まれ、気付いた時には体が一回転して地面に落ちていた。
痛み。それと共に、先ほどの西堂の台詞が頭に響く。
もっと力があったら。

不意に、何かを思い出しかけた。
だがそれも、いきなりの顔を狙った攻撃に、かわすための能力への集中に、押し出された。
こちらの攻撃は蹴りに限られる。相手と頭の位置をできるだけ離せるからだ。
しかしそれを分かっている西堂には簡単にカウンターをくらってしまう。
数撃ちゃ当たる、なんて言葉はこの場面では無意味だった。

もう何度目だろうか、こうして膝をつくのは。
このまま、かれんを救えないまま終わるのか。
突然、小さな声が工場に響いた。
「まもる……さん……。」
声の主はかれんだった。
西堂の能力による気絶が解けはじめてきたのだろう。
その声に、衛の頭の中はぐちゃぐちゃにかきまぜられる。
これまでのかれんとの思い出が、ぐるぐる回る。
その波の中にひとつの光明を見つけた。
それはかの有名な能力研究者の言葉だった。
『君はもっと強くなれるってことさ。』
そうだ。その前、彼は何と言っていた?

衛はゆっくりと立ち上がった。
そして、能力を使ってみる。
初めてそれに目覚めたときを思い返しながら。
できた。当然だ。しかしそれを当然と思わないようにする。
もう一度使ってみる。
衛だけに分かる、自分を世界から孤立させる感覚。
しかし今気付いた。その、“世界から孤立した”という部分は、自分のすべてではなかった。
むしろ、ほんの一部だった。
全体がつなぎとめられているからこそ、そのほんの一部にだけ穴を開けることが許される。
だったら、いつもとは違う箇所にも穴は開けられるのではないか。
衛は、自分の能力の真の全体像に、このとき初めて気付いた。
31東堂衛のキャンパスライフ ◆KazZxBP5Rc :2010/12/24(金) 21:10:36 ID:b8el1Esw
衛が西堂に向かってゆく。
最初の数歩、西堂は「またか」と言いたげな感じで構えていた。
しかし、異変は突如として起きる。
「消えた!?」
衛の姿が西堂の前から忽然と消えた。
次の瞬間にはもう、見えない拳が西堂の頬を殴っていた。

その後もがむしゃらに続けられた不可視の攻撃が、ふと止んだ。
次の瞬間、衛が姿を現す。
西堂は逆上していきなり顔面に殴りかかる。
しかし、その拳はあっけなく衛の顔をすり抜けた。
「くそっ、どないなっとんや!」
ひとりの人間が同時に使える能力はひとつのはず。
西堂が忌々しげにつばを吐く。
衛はもちろんその問いに答えてやるつもりは毛頭無い。
だが、自分の整理のために、頭の中で説明をまとめてみることにした。

衛の真の能力。それは、衛と世界との間に存在する“相互作用”を、一度にひとつだけ、切り離すこと。
相互作用とは、“接触”であったり“光”であったり、とにかく、お互いに影響を与え合うことのできるもの全てだ。
今までは接触のみを切り離すことができた。だから、発動中の衛は何物にも触られることがなく触ることもない。
ただし、それ以外の光や音などは変わらず影響しあう。
なので、衛は世界の光を見、音を聞くことができる。世界にいる側の人間も衛の姿を見、声を聞くことができる。
ついさっき、初めてやったのは、光を切り離すことだ。
こうなると、衛に世界の光は届かないし、世界にも衛の姿は届かない。
ただし、やはりそれ以外は変わらない。それゆえに、光を切り離している間はものに触ることもできる。
つまり、光を切り離している間、衛は視力と引き換えに透明人間になれるのだ。
32東堂衛のキャンパスライフ ◆KazZxBP5Rc :2010/12/24(金) 21:11:17 ID:b8el1Esw
確認を終えると衛は再び消えた。
暗闇の中、音を立てないように慎重に歩いてゆく。
十秒、二十秒。まだ何も起こらない。
「なんや、まだ来(こ)んのか?」
西堂の挑発には焦りの色があった。
突然、西堂の後方で足音が立った。
「なっ……!」
時既に遅し。振り向いた時には、衛はもう目的を果たした後だった。
衛の狙いは西堂ではなかった。落ちているヘルメットを拾うことだったのだ。
装着しながら、衛は言う。
「お前、前の能力なら僕がこれを狙ってることも分かったかもしれないのに。」
「ふん、そんなもん使うたって無駄やって、もう教えたやろ。」
口ではそう言っているが、西堂の表情には怯えが芽生えていた。
衛の声の調子が変わっていたからだ。
衛の覚悟が、“負ける覚悟”から、“勝つ覚悟”に変わっていたからだ。
「かれんに世界をどうこうする力なんて無い。」
西堂は反論しない。
「お前が欲しかったのは……」
「それ以上言うな!」
突然、西堂が勢いに任せて衛に殴りかかった。
ただ、その拳は大振りすぎた。衛でも簡単に避けられるほどに。
「避け……?」
そう、避けたということは能力を使ってないということ。
理由は自分の攻撃につなげるため。
衛は不安定な様子の西堂の手足を、自分の手足でからめ取った。
これではどちらも動けない。ただ一か所を除いて。
「いっ!?」
衛は胸を大きく逸らした。
そう、ヘルメットを着けたのはこのため。
ヘッドバットだ。
ゴンッ! と鈍い音がして、西堂はその場に倒れ込んだ。
33東堂衛のキャンパスライフ ◆KazZxBP5Rc :2010/12/24(金) 21:12:01 ID:b8el1Esw
「かれん、大丈夫?」
声を掛けながら、目覚めかけていたかれんの体をゆする。
「ん、んん……。」
小さくうめいて、眠り姫の重いまぶたがゆっくりと開いてゆく。
「まもる……さん?」
衛はほっと胸をなでおろす。
かれんはいまいち状況が把握できていないようだった。
「ここは一体?」
「悪いけど、今は、早く逃げよう。」
西堂の方をちらりと振り向く。
起きる様子は、無かった。
「立てる?」
「はい。」
釈然としないが、とりあえず衛の言葉に従うかれん。
とにかく床に立ってみた、ら、足がよろめいた。
「背負うよ。」
「えっ、でも……。」
有無を言わさず、衛は無理やりかれんをおんぶする。
「きゃっ!」
「ちょっと急ぐよ。」
「……はい。」
恥ずかしさを精一杯隠して、かれんは返事した。
衛に自分の顔が見えてなくて良かった、と思う。
衛はそれから何も言わずに、少し速足で工場を脱出した。
34東堂衛のキャンパスライフ ◆KazZxBP5Rc :2010/12/24(金) 21:12:42 ID:b8el1Esw
その後の工場内。目を覚ました西堂は、既に衛とかれんがいないことに、すぐに気付いた。
だが、もう追う気力は無い。
大の字で仰向けに寝転んだまま、西堂は昔を思い出していた。

とある治安の悪い街で、西堂は妹の雪華と共に育った。
母が早くに死に、父は蒸発。引き取る親戚もいなかったため、ふたりは宿を転々とする生活を送っていた。
ある時、ふたりは暴漢に襲われる。
辛くも逃げ切った西堂は、助けを求めて交番に走った。
警察官と一緒に戻ってきたとき、そこにあったのは、妹の無残な姿だけだった。

それから西堂は力を求めはじめた。
しかしその思いはどこか屈折していて、世界征服などという途方もない野望に彼を駆り立てた。
そして見つけたひとりの少女。
『かれんに世界をどうこうする力なんて無い。』
頭では分かっていた。
本当は、妹に瓜二つのその少女を、自分の保護下に置きたかっただけなのかもしれない。

突然、工場に足音が響いた。
「なんや、あんたか。」
現れたのは、ミドルヘアを颯爽となびかせる眼鏡の男、佐々木笹也だった。
「できるだけ利用して、危なくなったら可及的速やかに始末しろと言われていたが……」
歩きながらここまでを言い、倒れた西堂のそばに立ち止まって続けた。
「どうやら毒牙は抜かれたようだな。」
「仕事の方はどうなったんや。」
「お前たちの今回の戦闘で、欲しいデータは採れた。多分あっちにも同じものが行き渡ってるだろうがな。」
一呼吸置いて、佐々木は話題を切り替える。
「提案なんだが、研究生として、俺の下で働かないか?」
数秒考え、西堂は笑って答えた。
「ちょうど夢諦めて暇しとった所や。付き合うたろうやないか。」
35東堂衛のキャンパスライフ ◆KazZxBP5Rc :2010/12/24(金) 21:13:27 ID:b8el1Esw
衛は、かれんと並んで歩いていた。
外に出てしばらくしたら、「もう降ろして」と言われてしまったからだ。
「お疲れ様。」
男の声。いきなり声の掛かった方を、ふたりして見る。
ガードレールに腰かけていた声の主。それは比留間慎也だった。
「君の周りは、まったく面白いね。」
衛は、前に会った時のことを思い出し、身構えた。
「そう怖い顔をしないでくれよ。データを採っただけさ。」
比留間はおどけた顔をしてみせた。
「『能力と魂』、『抑制薬の効かない能力』、今回の事件で『能力の進化と変化』と『世界への干渉』、それから……。」
手元に持っていた小型のノートパソコンをいじりながら列挙する。
「必要なものはだいたい揃ったから、もう首を突っ込まないようにするよ。約束する。」
最後のキーをタンッと小気味好く弾いて、彼はパソコンを閉じた。
その後方、車道で、比留間のいるちょうど真ん前の位置にタクシーが止まった。
車内後部座席には、眼鏡を掛けたスーツ姿の女性が座っている。
「じゃあ……」
比留間は衛とかれんを見比べながら、
「お幸せに!」
愉快そうな声を残して女性の隣に乗り込んだ。

「ま、衛さん?」
タクシーが見えなくなってから、思い出したようにかれんが言った。声が裏返っている。
「う、うん。」
衛も、比留間の最後の言葉に、今まで固まっていた。何が「うん」か分からない返事を、とりあえず返しておく。
不意に、くすぐったい感触がした。
見てみると、かれんの右手が衛の左手を握っている。
「は、早く、ペンキ買いに行きましょう?」
かれんはぐいぐいと衛の手を引っ張ってゆく。
今まで見せたことのないかれんの仕草にどきっとしつつ、衛は、歩を合わせるように足を踏み出した。


第十一話・おわり/最終話へつづく
36東堂衛のキャンパスライフ ◆KazZxBP5Rc :2010/12/24(金) 21:14:09 ID:b8el1Esw
最近の設定紹介

・東堂 衛
《昼の能力》
名称 … インタラクト・フィルター
【意識性】【結界型】
以前の能力が進化したもの。
衛(と服)と世界との間に存在する“相互作用”を、一度にひとつだけ、切り離す。
相互作用とはお互いに影響を与え合うことのできるもの。
切り離された相互作用は、衛から世界に、世界から衛に、双方影響を与え合うことがなくなる。
相互作用の例として“接触”や“光”が挙げられる。
(ちなみに「能力の範囲を無生物に限りどこまでも伸ばせる」というのは無くなっている)


・西堂 氷牙
とある治安の悪い街で生まれ、母、父、妹を相次いで失う(父はどこかで生きていると思われる)。
佐々木笹也の下で研究生として働く(ERDO傘下に入る)こととなる。
《昼の能力》
名称 … スタン
【無意識性】【操作型】
丹下教授から『旅行者』で得た能力。
手首から先に直接触れた自分以外の生物を、有無を言わさず失神させる。


・西堂 雪華(せっか)
氷牙の妹。暴漢に殺される。現在は幽霊。


・個人に帰属しない能力
《昼の能力》
名称 … 旅行者(トラベラー)
【意識性】【変身型+操作型】
能力が目覚めている状態の相手に「『旅行者』と『相手の昼の能力』の交換」の交渉を持ちかけ、相手が同意した瞬間、入れ替わりが完了する。
嘘偽りや脅しによる交渉は無効となる。
名前は、この能力の性質上、「能力が人々の間を渡り歩くことになる」ということから。



以上です!
さて速攻でクリスマスネタ書いてくるか
37創る名無しに見る名無し:2010/12/24(金) 23:07:01 ID:QFFlMdwE
投下乙ー
能力が進化する・・・そういうのもあるのか!
比留間さん何を考えてるか気になる所だ。
・・・所で衛君。もうこの際だからロリコンカミングアウトしちまえよw
38創る名無しに見る名無し:2010/12/24(金) 23:21:31 ID:sEupJyeH
>>24
まさに俺の理想を体現した姿w

>>36
氷牙、そういう事だったのか。
しかし、ダークヒーローかっこいいぜ。
こういうやつ大好きだw
39創る名無しに見る名無し:2010/12/24(金) 23:51:25 ID:sEupJyeH
すまん。ヒーローではなかったか。
40リリィ編 ◆zKOIEX229E :2010/12/25(土) 00:38:27 ID:yI3Lgncn
投下します。

真っ白に敷き詰められた雪の中、私は立つ。
真っ白な空から降り積もる、無限の雪。
きっと、誰かの溜息や涙が天で凍って降り続いているのだろうと私は思った。
どうすれば、この雪を止めることができるのだろう。

「おい、起きろ」

天から声がする。きっと気のせい。
私に雪が降り積もる。ふわふわの雪の中に私の体が埋もれていく。
雪の中は暖かい。ぬくぬくしている。

「起きろ、リリィ=ハーゲンダルク」

天空から巨大な雲の拳骨が落ちてくる。
私の体は雪で埋もれて動けない。避けられない。

ゴツン。

「起きたか?」
「……痛い、ですぅ〜」
頭を押さえて、呻く。
「何度呼んでも起きないからだ」
彼女は腕を組んで、そう言い放った。
私を起こした相手を見る。
銀色の、ぼさっと腰まで長く伸ばした髪。
ウサギのように赤い眼。
灰色の戦闘服で身を包んだ姿。

「シルバーレイン。人を起こすときはもっと優しく起こしてください〜」
「お前の場合、揺さぶっても起きないだろうが」
「それはきっとこの、ふかふか毛布のせいですよ〜」
ほらほらと軽い真っ白な毛布を持ち上げて見せたのに彼女は無視。
ヒドいです。
もぞもぞと動き、ベットからスリッパを履いて出ると寒気を感じた。
目覚まし時計を確認すると、2時半を指していた。

「まだ真夜中じゃないですか!」
「それがどうした」
「良い子はお休みの時間です。リリィは寝ます」
「リリィは悪い子だから起きていても問題はない」
彼女は怖い眼で私を睨み付ける。うう〜。

「ホーローが動いた。仕事だ」
「……」
まぁ、そんなところだと思いましたよ。
「あいかわらず彼にこだわるんですねぇ〜。こんどプロポーズしたら……嘘です!ごめんなさいですぅ!」
ひいぃ。蛇のような眼で睨まれましたよぉ。
「5分やる。準備しろ」
「せめて8分ください〜。5分の間だけ、二度寝するので」
「あと3分」
うう、ヒドいですぅ。
41リリィ編 ◆zKOIEX229E :2010/12/25(土) 02:02:40 ID:yI3Lgncn
「さみぃな……」
肺の奥から吐き出した息が、凍てついた空気の中で凝縮して白い霧となる。
能力の青い霧を従えて、真夜中のビルの上に俺は立っていた。
高層ビルの間を抜ける強い風が、藍色のマフラーをはためかせていた。
頭上を見上げると、満月。月明かりのおかげで、視界は良好。
携帯で情報をもう一度だけ確認する。
敵がいる場所は、目の前のビルの7階。
ゴーストに高額の金を払って仕入れた情報だ。精度は高い。
「さてと……行きますか」
腰から一本の短剣を取り出し、投げる。
向かい側のビルの屋上、旗を立てるポールに突き刺さる。
「……“固有磁場”発動」
右腕を伸ばしたまま、ビルから飛ぶ。
奈落に落下しかけた体が空中で止まり、見えない糸で繋がったように短剣を目指して引き寄せられる。
そのまま、ビルの側面に静かに着地。壁を伝い屋上に到着した。侵入成功。
右腕を強く引き、短剣をポールから引き抜き、回収する。
誰かが見ていたならば、サイコキネシスのように見えただろう。
「……“固有磁場”解除」
左腕の三本の時計の、真ん中の時計を起動させ、再起動時間の計測を開始する。
多用ができない機能だ。
監視装置に気を遣いつつ、排気口から侵入するため屋上の空調装置を目指した。
42リリィ編 ◆zKOIEX229E :2010/12/25(土) 02:26:12 ID:yI3Lgncn
「『こちら警備室。定時連絡。午後2時半、異常なし』」
たりぃ仕事だと、濱野は思った。
素行の悪さが原因で、第七研究所に異動になった時には肝を冷やしたが、警備員という楽な仕事で助かった。
この第七研究所は良い噂を聞かない。
聞けば、ここに異動になったやつは3年以内に死ぬという噂まで流れていた。
確かに廊下でスレ違うやつらは胡散臭い格好をしているが、身内を殺すことはないだろうと思う。
(だって俺たちは正義の味方だぜ。正義の味方が仲間を殺すわけがねぇじゃねぇか)
タバコを吸いながら、だらけた姿で画面を確認していた。
ガシュッと音がして、後ろの自動ドアが開く。
「んあ?交代の時間か?……」
間抜けな声を出して、次の瞬間後悔する。
「え……エデンさん」
すぐさま直立不動の体勢をとり、敬礼する。しまった。室内がヤニ臭い。
「映像を出せ。屋上だ」
「は、はい」
震える手で端末を操作する。やばい。やばいぞ。
「私の“気配を察知する”能力では、誰も検知していませんが……」
「5分前の映像を流せ」
頭をフル回転させ、忘れかけていたやり方を思い出す。そうだ、こうだ。
「こ、これですが……な、何も映っていないと思いますが」
「そこだ、止めろ。……画面右上端の色が違う。これは……青色だな」
それは数ビットにも満たない違い。画面に目を近づけてようやく確認できるかどうかの違いだった。
「あ、も、もうしわけございません!」
深々とお辞儀をする。頼む、許してくれ。
「えーと……警報装置はと、これかよ」
俺を無視して警報を出すらしい。良かった。やっぱり正義の味方だよなぁ。
と、油断していた俺の首元を握りしめられる。
「ぐっ……!」
「寝ぼけてんのかよ、テメぇ」
喉を圧迫されながら、両脚が浮き上がるのを感じた。
片手で80キロある俺の体を持ち上げられている!
「す、すびばせ……」
「目ぇ覚ましとけ……オラ!」
そのまま俺の後頭部を警報装置に叩きつけられ、俺は意識を失った。

警報が鳴りびく。赤いランプが狂ったように回転している。
「起きたかよ。って、死んだか」
警報装置には赤い血の華が咲いていた。
「『ドグマのホーローに勇敢に立ち向かって死にました』っと。新聞記者にはこんな説明でいいか」
右手で携帯にメモしながら、左手で後ろの頭を掻く。
ドレッド風に巻かれた長い髪と、緑色のバンダナ。
多種多様の銀のアクセサリーで修飾されたジーパンに、黒光りする革のジャンバー。
その背中には、銀の髑髏が嗤っていた。
その男は警備室のマイクに向かってこう言い放つ。
「『こちら警備室。エデンだ。敵が侵入した。おそらく“ドグマ”のホーロー。目的は不明。
  てめえら、“機関”の誇りにかけて、15分以内にブッ殺せ』」
43リリィ編 ◆zKOIEX229E :2010/12/25(土) 02:27:01 ID:yI3Lgncn
投下終わりです。
書き込み時間が異様に長くてすみませんでした。
44リリィ編 ◆zKOIEX229E :2010/12/25(土) 04:43:13 ID:yI3Lgncn
排気口から、倉庫らしき場所へと静かに降り立つ。
書類の束や、段ボールが綺麗に積まれている場所だった。
天井に吊された監視装置に気をつけながら、スチール棚に身を隠しつつ進む。
左腕にはナイフ。敵がくれば、いつでも対応できるように。
この特注のナイフは、高熱のプラズマからスタンガンレベルの電流まで電圧を変えて流すことが可能だ。
倉庫のドアに近づき、ドアのロックをナイフで素早く焼き切る。
開けたドアから廊下の様子を確認する。
磨かれた大理石と、明るい廊下が続いていた。人の気配はない。
転がるように外へと飛び出し、斜め向かいの会議室へと素早く入り込んだ。
(監視装置に見つからないルートか。ゴーストめ、どうやって情報を手に入れたんだ?)
軽い疑問を持ちつつ、得た情報通りに行動する。
会議室の右奥、鋼鉄の壁を力づくで焼き切ると、壁の中にコードがあった。
(赤と緑の配線。これか)
ナイフで切り、配線に手のひらサイズの解析装置をセットする。
上手くいけば、これで監視装置がダウンし、エデンがいると思われる研究室のロックが解除されるはずだ。
解析装置が緑色に点滅しながら動いている。
警戒を続けながら、俺は今回の任務について考えていた。
俺が与えられた任務は、脅迫、もしくは証拠を上げ公共の敵として社会から抹殺することだった。
任務を受け、脅迫や強奪だと言われて最初はうんざりしたが、結局、俺は任務をやり遂げていた。
それは何故か。そいつらは胸くそ悪くなるような偽善者で、自分を悪と認められない悪人だった。
犯罪を犯した子供を、臓器売買の組織に売っていた警察官などは、あやうく殺しかけた。
だが俺は、そのことを一度も後悔していない。
俺も“ドグマ”という悪に染まってしまったのか。最近の見る悪夢と相まって、自己嫌悪気味だ。
緑のランプが点灯する。これで、研究室に忍び込める。
(今回もどうか敵が、俺が殺したくなるような悪人であってくれればいい)
静かに願った。
暖房が効いていない部屋のせいか、俺の左手が細かく揺れた。
45リリィ編 ◆zKOIEX229E :2010/12/25(土) 04:45:18 ID:yI3Lgncn
終わりです。
そろそろ始発くるかなぁ。
46創る名無しに見る名無し:2010/12/25(土) 09:55:10 ID:uCb4u4lu
ついにタイトルの子が登場か、どんな立場なんだろう
エデン…こいつはやべぇな。ホーローとの激突に期待
47創る名無しに見る名無し:2010/12/25(土) 18:50:37 ID:fmVL1g0m
リリィちゃんかわいいなw
さてと、嘘予告のつもりだった劇場版の本編とか投下しちゃいます
なお嘘予告から内容が結構変わっております。そしてとても長いです。ほんとに小ネタかよという
くらい長いです。また途中でグダっておりますw
以上に注意してお付き合いください
48劇場版 ◆EHFtm42Ck2 :2010/12/25(土) 18:53:32 ID:fmVL1g0m
 12月24日、クリスマス・イブ。列島の子どもたちがこの日、期待に心躍らせて待ち焦がれる人物と言えば……
そう、もちろんあの人。血のように赤いコートを着込み、何の罪もないか弱き草食動物に鞭を入れて無理矢理そ
りを引かせ、それでいて何食わぬ顔で人のよさそうな微笑を浮かべてプレゼントを配るあの老人のことだ。少な
くとも10年以上前のこの国であれば、きっと誰もが自信満々に、時にはドヤ顔まで浮かべてそう断言したことだろう。

 翻って現在。この質問を街頭インタビューしてみたとしたら、きっと多くの人は頭を抱えて悩み、逡巡することと思う。
 その懊悩もまた、チェンジリング・デイがもたらしたひとつの破壊なのだ。「クリスマス・イブに子どもたちが
待ち望むサンタクロース」という既存の価値観の破壊なのだ。

 大袈裟? 否、少しの誇張もないつもりだ。自信満々でそう言えるほど、「その人物」は人々の記憶に鮮烈なデ
ビューを果たしていたのだから。彼はすでにサンタクロースに代わり、クリスマス・イブという言葉から連想される
人物の筆頭に躍り出ているのだから。
 歴史と伝統という確たるバックボーンさえ、強烈なインパクトとカリスマ性を前にしては無力なお飾り、形骸
でしかないということを、図らずも彼はその存在を以って証明してしまったのだ。

 ある人は彼をただの迷惑な存在としか思わないだろう。ある人は彼に畏怖の念を抱くだろう。またある人は、
彼を熱狂的に支持するだろう。およそ人々の中で、彼に対する認識の正負が一致していることはまずあり得ないし、
この先その一致が取れるなんてこともまずないと言える。

 だが所詮そんなことは問題ではない。人々の評価や意思など、彼の知ったことではないのだ。誰かが望むと望ま
ざるとに関わらず、好むと好まざるとに関わらず、彼は必ず来る。そこには約束などなく、また予告も布告もあり
はしない。ただ彼一人のみの意思が、強固なる悪意のみが、彼を突き動かす。だからこそ、彼は必ず来る。

 12月24日、クリスマス・イブ。世人がこの日を祝福する限り――その男は、必ず来る。


 『劇場版Changeling・DAY 〜バフ課壊滅! 漆黒が蝕む聖夜(イブ)予兆編〜』
49劇場版 ◆EHFtm42Ck2 :2010/12/25(土) 18:54:19 ID:fmVL1g0m
【午前9時43分 バフ課】

「おはろーございまぁぁぁっす! バフ課2班の皆々様方、アハッピーメリメリークリスマァァァス!」
 陰気に薄汚れた一室の小汚くくたびれた扉が勢いよく開くなり、その勢いそのままにぶっとんだテンションの
男が、湿気たクラッカーを鳴らしながら室内に飛び込んでくる。
 そのまま数秒の間。そこにいる誰一人として声を発さず、身動き一つさえしない。時間が止まってしまったよ
うな時が、その場に流れていた。

 氷結の時を破ったのは、バフ課2班副隊長、code:ラヴィヨンの間の抜けた声だった。
「ちょ、ちょっちょちょちょっとシェイドさん! いきなりなんッスか! なんでそんなテンションなんスか!」
「なんで? ちょっとーラヴィラヴィ冗談きついって! 今日はクリスマス・イブでしょーが! 聖夜よ、せ・
い・や! ちなみにある特定の関係にある男女にとっては性夜ね、せ・い・や! またの名を精夜……ってこれ
やば! さんずい偏つけたらまんまやないかーい!」
「うわウザッ! シェイドさんそのテンションかなりウザいッス! でもってやっぱりそのテンションの上がり
方が理解できないッス。シェイドさん今彼女いないでしょ」
 
 とラヴィヨンが口走った瞬間、振り切れるほどマキシマムなノリで現れた男、code:シェイドのテンションが、
端から眺めるだけでも丸わかりなほどにしおしおと萎んでいった。その様はまさに夏祭りでゲットした後にすっか
り忘れて放置してしまった水風船さながらのくたびれようである。事実というのは時に残酷なほど無情に的確に、
人の心を容赦なく傷つけ抉るものだという認識が、このまだまだ青い2班副隊長には不足しているようだ。

「フン、毎度のこと貴様はなんでそうのんきなんだろうな。クエレブレもそんな調子か?」
 ラヴィヨンの背後、このしみったれた一室にあるこれまたしみったれたボロいソファに腰掛けたままの男が、
しかめっ面をしながら気だるげにそう言って会話に割り込んでいく。バフ課2班隊長、code:シルスクだ。

「やっだなあもうシルスクたいちょったらそんな怖い顔しないでくださいよー。ちゃーんとわかってますって!
今日は12月24日クリスマス・イブ! 去年と一昨年とシルスク隊長が惨敗を喫したアイツが来る日ですもんね!」
 あっさりテンションを取り戻したのか、屈託ない笑顔を浮かべてさらりとそう言いのけるシェイド。挑発する
かのようなその発言にあたふたと盛大に焦る青い副長と対照的に、当人であるシルスクは落ち着いていた。

「シェイド。他人事のように言ってるが、あれは俺だけの敗北じゃない。バフ課そのものの敗北だ。いや、完敗
だった」

 そこまで言ってシルスクは、テレビのリモコンを手に取った。電源を入れて適当にチャンネルを変えると、やや
興奮した面持ちで臨時ニュースを読み上げるニュースキャスターが映し出される。まったくの余談だがニュースキャ
スターは美人だ。

『……ただいま入ってきたニュースです。「Mr.ブラックスノー」率いる「黒雪だるま軍団」が、いよいよ首都圏
付近まで迫ってきているとのことです。一団は主にカップルに嫌がらせを行いつつさらに南下。東京の中心街に
達するのも時間の問題と見られています。万全の警戒を……』

 シェイドの言う「惨敗を喫した」相手。自身が言う「完敗した」相手。まさにその人物の来襲を知らせる速報。
それを険しい顔でひとしきり眺めた後、シルスクはひとつ「ふう」と息をついてからぽつりとつぶやく。
「今年は……どうなるかな」

 成分の大半が不安で構成されたそのつぶやきをよそに、テレビは未だ、怪人接近の臨時ニュースを垂れ流し続けていた。
50劇場版 ◆EHFtm42Ck2 :2010/12/25(土) 18:56:36 ID:fmVL1g0m
【午前11時18分 厨二少年とその保護者】

 12月24日。暦の都合上、この日都内の中学高校の多くが2学期終業式を迎えていた。岬陽太の通う中学校も、そ
んな凡百の中学校のひとつだった。

「ふぃ〜、終わった終わった! 明日からはふっゆやっすみっと!」
「嬉しそうだねー陽太。冬休みの宿題はちゃんとやんなよ?」
「ぐはっ! おい晶、まだ冬休み前日だってのに冬休みの宿題の話するなんざフェアじゃねえぞ! 100メートル走
でフライングするようなもんだぞ! そんな話は冬休みに入ってからにしてくれよな」
 
 ややプチサイズめな岬少年と、その年上幼馴染でかなりトールサイズめの少女、水野晶。終業式後まだ正午にも
ならない街中を歩きながら、いつも通りの他愛ないやりとりを交わす。翌日からは冬休みという気安さもあって、
二人でぶらぶらとイブの街を特に当てもなく散歩している。

 赤。緑。リース。ツリー。夜には電飾。今街はすっかりクリスマス一色に染め上げられていた。どこを見てもク
リスマス気分というその様に、陽太は苦い顔を作りながら吐き捨てるように言う。
「ったくよお。ほんっと日本人って節操ねえよな。クリスマスがどういう日かってことをちゃんと答えられるやつ
が一体どんだけいるんだか」

 それが独り言なのか、隣を歩く晶に向けられた言葉なのか。発言した本人の意識は別として、晶は無言のままだっ
た。ただ微笑を浮かべて、陽太のしかめっ面にチラチラと視線を送っていた。

「クリスマスにしたってバレンタインにしたって、あんなもん商売屋の作り出したまやかしだろうが。乗せられて
扇動されて浮かれちゃってるだけだってことにみんな気付けって話だぜ」

 晶が答えるかどうかに関係なく、陽太の独白は続く。晶はわかっていた。自分が答えを返してもそうでなくても、
遅かれ早かれ陽太は同じ発言をするんだと。
 晶は知っていた。この小さな幼馴染がクリスマスという日を毛嫌いしていることを。
51劇場版 ◆EHFtm42Ck2 :2010/12/25(土) 18:57:29 ID:fmVL1g0m
 彼の両親は、ほぼいつでも海の彼方の地に飛んでいる。彼がクリスマスを両親とともに過ごしたのは、確かチェ
ンジリング・デイの起きたあの年が最後のはずだと、晶は記憶していた。
 そんな背景があるから、晶ははじめ、陽太のこういった発言は寂しさの裏返しだと思っていた。隕石落下という
大災害を経ても、子どもを一人置いて海外を飛び回る両親への憤りなのだと思っていた。

 結論から言うとそれは違っていた。陽太の両親は毎年のクリスマス・イブ、彼の元へとクリスマスプレゼントを
送ってくれていたのだ。それを知った時晶は、やっぱり彼の両親はちゃんと一人息子のことをいつでも気にかけて
いるんだと少し感動したのだった。が、実は陽太がクリスマスを毛嫌いする原因はそのプレゼントにこそあったと
いう事実を、晶は割と最近知ることとなった。その詳細については、残念ながら尺の都合上割愛させてもらう。

 去年の陽太のクリスマスプレゼントはなんだったっけ? そんなことを思う晶の隣りで、陽太は相も変わらずク
リスマスへの呪詛を唱え続けている。それを遮って晶は
「うーん、じゃあ陽太。うちは今年も商売屋に乗せられて煽られて浮かれちゃってクリスマスパーティやるんだけ
ど、その様子じゃ陽太は来ないよねー。ざーんねん。お母さん『陽太くんの大好物作らなきゃ!』ってはりきって
たんだけどなー」

 いたずらっぽい笑みを浮かべて言った。そして誰もが期待する通り、陽太少年はわたわたと焦り出す。
「お、おい待てって! それとこれとは話が別だ! 行く! 行きます!」
 必死である。予想と期待をまるで裏切らないその反応に内心満足して、晶は助け舟を出してやることにする。
「はーいはいわかったわかった。じゃあこれから食材買い出しに行くから、陽太手伝ってね。早いうちにすませ
ちゃいたいしさ」

 そう言って晶は、何気なく空を見上げた。冬の空らしい、少し薄めの空色が広がっている。今日はホワイトクリ
スマスにはなりそうにないな。そう結論付けて、晶は陽太と二人、クリスマスに浮かれる街を歩いて行く。
 
 街はまだ、穏やかだった。
52劇場版 ◆EHFtm42Ck2 :2010/12/25(土) 18:59:28 ID:fmVL1g0m
【午後12時51分 不純なピーターパンの歓喜】

「ムフ、ムフフ、ムホホホホホホホ……」
 12月24日、加藤陸を包むもの。狂喜、歓喜、興奮、狂乱、愉悦、ひとまわりして再度狂喜。

「ムフ、ミニスカサンタ……なんと甘美なる響き。ミニスカなのにサンタ。サンタのくせにミニスカ。寒空の下
太腿とヘソを露出させるという風邪引きルートまっしぐらな格好で鳥肌を立たせながらも気丈に微笑むあの健気な
姿よ……ムフッ、ムフフフフゥ」

 都内某所。列島のオタクたちが集結する、オタクのホームグラウンド的街。その只中で、ミニスカサンタご出
演のイベントが行われるようになったのは、もう何年前の話だろうか。特別オタクの気はない陸だが、イベント
草創期から欠かさず通っている筋金入りのミニスカサンタフェチである。

「しっかし今年のサンタたちはみんなレベルが高いな。あ、こいつパス、って娘が一人もいないじゃないか……って
おいこら邪魔だどけこのピザが! ったくこの姿じゃああんまよく見えないんだよな」
 視界を塞いでくるでっぷりした観客に手加減一切なしのローキックをオラオラとお見舞いしながら、いらだちを
隠さない口調で呟く。

 加藤陸は昼間、自身の能力を使って少年の容姿を取っている。それは単なる偽装でもあり、また子どもに対して
はどんな人間だって甘いものだという計算によるものでもあるのだが、この時ばかりはそれが裏目に出てしまった。
黒山の人だかり、しかもその9.5割が野郎ということになれば、体の小さな陸はもうそれに飲まれて揉まれるしかない。
 それでも、陸の胸には確固とした確信と希望があった。

「へっ、まあいいよ。遠くから眺めるなんてのは前戯ですらないさ。本番はこの後、『プレゼント手渡し会』なんだからな」
 そう独りごちて、にやりとほくそ笑む。それはあまりにも外見年齢に不相応な、欲望を包み隠さずフルバースト
したような陰湿な笑顔だった。

 プレゼント手渡し会。一連のミニスカサンタイベントにおいて一番盛り上がる、ハイライト的催しである。さてど
んなイベントなのかと言えば……なんと、こともあろうにミニスカサンタがプレゼントを手渡ししてくれるのである!
そんな催しだと予想できた方が果たしているだろうか。いや、きっといないだろう。
 そんな夢幻のようなイベントにおいて、陸は虎視眈々と機会をうかがっていた。規律正しく順番待ちをしていたとも言う。

 陸は辛抱強く待った。自分の番が来るのをおとなしく待った。待っていれば必ず順番が来るのだから当然と言えば
当然だが、高まる欲望を抑えるのはなかなかに困難を極めた。
 そうしてそろそろ陸の番、というところまで来て、陸は何かがおかしいと感じた。それは完全に直感、ただの勘でしか
なかったが、こういう時の自分の勘はたいてい正しいこともまた、陸は知っていた。

 陸の全意識は今、彼の前でプレゼントを受け取ろうとしている男に向けられていた。頭のてっぺんから足の先まで、
その後ろ姿を穴だらけになるほど凝視する。
 そうして、陸は見つけた。自身が抱いた違和感の正体を。その男のつま先に光る何かを。
53劇場版 ◆EHFtm42Ck2 :2010/12/25(土) 19:00:52 ID:fmVL1g0m
 瞬間、陸は決めた。この男は処刑だ。社会的に消さなければならない。婦女子のスカートの中を盗撮するなど、紳士
としてあるまじきこと。陸の中で錆びつきかけていた道徳の歯車が、俄かに稼働を始めた。過去に自分が似たようなこ
とをしたことなどは、すっかり意識からこぼれていた。

「ねーねーおじちゃん。おじちゃんの靴のつま先、なんで光ってるの?」
 不審な男の背後に詰め寄って、あくまでも純真な子どもを装いながら、処刑執行の言葉を唱える。それだけで男はみる
みる青ざめ、
「おぎょおおぉぉぉううぅうぅおおぉおおぉぉぉうぅおおおぉんっ!」
 と世にも不気味な叫び声を上げながら、小さな陸を突き飛ばし、何事かとざわめく人並みへと勇敢に特攻をかまして
いった。突き飛ばされて派手に倒れた陸にはそこから先確認はできなかったが、遅かれ早かれ確保されるだろうと思っ
ておくことにした。

「はあ〜あ。なーんかシラケちまったな」
 起き上がりながらの呟きは、今の正直な気持ちだった。無理もない。この催しへの熱意に、セコい犯罪ひとつで水を
差されたのだ。まして目の前にいるのは盗撮されかけたミニスカサンタ。さらなる悪戯と辱めを加える気には、今の陸
はなれなかった。

「ねえ僕……? 次、君の番だよ。こっちおいで。プレゼントあげる」
 少しセンチになっていた陸に、呼びかける声が聞こえた。言うまでもないがミニスカサンタである。盗撮されてたって
のに気丈な子だなと、陸は素直に感心した。せっかく呼ばれたんだからと、陸はとことこと近づいて行く。

「僕、お名前は?」
「え? あ、り、陸だよ」
「陸くん、いい名前だね。じゃあ陸くん、メリークリスマス!」
 真冬でもこんな綺麗な花が咲くんだな。そんな鳥肌が立つほど寒い表現を陸がしたくなるような華やかな笑顔で、ミニ
スカサンタは陸にプレゼントを渡してくれた。やや間があって、彼女は少し頬を赤くして言う。

「陸くん、ありがとう助けてくれて」
「へ? い、いや、何のこと?」
「あはは、わかんないか。でも嬉しかったよ。陸くんがもう少し大人だったら、好きになっちゃったかも」

 この年の12月24日。加藤陸は能力によって少年の姿になっていたことを久しぶりに本気で後悔した。
 
 街はまだ、穏やかだった。



【午後2時04分 薄幸のハーフ少女と猫耳男】

アルシーブ「前スレ432あたりを読むといいです! 本作者さんのかわいらしくて幸薄いアイリンちゃんがそこにいる
です!」
54劇場版 ◆EHFtm42Ck2 :2010/12/25(土) 19:02:16 ID:fmVL1g0m
【午後2時24分 ツインテールと三つ編みと】

 クリスマス仕様の装飾が施されて、普段よりも華やいだカフェの店内。八地月野はさわやかな男性店員が届け
てくれたホットキャラメルラテをかき混ぜながら、向かいに座る友人の愚痴に耳を傾けていた。

「かはあぁぁあぁあぁぁぁ……もうほんとやんなるねぇ……右を向いても左を見てもカップルカップルまたカッ
プル。男同士かと思わせといてやっぱりカップル。はあぁあぁぁやっちいぃぃぃ」
 恨めし気な声で呪詛めいた言葉を吐いているその友人の名は、吉野小春。2学期の終業式を終えた後、月野は
彼女に誘われてクリスマスの街をぶらぶらしていたのだが、あまりのカップルの多さに小春が「人酔い」ならぬ
「カップル酔い」状態になってしまい、じゃあちょっと休憩しようかということになって、今に至る。

「別に私はさ、カップルで過ごせてうらやましいなーとか、私も彼氏と一緒に過ごせたらなーとかそういうつも
りで言ってるんじゃないんだよ? でもさ、まわりはそう見てくれないじゃんきっと。「あ、こいつ彼氏いない
んだなかわいそププッ」とか思われてそうだもん。それがいやなだけなんだよ。別にいないならいないで楽しく
過ごせるっつーの」

 忌々しそうな表情で小春は一気にそうまくしたてて、注文したホットロイヤルミルクティーをぐびりとあおる。
なるほど、これが「やけロイヤルミルクティー」、飲まなきゃやってられっか! ってやつだねと、月野はその
様子を自身の記憶の「微笑ましいものアルバム」に加えることに決めた。

「ん〜ん、なんか私が一人で愚痴ちゃってるけどさ。やっちーはなんとも思わないの?」
「ん? 何がかな?」
 ミルクティーをぐびり終えた小春が、唐突に月野に話役を振ってきた。とりあえず、月野はすっとぼけておく
ことにする。別段意味があるわけではない。むしろこれは月野と小春の間で交わされる定番のやりとりのひとつ
だ。会話のキャッチボールではなく、ピッチャーとバッターの関係である。

「かはあぁぁあぁぁぁ……八地月野さんや。わたくしめの話を聞いていらっしゃらなかったのですか?」
「うん、聞いてた聞いてた」
「うむ。じゃあそれについてやっちーの意見を述べたまへ」

 眉間にしわを寄せ腕組みをして、頑固親父のような雰囲気を作ってそう言う小春。女子高生としてはかなり小
柄に分類される小春がそんなことをしても威厳も迫力もまるで現れてこず、小学生が大人ぶっているくらいにし
か見えないのだが、本人的には結構様になっていると思っているらしい。そういう少し子どもっぽくておバカっ
ぽいところがハルの可愛いところなんだけどねと、月野は眼前の頑固親父を眺めながら思う。

「う〜ん、まあハルの話にはだいたい賛成するよ。えーと、なんていうのかな……恋人って「作る」ものじゃな
いと思うし……そんなに急ぐこともないんじゃないかなーと」
 人当たりがよく誰とでもすぐに仲良くなれ、その上容姿にも恵まれた月野は、男子から告白されるという経験
をそれなりにしてきている。そしてまたそれらをことごとくブレイクしてきていた。その有象無象の中にはサッ
カー部のイケメンキャプテンやら金持ちのイケメン御曹司やらも含まれていて、その度に月野は友人たちから「もっ
たいない」だの「理解不能」だのと小言を言われてきた。

 月野からすれば「もったいない」というだけで好きでもない、そもそもよく知りもしない男子と付き合うほうが
「理解不能」だった。そんな調子だったから彼女自身、恋人なんて当分はパスかなー、なんて思ったりしている。
 
「ハルと一緒のクリスマス、楽しいもん。楽しければそれが正義だよ。ジャスティスなんだよ」
「……やっちー、そんな眩しい笑顔しないでよ。クラッときちゃうよ」
「えー、ハルにクラッとこられても困るなー」
 
 女の子二人、そんな他愛ないことをだべりながら、カフェでの時間を過ごす。注文した飲み物のカップが空になっ
た後も、二人はしばらくの間そこで取り留めなく語り、一緒に笑い合った。
55劇場版 ◆EHFtm42Ck2 :2010/12/25(土) 19:03:43 ID:fmVL1g0m
「んー、だいぶ長居しちゃったねー。ハルも元気になってめでたしめでたし……ん?」
 さんざんだべった二人がようやくカフェを出たちょうどその頃。街には微かに、しかし確実に異変の足音が響いていた。
 その異変の元凶を、二人はすぐに知ることとなった。

「黒雪だるまだあぁぁぁ! 黒雪だるまが出たぞおぉぉぉ!」
 まあどこぞからこんな叫び声が聞こえてきたのだから、そりゃ嫌でもわかるという話だ。

「……ハル、聞いた? 黒雪だるまだって」
「うん、聞いた。黒雪だるまらしいね」
「さて、どうしようか?」
「やっちー、ヤボだねあんた」

 小春はそう言うと同時に、その小さな体を低く構える。その姿勢こそが、月野の問いに対する答えになっていた。
好奇心の塊吉野小春が、こんな珍事に対するスルースキルなど養っているはずもないのだ。

「いっくよーやっちー! 黒雪だるま目指してレッツ&ゴーってぎゃぽっ!」
 クラウチングから勢いよくスタートした小春の進路を、堂々と遮る黒い何者か。小春は真っ向からそれに激突、
小さな体は見事な弧を描いて弾き飛ばされた。ふてぶてしくもどこか可愛らしいフォルム。真っ黒い雪だるまが一体、
そこに鎮座していた。

「ハルっ、だいじょぶ!? く、黒雪だるま……こいつ今空から降ってきたよ雪だるまなのに!」
「や、やっちー……黒雪だるまを、馬鹿にしちゃ……ダメ……がくっ」
「ちょ、ちょっとハル! 「がくっ」って発音しない! ふざけてないで起きてよ! 黒雪だるまが……あれ? 嘘、何これ?」

 その時、月野は思わず目をごしごしとこすっていた。そんな行動は漫画やアニメの世界でしかしないと思っていた
のにだ。それぐらい、彼女の瞳に映った光景は不可解だった。
「ふ、増えてるうぅぅ! 黒雪だるまが細胞分裂しちゃってるうぅぅ!」

 目の前に一体しかいなかったはずの黒雪だるまが、いつの間にやらその数を増やしていたのだ。総勢ざっと20体。
そのどれもが表情のない丸い顔を、月野と小春に向けている。ちなみに一応解説しておくが、決して細胞分裂では
ない。単に最初の一体が仲間を呼んだだけである。

「こ、これはさすがにまずそうなよかーん。ちゅーわけでハル起きろ! 逃げるよ!」
「ああんやっちー待ってよー!」
 必死さがにじむその声を聞き流しつつ、月野は背中側、黒雪だるまがいない側に向けてかけ出す……が、しかし。

 ぼよよ〜ん。そんな間延びした擬音がしっくりくる動作で、数体の黒雪だるまが一斉に跳躍。5メートル近い高さ
まで飛びあがり、どすんと重量感ある音を立てて華麗に着地。着地点はもちろん、月野たちの進行方向を断ち切る
位置だ。
56劇場版 ◆EHFtm42Ck2 :2010/12/25(土) 19:05:42 ID:fmVL1g0m
「ちょっと、こいつら私たちを敵性認定しちゃってる感じ!?」
「あー……やっちーが「雪だるまなのに」とか言ったからじゃない?」
「ハルが体当たりかましたからかもしんないでしょ!」
「やっちーったらあー言えばこう言う。ま、今はじゃれ合ってる場合でもないよね。正直身の危険を感じるよ。まずは突破だね」

 そこまで言うと小春はごそごそと鞄を漁り始める。小春が何をしようとしているかが月野にはすぐにわかったから、
月野は小春の背後へそそくさと移動する。

「お。あったあった。さって、んじゃ黒雪だるまくん達、大人しくしててね。とびきり派手なの一発、お見舞いするから」
 その言葉を理解しているのだろうか、黒雪だるまたちはみんな行儀よく大人しくしていた。しかし無表情なのは相
変わらずで、月野にはそれが気味悪く感じられた。
 そんな思いの月野をよそに、小春は鞄から細長い物体を「じゃきん」と小学生のようなSE付きで取り出す。そしてそ
れをおもむろに――自身の鼻の穴へと突き刺した。

「へっへっへ。いっくよー黒雪だるまくん達。これが私からの、クリスマスプレゼントだよ……ふっ、ふぇっ、へっ……」
 どうやら「来た」ようだ。小春の能力によるこの一撃で、たぶん道は開く。月野は少し安堵していた。
 結論から言ってそれは甘かった。その一撃が繰り出されるまで、黒雪だるま達全員がいい子にしていてくれる保証
などどこにもなかったのである。
 
 それでも一体の黒雪だるまが大きく跳躍するのが目に入った時、月野の体は自然と動いていた。黒雪だるまがそ
れなりに知能を持っていることを、月野は知っていた。ならこの状況で狙われるのは小春しかいない。
「ハルっ危ないっ」
 叫ぶと同時に小春の小さな体をどんと前に突き飛ばし、自身はすぐに後方に飛びのく。その直後。どしんと重い
音を立てて、黒い雪の塊が月野の目の前に落ちてくる。

 黒くても、所詮は雪。そう念じながら、月野は意識を込めた右手で黒い雪だるまを一撫でする。苦悶に顔を歪め
ることも、断末魔の叫びを上げることもなく。ただ微かに涼やかな音だけを残して、黒雪だるまはあっという間に
溶けてその姿を消した。

 よかった、ちゃんと効いて。一瞬だけそう気を緩めたが、すぐに意識を前方に戻す。全てを決める小春の一撃。
今まさに、それが放たれようという瞬間だった。

「ぶふああぁあぁっくしょおぉぉんっ!!」
 小春のじゅうぶんにチャージの効いたくしゃみが開放されると同時に、その前方に強烈な衝撃波が発生。10トント
ラックでも吹き飛ばせそうなその威力は、重量感ある雪だるまの群れさえものともせずなぎ倒し、黒雪だるまが形成
した包囲網に見事な風穴を穿った。

「よしっハルお手柄! 超かっこいいっす! さあさっさと逃げよう!」
「うう、待ってやっちー。鼻水が……」

 青っぱなを垂らした小春の腕を引いて、月野は走り出す。黒雪だるまは、思っていたほど可愛い存在ではなかった。
この年のクリスマス・イブ。月野はそのあまり知りたくなかった事実をしっかりと胸に焼き付けた。

 侵蝕の足音が、鳴り響いていた。
57創る名無しに見る名無し:2010/12/25(土) 19:08:46 ID:fmVL1g0m
いったん終了。長いだろ…?これ、まだ予兆編なんだぜ…?
ネタが新鮮なうちに次も投下したいと思います
さてとカップルだらけの街に一人で出かけてくるか…orz
58創る名無しに見る名無し:2010/12/25(土) 22:18:23 ID:cmyown5i
今週はどうしたんだ? 投下ラッシュ過ぎるw
風邪引いてダウンしてる自分には嬉しい限りですがw

>>44
リリィさんついに登場。彼女がいる機関も非常にヤバそうな組織っぽいな
そんな所に一人で潜入するヨシユキがどう活躍するかwktkだ

>>48
ついにきた劇場版! ああ、みんな楽しそうだなぁ
そんな中の黒雪だるまの侵略にどう行動するか期待が高まるね
59創る名無しに見る名無し:2010/12/25(土) 22:51:09 ID:uCb4u4lu
ほのぼのとしてていいなぁ
これがこれからMr.黒雪が来ることでどうなるのか…

さて、こちらもクリスマスネタ投下です
60ロリー・クリスマス ◆KazZxBP5Rc :2010/12/25(土) 22:51:58 ID:uCb4u4lu
12月25日。
ショーウィンドウにはどの店にもクリスマスツリーやサンタクロースがあしらわれている。
夜になると綺麗にライトアップされるが、残念ながら今は昼である。
特に予定が無くても、街中を歩いているだけできっと何となくワクワクする。はず。
この大通りを一組の男女が歩いていた。
一人は、もはやロリコンと断言していいはずの大学生、東堂衛。
もう一人は、そんな衛と同棲中でもう確実に両想いなくせになんだかまだ微妙な距離を保っている、平均よりちょっと小さめな中学生、鬼塚かれん。
傍目には、二人はちょっと歳の離れた兄妹に見えていたことだろう。

大通りに突然緊張が走る。
「黒雪だるまっ!」
説明しよう! 黒雪だるまとは、とある変態が能力で作り出した兵士で、クリスマスイブに主にカップルとかに嫌がらせをするぞ!
今現れたこいつはその残党らしい。
やっぱりカップルとかに嫌がらせをしながら、大通りを闊歩している。
そして衛たちに近づいて……スルー。
「無視するなーっ!」
黒雪だるまには、二人はちょっと歳の離れた兄妹に見えていたことだろう。
もう怒った、と言わんばかりに衛は飛び上がった。だいたい10メートルくらい。
冗談とか誇張ではなく、本当にそれだけ飛び上がった。
衛の能力で重力を無視すると、地面を一蹴りするだけでどんどん空へと昇っていくのだ。
まあそういうこともできる能力だと思っておいてください。
とにかく次へ進もう。
衛は十分な高さで能力を解除した。
当然、落ちる。
その先には黒雪だるまの姿が。
「ニュートン・キィィィーーーーック!」
なんか適当に考えた技名を叫びながら、黒雪だるまに蹴りを入れる。
黒雪だるまは潰れた。
憂さ晴らし、終わり。
61ロリー・クリスマス ◆KazZxBP5Rc :2010/12/25(土) 22:52:40 ID:uCb4u4lu
「メリー、クリスマス!」
四人の声が重なり、クラッカーが鳴る。メンバーは衛とかれんに、衛の友人の静岡幸広と川端輪だ。
いつものメンバーマイナス某外国人教員。
「先生も来ればよかったのに。」
「年末年始は国で家族と過ごすんだって。」
この祭りの元祖であるキリスト教徒の間では、クリスマスもそういう日であるらしい。
「それはともかく、早く食おうぜ。待ちくたびれた。」
幸広が本音をこぼす。
四人の前にはわりと豪華なランチが並んでいた。
鶏とか、ケーキとか、シャンメリーとか。
「そうだね、じゃあ適当に。」
輪の適当な合図でパーティが始まった。
身内同士ならこんなものである。
食べたり、喋ったり、パーティゲームで遊んだりして、彼らは楽しいひとときを過ごした。

パーティも終わりが近づいてきた頃、輪が紙袋を取って、言った。
「かれんちゃん、預かってたもの、返すね。」
「あ、はい。」
なんだろう、と思う男性陣二人。それはそのまま衛に差し出された。
「クリスマスプレゼントです。」
いきなりのことに一瞬戸惑う衛。
「あ、ありがとう。あけていい?」
かれんは無言でうなずく。
中身はマフラーだった。
「内緒で編んだんですよ。」
「へぇー。」
首に巻いてみる。あったかい。感激で余計にあったかい。
そのあったかさをしばらく堪能した後、改めて。
「ありがとう。」
それから、衛もまた小さな袋を取り出した。
「僕からも、プレゼント。」
「そういやお前、この前からバイトやってたよな。」
幸広の言うとおり、これはそのアルバイトの成果だった。
先ほどと同じような流れを繰り返して、封が開けられる。
中に入っていたのは、チョーカー。
犬の首輪を連想させることから、周囲からはこんな反応をされます。
「うわあ……。」
「ごめん衛。俺、お前がそこまで変態だとは思ってなかった。」
ドン引きである。
しかし、かれんは全く気にしていない様子だ。
「ありがとうございます。」
まぶしい、まぶしすぎる笑顔。
大きくなってもその笑顔を忘れないままでいてほしい。
そう心から願うクリスマスの夕暮れ時であった。


おわり
62 ◆KazZxBP5Rc :2010/12/25(土) 22:55:30 ID:uCb4u4lu
以上です
あと昨日の返信

>>37
残念ながら比留間さんは投げっぱです
でも他の人の話に関連する項目を挙げさせたはずだから探してみてね
63創る名無しに見る名無し:2010/12/25(土) 23:29:48 ID:WNpHZGUF
>>15
乙でっす!
ここでアヤメさんか! 
むぅ……このシリーズはホント一筋縄ではいかんな……
陽太どうした、まるでダイ大のポップじゃないかww


>>40 >>44
2連投とは、また豪気なww 乙ですよ! 
このマフラーのイケメンはヨシユキでいいんだよな……?
心理描写が素晴らしい! しかも正しく厨二!!


>>48
ねんがんの えいがチケット をてにいれたぞ!

こういう、同時多発的に複数の話が進む形式を待ってた!!
(書き手さんは大変かもねww)
楽しませてもらいますぜ、でへへへ!
64創る名無しに見る名無し:2010/12/26(日) 22:44:33 ID:cY2k78H1
>>57
この長さで、予兆編……だと……
相変わらずすげえ投下量だw
長い割に内容薄くならないってのもすごいなぁと思いつつ読んでますw

>>62
タイトルwwロリークリスマスかww
首輪って、知らない人が見たらドン引きするよなw
面白かったですw本編もよろしくw

>>63
わかりにくくてすみません。
一応、ヨシユキですw
65 ◆tWcCst0pr6pY :2010/12/27(月) 17:47:30 ID:iTQ8VqWr
シェアードかじってみようかと思ってやってきた新参者です

・谷風 良(たにかぜ りょう)
ごく平凡な生活を送っている夜見坂高校一年男子。
若干の癖毛。視力は低めで時々眼鏡をつける。

《昼の能力》
名称 ポルターガイスト
【意識性】【操作型】
(能力説明)
遠くの物体を壊したり動かしたりできる。
大気や重力を操ることも可能で自身を対象に使うと身体能力の強化も可能だが、負担が大きい。
能力の強度そのものはそこまで強くない。

《夜の能力》
名称 ノーチェンジ
【意識性】【操作型】
昼の能力から一切変化しない。

・坂峰 蓮(さかみね れん)
非常に女性的な容姿の夜見坂高校一年男子。兼風紀委員。
セミロングの黒髪。女子制服着用で、非常に内気。

《昼の能力》
名称 なし

《夜の能力》
名称 夜刀(ナイトブレード)
【意識性】
【変身型】【具現型】
自身の影を一振りの刀に変える。
身体能力も劇的に強化され、精神にも多少の変調を来す。
66夜見坂高校補習授業 ◆tWcCst0pr6pY :2010/12/27(月) 17:49:24 ID:iTQ8VqWr
夜見坂高校。
隕石衝突『チェンジリング・デイ』以後に設立された都市部の私立校である。
比較高めの偏差値と学費と、非常に整った設備環境。それに物理法則を超えた能力者向けの、少々珍しいカリキュラムを取り入れていることでも有名であった。
長い坂の先にある丘の上に位置している為、教室の窓からは街が一望できる。
彼、谷風良が幼い時に隕石は地球を襲ったが、それ以前とさして世界が変わっているようには思えなかった。
せいぜい非行少年たちの超能力使用が問題視されたり、それに付随して抗争が起きたり、胡散臭い研究組織が雨後の筍の如く設立されたくらいだ。
「谷風、くん」
蚊の鳴くような声で、視線を教室の中に戻す。同学年の間で若干名物扱いされている風紀委員メンバー、坂峰蓮であった。
入学時に事務員の勘違いで女子制服を支給されたという逸話を持つその少年は、たどたどしく続ける。
「体育の持久走の規定タイム、クリアできなかったよね」
顔だけでなく声まで美少女然としたその男子は、再び窓に目を移した谷風に言う。
「それで、成績不良者対象の補習が設けられたんだけど……ねえ、聞いてる?」
「聞いてるよ」
体育で規定タイムとはまた、自衛隊学校みたいなシステムだな。などと思いながら、谷風は適当に頷く。
まあ体育担当教師の烈火のような怒り振りから、薄々予想できた展開でもあった。
「それで、今回は夜間実施になったんだ。夜に便利な能力が発現する人向けに。だから今夜――」
「今夜?」
さすがに訊き返していた。
「冬休みも目前の十二月半ばに、夜間マラソンさせんのかよ。風邪引いたらどうすんだ」
「でもこれに出ないと、留年になっちゃうよ」
こと赤点に関しては非常に厳しい高校なのは、常に当落線上の成績を取っている谷風のような学生の間では常識であった。これが救済措置なのは判るが……
「しかしこの手の連絡は普通教師経由だろ。何でお前がそんなことを知らせに来たんだ」
「だって今回の補習は、私たちが監督するし」
「……は?」
「体育の先生、今朝になって体調崩しちゃって。他の先生も年末で色々忙しいんだって。こっちも頑張るから、谷風君も補習頑張ってね。きっと進級できるから」
他校の男子から何度も声を掛けられているという実績に相応しい、可憐な花のような微笑を浮かべ、クラスメイトは谷風を励ますのだった。
67夜見坂高校補習授業 ◆tWcCst0pr6pY :2010/12/27(月) 17:50:16 ID:iTQ8VqWr
夜間補習の集合場所は、夜見坂高校のグラウンドであった。身を切るような寒さは覚悟していたが。
「おいおい……」
立っているのは侮蔑の色も露わな風紀委員たちと、谷風だけであった。
一番取っ付きやすそうなクラスメイトを捕まえて、彼は尋ねる。
「おい、坂峰……体育の成績不良者って、学年で俺一人だったのか?」
「ううん。名簿では二十人近くいたんだけど……」
「ならこの出席率は何だよ!」
夜の高校に成績不良者の叫びが木霊する。校舎の壁に掛かった時計を見ると、あと二分で開始時間だった。
「う〜ん、ちゃんと全員に連絡したはずなんだけど……」
困惑した様子で首を傾げていた女装少年は、やがて持っていたA5判のファイルから、一枚の地図を取り出した。
「とりあえず、先にコース説明だけしておくね。ここを出て、大体町内を一周するような感じ。道順はそんなに難しくないし、ちゃんとコース誘導する人も配置されてるから」
「規定タイムは」
「タイムはないんだって。だから、とにかくゴールすれば大丈夫」
距離はともかく、実質時間無制限というのは気前が良い。教師陣も鬼ではないということか。
「あ、そろそろ始まるって。じゃあ頑張ってね」
「はいはい」
グラウンドを出た谷風は月明かりの中、たった一人で夜の街へと駆けて行く。長い坂を下り切り、二車線の道路の歩道をジャージ姿で走り続ける。
車や人の往来も多い道をしばらく進むと、途中で見慣れた制服を着た目付きの悪い男がいた。
「こっちだ」
交差点の手前に立っていたその男は、右手の薄暗い道を指す。はいはい、と心中で呟きながら、谷風は無言で指示されたルートを取る。
車がすれ違うのも難しそうな、住宅街だった。両脇にはブロック塀が伸びている。街灯も少ない。『痴漢に注意』との看板が電信柱に立てられており、まるで真冬の肝試しだ。
と――
のんびり走っていた谷風は、突然真横に跳躍した。自分の立っていた場所を赤い熱線が通過していった。
背後を振り返る。先程の風紀委員が、手の平をこちらに向けていた。
「……どういうつもりだ」
「気にするな。例年通り、ゴールまで辿り着ければお前の補習は終了だ」
それを聞いて谷風は理解した。なぜ誰もこの補習に出席しなかったのかを。つまり連中は最初から成績不良者たちをゴールさせる気などなかったわけだ。
「何も知らないらしいな。お前に朗報だ。この補習をクリアすれば、自動的に風紀委員上級構成員になれる。バフ課や研究所での就職もほぼ確約されている」
「興味ないね」
「ならここで自らの無能を悔いて果てろ。落伍者」
再び熱線が飛んで来たが、タイミングを読んでそれを潜り抜けた谷風は一気にその男子の眼前に詰め寄り――
「なっ――」
拳をこめかみに打ち付けた。
「お前、その能力は……」
崩れ落ちた男子に背を向けながら谷風は、先程坂峰が見せてくれた地図を脳内で思い描く。
確かルート誘導は残り五人。恐らく全員襲い掛かってくるだろう。器用貧乏と揶揄されがちな自分の能力『ポルターガイスト』で、どこまでやれることやら。
熱線の突き刺さったブロック塀は、半分ほど溶解していた。連中は本気だ。
寂しい道を走り終えたところで、二人目の風紀委員と遭遇した。今度は三車線の道路だった。
――確かここは、左だったな。
なら案内を聞くまでもない。
谷風は先手を取って不可視の力を叩きつける。相手の身体は宙に飛び、車道に転がり出た。
順調に車が行き交っていた道路から、急ブレーキと車同士がぶつかる地味な衝撃音が聞こえたが、気にせず走り続ける。
三人目。今度は最初から戦闘態勢だ。どこかで連絡を受けたのかもしれない。もしかしたら自分を捕縛した時点で全員に連絡が行くシステムなのかもしれない。
相手が指を鳴らすのと同時に、谷風は横に飛ぶ。小規模な爆発が起きていた。
再び相手が指を鳴らそうとしたその矢先、谷風は男子の指の骨十本を、ポルターガイストで全てへし折っていた。
地面にのたうち、みっともない悲鳴を上げている男を踏み越えて谷風は走る。気絶まで追い込んだ方が安全な気もしたが、あまり無駄な体力は使いたくなかった。
寂しい道に再び戻る。
その先の四人目は、一見して判る肉弾戦主体の能力者だった。拳に淡い光が宿っている。
にやりと笑ったその筋骨隆々の男子は、顔を伏せてしゃがみ込むと地面を殴りつける。
コンクリートの八方に、深く巨大な亀裂が走った。
が――
「戦闘中にデモンストレーションなんてしてんじゃねえよ」
68夜見坂高校補習授業 ◆tWcCst0pr6pY :2010/12/27(月) 17:51:01 ID:iTQ8VqWr
重力無化で地面と向き合っていた男の背後まで一気に跳躍した谷風は、後頭部に硬化した手刀を叩きつけた。
「貴、様……」
「素人相手なら威嚇も悪くない手だけどな」
口惜しそうに気を失った男に背を向け、谷風は走る。
そもそも急ぐ必要もないのだが、集中力の持続している内に全員片付けたかった。
大きく婉曲した道を駆け抜け、気付けば高校へと続く坂の前だった。
「連絡がないから、まさかとは思っていたけど」
立っていたのは女子の制服に身を包んだ、坂峰蓮だ。
「……本当にここまで来るなんて」
息を整えながら、谷風は問う。
「知ってたのか。この補習の本当の内容」
「ううん。さっき初めて聞かされた」
そして坂峰は、月明かりによって生まれた自身の影に手を伸ばした。
その影は坂峰の手が触れると大きく揺らぎ、程なく漆黒の刀身を持つ、抜き身の刀へと姿を変える。
「でも、仕事だから加減はなし」
軽やかな跳躍と共に、坂峰が踏み込んで来ていた。
――速い。
身体能力を強化しつつ、谷風は後ろに跳んだ。ジャージは袈裟掛けに裂け、うっすらと血が滲む。先ほどまでの連中とは段違いだ。手を抜けばやられる。
「夜の能力は随分優秀みたいだな」
「そっちこそ。ここまで出来るなら、最初から本気を出せばいいのに。本当だったら持久走なんて楽勝なんでしょ」
「疲れるから好きじゃないんだよ、この能力」
刀を持った腕を狙う。が、坂峰は高速で移動を始めていた。間合いは詰めてこない。回避行動か。
こちらは空間を狙って発動しているだけに、有効な手段だ。恐らく先ほどまでの戦闘情報も収集されているのだろう。
と、一瞬距離が詰まり、頬を裂かれていた。あと少しでもこちらの反応が遅れていたら、首が飛んでいただろう。
「お前で最後か」
「うん」
「なら出し惜しみはなしだな」
直後、谷風は自身の周囲の重力を増加させた。鉄の布を被せるイメージ。近くにあった街灯の一本が折れ、地面に激突する。
「くっ――」
足を止めて膝を突いた坂峰に、谷風は衝撃波をぶつけた。弾かれて倒れた風紀委員を見て、彼は全能力を解除する。
「…………疲れた」
「もしかして、今……加減した?」
「一応な。お互いやりたくもない仕事で疲れただろ」
それきり口をつぐんだ谷風は、肩で息をしながら長い坂を上る。ほとんど体力は空になっていた。
数分後。辿り着いた正門の前で待ち構えていたのは、長身の上級生だった。
「おめでとう。これで君も、学校の足手纏いから栄えある風紀委員だ。多分この制度が実装されて初の快挙だ。胸を張ってくれ」
ふらふらと門に近づく最中にも男は続ける
「まさか精鋭の戦闘員を全滅させるとは。もしかしたら君には、直々に研究所やバフ課から仕事の依頼が来るかもしれない。会長の僕も鼻が高いよ」
無言ですれ違い、校内に一歩だけ足を踏み入れる。これで補習はクリアだ。
「……知るかよ、んなもん」
すれ違いざま会長にそう言った彼は、最後の力を振り絞って病院へ向かうのだった。
69夜見坂高校補習授業 ◆tWcCst0pr6pY :2010/12/27(月) 17:52:16 ID:iTQ8VqWr
翌日。
「痛え……」
同じように窓の外を見つめていた谷風良だったが、筋肉痛で体を動かすのも辛かった。病院で包帯を巻いてもらってはいたが、坂峰に付けられた刀傷も少々痛む。
「格好つけてないで、あの時近くにあった保健室に行けば良かったんだよな……」
「谷風君」
昨日と寸分変わらぬ様子で坂峰が近寄って来た。
「昨日はごめんなさい。身体は大丈夫なの?」
「一応。むしろそっちはどうなんだよ。一人ヤバそうな奴がいて、指全部折っちまったけど」
「あの人は、入院してる。でも悪いのはこっちなんだから、谷風君に迷惑はかからないようにするって先生も言ってた」
でなければ困る。こちらは熱線や刀で命を狙われていたのだ。可能な限り穏便に済ませはしたが。
「……ところで谷風君」
「ん?」
「ブラッディ・ベルっていう不良集団、知ってる? 近くで活動してるから、うちの委員会でも頻繁に名前が挙がってるんだけど」
あまり耳にしたくない単語だった。
「結構有名だな。俺も聞いたことくらいならある」
「そこの前の総長って、実は中学生だったんだって。凄く強くて、敵対チームを一人で壊滅させるくらいに」
「はあ。そりゃ凄いな」
「今年高校生になってる年なんだけど……谷風君じゃないよね」
不安げな表情の坂峰に、努めて軽い口調を作って返す。
「まさか。開発機構のテストでもそんなに高い格付けはされてねえよ、俺は」
「そう……だよね」
でも、と坂峰は続ける。
「その総長の本当の怖さは、能力の威力とかじゃなくて、戦闘勘とかの、目に見えない強さだったって話なんだ」
陰りのある表情で、風紀委員はこう結んだ。
「……まるで、谷風君みたいだと思って」
その言葉に反論する術を、谷風は持たなかった。

おわり
70創る名無しに見る名無し:2010/12/28(火) 09:04:38 ID:Dk7jhy3Z
>>69
いやぁ、すげー面白かった
続くのか?是非とも続いて欲しい!
文章ががうまいなあ
71創る名無しに見る名無し:2010/12/28(火) 11:25:36 ID:Zi+5i37x
>>69
いらっしゃいませ
女装子キター
続きに期待です
72創る名無しに見る名無し:2010/12/28(火) 21:47:04 ID:nfi7GwvR
>>69うおお新しい人ですか!
どんどんかじりついて、ぜひ続きもお願いします

さてと、劇場版の続きを投下します
前回は言うほどグダってなかったですが、今回はもうね…すいませんと言う他ないですね
まあこれ長いけど小ネタなので、大目に見てもらえると助かります
また今回ある人の能力解釈を勘違いしているかもしれませんが、大目に(ry
73劇場版 ◆EHFtm42Ck2 :2010/12/28(火) 21:52:01 ID:nfi7GwvR
『クリスマス中止のお知らせ』。『クリスマス始末してきたb』。ネットの巨大掲示板のこんな書き込みに、我が胸
を躍らせ笑い転げたのはもはや過去の事。

 我は力を手にした。冗談でも冷やかしでも願望でさえもなく、真に一年で最も忌まわしきこの日に混沌と騒乱を
もたらすこと。それをたった一人で成し遂げられるだけの力を。これはまさしく天がもたらした啓示なのだ。

 忌まわしきクリスマスに裁きの一撃を。クリスマスという日の意味を履き違えて睦み合う愚か者どもに真義の鉄槌を。
そんな固き信念を持って我は過去9年、クリスマス・イブの夜空とその下で煌めく電飾の街並み、その光の中で臆面
もなく乳繰り合う恥知らずどもを、我が黒き灰雪で汚してやった。

 だというのにだ。連中は何も学んでいないのか。10年目となる今年も、相変わらず街は電飾を巻きつけられた哀れな
ツリーを召し、この島国の大半の人間にとって何の関係もないはずの異教の祝日を我が物顔で謳歌しているではないか。
 
 なんと愚かな連中だ。愚かな奴ほどかわいいなどというが、我には到底そんな風には思えない。『愚者は経験に学ぶ』
はずではないのか。ならば奴らは愚者ですらないというのか。9度もこの日をめちゃくちゃにされてなお、何事もなか
ったかの如くのんきに浮かれている……? 人間とはここまで愚かな種族なのか?

 いずれにせよ、我は成し遂げねばならない。そこにクリスマスという忌まわしき日がある限り。あまつさえクリスマ
スという聖なる日を恋人たちの性なる日と勘違いしている輩がいる限り。そしてまた、我と同じ境遇にいる哀れなる同
胞たちの無念の心が、この空にわだかまっている限り。

 ああ、そうとも。我は必ず成し遂げる。
 だからせいぜい震えて待っていろ、不貞の輩どもよ。我が貴様らに最高の夜をくれてやる。この国の安寧なるクリスマスは――

 ――今宵で、オシマイだ。


 『劇場版Changeling・DAY 〜バフ課壊滅! 漆黒が蝕む聖夜(イブ)侵蝕編』
74劇場版 ◆EHFtm42Ck2 :2010/12/28(火) 21:53:16 ID:nfi7GwvR
【午後3時23分 バフ課2班隊長は最強の無能力者】

 部下も同僚たちも大半が出払い、いつにない静けさに包まれたバフ課本部の一室。バフ課2班隊長code:シルスク
は、くたびれた薄汚いソファに体を預け、今や遺物となりつつあるブラウン管テレビの画面をぼんやりと眺めていた。
 街が少しずつ、しかし着実に黒い雪だるまの群れに侵されていく様。テレビから流れるニュースは、その様子を
粛々とレポートし、また新しく入る最新の情報を逐一垂れ流し続けている。

「シルスク隊長さん、お茶が入りましたよ。ほらほら、おせんべも一緒にどぞー」
 ニュースに集中していたシルスクに、そんな能天気そうな声で話しかけながら熱々のお茶を差しだす少女が一人。
前髪をタランチュラのヘアピンで留めたその少女は、海苔巻き醤油せんべいの袋を大事そうに抱えて、やはり能天気
そうににこにこと笑っている。

「ほう、なんだ。お前にしては珍しく気が利いてるなアルシーブ。前はお茶を頼んだら急須とお茶っ葉とお湯を持っ
てきて、「後は自分でやってくださいてへへ」とかほざいてた記憶しかないんだが」
「えぇ? そんなことありましたっけ? それ、たぶん別の人ですよぉ。私、基本「やる」子ですから」

 ふんと鼻息を鳴らしながら、えへんと胸を張る少女、code:アルシーブ。
 ここまでおバカだともう殺意も湧かないなとむしろすがすがしく思いながら、シルスクはテーブルに置かれたお茶
に手を伸ばす。ほこほこと湯気を上げるそれを軽く一口含んだ瞬間、シルスクはかつて感じたことのない圧倒的異物
感に襲われた。

「ぶっふぉ!! 苦っ!! にっがっ!! 何だこれは!? お前は俺にリアクション芸でもやらせたいのか!?」
「あ、やっぱりかぁ。えと、実はですね、お茶っ葉の缶を傾けてもお茶っ葉が出てこなかったので、思い切って真っ
逆さまにひっくり返してみたんです。そしたら何と! お茶っ葉がわっさーっと大量に、というかあるだけ全部急須に
ダイブしてしまったのであります! もう予定調和なんてクソくらえの大波乱の展開に私、しどろもどろにテンパって
しまったのですが、やってしまったことは仕方がないと前向きに考えなおし、もったいないからこのまま淹れてしまお
うということで、熱湯をどぼどぼと注いでそのまま10分ほど放置した結果できあがった銘茶が、たった今シルスク隊長
さんが一口飲んで噴き出したそのお茶だという次第で……えと、つまりその……ごめんなさい。てへ」

 銀河系の遍く星をしらみ潰しに探しても、こいつと張り合えるレベルのアホはなかなかいないだろうなと、シルスク
はもはや呆れも怒りも憎しみも通り越して素直に感心した。
75劇場版 ◆EHFtm42Ck2 :2010/12/28(火) 21:54:32 ID:nfi7GwvR
「ったく、まあいい。そのせんべいをよこせ。口直しだ」
「ちっちっち。よこせなんて言い方する人にくれてやるおせんべはありませーん」
 何様だ。何様なんだこいつは。シルスクはもはや自分が軽く恐怖を覚え始めていることを認めざるを得なかった。
あまりにも話が通じない。バフ課の連中はどこかしらマトモじゃない奴ばかりだが、この少女からはそういうのとはもっ
と異質のヤバさが感じられてならない。クエレブレやラツィームに知られれば鼻で笑われそうだが、現在の率直な感想だった。

「あれ? あれれ? し、シルスク隊長さん! テレビテレビ! 私の可愛い顔なんて見なくていいですから、テレビ!」
 可愛い顔なんて見てたっけかと怪訝に思いつつ、言われるがままにすっかり放置していたテレビに目を向ける。
 そこには、さっきまでとはまるで違う映像が映し出されていた。

 足元まで覆う黒いコートに身を包んだ男が、そこにたたずんでいる。なぜか装着している大きなゴーグルは、男の人相
も表情もすっかり包み隠しており、それがその佇まいに不気味さと威圧感を与えている。

 その男の出現に、シルスクは慄然とした。ひとつには、その男こそが一昨年と去年と自らが一戦を交え、そして敗北を
喫した相手。クリスマス・イブの侵略者Mr.ブラックスノーその人であるということ。

 そしてもう一つ。その映像はいわゆる「リポート報告映像」ではないらしいということ。要するにその男は、今まさに
その放送が行われているテレビ局、そのカメラの前に立っているようだということ。

 一瞬戦慄に身が震えたシルスクだったが、その事実に気付いた瞬間、自分の取るべき行動を見出した。
「Mr.ブラックスノー、今年は随分やる気のようだな」
「ほい?」
「アルシーブ。俺は出かけてくる。お前はここで一人残って、せいぜい寂しいクリスマス・イブを過ごせばいい」
 
 わけがわからなそうな顔で「あはぁ」とだけ答えるアルシーブ。そのどこまでも能天気な表情に、シルスクの心は
少し和んだ。出かける間際、ほとんど手をつけなかったお茶をもう一口、ぐびりと飲み込む。

「し、シルスク隊長さん! そんな豪快に飲み込んじゃって……私の淹れたお茶、やっぱり美味しかったんですね!?」
「ほざくな。外は寒いから、熱いもん飲んで体をあっためとこうと思っただけだ」
 口いっぱいに広がる苦みに耐えながらそう吐き捨てる。アルシーブが「ツンデレさんキタ!」とかわめくのを全力で聞
き流し、シルスクは仕事を果たすために出陣した。
76劇場版 ◆EHFtm42Ck2 :2010/12/28(火) 21:55:35 ID:nfi7GwvR
【午後3時19分 バフ課2班の青い副隊長】

「くっそ、黒雪だるまの数が明らかに増えてきてる……! このままじゃ……」
 去年の二の舞だ。バフ課2班副隊長code:ラヴィヨンは焦りを隠せなかった。日没が近づくにつれ、徐々に頭数を
増やしていく黒雪だるま。それらの場当たり的な駆除に追われて消耗していく自分たちバフ課。漆黒に染まる街並み。
混乱を極める人々の群れ。去年の同じ日のそんな出来事が、リアルに思い出された。

「だからって黒雪だるまを放っとくわけにもいかないし……くっそ、どうにかなんないか?」
 黒雪だるまを放っておけば、人々に直接の危害が及ぶ。死に至った例は過去ないが、重傷者くらいはざらに出る。
 すれた思考の持ち主が多いバフ課において、ラヴィヨンはどちらかというと一般人寄りの思考をする青年だった。
自分が守れる力を持っているなら、守りたい。その考えがいかに青く子どもじみているのかは、彼自身よく理解していた。

 本来なら黒雪だるまなんて歩兵の相手はせずに、キングであるMr.ブラックスノーに注力するのが、バフ課の戦士
としては正しい判断だとわかっていた。それでも、だ。
「クリスマスは楽しい日なんだよ。誰と過ごすかってのはその人の自由だけど、恋人でも家族でも、とにかく楽しい
日なんだよ」

 彼の前に立ちはだかるは、一体の黒い雪だるま。物言わぬそれはしかし今、明確な敵意を持ってそこに存在している。
その無言の敵意に、ラヴィヨンは全力の熱意で応戦する。
「そんな特別な一日をぶち壊しにする権利なんて――」

 熱く叫びながら、その背に差していた対黒雪だるま専用兵装、熱血金属バットを振りかぶり
「誰にもねえだろーがぁ!!」
 さらに熱く、某テニスプレイヤーがこの場にいたら暑苦しく称賛してくれそうなくらいに熱く咆哮して、金属バットを
黒雪だるまの頭部に叩きつける。

 グシャリとすいかを割るような音。クリーンヒットの手応え。それでも、黒雪だるまは崩れない。ただの金属バッ
トでは、黒雪だるまに致命傷を与えることはできないのだ。あくまでただの金属バットでは、だが。
「よく耐えたけど、悪いな。こいつは『熱血』金属バットなんだ」

 ニヤリ、という擬音をつけるには爽やか過ぎる笑顔でラヴィヨンが言った刹那、黒雪だるまがしゅうしゅうと音を
たてて蒸気を上げ始める。熱血金属バットが発熱しているのだ。斬撃にも銃撃にも、そして殴打にも耐える黒雪だるま
だが、所詮は雪であり高温には脆い。その弱点を突くべく2班の兵装設計担当者が作り出した武器が、この熱血金属バット
なのだ。ちなみに活用しているのはラヴィヨンただ一人である。

 頭部が消え、胴体も溶け。黒雪だるまがただの透明に澄んだ雪解け水へと還ったことを見届けて、ラヴィヨンは
「ふう」と一息ついた。物言わない雪だるまに年も考えずに大声を上げた自分が少し恥ずかしかった。
「火を操る能力とか持ってればよかったんだけどな。派手だしかっこいいし」
 ラヴィヨンの昼の能力は【オートマタ】。死体でさえ操る強力な能力だが、直接的な攻撃能力ではないし、とりわけ
相手に対してのだまし討ちや威嚇行動として真価を持つ力であり、黒雪だるまに対してはあまり意味のないものなのだ。

 そんな少しネガティブな思案にふけるラヴィヨンの背後で、どしんと重い音が響く。ひとつだけではない。どしん、
どしんどしんと、数えるのも追いつかないほどだ。それが何の音なのかは、ラヴィヨンにわからないはずもない。
「はあ〜。これじゃ夜になる前にくたくたになっちゃうな。また隊長に怒られちゃうよ」
 軽い口調だが、決然とした表情で。ゆったりと振り返ったその視界に広がるは、一面の黒い雪景色。

「例えどんだけ数がいようと黒かろうと……雪だるまにビビって逃げたんじゃ、バフ課2班副隊長の名が泣くっての!」
 最後に威勢よくそう大見栄を切って。敵意に満ちた漆黒の集団の、その中央へ――

 青い弾丸となって、突き抜けた。
77劇場版 ◆EHFtm42Ck2 :2010/12/28(火) 21:56:38 ID:nfi7GwvR
【午後4時11分 ブラックスノーゴーレム爆誕】

 テレビ局を乗っ取ってニュースに生出演しているブラックスノーの姿を見たシルスクはテレビ局へと急ぐ!
 なんやかんやありながらもたどり着いた場所で、シルスクはついにブラックスノーと対峙する!
 ブラックスノーの戦闘力上昇は夜の能力によるものであり、シルスクは昼の間に仕留めることを目的としていたのだ!
 肉薄するシルスク! だがその時! 地震のような大きな地揺れがシルスクの手を止める!
 それでもあきらめないシルスクに、ブラックスノーは告げる! 「今宵の我はそれなりに本気だ」と!
 その言葉に悪い着想を抱くシルスク! キングをあきらめテレビ局から出た先で彼は、モノクロームの侵蝕が
 最終段階まで達していることを知るのだった……!

アルシーブ「なんと大胆なざっくり! 総集編ですか!? チケット代返せです! 法廷で待ってろレベルです!」


 テレビ局を出るなり己の目に飛び込んできた光景に、シルスクはもう目を丸くする以外の手立てを持たなかった。
「……おいおい、なんだってんだよ。なんだこのどでかい雪だるまは」

 その言葉通り彼の目の前には、ビルの10階ほどの高さに相当する大きさの巨大な黒雪だるまが堂々と鎮座していた。
 相変わらず腕は生えているが脚はなく、それ故移動には小さな黒雪だるまと同じように跳ねるという手段を用いる
ようだ。
 さっきの揺れはこいつの仕業だな。シルスクはすぐにそう直感した。小さく跳ねる移動ならまだしも、この巨体だ。
大ジャンプして着地すれば、その震動は生半可なものではないだろう。そしてさきほどのレベルの震動が何度も起これば、
この首都に無数に立ち並ぶ高層ビル群が耐久限界を迎えて崩れる恐れも出てくる。もしそんなことになれば首都が、
ひいては日本全体があの隕石災害以来の大混乱に陥る危険が現実味を帯びてくる。

「フン、一体どうしたっていうんだブラックスノー。今年は本気で本気じゃないか」
 焦る内心を鎮めるように、声に出す言葉はあくまで余裕。そうでもして自分を奮い立たせなければ、目の前にそびえ立
つ巨大な黒い雪の巨人をどうにかする気力も、どうにかできると思う前向きさも湧いてこない。余裕の態度はシルスク
が持つプライドの現れであり、同時に己を死地に追い込む燃え尽きた吊り橋なのだ。
78劇場版 ◆EHFtm42Ck2 :2010/12/28(火) 21:57:32 ID:nfi7GwvR
「いやしかしどうにかしようったって、一体どうすりゃいいんだこんなデカブツ」
 いきなり手詰まりになった。とりあえずシルスクは、巨大黒雪だるまに向けて2、3発銃弾をぶちこんでみる。
「うわ、びくともしないな。まああの巨体が銃弾2、3発で四散したらそれはそれで逆に怖いが」

 大してがっかりしてもいない口調でそう言ってから、早くももうお手上げだという風に肩をすくめる。銃撃が効かな
ければおそらくナイフだって効かない。第一接近すること自体が自殺行為だ。動きを読めなければ車に轢かれたカエル
の如くぺちゃんこにされてしまう。そしてそもそもあれは雪の塊なのだ。刺突斬撃銃撃の類への耐性は相当高い。効果
的にダメージを負わせるには――とここまで考えた時、シルスクは頭上に圧力を感じた。

「うおっとっと! ったくいきなりなんだ?」
 軽快に身を翻らせて難なく回避し、素早く元いた地点に視線を走らせると、ヘドロのようにどす黒い崩れた雪塊が地
面にへばりついていた。

「黒雪だるまがすっ飛んできて崩れたのか……? いや、違うな。こいつは……」
 着地と同時に崩れるという失態をさらした黒雪だるまには出会ったことがないシルスクだった。だいたい周囲に小さ
い黒雪だるまがいなくなっている。ならばこの黒雪を飛ばしてきた元凶はアレしかいない。

 そのアレに目をやる。雪塊のくせして不気味なほど自在に動く腕が、丸っこい頭部をぼりぼりと掻くような動きをし
ているところだった。ひとしきり掻いた後、例のアレはその腕を振りかぶるように掲げ――そこからびよ〜んと意外に
もアンダースローで振りぬいた。不意打ちすぎる。振りかぶったんだからそこはオーバースローでいいだろ、などとまっ
たく空気の読めていないツッコミを入れながらも、シルスクは再びさっきと同じ要領で冷静に身を翻した。ワンテンポ
遅れて落ちてくる、大量の黒い雪。間違いなくこれは巨大黒雪だるまの恐るべき攻撃行動だった。

「『僕の顔をお食べ』じゃなくて、『僕の顔で死んで』ってか。フン、我ながら全然面白くないな」
 誰も聞いてなくてよかったなと自虐的な感想を自身に返しつつ、取るべき最善の行動は何かを模索する。とは言って
も、銃撃が通用しなかった時点から腹は決まっていた。最強の無能力者たる彼が、今日まで生き残ってこれた最大の理由。

「ひとまず、退却だな」
79劇場版 ◆EHFtm42Ck2 :2010/12/28(火) 21:58:41 ID:nfi7GwvR
【午後3時54分 副隊長ズ】

「くっそ……こいつら、次から次へと……キリがないよ」
 ラヴィヨンは諦めかけていた。もうすっかり息は上がり、体力的にもほぼ限界。熱血金属バットを振り回し続けた掌に
は赤く血が滲み、鈍い痛みが走っていた。そんな疲弊しきったラヴィヨンの前には、まだ無数の黒雪だるま。愛嬌あるフォ
ルムに反して無表情で不気味なそれは、情けも容赦もなく弱ったラヴィヨンを攻撃してくる。

「チッ、少しは休ませろっての……うぐはっ!」
 黒雪だるまがその空洞のような口から吐き出す無数の雪つぶて。雪合戦の雪のようだと言えばかわいいものになるが、
時速120キロほどの速度で毎秒6発ほどを吐きだしてくるのだと言えば、それがどれほどの恐怖かは想像に難くないだろう。
そして今のラヴィヨンにはそんなものを回避するだけの瞬発力も、金属バットで打ち返すだけの反射力も残っていない。
 
 顔面に。胸に。腹に腕に脚に。無数の雪の塊を叩きつけられる。一瞬だけ走る冷感と、鈍く残る痛み。気力だけで立っ
ていたラヴィヨンのその最後の砦を崩すには、それだけで十分すぎた。
「へへ。雪だるまに負けるなんてさ。男として情けなさすぎるよ……ごめんね、じいちゃん……」

 もはや自分が何を口走っているかさえわからないのだろう。謎の台詞とともに、ラヴィヨンの体がまるでスローモーショ
ンのようにゆっくりと前のめりにくずおれ――ようとした時。横からその体をがっちりと支えた者がいた。
「ちょっとちょっとー! ラヴィラヴィあきらめるの早いってー!」
 それは聞き馴染みのある軽薄そうな男の声だった。ラヴィヨンがそれに反応するより早く、また逆側から体を支えられる。

「そうね。クリスマス・イブはまだ長いのよ。キングも姿を現していない今、一部隊副長のあなたがそんなんじゃ困るわね」
 それもまた聞き馴染んだ女の声。だからラヴィヨンは彼らが誰なのかもちろん理解できた。少しの驚きと大きな喜びを
胸に、思わず高い声になって彼らの名前を叫ぶ。
80劇場版 ◆EHFtm42Ck2 :2010/12/28(火) 21:59:52 ID:nfi7GwvR
「し、シェイドさん! マドンナさん! 来てくれたんスね!」
「ま、こんな時くらい真面目に働いとこーかと思ってさ」
「勘違いはしないでね。他班に貸しを作っておけば、今後何かと有利に立ちまわれると思ったの。それだけのことだから」

 ニヤニヤと軽そうな笑顔でうそぶくシェイドと、ツンツンと怜悧な表情で言うマドンナ。班間協力がほぼ皆無でスタ
ンドプレーの多いバフ課で、副隊長格が3人揃うことは非常に稀だ。ラヴィヨンはそういう胸熱な展開に滅法弱い、精神
年齢の若い青年である。この状況でやる気にならないわけがない。

「シェイドさん、マドンナさん。俺嬉しいッス! やっと仲間になれた気がするッス!」
「ウザ。ラヴィラヴィそういうノリ勘弁してよ」
「無駄口は慎みなさい! 来るわ! 下がって!」

 言うが早いか、マドンナが一歩前に躍り出る。複数の黒雪だるまが、さっきと同じように今にも雪塊を吐きださんと
していた。それに対しマドンナは右腕一本のみを、肩の高さに掲げて前に突きだす。黒雪だるまの口から雪塊の初弾が
撃ち出されるのとほぼ同時。マドンナの右手の肘から下、その周囲の空間がぐにゃりと形を歪め、次の瞬間には――
巨大な盾へと姿を変えていた。黒雪だるまが高速で吐きだす無数の雪塊を、その盾が危なげなく防ぎきっている。

「これだけ雪を吐きだしておいて、なんであの子たち小さくなったりしないのかしら」
 自身の右腕で雪塊を完全に遮断しながら、マドンナはそうぼそりと呟く。余裕の独り言。あまりにのんきかつ的確すぎ
て、ラヴィヨンは笑いをこらえるのに必死になってしまった。

 そしてこの後、シェイドもその能力を駆使して活躍する……場面については尺の都合上ざっくりと説明する。

 マドンナの張ったシールドへ雪玉の雨が降り注ぐ中、シェイドは単身黒雪だるまの群れへと突っ込む! 能力【影踏み】
 をフルに活用し、一体の動きを乗っ取りその一体を別の一体にぶつけて共倒れさせる方法で、確実に数を減らしていく!
 ラヴィヨンが「まずい僕何もしてない」と焦り始めた矢先、黒雪だるま達の挙動に変化が! 退却行動であるかのよう
 に見えたそれは、実は生き残った全黒雪だるまの集合、そしてまさかまさかの合体だったのだ! 合体し巨大化した黒
 雪だるまに流石に分の悪さを感じた3人は、シェイド&ラヴィヨンの2人とマドンナ1人の二手に分かれて撤退することに
 するのだった……

アルシーブ「ぐすっ。シェイドさんが不憫過ぎて泣けてきました……」
81劇場版 ◆EHFtm42Ck2 :2010/12/28(火) 22:01:47 ID:nfi7GwvR
【午後4時23分 侵蝕に抗う者】

 巨大黒雪だるまの前から一時退却したシルスクは、シェイド&ラヴィヨンと合流した。なんやかんやと話し合った後、
 現在の戦力で巨大黒雪だるまをなんとかすることは不可能だという結論に達する。しかしあれを放っておくわけに
 もいかない。3人を手詰まり感が襲う中、別の場所で戦っていたはずのクエレブレが何やら巨大な筒を持って現れる。
 「2班の変な女の子から託されてきた」というその筒は、2班の兵装設計担当者が作り出した対巨大黒雪だるま専用
 決戦兵器、「携行型ヒートパイルバンカー」だった! これを巨大黒雪だるまにぶち込むことができれば……すでに
 満身創痍のラヴィヨンとクエレブレを除き、シルスクとシェイドという気の合わない二人が今、バフ課史上最大の
 難作戦、「ブラックスノーゴーレム撃退戦」に挑む……

アルシーブ「早っ! 直前にもありましたよ総集編! もうちょっとがんばれ!」

「んで、どうするんですかシルスクたいちょ」
「簡単な話だ。お前の【影踏み】であいつの動きを止める。俺がパイルを打ち込む。それでコンプリートだ」
 自分の身長ほどの長さを持つ巨大な杭打ち機を肩に担ぎながら、シルスクは淡々と説明する。実際、これ以上簡単
な話はないだろう。動きが読めずに踏みつぶされる恐れがあることが最大の不安因子ならば、そもそも動きを止めてし
まえばいい。それを可能にする能力者がここにいるならばなおさらだ。しかしちょっとした問題もある。

「ん〜、そんな簡単な話かなー」
 その能力者がひどいひねくれ者だったりすることだ。シルスクはこのひねくれた3班副隊長の物言いに常々イラつかされてきた。
「なんだ。何か問題があるか」
「胴体を貫通するだけだと、あまり効き目がないんじゃないかなーと、ちょっと思いまして」
「ほう。傾聴に値する意見だな、珍しく。ならどうすればいいと思う?」

 大地が微かに震動するのを全身で感じながら、シルスクが問う。その揺れの発信源に目線を向けたシェイドが、
ぽりぽりと頭をかきながら口を開く。
「頭部のてっぺんから胴体まで、正中線をまっすぐ打ち抜く。それが一番確実じゃないかと」
 決してふざけて言っているわけではないことは、シェイドの表情を見ればわかった。しかしそれでいてその提案は、
悪ふざけにしか聞こえないほど高難度なものに思われた。それでもシルスクは、その提案をもう少し聞いてみたい気になった。

「具体的にはどうする」
「なーに、簡単な話です。まず僕の能力であいつの動きを制限します。シルスクたいちょはそこら辺のビルの屋上あたり
から、動きの止まったあいつの頭めがけて飛び降りて……後はわかりますよね」
 まあ結局そうなるのだろう。それ以外には考えられない。確かに簡単な話だと、シルスクはため息とともに納得した。

「んまあ、やるかやらないかはシルスクたいちょにお任せしますけど。他班でも隊長命令絶対だし。でもやるなら早くしましょ」
 そう言ってシェイドは、ピッと空を指さす。一日の仕事を終えて休もうとしている太陽がそこにある。
 なるほど、確かに急がなきゃな。シルスクは即座に意味を理解し、そして判断を下した。

「癪な話だが、シェイド。今はお前が頼りだ。お前を信じよう」
「わお。了解ですよ。僕はいつでもシルスクたいちょを信じてますけどね」
82劇場版 ◆EHFtm42Ck2 :2010/12/28(火) 22:02:53 ID:nfi7GwvR
 影が薄い。シェイドは内心で冷や汗をかいていた。ただでさえ影が薄くなりがちな冬の、雲も出始めている日暮れ前だ。
下手をすれば踏んでいる最中に影が消えかねない。そうなれば最悪自分がぷちっとスタンプされてしまうことになるかも
しれない。

「だからってさ、やんないって選択肢はないからね」
 軽薄で不真面目だという自覚がある。それでも、人の信頼や期待を平気でふいにするほどのろくでなしではさすがにない。
シェイドという男の正の一面がこの時、シェイドの全てを支配していた。

「デカブツだし、影を踏むの自体は簡単なんだけどねー……キープできるかなってうわわっ!」
 巨大黒雪だるまの影まで後少しというところで、シェイドは突然の飛来物を間一髪で回避した。見れば黒い雪の塊が
ずしりと地面にへばりついている。
「これか、シルスクたいちょが言ってたやつ。ま、とにかくさっさと影踏んじゃおう」
 
 言っている最中にも二度三度と黒雪塊の雨が降ってくるのを、シェイドはひらりひらりと軽快にかいくぐる。その余裕
の様を見てか、巨大黒雪だるまの攻撃が激化。その空洞のような口から雪玉を吐きだす体勢に入る。ラヴィヨンがボロボ
ロにやられたあの攻撃だ。
「ちょっ、そのでかさでそれは反則でしょ!」

 さすがにまずい。でも黒雪だるまの影はもうすぐそこだ。避けるより。隠れるより。走りぬけろ。どれだけ薄くなって
いようと、そこに影があるのなら。
 巨大黒雪だるまの口から今にも雪玉が吐きだされようとする瞬間。シェイドは立ち止まることも、横に逸れることもなく。

 静かに目を閉じて、ただ真っ直ぐに走りぬけた。
83劇場版 ◆EHFtm42Ck2 :2010/12/28(火) 22:04:34 ID:nfi7GwvR
「動きが止まってる……」
 デパートの屋上に到達したシルスクは、すぐに巨大黒雪だるまの挙動を確認する。小刻みに揺れているようには見える
ものの、ぼよんぼよんと跳ねるような動きをしている様子はない。シェイドの【影踏み】は問題なく効いているように
思われた。

「感謝する、シェイド。さあて、じゃあ俺もしくじらないようにしなきゃな」
 巨大なパイルバンカーを右肩に担ぎ、屋上のふちに足をかける。地上20階建てのその高さでは、巨大黒雪だるまの頭部
までやや距離があり、それがシルスクを不安にさせていた。近くに手頃なビルがなかったのだからしかたがないのだが。

 歴戦の猛者たるシルスクも、さすがにこの高さから命綱なしで、しかも重量感ある武器まで担いでバンジーしたことは
ない。それでも、躊躇して竦んでなどいられない。日没の時はもうすぐそこまで迫っている。この機を逃せば、あのデカブツ
を倒すチャンスはないかもしれないのだ。

 空を飛べる能力でもあればな、などとは、シルスクは微塵も考えたりはしなかった。隕石が落ちてもう十年、シルスク
は能力の発現がない。そんな自分を旧人類あるいはロートルなどと蔑む一方で、シルスクは能力に頼り溺れる人間たちこ
そを軽蔑している。自分もそうなってしまうのなら、能力などいらない。常々そう考えている。

「行くか」
 最後にすぅーっと軽く深呼吸をして。ビルのへりから中空に舞いあがるシルスクの体は、隕石が落ちた後も少しも変わ
らない地球の重力に引かれて落ちていく。真っ直ぐ、ただ真っ直ぐに。巨大な黒い雪塊の、そのど真ん中めがけ。

 身を切るような鋭い冷気に全身をさらしながら、シルスクは担いだパイルバンカーをしっかりと構える。視界に入る黒
い雪塊はどんどん大きさを増し、距離が狭まっていることを知らせる。冷気が目に染み、視界が滲んだ。それでもその瞳
は、標的を確かにロックし続けていた。

 飛び降りって、こんな感じか。シルスクはひどく不適切な感慨を抱いていた。時間の流れが遅く感じた。吹き付ける冷
気も、風を切るような心地よさも、そして確実に近づいてくる地面と、黒い塊も。全てをゆっくりと堪能している、そん
な感覚だった。次の瞬間にはそれが終わってしまうことが、少し残念に思えるほどだった。

「ぐっ……よ、よし、とったぞ、ゼロ距離」
 そして遂にシルスクという天からの砲撃は着弾。内臓がひっくり返るような衝撃とともに、構えたパイルバンカーの先
端が巨大黒雪だるまの頭部を穿孔。自身もしっかりとそこに両足をつけ、
「まだキングが残っちゃいるが、とりあえず……これで、任務完了だ!」

 約束された勝利の言葉とともに、力強く引き金を引く。打ち込まれた杭が発熱を以って標的を蝕み始めるのを感じた時。
 パイルバンカーの衝撃に弾かれたシルスクの体は、為す術もなく宙に投げ出されていた。
84創る名無しに見る名無し:2010/12/28(火) 22:08:32 ID:nfi7GwvR
…ふう。今回の投下終了です。あと一回あります
ほんとはザイヤとアヤメとドウラクの話が間にあったけど、あまりにも長い
から削ってしまった…10レス以上あると自分でもちょっとしんどいと感じる
とりあえずそろそろこいつらの設定紹介


黒雪だるまたち
Mr.ブラックスノーの昼の能力で作り出された雪の歩兵。黒いということ以外は基本的に普通の雪だるま
の姿を踏襲しているが、一様に無表情でちょっと不気味。また脚はないが腕は生えており、割と自在に
動かせる。その質量自体を武器にするジャンププレスと、口から雪塊を高速で吐きだすなど意外に多彩
で普通に危険な攻撃行動を取る。またただの雪だるまより頑丈だが熱には普通に弱い。ぼよんぼよんと
跳ねるように移動する様はかわいいの一言。
85創る名無しに見る名無し:2010/12/29(水) 14:17:38 ID:F/exBgRB
アルシーブさんwww

バフ課総力戦が熱い!
たいちょーの運命はいかに…
86創る名無しに見る名無し:2010/12/30(木) 02:16:01 ID:/gIJSZu/
>>84
活躍が省略されてシェイド涙目だなw
動きが丁寧に描写されてていいなぁ。
参考にさせていただきますね
87創る名無しに見る名無し:2010/12/31(金) 09:39:46 ID:H6ZwLOYG
大みそかですね。だからどうってわけでもないですが
さてと、劇場版ラスト投下します
年内に終わらせるという目標はなんとか達成できた。珍しい
88劇場版 ◆EHFtm42Ck2 :2010/12/31(金) 09:41:02 ID:H6ZwLOYG
 太陽が沈む。12月24日の太陽が沈む。
 途端、雲が広がる。それは太陽がいなくなるのを待っていたかのように、瞬く間に広く、分厚く。
 そして雪が降る。底のない穴のように黒く広がる空から降るその雪は、母なる空を忠実に写したような黒、たまに
灰、ごくまれに白。

 しんしんと降る。音もなく降り積もる。街に点りはじめた鮮やかな電飾を、人々の幸せを覆い尽くすように。
 
 12月24日、クリスマス・イブ。列島に、モノクロの夜が訪れる。


  『劇場版Changeling・DAY 〜バフ課壊滅! 漆黒が蝕む聖夜(イブ)再生編〜』


【午後4時44分 キング降臨】

 ヒートパイルバンカーを用いた決死の攻撃により、ブラックスノーゴーレムはただの水分へと成り果てる!
 宙に投げ出されたシルスクはワイヤーガンを使ってなんやかんやして無傷で着地! シルスクはシェイドを
 称えようとするが、ブラックスノーゴーレムの雪玉の直撃を受けてぎりぎり立っていた状態のシェイドは、
 ブラックスノーゴーレム消滅と同時に意識を断ってしまう! もはやこの場で満足に戦えるのはシルスクのみ!
 そんな状況の中、ついにこの夜の主役、クリスマス・イブの侵略者Mr.ブラックスノーが満を持してその姿
 を現した……!

アルシーブ「初っ端からとか! シェイドさん倒れるとことか絶対感動の嵐のはずでしょうに……」



「お見事! いや、流石だねシルスク君。君にはむしろ簡単すぎる余興だったかな」
 倒れたシェイドの脈を取っているシルスクに、乾いた拍手とともにそんな大仰な物言いで語りかける男がいた。
 男は続ける。

「さて、こんな日だし、一応こう言っておくとしようか。メリークリスマス、バフ課の諸君。まあ諸君なんて
言うほどの人数でもないけどね」
 その佇まいは1年前のこの日、同じように黒い雪景色の中で見たそれと何も違うところはない。黒いコート。両端
に雪だるまがあしらわれたファンシーなマフラー。そしてなぜか装着しているおそらくスノボ用のゴーグル。
 
 Mr.ブラックスノー。クリスマス・イブの侵略者。黒雪だるまがポーンなら、それらを統べるキングと呼ぶべき男。
日が沈んだ今、もはや身を隠す必要などないということなのだろう。能力犯罪専門の戦闘集団たるバフ課の前に、
こうして余裕の態度で姿を現した。

「Mr.ブラックスノー。まあさっき会ったが、一応こう言っておく。久しぶりだな。相変わらずクリスマス・イブは
暇人なのか」
「我の相手をしてる君も相当に暇人だと思うがね。いやしかし、残念だね。結局最後まで立っていられたのは、今年
も君だけだね、シルスク君。面倒なラツィームの親父さんは先に片付けてしまったし」
89劇場版 ◆EHFtm42Ck2 :2010/12/31(金) 09:42:03 ID:H6ZwLOYG
 世間話でもするかのように軽いその言葉に、シルスクは大きな衝撃を受けた。
 ラツィームを片付けた。間違いなく奴はそう言った。まさかとは思うが、あのラツィームが……死んだ? その最
悪のインスピレーションに達したところで、ブラックスノーが再び口を開く。

「フ、そんな悲壮感溢れる顔をするな。死んではいない。重傷だがね」
 思考を突かれて少しひやりとしたシルスクだったが、死んでいないと聞いてひとまず安心する。それが本当かどう
かはわからないのだから安心しきっていいものでもないのだが、確かめようがないのならば信じるしかないとも思った。

 一息ついて心を落ち着け、シルスクは胸にある疑問を口にする。
「Mr.ブラックスノー。今年はいつになく派手にやってるように思えるが、一体どうしたっていうんだ? 貴様のクリ
スマス・イブへの執着心が凄まじいことはもう十分知ってるが、今日は少し度が過ぎてるぞ」

 問いかけの後、しばらくの無言。答えを探しているのか、答えはあるが声に出すのを躊躇っているのか。シルスク
にそれがわかるはずもなかった。ただ空から降りしきるどす黒い雪が風に舞い、地面に降り積もる微かな自然音だけ
が、二人の男の間に流れていた。

「人は」
 長い間の後ようやく口を開いたブラックスノーは、そこで探るように言葉を切り、一拍置いて続けた。
「なんと愚かな生き物なのだ。どこまで愚かになれるのだ。そう思ったのだ」
「わからん。そんな高尚な言い方をされてもな。サルでもわかるように言えないか?」

 シルスクの率直な意見に、ブラックスノーはフッと薄く笑みを浮かべる。それは相手を嘲るような意地の悪いもの
ではなく、どこか寂しさを含んだような悲壮な笑顔だった。
「いいんだ、もう。我はもう……忘れたのだ。甘えも、優しさも、愛も慈悲も温もりも。そして、当初の目的さえも」
 
 訥々とそう呟きながら、ブラックスノーはその右手をゆっくりと頭上に掲げる。降り続ける黒い雪が、その掌へと
凝集されていく。
 それが合図だった。話し合いの時は終わったと告げ、力による話し合いを始めるための合図だった。
 応えて、シルスクは身を低く構える。

「終わりだ。全て終わりだ。何もかも、綺麗な漆黒に染めてやる」
 ブラックスノーの手のひらで凝集する黒い雪は細長く鋭く成形され、やがてそれは一振りの剣になる。応じて、シル
スクは腰のダガーを両手に構えた。

「今宵を最後に、クリスマスは滅ぶ! フハハハハッ!! そうだ! この国の記念すべきラスト・クリスマスはぁっ!!」
 黒い雪が薄く積った大地に、漆黒の影が走る。人間離れした速度でシルスクとの間合いを詰めると、勢いのまま強く踏み
切り――

「暗黒に蝕まれたこの夜!! 絶望が覆う、悲劇のブラック・クリスマスだぁっ!!」
 空へと跳躍したその影からシルスクへと、漆黒の斬撃が振り下ろされた。
90劇場版 ◆EHFtm42Ck2 :2010/12/31(金) 09:43:03 ID:H6ZwLOYG
【午後5時00分 プランB開始】

 ヒートパイルバンカーをシルスクに預けた後、その時点ですでにかなりの手傷を負っていたクエレブレは、戦闘に
参加することなく身を休めていた。だからそれ以後状況がどうなったのか、詳しくはわかっていなかった。
 どこからか「プランBで動け」という誰かの叫びが聞こえても、彼にはそれがどういう意味なのかすぐには理解でき
なかったのは、無理もないことだった。

「この声、シルスクか?」
 言っている間に、もう一度同じ叫びがどこからか聞こえる。間違いなくシルスクの声だった。雪の中でも声が届く
以上そんなに遠い距離ではないのだろうが、なにぶん降っているのは真っ黒い雪。視界の悪さは白い雪の比ではない。

 クエレブレがシルスクの姿を探している間に、同じ声がさらに響いた。プランB。どこからともなく飛んでくる同僚
の声は、確かにそう言っている。
「プランB、だな。ああ、了解したぜシルスク」

 きっとシルスクは今まさに戦ってるんだろうな、アイツと。それならば加勢したいという熱い気持ちと、今の傷だら
けの自分が行ったところで役に立たないよなという冷静な気持ちがクエレブレの中でせめぎ合う。結果後者を優先した
クエレブレは、せめてその戦いに少しでも勝機を作れるように全力でサポートする道を選んだ。

「いっつ……くっそ、膝痛てぇな……へっ、情けねぇけど、一人じゃちょっちキツいな」
 苦痛に顔を歪めながら吐き捨てて、近くで自分と同じように休んでいる二人の男達に声をかける。
「おいこらシェイド、ラヴィヨン。いつまでもへばってんじゃねぇ。ちょいと一仕事すんぞ」

 二人の頬をベシベシとはたきながら、少々強引に叩き起こす。そもそもこんな寒い中で寝たりしたら普通に死ねるだろ
と、クエレブレは彼らの図太さに軽く呆れた。

「ん、ん〜……も〜なんですかクエレブレ隊長。僕はもう十分がんばったと思うんですけどー」
「で、でか黒雪だるま!」
 寝ぼけてたわ言を口走るラヴィヨンの頭を思いっきりはたき、目を覚まさせる。それから恐ろしく簡潔に状況の説明
をしてやる。

「目ぇ覚めたかラヴィヨン。お前んとこの隊長がMr.ブラックスノーと交戦中だ。たぶん単身でな」
「はぁ、そうッスか……は!? 隊長がMr.ブラックスノーと!? か、加勢しないと――」 
 勢いこむ若い2班副隊長を、クエレブレはぴしゃりと制する。

「無駄だろ。邪魔になるだけだ。それよりもやることがあるんだ。あいつは「プランBで動け」と言ってきた。意味わかるな?」
 一瞬、ラヴィヨンの瞳が揺れ、すぐにクエレブレの瞳へと戻ってくる。力強い目だった。
「プランB……やるんスか?」
「あいつがやれって言ってんだ。俺らにできるのは、サポートしてやることくらいだしな」
 
 言って、クエレブレはよろよろと腰を上げる。つられてラヴィヨンが、最後にシェイドも立ち上がる。誰もが傷だらけ
で。それでいて誰もが力強い表情で。

「あいつらの居所はわからん。だからもう派手にやっちまえ。どうせクリスマス・イブだ。多少のやんちゃは許されるさ」
91劇場版 ◆EHFtm42Ck2 :2010/12/31(金) 09:44:23 ID:H6ZwLOYG
【漆黒の絶望、紅蓮の光明】

「フハハハハハハッ!」
 漆黒の影が次々と繰り出す剣撃の雨を、シルスクは全て間一髪で防ぎきっていた。
 頭を左に。体を捻り。時に跳躍し。右手のダガーでいなし。左手のダガーで受け止め。両手で押し返し。そうして作った
一瞬の隙に前蹴りを入れて、一時距離を取る。

 少しだけ息が上がっている。だが今のところ致命傷は負っていない。かすり傷をいくつか貰った程度だ。
 だがそれは、彼が防戦に集中したからこそだった。攻撃することを意識していたら、おそらくこのくらいの手傷では
済んでいないだろうと、シルスクは軽く焦っていた。

 能力者ってのはこれだから嫌だと、シルスクは心底苦々しく思った。どうせこの男も、能力が発現する前は殴り合いの
ケンカなんて一度もしたことのない一般人だったんだろう。そんな凡人が、特殊な訓練を受けて特殊な状況の中で育った
自分と互角に切り結んでいる。ほんとに人間ってのはなんでこうも簡単に狂ってしまうんだ。バフ課に入って以来ずっと
抱き続けるそんな思いが、改めてこみ上げる。

「まったく君には驚かされるよシルスク君。能力を持たない君が、我と互角の戦いができる。君は本当に人間か?」
「フン。言い得て妙だな。それは貴様がすでに人間ではないと言っているようなもんだ」
「フ、フハハハハッ! さあどうだろうな? そこは議論の余地があるとも思うが……まあ今はどうでもいいな。さて、
続きといこうか」

 言って、ダンッという音がシルスクの耳にも届くほど力強い踏み込み。狂気じみた笑顔を浮かべた影は、一瞬で
シルスクの正面に到る。
 さっきより速いな。あくまで冷静に分析して、勢いが乗った袈裟切りを身を屈めて回避。空いた脇腹への反撃を試み
るが、一瞬早く影の右膝が迫ってくる。

 やっぱり攻め手がない。攻撃を断念し、さらに身を低く落とす。ほぼ地面に這うような姿勢になったシルスクは、
積もる黒雪を一つかみし、ブラックスノーの顔面へと投げつけた。

「ぐあっ! く、くそ……」
 ゴーグルで目は保護されているとはいえ、ゴーグルに黒い雪が付いてしまえば視界は奪われる。たまらずブラックス
ノーはその場違いなゴーグルを外す。その隙の間にシルスクは体勢を立て直すことができた。

「フハハハッ。我ながら情けないことだ。自らの黒雪に足元をすくわれるとは」
 思えばシルスクは、この男の素顔を初めて見たのだった。一昨年と去年と交戦したが、その時はゴーグルを外させる
に至らなかった。

 その男の顔は、シルスクに別のある能力犯罪者を想起させた。規格外の能力を持つその男は、裏社会で知らない者
はいないほどの危険人物とされている。その男と同じ狂暴性を帯びた光が、目の前にいる黒い雪の男の目に宿っていた。

「シルスク君。我は素顔をさらしてしまった。よって、君を生かして返すわけにはいかなくなった」
「フン。始めからそんなつもりなかったろうが。物騒なもん振り回しといて」
 芝居めいた大きな動作で黒い雪の剣を構え直すブラックスノーに、シルスクは間髪入れずに言い返す。
92劇場版 ◆EHFtm42Ck2 :2010/12/31(金) 09:45:26 ID:H6ZwLOYG
「冗談ではない。我は……本気だ」
 再度の鋭い踏み込み。構え直そうとしたシルスクは、足元に異変を感じる。黒い雪が足の平にまとわりつき、彼の
動きを制限していたのだ。

 こりゃマジでまずい。思うより早く、ブラックスノーの剣撃が襲う。身を反らせてギリギリの回避。バフ課の冬仕様
制服がすっぱり切れた。

 さらに剣圧。危うく左手で防ぐが、ダガーを弾き飛ばされる。その間にもなんとか足を動かそうと試みるが、黒い雪
は意思を持っているかのようにがっちりとシルスクの足を離さない。さっさとあきらめて、意識をブラックスノーに戻す。
「言ったろ? 我は本気だと」
 狂気じみた表情で愉しげに言いながら、力一杯剣を振り下ろしてくる。それを右手で防いだ時、足が動く感覚があった。
わずかに、だがさっきまでより明らかに緩んでいる。

 これなら動かせる。そう思って意識を足に向けたのが、シルスクの致命的な失敗だった。

「ぐはっ……!?」
 シルスクの左肩を、黒い雪の剣が貫いていた。脚の拘束が緩んだこと自体がブラックスノーの策略だったと、シルスク
は鋭敏な激痛を覚えながらようやく悟った。ずしゅるっと嫌な音を立てて剣が引き抜かれる時、鋭い痛みがさらに増した。

「チッ……しくじったな、俺としたことが」
 この夜を覆う冷気が、さらに傷口を刺し続けているような気がした。これほどの手傷を負うのが久しぶりなせいか、
シルスクはその場にうずくまるしかなかった。その鼻先に、赤い液体が滴り落ちる黒い剣が突きつけられる。

「君は本当によく頑張った。だがもう休むがいい。そして君という犠牲が、この忌まわしき夜に捧げる最高の贈り物となるのだ」
 終わり、か。シルスクは覚悟を決めた。戦いと人殺しと隣り合わせで生きてきた。今まで生きてこられたのが不思議
なほどに。能力などというものがはびこる世の中になっても、しぶとく生き残ってきた旧人類。でもそんな前時代の遺
物は、そろそろ消えるべきなんだろう。そう思って目を閉じようとした時。その瞳に、ひとつの光が見えた。

「……なんだあれは」

 黒い空。降りしきる黒い雪。黒しかないはずの世界の中に、小さく、しかしはっきりと存在する赤。その赤は瞬く間に
広がっていく。それはシルスクの正面だけでなく左右、そして振り向けば背後にも広がっていた。

「な、なんなのだこれは!?」
 あまりに予期しないその光景に、ブラックスノーもうろたえる。

 彼らを囲むように広がる赤。それは煌煌と明るく燃え上がる炎だった。街が燃えていた。電飾も。ツリーも。リースも。
彼らを囲む街そのものが燃えていた。
 やってくれたな。シルスクは思わず苦笑した。その赤い炎の海こそ、彼がコールした『プランB』がつつがなく発動され
た証だった。それを見て、シルスクはもう一度立ち上がる。

 まだやれる。やらなきゃならない。決意に満ちたその瞳に、紅蓮の炎が揺らめいていた。
93劇場版 ◆EHFtm42Ck2 :2010/12/31(金) 09:46:39 ID:H6ZwLOYG
【終局】

「フ、フハハハハッ……炎で囲むとは。これは君の策略か? つくづくよくわからん男だ。たかが一人の人間相手に
街を焼き払う。並の人間には出来ない判断だな」
「嬉しいね。正直なところ、人死にが出ようが俺は別に知ったこっちゃないからな。ただ貴様を野放しにしておくのが
気に入らないだけだ」

 言いながらシルスクは、右手の甲に切り札を取りつける。2班のおバカな兵装設計担当者が作ったものだが、こんな
時に意外に役立つものだと思った。同時に左肩に軽い応急処置を施し、ダガーを左手に持ち替えた。
 もう、勝負はすぐに決まる。根拠は薄いが、それでもはっきりとシルスクは思った。周囲の温度が明らかに上がっ
ている。ただそれだけの事実が、シルスクのその推論を導き出していた。

「Mr.ブラックスノー。貴様にどんな事情があるのか、貴様のこのはしゃぎっぷりの原因がなんなのか、俺にはわから
ないし、わかってやる気もない。だがな」
 体勢を低く取りながら、そう語りかける。意味深な間を一応取っておいて続ける。

「そこにどんなに深く酌むべき事情があろうと、貴様はただの能力犯罪者だ」
「能力……犯罪者……フ、フフ、フハハハッ……ならば君は、我をどうすると言うのだ」
 シルスクの言葉に一瞬衝撃を受けたような表情になったブラックスノーは、すぐにまた狂気じみた笑顔に戻って問う。

「決まっている。俺がバフ課の一員である限り、その質問には答えるまでもない」
 力を込めて言い切る。それに被せるように、黒い影が迫る。その速度はしかし、先ほどに比べて明らかに遅いとシル
スクは感じた。

「フハハッ! よかろう! ならばその刃で! 拳で! 答えてみせろ! シルスク!」
 渾身のはずの剣撃。それすらもやはり、さっきよりも鈍重だった。常人から考えれば十分に早いが、その程度ならも
はやシルスクにとって問題ではない。
 余裕を持って回避。そのまま左手のダガーで、今度こそガラ空きの脇腹を切りつける。一瞬うめき声がするが、怯ま
ない。すぐに次の剣撃。身を反転させ、返す刀で横っ面に裏拳を決める。それでも怯まずに剣を振りかぶるブラックス
ノーの鳩尾に渾身の右拳を叩きこみ、最後の追い打ち。

「うぐほっ! んぐ、な、なんだこの感触は……」
 腹を押さえてげほげほと激しくむせ返りながら、ブラックスノーはそこに残る奇妙な温感に首を傾げていた。

 シルスクが右手に取り付けた腕甲。それは設計担当者が言うには、末端を温めるためのカイロのようなものらしかった。
ただ完全なる失敗作で、つけている本人はまったく温かくならないくせに、外から触ると火傷するほど熱くなるという
まったく意味不明の産業廃棄物だった。だがそれは、「冷感」を武器とする人間にとっては切り札となりうる立派な武器に
早変わりした。
94劇場版 ◆EHFtm42Ck2 :2010/12/31(金) 09:47:59 ID:H6ZwLOYG
「Mr.ブラックスノー。貴様ももう気付いているだろう? 火の海に囲まれたこの空間の気温は、もう冬とは思えないほど
に上がってる。寒さを力の源とする貴様は、もうほとんどただの人間に等しい。そしてただの人間じゃあ、俺には勝てない」

 この時シルスクは少し妙な感覚に襲われていた。周囲の気温が上がっているのは間違いないのだが、自分の体が随分
と冷えているような、そんな感覚だった。だが今は、そんなことは気にしていられなかった。

「フ、フフフ、フハハハハハッ!! 確かに、もはや我にはほとんど力は残っていない。だが、だがな! 我はクリスマス・
イブの侵略者Mr.ブラックスノー! この夜が終わるまで! 我は漆黒の侵略者であり続けねばならんのだ!」
 その瞳に宿る狂気の光は、力が弱まった今でも少しも和らぐことはなく。だからシルスクははっきりと決めた。最後
まで、決して手を抜かないことを。

「そうか。ならもういい。Mr.ブラックスノー、観念しろ。貴様が主役のシケたクリスマスパーティは」
 最後の瞬間。この勝負で初めて、シルスクから動く。すでに限界が近い脚をフル回転させ、黒い雪の道を疾駆する。
 その速さに、もはやブラックスノーは対応できない。苦し紛れに振り下ろされた右腕を、冷静にダガーで刺し貫く。

「今宵で、お終いだ!」
 勝利の咆哮とともに、さっきと同じように右拳を鳩尾にめり込ませる。体をくの字に曲げたブラックスノーの、その
ガラ空きの下顎に叩きこむ、全力を込めた追撃の右アッパー。

 漆黒の空に、漆黒の男の体が大きく舞いあがり。それは自然の法則に引かれ、どさりと派手な音を立てて地面へと崩れ
落ちる。

 立ち上がる気配はない。死んではいないだろうが、ブラックスノーの身体能力はもはや普通の人間並みまで戻っている。
その状態で右腕はダガーで貫かれ、鳩尾と顎にプロの拳を打ち込まれ、挙句派手に体を打ちつけている。立ち上がれるはず
もない。

 ゆっくりとその倒れ伏した男に近づき、隣に立って見下ろす。目を合わせても、互いに発する言葉はない。ただ無言
で、にらみ合いとも見つめ合いとも取れない時間が流れた。
 それでもその瞳を見て、シルスクはようやく気を抜くことができた。ブラックスノーの瞳からは、窮地に陥っても薄れ
ることのなかった狂気の光が完全に消えていた。

 能力犯罪者、クリスマス・イブの侵略者Mr.ブラックスノーはもう消えた。頭の中にそんなフレーズがこだまして、
シルスクの心身の緊張が安堵に緩んだ、そんな時。

 ひどい冷感を感じた。何事かと思って見れば、背中が雪に埋まっている。それが自分が地面に仰向けに倒れたからだ
と気付いた時には、シルスクの意識は漆黒の闇の中へと吸い込まれていった。
95劇場版 ◆EHFtm42Ck2 :2010/12/31(金) 09:50:11 ID:H6ZwLOYG
【エピローグ】

 黒い雪がやんだ。
 代わりに、と言うべきなのか。空からは白い雪が降りはじめていた。
 しかしそれはただの白い雪ではないように、クエレブレには見えた。

 純白と言ってなお足りないほどに白く、それはむしろ銀色に光り輝いているようだった。それが実際そうなのか、
単に真っ黒く汚れた雪を散々見せられた後だからそう見えるだけなのかはわからなかったが、とにかくそれは神々しい
ほどに美しいものに思えた。

 呆けるほどに綺麗なその光景を、戦い抜いた同僚にも見て欲しかった。自分の腕の中で、力なく瞼を閉じている同僚に。
「なあシルスク、見ろよ。雪だぜ。久しぶりのホワイトクリスマスだ。ほら、見ろって……目……開けろって……ふざけんなよ……」
 決して答えない。弛緩しきって垂れた腕も、クエレブレの手に重みを預けた首も、ぴくりとも動かない。ただその表情
だけが、ひどく安らかだった。

「ラヴィヨンのガキがピーピー泣いてうるさいだろうが。あの頭悪そうな兵器担当だってさすがにきっと泣くぞ」
 そんな言葉にも、反応する者はいない。その体が生ある者としては明らかに冷え過ぎているという事実を、クエレブレ
はあくまで見ないようにしていた。

 人の死に立ち会うのは、あの外国人以来か。気付けばクエレブレは、下くちびるを血が出るほど強く噛みしめていた。
溢れそうな何かを必死で堪えていると、周囲が俄かに騒がしくなった。

「あん……? おい、どうなってんだ?」
 プランBによって、ほぼ一面焼け焦げた街。黒い雪ではなく黒いすすでどす黒く汚れていたはずのその一帯が、まる
で何事もなかったの如く復元されていた。きらきらとまばゆい光に包まれて、建物が、ツリーが、電飾が。全てが再生の
光の中にあった。

 こういうの、奇跡っていうのかもなと、クエレブレは柄にもなくそう感じた。あまりにもベタでクサい発想だが、そ
れはまさにクリスマスの奇跡だと思った。そしてその再生の奇跡は――

「おい、クエレブレ。気持ち悪いからさっさと離れろ。殺すぞ」

 この空の下に存在するあらゆるものに、等しくもたらされたのだろう。


 -完-


アルシーブ「ん〜ん。そこかしこからやっつけ感がプンプン香ってきます! 無理矢理まとめた感がありありと漂ってます!」
シルスク「まあいいんじゃないか? 俺もちゃんと生きてるし」
アルシーブ「途中の総集編とか! 「なんやかんや」ってしょっちゅう使われてましたよ! 何ですか「なんやかんや」って!」
シルスク「まあいいんじゃないか? 冗長になるより」
アルシーブ「う〜……シルスク隊長さんはアレですね! 製作者の回し者ですね! 尻尾を振る犬ですね痛! 痛! 痛い!」
シルスク「茶の恨みでもう一発な」
96創る名無しに見る名無し:2010/12/31(金) 09:55:37 ID:H6ZwLOYG
…ふう。劇場版終了です。長かったー。70KBに達してたw
とりあえず最後に一応こいつの人物紹介


Mr.ブラックスノー
本名:黒野大雪(くろのまさゆき)
年齢:20代
詳細:チェンジリング・デイ以降、クリスマスを亡き者とせんがために出没する奇人。A級能力犯罪者として
バフ課の標的となっている。必ずクリスマス・イブに現れ、その能力を駆使して街中で迷惑行為を繰り広げる。
その目的は結局明確でないが、妹に関係しているという説がまことしやかに流布されている。

《昼の能力》
雪の傀儡
【意識性】【操作型】
降り積もった雪から雪だるまを作り出し、思いのままに使役する能力。この能力で作り出された
雪だるまは真っ黒な雪だるまとなり、足はないが跳ねるように移動する。日没がこようとも能力
の効果が切れることがなく、基本的に溶けてなくならない限りは意思を持って動き続ける。普通
の雪だるまに比べて頑丈。黒雪だるまの大群がクリスマスイブの街中を闊歩する様は「ブラック
スノーマンの行軍」と呼称されて一部の人間から恐れられ、また一部の人間からは密かに楽しみ
にされているらしい。


《夜の能力》
雪の暴君
【無意識性】【変身(力場?)型】
寒さを感じるほど戦闘能力が向上する能力。動物的感覚と身体能力の著しい向上を引き起こす。
基本的には自分を追い込むことによる自分強化能力。Mr.ブラックスノーは作中黒い雪を操るよう
な力も見せたがこれについてはよくわかっておらず、反動現象の一種ではないかとする説がある。
また逆に、身体能力の強化の方が反動であり、この能力の真の力はもっと大きな別の力ではない
かという推論もある。


チートっぽさは劇場版の定番ではないかということでこんな謎スペックになりました
97 ◆BY8IRunOLE :2010/12/31(金) 12:59:52 ID:i3IKe/hW
乙でしたっ!!
いやー読み応えありましたね……
(最後、建物復活はいいとして、シルスクの回復に解説が欲しいところではありますがww)
シェイドがあまりに涙目ww これは、書いてあげないと!とも思うけれど……書けるかなぁ?

そして年内完結おめでとうです! 今年はここでたくさん楽しませていただきました。
書き手の皆様、そしてROMの方々。来年もどぞよろしくです

良いお年を〜 ノシ
98創る名無しに見る名無し:2010/12/31(金) 19:14:13 ID:k9UMUxzB
投下乙です! まとめて感想〜
感想前に良いお年を!

>>60
衛……ついにロリコン自覚したかw
恋人に見られたいとかwww お前らもう結婚しちまえよw
ああ、首輪に周りが引くのはよくわかるなw

>>65
いらっしゃいー
谷風、器用貧乏っぽいのに素が強いな
そして男の娘きちゃったw
夜見坂高校、相変わらず物騒な高校だなー

>>73-(劇場版

黒雪だるま、とんでもないな
クリスマスが毎年潰されたのも納得できる。
アルシーブw。やべぇ、なんか凄くツボに入ったんですけどw 好きだわ、こういう娘
バフ課熱い! そしてシルスク良くやった!
燃えたし、笑ったしで面白かったです。来年になる前に読めて良かった。
99創る名無しに見る名無し:2010/12/31(金) 20:10:56 ID:bmMM3DQG
>>96
乙乙w年内に終わらせるとかすげぇw
シェイドとシルスク生きてて良かった〜
ネタなのかシリアスなのか分かんなくなったなw
とにかくお疲れ様〜

そしてみなさん良いお年を〜
100創る名無しに見る名無し:2010/12/31(金) 23:13:22 ID:XWMzU015
>>96
乙です
今年の最後に熱いバトルありがとうございました
アルシルコンビも結構好きだ
101リリィ編 ◆zKOIEX229E :2011/01/01(土) 03:36:50 ID:QpwDb+q6
“機関”とは能力者の暴走、あるいは悪意を持つ者の能力の悪用を防ぐため結成された組織だ。
基本的に“バフ課”との違いは管轄くらいだろうか。“機関”は国際犯罪者を追う傾向がある。
リンドウから聞いた話だが、彼女もそこまで情報は得られていないらしい。情報は厳重に規制されている。
ファングやクロウがお世話になっているというクロスという女も“機関”に属しているというが、できれば関わりたくない。

機関・第七研究所

高層ビルの一角。俺はその研究室の扉が見える位置に息を潜めて待機していた。
研究員だろうか。白衣を着た男や女が扉を頻繁に出入りしている。
自身の能力は見つからないように最小限に収束させる。最近になってようやく霧の意識的な操作が出来るようになってきた。
収束する分、その効果が強くなるが体力が奪われる。長時間の使用は作戦に支障をきたす。時間との勝負だ。
「……行くか」
時間を確認して、俺が物陰からゆっくりと歩き出す。ロッカールームから拝借した白衣を着て。
扉から一人の男がこちらに向かってくるのを確認する。
それは白衣を着た俺の似姿。一ヶ月前からフールの能力を使って潜入させていた駒だった。
人型が俺の周囲を漂う霧に触れて姿が崩れ、一枚のカードに変わる。
ひらひらと舞い落ちるカードを手に取る。それはタロットカードだった。図柄は足首を大樹に吊るされた男。
“The Hanged Man”
これがフールの能力なのか。そういえば、やつの能力について俺は知らない。
聞いてはみたものの、上手くはぐらかされるだけだったし、俺も追求はしなかった。
カードをポケットに収納し、研究室の扉に手を掛ける。

警報が鳴り響いた。

構わず研究室の扉を開ける。
大小様々な機材が並び、研究室の中央を照らしていた。
緑色で統一された部屋は広く、そこを警報を聞いた人が右往左往していた。
「侵入者だ!急いで避難室へ!」
「君も早く逃げなさい!」
書類を持った男が俺に忠告してきたが、曖昧に頷きつつ俺は人の顔を観察していた。
警報は先程の緑のパネルの装置で、俺が発生させたものだ。
出入り口は一つしかない。ここで避難してくるエデンを擦れ違いざまに刺し殺す。
違う。
違う。
こいつも違う。
「……どこだ?」
研究室は逃げ惑う人が少なくなり、やがてゼロになった。
(この時間には絶対にここに居ると聞いていたが……まさか、研究室に居ないのか?)
俺が撤退するか悩んでいたところ、人の気配を感じた。
中央。ライトで照らされた機械的な手術台の上。
全身を包帯で包んだ男が居た。
(あれが、エデンか?)
白衣の中に隠した短剣を起動可能にしておく。
いつでも最大出力が出せるように。それだけ手術台の上の男が放つ雰囲気は異常だった。
近づいて相手をよく観察する。
頭から指先まで包帯で包まっていたが、奇妙なことに包帯の上に服を着ていた。
片目だけが包帯の隙間から見え、その眼は閉じていた。肉付きが良い胸元の包帯が静かに上下していた。
(寝ている……のか?)
ともかくこれでは顔が確認できない。
顔の包帯を剥がそうとして、指先を伸ばした。
包帯男の目が開かれた。
「……気配ガし、ナイな。お前」
ミイラ男が喋った。
俺は跳躍。3メートル後ろの壁際まで後退する。
ナイフを2本取り出し、構える。
包帯男が上半身を起こし、俺を見据えていた。
「雰囲気ガ似テいるカラ、エデンが来タかと思ッタが……そうカ、お前ガホーローか」
布地のしたから、くぐもった声が聞こえた。
暗殺は失敗した。
102 【だん吉】 :2011/01/01(土) 04:26:17 ID:QpwDb+q6
投下終わりです。
改行が長すぎます…だと…
みなさんあけましておめでとうございます。よいお年を。
103創る名無しに見る名無し:2011/01/01(土) 18:49:19 ID:vmx25pcy
新年初投下乙!
これは緊張感があるな…
104器用貧乏と高位魔女 ◆tWcCst0pr6pY :2011/01/01(土) 22:20:59 ID:W9tuDZa4
>>65-69と多少連続性がありますが、これ単体で読んでも問題ないです。

登場人物
・谷風 良(たにかぜ りょう)
ごく平凡な生活を送っている夜見坂高校一年男子。
カラーギャング『ブラッディ・ベル』元総長の疑惑あり。

《昼の能力》
名称 ポルターガイスト
【意識性】【操作型】
(能力説明)
遠くの物体を壊したり動かしたりできる。
大気や重力を操ることも可能で自身を対象に使うと身体能力の強化も可能だが、負担が大きい。
能力の強度そのものはそこまで強くない。 器用貧乏と言われがち。

《夜の能力》
名称 ノーチェンジ
【意識性】【操作型】
昼の能力から一切変化しない。

・坂峰 蓮(さかみね れん)
非常に女性的な容姿の夜見坂高校一年男子。兼風紀委員。
セミロングの黒髪。女子制服着用で、非常に内気。

《昼の能力》
名称 なし

《夜の能力》
名称 夜刀(ナイトブレード)
【意識性】
【変身型】【具現型】
自身の影を一振りの刀に変える。
身体能力も劇的に強化され、精神にも多少の変調を来す。

・工藤真緒(くどう まお)
能力開発機関、ERDOの特務部門に所属する女性。
陽気な性格の十六歳。
ショートカットの髪と黒い服を好む、極度のゲーム好き。

《昼の能力》
名称 魔女(ウイッチ)
【意識性】【力場型】
地水火風の四元素を操作し、それに応じた超常現象を引き起こす。
『エンカウント』という手続きが必要だが、ほぼ無尽蔵に放つことができる。

《夜の能力》
名称 高位魔女(ハイ・ウイッチ)
【意識性】【力場型】
昼間の能力の純正強化版。『エンカウント』の後、
地水火風の四元素を複数組み合わせた合成術を放てる。
105器用貧乏と高位魔女 ◆tWcCst0pr6pY :2011/01/01(土) 22:26:27 ID:W9tuDZa4
午後三時。夜見坂高校の多額の出資をしているその某研究機関開発部門チームは、小休憩を取っていた。
休憩所に設置されたモニター上では、高校生同士が夜の街で戦闘を行っていた。先日夜見坂高校から届いた、ある夜間戦闘訓練を記録した物だ。
「谷風良。夜見坂高校一年男子。能力名はポルターガイスト。周囲の空間に力を加えられるみたいです。
順当に体力を消耗するタイプ、と同封された報告書にはあります」
画面上で爆風を避けた男子は、直後に風紀委員の指を全て破壊していた。
「あらら。また負けちゃったよ風紀委員。予備動作の差が勝敗を分けたな。最初の一撃を読み切った学生――谷風だっけ? も凄いけど」
「確かにタイムラグなしで力を発動させられるのは脅威ですが……本人同様、地味の一言に尽きますね。
火力を完全に切り捨ててる。実に若者らしくない能力の使い方だ」
「そこは実戦的と言ってやりましょうよ。この爆破能力者は、風紀委員のナンバー2らしいですよ」
各々飲み物を片手に意見を述べていく。皆この手の戦闘記録を批評するのが好きなため、休憩中にこういった動画を観賞するのがチームの日課であった。
「お、この子凄い可愛いな」
影から刀を取り出した儚げな容姿の学生の顔を見て、男性職員の一人が呟く。
「あの子がエースらしいです。能力名は夜刀。内容は刃物の生成と身体能力の強化」
人間離れした敏捷性で谷風を襲った少女だが、攻めきれない。それどころか距離を取り、無軌道に動きながら様子を見始めてしまう。
「何をビビってんだ、この子? 風紀委員なら戦闘訓練は普通以上にやってるはずだろ」
「ええ。ですが相討ち覚悟の迎撃を警戒したそうです。紙一重の攻防では向こうの方が数段上手だろう、とも言ってたとか。それで隙を窺っていたんですが……」
やがて街灯が壊れ、美少女が屈み込む。その後、見えない何かが彼女を弾き飛ばした。
「彼女の当ては外れました」
「へえ。重力操作ですか。一応大技も使えるんですね」
「相応のリスクを支払ったみたいですがね。もう一人戦闘員がいれば、確実にこの成績不良者は負けていたでしょう」
頼りない足取りで一歩だけ校内に入った少年は、そのまま踵を返してしまった。そこで映像が終わる。
「何だかなあ。運が良かっただけなんじゃないの? 途中の二人くらいはほとんど闇討ちみたいなやり方で倒してたし」
「最初の一人に不意を突かれたもんだから、谷風君も火が点いちゃったんじゃないですか。まあ、そういう奇襲を凌ぐスキルをどこで育んだのかは謎ですが」
「もしかしたら、彼……」
一人が意見を述べる。
「無意識のうちに危険察知とその回避に能力を振り分けてるんじゃないですか?」
「確かに本人の努力や嗜好で能力を変質させる例があるのは、統計を見ても明らかですが……夢がないにも程がある。
普通派手な破壊を求めるもんですよ、この年頃の男は」
「とにかく、これを見て強いだろうと言われても疑問符が残りますね。どうもこっちに彼の強さが伝わってこない」
「最後に戦った美少女の意見ですが、彼はあるカラーギャングの元総長だったのではないかとのことです」
「この地味な能力と見た目で? 誰も付いてこないだろ」
そこでどっと笑いが起きる。
「最近は治安も多少改善されましたが、少し前まで少年同士の抗争も多かったですからね。その中心に身を置いていたのなら、
彼の戦闘慣れしてる感じも納得はできます」
「喧嘩自慢の素人を有望株に挙げられてもなあ。大枚はたいて援助してるんだから、もう少しまともなのを持ってきて欲しいよ、あの教育機関には」
「今は大人しいらしいけど不良疑惑があるんだっけ、この地味な奴。せっかくだからこっちからもエリートを出して、
再追試がてら鼻っ柱を叩き折ってやるか」
その話題になった途端、職員全員の目が光る。
「誰を送り込みますか? こっちの抱える特別養成組と比べれば貧弱と断言していい能力ですが、能力の瞬発力と応用性には注意が必要ですね」
「うーん」
悩んだ末、室長の中年男性が言う。
「ウイッチにしとくか。お互い学ぶべきところがある組み合わせだろうし」
そしてその日、一人の特務部門所属の女がこの研究チームに呼び出される。
106器用貧乏と高位魔女 ◆tWcCst0pr6pY :2011/01/01(土) 22:29:18 ID:W9tuDZa4

夜見坂高校の休み時間。教室の自分の席でぼんやりしていたその少年は、校内放送で突如名前を呼ばれ硬直した。
「谷風君、何かやったの?」
呼び出されたその一年生男子――谷風良に真っ先に近づいてきたのは、女子制服を着た女顔の男子、坂峰蓮である。
「何かやったのって……人聞き悪いな」
不快感を隠さずに言う谷風に、坂峰は作り物のように整った顔を近づけて囁く。
「だって谷風君って、『ブラッディ・ベル』の元リーダーじゃないの?」
「憶測で人の経歴を決めつけんのは――」
教室の片隅で行われてた二人の密談は、再度始まった校内放送に遮られた。
『あー! あー!』
若い女の声だ。完全に音割れを起こしており、耳を塞ぎたくなるような煩さだった。マイクテストにしてもひどい。
『ブラッディ・ベル総長、谷風良! 私は『EXA Research and Development Organization』通称ERDO特務部門から来た正義の魔女、工藤真緒!』
ほとんどの学生と同じように手で両耳を塞ぎながら、机に突っ伏した谷風は呻く。
「うっせえ……」
『この学校の風紀委員を倒して調子に乗ってるようだけど、あなたに更正の余地があるかどうか、私が今一度テストしてあげるわ! 今日の夜八時、屋上で待つ!』
がしゃんとマイクを叩きつける音で、ようやく騒音が止まる。
「何だよ、今のは」
見れば教室にいた何人かの生徒は谷風を凝視していた。男子の一人が訊いてくる。
「谷風。お前、ブラッディ・ベルの総長なのか?」
「んなわけねえだろ」
「だよな。ERDOの連中、何をどう勘違いしてお前みたいなのを狙ったんだか」
クラスメイトたちは早々に谷風に興味を失い、各々の話題に戻っていったが、坂峰だけは心配そうな顔のまま、離れようとしなかった。
「ERDOの特務部門って、戦闘が本業のプロ集団って噂だけど……勝てるの?」
「いや、別に闘わねえし」
「え?」
「何で俺が連中の早合点に付き合わなきゃいけないんだよ」
「へえ」
坂峰が意外そうに言う。
「不良って、どんな決闘にも応じるものだと思ってた」
「だから不良じゃねえって……」
そんなとりとめもない会話で、休み時間が終わりを告げた。
勿論、その日普段通りに下校した谷風良が、自称ERDO特務機関所属の女の呼び出しに応じることなどなかった。
107器用貧乏と高位魔女 ◆tWcCst0pr6pY :2011/01/01(土) 22:31:16 ID:W9tuDZa4

翌日の休み時間、またしても騒音が夜見坂高校の瀟洒な校舎を覆い尽くした。
『ブラッディ・ベル総長! まさか決闘から逃げる臆病者だとは思わなかったわ!』
昨日と同一人物らしかったが、その女はひどい鼻声だった。律儀に寒風吹き荒ぶ屋上に立ち尽くして、風邪でも引いたのかもしれない。
「おい、そこの風紀委員」
延々と続く怒声に顔を引きつらせながら、谷風は坂峰蓮を手で招いた。
「どうしたの」
「昨日から騒いでるこの女をどうにかしろよ。校内の平和は乱れてるし、俺も覚えのない罵詈雑言を浴びせられてんだが」
「昨日話題になったけど、どうも先生方、この件には口出しする気がないみたい。何しろ凄い額の資金援助をしてるスポンサーから直々に送り込まれて来たらしいから」
それに、と坂峰は申し訳なさそうに言葉を継ぐ。
「この前の補習授業で、風紀委員が谷風君に全滅させられたことが、やっぱり教師たちの間でも尾を引いてるみたいなんだ。先生に気に入られてる生徒が多かったし」
「冗談じゃねえよ……因縁つけてきた挙句負けて恨み言とか、どんだけ器が小さいんだ……」
『今すぐ体育館まで出頭しなさい! 本当は屋上が良かったけど、寒いからなし!』
「気が早いな……」
谷風は溜め息をつく。とりあえず、隣の坂峰が言うには教師の制止も期待できない状況らしい。
「行った方がいいと思うよ。皆もちょっと怒ってるし」
確かに二日連続の騒音公害に、周囲も厳しい視線を向けている。
「何で被害者の俺が悪党扱いされてんだろう……」
ぶつぶつとこぼしつつも、谷風は教室を後にした。
渡り廊下を使って、目的地に辿り着く。謎の女から決闘場所に指定された夜見坂高校の広々とした体育館には、二年の運動服を着た結構な数の先客がいた。
バスケットボールをする予定だったらしい。ボールを持った二年生たちは、体育館の片隅から、中央で向き合う二人を好奇の眼差しで見ていた。
当然体育教師もおり、成り行きを見守っていた。風紀委員会の長も、授業を抜け出して観戦に来たらしい。
そして中央には、私服姿の女がいる。
「遅かったわね! 悪名高きブラッディ・ベル総長、谷風良!」
何度も咳を繰り返していたその女は、怒気を孕んだ声で叫んだ。
陰気な黒いワンピースを着ている割に、快活そうな雰囲気の女だった。そんな印象を抱いたのは、動きやすそうなショートカットの髪のせいかもしれない。
「色々言いたいことはあるんだけど……まずその総長ってのは、どこから出た話なんだ?」
「研究所の連中曰く、『やたら可愛い刀使いの風紀委員談』よ!」
「坂峰か……」
それを聞いた谷風は、後でクラスメイトに厳重抗議することを固く心に誓う。
「とりあえず俺がブラッディなんたらの総長ってのは間違いだ。だからお引き取り願い――」
「問答無用!」
女の叫びと同時に、周囲の空気が重くなるような錯覚に捕らわれる。谷風の身体の皮膚が粟立つ。頭の出来はともかく、力自体は相当ありそうだと瞬時に推し量る。
「正義の魔女、工藤真緒の怒りの鉄槌を受けてみなさい! いざ尋常にしょうぶぎゃあ!」
口上の途中、谷風は身体能力を強化して女の懐に飛び込み、頭部を軽く殴っていた。目を回して倒れる女を見下ろし、谷風は言う。
「人の話は聞けよ……さすがにイラッとしたぞ」
「ひたかんら……」
舌を噛んだらしい。まあ相当加減したので、重大なダメージではないはずだった。そのまま体育館の出口に向かう。
しかしその途中、上級生たちの無数の野次がぶつかってくる。
「不意打ちなんてみっともねえな! 正々堂々と闘えよ一年坊!」
「女の子相手に暴力振るうなんて最低!」
「可愛いんだから手加減してやれよ」
遂に昨日から少年の胸中に溜まっていた鬱憤が爆発した。
「うるせえ! 補習授業で死にかけるわ勝手にヤンキーの親玉扱いされるわ頭の弱い女に校内放送でコケにされるわで、こっちも腹立ってんだよ!」
さして特徴のない、その地味な少年の一喝は、ギャラリーを更にヒートアップさせただけだった。
「何あいつ! 一年のくせに生意気!」
「可愛い女の子をボコボコにしておいて、あんま調子乗ってんじゃねえぞガキ!」
「代わりに俺が相手してやるよ。クソ一年」
いかにも反抗期といった髪型の男が進み出てきたところで、谷風は逃げ出した。
冗談じゃない。これ以上の喧嘩沙汰には付き合えない。それでなくとも教師陣に目をつけられているという話なのに。
それにしても、と先程倒した黒づくめの女について、谷風は思う。
「可愛いって得だな」
自分で売った喧嘩に負けてあれだけ同情してもらえるのだから。
――そして華のない男に対する世論の、何と冷たいことか。
108器用貧乏と高位魔女 ◆tWcCst0pr6pY :2011/01/01(土) 22:33:10 ID:W9tuDZa4

『ブラッディ・ベル総長、谷風良!』
――ああ、またか。
そんな空気が室内に蔓延していくのが、目に見えるようだった。同時に谷風に、冷たい視線が注がれる。明日に迫った土曜日が待ち遠しい。
『あんたに勝たないと本部からボーナスが出ないのよ! 年末年始のゲーム購入資金の為にも、あんたの首はいただくわよ!』
「んなことの為に闘ってたのかよ!」
とうとう姿の見えない相手に谷風は突っ込んでいた。
駄目だ。これは精神衛生上良くない。あいつを早く排除しないことには、安息は訪れない。
意識的に頭のネジを一本外した谷風は、椅子を蹴って立つ。
『もう手加減しないわ! 今すぐ体育館に来なさい!』
「上等じゃねえかチクショー! おい坂峰! 授業に遅刻するけど、先生にはすぐ戻るって伝えといてくれ!」
「谷風君、何かテンションが高い……」
「ERDOの特務部門なんて、三秒で片付けてやるよ!」
急いで体育館に向かう。既に結界型の能力は発動しているらしく、静まり返ったその空間に足を踏み入れた瞬間、緊張感が走った。
「土! 金剛盾!」
こちらの姿を見るなり、昨日と同じ格好をしていた工藤真緒は叫んだ。彼女の左手に金色の盾が現れる。
そして彼女は不敵に笑う。
「この金剛盾は、あらゆる物理攻撃を防ぐ! もうあんたに勝機はないわ! ここからは私の独壇場よ! 風! ウインド――」
それに割り込んで谷風は、ポルターガイストによる衝撃波を放っていた。
「ひゃああ!」
女の身体が二メートル程後方に飛び、昨日とほとんど同じ位置に大の字で倒れる。
「聞いてないわよ……魔法攻撃なんて……」
「魔法とか物理とか、どういう線引きだよ……」
ただ、こういう本人の嗜好をダイレクトに反映させた能力は概して強力なのは経験上知っていた。あまりまともにやり合いたくないというのが谷風の本音だった。
「もういいだろ。俺は元々無難に生活してるんだし。更生も何もあったもんじゃないだろう。早くお前も自分の職場に帰れよ」
それだけ言い残し、谷風は授業を受けるために踵を返したのだった。
109器用貧乏と高位魔女 ◆tWcCst0pr6pY :2011/01/01(土) 22:35:56 ID:W9tuDZa4

金曜日の放課後は、やはり気分が軽くなる。数時間前に厄介事が片付いたとなれば尚更だ。
全国チェーンの大きな古本屋で三時間近く漫画を立ち読みしているうちに、街には夜が訪れていた。
「あ」
店を出た直後に飛んできた声に谷風は反応した。立っていたのは、いかにも美少女然としたクラスメイト、坂峰だ。
「おう、偶然だな」
「駄目だよ谷風君。今日は夜間外出生徒の取り締まりがあるって、聞いてなかった?」
「そういえば……」
そんな話を昼休みに聞いた気もする。非行やその予兆となる行動に対して断固たる態度を取るのが、夜見坂高校の教育方針であった。
「大変だな、風紀委員も」
「谷風君みたいに夜遅くまで出歩く不良生徒がいるからね。最近また少年の能力犯罪も増えてきてるんだから、気を付けなよ――あ」
またしてもクラスメイトは呟いた。視線は谷風を通り過ぎ、その背後に向けられている。
つられて谷風も、後ろを振り返った。
「あんたは……」
財布に千円札を入れながら自動ドアをくぐってきたその女、工藤真緒は、呆然とした様子で呟いた。
そして即座に黒革の鞄を落とし、例の空間を発動させている。
――こんな街中で、また暴れる気なのか? 血気盛んな不良少年ならともかく、噂に名高いERDOの人間が?
さすがに谷風も躊躇した。持っていた鞄を離す。異変を察したらしい坂峰も、影から刀を取り出してはいたが。
「火+土+土! イージス!」
こちらの行動より一拍早く、光で構成された透き通った盾が少女の手に嵌る。
「まだやる気かよ!」
その谷風の声を無視して、ERDO特務部門構成員は更に詠唱を続ける。
「水+風+風+水! 旅の扉!」
水色の光が谷風と工藤を包み込むと、視界が大きく歪み――
次の瞬間、手ぶらとなった二人が、夜の体育館の中央で向かい合っていた。
「瞬間移動……?」
だとしたら、相当希少性の高い能力だ。
時間の経過が気になって、壁に掛かっていた時計を見る。古本屋を出た時とほとんど変わらない、夜の八時を示している。
「てっきり今回の戦闘訓練、敗北で終わるかと思ったけど……」
静まり返ったその建造物に黒づくめの女の声が響いた。
「どうやらこっちにも運が向いてきたみたいね。さっきの店でゲーム売らなきゃ良かったわ」
谷風は今日の午前と同じように、衝撃波を放っていた。
しかし、それと同時に工藤の持っていた盾が輝きを増し、谷風の『ポルターガイスト』を無力化している。
110器用貧乏と高位魔女 ◆tWcCst0pr6pY :2011/01/01(土) 22:39:09 ID:W9tuDZa4
「夜にだけ使える『合成術』で作られたこのイージスの盾は、魔法防御特化型。もう勝機はないわよ……ブラッディ・ベル総長、谷風良!」
「まだ言うかい」
「風+風――」
工藤が声を張り上げるのと同時に、谷風も動き出す。既に加減をする気は失せていた。
「詠唱が長い」
容易に接近に成功した谷風は、そう呟きながら工藤目がけてハイキックを打ち込む。
が、それも光の盾に弾かれていた。物理的に。
術者の意思と無関係に動いているとしか思えない動きだった。
「――+水! 召雷!」
詠唱が終わるのと同時に、大きく後ろに飛び退く。
強度を重視して造られたはずの体育館天井を木端微塵にしながら、極大の雷が数本、轟音と共に工藤の周囲へ落ちていた。
建材の焦げた匂いと煙が辺りに立ち込める中、魔女の声が飛んでくる。
「詠唱がどうとか、忠告ありがとう……でも心配には及ばないわよ! イージスの盾は、オートで物理攻撃も迎撃する!」
「発動さえすれば、鉄壁の能力か」
そしてこの火力なら、ERDO特務部門の名にも恥じないだろう。
無意識に舌打ちを洩らしていた。躊躇などせず、イージスとかいう盾が出る前にこの女を行動不能にするべきだったのだ。
今更ながら、自分の詰めの甘さに腹が立つ。
「火+水! 反作用ボム!」
谷風の周囲に冷気が巻き起こる。異変を察知して彼は同時にその場を離れた。
一瞬後、誰もいない空間には巨大な氷塊が出現していた。それだけで終わりならなんともなかったが――
その氷塊の中に突然巨大な炎が宿り、粉々に砕いていた。
「んな――」
咄嗟に眼を集中的に強化し動体視力を高めたが、それでも無数の氷の破片が勢いよく谷風の身体を掠めていった。
二段構えの攻撃に虚を突かれ、脇腹を浅く裂かれる。
「この!」
谷風は再度女に向けて力を放ったが、イージスが再び輝き、いとも簡単に相殺される。
接近戦でも遠距離戦でも、正攻法ではあの防御を破れないだろう。現実的なのは向こうの体力切れを待つことだが――
「風+風+風! エアバスター!」
巨大な風の槌が振り回された。壁に大穴が開き、衝撃で建物が土台から揺らされる。
谷風は苦し紛れに、砕けたコンクリート片に力を送り、工藤に向けて発射する。万能の盾は、それもあっさり弾き飛ばしている。
魔女の攻撃は留まる事を知らない。一晩中でも術を使い続けるではないだろうか。
これがERDO。本物の戦闘部隊の力か。
ここに至って、谷風は初めて自分の相対する者の恐ろしさを体感していた。
「土+土+火! ラーヴァウェイブ!」
床を割って、巨大な炎の翼竜が出現した。着弾と共に爆発したその竜の体当たりを紙一重で避けたが、輻射熱で火傷したような熱さを身体に受ける。
「戦闘訓練では最低限の破壊で勝利を重ねてきた……とレポートにはあったけど」
自身に満ちた表情で工藤は言う。
「こういう回避を許さない圧倒的な攻撃力も、中々乙なもんでしょ?」
「……認めるよ。あんた強い」
逃げるという選択肢もあったが、この相手から意識を逸らすのは危険すぎた。それに、街中まで追撃されても困る。怪我人どころの騒ぎで済まない。となると――
111器用貧乏と高位魔女 ◆tWcCst0pr6pY :2011/01/01(土) 22:42:13 ID:W9tuDZa4
自分の手足ごと粉砕する覚悟で物理攻撃を加えて、あの盾を破壊するしかない。
方針を固め、集中力を高める。
しかし谷風が跳躍しようとしたその時。壁に開いた巨大な穴から、矢のような速度で人影が飛び込んできていた。
直後、甲高い金属音が響き渡る。
「……ERDO特務部門、工藤真緒さん。あなたの今回の任務は、本日午後五時付けで終了しているはずですが」
闇の刃でイージスの盾を完全に抑え込んでいる乱入者は、谷風も良く知るクラスメイトだった。
光の盾でその刀を防いでいた魔女が、苦々しい声を上げる。
「あんたは……」
「夜見坂高校風紀委員一年、坂峰蓮です。あなたの破壊活動を止めに来ました」
谷風は、その少女のような少年の淡白な名乗りを聞いて、動き出す。
一息に間合いを詰めると、谷風の刀の相手で手一杯の魔女の頭部に、蹴りを叩き込んでいた。
「二体一なんて、卑怯よ……」
イージスが消え、工藤が地に伏す。
それを見届けた谷風もまた、尻餅をついていた。極度の疲労が訪れる。
「助かった……」
「周りはもう大騒ぎになってますよ、夜間外出者の谷風良さん」
仕事中故か、格式ばった口調でそう言った坂峰に、谷風は返す。
「ERDOもこっちの能力を把握した上でこいつを差し向けたんだろうが……相性が悪すぎたな」
「何事もそこそこレベルのあなたでは、手も足も出なかったでしょうね。私だったら、そう苦労せずに勝てそうな相手でしたが」
確かに坂峰の夜刀は、イージスを打ち破る程の攻撃力を持っていそうだったが……
「満身創痍の人間に嫌味かよ……」
「今まで街中を必死に捜索して回っていた人間の身にもなって下さい」
「……誰の話だ?」
「誰とは言いませんが、目の前で突然クラスメイトがどこかに連れ去られて、心配してた人もいたんですよ」
やや間を置いて、谷風はようやく相手の気遣いを理解する。こういった気性の知人を持った経験がないので、少々たじろぐ。
「あー、なんつうか、どうも……それはともかく、俺はどうなんのかね」
「一応便宜は図りますよ。ほぼこの女の人に非があるみたいですし」
「頼むわ。ちょっと疲れたし、これ以上起きてると面倒そうなんで、少し寝るわ」
廃墟のような様相を呈した体育館に、武装した教師たちが踏み込んできたのを機に、谷風は意識を失った。

翌週の月曜日。高校に突然の転入生が来たという噂で、谷風のクラスは持ちきりだった。
「二年生らしいけど、結構可愛いんだって――」
「風紀委員に入ったらしいんだけど、四六時中携帯ゲーム機のロープレやってるらしい――」
「ここに来る前は、ERDOの特務部門に籍を置いてたって噂が――」
そんな情報の断片だけで谷風がひどい悪寒に見舞われたのは、言うまでもない。

おわり
112創る名無しに見る名無し:2011/01/02(日) 01:29:15 ID:Y7tl1LML
>>111
うおお、投下乙です!今回も面白かったですよ。
魔女っこキター!なんやら能力が強いですが、ちゃんと詠唱してて良かったですよ。
そしてクラスメイトになるのかwこれからどうなるのか期待してます。
113リリィ編 ◆zKOIEX229E :2011/01/02(日) 01:32:35 ID:Y7tl1LML
投下します。


「何者だ」
服の下に冷や汗をかきながら、俺は問う。
何か危険だ。まるでシルスクやラツィームと対峙した時のような。
「俺ハ、“機関・第二十八席次・ジュセル”」
「……よりによって番号付きかよ」
俺は瞬時に撤退を選択した。番号付き。つまり席次がある者は機関に属する腕利きの者達。
クロスに代表されるような機関の精鋭たちだった。
俺が顔を動かさず目だけで扉の位置を再確認していると、ジュセルが言葉を紡ぐ。
「何ヲしに機関ニ進入しタ?コの隕石ノ欠片が目的カ?」
隕石の欠片?ジュセルの視線を追うと、彼が立ち上がった手術台の隣に、黒いビー玉のような物があった。
正八面体に切り取られた黒い宝石の輝きに、俺は視線を奪われた。
「……とコろデ、オ前。“能力を否定スる能力”を持ッテいるソウだな」
男の言葉で意識を取り戻す。
「何故それを」
情報が漏れている。……いや、仕方ないか。バフ課と機関は協力関係だったな。
「そノ能力で……コノ俺と、遊んデミルか?」
瞬きをした瞬間、奴は俺の目の前に居た。

「……!!!!!!」

“比翼連理”!
左右に構えた短剣の電力を最大限に発生。双剣から発生し、融合した雷の流れがジュセルの首を襲う!
電流の鞭をジュセルは後退することで回避。さらに追撃するも、包帯男の残像を叩くだけ。
「っ、速い!」
「機関でハこノ位、当たり前ダ」
俺の雷撃が空しく緑色の機械を破壊したときには、ジュセルは壁、そして天井を蹴っていた。
強烈な跳び蹴りを胸に喰らい肋骨が歪む。衝撃で右の短剣を手放し、電流が消滅する。
「がっ」
呼吸が出来ず、がむしゃらに振った左手の短剣は宙を切った。
「……弱イな」
俺の動きを冷静に観察していたジュセルは回し蹴りを胸に放つ。
俺の身体が浮かび上がる程の鋭く重い一撃。
受身を取るも、胸郭が軋んで息が出来ない。這いつくばったままの姿で無様に包帯男を睨み付ける。
「……こレが“ドグマ”?お前ノ他の仲間モ程度が知れルナ」
「……ざけんな、てめぇ」

“能力を否定する能力”!

青い霧が俺の周囲から広がり、研究室全体まで広がる。
これでジュセルがどんな能力を持っていようが、この能力の効果範囲内で刺せば死ぬ。
全身を貫く痛みや、仲間を侮辱された怒りで脳髄が沸騰していた。
自分自身で、この精神状態はおかしいと感じながらも機能を発動させた。

「“固有磁場”発動……死ね」

赤い血が跳ねた。
包帯男の厚い胸板を、一本の黒い短剣が貫かれていた。
研究室の中央で黒い宝玉が鈍く輝いた。
114リリィ編 ◆zKOIEX229E :2011/01/02(日) 01:34:53 ID:Y7tl1LML
投下終わりです。
115創る名無しに見る名無し:2011/01/02(日) 16:08:01 ID:8PeO8tdZ
スレの皆さまあけましておめでとうございます。今年もよろしくどうぞ
そして新年早々から投下の連続とは…嬉しすぎる

>>111
能力対能力の戦いはやっぱり熱い!
斬り合いとか殴り合いの肉弾戦バトルしか書けない俺にはほんとに魅力的だ
ぜひ続きお願いします

>>114
隕石の欠片か…キーアイテムっぽいもの出てきたな
隕石の衝突で能力を得たんだから、隕石自体に何か未知の物質やら病原体やら
がいて…みたいなことを一時夢想したな
ここからエデンと表題のリリィがどう絡んでくるのか期待
116創る名無しに見る名無し:2011/01/02(日) 21:36:44 ID:5YCzKVZR
あけましておめでとうございます。
今年もさらなるスレの発展と平和を願って投下です。

『月下の魔剣〜遭遇【エンカウント】〜』

前スレの続きになります。無駄に長くなると定評のある日常?パートだよ!
117『月下の魔剣〜遭遇【エンカウント】〜』:2011/01/02(日) 21:38:20 ID:5YCzKVZR

「鎌田さん! 大丈夫ですか!?」
「ああ、僕は大丈夫。ちょっと服は破けちゃったけどね」

駆け寄ってきた晶に、破けた服の胸元を弄りながら鎌田は軽い調子で答える。そんな鎌田の様子に、晶はほっと安堵の息を吐いた。
その二人を横目に見ながら、直輝とクロスは小声で話す。

「ナオキ。事務所には行ったか?」
「ああ、これ見せたら一発だった。『機関』の影響力ってすげーのな」
「この程度は当然だ。ひとまずはこれで一安心か……さて」

クロスは直輝の渡した黒いカードを受け取り手早く胸元に納めると、つかつかと宙に浮かぶファングの下へ歩み寄る。
それに気付いた鎌田と晶は、緊張の面持ちでその動きを追う。クロスは腕を組んでファングをじっと眺めて…

「確か君はこいつの心が読めると言ったな。今のこいつは何を考えてるかわかるか?」

突然振り向き話しかけられて、晶は思わず肩をビクリと跳ね上げた。

「さ、さっきと変わってないです。何に対してってわけでもなく、ただ怒り一色で……」
「そうか…ふむ……」

少し考え込み、何か思い出した様子で顔を上げる。

「君は……っと、そういえば君の名前を聞いていなかったな」
「あー、僕は水野晶、ごく普通の中学生です」
「そうかアキラ。私はクロス、ある機関に所属するエージェンt」
「ってオイ! ちょっと待てオイイィ!!」

直輝は慌ててクロスを晶から引き離すと、背を向けて小声でまくしたてた。

「違うだろ!? 俺たち動物園の飼育員だろ!?」
「む? ナオキは飼育員だったのか。それは初耳だったな。だが少なくとも私は飼育員ではないぞ」 
「お前が言ったことだろうが! 檻から逃げ出した狼と飼育員って設定だったろ!?」
「その言い訳は無理があると、即座に否定されたものと記憶しているが?」
「ぐっ…! 否定ってそりゃしたけど…したけどなあ!」
「ここまで巻き込んでおいて、今さらそんな作り話で誤魔化しきれるものでもないだろう常識的に考えて」
「常識的とかその口で言うかこんにゃろぉ…」

反論の言葉を失い歯噛みする直輝をよそに、その様子をキョトン見ていた晶と鎌田にクロスは改めて自己紹介をする。

「私はコードネーム『クロス』、ある『機関』に所属するエージェントだ」
「俺の努力を返せよチクショー……」

直輝はげんなりとクロスに抗議を述べるのだった。
118『月下の魔剣〜遭遇【エンカウント】〜』:2011/01/02(日) 21:39:22 ID:5YCzKVZR

「は、はぁ……」

やはり、と言えばやはりか…?
言葉だけ聞くなら眉唾物。マンガやアニメ、あるいは彼らのよく知る厨二病患者の口から出てくるようなトンデモ話。
だが、クロスの言動や超人的な動きを目の当たりにしていた晶と鎌田は、割とあっさりその言葉を受け入れることができた。
あるんだろう、そういう世界も。少なくとも動物園の飼育員よりは信じられる話だった。

自分の向こう側を恐る恐る見る晶の視線に気付き、クロスは背後を振り返りつつ晶に教えてやる。

「安心していい。このケダモノ、ファングは私の能力でほぼ停止状態にある。外からの干渉がなければ一時間以上はこのままだ」
「それで…これからどうするんですか?」
「放っておく」
「え? それで大丈夫なんですか?」
「完全にそうは言えないが仕方あるまい。こいつはナイフで喉を貫いてもあっさり再生するような奴だ。今ある装備で倒すことは不可能だ。
 だったら今のうちにこの場から逃げ去るのが良策だろう。すでに規制はしいてある、この周辺に人は残っていない」
「はー、なるほど」

言われてみればその通りだ。何と言っても相手は異常な再生能力を持つ化け物なのだ。
倒せない、言葉も通じないとなれば、結局今は逃げるしかないのだろう。

「しかし、かと言ってこのまま何もせず放置しておくのも癪だし……」
「おいおい、またやんのかよ」

言いながら周囲を見やるクロスに、呆れたように声をかける直輝。その手には、なぜか大型スコップ。

「……乗り気じゃないかナオキ」
「あー…いや、そこに落ちててな…」
「よくわかってるじゃないか。よしやれ」
「へいへい、わかったよ」

面倒くさそうな言葉の割に直輝はどこか楽しげで。顔に疑問を浮かべる晶と鎌田の前で、
手にしたスコップを空中のファングに向けて放り投げると、スコップはその尻にピタリと張り付いた。

「これは…?」
「まあ、地面に触れない限りは、こいつにぶつかった物も同じ状況になるってこと。実際は止まってんじゃなくて超スローになってるんだよ」

説明の間、クロスはどこからか壊れかけた一輪車を転がしてきていた。
言葉を交わすことなく直輝も協力して持ち上げると、躊躇なくファングへ投げつける。その顔面に被さって張り付く一輪車。
それからもクロスと直輝はそこら辺にある物を手に取り、ファングへ適当に投げつけていく。
中身の残った飼料袋、金ダライ、デッキブラシ、折り畳み椅子、古タイヤ、折れた看板、何故か落ちてたダルマ……
119『月下の魔剣〜遭遇【エンカウント】〜』:2011/01/02(日) 21:40:13 ID:5YCzKVZR

「良し、これで充分だな」
「ふむ。ナオキもなかなかやるじゃないか」
「これはひどい」
「どうしてこうなった」

数分後、満足げに頷くクロスと直輝の前で、ファングは空中に浮かぶ奇妙なオブジェと化していた。
最後に投げつけた掲示板の広告スペースにあった、鳥を模したロゴマークの『 PXA 』なる会社の広告が印象的である。
空中のオブジェはさながら前衛的な企業広告だ。それがどんな会社か知らないが、なんだか気の毒だと鎌田は思うのだった。

「さて、今のうちにとっとと逃げるとしよう。カマタとアキラにはまだいくつか話しておきたいことがある。
 もう少し我々と付き合ってもらうぞ。何、悪いようにはしない」
「おいそれ恩人に向ける態度じゃねーだろ!」

憮然とした態度で言うクロスを横に押しのけて、直輝は礼儀正しく頭を下げる。

「クロスが礼儀知らずですまん。君たち二人には大変な迷惑をかけたし、協力には本当に感謝してるんだ。
 改めてお礼をしたい。話したいこともある。無理にとは言えないんだが、最後にもう少しだけ付き合ってもらえないだろうか」

直輝の丁寧な頼みを受けて二人は顔を見合わせ、晶が小さく頷く。向き直って答えるのは鎌田。

「わかりました。お付き合いしますよ」
「おお、ありがとう」
「よし決まりだな。ではさっさと行くぞ」

言うなりすたすたと歩き出すクロスの背中に、おい! と文句を言いながら続く直輝。
鎌田は慌てて小さなカマキリに変身すると、地面近くへ差し出された晶の手にピョンと飛び乗る。
晶は最後に少しだけ、背後の空中オブジェの変わっていない様子を確認すると、先を行く二人を小走りで追いかけていった。
120『月下の魔剣〜遭遇【エンカウント】〜』:2011/01/02(日) 21:41:28 ID:5YCzKVZR


「あれ? 鎌田さんは?」
「ときにカマタ」

空中オブジェも見えなくなり、人っ子一人、職員の姿さえ見えない動物園の正門を抜ける頃。
鎌田の姿がないことに気付いた直輝の疑問に答えるかわりに、クロスは少し後ろを歩く晶の、その肩に乗ったカマキリに声をかけた。
そのカマキリ――虫状態の鎌田――は広げた翅を震わせて不思議な響きの言葉を発生させる。

「なんでスか?」
「ってええええええっ!!?」

驚きの声を上げたのは直輝だ。それはそうだ、彼が鎌田のこの姿を見たのはこれが初めてなので。

「え!? え!? 鎌田さんなの!?」
「ア、そっかえんどうさんはハじめてだっタね」
「それなんだがカマタ、君は何故その姿をとっている? 変身の解除はしないのか?」
「ン…えっとそレハですネ……」

言い淀む鎌田を見て、晶が代わって答える。

「あ、鎌田さんは一度変身しちゃうと、昼のうちは人間に戻れないんです」
「アああ、ソうなんですヨ」
「ほう、なるほどな。あのファングの奴と同じような制約があるわけか」
「……え?」

意外な一言に目を丸くする晶。

「ファングって…さっきの…? あれってキメラってやつの一種だったんじゃ…?」
「む、キメラを知っているのか? 一般人にはあまり知りえない情報のはずだが……。
 …まあいい。あのファングどう見てもケダモノだがキメラとは違う。奴は我々の敵対組織に所属する変身能力者だ」
「動物じゃないんですか!?」
「あんなナリだが人間だぞ、一応はな。言葉だって前までは通じていた。今回の奴は異常だった」
「そんな…え…だって僕の能力は…」
「読心能力では?」
「動物限定のです。人間の心は読めないはずなんですけど…」
「ふむ…それは……」

クロスは口元に手を当てて少し考え、答える。

「奴は何らかの理由で正気を失っていた。その影響で思考も動物に近いものとなっていたんだろう。
 故に君の能力が適用された。そう考えるのが妥当だろうな」
「そう…なんですかね…?」
「まあ、私も専門家ではないからな。これ以上は何とも言えん」
「うーん……」
「それよりもついたぞ。ここだ」

そう言ってクロスが立ち止まった場所は、動物園から歩いて数分の喫茶店だった。
121『月下の魔剣〜遭遇【エンカウント】〜』:2011/01/02(日) 21:42:15 ID:5YCzKVZR

予想外の到着場所に驚く晶たちの前で、クロスは慣れた様子でドアを開ける。コロロンと控えめな音を奏でるドアチャイム。
程良く冷房の効いた店内に客はおらず、コップを磨く初老の店主が一人。目線だけで来客をチラリと確認すると、再びコップに目を落とす。
クロスは迷わずカウンター隣の扉を開け奥へと入っていく。少し戸惑う様子で直輝が続き、晶もそれに続くと、ほんの短い廊下の先にまた扉。
その先にあったのは、テーブルが一つ、椅子が四つ、小さな食器棚と戸棚が並ぶ窓の無い小部屋だった。部屋に入りクロスに促されて扉を閉めた瞬間、
僅かに聞こえていた蝉の声と店内音楽が消え去り、そこは完全に無音の空間となった。

店に入ってから何か声を出すのが憚られるようでずっと黙っていた晶だが、ここにきて口を開く。

「クロスさん、ここは…」
「我々機関の息のかかった施設の一つ。この部屋は今、外部と完全に隔離状態にある。ここは安全だ。ひとまず座ってくれ」

それを聞いて、晶は遠慮がちに手前の椅子に腰かける。鎌田は晶の肩から飛び降りて虫人の姿に戻り、その隣の椅子についた。
直輝はそんな鎌田を見て、おぉ、と小さく感嘆の言葉を漏らし、二人と反対側の椅子に座る。
コーヒーでいいか? というクロスの問いかけに晶と鎌田は、はいと答えた。

クロスは食器棚からティースプーンとソーサーと湯のみ茶碗を取り出して盆に並べ、戸棚からティーパックを取り出して……フリーズ。
手元に並んだものを見つめながら小さく首を傾げる。頭上に浮かぶクエスチョンマークが目に見えるよう。

「っだああもうお前も座ってていいから!」
「む……」

見かねた直輝が立ち上がり、クロスに代わってコーヒーの準備を始める。てきぱき動く直輝を隣でじぃっと見つめるクロス。

「いや座ってろって」
「私のことは気にするな」
「気になるっつの」
「では茶菓子でも出しておくか」
「それ乾パンな。それは普通茶菓子にしないから。こっちだから」

そんな二人の様子を見て、晶はふふっと微笑む。

「ミルクも必要だな? 出しておくぞ」
「それお茶っ葉な。ミルクはこれだから」
「砂糖も必要だな」
「それ爪楊枝! もーいいから座ってろって」
「むぅ……」

この二人の関係はわからない。わからないが、お似合いの二人だ。そんな風に思う晶だった。


<続く>

クロスと直輝をちゃんと描けてるのか不安…。
(最近出てないけど)変な主人公と、借りに借りまくった魅力的なキャラクターたちで織りなすこのシリーズを今年もよろしくお願いします。

なんか陽太が時雨に弟子入りしたらしいですね。知らない間にどんどん関係が……

助かります。超助かります。
いやー合理的に強くなる理由が欲しかったとこなんですよね。頭使うだけじゃこの先生きのこるのはきっついなぁと思ってたので。
基本的に何されても一行に構わないので、奴のことをこれからもどうかよろしくお願いしますw
122創る名無しに見る名無し:2011/01/02(日) 22:41:09 ID:6+Y0Y6PE
まとめがすでにだいぶ溜まって嬉しい悲鳴状態だったからやってきたぜ!って
書きに来たらさらに投下きててわらた。しかも月下の魔剣じゃないですか
今年もよろしくお願いします

>「よくわかってるじゃないか。よしやれ」
なぜかこのセリフで思いっきり噴いたw
バイオレンスクールでSなクロス姐さん素敵ですw
123創る名無しに見る名無し:2011/01/03(月) 22:13:32 ID:2TFR3vNe
最近凄い投下量だ。投下乙です!!

>>101,113

不気味な敵だ。ホーローは果して勝てたのか、気になる。
そして隕石の欠片かー。非常にやばそうな感じになってきた。

>>104-111
まさに魔女って感じの能力だ。
汎用性も高くて色々使えそうだ。本人が大変残念な感じだけどw

>>117-121
クロスに直輝なにやってるのw 
毎回そんなことされてればファングも怒るよなぁw
ファングの精神状態も気になる所だけど、これからどうなるのか?

>>122
まとめ乙です!
毎回ありがとう
124魔法少女シェアード系 ◇NN1orQGDus:2011/01/03(月) 22:48:25 ID:2TFR3vNe
以下代理投下です。
125魔法少女シェアード系 ◇NN1orQGDus:2011/01/03(月) 22:49:10 ID:2TFR3vNe
第一話『夢の島』
1/2
 むかしむかしあるところに隕石が落ちたそうです。
 むかしを具体的に言いますと西暦2000年の2月21日みたいです。
 余談ですがかつてソ連と呼ばれていた地域では昔々ではなくて『そう遠くない未来』とか『近い将来』的なニュアンスになるそうです。
 すごいですね、共産主義とか社会主義。時間の流れをねじ曲げるほどの潜在能力がありそうです。
 あんな北国にそんな力があったら笑ってしまいますけれども。
 これ以上を長くしても不毛ですので余談は終了、そろそろ本編に入ろうと思います。

 ですが。
 本編に入る前に後一つ言わせて頂きます。
 わたしことわたしはこの物語の主人公にして信用できない語り部――と言うよりは信用してはいけない語り部かつおとぎ話から出てきた様に可憐で清楚な女の子です。
 名前は訳あって言えないのでフェアリー・テールさんと呼んで頂ければ幸いです。
 では、わたしによるわたし視点のへんてこりんな物語の開幕です。

 前途は多難ですけれども。


 ◆◆◆

 あの隕石が落ちた日、世界は衰退しました。
 人類は衰退しませんでしたが、 世界に冠たる大英帝国もまた、世界と一緒に衰退しました。

 悲しいですね、悲しいですとも。
 優雅で風雅な生活は夢のまた夢です。

 夢と言えば極東にニホンと呼ばれていた国に夢の島という島があるそうです。
 噂によるとそこに行けば夢みたいな世界が広がっているそうです。
 ウソかホントか解りませんが、夢みたいな世界が広がっていると聞いては放っておけません。
 すったもんだがありまして大英帝国は侵略することになりました。
 ええ、そうです。侵略です。議会で決まったらしいです。
126魔法少女シェアード系 ◇NN1orQGDus:2011/01/03(月) 22:49:52 ID:2TFR3vNe
2/2
 問題はありません。
 いいえ、あります。ない筈がありません。
 侵略に行くのは議会の人ではなくてあの隕石が落ちた日以降に生まれた若者、つまり私たちなのですから。
 因みに私たちには隕石の影響のせいか謎の能力、私たち的な用語で言えば魔法がありますがどんな魔法なのかはまだ秘密です。
 ええ、秘密ですとも。
 一応切札ですので。
 

 ◆◆◆



「こ、これは――まさに夢の世界なのだわ!」

「悪夢ですけれども。――主に」

「想像してごらん、世界に悪夢が広がっている事を――」

「ノーフューチャーってヤツだ」

 絶句。絶句してしまいました。長い船旅を経て上陸した夢の島は夢は夢でも悪夢が広がっていました。
 見渡す限り瓦礫やゴミの山脈が広がっているのです。
 およそ人が住める場所ではありませんでした。

 侵略の尖兵として共に派遣された私たち一行は絶望にうちひしがれてしまいました。

 メンバーを紹介しますと
 ツインテールのだわだわ星人のアンさん、せいたかのっぽのやせっぽち、胸は発展途上国のわたし、眼鏡と長髪がトレードマークのジョンさん、腐った瞳が特徴的なシドくんの四人です。

 何度見てもゴミの山脈はそびえ立ち、沈む夕日は世界を朱色に染めています。
 ええ、ただそれだけです。
 帰ろうにも私たちを乗せてきた船は水平線の彼方ですし、泳いで帰るには太平洋は広すぎます。
 なんと言いますか、一言で言えば絶望です。
 ですが。
 一人希望を捨てていない人がいました。その人は慣れない手つき、ぎこちない動きで支給品のテントを設営しています。
127魔法少女シェアード系 ◇NN1orQGDus:2011/01/03(月) 22:50:52 ID:2TFR3vNe

「間違いがあると困るのだわ! 間違いがなくても困るのだわ!」

アンさんでした。つぶらな瞳を爛々と輝かせてあまり理解したくない計算式を呟きながら鬼気迫る勢いで不様なテントを設営しています。

「想像してごらん、テントが風が風に飛ばされた時の事を」

 見かねたジョンさんが手伝おうとしましたが、アンさんは葛藤しました。
 ええ、そうですとも。アレは葛藤です。悶え苦しんでいます。不埒な言葉を呟きながら悶えています。ひょっとしたら萌えているのかもしれません。
 不埒な言葉をかいつまみますと

「二人の愛の巣は二人が作るべきなのだわ! でも二人の初めての共同作業は■■でなければならないのだわ!
 (中略) 悩むのだわ! どちらが攻めでどちらが受けにすればいいのか悩むのだわ!」

 結局南極最終的には男性陣がマトモにテントを設営してくれました。
 部屋割り(?)は無難に女性陣と男性陣となりました。
 とにもかくにもアンさんのえも言われぬ笑顔が印象的な侵略初日でした。


 to be continued?
128魔法少女シェアード系 ◇NN1orQGDus:2011/01/03(月) 22:53:25 ID:2TFR3vNe
代理投下終了です

以下感想

また、濃い連中が来たw
しかも日本ほとんど滅んでるっぽいしw
これからどうなるか期待!
129創る名無しに見る名無し:2011/01/03(月) 23:38:18 ID:ipaAJEyv
明けましておめでとうございます
新年早々投下いっぱいで乙!
まとめでがんばってる人も乙!

>>102>>114
ついにバトル始まったか
また強そうな奴が出てきたな

>>104
男の娘に続いて魔女っ子とはいいぞもっとやれ
しかもこのキャラかなり好きだw

>>121
月下続きキター!
クロスと直輝のやりとりが微笑ましいな
ってか主人公本当にどこ行ったwww

>>125
まさかフェアリー・テールさんがこのスレに来るとはwww
130創る名無しに見る名無し:2011/01/04(火) 01:15:41 ID:+qzvzwXP
わーいラブラブさんだわーい
131創る名無しに見る名無し:2011/01/04(火) 18:02:15 ID:r5v/pW5y
>>104
夜見坂高校は本当に世紀末だなw某学園都市みたいだ。熱いね能力バトル。
しかしポルターガイスト器用貧乏っつーか万能すぎると感じるのは気のせいか。

>>114
うおおジュセルやばそうな奴だなー。機関も機関でキナ臭いぜ。
ホーローが思ったより組織に染まってなくて人間らしくて安心したかも。

>>116
あら微笑ましい。クロスの前回との差がすごいな。
リリィ編ではすごい精鋭扱いされてるのにその本人はこれだよ!w

>>125
いらっしゃいませ! これはなんと個性的な連中かw
何より荒廃した日本の侵略って発想が独特すぎるwww続き期待してます
132創る名無しに見る名無し:2011/01/05(水) 03:25:27 ID:M6NqTlBs
>>121
クロス、お茶菓子とかわからないのかw
ほのぼのとして面白いなぁ。
確かにお似合いの二人だよなw

>>125
これはすごい独特の雰囲気がいいw大好きですw
侵略なのか。侵略しにきちゃったのか。
これからどうなるか期待してます。


↓あと、投下します。
133リリィ編 ◆zKOIEX229E :2011/01/05(水) 03:30:09 ID:M6NqTlBs
体中が熱いのに、俺の精神は不気味なほどに静かだった。
ジュセルの胸板の包帯に、赤い鮮血が滲んでいく。俺は熱い息をしながら、その光景をただ黙って見ていた。
殺して良かったのか。殺しては駄目だったのか。初めての殺人は思いのほかあっけなかった。
ジュセルの右眼は閉じ、まるで眠っているかのように、動かない。
とにかく逃げなければ。黒い短剣を回収することも忘れ、俺は動きづらい手足を動かし出口を目指した。

カラン、と音が響いた。

びくっと身体を震わせて振り返ると、それはジュセルに刺さった短剣が抜けて落ちた音だった。
特別な配列の金属で出来たナイフだ。回収しなければと思い、麻痺した思考のまま包帯男の方へと近づく。
と、そこで脚を止める。
違和感を感じた。ジュセルの右眼、さっきは開いていたか?
俺が注意深く見ていると、包帯男の瞳孔がこちらをむいた。
「まさか……、生きているのか」
再び構い直すナイフは俺の動揺が表れてか、細かく震えた。
「ホウ。死角かラノ攻撃とハ、油断シていタ」
「お前……何で死なないんだ」
包帯男は胸の傷を撫でながら、
「俺ノ能力が、オ前の能力ヨり強イからダ」
「何を……言っている……」
俺の疑問を無視して、ジュセルは一歩づつ俺に近づいてくる。そのたび、俺は一歩づつ後退する。
「オ前なら、俺ヲ殺してクれルト思っタガ、見当違いカ。モウいイ。殺シてやロウ」
ジュセルが跳躍。
俺の直前に着地。右手で振るうナイフがジュセルの脇腹を深く抉るも、構わず蹴りを放ってくる。
太ももと左肘を使って何とか停止させるも、蹴りが強烈過ぎる。
ナイフを大きく振り回す。首を狙った攻撃を、ジュセルは後退する事で回避。
しかし、これはジュセルを狙ったものではない。そのまま背後まで一周させた短剣は、扉のロックを焼き斬った。
「……逃げルつモリか」
「構ってられるか!」
死なない原理は理解できないが、とにかく一旦退くしかない。
扉を開け、よろめきながら入った廊下の向こうには、女子高生らしき制服の女が立っていた。

「ぉにぃさん。ぁそびましょ?」

場違いな人物の登場に俺は一瞬戸惑ったが、俺は突進を選択。
制服を着た、黒髪の女。委員長を思わせる三つ編みにした流れる髪と赤ぶち眼鏡。
だが、それは黒鞄にぶら下がっているモノ以外を見たときの印象だ。
鞄からはアクセサリーのように、人の頭蓋骨が飾られていた。
構わずナイフを振りぬき、スタンガンモードにして頚動脈を狙う。
だが、その攻撃は黒鞄で防がれた。材質は見るからに革製なのに、金属の弾く音がした。
「はじめまして。“機関・第八十七席次・イザナミ”とぃぃます。ぃごょろしく」
にっこりと笑うその笑顔が純真すぎて、逆に俺は恐怖を覚えた。
黒鞄から銀の輝きが飛び出す。見ると、二対の斧が黒鞄から生えていた。
その鞄を横薙ぎに切り払ってきたのを片手の短剣の腹で受ける。が、受けきれずに腕を掠めて出血する。
軽々と振るってきたが、受ける斬撃は手が痺れる程重い。
大降りの斧を短剣で受け止め、さらに逆の腕で押し返すことでやっと拮抗した。
どれほどの腕力を持ってやがる。
「ぉにぃさん、かっこぃぃですね。ぁたしとつきぁぃません?」
「……冗談キツいぜ」
「そぅですね。ぉにぃさんはころさなぃとぃけなぃんでした」
扉が開く音。マズイ。後ろからジュセルが追いついてきた。
斧を弾き、すばやく廊下の左の扉を蹴破る。情報では確か、ここから外に繋がる窓があったはずだ。

純白の羽根が舞った。
134リリィ編 ◆zKOIEX229E :2011/01/05(水) 03:33:29 ID:M6NqTlBs
純白の羽根は俺の前方の空間を埋め尽くす。
「ぉにぃさん?にげるなんて、ひきょぅですょ?」
走りつつ、後ろを振り返る。先程の女子高生、イザナミの背中から制服を破って翼が生えていた。
その翼から白い羽根が射出されてくる。だが、当たってもダメージはない。
窓を突き破ろう。そう思いジャンプしようとした瞬間、後ろから声が聞こえた。

「ぉもくなれ」

「がっ……」

宙に浮いていたはずの羽根が、俺の背中、脚、腕を貫く。
突き刺さった羽根一本一本が鋼鉄のバーベルのように重く、脚を貫かれた衝撃で倒れる。
全身から血が噴出した。
「ま、さか……能力か!?」
「ぁたしの“触れた無機物の重さを変える能力”。きにぃりました?」
完全に油断していた。油断は死を招くと、ルローから教わってきたはずなのに。
脚を必死に動かそうとするが、受けたダメージが大きすぎてすぐには動けない。
ジュセルも追いついてきた。包帯男と制服天使はまるで、罠に掛かった獲物を見たかのようにゆっくりと近づいてくる。
弱弱しく片手で短剣を構えるが、どうしようもない。頼りの固有磁場も、再充填にまだ時間がかかる。
「なんなんだ……なんなんだお前達は」
それよりも問題なのは――
「お前らは、どうして俺の能力内で能力が発動できる!」
俺の能力は確かに発動していた。青い霧はこの部屋全体に充満していたのに。
「……ぉにぃさん、“複雑系エクザ”ってしってる?」
「カオス……エクザ?」
出血で意識が薄れてきた。霞がかかった視線で二人を見つめる。
「余計ナ事を喋ルナ、イザナミ」
ジュセルがイザナミを窘めた。てへっ、と頭を小突いてイザナミが舌を出す。
「これ、なぃしょでした。わすれてくださぃ、とぃってもわすれなぃとぉもうので」
銀の斧を持って、近づいてくる。くそっ、目が見えなくなってきやがった。
「しんで、わすれてくださぃ」
大きく振りかぶったその斧が、俺の心臓を狙って落とされた。




以上、投下終わりです。
135魔法少女シェアード系:2011/01/05(水) 17:31:48 ID:FmQFXcIs
「ぼくしつじー」

「めいどやーなの。おとこのこせいぶんきょうきゅうかたなのー」

「おじょうさま、おちゃをどうぞ」

 侵略を始める前に作戦会議としてお茶会をすることにしました。

 準備してくれたのは私が魔法で召喚した妖精さんです。
 身の丈10cm、素敵バランスの三頭身、つぶらな瞳と舌足らずな口調がキュートな妖精さんを操るのが私の昼の魔法なのです。
 妖精さんといっても侮ってはいけません。メルヘン世界の住人ですのでいろいろな事が出来るのです。
 お茶会なんておちゃのこさいさいなのですが、気を抜くと――。

「おちゃなんてぼすとんのうみにすててしまえー」

「へうげえ。きんときどのがむくむくでござる」

 なんて事になってしまいます。

「あなたたち、おいたが過ぎると目鼻くりぬきますよ?」

 とにもかくにも。
 外れかかった軌道を修正しながらですがお茶会です。
136魔法少女シェアード系:2011/01/05(水) 17:34:25 ID:FmQFXcIs
「みなさん、お代わりは如何ですか?」

「想像してごらん、だだ甘の紅茶を飲まされる苦痛を」

「ガッデム! 紅茶を飲んでもハイにゃなれねえ。ノーフューチャーってヤツだ」

「スコーンよりもプディングの方が好きなのだわ!」

 こんなに楽しいお茶会を開いた私を褒め称えるのに遠慮はいらないのですが、本音を言ってくれません。
 悲しいですね、悲しいですとも。
 荒廃した世界は人の心を荒ませてしまいました。
 こんな悲劇はありません。
 人が人としてお茶会を楽しめないなんてとても酷い事です。はっきり言ってあり得ません。
 楽しいお茶会を開いてさし上げた私を褒め称えないなんてあってはならない事なのです。

 ああ、成る程。あってはならない事が平気で出来るこの人達は人でなしだったんですね。そうだとしか思えません。
 納得です、さもありなんです。薄々は感づいていましたがやっぱりそうでした。

「――申し訳ない、ご婦人よ。お茶を一杯所望したい」

 ――誰ですか、私の切ないモノローグを邪魔する人は。

 腹立たしい事この上ないのですが、ドーバー海峡よりも広い心を持つ私はお茶会に参加したい人を拒めません。
 優雅で可憐な英国淑女メルヘン風味として拒む事は許されないのです。

「どうぞ。歓迎いたしますよ」

 穏やかな物腰で謎の来訪者をお出迎えです。

「想像してごらん、何処の誰か解らない人間が傍にいる恐怖を」

「ガッデム! ちんけなオーディエンスじゃベースもひけねえ」

「攻めリバ様降臨なのだわ! 攻めの食い合いなのだわ! ――萌えるのだわ!」

 私以外の人でなし達に散々な事を言われながらも謎の人は罵詈雑言をするっとスルーしています。
 謎のお方は存外に大人ですね。今までにない、ちょび髭じゃないダンディズムです。
 かっこいいですね。人でなし1号と2号に見習って欲しいことこの上ないです。

「ミルクと砂糖はどうします? よろしければスコーンもどうぞ」

「ご婦人よ、無礼に無礼を重ねるのは心苦しいが――連れがいる。同席させてよろしいか」

「ええ、勿論ですとも。お茶会は人数が多い方が楽しいですし」

「――かたじけない」

 不思議ですね。他愛のない会話ですがおもったよりも楽しい感じです。
137魔法少女シェアード系:2011/01/05(水) 17:35:54 ID:FmQFXcIs
 へんてこりんな軍服チックな服装はセンスを疑ってしまいますが、精悍な顔立ちとオリエンタルかつエキゾチックでミステリアスな雰囲気はなかなか素敵です。
 シドくんにはジョンさんを、アンさんにはこのお方の連れを押しつけてしまえばあら不思議。
 世界は薔薇色です。
 そうです。そうなのです。私が決めました。そうであって欲しい乙女心は複雑なのです。
 とにもかくにも、わたしに課せられたのはお連れの方とアンさんをラブラブな中にすることです。
 つまり!私はラブラブさんなのです!
 ――あれえ?
 小さな胸にに手を当てて冷静に考えると展開の気配がしますね。――しますかね?

 そんな訳で続きは次回のお楽しみの前に。

 余談ですが。
 ダンディでミステリアスな人は人呼んでカミカゼのヤスクニさんでお連れの方は朝敵のアイズさんだそうです。

――to be continued?

わたしによるいろいろな説明 初版

フェアリー・テールさん(仮名)
わたしです。とても謙虚な女の子です。
昼の魔法はメルヘン世界の住人の妖精さんを呼び出す『フェアリー・テール』です。好みのタイプはちょび髭じゃないダンディズムな人です。

ジョンさん
人でなし1号です。一言で言えばヒッピーです。
魔法はまだ不明です。

シドくん
人でなし2号です。一言で言えばチンピラです。
魔法はまだ不明です。

アンさん
幼馴染みの親友だった人でなし3号です。
思考回路が腐っているので彼女の言葉を深く詮索してはいけません。検索なんてもっての他です。
腐ってしまいますよ? 貴方の心が。
昼の魔法はアンさんが妄想して創造したアーサー王と円卓の騎士を召喚する『ラウンド・オブ・ナイツ』です。
夜の魔法は企業秘密だそうです。

カミカゼのヤスクニさん
ダンディな男性は嫌いじゃありません。むしろ好みです。

朝敵のアイズさん
なんてコメントすればいいのやら。
138創る名無しに見る名無し:2011/01/05(水) 17:38:33 ID:FmQFXcIs
ここまで代理レス
139創る名無しに見る名無し:2011/01/06(木) 00:56:46 ID:Wn8Y/yTs
>>134
おおっ、ヨシユキピンチだ
続きが気になる

>>137
フェアリーテールさん節良いなぁ

>つまり!私はラブラブさんなのです!
おいwww
140創る名無しに見る名無し:2011/01/08(土) 02:29:25 ID:A8PuiJCT
>>137
かわいい会話が楽しいですねw
この独特の文章表現は大好きですよ。
続き読みたいですw
141リリィ編 ◆zKOIEX229E :2011/01/08(土) 04:25:58 ID:A8PuiJCT
投下します。

金属の弾く音。這い蹲った姿勢の俺の目の前に、必殺の斧を受け止めている黒い短剣が浮かんでいた。
「わりぃわりぃ。やっぱ殺すの無しだわ」
部屋の扉に寄りかかっていたのは、ドレッド頭のチャラそうな男。腕を組んで、面白そうな様子で俺を見ていた。
醸し出す異様な雰囲気が、ジュセルやイザナミとは何かが違う。
「そ、うか。お前が……」
「勝手に喋ンなよ。ガキ」
頬に感じる風。一瞬で俺の傍らにエデンが立っていた。驚く間もなく頭を黒いブーツで踏みつけられる。
「ぐ……」
「なっっつかしいなぁ。レギオンシステムのプロトタイプじゃん。とっくに廃棄されたと思ってたのによぉ」
レギオンシステムと言う言葉は聞いたことがない。だが、プロトタイプと言うのは俺の躯の事か。
「エデン……何を知っている?」
踏みつけられた姿勢で睨み付けるも、エデンは俺を見下し白い歯を剥き出しにして嗤う。
「てめぇのちっせぇ頭で考えられないような事……全てだ」
頭を蹴飛ばされる。衝撃で壁に体が叩きつけられ、口の中を切る。出血と激痛で、いまにも意識を失ってしまいそうだ。
「おーい。参の目、入ってこい」
エデンの声が遠くの山から聞こえたように響く。目を開けるも、朱色の和服の少女が入ってきたことしか認識できない。
「参の目。こいつの心覗け」
何を、言っているのか聞こえづらい。
和服女は、赤い髪をしていて、赤い唇と、赤い眼が印象的だった。
その額が割れ、人にはありえない三つ目の紅の眼が俺を覗き込んでいた。
「<agr>検索終了。過去に記憶を弄られた形跡あり。過去三年分のデータを参照可能です</agr>」
「ドグマのアジトは何処だ?」
「なっ……!」
「<agd>座標、X:8291961、Y:0260340、Z:00923。そこがドグマの本拠地です</agd>」
まさか、心を読まれたのか!?
「ま、待て!」
体中が軋みをあげ、痛みで意識を失いそうだが起き上がり、エデンを呼び止める。
「……ごちゃごちゃウッセーぞ、クソガキ。てめぇ……悪党名乗ってんならこんな事ぐらい覚悟しといただろうが」
エデンが右腕を俺に向ける。複数の黒い短剣が宙を飛び、俺の腕、肩、脚を壁に縫いつける。
まさかこれは――
「固有……磁場……?エ、デン……なんでお前が……」
「おとなしく寝てろや、ホーロー。てめぇはカケラの実験道具にしてやるよ」
背を向けて歩き出すエデン。その後に続くジュセルとイザナミ。和服の女。
「ま……て……」
常人では既に死んでいる負傷を、俺の躯は何とか持ちこたえていた。だが、流石に限界が来ていた。部
エデンが居なくなった部屋に白衣の研究員達が恐る恐る入ってくる。
意識が完全に暗くなる前に、俺は第三の時計のスイッチを入れた。


「ドグマは皆殺しだ」


エデンが嗤った。
142創る名無しに見る名無し:2011/01/08(土) 04:28:12 ID:A8PuiJCT
投下終了です。
143創る名無しに見る名無し:2011/01/08(土) 19:05:00 ID:OtB2kd5L
捕まっちゃったか
能力を使われる状況だと圧倒的に不利だもんなぁ…

それにしてもこっちが犯罪組織で向こうが治安組織だってことすっかり忘れてたw
144創る名無しに見る名無し:2011/01/08(土) 21:28:47 ID:/FP2CLvE
>>141
嘉幸負けたー!
この先どうなるんだ。気になる・・・
しかし機関も化物ぞろいだな
145 ◆IulaH19/JY :2011/01/08(土) 23:50:47 ID:V1MwmWhh
wiki編集者様、素敵な紹介文ありがとうございました。
146魔法少女シェアード系 ◇NN1orQGDus:2011/01/09(日) 20:39:55 ID:XOyDHH8P
第三話『あわわとあわてる』
1/2
 お茶会は楽しいです。
 あまりの楽しさにヤスクニさんとアイズさんは聞いてもいないのに色々な事を話してくれました。
 主に愚痴ですけれども。
 ですが。
 愚痴の中にも色々な情報がありましたので、それをかいつまんで説明しますと

・夢の島は無法地帯である。
・夢の島では群雄が割拠している。
・ヤスクニさん達は弱小勢力である。

 みたいな感じです。

 とりあえず。
 私たち大英帝国の目的は侵略です。
 こんな状況ですと覇権争いに巻き込まれそうなので覇権争いに参加することにしました。
 ヤスクニさん達の弱小勢力を応援して覇権を握らせてあげて、尚且つコモンウェルスの一員にしてあげる事にしました。
 そうです。今私が決めました。
 議会はともかく国王陛下は許してくれると思います。
 自分の国の国教を知らないくらいアレな感じのお方ですから。

 そんな事はそれはそれ、あっちの方に置いておいて、お茶会を楽しもうと思ったのですが――。

「ああ、ジョンがやられた!」

「落ち着くのだわ、シド! 指揮は引き継ぐのだわ! 」

 お茶会を楽しめない人でなし1号2号3号が何やらきな臭いを流し始めました。
 きな臭いの発生源を見るとジョンさんが血を流して倒れていました。
 専門用語で言うと七孔憤血だそうです。
 とにもかくにも。
 シドくんは顔面蒼白です。
 アンさんはもうどうでもいいです。
 ヤスクニさんは臨戦態勢をとっています。
 アイズさんは手持ちの荷物をがさごそ漁っています。
 私ですか?あまりの超展開に腰が抜けて動けなかったりします。

 じゃーん、じゃーん。

 シンバルを叩いたような音がすると――。

「げえ、あればシュウなのであります、ヤスクニ殿!」

「然り。気を気を引き締めるのだ、アイズ」

 アイコンタクトで以心伝心の二人を尻目に、私はあわわと狼狽える事しか出来ません。

「オーケー、キルユーベイベー。レストインピースってヤツだ」

 シドくんはその場でぴょんぴょん跳び跳ねて戦意を高リズムを取っています。手には魔法で具現化したベースが握られています。

「アーサー王、ガウェイン! 戦うのだわ! 二人の愛の力を見せつけるのだわ!」
147魔法少女シェアード系 ◇NN1orQGDus:2011/01/09(日) 20:40:36 ID:XOyDHH8P
2/2

 アンさんは魔法で召喚した円卓の主従らしき騎士二名を妖しげな眼差しで見つめてにやにやしています。

 何も出来ないでいる私の袖を妖精さんが引っ張ります。指差した方には――。

「夢の島岩礁は我らシュウのものなり! ゲルマン民族を移動させた吾の力をとくと見るなり!」

 シンバルみたいな楽器を楽しそうに叩いている男の子がいます。
 私には読めませんが『飛』と書かれた旗を背負っているみたいです。

「あの旗印は――パトリックちゃん。相手に不足ない」

 ヤスクニさんの不敵な笑みが印象的なので話は次回に続きますどっとはらい。


わたしによる設定説明

シュウ
周と表記します。中国共産党の独裁に反動して反発して復古した王朝です。
なんにせよお茶の産地なのは相変わらずかと。

パトリックちゃん
周の人です。コントンさん(誰?)の目鼻口耳の穴を開けて惨殺する程恐ろしい御方だそうです。
今回は敵なんですね。

ジョンさん
キャラが薄いから死ぬんですよ。アーメン。
148創る名無しに見る名無し:2011/01/09(日) 20:41:16 ID:XOyDHH8P
以上避難所から代行
149創る名無しに見る名無し:2011/01/10(月) 03:59:33 ID:xuz5A0JR
代行乙で〜す
>>147
ジョンさんまじで死んじゃったのかw
意外と登場キャラの入れ替わり激しいのか?
続き待ってますよ〜



↓あと投下します
150リリィ編 ◆zKOIEX229E :2011/01/10(月) 04:00:33 ID:xuz5A0JR


深く透明に。感じるのは光の無い虚無。


「簡易治癒完了。生体反応正常。被験者ホーロー問題ありません」
「隕石の欠片、活性化処理に入ります。最大反応時刻まで2分49秒」
「スフィアネット接続完了。リアルタイムで実験を記録します」


思い出すのは記憶。夕暮れに佇む君は、どこか悲しげだった。


「活性化率30パーセントを超えました。被験者に異常ありません」
研究員の播磨は手摺を握り締めて、モニターの様子を観察している。
万一の事態に備えて、第二研究室から全ての実験を遠隔操作で行っている。
「損壊も壊死も無しか……よし、続けろ」


その姿も、日が暮れて闇の中に紛れていく。


「接触開始」
黒い宝石をつけた機械が、ホーローの身体に触れた。
ホーローの身体が跳ねる。
「活性化率50パーセントを超えました。生体反応に問題ありません」
「隕石の欠片、被験者に非常に高い同調性をみせています」
「なるほど……エデン様がこの男を使えと言ったのはこういう事か……」
ジュセルと戦闘したときに見せた、隕石の欠片との高い同調性。あの時は接触すらしていなかったのに。
「活性化率70パーセントを超えました」
「大抵の能力者はここで衝撃に耐えられず死ぬか発狂する……ジュセル様ですら83パーセントが限界だが果たして」
「高効率作業に入ります。つ、続けますか?」
一人の若い研究員が播磨に聞いてきた。この後に起こる悲惨な結末を見たくないのだろう。
「続けろ。肉体が回収できないほど破壊されてしまっても構わない。所詮、犯罪者だ」
播磨は冷たく言い放つ。研究員は震える指で赤いボタンを押そうとする。


だからせめて――その笑顔だけは守りたいと思った。


その指が止まった。若い研究員が恐る恐ると振り返る。
「……なにか聞こえませんか?」
「何がだ」
苛々とした様子で播磨が言い返す。
「スピーカーからです。こう、金属の澄んだ音色が……」
「聞こえるわけないだろう……待て。なんだ、この音は。解析班」
「……音源は被験者ですが、原因はわかりません」
「……仕方ない。問題が起こる前に、さっさと済ませろ」
赤いボタンが押され、黒い宝石が発光し始める。否、黒い発光は光を奪いつくしていく。
「活性化率80パーセントに到達します!」
闇の光がモニター全体を黒く侵食していった。
突如として、モニターに写るホーローが目を見開いた。
いや、と播磨は思った。黒い光のせいでよく見えないが、あれは本当にホーローか?
画面に映る少年の顔はこちらを向いて、確かに禍々しく嗤っていた。


“逆磁場発動”


全ての機材がホーローを中心として吹き飛び、モニターがブラックアウトした。
151リリィ編 ◆zKOIEX229E :2011/01/10(月) 04:43:05 ID:xuz5A0JR
「ぐっ……」
衝撃で目眩が起こったが、落ち着いて状況を把握する。
俺の手足の拘束具を含め、研究室内の磁性を帯びる物は全て壁に叩きつけられ大破し、壁が破壊され外気が流れ込んでいた。
磁場の余波が消え、壁についていた機材がガラガラと落ちていく。
“逆磁場”は俺を中心に、磁性を帯びる全ての物を吹き飛ばす強力な技だ。
ルジの所にいた時にテストとして一度だけ使ったが、威力は衰えていないようだった。
だが、チャージに時間がかかる上、使用した後は24時間、“固有磁場”“逆磁場”の二つが使えなくなる。
タイミングが重要だったが、上手くいった。
「目を覚ましたか、ホーロー」
声。横たわった声のした方に拳を握り構える。
扉の前に黒い闇を纏った何者かが立っていた。
声からして男。だが、何処かで聞いた事があるような声だ。
「誰、だ」
「俺が分からないか?ホーロー。……まぁ、適当にカオルという名前とでもしておこうか」
纏った闇のせいで顔が判別しづらい。
「すぐにアジトに引き返せ。エデンが仲間を連れて侵攻しているぞ」
「そうだ……そうだった!」
唇を噛む。間抜けな俺のせいで、アジトの場所がばれてしまった。
男が何か投げてくる。それは、俺の黒い二対の短剣だった。
「急げ。お前の居場所を守りたいのなら」
「ああ!」
壊れた壁の間から、外へと身を乗り出す。ワイヤーを壁に引っ掛け、降下しようとする。
振り返ったとき、黒い男は消えていた。
あの男が何者かを考えるより先に、アジトへと戻るのが先決だ。頼むリンドウ。無事でいてくれ。
焦る俺とは裏腹に、月は相変わらず夜を照らし続けていた。


投下終わりです。
152 ◆W20/vpg05I :2011/01/10(月) 20:34:26 ID:Yj7gLXA1
>>147
さりげにブラックだwww
敵も新たに現れて続きがどうなるか気になるw

>>150
アジトがやばい……どっちが悪人か分からなくなりそうだw
ホーローは果して間に合うのか。気になるな。


ついでに年初めの投下開始。
単発ネタ(しかも他スレネタ含む)の一発書きです。
(>>避難所127からつながっていると言えば繋がってますが、読んでなくても多分大丈夫です)
153 ◆W20/vpg05I :2011/01/10(月) 20:36:15 ID:Yj7gLXA1

「さあ〜、よしっ!!」

そんな気合と共に、隠しきれないのんびり声。
軽くウェーブの掛かった黒髪もしっかり手入れされ、
普段はしない化粧まで軽くした少女。
縁なしメガネを掛け直し、安アパートのある一室へ通じる扉をまさに叩こうをしていた。
左手にはお弁当を持つその少女の名を春日居美柑と言う。

どうやら緊張しているようで、何度も深呼吸を繰り返ししていた。
そのアパートの一室の主の名は三浦春都。
俗に言う駄目人間なフリーターの男で、美柑と同じレストランで働いていた。

なぜそんな駄目人間の部屋に彼女が入ろうとしているのか。
彼女の中ではバイト中に助けられたお礼(ゴキブリ退治して貰った)である。
その他の気持ちも混ざっているのは間違いないが。
でもその気持ち自体は本人の中では否定していたり。

ともかくもう一度美柑は気合を入れると扉を叩く。

「ハイ!」

その奥から聞こえてきたのはハスキーな少女の声だった。

「……あれっ?」

美柑はその声に疑問を思う。三浦春都は独り暮らしと聞いていたはずなのに
中から聞こえてきたのは女の声。

疑問の表情のまま、しかし無情にも目の前の扉は開いてしまった。

「三浦春都の家ですよー。どうしました?」

目の前にいたのは銀髪の外人さんの少女だった。年齢はおそらく美柑と同年齢程度。
こぼれんばかりの大きな碧色の瞳。とりあえず可愛らしいと言えば間違いない容姿だろう。
銀色の髪を腰まで伸ばし、ただ残念なことに寝ぐせっぽくあちこち跳ねていた。
ぶかぶかな白のTシャツにチェックの赤いミニスカートという非常にラフな格好でそこにいた。

「……えっと、春都さんいませんか?」

戸惑いつつも美柑はとりあえず聞いてみた。

「あ、いますよ。師匠ー! お客さんですよー」
「あ? なんだー」

そう言って奥からずりずりと這い出して来たのは同じく白のTシャツにパンツ一丁で出てきた春都だった。
その姿は限りなくだらしない。しかしその格好にも関わらず少女と一緒にいたりするのだ。

目の前に状況に頭がついていかず、とりあえず美柑は頭に浮かんだ疑問を口に出す。
154 ◆W20/vpg05I :2011/01/10(月) 20:37:07 ID:Yj7gLXA1

「えーと、三浦さん、一人暮らしじゃなかったんでしたっけ?」

その疑問に春都は頷く。

「ああ、そうだ。こいつは近所に住んでるガキなんだが……」
「ネットで師匠と話してるうちに近所だって分かったんで遊びにきているのです。
私はウラ・トゥサクって言います」
「春日居美柑です〜」

流れに流されるまま美柑も名乗る。
その美柑に春都は、単純に疑問の声をあげた。

「それで春日居、どうしたんだ?」
「あ、こないだのお礼にお昼ごはん持ってきたんです。どうぞ〜」
「お、サンキュ。久しぶりのカップラーメン以外の昼食だ」
「はい……では、私はこれで、さようなら〜」
「お、おう」

そのまま踵を返し帰る美柑。それはまるで逃げ帰る様に見えて。
美柑の様子を春都は茫然と見ていた。
美柑が見えなくなってから春都にトゥサクは意地の悪い笑顔を浮かべ、告げる。

「師匠ー。せっかくのフラグがブレイクしたっぽいですねー」
「……ま、めんどいからまあいっか。バイトの時でも弁当の礼は改めて言っとこう」
「師匠、その面倒臭がりはどうにかしたほうがいいですよー。追いかけてみたらどうです?」
「メンドイ。それにウラ、テメーも似たような面倒くさがりだろうが」
「ですよねー」

そう言って、春都は貰った弁当を机に置きに戻る。
その後ろを追いかけながらトゥサクも部屋に戻る。

「さて、今度こそ○コミに向け完成させましょう。ハル○シュラー×倉○作の調教物とか」
「止めとけ、面倒くさいことになる。それにお前の能力じゃ完成できないだろ」
「だからこそ今度こそなんじゃないですかー」
「俺たちに完成できると思うか? 俺は思わん」
「ですよねー。……あっ、忘れてた」

そう呟いてウラ・トゥサクは扉まで戻り、

「ちゃんと閉めないとね。バイバイ」

誰にともなく呟いて、扉を閉めた。

外から見えるそこは普通の安アパート。普通の人が普通に暮らしている場所だった。

――ええ、普通のはずなんです。

終わり。


投下終了です。
やまなしおちなしいみなしですね。
155 ◆W20/vpg05I :2011/01/10(月) 20:38:13 ID:Yj7gLXA1

投下終了です。
やまなしおちなしいみなしですね。



以下設定


ウラ・トゥサク

三浦春都の近所に住んでる外人風の美少女
その経歴は一切不明だが、どうやら学生をしているようだ。

昼の能力

夜の能力
名称 … ハーフ&ハーフ
【意識性】【操作型】
4時間掛けることで、どんな創作物でも25%まで完成させることができる能力。
それ以上進むことはできないため、能力で創作物を完成させることはできない。
そのため大抵そのまま投げ出すことになる。
156創る名無しに見る名無し:2011/01/10(月) 20:42:53 ID:dNJDWagC
元ネタと逆なのかwww
157 ◆tWcCst0pr6pY :2011/01/13(木) 13:47:59 ID:0NBdYzdI
・塚本 桜(つかもと さくら)
夜見坂高校二年生女子。
陰気な少女だったが、隕石衝突以後に異能を授かってから、
圧倒的な美貌を得る。

《昼の能力》
名称 異性搾取
【無意識性】 【力場型】
微弱ではあるが、異性の生命力を吸収し精神も操作する。

《夜の能力》
名称 生命奪取
【無意識性】 【力場型】
周囲の人間全てから生命のみを吸い取る。 吸収力は昼間より上昇する。

・篠崎 海斗(しのざき かいと)
ERDO特務部門に籍を置く十六歳。
元は運動の得意な明るい少年だったが、
研究機関に引き取られて以降、過酷な能力開発の日々を送る。

《昼の能力》
名称 カスタマイズ
【無意識性】
【操作型】【具現型】
所有する道具に生命力を送ることで機能を強化したり、
特殊な機能を付与することができる。
使い込む程道具は強力になっていき、一度カスタマイズを行った道具は夜間時にも機能する。

《夜の能力》
不明

・工藤真緒(くどう まお)
能力開発機関、ERDOの特務部門に所属する女性。
陽気な性格の十六歳。
ショートカットの髪と黒い服を好む、極度のゲーム好き。

《昼の能力》
名称 魔女(ウイッチ)
【意識性】【力場型】
地水火風の四元素を操作し、それに応じた超常現象を引き起こす。
『エンカウント』という手続きが必要だが、ほぼ無尽蔵に放つことができる。

《夜の能力》
名称 高位魔女(ハイ・ウイッチ)
【意識性】【力場型】
昼間の能力の純正強化版。『エンカウント』の後、
地水火風の四元素を複数組み合わせた合成術を放てる。
158隕石が変えたモノ ◆tWcCst0pr6pY :2011/01/13(木) 13:50:31 ID:0NBdYzdI
憂鬱な気分でランドセルを背負った少女、塚本桜は家に帰るべく通学路を歩いていた。とぼとぼと、悄然とした面持ちで。
小学校に行けば必ず不快な思いをすることになるのは、これまでの経験上判り切っていたことだった。そしてこんな毎日から抜け出す夢想に浸る。
彼女自身、現実的な解決案を考えることは放棄していた。
いわゆる苛められっ子の彼女に、自分を取り巻く環境を変える程の強さもなければ、登校を拒否する程の度胸もなかったのだ。
吐息をつきながら、住宅街を網の目のように走る細い道を進む。
今日も陰口を延々と囁かれ、クラスメイトにも無視され続けた。先生も見て見ぬふり。自分の相手をしてくれるのは、特別と言われている一人の男子だけだった。
辛うじてこの苦行に耐えていられるのも、その男子がいるからに他ならなかった。
性格も陰気で容姿も人より劣っている自分に情けをかけてくれるのは、彼が格別恵まれた人間だからだろう。
主に陸上競技で新記録を次々と樹立していたその少年は、常に自信に満ちている。
鼻摘み者に平然と手を差し伸べるその余裕が、たまに妬ましくもなる。
しかし気付けば、その少年のことばかり考えているのも事実であった。
虚しい。
自分と彼は、まるで月とスッポンだ。
国語の授業で得た知識を用いて、少女は正確な比喩表現を行った。こんなことを覚える為に学校に通っているのかと思うと、更に虚しくなる。
黄昏の迫った空を見上げる。そして彼女は呟きを洩らしていた。
「あ……」
橙色の空に走る、一筋の軌跡が見えた。地球規模の被害をもたらすと、毎日のようにテレビや新聞で騒いでいる、巨大隕石だ。
――ここに落ちてこないかな。
そうすれば、こんな毎日も終わるのに。
その願いが叶うことはなかったが、頭上の隕石は、少女の人生を百八十度変えることになる。
159隕石が変えたモノ ◆tWcCst0pr6pY :2011/01/13(木) 13:52:42 ID:0NBdYzdI
夜見坂高校の一年に、『ブラッディ・ベル』の総長がいる。
そんな告発めいた校内放送がここ数日、休み時間に大音量で流れ続けていた。
『ブラッディ・ベル』といえば、敵対チームを一人で潰すような、異常に腕っ節の強いリーダーが率いていることで有名なカラーギャングだった。
少し前に代替わりしたらしいが、きっとその人も化け物じみた強さなのだろう。
「……怖いな」
教室の窓辺にある自分の席で、頬杖を突きながらぼんやりと坂の下に広がる街を眺めていたその絶世の美少女は、小さく呟いた。
透き通ったその声が教室に響くと、彼女の一挙手一投足に至るまで見逃すまいとしていた男子たちは色めき立つ。
「塚本、俺たちが倒してきてやろうか」
半年以上同じクラスにいるのに、名前すら覚えていない男子たちの提案を聞き、塚本桜は首を振る。
それに合わせて腰に届きそうな程長い黒髪が揺れ、黒目がちの大きな瞳に狼狽の色が浮かんだ。そして名前と同じ桜色の唇を申し訳程度に動かし、言葉を紡ぐ。
「そんなことしないで。もし誰か怪我でもしたら」
私が迷惑。
そうはっきり伝えることも出来ない程、彼女は自己主張に乏しいままだった。塚本の言葉の先を都合良く解釈したらしい男子たちは、赤面しながらさらに主張する。
「心配してくれんのはすげえ嬉しいけど、どうせデマだろ」
人違いだったらますます襲う理由がないのだけど。
「そんな物騒な噂を持った奴が学校にいたら俺らも迷惑だし、ちょっと潰してきてやるから、待ってろ」
血気盛んな男子たちは、塚本の制止の声も待たずに教室を飛び出してしまう。どうも彼らには、自分の失望の溜息は全く聞こえないらしい。
残ったのは女子たちと、彼女らの投げかける視線だけだ。
密やかな羨望だったり露骨な敵意だったり、そこに込められた感情は様々であったが、元来目立つことを極端に嫌う塚本にとって、それは気持ちの良い物ではなかった。
こういう生活も困る、というのが彼女の正直な感想だった。
巨大隕石が地球に衝突したあの『チェンジリング・デイ』以後、彼女を取り巻く環境も一変してしまった。
彼女もまた、隕石から異能を授かった一人だった。専門機関に付けられた能力名称は『異性搾取』。
無意識の内に男の活力と精神を奪い始めてから、塚本桜の容姿は激変していった。
糸のように細かった目はガラス玉のように丸く大きくなる。団子鼻は見事に小振りになり、肌の色は抜け、髪は艶を増す。
全体に丸みを帯びていた身体は、壊れ物の如き細さになった。潰れていた声も、見事に美しくなった。
それが彼女の能力の副産物であることは、誰の目にも明らかであった。奪った生命力を、そのまま身体の再構築に浪費していたのだ。
そして変化が終わる頃には、彼女にとって男は木偶人形同然に扱える代物になっていた。
勿論良いことばかりではない。
夜間時の能力『生命奪取』で両親の生命力まで奪っていたことが発覚してからすぐに、地元にあった某研究施設の支部に保護された。
そして去年、選択の余地さえ与えられずこの夜見坂に放り込まれてしまった。
その経緯を思い出すと、温厚で小心な彼女が、未だに煮え立つような怒りに捕らわれる。
周りから命を搾取して得た、この絶対的な美しさを誰かに見せるとしたら、あの人以外に思い浮かばなかったというのに。
子供が主役のスポーツ関係のニュースや記事を漁ったこともあったが、何故か彼女が学校を離れてから、彼の活躍が報じられる機会はぱったり途絶えてしまった。
隕石など物ともせずに繁栄を続ける都市を見つめ、彼女は思う。
――彼は今、どこで何をしているのだろう。
160隕石が変えたモノ ◆tWcCst0pr6pY :2011/01/13(木) 14:02:19 ID:0NBdYzdI
夜見坂高校の最寄り駅に到着した電車を降りた、冷淡そうな雰囲気を纏った童顔の美少年は、何年ぶりかに訪れた故郷を一瞬だけ懐かしく思った。
駅前の風景はさして変化していなかったが、前方遥か彼方の丘陵にそびえ立つ壮麗な校舎だけは、記憶になかった物だった。
自分も所属する研究機関が建造した、教育機関の皮を被った実験動物用の檻だ。
隕石衝突直後、人類が得た超能力によって、あらゆる分野の学問に携る人間は極度の混乱に陥った。
能力開発専門機関『EXA Research and Development Organization』。通称ERDOでさえも、その例外ではなかった。
全く法則性の見えない能力群を目の当たりにし、途方に暮れていた彼らだったが、多少なりとも後天的に能力の性質変化が可能であることを知ると、発想を変える。
それまでの科学史で否定されてきた、オカルトじみた学説や人体神秘の復興を目標とする一派が現れたのだ。
彼らが当初着手したのは、エーテルやマナ、エレメント、気、あるいはオーラといった概念の現実化だった。
文武問わず、頭角を現していた子供たちを半強制的にかき集めて行われたその研究には、薬物投与等、非人道的と糾弾されかねないような物も数多くある。
少年、篠崎海斗の視力が極度に落ちたのも、それらの実験行為が原因である。
しかし結果は芳しくなかった。他者の強制よりも本人の嗜好とのマッチングの方が余程能力の性質に影響を与えるというのが、そのプランで研究者たちが得た教訓だ。
思えば自分も、図工の授業が好きだった。生命力を送り道具に特殊な機能を付与する『カスタマイズ』能力が自分に宿ったのも、自然な成り行きだったのかもしれない。
大昔の学説について一から学ばされた子供よりも、まともな訓練一つ施されていない単なるTVゲーム好きの方が、優秀な四大元素操作者になった例が代表的だ。
そしてそのTVゲーム狂いの『魔女』が先週、実験動物の収容所に左遷されたらしい。勤務時間外の私闘行為と、大規模破壊行為がその理由だという。
正式なERDO特務部門の構成員が一人減ったのは事実だが、ほとんど研究機関の敷地同然の場所での戦闘だった為、強引な揉み消しもどうにか功を奏したそうだ。
しかしそんなことよりも彼の気を引いたのは、魔女の決闘相手である高校生の方だった。
もしも少年に関する報告書に嘘がなければ、研究所の生み出そうとした異能『オーラ』に酷似した能力者が現れたことになる。
駅前のロータリーを迂回して、黒のコートを羽織った篠崎は問題の学生が通っているとされる夜見坂高校へと向かう。
全くの偶然だが、丁度下校時間にぶつかってしまったらしい。ブレザーの制服を着た学生たちと、幾度となくすれ違う。
夜見坂の学生、主に女子たちが好奇の視線を向けてきたが、左手首に黒い数珠を着けた少年は全く意に介さない。
坂を登り切り、広大な敷地を誇る夜見坂高校の正門をくぐる。ブルーシートに覆われた建物は、多分魔女が滅茶苦茶に破壊した体育館だろう。
しかし奇怪な光景は、それだけではなかった。
昇降口から出てきた女から伸びた、半透明の樹木の根が、微妙な距離を保ちながら周囲を歩く男子学生たちに巻き付いていたのだ。
彼が眼球に嵌めたコンタクトレンズは、いかなる異能も映し出す。
禍々しいというのが、少年の抱いた率直な印象だった。根の中心に咲き誇る美少女は、自身の振り撒いている災いに気付いている様子もない。
常時発動型の不可視性攻撃能力。その上無意識で垂れ流しているとなると、相当性質が悪い。誰も危険を認知できないまま、大きな被害に至るケースもある。
と、女の周りを這っていた根の一本が凄まじい速度で伸びてきた。
左手首の数珠に光が宿り、同時に弾け飛ぶ。少年の周りを滞空する無数の光の珠は、そのまま全身を覆う透明な障壁を作り出した。
所有者の意思と関係なく発動した防御機能に激突した根は、熱で萎れたように力を失い、消滅する。
次々と根は少年に飛びかかってきたが、障壁に触れると同時に消し飛ばされていく。
思いの外攻撃的だが、女子学生が誰も襲われていないところを見ると、どうやら男にしか発動しない能力らしい。
「篠崎!」
などと考えていたら、校舎の教室の窓が開き、少し前まで同じ職場に勤務していた魔女、工藤真緒が顔を覗かせていた。
「風! レビテーション!」
呪文と共に重力を中和しながら窓枠を平然と飛び越えた制服姿の魔女は、苦もなく三階から篠崎の目の前に着地した。
周囲の学生たちは多少ざわめいたが、ERDO特務機関の二人は気にも留めない。
「何しに来たのよ、あんた」
「『オーラ』使いがいるって聞いて、興味が湧いた」
「オーラ使いって……」
しばらく記憶を探っていたらしい少女は、やがて言う。
161隕石が変えたモノ ◆tWcCst0pr6pY :2011/01/13(木) 14:04:28 ID:0NBdYzdI
「例の不良疑惑のある奴? 大した使い手じゃないわよ。それにあんな大昔のどうでもいい研究テーマ、誰も興味持ってないでしょ」
「あのテーマは半分以上、お前が潰したようなもんだけどな」
おかげでこちらは、生育途上で実務畑に放り出されてしまった。
これでどこかのカラーギャングが自分より優秀だったら、ただでさえあやふやな自分の存在価値に更に大きな傷が入るだろう。
それはそれで悪くないとも思うが。
自分たちが死に物狂いで造ろうとしていた物を、あっさり凌駕する存在が再び出現したら、研究所の連中はまた無力感に苛まれるだろう。
単純にその様子を見てみたいという欲求が、休暇中の彼を故郷に運んでいたのだ。
「いやあ、まあそれは……私の溢れる才能の為せる技というか……」
感情表現豊かな魔女は、恥ずかしそうに頭の後ろを掻きながら謙遜する。この能天気な元同僚には、皮肉も通用しないらしい。
「一応言っとくけど、今のは褒め言葉じゃないぞ。それより――」
黒いコートの少年は、何故か足を止めてこちらを凝視している美少女を顎で示す。
「あいつの能力、視えるか」
「う〜ん……」
無意味に目を細めていた元同僚は、やがて術に頼る。
「土? マジックレンズ?」
疑問符を付けながらも呪文を口にした魔女の鼻の頭に、分厚い金縁の眼鏡が出現していた。異能を映し出すレンズなのだろうな、と篠崎は漠然と予想する。
「何あれ。周りの男を養分にしてる魔性の女に見えるんだけど。っていうかあれ、男子人気ダントツの塚本さんだ。あの人あんな能力持ってたんだ」
「同じ教室なのか?」
「隣のクラス。体育とかの授業は合同で受けてるから、結構顔は合わせてるけど」
「放置していいのか」
そもそも通学許可を出したのは誰だ、という疑問も表出した。もしかしたら、学校の運営側にも、あの女に心を絡め取られた男が複数いるのかもしれない。
「平気でしょ。別に体調崩してる男が続出してるなんて話は聞かないし。見た目はともかく、そう危険な能力でもないんじゃない? まあヤバそうなら私が対処するわよ」
渦を巻いているレンズ越しに美少女を観察している工藤は、興味深そうに続ける。
「しかしあれね。この画を見てると、死体を養分にして育った桜の木は一際綺麗に咲くって話を思い出すわね」
「どうしてこのタイミングでそんなありがちな怪談が出てくるんだ」
「確かあの子、桜って名前だし」
「塚本――」
桜か。
「ちょっと篠崎。あんたこそ何でこのタイミングで笑い出すのよ。気持ち悪いわね……」
眼鏡を掛けた魔女に指摘された篠崎は、吊り上がりかけていた口角を元に戻す。
「悪い。同じ小学校にいた、同姓同名のクラスメイトを思い出してた。……いい加減鬱陶しいな、こいつら」
際限なく殺到してくる塚本桜の能力に嫌気が差した篠崎は防御障壁を解き、光の珠を展開した。
次の瞬間、光球の一つ一つから熱線が射出され、地を這い蠢いていた女の能力を根こそぎ焼き尽くす。
当然周囲を行き交っていた学生たちは口々に悲鳴を上げたが、二人はそれも無視した。
「そこまで必死にディフェンスしなくてもいいでしょ」
「精神攻撃は御免だ」
せっかく拘束から解放してやったのに、男子連中は塚本の身を案じて取り囲んでいた。恐らく例の能力で心を蝕まれているのだろう。狂信者さながらの熱気だ。
輪の中心にいる当人は、未だに呆けたような顔をしていたが。
「それはともかく小学校の同級生って、もしかして初恋の人? あの子と同じくらい可愛かった?」
眼鏡を外しながら、にやついた表情で尋ねてくる工藤に、首を振りながら答える。
「違う。俺がただの明るくて運動の得意な餓鬼だった頃、少し気に掛けてたってだけだ。クラスのボスとして。付け加えると、そいつは不細工だった」
「その割には、感慨深そうな顔してるけど」
「俺が平和に生きてた最後の時期の想い出だから……かな」
あの時同じクラスにいた連中の顔と名前は、今でも完璧に思い出せる。
友達とゲームやテレビの話で盛り上がったり、学校行事に一喜一憂したり。ERDOで過酷な能力開発の日々が始まる前の、幸福な日々が脳裏で再生される。
しかし眼前の塚本桜を見て、それ以上心が動くことはなかった。男の理想像を具現化したような目の前の女と、彼の記憶に残っている『塚本桜』は、似ても似つかない。
162隕石が変えたモノ ◆tWcCst0pr6pY :2011/01/13(木) 14:05:15 ID:0NBdYzdI
左手首に次々と吸いつき、再び数珠の姿に戻った商売道具を眺めながら、篠崎は否定する。
「とりあえず、俺の知ってる同級生とあの女は別人だよ」
それを聞いた同僚は不服そうに言う。
「決めつけるのは良くないわ。何年も経ってるんだから、あんな感じに変貌してる可能性だってあるんだし、せっかくだからナンパしてくれば?」
「休暇をそんなことで潰したくない」
何より、色々と変質してしまった自分は誰にも見られたくなかった。今まで生家のあるこの町に一度も戻らなかったのも、その理由の為だ。
もしあの時のクラスメイトに会えるなら、少しだけ話を聞いてみたいという気持ちも確かにあるが。
「それより、例のオーラ使いを知ってるなら案内してほしいんだが。直接見てみたい」
「別にいいわよ。研究所所属の人間ならここは自由に出入りできるし。……でも会ったらがっかりすると思うわよ。この前だって男子連中に袋叩きにされかけてたし」
「何でそんな目に」
「さあ」
美少女の周りに出来た男の輪を迂回しながら、篠崎と工藤は生徒用昇降口から校舎の中に入っていくのだった。

総合すれば、その男が彼に似ているとは言い難かった。
しかし彼の隣で親しげに会話をしている、隣のクラスの転校生、工藤真緒は、間違いなく彼のことを篠崎と呼んでいた。
塚本の記憶にある『篠崎海斗』は、いつも笑っている、人懐っこい雰囲気の少年だ。
十数メートル程先に立っている、怜悧な面持ちのダークコートの少年とは、印象的には大きくかけ離れている。
しかし顔つきそのものは酷似していた。
少年の左手から、細かな光の粒がこぼれ落ちたように見えた。しばらくして、無数の光線が視界の縦横に走る。
地面のあちこちに焦げ跡が生まれ、一拍置いて男たちが、謎の攻撃から塚本を守るように周囲を囲んだ。
彼らの緊迫した様子など歯牙にもかけず、篠崎と呼ばれた少年は建物の中へと消えてしまう。
塚本の足は竦んでいた。
会いたいと切実に願っていたはずなのに、いざそれらしい人物を目の当たりにした彼女の身体は一向に動かない。
仮に彼が篠崎海斗だったとして、私は何を言えばいいのだろう。
しかし考えがまとまらないまま、彼女は周りの男たちを押し退けて校舎の中に駆け込んだ。
彼の正体を確かめないと、一生後悔するだろうという確信だけはあった。
小学生の時よりは快適な生活を送れていることを伝えればいいのか。
あの時優しくしてくれたことの礼を言いたいのか。
それとも今でも好きだと、長い間胸の内に溜めていた思いをぶつけたいのか。
どれでもいい。
いや、全部話せばいい。人違いだったら素直に謝ろう。
心拍数の上がり切った状態で、塚本は人の流れに逆らって先を行く、私服姿の少年に向かって声を投げた。
「篠崎海斗さん」
こちらに気付いた工藤真緒は、隣の男に言う。
「ほら。やっぱり知り合いだ」
それだけ残して転校生は去って行ったが、少年の足は止まったままだ。
彼女は尋ねる。
「私が誰か、判りますか」
ゆっくりと振り向いた篠崎海斗は、微かに頷くのだった。

おわり
163創る名無しに見る名無し:2011/01/16(日) 11:31:11 ID:4mxERsOx
祭りの後みたいに一気に静かになったな

>>162
なんか既に安定して楽しめる。
万能すぎるっていう声もあるけど、自分の能力を正しく理解して使いこなせば
いろんなことできるのはあり得ると思うし、俺はそういうの好きだな。

全然関係ないけど大根さんトーナメント出場決定おめでとう!
よくはわからんががんばってくれ!
164創る名無しに見る名無し:2011/01/16(日) 23:04:19 ID:hR0sIl9N
さてさて、大変長いこと間隔があいてしまいましたが、
『臆病者〜』の続きとか投下しようと思います
前回までを忘れてる場合は…まとめ読んでください!
ほんとよくこんな中途なところで止めてたなあと反省
165臆病者は、静かに願う ◆EHFtm42Ck2 :2011/01/16(日) 23:06:27 ID:hR0sIl9N
「牧島か……なんで君がこんなところに」
 あまりに予期していないタイミングでの招かざる人物の出現に、私はすっかり動転していた。おかげでこんな
月並みな言葉しか発することができなかった。

「なんでだって? フン、神宮寺お前、まさか僕は飯を食わなくても生きていける人間だとでも思ってるのか?」
「……たまたま同じ豚カツ屋で飯を食ってただけ。そう言いたいわけか? 到底信じられんよ」
 本来なら気の利いた皮肉の一つでも言ってやりたいところだが、今の私には言葉を選んでいる余裕がなかった。
そっくりそのまま思ったことを口にするのがやっとだ。

 私のそんな内情を見透かしてか、牧島はその顔ににやりと陰湿な笑みを浮かべる。焦り余裕を失っている私を
見て愉しんでいる。そんなところだろう。

「まあ、信じる信じないはお前次第だ。好きにするといい。それより神宮寺、さっきの中学生たち、先に外に出
たんだろ? 大丈夫かなあ。最近は随分物騒じゃないか。心配だなあ」
 より一層下卑た笑みを深くしながら放たれたその言葉は、ほぼ思考停止にあった私の脳に活力を与える電流と
して作用した。

 この男が今日ここにいること。そしてこの時私の前に姿を現したこと。それらがもし偶然ではなかったならば、
この男の発言が持つ意味はただひとつしか考えられない。

 その解答にたどり着くより一瞬早く、私の足はもう動きだしていた。一刻も早く店を出なければ。ただそれだ
けを思って。未来ある6つの瞳が元気に私を迎えてくれる、その光景を早く確認したくて。

「神宮寺秀祐。ちゃんと勘定は済ませろよ。食い逃げは立派に犯罪だ」
 去り際。あくまでも我関せずの傍観者のような物言いでくだらない忠告をしてくる黒ずくめの男に、私は決し
て言ってはならない、それでも言うしかない正直な言葉を返す。

「牧島。あの子達の身に何かあれば……」
 私は君を殺す。シンプルなその言葉を、私は心の中で呟くことしかできなかった。
 ひどい矛盾だと思った。今この時、私は心底そう思っているというのに、声に出すことができない。

 声に出してしまえば私は本当にそれを実行してしまいそうだと、心のどこかで自制する自分がいて。どうせ心底
そう思っているのだから言葉にしようがしまいが一緒だと囁く自分がいて。
 だがそもそもあの子ども達が傷つけられたとして、本当に私はこの男を殺せるのかという、根本的な疑問を提起
する自分もいて。

 自分の思考の中で全てを完結させようとする私は、結局その思考の中で矛盾をきたすばかりで先に進むことのな
い、卑怯で臆病な人間でしかない。
 結局その先の言葉を継げないままに、私は出口へと足を向けた。最後に背中越しに聞いた牧島の言葉に、耳を貸
すことなどなかった。
166臆病者は、静かに願う ◆EHFtm42Ck2 :2011/01/16(日) 23:07:49 ID:hR0sIl9N
 飛び出すように店から出るとすぐ、私の目に飛び込んできた光景。それは考えうる中で最悪の事態……とは程遠
く、私は心の底から安堵した。とりあえず、店内での忌むべき遭遇などなかったことのように、努めて平静な声で
彼らに呼び掛ける。

「や、みんな。結構待たせちゃったね。ごめんよ」
 私の声に、水野さんは笑顔を浮かべながら「ごちそうさまです」言って迎えてくれた。この子は本当によくでき
た娘さんだ。で、あとの二人はと言うと。

「水野さん。この子たちどうしてこんなしょぼくれてるの?」
 陽太君も遥ちゃんももともと小柄なほうなのだが、その小柄な体たちが今ますます小さくしぼんでいた。がっく
りと俯き、表情も見えない。一体何があったというのだ? 牧島が言っていたことと関係があるとは思えないが……

「あー……ドクトルJさんを待ってる間、二人がまた発作を起こしちゃって。みっともないからやめろってちょっと
きつめにお説教したら、二人仲良くこんな調子に」
「あ、そう……はは」
 一体どんな説教を垂れたのだろうか。あの陽太君と遥ちゃんが二人して、廊下に立たされて晒し者にされてる小
学生みたいにみじめっぽい姿で、完膚なきまでにヘコんでいる。とりあえず私も今後、水野さんの怒りに触れるよ
うなバカな真似はしないようにしないと。

 などと、あまり彼らが無事だったという安心感に浸っていられる場合でもないのだった。とにかく一刻も早く彼
らを帰してあげないといけない。だがその前に、やはり一応確認はしておいたほうがいいだろう。
「水野さん。この子たちにありがたいお説教を垂れている間、何か変わったことはなかったかい?」

 唐突な問いに一瞬怪訝そうな顔になった水野さんが、数秒の間の後に口を開きかけたのとまさに同じ時。
「変わったことなんて何もありませんでしたよ、ドクトルJさん」
 おそらく水野さんの口から発せられるはずだったろうその言葉は、私の背後から、爬虫類の声音で聞こえてきた。
 まあ、遅かれ早かれ出てくるのだろうとは思っていたから、今度はもう驚きも動揺も特に感じない。ただこの子
ども達とあの男が、面を突き合わせて出会う事態になってしまったことだけは心残りだが。

「だ、誰ですか? あの人。ドクトルJさんの知り合い?」
「知り合いと言えば知り合いだ。できれば君たちは関わらせたくない知り合いだ」
 水野さんに背を向けながら言ったその言葉は、聞きようによっては冷たく突き放したように聞こえただろうか。
だがそう言うしかないのだからしかたがなかった。そんな私の悩みも、牧島はあっさり打ち破ってくれる。

「初めまして、水野晶さん。そして後ろで小さくなってるお二人さん。まあ、君たちは初対面じゃないんだけど、
覚えてくれてるかねえ」
「ハッ! 忘れようったって忘れられるわけねえぜ。そうだろ白夜」
「ええ、当然よ。答えるのも愚かしいほどに当然ね。因縁のメビウスで繋がれた存在だもの。幾度転生を繰り返そ
うとも、忘れることなどあり得ないわ」

 これはまずい。活気づいてしまっている。ついさっきまで半泣きでしょぼくれてたでしょうが君達。これも全部
牧島のせいだな。それにしても、そうだったか。彼らは前回の事件の時、すでにこの男と出会っていたんだな。だ
からどうだということはないのだが、彼らの厨二力が俄かに最大限まで高まってしまったのはかなりの誤算だ。
167臆病者は、静かに願う ◆EHFtm42Ck2 :2011/01/16(日) 23:09:13 ID:hR0sIl9N
「その二人……月下君と白夜さん、だったか。神宮寺、お前は知ってたか? 前の事件での彼ら二人の戦いぶり。
素晴らしかったよ。僕は素直に感心したね。能力の可能性ってのはまだまだ未知数。努力や組み合わせ次第で、そ
の価値はいくらでも高められる。それを教えてもらった気がしたよ」
 その発言は、牧島にしては随分まともなものだった。それは常々私が思っていることでもあったのだ。だからと
言って、今気を緩めていいというわけではなかった。

「せっかくだから神宮寺。お前も今ここで見てみるといい。前にお前がリバウンドでくたばってる間、彼らがどん
な風にキメラを、そしてケルベロスさえも退治したのか。興味あるだろ? 能力研究者としては」
「ハッ、またワン公相手ってか? いい加減自分で戦ってみせろっての」
 と、威勢のいい言葉を吐きながら堂々と割り込んでくる陽太君。彼のこの自信と余裕にみちあふれた態度は一体
何を根拠にしているのだろうか。

「ひひっ、まあそう言うなよ月下君。今回のはちょいと改良してあるからさ。楽しんでもらえると思うよ」
 歪んだ笑みを浮かべながらそう言うと、牧島は右手をスッと掲げ、彼の正面の空間を手刀で切るように素早く振
り下ろす。一瞬の間があって、その空間に細い亀裂のような筋が出現。さらに牧島がその亀裂に添えるように右手
を差し出すと――

「な、何なの? あれ」
 その亀裂を中心として大きく円状に広がった、禍々しい色をした奇妙な空間を目の当たりにして、水野さんが怯
えたような声を出す。それに答えを返そうとした私よりも早く、こんな状況でも妙に落ち着いた厨二病患者達の声
が響いた。
「場所と場所とを繋ぐ穴。さしづめそんなところだろ」
「ええ。『時界の門扉【アビス・ゲート】』。以前私たちの前から忽然と消えたように見えた時も、この能力を使ったのね」

 ……正直なところ、彼らは素で能力鑑定士としてやっていけそうな気がする。ネーミングセンスだけはどうにか
しないといけないが、分析は非常に的確だ。牧島の夜間能力は、一種のワームホールを作り出す能力と言えば話が
早い。あの禍々しく渦を描く空間をくぐることで、牧島が指定した任意の地点にあっという間にたどり着くこと
ができるのだ。そしてそれは、その逆もありと言える。

「あ、あれ! なんか出てきたよ! き、キメラ……?」
 再度水野さんの怯えたような声。不謹慎だし申し訳ないという気持ちはあるが、彼女のような反応が一番自然で
当然なものなのだと、少し安心してしまう。
 彼女の言葉通り、禍々しい空間からは、すっかり正気を失った不気味な犬らしきものが二匹湧いてきていた。こ
れがさっき言った「逆」というやつだ。向こう側からこちら側へ出てくることも可能というわけだ。と、そろそろ冷
静に解説していられる時間も終わりだろう。

「こうなりゃもうやるっきゃねえな。あの野郎、今度は逃がさねえ。準備いいか白夜」
「いつでも」
168臆病者は、静かに願う ◆EHFtm42Ck2 :2011/01/16(日) 23:10:26 ID:hR0sIl9N
 あくまで彼らはやる気だった。どれだけ醜悪な化物がその前に現れようとも、彼らは怯む様子なんてかけらも見
せない。それが厨二病という厄介な病が生み出すかりそめの勇気なんだとしても、そのバカ正直さはいっそすがすが
しいとさえ思う。そんな無謀と紙一重の勇気を持つ彼らを素直にうらやましいと思う。それでも今この時だけは、
彼らの勇気を挫かなければならない。

「月下君! 白夜ちゃん! やめるんだ! あのキメラ、以前のものとは明らかに違う! 怪我じゃ済まないぞ!」
「んなことはわかってるよ。わかってても、やらなきゃいけない時ってのはある」
 一歩前に出たその背中は、固い決意に溢れていた。何が彼らをそこまでさせるのか、私にはもはやわからない。何
か有効な手立てをくれまいかと水野さんに視線を向けると、いつになく険しい表情で、牧島の能力で出現した二匹の
キメラを凝視していた。
 
 恐怖で強張っている、というわけではなさそうだった。思えば出現してからあのキメラたちは、結局あの場所から
ほぼ動いていない。その不可解な挙動には、牧島さえ首を傾げているようだった。その事実でピンと来た。あのキメ
ラたちは、水野さんの能力で動きを封じられているのだ。「動くな」と強く念じているのだろう。いずれにせよ、こ
の間に陽太君たちをなんとかしなければ。

「陽太君。どうしても戦うって言うのか?」
「愚問だな。鎖で繋がれた以上、あいつと俺達はいずれまた出会う。なら決着はさっさと着けるべきだ」
「まったく同感ね」

 決して揺らぐことはないのだろう。だから私も一時、厨二病に侵されてみることにした。それはいろんな意味で、
苦渋の選択だった。
「そうか。なら仕方ないな。君には眠ってもらうよ、月下君」

 できる限り、冷たい声で言ったつもりだった。それが彼の耳にはどんな風に響いたかはもちろんわからない。ただ
振り向いた彼の表情は、年相応のあどけない驚きに満ちていた。チクリと心が痛む。
「ドクトルJ!? 何、を……」
 フェイタル・スクリーマー。この能力を初めて人に向けて使うその対象は、岬陽太。私自身、そんなことになると
は思ってもいなかった。

 もちろん死に至らしめるつもりなど毛頭ない。心拍数を急激に平時より高めることで、朦朧状態に陥らせるだけ
だ。それであれば、自身へのリバウンドも軽くて済む。
「ドクトルJ!? これは何の真似!?」
「陽太! 陽太! ドクトルJさん! なんで!?」

 私のそんな計算を、この子たちが知るはずもない。私を責めるのはもっともだろう。
 反論するつもりはない。全て甘んじて受けなければならない。わかってもらおうとも、許してもらおうとも思って
いない。それでもせめて、これだけは言っておかなければ。
「ごめんよ、月下君。苦しい思いをさせて」
169臆病者は、静かに願う ◆EHFtm42Ck2 :2011/01/16(日) 23:11:31 ID:hR0sIl9N
 それ以上の余裕はなかった。水野さんの能力から解放されたキメラが、ついにその牙をひん剥いて駆けて来ていた。
「君たち、絶対動くなよ」
 言いながら一匹に照準を合わせ、すぐさま能力を発動する。BPM:1に設定されたその犬は、それでもまだ元気
に走ろうとしていた。が、数歩の後へたりこみ、口角から泡を吹き始めた。

 しかし、私にできるのはそこまでだった。もう一匹の接近を食い止める術を、もう私は持ち得ない。幸いリバウンド
の発生は遅れているようだが、能力の再発動は間に合わない距離だった。さすがにもう、諦めざるを得なかった。
「くっ……うぐあぁあぁぁっ!」
 キメラの禍々しい牙が、左前腕に食い込んだ。あまりの激痛に一瞬気を失いかけたが、なんとか持ち直す。幸いか
首に食らいつけなかったキメラはすぐに離れていき、少し距離ができた。しかし犬に噛まれるのがこんなに痛いとは。
それなりに値の張るスーツに穴が空き、赤い液体が噴き出している。こんな姿は後ろにいる子ども達に見せるもんじゃ
ない。

 もうさっさとけりを着けるに限る。さっきのリバウンドはまだ来ておらず、能力再発動は可能だと判断できる。その
代わり、次に来るリバウンドが凄いことになるだろうが。
 構うものか。私には今守らなければならないものがある。自分の子どものような世代の少年たち三人の命を、私一
人の命で守ることができる。猿でもわかる損得勘定だ。

 迷うことなどない。また今にも飛びかからんとしているキメラに、私は右手をかざす。
「やめて! ドクトルJ! その能力は禁忌だと何度も言ってるでしょう!」
 悲痛な声が背後から聞こえる。なんだかんだで心配してくれるんだよね遥ちゃん。ありがとう。

 心の中でそう最後のお礼を言って、能力を発動しようと集中した、その時だった。
『キュウン、キュンキュン』
 キメラの様子がおかしくなった。まるで何かに、おそらく私たちの後方にいる何かに怯えるように後ずさりを始めた。
 そして声が聞こえた。

「誰かを守るために命を捨てる。それは一見とても美しく見える。だが、僕はその手の美談はあまり好みではない」

 その声が聞こえた途端、牧島の様子もまたおかしくなった。
「チッ、なんだってわざわざこんなところまで」
 小さくそう吐き捨てて、牧島は自分の能力で作り出した穴へと飛び込み、あっさりと姿を消してしまった。

 あまりの状況の変化に、私は軽く置いてけぼりを喰らっていた。水野さんの驚く声に振り向かなければ、もうし
ばらくそのままだったかもしれない。
 だが、振り向いた先にたたずんでいた人物の姿を見とめて、私は再度固まった。

「初めまして、神宮寺秀祐さん。お会いしたいと思っていました。おっと、まずはきちんと自己紹介をしなければ」
 そんなものは必要なかった。私は彼を知っている。能力研究のパイオニアで、世界的権威。
「比留間慎也、博士……」

「おや、ご存知でしたか。光栄です」
 眼鏡をくいっと軽く押し上げながら、さわやかな笑顔を浮かべて。
 不世出の天才、比留間慎也が、確かにそこにいた。


 つづく
170創る名無しに見る名無し:2011/01/16(日) 23:17:11 ID:hR0sIl9N
投下終わり
いやー下手の横好きなりに絵描くのとかも楽しくて、なかなかこっちの筆が止まって
ました
今年はもうちょいペースアップできると…いいなあ
171創る名無しに見る名無し:2011/01/17(月) 00:07:19 ID:Ezyb8FMi
>>157
なるほどー興味深い。大災害って要素以外にも色々変わったことがあるんだねぇ…。
能力の描写が細かくて尊敬するわ。いい感じに気持ち悪くていい。
夜見坂高校ってここまで胡散臭い学校だったんだな。こりゃ本格的に学園都市だw

>>170
でっ!? 出ちゃったよ比留間博士!! びっくりしたこれはびっくりした! 
牧島から離れて一安心して晶強えwって和んでたらまた大変なことになって
チーム厨二に吹いてドクトルの行動に驚いてたら比留間博士登場!!?
なんという超展開。いろいろすごいなこれ。先が気になって睡眠不足になりそうだ。
172 ◆WXsIGoeOag :2011/01/22(土) 23:39:19 ID:Whyvxqug
>>170
うおおおこれは大変なことになってきだぞ。まさか比留間さん出てくるとは……
陽太白夜の厨二ペアはやっぱり楽しいなあ。続き期待してます。


はいどーも月下の人です。
長々やってる連載でわざわざ個別ページまで作っていただいて、それでもなお名無しってのも失礼な気がするので
いいかげんトリつけることにしました。

このシリーズ、最初の最初はちょっとした思いつきを投下して、生後間もないスレに勢いつけられたらいいなとか考えてたもので
シリーズ化の予定はない、あくまでしがない名無しによる読み切り作品のつもりだったんです。
しかし予想外の反響をいただき、宿敵の発想をいただき、キャラクターを使ってもらい、使わせていただいて今に到るわけです。
ここまで連載を続けてこれたのも読んでくれる読者様をはじめ、他作品の作者様、まとめの方、スレの皆様のおかげです。

改めて、ありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。

『月下の魔剣〜遭遇【エンカウント】〜』

>>117-121の続きの説明回です。ようやっと完結になります。最後は長いよ!
173『月下の魔剣〜遭遇【エンカウント】〜』:2011/01/22(土) 23:40:57 ID:Whyvxqug

「さて、本題に入ろう。カマタ、アキラ、君たちに話しておくべきことだ」

物音一つ届かない、外界から切り離された小部屋。テーブルに並んだコーヒーが静かに湯気を揺らしている。
直輝の隣、鎌田と晶に向かい合う席についたクロスは、指を組んでこう切り出した。

「単刀直入に言う。今日のことを忘れてほしい」

あまりに直線的な物言いに晶は少し驚く。

「忘れって…どこからですか?」
「君たちがファングと遭遇し我々と会ってから、見たこと、聞いたこと、体験してしまったこと、その全てだ。
 急に忘れろというのも無理があるだろう。だから今日のことは君たちの頭だけに留めて、一切の他言をしないでほしい」
「それって…」
「勝手なことを言っているのはわかっている。だがわかってほしい。それが君たちの為なんだ」

晶と鎌田は顔を見合わせる。お互いになんとなく予想はしていたことだ。先に鎌田が口を開く。

「構いませんよ、そんなことなら。武勇伝は自分で語るものじゃないですからね」
「僕も喋ったりしませんよ。知り合いの耳に入ったりなんかしたら絶対厄介なことになるので」
「あー…うん、そうだねー…」

苦笑いする晶に鎌田も同意する。覚えた疑問は頭の中に留めて、クロスは二人に感謝を述べた。

「ありがとう。協力に感謝する」
「っていうかそんな簡単なことでいいんですか?」

予想通り、むしろ予想より緩かったクロスの言葉に少し拍子抜けしていた晶が尋ねる。

「いいのか、とは?」
「いえ、秘密組織とか機関とかっていうからには、もっとガチガチに機密保持とかされてるものかと……」
「機密保持……か。そうだな。確かにそういう場合もある。相応の準備もある」
「準備?」

不意に、すぅ…と。見つめるクロスの瞳が暗く沈んでいく。

「機関による措置で、君たちの記憶を跡形も無く消し去ることもできる」

ひやり。

氷の双眸に射止められ、晶の背筋が一瞬で凍りつく。
それは例えるならば、温水を流していたシャワーが突如冷水に変わった感覚に似て。

そして本能的に理解する。彼女は、自分たち一般人とは別世界に住む人間なのだと。
174『月下の魔剣〜遭遇【エンカウント】〜』:2011/01/22(土) 23:42:23 ID:Whyvxqug

「お、おいクロス、その言い方はさすがに……っ…」

クロスと違いあくまで一般人である直輝が軽く咎めようとするが、クロスの冷たい眼光に言葉を失う。

「わかってくれナオキ。重要なことなんだ」

その冷たい瞳の奥に、どこか哀しげな光が見えた気がした。

「機密保持の観点から見て君たちの現状は、紙一重でセーフと言ったところだ。
 もし君たちが我々を詮索する意思を見せていたのなら。そして今後、外部に漏らす可能性が高いと判断してしまえば。
 我々は君たちの記憶を消去、あるいは改変せざるを得なくなる。そこに誰かの意思が入る余地は一切無く、だ」

だが…とクロスは少し目を伏せ、顔を上げて二人を見る。瞳に宿った暗い光は消えていた。

「私個人としては、君たちにこの措置を適用したくはない。
 君たちは何の罪もない被害者だというのに、巻き込んでしまった我々に文句一つ言わず、あまつさえ自ら協力を申し出たのだ。
 本来身の安全を考えれば褒められた行為ではないかも知れん。だが君たちの善意の行動に、私は大いに助けられた。それは紛れもない事実だ」

クロスに真顔でそう言われて、当の二人は照れくさくなる。鎌田は首の後ろを掻いて、晶はコーヒーカップを弄りながら。

「い、いやぁ、ヒーローを目指す者としては当然のことですので」
「余計なお人好し、ってよく言われます…」

そんな二人を見て、クロスはふっと、小さな笑みを浮かべる。

「私は、そんな君たちに強い好感を抱いている」

その一瞬を目にして晶は少し驚いた。
大きな傷と無表情で強面の印象を受けるクロスだが、笑った彼女は紛れもない美少女だ。
すぐに元の無表情に戻ってしまうクロスを見て、もったいないなと晶は思った。

「カマタ、アキラ。君たちの記憶を弄るなどという行為を、私はしたくない。
 どうか私に、この措置を使わせないでほしい」

そう言って頭を下げるクロス。隣の直輝がクロスの態度に驚いた顔を見せる。
頭を下げられた鎌田と晶も内心驚いた。そうして、肺に残った息を一度吐いて、大きく吸う。

「誓いますよ。今日のことは絶対に人に言ったりしません。調べたりもしません」
「僕も誓います。もし人に聞かれたとしても絶対に喋ったりしません」

最初に言われたときとは違う、しっかりとした決意をもって答えた。

「ありがとう。君たちの協力に心から感謝する」

その決意は、クロスの心に伝わっただろうか。伝わっていたらいいなと晶は思う。
175『月下の魔剣〜遭遇【エンカウント】〜』:2011/01/22(土) 23:43:29 ID:Whyvxqug


「さて」

クロスは小さく呟き、戸棚の引き出しから封のされた封筒を二枚抜いてテーブルに置き、
二人の前ににそれぞれ押し出す。これは? と尋ねる晶に答えるクロス。

「今回のことに対する慰謝料。まあ、迷惑料だ。受け取ってくれ」

二人は同時に、え? と声を漏らして

「いやいやそれは受け取れませんよ!」
「いやちょっとそれはさすがに!」

二人同時に全力拒否する。不思議そうな顔で何故だ? と尋ねるクロス。

「だって僕何もしてないですし! 鎌田さんはともかくっ」
「いや僕だって勝手に手伝っただけですから! 最初に逃げろって言われたのに!」
「だが我々が迷惑をかけたのは事実でだな」
「いやでもお金は受け取れませんって!」
「見返り目当てにしたことじゃないですからっ!」
「そうは言っても何も返さないわけには」


「……機関って妙なとこで生々しいのな」

三人のいつまでも終わりそうにないやりとりを聞きながら、誰に言うでもなく直輝はポツリと呟いた。

っと、いつまでも眺めているわけにはいかないか。二人を助けなくては。
直輝はそう思い、まず机の上で行ったり来たりしている封筒を横から回収する。

「おいナオキ何を…!」
「お前も少しは人心ってもんを学習しろ」

文句を言うクロスにぴしゃりと言い放ち、封筒は戸棚に戻す。鎌田と晶がほっとするのが見てとれた。

「クロスが空気読めなくてごめんな。まったくこいつは頭硬くってしゃーない」
「おいナオキ」
「今はちょっとだけ黙っとこーな、話下手なのは自覚してるだろ」
「む……」

いまいち納得はしていない様子だが一応クロスは黙り、代わって直輝が二人と向き合う。

「鎌田さんと晶君には本当に迷惑をかけたし、クロスも俺も協力に心から感謝してるんだ。なんとしてもこの恩を返したいと思ってる」
「いやでもお金を受け取るわけにはいきませんよ」
「ああ、わかってる。鎌田さんならそう言うと思ってたよ。だから…そうだな、お金以外の形で何か返せることはないか?
 欲しいものとか、俺たちにしてほしいこととか……」
「うーん…そういうのもこれと言って……ちょっと待ってくださいね」

鎌田と晶は黙って考え込む。
176『月下の魔剣〜遭遇【エンカウント】〜』:2011/01/22(土) 23:44:54 ID:Whyvxqug

数秒後、あっ、と声を上げたのは晶だった。

「情報…っていうのはどうでしょうか?」
「情報…?」

そこまでのやりとりを黙って聞いていたクロスが晶を見る。その瞳に宿る氷。

「我々や敵対組織に関する情報をこれ以上開示することはできない。決して他言しないとしてもだ」
「も、勿論それはわかってます。そうじゃなくてその…調べてほしい人がいるんです」

晶の意図に気付き、あ、と声を上げる鎌田。「どうなんだ?」とクロスを見る直輝。クロスは少し考えて、答える。

「……それが可能かどうかは、人による。
 確かに、機関のデータベースから個人情報を引き出すことはできる。一般的には知りえない情報を開示することも可能と言えば可能だ。
 ただし人によっては、どうしても開示できない特秘事項も存在する。だからあくまでその人物による。それでもいいのなら…」

クロスはいつの間にか手の平サイズのPDA装置を手にしていて、手慣れた動きで操作をしながら晶に尋ねる。

「名前はわかっているか? 本名でなくてもいい。通称や偽名でもほぼ問題ない」
「わかってます。たぶん本名だと思います。名前は……」

晶はちらりと鎌田を見る。小さく頷く鎌田。そして、大きく深呼吸すると

「比留間 慎也」

晶にとっても鎌田にとっても、大きな因縁のあるその名前を口にした。

「っ…!」

クロスはほんの小さく驚きの声を漏らして、PDAを操作していた指を止める。緊張の面持ちでそれを見る晶、鎌田。
そんな沈黙をすぐに破ったのは直輝だった。

「へ? 比留間慎也ってあの有名な博士のことか? ファンか何か」
「ナオキ。少し黙っていろ」

そんな直輝の反応こそ、一般人の反応だろう。
それに対するクロスは口調こそ静かだが、その声には底知れぬ迫力が込められていて、直輝は思わず口を噤む。

「それは……有名能力研究者の比留間慎也で相違ないか」
「はい。その人です」
「そうか……」

クロスは手元に目を落として、しばらく考え込んでいた。指は画面に触れず、その表面に浮かんでいる。
やがて、コトリとテーブルに置かれるPDA装置。その入力画面は空欄のままだった。

「すまない。その人物についての情報を開示することはできない」

その声には、本当に申し訳ないという悲痛な響きが込められていて。

「そう……ですか……」

晶にはそれ以上の追及ができなかった。
177『月下の魔剣〜遭遇【エンカウント】〜』:2011/01/22(土) 23:46:17 ID:Whyvxqug

一般人である自分たちに可能な調べ方では、その情報を掴むことができない。
以前に奇妙な出会いを果たした能力研究者、ドクトルJ。彼が同じ能力研究者という共通点を頼りに尋ねたこともあったが、
情報を得ることはできなかった。結局のところ表のやり方では、どうやっても比留間慎也という男の実態を知ることはできないのだろう。
だが裏の世界なら、クロスのいる世界なら或いは。そう期待していただけに、晶の落胆は大きかった。

「あのっ! それなら別の人、いいですか」

ガックリとうなだれる晶に変わり鎌田が声を上げる。肯定し、再びPDAを手に取るクロス。

「名前は、鳳凰堂 空國」
「ホウオウドウ…?」
「あ、そっか!」

まだそれがあった。鎌田が見つけた、比留間に繋がる手がかりのひとつ。
この人物もまた比留間ほどではないにせよ情報が少なく、今までの調査結果は芳しくなかった。
クロスはPDAを操作しながら鎌田に尋ねる。

「鳳凰堂 空國。『すぐできる!人心掌握術』『リーダーの心得』著者で相違ないか」
「それです!」
「ふむ。そうだな……」

二人揃って操作を続けるクロスを凝視する。やがてクロスは手元から顔を上げた。

「この人物の情報を開示することは可能だ。それで問題ないか?」
「オッケーです!」
「バッチリです!」

鎌田と晶はどちらからともなく手を出して、パシンとハイタッチをするのだった。

「では詳しく調べて一週間以内に情報を送る。手段はこちらに任せてほしい。何か要望は?」
「あ、えーとそれじゃ…僕の方はやめて晶君だけに送ってもらえますか? 僕はちょっと事情があるので…」
「ああ、そうですね。それでお願いします」
「わかった。アキラだけに送ろう」
178『月下の魔剣〜遭遇【エンカウント】〜』:2011/01/22(土) 23:47:42 ID:Whyvxqug

クロスは、ふぅ、と息をついて椅子に深く座る。ここまで口をつけていなかったコーヒーを一息に飲みほして一言。

「ナオキ。ぬるいぞ」
「当然だろが! 話してた時間考えろ!」

その言葉に触発されて晶が時計を見ると、すでに夕刻。時期が真夏だけに日没はまだ遠いが、もう帰宅を考えるべき時間だった。

「話すべきことは以上だ。長い時間拘束してすまなかった」
「いえ、そんなことないですよ」

立ち上がるクロスと直輝に続いて晶と鎌田も立とうとしたが、クロスに止められる。

「重ね重ね悪いが、最後にもう少しだけ待ってほしい。私とナオキがこの部屋を出てから、5分後に裏の扉が開く。二人はそこから出てほしい」
「あ…はい、わかりました」
「良し。それでは」

クロスと直輝はドアの前に立ち、最後に一言ずつ。

「カマタ、アキラ。今日君たちに出会えたことを私は光栄に思う。君たちの幸運を祈っている。もう会うことはないだろうが…」
「そういう余計なこと言わない。鎌田さんに晶君、今日は色々悪かった。協力をありがとう。いくら感謝してもしたりないくらいだ」
「いえいえこちらこそ、なんというか……貴重な体験ができて」
「僕なんか本当に何にもしてないですけどね」 
「ははは。そんじゃあ」

最後に別れの挨拶を交わして、二人は扉の向こうへと消えていった。


人口が半減し、しんと静まりかえった小部屋。沈黙を破ったのは鎌田だった。

「あるんだねえ。こういう世界も」

冷めたコーヒーを一口すすって、晶が答える。

「ええ、実際にあるものなんですね」

「ああいうのって創作物の中だけの話だと思ってた」
「うん、僕も。コードネーム付きの機関とか秘密組織とか、あいつの妄想の中だけの話だと思ってました」
「そこはさすが……全人類が超能力者な世界ってとこかな?」
「まあ確かに。厨二病が正式な精神疾患になってるくらいですから」
「ただの想像だったものに力が伴って、結果実現しちゃうわけだ」
「そういうことでしょうね。まあ何にせよ……」

「陽太がこの場にいなくてよかった。ホントよかった」
「同感。いたら絶対厄介なことになってたよね」

鎌田と晶は二人揃って、大きな溜息をつくのだった。
179『月下の魔剣〜遭遇【エンカウント】〜』:2011/01/22(土) 23:51:06 ID:Whyvxqug


「むぐをぉう゛っ!?」

4人が去って一時間ほど経った後、人気のない動物園の通路の真ん中で唐突に上がる激しい物音と男の悲鳴。
その音の余韻まで消えた後、物音の出元と思われるゴミやガラクタの山がもそもそと動き、不意に弾け飛ぶ。

「っだああああぁぁっ! ちっきしょうっ! またやりゃあがったなスカーフェイスっ!」

ガラクタの山から出て来るなり怒りの咆哮を上げるのは、黒味がかった毛並みの狼男。
ファングというコードネームを持つ彼は、今から一時間ほど前、長年の腐れ縁とも言うべき相手と
それに協力した変身能力者との激しい戦闘の末、見事に相手の能力を食らい今に至っている。

「どうしてこうなってんだっ!? つーかどこだよここはっ!? …って変身してんのか俺!?」

の、だが。何か様子がおかしい。彼には現状がまるで把握できていないように見えた。
まずざっと周囲を見渡し、人が居ないことを確認。大時計を見上げて、驚きの声を上げる。

「5時半!? 嘘だろおいっ!?」

戦闘でよりボロボロになったジーンズを探り携帯電話を抜き出す。が、その画面は闇に染まり、電源が入る気配がない。
舌打ちをして少し周りを見回した後、目に付いた木の根元にどかりと座り込んで腕を組み、天に鼻先を向けて考える。

「ありゃスカーフェイスの能力で間違いねえよな。何時あいつに会った…? 今日はどうしてた俺…?
 アジト出たのが昼過ぎで…暑いからコンビニ寄って……ベンチに座っててそっから……そっから………」

上を向いていた鼻先がだんだんと下がっていき、眉間には深い皺が刻まれていく。そして数秒後。

「だあぁくっそ何も覚えてねえよっ! 俺が何したってんだっ! 俺に何しやがったあのクソ女ァッッ!!」

咆哮しながら木に叩きつけた拳はその全体を大きく揺らし、その幹に数センチほどめり込んだ拳の跡を残した。

「……仕方ねえ、帰るか。オヤっさんに報告…しなきゃなんねぇのかなあ…ああくっそメンドくせえ…」

ぶつぶつと呟き、重く垂れた尻尾に哀愁を漂わせながら、狼男は夕方の傾いた日差しの中を帰っていくのだった。


とぼとぼと遠く離れていく背中を物陰から見届ける視線が一つ。
長身痩躯で横長の眼鏡をかけたその男は、手にした音声入力装置に向けて抑揚のない声で呟く。

「効果時間は推定2時間14分から3時間21分。対象に効果時間中の記憶は無い模様。観測を終える」

男は装置の電源を切り、狼男と反対方向に歩きだす。無駄な行動をとらないその男。しかしその口元は小さく歪んでいた。
180『月下の魔剣〜遭遇【エンカウント】〜』:2011/01/22(土) 23:52:09 ID:Whyvxqug


あの衝撃的な遭遇から、一週間の時が経ったある日。

帰宅して自室に戻った晶の勉強机に、何も書いていないA4サイズの封筒が置いてあった。
郵便物ではない、置いた覚えのない封筒。晶は訝しげに手にとってピンと気付く。これは恐らくクロスに依頼した鳳凰堂空國の情報。
封を切り、中身を一枚だけ抜き出してそれが正解であることを確認すると、きちんと元に戻す。これは後で鎌田と一緒に見るべきだ。
無論陽太には内緒で。なんだかんだで陽太は個人行動が多いので大丈夫だろう。
何時の間にどうやって封筒を置いたのか気にはなったが、答えは出そうにないので考えるのはやめておいた。

そして翌日、晶と人化状態の鎌田は岬家の一室にいた。陽太は今、修行だか何かで出かけているらしく家にいない。
二人は目を合わせて互いに頷くと、晶は封筒の中にある数枚の書類を取り出した。


「これって……どういうことだろう」
「うーん……わかりません……」

数分後。取り出した書類全てに目を通した二人は揃って首を捻っていた。

内容は確かに目的の人物、鳳凰堂空國の情報だった。顔写真こそ無いが、出生から大学、就職、その後までの経歴が事細かに記されていた。
誰もが名を知る超名門大学で博士号を取得、国際的な研究組織へ就職。生物工学の分野にて高い成果を収め、国際学会の役員となり……
言うなれば超エリート。比留間慎也にほど近い立場であるというのも頷ける。その立場は西暦2000年のチェンジリング・デイ以降も
変わっていなかったのだが……

2005年、チェンジリング・デイから5年後。鳳凰堂空國はそれら全ての立場から退く。
それは論文に名前が載らなくなった時期でもあったので予想はしていたことだ。

問題はその後。そこから最も肝心な現在に至るまで、ほとんどのデータが『不明』となっているのだ。

立場を退くと同時に住居であった高級マンションも引き払い、現住所不明、仕事不明。そこからの経歴には出版した本の名前が並ぶだけ。
本人とコンタクトをとるために最も大切な部分がスッパリと抜けてしまっていた。

「もしかしてこれ以降は機密事項ってこと……?」
「いや、でも不明って……うーん……」

鎌田は並んだ書類を再び手に取り眺めるが、それ以外の情報はどこにもなく。
晶は空になった封筒を手に取り「あっ!」と声を上げた。

「どうしたの晶君?」
「すいません鎌田さん、まだありました」

晶の些細な勘違い。書類とサイズが違い封筒にの奥にあることで気付かなかった、手紙サイズの封筒が残っていたのだ。

封筒には引いて開ける箱菓子のような封があり、封の表面には「密閉状態」の文字。
どうやら普通の封筒ではなく、開封まで内部が密閉される特殊な物であるらしい。
恐らくそうしなければならない理由があるのだ。

「ええっとこれ……開けていいですかね?」
「うん。開けてみよう」

晶はごくりと唾を飲み込むと、慎重に封を開けていった。
181『月下の魔剣〜遭遇【エンカウント】〜』:2011/01/22(土) 23:57:50 ID:Whyvxqug

中身は全てクロス本人のものと思われる手書きの手紙だった。走り書きながらも流暢な文字で読みやすい。
まず一番表にあって目についたのが、小さい紙の注意書き。その文章にいきなり驚かされる。

  この封筒内の文章の転写、撮影、書き写し他、記録として残る全ての行動を禁じる。
  迅速に黙読し記憶のみに留めること。封筒内の文字は開封後約10分で消失する。

「消失っ!?」
「そういう特殊なインクか何かですかね」
「これ本格的に機密っぽいな…」
「三枚あるみたいですよ。まず一枚目」

  鳳凰堂空國の所在地について。
  鳳凰堂空國は2005年にそれまでの住居を離れており、それ以降の住所登録を行っていない。
  機関のデータベースでもその後は追跡不可能となっており、そうなる所在地は数箇所に限定される。
  加えて著書の出版社から所在を調べた結果、彼の所在地として可能性の高い地域が浮かび上がった。
  そこは政府指定D13隔離地域。出入り不可能な巨大な壁で隔離された、通称「魔窟」と呼ばれる
  地域だ。2005年以降、彼は何らかの手段で隔壁を超え、同地域に身を置いた可能性が高い。

「……魔窟……」
「…あ、あの魔窟っていうのは」
「いや、わかってる。この世界のことを調べて、そこがどういう地域かも理解してるつもりだ」
「そう……ですか。…とりあえず二枚目行きましょう」

  鳳凰堂空國の能力について。
  現在世界には、個人の能力行使により世界全土に影響を及ぼす、言わば「世界を変え得る能力者」が
  約10万人に1人の確率で存在している。そして鳳凰堂空國は、そういった能力者の一人であること
  が判明した。残念ながら能力の具体的な内容は判明していない。しかしどんな能力にせよ、そういっ
  た強力な能力には高確率で後ろ暗い陰謀が絡む。不用意な接触は危険と言えるだろう。

「えええぇ……」
「…三枚目行きましょう三枚目」

  提供した情報をどう使うかは自由だ。だが前述の理由から、現在、鳳凰堂空國との接触は非常に困難
  な状況と言える。また万一接触できたとしても、それを理由にその身に危険が及ぶ可能性がある。
  経験上から言わせてもらえば、労力とリスクの大きさを考え、接触は最初から考えないことが賢明だ。
  実際に接触を考えるのは他に手が無く、本当に必要な場面での最終手段とするべきだろう。
  完全な情報を提供できず、このような形での報告となってしまい大変申し訳ない。幸運を祈る。

「………」
「………」

封筒の中身はそれで全てだった。ふと気付けば、それらの文字は少しずつ薄く色素を失ってきている。
鎌田は無言で、薄れゆく文章を凝視し続けていて。やがてそれらの文字は白い紙に溶けるように消えていった。
182『月下の魔剣〜遭遇【エンカウント】〜』:2011/01/23(日) 00:03:08 ID:lqq1vwDR

それからしばらくの間、険しい顔で白紙を睨み続けていた鎌田。
その横顔に晶はおずおずと声をかける。

「あ、あの…」
「……何だい?」
「あの魔窟に侵入しようとか、そういうこと考えちゃ駄目ですよ。あんな壁で隔離されるくらい危険な場所で
 暴力が支配する世界で、法律も何もなくて……ともかくあそこは駄目です!」

晶の言葉を受けて、鎌田は数秒間動きを止めて。

「…………駄目かあ」

ポツリと呟き、白紙を畳んで晶に向き直る。その顔から険しい表情は消えていた。

「ま、大学とか直前まで勤めてた場所はわかったんだ。そっちの方から地道に調べてみるさ。大丈夫大丈夫」

そう言ってニコリと微笑む。の、だが…

「そ…そうですよね! ……うん」

声をかける直前に見せた鎌田の、決意を固めたような表情が気になって。その態度が唐突に変わったのが気になって。
晶は胸に渦巻く不安を、最後まで消し去ることができなかった。


<おわり>

うーむ…長かった。夏の終わりから書き始めて今は何だ。冬じゃん! …うむむ…不覚。

クロス、直輝、ファングの三名様をこれでもかってくらいに使わせていただきありがとうございました。
直輝クロスペアは書いてて非常に楽しかったです。この二人はつくづく良いペアだなと思いましたよ。
奴にはできない超人バトルも書けてよかったです。いやー完全にクロスと晶と鎌田が主人公の話でしたw
本来の主人公不在に安堵するこのシリーズの明日はどっちだ!?

さて次回の月下の魔剣は! 修行の成果を引っ提げて、ついにあいつが帰ってくる!
そしてさらに、みんな待ってたあのキャラもついに登場!? あんまり期待はせずにお待ちください。 
183創る名無しに見る名無し:2011/01/23(日) 11:09:13 ID:ugix8vlT
本当に少しずつだけど核心に近づいてきたぞ…!
良いペアってのはよくわかる
さて鎌田が何を考えてるのやら…

ついにあいつが帰ってくるか!
そして別スレだけどトーナメントにも出場だ!
184 ◆IulaH19/JY :2011/01/25(火) 03:24:29 ID:9BbTxDSh
携帯規制解除歓喜
って事で書けなかった感想をば

>>155
ウラ・トゥサク可愛いなぁ〜
てか、お前ら何創ってんだw

>>162
篠崎の武器、格好いいな
それぞれが特有の武器(能力)を持ってるってのは好きだ

>>170
とうとうドクトルJと比留間博士との対面か
出会ってそうで出会ってなかった二人だけに今後の展開にワクワクするぜ

>>182
おお〜、ここで終わりかぁ
鎌田の今後が気になる
クロスや直輝のキャラがしっかり書けていてすごいと感じますよ
期待するなと言われても期待してしまうぜw

※※※※※※※※
リリィ編書いてる人は諸事情により目処がたつまで(98%の確率で)書かないと思います。
申し訳ございません。
3月過ぎたあたりに復帰予定です。
気が向いたら読んで下さい。
※※※※※※※※
でも掲示板は高確率で見てます。かなり身勝手ですが、続き待ってますw
185リリィ編 ◆IulaH19/JY :2011/01/29(土) 01:44:49 ID:5+I5ColU
投下します。

闇を切り裂く銀の月の光が、ビルからビルへと飛び移っていく人影を映すのを目撃し、軽く舌打ちする。
「あ〜〜〜!!!ホーロー行っちゃったですぅ!行っちゃったですよぉ、シルバーレイン!」
結局、寝間着に上着を羽織っただけのリリィが、指を指しながら騒いでいる。雪のように白い髪の上に、三角の帽子が揺れていた。
「……うるさい。言わなくても、わかってる」
すぐに追跡を開始するが、ドグマの中でも最速の足を持つ改造人間は面倒だ。
「『ヘルメス=ギア』オープン」
自身の能力を発動させる。
量子化された光が脚を包み、翼の装飾が施された膝下まである銀の靴が展開された。
「あいわらずの魔法少女ですねぇ〜って、きゃあ!」
うるさいリリィの腰を掴み、跳躍する。
戦闘者として鍛えられた脚に、空気を蹴る靴が加わってようやく互角の速さとなる。
まあ、互角以上にならないのが、私の能力の欠点ではあるのだが。
「あ!帽子落ちました、帽子!止まって下さい!」
「……放っておけ」
少し焦りながら答える。
ビルの向こうに見え隠れするホーローは、少し気を抜けば見失ってしまいそうだ。
夜風に髪を靡かせながら追いかけていく。
「う〜、頭が寒いですぅ。なんでホーローなんかを追い掛ける必要あるんですかぁ〜?」
いわゆるお姫様だっこされた形となったリリィが、私を恨めしそうに見つめてくる。
「……私だって、あんなやつの護衛などしたくはない。犯罪集団に加担している男など

「彼を死なせたら許さないから」

はっと、腕の中のリリィを見つめる。
きょとんと疑問符を浮かべた顔をしたリリィが見つめ返してきた。
すぐに視線をホーローに戻す。少し離されてしまっていた。
「……言われなくても分かってるよ、ツバキ……」
誰に言うでもなく、白い吐息と共に呟いた。


投下終わりです。2%の確率で投下するってどうなのよ、俺。
186創る名無しに見る名無し:2011/01/31(月) 19:43:41 ID:FvAYTrIx
おお、リリィ組も動き出したか

ある程度量まとめて投下した方がいいと思う
187創る名無しに見る名無し:2011/01/31(月) 22:37:35 ID:ENVxgtJu
>>186
はーい、そうします。
188 ◆KazZxBP5Rc :2011/02/08(火) 22:18:34 ID:sGfnvF+x
>>27-36の続き投下します
189東堂衛のキャンパスライフ ◆KazZxBP5Rc :2011/02/08(火) 22:20:32 ID:sGfnvF+x
最終話


爽やかな秋晴れの下、朝早くから学園祭のために集まった学生が準備を進めている。
メインステージのマイクテストの声をBGMに、僕はナオミ先生の研究室の先輩たちと模擬店の設営を手伝っていた。
「あら? そういえば、静岡君がいないわね。」
ナオミ先生に指摘されて初めて気付く。
確かに、辺りを見回してもユッキーの姿はどこにも無い。
あいつ、引き受けたんだからちょっとは真面目にやれよ。
しょうがない。ここは僕が捜索を買って出るか。
「探してきます。」
「お願い、東堂君。」
190東堂衛のキャンパスライフ ◆KazZxBP5Rc :2011/02/08(火) 22:21:20 ID:sGfnvF+x
この大学にはなんと日本庭園がある。
普段は園芸部が手入れしていて、今日は発表と休憩場所を兼ねたスペースになっているようだ。
奥まった場所にあるから人通りは少ないけど、ユッキーはそこにいた。
「何してるんだよ、もう準備やってるよ。」
そう言いつつ、僕もベンチの空いている場所に座る。
「いやあ、この一年を振り返っててな。」
「まだ二か月も残ってるって。」
「でもさ、いろいろ濃かっただろ?」
問われて、少し考える。
「……主に僕がね。」
思い返してみると、こいつはほとんど傍観者だったじゃないか。
「お前が忙しいのはかれん拾ってきたからだろうが。」
そんな捨て犬みたいに。
「じゃあ放っとけって言うのか?」
「人類総能力者の時代だぜ? 一緒に暮らせる人なんていくらでもいるだろ。それもちゃんと自立した大人が。」
それは……そうかもしれない。
「それに女の人の方が安心だな。」
っておい、何が言いたい。
「そうそう、あの子年明けから中学校に通わせるんだって?」
ちっ、さっさと話を切り替えやがったな。
「うん、さすがにもう西堂も懲りただろうからね。」
「分からねえぞ? あいつ、しつこそうだし。」
「誰がしつこそうやて?」
突然、会話に別の声が割って入った。
噂をすれば何とやら。見上げてみると、そこには西堂本人の姿があった。
「お前、どうしてここに!」
ユッキーが西堂をにらむ。
まだ学園祭は準備中なので、一般の人は構内に立ち入れないはずだ。
僕が疑問に思っていると、西堂は懐から財布を取り出し、中を開いて一枚のカードを手にした。
それは、僕たちが持っている学生証と非常によく似ていて、しかしラインの色だけが違っていた。
「研究生……?」
カードには確かにそう書かれていた。
でも僕はまだ納得いかない。それはユッキーも同じのようだ。
西堂はユルんだ表情で話す。
「そんな難しい顔すんなや。もう暴力に訴えんのは止めた。」
そうは言うものの、前科二犯の男。
口先だけで信用するほど、僕は甘くないぞ。

僕たちが一方的な視殺戦を繰り広げていると、そこに第四の声が掛かった。
「彼の言うことに嘘は無い。俺が保証する。」
サラサラヘアをかき上げながら現れたのは、佐々木先生だ。
正直なところ、彼にも怪しい部分はある。
だけど、少なくともこの大学に勤めているという点ではそれなりに信用できる。
それになにもこんな日に自分から騒ぎを起こすことはないじゃないか。
そう思った僕は、ユッキーを促すことにした。
「行くよ。」
「……ああ。」

屋台に帰った時にはもう準備は終わっていて、ナオミ先生に「ミイラ取りがミイラに……」などと軽く叱られた。
191東堂衛のキャンパスライフ ◆KazZxBP5Rc :2011/02/08(火) 22:22:19 ID:sGfnvF+x
丸い穴がいくつも空いた鉄板に油を広げ、“後方部隊”が作ったタネを流し込む。
刻んだタコを穴のひとつひとつに落とし、上からタネを継ぎ足す。
様子を見ながらくるくると回せばタコ焼きの完成……なのだが、あまり上手くはできない。
一応、昨日に練習はさせてもらったが、それだけで完璧になれたらタコ焼き屋は廃業だろう。
作ってはトレーに入れ、作ってはトレーに入れを繰り返していると、人込みの中から馴染みの顔が現れた。
「精が出ますねえ。」
友達らしき女の子と一緒にやってきたのは輪だった。
「これからステージ?」
「うん、先輩が出るの。」
「じゃあ演奏のおかずに買ってかない?」
作りたてをトレーに載せて顔の横に掲げてみる。
すると輪は不満そうに言った。
「えー、おごってよ。」
そうは問屋が卸すものか。
「たかが二百円だろ。」
「たかが二百円じゃない。」
……オウム返しされたら何とも言えないじゃない。ずるいなぁ。
「分かったよ。」
後ろがつっかえられても困るので、仕方なく従うことにした。
「じゃあお姉さん、衛のおごりで二個お願いします。」
「ちょっ!」
接客を担当していた女の先輩に、あろうことか、輪は僕の想定の倍を要求した。
「私だけタダとか申し訳ないでしょ?」
二つ目は横の彼女の分らしい。僕に申し訳あれよ!
先輩にソースとマヨネーズをトッピングしてもらうと、輪はそそくさとステージの方へ向かってしまった。
輪の隣にいた友達が苦笑いしながら僕に会釈をして輪を追いかけた。

入れ違いのように現れたのは、八地さん・川芝さん・秋山さん・吉野さん・アイリンちゃんにかれんを加えた六人組。
かれんは朝大学に来る前に彼らに預けておいたのだ。
「衛っち、おごって。」
来店早々、八地さんが誰かさんと同じことを言いだした。
「断る。」
全員分出せばさっきと合わせて千六百円だろ?
さすがにキャパシティオーバーだ。
そう頭の中で計算している間に、川芝さんが呆れ顔で千円札をポンと出した。大人ってすごい。
「あ、一人分は僕が払います。」
そう先輩に告げる。
言うまでもなくかれんの分だ。そこは僕が出さないとな、うん。

しばらくしてユッキーが戻ってきた。シフト交代の時間だ。
「なあ、ユッキー。」
「ん?」
「何かおごってくれ。」
「は? なんで俺がお前におごらなきゃなんねえんだよ。」
別に。理由なんていくらでも付けようはあるけど、実際は僕もこの台詞を誰かに向けて言ってみたかっただけだよ。
192東堂衛のキャンパスライフ ◆KazZxBP5Rc :2011/02/08(火) 22:22:59 ID:sGfnvF+x
時間は過ぎて午後。
ユッキーと一緒に小さなホールまでやってきた。
目的はもちろん、輪のピアノサークルの発表会だ。
中に入ってさっきの六人組……あれ? ひとり少ない? とにかく彼らと合流した。
「川芝さんは?」
「鉄っちゃん、仕事だって言っていきなりどこか行っちゃった。」
最後に座り端になったので全員の顔がよく見える。
八地さんが説明したら、ユッキーは青ざめた顔になり、秋山さんは怒ったような顔をしていた。
何かあるんだろうな。
まあそれはそれで置いておこう。
「輪、何番目だっけ?」
「七番だって。」
確認した後、ちょうど司会の人が入ってきて、発表会が始まった。

一口にピアノと言ってもいろいろあるらしい。
優雅なクラシックに始まり、先月発売されたJ-POPの新曲をもう自分なりにアレンジしている人、レトロゲームのBGMを演奏する人もいた。
意外と親しみやすい雰囲気に、時は矢のように過ぎ、いよいよ輪の番がやってきた。
輪は淡い水色のドレスをまとっていた。
さっきまんまとタダ飯をかっさらっていった彼女とはまるで別人だ。
いつもと違う大人びた様子でお辞儀をし、ピアノの前に座る。
マイクを傾けると、輪は演奏の前に一言添えた。
「この曲は、ある父親が娘のために書いた曲です。」
後で聞いた話だけど、その娘というのはアイリンちゃんのことらしい。
今ここにいる八地さんと西堂が戦っていた裏で、父親の幽霊に偶然出会ったのだとか。
世界は案外狭いのかもしれないな。
海水浴の時に彼女を学園祭に誘ったのはこの曲を聴かせるためだったようだ。

演奏が始まった。
白く細い両手が白鍵と黒鍵の間を歩くように舞う。
それに合わせ、輪は流暢な英語で語りかけるように歌っている。
優しい曲だった。
歌詞だけでなく曲そのものにも、父が娘を想う気持ちが込められている。
そう感じたのはきっと先入観のせいではないのだろう。
なぜなら……ふと横を見ると、おそらく歌詞の三分の一も聞き取れていないだろうユッキーが熱心に聴き入っていたり、アイリンちゃんが大粒の涙を流しながら、叫ぶのだけはじっとこらえている様子だったからだ。
長いような短いような三分間が過ぎ、輪が鍵盤から手を離したとき、ホールは大きな拍手に包まれた。
193東堂衛のキャンパスライフ ◆KazZxBP5Rc :2011/02/08(火) 22:23:50 ID:sGfnvF+x
学園祭の一日目を終えた帰り道。
かれんと並んで歩きながら、僕は、西堂に中断された「一年を振り返る」ってヤツの続きを考えていた。

S大学に入ってから、僕の周りの環境はずいぶん変わった。
その分だけ、守りたいモノ・守るべきモノも増えた。
だけど僕はその全てを、これから増えてゆく分も含めて、守り抜くために戦うだろう。
だって、僕はそれらに支えられて、成長してきたのだから。


東堂衛のキャンパスライフ・おわり
194 ◆KazZxBP5Rc :2011/02/08(火) 22:27:40 ID:sGfnvF+x
以上で「東堂衛のキャンパスライフ」完結です
大分投下感覚が広くなってしまいましたが…
読者のみなさん、ありがとうございました

もう2月も半ばだというのに今番外編で正月ネタを考えていたり
バなんとか? なにそれ?
195創る名無しに見る名無し:2011/02/09(水) 07:22:20 ID:7hOKeVYo
完結!お疲れ様でした。
いやー熱いバトルがあって笑いがあって、平和でほのぼのとした良いシリーズだった。
そして何より他作品のキャラとのクロスっぷりが凄かった。これぞシェアワって感じでわくわくしたわ。
またいつか、新たな作品を期待してます。
196創る名無しに見る名無し:2011/02/09(水) 19:40:58 ID:JsJbKUK0
投下乙です!そして完結お疲れ様でした!
地元である関西弁キャラの西堂に親近感を抱きつつ、キャンパスライフの
タイトルにふさわしいのんびりとしたシリーズでしたね
番外編、そしてできれば次作も楽しみにしておきます
197 ◆W20/vpg05I :2011/03/06(日) 19:05:06.65 ID:N7Bb6/y2

――そこにあるのは、絶望か


「おい……どういうことだ!? なんで俺の力が通用しない!!」

一人の高校生程度の年齢に見える少年の焦り。
それを受ける姿はさらに年下の一人の少年――

「君は本当に馬鹿だなー」

小馬鹿にするような笑顔で少年は男子高生を見る。

「“全てを破壊する能力”、それ自体は強力だ。
だが発動部位が両拳なら、当たらなければいいだけだ。
その程度だから『機関』を首になるんだよ」

「この、くそっ……陸ウゥゥウウウウウウウ!!!!!」

その高校生は吠えるように叫び、加藤陸へ駆けだした――


198 ◆W20/vpg05I :2011/03/06(日) 19:06:45.46 ID:N7Bb6/y2


――這い寄るは滅びの足音


「つまり、今度の任務は非常に危険と言うことですね」
「ま、いつものことだけどな」

バフ課に届けられた一つの報告。それは、まさに緊急事態を告げる内容だった。

「……やりきれないですね」
「能力の暴走を止めるのもまた俺達の役目だ。そこに後ろめたさを感じてどうする?」

code:ザイヤの言葉にcode:シルスクは淡々と答え、行動するため動き始める。

「そうですね……。それほどまでに彼女の能力は危険過ぎます」


199 ◆W20/vpg05I :2011/03/06(日) 19:09:08.95 ID:N7Bb6/y2


――集まるは様々な思惑


「この能力ナラ俺でもシネそうだね。実にオモシロイ、そう思わないカネ? ヒロユキ?」
「……面白くはないな。フォグ、それでどうする?」
「これをクスリにできたら結構な材料にナリソウだね?リンドウ君の出番だよ」
「はぁ、戦略核より性質が悪いわよ。この能力は」


「ドクトルJ、それで、どうするの? 彼女の能力は?」
「透子君、私たちはただの研究者だよ。ならばできることは一つだけだ」
「そうね、研究して制御するすべを見つける。それが私たちのできること」


「なるほど……そう言うことだったのか」
「博士? もしかして、何か掴みましたー?」
「ああ、彼女の能力、その本当の意味が分った。峰子君。急いだ方がいい。
私としたことがまだまだ甘い評価だったよ。彼女の能力は――」


200 ◆W20/vpg05I :2011/03/06(日) 19:10:27.44 ID:N7Bb6/y2

――そして……


「あなたの名前は……?」

その少女が振り向いた先には一人の少年が立っていた。
淡々過ぎる少女の言葉、その言葉に少年は答える。

「俺は宿木 壊おまえの名は?」

「一華、牡丹 一華。あなたも私を壊しにきたのでしょう?」


一人の少年と一人の少女が出逢う時、物語は動き始める――。




作者が厨二病シリーズ最新作【世界の片隅で滅びを歌う少女】



――始まりません。

201 ◆W20/vpg05I :2011/03/06(日) 19:12:21.50 ID:N7Bb6/y2
投下終了です。
作者が厨二病シリーズ最新作予定物のツギハギですw
プロットすらまだまだなんで、しばらく書けそうにないのでお茶濁しー。
202創る名無しに見る名無し:2011/03/06(日) 19:17:56.30 ID:ax1Px8/k
「始まりません」とか言うからボツ作かと思ってびっくりしたw
期待
203創る名無しに見る名無し:2011/03/06(日) 19:33:36.63 ID:5LdHb0oi
新シリーズ来た! 楽しみに待ってます
そしてついでに生存報告
実生活多忙により止まってます。読んでくれてる方もうしばしお待ちください
204 ◆EHFtm42Ck2 :2011/03/06(日) 19:36:29.39 ID:5LdHb0oi
生存報告するのにトリ出し忘れるという間抜けぶり
205 ◆KazZxBP5Rc :2011/03/12(土) 23:03:15.39 ID:2fRNo1Nh
近畿なので大丈夫でしたと生存報告がてらに投下します

上で言ってた番外編とは別の話で
1周年記念にでもしようかと思ってたけど
「ちょっと遅れた」どころじゃなく遅れちゃったという
206うぇるかむ・にゃ〜・わんだ〜 ◆KazZxBP5Rc :2011/03/12(土) 23:04:36.82 ID:2fRNo1Nh
これでよし……と。
いつものように入口のプレートを「準備中」から「営業中」に裏返す。
今日は休日。忙しくなるかもしれないけど、大学生アルバイトの東堂君が朝から入ってくれているのは助かるところ。
客が来るにはまだ時間がある。
僕は、看板に書かれた店名『NEAR WONDER』の文字を眺めながら、少し物思いにふけることにした。

僕の元に突然“春”がやってきたのは五年程前だった。
出会って十分(正確には一晩か)でプロポーズされ、そこから一か月あるかないかのスピード結婚。
喫茶店を開くという妻の夢に乗っかって、それまで以上に熱心に働いた。
そして、二人で稼いで出し合ったお金で、二年前にこの動物喫茶を開くことができた。

「あうあうっ!」
「ちょっと! タケシ君、どこ行くのよ!」
こっちに向かってくる二つの声に、僕は回想から引き戻された。
「あんっ! あんっ!」
額に宝石のようなものを付けた大型犬。
「ごめんなさい。この子がいきなり……。」
そして、リードを持つ女子高生だった。
「いえいえ、可愛い子ですね。」
僕の“犬に好かれる能力”につられてやってきたのだろう。
ちぎれそうなくらいにしっぽを振っている犬を撫でてやると、気持ちよさそうな顔をした。
一方、飼い主の女の子は僕の店の看板を見上げていた。
「いぬねこきっさ?」
僕は立ち上がって説明する。
「ええ、中で犬や猫が放し飼いになってます。もちろんちゃんとしつけてあるので迷惑なことはさせません。」
「へぇー、面白そう。最近朝寒くなってきたし、一杯貰っていこうかな。」
207うぇるかむ・にゃ〜・わんだ〜 ◆KazZxBP5Rc :2011/03/12(土) 23:05:22.47 ID:2fRNo1Nh
店に入った二人と一匹を、黒い柴犬が出迎えた。
彼女こそ、この店の看板犬兼看板猫兼僕の妻のミヨさんだ。
分かりやすく言い直すと、昼は犬に変身でき、夜は猫に変身できる僕の奥さん(もちろん人間)だ。
余談だけど、体毛は髪の毛に対応してるらしく、過去に髪を染めた時は変身後の毛色も変わっていた。
入口でわいわいやっていると、店の奥からアルバイトの東堂君も顔を出してきた。
「犬飼さん、準備できまし」
「お、衛っちじゃん!」
「八地さん!」
なんだ、この二人知り合いだったのか。
八地さんと呼ばれた少女は、東堂君の目の前のカウンター席に座った。
「おごっ」
「却下。」
「えー。」
「こういうのはエスカレートしないうちに叩いておくものだよ。」
「ほうほう、幼女に対する愛情がエスカレートしちゃった経験を踏まえてですか。」
「なんでそうなるんだよ。」
「あれ? 違うの?」
「まだ手は出してない。」
「『まだ』って……。」
「うるさい! 歳の差で言えばそっちの方が上だろ!」
「な! 鉄っちゃんはそんなんじゃ……!」
ははは、何の話をしているんだろうね。
想像はつくけど、あまり深入りはしないようにしておこう。
僕はそっとカウンターに紅茶を差し出した。
「まだ頼んでませんよ?」
「今回はサービスしとくよ。」
「さっすが、誰かさんと違って大人ですね。」
東堂君がふてくされるのを見て、僕は苦笑いを浮かべた。
208うぇるかむ・にゃ〜・わんだ〜 ◆KazZxBP5Rc :2011/03/12(土) 23:06:02.59 ID:2fRNo1Nh
ちょうど会話が一段落したところで入口のドアが乱暴に開いた。
ドアに取り付けた鈴が、勢いよく動かされたために大きな音を立てる。
「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ。」
変わった姿の客だった。
大きく裂けた口。
顔の横ではなく上についた三角の耳。
垂れ下がった尻尾に、全身を覆う灰色の毛。
いわゆる狼男といったところだろうか。
客商売でいろんな人を見てきたから、今更変身能力くらいでは驚かないけどね。
「くそっ、スカーフェイスの奴、またまんまと逃げやがって。」
彼は何やらぶつぶつ独り言を言っていたが、八地さんに気付くと驚いたように声を上げた。
「あ、お前!」
その声に八地さんは振り返り、狼男とは対照的に淡白な反応を見せる。
「なんだ、旭山動物園じゃん。」
「誰が動物園だ!」
爪を立てる狼男。あらら、不穏な空気になってきちゃったよ。
「ここで会ったが百年目、今度こそ……おあぶっ!」
臨戦態勢をとる狼男を襲ったのは、黒柴のタックルだった。
「喧嘩するなら出て行ってください!」
ミヨさん、怒るのは結構ですが人前で変身解かないでくださいよ。
君、人間に戻るとハダカになっちゃうんだから。
209うぇるかむ・にゃ〜・わんだ〜 ◆KazZxBP5Rc :2011/03/12(土) 23:07:59.36 ID:2fRNo1Nh
「……ということが朝にあったんですよ。」
「にゃるほどにゃ。ファングが怒って帰ってきたから何事かと思ったにゃ。」
現在、時間は夜。
東堂君は今はいない。
何か事情があるらしくいつも夕暮れ前には帰ってしまうのだ。
まあ、夜に喫茶店を訪れる人は少ないので、こちらとしても半日働いてくれれば十分だ。
うちはスパゲティやサンドイッチなどの軽食も出してるから昼はそれなりに忙しいけどね。
とにかく、そんな数少ない客の一人が、今僕と話している、猫耳フードを深くかぶった少女である。
「知り合いなんですか?」
「仕事仲間にゃ。」
へえ。この歳でアルバイトでもしているのか。お疲れ様です。
答えてから、ホットミルクのカップを口に運ぶ少女。
「にゃっ!」
おっと、どうやら猫舌だったようだ。
カップをふーふー冷ますのが微笑ましい。

と、ここでまた鈴が鳴った。
入ってきたのは常連の秋山さんだった。
彼はなぜかよく夜に来る。
「マスター、いつもの。」
「分かってますよ。」
笑いながら僕は「いつもの」コーヒーを淹れる。
その間に、店の中に十数匹いる犬猫の一匹、三毛猫のミミが彼にすりよっていた。
しかし、秋山さんが頭を撫でようとすると、ミミは「うにゃあ」と一声鳴いてカウンターから飛び降りてしまった。
「どうしました? 顔が暗いですよ。」
香ばしい液体がなみなみ注がれたカップを差し出しながら尋ねる。
秋山さんはそれを一口飲んでから、憂鬱そうな顔で答えた。
「ダチが何か隠してるらしいんすよ。」
「何か。」
「例えば仕事のこととか……いや、人に言うことじゃなかったな。すいません、忘れてください。」
彼は後悔を大きな溜息で表してうなだれた。
危うい空気の中、隣に座っていた猫少女がさらに不穏な言葉を投げかける。
「裏のお仕事にゃ。」
心なしか少女のフードに隠された瞳がぎらりと光ったような気がした。
僕と秋山さんとが自分を見つめているのに気付いた少女は、顔を笑いの表情に変えた。
「冗談にゃ。持病の中二病が発症しただけにゃ。」
そして少女はじゃらじゃらと硬貨をカウンターの上に落として立ち上がった。
「そろそろおいとまするにゃ。ありがとにゃ。」
そう言葉を残して、少女は夜の闇に消えていった。

「あんまり思い悩むことないですよ。」
冷蔵庫から缶ビールを取り出して、まだ深刻な顔をしていた秋山さんの横に置く。
「あれ? いいんですか? こんなもの出して。」
「『準備中』にしてきたから大丈夫ですよ。」
「あっ、タクさんずるーい! 私も混ぜて!」
はいはい、服着てきてからね。
もう二本、冷えた缶をカウンターに出す。
「友達なんでしょ? だったら信じましょうよ。」
ミヨさんは奥に引っ込んだ後すぐに戻ってきた。
それ、明らかに一枚羽織っただけじゃないか。
まあいいか。
僕たちは誰からともなく乾杯した。


おわり
210 ◆KazZxBP5Rc :2011/03/12(土) 23:08:40.94 ID:2fRNo1Nh
以上です
211創る名無しに見る名無し:2011/03/13(日) 18:52:53.03 ID:o0oYyGy5
生存報告が文字通りの意味になる状況。無事でなによりです

平和な風景だけど、一歩踏み込むと裏社会なんだなw
出会って一晩でプロポーズは文面にすると妙にエロい
実際は動物として愛でただけなのに
212創る名無しに見る名無し:2011/03/13(日) 19:53:11.24 ID:YHH9/Dcz
投下乙!

来る人来る人ヤバい気がするのはなんでだろうw
この人たち普通に結婚しちゃったのか。良かったなー
持病の厨二病に笑ったが、この世界じゃ普通の会話っぽいよねw
213『月下の小ネタ・録』:2011/03/22(火) 01:10:51.94 ID:obvB7sGR

陽太「うーん……なあ鎌田、お前ってカマキリだよな?」
鎌田(人間ver)「うん? そりゃ蟷螂人だけど何か?」
陽太「これ食う?」
鎌田「陽太君…僕、バッタは食べないよ」
陽太「イナゴな。食わないかー…どうしよコレ」
鎌田「えぇ…何その嫌な感じの山…」
陽太「いや、叛神罰当【ゴッド・リベリオン】の可能性を試してたんだが…やはり無理らしい」
鎌田「バッタが出せる…つまり食べたこと……ああ、佃煮か。可能性って?」
陽太「イナゴな。俺の叛神罰当は無限の可能性を持つ能力だが、ひとつ制約があってな」
ドウラク「制約?」
陽太「そう、一言で言えば……」

陽太「『生物』は出せない。能力で出した物質に『命』は最初から存在しないんだ」
ドウラク「ほう、なるほど。動物召喚といった行為はできないと」
陽太「野菜とか果物もな。出したモンを地面に埋めても芽が出ることはない」
ドウラク「ふーむ、なるほどな」
陽太「能力で出るのは食材そのものじゃなく、よく似てはいるが別の物質なんじゃねえのかな、たぶん」
ドウラク「それは残念、と言わざるを得ないな」
陽太「つーかおい、どっから出てきた」
ドウラク「私のシザーゴーレムはカニ5匹を生贄に捧げることによって発動する。生贄とは文字通り生きた贄のこと」
陽太「おい」
ドウラク「少年のカニでもできなくはないが、生きたカニを使用してこそ真の能力を発揮できるのだからな」
陽太「おいコラおっさん。いい加減にしろおっさん」
ドウラク「紳士と呼べ紳士と」
鎌田「あのー……どちらさま?」

ドウラク「お初にお目にかかる。私はドウラク。御覧の通り紳士(ジェントル)ドウラクだ。以後よろしく」
鎌田「あー、はじめまして、鎌田です。訳あって陽太君の家に居候させてもらってます」
白夜「私の名は白夜…」
鎌田「 !? 」
白夜「夜の闇を祓う者、白夜よ!」
陽太「唐突にも程がある」

白夜「鎌田、貴方に絶対の真実を教えてあげるわ。私の言葉をその魂に刻みなさい」
ドウラク「うむ、突然だが鎌田君、君に一言言っておくことがある」
鎌田「な…なんでしょうか…?」
白夜「大衆に愛され、支持を集める者……それは大衆の目に多く触れる者とは限らないわ」
ドウラク「うむ。例えば人気投票を開催したとして、登場回数とは無関係に上位に来るキャラクターには傾向があるものだ」
鎌田「……人気投票……?」
白夜「大衆の寵愛をその一身に受ける者、それは即ち……第二ヒロイン!」
ドウラク「そして強力な助っ人ポジションのキャラクターなのだよ! ふはははは!」
鎌田「は……はぁ……」
白夜「覚えておくことね。貴方にとっての脅威は常に存在するということを。ふふふ…」
ドウラク「ではさらばだ、また会おう鎌田君! ふははははは!!」
鎌田「………」
陽太「………」

鎌田「…あの陽太君……あの白い紳士と黒い少女は……何?」
陽太「あー…あいつらはなんつーか…説明し辛いっつーか………俺にもよくわからん」
鎌田「………二人はプリキュア?」
陽太「それでいんじゃね?」
晶「鎌田さん白っ! 白い方見てっ!! あと古い!」
陽太「お前もどっから」
晶「あんたもちゃんとつっこめー!」スパァン

<おわり>
214 ◆WXsIGoeOag :2011/03/22(火) 01:12:09.82 ID:obvB7sGR
というわけで月下の人です。
地震による停電で新作の二時間分が吹っ飛んで
連日のニュースのショックで脳内メモリも何割か吹っ飛んだけど
私は元気です。

そんなわけで本編はもうしばらく待ってね。いやはや申し訳ない。

ちなみにケモスレ179は自分じゃないっす。
215創る名無しに見る名無し:2011/03/22(火) 01:21:54.11 ID:VSe3F/A3
おつおつー
無事で何よりです
頑張ってくだされ

>叛神罰当
そうか、やっぱりそれはできないのか
216創る名無しに見る名無し:2011/03/28(月) 00:52:55.68 ID:w0NbAr5Z
しばらく文章を書いてなかったので、リハビリを兼ねて単発ネタ投下
217春の朝 ◆EHFtm42Ck2 :2011/03/28(月) 00:54:24.49 ID:w0NbAr5Z
「おー、久しぶりに朝からすっきり晴れたな。ほら見ろ、お待ちかねのお日さまだぞ」
 初春の風の匂いが心地いい爽やかな朝。その爽やかさにちっともひけをとらない涼しげな声で彼はそう言って、
両手でしっかりとわたしを抱えてくれる。その言葉通りちょっと久しぶりのお日さまは、冬場の気だるく頼り
ない光でも、夏場の殺る気満々な熱線でもない、ほっとするような暖かな日差しでわたしを包んでくれた。

「はあー、春の朝イチから浴びる日光はやっぱり格別気持ちいいなー。な、お前もそう思うよな?」
 優しい日差しに浸りかけていた私の隣。彼もまた気持ちよさそうな声を発しつつ、楽しそうな口調で誰かに
問いかける。その視線の先には……たぶんわたし。だから当然その言葉もわたしに向けたものだということは、
この部屋には彼とわたししかいないっていう事実から考えれば当然のことだけど、それでもすぐには反応
できないわたしがいたりする。それを情けなさというか、適応力の低さというか。いっそのこともう両方採用なのか。

「ははは。そうだなー、そりゃまあ両方採用だな」
 わわ、しまった。思考がダダ漏れなことすっかり忘れてた。どういう理屈かはまるでわからないけれど、彼には
わたしの考えていることが筒抜けになってしまっているらしい。そのことに気付いたのは……彼と出会った日、だったっけ。

「そうだよ」
 と、彼はまたしてもわたしの思考を盗み見る。ぶっちゃけデリカシーのかけらもないと抗議したくもなるけれど、
きっと彼のこの不思議な力がなければ、わたしは彼に出会うことはなかったかもしれない。そう考えると少しは感謝
してもいいかなと思ったりする。

「そんなことはないと思うけど」
 苦笑でも浮かべてるんだろう口調で、彼はそう呟いた。
 あの日から、たびたび不思議に思っていた。彼はどうしてわたしを選んだんだろうって。わたし、綺麗じゃないし。

「あー、まあ綺麗じゃないな」
 嫌みのない声でそう言う。自覚はしているけれど、はっきり言われてしまうとやっぱり悲しいな。
 そりゃ言われちゃうよね。綺麗なバラには棘がどうこう言うけれど、私は綺麗でもバラでもないくせして棘ばかり
立派になっちゃった、残念な花だもの。

「自虐ネタ自重しろ。まー、確かにお前は綺麗じゃないな。でもお前はかわいいよ。そのウジウジした中身も含めて」
 ……これはわたし褒められてるの? 正直に喜んでいいの? わたしにとっては、人間の「言葉」って難しくて。
「思考」だけが全てで、それが嫌でも彼に伝わってしまう私には、「言葉」は必要ないものだもの。
218春の朝 ◆EHFtm42Ck2 :2011/03/28(月) 00:56:02.57 ID:w0NbAr5Z
「お前妙に哲学的だよな。あんま深みにはまんなよ。さってと、腹減ったし朝飯食って来よ。お前はもう少しひなた
ぼっこしとけ」
 そう言って彼はう〜んと気だるそうな声をあげて、朝日が差し込む窓辺から、わたしから離れていく。ぽつんと
残されたわたしは、彼の言うとおりひなたぼっこ。まるで縁側で憩うおばあちゃんみたい。ここ最近日差しがなくて
少ししなびてしまっていたわたしのからだは、その例えもあながち間違っていない状態なのが悲しいところ。

 それでも、この優しい日差しを浴びていると、わたしは元気になっていく気がする。あちこちしなびていた
からだも、潤いで満ちていくように感じる。少し緩んでいた大っきらいな棘まで力を取り戻して、まわりの空気を
鋭く威嚇し出したのはやっぱり気に入らないけど。
 でも、それはしかたのないことで。その過剰防衛な刺々しさがわたし本来の、あるべき姿なんだから。それに最近
できたわたしの小さな願いのためには、避けて通れない道でもあるわけだもの。

『サボテンの花ってすごく綺麗らしいんだよ。一回見てみたいなーって』
 もうどれくらい前か、彼はそんなことを言っていた。
 正直言って、花が咲いたところで自分がどんな花をつけているのかさえ、わたしにはわからないと思う。わたしと
いう花が綺麗に咲く保証はどこにもない。彼がどれほど綺麗な花を期待しているかもわからない。がっかりさせるだ
けかもしれない。

 でも咲かせたい。花になったわたしを見て、彼がどんな顔をするか。それは今だってわからないし、実際そうなっ
たとしても「視力」のないわたしにはそれを見ることだってできない。
 それでもわたしは咲きたい。なぜだかわたしたち植物と言葉を交わせるらしい不思議な人間の彼の、たった一言。

「綺麗だな」
 きっと今と変わらないさわやかな風のような声で呟く、そのただ一言だけを聞きたいと思う。それがサボテンとし
て生まれた今のわたしの、小さな願い。

 久しぶりに顔を見せた太陽が注ぐ柔らかな日差しは、遠からずその願いを叶えてくれる。全然根拠なんてないけど
そう確信した、うららかな春の朝。


 おわり
219創る名無しに見る名無し:2011/03/28(月) 00:57:54.65 ID:w0NbAr5Z
投下終わりっと
本編は……もう少しお待ちください
220創る名無しに見る名無し:2011/03/28(月) 04:02:38.01 ID:LUj9aibt
投下乙
このサボテンかわいいなぁ
221創る名無しに見る名無し:2011/03/28(月) 16:05:50.54 ID:11gyLW5S
どなたか植物を擬人化できる能力をお持ちの方はおられませんか!?
222創る名無しに見る名無し:2011/04/01(金) 04:27:20.82 ID:7XAvndFx
ネタ帳に

Flora Ray/フローラ・レイ
コードネーム:Hanna/ハナ

昼の能力:《フラワーエッセンス》
(植物に関係する能力、未定)

夜の能力:《ドリアード》
植物を操る能力。


ってのがあった。
223 ◆EHFtm42Ck2 :2011/04/02(土) 21:37:19.74 ID:22RQKpNN
>>213の月下の小ネタから考えついた小ネタ投下します
気の向くままに書いたのでかなりくだらないけど、笑ってやってください
224チェンジリング・プ○キュア!:2011/04/02(土) 21:39:31.51 ID:22RQKpNN
白夜「ふう……神出鬼没でミステリアスで油断ならないゴスロリ少女を演出できたのはよかったけれど(ブツブツ)」
白夜「あの怪奇蟷螂男、言うに事欠いて「プ○キュア」ですって(ブツブツ)」
白夜「フン。冗談にしても笑えないわね。よりによってどうしてあんな乳幼児向け子供だましアニメなんか(ブツブツ)」
白夜「そうよ。子供だましよ。何が「堪忍袋の緒が切れました!」なのよ(ブツブツ)」
白夜「…………フン」
白夜「…………(そわそわ)」

?「なーにそわそわしてるのかなー白夜さーん」
白夜「きゃ!? だ、誰!?」
?「あはは。素でびっくりしてる。かわいー」
白夜「くっ。私としたことが……夢想事に囚われて絶対自己形成領域をこうも容易く侵されるなんて……」
?「パーソナルテリトリーとも言うよね」
白夜「そんな陳腐な横文字で置換するのは慎んでほしいわね。つーかそろそろ自己紹介ぐらいなさい無礼者」

楓「はーい! 大地に根差し、風となりて人と世界を護る女! 樹下楓! ここに参上!」
白夜「……えー、ごめんなさい。なんですって?」
楓「ちゃんと聞いててよ! 大地に根差し、風となりて人と世界を護る女! 樹下楓! ここに参上!」
白夜「これは途方もなくハイレベルな厨二病患者が来たわね。気の毒だわ」
楓「そのセリフ、たぶんこの世界で一番言う資格ないわよ君」
白夜「私は厨二病ではないもの」
楓「ウチだって厨二病違う!」
白夜「あ、そう。まあいいわ。で、フロイライン楓。この白夜に何用?」
楓「フロイラインと来た。あのね、さっき白夜、そわそわしてたでしょ。○リキュアがどうこう言いながら」

白夜「……してないわ」
楓「詰まった! 今詰まった!」
白夜「つまうぅんうっうぅん! 詰まってないわ」
楓「噛んだよね! 今動揺して噛んだよね!」
白夜「フロイライン楓。貴女は一体何が言いたいのかしら。私、まどろっこしい無駄話は大っ嫌いなの」
楓「プリキュアになりたいんでしょ! わかってるんだから! ……これでいい?」
白夜「なっ……」
楓「わかるよ! 女子のヒーローだよね! 男子にとっての仮面ライダーみたいなものだもんね!」
白夜「ちょっと」
楓「というわけで白夜、ウチと二人でユニット組もうよ!」
白夜「ユニット? ……って何を勝手なこと」
楓「はいけってーーーーーい! じゃあさっそくリハしようリハ」
白夜「何なのこの子……この私が振り回されている……」
225チェンジリング・プ○キュア!:2011/04/02(土) 21:40:58.34 ID:22RQKpNN
楓「まず変身前の掛け声決めよー」
白夜「もうどうにでもなれね。そうね、何がいいかしら」
楓「『チェンジリング・プリ○ュア!』とかどうかな?」
白夜「押しが弱いわね。もう一言欲しいわ」
楓「うーん辛口。じゃあねー……『チェンジリング・プリキ○ア! スタンバイレディ!』とかは?」
白夜「グーね。ちょっとメカメカしいけど」
楓「よし決定! じゃあ次は名乗りね。あ、でもまず名前を決めないと。ウチはキュアメイプルで」
白夜「楓だから? 安直じゃないかしら」
楓「いいのシンプルなほうが。白夜は何にする?」
白夜「キュアシュヴァルツね」
楓「いかついよ! 可愛げないよ!」

白夜「次は名乗りね」
楓「意志は固い、と。ウチの名乗りはねー……『奏でるは、たおやかに薫るそよ風の調べ!』とか」
白夜「悪くない感性ね。『か』が多いけど。じゃあ私は……『奏でるは、悲嘆と絶望に沈む堕天使の調べ!』ね」
楓「夢がないよ! めっちゃダークだよ!」
白夜「これぐらいの目新しさがないとウケないわ」
楓「ま、まあいいわ。じゃあリハしよう! 行くわよ白夜! せーの」

二人『チェンジリング・プリキュ○! スタンバイレディ!』
(ここで変身バンク挿入)
楓『奏でるは、たおやかに薫るそよ風の調べ! キュアメイプル!』
白夜『奏でるは、悲嘆と絶望に沈む堕天使の調べ! キュアシュヴァルツ!』
二人『…………』
二人「……あ」
楓「変身バンク後の口上決めてなかったね……」
白夜「私としたことが。不覚だわ。なんて締まりのない変身かしら」
楓「でもいい感じだったね!」
白夜「ええ。私たち、いいユニットになれる予感がするわ。フロイライン楓、これからもよろしくね」


『チェンジリング・プ○キュア!』。それはこの世界のどこかにある、しかし決して始まることのない物語。
226創る名無しに見る名無し:2011/04/02(土) 21:43:13.79 ID:22RQKpNN
終わりっと
同じ女子中学生ということで楓は白夜と絡ませたいと思ってたんで、
こんな形で実現させちゃいましたよ
227創る名無しに見る名無し:2011/04/02(土) 22:27:26.11 ID:upsBVDQg
乙ー!

プ○キュアwww やばいなぁ。二人の変身シーンが脳内再生されたw
何気にいいコンビになるかも?

楓ちゃん、夜限定で変身ヒロイン可能なんですよねー(アポートの能力的に)
ついでにアポートで出した物の出現位置も、近くなら調整可能なので
数人同時の変身シーンにも対応可能だったり……
228創る名無しに見る名無し:2011/04/03(日) 00:07:49.75 ID:/d57Xt8y
それにしてもこの白夜、ノリノリである
でも、あれ女性対象年齢は中二よりも低(ry

両方ボケっぽいから、ツッコミ役の小動物が居たら完璧かもしれない
229 ◆EHFtm42Ck2 :2011/04/03(日) 17:44:24.98 ID:HG9bDadD
小ネタを連発するつもりはなかったんだけど、>>228を見たら書かずにいられなかった
んで投下。前回同様くだらないけどw
230チェンジリング・プ○キュア!:2011/04/03(日) 17:46:08.47 ID:HG9bDadD
白夜「ツッコミ役の小動物……ね」
楓「確かにウチら、ダブルボケっぽくなってるし」
白夜「私はそんなネタキャラになった覚えは露ほどもないんだけど」
楓「いや、それはまあウチもなんだけど」
二人「…………」
白夜「とりあえず、探しましょうか。ツッコミ役の小動物とやらを」
楓「そうね。プ○キュアには絶対必要な存在だしね小動物。「メポッ!」とか言ってるアレね」
白夜「前作では早朝から公共の電波に乗せて脱糞シーンという痴態を晒していた下劣な生物ね」
楓「脱糞じゃないよ! こころの種だよ! だいたいダメよプ○キュアが「脱糞」とか「痴態」とか言っちゃ!」

白夜「! た、確かにそうね。自覚が足りていなかったわ」
楓「わかればよろしい(まあそれ以前に女の子が発する言葉としてすでにダメだけどね)」
白夜「では気を取り直して、探しに行きましょうか」
楓「ラジャー!」

◆小一時間後
楓「白夜! こんなのがいたよ! よさげじゃない?」
鎌田(虫ver.)「ハナしてはなシて」
白夜「ひぃぃぃぃぃっ! 虫! 節! 触覚! 複眼! ひぃぃぃぃぃぃ」
楓「しかもしゃべるのよ! 小動物! しゃべる! そしてそしてー……」
鎌田「まアむしをショうどうブツとしていイかどうかハ、カナりビミょうなトコだとおもウよ」
楓「どうこの的確なのに控えめで紳士的なツッコミ! 完璧(ぐっ)」
鎌田「いダっ! おじょうサン、チからぬイて!」
楓「あ、ごめんごめん。で、白夜。どうかなこのカマキリ君」
白夜「……はぁ、はぁ。よ、ようやく呼吸が整ったわ……ぜぇ、ぜぇ」
鎌田「いやいヤ、ゼんぜンととのッてないシ」
楓「ツッコミ鋭い! で、白夜ーどうなの? ウチ的にはもう即採用したいレベルだけど」
白夜「ど、どうもこうもないわ。蟷螂は虫よ。虫は小動物ではないでしょう」

楓「えー。「小」さい「動」く「物」なんだから虫だって小動物じゃないかなー」
鎌田「そうカンがえるトまちガッてない」
白夜「ぐっ。そう考えると間違ってないわ」
鎌田「マネし」
白夜「なっ……憎たらしい蟷螂ね。そもそも貴方の意思はないのかしら? 楓にされるがままに拉致されてきたのでしょうに」
楓「人聞き悪いけど反論はできないわ」
231チェンジリング・プ○キュア!:2011/04/03(日) 17:47:30.32 ID:HG9bDadD
鎌田「イシもなにモ……えーっと、カエでさんとびゃくヤさんだっけ。キミタちはいったいなんなノ?」
楓「よくぞ聞いてくれました!」
白夜「ちょっと、フロイライン楓。ダメでしょう。そんなに容易く一般人に語っていいことではないわ」
楓「えー、でもこのカマキリ君、「教えてくれなきゃこの鎌で首切って自殺しちゃうぞ」とか言いたそうな顔してるし」
鎌田「イヤ、してナイしてナイ。そもそモボクヒョうじょウあるノ?」

白夜「そう。それならしかたないわね。一匹の蟷螂の命も護れないようでは、世界を護ることなんてできるわけないもの」
鎌田「まったクきいてナイね。いっそキモちいいクラい」
楓「カマキリ君。落ち着いて、笑わないで聞いてね? 実はウチたち」
白夜&楓「プ○キュアなのよ(キリッ)」
鎌田「……」
白夜&楓「……」←二人ともシリアスな対峙シーンで笑いがこみあげるタイプ
鎌田「…………」
白夜&楓「…………ぶふうっううぅん」←なんとかごまかした

鎌田「きみタチハ……ヒーローなんだネ?」
楓「そ、そうよ。まあ正確にはヒロインね」←沈黙終了でホッとしてる
白夜「フッフフフうんっうぅぅん! で、どうかしら賢き蟷螂さん」←油断して結局笑ったヤツ
鎌田「ノッタ! このハナしノッタ!!」
楓「いきなりめっちゃテンション上がってる! ちぎれんばかりにはばたいてるよ!」
白夜「プ○キュアの力はすごいわね」

鎌田「そレで? ボクはなニをすればいいノ? タタかうノ?」
楓「戦うのはウチたち二人。カマキリ君はそうねー、使い魔的存在?」
白夜「そう。私たちのどちらかと『永劫の血鎖の盟約』で結ばれる契約獣たる存在となるの」
鎌田「な、ナンかスゴイ! ダークファンタジーっぽいネ」
楓「プ○キュアってそんな世界観だったっけ……」
白夜「これぐらいの目新しさがないとウケないわ」

鎌田「マあ、そういうこトナらさっソクそのけいヤクを」
白夜「フロイライン楓。結んであげなさいな」
楓「あれ? 言いだしっぺの白夜からやればいいんじゃ……」
白夜「昆虫嫌い(ぷい)」


 こうして、『チェンジリング・プ○キュア!』の二人に新たな仲間が加わった。しかし、構想もなく展望もない
このヒロインたちに未来はあるのか。答えはまだ、神でさえ知らない。
232創る名無しに見る名無し:2011/04/03(日) 17:49:57.07 ID:HG9bDadD
終わりっと
なんか今はこういうバカらしい感じのが書きやすい気分
233創る名無しに見る名無し:2011/04/04(月) 00:03:30.59 ID:d7U0ojkR
まさかのリアクション。乙です
なんとなく想像はしてたけど、やっぱり鎌田さんかw
マスコットがカマキリだと絵的には相当カオスな事に
でも、たしかに会話にメリハリが付いたというか、付いてしまったというか

対峙シーンで吹いてしまうのは、ありすぎて困る
234名無しの青二才:2011/04/05(火) 19:59:13.37 ID:ilxg8L5Y
保守します
235鑑定士試験:2011/04/06(水) 23:52:41.88 ID:6d/Uf3oo
 殺風景な控え室だった。床のタイルは灰色で、その上には横長の机が整然と配置されて
いる。漆喰により白で被われた壁が唯一、開放的な印象だがそれも病室のものと似ていた。
ふだんは能力鑑定専門学校の教室として利用されている一室だ。
 ホワイトボードから一番遠く離れた席に一人の青年が腰掛けていた。やや、実年齢より
も若く見え少年の印象を強く残している。宙を泳いでいる目線は彼が現実から離れ、自分
一人の思索に入れ込んでいる事を示していた。
「能力鑑定の技能は、主に三種類存在する」
 一つは他人の能力を調べる能力によって、鑑定対象の能力を知る事。
 二つ目は高い洞察力で相手の能力を観察し、鑑定対象の能力を調べる事。
 三つ目は特異な感性によって、鑑定対象の能力が分かってしまう事。
 基本的に確実性は能力、感性、洞察力の順だが、いずれにも欠点があり……
 そこまで三島代樹が思い起こした時、誰かが彼の後頭部をこづいた。
「しろき〜、ペーパーテストはとっくに終わってるでしょ?」
「ああ、口に出してたか」
 黒い髪をなでつつも代樹は一年年上の女性を見返した。
 吉津桜花、活動的な印象の女性で能力鑑定士の護衛者、守護の仮面見習いという立場に
ある。他の人間がどう思うかはともかく、少しずうずうしい面がある、というのが代樹の
認識だった。代樹とは学校での繋がりで知り合い、それなら何かと先輩、あるいは保護者
面をして世話を焼いている。年上とはいえ、たったの一年で身長も代樹より低く、世話を
焼かれている本人としてはいまいち納得できない。
 桜花に言わせれば、たびたび前後不覚になる方が悪い、という事になるのだろうが。
「こうやって、何かを思い起こしていた方が落ち着くんだよ。この状態は能力のおかげで
 慣れているからね」
「それで、そのまま現実の事を忘れちゃうんだ」
「忘れてない!」
 いささかむきになって代樹は言い返す。実の所、物覚えが良くない事は自覚していたが、
いくらなんでも人生を左右する日を忘れる事はない。
 能力鑑定実技試験。この試験には筆記試験の合格者のみが駒を進めることができる。
 一人前の鑑定士と同様の条件で、三名の能力を鑑定する事に成功すれば晴れて本物の鑑
定士として世に出られるというわけだ。
 戦闘訓練や筆記試験で一定の成績を示した守護の仮面見習いも同様に、鑑定士候補のそ
ばに立ち試験が行われる。
 試験を受ける二名の組み合わせには、縁がある二人が揃えられる傾向があり、慣れや気
兼ねのなさが影響するのかそのまま専属関係になる例もある。
「それはともかく、そろそろ準備してもいい頃合じゃない?」
「まだ少しは時間があると思うけど、まあ練習でもして潰せばいいか」
 代樹は鑑定士の証でもある、不透能力素材のローブと手袋を身につけ、桜花は守護者の
証である怪しげなデザインの仮面で素顔を隠した。
 いずれも試験用に貸し出されたものだが、合格すれば近いうちに同様のものが支給され
る事になるだろう。
236鑑定士試験:2011/04/06(水) 23:56:03.41 ID:6d/Uf3oo
「能力鑑定試験、受験番号512番、試験を開始します。入室してください」
「対応する守護の仮面見習いも先行してください」
「はい」
 示し合わせた訳でもなく、代樹と桜花は同時に返答した。
 能力鑑定士という職ができて以来、鑑定対象となる能力者とのトラブルが絶えなかった。
厳密に調査を受けると言うのは、少なからず不快な事ではあるし、危険な能力の偽装報告
を要求されたり、貴重な技能を悪用しようとする人々も多々存在した。
 よって鑑定士は厳重に保護される。守護の仮面と呼ばれる護衛が常に付き従っているほ
か、鑑定士本人についての情報公開も徹底的に制限された。不透能力素材を身に付け、能
力による情報収集を封じる事は義務であるし、名乗ることはもちろん発声する事すら許さ
れない。
 この試験においては、さきほどの返事こそが代樹にとって最後の発言となる。
 試験会場は控え室にくらべれば、多少はましなデザインだった。複数の方位に窓があり、
カーテンの間から日光が漏れている。隅に観葉植物が配置されているのも、気分を落ち着
けるための配慮だろう。
 本物の鑑定士と同じ、という条件で試験するためか、会場の装飾にも機能性のほかにも
客への配慮といった要素が含まれているらしい。もっとも、その客は試験官が扮したもの
にすぎないのだが。
 代樹に先行して入室した桜花は周囲の安全を確認すると、手招きして代樹を呼び寄せた。
本来なら盗聴器などの各対策も行うべきなのだが、試験では省略される慣習だ。
「どうぞ」
「…………」
 椅子を引く桜花に、代樹はうなずき返したが内心では、大げさ過ぎてバカバカしいとい
う本音がある。ここまでやらなければ、犯罪を防ぎきれない面も確かにあるのだが……
 しかし、桜花も身に付けている怪しげな仮面や代樹のローブなどの外観に必然性はなく、
規則を作っている人間はよほど悪趣味なのか、あるいは重度の厨二病を患っているのでは
ないかと、代樹は本気で疑っている。
 それでも、内心をおくびにも出さず、すました表情を作っているので、他人の目には神
秘的な人物と映ってしまうのだった。
237鑑定士試験:2011/04/06(水) 23:58:49.11 ID:6d/Uf3oo
「一人目の方、入室してください」
 桜花が発言したのは、代樹が机の上に置かれていた資料を読み終えたのと、ほぼ同時だっ
た。
 能力で心を覗いたわけではない。単に文章を追っていた瞳の動きから推測しただけだろ
う。原理は分かっていても、たびたび自分の思考はすべて読まれているのではないかと、
代樹は不安にかられてしまう。
 礼儀正しく、二度ノックした後に入室してきたのは中年の男性だった。試験官の一人だ
が、その演技は完璧に近かった。少し不安そうな面持ちで、代樹と桜花に微笑を作ってい
る。気弱で軽く緊張している人物の演技だが、心の内では冷厳に二人を採点しているに違
いなかった。
「広宮和男様でいらっしゃいますね? どうぞ、おかけください」
「はい、和男です。よろしくおねがいします」
 むろん偽名だが、ここでは本名を名乗った客として扱う。
 代樹は桜花に向けて、細かい手振りを行った。和男には見えないように。
『能力は使わずに、洞察力による鑑定を行う』
 意志を伝えはしたものの、それは声によるものではなかった。
 一種の手話だが、大きな身振りはなく、会話はすべて手首から先で行う。慣れている者
なら口頭よりも多く、正確な情報のやり取りをする事もできた。ただ表現力には限界があ
り、ある程度は受け手に状況に応じた解釈を要求する。一応は鑑定学校で習ったものが元
となっていても、最終的にはごく少数にしか通じない言語に変化してしまう場合が大半だ。
『なるほどね。了解』
 桜花も軽くジェスチャーを返し、納得の意を示した。
 代樹は洞察力よりもすぐれた鑑定方法を持っていた。しかし、試験の場をそれだけで乗
り切るのは懸命ではない。
 洞察力による鑑定は正確さと速さ、そして鑑定対象の協力が無ければ厳しいという点で
は他の手段には劣っている。しかし、生まれ付いての資質は要求されず、能力とは違って
昼夜問わず使うことができる。なにより、他人に論理的な説明ができるという意味では唯
一の鑑定手段だ。能力で鑑定を行った場合、鑑定士本人が嘘をついているのか、本当の事
を言っているのかは他人に判断する事ができない。
 ようするに、どのような鑑定手段を用いるとしても裏づけとしては必須であり、洞察力
による鑑定ができるかできないかは、試験の成績に大きく関わるだろう。
「鑑定士はご自身の能力について知っている事を話して欲しい、と申しています」
 そんな事は言っていない、のだが鑑定を円滑に進めるには多少の勝手な翻訳は必要だっ
た。
 そして、守護の仮面も基本的に鑑定の手順を知ってはいるので、このあたりの判断が食
い違うことはない。
「は、はい、わかりました。私の能力はですね、たぶん物体を止める能力だと思うのです
 よ」
 和男は了承を得るとポケットから財布を取り出し、持ち上げる。そして、唐突に手を離
した。
 重力に従い、財布は落下していくのだが、途中で重力に逆らい停止する。しばらく待っ
ても、そのまま宙に浮かび続ける。
「どうです? たしかに止まっているでしょう」
 どこか得意げに和男は言うと、よく物を落とした時に使ってますと付け加えた。
 桜花は財布に近づくと、周囲の空間に何かを求めるかのように手探りした。透明なもの
を具現化して、財布を止めていないかの確認だ。
 それを見た和男はやや不審げな様子になったが、
「なるほど、見事に止まっていますね」
 と軽く財布を叩きながら、桜花が言うとまた上機嫌な様子に戻った。協力的な態度を保
つには、ある程度の気づかいは必要だった。
「ただ、あまり大きなものは止められんのですよ。まあ、分厚い辞典なんかが止められる
 だけでも、十分ですけどね」
 和男にうなずき返しつつも、桜花は代樹に判断を求めた。
『財布は堅いけど、これも物質を止めているから。たしかに、物質を止める能力だと思う
 けど、あなたはどう思う?』
『これから、俺が投げるものを止めるように言ってほしい』
 まだ、違う可能性もある。という返答は省略されたが、その程度は言わなくても伝わる。
 鑑定士候補である代樹には、すでに桜花が見たもの以上の何かが見えているらしかった。
238鑑定士試験:2011/04/07(木) 00:02:21.58 ID:D7XN0RfF
「では、次に鑑定士が物を投げるので、それを止めてもらえますか?」
「ああ、お安いご用だよ」
 和男が快諾すると、代樹は腕時計を取り外した。発光機能をオンにすると、手首だけを
使って放り投げる。
 発光する腕時計は放物線を描いて宙を舞い、そして静止した。
『上下以外にも働くという事は重力制御じゃない。やっぱり、止まってるんだ』
『桜花、重力制御か試したわけじゃないよ』
 代樹の手話には苦笑したようなニュアンスがあった。それは桜花にしか伝わらない表情
であったが、どうも桜花は仮面の下でムッとしたようだった。
 普段はさんざん子供扱いしてくるのだから、たまには仕返ししてもいいだろうに、と代
樹は思う。
『確かに腕時計は止まっているが……時計の針を確認してくれ。秒針がわかりやすい』
『針……? あ、動いてる』
 腕時計は全体としては静止して宙に浮かんでいるのだが、その針は変わらず時を刻んで
いた。そして、発光機能も動いている。
『そして、電気や光も止まっていない。光の方は真っ黒にならずに、目に映っているのだ
 から最初からわかったけどね』
 被鑑定者に針の事を報告してくれ、と代樹は手振りを続けた。
「鑑定士曰く、時計の針までは止まっていない、だそうです」
「おや、本当だ。気付かなかったよ」
 そう言って、静止状態を解こうとした和男だが、代樹は片手を挙げてそれを制した。
『次は備品のライターを取り出して、火を時計に近づけてみてくれ』
『いいの? これ、代樹の私物だったと思うけど』
『構わない』
 代樹の指示通りに桜花は棚からライターを取り出すと、宙に浮かぶ腕時計に近づけて火
をつけた。
 小さな灯火が揺らめくが、腕時計に変化はない。
『何も変わらないみたいだけど……』
『変わらないほうがおかしい。普通は赤い光源を近づければ、物質は赤みを帯びるはずな
 んだ。そして、おそらくは火であぶっても温度は変わらない』
『どれどれ……あ、本当だ。温度も変わってない』
『……次からは軍手を付けて触るように。外れてる可能性もあるんだから』
 洞察力による鑑定には、常に当てが外れる可能性が付きまとう。ただ、鑑定士は文字や
守護の仮面を通じて他人とコミュニケーションを取るため、害もないミスは途中で遮断さ
れる仕組みになっている。
 魔術めいた洞察力を持つ鑑定士像の背景にはこういった仕組みがあり、言ってしまえば
神秘的な雰囲気も含めて虚像だ。最終的には十分な結果を出す事が前提なので、鑑定対象
に不安を与える必要もないのは確かだが。
『これらの結果は、鑑定対象の能力が物質の動きを止める事ではなく、外部からのエネル
 ギーを遮断している事を示している。結果を鑑定対象に伝えてほしい』
239鑑定士試験:2011/04/07(木) 00:05:07.19 ID:D7XN0RfF
 鑑定士候補、代樹は自信をもって結果を桜花に伝えた。これならば、腕時計自体は止まっ
ても針が動き続ける事に説明がつく。
「第一段階の鑑定結果が出ました。能力を解除してもらえますか?」
 和男がうなずくと、宙に浮いていた腕時計は糸を切られたかのように床に落ちた。
「鑑定士曰く、正確にはあなたの能力は外部からのエネルギーを遮断する能力だろう、だ
 そうです」
「エネルギーを遮断……?」
 科学的な説明に和男は困惑した。正しくは試験官が困惑した様子を演じた。
 受験者としては、相手を落ち着けて納得させる技量を見せなければならない。
「基本的には物質を止める能力と変わりません」
 ここまで説明して、桜花は確認を取るかのように代樹に視線を送った。
 仮面を通してのアイコンタクトではあるが、代樹には伝わったらしい。視線を合わせて
きたが、何か注意するような動作をしないという事は了承したと解釈できる。
「ただ、止められる力が落としたり投げたりする力だけでなく、熱や光にも及ぶ、という
 のが鑑定士の見解みたいです」
「熱、光……あまり使い道は無さそうだけど。じゃあ、時計の針が止まらなかったのは外
 部のエネルギーじゃなかったからか」
「その通りです。つまり、時計を落として止めても、針の動きは狂わずに済むという事で
 すね」
「ああ、なるほど便利な話だね」
 鑑定対象が持つ能力の解釈にすり合わせ、用途にも踏み込む。桜花の巧みな解説は好感
を得たようだった。
 和男も自分の能力についての新たな発見を喜んでいる。少なくとも、試験官としては合
格のサインと見ていいだろう。
『さらに詳しく言えば、外部のエネルギーを遮断。内部のエネルギーを保持する効果もあ
 るみたいだ。だけど、桜花の解説は良かったよ』
『代樹は苦手だからね、こういうのは』
 まったくの事実だったので、代樹は肩をすくめて見せるだけで、反論はしない。
 相手の解釈を頭から否定し、鑑定士の見解を押し付けるというのは、ある意味正しいの
だが多くのトラブルを呼び込む。鑑定対象の解釈と鑑定士の見解をうまくすり合わせる、
桜花の技術は鑑定の場において貴重なものだった。
240鑑定士試験:2011/04/07(木) 00:07:32.85 ID:D7XN0RfF
「第一段階の鑑定結果は以上です。よろしければ、第二段階の鑑定も行えますが」
「大丈夫だ。続けて、お願いするよ」
 第一段階の鑑定は、大まかな能力の把握。一般的に自分の能力を他人に紹介する場合は、
ここまでしか話さない。
 しかし、第二段階の鑑定はさらに深く踏み込む。例えば発動条件や能力の対価など。
 和男と名乗る試験官が持つ能力の場合は、エネルギーの内部と外部の定義はどうなって
いるのか、発動条件はどのようなものか、大きなものは止められないというが、大きなも
のとは体積で判断するのか質量で判断するのか、などだ。
『時計を投げたときの和男さんの反応を見るに、視線か意識を向ける必要がある。発動の
 速度や維持の状態からして、あまり集中力は必要としないようだ』
 すでに、そんな所まで把握している代樹に舌を巻く桜花だった。
 さらに驚くべき事は、これは試験官に見せるための余技でしかないという事だ。代樹の
本領はまた別の所にある。
『それじゃ、外部のエネルギーの定義から始める。まずは……』
 代樹はジェスチャーで桜花に指示を始める。
 第二段階の鑑定は深い洞察力よりも、妥協が無い調査が求められる。質ではなく量的な
情報を網羅して、能力を完全に把握していくのだ。
 時間は掛かるが滅多にミスはない。今回も例から漏れず、二十分程度で必要な情報を揃
えてから、鑑定対象である和男に報告する。
 代樹と桜花による鑑定は、客としても試験官としても満足がいくものだったらしく、
「ありがとう」と言葉を残して一人目の鑑定対象である和男は退出していくのだった。
241 ◆peHdGWZYE. :2011/04/07(木) 00:08:36.20 ID:D7XN0RfF
投下は以上です。
シェアードで検索してやってきた新参ですが、
細かい設定は1スレ目131や父と娘などの描写を参考にさせていただきました。
242創る名無しに見る名無し:2011/04/07(木) 06:47:08.08 ID:lAShkv3N

細かくて良いね
243創る名無しに見る名無し:2011/04/07(木) 13:33:39.06 ID:DqpdO8ei
なるほど、超常現象に頼るのではなく推理するケースもあるのか。面白い!
244名無しの青二才:2011/04/07(木) 13:40:42.48 ID:Z89gLQdH
・(人物名)リッジウェイ
盲目の天才死刑囚。某国陸軍兵士約1万人を一人で壊滅させた。
腰にかかるほどの長髪。整った顔つきで冷静かつ残酷な性格。

《昼の能力》
名称 … コカトリス
【無意識性】
(能力説明) 直視しただけで相手に重傷を負わせる。盲目だと無効。

《夜の能力》
名称 … バジリスク
【無意識性】
(能力説明)直視するだけで相手を即死させる。盲目だと無効
245名無しの青二才:2011/04/07(木) 14:04:44.16 ID:Z89gLQdH
男は恐怖に顔を歪ませてその場を走っていた。
男は丸腰で、そこらじゅう血塗れ。
男は誰かに追われている。
男を追う男は拳銃を構えて引き金を引いた。
男は太ももを射抜かれ派手に倒れた。
男の近くに追う男が詰め寄る。
「残念だったな・・・これでゲームオーバーだな。」
「嫌だぁぁぁぁぁ。ま、まだ死にたくないぃぃ。」
男は命乞いをするが聞かれずに拳銃を眉間に突きつけられる。

バン!バン!
子供が風船を割って、友人は機嫌悪そうににらみつけた。
「分かっているな。入ったら拳銃を向けて警官を撃ち殺して銀行員に銃口を向けろ!」
カバンの中のグロック17を恐る恐る覗き込んだ。
友人に誘われて銀行を襲う計画に参加したが、弱気な僕に警官を殺させようとする。
「あのさ・・・警官殺す必要ある?」
震えて今にでも逃げ出しそうな僕の声は友人には届かずに無視された気分だった。
たかが625gなのにずっしりとした重さが肩に伝わっている。
オーストラリア製の拳銃は引き金を引けば銃弾が発射され人を傷つける。
「いくぞ!鮎川。作戦開始だ!」
友人の里中がポケットに拳銃を隠し持ち自動ドアの前に仁王立ちした。
善良な一般人の僕が奇妙な性格の死刑囚と出会うとはこの時は思いもしなかった。
246創る名無しに見る名無し:2011/04/07(木) 14:50:15.01 ID:iNXwSJk4
>>241
凄く魅力的な鑑定士像!たまらんね!
これで新参とか嘘だろ…
247名無しの青二才:2011/04/08(金) 22:52:12.27 ID:6QJiI3q9
「行かないほうがいいわ。鮎川太一さん。」

急に本名で呼び止められたのであわてて振り返りカバンの中の拳銃に触れた。
ヒヤリとした感覚が指に伝わり少し身震いした。

「なんで・・・本名を知っているんだ?」
すぐさま言い返したが、答えは返ってくるのか不安になった。
「そんなことは関係ない。貴方は里中に裏切られて殺される。」
深く帽子をかぶった少女はまるですべてお見通しかのように喋っている。
「どういうことだ・・・・里中さんが裏切る?」

ズガン!ズガン!
やばい!拳銃を暴発したのか!?

「・・・・!?」
目の前には回転式拳銃を構えた里中が不気味に笑いながらこちらを見下していた。
放たれた銃弾は僕には被弾せずに背後のショーウィンドウが割れる音がして悲鳴も上がった。
‘貴方は里中に裏切られて殺される’


「おやおや・・・ゲームが始まったようですね・・・。」
248名無しの青二才:2011/04/10(日) 20:23:13.85 ID:loL1bdwe
「早く殺してくれない?利用しかできないんだから・・・」
里中は回転式拳銃のハンマーを起こしながら、こちらへと言い放った。
「なんで・・・信じていたのに・・・」
「馬鹿じゃねぇの?信じる奴が悪いんだよ!ハハハハ。」
心拍数と怒りがこみ上げる体を抑えて、顔を真っ青にさせながら拳銃を構えた。

パン!

銀行にいた警官の南部式拳銃が火を噴いた。
里中の左肩から血が飛び散る。
「逃げて・・・第二文化ホール前のバス停に来て。」
帽子のつばをまた深く下げると少女は消えるようにその場を去った。
里中と警官の激しい銃撃戦を目の淵で見ると、その場から走って逃げた。


( 第五特別凶悪犯罪者医療刑務所 )
「看守さん。[ 青ひげ ]っていう話、知っていますか?」
一人の死刑囚は奇妙に若い看守に喋り掛けた。看守は「黙れ」としか言わない。
なぜならこの死刑囚によって今まで12人の看守が精神異常を起こして自殺しているからだ。
若い看守はその後13人目の自殺者になるとはまだ自分でも思ってはいない。
249初心者 ◆/yiozVwHos :2011/04/10(日) 23:06:45.43 ID:fSlbdJfe
初めまして、創作発表版でのSS投稿は初めてなのですが、11:30頃から投下よろしいでしょうか
250創る名無しに見る名無し:2011/04/10(日) 23:08:53.82 ID:hoCcxVFE
よろしいです
251初心者 ◆/yiozVwHos :2011/04/10(日) 23:31:05.42 ID:fSlbdJfe
ありがとうございます。それでは、投下開始します。

「ねえね、シロちゃん。ちょっと今日は寄り道に付き合ってくれない?」
「一昨日、クララと一緒に黄緑通り歩いてたらさっ、まだ入ったことないスイーツ店見つけてさっ、そこのパフェがメチャウマだったんだよねー!」
「それで、今日百合河さん暇だったら一緒にどうかなーって」
放課後、2−Cの教室で交わされるのはそんな日常的な会話。男子が、女子が、数人ずつのグループとなっては、芸能人や音楽、食べ物の話をして楽しんでいる。
そんなグループの一つ、三人の少女に話しかけられているのは黒い髪をショートカットにした美少女。
百合川銀音(ゆりかわしろがね)。
おとなしい印象を受ける彼女だが、こういった元気系の少女たちともよく付き合う、学年内ではちょっと名の知られた人物だ。
「えーと…うん。昼間は特に用事ないし、一緒に行こう」
携帯で予定を確認し、同行を承諾する。夕方には予定が入っているが、約束の時間は六時半。寄り道しても十分に間に合う時間だった。
「ほほう、昼間はとゆーことは、夜は何かあるとでも?」
「彼氏かっ、彼氏なのか!?」
銀音の発言に深読みをしたのか元気系の二人の少女、筒井ちい(つついちい)と三野締子(みやしめこ)が追及を開始する。
二人とも銀音とは中学時代からの付き合いであり、こういった類の話に敏感で食いつきやすいのは判っていた。
252初心者 ◆/yiozVwHos :2011/04/10(日) 23:32:04.02 ID:fSlbdJfe
「ち、違うよ。あの、バイトだよ、バイト」
「本当にー?なんか嘘っぽいわね」
「ユー、正直に吐いちゃいなよっ」
「だから、彼氏とかそういうのじゃないってば…」
「やめようよ、そんなに深く追及するのは。百合川さん、嫌がってるよ」
困り果てた銀音に助け船を出したのはグループの中で唯一の外国人、クラリネット・クラリシアス(通称クララ)だった。
細く滑らかな金髪を腰近くまで伸ばし、顔もかなりの美少女だ。
銀音たちがまだ一年のころに転入してきた留学生であり、クラス委員の締子が学校や町の案内をしている内に、自然とこのグループに組み込まれたのだ。
転入当初から日本語が達者だったこともあり、今ではすっかり三人と馴染んでいる。
「パフェ食べに行くんじゃなかったの?百合川さんバイトあるみたいだし、早めに行ったほうがいいと思うけど」
「んー、そうだね。行こうか、気になるけど」
「じゃ、続きはパフェを食べながらっ」
と言い、ようやく銀音を開放し、教室の出口へと歩き出す二人。とりあえずは、難を逃れてほっとする銀音。
「ごめんねクララ、ちいも締子もああゆうのには少ししつこいから私じゃどうしようもなくて…」
「ううん、気にしないで。今回はちょうどあの話題から引き離す口実もあったし、私としてはあのパフェ早く食べたいなー、ってのが正直なところだし」
「ああ、うん。じゃあ、今日はクララの分は私が奢るね」
「ええ!?いいよそんな…」
「なんだと!?クララちゃんだけずるいぞ!」
「私たちにも奢れっ!」
「え、今日は手持ち少ないから二人の分もおごるとなるとちょっと…」
「奢らないと、さっきの彼氏の話今ここで再開しちゃうぞー」
「しちゃうよっ、しちゃうよっ」
「え、あの、ちょ。ちょっと…」
結局、銀音が四人全員分払うこととなった。それを見たクララが言った「なんで百合河さんは墓穴掘っちゃうのかなー」は、三人の誰にも聞こえなかった。
253初心者 ◆/yiozVwHos :2011/04/10(日) 23:33:37.65 ID:fSlbdJfe

     **********

スイーツ店シットヴィー。以前から黄緑通りにある店だが、見た目がアンティーク店っぽいのと、女子高生が立ち寄る店が集中しているエリアから外れているため、あまり知られていない店である。
その店内で、銀音、ちい、締子、クララの四人は談笑しながら自分たちの頼んだスイーツが出てくるのを待っていた。
「シロちゃん、手持ち少ないなんて嘘ばっかりっ。さっき財布の中身確認してた時横から見たけどっ、一万以上入ってたぞっ」
「えー、シロちゃんそんなにもってるのー?されは、奢りたくないから咄嗟についたんだな?」
「百合川さん、お金持ってるんだねー!」
「いや、お金持ちはクララでしょ」
銀音の隣に座っているので、覗きやすかったのであろう締子の発言に、右前に座っているちいと正面に座っているクララが反応する。事実、現在銀音の財布の中には、今回意外に全員に三回奢ってもお釣りが来るほどの金額が入っている。
「もう、三人ともお金ぐらいで驚きすぎだよ。私一人暮らしだからその分の生活費とかも一緒に入ってるだけだよ」
銀音の両親は十年前の隕石事件、通称『チェンジリング・デイ』の時に亡くなっている。その後は父方の祖父母に引き取られそこでしばらく過ごしたが、中学校へ上がるのを境に、親の遺産を使い一人暮らしを始めたのだ。
 そのため、銀音は料理や掃除といった家事全般が他人よりも数段上手い。
254初心者 ◆/yiozVwHos :2011/04/10(日) 23:34:48.86 ID:fSlbdJfe
「あー、そっかー。もしかして気分とか悪くした?」
「ううん、大丈夫。それで、今日はバイトの帰りに食料品買ってこうと思って」
「でもそのためにそんなに持ってるなんて、百合川さんってそんなに食べるほうだっけ?私も買い物はよく行くけどそんなには使わないなー」
クララも一人暮らしだ。本国にいる両親はともに会社を経営しておりかなり裕福なのだが、本人は世話役もつけず一人暮らしを希望したそうだ。仕送りはかなり貰っているそうなのだが(以前
通帳を見せてもらったら入金金額が百万単位で驚いた記憶がある)、本人は質素な生活を送っている。
「ううん、食べる量は普通だよ。でも、今日はこの前の新学年テストの成績良かったから自分へのご褒美に高いお肉買っちゃおうかなーって」
「ふーん。まあ、肉とか食べるのはシロちゃんの勝手だけど、食べすぎるなよ?太るよ?」
「ふ、太らないよ!ちゃんと栄養バランスとか考えてるし…」
「でもっ、その割にはシロちゃんもクララちゃんも胸に栄養いってないみたいだけどっ」
「ちょっと!なんで私が出てくるの!?百合川さんの話じゃなかったの!?」
「ほらっ、シロちゃんも一人だけ小さいって言われたらショックかなーってっ。だからっ、同じくらいの大きさのクララちゃんがちょうどよくいたからさっ」
「だからって人のコンプレックスを大っぴらに言わないでよ!?」
胸の話をされるのがよほど嫌なのか、クララは軽く涙目になっている。一方、銀音は顔を真っ赤にして俯いている。
そんなバカなやり取りを数分間繰り広げている内に、店員がトレイを持ってやってきた。
255初心者 ◆/yiozVwHos :2011/04/10(日) 23:35:47.31 ID:fSlbdJfe
「こちら、デラックスイチゴパフェになりまーす」
やや間延びした声の店員が次々とパフェをテーブルに載せていく。それを銀音達はわくわクした目で見ていた。そう、最後の一品が出てくるまでは。
「DDDパフェになりまーす」
突如、四人の前に山が現れた。
D(でっかい)D(デリシャス)D(デラックス)パフェ。ちいが注文したそれは、高さ40pを超える、巨大スイーツだった。
ちなみに、この店で一番高いが、お値段1450円と大変お得である。
「は、はは…」
「こっ、これはさすがにっ…」
「大きすぎるよね…」
「だからやめようって言ったのよ…」
予想外の巨大スイーツの前に、四人は固まったままだった。店員の「ご注文は以上で―?」という声も全く耳に入っていない。
「………みんな手伝って!」
「「「絶対無理!」」」
しかし、結局手伝うこととなり、なかなか終わらないスイーツ地獄を味わうこととなるのだった。

     **********

パフェを食べ終わり店を出て三人と別れるころにはもう六時を過ぎていた。予想以上に時間は取られたものの、目的地までは徒歩十分もかからないので、ゆっくりと黄緑通りを歩いていた。
256初心者 ◆/yiozVwHos :2011/04/10(日) 23:36:39.23 ID:fSlbdJfe
(はあ、軽くお腹痛い。やっぱり食べ過ぎたよね。うう、太ったらどうしよう…)
黄緑通りはその名の通り、歩道が黄緑色に塗られた南北一キロの大通りだ。北が学生向け、南が社会人向けと別れているが、今日のスイーツ店のようにたまに南側にも学生が訪れる店もある。
(今日も、楽しかったなあ)
百合川銀音は思う。自分の暮らし、少なくとも『バイトの無いとき』は、十分以上に心が満たされていると。そして、それがずっと続いてほしいと。
(ずっと、は多分無理でも…高校卒業までは一緒にいたいな。だから…)
やがて、一軒の喫茶店の前で立ち止まる。大通りからは少し外れた、しかし十分に人通りの多い場所に位置するオシャレな喫茶店だ。
(だから、バイトの時の私は皆には見せたくないな)
そう思いながら、銀音は喫茶店の中へと入る。
(たぶん、嫌われちゃうから)
そして、窓際にいる人物を視界にとらえた瞬間、

百合河銀音から表情が消えた。

「おや、百合川さん。お早いですね。まだ約束の時間まで十分以上ありますよ」
銀音近づくなり、男は丁寧な物腰で話しかけてきた。上物のスーツを着た、中肉中背の優男だ。
257初心者 ◆/yiozVwHos :2011/04/10(日) 23:37:54.26 ID:fSlbdJfe
「早く着く分にはそちらの予定は狂わないでしょう。それに私も、済ませるものは早く済ましたいの」
目の前の男がよほど嫌いなのか、または今からやる仕事に嫌悪を示しているのか、口調も先ほどより明らかに厳しくなっている銀音。彼女の機嫌など気にしないのか、男はニコニコと薄ら笑いを浮かべたままでいる。
「…それで狩場、今日の仕事はどこで、何をすればいいの?」
「ああ、はいはい。今資料を出しますのでまずはお掛けになってください」
銀音に催促され男、狩場狂鬼(かりばきょうき)はカバンから紙束をいくつも取り出す。
狩場の向かいの席に座り、注文を取りに来た店員を「いらないわ」の一言で追い払うと、一つの紙束が差し出された。
「あなたの本日の仕事はいつも通り、言ってしまえば中小組織の壊滅または殲滅です」
子供に簡単のお使いを頼むかのようにとんでもないことを言い出す狂鬼。その声には、罪悪感も嫌悪感も入っていない。
「ターゲットの名前は『対平会』という暴力団事務所です。構成員数は二十三人、三ページの顔写真の男が頭目です」
狩場に言われページを捲ってみると、三ページ目にでかでかと強面の四十代くらいの男の写真が載っている。映画などによく出てくる、いかにもなヤクザ顔だ。
「場所は隣県です。今日は金曜ですので、明日の夕方出発して、仕事をして現地のホテルに一泊、翌日に帰宅するのがよろしいかと…」
「いいえ、今日、今から行くわ」
そう言い、椅子から立ち上がる。狂鬼は少し驚いた顔で「おやおや」と言っている。
「珍しいですね。あなたが自分から仕事の早期達成を望むなんて。明日は、雨でしょうか」
「…明後日、日曜日に友達と遊びに行くのよ。仲のいい友達だし、キャンセルしたくないのよ。それだけ」
258初心者 ◆/yiozVwHos :2011/04/10(日) 23:38:38.07 ID:fSlbdJfe
「そうでしたか。では、送り迎えは私の車でどうでしょうか?すぐ裏手に停めてあります」
「…頼むわ」
銀音の返事を聞くと狂鬼も椅子から立ち上がり、レジへと向かっていく。料金を払い、店を出たところで立ち止まると「そういえば」と言いながらこちらへと振り向いた。
「明日は雨、などと言いましたが、それは訂正させてください」

「血の雨が降るのは、今日のようですからね」

     **********

「な、なんだあいつは!?」
「やれ!とにかくやつを殺せ!」
パンッ。パンッ。
「だめだ、みんなやられた!」
「腕が、俺の腕があああああああ!!」
パンッ。パンッ。
「た、助けガッ!」
「頼む!見逃しガッ!」
パンッ。パンッ。パンッ。
室内に響く、湿ったパンッ、パンッという音。
誰が思うだろうか。
それが、人間の破裂する音だと。
室内に広がる、おびただしい数の肉片。
誰が思うだろうか。
それが、数分前まで生きた人間だったと。
そして、そこに立つのは一人の少女。
誰が思うだろうか。
その少女が、たった一人でこの惨劇を作り出したなど。
「俺は、俺はお前など知らんぞ!誰だ!お前は、お前は一体誰なんだ!?」
少女以外でただ一人この空間で生きている男が、顔を恐怖で染めながら叫ぶ。ヤクザ顔の、四十代だ。
259初心者 ◆/yiozVwHos :2011/04/10(日) 23:39:29.25 ID:fSlbdJfe
少女は少し迷ったが、答えることにした。この名前を言いたかったから。この名前を言わなければ、『百合川銀音』がこの殺したみたいに思うから。殺しをする時は、この名前ですると決めていたから。

「『鮮血空間(レッドシアター)』」
そういうと同時にまた一つ、パンッ、という音が響いた。

     **********

狂鬼は予定通り、暴力団事務所から徒歩五分ほど離れた駐車場で待っていた。
「お疲れ様でした。タオルを用意していますが、使いますか?
「いいわ、汗も掻いてないし。返り血なんて…付く筈がないもの」
銀音の言葉通り、彼女自身に返り血は一滴たりとも付いていない。付かない様に、能力で血の飛ぶ方向を調節したのだ。
汗を掻くにしても、銀音自身はほとんど動かなかったので掻きようがない。
あるのは能力を使ったことによる少しの精神的疲労と、たくさんの、罪悪感だけだ。
「しかしまあ、さすがの『血液操作能力』ですね。二十人以上の人間を殺すのに三分とは」
時刻は現在八時十二分。喫茶店を出て車に乗ったのが七時寸前、そこからここまで車で約一時間、駐車場から暴力団事務所まで徒歩五分なので、殺害にかかった時間は約三分となる。
「褒め言葉はいらないわ。殺しに対する褒め言葉なら尚更。それより、早く行きましょう」
そう言って、狂鬼の車の後部座席に乗り込んでしまう。
狂鬼は「やれやれ」と首を左右に振ると、自らも運転席に座り車を発進させた。
260初心者 ◆/yiozVwHos :2011/04/11(月) 00:02:21.16 ID:fSlbdJfe
さるに引っかかったので、残りは避難所に投下しました。
261創る名無しに見る名無し:2011/04/13(水) 06:38:38.46 ID:JwBVHjWD
さるってなに?
262創る名無しに見る名無し:2011/04/13(水) 13:00:53.61 ID:uMODNbRf
連投規制の事。たしか、1時間ぐらいで解除されるはずだけど、
これは代理投下したほうがいいのか
263名無しの青二才:2011/04/15(金) 19:48:02.93 ID:L67FBSLO
248の続きです。

気がついたら僕は教会にいた。
「どうしましたか?」
初老の優しそうな神父こちらに気づいたようだ。
「罪を犯しました。」
「キリスト信者ですか?」
「いや・・・信仰は浄土真宗です。」
「ハハハ。面白いですね。ではまた来てください。神のご加護がありますように。」
教会を後にすると、人通りの多い県道沿いに出た。
本当に馬鹿なことしたな…マジで馬鹿だよ…
カバンの中の拳銃で頭を撃ちぬいて死んでやろうか?拳銃を乱射してやろうか?
誘われて行った行動が僕の人生最悪の日の幕開けだった。
午後6.00。第二文化ホール前バス停。
ここで起きたことが僕にとって人生最悪の日になるとはまだ思いやしない。
「鮎川太一…このバスに乗って…。」
背後からの声は紛れも無い銀行にいた女だった。
「アンタは誰なんですか!?」
「乗らないとポケットの中の拳銃から銃弾が発射されるわ。」
心拍数が跳ね上がり、鼓動する音が耳の中で響いていた。
汗まみれの肌を袖で拭くと、しぶしぶバスの中に入った。
264名無しの青二才:2011/04/15(金) 20:07:23.87 ID:L67FBSLO
僕と女はバスの奥のほうへと座った。
四方には誰も座っておらず、乗客は6名程度。
学生二人と老人が一人スーツ姿の男三名。誰もこの中に僕が拳銃を持っているとは思いやしない。
のんきに携帯をいじる学生を横目で見ながら女は口を開いた。
「貴方はいつ死ぬか決められているかと聞かれたことがある?」
女は奇妙な例え話をはじめた。
「チェンジリング・デイ…。ある日のことから境に私達は怪物扱いにされた。」
「アンタはもしかして…?」
僕は女が答える前に喉に詰まっていたものを吐き出した。
「ええ…巷じゃ能力者って呼ばれているのね…。」
僕の心拍数は最長に達していた。
「私は『機関』から仕事をもらったの…。鮎川さん。」
始めて「さん」付けで読んだ彼女の声は恐ろしいほど低かった。
「リッジウェイの脱獄。及び刑務所襲撃。そこで鮎川さん…。」
彼女の言葉は僕の運命を変えた。
「刑務所のコンピューターロックを解除してもらえないかしら?」
彼女は僕の正体をお見通しのようだった。
鮎川太一。「政府」のシステムにクラッキングを成功したクラッカー。
通称は「リロード」。そこらでは名が知れ渡っている。
「できますよね…リロード。」
僕はつばを飲み込み「YES]と答えることにした。
史上最悪の幕開けの日。僕の頭に何度もよぎった。
265 ◆peHdGWZYE. :2011/04/18(月) 01:04:09.98 ID:DLUtU+xT
裏で組織と繋がってる美少女とか大好物
片や脱獄幇助と、この世界の治安の極端さは半端ない

鑑定士試験の続き、投下します
266鑑定士試験:2011/04/18(月) 01:06:23.35 ID:DLUtU+xT
 試験は三分の一が終わったに過ぎない。そして、資格を取り本職の鑑定士となれば、さ
らに多くの仕事をこなす事になる。この程度では、息をついていられない代樹と桜花だっ
た。
「次の方、どうぞ入室してください」
 呼び込んでみたものの、代樹と桜花は若干身構えていた。
 鑑定士試験の試験官として現われる三名には、ある程度の法則があった。単調にならな
いように顔ぶれは変えていても、評価に必要な情報を得るためには変えるわけにはいかな
い点もあるのだ。
 有名なのが試験官三名の役割分担で、一人は協力的だが鑑定が難しい能力の持ち主、二
人目が能力を誤魔化そうとしたり不当要求を行う人物、三人目が鑑定士に危害を加える危
険人物。この三つの役割により、受験者の可否を測るための材料が揃うとされる。
 当然、試験の予習をしていた代樹と桜花はそれを知っていた。
 一人目の和男が協力的だが鑑定が難しい、に当てはまるのならば、以降の試験官は厄介
な相手となる。
 それが二人の無言の共通認識だった。
 ノックもなしに、突然ドアが開かれた。ただ、これは良くある事でノックをする客の方
が少ない。
「群上健斗様でいらっしゃいますね? どうぞ、おかけください」
 現われたのは柄の悪い雰囲気の男で、上着から覗くシャツにも猛犬の絵柄がプリントさ
れており全体的に威嚇的な服装だ。試験官なので、さすがに髪までは染めていないが。
 群上健斗は返事どころか会釈すらせずに、ずかずかと椅子の方に歩み寄ると乱暴に腰を
下ろした。
「さっさと済ませようぜ。俺のバッフは右手に触れた物を透明化する力だ」
 バッフとは超能力の別称だ。この単語は使用者が多い、という意味では有力な別称の一
つと言ってもいい。単純に能力と呼ぶのは淡白すぎるし、他の別称であるエグザでは格好
付け過ぎる。こういった事情がバッフという呼び名を選ばせたのかもしれない。
「触れた物を透明化ですね? 拝見させていただいても、よろしいでしょうか」
 教科書通りの順序で桜花が尋ねる。とはいえ、尋ねなくとも、この相手なら勝手に見せ
てくる可能性が高い。
 試験の傾向を除いても、すでに群上には警戒すべき点があった。早急に話を打ち切ろう
としている事、聞かれもしないのに相手に情報を押し付けている事。
 いずれも詐術の小道具に成り得るため、相手の誤誘導を想定しなければならない。
「机でいいな? ほら、消えるぞ」
 群上が右手で机の表面を撫でると、たちまち机が霧が散るように薄れ、やがて完全に透
明になってしまう。桜花が今まで机が見えていた場所に、軽く手を当ててみると見えてい
なくとも、そこには変わりない冷えた感触が存在していた。
「たしかに透明化のようですね」
 と、相槌を打ちつつ桜花は、さりげなく代樹の方に視線を向ける。他者では気付けない
ほどわずかに、代樹は首肯した。
 この鑑定は非常に難しい。その事実を二人は再確認しあったのだった。
 一人目、和男の鑑定はスムーズに進んだが、それも鑑定対象の協力があってこそだ。
 群上の能力の場合だと、実際は触れさえすれば右手で無くとも透明化できる、だったと
しても本人の証言抜きで証明する事は難しい。
 ただ、本人の協力なしで、正確に群上の能力を知る手段もいくつか存在する。
「もう分かっただろ? さっさとレポートを出して終いにしてくれ」
「申し訳ありませんが……」
 押しとどめて時間を稼ごうとする桜花だが、それに対して代樹はゆっくりと首を左右に
振った。続いて群上の方には見えないように、手先をひろめかせる。
『いや、桜花。せっかくのリクエストだ。望みどおりにしてやろう』
 代樹の動作は悪戯っぽい調子で、そう語っていた。
『何か企んでるね』
 桜花からの返答は短いが、拒否の意を示すものではなかった。
267鑑定士試験:2011/04/18(月) 01:08:29.95 ID:DLUtU+xT
 洞察力で観察するのなら、相手から情報を引き出したり、うまく言質を取ったりと、知
恵を搾った対処となるのだが、それは一人目の試験官に見せている。
 だから、二人目には別の技術を印象付けておこう、というのが代樹の考えだった。
「では、記入を始めますので、しばしお待ちください」
 指示を受けた桜花は、一転して群上に承諾の意を告げた。
『それじゃ、鑑定を始める。後の事はそちらに任せるよ』
 代樹は視野の中心に群上を据えると、能力を使用した。相手の能力を探るといった類の
能力ではない。代樹の能力は、自分自身の内部でのみ働く力だった。
 超集中力。それに伴う意識や行動の最適化。その集中の深さは常人の比ではなく、一部
のスポーツ選手が体験すると言われるフロー現象に容易く到達し、時には凌駕する。
 五感の一部が遮断され、全てがモノクロに見える。不要な意志や認識も抜け落ち、五感
の欠落も意識の外だった。筆舌に尽くしがたい感性に全霊が集まる時、鮮やかにそれを
『見る』事ができた。
 一部の人間に存在するという、能力を判別する感性。現時点で代樹のそれは優秀とは言
えず、鑑定に使用するには能力の助けを借りなければならない。
 しかし、能力を含めれば、その鋭さは一流の鑑定士をも上回る。
「体に触れた物と自分自身を任意に透明化できる能力、でよろしかったですね」
「なっ……!?」
 代樹が我に返った時には、桜花が鑑定結果を群上に伝えていた。
 たしかに群上の能力を鑑定した後に、桜花に手話で結果を伝えるように指示を送った。
 代樹にはそういった記憶が残っているのだが、夢の中に居たような実感が伴わない記憶
だった。
 他人事のように代樹は群上の驚きようを面白く思った。試験官の演技だろうが、あるい
は本気で驚かせてしまったかもしれない。
 仮にそうだったとしても、奈落を覗き込むような眼を向けられた後、不意打ち気味に能
力を特定されたのだから、責められない事だろう。
「その様子ですと、鑑定は成功のようですね」
 群上の動揺を見て取ると、さっそく桜花が畳み掛ける。
 このあたりは強請り屋の手口だな、と代樹は失礼な事を考えた。
「……いや、右手で触れた物限定だ。何の根拠があって、そんな事を言う!?」
「鑑定結果それ自体が根拠、と鑑定士は申しています」
 いきり立つ相手を、あっさりと桜花はあしらった。ちなみに代樹の方は口頭でもジェス
チャーでも、一切意志を表明していない。
 正確な鑑定を行った以上、あとのトラブル回避は守護の仮面が果たす役割だった。
「備考として、本人は右手でのみ能力を確認、と記述する事も可能です。ただし、その後
 に何らかのトラブルが発生した場合、不利に働くケースもありますが」
 この辺りの桜花のやり口は敏腕といっても良く、暗に群上の能力が犯罪に有用である事
を語ると、次は能力の偽装申告についての罰則を仄めかした。
 そして、最後の段階に至ると……
「ただ、ご自身の能力に無意識の制約を課してしまう事は良くあるケースです。今現在は
 右手に限定されていても、訓練を行えば確実に鑑定結果通りの力を行使できる事は保証
 します」
「あ、ああ」
 相手に逃げ道を提示して、結局は丸く収めてしまうのだった。要は正しい鑑定をして、
相手に気持ち良く帰ってもらえばいい。徹底抗戦して得るものは何一つ無いのだ。
 そして、群上の立場から見れば、それを受け入れるしかない。
 能力の限界を誤認させて犯罪に利用、とまではいかなくとも、おいしい目を見ることは
叶わず、無理に押し通しても立場を悪くしてしまう。
「希望次第で第二段階の鑑定や訓練手段の紹介も行えますが、いかがでしょうか?」
「い、いや遠慮しておく。俺はこの辺で……」
「では、これがレポートです。お疲れさまでした」
 体に触れた物と自分自身を任意に透明化できる能力、と書かれた書類を受け取ると群上
は慌しく席を立ち、逃げるように試験会場から去っていった。
 すべて試験官の演技ではあるが、さてこれは何を意味しているのだろうか。
『どうも、苦手意識を与えてしまったらしいね。やりすぎじゃないか?』
『……減点されなきゃいいんだけど』
 鑑定自体は完全な成功、守護の仮面の役割も果たせた。しかし、少しばかり不安な様子
の二人だった。
268鑑定士試験:2011/04/18(月) 01:10:48.65 ID:DLUtU+xT
 能力鑑定専門学校の来客用休憩室。そこが鑑定士試験の舞台裏だった。装飾も調度品の
類も、まず快適に整えられており生徒達の教室とは比べ物にならない。
 群上と名乗っていた試験官が入室した時には、すでに先客がくつろいでいた。
 本来の職場のものより上等なソファーに腰掛け、缶コーヒーを傾けている。
「やあ、……えーと、今は群上か。あの二人はどうだった?」
 試験会場で和男と名乗っていた男性は来客の姿を見ると、缶を机の上に置いた。
「512番と吉津桜花、か? 腕はいいんだがなぁ……」
「態度が悪い客には弱かったと」
「いや、逆だ逆。上手くあしらい過ぎる。個人的には悪くない対処だと思うが、本来は少
 し下手に出るべきだろ」
 群上は首を左右に振りつつも、腰を下ろした。試験で演じていたものよりは行儀がいい。
「難しい所だねぇ。頭を低くすれば、かえってトラブルが拡大する事もある」
「ま、試験だからな。結果は実際に有効かどうかより、評価基準で決めるさ」
 群上は肩をすくめた。試験官といっても、評価の全権が認められる訳ではない。できる
事は受験者を試し、あらかじめ定められた基準に従って評価するだけだ。言わば、評価基
準の代行者に過ぎない。
「で、あいつらは誰に当たるんだ。そんな質問をしてくるなら、もう調べているだろ?」
 能力鑑定実技試験の三人目の試験官には、特別な役割が存在する。その性質上、表向き
能力鑑定局では用意できないとされる人材が必要となる。
 それも、何人か交代で行うため複数居なければならない。当然ながら、外部から人間を
借りてくるしかない訳だ。
 彼ら以前の受験者達は自警団の人材や警察組織からの派遣者、といった人々を相手取っ
ていた。少なからず実戦経験があり、容易な相手ではない。
 しかし、あの二人の相対する事になるのはいずれでもなく、さらに危険な存在だった。
「最悪の相手だよ。……ほら、例の噂がある」
 和男は声を潜めた。できれば縁遠い組織であって欲しいという印象らしい。
 能力関係の公共団体という意味では、一般人たちよりも元々近い位置に居るとはいえ、
こんな形で身近に接するとは試験官たちも考えてはいなかった。
「バフ課からのゲスト、か」
269 ◆peHdGWZYE. :2011/04/18(月) 01:12:14.14 ID:DLUtU+xT
投下終了です。
洞察力による鑑定のモデルは比留間博士であったり、
>>167の厨二コンビだったりします。
実際問題、一目見て終了だと地味すぎるという都合も
あったりしますが。
270創る名無しに見る名無し:2011/04/19(火) 19:35:17.29 ID:VOY/Gbwo
投下乙です!
鑑定士になるための試験かー。リアリティが出てていいですね
いろんな視点からの話が書けそうなのがこの世界のいいところだと思います
昔スレでこの世界でのスポーツの話をしてた人がいたよね
あれ結構楽しみにしてるんだけど…

さてさてそろそろ俺も本編再開しますよ。プリキュアとか書いてる場合じゃないですよ。
>>164-169の続きとなります
271臆病者は、静かに願う ◆EHFtm42Ck2 :2011/04/19(火) 19:36:55.52 ID:VOY/Gbwo
 ――んーと、女の子なら『美月』で、男の子なら『太陽』、なんてどう?
 あー、『美月』はいいにしても、『太陽』は直球すぎないか?
 ――んー、やっぱりそう思う? 微妙に親バカっぽいよね。じゃあどうしよっか。
 単純にひっくり返せばいいんじゃないか? 『陽太』と。

 ――プッ、めっさ安易ね。
 うるさいな。じゃあもう『太陽』って書いて『プロミネンス』とかにするか? 安易じゃないだろ?
 ――うわー、痛々しいけどこのご時世いないって言い切れないのが複雑だわ。
 いないだろさすがに。

 ――わっかんないよー……ってなんか脱線してるわね。わたしはいいと思うよその直球な安易さ。
 ほんとにいいと思ってんのかな。なんか釈然としないな。
 ――さてさて、母親似のかわいい美月ちゃんかな? 父親似の残念な陽太君かな? あなたはどっちがいい――

 ひねくれた俺はもちろん、父親似の残念な陽太君と答えた。それからしばらくして、美希のお腹の子は
女の子だとわかった。俺と美希との間の一人目の子どもは「美月」と名付けられた女の子で、だからもしかしたら
いたかもしれない「陽太」という名の男の子は、本当に「もしかしたら」の存在になった。


 ――あなたー、おかえりー!
 お、おう、ただいま美月。いい加減おかあさんの真似するのやめような。
 ――えー、どうしてー?
 ほら、お父さんは美月のお父さんであって、あなたじゃないからさ。

 ――よくわかんない!
 うーむ……あのね、お父さんを「あなた」って呼んでいいのは、世界中でおかあさんだけなんだよ。
 ――えー、どうしてー?
 うむむー……子どもの「どうして」はなんでこうも手強いんだろ……。美希さーん! 助けてくださーい!

 ――ふふ、子ども特有の理屈っぽさね。
 お前に似たんだな。将来が心配な子だ。
 ――この時期はみんなこんなもんよ。それにしても、あなたをあなたって呼んでいいのはわたしだけなんて、あなたはほんとに――

 わたしが大好きなのね。あの時、美希はそう言って笑った。恥ずかしさと少しの悔しさで、俺は素直に肯定はし
なかった。本当は、側にいなくなってもう何年もの月日が流れた今でも忘れられないほどに、彼女のことが大好き
だったというのに。

 ああ、そうだよ。俺は君が大好きなんだよ。君がいなくなってから、世界はどうしようもなくつまらなく感じて。
しかたないだろ? 俺に「生きる意味」を与えてくれたものが、突然消えてなくなってしまったんだから。
 なあ美希、こんな俺はどうしたらいいと思う? 俺は……どうしたいんだと思う?
272臆病者は、静かに願う ◆EHFtm42Ck2 :2011/04/19(火) 19:38:02.20 ID:VOY/Gbwo
「……どこまでも情けない男だなこいつは」
 そんな寝言をつぶやきながら、私は優しくて残酷な夢から現実へと帰ってきた。言ってみて思ったが、目覚めながら
発した寝言は寝言に分類するべきなのか、それともただの独り言なのだろうか。まあどちらであろうと何の問題も現れ
はしないが、この寝言の中にある「こいつ」というのが、夢の中の「俺」へ当てた言葉であることだけは断言しておく。

 私の夢は構成が微妙に複雑になっていて、いかにも「夢」という感じなのだが、それについてここで説明を加える
ことは控えたい。ムダに長くなる上、大して面白くもない。そして何より、そんなことをしている場合ではない。

「ああ、よかった。気がつきましたか、神宮寺さん」
 どこぞから、聞き覚えのある声が響く。それはついさっき聞いたばかりの声でもあり、またずっと以前から耳にした
ことのある声でもあった。それにはあえて答えず、私はまず状況把握に努めることにする。

 と言っても、あえて「努める」とか言うほどのこともなく、状況はあっさりと飲み込めた。ガラスの窓。その向こう
を規則的なスピードで流れていく夜の街の光。時折起こる眠気を催しそうな震動。どうやら私は車の後部座席に寝かさ
れていたようだ。気がついたら車の後部座席にいた、という状況は、正直拉致という言葉以外適切なものが見当たらな
いのだが、その点は私の脳みそにかすかに残っている直近の記憶をたどれば説明がつく。

「比留間慎也博士、ですか?」
 さっき一言を発して以降、答えない私を急かすでもなく黙々と車を運転するその人物の背中に、確信を持って問いか
ける。

 キメラに対して能力を連続発動した後、比留間博士が背後から颯爽と登場した直後に、私はリバウンドに襲われた。
連続発動した分のリバウンドはすさまじく、今度こそ私は死ぬのだろうと思ったほどだ。当然のことその時点で私の
意識は途切れている。さすがにもう目を覚ますことはないと覚悟していたのだが……

 などといまだ熱の抜けない脳みそを限界酷使して考えていたところ、車がキッと音を立てて止まった。何のことはなく、
ただ信号にひっかかったようだ。そのタイミングを待っていたのかどうなのか、運転席の人物はひょいとこちらへ顔
をのぞかせながら、
「ええ、その通り。お会いできて光栄です。少し穏やかでない出会いになってしまいましたけどね」
 さわやかにそう言って、これまた涼しげに微笑んだ。

 正直な気持ち、いまだに少し信じられないところだ。日本が世界に誇る能力研究のパイオニア、比留間慎也。
十年が経った今、メディアへの露出は一時ほど減ったとは言え、その知名度と影響力は少しも翳ってはいないはずだ。
そんな世界的権威がどうしてまたこんなところにひょっこりと現れたのだろうか……うーむ、ダメだな。ムダに熱を帯
びた頭では、ロクな答えにたどり着けない気がする。とにかく理由や経緯は何であれ、比留間博士が目の前にいる。
今はそれだけはっきりと認識しておけばいいはずだ。それに何より、私には気になってしかたがないことがあるのだ。
273臆病者は、静かに願う ◆EHFtm42Ck2 :2011/04/19(火) 19:39:17.81 ID:VOY/Gbwo
「比留間博士。あの子たちはどうなったんですか?」
 何をおいても、それだけが心配だった。車の中にあの子たちが一緒にいる様子はないから、比留間博士が面倒を見て
くれているのは私だけなのだろう(なんかすごく情けない)。キメラも牧島も撤退していたし、あれから大事に至るこ
とはないとは思うのだが……

「安心してください。彼らは三人とも無傷です。今頃はみんな無事に家に帰り着いてる頃じゃないかな」
「ああ。そうなんですか……ならよかった」
「彼らはみんなあなたのことを心配していましたよ。僕があなたを車に乗せようとした時も、「どこに連れていく気か」と
散々揉めました」

 信号が青になって再び私に背を向けた比留間博士は、苦笑いを浮かべているんだろう疲れた口調でそう語る。
「あなたは子どもに好かれやすい人柄なのでしょうね。少しうらやましいな」
「……はあ、どうなんでしょうか。まあ少なくとも私自身は子どもが好きですがね」
 この言葉を聞いて、比留間博士はクスリと笑い、

「そりゃそうでしょう。そうでもなければあんな無茶な真似はできないし、しません普通は」
 嫌みのない口調でそう言って、最後にまた一段と楽しそうに笑った。ひとしきり笑った後、彼はまた真面目な声色に
なった。

「まあ実際は笑いごとではありませんけどね。僕が最近開発した試薬を投与しなければ、あなたは今でも生死の境目を行っ
たり来たりの状態だったかもしれませんから」
 何か言葉を返そうと思ったが、できなかった。左腕がジンジンと痛み始め、何かと思って見れば、見るんじゃなかっ
た思うくらいに痛々しい歯型と血痕が目に飛び込んできて、もう完全に固まってしまったのだ。目が覚めた直後はおそ
らくマヒしていたか、むしろキメラに噛まれたこと自体を忘れていたためにその痛みも忘れていたのだろう。その時の
状況を少しずつ思い出し始めた今、痛みも一緒に思い出したというオチだ。
 そんなわけで青い顔してだんまりな私に構わず、比留間博士は続けた。

「今夜のことについて僕から説明したい、逆にあなたから説明してほしいことがいくつもあります。ですが」
 そこまで言って、比留間博士は言葉を区切った。後ろから少しだけ見える横顔からは、次の言葉は読み取れなかった。
274臆病者は、静かに願う ◆EHFtm42Ck2 :2011/04/19(火) 19:40:23.76 ID:VOY/Gbwo
「ですが、何よりも優先すべき話がある。僕はそのために今日、こうしてあなたの前に現れました」
 ここに至り、私はようやく思いだした。私が岬陽太と再びのコンタクトを取ろうと考えた、その理由を。端的に言えば、
一連のERDO職員襲撃事件の黒幕にご登場願うため、だったはずだ。そして今こうして、新たなる登場人物が目の前
にいる。あまりにも予想の範疇を上回り過ぎていて、こんな考えに至りもしなかったのだが。

 そう、それはあまりにも突飛過ぎる。私と比留間慎也に直接の接点などない。何より比留間博士は世界に名だたる
能力研究者だ。日本国内においてその名は時の総理大臣以上に知れ渡っているし、世間的な人気も未だに高い。そんな
人物がだ。そんな人物が、私のようなしがない没個性的小市民の命を狙うような真似をするものか――

 などと一人深刻真剣に没入していたところ、
「神宮寺さん。着きましたよ」
 と、あくまで爽やかな声で呼ばれた。

 さて、着いたとはどういうことだろう。まあ勿論目的地に着いたということで間違いないのだろうが、目的地がど
こかなど知らされてもいないのだから反応のしようもない。窓の外を見てもあまり明かりはなく、不安な心持ちが増
すばかりだ。とは言っても、このまま他人の車に居座るわけにもいかない……とヘタレた思案を見透かしたかのよう
に比留間博士。

「ああ、そういえば目的地を教えていませんでしたね。警戒するのも無理ありません。でも大丈夫です」
 言いながら、私を置いて車を降りる。その所作がまた実に軽快で、絵になっている。後に続けと言うことなのだろう。
ああ、笑顔で手招きまでしている。軽く腹が立つくらいに爽やかなその笑顔を横目に、私は後部座席のドアを開けた。

 車の中から見ていたのとやはり変わらず、ずいぶんと明かりが乏しい場所だった。街の明かりと思しきものは遠目
にしか見とめられない。そんなだから一瞬、都心から離れた郊外に立つムダに敷地のでかい贅沢な邸宅にでも連れて
こられたのかと思った。それが比留間博士の自宅だったりするのなら、ちゃっかり有名人のお宅訪問を果たせたとし
て微妙にテンションが上がるところだが、残念ながらと言うべきか、それは違っていた。

「ようこそ、ERDOの神宮寺秀祐研究員。さあどうぞこちらへ。僕、比留間慎也の研究施設をご案内しますよ」


 つづく
275創る名無しに見る名無し:2011/04/19(火) 19:44:35.23 ID:VOY/Gbwo
投下終わり。3か月も空いてるし
次の回は少し不謹慎かもしれないけど、飛ばすのはおかしいのでちゃんと書こうと思います
276創る名無しに見る名無し:2011/04/20(水) 18:05:26.08 ID:HHblOzgK
>>269
おおこれは興味深い。色んな目線の話があって面白いね。
さて一体誰が来るのか気になるところだ。

>>275
うわあドクトルが切ない…
比留間博士は相変わらず何考えてるのかわからんなあ。
277創る名無しに見る名無し:2011/04/21(木) 11:08:23.37 ID:WFwrkzuM
これが陽太に話せなかった方の事情かな
これは、たしかに話しづらい……
さて、施設を案内してもらえるのはいいけど、
ドクトルJは無事帰してもらえるのか
278創る名無しに見る名無し:2011/04/21(木) 22:03:13.18 ID:rBV6p9L1
>>275
ほほう、なるほど。こりゃあ陽太には言えないな。
比留間さんはつくづく底知れないお方で。どうなるんだか先が気になる。

さて、割と長いの投下行きます。
279創る名無しに見る名無し:2011/04/21(木) 22:04:41.44 ID:rBV6p9L1

俺の名は岬 月下。
神に叛く力、叛神罰当【ゴッド・リベリオン】をこの手に宿す能力者だ。
両手を突き合わせ精神を集中する。離した両の手の間に光の粒子が渦巻き、一振りの剣を形作る。
一瞬にして実体化するそれは、純白の輝きを持つ魔剣。数多の敵を共に屠ってきた相棒、その名は…

「魔剣…レイディッシュ!」

召喚と同時に、目を血走らせ斧を頭上に迫りくる男のガラ空きな脇腹へと叩きつけた。
不意の攻撃を喰らい呻く男の無防備な顔面に、渾身の力を込めたトドメの一撃を叩きこむ。
レイディッシュが軋むほどの衝撃を額の一点に受けた男は、悲鳴を上げる間もなく仰向けに倒れ沈黙した。

白目をむき当分目は覚まさないだろう男の様子を確認すると、魔剣を担ぎ男に背を向ける。
視線の先には二つの影。棍棒を振り上げる大柄な男に、対峙するは異形の姿。それは言うなれば、人間の体格を持ったカマキリだ。

力任せに振り下ろされた棍棒は直前までカマキリの居た空間を素通りし、アスファルトの地面を穿つ。
回避と同時に懐に踏み込み繰り出されたカマキリの肘打ちが男の腹に突き刺さった。
そのまま伸ばされた男の腕を掴み、次の瞬間男の巨体が空中に弧を描く。
見事な一本背負いを受け、硬い地面に背中全体を打ちつけられた男は一瞬にして意識を刈り取られるのだった。

「終わったか、ライダー」
「うん、何とかね。そっちは大丈夫?」
「ふん、こんな雑魚なんざ俺の敵じゃねえよ」
「ハハハ、君は相変わらずだな」

昆虫の乏しい表情で笑うこいつの名は鎌田之博。獣人が当然のように存在する異世界からある事情でこの世界に召喚され、俺の仲間となった蟷螂人だ。
今の虫人状態こそ鎌田の真の姿だが、普段は余計ないざこざを避けるために能力によって昼は昆虫、夜は人間の姿に変身している。
ライダーはあだ名だが、俺は便宜上戦闘中のこの姿をライダー、それ以外は鎌田と呼びわけていた。

「でも本当、気が休まる暇もないなあ」
「ああ、だいたい想像通りの場所だったな」

薄い雲に隠れてぼんやりとした月明かりに照らされた周辺を見回す。
所々ひび割れたアスファルトの道路。倒壊したビル、ねじ曲がった標識に、焼け焦げた車。

「いやーしかし……まさかここまでテンプレ通りな世紀末世界が広がってるとは思わなかったよ」

それらを気にかける者など誰もいない。全ては見捨てられ、見渡す限りに廃墟は続く。そう、ここは法の届かない、暴力だけ支配する世界。

「仕方ねえさ。なんたってここは能力者の世界だ。ここは正真正銘、弱肉強食の世界……」

この俺も、いつか来る宿命だとは思っていた。
ついに来たこの場所は、全てを拒絶する巨大な壁に囲まれ、隔離された土地。政府指定D13隔離地域。通称…

「『魔窟』だからな」

顔を上げれば、流れる雲から顔を出し始める満月。
やってやるさ、どんな困難があろうとも。決意を新たに込めて。
俺の守護者たる白銀の月へと腕を伸ばし、この手に握りしめた。
280創る名無しに見る名無し:2011/04/21(木) 22:06:03.06 ID:rBV6p9L1


 ドォン !

そうしていたところに突然、背後から響いた大音量。同時に地面が激しく揺れ始める。
振り返れば、さっき倒したはずの男が膝をつき左拳を地面へと叩きつけていた。
即座に召喚すべき武器を考え右手を握りしめる。だが男は間を置かず右拳を振り上げ、地面に叩きつけた。

 ド ォ ン !!

再びの大音量。地面の振動はさらに増幅し、もう立つこともままならない。
不完全に召喚された武器は投げることができず手から零れ落ちる。

「ぐっ……てめぇ!何してやがる!」
「ひゃああああははははー!! みんな死んじまええええああああ!!」

男は高らかに叫びながら両拳を振り上げ、同時に地面へと叩きつけた。

 ド ォ ン !!!!

脳を芯から揺さぶるような最大音量が響き、そして地面が……消えた。

「なっ!!!!??」

地の底まで続く、巨大な地割れ。その真上に、俺はいた。

空を飛べない俺は、当然いつまでもそんな場所に居られるわけもなく。

身体を精一杯伸ばしても、手足は空を切るばかり。

地の裂け目から覗く守護者の光は見る見るうちに遠ざかり。

一片の光も届かない暗黒の世界へと、俺はどこまでもどこまでも落ちて行った………


 『月下の魔剣〜Like a Phoenix〜』

281『月下の魔剣〜Like a Phoenix〜』:2011/04/21(木) 22:07:59.19 ID:rBV6p9L1


少年は目を覚ました。


少年の目に最初に映ったのは、見慣れた自室の天井。
背中に感じるは、座り慣れたカーペットの感触。
横を向けば、少々埃の溜まったベッド下とその脚が目に入る。

少年はぼんやりとした目で上半身を起こし、あくびを一つ。
月明かりに照らされた時計の針は深夜二時を指していることを見て、のそのそとベッドによじ登る。
適当に掛け布団を引き寄せ、少年は再び夢の世界へと飛び立って行こうとした。だが………


 ド ォ ン !!!!


夢の中で聞いた大音量と同じ音が響き、岬陽太はビクリと跳ね起きた。
音の衝撃で頭にかかった靄は一瞬で消し飛び、冷静に取るべき行動を判断する。
出所は恐らく家の外。階段を二段飛ばしで駆け下り玄関を飛び出す。
自分の家に異常は無い。異常は隣の家、幼馴染の水野晶の住む家にあった。

「なん…だと…!?」

それは酷い有様だった。
道路沿いに建つ水野家のその塀は半分以上が崩れて、小さな庭はぐちゃぐちゃに踏み荒らされている。
多くの窓は割れ、ヒビが入り、屋根瓦が何枚も庭に落ちている。
そして何より酷いのが、二階の一角に空いた巨大な穴。その先にあったのは、晶の私室だったはず。

そして、断続的に続く地響き。巨大な何かが、だんだんと遠ざかっていく。

何よりまず晶の安否確認と二階の大穴へ顔を向けたその時、穴から飛び出す人影を見る。
背中の翅を鳴らして目の前に着地したのは、蟷螂人の姿に戻った鎌田だった。

「陽太君!」
「ライダー! 晶は!?」
「いない!」
「ならあっちか!」

叫ぶなり、遠ざかる地響きに向け駆けだす陽太に鎌田も続く。

「状況わかるか!?」
「いや僕も音に驚いて飛び出したらこれだ。何か遠ざかるのが見えたけどまず家を確認したんだ」
「親居ねえ日狙ってきやがったな。クッソ乱暴な手ぇ使いやがって!」
「これって…やっぱり比留間慎也の…」
「いや…単純にそうとも言い切れねえな」
282『月下の魔剣〜Like a Phoenix〜』:2011/04/21(木) 22:09:13.42 ID:rBV6p9L1

不幸中の幸いと言えるか、晶を連れ去ったと考えられる何かの速度はあまり速くはなく、地響きまでの距離は次第に縮まりつつあった。
はっきり聞こえるようになってきた音から推測するに、あの地響きは足音だ。四本足でかなりの体重を持った生物。
そして角を曲がりついに視界に捉えた影は、小型トラック以上の巨体を揺らす動物だった。その姿が露わになるにつれ、追う二人は言葉を失う。
やがて鎌田が遠慮がちに口を開いた。

「…ねえ陽太君。一つ参考までに聞いておきたいんだけど」
「…何だよ」
「この世界ってさ」

体毛はなく、月明かりに照らされるは灰色の肌。巨体を支える太い脚。横に広がる大きな耳に、口から少し飛び出した牙。

「野良象とかいたりするの…?」

それは、象。
動物園ではお馴染みの、むしろ居ない方が珍しい動物。その中でも平均以上のサイズを持ったアフリカゾウだった。

「いねえええええよ!! んなの見たことも聞いたこともねーよ!!」
「うん。そりゃあそうだよね」

そんなことを言いながらも追跡を続ける二人は、ついに地を揺らし走り続ける象の真横に追いついたのだった。
真横から見れば想像通り、その長い鼻を胴体に巻いて運ばれる寝巻姿の少女、晶の姿があった。

「おい晶あああ! 起っきろ晶ああああっ!!」

気絶しているのか、大声で呼びかけても反応が無い。
晶までの距離はほんの数歩。だがこれ以上近づいて象の巨体に跳ね飛ばされ、踏み潰されるようなことがあれば、
車に轢かれるより酷い惨状になることは想像に難くない。まずはこの象の足を止めなければならない。

「一発かますぞ! 合わせろライダー!」
「わかった!」

陽太は両手を胸の前に合わせ、離した手の間に白く丸いハンマー、のような桜島大根を生み出す。
鎌田は背中の翅を広げ、道の脇に向けジャンプ。ブロック塀を踏み台にさらに上空へ跳ぶ。

「喰らえっ! レイディッシュ・桜島【ロゼオ】!!」

ズシリと重い重量6kg、直径30cm。世界最大の根菜が

「ライダーキィィック!!」

全身を一本の槍と化した蟷螂人の飛び蹴りが

「おおおおおっ!!!!」
「はああああっ!!!!」

二人の全身全霊を込めた同時攻撃が今、炸裂する。


 ぺちーん


そして見事に弾き返されるのだった。
283『月下の魔剣〜Like a Phoenix〜』:2011/04/21(木) 22:10:41.15 ID:rBV6p9L1


何かあったのか気付いてもいない様子で走り去る象。
うつ伏せに倒れた二人。砕けて散らかる桜島大根。

「………」
「………」

大層な技名は付いているが結局のところ、ちょっと小さめ中学生と体重軽めな高校生の肉弾戦攻撃である。
当然と言えば当然か、5tを超える体重を持った地上最大の哺乳類、象の巨体を揺るがすことはできないのであった。

「っだあああああっ! ちっきしょうやりやがったなっ!!」
「やられたっていうか…うん…やっぱ無理だったね」

即座に立ち直って追跡を再開する陽太に、少々テンション低く鎌田も続く。

「はぁ……そりゃあ常識的に考えて無理だよね。僕としたことが陽太君のテンションに乗せられてしまった」
「無理じゃねえよ! さっきのはタイミングが完璧じゃなかったんだ!」
「いやいやそれにしたってさっきのやり方は無理臭いと思うよ」
「ハッ! だったら別の技でいくまでだ!」
「別の技って言っても力技はもうね」
「ふん、黙って見てな。無限の可能性を持つ俺の能力、叛神罰当を舐めんなよ」

すぐ立ち上がり追いかけた甲斐あって、あっさり象の真横に追いつくことはできた。
陽太は再び両手を突き合わせ、精神を集中する。離した両手の間で渦巻く光は、小さめなバレーボール大に固まっていく。

「"支配"しろ…キング・ニードル!」

やがて実体化したそれは、灰緑色で見るからに凶悪な刺に覆われた、非常に凶器然とした物体だった。

「ええぇ何その極めて物騒な……ってあれ、何だっけ見たことあるような……」
「キングニードルだ」
「確かにそれで殴られたら痛そうだけど象止めるのは無理じゃ?」
「勘違いすんなよライダー、こいつは打撃武器じゃない。こいつは空間を支配する広域拡散兵器、キング・ニードルだ」
「広域拡散……?」

首を傾げる鎌田の嗅覚に、以前確かに嗅いだ覚えのある異臭が届く。
それは多量のガス漏れのような、或いは玉ねぎの腐敗臭のような。

「何これっ……って、あっ! 思いだした!」 

独特の刺激によって、おぼろげだった鎌田の記憶が鮮明に蘇る。
それは南国の果実。濃厚な味わいと優れた栄養価、そして非常に強烈な臭気を放つ、果物の王様。

「ドリアン!」
「キングニードルっつってんだろーが!」

その実の表面は刺だらけだが、手で掴むのにちょうどいい茎が残っている。陽太はそれを掴んで大きく腕を振った。

「息止めとけよライダー! こいつは完熟だから、なっ!」

上投げで放たれたドリアンは、象の進行方向へ大きな放物線を描いて飛ぶ。
硬い刺に覆われたドリアンだが、完熟状態の実は衝撃によって容易く割れる。またその臭いは熟するほどに強くなる。
陽太の想定した通り、一本道の先に激突した実は真っ二つに割れ、周囲に凄まじい臭気を振り撒いた。

走る勢いのまま、象はキングニードルが支配する空間に突入。無防備に息を吸い込み、その臭気に激しく咳きこんだ。

主に晶が。あと陽太も。

そして肝心の象は速度を落とさず、何ともなかったように支配空間を走り抜けていった。
284『月下の魔剣〜Like a Phoenix〜』:2011/04/21(木) 22:13:41.17 ID:rBV6p9L1

自滅攻撃に咳きこみながら、信じられないといった様子で陽太が叫ぶ。

「ゲッホゲホ馬鹿なっ!キングニードルが効かなウエーッホ!」
「……むしろ自分自身と晶君に攻撃してたね。そりゃ悪臭くらいなら構わず走り抜けちゃうよね普通」
「ゲホッ…よしっこれで晶が無事ってことがわかったな! オーケー!?」
「……おーけー」

強がる陽太。強烈な臭いでちょっと涙目になっているのは見なかったことにしてあげよう。

余談だが、鎌田は以前とある教師の悪戯でこの臭いの直撃を喰らって大変な目に逢い、その苦い経験から
悪臭に対して被害の少ない呼吸法を身につけていたりする。
故郷の学園の小さな数学教師に、苦々しくも感謝のようなものを感じる鎌田であった。


変わらず象の鼻に揺られる晶は一時的に咳きこみはしたが、今改めて呼びかけても反応がない。
鎌田はいよいよ困り果てて陽太を見る。

「…これ本当にどうしようか陽太君」
「ふっ。なに、まだ手はある。キングニードルが効かねえってんなら…今度はこいつだ!」

期待していいのか微妙な所だが、自分には不可能なことができる陽太をとりあえず見つめる鎌田の前で
合わせた手からさっきより小さめの物体を生み出す。

「沈め…サブマリン・クラッシャー!」

今度はわかる。すぐにわかった。陽太が生み出したのは猛毒を持つ魚、フグである。

「3m級の異形さえ倒す最終兵器だ。こいつにかかりゃ象なんざイチコロだぜ!」
「異形って何。3m級って何。どんだけ設定作りこまれてんのさそれ」
「何を失礼な。こいつは俺が異空召喚術で異世界に呼び出された時にだな」
「オーケーわかったよくわかった。確かにフグは猛毒だ。それ食べさせれば象だって止められるかもしれない」
「おお、だろ?」

陽太が妄想設定を語り出したときには、ツッコミはほどほどに適当にわかったことにしてさっさと別の話題に移す。
しばらく行動を共にして、鎌田が身に付けた厨二病患者への対処法である。

「でもそれどうやって食べさせるの?」

そして鎌田はそれを見た時から思っていた疑問を口にする。

「どう……って……」

陽太は手にしたフグと象の横顔を見比べる。体のサイズの割に牙が短いことを見るに、この象は雌だろうか。
いやそれはどうでもいい。牙が飛び出すその口は少しだけ開かれてはいるが、長い鼻に隠れて下を向き
とても何かを放り込めるようなものではない。

「………」

その口元をじっと睨みつけても、それで何かが変わるわけでもなく。

「つーかライダー! お前もなんかやれよ!」
「ちょっ、ええっ!?」

極めて強い猛毒を持つ陽太の最終兵器、サブマリンクラッシャー。
その威力を発揮する機会に恵まれなかった最終兵器は、道路の真ん中にポツンと置き去りにされていくのだった。
285『月下の魔剣〜Like a Phoenix〜』:2011/04/21(木) 22:15:32.47 ID:rBV6p9L1

誤魔化すように陽太は声を上げる。

「なんか技ねえのかよライダービームとかライダーフラッシュとか!」
「そんなこと言われても僕の能力って普段やってる変身だけだし」
「お前ライダーだろ! なんか装備とか派手な必殺技とかあるんじゃねえのか!?」
「いやあ僕は装備が豊富な平成ライダーより、どっちかって言うと徒手格闘命の初期ライダー寄りなわけで……あ」

突然話を振られた鎌田は困惑するばかり。だが、陽太が発した単語の一つにピンと来るものがあった。

「ライダーフラッシュならあったかも……」

そう言って鎌田はズボンのポケットを探る。
取り出したのは、ガシャポンのカプセルのようなボールに引き抜くピンが刺さった代物だった。

「何だそれ?」
「卓式閃光玉」
「なるほど閃光玉……って、そりゃわかるがスグル式って何だ?」
「御堂卓って友人のお手製マグネシウム閃光玉だよ。昔から改良に改良を重ねたその光量たるや軍用閃光手榴弾に匹敵するとかしないとか」
「……お前それどういう奴だよそのスグルってのは」
「ん? 別に普通の友達だよ? ケモ学じゃ珍しいけど君と同じ人間だし……」

故郷の友人を思いだし、目の前の少年を見て……鎌田はポツリと呟く。

「……君とはなんだかんだで気が合う気がする」
「は? なんだそりゃ?」
「いやなんとなくそんな雰囲気がね。……さて」

鎌田は弛緩した気持ちを引き締め、並行して走る象をキッと睨みつけた。
これでダメならいよいよもって手段がない。ゴクリと唾を飲み込み、閃光玉のピンに指をかける。

「じゃあ……行くよ。直視しないように気をつけてね」
「わかってる。やっちまえライダー」

陽太に一度目線を送ると、ピンを引き抜き投げた。
山なりに投げられた閃光玉は象の目と鼻の先で「ポム」と乾いた音を立てると――

パシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!

太陽光を何倍にも強烈にした様な閃光が、夜の闇を白一色へと染め上げた。
286創る名無しに見る名無し:2011/04/21(木) 22:16:25.09 ID:Zjqqf7OT
しえんいるかな
287創る名無しに見る名無し:2011/04/21(木) 22:16:46.73 ID:Zjqqf7OT
 
288創る名無しに見る名無し:2011/04/21(木) 22:16:58.02 ID:Zjqqf7OT
 
289創る名無しに見る名無し:2011/04/21(木) 22:17:12.48 ID:Zjqqf7OT
 
290『月下の魔剣〜Like a Phoenix〜』:2011/04/21(木) 22:17:15.39 ID:rBV6p9L1

視界を覆った鎌田の耳に届いたのは、静かな爆発音の直後、興奮した象の鳴き声と、一際大きな地響き。
そして、ここまでずっと続いていた足音が途切れる。視界を開けば、閃光に目を眩ませた象が必死で頭を振っていた。

「よっしゃコラァ! 晶返せこの野郎!」

その事実を一足早く確認し、すでに晶奪還へ向かっている陽太。鎌田も急いでその加勢に向かう。
苦労しながらもなんとか晶の腕を掴み、二人で息を合わせて引っ張ることで、ついに晶を象から引きはがすことに成功した。
象の様子は変わらず、まだ少しは時間を稼げそうではある。とりあえず鼻が振り回されても届かない位置まで離れた。

「晶! 起きろ晶! 寝てる場合じゃねえぞ!」

陽太は意識のない晶の頬をペチペチ叩きながら大声で呼びかける。

「……うぅ…ぅん…? えぇ?」

ほどなくして目を開く晶。上半身を起こし、寝ぼけた目でゆるゆると首を振る。

「あれ? なんでようたがいるの? おもちはどうしたの?」
「よし起きたな! はい立って!」
「なにそれこわい。あ、バッタさん」
「カマキリ! はいこれ靴持ってきたから」
「おおライダーグッジョブ」

寝ぼすけの意味不明な供述はとりあえず無視。
用意周到な鎌田に感心して、晶に靴を履かせ脇から持ちあげて立たせて、その手を引いて来た道を歩き出す。

「んん……えっと……どこ行くの? っていうかここどこ?」

その顔を見ると、どうやら正気を取り戻したらしい晶。陽太は小さく溜息を吐く。

「…はぁ。やっと起きたか。走れるな? 逃げるぞ」
「逃げるって何からわあっ!?」

手を引く陽太の突然の加速に一瞬つんのめりそうになったが、なんとか持ち直して速度を合わせる。
そして聞こえてくる地響き。晶は走りながら音の聞こえてくる背後を振り向いて……

「わあああぁ! ええええっ!? 何あれ何なのあれ!?」
「象だよ! いいから走れ!」
「何で象!? 鎌田さん!?」
「僕たちにもわかんないんだって!」

大きな満月が照らす真夜中の住宅街。逃れた晶を取り戻さんと、象は再び走り出す。
一体どうすればいいのか。どこへ逃げればいいのか。何もわからないまま、三人の逃走は始まった。


<続く>
291創る名無しに見る名無し:2011/04/21(木) 22:17:23.62 ID:Zjqqf7OT
 
292 ◆WXsIGoeOag :2011/04/21(木) 22:19:00.22 ID:rBV6p9L1
ヒャッハー!
エイプリルフーr………

ごめんなさい全然間に合ってませんごめんなさい。

毎度どーも。月下の魔剣シリーズ第五話始めました。
なんだか酷い夢オチで始まってしまったこの話ですが、まあ不謹慎不謹慎言ってても始まらないので。
今回はきっちりみんな活躍する予定です。主人公仲間外れとかもうしないので、今回もよろしくお願いします。

あ、支援サンクス。助かりました。


ドリアン:原産地は東南アジアのマレー半島。「フルーツの王様」や「悪魔のフルーツ」さらには「フルーツの魔王」とも呼ばれる。
 玉ねぎの腐敗臭のような独特の香りを放つ。果肉は甘みがありねっとりとしていて、舌触りはクリームチーズに近い。
 ドリアンの果実は臭いが強烈なため、飛行機内への持込みは禁止されている。

フグ:フグ目フグ科の海水魚の総称。多くの種類が卵巣や肝臓などに持つテトロドトキシンは、青酸カリの500倍の毒性を持つ猛毒である。
 調理には専用の調理師免許が必要な高級魚。丸くユーモラスな見た目からキャラクターとして、淡水性のフグの一部は観賞魚としても人気がある。

御堂卓:獣人スレでは数少ない人間キャラクターであり、主要キャラの一角。席順は鎌田の前でその触角被害をフルに受ける苦労人。
 閃光玉は悪戯ざかりの子供の頃から常備している設定の一部なのだが、なまじ平和な学園生活が主流なだけに活用される機会は少なかったりする。

……うんむ。これがあるとなんだかしっくりくるな、うん。
やっぱ陽太出て食材解説あってこその月下の魔剣シリーズだなあと思った。
293創る名無しに見る名無し:2011/04/21(木) 22:20:32.43 ID:Zjqqf7OT
ギリギリ要らなかったかw
294創る名無しに見る名無し:2011/04/21(木) 23:04:24.58 ID:h28hyu2s
ちょ、こんなの読んでるときに地震とかマジかんべんしてくさい
うちにも何か来たかとおもち

乙っした!
295名無しの青二才:2011/04/22(金) 19:35:58.46 ID:1D2Esgdu
待っていないと思うけど264の続き。

「第五凶悪犯罪者特別医療刑務所をセキュリティーは5段ロック。」
パソコンのいじりながら帽子を深くかぶった少女は尋ねてきた。
「ゴダンロック?なに?」
「五つのコンピューターとサーバーに分けて手動制御すること。後厄介なのは…。」
「厄介なのは?」
「看守の数が無駄に多いところかな?」

二人はバスを降りると特殊部隊隊員達が乗るミニバンに乗り換えた。
グレネードつきM4やAS12、UZIにステアなど各々の装備を持っていた。
「まさか襲撃して奪還するつもりじゃ?」
「殺して何が悪い?素直に引き渡さない奴らが悪い!」
口ひげを生やした大柄の男はそう叫ぶと周りの人も声を張り上げた。
車が止まり運転手から合図があった。
「ARUFチームが排水溝から見張りを排除する増援が来る前に突破だ。」
観測担当らしき人が双眼鏡を覗き込んだ。
「っよし!突入だ!残り10分少しで片付けろ!ガキ、門のロックを解除しろ!」
パソコンを開けると一分もたたないうちに門を開けた。
「新人死ぬなよ!ここからが戦場だ!」
296 ◆peHdGWZYE. :2011/04/29(金) 01:02:07.04 ID:XUz15N84
今の所、背景も分からないので
感想も書きにくいかなぁ、と

>>292
象は下手な能力者より強敵だろうなー
晶の能力でどうにかできるんだろうか
あと、陽太の食生活が意外と豪華w

>>268の続きです
297 ◆peHdGWZYE. :2011/04/29(金) 01:04:19.80 ID:XUz15N84
 バフ課はいわゆる超法規的機関だった。公には存在し無い事になっている組織のため、
いずれの庁、部からも独立しており、警察法を初めとした多くの国内法に縛られずに活動
する事ができる。
 もっとも、警察庁に部屋が用意されているし、それとは別に隊長にも知らされない怪し
げな部や庁が上にある可能性もある。
 ……まあ、俺の知ったことじゃないか。
 会議室から退室したバフ課二班隊長、code:シルスクはそんな事を考えていた。
「あー、隊長。もしかして、即行で候補から外された事、気にしてたりするっスか?」
 半歩遅れて付き従うバフ課二班副隊長、code:ラヴィヨンの質問は的が外れていた。
「んな訳がないだろう。バフ課と表の公的機関の繋がりについて、少し考えていただけだ」
 シルスクの思考の出発点には、能力鑑定局からバフ課への異例の要請があった。
 その内容とは、次の通りだ。戦闘が行える人材を都合してくれ、一人でいい。
 一応、警察組織からバフ課への人事異動には例があるが逆は無きに等しい。
 結論から言えば、バフ課はこの要請を受け入れた。
 バフ課側からは代償として、協力者となりうる鑑定士を要求した。鑑定の真似事ができ
る人材ならバフ課にも居るが、やはり本職の鑑定士を手駒に加えれば捜査でも戦闘でも、
その利点は計り知れない。
 互いに人材の貸し借りについて合意し、今回の件に至った訳だが、はっきり言えば能力
鑑定局の利点が少なすぎる。バ課と通称されている組織だが、なんだかんだで鋭い各隊長
達は他の密約の存在を勘ぐっていた。
 適した人物を厳選するとはいえ、過剰なまでに保護されている鑑定士を危険にさらすと
は、よほどの事に違いないが……
「まあ何があろうが、戦力が補強されるなら別にいいんだがな」
「た、隊長がそんな事を考えていたなんて……」
 妙な所で感激するラヴィヨン。両腕が一瞬震えたのは、思わず拍手しようとした所で堪
えたからだろう。
 釈然としないものを感じながらも、シルスクは歩みを速めた。ラヴィヨンは小走りにな
る。
「……そこまで意外か」
「え? 隊長、今なにか……」
「ああ、何も言っていないから気にするな」
 今回の会議で決定されるのは、能力鑑定実技試験の試験官を務める人物。有力な取引相
手となるのは確実なので、礼儀として隊長、あるいは副隊長格が前提とされたが、一癖も
二癖もある面々のため人選は難航した。
 シルスクは能力が発現する気配がないため、鑑定の試験官としては論外。
 一班隊長トトは試験官としては、世話を焼きすぎる傾向がある。
 三班副隊長シェイドは意欲はあったが、どうも動機が不純らしい。
 四班隊長ラレンツアはまともだが、暴走した能力者の処分が主任務である以上、鑑定士
側の印象は良くないだろう……
 多かれ少なかれ、誰を選ぶにしても欠点は見つかるという事だった。
 ほとんど、罵り合いに近い意見交換が行われた会議室は、混沌の坩堝と化した。
「どうせ無難な所に落ち着くだろう」
「そうっスよね」
 賢明にも途中退室した二班の二人は、やや予定を早めて訓練に向かうのだった。
298鑑定士試験:2011/04/29(金) 01:06:33.14 ID:XUz15N84
 最後の試練、月並みだが代樹の脳裏に過ぎったのは、そんな言葉だった。
 能力鑑定実技試験の試験官は三名おり、その内の二名はすでに鑑定を済ませている。
 一人目の試験官はおそらく満点、少なくともそれに近い評価を出してくれるだろう。
 二人目の試験官は合格点を出さざるを得ない。悪質な客の対処は、人によって意見が分
かれる点なので過剰な期待は禁物と言えるが。
 そして、三人目、つまり最後の試験官は異質の存在だった。
『桜花、準備はできているか?』
『一応ね。代樹の方は? 狙われるのはそっちだと思うけど』
『正直、自信はないが……鑑定だけなら任せてくれ』
 手先のみの動作で、二人は互いの状態を確認しあう。
 能力鑑定実技試験は鑑定士候補の実力を試すと同時に、守護の仮面の試験も兼ねていた。
 つまり、守護の仮面が活躍する場面も試験会場では再現される。
 鑑定士に危害を加える危険人物。それが最後の試験官が演ずる役割だった。
 意を決すると桜花は危険人物を室内に招いた。
「次の方、どうぞ入室してください」
 意外にも控えめなノックの音が二度響いた。
 扉を開き、入室してきたのは金髪碧眼の美女だった。皮のライダースーツとかなり行動
的な装いでも、その妖艶さは損なわれていない。だが、深窓の令嬢といった要素が皆無と
言うわけでもなく、容貌相応の繊細さも持ち合わせているように見えた。
 その瞳からは冷たい印象を受けるが、それ以上に内面に潜む何かが代樹と桜花をたじろ
かせた。
「マドンナ様……でよろしかったですね? どうそ、おかけください」
 資料には名前らしきものだけが載っており、姓は記載されていない。ためらいつつも、
桜花は名前だけで呼びかけた。
「ええ、よろしくお願いするわ」
 マドンナは会釈すると、軽やかに席に向かって前進した。
299鑑定士試験:2011/04/29(金) 01:10:08.65 ID:XUz15N84
『桜花、着席の途中で奇襲が来るよ』
 突然、代樹が手振りで送ってきた合図はそんな内容だった。桜花は片眉を上げて驚きの
表情を作ったが、仮面の下の事なので他人には見えない。
 マドンナが椅子を引き、腰を屈めたその瞬間、彼女の腕が異様な変貌を遂げた。
 指先の刃物化。刹那の間もなく、蛇の頭のように代樹の肩口に襲い掛かる。
 明らかに代樹の反応は遅れ、体勢も回避には適さない。為す術もなく、彼の肩が抉られ
るかのように見えた。
 しかし、耳障りな金属音と共にマドンナの一撃は跳ね返された。
「……読まれていたみたいね。少しあざとすぎたかしら?」
 動揺はしていない。むしろ、予期していたかの口調でマドンナは目前の"盾"を見つめた。
彼女の標的であったはずの代樹は、いつのまにか窓際に移動している。
 身代わりの盾。これが守護の仮面見習い、桜花の昼の能力だった。
 【操作型】と【具現型】を合わせた能力で、半身を覆う盾を具現化すると同時に味方、
あるいは守護対象と認識している人物と自分自身の位置を入れ替える。
「はあぁぁっ!」
 鋭く叫びつつ、桜花は椅子と机を踏み台にして、マドンナに向けて盾を押し出す。
 マドンナは正面から迎え撃つ愚を冒さなかった。後退して隙をうかがう。現時点で桜花
の攻撃は、位置でも重さでも相手を上回っていた。
「後退……でも、甘い!」
 桜花はさらに突撃すると見せかけて、盾を左側に逸らし、盾の裏で用意していたスタン
ロッドを突き出した。
「そのセリフは十年早いみたいね」
 奇襲に対する反応は異常に早く、正確だった。マドンナは文字通り、刃と化した手刀で
スタンロッドを破壊しようと試みる。
 桜花は寸前でスタンロッドを引き、手刀を回避すると二段突きの要領で再び攻撃を繰り
出す。しかし、それも避けられる。
 桜花とマドンナの攻防は続く。両者が技巧を尽くして、相手に一撃を加えようと試みる。
 何度か互いの攻撃が空を切り、やがて均衡を破ったマドンナの一撃が桜花に迫るも、そ
れは盾に弾き返された。
「五年、とだけ訂正しておくわ」
 容易ならざる相手、と認めたのか一度距離を取りつつも、マドンナはそんな事を口にした。
「それはどうも。別にうれしくないけどね」
300鑑定士試験:2011/04/29(金) 01:12:27.68 ID:XUz15N84
 一方、単純にすごいな、と代樹は感心していた。能力による鑑定士のガード、そこから
の突進に盾の裏で用意していた奇襲の流れは、桜花の必勝パターンの一つだった。それを
初見で回避するとは。
 しかも、マドンナと名乗る女性にはまだ余裕があるように見えた。
『マドンナの能力は、体の一部の変化。部位や物質に制約は無い。腕の刃物化と思ってい
 ると、たぶん痛い目をみる』
 代樹は初めて第三者が見える局面で、手話で語りかけた。何かの意思疎通がある事は見
破られるが、さすがに内容の解読はされない。
『了解。というか、代樹は冷静すぎ!』
 冷静で何が悪い、と代樹は思ったのだが、わざわざ反論はしない。後退した後、代樹は
ただ傍観していた訳ではない。マドンナの能力を鑑定すると、ずっと部屋から逃げ出す隙
をうかがっていたのだ。
 なにもマドンナを倒す必要はない。鑑定士を守りきれれば勝ちだ。それを理解している
からこそ、代樹は逃げを打とうとしたのだが、隙を見出す事はできなかった。
「それにしても、よく仕掛けるタイミングが分かったわね。ヒントをあげた記憶は無いの
 だけど」
『自分で言ったとおり、あざとすぎる。最善の攻めに、最善の対応を返しただけだ』
「鑑定士曰く、あなたが言ったとおりだそうです」
 格好よさげな台詞だが、その大半を省略して桜花は通訳した。
「やっぱり。自分でも虫が良すぎると思っていたの」
 自嘲気味にマドンナは微笑んだ。
 単純な理屈だと、少なくとも代樹はそう考えていた。
 最初に想定するべき奇襲のタイミングは、入室時にいきなり攻撃を仕掛けるか、鑑定終
了直後に相手が油断した所を突くか。
 しかし、入室時は相手の警戒のピークにあり、隙を突くという奇襲の用件は満たしづら
い。鑑定終了直後は相手に能力を晒すリスクがある。
 そのうえで結論を出すと、警戒のピークが過ぎた直後、それも何かの動作の途中で突如、
牙を剥くのが最善ではないか。
 この理屈だけでは、相手が最善手を取る保証にならないが、代樹は自分自身の値踏みを
信頼していた。このマドンナと名乗る女性はかなり危険な相手であると。
「でも、あなた達が優勢に立てるのは、これでおしまい。油断はしないし、隙も見せない。
 そして、なにより――」
 マドンナはゆっくりと、ライダースーツの両袖を肩付近までまくった。あるいは攻撃の
機会かもしれなかったが、常人には無縁の威圧感が代樹と桜花を束縛していた。
 まくった袖口に変化が生じる。肉体と周辺の空間が、歪に変形したかと思うと次の瞬間、
そこから第三、第四……多数の腕がすらりと伸びた。
「このまま、延々と手加減を続ける気は無いの」
 さながら阿修羅、あるいは千手観音のような姿へと変化したマドンナはあでやかに微笑
んでみせた。
301 ◆peHdGWZYE. :2011/04/29(金) 01:14:31.93 ID:XUz15N84
マドンナさんは設定通りに千手観音化している作品が見当たらなかったので、
試しに使わせてもらいました
でも、これ白兵戦に限れば、ふざけてるどころか、かなり強いです

次回、戦闘が本格化しますが、問題はまともに頭脳戦が書けるか……
302創る名無しに見る名無し:2011/04/29(金) 16:12:02.49 ID:y0Uv83gF
乙です
おおまさかのマドンナ来た!
しかも能力全開っぽい。次も期待してます
5班はラツィーム、マドンナともに設定だけでSSへの登場自体ほぼないからなあ
隙あらば使いたい二人なんだけど
303創る名無しに見る名無し:2011/04/29(金) 18:36:11.33 ID:zg1A0NhW
この鑑定士らの今後が気になるな
バフ課との絡みが熱いぜ

ラツィーム班の内部ってどんな感じになっているのだろうか
304創る名無しに見る名無し:2011/04/29(金) 20:57:23.95 ID:y0Uv83gF
どんな感じかさえSSで書かれたことはないからわからないな
マドンナがラツィーム隊長大好きらしいことは設定であるけど
今後書く人書きたい人に任されてる感じ
305創る名無しに見る名無し:2011/05/01(日) 13:25:24.40 ID:bKHd+WYF
>>271-274の続き投下します
ゴールデンウィークのおかげで少しはかどりそう
306臆病者は、静かに願う ◆EHFtm42Ck2 :2011/05/01(日) 13:26:50.24 ID:bKHd+WYF
 無機質に白くぼんやりと光る冷たい廊下。どれほど長いんだというほどに続くそれを延々と、比留間博士の背中を
道しるべに歩き続ける。

 建物に入ってからというもの、会話はほぼない。入り口あたりで「まずは怪我の処置をしましょう」と言って
連れられた部屋で二言三言口を利いたくらいだ。ちなみにその処置のおかげで左腕の痛みはだいぶマシになったが、
包帯をぐるぐると巻かれたために見た目の痛々しさはむしろ増した。

 後ろを振り返ることもなく、比留間博士はただその背中だけで私を導き続ける。「男は背中で語れ」と私の父親
も熱く語っていた気がするが、今の比留間博士の背中からはただの一言も語られる言葉はない。
 彼が今何を考え、何を思って私を自らの研究所に招き入れたのか。その真意、目的。そして根本的に、比留間慎也
という人物自身。その背中は自らで語るどころか、私の抱く当然の疑問も拒絶しているように思えた。

「さてと、着きました」
 唐突に道案内は終わり、私の思案の時も中断。振り向いた比留間博士の顔にはさっきまでのように微笑が浮かんで
いたが、心なしか緊張しているようにも見えた。
 彼の前には一枚のドア。認証用のセキュリティカードと思しきものをカードリーダと思しきものにかざし、ロック
を解除して、そのままドアノブに手をかける。

 案内されるがままにここまで来た私だったが、今更ながらに緊張してきた。私の推測が正しかったならば、ここが
私の人生最後の場所となるかもしれないのだ。一体何があるのか。どんな部屋なのか。唾液が過剰に分泌され、心臓
は早鐘を打ち始める。そして意を決して一歩踏み入れたその部屋は……

「……普通だ」
 本当に普通だった。おそらく学校の教室一部屋分ほどの大きさだと思われる、飾りっけのない質素な、悪く言えば
殺風景な普通の部屋だ。ただ、そんな見るべきところもない部屋の中で、ただ一点だけ目を引く存在もあった。部屋
のドアを丁寧に閉めている比留間博士と目で会話して、私は部屋の中央、その唯一の目を引く存在に近づいていく。

 少女が座っていた。中学生くらい、だろうか。銀髪、白人のように透明感のある肌、そして白いワンピース。一見
して儚い雰囲気を纏ったその少女は、その徹底して希薄な印象がもたらす異質の存在感を漂わせてもいた。近づく私
に目をやることもなく、眠たげな瞳でどこか虚空を見つめている。

「彼女は僕の、そしてあなたの協力者となる存在です。ですがその前に、この部屋について説明をしておきましょうか」
307臆病者は、静かに願う ◆EHFtm42Ck2 :2011/05/01(日) 13:28:00.87 ID:bKHd+WYF
 とここで比留間博士。協力者というのが気になるが、大人しく話を聞くことにしよう。
「この部屋について? 何か特殊な部屋なのですか?」
「ああ、いえ。部屋自体が何か特別というわけではありません。この部屋を以前使っていた人物についてです」
「以前使っていた? ああなるほど、この部屋が随分がらんとしているのは空き部屋だからですか」

 その通り、と人差し指を立てて言いながら、比留間博士は部屋の隅のほうに置かれた物入れらしき棚に向かう。
引きだしをがさがさとまさぐりながら、比留間博士は言葉を継いだ。
「この部屋は以前は研究室として使われていました。管理責任者の名前は『牧島勇希(まきしまゆうき)』、と
言います」
 
 役所の窓口でめんどくさそうに手続きを処理する公務員のように事務的なその言葉を、私は飲み込み切れなかった。
だから私は、もはやただのオウムになった。
「牧島、ゆうき……?」
「ええ。牧島勇希。先ほどあなたたちを襲撃した彼です。今は違いますが、彼は一時期この部屋に、つまりは僕の
研究所にいたんですよ」
「あの男……牧島が? ここに? あなたの研究所に?」
「神宮寺さん、混乱していますね。それだけあなたと彼は、互いに因縁深い相手なのでしょうか」

 目当ての物は見つかったのか、比留間博士は棚漁りをやめてこちらに歩んでくる。
「あなたたちの因縁を、僕は知りません。しかしそれは別に構わない。なぜなら僕は基本的に部外者ですから。ですが、
肝心なこと、理由も原因も知らないまま一方的に命を狙われる人間を放っておくのも忍びない。僕の手の中にある要素
がそれを回避する手助けになるのならなおのことです」

 比留間博士の口上に、一言はおろか一文字も言葉が出ない。さぞかし間抜けな顔を晒していることだろう。

「『知らない』ということは、時としてそれだけでひとつの罪になる。牧島さんがそう考えているのかはわかりません
が、少なくとも僕はこう思う。牧島さんが知っていることをあなたも知るべきだと」
「牧島が、知っていること……」
 ようやく声帯が機能した。聞こえていないのかあえてスルーしたのか、比留間博士は少し話題を変えた。

「さて、そこで彼女の出番です」
 言いながら比留間博士は、当の『彼女』のもとへ歩んでいく。呼ばれたことに気付いたのか、眠たげな瞳はそのまま
に、視線を比留間博士に合わせる彼女。

「時間がもったいないので、手短に説明します。彼女は名前を真白(ましろ)と言います。その夜間能力は『過去視』。
物質が持つ記憶を探り出し、鮮明に視ることができる能力です」
「過去視……」
「そう。でもそれだけではありません。それだけでは、我々は彼女が視たものを間接的に伝聞するのが限界だ。ですが、
能力発動中の彼女に触れることで、触れている人物もまた彼女が視ている『過去』を体験できる。これは非常に優れた
能力です」
308臆病者は、静かに願う ◆EHFtm42Ck2 :2011/05/01(日) 13:29:20.49 ID:bKHd+WYF
 少しだけ興奮気味に、比留間博士はまくしたてるように言った。まあ確かに物質の記憶が視える、いわゆるサイコメトリー
だけであれば、嘘かまことかチェンジリング・デイ以前から存在している。それが嘘かまことかわからないのは、まさ
しくその能力の恩恵に直接預かるのが自称サイコメトラー本人のみに限られているという点に起因するわけだ。

 しかし、この真白という少女は違う。彼女とリンクすることで、リンクした人物もまた過去視の当事者になれるという
のなら、その情報の正確性、信頼性も保証されざるを得ないということになる。その物質自体が嘘つきでもない限り。
そういう意味で、彼はこの能力が優れていると言っているのだと推測できる。

 いや待て、物質? 当然だが、過去を読み取るための物質が何かしら必要なはずだ。比留間博士はまさか、そんな
ものまで手のうちに収めているのだろうか。
「では早速始めましょう。真白、準備はできているかな」
 私の疑問を知ってか知らずか、彼は淡々と事を進めていた。真白という少女は問いかけに小さくこくんと頷き、少し間
があってからゆっくりと私に視線を向けてきた。

 悲しさ、寂しさ。そういった負の感情を含みながらも、見ていると不思議と落ち着くような、懐かしいような。きれい
な目だ。しばらくぼけっと見つめていると、彼女はそっと手を差し伸べてきた。握れ、ということなのだろう。
 少し躊躇してできた間に、比留間博士が反応する。
「神宮寺さん。あなたが疑問を抱いていることはわかります。ですが、今は彼女に従ってください。あなたの疑問には
後で必ずお答えしますから」

 自分への疑念から私がためらっていると感じたのだろう。気遣いとも取れる言葉をくれた。
 これ自体が罠じゃない保証などどこにもない。握った瞬間私は死ぬのかもしれない。それぐらい、相変わらず比留間
博士の真意は解せない。しかし、彼の言う通りでもある。知らないということが、なんの免罪符にもならないことだって
あるのだ。

 私の中でずっとあやふやにしてきた、あの日の現実。きっと今ここで、それが暴かれる。なぜ今まで避けてきたの
だろうか。知ろうと思えば知ることができたかもしれないそれを。いや、そんな自問すらももはや無意味だ。
「じゃあ、よろしくお願いするよ。真白さん」
 覚悟は決まった。思いだしたくない過去に、そしてあの男に向き合うため。
 意を決し、手を伸ばす。か細くひんやりとした手を握った瞬間。背中に氷を入れられたような猛烈な寒気を感じた刹那。
 
 私の意識は、10年前のあの日へと羽ばたいた。
309臆病者は、静かに願う ◆EHFtm42Ck2 :2011/05/01(日) 13:30:41.32 ID:bKHd+WYF
  ◆  ◆  ◆

 それは白昼に見る悪夢か。それとも何者かが見せる著しく性質の悪い幻だろうか。
 久しく大きな戦争もなく、均衡が保たれていた平和な世界の風景はこの日、泥沼の大戦争終戦後の如く、見渡す限り
の瓦礫と土煙が充満する終末絵図へと様相を変えていた。紛れもない現実として。

 降り注ぐ大小さまざまな無数の隕石。揺らぎ抉れる大地。その質量に抵抗などできず、崩れつぶされる人々の生活の
結晶。地位と名誉を手にした者も、現実に打ちのめされうらぶれた者も、その宇宙からの贈り物を前にして等しく無力だった。
 
 その絶望と混乱のさなか。例外なく崩れ果てた、もとは住宅だった瓦礫の下に、一人の女がいた。
 女は細かい擦り傷こそあれ、奇跡的にほぼ無傷だった。
 座り込んだ姿勢のまま、女はしばらくの間動かずにいた。おそらく同じ時、世界中の生存者たちが同じような状態
にあったのかもしれない。それは今自分が置かれている状況に、整理をつけるための間だったのだろう。

 ようやく、女は茫然の状態から帰ってくる。首をめぐらせた女は、自分の心安らぐ家に突如現れた得体の知れない物体、
つまりは飛来した隕石を見つけた。赤く発光するそれに手を触れるが、すぐに引っ込める。発熱していたようだ。
女の手のひらはやけどのように熱く、赤くなった。浅はかさを苦く思いながら、手に息を吹きかける。

 と、ここではたと気付いた。もう一人、この瓦礫となった家の屋根の下にいたはずの人物。愛する夫のことを。
女はまた苦く思った。自分のことに精いっぱいで、夫のことを失念していた自分に。
 思い出すと、急に心細くなった。出せる限りの大声で夫の名前を呼んだ。瓦礫の山の下で、その声は届いているのか
どうかもわからない。何度呼んでも返事もなく。保ってはいるが、いつ崩れるともわからない瓦礫の下。最悪の連想
が脳裏をよぎり、女の目には涙があふれた。

 呼びかけをやめて、瓦礫の空間に静寂が戻った時。かすかに物音がした。耳を澄ませば、もう一度聞こえる。音の
出所を探ると、崩れた瓦礫の間に女性一人が通るのがやっとほどの隙間を見つけることができた。少し苦労しつつも、
なんとかその隙間をくぐる。女は自分の貧乳ぶりに感謝した。

 この時、女は少し安堵していた。嬉しくさえあった。いなくなったと諦めかけた夫が、そこにいると思ったからだ。
 その安堵はあえなく打ち崩された。夫は確かにそこにいた。頭部と腹部から多量の血をあふれさせる、見るからに
痛々しい瀕死の姿で。

 女は再び叫んだ。秀祐、死なないで。ただその2つの言葉だけを繰り返した。その叫びにも、瀕死の夫はほぼ反応
しない。かすかに不規則に上下している胸板が、虫の息とは言え彼が死んではいないことを証明するだけだ。
310臆病者は、静かに願う ◆EHFtm42Ck2 :2011/05/01(日) 13:31:46.37 ID:bKHd+WYF
 どれほどの間そうしていたのか、女は泣き疲れ、瀕死の夫の隣に静かにより添う。瓦礫の隙間からわずかに射して
いた光は消え、外はすでに日没だった。
 何気なく女は、横たわる夫の手を握った。すると、奇妙な現象が起きた。触れた女の右手のひらが赤く光を放ったのだ。
 驚いて、手のひらをまじまじと見る。隕石に触れてやけどになった部分が、赤く光っているようだった。

 そしてさらに奇妙なことに、夫の右前腕あたりにあった無数の切り傷が消えてなくなっていた。そしてそれに気付
いた時、女の右前腕に鋭い痛みが走った。見るが、別段外傷はない。だが明らかに痛む。
 女はとても聡明で賢い女性だった。同時に思い込みが激しく、想像力に富んだ女性でもあった。どれだけ信じられ
ないことが起ころうとも、それは実際目の前で起こっている。まして自分が当事者なのだから、それを信じないのは
理屈に合わない。そう考えた。

 女はほんの少しだけ逡巡した。この赤い右手を使えば、目の前で今にも消えそうな夫の命を助けることができるかも
しれない。ただおそらく、自分の命を引き替えに。
 その過剰な献身が結局はただの自己満足でしかないことは、女にはわかっていた。自分より一日でも長生きしてほし
いというのは、残される悲しみを自分に味わわせないでという意味でもある。

 それでも、たとえ自己満の自己犠牲だと誰が言おうと、女の心は決まっていた。降って湧いた奇妙な右手の力で、
今死にかけている愛する夫の命を繋げる。この力はきっと、この時のために授けられた力。今使わなければ生涯後悔
することになる。そしてまた、自分と夫の立場が逆だったならば、夫もまた同じように考え、同じ行動を取るだろう。
それだけは単なる思い込みではなく、女の確信だった。

 夫の頬をそっと一撫でした後、再び手を握る。今度はしっかりと、神前に祈りを捧げるような姿勢で。
 赤い光が二人の全身を包む。経過とともに、女の額には脂汗。無数の傷の痛みを吸収し、それに耐えながら、献身
を続ける。

 腹部の風穴と、頭部の挫傷。致命傷となっているその傷の痛みもほぼ吸収し終わった時には、女は朦朧としていた。
だんだんと眠くなる。目覚めは決して来ないだろうその眠りに落ちる前に、女は3つの願い事をつぶやいた。

 美月ちゃんをお願い。一応、わたしのことも忘れないで。それと、幸せになって。
 
 振り絞るように言った直後、女は夫の体に折り重なるようにくずおれた。能力による耐えがたい苦痛など感じていな
いかのように、満ち足りた表情だった。

  ◆  ◆  ◆


 つづく
311創る名無しに見る名無し:2011/05/01(日) 13:38:06.13 ID:bKHd+WYF
投下終わりです
考えてた以上に重ーくなってきた感がある
この先しょっちゅう息抜き作品が挟まれるかもですが、ぜひご了承くださいw
今回娘のことにほぼ触れてないのが不自然ですが、尺の都合と弁明しておきます
312創る名無しに見る名無し:2011/05/01(日) 17:51:34.40 ID:nXq8GE9U
うわああぁ切ないなぁドクトル……
軽い部分があるからこそより深いキャラに感じるな
313創る名無しに見る名無し:2011/05/04(水) 01:02:34.76 ID:nTrpnw4H
これは死ぬに死ねないというか、複雑だなぁ……
この時点では娘さんは生きてるらしいけど、現在ではどうなんだろ
314創る名無しに見る名無し:2011/05/04(水) 23:27:36.26 ID:fxdjr8Jw
>>311
奥方。・゚・(ノД`)・゚・。
これは気になる展開、果たしてどうなっちゃうんだドクトル!?
315創る名無しに見る名無し:2011/05/07(土) 09:50:42.71 ID:3ClgbPRS
ゴールデンウィークが終わっちゃう…
というわけで>>306-310の続き投下します
ウルトラ説明回です
316臆病者は、静かに願う ◆EHFtm42Ck2 :2011/05/07(土) 09:51:42.17 ID:3ClgbPRS
 【幕間―比留間慎也の嘆息】

「知らない」ということが、時としてそれだけでひとつの罪になることがあるのは紛れもない事実だ。
 かと思えば「知らない」ほうが幸せなこともある、というのもまた間違いなく事実だったりするのだから、人の世は
どうしてこう面倒に作られてしまったのかなとため息をひとつ吐くぐらいは許されていいと思う。

 過去との対面を終えて現在に帰還した神宮寺秀祐は、魂がいずこかへ飛び去ってしまったかのように、何の反応
も示さなかった。身がひからびるほどに涙の雨でも降らせるか、半狂乱になって子どものように暴れでもするかと構え
ていた僕としては、最も予期していないパターンだったと言える。彼を自宅へと送り届ける車中でも、彼はただの一言
だって発せず、焦点の合わないうつろな目をして後部座席で小さくなっていた。あまりにも静かすぎて、彼は息をするこ
とさえ忘れているんじゃないかと心配したぐらいだ。

 そんな風に生気を失った彼をどうにか家まで送り届け(なぜ彼の家を知ってるかって? それは秘密だ)、たった今
こうして研究所まで帰ってきたところだ。
 さっきの部屋まで戻ると、真白がまだぽつんと一人、この質素で味気ない部屋に溶け込むように座っていた。近づいて
その頬を確認する。さすがにもう泣いてはおらず、涙の跡も残ってはいなかった。

「今日は悪かったね、真白。また辛い思いをさせてしまったね。あ、謝るのが遅れたことも謝らないと」
 過去視による過去の当事者のはずながら一切の反応らしき反応を拒否した神宮寺さんと対照的に、本来的に当事者で
はないはずの真白は過敏な反応を見せた。普段一切の言葉を発しないこの子が声を上げて泣く姿は、さすがの僕でもちょっ
と見ていられない光景で、そういう時僕は過剰に罪悪感を募らせたりする。

 彼女が今日神宮寺さんとともに「視た」過去に対してここまで過敏な反応を示す理由は、僕には皆目わからない。僕に
は他人のプライバシーや過去を興味本位で覗き見るという素敵な趣味はないから、それがどんな過去なのかは知らない……
と一応断りを入れておくけど、真白がそうだと言っているわけではもちろんないよ。彼女はただ……ただ純粋に、利用
されているだけだからね、可哀想だけど。

 彼女がこの過去を視たのは、たぶん今日で2回目のはずだ。1回目は、ああ、あれがいつ頃のことだったのか、もう
はっきりとは覚えていないけれど。
「真白、疲れただろう? 今日はもう休んだ方がいいよ。あっと、それは返してね」

 いつまでも彼女をこの部屋に留めていてもしかたないから、就寝を促してみた。ゆっくりと立ち上がった真白の右手
に収まったままの物を、慌てて回収する。
 壊れて傷だらけになった、女性物の腕時計。文字盤は割れ、秒針はもげ、長針のひしゃげたこの腕時計があの日、もっ
と粉々に砕け散っていたなら。神宮寺秀祐と牧島勇希は、もう少しまともな形での再会が望めたかもしれない。
317臆病者は、静かに願う ◆EHFtm42Ck2 :2011/05/07(土) 09:52:41.07 ID:3ClgbPRS
 あれがいつ頃だったかはやっぱりよく覚えていない。それはまあこの際どうでもいい。真白が1回目にこの腕時計から
過去視を実行した時、彼女とリンクして過去視を共有した人物。もはや言うまでもないと思うけど、それが牧島勇希だっ
た。もっと言えば、この腕時計は牧島さんがこの研究所に持ちこんだものだ。

 今改めて思えば、それこそが彼の本来の目的だったということだろう。僕の目でさえ、彼のうちに秘めた暗い感情は見抜
けなかった……おっと、意味がわからないかもしれないね。ちょっと飛躍していたかな。要するに、彼は「腕時計」と
いう過去視に必要となるアイテムは手に入れていた。しかし肝心の過去視能力者を探す手立てがなかった。そこで、能力
研究の世界的先駆者と言われている比留間慎也(僕)に目をつける。最先端の研究所ならあらゆる能力についての情報
が手に入りやすい。過去視のように有用な能力ならばなおさらだ。

 そして実際、彼がこの研究所に入った頃、すでに真白もいたのだった。でもことは彼の思うようには進まなかった。
当時比留間慎也(僕)は、彼に提示する情報に制限をかけていた。これは特に珍しいことじゃない。僕は僕自身が提供
する必要がないと判断した情報は、相手が求めても提示しないことにしていたからね。今は多少柔軟になったけども。

 結果として僕のそんなプチ秘密主義が、牧島さんとの間に不和を生じさせてしまった。ここから先語るのは少し僕自
身も辛いところがあるので勘弁させてもらえると助かる。ただ最終的な結果として、彼は真白に能力の使用を半ば強要し、
今日神宮寺さんが視たのと同じ過去を視るに至った。そして――彼はこの研究所から姿を消した。

 ああ、そういえば。真白が泣いていたことについては、あの時も今日も同じだったけど。リンクした人物の反応はま
るで違っていたな。牧島さんはあの時、ひからびそうなほどに泣き、子どものように暴れつくして、そして消えた。彼の
あの様を見ていたからこそ、僕は今日神宮寺さんもそんな反応をするんじゃないかと想像していたということだ。

 そんな違いがあったから、僕は余計に思うことがある。もし神宮寺さんが先にあの過去を視ていたら、彼の世界はど
うなっていたかと。そしてまた、そもそも彼は知るべきだったのかどうかと。
 知らなければ罪。なのに、知れば後悔。そんなどうしようもない矛盾を抱えた真実があるというのがこの世の現実
だったりするのなら、そんな真実を背負う者に一体なんと声をかければいいのだろうか。

 こんなこと、おせっかいにも彼にその真実を知らせた張本人たる僕に言えた義理じゃないことはわかってるつもりだ。
でもだからこそ、僕には顛末を見届ける義務がある。
 できれば、彼には生きていて欲しい。僕の直感は、彼が僕にとって意味ある存在だと告げている。願ってどうこうでき
るものではないけど、素直にそう思う。

 どうなるかは、神だけが知っている話。突如として隕石が降り注ぐように、世界は神の気まぐれなサイコロ遊びに翻弄
される。それでも僕は、神宮寺秀祐がそんな気ままな神にもてあそばれることなどない、強い人間だと思っている。

 それに白状すればそもそも僕は。比留間慎也はそんな傲慢で横暴な神の存在など、最初から信じてさえもいないのだから。
318臆病者は、静かに願う ◆EHFtm42Ck2 :2011/05/07(土) 09:53:51.67 ID:3ClgbPRS

 ◆  ◆  ◆

 我に返った時には、私は柔らかく暖かい感触に体を委ねていた。ぼんやりと徐々に意識が覚醒してくると、どうやら
それは住み慣れた我が家のベッドの上らしいと分かった。不思議なものだ。つい直前まで、たしか比留間博士の研究
所内の殺風景な一室ですったもんだしていた。それが気付けばこんな風に、まるで何もかも嘘だったかのように、安穏
と身を休めている。

 だが。残念ながら、と言うべきか。記憶がすっぽりと抜け落ちているなどということはないのだ。だから、何もかも
嘘だった、という最高にして最も残念なオチも、やはり残念ながらあり得ない。私が比留間博士の研究所で体験してき
たことは疑いようのない現実だと、認めざるを得ないのだ。

 あんなものを見たにもかかわらず、自分でも信じられない程に落ち着いている私がいた。ああいうことが起きていたか
もなうんうん、などとのんきに想定していたからではもちろんない。あの過去視による出来事の信ぴょう性自体を疑って
いるわけでもない。それを疑うことは、真剣そのものの表情で私を導いた比留間博士と、私に過去を視せてくれたあの
色の希薄な少女に対する冒涜に他ならない。比留間博士の意図はどうあれ、私は彼に感謝こそすれ、疑いの念を抱く気
にはもうなれない。

 私はもう認めている。あの過去は間違いなく事実なのだと。知らなかった、いやきっと無意識のうちに遠ざけ知らない
ようにしていた現実を、まざまざと突きつけられた。
 それは辛い現実だった。心をおろし金でボロボロにすり潰されるように、惨く耐えがたい現実だった。

 そう、辛いのだ。辛く苦しい。そのはずなのに。
 なぜだろう。私の心の中にあるのは、「嬉しい」という感情らしかった。
 私はいよいよ本格的に頭でもおかしくなったのかと思った。愛した女性の死に際を見て嬉しく思うなど、およそ人間
性が欠落してしまったとしか思えない。

 私は大丈夫なのだろうか。少し気を落ち着けようと、胸のあたりに手をおく。規則的なリズムで心地よい音をたてる
私の心臓は間違いなく、今もしっかりと拍動している。本来なら、10年前のあの日に止まっていただろうそれ。愛した
女性の献身によって、こうして今も元気に動いているそれ。

 ああ、そうなのか。愛した女性が、自分を助けるために命を投げ出した。私はきっとそれを、嬉しいと感じているのだ。
それが嬉しくて、こうして泣いているのだ。それならばきっとそれは、おかしいことではないのだろう。
 卑怯で臆病な私が密かに抱き続けた願いは、これまでに幾度か叶いそうで結局叶わずにいた。今、私はようやく気付け
たのかもしれない。この願いを叶えるたったひとつの、極めて単純な方法に。

「終わりにするよ、美希。お前の弟、なんとかしてくる」

 ◆  ◆  ◆
319臆病者は、静かに願う ◆EHFtm42Ck2 :2011/05/07(土) 09:54:56.66 ID:3ClgbPRS
 【幕間―牧島勇希の後悔】

 ケリをつけるつもりでいた。僕が創り育てたキメラの牙で爪で、あの男の心も体もプライドもズタズタに引き裂いて、
無残なただの肉塊へと貶める。その気でいた。
 邪魔が入るとは思わなかった。しかもよりによって比留間慎也。比留間、わざわざあいつに接触を持ったということは、
僕が視たあの過去の映像をあいつにも視せたのかもしれない。あの日姉さんの腕時計をあそこに忘れてきたことは、今考
えるとあり得ない失敗だった。

 あいつはあれを視て、どんな反応をしただろう。どんな思いを抱いただろう。無様に泣きわめいたんだろうか。申し
訳ないとでも思ったんだろうか。何だっていい。何をしようがどう思おうが、姉さんは帰ってこない。僕があいつを許す
こともない。

 十年前、瓦礫の下から発見されたという姉さんの死に姿を見た時、僕は小さな違和感を抱いた。ざっと見たところ、体
のどこにも大きな怪我を負っていなかったのだ。にもかかわらず姉さんは確かに死んでいた。異常事態の混乱の中で、そ
の死はうやむやのまま、姉さんは葬られた。

 僕は諦めることができなかった。早くに両親を亡くした僕たち姉弟にとって、互いは特別な存在だったから。だから見
る影もなく全壊した姉さんの家に何度も足を運んで、何か手掛かりはないかと一人探し続けた。そうしてようやく見つかっ
たのは、姉さんの腕時計だけだった。この腕時計が後々これほど役に立つなんて、その時は考えもしなかったけど。

 僕はあの男が、神宮寺秀祐が憎い。あいつを助ける、ただそれだけのために姉さんは命を落とした。守ってあげるべき
相手に守られて、あいつはのうのうと生き延びた。
 姉さんにそこまでさせるほど、姉さんから愛されていたあいつが憎くてしかたない。悔しいけど、あの過去の映像を
思いだす限り、姉さんは自ら進んであの能力を行使していた。自分の意思で、あいつのために命を差し出した。

 だというのに。あいつは姉さんの死にざまを知ろうとしなかった。保存されていた姉さんの死体を見た時も、なんの
疑問も抱くことなく。あいつはその死から目を背け、文字どおり闇に葬った。
 だから僕は、あいつが憎い! 八つ裂きにしてやりたいほどに憎い! あの時素直に死んでいればよかったんだ!
なんであんな男のために姉さんは死んだんだ! 姉さんは本当に、本当にバカだ!

 でも、それももう終わりだ。比留間があいつにあの過去を視せたなら、あいつは姉さんの死にざまを知ったということ
だ。ようやく。今更。遅すぎる! そうは思っても、知ったならばこの際どうでもよくなった。
 本来なら、あいつを痛めつけつつ僕の口から語ってやるつもりだったが、それももうどうでもいい。僕の語りによる
伝聞など、実際に自分の目で視る映像から受ける衝撃とは比べるまでもないんだから。あいつを痛めつけながら、じっくり
感想でも聞いてやることにしよう。

「姉さん。ずっと一人でしょ? 安心してよ。もうすぐあいつ、そっちに送り出してやるから」
 最後の準備をしよう。思案にかまけて寝ずに過ごしたこの夜も、いつの間にか明けている。日が昇るのも早くなったも
んだ。早速果物ナイフを取り出して、左手中指の先端をザクリと一刺し。尖った痛みの後、赤黒い色をした液体がどくど
くとあふれ出る。
 それはまだ、僕が間違いなく人間であるという証で。そう思うとなぜだろう、久しく流した記憶のない涙があふれてきた。

 理由のわからないその涙を振り切った後、静脈血があふれる自分の指を口に含む。自らの血を進んで食道へ、胃へと流
し込む。ためらうことなんてない。倫理観や道徳観念なんてものは、とうの昔にごみ箱に投げ捨ててきたんだから。


 つづく
320創る名無しに見る名無し:2011/05/07(土) 09:57:47.08 ID:3ClgbPRS
投下終わり
湿っぽいなー。でもようやく終わりが見えてきたな
321創る名無しに見る名無し:2011/05/08(日) 23:50:05.63 ID:4zoLamOT
そろそろ決着が近そうな雰囲気
牧島はアレな精神状態だし、平和的解決は大変そうだ
ドクトルはどう事態を収拾する気なんだろう

第三者なのに真白はある意味、最大の被害者ような気がしてきたw
322創る名無しに見る名無し:2011/05/09(月) 00:03:11.52 ID:PG2HIXxL
クライマックスだね
wktk
323鑑定士試験:2011/05/11(水) 01:21:38.11 ID:DDlsYQ9f
 代樹はマドンナの腕を一本、二本と数えてみたが途中で、なんとなく馬鹿馬鹿しくなり
やめてしまった。これは桜花に任せておけばいいだろう。
 代樹は鑑定士らしい思考に戻った。
 マドンナの能力は体の一部の変化。体全体を変化させる事はできないが、それ以外は制
約らしき制約はなく、非常に汎用性に優れる。
 ところが実際のマドンナの使い方を見ると、手先の刃物化、かわされた次は腕自体を増
やしてきた。安直といえば安直、堅実といえば堅実な用法だ。
 つまり、彼女は便利な能力を持つにも関わらず、奇策やトリッキーな戦術に主点を置い
ていないという事になる。いっさい、それらの策を使わないという訳ではないが、さほど
頼りにしていないのは確かだろう。
『彼女は能力で戦うというよりは、能力を戦闘技術に活かすタイプだ。それと増えた腕は
 すべて利き腕同然に使えると考えた方がいい』
『え、どうして分かるの?』
 スタンロッドを握ったままの指先で、難儀そうに桜花はジェスチャーを返した。
 代樹はそれに返事をしようとするが、それはマドンナの言葉にさえぎられた。
「作戦会議は終わったの? 別に終わって無くても――」
 マドンナが踏み込むと同時に、多腕が一つ一つ文字通り諸刃の剣に変化し、いっせいに
桜花に襲いかかる。
 能力により腕を鞭のようにくねらせ、前方と左右、多方面からの刺突。
 これは盾を構えるだけでは防げない。
「っ!」
 後方に跳躍する事で回避する桜花。その目前で多数の刃が宙を貫く。
 前方から襲い来る腕は跳躍先にも届く勢いだが、それに対して桜花は盾を構える。
 うまく防ぐが、まるで矢の雨を受けたような音と衝撃に桜花は眉を潜めた。
「……終わって無くても、手を止めたりはしないけど」
 言いつつも、マドンナは伸びきった腕を引き戻す。
「止めなくてもいいけど、せめて手は二本までにしてよ」
 桜花は軽口を返したが、それほど余裕は無かった。
 最初の攻防ではマドンナの方が後退したが、これは一時的な不利を解消したにすぎない。
それに対して、桜花の後退は完全な不利によるものだ。
 死角が無い、それに尽きる。腕が多いうえに、マドンナはこの状態を前提とした訓練を
重ねているらしかった。攻撃と防御の絶対数が多く、通常の隙が生じないため、桜花は有
効な防御も反撃手段を見出せない。
 そして、対処が後退しかないとすれば、追い詰められればそれで終わりだ。
324鑑定士試験:2011/05/11(水) 01:23:45.39 ID:DDlsYQ9f
『これは……正面から突破は無理だな』
 代樹は言わずもがなの事を伝えた。彼の冷静さにひびが入る程、状況は不利だった。
 マドンナが戦闘している間に自分が逃げようとしても、何本かの腕を割けば簡単に阻止
できてしまう。おそらく集中力強化の能力で、攻撃を回避する事は可能だろう。しかし、
そのまま部屋から逃げ出せるか、というと分の悪い賭けとなる。
 話が違うぞ、と不毛ながら代樹は思わざるを得ない。
 劣勢ながら勝負が成り立っているのは、桜花が守護の仮面見習いとしては、かなり優秀
である事とマドンナが最初に手加減をした事、両方の要因が重なったからだ。
 この攻勢は、明らかに試験の範疇を超えている。
『分かってるよ。何かいい考えは無いの? このままじゃ……』
 どうにか桜花はスタンロッドで牽制しているが、大して効果は無いようだった。
 マドンナが防御には無関心の様子で、再び攻撃を仕掛けたのだ。
 次は単純な上段からの振り下ろし。ただし、刃の数は尋常ではない。
 桜花は上方に盾を構えることで、刃の嵐を受け止める。多数の金属音が鼓膜を乱打した。
 しかし、攻撃はそれで終わりではなかった。
「チェック」
 チェスにおける王手宣言。
 マドンナの袖口から新たな腕が伸び、草を刈るように桜花の足元を狙う。
 攻撃を受け止めている今、身を守る盾が逆に桜花を押さえ込み、これを回避する事がで
きない。一瞬で桜花の足首が切断されようとしていた。
「……まだっ!」
 しかし、半瞬で桜花は具現した盾を消去し、後ろに下がる。
 盾を押さえ込んでいた多数の腕は、力の行き場を失い床に叩きつけられる。
 これを好機と見た桜花は直後に前進し、反撃を見舞う。しかし、次の瞬間には腕が跳ね
上がり、桜花が振るうスタンロッドと激突。攻撃を逸らした。
 互いに攻撃の糸口を失う。二人は距離を取り、ふたたび睨みあった。
「チェックメイトには早かったみたいね」
「そう? 本当に、まだ詰んでいないのかしら?」
 マドンナの指摘は辛辣だった。今のところ、代樹と桜花に勝機は無く、徐々に追い詰め
られている事を指摘したのだった。
 助けを求めるように桜花は代樹を見遣った所、落ち着いた調子で動作が返ってきた。
『いや、まだ詰んではいないよ。むしろ、着々と布石を打てている』
 桜花は少しばかりうさん臭く思ったのだが、他に有効な手も無い。
 一応、頭脳が現実に向けて働いている限り、代樹は頼りになる青年だ。さすがに、この
事態では思索の世界に迷い込む余地もないだろう。
『なにか考えがあるみたいね。全部、聞かせてくれる?』
 とても試験とは思えない強敵を相手に、桜花は命運を代樹に託すのだった。
325鑑定士試験:2011/05/11(水) 01:26:05.02 ID:DDlsYQ9f
 優秀な守護の仮面見習いと問題児の鑑定士候補。
 能力鑑定専門学校の資料に書かれた一文は、マドンナの興味を引いた。なんとなくでは
あったが、この個性的な組み合わせはバフ課の隊長、副隊長を連想させたのだった。
 桜花の方はそつが無いタイプの優等生で、むしろ彼女に対する興味はなぜ問題児と交流
するに至ったのか。その点につきる。
 代樹は様々な意味で変わった存在だったようだ。能力鑑定の技術、様々な人間に対する
機転と俊才めいた一面があるのは確かだが、日常レベルでは欠点も多く指摘されている。
 こうして、バフ課の協力者となり得る新人のリストに興味本位と直感によって、二人の
名前が連ねられたのだった。
 現在は試験の協力も兼ねて、リストの人物の吟味が始まっている。
 マドンナの目前で、代樹と桜花の二人は何らかの情報交換をしていた。
 この二人は言葉ではなく、手先の動作によって詳細な会話が行えるらしい。
「それを待ってあげる義務もないのだけど」
 内心が口からこぼれ、それが火蓋を切った。
 多数ある腕を伸ばし、先端の刃で桜花を突き刺そうとする。桜花は寸前で横に跳躍し、
回避すると同時に椅子を掴み、マドンナに向けて投擲した。
 椅子は回転しつつも、マドンナに向かって直進する。
 白兵戦で勝てなければ飛び道具。その発想の正しさはマドンナも認めた。
「でも、通用するかは話が別よ」
 マドンナは冷静に、温存していた二本の腕で椅子を切り払う。容易く椅子は破壊され、
攻撃としての意味を失った。
 腕を伸ばせば、たしかに本体が無防備なるが、それだけに全ての腕を攻撃に使うような
真似はしない。
 しかし、椅子と同時に、また別の小さい何かが飛来していた。
 通常ならば椅子に気が取られ、それには気付きもしない。しかし、鋭敏なマドンナの感
覚と動体視力は確かにそれを捕らえていた。
――腕時計!?
 本来、無視するべき物に向けられた注意。マドンナには僅かな死角が生じていた。
「今っ!」
 桜花は腕を掻い潜り、スタンロッドを突き出した。電光が火花を散らす。
 外せば終わる。そんな覚悟を秘めた捨て身の一撃だった。段違いに速く鋭い。
 マドンナはそれを回避しえない事を悟った。
 全体重を乗せたスタンロッドが胴体に直撃し、マドンナは数歩分の距離を吹き飛んだ。
 加えて、電撃によるダメージ。このスタンロッドは威嚇用のものではなく、皮製のライ
ダースーツを貫通するほどの電圧を有している。
 衣服の一部を焦がしつつ、電流が全身を蝕む。
 いくら戦闘技術を誇ろうとも、マドンナも人間には違いない。その膝はゆっくりとだが、
崩れおちようとしていた。
 桜花は荒れた呼吸を整えた。
「ふう、危ない所だったけど、私達の勝……!?」
 その瞬間、不意に真横から襲い掛かる多数の腕。
 桜花が盾を具現化できたのは技術よりも、反射神経の賜物のように見えた。
 しかし、幸運は長く続かない。マドンナの腕は盾で防がれるのも構わず、力ずくで桜花
の体を盾ごと宙に浮かせ、そのまま壁に叩きつけたのだった。
 重い音で大気と試験会場が振動する。
 この攻撃は盾で防ぐ事は適わない。盾の上から攻撃し、そのまま放り投げるのだから、
必然的に壁に叩きつけられのは裏にある体、という事になる。
 桜花も例外ではなかった。
 力なく体が崩れ落ち、一瞬おくれて具現化していた盾も消滅する。
「…………」
「盾には、こんな突破法もあるの。覚えておきなさい」
 言葉にならない呻きに、マドンナは一瞥すると返答した。
 聞こえているかは半々だが、聞こえていなくても体で思い知った事だろう。
326鑑定士試験:2011/05/11(水) 01:28:36.01 ID:DDlsYQ9f
「さて、と。頼みだった守護の仮面役は、動けなくなったのだけど……」
 桜花が動かないのを確認すると、マドンナは残された代樹の方に向き直った。
 万策尽きたのだろうか、その表情は堅い。
「大人しく降参しなさい。治療能力者の手を煩わせる必要はないでしょう?」
 降伏勧告に代樹は一瞬だけ小首を傾げると、左右に頭を振った。
 マドンナは苦笑すると言葉を重ねた。
「少なくとも、私の採点では合格よ。あなた達の立ち回りは優秀だった」
 嘘は言っていない。それどころか、マドンナの推測を超えていた。
 襲撃のタイミングを完全に読んで見せた所、片手とはいえ互角に渡り合った事、そして
本気の攻撃を凌ぎ、先ほどの奇襲だ。
 飛び道具で攻撃するだけと思えば、大人しくしていた鑑定士が、突然腕時計を投げる。
 優れた対応力を逆手にとり、反応した隙に守護の仮面が捨て身の攻撃を仕掛ける。
 あの一撃を耐え切れたのは、能力で体の体積が増えていたため、電流が分散した事。
 残りは激痛に耐えうる、強い精神力の手柄だった。
 あるいはバフ課の新人としてなら、十分通用する実力かもしれない。
 しかし、残念ながら、というべきか鑑定士の協力者としては不足だった。この程度では
能力鑑定局側が危険に晒すことを承知しないだろう。
「あなたにはこれ以上、抵抗する理由がない。そのはずよね?」
「…………」
 代樹は握り拳を作ると、親指だけ突き出し、自分自身を指した。
 自分が傷つかない限り、終わりじゃない。という意味だろうか。
 それとも、自分が戦い勝ってみせる、という意味だろうか。
「……そう」
 正確な意味はマドンナには分からない。
 しかし、どちらにせよ、その眼には不退転の意志が宿っていたのは確かだった。
 それを悟ったマドンナは決着をつけるべく、多数の腕を構えた。
327 ◆peHdGWZYE. :2011/05/11(水) 01:30:30.65 ID:DDlsYQ9f
投下終了です。戦闘長くなる病にかかったかも知れません

マドンナさんの能力はわりとなんでもありなだけに、
色々と頭を捻ります。例えば試験でなかったら、全ての手に銃を持てるとか
用途が広い能力は一つ、得意な使い方があるとキャラが立つのかなぁと、
ふと思いました
328創る名無しに見る名無し:2011/05/12(木) 21:18:09.29 ID:KQ1WXsAc
千住観音強いなあ。これはすげーバトルだ
こんなの相手に代樹どうするつもりだこれ
329 ◆WXsIGoeOag :2011/05/18(水) 17:08:46.39 ID:e25c5khV
>>320
ドクトルやっばいなー。牧島とこれでもかってくらいすれ違ってるなぁ…。
一体どうすれば事態が収束するのやら。平和的解決を願いたいものです。

>>327
こんだけ戦えて不足なのかよ…鑑定士と守護の仮面って大変な職業だなぁオイ。
用途が広い能力で色々やってるのに大根ばっか注目されちゃう奴もいるんだぜw


はいこんにちはー。続き書けました。

『月下の魔剣〜Like a Phoenix〜』

>>279-290の続きです。前ほど長くはないです。
330『月下の魔剣〜Like a Phoenix〜』:2011/05/18(水) 17:10:08.16 ID:e25c5khV

水野晶は混乱していた。

自室でいつものように眠りについた。よく覚えてはいないが酷い悪夢にうなされていた気がする。
そんな自分が幼馴染の陽太に叩き起こされた、その場所は屋外。月明かりが照らす深夜の住宅街だったのだ。
状況がまるで掴めないまま陽太に無理矢理手を引かれ走り出すと、背後から聞こえてくる地響き。
振り向いた先、走る自分たちを追いかけるそれは、なんと巨大な象であった。

悪夢の続きと見紛いかねない状況だが、当人にとっては深夜の空気や地を踏みしめる感触はあまりにリアルで
これが現実ということは嫌でもわかってしまう。
前を走る陽太も隣の虫人鎌田も、どうしてこんな状況になっているのかわからないと言う。とにかく今は逃げるしかないと。

せめて少しでも状況を掴もうと、晶はもう一度振り向いて気付く。
象の額で鈍い光を放つ、忌まわしき赤。象のサイズに合わせたものか、手の平ほどもありそうな巨大な宝石。

「あれってキメラの………!?」
「ああ、恐らくその一種だね。結局あの宝石を壊せばいいんだろうけど、あの大きさが突進してくるとなるとさすがに……」

鎌田は前を向いたまま背後まで拡がる視界で、象を観察しながら答えるのだが。
その声が聞こえていないかのように、晶は茫然と象の姿を凝視していた。

「……晶君?」

鎌田の言葉は耳に入ってこなかった。晶は自分の目を疑う。そんな馬鹿な。ありえない。だって、あの象は……。


「ライダー! 閃光玉まだあるか!?」
「ごめん陽太君、今持ってたのはあれだけなんだ」
「っだああくそっ! こうなったらもう仕方ねえ!」

しばらく黙って考え込んでいた陽太が声を上げた。その手に取り出すのは携帯電話。

「どうするの!?」
「正直言って癪だが国家権力に頼る。問題はこの状況をどう通報するかだが…」
「確かにそのまま言ったら悪戯扱いされそうだからね」
「そうだな…ヤクザっぽい集団に追っかけまわされてるとでも言うか…」

携帯の番号キーに親指がかかる。すると、それを横から押さえて止める手があった。

「陽太待って! 警察は止めて!」

晶である。突然の謎の行動に陽太と鎌田は驚いて反論する。

「なっ!? 何でだよ!」
「通報したら象が殺されちゃう!」
「何言ってんだ!? 敵の命なんざ気遣ってる場合じゃねえだろ!」
「違うの! あれは……あの象は……!」

「ハナなんだよ!!」
「ハナ!?」
 
晶の悲痛な叫びに、陽太は驚愕の声を上げた。
331『月下の魔剣〜Like a Phoenix〜』:2011/05/18(水) 17:11:13.87 ID:e25c5khV


『ハナ』とは、晶の自宅から比較的近場の動物園に昔からいる、雌の老象である。
晶とは能力を介して会話ができる、非常に仲の良い間柄だ。晶にとって、まるで本物の祖母のように感じている象であった。

「ハナって…前のくそ暑い日に会ったハナ…?」
「そうだよそのハナ!」
「いやでも他象の空似ってことも……」

陽太と鎌田は、依然追いかけてくる象をまじまじと見つめる。二人も晶ほどではないにせよ、ハナの姿は見知っている。
やがて二人は茫然と口を開いた。

「………ハナじゃねえか」
「うん……ハナだね」
「でしょおお!」

違うのは額の宝石と、温厚だった瞳が今は虚ろに曇っている点。
雌でありながら平均より大きな身体も、全身に刻まれた年季も、少し欠けた牙も。全ての特徴が、この象がハナであることを示していた。

「となるとデコのあれで操られてるってことか…」
「止まってハナ僕だよ、晶だよ! わからないの!? もうじき十頭目の孫に会えるって言ってたじゃん! 目を覚ましてよハナぁ!!」

声を張り上げ、伝心能力もフルに使った晶の必死の呼びかけにも、ハナは一切動じる気配がない。

「晶の呼びかけで無理となりゃ、やっぱデコのあれを何とかするしかねえな」
「そうは言っても何が起こるかわからない以上、下手に壊すわけにもいかないよ」
「ああ、そもそも触れることすら難しいって話だ。いくつか手段は考えたが……正直どれも厳しい」

いつもと違う陽太の調子に晶は少し驚く。

「ちょっと陽太その弱気は何!? いつもの自信はどうしたのさ! まだ何にも試してないじゃん!」
「試したよ! お前が寝てるときにな!」
「だっ、だったら他の誰かの能力とかさ! なんだかんだで僕よりいっぱい知り合いいるでしょ!?」
「あの巨体をなんとかできる能力者なんざそうそういねえよ!」
「いないの!?」
「いたらお目にかかりたいわ!」
「本当に……?」
「……………」
332『月下の魔剣〜Like a Phoenix〜』:2011/05/18(水) 17:12:17.43 ID:e25c5khV

「……あ」

額に指を当てしばし沈黙した後、陽太はポツリと呟く。

「あいつは盲点だったな。俺としたことが……」
「え……いるの!? 呼び出せる!?」
「ああ一応、一人な。でもあいつはなぁ、なんつーか……呼び出すと面倒なことになるのが目に見えてるっつーか……」
「でも可能性があるならその人にかけるしかないじゃん!」
「わかってるよ。ただ面倒なことになったら晶も責任取れよな!」
「う、うん、わかった」

晶にピシリと言い放つなり陽太は携帯を使い始める。時間が深夜なだけに電話に出ない心配もあったが、幸い数回のコールで相手に繋がったようだ。
呼び出そうとする相手は自分の知らない、陽太の知り合いの誰かだと思っていた。の、だが。

「おっさん! 今すぐあんたの能力が必要だ!」

最初の一言で、晶はその電話の相手を理解することになった。
確かにあの能力ならば象の巨体に対処できる。強力な能力者と考えれば盲点になるのもうなずける。
そしてあの男を呼び出せば非常に面倒臭いことになるのも、また事実だった。

「違えよ催促じゃねえよ! ……いやバイト代は払えよ!」

隣を走る二人の耳には、陽太の声だけが届く。

「今象に追っかけられてんだマジで! 物理的に押さえこむ能力がいるんだよ!」
「詳しい説明してる余裕ねえんだよ! とにかく来てくれ来たら状況わかるから! 礼は後でするから!」
「は? 何だよ条件って?」
「はあ!? ちょおまっふざけんな! んな条件飲めるか……っておいいいいい! ちょっと待て切るな切るな!」
「あああもうくそっ!! わかったよ! 条件は飲むから今すぐ来てくれ!」

それから落ちあう場所のやりとりをして、陽太は不機嫌に電話を切った。

「…はぁ…十分後に中央自然公園の東グラウンド。このまま真っ直ぐ向かうぞ」
「陽太君、その人って一体どんな能力者なの?」
「ああ、お前も知ってる奴だよライダー」
「陽太、条件って僕ができることなら代わるよ……?」
「違えんだよあの野郎俺だけに条件吹っかけてきやがった。嫌がらせかよチクショー」

ぶつくさと文句を言う陽太に、晶は内心でちょっぴり悪かったなと思うのだった。
333『月下の魔剣〜Like a Phoenix〜』:2011/05/18(水) 17:13:13.83 ID:e25c5khV


そうこうしているうちに、逃げる三人と追う一頭は約束の場所へとたどり着く。
時間的に相手はもう着いているはずなのだが、月明かりに照らされただだっ広いスポーツグラウンドに人の姿は見えない。
シンと静まりかえったグラウンドに向け、陽太は声を張り上げる。

「おっさああん! どっかに来てんだろー! 出てこいおっさああああん!!」

だが、返答はない。困惑する陽太に晶が助言する。

「陽太、その呼び方じゃたぶん出てこないと思うんだ」
「あんの野郎この期に及んでまだこだわってやがんのか……」

陽太は、はあぁ……と大きく息を吐く。そして大きく吸って、叫んだ。

「ジェントール! 助けてジェントーーール!!」


「 ふはははははは!! 」


静かだったグラウンドに、突如として男の高笑いが響いた。

「 Like a Phoenix ! 如何なる逆境からも不死鳥の如く蘇る男!」

機械を通さない肉声ながら、よく通るその声はグラウンドの隅まで響き渡る。

「 Wonderful Gentleman ! そうとも! 我が名は……!」

パチン、と指を鳴らす音と同時に、テレビ撮影用大型スタンドライトの光が、グラウンド前方の表彰台を照らし出す。
その頂点に立つのは、芝居がかった手振りでポーズをとる白スーツの男。

「 紳士ドウラク!! 」

名乗りと同時になぜか湧き起こる拍手喝采。当然だが陽太一行は拍手などしていない。

「今! ここに参上おおおお! ふはははは! ふはははは! ふぅははははははははー!!」

万感の思いがつまったような高笑いは、夜中の空へと高く高く響き渡っていくのだった。


この男の特異な能力は、この状況を打破する鍵。それには違いないのだが。

「……はああぁぁー……」

遂にこの場に来てしまった、異様にテンションの高い男の登場に、三人は揃って大きな溜息をつく。
下手をすれば陽太と同等以上に、極めて癖の強いこの男。特にツッコミ役の晶としては頭痛がする思いなのであった。


<続く>

遂にこの場(月下の魔剣本編)に来てしまった蟹男の巻。

東堂衛のキャンパスライフ9話でバイトやってたその後の話ってことにしてます。
でもって月下の小ネタもだいたい正史として扱ってます。初対面とか所々おかしいって? 細けえこたぁ(ry
本格的に仲間になったってことで今後色々といじくりたおす予定ですw あらかじめご了承ください。

ちなみに老象ハナについては前作1話参照のことー。
334創る名無しに見る名無し:2011/05/18(水) 18:22:16.12 ID:Ye6vDMBO
>>327
一人で戦うだと…どんな戦術が飛び出すのかwktk

>>329
鑑定士として不足なんじゃなくてバ課の協力者として不足ってことかと

で、月下はとうとう紳士来たwww
登場シーンはっちゃけてるなぁwww
335創る名無しに見る名無し:2011/05/19(木) 23:02:08.55 ID:X7UHiWH7
なんかいろいろ加速しているw
336創る名無しに見る名無し:2011/05/20(金) 22:59:01.24 ID:lKqfXR0j
まさかの本編進出!
登場シーンのツッコミ所を羅列すると、
・わざわざスタンドライトを運び込んで設置して、待ち受けていたと
 準備中に陽太達がたどり着いたら、気まずいってレベルじゃない
・指パッチンに反応する機械。それとも、助手が居るのか
・拍手音どこから?
・Phoenixの由来は鳳凰堂じゃなくてお前かw
・そもそも、本編に出たこと自体もツッコミ所w

うん、晶がんばれ
337鑑定士試験:2011/05/23(月) 00:19:27.35 ID:pwsqH+au
 マドンナの腕は能力により数は増え、さらに先端は刀剣化している。
 無数の切っ先を代樹に向ける。
 最大の障害であった、守護の仮面見習いの桜花も倒れ、すでに障害はなかった。
「まだ、本気で勝ち目があるというのなら、見せてもらいたいものね」
 降伏勧告を受け入れなかった、無謀な鑑定士候補に向かって一歩踏み込む。
 それと同時に腕先の刃が、投槍のように襲い掛かった。
 殺害するつもりは無いが、それ以外においては紛れも無い本気の攻撃。
「…………」
 無数の刃はかすりもしなかった。
 代樹は一歩だけ横に歩き、片足を軸に体を逸らす。それだけの動作でマドンナの刃は宙
を貫くだけのものとなった。
「避けた? でも……」
 突き出した剣をそのまま真横に動かす事で、さらなる斬撃を浴びせる。
 代樹は軽く床を蹴り、後ろに下がる。むしろ、のんびりとした動作だったが、多数の刃
は彼の数ミリ前方を通過し、無為に動きを止めた。
 この避け方は人間離れしている、と言わざるを得ない。
「くっ……!」
 鑑定士も護身術を学ぶはずだが、それだけではこんな芸当は不可能だ。
 明らかに能力を利用した回避。マドンナはそう判断したのだが、【変身型】の能力で自
分自身を強化しているのなら、知ったところで有効な手立てはない。
 代樹の昼の能力、超集中力。主に鑑定能力を強化するのに利用されているのだが、戦闘
に応用すれば身体能力が許す限り、完全無欠の戦士になる事もできた。
 すべてが遅く見え、死角からの攻撃すらも完全に見通してしまう。相手の隙も、隙を作
るための工程さえも同様だ。
 マドンナの攻撃をミリ単位の精度で回避する事も、簡単ではないにせよ自然に行えた。
「それなら、これはどうかしら」
 間合いを詰めてから、剣と化した全ての腕を無規則に振り回す。
 近距離ならばタイムラグもなく、無規則ならば完全に見切るのも不可能に近い。
 しかし、超集中力の能力は、この攻撃にすら対応を可能とした。
 代樹は体を逸らし、身を屈め、時には素手で払いのける。まるで滑稽な舞踏か、組み手
のような様だが、マドンナの攻撃はたしかに無効化されていた。
 それだけでなく、回避動作の合間に何歩か前に踏み出している。
 反撃の危険性を察知したマドンナは、飛び退いて間合いを外した。
 代樹は追うような真似はせず、ただ悠然とその場を保持した。虚勢ではなく、単に能力
の影響で不必要な意識や感情が消されているのだろう。
338鑑定士試験:2011/05/23(月) 00:21:42.05 ID:pwsqH+au
「たしかに自信を持つだけあって、簡単ではないわね」
 賛辞を述べつつも、マドンナはこの能力の攻略法を考える。
 まず、搦め手を使っても代樹の集中力を破ることはできないだろう。能力で強化されて
いる以上、たとえ死に瀕しても今の集中力を保つ事ができるはずだ。
 相手が疲れて動けなくなるまで、戦闘を続ける事も不可能だ。桜花との戦闘で消耗して
いるため、自分が先に倒れる公算の方が大きい。
――けっきょく、一番シンプルな方法がいいみたいね。
 一度、行動を決めてしまうと後は迅速だった。
 能力を使用して、限界まで腕の数を増やす。実の所、数を増やしすぎるとコントロール
が難しくなり弱体化するのだが、この攻撃においては関係ない。
 何しろ、相手を狙う必要などないのだから。
 マドンナは仕掛けた。
 視界内に隙間無く刃の腕を伸ばす事によって、全てを刺し貫く広域攻撃。
 その光景は一種の爆発のようにも見えた。こればかりは、どのような体術でも回避でき
ない。それこそ、物質透過や瞬間移動の能力でもない限り。
「…………」
 肉迫する鋭い刃。だが、代樹はあっさりと窓から身を投げ出して回避して見せた。
 ただし、試験会場は四階。それも、ぞれぞれの階の天井も高いのだ。たとえ死ななくて
も、重傷は間逃れない。
「……馬鹿な事を!?」
 マドンナは慌てて窓に駆け寄り、下を覗き込む。代樹の体は宙に浮いたりはせず、重力
に従い落下していく。
 まさに馬鹿な真似だった。すでにマドンナは合格を与えており、傷つかなくて済む道も
提示しているのだ。これでは、くだらない見栄のために大怪我したも同然だ。
 そう思った瞬間に、代樹の姿に異変が生じた。
 完全に変わってしまったのだ。
 仮面で素顔を隠し、大きな盾を携えた女性の姿に。
「……吉津、桜花!?」
 予期していたかのように、桜花は身を捻ると地面に盾を向けた。
 地面と衝突する。硬い道路と金属製の盾、どちらと激突するにせよ重傷を負うはずだが、
結果は道路だけ砕け、具現した盾も桜花自身も無傷だった。
 あの盾は衝撃吸収の性質も持っているらしい。
「身代わりの盾の能力……! それなら――」
 慌てて振り返ると、そこには試験会場から退室する代樹の姿があった。
「…………」
 マドンナが振り返った事に気がつくと、代樹は微笑んでみせた。
 身代わりの盾が具現化と同時に、味方との位置を入れ替える能力である以上、落下途中
だった代樹が試験会場内、それもマドンナの背後に現われるのも道理だった。
「それでも、逃がしはしない!」
 腕の数を適切な本数まで減らし、一気に伸ばす事で攻撃を仕掛ける。
 しかし、その攻撃は金属音と共に"盾"に弾き返された。
 最初にマドンナが仕掛けた攻撃と同様に。
 再度、身代わりの盾が発動されたようだった。
「残念ね。これで鑑定士は建物の外。あなたの勝ちは無くなった」
 そこにはマドンナが一度倒したはずの守護の仮面見習い、吉津桜花の姿があった。
339鑑定士試験:2011/05/23(月) 00:23:58.55 ID:pwsqH+au
(最初の布石は、マドンナの目の前で手話を見せた事だ)
 能力鑑定専門学校の目前、砕けたアスファルトの周囲で代樹は能力の反動に陥っていた。
 人間の潜在能力の範囲で集中力を操作した場合、軽い精神的な疲労ていどのものだが、
人間の限界を超えてしまうと、強めの反動が襲い掛かる。
 思索の世界に入り込み、忘我状態になってしまう。はやい話、ボケーとしてしまうのだ。
 本人の主観では、目紛るしく頭脳を回転させている事になるのだが……
(次の布石は桜花が、あの手この手で正面突破を計ること)
 これはカモフラージュ。正面から挑むことで、少なくとも逃亡対策は二の次になる。
(そして、攻撃が功を為した瞬間、わざと敗れる)
 最初から、身代わりの盾で逃げるという構想はあったのだが、桜花の目の前にマドンナ
が居るのでは、位置を入れ替えた所で意味がない。
 能力を使って逃げ出すには、マドンナの視野から桜花を逃れさせる必要があった。
 その程度の事はマドンナも警戒するかもしれないが、それでも本気で敗れたのか、演技
であったのか、代樹の方に知る術がない、と考えてしまう。
(そこで最初の布石が生きてくる)
 桜花が盾を消滅させる直前、盾の裏に隠れて手話で合図する。
 代樹の方に返事をする必要はないから、マドンナが会話を見ることはない。
 あらかじめ、意思疎通するときには互いの動きがある、という固定観念を受け付けられ
たマドンナがそれを読む事は困難だった。
 実力や情報が、必ずしも有利に働くとは限らない一例だ。
(後は俺が引っ掻き回して、完全に桜花から視線を逸らす)
 そして、窓から飛び降りて桜花の能力を利用。結果、見事に脱出に成功する。
(粗いながらも、筋道は通っているように見えるが、この計画には一つだけ論理的な欠陥
 がある。それは……)
 降伏しなさいという、マドンナの申し出を受けても良かった事。
 たしかに彼女の言うとおり、拒否する道理は存在しない。あくまで代樹達の目的は試験
に合格する事だったから。
 危険を冒してまで、勝つことに固執する必要は無いのだ。
 ただ、代樹には理由は無くとも、十分な動機があった。
――せっかく、桜花が体を張ってくれたのに、それを無駄する訳にはいかないよ。
340鑑定士試験:2011/05/23(月) 00:26:12.61 ID:pwsqH+au
「……してやられたというより、詐欺にあった気分ね」
 事情を知ったマドンナは頭を振って、金髪を揺らした。
 その表情は悔しげでも驚愕でもなく、半ば呆れたものだった。あそこまでの攻防をして
おいて、本当の目的は逃亡だったのだから拍子抜けするのも無理ない。
「まあ、勝ちは勝ちなので」
 おおむね、桜花も同感だったので否定はしない。
 しかし、意表を突いた事と実際に有効だった事は、まぎれもない事実だった。
 試験官であるマドンナが、鑑定士を傷つける犯罪者という配役ならば、いまさら代樹を
追った所で障害が増えるだけで、目的を達成することは困難だ。
「たしかにあなた達の底力は見せてもらった。……今度は私が見せる番かしら」
 それは実力を認めると同時に、戦闘を続ける事を意味する言葉だった。
 一度は戦闘中断を提案したというのに、なぜ今さら戦闘続行しようと持ちかけるのか、
桜花には分からなかったが……
「いいよ。私も、自分がどこまで行けるか見てみたいから」
 それでも、桜花はうなずいていた。
 理由の一つには好奇心がある。マドンナは今まで相対してきたどの相手とも、異なった
雰囲気を持っている。
 厳しい実戦を幾度と経験した人間独特の威圧感があり、どこか圧倒されるのだ。
 だからこそ、自分がどこまで通じるか試したいと思う。
「さて……」
 マドンナが一歩踏み出すが、桜花はすでに駆け出していた。
 相手に先手を取らせる気はさらさら無かった。
 桜花にとって、マドンナの攻撃を回避し続ける事は難しい。スタンロッドによる攻防は
代樹が隙を作ったからこそ通じたのであって、一対一ではそうもいかない。
 唯一、通じるのは正面からの突撃のみだった。
 マドンナの間合いに入っても、構わず盾を押し出して前進する。
「速いわね」
 とマドンナは思ったのだが、それを口に出す余裕は無かった。
 この突撃に襲われれば、一撃で意識を失う危険性すらある。
 そして、まず正面から以外の攻撃は間に合わない。搦め手で隙を作るのも論外。普通に
攻撃を仕掛けるにしても、あの盾は突破できず、助走している今は力負けする。
341鑑定士試験:2011/05/23(月) 00:28:38.34 ID:pwsqH+au
「…………!」
 渾身の一撃がマドンナに炸裂するはずだった。
 しかし、あと一歩のところで桜花の動きは止まった。止められたのだ。
 胸の辺りに衝撃を感じた桜花は、自分の体を見下ろし驚愕した。
「腕……!?」
 盾の裏側から、腕が伸び桜花の胸を打ったのだ。
 本来、ありえない話だった。それこそ幽霊でもなければ不可能だ。
 決して、強烈な衝撃ではなかったが、足はかってに後ろに一歩よろめき、そのまま全身
が崩れ落ちてしまう。
 どうにか、マドンナの方に目を向けると、ちょうど盾から腕を引き抜いた所だった。
 数ある腕のたった一本だが、その一本だけは異様だった。皮膚自体は異様に色白なのだ
が所々で皮膚が剥げ落ち、腐食した肉が覗いている。
 まるで、ゾンビか亡霊の腕のように見えた。
 急速に途絶えていく意識の中で、桜花は最後にマドンナのこんな言葉を聞いた。
「試験でこれを使わせたのは、あなたが始めてよ。頑張ったわね」
 崩れ落ち、今度ばかりは完全に動かなくなった桜花にマドンナは背を向けると歩き出し
た。
 軽い打撲程度のダメージのはずだが、一応は治療能力者を呼んでおくつもりだった。
 マドンナの能力は、肉体の一部を変化させる事。それ自体は代樹の鑑定は正しかった。
 しかし、桜花に完全な情報が届く事はなかった。
 たとえ、変化させる物質が架空のものであったとしても、イメージどおりに力を発揮す
る事ができるのだ。逆にいえばイメージに依存するので、いくらか能力が不安定になるた
め、普段は腕を増やす程度でとどめているのだが。
 今回、桜花を倒した腕は、亡霊の腕。米国産のB級ホラー映画が出典だった。
 外見上は実体を持つにもかかわらず、頑丈なドアやバリケードをすり抜け、犠牲者の首
を締め上げたり、触れるだけで生命力を奪うのだ。
 マドンナは軽い掌底に利用したのだが、効果は十分だった。
「ほぼ、満点ね。それがあなた達にとって、幸運な事かは分からないけど」
 この瞬間に二つの事が確実となった。
 一つは代樹と桜花の実質的な試験合格。
 二つ目はバフ課の協力者候補のリストに二名の名前が連ねられる事。
 実力を高く評価されたのだが、マドンナが口にしたように、それが彼らに幸福をもたら
すかは不明確だった。
342鑑定士試験:2011/05/23(月) 00:30:55.09 ID:pwsqH+au
 代樹の天職は、どうも能力鑑定士らしい。
 以前から思っていた事だが、桜花はあらためて実感した。それも悪い意味でだ。
 二人で試験の合格発表を見に行くと約束したのに、たっぷり十五分の遅刻。
 さらに能力の暴発による反動、またはそれに影響された癖で歩きながらでも、忘我状態
に陥りトラブルを量産するのだった。
「引っ張らないでくれ。犬じゃないんだから、自分で歩けるよ」
 手首をつかまれ、引きずられる代樹は抗議するのだが反応は冷たい。
「へー、じゃあ電柱に四回、不良グループに二回も衝突して、その後に寝てる猛犬の尻尾
 を踏んだのは、どこの誰だったの?」
「俺は何もしてない。という事は、向こうから襲って来たんだな」
「電柱は襲わないって! だいたい、何もしてないって、普通は避ける所でしょ!?」
 能力鑑定士が向いているというより、黙って座っている仕事以外の全てが向いていない。
 酷評だったが、桜花以外からの人物評はさらに辛辣なものだ。社会不適合者の一言で、
ばっさりと切り捨てられるのだから。
 比留間分類における精神的反動と主作用的反動。
 代樹のそれは障害の域に達している。
 能力鑑定をはじめとし、何かに没頭しているときだけは大きな影響も出ず、逆に利発な
面が彼を支配するのだが。
「や、やっとたどり着いた……」
 不良から逃げ回り、猛犬相手に大立ち回りを演じて、ようやく学校前にたどり着く。
 合格者のリストが張り出されてから、すでに一時間以上が経過しており、代樹と桜花以
外の人影はほとんど見られなかった。
「空いてる時間帯でよかったね」
 などと代樹はのん気な事をいう。終わりよければ、すべて良しだろうか。
 まだ、合格しているかは確認していないのだが。
「代樹の番号は512番だから、500……500っと」
 飛ばし飛ばしに番号を確認して、ようやく五百台の番号を目にする。
 475、487、500、50…………
「510は合格……次は513番、って落ちたの!?」
 結局、その中で目当ての番号が見つからず、桜花の顔は青くなった。
 しかし、彼女の袖を代樹が軽く引っ張った。
「あー、いや最後尾を見てみると、場違いな番号があったりするんだな」
 ここで確認できる限り、最大の番号を持つのが、642番。
 ところがその下に一つだけ数字が並んでいた。643ではない。
 数字の順序を無視して、代樹の受験番号の512番がそこにはあった。
 同時に守護の仮面の合格も記されている。
「やった! 少しヒヤッとしたけど合格かぁ……」
 不思議と跳ね回る気分にはなれず、桜花は感慨深げに胸元で手を握った。
 代樹の反応は違っていた。512番の数字と釈然としない表情で、睨んでいる。
「……代樹? 合格したんだけど、どうかしたの」
「いや、ここに俺の番号があるのは変じゃないかな、と思って」
「たしかに心臓に悪い思いはしたけど、あまり気にしなくてもいいんじゃない?」
 桜花の言葉にうなずきはしたが、代樹は疑問を抑えられなかった。
――この番号の位置は、俺達が異なる過程で評価された事を意味しているのかもしれない。
 では、なぜ特別扱いされているのか。心当たりといえば、マドンナと名乗る試験官だが、
とそこまで考えて、代樹はかぶりを振った。
 少ない情報の上に仮定を重ねるのは、あまり健全な思考とはいえない。
「じゃあ、予定通りに今夜はお祝いだな。俺が奢るよ。鑑定士の給料は守護の仮面よりも
 高額だしね」
「りょーかい! 私は店を選ぶね。代樹に任せると大変な事になりそうだし」
 代樹は反論したくもなったが、完全な事実なので黙っている事にした。
 なるべく安い店にして欲しいと思いつつも、代樹は空を仰いだ。太陽は南の半ば辺りに
差し掛かっている。どうやら、夕食の話にはまだ早い時間帯のようだ。
343鑑定士試験・キャラ設定:2011/05/23(月) 00:33:33.29 ID:pwsqH+au
名前
三島代樹
(三島柚子と苗字が被っているけど、関係は不明?
 被ったのは偶然)

解説
 新米の能力鑑定士。経験は多くないが、実力は確か。
 試験時のある事情により、バフ課に目をつけられている。
 鑑定時など、何かに熱中しているときは利発だが普段はダメな人。

 19歳、男性。髪型は短髪だが、散髪はサボり気味なので……
 どこか浮世離れした雰囲気の持ち主。
 基本的には不透能力素材のローブと怪しげな鑑定士スタイル。

昼の能力
名称 … 超集中力
【半意識性】【変身型】
 集中力を強化し、意識や行動を状況に合わせて最適化する。
 主に能力を視る感覚を強化するのに利用している。
 目的がない状況では集中力に偏りが生じ、全体としては不注意になってしまう。

 半意識性とあるのは、わずかな意志に反応して発動してしまうため、
実質は意識で制御する事が不可能なため。

夜の能力
名称 … 知覚領域
【無意識性】【力場型】
 半径10m以内のあらゆる物理的情報を知る事ができる。
 読心術などは不可能。
(脳波の乱れ、電気信号の様子は分かるが、それが何を意味するかまでは
 分からない)

名前
吉津桜花

解説
 新米の守護の仮面。現在は代樹の専属扱い。
 チェンジリング・デイに親を失い、養成所に直行しているため、
戦闘訓練の期間は長く、実力もそれなり。
 試験時のある事情により、バフ課に目をつけられている。
 明るく、色々とおせっかいな性格。

 20歳、セミロングの女性。活動的、少し落ち着きがない。
 仕事着はスーツ+仮面。普段の服装はまとも。

昼の能力
名称 … 身代わりの盾
【意識性】【具現型】【操作型】
 盾を具現すると同時に、味方あるいは庇護対象と認識している相手
との位置を入れ替える。
 すでに盾を具現化している場合は、一度盾を消去しなければ入れ替えは不可。
 射程は無限。条件さえ満たせば、相手の同意は必要ない。

 具現化した盾は衝撃吸収、抗能力の性質を持っており、破壊は面倒。

夜の能力
未発現
344 ◆peHdGWZYE. :2011/05/23(月) 00:36:02.58 ID:pwsqH+au
というわけで、鑑定士試験は完結しました
ここまで読んでいただいた方々、ありがとうございました
最初は単に鑑定士視点の話が書きたかったのに、戦闘が半分近く占めてる不思議
345創る名無しに見る名無し:2011/05/23(月) 10:08:32.09 ID:TVOj6RE+
投下乙!

なるほど、そうくるか
場所入れ替えってのがポイントだったと

>戦闘が半分近く
よくあるよくある
346創る名無しに見る名無し:2011/05/24(火) 00:07:08.93 ID:UxF0d98Y
これは流石だ
ここまでさんざ戦ってきた全部が逃げるための布石ってのはすごい
347創る名無しに見る名無し:2011/05/24(火) 23:08:15.78 ID:YMv0Dl1t
これこそまさに能力ものの醍醐味と言わんばかりの尖った戦術、いやはや感服でさ。
348創る名無しに見る名無し:2011/05/25(水) 03:25:45.48 ID:t5Mzt+pY
近未来(2020〜30年くらい)の能力モノの世界ってなんかあるかな?
なければ考えようと思ってるんだけど
349創る名無しに見る名無し:2011/05/25(水) 03:26:45.88 ID:t5Mzt+pY
誤爆しました
350創る名無しに見る名無し:2011/05/25(水) 16:20:37.91 ID:sN3iUTJU
誤爆?
351創る名無しに見る名無し:2011/05/25(水) 20:43:35.53 ID:a7G/242D
>>臆病者
んー……
これは……なんと言ったらいいのか……エンディングまで取っておこ

プロット構成力すごいと思った、先が読めなくて引き込まれる展開
乙です!


>>月下の魔剣
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!!
ご期待どおりじゃない助っ人来た! これで勝つ……るの、か?ww

いよいよあの「巨人」を発動させてしまうのかw
ネーミング問題はクリアされたのかなww
352創る名無しに見る名無し:2011/05/25(水) 20:59:22.28 ID:a7G/242D
>>鑑定士試験
これは、素晴らしい。読み応えがあります!
前半部の緊迫した心理描写、まるで推理小説かギャンブルものを読んでいるような感覚。
こういう作風もあって良い! いろんな形を楽しめるのが、このスレの好きなところです
そして後半の理詰めなバトル! 某漫画の言葉を借りると、「シンプルな奴ほど強い」! 堪能しましたw
353創る名無しに見る名無し:2011/05/25(水) 21:08:27.61 ID:a7G/242D
どうでも良い点ですが、いちおう……
文章に、段落ごとにでも適度に空行を

こんなふうに

入れていただけたら

読みやすいのではないかと……

作者さんの表現にケチを付けるのは恥ずべき行為ではありますが、
2ch掲示板では行間が詰まってしまうので……(携帯では気にならないのですが)
ご参考までに。すみません
354創る名無しに見る名無し:2011/05/25(水) 21:14:52.88 ID:a7G/242D
投下時に支援必要なら、(見ていればですが)支援しますですよー

乙でした! また書いてくださいね!



※ >>351-354 はひとつづきのレスです
355 ◆WXsIGoeOag :2011/06/02(木) 00:41:06.38 ID:or2AGZnv
コニチハー!
続きが書けましたぞ!

『月下の魔剣〜Like a Phoenix〜』

>>330-333の続きです。
356『月下の魔剣〜Like a Phoenix〜』:2011/06/02(木) 00:44:44.17 ID:or2AGZnv

ワーワーワーパチパチパチワーワーパチパチヒューヒュー

「ふははははははははは!」

ジェントル!ジェントル!ジェントル!ジェンtガシャーン

「は……ノオオオォォッ!」
「遊んでんじゃねええよ!」

先程からなぜか続いていた紳士を称える拍手喝采は、機械の壊れる音と共にぴたりと止まる。
気付けば自称紳士ドウラクの足元には何やら音楽ハードらしき機械と、なかなか立派な蟹が一匹転がっていた。
状況から察するに、拍手喝采を流していたその機械に陽太の投げた蟹が直撃したらしい。

「私のラジカセがー!」
「またずいぶんと懐かしいもん持ってきたなオイ!」

鋭いツッコミを入れる陽太を見て晶は少し驚いたが、少し考えて理解する。
この厨二病患者は相手が同じ厨二病の場合、互いに共鳴する厨二力は際限なく増幅され、終いには手に負えなくなる。
だが相手が別方向につっこみどころが多い場合は、自らツッコミ役に回る傾向があるようだ。
実際に頭の回転は速いわけで、本来そういう役目に向いているのだ陽太は。ぶつかってもあんまり痛くない能力も含めて。

「む! 大丈夫だまだ壊れてはいな」グシャーン
「ノオオオオオォォゥ!!」
「状況見ろおおおぉぉ!!」

訂正。そこそこ大きなラジカセにトドメをさした追加の蟹は、ぶつかったらかなり痛い。ラジカセだけに当てるその命中率は大したものだ。
ともかく二人同時に相手をする多忙なツッコミ役を覚悟していた晶は、内心ほっとする。

「二人とも後ろ!!」
「くっ!? サイレントシールドッ!」

鎌田の叫びにハッと振り向けばそこそこ距離を離していた象が、もうすぐ近くまで追いついてきていた。
陽太は即座に追加の蟹三匹を発生させ、壊れたラジカセを前に肩を落とすドウラクの辺りへ放り投げる。

「一周してくるからそれまでに頼んだぞジェントル!」
「ごめんなさいドウラクさん! お願いします!」

陽太と晶がそう叫ぶと、グラウンドのコースに沿って三人は再び走り出すのだった。
357『月下の魔剣〜Like a Phoenix〜』:2011/06/02(木) 00:47:02.34 ID:or2AGZnv


「…ふぅ。まったく紳士使いの荒い少年達だな。シザー!」

驚くことに本当にいた象を引き連れて走り去っていく三つの人影を、ドウラクは小さく溜息をついて見送ると、
逆光で見えないスタンドライトの根元に向けて声をかけた。
呼びかけに応じてそこから出てきたのは、ドウラクの腰ほどの高さの何か。それは二本の足でトコトコと歩いてくる。

「蟹の回収をしろ」

シザーと呼ばれ、光の元に現れたそれは実に奇妙な姿をしていた。
恰幅の良い四頭身程度、人型をしたそれは遠巻きに見れば子供のように見えるだろうが、その身体を構成するのはゴツゴツとした岩石であった。
大小様々な岩石を数十個積み上げて人の形にしたような姿。のっぺりとしたその顔には両目、口と思しき穴が三つ、申し訳程度に開いている。

「ぐ。」

小さな口の穴から出たのは子供のような声で、短く了解の意を示す。
返事に伴い上げられたその右手の先端には、どういうわけか大きな蟹の鋏が付いている。鋏は左手にも付いていたが右手のものより小さかった。

それは命令に忠実に従い、トテトテと子供のような足取りで陽太が投げてよこした蟹の回収に走る。

「む。あの象は………」

一方でドウラクは顎に手を当て、今はグラウンド反対側辺りにいる象をじっくりと観察しながら、ポツリと呟いた。


やがてドウラクの元に、グラウンドを一周した三人が駆け込んでくる。象との距離を離すために全力疾走してきたその息は荒い。
ドウラクは片膝をつき、集められた蟹を一つ一つ手にとって吟味していた。陽太ははその背中に訊ねる。

「はぁっ、はぁっ、どうだいけるかっ、ジェントル」
「うむ、硬さ大きさ共に悪くない。これならなかなか強いゴーレムが生まれるだろう」
「あぁっ…はぁ。そいつはよかったっ」

晶は陽太のどこか怒ったような反応が気になったが、とりあえずドウラクの能力はいけそうなことがわかった。
少しだけ安堵して、膝に手を置き中腰になって息を整える。そうして下を向いた晶の視線に入る、何か変な物体。

「……え?」

目の前にあるのは子供のようなサイズの、岩石の塊? それが何故か動いている。見上げるそれの目っぽい穴と、見下ろす晶の目が合う。

「…ぐ?」
「わあぁっ!?」

晶は反射的に後ろに飛びのいて、勢いで転びそうになったがたたらを踏んでなんとか踏みとどまる。
その謎物体は晶の反応に驚いたのか晶と同じように飛びのいて、勢い余って後ろにコテンと転がった。
一瞬で警戒態勢をとる陽太と鎌田。気付いたドウラクが振り向いて言う。

「こらこらシザー。晶君を驚かせるんじゃない」
「なっ、なんですかこれぇっ!?」
「リトルシザー。心配はいらない、私の能力だ」
358『月下の魔剣〜Like a Phoenix〜』:2011/06/02(木) 00:48:15.36 ID:or2AGZnv

ドウラクはシザーの頭をペチペチと叩いて害が無いことを見せた。疑問に思う晶たちに向け、蟹を地面に並べながら説明する。

「蟹五匹を生贄に捧げるという基本は変わらん。だが生み出されるゴーレムの姿形は生贄とする蟹の大きさや種類によって変化するのだ。
 例えばサワガニのように小さな蟹を用いた場合、こいつのように小さなゴーレムが召喚されるわけだ。さて、あとは…」

蟹を並べ終えたドウラクは待機していたシザーを手招きして呼び寄せると、寄ってきたその頭をペチンと叩く。
その瞬間、直前まで元気に動いていたシザーの身体がバラバラと崩れ、あっという間にただの岩石の山となり果ててしまった。
驚く三人に説明を続けるドウラク。

「ゴーレムのサイズにかかわらず一度に召喚できるのは一体のみ。既にいるならそれを解除しなければ新たに能力は発動できん」
「な、なるほど」
「さて、これで準備は整った。では景気良くいってみようか!」
「よし、やったれジェントル」

ドウラクはフンと鼻を鳴らし三人を下がらせると、片膝をついて地面に並ぶ蟹へと向き直った。
扇状に並べられた五匹の蟹へ開いた右手をかざし、左から右へとなぞる。
その手から発せられた何らかの力を受けた蟹は徐々に淡い光の粒子と化し、重さを失ったそれはある一点に吸い寄せられていく。

「ドウラクの名の下…今、ここに召喚する」

右掌の上に集束していく無数の光の粒は、やがて眩しく輝く光の玉となる。完成したそれを、前方の地面へと押しつけた。

「見るがいい…我が最強の僕!」

地面に吸い込まれるように光は消えその直後、地面が大きく盛り上がり、土を割ってそこから生えるように巨大な影が姿を現す。

「出でよっ! シザアアァゴーーレムッ!!」
「グオオオオオオオオオオオ!!」

暗い洞穴の如き口から、地の底から響くような野太い雄叫びを上げる、それはまさに岩石の巨人であった。その両手はやはり蟹の鋏だ。
先程までそこにいたリトルシザーを大きくしたような、見上げるその高さはおよそ3m。しかも相撲取りのような力強い体格。
対峙する象の巨体にひけをとらない巨大な怪物が今、ここに召喚されたのだった。
359『月下の魔剣〜Like a Phoenix〜』:2011/06/02(木) 00:49:30.50 ID:or2AGZnv


「ははははは、すごいぞー! かっこいいぞー!」
「………」

高らかにその名前を呼びご満悦のドウラク。疑問を感じて晶が隣を見ると、陽太は強く拳を握りながら口を硬く結んでいた。

以前にも召喚したことのある陽太の蟹を生贄にした巨人は、言うなれば二人の協力技である。そんな巨人の名前を、ドウラクは『シザーゴーレム』
陽太は『沈黙の巨人【サイレンス・ギガント】』と呼んだ。頑固者の二人は互いに全く譲ろうとせず、名前問題は未だ未解決だったはずなのだが……

「ねえ陽太? あれの名前って……あ」

質問の途中ふと陽太の数分前の言動を思い出して、ピンときた。

「もしかして協力してもらう条件って……名前?」

陽太はあからさまに不機嫌そうに舌打ちをして、ぶっきらぼうに答える。

「そうだよあん畜生! 『条件は一つ! 召喚される巨人の名前はシザーゴーレム! それ以外は一切認めん!』なんって偉っそうによぉ!」
「なんだそんっ……そういうことね、うん、納得した」

なんだそんなことか、とつい言いそうになって慌てて言い直す。それで陽太が怒るのは目に見えているので。

だが実際、そんなことでいいのかと晶は思う。だってこんな夜中にいきなり呼び出して、極めて危険な捕り物に協力してもらおうというのだ。
その条件がただ一つ、命名権だけというのはいささか軽すぎるのではないか。どう考えてもこちらにばかり都合のいい条件ではないだろうか。
つまり……なんだろう。困る者には手を貸し、見返りを求めない。それが紳士というものなのか?

「さあさあシザーゴーレム! その力を存分に発揮したまえシザーゴーレム! ふははははははは!!」

いや……紳士かアレ……?

「足元見やがってあのエセ紳士ぃ……!」

実際に発揮できる能力が変な能力であるだけに、特に名前へのこだわりが大きい陽太は本当に悔しげで、
内心ちょっとだけ可哀想だな、と思う晶であった。


象の足音が響いてくる。シザーゴーレムとの衝突まではあと数秒しかないだろう。
ここまで言うタイミングが無くギリギリになってしまったが、衝突の前に晶は言っておかなければならないことがあった。

「あのっドウラクさん、できればあの象は」
「極力傷つけずに押さえこんでほしい。そういう話だろう? この夜中にわざわざ私を呼び出したのだからな」

驚いたことに、言いたかったことをズバリ当てられる。時間が無い今は非常に助かった。

「そっ、そうなんです。ハナ…あの象は大事な友達で…」
「うむ、やってみよう。何、心配することはない。なぜなら私は紳士! 紳士ドウラクなのだから!」
「あ、ありがとうございます」

よくわからない理論だが自信に溢れるその言葉は、知り合ってから初めて、この変わり者を頼もしいものに感じさせた。
360『月下の魔剣〜Like a Phoenix〜』:2011/06/02(木) 00:52:54.54 ID:or2AGZnv


「奴が来るぞ! 構えろゴーレム!」
「グオオオン!」

指示を出すドウラクの声は、先程までとはうって変わって真剣そのもの。一行は迫る激突の瞬間を息を呑んで待つ。
ゴーレムは唸り声を上げて腰を落とし相撲の立ち合いのような構えをとる。踏み込んでぶつかる構えの巨人に、地響きを上げて迫る巨象。

深夜のグラウンドに、まるでダイナマイトのように盛大な衝突音が響く。

次の瞬間岩石の巨人は、その全身で以て見事に象の突進を停止させていた。

その事実に、晶は思わずガッツポーズをとっていた。だが喜ぶのはまだ早い。
一見両者に動きは無いが、接触点からギリギリギリと擦れるような音が響く。象は前進する力を緩めておらず、それはゴーレムの力と拮抗しているのだ。
ドウラクの厳しい顔つきで象を睨んでいる。晶はその横顔に不安げに声をかけようとした。

「ドウラクさ」
「シザーパンチ!」
「ちょっ!!」

いきなり攻撃指示を出すドウラクに面食らうが、しかしゴーレムは動かない。同じ体勢のまま象と押し合いを続けていた。

「……む」
「む、じゃねえよ何いきなり攻撃しようとしてんだコラァ! 一応傷つけない努力くらいしろよ! さっきやってみようっつっただろお前ぇ!」 

陽太がすかさずツッコミに入る。うん、やはり頼りになる。

「…ふぅ、仕方ない。そのまま押さえ込めゴーレム!」
「グルオオオオ……!」

くぐもった唸り声を上げゴーレムが動く。ギリギリ、ジリジリと足を動かし、少しずつだが象の身体を押している。
そう、シザーゴーレムの力は確実に象の力を上回っていた。この調子ならこの先、何らかの手段で象を無力化することも可能だろう。

「よし、いける! やるじゃねえかゴーレム!」 

その事実は、固唾を呑んで見守っていた三人を大きく安堵させた。

押し合いの状態は続くもどこか弛緩した空気の中、一人最前線に立っていたドウラクがクルリと振り向く。
疑問の眼差しを向ける三人の前でドウラクはピンと人差し指を立てた。

「一つ。君たちに耳寄りな情報を教えよう」

目を離してそんなことを言ってていいのかと思ったが、能力者本人が言っているのだ、まあ余裕があるのだろう。
361『月下の魔剣〜Like a Phoenix〜』:2011/06/02(木) 00:56:23.31 ID:or2AGZnv

「私の能力、シザーゴーレムは具現型に分類される。少年の叛神罰当と同じく無から有を生み出す能力だ。
 少年のように体に即影響する反動は無いが、その代わりに蟹の生贄という条件が必要になる」
「あ、そういうことになるんですね」
「生贄とは即ち生きた贄。つまり生きた蟹を使用してこそ真の能力を発揮できる。と、これは前にも言ったな」
「おおそんなこと言ってたな」

ドウラクは後ろで頑張っているゴーレムを一度チラリと見て、三人の方へゆっくりと歩きながら説明を続ける。

「実際の能力プロセスはこうだ。まず蟹の体を核として、シザーゴーレムの体が召喚される。
 その後、生贄となった五つの命がその体に宿る。五つの命を一つに束ねる、それ故にゴーレムは強大な力を行使できる」
「ええ? それだとあのゴーレムは命が無いってことになっちゃうんじゃないですか? 普通に動いてますけど……」
「んむ、それがどうして動くのかは実はよくわかっていないのだ。そもそも体が召喚されるところからして謎だしな。
 能力とは未だ解明できない要素ばかり。そこはもう出るものは出るし、動くものは動く、そう妥協するしかあるまい」
「妥協って……それでいいのかよ……」
「無生物に命を与える能力というのを聞いたことがある。もしかしたら私の能力にはそういう要素も含まれているのかもしれんな。
 が、そんなおまけ要素など高が知れている。結局あのシザーゴーレムはほとんど命というものを持っていないのだ」

その言葉に嫌なものを感じて、改めてゴーレムを見る。だがその力強さは健在で、確かな足取りで象を一歩奥へ押し込んだ。
ドウラクは既に三人の間を通り過ぎて、最後尾から語っていた。

「そうとも、力は申し分ないのだ力は。それよりも命が無いことによる別の弊害があってだな。それが何かと言うと……」

さらに一歩押し込む。そして突然、ゴーレムの背中に亀裂が走る。

「寿命が短い」

次の瞬間、シザーゴーレムの身体が砕けた。
362『月下の魔剣〜Like a Phoenix〜』:2011/06/02(木) 00:57:46.66 ID:or2AGZnv

ガラガラと岩雪崩の如く崩れていく岩石の巨体。その奥から覗く巨象の、額の宝石が不気味に光る。
振り上げる長い鼻に弾き飛ばされた岩石が、顔面のすぐ横の空間を抉り、陽太は心底ゾッとさせられた。
振り向けばそこには既に誰もいない。少し遠くを見れば、一人で一目散に逃げている白スーツの姿が。

「ちょっええええええぇぇっ!!」
「ふぅざけんなおっさあああああああん!!」

陽太は全力で追いかけて、すぐ追いついて、とりあえず一発ひっぱたいた。本当はレイディッシュで殴ってやりたかったが我慢した。
晶と鎌田はすぐ後ろにいて、その後ろからは当然ながら象が追いかけてきているので。

「駄目じゃねーか!!」

ドウラクは叩かれた後頭部をさすりながら、悪びれもせずに言う。

「うーむ、いけると思ったんだが。平均サイズの象までならいけたはずだがな。あのパワーは少々想定外でだな」
「無理なら無理って早く言えよ! マジ死ぬかと思ったわ!」
「ふっ、無理などとは言わんさ。なぜなら! 奇跡を信じる心こそが! シザーゴーレムの力になるのだから!」
「似合わねーよ!! つーか真っ先に逃げたおっさんが言うな!!」
「こらこら紳士と呼べ紳士と」
「だぁれが呼ぶかああああぁぁ!!」

安心もつかの間、一行は再び逃走する羽目になってしまう。
変わり者の白スーツも加わって、それは何とも騒がしい逃走劇となるのだった。


<続く>

やばい楽しいドウラク楽しい。書いててテンション上がるよこの人。

「シザーゴーレムとは、手がハサミになっている巨大な石の化け物である!」
と、これを基本にして、細かい能力設定とかを色々勝手に決めさせていただきました。
許可していただいた◆KazZxBP5Rc氏には心から感謝しています。

四人以上書くと絶対一人は空気になってしまう。恥ずかしながら実力不足です。
今回は鎌田が空気だけどいるよ! ちゃんといるよ! どうか彼を忘れないであげて><
363創る名無しに見る名無し:2011/06/02(木) 23:46:19.61 ID:PC+afzin
乙です! ……って、こwwwれwwwはwww

やっぱ紳士、いいですねぇ。書き手さんのテンションがこっちにも伝わります
……で、結局ダメだったんですね、紳士。



カネ返せーーー! 払ってないけどーーー!w
364 ◆KazZxBP5Rc :2011/06/03(金) 23:30:18.24 ID:rm4wb6PG
投下乙!
じゃんじゃん暴走しちゃってくださいwww
楽しみに待ってる
365創る名無しに見る名無し:2011/06/04(土) 01:01:38.52 ID:QAZh/u5w
満を持して登場したのに何も進展してないw
振り出しに戻っちゃったけど、本当にどうするんだろ
366創る名無しに見る名無し:2011/06/16(木) 07:53:32.70 ID:VOBn8Rwa
仲良しだなあw
367鑑定士「厨二が来たぞー」:2011/06/22(水) 00:46:19.25 ID:hfH8pfxQ
 能力鑑定所、受付から廊下を進んだ先にある鑑定室では、鑑定士とその護衛者が資料を
凝視していた。少しばかり冷めた目で。

『保護者による記入欄』
名前:岬陽太
昼の能力
食べた事があるジャンクフードの生成
反動:空腹感など
鑑定して欲しい点:
『大丈夫だとは思いますが、一応能力の反動が発育に影響していないか見てもらえないで
 しょうか』

『本人による記入欄』
名前:岬月下
昼の能力
名称:万物創造【リ・イマジネーション】
右手より万物を創造する力。
反動:世界の均衡を崩すため、安息の時は望めない。
鑑定して欲しい点:
『優れた能力ってのは、容易くひけらかしたりは(誰かに邪魔されたらしき跡』

 文面はかなり異様ではあったが、凝視している側も負けてはいない。
 魔術師のようなローブに身を包んだ青年と、陰陽を象った仮面で素顔を隠す女性。
 その怪しさは、最初に死ぬ力馬鹿と、正統派ライバルを加えれば悪の四天王が完成する
レベルに達している。
『本人の記入と保護者の記入が、食い違っているように見えるが……』
「うん。私にもそう見える」
 鑑定士である代樹と、守護の仮面である桜花はそれぞれ手話と言葉で呟いた。
 能力鑑定士は言葉を発してはならないという決まりがあるため、筆談や手話で意思疎通
を行っているのだ。
「あのさ、これって厨……」
 何かを言いかけた桜花に対して、代樹は片手を挙げて制した。
『鑑定前に先入観を持つべきじゃない』
 全てを見通すかのような深い目付きに、桜花はハッとさせられるが、実は大したものは
見ていない事を彼女は知っていた。
 ただ、本能的に受ける印象に逆らい難いだけである。
『早速、彼を部屋に呼んでくれ。おそらくは陽太の方が本名だ』
 軽く、あるいは適当に桜花は二度うなずくと息を吸い込んだ。
「岬陽太さん、入室してください」
「俺は月下だっ!!」
 言い終わるや否やドアが勢い良く開き、壁に激突する。
 その直後、少しだけ痛そうに手を振ったのを代樹は見逃さなかったが、口には出さない。
『手が少し赤いな。痛かったんだろうね』
『あー、うん、そうだね』
 口に出さずに、ちゃっかり手話で話題にする代樹達だった。
368鑑定士「厨二が来たぞー」:2011/06/22(水) 00:47:45.79 ID:hfH8pfxQ
 資料によれば中学生、身長は160にやや及ばない程度。平均値程度で、発育不良を心
配する程ではない。
 身体的な特徴を一瞬で観察し終えると、次は内面に取りかかる。
 鑑定所側の二名に鋭い視線を向けている。もしや、鑑定に対して不信感を持っているの
だろうか。
「魔道師に仮面……お前ら本当に鑑定所の人間か?」
 訂正。怪しさ爆発の外見に、危険な組織の影を見たらしい。妄想だけど。
『こんな怪しい格好をしている奴がいるか? 鑑定士の他に』
『代樹は黙ってて』
『いや、すでに黙ってるよ!? それも数時間!』
 代樹の抗議をスルーして、桜花は冷静に応対をはじめる。
「この仮面やローブは私達の制服ですので、お構いなく。それに資料によればすでに鑑定
 を経験しているようですが、その時の鑑定士もこの格好だったはずです」
 妥当な指摘だったが厨二、もとい陽太は上から目線の自信を崩さない。
「そうだな。だが、素顔を隠して近づくのにも最適な状況じゃねえか? それも仲間から
 分断した状況でな」
『(キリッ』
 代樹の手振りによって、場の空気が冷える。
「って、おい。そっちの魔道師の手振りから凄い悪意を感じたぞ!?」
「気のせいですよ」
 あっさりと桜花は受け流したが、少し冷や汗をかいていた。手振りによる会話は第三者
には読み取れないはずだが……どうやら、直感でニュアンスを読み取ったようだ。
 おそるべし、厨二病。
『さて、誤解を解くところから始めるべきなんだろうけど、それじゃ時間がかかる』
『というか、さっき挑発してたよね?』
『幸い、というのもアレだが発育に関しては医者の分野だ。つまり能力の資料を揃えさえ
 すれば、そちらに押し付ける事も可能』
『ねー、ってば!』
 気がつけば、陽太少年がさらに怪しむ目付きで二人の手振りを見つめていた。
「さっきから何やってんだ? なんかの符丁か」
「いえ、素手で目玉をえぐる技の練習です」
 冷徹な声でごまかす桜花。明らかに顔を引きつらせる陽太。
 なにやら修復不可能な亀裂が入ったような気がしたが、代樹は聞かなかった事にした。
369鑑定士「厨二が来たぞー」:2011/06/22(水) 00:49:18.46 ID:hfH8pfxQ
 代樹は気を取り直して、あるいは現実から目を背けて話を続けた。
『とりあえず、必要になるのは血糖値測定器と栄養剤、あとは大きめの皿だな』
『この部屋にあるのは栄養剤だけなんだけど……』
 困惑気味の桜花の声に、代樹はうなずいた。
『もちろん、取りにいくのは守護の仮面の役割だよ』
『うわっ、鑑定士働け』
『すごく働いてる。首から上はフル稼働』
『限定してる時点であんまフルじゃない。……いいや、どうせ能力使うんだし』
 ため息をつくと、桜花は携帯電話を取り出した。
「ちっ、新手を呼ぶつもりか?」
 能力発動ポーズ(?)のまま、二人の手振りを警戒していた陽太が見咎めた。
 代樹は指先で机を三度叩く。注目を集めてから、そのまま文字を綴り始める。
『いえ、新手というより新兵器ですかね』(筆談)
「新兵器……? あと、指をこっちに向けるな」
 どうも、まだ目をえぐられないか警戒しているらしい。
『それは構いませんが、まず腰を下ろしたらどうです?』
「断る。敵の土俵で、のんびり座る気にはなれねえよ」
『米国式ホットシートの座り心地は最高ですよ』
「それ、電気椅子じゃねーか!?」
 大声量で陽太が突っ込みを入れる。
 少しばかり、他の部屋の迷惑にならないか心配になる代樹だったが、鑑定室はプライバ
シー保護のため防音処置が為されているので問題ない。
(で……時間稼ぎをしているが、桜花はまだか)
 指は思考とは別の文を綴る。
『海裂暦280年ごろ。かつて火鼠座が黄道の基準とされ、魔導と戦火が大陸を占めてい
 た時代。一隻の浮遊艇が戦場を離脱し、名も無き森林に不時着した』
「何のプロローグだああぁ!!」
 その叫び声に混じり、ごとりと鈍い音がした。
 代樹の目前にある机におかれたのは、カツオが丸ごと数匹乗りそうな大きな皿と、液晶
画面の血糖値測定器だった。
 続けて桜花が、栄養剤の瓶をその横に置いた。
「いつのまに!? それにその馬鹿でかい盾は……」
「能力で具現化したものですけど、まあお気になさらずに」
 一礼すると、桜花は半身を覆う巨大な盾を消去してみせる。
 桜花の昼の能力、身代わりの盾を利用した備品運び。
 盾の具現化と同時に、味方との位置を入れ替える。本来は護衛のための能力だったが、
携帯電話で職員に連絡、職員に特定の物を手に持ってもらい、能力を発動。
 そうした手順をこなす事で、物運びに利用する事も可能だった。
370鑑定士「厨二が来たぞー」:2011/06/22(水) 00:50:54.58 ID:hfH8pfxQ
「では、ジョークもここまでにして真面目に鑑定しましょうか?」
「いいけどよ。今度、変なマネしたら俺の能力が火を吹くぜ」
「それはそれは……具体的にはどのように?」
 戦闘にはある程度、自信がある桜花が挑発的にたずねる。
「シュールスト……」
「さ、鑑定を始めましょうか」
『桜花、弱っ!』
 変わり身の早さに、思わず代樹がつっこむ。
 屋内でシュールストなんとかを出されれば、地獄絵図が実現する事は確かであるが。
「では、いくつか質問するので答えてください」
「ふっ、二度三度と刺客を返り討ちにされ、ようやく組織も弱点を探る気になったか」
「それは聞いてません。まず、ここに来る前に食事を取りましたか?」
 桜花は無視して質問を続けようとするが、陽太の方も相応にマイペースだった。
「能力に関わる質問ってわけか……答えられないと言ったらどうする?」
 不敵な笑みを浮かべ、心理的駆け引きモード。だが意味はない。
『……わー、話が進まない』
『じゃ、バトンよこせ。一応、俺は対厨二病カリキュラムの成績も良かったし』
『人間性を削りそうな科目ね』
『ほっとけ』
 手振りで会話をしていると、陽太は何やら腕を伸ばし警戒の構えを取っている。
 代樹は勝手に海男のグラサンポーズと名付けると、指で机を叩いてから会話を筆談に切
り替えた。
『そう言わずに教えてもらえませんか? 減るもんじゃないですし』(筆談)
 鑑定士が筆談を始めたのを見ると、陽太の目がきらめいた。
 反撃のチャンスと考えたらしい。
『思秋期の豆知識、その一。自分に素直になれない時は……』
 そこで、陽太がびしっと指を突きつけ、指摘してみせる。
「お前の手口はお見通しだ! 突拍子もない事を言って、主導権を握り相手を誘導する。
 同じ手は二度も喰わねえよ」
 見事に手口を言い当てられて、指先が停止を強要される。
 しぶしぶだが、代樹は一本取られた事を認めた。今回の鑑定対象は、なかなか賢しい。
 ただ、この場合は無駄で面倒な賢しさではあったが。
(でも、電気椅子と海裂暦で二度じゃないかな)
 とりあえず、頭を切り替えてから、あらためて文章を綴る。
『岬陽太さん、残念ながらあなたに選択肢はありません。なぜなら――』
 そこで代樹は机から指先を離し、何かを待つかのように動きを止めた。
 静寂。
 それは傍から見ている守護の仮面も例外ではない。
(筆談で―(ダッシュ)は書かなくても良いと思うんだけど)
 空気を読んで、桜花は突っ込みを慎んだ。
371鑑定士「厨二が来たぞー」:2011/06/22(水) 00:52:20.06 ID:hfH8pfxQ
『あなたの能力には致命的なデメリットが存在する。敵に知られるか、否かは関係がない
 ほどのデメリットが』
 職務中の鑑定士によく見られる、澄ました眼差し。大半の人々の目には神秘的に写り、
一部の用心深い人々からは詐欺師のように見られる。
 信用と警戒、いずれの感情を抱かれるにせよ、彼の台詞は魔術めいた力を持って、無視
する事を許さなかった。
「ブラフ、はったりだな。俺の能力にそこまでの反動はねえよ」
 しかし、陽太は否定して見せた。一切の動揺の色も見せずに。
 代樹は宗教家や詐欺師といった人心を操る類の技術を持ち、一度ならず鑑定に利用した
事もあったが、才能というだけなら陽太にも、それ以上のものがあるらしかった。
「…………」
 口は元より、指先も止めて陽太を見据える。
 思わず目を逸らしそうなものだが、陽太は真っ向からにらみ返した。
『あ、反動の累積は自覚症状なし。昼食もまだで、口内には食品のカスが見られるが、こ
 れは昼の能力で具現したものだ。記録しといて』
「……りょーかい」
 ずるっと陽太の肩が傾いた。
「って、分かるのかよ! つーか、さっきの間は何だよ!?」
『いえ、確信できたのは今。二度目のブラフでようやく情報が引き出せました。虚勢とい
 うのは見破られてからも五、六回は続ける価値がありますね』
「うわ、執念深けぇ……」
 少しばかり、身を引きながら陽太。
 実際の所は、もう少し複雑な手段を使っている。まずはデタラメを語った後の反発から
情報を引き出す。さらに、その情報と第二のデタラメを並べる。
 これなら一つ目の情報を成否を確認できるし、当たっていれば第二のデタラメが説得力
を持つ。たとえ、連続で推測を外しても、誤魔化す手段は山ほど持っている。
 もちろん詐欺師が手口を明かすはずもなく、代樹は解説せずに鑑定を進めた。
『桜花、血糖値測定』
「はい。これは指を乗せるだけで測れますし、相手が怪しげな機関や政府でも血糖値を知
 られて困る事はありませんよね?」
「……まあ、そうだな」
 半信半疑の様子で、陽太はちょこんと機器に指を置く。
 これは特に障害もなく、数秒で画面に数値が表示された。それを桜花が書き留める。
『さて、次は能力を発動してもらって、反動を受けた後の測定をしたいのですが』
 代樹による何気ない筆談だったが、陽太は戦いに備え、身構えるのだった。
372鑑定士「厨二が来たぞー」:2011/06/22(水) 00:53:57.55 ID:hfH8pfxQ
「…………」
『…………』
「…………」
 厨二、魔道士、仮面の混沌とした睨み合い。
 睨み合いの理由は本人達にとっても不明で、火花が散るどころか周囲に鬼火が漂いそう
な雰囲気だった。
「……どうしました?」
 たっぷり数秒ほど躊躇ってから、桜花が陽太にたずねた。
「もし、お前達が組織の人間なら、反動で弱った姿を見せる事は死につながる」
「いやあの、そんな事いわれましても」
 取り留めのない返答をしつつも、桜花は視線で代樹に指示を求めた。
 陽太には伝わらないように、手振りでの返答が返ってくる。
『鑑定士の情報は秘匿されている。逆に言えば本人か確認する事も難しい。証明書の類は
 偽造できるし、第三者による証言はグルなら意味はない』
『……疑われたら証明不可能。いや、疑われる理由自体はないけどね』
 桜花は仮面ごしに、額を手で抑えた。
『いや、簡単に鑑定を済ませる方法はあるよ?』
『その手振りからは嫌な予感がするんだけど……とりあえず、聞かせて』
『適当に攻撃を加えれば、嫌でも能力を使わざるを得ないだろう』
『え、本気?』
『うん、本気』
 それは問題になるんじゃないか、という疑問が仮面越しに伝わってきたが、代樹は無視
して実行を指示した。
 はっきり言われてしまうと、桜花は従わざるを得ない。悲壮な声で宣告する。
「えー、岬陽太さん。よくわからない理由で攻撃する事になりました。とりあえず、能力
 を駆使して凌いでください」
「なんだそりゃ!?」
 微妙に素に戻りつつも、陽太が絶叫する。裏社会の組織や暗黒教団の存在は想定してい
ても、さすがに「よくわからない理由」で攻撃される事は想定外だったらしい。
『怪我はさせないように。スタンロッドも電源オフだ』
 言わずもがなの指示(口にしていないが)を桜花は目にしつつも、行動に移った。
 軽い歩調で接近すると、平手打ちの要領で軽くスタンロッドを一閃させる。
 明らかに対応が遅れれば、寸止めする予定つもりだったが、その気づかいは不要だった。
 陽太の反応は早く、飛び退いてスタンロッドを回避していた。
「ジョー……ブレイカー!」
 一瞬で陽太の手の内に複数の固焼きせんべいが表れ、間髪いれず投擲する。
 固焼きは分散し、すべて回避するのは難しかったが、桜花は体を逸らし大半を避けると、
残りはスタンロッドを一振りして、すべて打ち落とした。
『複数を同時具現か……珍しい』
 曲芸を目にした様子で、代樹は眉を上げた。『鑑定』して見たところ、元々彼の能力に
そういった性質はなく、どうやら努力の産物らしい。
「普通、戦いには真っ当な理由が付き物だろ? 能力を危険視したとか、悪巧みの邪魔に
 なるからだとか」
「じゃあ、そのどれかで」
「なげやりだな、おい!」
 あまりに無気力な敵に陽太はペースを崩されているらしかった。
『固焼きせんべいを数枚を確認。この調子で具現を続けさせてくれ』
 唯一、精気を保っているのは観察者である代樹だけだった。
373鑑定士「厨二が来たぞー」:2011/06/22(水) 00:55:33.76 ID:hfH8pfxQ
「数でダメなら、威力で押させてもらうぜ」
 次に陽太が具現したのは瓦せんべい。硬度は固焼きに劣るが、特大サイズのものとなれ
ばサイズも重量も相当なものとなる。
 桜花には、本物の瓦とそう変わりない大きさに見えた。
「それは……当たると痛そうですね」
「ああ、そうだろうよ……っと!」
 大振りで瓦せんべいを投げつける。回転しながら直進するそれは殺人的、とはまではい
かなくとも、かなりの迫力があった。
 さすがに叩き落すような芸当はできず、桜花は身をかわした。
『桜花、上だ』
 視界の隅から代樹が突然、指示を出してきた。
 桜花は上方から迫りつつある何かを、反射的にスタンロッドで打ち砕いた。
「かかったな――苦痛の雨【ペイン・レイン】!」
 スタンロッドによって打ち砕かれた何かが弾け、黄色い液体が飛散する。
 当然ながら、液体を浴びたのは桜花だった。
 最初は驚いて動きを止めたのだが、液体の腐乱臭に気付くと慌てて振り払おうとする。
「な、なにこれ!? 汚い、というか臭い!!」
「ふっ、苦痛から得た力。思い知ったようだな」
『腐った温泉卵……さては食ったときに、腹痛を起こしたな』
 他人事なので、冷静に分析する代樹。
 瓦せんべいを大振りで投げた時。そのロスタイムの間に後ろ手で温泉卵を具現。そこか
ら放物線上の軌道で、相手に当たるように投げた訳だ。
 派手な動きは他の何かを隠している、という事で何かを投げる事までは代樹にも読めた。
 しかし、さすがに砕かず、避けるように指示を出すまではいかない。
「一気に決める。来い、レイディッシュ・アウルム!」
 陽太の右手から金色、というより黄色の武器が伸びた。
 魔剣、レイディッシュ・アウルム。
 別名、沢庵漬けとも呼ぶ。まだ、切られておらず大根の原型を留めている。
『漬物とか、また料理か食材か微妙なものを……』
 混乱する桜花に向かって直進すると、陽太は沢庵漬けで殴りかかった。
「ま、負けてたまるかぁ」
 口調に素が出ている桜花が、どうにか応戦する。
――べちっ! べちっ!
「ちっ! この状況から対抗してくるとは、やるじゃねえか!」
――べちっ! べちっ!
「そちらこそ! 中学生の割にはなかなか!」
――べちっ! べちっ!
 会話はまともだが、効果音に緊張感はなかった。
 沢庵相手にチャンバラする簡単なお仕事です。
 ふと、横から見ていた代樹はそんなフレーズを思いついた。
374鑑定士「厨二が来たぞー」:2011/06/22(水) 00:57:26.21 ID:hfH8pfxQ
 スタンロッドによる一撃を受けて、沢庵漬けが二つに折れる。
「これで六本目か。くそっ、レイディッシュが本来の姿なら……」
 焦った様子を見せながら、七本目の沢庵漬けを具現する。
『いいぞ。この相手なら奇策を警戒するよりも、主導権を奪ってじり貧に追い込んだほう
 が優位に立てる。目的にも適うしな』
 上機嫌な様子で代樹は手振りをした。
『延々とたくあんを折り続けてるこっちの身にもなってよ……』
 かなりうんざりした様子で、桜花は返答した。
 それでも、陽太の一撃を曲線軌道で回避し、同時に沢庵漬けを叩き折る。
「七本目……」
 桜花はそのまま勝負を決めようとはせず、あっさりと引いた。
『ま、そろそろリソースが尽きはじめるから、これ以上不利になる前に逆転、おそらくは
 大技を狙ってくるだろうな』
『大技、ねぇ……』
 あの能力でどんな大技があるのか、疑問を抱きつつも警戒する。
「……あまり使いたくはなかったんだがな」
 代樹が言った側から、陽太は決まり文句を発した。
「本来、敵対者である神の力を利用する大技……リスクはデカイがやるしかねえな」
「いや、そういう設定は別にいいですから」
 あしらいつつも、桜花は心の準備を済ませる。油断すると腐った温泉卵のときのように
ダメージを受けかねない。
 その直後、陽太が最寄の壁に向かって疾駆した。
 桜花が驚く間も無く、跳躍して壁を蹴り、さらに高く飛ぶ。一瞬にして陽太の体は1m
の高さまで宙に浮いていた。
「三角跳び、そこから……?」
 迎え撃つようなマネはせず、桜花は能力発動を決めた。
「アドベント・マタァァァーー!!!」
 咆哮と共に巨大な何かが具現されようとしていた。
 その瞬間、真横から飛んできた腕時計が陽太の顔に直撃する。
「ぐはっ」
 桜花の目には、陽太の頬に腕時計が食い込む様子が、なぜか鮮明に見えた。
 一瞬、遅れて巨大な何かが出現し、慣性で桜花に向かって突き進む。
「わ、わっ!」
 慌てて盾を具現し、防ごうとするが相手は3m2tの巨塊。盾を出した程度で止められ
るものではない。どうにか、左斜めに受け流す。
 腕時計による攻撃で方向が逸れてなければ、危なかったかもしれない。
 重量が重量なので落下と同時に、ドシンと怪獣が歩いたかの様な音がし、鑑定室を揺る
がした。
 よくよく見ると、巨大なケーキのようだ。床との激突で表面を覆っていた、砂糖が砕け
て生地が覗いている。
 床に落下した腕時計を、持ち主である代樹が心配そうに見つめた。
『ドイツの巨大シュトレンだな。世界最大ではないにせよ、質量だけで立派な凶器となる
 ケーキだ。本来はお祝いに使うんだけどな』
ぐううぅぅぅぅ〜
 代樹の解説に重なって、盛大に腹の虫が合唱した。
「鎮ま……れ……バ、グめ……」
 能力の反動による空腹感。これほど巨大なものを具現したのだから、反動もやはり強烈
なものとなるだろう。
 最後の最後まで厨二を貫き通して、陽太は静かに崩れ落ちた。腹の虫は除く。
『桜花……! 栄養剤を』
「うん、まかせ……」
『投与するのは後にして、まずは血糖値を計ろうか?』
「ああ、鬼が居る……」
 微妙に涙しつつも、とりあえず血糖値を計る桜花だった。
375鑑定士「厨二が来たぞー」:2011/06/22(水) 01:00:29.80 ID:hfH8pfxQ
 その後、栄養剤を投与し、陽太をベッドに運び込む。目覚めるまでに医者に渡すための
書類を製作する。
 目を覚ました陽太に簡単に事情を説明して、笑顔で鑑定所から送り出す。
 やはり、その笑顔は仮面の下に隠れていたが。
「またのお越しをお待ちしています♪」
「二度とくるかぁぁぁ!!!」
 それが本日の鑑定を締めくくるやり取りとなった。

 鑑定室に戻った桜花は呆然としていた。
 巨大シュトレン、砕けた瓦せんべい、折れた多数の沢庵漬けなど……
 そこは生もの地獄と化していた。生ゴミ地獄でないだけマシだが。
「……あのさ、代樹。これどうするの?」
『そりゃ、もちろん片付けるのも守護の仮面の役割』
「…………」
『…………?』
 どこか危なっかしい足取りで桜花は前進すると、足元の沢庵漬けを一つ拾った。
『あ、いや。別に素手で片付ける必要はないんだけど』
「レイディッシュ・アウルム!」
『ぐはっ!?』
 代樹の顔面に折れた沢庵漬けがぶち当たる。
 その一撃はやはりというべきか――べちっ、とした。

「あ、陽太。おかえり」
 水野晶はドアが開く音が聞こえると、明るい声で出迎えた。
 陽太よりも一才年上の少女で、ショートの髪型や長身のおかげでよく男に間違えられる。
 返事はただいま、でも、今帰った、でもなかった。
ぐううぅぅぅぅ〜
 腹の虫の音。陽太いわくバグだ。
 定期的な能力検査、つまるところ健康診断の能力版、から帰ってきた幼なじみはかなり
お腹を空かしているらしかった。
 鑑定の時の指示によるものか、それとも寄り道でもしてきたのか。
 とにかく待たせるのは悪いかなと考え、晶は昼食を作る予定を変更してパンを買いに行
く事にした。
 陽太の両親は旅行で出かけている事が多く、晶が食事の面倒を見る事も多い。
 栄養が補給できるように、少しカロリーが高そうなパンを選んで取ると、晶はふと陽太
に感想を聞いてみた。
「陽太ー、鑑定どうだった。迷惑はかけてないよね?」
「……ああ、恐るべき暗殺拳の使い手だった」
「え?」
376 ◆peHdGWZYE.
投下終了です。いるよね、試験が終わるとダメになる奴
とりあえず、くだらない話を書きたかったのですが、妙に苦戦
父と娘の描写に比べると、フレンドリー(違)ですが、地域差か個人差という事で

避難所のシザーゴーレムとジェントルが予想外にカッコイイ