今から500年前まで、魔法とは一部の魔法使いだけの物であった。
その事を憂いた『偉大なる魔導師<グランド・マージ>』は、誰でも簡単に魔法が扱えるよう、
『共通魔法<コモン・スペル>』を創り出した。
それは魔法を科学する事。魔法を種類・威力・用途毎に体系付けて細分化し、『呪文<スペル>』を唱える、
或いは描く事で使用可能にする、画期的な発明。
グランド・マージは一生を懸けて、世界中の魔法に呪文を与えるという膨大な作業を成し遂げた。
その偉業に感銘を受けた多くの魔導師が、共通魔法を世界中に広め、現在の魔法文明社会がある。
『失われた呪文<ロスト・スペル>』とは、魔法科学が発展して行く過程で失われてしまった呪文を言う。
世界を滅ぼす程の威力を持つ魔法、自然界の法則を乱す虞のある魔法……
それ等は『禁呪<フォビドゥン・スペル>』として、過去の『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』以降、封印された。
大戦の跡地には、禁呪クラスの『失われた呪文』が、数多の魔法使いと共に眠っている。
忌まわしき戦いの記憶を封じた西の果てを、人々は『禁断の地』と名付けた。
ロスト・スペラー(lost speller):@失われた呪文を知る者。A失われた呪文の研究者。
B(俗)現在では使われなくなった呪文を愛用する、懐古趣味の者。偏屈者。
騙して悪いが、これは過去作の没設定なんだ。
これから用語を解説しながら設定を広げて行き、一つの世界を創ろうと思う。
設定をどこまで広げられるかの実験で、時には不都合な旧設定の改変も出てくるだろう。
その課程を見る。
『共通魔法<コモン・スペル>』
共通魔法とは、『偉大なる魔導師<グランド・マージ>』が考案した、『呪文<スペル>』を唱える、
或いは描く事によって、発動させる形式の魔法である。
共通魔法は、呪文によって『魔力』を制御し、様々な効果を発生させる。
二通りの発動形式は、盲聾唖者も魔法が使えるように配慮した結果。
初期の共通魔法の多くは、既存の魔法に呪文を与えた物で、その呪文も『精霊魔法<エレメンタル・マジック>』の
『精霊言語』を大部分流用しているので、正確には独自の魔法とは言えない。
種々の魔法を纏めた結果、魔法が大掛かりになる程、詠唱も魔法陣も長大・複雑化するという
欠点が生まれた。
現在、この世界で最も広く使用されている魔法である。
⇔『外道魔法<トート・マジック>』
『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』
『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』とは、現在から約500年前、『魔法暦』以前20年頃に起こった、
『共通魔法使い<コモン・スペラー>』と、『旧い魔法使い<オールド・マジシャン>』達による、魔法戦争である。
当時は魔法文明が未発達な王権社会で、旧い魔法使い達は魔法技術を秘匿独占し、
『賢者<ウィザード>』として王侯貴族に召し抱えられ、厚遇を受けていた。
大衆に魔法が広まり、権力が弱まる事を恐れた旧い魔法使い達は、
『共通魔法<コモン・スペル>』を危険視して、共通魔法使いを排除しに掛かった。
当時の共通魔法使い達は、それに抗い続け、天地が崩壊する程の長く激しい戦いの末、
旧い魔法使い達を打ち破り、大衆に魔法を解放した。
以上が魔法大戦の概要だが、当時の史料は極端に少ない。
魔法大戦に関する最古の史料は、魔法暦以後に記された、著者不明の「魔法大戦の伝承」で、
その内容も、明らかに共通魔法使い側の視点で、中立性に欠ける上、誇張と思われる記述が多い。
この事から魔法大戦は、伝説・神話として扱われている。
『禁断の地』
『禁断の地』は『唯一大陸』の西端に位置する小半島である。
断崖絶壁と険しい山々に囲まれた天然の要塞で、陸続きとなっている東側以外からは進入不可能。
『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』にて、『共通魔法使い<コモン・スペラー>』と
『旧い魔法使い<オールド・マジシャン>』達の最終決戦が行われた地と伝えられている。
終戦後も禁断の地では、魔法大戦時の旧い魔法使い達の呪いが生き続けており、
『共通魔法<コモン・スペル>』の制御が乱れる他、危険な『魔法生命体』が侵入者に襲い掛かる。
その為、『魔導師会』が認めた調査隊員以外は、立ち入る事を許されていない。
伝説に最も近い地でありながら、500年が経過した現在でも全域踏破には至っていない。
『外道魔法<トート・マジック>』
『外道魔法<トート・マジック>』とは『共通魔法<コモン・スペル>』以外の魔法の総称である。
『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』後、あらゆる魔法は共通魔法に組み込まれた。
その理屈で言えば、外道魔法なる魔法は存在しない。
外道魔法とは、正確には、共通魔法の形式に沿わない魔力の行使である。
これには当然、『旧い魔法使い<オールド・マジシャン>』達の魔法も含まれる。
『魔導師』
『共通魔法<コモン・スペル>』を使う者は、誰でも『共通魔法使い<コモン・スペラー>』だが、
『共通魔導師<コモン・スペル・ミッショナリー>』、いわゆる『魔導師』は、その中でも魔法資質に秀で、
共通魔法を深く理解している者を指す。
魔導師になった者は、自動的に『魔導師会』の構成員となり、一定の社会的地位を得る。
一般的には魔法学校の教師を務める者に必要な資格として知られている。
現在の魔導師は、殆どが『魔法学校』の上級課程を修了した後、その称号を魔導師会より
与えられた者だが、元々魔導師とは、古に共通魔法を広めた魔法の伝道師を呼んだ物だった。
『魔導師会』
『魔導師会』とは、魔法を司る、『魔導師』の集団である。
『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』後に、魔法秩序を再建・維持する為に発足した組織で、
『共通魔法<コモン・スペル>』の認定、『外道魔法<トート・マジック>』の取り締まり、魔法関連施設の運営などを
行う、この世界の実質的な最大権力集団だが、一例を除いて、魔法関係以外の権力を放棄している。
しかしながら、各界の有力者は魔導師である場合が多く、その事に不満を抱く者は少なくない。
魔導師会は『共通魔法使い<コモン・スペラー>』による共通魔法使いの為の組織であり、
魔導師でなければ魔導師会員にはなれないし、魔導師会員でない者は魔導師と認められない。
組織の最高意思決定者には、全魔導師会員による投票で選出された『八導師』の長老が就く。
『禁呪<フォビドゥン・スペル>』
『禁呪<フォビドゥン・スペル>』とは、『魔導師会』によって習得・発動を禁じられた魔法である。
禁呪と呼ばれる魔法の多くは『外道魔法<トート・マジック>』関連だが、『共通魔法<コモン・スペル>』にも
『禁断共通魔法<フォビドゥン・コモン・スペル>』と云う物が存在する。
禁断共通魔法は、危険度によって『級<クラス>』分けされている。
毒物生成や記憶操作など、比較的習得が容易で、悪用される危険性の高い『A級』。
蘇生や奪命など、生命に関わる『B級』。
天候操作や天変地異など、大規模な自然災害を引き起こす『C級』。
時間と空間を支配する『D級』。
A級以外は一般人では到底発動させられない事から、余り問題視されていない。
その為、危険度ではA級が最も高く設定されている。
「魔法大戦<スクランブル・オーバー>の伝承」ではD級に該当する魔法が登場しないので、
D級禁断共通魔法は、魔導師会に公式指定されていながら、一般には実在を疑われている。
『魔力』
『魔力』とは、魔法を使う際に必要な力である。
万物は大なり小なり魔力を有している。
それを行使するのが魔法であり、魔力が無ければ魔法は使用出来ない。
魔力の由来に関しては、過去に学会で激しい論争があったが、現在では天地から供給される物との
認識が一般的である。
魔力は消費される物であり、無尽蔵ではない。
魔法を使用する人口が増えれば、一人当たりが利用出来る魔力は減少する。
故に、『共通魔法<コモン・スペル>』が普及してから、時代を経るにつれ、魔法は弱体化した。
将来、魔法人口が増え続ければ、何時か魔法は消滅するとも言われている。
魔力の乏しい現在では、「魔法大戦の伝承」にあるような、危険な魔法は使えない。
『魔法暦』
1週=5日、1月=6週=30日、1年=12月=72週=360日と定めた、現在の暦。
年末には、月に数えない独立した最後の週、『終末週<エンド・ウィーク>』を設け、休日としている。
『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』が何時起こり、何時終わったのか、正確には定かでない。
『魔法暦』は、魔法大戦から推定20年、ある程度の秩序が回復した後に、定められた物である。
約20年の空白を挟んだ、魔法大戦以前の暦は、旧暦と称されるが、
月日の数え方は同じで、年と週の日数が異なる。
戦後最初の『魔法都市』、グラマーの完成を以って、魔法暦元年とし、
社会情勢が完全に落ち着く魔法暦96年までを『復興期』、
それから魔法文明が大きく発展した魔法暦250年頃までを『開花期』、以降を『平穏期』と称する。
現代に近付き、魔法暦500年が近付くと、次第に『停滞期』という表現が用いられるようになった。
余り響きの好くない、停滞期の呼称は、徐々に定着しつつある。
即死回避だが、まだまだ浅い。
もっと読む気が起こらない長文を続けなければ、ネタにもならないだろう。
とりあえず単独
>>100を目標にする。
『魔法学校』
『魔法学校』の正式名称は、共通魔導師養成学校である。
『魔導師会』が管理・運営する施設で、教育費有料・奨学金制度有・編入有・留年制限無。
『魔導師』の資質の有無を入学試験で判断し、望み薄と思われた者は落とされる。
魔法学校では『共通魔法<コモン・スペル>』を、難易度順に初級・中級・上級と分かれて習得させる。
受験に資格・制限の類は無いが、我が子の将来に期待を寄せる教育熱心な保護者の意向で、
入学希望者は十代に満たない若年層が圧倒的多数な為、年長者は『フリースクール』で
基礎を学んだ後、中級・上級に編入するか、魔導師の資格試験のみを直接受ける場合が殆ど。
一年の学習期間と、四半期に一度の科目別合格試験は、全課程共通だが、
期間内に昇級に必要な魔法技術を全て覚える者は稀。
その難度は、奨学金制度を有しながら、巷説で貧乏人お断りと囁かれる程。
↓
↓
魔法学校初級課程では、魔力を元に、火・水・土・風といった、自然界の力を行使する術を学ぶ。
個人によって得手不得手がある物の、ここで躓く者は少ない。
中級では、初級の応用から始まり、魔力の直接的な行使によるテレキネシス、
電気の発生などを習得するが、この段階から個人差が目立つ様になり、修得を断念する者が出始める。
上級になると、単独での連続・同時発動など、詠唱・描文に関する高度な技術まで要求される。
上級課程を修了した者には、魔導師の称号が与えられる。
上級を修了出来なくとも、中級を合格していれば、世間に人並み以上の魔法使いとして認められるが、
何年掛かっても、初級課程すら合格出来なかった者は、魔法使い的に落第者と看做される。
その為、魔法資質を有していても、自信の無い者は、受験・入学を躊躇うケースがある。
魔法学校は、共通魔法の理解を教育方針の第一に掲げているので、
基礎課程を置いて一分野に特化した能力は、全く認められない。
留年に制限が無い事は、一見親切に思えるが、才能の限界を自覚して絶望する者が後を絶たない。
故に、自信と志の無い者は、中級で卒業しろと言われる。
『外道魔法使い』
『共通魔法使い<コモン・スペラー>』以外の魔法使い達は、少数だが、現在も確認されている。
『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』以前に勢力を誇っていた、
一部の『旧い魔法使い<オールド・マジシャン>』の魔法を継いだ者は、共通魔法使い側の呼称を嫌い、
自らを『古の賢者達<オールド・ウィザーズ>の末裔』と名乗る。
秘術の継承者を探す者、厭世して隠れ住む者、『共通魔法<コモン・スペル>』を敵視する者、
その生き方は様々だが、共通魔法が普及している現在、歴史的な背景から、旧い魔法使い達は、
決して好意的な目で見られる事は無い。
過去に『外道魔法使い狩り』が流行した事も重く影響し、旧い魔法使い達は、人中では素性を隠して、
肩身の狭い生活をしている。
『失われた呪文<ロスト・スペル>』
一般的な『共通魔法<コモン・スペル>』の呪文を記した、共通魔法辞典に載っている魔法は、約10万種。
『偉大なる魔導師<グランド・マージ>』の時代から、『共通魔法使い<コモン・スペラー>』達は、
共通魔法の可能性を広げるべく、日夜新しい魔法の研究・開発を続けているが、
辞典記載の10万という数字は、それ等を総計した全魔法数の半分にも満たない。
その理由は、『禁呪<フォビドゥン・スペル>』が設定された事よりも、類似の魔法が整理された事が大きい。
例えば、暗闇に明かりを灯す『松明の魔法』は、類似の効果を持つ、弱い火の魔法と統合された。
着火に使われていた『火種の魔法』も、同種に統合されている。
現在の『魔法学校』では、それ等の魔法を教える事は無い。
他の魔法で代用が利くのなら、使途の限定される旧魔法の知識は不要だからである。
こうして忘れられた魔法も、冗談で『失われた呪文<ロスト・スペル>』と言われた。
俗称の『ロスト・スペラー』は、知識人振った懐古主義者が、得意気にマイナーな魔法知識を
披露するなどした場合に、軽蔑の意を込めて使われる。
『懐古主義者<ロスト・スペラー>』の例:
「近頃の学生は、地図の魔法も知らない」
「私が若い頃は、今の倍は呪文を暗記させられた」
『唯一大陸』
この世界の陸地は、惑星表面積の約1/20を占める『唯一大陸』以外には、小島群しか存在しない。
小島の人口は、最大で50万人程度。
群島で一つの集団を形成している場合でも、人口は100万に満たない。
この事実は、『魔法暦』322年に、第六魔法都市カターナの航海軍が確認した。
唯一大陸が、この惑星唯一の大陸である事は、「魔法大戦の伝承」で既に示されており、
常識として広く知られていたので、航海軍の報告は余り驚かれなかった。
国家の概念は『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』で崩壊した為、結社・協会の類を除けば、
戦後は『都市』が政治の最大単位となっている。
『六大魔法都市』と『禁断の地』がある唯一大陸は、この世界の中心と言って差し支えない。
『魔法文明』
この世界で『魔法文明』と言えば、『共通魔法<コモン・スペル>』を基礎に発展した文明の事である。
共通魔法を通じて、『魔力』を万人が利用可能な物とし、それが普遍的な存在となるまで、
積極的に日常生活に組み込んだ結果、魔法文明は創られた。
『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』を制した先人達が、『復興期』に地道な努力を積み重ねた結果である。
『開花期』に発明された新魔法、そして、それを利用した『魔法道具<マジカル・ツール>』の数々は、
人々の生活の質を飛躍的に向上させた。
その礎を築いた、復興期の『魔力石<エナジー・ストーン>』と『魔導回路』の発明は、あらゆる魔法道具に
技術を応用されており、魔法暦史上、特に重要視される。
『六大魔法都市』
『六大魔法都市』とは、『唯一大陸』に、正五角形の大魔法陣を描く、六つの魔法都市の事である。
各都市とも、人口500万人以上の大都市で、周辺に衛星町村郡を抱える。
都市が建設された順に、第一魔法都市グラマー、第二魔法都市ブリンガー、第三魔法都市エグゼラ、
第四魔法都市ティナー、第五魔法都市ボルガ、第六魔法都市カターナと名付けられた。
大陸の中心に位置する、第四魔法都市ティナーから、等距離にある五つの魔法都市へ、
『大魔力路<エナジー・ロード>』が伸び、同様に、隣接する各魔法都市も、大魔力路で結ばれ、
これが都市を守護する大魔法陣を描いている。
ティナーの真北にエグゼラ、そこから時計回りに、ボルガ、カターナ、ブリンガー、グラマー。
この大魔法陣が完成したのは、魔法暦96年の事。
大魔法陣完成は、大陸の秩序安定の証であり、後世、これを『復興期』と『開花期』の区切りとした。
『魔力石<エナジー・ストーン>』
『魔力石<エナジー・ストーン>』は『魔力』を封じた石である。
魔力石には、天然の物と、人工の物が存在し、発明初期は両者を区別して、人工の物を
『人工魔力石』と呼んでいた。
しかし、人工魔力石の改良が進み、性能が天然物を上回るようになると、人工物の方が一般的となり、
近年では、単に魔力石と言えば、人工物の事を指し、逆に天然物が『天然魔力石』と呼ばれる。
これとは別に、魔力を蓄えた固形塊全般を、俗に魔力石と称する事があるので、(厳密には違うが)
魔力石は必ずしも『石』とは限らない。
これを用いれば、魔力が少ない土地や状況、魔法資質に乏しい者でも、容易に魔法を扱う事が出来る。
殆どの『魔法道具<マジカル・ツール>』を使用する場合に欠かせない物で、大抵はセットになっている。
魔力石は『魔法道具店』で普通に販売されており、『魔法学校』の授業・試験でも配布されるので、
この世界の人間なら、魔法に関心が薄い者でも、常識的に知っている。
世界規模で魔力が乏しい近年では、価格高騰に加えて、『魔導師会』により個人の所持制限数が
定められ、何らかのコネが無ければ大量入手は不可能。
『魔導回路』
『魔導回路』とは、その名の通り、『魔力』を流す回路である。
伝導体には銀や金などの貴金属の他、清水や血液などの液体、有機ゲルが用いられる事もある。
この発明によって、魔力の輸送・供給が容易になった。
現在では『魔力石<エナジー・ストーン>』と共に、二大発明と称される。
特筆すべき性質は、魔導回路で呪文を描くと、魔力を流した時に、その魔法が発動する事である。
『六大魔法都市』を繋ぐ『大魔力路<エナジー・ロード>』は、巨大な守護魔法陣を描いている。
これは『魔導回路』の仕組みと同様で、呪文を描くのと同様に、魔力が巡る順も決まっている。
同じ原理を用いた『魔法道具<マジカル・ツール>』に、『魔導機』という物がある。
『魔法都市』
『魔法都市』とは、『共通魔法<コモン・スペル>』の魔法技術を都市機能に取り入れた都市を言うが、
この世界で魔法都市の名を冠する事は、語義以上の意味を持っている。
魔法都市を支えている魔法技術、及び魔法関連施設は、『魔導師会』が管理・運営している為、
魔法都市の名は、魔導師会が都市の生命線を完全掌握している事を暗に示している。
それは魔導師会の後ろ盾がある証明でもある。
魔導師会は、『六大魔法都市』以外の都市を魔法都市とは認めていない。
今の所、新たに魔法都市を認定する雰囲気も無い。
魔導師会が公認した魔法都市以外にも、魔法関連施設は存在しているので、そのサポートは行うが、
本格的な支援を要する、大規模な魔法関連施設の新設には、極めて消極的である。
その為、魔法都市と、それ以外の都市とでは、発展の度合いに格差があるが、魔導師会は、
『組織影響力の自制』を理由に、不干渉を決め込んでいる。
その不均衡に起因する批判を受け、魔導師会は近年、グラマー以外の魔法都市では、
魔法関連施設の新設に慎重になっている。
『大魔力路<エナジー・ロード>』
地域間を結ぶ、巨大な魔力輸送路を『大魔力路<エナジー・ロード>』と呼ぶ。
街道に沿って設置された、金属製の巨大パイプで、伝導体には『魔導ゼリー』と呼ばれる、
ゲル状の特殊な混合液を用いている。
管理責任者は『魔導師会』。
魔法人口が集中している『魔法都市』は、土地的に強い『魔力』を持っているが、
一人当たりが利用可能な魔力の量は少ない。
その為、都市部の者が魔法を使うには、安定した魔力の供給が必要で、大魔力路は元々、
僻地から魔力を汲み上げる目的で、造られた物だった。
大魔力路を通る魔力は、各都市に供給・分配され、企業・家庭は、安定した魔力を得る代わりに、
使用量に応じた金額+税金を魔導師会に徴収される。
魔導師会は、この税金部分で大魔力路の維持・管理を行っている。
過去、破壊活動の標的になった事があり、その際に都市と魔導師会が共同で組織した、
『保安巡視隊』が常に異常が無いか見回っている。
『魔法資質』
旧い時代、人間が魔法を使用する際には、三つの条件が必要だった。
それは、魔力の感知が出来る事、魔力の制御が出来る事、そして魔力の源が存在する事である。
『共通魔法使い<コモン・スペラー>』に必要とされる資質、所謂『魔法資質』とは、この内の感知能力を指す。
『共通魔法<コモン・スペル>』は感知能力が乏しい者でも、『魔力』を制御出来るように創られた。
しかし、共通魔法でも、魔法資質を持つ者の優位は変わらない。
魔力を感知出来る者が扱う魔法の効果は、感知能力を持たない者とは比較にならない。
魔力は環境によって変化する、自然の物である。
その魔力の作用を、発動者本人が直接感じる事で、より高度な制御が可能となるのだ。
感知能力は個人の体調や気分で大きく左右される。
基本的には落ち着いた精神状態で、集中力が高まっていると良いとされているが、
例外も存在し、実際に感知能力が鈍化・鋭敏化する環境は、十人十色である。
高い感知能力を有する者でも、鋭敏化する環境の再現が困難では、実力を発揮し難い。
安定して高い感知能力を維持出来る者でないと、優秀な資質の所有者とは認められない。
優秀な魔法資質の持ち主であれば、魔力の乏しい現在でも、『魔法石<エナジー・ストーン>』に頼らず、
魔法を使用する事が可能。
意外な事だが、優秀な魔法資質と、『魔法学校』の成績とは、余り関係が無い。
『魔導機』
『魔導機』とは、『魔導回路』で呪文を描く事によって、魔法を発動させる機械である。
魔導回路が発明された同時期には、既に試作機が存在しており、完成したのが魔法暦110年。
その後、発展型が多数開発されたが、魔導機を使うという事は、魔法が下手な証明になり得るので、
保守派のレッテル貼りを嫌忌して、開発競争は下火になった。
即ち、この発明の要点は、発動者が呪文を知らずとも、魔法を使える点である。
『魔力石<エナジー・ストーン>』があれば、魔力の問題も無く、魔法の使用に必要な三条件を、
魔導機という機械だけで満たせる事は、当時の魔法使い達にとっては衝撃であった。
これが唯一、人に及ばぬ点は、魔力の感知と制御を、連動させられない事。
誰が使っても、最低限の効果しか得られない事は、魔力の不足が問題となっている今日、
人が魔法を使う事の重要性を再認識させた。
この問題点を解決するには、相当の時間と新技術が必要で、当面は魔法使いの優位は
揺らがないであろう。
『魔導ゼリー』
『魔導ゼリー』とは、『魔力』を通し易くする媒介物質である。
明るいオレンジ色の、半透明なゲル状物質で、無臭、水溶性。
食用でない為、経口摂取しても、腹を下す以外に害も益も無いが、とにかく不味い。
原料については、生産者『魔導師会』が企業秘密としており、一般非公開。
人体の一部を原材料に用いているなど、不穏な噂もあるが、魔導師会は反応しないので、真偽不明。
『魔法道具店』では、瓶詰めで売られており、魔法陣を描く際に、塗料として使用される。
また、同名の健康食品(魔導師会未認可)が存在する。
これは魔力を含んだ魔導ゼリーを食して、体内に魔力を蓄え、魔法の資質を目覚めさせようという、
荒唐無稽な理論で、購入意欲を煽った物だが、一時期大流行した。
魔力を含んだ物を食べても、人体に魔力は蓄積されない上に、魔導ゼリーは消化・吸収され難い。
魔導ゼリーを口にした時に広がる、本来の吐き気を催す絶妙な薬臭さに、一体何を混ぜたのか、
苦味がブレンドされ、地獄のハーモニーを奏でる。
認可申請を即刻却下されたにも拘らず、何時までもパッケージに堂々と許可申請中と書く悪質さに、
良薬口に苦しの言葉を信じた、多くの消費者が騙された。
↓
↓
子供向けの菓子類にも、同名の物がある。
甘い砂糖ゼリーの材料に、魔導ゼリーを申し訳程度に混ぜた物で、魔法が上達したりはしないが、
食用には十分適う。
健康食品の方が先に商品化された為、こちらは販売当初、酷い風評被害を受けた。
魔導ゼリーを体内に取り込む発想は、実は悪くは無い。
魔力を吸収し易い体質は確かに存在するし、その者は魔力感知能力に長けている傾向がある。
人体に優れた魔力伝導体の性質を持たせる事が出来れば、魔法資質を得る事も容易になるだろう。
しかし、それを元々食用でなかった魔導ゼリーで、しかも科学的考察に基づいた改良も無しに
実行するのは、無謀であったと言わざるを得ない。
『フリースクール』
『フリースクール』とは、『魔導師会』の有志によって開かれる、『共通魔法<コモン・スペル>』習得講座である。
意欲のある者なら誰でも、資格・試験の必要無く、参加出来る。
しかし、内容は『魔法学校』初級程度で、それ以上の事を学びたければ、魔法学校入学を勧められる。
優秀な成績を修めれば、講師の『魔導師』の伝手で、学校に推薦して貰える場合もあるが、
その伝手を持っている講師の存在自体が稀。
魔法学校は『復興期』からの伝統を持っているが、フリースクールは『平穏期』に
『バファル・ススール』という人物が始めるまで、組織として存在していなかった。
フリースクールが行っている事は、現代では忘れられがちな、魔導師の原点回帰である。
フリースクールは、魔法学校が現在の体制になる以前の、万人が魔法に携わり、魔法と共に生きる
社会を創ると云う、その最初期の理念を、忠実に実行している。
『外道魔法使い狩り』
『開花期』から『平穏期』に移る数年間、『外道魔法使い<トート・マジシャン>』を積極的に摘発する、
外道魔法使い狩りが流行した。
発端は外道魔法使いによる『共通魔法使い<コモン・スペラー>』殺人事件で、これを切っ掛けに
市民(これは共通魔法使いに限らない)による無差別な私的報復が頻発。
『魔導師会』も過激派の制止や外道魔法使いの保護を行わなかった為、
『狩り<ハント>』は街中でも平然と行われるようになり、当時既にマイノリティーだった外道魔法使い達は、
都市を追われて辺境に移り住んだ。
外道魔法使い達が街から姿を消すと、狂気的な狩りは勢いを失い、自然消滅した。
歴史学者は、この凶行の背景には、時代の流れも影響していると、考察する。
この時期は、『禁断の地』を除いて、『唯一大陸』に未踏の地が無くなってから、既に20年以上が
経過しており、同時に、魔法文明の隆盛も落ち着き始め、民衆の間に、行き場の無い不安と不満が
渦巻いていた時期だった。
その矛先が、一つの事件を切っ掛けに、罪無き外道魔法使い達に向けられた。
現在では殆ど語られない、歴史の暗部である。
『魔法道具店』
『魔法道具店』とは、『魔導師会』が経営する、魔法関連道具の専門店である。
魔導師会認定『魔法道具<マジカル・ツール>』の販売・修理・回収を行っているが、買取は行っていない。
魔法道具店の価値は、一般市民でも魔導師会公認の魔法道具を入手可能な所と、
もう一つ、取扱商品に対する信頼性にある。
魔法道具店で売られている物は、全て魔導師会の認定を受けており、不良品・偽物を
掴まされる危険性は殆ど無い。
商品に問題があっても、責任の所在が明確なので、来店客は安心して商品を購入出来る。
但し、少々値が張るので、より安価な物を求める者は、『非公認取引所』に向かう。
店長には『魔導師』が任命されるが、店員の配置は店長に一任される。
どんな僻地でも、魔法道具の需要はあり、一定以上の収入は約束されているが、
定期的に魔導師会の経営監査が入るので、店長と言えど、好き勝手な商売は出来ない。
『八導師』
その名の通り、『魔導師会』を代表する、八人の『魔導師』達。
就任期間は16年で、在任中、余程の不祥事を起こさなければ、任期を全うする。
二年に一度の、全魔導師による投票で選出された一人が、新たな八導師となり、
長老(この場合、年齢は関係無く、就任期間が最も長い者)は八導師の座を退く。
八導師の座を降りた者は、被選挙権を失い、二度と八導師になる事は出来ない。
元八導師の多くは、肩書きを捨てて、魔導師会の一会員に戻り、権力の座からは遠退く。
八導師は、他の魔導師では知り得ない、過去の魔導師会の意思決定に関する記録や、
『禁呪<フォビドゥン・スペル>』の資料に触れる事が出来る。
八導師は魔導師の利益より、『共通魔法<コモン・スペル>』社会の秩序維持を優先しなくてはならない。
魔導師会員から選ばれながら、魔導師達に不利な決断をしなければならない時には、
反感を抱かれる事もあるが、現在の魔導師の地位は、共通魔法中心の社会があってこその
物だという事は、魔導師達も自覚しており、八導師が『法の法による決定』を下した場合は、
反論があっても、必ず従わなくてはならない。
八導師は、個人・団体の利得・名誉に囚われない、人格者でなければならない。
志高い若い八導師は、時に年長の八導師と対立するが、八導師と魔導師会の歴史を知れば、
使命の遂行者へと変貌する。
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八導師の由来は、『偉大なる魔導師<グランド・マージ>』と共に魔法を広めた、八人の高弟達にある。
高弟達は、『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』以前に、『共通魔法使い<コモン・スペラー>』による結社、
『魔法啓発会』なる組織を創って、共通魔法を人々に広めていた。
これが後の魔導師会となる組織で、八導師とは、八人の高弟達の伝統的な後継者とされている。
古代から続く制式に倣い、八導師が全員入れ替わるには、16年を要する。
この緩やかなコンベア式の選出制度は、在任中、未熟な後進に、八導師と魔導師会の在り方を示し、
魔法社会の秩序を歪ませない為のシステムだが、一部の魔導師達からは、早急な改革の必要性が
発生した場合の、対応の遅れを懸念する声も出ている。
『魔法道具<マジカル・ツール>』
『魔法道具<マジカル・ツール>』とは、魔法の効果を持った道具、及び、魔法を使用する際の補助となる
道具の総称である。
『魔力石<エナジー・ストーン>』、魔力伝導体、呪文書、『魔導機』は、全て魔法道具の一つ。
『魔導師会』の審査を受けて、合格した魔法道具は、魔導師会認定商品となり、権利者が希望すれば、
『魔法道具店』に置く事が出来る。
故に、魔法道具店には、魔導師会の研究機関が開発した物以外の商品も、陳列されている。
魔導師会未認可の魔法道具は、性能の記述に偽りがある場合が多く、それが悪質な場合は、
魔導師会の取り締まり対象になり、販売を禁止される。
しかし、魔導師会には、全ての魔法道具を査定する義務は無いので、魔法道具店以外の店舗で
購入した、魔導師会未認可商品に関しては、自己責任となる。
『非公認取引所』
正式には、魔導師会非公認魔法道具取引所。
『魔法道具<マジカル・ツール>』の中古品や、『魔導師会』未認可商品を取り扱う市場。
『魔法道具店』では行われていない、魔法道具の買取も行っている。
効率上、他のバザールと同時に開かれる場合が多い。
一般には、出所の不明な魔法道具を、出自の怪しい者達が販売する所と認識されているが、
中には『魔導師会』の認定を受けていないだけで、普通に扱える商品を廉価で販売する業者もいる。
何を掴まされるか判った物では無いが、それと割り切って楽しむ好事家と、安価な物を求めて
訪ねる者達で、(来客の半分以上は冷やかしだが)取引所は何時も繁盛している。
時折、『外道魔法<トート・マジック>』関連の魔法道具など、販売禁止されている商品を取引していたり、
それを摘発する目的で、魔導師会のエージェントが潜んでいたりするので、危険と隣り合わせな
地下市場のイメージが強い。
大抵は人目を忍んで開催されるので、一般市民には無縁の場所と思いきや、都市が主催する
取引所もあり、そちらは参加業者の身元を調べるので、比較的外れが少ない。
初心者は、都市主催のバザールに参加した際、地下市場に誘われて、被害者になる事が多い。
『法の法による決定』
『法の法による決定』とは、『八導師』によって下される、『魔導師会』の最高位意思決定であり、
如何な理由があろうとも、『魔導師』ならば、これに従わなくてはならない。
一応、不満・反論を言ったり、疑念を抱く程度の自由は保障されているが、
『公会議』の決定とは違って、これを下すに至ったプロセスが公開される事は、先ず無い。
この決定に関する疑問には、「全ては『共通魔法<コモン・スペル>』社会の秩序維持の為」という
回答しか用意されていない。
詰まり、魔法社会の秩序維持の為に、諸事情は公表出来ないが、魔法社会の秩序維持には、
絶対不可欠な事案がある場合に、法の法による決定が下るのだ。
有無を言わせぬ強権的な決定は、一度でも下せば、八導師の信用を著しく低下させる。
故に、法の法による決定は、慎重に議論を重ねた結果、これ以外に手段が無いと判断して、
初めて下される、云わば緊急手段であり、濫用は出来ない。
過去の決定に関する記録は、機密文書として保存されており、八導師のみが閲覧出来る。
一部の魔導師達からは、公開を希望する声もあるが、八導師が何人入れ替わっても、
これを公開する者は一人として現れない所から、相当の事が記されている物と推測されている。
実際、文書の公開を約束して、八導師に選ばれた者が、無言で八導師の座を降りた事もある。
歴代の元八導師は、口を堅く閉ざして権力の座から離れ、中には魔導師を辞めた者までいる。
それは魔導師会の闇に触れたが故なのか……真相を知る者はいない。
余談だが、元八導師の約半数は、人知れず旅に出て、行方不明になっている。
『公会議』
『公会議』とは、『魔導師会』の『魔導師』代表が、公の取り決めを定める際の、話し合いの場である。
規模の大小、地方・中央を問わず、魔導師会の意思を決定する会議は、公会議と呼ばれ、
各地方・分野・組織毎に、定例公会議があり、緊急時には臨時公会議が開かれる。
下級組織の決定より、上級組織の決定が優先され、場合によっては下級の決定を取り消す事もある。
公会議の議事録は、一月以内に必ず、公開可能な形で、『魔法史料館』に提出しなければならず、
これを無視、或いは怠った場合、公会議の決定は無効になる。
提出された議事録は、魔法史料館の大書庫に収められ、誰でも閲覧可能な状態になる。
公会議は、魔法史料館以外の施設に、議事録を提出する義務は無いが、大抵の場合、市民の同意と
協力を得られるように、所在地域の図書館にも資料を送る。
『魔法史料館』
『魔法史料館』とは、第一魔法都市グラマーの名所の一つであり、
古今あらゆる魔法に関する史料を閲覧出来る場所である。
『魔導師会』に属する一組織でもあり、『図書館連盟』に名を連ねている。
一般的な『共通魔法<コモン・スペル>』の呪文を記した共通魔法辞典は、この魔法史料館が発行している。
共通魔法の歴史を学ぶのに、これ以上無い場所だが、史料を全て数えるだけで、
生涯を終えてしまうと言われる程、その量は膨大である。
圧巻は、共通魔法に関する、あらゆる文書を集めた、地下の大書庫。
軽く調べ物をしようと訪れた初見の者は、先ず書庫の広大さに驚き、次いで書棚の高さに竦み、
そして書物の多さに絶望し、結局一冊も本を手に取る事無く、大書庫を後にする。
大書庫の荘厳さは、人に畏怖の念を抱かせる程である。
呪文書に魅了され、寝食を忘れて史料館に入り浸った青年が死亡した。
地下大書庫の更に地下には、『禁呪の書』が眠る禁書の間が存在する。
その他、史料館七不思議など、様々な噂が囁かれているが、史料館は立派な名所である。
因みに、禁断共通魔法の呪文を記した、所謂、禁呪の書は、魔導師会が本部で厳重に管理している。
『図書館連盟』
市民の知る権利と、表現の自由を守る為の、情報関連機関連盟。
殆ど全ての書店・図書館・史料館・出版社・情報機関が加盟している。
他の支配を受け付けない、完全に独立した組織で、全ての図書を資料として扱い、
あらゆる圧力から図書を守る。
同時に、有害図書の指定、虚偽・誇大広告の取り締まりも行っている。
発禁処分になった図書も、許可を申請すれば、閲覧は可能。
図書を守る態度は徹底しており、一度出版された図書は、旧版も含め、資料として永遠に保存される。
発行者の要請であっても、保存図書の回収には絶対に応じない。
それは都市や『魔導師会』に対しても同様である。
『禁呪の書』
『禁呪の書』とは、禁じられた呪文、即ち、『禁呪<フォビドゥン・スペル>』を記した書物である。
『魔導師会』は、『禁断共通魔法<フォビドゥン・コモン・スペル>』の呪文を記した、禁呪の書を保管している。
これは『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』後に、『共通魔法使い<コモン・スペラー>』の研究者が開発した
禁呪を記した物であり、『禁断の地』に眠る、『失われた呪文<ロスト・スペル>』の禁呪とは違う。
しかし、禁断の地に封印された禁呪が、どの様な物か、知る者はいない。
そもそも禁断の地は未踏破領域で、「魔法大戦の伝承」の内容が、真実か否かすら判ぜられない現状、
疑うのなら、禁断の地には本当に禁呪が封印されているのか、古代に禁呪と呼ばれる魔法が
実在していたのか、そこから始めなければならない。
実は、魔導師会は、既に、失われた呪文と同レベル(或いは、それ以上)の効果を持つ魔法の
呪文を知っているという噂もある。
第一魔法都市グラマー
グラマーは、『唯一大陸』の西北西に位置する、最初の『魔法都市』である。
『魔導師会』の本部がある、『共通魔法使い<コモン・スペラー>』の聖地で、共通魔法使いなら、
一生に一度は訪ねておくべき場所と言われる。
北東にエグゼラ、東にティナー、南にブリンガーと繋がる大街道があり、
西側には、『夕陽の荒野』と『砂漠の死都』、その先に『禁断の地』がある。
人口は900万人弱で、魔法都市の中では、中程度の規模。
西から乾いた風が送られる為、一年を通して乾燥した気候で、降雨は少ないが、荒天も無い。
作物の出来は、他の地方に比べて悪く、不足分は輸入で補っている。
魔法以外では、乾物・製薬・陶芸が有名。
世界で唯一、魔導師会が直接運営する都市であり、市長には、『八導師』の長老が就く。
グラマーは、共通魔法使いの、共通魔法使いによる、共通魔法使いの為の都市なのだ。
グラマー市民は、聖地の出身である事に誇りを持っており、厳格で傲慢、排他的。
表向きは親切だが、他の市民を見下す傾向にある。
しかし、礼節を尽くす者には好意的で、(基本的に上から目線だが)実力・功績も正当に評価する。
良くも悪くも、魔導師会中心の魔法至上主義者で、魔導師会の影響を大きく受け易い。
第二魔法都市ブリンガー
グラマーに続き、二番目に建設された、『魔法都市』。
『唯一大陸』の南西に位置し、北はグラマー、北東はティナー、東はカターナに通じる大街道がある。
気候は温暖で、住み心地が良く、農業が盛ん。
その為、人口は1500万人を超え、六つの魔法都市の中でも大規模。
何があるかと言えば、農業しか無い所だが、逆に言えば、農業でブリンガーに勝る地方は無い。
殆どの都市に、農産物を出荷している、世界の大農場。
他の都市からは、羊を追いながら、畑を耕している田舎都市と思われているが、実際、その通りである。
街中でも、堂々と家畜が歩いており、人は牛馬が引く荷車に乗って移動する。
ブリンガー市民の気質は、何処までもマイペースで、野心・冒険心に欠ける。
向上心が皆無という訳ではないが、余り多くを求めない。
市民の性格上、革新は起こり難く、流行物の浸透も非常に緩やか。
ブリンガー全体に広まる頃には、既に流行が終わっているので、流行り廃れとは無縁と言える。
しかし、農業の事になると、目の色を変えて素早く対応する。
動植物の生態に詳しく、その分野でのブリンガー市民の常識は、専門図鑑レベル。
第三魔法都市エグゼラ
『唯一大陸』の北に位置する、三番目の『魔法都市』。
南西はグラマー、南はティナー、南東はボルガと大街道で結ばれている。
エグゼラは極寒の地で、工業も農業も余り発展しておらず、市民は鉱業と狩猟で生計を立てている。
人口は600万人程度で、魔法都市の中では、最も規模が小さい。
厳しい環境の為か、他の都市(グラマーは例外とする)に比べ、『魔導師会』への依存が強い。
エグゼラは、冬になると、凍結と積雪で大街道が封鎖され、陸の孤島になる。
故に、秋から人の移動が活発になり、物資の輸入・購入量が大幅に増加する。
エグゼラ市民は、融通の利かない頑固者。
寡黙で、口より先に手足を動かす性質だが、他人の指示では動かない。
エグゼラ市民は、貧しい冬を経験する為か、貰える物は何でも貰い、溜め込んだ末に、持て余す。
他人が物を粗末に扱う様を見ると、(それが食べ物なら一層)不快を顕わに激怒する。
本能的な物か、男女共に審美眼が独特で、(筋肉質過ぎず、肥満体過ぎない)恰幅の良い者を好み、
気に入った者を積極的に鍛え、太らせようとする。
第四魔法都市ティナー
『唯一大陸』の中央にある、四番目の『魔法都市』で、エグゼラより僅かに遅れて完成した。
全ての魔法都市と繋がる、交易の中心地であり、2000万人以上が暮らす、世界最大の都市。
時に、都市と『魔導師会』が対立するが、それは立場が対等な証であり、仲が険悪という訳ではない。
降雨が少ない土地だが、グラマー程は乾燥しておらず、温暖で暮らし易い。
しかし、人が多い所為か、犯罪率が最も高く、住民間のトラブルも絶えない。
特産品と呼べる物は無いが、商業が活発であり、サービス業が抜群に発展・充実している。
その充実度は、ティナーに来れば何でも揃うと言われる程。
ティナー市民は、明るく社交的で律儀だが、何かと忙しく性急で、人の話を聞かない。
流行に敏感で、目新しい物には、何にでも飛び付く。
安価な物にも惹かれ易く、エグゼラ市民とは別ベクトルで貧乏性。
学習能力は高いのに、自らの方向性は改めないので、全く同じ過ちは繰り返さないが、
似た様な手口に何度も引っ掛かる。
最大の欠点は、他の市民を愚鈍扱いする事。
第五魔法都市ボルガ
『唯一大陸』の東北東に位置する、五番目の『魔法都市』。
北西にエグゼラ、西にティナー、南にカターナへと通じている大街道がある。
人口は800万人程度で、グラマーとは逆に、一年を通して降水が多く、冬期には降雪がある。
工業が発達しており、優秀な製品を各地に輸出している。
農産物・海産物も出荷しているが、そちらの印象は殆ど無い。
住み難い訳ではないが、余り目立たない土地で、エグゼラに次いで、人の出入りが少ない。
ボルガ市民の気質は、一言で表すと、根暗。
誠実だが、人見知りが激しく、消極的で主体性に乏しい。
厄介事を嫌う保守的な性格だが、順応性と協調性は高いので、方向が定まると、改革は速やか。
他市民からの印象は好いが、如何せん地味。
切れると怖い。
第六魔法都市カターナ
『唯一大陸』の南東に位置する、最後の『魔法都市』。
北にボルガ、北西にティナー、西にブリンガーへと通じている大街道がある。
人口1000万人超の、活気に満ちた海洋都市で、周辺の小島群とも交流がある。
南風が暖気を運ぶ、高温多湿の熱帯気候で、独特の農作物が育つ。
南国の植物と、海産物、小島との交易品が有名。
最後に建設された為か、魔法都市の中では、『魔導師会』との繋がりが最も薄い。
カターナ市民は、陽気で快活だが、細事に気が回らない。
大らかで、感情の変化を隠せない、嘘が吐けない性質。
恨み辛みを溜め込まないが、重要な事も忘れ易い。
カターナ市民と約束事をした時は、短い周期で確認作業を入れないと、忘れ去られる。
故に、貸し借りは苦手で、相手に渡した物が返って来るとは思っていないし、逆も然り。
現金な現物主義者で、ネイチャリスト。
肌を覆う服や、過剰な装飾を嫌い、寒さに弱い。
『魔法啓発会』
『魔法啓発会』とは、旧暦に『偉大なる魔導師<グランド・マージ>』の高弟達が組織した、
『共通魔法<コモン・スペル>』を広める者の集まりである。
啓発の意味通り、当時、魔法使いの専売特許だった魔法の使い方、そして、魔法と云う物の
何たるかを、民衆に教え示す事を目的としていた。
これは、長年魔法使いが秘匿して来た、魔法の神秘を暴く事であり、当然ながら、魔法使い達の
不興を買い、非難・攻撃の対象となった。
実は、魔法啓発会の創設に、グランド・マージが関与した事を、指し示す史料は存在しない。
この為、魔法啓発会は、高弟達が勝手に組織した物との見方も、可能である。
『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』以外で、同会の活動にグランド・マージが協力した記録も無く、
一部の歴史学者からは、グランド・マージが共通魔法を創った目的は、真に民衆の為だったのか、
疑う声も出ている。
グランド・マージは自ら、考案した魔法を、共通魔法と名付けたので、それ以外に何の意図が
あったのか、明言出来る者はいないのだが……。
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第一魔法都市グラマーの完成から、魔法啓発会は、次第に秩序維持組織へと変貌して行く。
その過程で、『魔導師会』は誕生した。
魔法啓発会は、グラマー完成後も引き続き、『唯一大陸』開拓と共に、共通魔法を広めて行こうと
していたが、魔法大戦後の世界は混乱の直中にあり、強い力を持つ者の保護を必要としていた。
しかし、啓発会の名では、秩序維持活動を行うに当たって、不都合が生じる。
そこで『八導師』は、魔法啓発会の後継組織名を、『魔導師』の集まりを意味する、魔導師会とし、
秩序維持活動を行う際に、当たり障りが無い様にした。
これには単なる名称変更以上の目的があった。
八導師は、これまで「共通魔法を教える者」の呼称に過ぎなかった、魔導師の意味を変えた。
「共通魔法を教える者は、共通魔法について、正しく理解していなければならない」として、新たに
魔導師選抜制度を設け、公正な試験に合格した者のみを、魔導師と認定し、有資格者の地位を与えた。
魔導師会を、「特別な資格を与えられた『共通魔法使い<コモン・スペラー>』の集まり」と定義する事で、
八導師は、魔導師会の権威付けに成功したのだ。
魔法啓発会と魔導師会、二つの名称は、その後も暫くの間、混在していた。
未開の地に、共通魔法を広めに行く時は、魔導師会の魔導師と名乗るより、魔法啓発会の一員と
言った方が、通りが良かった為である。
事情を知らぬ者にとっては、魔導師は正体不明の存在で、それが組織を結成して、
権威を振るっているとなれば、警戒されて当然だった。
魔導師会が、正式に自称を魔導師会で統一し、魔導師に所属組織を、魔法啓発会と
名乗る事を禁じたのは、魔法暦96年の事。
『六大魔法都市』が大魔法陣を描いた年、啓発会の目的は達成されたとして、
魔導師会は、完全に魔法秩序を維持する為の組織となった。
魔導師会が、第一魔法都市グラマーを治めているのは、魔導師会が魔法秩序だけでなく、
治安の維持まで担当していた、過去の名残である。
他の都市では、飽くまで、協力者の体を保ち、政治は市民が選んだ者に任せていた。
『夕陽の荒野』
第一魔法都市グラマーの西に広がる、広大な荒野。
疎らにブッシュが生えている他は、何も無いので、とても見晴らしが良い。
グラマーから見た時、地平線に夕陽が沈むので、この名が付いた。
荒野の更に西には、砂漠が広がっている。
日が暮れると、野生の狼が出没する、危険地帯。
雨は降るのだが、一日に数時間程度、短い時には、数分で止んでしまう。
しかも、間隔は不定期で、二、三日続けて降ったり止んだりを繰り返す事もあれば、
半年以上降雨が無い事もある。
天から以外に、水源は無く、人が住めるような所ではないので、通り掛かる者も滅多にいない。
『禁断の地』へ行くには、ここを通り抜けなければならないが、先の砂漠と合わせると、休み無しで
歩いても、一日では渡り切れない。
禁断の地に向かう場合、日中に夕陽の荒野を抜け、砂漠の死都で一泊するのが、理想とされている。
『砂漠の死都』
『夕陽の荒野』を抜けた先の砂漠にある、王都の残骸。
巨大な砂漠の半分を占める、巨大都市遺跡だが、その大半は砂に埋もれた瓦礫の山で、
今となっては、人が暮らしていた痕跡すら見られない。
旧暦に栄華を誇っていたが、『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』の結果、滅んだと言われている。
しかし、グラマーからは遠く、生命の危険を冒してまで、探索に向かう者がいない為、詳細は不明。
ここを訪れる者は、民家だったと思われる石造りの廃屋を、『禁断の地』近くにある『レフト村』への
中継地として利用するのみ。
降雨が全く無く、大規模な砂嵐や流砂が起こる為、動植物は殆ど生息していない。
砂漠で起こる砂嵐が、夕陽の荒野での降雨に関係すると言われている。
この地は、磁場が乱れているので、残骸の配置から、方位を正確に記憶していないと、
迷って出られなくなる。
噂では、王都の亡霊が、人を惑わすのだと言われている。
『レフト村』
『レフト村』は、砂漠の北西端にある、人口1000人未満の小村である。
『禁断の地』に最も近い集落で、『復興期』から『開花期』の一時期までは、
調査隊や冒険者が頻繁に訪れ、賑わっていたが、近年は寂れてしまっている。
そうした経緯から、村民は、客人には親切である。
砂漠の片隅にある、この小村で、人が生活出来る理由は、禁断の地から流れる川にある。
禁断の地は、高い山脈に囲まれており、海から運ばれる湿った北西風は、禁断の地に雨を降らせる。
水分を抜かれた、乾いた風が、山脈が吹き降ろし、砂漠と荒野を創ったのだ。
『共通魔法使い<コモン・スペラー>』の旅人は、禁断の地から流れて来た、魔力が微量に含まれている、
この川の水を気味悪がり、進んで飲もうとしない。
禁断の地の近くに住んでいる為か、レフト村民は、外道魔法使いに偏見を持たない。
共通魔法使いと外道魔法使いの対立にも、無関心である。
レフト村は、『魔導師会』の監視が行き届かない僻地だが、『魔法道具店』があるので、
第一魔法都市グラマーから、定期的に『魔導師』が訪れる。
レフト村とグラマーの往復は、命懸けであり、ここに派遣される者は、何かしら問題を起こした
(或いは、これから問題を起こす可能性のある)魔導師である場合が多い。
左遷・死刑宣告とまで言われる、レフト村派遣は、魔導師会への忠誠を試しているのだ。
ようやく半分か……
そろそろ矛盾があってもおかしくない。
なぁに
ゆでにくらべればどうということはない
おお、人がいた。
実は既に設定を考えるのが苦しくなって来ているのです。
まだまだ埋める隙間があるので、ネタ切れではないけれど。
『魔法生命体』
『魔法生命体』とは、『魔力』を活動源とする生命体の事である。
これを作製する魔法は、B級禁呪として扱われている。
禁項「魔法生命体の作製」に該当する魔法には、『人工精霊』作製と『魔法生物』作製の二種類がある。
人工精霊は、魔力の塊に思考・目的を与えた、実体を持たない霊的存在。
魔法生物は、有機・無機に拘らず、魔力で自律行動する実物体を言う。
『魔導師会』は、既に、この種類の『共通魔法<コモン・スペル>』を開発している。
これの活動を停止させる、魔法生命体に限定した『死の魔法<デス・スペル>』も、開発済み。
高度な思考・技術を持たせる事は出来ないが、単純作業を行うゴーレム、
人に付き従うスピリタス位なら、作製可能。
しかし、『禁断の地』には、人間並みか、それ以上の思考能力に加え、感情まで持った
魔法生命体の存在が、調査隊によって確認されている。
『精霊魔法<エレメンタル・マジック>』
『精霊魔法<エレメンタル・マジック>』とは、『外道魔法<トート・マジック>』の一つである。
詠唱と描文によって発動させる、『共通魔法<コモン・スペル>』の基となった魔法であり、
旧暦で勢力を誇っていた、『古の賢者達<オールド・ウィザーズ>』の一。
精霊の力を使うとされているが、『精霊魔法使い』には『エレメンタリー・トーカー』と
『エレメンタル・マスター』の二種類が存在する。
エレメンタリー・トーカーは、精霊魔法使いの初級者を意味し、精霊の力を借りて、魔法を使う。
それに対して、エレメンタル・マスターは、精霊を支配し、その力を行使する、所謂、上級者である。
「語り手<トーカー>」は、『精霊言語』を用いて、精霊に協力を仰ぐ。
これは、力の弱い者が、大きな自然の力を支配するのではなく、自らを自然の一部と認識する事で、
大きな力と一体となり、その力を引き出す物である。
しかし、「支配者<マスター>」は、精霊言語を用いて、精霊に命令を下す。
高位の『精霊魔法使い<エレメンタル・マスター>』は、精霊を宿す者、或いは精霊その物であり、
人が手足を動かすように、大きな力を思いの儘に操る事が出来るのである。
それは理解である。
「語り手<トーカー>」は、精霊言語を通じて、自身と精霊の関係を知り、「支配者<マスター>」となる。
この流れは、『魔法学校』の昇級と、全く同じである。
魔法学校の初級課程は、基礎にして全。
初級で、『魔力』その物の行使ではなく、火、水、土、風、自然の力を扱う事を学ぶのは、何の為か、
その本質を見誤った者は、中級・上級への昇級で躓く。
魔力は、単に行使するだけの物ではない。
↓
↓
旧暦の精霊魔法使いは、共通魔法に、拒否感を示す者と、理解を示す者に分かれた。
共通魔法を否定した精霊魔法使いは、権力に固執していたと言うより、濫りに魔法を使う事で、
精霊力(共通魔法で言う、魔力に相当する物と思われる)が衰える事を、懸念していた。
共通魔法の拡大に反対していた、精霊魔法使い達は、自然界のバランスが崩れると騒いでいたが、
『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』後と前を比較して、それと明確に判る危機は発生していない。
現在では、反対派は、魔力の占有を目論んでいたのではないかと、疑われている。
魔法大戦後、理解派の精霊魔法使いの一部は、『共通魔法使い<コモン・スペラー>』となった。
しかし、理解派でありながら、外道魔法使いと呼ばれる覚悟で、精霊魔法使いを続けている者もいる。
そうした精霊魔法使い達は、人里離れて、自然と共に、静かに暮らしている。
『神聖魔法<ホーリー・ブレス>』
『神聖魔法<ホーリー・ブレス>』とは、『外道魔法<トート・マジック>』の一つである。
神に奇跡を祈る事で、発動する魔法であり、旧暦では『共通魔法<コモン・スペル>』を、神への冒涜と
見做して、一方的に敵視し、激しく攻撃した。
旧暦に勢力を誇っていたが、『神聖魔法使い』は、他の魔法使い達と同類に見られる事を嫌っており、
マジシャン、ウィザード、何れの呼称も、自らには用いない。
神聖魔法使いは『ホーリー・プレアー』と呼ばれ、高潔な精神と、純粋・熱心な信仰が必要とされた。
高位の神聖魔法使いは、自らを神の代行者、或いは、神その物として、力を振るった。
神聖魔法使いが信ずる神は、唯一絶対の存在であり、その為、高位の神聖魔法使いは、
己を中心とした派閥を作り、神を名乗る者同士で、正当性を主張し合って争った。
高位の神聖魔法使いは、王侯貴族に取り入るのではなく、支配者として、自ら民の上に君臨した。
高位の神聖魔法使いは、祈りを捧げられる側の存在であり、自らをホーリー・プレアーではなく、
神聖なる存在『ホリヨン』と称した。
しかし、下位から上位になる流れは、『精霊魔法使い<エレメンタル・マスター>』の例と同じである。
初級者は大いなる物を仰ぎ、上級者は巨大な存在と同一化する。
信仰の対象が違うだけで、本質は、他の魔法使い達と何ら変わり無いのだ。
神聖魔法も、祝詞を詠唱、聖印を描文と見る事が出来る。
その一部は、奇跡を起こす魔法として、共通魔法に組み込まれている。
神聖魔法使いは、その傲慢さ故に、『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』で滅んだ筈だった。
しかし、近年、一人の変種『神聖魔法使い<ホーリー・プレアー>』の噂がある。
救いを求める者の前で、奇跡を起こす、神聖魔法使い。
祈るが故に、プレアーと呼ばれているが、その実は、傲慢さの無いホリヨンである。
祈りの形式も、従来の神聖魔法とは変わっており、本人は祝福の効果を知らない。
『魔導師会』は、この外道魔法使いの所在・身元確認と、警戒・監視が必要としている。
「魔法大戦の伝承」
「魔法大戦の伝承」とは、魔法大戦に纏わる逸話を記録した、最古の古文書である。
著者は不明だが、『共通魔法使い<コモン・スペラー>』である事は先ず間違い無く、
一定以上の地位にあった『魔導師』か、それに近い者が遺した物と推測されている。
伝承は、『偉大なる魔導師<グランド・マージ>』の高弟達が、『旧い魔法使い<オールド・マジシャン>』達の
追跡から逃れ、グランド・マージに助力を請う所から始まる。
グランド・マージは言った。
権力は、法に拠って、確立される。
魔法に依る身で、権力に固執する者は、蒙昧無知である。
魔法の法は、法を歪める。
法が歪めば、魔法の世界。
我が子弟よ、寝食の暇も惜しみ、唱えよ。
三月の後、魔法の世界、来る。
グランド・マージと、その子弟達は、三月の間、寝食を断って、詠唱を続けた。
果たして、三月の後、魔法の世界は、訪れた。
魔法の法は、無知なる者に、鉄槌を下し、親族を、友を、土地を、国を奪った。
世界には、剰りに、無知なる者が、多過ぎた。
天地は崩壊し、唯一つの陸を除いて、全てが、水底に沈んでしまった。
そして、魔法使いが、生き残った。
魔法使いは、一つの陸に、集まった。
魔法の世界で、生き残った、魔法使いは、魔法の法を賭けて、戦った。
↓
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この「一つの陸」とは、現在の『禁断の地』の事である。
何が起こったか判らないが、三ヶ月もの間、グランド・マージの高弟達が詠唱を続けた結果、
禁断の地を除いた、全ての陸地が海に沈んだと云うのだ。
地殻変動か、大津波か、その類の魔法と推測されるが、俄かには信じ難い。
そして、ここから『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』が始まる。
魔法大戦の内容も大概だが、一番の問題は、魔法大戦が共通魔法使いの勝利に終わった後の事。
千日に亘る、戦いが終わり、数多の魔法使いが、その魔法と共に、永久の眠りに就いた。
グランド・マージは言った。
一つの陸に、一つの魔法が、生き残った。
しかし、この地は、血に塗れ、穢れてしまった。
最早、人が住める所では、無い。
それに、これでは、多くの者が暮らすには、狭過ぎる。
我が子弟よ、一つの魔法の、一つを詠唱しよう。
そして、三日の後、水底から、一つの世界が蘇った。
グランド・マージは言った。
唯一つの世界に、一つの魔法。
これからは、一つの魔法が、法となり、世界の法となる。
子弟は、グランド・マージの言に従い、一つの魔法を、一つの世界の法とした。
↓
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「一つの魔法」は『共通魔法<コモン・スペル>』、「一つの世界」は『唯一大陸』の事である。
グランド・マージと高弟達は、海に沈んだ大陸に代わり、新たに大陸を浮上させたのだ。
「故に」と言って良い物か、判らないが、唯一大陸は、西から東に、緩やかに傾斜している。
海底から旧暦の遺産が引き上げられる度に、海に沈んだ大陸は話題になるが、如何に、
古代が魔力に満ち溢れていた時代だったとしても、そこまでの事が出来る物か、流石に疑わしい。
この後、グランド・マージの高弟達は、大戦で生き残った人々と共に、第一魔法都市グラマーを建設し、
『八導師』となって、『魔導師会』を組織した。
しかし、グランド・マージの行方については、伝承には全く記述が無い。
封印を守る為、禁断の地に残ったとの見方が有力だが、大戦で死亡した可能性もある。
魔導師会は、「魔法大戦の伝承」について、肯定も否定もしない。
この伝承が嘘か真か、判ぜられる魔導師は存在しない。
『海』
「魔法大戦の伝承」にある通り、この世界に、大陸と呼べる陸地は、『唯一大陸』しか存在しない。
広大な海の底には、旧暦の大陸と文明が眠っているが、海底探査は、全く手付かずの状態である。
その理由は、海棲生物にある。
この世界の海棲生物は、陸上の生物とは別進化を辿ったのか、桁外れに巨大、且つ、獰猛なのだ。
生物学者は、『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』で、全ての大陸が沈み、海が広がった事と、
関係しているのではないかと推察する。
カターナの海洋調査隊が、航海軍と呼ばれたのは、海棲生物を退ける為に、武装したからである。
海棲生物の襲撃を避ける為、漁民は比較的陸地に近い海や、遠浅の海でしか操業出来ない。
海は危険過ぎ、『開花期』が終わるまで、唯一大陸に住む人間の興味が、海外に向かう事は無かった。
海底探査など論外だったのである。
『海洋魔法<オーシャン・ミスティック>』
『海洋魔法<オーシャン・ミスティック>』とは、新種の『外道魔法<トート・マジック>』の一つである。
『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』後、最近になって確認された外道魔法で、名も無い小島で発生した。
主な内容は、海流支配、一部の天候操作、潜水・遊泳、水中呼吸、海棲生物との会話。
海に関する魔法であり、「人魚の魔法」とも呼ばれている。
使い手は、『唯一大陸』から離れた小島に暮らす、辺境住民の少女。
少女は島民の中でも特異な存在で、海洋魔法は彼女が独自に開発した物だった。
少女が、周辺小島群と交流のある、第六魔法都市カターナに興味を持った事が、
『共通魔法<コモン・スペル>』と海洋魔法の邂逅の切っ掛けになった。
少女に敵意が無かった事、カターナ市民の大多数が拒否反応を示さなかった事、
幾つかの幸運が重なり、海洋魔法は共通魔法と敵対せずに済んだ。
その後、少女の協力で、海洋魔法の一部は、共通魔法に組み込まれた。
これによって、今後、海底探査が進行する物と期待されている。
『海洋魔法使い<オーシャン・ミスティック>』のカターナ来訪は、『共通魔法使い<コモン・スペラー>』達に、
一つの教訓を遺した。
それは、見知らぬ魔法を恐れず、理解する事の重要性である。
もし、カターナが、能天気な市民が暮らす都市ではなく、グラマーの様に『魔導師会』を重視する、
厳格で排他的な都市だったならば、市民は海洋魔法使いの少女を拒んでいた。
『魔導師会』は、海洋魔法を容赦無く取り締まり、封印したに違い無い。
少女は、今も小島で暮らしており、時々、カターナに訪れる。
カターナ市民は、この友好的な海洋魔法使いを、大いに歓迎する。
『呪詛魔法<カース・シューティング>』
『呪詛魔法<カース・シューティング>』とは、『外道魔法<トート・マジック>』の一つである。
旧暦で勢力を誇っていた、『古の賢者達<オールド・ウィザーズ>』の一。
恨み・憎しみ・妬みで、人を呪う魔法で、旧暦当時から、邪術と呼ばれ、忌み嫌われていた。
それでも『呪詛魔法使い<カース・シューター>』は、人々に必要とされた。
些細な鬱憤晴らしから、復讐・謀略まで……。
最も恐るべきは、人を恨まずにはいられない、人の心だった。
一部の呪詛魔法使いは、王侯貴族に付いて、権力闘争に加担した。
しかし、実力と権威は持っていたが、その性質から、決して王にはなれなかった。
旧暦、呪詛魔法使いは、『共通魔法<コモン・スペル>』が未熟だった頃は、無視していたが、
共通魔法に、呪詛返しの魔法が生まれると、これを滅すべく敵対した。
呪詛魔法使いに呪い殺された『共通魔法使い<コモン・スペラー>』は、数知れない。
現在、呪詛魔法の一部は、共通魔法に組み込まれいてるが、A級禁呪に該当する物が多い。
『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』後も、呪詛魔法使いは、しぶとく生き残っており、
時に事件を起こしては、『魔導師会』の指示で、討伐対象になる。
禁呪の研究者
『魔導師会』には、『共通魔法<コモン・スペル>』の研究者がいる。
『禁断共通魔法<フォビドゥン・コモン・スペル>』に関しても、専門に研究・開発を担当する者がいる。
研究成果は、『禁呪の書』に記録され、それを一般の者が目にする機会は無い。
『禁呪<フォビドゥン・スペル>』の研究者は、孤独である。
自由な移動と、他人との接触を制限され、研究者を辞めた後も、監視が付き纏い、
『執行者<エグゼキューター>』の影に怯える生活を送る。
新しい呪文を発見しても、それが評価される事は、決して無い。
禁呪の研究者を動かす物は、純粋が過ぎて、狂人的な、知的好奇心である。
好奇心が尽きた時、禁呪の研究者は、毎日が苦痛になる。
……と、大袈裟に言ったが、実は、家庭を持って、毎日を平穏に過ごしている研究者もいるので、
規則さえ守っていれば、何も恐れる事は無い。
神経が太ければ、監視の目も気にならないし、収入も並みの『魔導師』の数倍ある。
しかし、事実として、精神を病んでしまった者は存在する。
元から狂人の気がある者が、研究者になる事に加え、機密漏洩を防ぐ為、魔導師会が折を見て、
軽度の脅しを掛けるのも、発狂者が出る一因となっている。
これ等が、不気味な噂となって広まり、憶測が憶測を呼んだ結果、魔導師のみならず、市民の間でも、
禁呪の研究者の評判は、散々な物になった。
禁呪の研究者と云うだけで、狂人・危険人物扱いされる始末。
人々は、巻き込まれる事を恐れ、禁呪の研究者を避ける。
実際、禁呪に関する機密を偶然知ってしまい、処刑を免れる為に、仕方無く研究職に就いた者もいる。
『執行者<エグゼキューター>』
『共通魔法<コモン・スペル>』の信用を失墜させた者、『禁呪<フォビドゥン・スペル>』を公に使用した者、
魔法に関して、『魔導師会』が定めた法を破った者は、『執行者<エグゼキューター>』の手に掛かる。
執行者とは、魔導師会に属し、魔法秩序を維持する為に動く、法の執行者である。
警察組織の一種と言えるが、都市の治安維持組織は、これとは別に存在する。
執行者は、飽くまで、魔導師会の法と決定に従う者なのだ。
滞納会費の取立てから、危険人物の監視、外道魔法使い逮捕まで、執行者の活動範囲は幅広い。
関係法律毎に、担当班が割り当てられており、重大事件になると、共同作戦を展開する。
「罰する者」の印象が強い執行者だが、巡回・警護の他、行事開催の告示なども行っている。
当然、執行者は全員が『魔導師』であり、部外者が任務を代行する事は無い。
執行者は、魔法関係だけでなく、体力面でも、相当の実力を有していなければならない。
一部の執行者は、専用の『魔導機』装備を与えられ、任務遂行中に限定して、一部禁呪の使用を
許可される場合がある。
習得していると有利とされる魔法は、詠唱封じ、拘束などの、行動制限系と、魔法の効果を抑える、
『魔法対抗魔法<アンチマジック・スペル>』。
執行者では手に負えない事態に関しては、『処刑人<イクシキューショナー>』と呼ばれる部隊が執り行う。
『処刑人<イクシキューショナー>』
『処刑人<イクシキューショナー>』とは、『魔導師会』に属する、『執行者<エグゼキューター>』の一部隊である。
これが執り行う物は、その名の通り、処刑である。
処刑人が動く事は、対象の死・破壊を意味する。
その性格から、執行者の下位組織でありながら、特別な権限を与えられている。
魔導師会の正式な執行機関の存在だが、性質は暗殺者に近く、『禁呪<フォビドゥン・スペル>』の一つ、
『死の魔法<デス・スペル>』の使用許可を与えられており、秘密裏に、速やかに任務を達成する事が、
至上とされている。
事の大小に拘らず、死刑が相応であると判断された者(例えば、脱獄者・大量殺人犯など)には、
処刑人が派遣される。
軽犯罪者であっても、執行者から逃れ続けていると、最終的には処刑人が遣されるので、
指名手配された場合は、素直に自首するか、逮捕されて、裁判を受けた方が良い。
処刑人は、執行者では対処し切れない、武装集団の鎮圧にも、出動する。
魔導師会に反逆の意志を持った相手には、容赦が無く、殆どの場合、一般に対抗手段が全く
知られていない、死の魔法で簡単に方が付いてしまう。
この為、処刑人と言えば、死の魔法のイメージが強いが、A級禁断共通魔法である、精神支配・
精神崩壊系の魔法使用を許可されている事も、見逃してはならない。
禁呪に関して、処刑人が動く場合は、悲劇が伴う。
処刑人が執り行う、最悪の任務の一つ、「禁呪の抹消」は、無資格者が禁呪に関する情報を
入手した場合、情報に触れた可能性のある人物を、記録ごと抹消する。
処刑人は、市民に冷血非道の人物と、恐れられており、暗い噂が絶えない。
禁呪の研究者と並んで、最もイメージが悪い職業の一つである。
魔導師会構成機関
『魔導師会』の構成機関は、以下の通り。
『魔導師会運営部』、『魔導師会法務執行部』、『魔法道具協会』、『共通魔法研究会』、『魔法技術士会』、
『魔法競技会』、『共通魔導師養成学校教職員連合』、『魔法史料館』、『魔導師会員会』。
各地域の魔導師会支部にも、魔導師会運営部、魔導師会法務執行部、魔法道具協会、
魔法技術士会、魔導師会員会の六つの機関は、必ず存在し、縦横の繋がりを持つ。
大所帯に見えるが、魔導師会は、複数の機関の集合体ではなく、魔導師会が、複数の機関を
運営しているのである。
『魔導師』は、これ等の何れかに所属し、同会内の複数の機関に籍を置く事は、認められていない。
魔導師が、魔導師会外の組織に就職した場合は、魔導師会員会の所属になる。
これ以外にも、魔導師達が有志を募って結成した、非公式組織が存在する。
こちらは兼任可能。
『予知魔法<プレディクターズ・デクラレーション>』
『予知魔法<プレディクターズ・デクラレーション>』とは、『外道魔法<トート・マジック>』の一つである。
旧暦で勢力を誇っていた、『古の賢者達<オールド・ウィザーズ>』の一。
旧暦では、王侯貴族に裏方で助言をして、間接的に政治を動かしていた。
その名の通り、未来を予知する魔法だが、分類・系統が明確でない。
現在では、未来を見ているのではなく、未来に事象を起こす種類の魔法と考えられている。
例えば、『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』の号砲となった、C級禁断共通魔法(と思われる物)は、
発動までに三ヶ月の詠唱期間を要した。
三ヵ月後に起こる事を予測していたのではなく、三ヵ月後でなくては、事が起こせなかったと
考えれば、予知魔法の理解は単純な物になる。
『予知魔法使い<プレディクター>』は、魔法を使う力が弱いのだ。
状態を、即座に大きく変化させる事が出来ないので、魔法の発動に、時間が掛かるのである。
その為、予知魔法使いは、万人が魔法を使用可能になる、『共通魔法<コモン・スペル>』を敵視し、
王侯貴族を唆して、『共通魔法使い<コモン・スペラー>』を攻撃させた。
予知魔法使いは、他の魔法を置いて、精神支配系の魔法に特化していた者が多かった。
魔法が下手な分、知恵が働いた旧暦の予知魔法使い達は、相手に、自分の思い通りの行動を
取らせる事で、魔法使いとしての実力を示していた。
一度信用を得ると、予知魔法使いは、数ヶ月、数年にも及ぶ長い時間を掛けて、魔法を使った。
予知魔法使いは、効率を重視し、時に無知な者を利用してまで、予言を実現させた。
それは、魔法使いとしては、外道だった。
↓
↓
共通魔法では、予知魔法を応用した技術が、二つある。
一つは、時間差で魔法を発動させる、『宣言<デクラレーション>』の技術。
もう一つは、魔力が不足している状況でも、時間を掛ける事で、魔法を発動させる技術。
前者は高等技術の部類に入るが、後者は、世界的に魔力が不足している現在では、
一般的な技術となっている。
多くの者は、その技術の元が、予知魔法にある事を知らずに、使っている。
予知魔法使いは、魔法も行動も目立たない為、現存しているか不明。
『魔導師会』に批判的な、終末思想者が、予知魔法使いの疑いを掛けられる程度である。
『魔導師会運営部』
『魔導師会運営部』とは、『魔導師会』内の一機関である。
魔導師会内では、最も強い権限を持ち、魔法に関する法律の制定、同会の意思決定など、
重要事項を取り扱う、立法機関。
他に、一般からの陳情受付、資料の整理、世論調査など、魔導師会の雑務も行っている。
八導師をトップに、以下、中央運営委員、代議員、一般職員で構成されている。
運営部を取り仕切る、中央運営委員会は、実質的な運営部のトップであり、
中央運営委員は、代議員によって選出される。
代議員会は、各地方運営部が選任した代表者と、魔導師会内の各機関の代表代理者で、
構成されている。
雑務を担当する一般職員は、性質が違い、選挙ではなく、適性試験で採用される。
各機関・『魔導師』の意見・要望は、代議員会を通じて、中央運営委員会に掛けられる。
代議員会を通った意見は、声明として発表され、中央運営委員会は、それに対する見解を述べ、
必要次第で、八導師に上申する。
八導師が認めた声明は、魔導師会の総意となり、強制力こそ無いが、最大限の配慮が求められる。
代議員会を通った要望は、中央運営委員会が、それを了とした後、八導師が承認して、採択される。
声明・法案・予算は、通常、この様に下位からの要求で、初めて決まる。
↓
↓
しかし、中央運営委員会が、意見・要望を提出する場合もある。
代議員会は、利益誘導に傾き易く、中央運営委員会は、より高度な判断をしなくてはならない。
中央運営委員会の意見は、中央運営委員会が必要と判断すれば、直接、八導師に上申出来る。
中央運営委員会からの要望は、一度、代議員会に諮られ、賛成が反対を上回れば、
後は八導師の判断に任せられる。
八導師まで上った意見・要望は、余程の事が無い限り、決定する。
魔導師会全体に関わらない、機関内のローカル・ルール制定は、中央委員会も代議員会も、
通す必要は無いが、権限の超過・逸脱が認められると、『魔導師会法務執行部』に取り消される。
他の機関から、代表代理として送り込まれた代議員でも、その所属は、運営部である。
魔導師会は、縦横の繋がりを持つ故に、権力関係が複雑になる。
『公会議』の進行を円滑にする為、被選挙者は、広い人脈と、豊富な実績が重要視される。
『魔導師会法務執行部』
『魔導師会法務執行部』は、『魔導師会』内の一機関である。
『魔導師会運営部』が定めた法律を、忠実に守り、違反があれば、公正に裁く、司法機関。
『執行者<エグゼキューター>』を擁する他、『魔導師会裁判』の進行、『魔法刑務所』の管理などを担当し、
立法機関である運営部と対を成す、大型機関である。
法務執行は、飽くまで、魔法と魔導師会に限った物であり、一般の民事・刑事には関わらない。
元は『魔導師会治安維持部』であり、『魔法暦』96年に、治安維持機能を縮小した際、改名した。
『法の法による決定』と云う例外はあれど、大義無く法を軽視した者は、『八導師』であっても、
法務執行部の裁きを受けなくてはならない。
運営部と法務執行部は、互いに、権力の超過・逸脱が無い様に、監視し合う存在である。
法務執行部の最高責任者は、法務執行部の『魔導師』によって選出される。
魔導師が、所属機関の責任者・代表者を決定するのは、他の機関でも同様であり、
例外は運営部の『八導師』と、代議員に限られる。
『共通魔法研究会』
『共通魔法研究会』は、『魔導師会』内の一機関である。
魔導師会内に、『魔導師会運営部』、『魔導師会治安維持部』の二機関しか存在していなかった時代、
『魔法暦』9年に、第三の機関として誕生した。
共通魔法研究会は、日々、新しい『共通魔法<コモン・スペル>』の研究開発を行っている。
新しく開発した共通魔法は、魔導師会運営部の承認を受けなければ、『禁呪<フォビドゥン・スペル>』
扱いされるので、その取り扱いは、慎重でなければならない。
その為、共通魔法研究会には、新魔法専門の査定官がいる。
査定官は、新魔法が禁呪に該当しないか、事前にチェックし、危険度が一定以上と判断すると、
承認申請前に、直接『八導師』に取り扱いの判断を仰ぐ。
そこで問題無しとされた場合は、中央運営委員会へ、問題ありとされた場合は、即座に封印される。
査定官は、禁呪に触れる者なので、禁呪の研究者と同様に、『執行者<エグゼキューター>』の監視が付く。
共通魔法研究会には、各分野に、複数の研究室が存在し、成果を競い合いながら、時に協力する。
高名な博士には、偏屈者が多く、魔導師会に興味を持たない者もいる。
研究室のリーダーには、研究者として優れていなくとも、統率力のある人物が就き、研究だけに
没頭しがちな偏屈者をフォローする。
禁呪の研究者も、この共通魔法研究会に所属しているが、研究施設は別に用意され、
他の研究者達とは、完全に隔離されている。
『魔法道具協会』
『魔法道具協会』は、『魔導師会』内の一機関である。
『魔法道具<マジカル・ツール>』の流通・開発を担う、魔導師会の財政コントロール機関。
元は、『魔法暦』49年に、『魔導師会運営部』から分離・創設された、『魔導師会通商部』であり、
魔法暦150年に、『魔導師会魔法技術部』と再編成の結果、『魔法技術士会』と同時に誕生した。
魔導師会公認魔法道具の認定、『魔法道具店』の経営、同業者との協議・調整を行っているが、
その裏で、魔導師会が発行している通貨『MG<マグ>』の流通量も管理している。
魔法技術士会とは、兄弟組織であり、繋がりが深い。
余談だが、魔法暦49年は、第三魔法都市エグゼラの完成年であり、第四魔法都市ティナーも
計画通りに行けば、二年後に完成する予定だった。
ティナー完成後は、都市間の交流が活発になる事が予想され、その為に、『魔導師会通商部』が
新設されたのである。
『魔法技術士会』
『魔法技術士会』は、『魔導師会』内の一機関である。
『魔法道具協会』と『共通魔法研究会』の間に立ち、市民生活に『共通魔法<コモン・スペル>』を
浸透させる為、様々な技術を発明して来た。
魔法技術士会は、純粋な技術者組織であり、共通魔法を応用した技術の研究・開発の他、
『大魔力路<エナジー・ロード>』の整備など、その技術を利用した施設の維持・管理も行っている。
元は、『魔法暦』27年に、『魔導師会運営部』の一部と、共通魔法研究会の一部を統合した、
『魔導師会魔法技術部』であり、魔法暦150年に、『魔導師会通商部』と再編成の結果、
魔法道具協会と同時に誕生した。
魔法暦150年は、『開花期』の盛りで、当時の魔法技術発展は目覚しい物だった。
魔導師会は、組織として相当巨大になっており、各機関の役割を整理する為、組織再編が進められた。
魔導師会通商部が発足するまでは、『魔法道具<マジカル・ツール>』は全て魔法技術部が取り扱っており、
通商部創設後も、素材系は魔法技術部で、完成品は通商部で、販売品目を分けていた。
他の業務内容でも、通商部と重複している部分があったので、窓口を一つにすべきだとの意見が、
魔導師会内外から寄せられ、魔法技術部と通商部は、真っ先に整理・再編の対象となった。
『魔法競技会』
『魔法競技会』は、『魔導師会』内の一機関である。
『魔法暦』280年に発足した組織で、娯楽競技としての『共通魔法<コモン・スペル>』技術と、
『共通魔法使い<コモン・スペラー>』の競技者を管理する。
『娯楽魔法競技』の類は、魔法暦以前から、市民の娯楽として存在していたが、魔導師会が、
これを公式に認める事は無かった。
しかし、魔法暦250年前後に、外道魔法使い狩りが流行した。
これを、魔導師会は、市民の間に、閉塞感が生じ始めていると分析。
暴走を防ぐ為、興味を外へ向ける必要があった。
その為の、カターナ航海軍と、娯楽魔法競技公式化である。
因みに、娯楽魔法競技の公式化は、魔法暦266年。
魔導師会の公式競技となった娯楽魔法競技は、芸術性を高め、見る見る発展して行った。
娯楽魔法競技は、庶民的な人気がある物の、競技会の魔導師会内での地位は、高くない。
⇒『娯楽魔法競技』
『共通魔導師養成学校教職員連合』
『共通魔導師養成学校教職員連合』は、『魔導師会』内の一機関である。
『魔法学校』の教職員で構成される機関であり、魔法教育に関する事柄を全般的に扱う。
第二魔法都市ブリンガーの魔法学校が開校した、『魔法暦』21年に機関設立。
魔法学校以外の学校にも、『魔導師』の教師を派遣しており、これも教職員連合の一員として扱われる。
派遣教師は、外部就職者とは見做されない。
『フリースクール』に関しては、完全に別組織扱いで、その講師というだけでは、教職員連合に入れない。
故に、フリースクールの講師は、魔導師ではあるが、非連合員の者もいる。
『魔導師会員会』
『魔導師会員会』は、『魔導師会』内の一機関である。
全『魔導師』の約三割が所属しているが、組織的な権力は殆ど無い。
これは外部組織に就職した魔導師と、役職に就いていない魔導師の集まりである。
魔導師会発足当時から、魔導師会内に役職の無い魔導師の集まりはあったが、
魔導師会員会と名が付いたのは、『魔法暦』210年。
それまでは、権力組織に就職した一部を除いて、魔導師会内に役職を持たない魔導師は、
落伍者扱いされていた。
魔導師会は、副業を認めていない。
これに違反があった場合、強制的に解任させられ、罰金支払いの上、魔導師会員会の所属になる。
これは現在でも不名誉な事であり、外部組織に就職する予定の者は、事前に自ら辞職する。
共通魔法人口
全世界の人類は、現在、推計2億5000万人。
その内、『共通魔法使い<コモン・スペラー>』は、約2億人。
更に、その内、『魔導師』は、約2000万人。
『共通魔法<コモン・スペル>』を使わない(使えない)者が、全体の2割程度存在する。
魔力が乏しい現代では、共通魔法使いでありながら、共通魔法を使えない者もいるので、
魔法が使える、使えないで差別される事は、少なくなった。
しかし、『平穏期』の中頃までは、魔法資質の有無が重要視されていた。
これを見直す切っ掛けとなった人物が、『バファル・ススール』である。
『巨人魔法<ギガンテス・パワー>』
『巨人魔法<ギガンテス・パワー>』とは、『外道魔法<トート・マジック>』の一つである。
肉体を強化して、超人的な能力を得る魔法であり、旧暦で勢力を誇っていた、
『古の賢者達<オールド・ウィザーズ>』の一。
『巨人魔法使い<ソーサラス・ギガース>』は、他の魔法使いとは一線を画し、魔法で直接的に相手を
攻撃するよりも、強化された己の肉体を駆使して戦闘を行う、闘士だった。
旧暦、巨人魔法使いは、王侯貴族に仕え、一騎当千の勇士として、名を馳せた。
巨人魔法使いは、英雄の系譜であり、その秘法は、親から子へ受け継がれた。
旧暦では、『共通魔法<コモン・スペル>』と敵対関係にあったが、それは魔法の拡大を恐れた王侯貴族の
命令による物であり、自ら進んで『共通魔法使い<コモン・スペラー>』を駆逐しようとしなかった。
「魔法大戦の伝承」では、巨人魔法使いは、鋼鉄の肉体と精神を併せ持つ、強大な敵として
描かれていたが、『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』後、巨人魔法使いが現れた報告は無い。
現在の共通魔法では、肉体・精神を強化するタイプの魔法に、組み込まれている。
『料理魔法<マジカル・クッキング>』
『料理魔法<マジカル・クッキング>』とは、『外道魔法<トート・マジック>』の一つである。
説明するまでも無く、料理に関する魔法で、分子変換による、調理・調味を行う。
高度な料理魔法で作られた料理は、食した者の肉体・精神を変化させる。
『料理魔法使い』は、『クッキング・マスター』、『マジカル・クック』など、様々な呼び方をされていた。
旧暦では、弱小勢力だったが、その中では、比較的有名な部類に入る。
宮廷料理人として、王侯貴族に仕える者もいたが、権力とは無縁の存在だった。
弱小勢力だった為か、『共通魔法使い<コモン・スペラー>』と敵対した記録は無い。
「魔法大戦の伝承」にも、参戦したと明記されておらず、『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』後は、
他の弱小勢力の同様に、後継が途絶えたか、人知れず静かに暮らしているか、どちらかと思われる。
料理魔法の一部は、『共通魔法<コモン・スペル>』に組み込まれているが、使い手は少ない。
『娯楽魔法競技』では有名になっている。
しかし、二度言うが、使い手は少ない。
分子変換は、高度な魔法技術であり、魔法で料理するより、普通に料理した方が、手っ取り早いのだ。
大抵の初心者は失敗し、食中毒を起こす程度なら未だしも、口にすら入れられない物を作ってしまう。
よって、市民は魔法で料理を作ろうとせず、魔法で作られた料理など食べようとも思わない。
プロフェッショナルが作った物ですら、副作用の心配をしながら、恐る恐る口に運ぶ。
『精霊楽隊<スピリッツ・バンド>』
『精霊楽隊<スピリッツ・バンド>』とは、旧暦に存在した、弱小魔法勢力の一つである。
『踊り子<ダンサー>』、『歌い手<シンガー>』、『演奏家<プレイヤー>』で構成される、音楽隊。
『舞踊魔法<チャーミング・ダンス>』、『歌唱魔法<マジック・ソング>』、『演奏魔法<インストゥルメンタル・ワンダー>』、
各々の性質は異なる物の、これ等の魔法使いは、共に行動している事が多かった為、
『精霊の楽隊』、『魂の楽隊』と呼ばれた。
これ等は、『色彩魔法<カラフル・マジック>』を含め、『芸術魔法<マジック・アート>』と称される。
『芸術魔法使い<アーツ・マジシャン>』は、王侯貴族に召し抱えられる事もあったが、芸術魔法自体は、
どちらかと言うと、路傍で行われる類の、庶民の魔法だった。
そのスタイルは、『共通魔法<コモン・スペル>』の成立に、深く関わっている。
踊り子の舞踊は描文、歌い手の唱法は詠唱として、共通魔法の重要な構成要素となった。
演奏家の楽器は、『魔法道具<マジカル・ツール>』のルーツである。
「魔法は万人の物」と考える精霊楽隊は、『共通魔法<コモン・スペル>』に友好的だったが、
魔法の自由を謳う彼等は、『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』後、『魔導師会』から距離を置き、
静かに暮らす事を選んだ。
『魔法暦』266年の『娯楽魔法競技』公式化には、古の精霊楽隊を偲ぶ意思もあった。
『色彩魔法<カラフル・マジック>』
『色彩魔法<カラフル・マジック>』とは、『外道魔法<トート・マジック>』の一つである。
色調と文様で発動する方式の魔法で、旧暦では弱小勢力だった。
これも含め、旧暦で弱小勢力だった魔法の殆どは、『共通魔法<コモン・スペル>』と敵対していない。
色彩魔法と、魔法陣を描くタイプの魔法の違いは、色の使い方にある。
色のイメージを、魔法発動の補助としてしか扱わない、その他の魔法使いとは違い、
『色彩魔法使い<レインボー・マジシャン>』は、色だけで、魔法を発動させる事が出来た。
高位の色彩魔法使いになると、白黒の絵からでも、魔法を放てた。
現在では、『料理魔法<マジカル・クッキング>』と同じく、使い手の消息は不明。
共通魔法では、色彩魔法の技術は、描文を短縮する場合に、用いられている。
『ジャッバリング・ウォーカー』
それは、何処で生まれたのか、何時から存在しているのか、誰も知らない。
黒い影のような生物……。
いや、生物ではないのかも知れない。
最初に確認されたのは、唯一大陸の極北にある、氷窟の中。
時期的には、第三魔法都市エグゼラ建設途中の事だった。
旧暦の遺跡と思われる、地下建造物に、それは棲んでいた。
その大きさは、鼠から熊の如くまで、不揃いで、時に扁平であり、時に立体だった。
それは、物理法則を無視して、壁を透り抜け、天井を這ったが、しかし、無害だった。
人が近付けば、それは、逃げるように姿を隠した。
それが居る場所では、魔力が不安定になり、奇妙な音がする。
声を潜めて話しているような音で、人間には上手く聞き取れない。
『精霊言語』を思わせる調子なのだが、凡そ人間には不可能な発音。
『不明瞭言語<ジャッバー>』を囁きながら徘徊するので、『ジャッバリング・ウォーカー』である。
最初の発見以来、それは、各地で目撃された。
それが現れる場所は、決まって、人気の無い閉所だった。
多くの学者が、この正体を探ろうとしたが、結局、今日まで何であるか判明しておらず、
人跡未踏の地が殆ど無い現代では、目撃例も激減した。
今後、解明される事も無いであろう、謎の存在である。
『精霊言語』
『精霊言語』とは、『精霊魔法<エレメンタル・マジック>』の呪文に用いられる、特殊な言語である。
標準語では殆ど使われない、奇異な発音を多分に用いる言語で、表記にも専用の文字を使う。
『共通魔法<コモン・スペル>』の呪文にも用いられているが、その性質から、得手不得手が分かれる。
精霊言語を上手く喋れない者は、効果は落ちるが、人間の言葉に翻訳して、詠唱する。
共通魔法で使われる呪文は、精霊魔法の物より形式的である。
呪文は、序詩+目的詩+発動詩で構成されており、強化には修飾詩を足す(※例1)。
魔法が大掛かりになる程、修飾詩は仰々しく、そして長くなり、果てには呪文の大部分が修飾詩になる。
更に強化したい場合は、序詩・目的詩・発動詩を、修飾序詩・修飾目的詩・修飾発動詩に変化させ、
修飾詩と組み合わせる(※例2)。
序詩は大抵、「私は○○に命じる」と訳され、ここで魔法の系統を決定する。
目的詩は、「□□を△△に(与える)」と云う形になり、効果と対象を指定する。
発動詩は魔法発動の合図であり、特に意味を持たない。
完全修飾(※例3)した場合は、標準語に直訳すると、何の魔法か理解不能になる程、修飾過剰な
長文(時に物語の体)になるが、魔法の効果に影響は無い。
しかし、翻訳して詠唱する場合は、意味が通じるようにしないと、効果が落ちる。
詠唱にしろ、描文にしろ、何れの詩が欠けても、魔法は発動しない。
また、偶発的な発動では、効果が著しく低下する。
精霊魔法とは精霊の力を借りる魔法で、精霊言語は精霊の存在を感じる手段の一つである。
魔法の何たるかを知る時、精霊言語を学ぶ道は、避けて通れない。
例1:序詩+修飾詩[1]+目的詩+修飾詩[2]+発動詩
例2:修飾序詩+修飾詩[1]+修飾目的詩+修飾詩[2]+修飾発動詩
例3:前置修飾詩+修飾序詩+修飾詩[1]+修飾目的詩+修飾詩[2]+修飾発動詩+継続発動詩
共通魔法の発動
『共通魔法<コモン・スペル>』の発動には、詠唱と描文の二通りがあり、
序詩、目的詩、発動詩の順で完成させる必要がある。
順序通りであれば、詠唱と描文、どちらを用いても構わない。
例えば、序詩を詠唱して、目的詩を描文し、発動詩を詠唱しても、魔法は発動する。
『共通魔法使い<コモン・スペラー>』の熟練者は、詠唱と描文を巧みに使い、短時間で魔法を発動させる。
更に、色彩で序詩を短縮すれば、より早い発動が可能になる。
呪文完成動作は、右手描文+左手描文+表詠唱+裏詠唱+踏描文×2で、一人最大、
六つ同時に魔法を扱う事が出来る。
これは理論上の物であり、実際の記録では、四つ同時が最高。
魔力の流れが混乱しないように、各呪文を独立した物として制御するには、高度な技術を要する。
並の魔法使いでは、二つ同時でも困難な上に、機械的に呪文を完成させるだけでは、効果は
高まらないので、四つ同時発動は、常人には為し得ない神業である。
指描文で、五指が別々の魔法陣を描けば、両手だけで十の魔法が使えるが、これは流石に
絵空事と言われている。
魔法を同時に発動させるだけなら、発動詩のタイミングを遅らせれば、幾らでも可能と思われるだろうが、
魔力の流れが滞ると、効果が落ち、最悪の場合、魔力の流れが途切れて、発動に失敗する。
『宣言<デクラレーション>』の時間差発動は、魔力の流れを緩やかにしているので、完成動作自体が長くなる。
使用者の集中力の問題もあるので、詠唱・描文は、一つの魔法に専念する方が良いとされる。
↓
↓
しかし、詠唱・描文中の魔法が、影響し合う事を利用する、『合成魔法』の技術もある。
これも、二つ以上の呪文を同時に完成させる必要があるので、高等技術の部類に入るが、
『魔導師』になる者にとっては、必修科目。
同時発動でも、魔法を合成する技術と、魔法を独立させて使用する技術は、全くの別物である。
両者を自在に操れてこそ、一流の共通魔法使い。
故に、『魔導機』での発動は、邪道扱いされる。
『呪文無き魔法<ロスト・スペル・マジック>』
『呪文無き魔法<ロスト・スペル・マジック>』とは、『古代魔法<ルーディメンタリー・マジック>』である。
旧暦でも全く知られていない、謎の魔法。
『魔導師会』でも、極限られた一部の者しか、その存在を知らない。
正確には、呪文が無いのではなく、儀礼的動作の一つを以って、それを呪文とし、魔法を使っている。
一人の魔法使いは、この儀礼的動作を、一種類しか持たない。
その一種類で、あらゆる魔法を使うとされている。
どの様にして、魔法の種類を区別しているのか、原理は全く解明されていない。
呪文無き魔法は、記録に「そう云う物がある」としか残っておらず、『禁呪<フォビドゥン・スペル>』に
該当してはいるが、過去に実在したのか不明。
A級禁断共通魔法
A級禁断共通魔法は、危険度の高い『共通魔法<コモン・スペル>』を『禁呪<フォビドゥン・スペル>』として、
一般の使用を禁じたものである。
A級禁断共通魔法は、『毒物生成』、『精神操作』、『変身』、『その他』に分類出来る。
魔力が乏しいと言われている現代でも、『魔力石<エナジー・ストーン>』を用いれば、容易に使用可能な
レベルの魔法が多く、『禁断共通魔法<フォビドゥン・コモン・スペル>』の中では、最も凶悪。
それでも、『魔導師』になれる程の者ならば、これを防ぐ『対抗呪文<アンチ・スペル>』を習得している。
A級禁断共通魔法が問題となるのは、無抵抗な一般人に対しての使用である。
毒物生成と精神操作は、その全部が禁じられている訳ではない。
毒物生成系魔法は、『危険魔法取扱免許』所持者が、職務上使用する事は許されている。
精神操作系魔法も、『医学魔導師免許』を持った者ならば、同様である。
しかし、変身系の魔法には、取扱免許が無い。
変身系魔法とは、人間を動植物に変えたり、逆に動植物を人間に変えたり、生物を無機物に
変化させたりする魔法の総称である。
無機物を生物に変える物は、B級共通禁断魔法に該当する。
無機物を別の無機物に変化させる魔法は、禁じられていない。
B級共通禁断魔法
B級禁断共通魔法は、生死に関わる『共通魔法<コモン・スペル>』を『禁呪<フォビドゥン・スペル>』として、
一般の使用を禁じたものである。
『蘇生』、『奪命』、『生体改造』、『生命創造』が、B級共通禁断魔法に該当する。
蘇生を禁ていると言っても、肉体的損壊が少なく、且つ、死亡直後ならば、禁呪に該当しない
蘇生呪文が存在する。
禁じられている蘇生呪文とは、頭部破壊・肉体炭化など、完全に修復不可能な状態の物を、
蘇らせる魔法である。
これ等を復活させる魔法は、魔力を大量に消費する為、発動時に、使用者に大きな負担が掛かる。
下手をすると、魔力が暴走した挙句、魔法は失敗、使用者は廃人化と云う、最悪の事態も有り得る。
蘇生系の禁呪は、現代の魔力不足に加え、魔力の制御が不可能(と断言出来る程、困難)な為、
封印されているのだが、仮に魔力が十分にあった上で、制御が容易になったとしても、
倫理の問題から、これは禁呪の儘と思われる。
蘇生系の禁呪は、肉体の部分的な損壊に対しても有効だが、目的に拘らず、使用を禁じられている。
奪命に関しては、『死の魔法<デス・スペル>』が、これに該当する。
命を奪う手段は様々だが、死の魔法は、「対象の生命活動を停止させる」魔法ではなく、
「対象を生物でなくす」魔法である。
死の魔法には、対象の肉体を分解する物と、対象の保持エネルギーを奪う物の、二種類がある。
前者は対象をXXXXにし、後者は対象を外傷の無い肉塊にする。
死の魔法で死した者は、禁呪以外では、蘇生不可能。
『処刑人<イクシキューショナー>』は、前者を使用出来るが、専用の『魔導機』から繰り出しているのであり、
呪文自体は知らされていない。
故に、処刑人も、これに対抗する手段を持たない。
死の魔法の『対抗呪文<アンチ・スペル>』は、既に開発されている物の、これも禁呪で、公開されていない。
↓
↓
生体改造魔法は、変身系魔法と類似しているが、変身系魔法が、対象の肉体・精神を一定の型に
当て嵌めているのに対し、生体改造魔法は、遺伝子を自在に弄っている。
……自在と言っても、現段階で出来る事は、変身系魔法未満。
故に、生体改造魔法の研究者は、変身系魔法を直近の超越目標としている。
同じ身体能力向上であっても、生体改造魔法で強化された肉体は、強化系魔法を受けた物とは違い、
その効果が永続する。
これも大量の魔力を消費する点と、倫理の問題で、使用を禁じられている。
『合成獣<キメラ>』作製の他、この魔法を用いた整形も禁止されている。
生命創造は、新たに命を生み出す魔法だが、これは余り研究が進んでおらず、禁呪に関しても、
取り敢えず設定してみた感が強い。
現状、有機生命体の作製は、単細胞生物すら困難で、人造人間など夢のまた夢。
ゴーレムとスピリタスの作製も、禁じる程の物か疑問になるレベルである。
しかし、『禁断の地』には、高レベルの人工生命体が生息しているので、遠い将来を思えば、
禁呪に設定した事が、全く無意味という訳でもない。
C級共通禁断魔法
C級禁断共通魔法は、大規模な自然災害を起こす『共通魔法<コモン・スペル>』を
『禁呪<フォビドゥン・スペル>』として、一般の使用を禁じたものである。
最も有名な『禁断共通魔法<フォビドゥン・コモン・スペル>』であり、一般には、禁断共通魔法と言えば、
これが連想される。
しかし、単純に修飾詩を重ねて、威力を高めた魔法の呪文も含む為、特定の系統が無い。
この場合は、修飾詩を部分的に封じている。
一定以上の破壊力を持てば、何でもC級禁断共通魔法に該当するのだ。
そして、一定以上の破壊力を持つには、必ず大量の魔力を要し、大量の魔力を要する魔法は
制御困難で、『魔導師』であっても使い熟せない。
例外は、天候操作系の魔法である。
天候操作系魔法は、世界規模で影響を及ぼす物でありながら、好条件が揃えば、制御が容易になる。
天候操作系に関しては、徒に使用するのは好ましくないとされながらも、旱魃・豪雪・大嵐などの
自然災害を抑える目的ならば、専門の魔導師に限り、都市の正式な要請があった後、魔導師会の
厳重な監視下で、影響を十分に見極めながら、行う事が出来る。
『禁断の地』には、「魔法大戦の伝承」に登場する、C級共通禁断魔法が封印されていると
伝えられているが、その真偽は定かでない。
D級禁断共通魔法
D級禁断共通魔法は、時間と空間を操る『共通魔法<コモン・スペル>』を『禁呪<フォビドゥン・スペル>』として、
一般の使用を禁じたものである。
時間と空間を操る魔法で、現在、開発されている物は、微加速・微減速、短時間停止、情報転送など、
規模も効果も小さい物が殆ど。
その大半が、禁じる様なレベルの物では無い。
魔力を大量に消費すれば、効果を大きく出来るかも知れないが、やはり暴走・暴発が恐ろしい。
一つ間違えば、世界と違う時間の流れに取り込まれたり、異空間に飛ばされたりする。
これの研究者は、実験の度に、その可能性に脅えなければならないので、禁呪の中でも、
最も避けられている魔法である。
時空間支配は、効果の割に扱いが難しい、厄介な魔法であり、素人が濫りにD級禁断共通魔法を
使用すると、制御を失い、周囲の物を巻き込みかねない。
D級禁断共通魔法の研究施設も、巻き込まれを防ぐ為、他の禁呪の研究施設から遠ざけられる。
故に、如何に些細な物であっても、これを確実に扱える『魔導師』以外は、使用を禁じられる。
逆に言えば、確実に扱える実力のある魔導師なら(制限は付くが)、これを使用しても問題無い。
実際、幾つかの呪文は、一部の魔導師に、日常的に使用されている。
しかし、周囲の者は、それをD級禁断共通魔法だと知らない。
一般市民は、D級禁断共通魔法とは、時間を長時間停止させたり、時間の流れを極端に変えたり、
人や物を自在に転移させたりする物だと思っているからだ。
その様な魔法は、未だ正式に登録されていない。
『バファル・ススール』
魔法暦333年〜?(没年不詳)
『平穏期』に生まれた男性『魔導師』。
魔法資質を持たない者で、初めて魔導師になった人物。
14歳で初級課程から魔法学校に入学し、上級課程卒業までに20年を費やした。
初級課程で14歳は、当時としても、遅い年齢。
苦学生で、学費を稼ぎながら通学した為、卒業に20年も掛かったが、成績自体は悪くなかった。
卒業後は、魔法学校の無い地方で、『共通魔法<コモン・スペル>』を教えていた。
その後も、各地を転々として、市民に共通魔法を広め、魔法暦374年には、『魔導師会員会』の
有志と共に、『フリースクール』を始めた。
彼は全く無名だったが、地道な活動が市民の間で評価され始めて、初めて『魔導師会』に注目された。
当時の魔導師会としては、魔法資質を持たない魔導師が、高く評価されている事が、衝撃だった。
一人当たりの魔力が不足し、魔法資質の有無が益々重視されつつある時代に生まれながら、
彼は魔法資質を持たない分、誰よりも知識的・論理的に、共通魔法を理解しており、
魔法資質優位だった世間の『共通魔法使い<コモン・スペラー>』の評価を覆した。
これは魔導師会の空気を一変させた。
『八導師』は、魔導師会の魔法資質優位の体質に、自省を促し、改革の必要性を唱えた。
この結果、魔法暦397年に、バファル・ススールは八導師となった。
バファル・ススールは、それまで放置されていた魔導師会員会の地位を、僅かながら向上させ、
魔法資質を持たない者、魔導師になれなかった者も、共通魔法社会に貢献出来る仕組みを創った。
その功績は大きく評価されたが、彼は16年の任期を満了した後、行方不明となる。
彼が最後に遺した文には、共通魔法社会の発展を願う言葉と共に、魔法の素晴らしさと、
万人が魔法に携わる世界への祈りが記されていた。
文明の発達度合い(移動)
この世界の人々は、基本的に徒歩で移動する。
急ぐ時は馬に乗り、大勢の場合は馬車を使う。
魔法で空を飛ぶ事も出来るが、現代では、魔法資質を持つ一部に限られる。
徒歩移動の補助に魔法を使う事は珍しくない。
身体能力を高め、疲労を少なくしたり、高速で移動したりする。
『魔導機』を使った自動車に相当する物は、魔導機自体を軽んじる風潮に阻まれ、開発されていない。
魔法を利用した転移装置も、ある事はあるのだが、開発途中で、実用化には至っていない。
文明の発達度合い(機械技術)
この世界の機械技術は、魔法がある為に、それ程は発展していない。
大抵の事は、魔法で片付けられる。
魔力を原動力とした機械技術、所謂『魔導機』の技術は、発達してはいる物の、普及はしていない。
その主原因は、現代の魔力不足であるが、魔力が豊富ならば、魔導機を使った技術・文明が、
今以上に発展したかと言うと、それは疑問である。
魔導機が魔法使い以外の人々からも疎まれる理由は、「魔法使いの価値を下げる」からではなく、
「人を魔法から遠ざける」からである。
仕組みを知らずとも、容易に魔法が使える様になると、自然と、人の手から魔法は離れて行く。
呪文を知らない者は、魔導機に頼らねば、魔法を使用出来なくなる。
それは、魔法使いではない。
『魔導師会』の性質上、魔法の発展は有り得ても、魔導機が主役になる事は有り得ないのだ。
しかし、魔導機の技術は、一部では大いに利用されている。
無休で稼動させる必要がある装置・施設で、人が長時間魔法を使って稼動させ続けるよりも、
魔導機を利用した方が効率的であると判断した場合は、魔導機が使われる。
呪文を知られたくない魔法がある場合にも、魔導機を媒介にする事で、その呪文を秘匿した儘、
他人に魔法を利用させる事が出来る。
これ等は、限られた環境での使用である。
魔導機は、飽くまで魔法文明の裏方を務める物で、魔法文明の発展には欠かす事が
出来なかった物でありながら、これが主役になる事は、将来も無いだろう。
『娯楽魔法競技』
『娯楽魔法競技』とは、魔法を使用した、大衆娯楽的な競技である。
『フラワリング』・『マリオネット』・『ストリーミング』・『マックスパワー』の四つの競技が有名。
フラワリングとは、魔法の芸術性を競う物であり、最も人気が高い娯楽魔法競技である。
フラワリングの演者は、魔法の色と音を効果的に組み合わせ、その美しさを観衆に訴える。
殺傷力を持たない、専用の『共通魔法<コモン・スペル>』が開発されているが、観客を驚かせる為、
危険な魔法を使う演者も居る。
観客を負傷させたり、器物を破損させたりしない限りは問題無いが、その様な事態が起こった場合、
演者は競技者の資格を失う。
故に、演者には、高度な魔法制御技術が必要とされる。
マリオネットとは、魔法で人形を操り、その技巧を競う物である。
複数体に、複雑な動作をさせる事で、魔法使いとしての技量を、観衆に示す。
操り人形は、魔法で動かす事が出来る、競技専用の物を用いる。
上級者は、短い競技時間で、小芝居を披露したりもする。
ストリーミングとは、一つの『魔力石<エナジー・ストーン>』で、幾つ魔法を使えるかを競う物である。
魔法資質所持者に有利な競技であり、これが得意な者は、魔法使いとして優秀と言える。
同じ数なら、効果の大きい物の方が、評価が高い。
予め、扱う魔法の数と種類を決めておき、効果の大小で、一回毎の勝敗を決め、最終的な勝利数の
多い方を勝者とする方式が、一般的。
先攻の演技を見られる、後攻が圧倒的に有利であり、先攻・後攻を交互に入れ替えて行う。
地方によって、ルールが変わったりする。
マックスパワーとは、一つの魔法を使い続け、扱える魔力の大きさを競う物である。
徐々に魔力を上げて行きながら、何時まで効果を落とさずに、持続させられるかを見る。
シンプル、且つ、ストレートな、競技者同士の集中力の勝負であり、精神力と底力を試される競技だが、
言ってしまえば、暴発の危険が伴う、度胸試しのチキンゲーム。
それでも、その純粋さ故に、コアなファンと実力派の競技者が集う。
優秀な競技者は、自身の限界と、相手の実力を、冷静に見極める。
これ等の他にも、娯楽魔法競技は存在するが、競技人口と規模は大きくない。
この世界での人気は、フラワリング>ストリーミング>マリオネット>マックスパワー。
動植物
この世界の動植物は、種族・個体差こそあれど、殆どが魔力を感知出来る。
人間と同じく、動植物も魔法資質を持つのだ。
群の中で、魔力感知能力に優れた個体は、集団のリーダーか、それに次ぐ高い地位にある事が多い。
また、魔法資質を持つ個体は、魔法資質を持たない同種の個体に比べ、巨大になる傾向が見られる。
魔法で動植物に何らかの作用を及ぼす際には、対象となる物の魔力感知能力が高い程、効果が高い。
高い感知能力を持つ動植物は、品種改良され、ペットとして人間に飼われている。
⇒『使い魔<アニマル・サーヴァント>』
陸棲生物
この世界の陸棲生物には、人間より大きな物は少ない。
魔法資質を持つ動物は巨大化する事があるが、精々、同種の個体より一回り大きくなる程度。
最大の陸棲生物は、高い魔力感知能力を持つ、『妖獣目』の一種。
⇒『妖獣目』
海棲生物
この世界の海棲生物は、押し並べて巨大である。
成体の体長は、小さい物でも、人間と同じ位、大きな物になると、十倍以上にもなる。
海に出掛けた子供が、魚に丸呑みされたと云う話も、よく聞く類の物。
巨大さに加え、魔法資質を持つので、人の手には負えない。
過去には畏怖の対象だったが、今では生態の解明が進み、その恐怖も幾分か和らいでいる。
発色
この世界の生物は、本来の色素の他に、魔力に反応する魔法色素を持っている。
魔法色素は、毒にも薬にもならない、生物の体には必要の無い物で、何の為に体内に
存在しているのか、明確になっていない。
魔法色素を持つ個体は、魔力が豊富な状況下で、体色が変化する。
また、魔法資質に優れた者が、魔法色素を持っていると、体色の変化が大きい。
この為、一説には、魔法資質を持つ事をアピールする物と言われている。
魔法色素は、赤・青・緑の、光の三原色である。
個体によって、真っ赤に染まる物、深い青に染まる物、眩い金に見る物、白銀に輝く物、様々だが、
これ等は遺伝で混色している。
赤色素・青色素・緑色素の遺伝配合は、最も判り易い血縁関係の証とされる。
両親の保有色素によって、子の持つ色は決定される。
親が赤と青の子は、赤、青、紫、黒の何れかになる。
親が赤と赤ならば、赤と黒の子しか生まれない。
紫色と紫色なら、青、赤、紫色の子が、1:1:2の割合で生まれる。
紫色と黄色なら、赤、緑、紫色、水色の子が生まれる可能性があるが、青と黄色の子は生まれない。
魔法色素を持っていない、黒の子供は、両親が原色の組み合わせで生まれる。
↓
↓
極稀に、全ての魔法色素を持った、白の子供が生まれるが、魔法の上手下手には関係無いし、
特別な要素を持っている訳でもない。
白の子供は、両親が赤・青・緑の魔法色素を保有しており、且つ、母親が三原色の内、二つの色素を
持っている場合に、低確率で、母親の胎内で、魔法色素の混入が起こって生まれる。
白の子供が、本来保有している色素は二つなので、白の子の子が白になる確率は極めて低い。
黒の子供は、魔法色素を持っていないので、劣等と考えられ、逆に、白の子供は、気味悪がられた。
現在では、原理が解明されているので、偏見は無い。
誤解され易いが、魔法色素が魔力を感知して、体の色が変わるだけで、本人の魔法資質とは
関係が薄く(無関係とまでは断言出来ないが)、特定の色で特定の魔法が扱い易くなったりはしない。
自分用簡易まとめ
旧暦
↓・王侯貴族と旧い魔法使い達が支配する世界
↓・グランド・マージが共通魔法を開発
↓・共通魔法使いによる魔法啓発会創設
↓・魔法啓発会が攻撃され始める
↓
魔法大戦(推定3年)
↓・全ての大陸が海に沈む(開戦)
↓・魔法使い同士が戦い合う
↓・共通魔法使いが勝ち残る
↓
空白(推定約20年)
↓・年代が正確に判る史料が存在しない
↓・唯一大陸浮上
↓・魔法都市建設開始
↓・妖獣の存在を確認
↓
復興期(魔法暦元年〜)
↓・第一魔法都市グラマー完成、魔導師会創設(元年)
↓・第二魔法都市ブリンガー完成(19年)
↓・第三魔法都市エグゼラ完成(49年)
↓・第四魔法都市ティナー完成(51年)
↓・第五魔法都市ボルガ完成(77年)
↓・第六魔法都市カターナ完成(96年)
↓
開花期(魔法暦96年〜)
↓・魔導師会の影響力が増す
↓・魔法道具が発達
↓・大魔導計画開始
↓・六大魔法都市に大魔力路が通る
↓・唯一大陸地図完成(禁断の地を除く)
↓・妖獣が脅威でなくなる
↓・大魔導計画廃止
↓・世界的な魔力不足が表面化
↓・魔法文明発展の勢いに翳り
↓
平穏期(魔法暦250年前後〜)
↓・外道魔法使い狩りが始まる
↓・魔力不足本格化
↓・世情不安定化、小事件が頻発
↓・カターナ航海軍出港
↓・娯楽魔法競技公式化による大流行
↓・世情安定の兆し
↓・カターナ航海軍帰港(322年)
↓・世界地図完成(禁断の地を除く)
↓
停滞期(魔法暦400年代後半〜)
↓・図書館事件
↓・禁呪の書が盗まれる
↓・狂気の大虐殺未遂
↓・旧い魔法使い達の逆襲
おもしろいとか
おもしろくないとか
そういうのはいいから
設定をつくるんだ
『妖獣目』
食肉目に近い哺乳類の一部が、魔法資質を得て、分化した物。
化猫科、化鼬科、魔犬科、鬼熊科、大海獣科、古代亜熊科と、その他の小科で構成されている。
『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』以前から、魔法資質を持つ動植物の存在は確認されていたが、
飽くまで「特殊な個体」であり、種族の性質として魔法資質を持った物が現れたのは、
魔法大戦以降だった。
勿論、未確認と云うだけで、旧暦から存在していた可能性もあるのだが、それを示唆する史料は
発見されていない。
魔法資質を持たない、本来の食肉目に相当する種類は、絶滅の危機に瀕している。
『妖獣目』にも、魔法資質を持たない物が存在するが、それは食肉目とは違う。
妖獣目は、大部分が肉食で、魔力を感知して、獲物を襲う。
巨大な個体は、人間を襲う事もある。
また、妖獣目の魔犬科には、『獣魔法<ビースト・ハウリング>』と呼ばれる、魔法を使う種がいる。
獣魔法は、魔法大戦以降に、妖獣目の動物が発展させたと考えられている。
獣魔法を使う魔犬は、驚く事に、獣魔法を中心に、群を指揮しており、高い社会性を持つ。
旧暦では、人間以外の動物が、擬似魔法社会を作る事は有り得なかった。
最小の物は、片手に乗せられるサイズに、品種改良された、化猫科の一種。
最大の物は、人の十倍以上の体長を誇る、大海獣科の一種。
陸棲で最大の物は、人の五倍程度の体長になる、古代亜熊科の一種。
『復興期』から『開花期』の中頃までは、妖獣目は、人間にとって危険な存在だったが、都市と魔法が
発達するに従って、その勢力は衰え、住処を奪われる様になった。
一部の妖獣は品種改良され、ペットとして、人間に飼われている。
一般には、妖獣目でなくとも、魔法資質を持った動物を妖獣と言う事がある。
妖獣目以外に、魔法資質を持つ動物には、『霊獣目』が存在する。
⇔『霊獣目』
『霊獣目』
魔法資質を持つ動物の中で、肉食でない物を霊獣と言い、『霊獣目』は学術上の正式な分類ではない。
「妖獣でない=霊獣」と考えて間違い無く、これは人畜に対する有害無害で決定される。
しかし、激しい興奮状態にあると、攻撃性が高まるので、霊獣だからと言って、人を襲わない訳ではない。
「積極的に他の動物を襲って捕食しない物」と言えば、より正確だろう。
妖獣と同じく、『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』以前から、魔法資質を持つ物は確認されていたが、
飽くまで「特殊な個体」であり、種族の性質として魔法資質を持った物が現れたのは、魔法大戦以降。
『獣魔法<ビースト・ハウリング>』の様な魔法を使う種類は存在しない物の、高い魔法資質で危険を察知する。
霊獣の予知能力で助かった人間の話は多い。
品種改良した霊獣を、家畜として飼う人間もいる。
『開花期』までは、肉食と草食を分けて考えていた為、学術上正式に霊獣目と云う分類が存在したが、
学会の研究が進んだ今日では、完全に否定されている。
宗教
この世界の宗教組織は、『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』で滅んでしまったので、
人知の及ばぬ所を神の域と称する事はあっても、宗教として神を信仰している者は、皆無に等しい。
「神」という言葉は、旧暦の『神聖魔法使い<ホーリー・プレアー>』が信仰した、「全知全能の王」を意識し、
魔法科学が発展した現在でも、未だ解明出来ない現象などに対して、皮肉を込めて用いられる。
しかし、前述した様に、神を信仰している者は、皆無に等しいので、『共通魔法<コモン・スペル>』に
対する揶揄と同時に、「理解を諦めた者」への嘲笑も込められている。
精霊信仰・自然信仰も、残ってはいるが、極少数であり、普通の『共通魔法使い<コモン・スペラー>』は、
それ等を信仰しない。
『魔導師会』は、科学的思想に基づかない、カルト宗教を排斥する。
そういう意味では、共通魔法と魔導師会を中心とした、科学思想が、一種の宗教になっている。
古代亜熊科
『妖獣目』の一種。
熊の様な巨体を持つので、こう名付けられたが、正確には熊ではない。
鋭い爪と牙、そして二本の角を持つ、獰猛な陸上最強種。
繁殖能力は低いが、寿命は人間以上に長い。
人畜を襲う害獣として有名だったが、現代では棲み処を追われ、絶滅の危機に瀕している。
古文書には、狐の顔、山羊の角、熊の体、獅子の脚、蛇の尾を持つと伝えられているが、
〜の様な、という意味であり、『合成獣<キメラ>』ではない。
一見した所を言えば、角が生えた熊であり、魔牛科の動物と見間違えられる事が多い。
これだけ世界を構築できるのには、ただただ驚くばかり
陰ながら応援しています
応援ありがとう。
思いついた分から先に先に書き足しているので、
設定の説明が前後して読みにくいとは思います。
残りレス数も容量もまだまだあるので、
>>200あたりで整理したいと。
『大魔導計画』
『魔法暦』101年に立案、104年から開始された、『大魔力路<エナジー・ロード>』整備計画。
『魔導回路』の有用性が明らかになり、『魔導機』の開発に先駆け、その性質を利用して
「大地に大魔法陣を描く」計画だった。
魔法暦96年、『六大魔法都市』が完成し、主要大街道は、大魔法陣を描いていたが、冬になると、
大魔法陣の守護結界が薄れてしまう欠点があった。
極寒のエグゼラ地方は、冬期封鎖され、人の通行が途絶えてしまう。
大街道を行き交う人々が、描文その物であり、魔力を運ぶ役割を果たしていたので、
人が通らなくなると、魔法陣が無意味になるのだ。
そこで、大街道に沿って、大魔力路を張り巡らせ、将来不足するであろう魔力を、
地方から都市へ安定供給すると同時に、衰える事の無い結界を張ろうとしたのである。
大魔導計画は、六大魔法都市に留まらず、果ては、『唯一大陸』全体から、海の向こうまで、
「惑星を大魔法陣で覆う」壮大な計画だった。
百年以上を掛ける大計画だったので、新技術が開発される度、進んで取り入れたが、
それは徒に工期を引き伸ばし、大魔法陣の完成を遅らせた。
人・物・金を総動員させたが、次第に物資の不足が深刻になり、魔法暦200年を迎えて、
魔導師会は計画の廃止を決定。
その後も都市町村レベルで、計画を引き継ぐ所があったが、魔法暦240年頃には何れも中断。
実質的に計画を廃止していた。
六大魔法都市を大魔力路で結ぶ大魔法陣と、辺境から魔力を汲み上げるシステムは完成したので、
当初の目的は達成出来たと言えるが、計画の廃止で失業者が増えた上に、魔法技術の発展が
頭打ちになる時期と重なって、市民の間には、閉塞感と停滞感が漂った。
『図書館事件』
時は『魔法暦』462年。
『外道魔法<トート・マジック>』が記された、『禁呪の書』を巡る、『図書館連盟』と『魔導師会』の対立。
『魔法史料館』が収集した図書に、禁呪の書が含まれていた事から、事件は始まった。
『魔導師会法務執行部』は、禁呪の書の提出と、それに関する資料の抹消を要求したが、
魔法史料館は、図書館連盟の規約を優先し、禁呪の書の提出を拒否、隠匿した。
これまで魔法史料館が、魔導師会の決定より、図書館連盟の規約を優先する事は
有り得なかっただけに、当時は大騒ぎになった。
外道魔法が記された書物であっても、通例では、他の魔法書と同じく、魔法史料館に保存・
展示される(自由に閲覧は出来ない)のだが、この禁呪の書は、外道魔法の中でも、
危険な魔法が記されていた物だった(と、魔導師会は発表している)。
禁呪の書を隠匿し続ける魔法史料館に対し、『処刑人<イクシキューショナー>』の派遣も噂されたが、
事件は、多くの疑問が残る形で決着する事となった。
魔法史料館は、法務執行部との表立った対立を避ける為、指示が下る前に、『魔導師』でない
一般職員に、禁呪の書を移動させていたが、何故、そこまでして隠匿する必要があったのか、
理由は明らかにされていない。
禁呪の書は、他の図書に混じって、秘密裏にティナー市立図書館に渡り、そこから更に、
ティナーとカターナの中間地にある小村の図書館に移った。
その後、武力衝突も強制捜査も無く、魔導師会は、禁呪の書を回収出来たと発表したが、
当時の関係者は、口を固く閉ざしている。
一部情報誌は、魔導師会と図書館連盟が、裏で何らかの取引を行ったのではないかと報じている。
陰で『八導師』が動いていたとも。
↓
↓
魔法史料館が図書館連盟に加盟していた理由は、外部組織との繋がりを持つ事によって、
魔導師会をより市民に身近な組織とする為だったが、この事件後、魔法史料館を完全に
魔導師会の支配下に置こうとする動きが活発になった。
結局、八導師の承認を得られず、その試みは失敗に終わったが、魔導師会と図書館連盟との間には、
深い禍根が遺った。
現在でも、図書館連盟は魔導師会を警戒しており、魔導師会は図書館連盟を監視している。
『狂気の大虐殺未遂』事件
『魔法暦』484年から断続的に発生した、大量殺人事件。
それは『禁呪<フォビドゥン・スペル>』の復活を企む、六人の『共通魔法使い<コモン・スペラー>』、
自称『解放者<リバレーター>』によって、引き起こされた。
世界的に魔力が不足しているのは、魔法人口が増えたからであり、解放者は、大量虐殺によって、
魔法人口を現在の1/1000000か、それ以下にまで減らす事で、魔力の占有を目論んでいた。
解放者の六人は、何れも優れた魔法資質と、高度な魔法制御能力を持ち、
『魔導師会』の『執行者<エグゼキューター>』を大いに苦しめた。
最終的には、四人が『処刑人<イクシキューショナー>』に処刑され、後の二人は行方不明となっている。
解放者の出自は不明で、何処で禁呪に関する情報を仕入れたのかも、判っていない。
外道魔法使いとの関係も疑われたが、何一つ判らず仕舞いだった。
所謂『魔導師』崩れとは違い、『共通魔法<コモン・スペル>』の扱いに長けており、魔導師会に対して、
恨みや憎しみを抱いていた訳でもなかった様である。
二人の行方不明者は、現在も指名手配されている。
一人は、リーダー格の『カタストロフ』。
もう一人は、ブリンガー地方で大量殺人と放火を犯した、『カラミティ』。
死亡したメンバーの名は、『ディザスター』、『メナス』、『クライシス』、『ジェノサイド』。
何れも偽名と思われる。
事件的には大虐殺未遂だが、実際には各都市で、合わせて十万人近い命が奪われている。
魔法暦が始まって以来、最悪のテロ活動として有名だが、現代の停滞した空気を厭う者には、
解放者の心情を(勝手に)推察し、理解する者もいる。
⇒『復讐の外道魔法使い』
『使い魔』
魔法使いと契約を交わし、絶対的に主人の命令に従う物を、『使い魔』と言うが、
この世界では、魔法資質を持ったペットも使い魔と言う。
正確な語義は置いて、魔法使いに従属する物は、何でも使い魔と言って差し支えない。
最もポピュラーな物は、『獣の従者<アニマル・サーヴァント>』で、『魔法道具店』などで、
ペットとして売られている。
獣の従者は、多くが妖獣を品種改良した物で、主人に忠実な様に教育されている。
知能が高く、人語を喋る物もいるが、それ等は高価。
定番の小型哺乳類に加え、鳥類・爬虫類・両生類の他、変わり種には、虫や魚がいる。
『獣<アニマル>』以外に、植物や『魔法生命体』を『従者<サーヴァント>』にする者も。
一流の魔法使いは、多くの使い魔を従え、手足の様に操るのだが、残念ながら、
ペットとして売られている使い魔すら、まともに躾けられない者が多いのが、現状である。
使い魔は、人語を解する物であっても、優れた魔法資質によるテレパシーで、
主人とコミュニケーションを取ろうとする。
このテレパシーは、言語を伝える物ではなく、感情の交感を行う物である。
主人は、己の意思を伝えるだけでなく、使い魔の意思を汲み取れなくてはならない。
意思疎通による相互理解があって、初めて主従の絆が結ばれるのだ。
使い魔に、信頼に値しないと見切られると、反逆されるばかりか、使い魔に使われてしまう事もある。
意思の疎通は、使い魔にも、主人にも、魔法資質がある事が前提だが、一昔前は、
『動物と会話する魔法』があり、魔法資質の有無に関わらず、意思の疎通が行えた。
動物と会話する魔法は、近年では『失われた呪文<ロスト・スペル>』扱いであり、忘れ去られて久しい。
妖獣神話
『使い魔<アニマル・サーヴァント>』は、『ニャンダカ神話』と云う、奇妙な御伽噺を語る事がある。
それによると、妖獣(霊獣を含む)の始祖は、異世界の王、『ニャンダカニャンダカV世』だと言うのだ。
異世界の覇権争いで、宿敵『ニャンダコラス』に追い詰められたニャンダカニャンダカV世は、
『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』で、この世界に召喚され、逃げ延びたらしい。
ニャンダカニャンダカV世の子孫は、再起を誓い、強くなる為に、同属で血で血を洗う戦いを続けた。
そして、勝ち残った物が妖獣になり、争いを止めた物が霊獣となったそうだ。
霊獣は、この世界で生きる事を決めたが、妖獣は、何時の日か元の世界に帰還して、
ニャンダコラスの子孫と決着を付けるのだと言う。
不思議な事に、一定以上の知能がある妖獣は、野生の物でも、似た様な神話を語る。
魔法大戦後に発生した妖獣と、既存の動物は、遺伝的に遠いので、
御伽噺と切り捨てられない部分がある事は確かだが、他の魔法資質を持つ動植物は、
何処から来たのか説明出来ていないので、まともな大人は信じない。
使い魔が、辿々しい言葉遣いで、懸命に語る様は、何とも愛らしいが、同じ話を何度もするので、
飼い主は聞き飽きて来る。
曰く、「人間を味方に付けて、王座を取り返す」らしい。
所詮は、畜生の戯言なので、聞き流すが良い。
ペットの妖獣が、ニャンダカ神話を語り始めた時は、餌をやって黙らせるべし。
魔法都市巡礼
『六大魔法都市』を、五芒星を描く様に巡る旅は、魔法都市巡礼・大魔法陣巡りと呼ばれ、
一生に一度は行う物とされている。
馬で移動しても良いが、故習に倣うならば、徒歩での巡礼が基本である。
人によっては、年に一度、行う者もいる。
唯一大陸を巡るので、旅に不慣れな者が、徒歩で隣接する魔法都市に移動すると、一月は軽く掛かり、
一年経っても全ての魔法都市を巡り切れない事も間々あるが、魔法都市巡礼は長い歴史を持つので、
旅行者をサポートする体制は万全であり、根気さえあれば、誰でも達成出来る物である。
冬はエグゼラ地方の大街道が封鎖されるので、普通は冬期のエグゼラ通行は避けるが、
エグゼラ市民以外で、『終末週<エンド・ウィーク>』をエグゼラで過ごす物好きも、それなりに存在する。
その殆どは、オーロラを見る為に、滞在している。
五芒星を辿った後、外縁の大街道を一周して、大魔法陣を完成させ、守護結界を構成する
一員となる事で、自らも『共通魔法使い<コモン・スペラー>』であると実感するのだ。
『終末週<エンド・ウィーク>』
年の終わりの一週を、『終末週<エンド・ウィーク>』と言う。
十二の月から外れた一週間であり、閏の調整も、この終末週で行う。
元々、エンド・ウィークに不吉な謂れは無いのだが、月から外れるので縁起が悪いとされ、
年末と言う事もあって、終末週は何処も彼処も休業し、実家で静かに過ごすのが習わし。
一部のサービス業・公務員は、終末週でも休めなかったり。
終末週は大都市でも静かになり、人気の無い大通りは終末感が漂う。
『中央運営委員会』と財政破綻の危機
『魔法暦』150年前後は、魔法文明が最も栄えていた時期だが、その反面で、
この頃から既に、財政破綻の兆しが表れていた。
これまで『魔導師会』の意思は、『代議員会』が決定していたのだが、利益誘導に傾き易い代議員会は、
発展に伴う急速なインフレに対する警戒を怠り、邁進し続けた。
一般市民は、『共通魔法<コモン・スペル>』を中心とした魔法文明の繁栄を謳歌していたが、
その先に待ち受ける混乱を予測していた、魔導師会の上層部と一部知識人は、気が気でなかった。
魔導師会は、組織として巨大になり過ぎ、全体の意思が統一出来ず、指揮・管理が末端まで
行き渡らない状態で、今の体制の儘では、制御不能になっていた。
物価上昇ペースは二次曲線的な動きを見せ始めており、都市発行債も、魔導師会発行の通貨『MG』も、
追い着かなくなるのは時間の問題で、既に誰の手にも負える事態ではなくなっていた。
『中央運営委員会』は、『八導師』の提案により、この頃の組織再編に先駆けて発足した。
八導師は、「巨大組織となった魔導師会を統率する為に、管理職を増やす必要がある」と、
設置理由を説明したが、それは半面の事実であり、「代議員会の権力を削ぐ」目的もある事は、
伏せられた。
中央運営委員会の最初の使命は、可能な限り経済活動を失速させない様に、
物価の上昇を抑える事であった。
八導師と中央運営委員会は、先ず、組織再編の名目で、偏った権力体制を再構築し、
利益誘導を困難にした。
そして、MG管理を新組織『魔法道具協会』の管轄にし、その運用にも積極的に介入した。
中央運営委員会は、事業を整理して、市場の需給を調整するなど、あらゆる手を尽くし、
百年を掛けて、過熱した経済を緩やかに抑え、インフレを収めた。
需給調整で経済は冷え込み、失速すると思われていたが、幸運にも、発展途上であった魔法技術の
革新は絶えなかったので、決定的な破綻は避けられた。
魔導師会が、建設・土地開発から商業へと、民需シフトを先導した事は、やや強引ではあったが、
功を奏したと言える。
当時、発展の勢いに水を差す様な、中央運営委員会の数々の決定は、市民に恨みに恨まれたが、
これは避けて通れない道だった。
『復讐の外道魔法使い』
『魔法暦』478年、『共通魔法<コモン・スペル>』に恨みを持つ、一人の外道魔法使いが、
共通魔法で『共通魔法使い<コモン・スペラー>』を攻撃した事件。
その外道魔法使いは、弱小勢力の一派の後継者であり、百年以上前の『外道魔法使い狩り』が
理由で、共通魔法使いに憎しみを抱いていた。
当の被害を経験した、彼の師に当たる人物は、復讐を望んでいた訳ではなかったが、
義憤に駆られての行動だった様である。
彼は『魔導師』になれなかった者であり、魔法学校での成績が思わしくなかった事から、
共通魔法使いでありながら、『外道魔法<トート・マジック>』に走った。
外道魔法を習得した彼は、消え行く運命の外道魔法を救うべく、共通魔法を攻撃したのだ。
曰く、「魔力は共通魔法使いが占有して良い物ではない」と。
師との擦れ違いが解消された事で、この事件は死者を出す事無く収まったが、
共通魔法で共通魔法使いを攻撃する、後の『狂気の大虐殺未遂』に繋がったと言われている。
事件を起こした外道魔法使いの名は、『ルヴァート・ジューク・ハーフィード』。
彼は『執行者<エグゼキューター>』に逮捕された後、『魔導師裁判』にて、無期懲役判決を下され、
『魔法刑務所』に収監されたが、犯行を反省しており、現在は保釈中。
『魔法刑務所』
『魔導師会』が定めた、「魔法に関する法律」に違反した者を、収容する施設。
『魔導師会法務執行部』が管理している。
基本的に、重犯罪者でなければ、収監されない。
小町村でなければ、都市に必ず一つはある。
服役中は、単純作業に従事させられた上で、『共通魔法<コモン・スペル>』に関する再教育を受ける。
特に重大な罪を犯した者は、魔法都市の魔法刑務所に移送され、封印、又は処刑される。
魔法を軽視した者は、魔法に関する法の庇護を受けられない。
被収容者の背には、居所を報せる魔法の刻印(これは人権上の配慮から、出所時に消される)が
付けられ、脱獄した場合は、漏れなく『処刑人<イクシキューショナー>』が差し向けられる。
『魔導師会裁判』
『魔導師会』が定めた、「魔法に関する法律」に違反した者は、『魔導師会裁判』に掛けられる。
『外道魔法<トート・マジック>』を大々的に広告したり、『禁呪<フォビドゥン・スペル>』を使用したりする事は、
魔導師会によって禁じられているが、都市には、これを制限する権利は無い。
「魔法に関する法律」は、魔導師会の物であり、都市が勝手に「魔法に関する法律」を動かすと、
それが魔導師会の益に適う物であっても、立法者が罪に問われる。
『共通魔法<コモン・スペル>』の悪用も、「魔法に関する法律」で禁じられており、
魔法を利用した殺人・強盗など、通常の犯罪との複合刑に関しては、
魔導師会裁判に掛けられた後、管轄都市で裁判に掛けられる。
魔法を悪用した殺人であっても、どんな魔法を、どの様に使用したか、その程度によって、
魔導師会裁判での罪の軽重は変わる。
その為、魔導師会裁判より、都市での裁判で下された判決が重い事が、間々ある。
「魔法に関する法律」で、例外的な物は、魔導師会を対象とした破壊活動である。
これは厳密に言うと、「魔法に関する法律」ではない。
魔法を使わない暴力手段で、『魔導師』個人でなく、魔導師会を攻撃した場合、
その者は、魔導師裁判に掛けられる。
魔導師会裁判には、検事も弁護人も存在せず、事実を調査する『捜査官』が、事務的に報告を行う。
供述の真偽は、専用の魔法によって判別されるので、偽証は出来ない。
罪の有無と量刑を決めるのは、魔導師の裁判員である。
魔導師会裁判は、一部の外道魔法と禁呪に関する物以外は、記録が公開される。
世には、『探偵魔導師』なる職業が存在し、魔法絡みの事件で、魔導師会法務執行部と市民との
仲立ちを行う事があるが、これは『魔導師会員会』の所属であり、法務執行部の者ではない。
一般市民と魔導師会
『魔導師会』は、強い影響力を持っているが、市民の評価には、過敏と思える位、敏感である。
表向きは、非常に強権的で、融通の利かない、原則主義の集団でありながら、何を行うにしても、
市民の理解と同意を得ようとする。
魔導師会は、旧暦の支配者と比較される事を、何より恐れているのだ。
旧暦の支配者達は、魔法を独占して、民衆を支配していた。
魔法に関して、強い権限を持つ魔導師会は、それと重なる。
「旧暦の支配者達と何も変わらない」と言う批判は、魔導師会が最も避けたい物なのである。
故に、魔導師会は、魔法以外の権力を放棄しており、都市政治にも、口を挟む事は無い。
しかし、人々の生活を『共通魔法<コモン・スペル>』が支えている以上、それを管理している
魔導師会の権力は、自然と強くなる。
魔法技術を解放すれば、独占状態を解消出来るが、魔導師会が警戒しているのは、
その先に待ち受ける、魔法無き世界である。
『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』が、『共通魔法使い<コモン・スペラー>』の勝利に終わろうとしていた時、
『予知魔法使い<プレディクター>』の大聖『フリックジバントルフ』は、最後の足掻きに、
共通魔法使いに対して、魔法が民衆に解放された後の事を予言した。
「民は易きに流れる物であり、その心は、魔法その物より、魔法が持つ力に向かう。
共通魔法使いが、如何な努力をしようとも、魔法が解き放たれた千年後には、
魔法を使える者がいなくなり、やがて魔法その物が消えるであろう」
『フリックジバントルフの予言』は、予知魔法使いが遺した、最後の呪いである。
魔導師会は、これを限定的にしか公開していない。
『保安巡視隊』
『大魔力路<エナジー・ロード>』整備計画である、『大魔導計画』は、『唯一大陸』の僻地開拓と
平行して実施された。
当時、市民の後押しを受けて、勢い付いていた『魔導師会』は、計画上障害となる、
人里離れて暮らしていた小町村民や外道魔法使いを、強制退去させる事もあった。
一部市民と外道魔法使いは、これに反発したが、計画を主導した都市と魔導師会は、
利益にならない話し合いより、大魔力路の完成を優先させ、取り合おうとしなかった。
大魔力路が、外道魔法使いの攻撃を受ける様になった背景には、そう云う事情がある。
この事については、魔導師会にも、都市民にも、反省すべき点が多くあるが、『保安巡視隊』は、
ライフラインである大魔力路を警備・防衛する為に、組織された。
保安巡視隊は、『魔導師会法務執行部』の『執行者<エグゼキューター>』と、都市の治安維持部隊で
構成されており、昼夜問わず、大魔力路のパトロールを行っている。
外道魔法使いによる、大魔力路を狙った破壊活動は、『開花期』の後期から『平穏期』の中期に掛けて
頻発したが、それ以降は殆ど起こっていない。
これには二度の波があり、一度目は大魔導計画に対する反発、二度目は『外道魔法使い狩り』に
対する反発だった。
『共通魔法使い<コモン・スペラー>』と外道魔法使いの対立は、時代が移り変わった事で、沈静化したが、
最近では、外道魔法使いではなく、共通魔法使いの方が、騒動を起こす様になっている。
武器・兵器の発達
魔法が中心の世界では、武器も魔法を利用した物になる。
妖獣が脅威だった頃は、時間の掛かる詠唱・描文より、『魔導機』の技術を利用した、
『魔導武器』が護身用に使われていた(※1)。
当時は、「炎を纏った剣」や「電撃を発する杖」が、『魔法道具店』で売られていたのである。
妖獣の脅威が去った近年では、魔導武器は一般に取り扱われていないが、
危険な任務に赴く『魔導師』には、『魔導師会』より支給される場合がある。
『処刑人<イクシキューショナー>』が持つ、『死の魔法<デス・スペル>』を発動させる魔導機などは、
『魔導兵器』と呼ばれる(※2)。
魔導師会の存在により、都市同士の大規模な戦争は起こらないので、戦術・戦略的な
破壊兵器は発達していない。
その類の魔導兵器開発は、禁じられている。
⇒「魔法暦1000年の未来」
※1、※2:魔導機⊃魔導武器⊃魔導兵器
共通魔法使いと外道魔法使い
『魔導師会』は、『外道魔法<トート・マジック>』を『禁呪<フォビドゥン・スペル>』として、その習得を禁じているが、
外道魔法使いと聞けば、何でも見境無しに、逮捕・拘束したりする訳ではない。
外道魔法に関する禁則事項は、「衆目に触れる形で使用する事」と「大々的に広告する事」であり、
外道魔法が存在する事、それ自体は、認めているのだ。
魔導師会が定めた法は、外道魔法を制限する物なので、外道魔法使いの反発を受ける。
しかし、外道魔法使い達の中には、魔導師会の「魔法に関する法律」に、大人しく従って、
静かに暮らす事を選択した者達もいる。
そう云う者達にとっては、外道魔法に関する禁則事項は、魔法を使用する際の障害にはならない。
魔法に対する考え方、価値観が、その他の外道魔法使いとも、『共通魔法使い<コモン・スペラー>』とも、
根本的に違うのだ。
故に、彼等は、『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』に、参加しなかったのである。
彼等には、共通魔法使いと外道魔法使いの対立は、虚しい物にしか映らない。
魔法大戦に関する諸説
『魔力』は自然界に存在するエネルギーの一であり、発熱・発電・冷却の他、力場発生・原子変換・
エントロピー増減など、あらゆる物質・現象に対して、ミクロ・マクロに作用する(※)。
魔力は、流れる事で、力として働く物であり、一所に留める事が困難。
旧暦の魔法使い達は、魔力を様々な名で呼び、その使い方を知られない様に、秘匿していた。
その「魔力の使い方」が魔法なのである。
『魔法大戦』とは魔力の『奪い合い<スクランブル・オーバー>』だったのである。
魔法大戦に勝利した『共通魔法使い<コモン・スペラー>』は、魔法を人々に解放し、結果、
魔法人口が増え、一人当たりの魔力が減少する事になった。
これが、現在、主流となっている、魔法大戦の解釈である。
しかし、「魔法大戦の伝承」にある記述は曖昧で、如何様にも解釈出来る。
学者によっては、魔法大戦は、より壮大な物であったとする説や、
逆に、大戦争が起こった事自体を否定する説を唱える者もいる。
※:詳細には、@「他のエネルギーへの変換が可能」な事と、A「指向性を持たせ易い」事から、
多様な力場の発生・解除と、それを利用した素粒子・原子・分子変位を行っている。
しかし、呪文は知っていても、その原理までは知らない者が殆ど。
注意点として、魔法が事象を起こす理屈を知っていても、魔法を理解している事にはならない。
原理を理解したからと言って、魔法資質が身に付く訳でも無い。
原理を知っているが、魔法を理解していない者は、知識に頼って、実践が足りない者。
逆に、生まれついて優れた魔法資質を持つ者は、小難しい理屈を等閑にする傾向がある。
『合成獣<キメラ>』
生体改造によって、人工的に、複数の動物の特長を持たせた動物の事。
広義には、生体改造された動物を指す。
人間に便利な動物を創ろうと云う事で、『復興期』、最初に生み出された『合成獣<キメラ>』は、
馬の体、羊の体毛に、肉の食感は牛の様、そして、犬の様な従順さを備えた物だった。
果たして、そんな物が実在したかと言うと、確かに存在はしたが、子孫を残せない為、
製作効率の悪さから、量産されなかった。
しかし、無理が生じない程度に、動物の性質を組み合わせた合成獣は、一般市民の
知らない所で、量産されている。
身近な所で、『魔法道具店』で売られている『使い魔』には、B級禁断共通魔法によって、
遺伝子改造された、合成獣の子孫がいる。
人間の遺伝子改造は、禁じられているので、人間と動物の合成獣は存在しないが、
動物に人間の性質を持たせる事に関しては、グレーゾーン扱いである。
現代では、倫理の問題から、人間以外の動物であっても、表立って遺伝子改造が行われる事は無い。
『獣魔法<ビースト・ハウリング>』
『獣魔法<ビースト・ハウリング>』とは、妖獣目魔犬科の一部が使う、魔法に類似した物である。
『共通魔法<コモン・スペル>』ではないが、『外道魔法<トート・マジック>』にも分類されていない。
魔法と名付けられてはいるが、飽くまで、魔法に類似した物であり、魔法とは認められていない。
集団で使用する物なので、『使い魔<アニマル・サーヴァント>』の魔犬に、それを使わせる事は難しい。
元から獣魔法を使える魔犬の群を使い魔にすれば、間接的に、人間が獣魔法を使える事にはなるが、
獣魔法自体は、人間には使用不可能な物なので、それが人間社会に広まる事は無い。
『魔法道具店』で売られている、妖獣の使い魔は、共通魔法を使えはしても、獣魔法は使えない(※)。
法で禁じようにも、相手が獣では、人間の理屈など通じる筈も無い。
生物学者の研究により、獣魔法には、気配察知・治癒・威圧など、様々な物がある事が判っているが、
何れも効果は小さく、また、炎だけは操れない。
同じ獣魔法であっても、集団が違うと、様式が変わる事が多々あり、旧暦に多数の魔法勢力が発生した、
その理由と過程を知る、一助になるのではないかと、学会では注目されている。
※:理由は『バーサティリティー・マジシャン』と同じ。
『バーサティリティー・マジシャン』
複数種類の魔法を扱える者を、『バーサティリティー・マジシャン』、或いは、
『マルチプル・インタープリテイション』と言う。
略称は、『多彩』、『バーサ』、『マルチ』。
しかし、『共通魔法<コモン・スペル>』と『外道魔法<トート・マジック>』は、相反する物であり、また、
外道魔法でも、種類が違えば、それは全く別の魔法系統なので、同時に扱う事は出来ない。
系統の違う魔法を身に付けようとすると、どちらも中途半端な物になる。
一般に言うマルチは、異なる系統の魔法を、完璧にマスターした者の事ではなく、
「他の魔法の理屈を知っており、簡単な物を幾つか扱える」程度の者を言う。
マルチは、研究者や学者に多いが、大体は、共通魔法を得意とし、その他の外道魔法は、
一種類、又は、数種類程度しか、使う事が出来ない。
その得意とする共通魔法も、半端な物である場合が多い。
原理の違う法を、そう何種類も備える事は出来ないのである。
『精霊魔法<エレメンタル・マジック>』と共通魔法の様に、類似した系統の魔法に関しては、両者をそれなりに
扱える者が存在するが、それでも、一方が主体となり、片方の扱いは、飽くまで、「それなり」に留まる。
複数種類の魔法を完璧に使い熟した者は、前例が無い。
⇒『二人の魔法使い<デュアル・マジシャン>』
『二人の魔法使い<デュアル・マジシャン>』
『二人の魔法使い<デュアル・マジシャン>』とは、『二重人格<ダブル>』の魔法使いの中で、
一つ一つの人格が、別々の魔法を使う事で、一人が複数種類の魔法を使用する一例である。
本来、一人の人間は、『共通魔法使い<コモン・スペラー>』なら『共通魔法<コモン・スペル>』、
『精霊魔法使い<エレメンタル・マスター>』なら『精霊魔法<エレメンタル・マジック>』と言う風に、
一種類の魔法しか使い熟せないとされているが、複数の人格を所有している者は、
複数の魔法を完璧に使う事が出来る可能性がある。
これは精神が別々に存在しているからこそ、為せる業であり、人格統合が進んだ結果、
主人格が得意としていた魔法以外を、全て使えなくなった例もある。
当然の事ながら、二重人格者だからと言って、必ずしも、複数の魔法を扱えるとは限らない。
逆に、複数種類の魔法を使う人間は、軽度の人格障害を患う場合がある。
該当者は、病状が進行しない内に、『魔導師会』関連の医療機関で診察を受ける。
⇒『呪詛魔法使い<カース・シューター>』の恐怖
『ニャンダカニャンダカV世』
『ニャンダカ神話』によれば、異世界の王『ニャンダカニャンダカV世』は、全ての妖獣の始祖である。
ニャンダカニャンダカV世が統治する、ニャンダカ国は、初代ニャンダカニャンダカが建てた物で、
長らく平和であったが、ニャンダカニャンダカV世の時に、重臣『ニャンダコラス』が造反した。
ニャンダカニャンダカV世と、その忠臣達は、ニャンダコラスに追い詰められた際、謎の光に包まれ、
『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』当時の、この世界に移動した。
ニャンダカ神話では、何者かの魔法で、時空を越えて召喚されたのだと言っている。
残念ながら、「魔法大戦の伝承」には、その様な記述は無い。
この世界に来たニャンダカニャンダカV世達は、あらゆる物の大きさに驚いた。
そして、動物を食べる動物の存在に、衝撃を受けた。
ニャンダカ国の住民は、大きなネズミ程度のサイズで、姿形もネズミに似ていた。
理知的で温和なニャンダカ国の住民には、弱肉強食の理に生きる、この世界の動物は、
想像も付かない生き物だったのである。
この世界の多様な動物を見た、ニャンダカ国の住民は、それを参考に、魔法の力で、
様々な動物へと姿を変えた。
全ては故国再建の為、復讐の為。
捲土重来を誓い、この世界の動物と、そして、同属同士でも戦い合った。
より強く、大きく。
その過程で、野生に返り、知能を失ってしまった者もいたが……。
こうして、妖獣と霊獣が誕生したのである。
妖獣の中には、自身こそ「ニャンダカニャンダカの正統な後継者である」と名乗る者が、何匹もいる。
しかし、ニャンダカ神話が、真実であると証明できる物は、何一つ無い。
人間は誰も信じない。
『ニャンダコラス』
『ニャンダカニャンダカV世』が支配していたニャンダカ国は、『ニャンダコラス』に乗っ取られてしまった。
その後の異世界事情を知る者はいない。
恐らく、現在も、ニャンダコラスの子孫が、ニャンダカ国を支配しているのだろう。
『ニャンダカ神話』を語る妖獣は、そう信じている。
五百年も経過すれば、ニャンダカ国が滅んで、別の国が誕生しても、不思議ではないのだが……。
ニャンダコラスは、ニャンダカ国一の天才であり、体が大きく、腕力もある事から、家臣の中で、
最も高い地位に就いていた。
ニャンダカ神話では、「卑劣な手段で王座を奪い取った」とされているが、具体的に何をしたのかは
伝えられていない。
ニャンダカ国は長らく平和だったと言う話なので、武力蜂起と思われるが、何せ、五百年も昔である。
そもそも妖獣の与太話に、論理的な展開や、辻褄合わせを期待する方が無理とも言える。
魔導師会とジャーナリズム
魔法に関する情報を握っている『魔導師会』と、市民に情報を売っている情報機関は、全く反対の
立場にあるが、都市の大型情報機関は、魔導師会との付き合い方を心得ている。
魔法社会における、魔導師会の役割を正当に評価し、市民の視点から改善すべき魔導師会の
問題点を指摘する事もあれば、不当な批判から魔導師会を擁護する事もある。
その他の民間の情報機関は、最大の権力組織である、魔導師会の存在自体を問題視している。
それは、魔導師会だけが、魔法に関する法律・技術・情報を独占している事を、好ましくないと
思っているからなのだが、深い考えを持たず、反権力的な思考で、魔導師会を攻撃する者もいる。
盲目的な反権力主義者は、『共通魔法<コモン・スペル>』社会から、魔導師会を排除する事に執心し、
社会全体に及ぼす悪影響を考えない。
また、一部のジャーナリストは、金になる情報を取得する目的でしか動かない。
故に、魔導師会を攻撃する事はあっても、『外道魔法使い』を擁護する者は少ない。
情報も、需要があってこその商売であり、直向に真実を探求し続けられるジャーナリストなど、
数える程もいないのだ。
それでも、真実を追い求めようとするジャーナリストは、会社の軛を外して、個人で活動する。
中には『禁断の地』に向かった者もいるが、その多くは行方知れずとなる。
稀に帰還する者もいるが、口を閉ざして、何も語ろうとしない。
『フリックジバントルフ』
「魔法大戦の伝承』に登場する人物。
生没年不詳。
『予知魔法使い<プレディクター>』の一人であり、未来を見通し、運命を決める、強大な力を持つが故に、
旧暦の君主から、大聖の冠称を与えられていた。
フリックジバントルフを慕う予知魔法使いは、多かったと云う。
神懸かった『予知魔法<プレディクターズ・デクラレーション>』的中率で、戦局を読み、幾つもの陣営を渡って、
『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』終盤まで生き残ったが、『共通魔法使い<コモン・スペラー>』に
追い詰められ、自害した。
フリックジバントルフは、死の間際、『共通魔法<コモン・スペル>』と共通魔法使いに呪いを掛けた。
それが『フリックジバントルフの予言』である。
運命を決める者が敗北するとは、何とも皮肉な事だが、最期の時を除いて、共通魔法使いと
正面から衝突した記録が無い事から、フリックジバントルフは、戦闘能力が低い、典型的な
予知魔法使いだったと思われる。
『呪詛魔法使い<カース・シューター>』の恐怖
『共通魔法使い<コモン・スペラー>』の最も恐るべき敵は、『呪詛魔法使い<カース・シューター>』を措いて、
他に無い。
呪詛魔法使いは、共通魔法使いのみならず、人間の永遠の宿敵である。
呪詛魔法使いの最悪の呪いに、知らぬ間に呪詛魔法使いにされる物がある。
負の感情が極限まで肥大化した時、本人の意識が無い間に、呪詛魔法使いの人格を植え付けられ、
人を呪い続けるのである。
負の感情に比例して、呪詛魔法使いの人格は強くなり、何時しか主人格を乗っ取ってしまう。
恨み辛みを募らせる人間が、呪詛魔法使いの呪いに罹るので、人を恨んではいけないと言うが、
人は人である限り、人を恨み憎まずにはいられない物。
故に、呪詛魔法使いは、人間の敵なのである。
『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』で、呪詛魔法使いの『ネサ・マキ・ドク・ジグ・トキド』が遺した
呪言を伝えよう。
「共通魔法使いよ、心せよ。
戦争に勝利した者は、紛れも無く強者である。
『呪詛魔法<カース・シューティング>』は、弱者の魔法、敗者の魔法。
弱者の正義が、悪しき強者を呪う時、『呪い<カース>』は必ず蘇る。
我等は不滅、呪われし者」
↓
↓
力で戦いに勝利した者は、当然、力強き者である。
敗者は勝者を、弱者は強者を恨み妬むが、敗者は敗者であるが故に、弱者は弱者であるが故に、
負の感情は呪いとなり、勝者が敗者となるまで、強者が弱者となるまで、消える事は無い。
これは人間が生まれ持った業なのだと。
しかし、ネサ・マキ・ジグ・トキドは、こうも言っていた。
「呪詛魔法使いに勝利は無し。
我等の勝利は、暗愚の世界、全ての敗北。
人を引き込む底なし沼、積んで積み上がらぬ泥の山。
我等が強者を倒した時、何処かで勝者が生まれている。
悲劇、それは我等でない。
蔑み、嘲笑え。
我等は永遠の敗者、呪詛魔法使い」
呪詛魔法使いは、王にはなれない宿命なのだ。
『ネサ・マキ・ドク・ジグ・トキド』
「魔法大戦の伝承』に登場する人物。
生没年不詳。
『呪詛魔法使い<カース・シューター>』の一人だが、王侯貴族に仕える事無く、街の陰で、
市民の暗い恨みを晴らす為に、邪術を使っていた。
呪詛魔法使いの一員として、『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』に参戦したが、その言動からして、
他の呪詛魔法使いとは違い、戦争の勝者になる積もりは、元より無かった様である。
呪詛魔法使いでありながら、『共通魔法<コモン・スペル>』を敵視していなかったが、
共通魔法と『呪詛魔法<カース・シューティング>』は相容れない物と考え、共通魔法使いと敵対した。
名前の『ドク』は、地位を表す物で、『ネサ・マキ・ジグ・トキド』が本来の名に当たる。
他の呪詛魔法使いも恐れる程の実力者だったが、個人の哲学・信念から、指導者にはならなかった。
魔法大戦で、『共通魔法使い<コモン・スペラー>』に敗れ、死亡。
死の際、「呪詛魔法使いは不滅」と宣言して、息絶える。
海棲生物と人間
獰猛な海棲生物にとって、人間は食糧以外の何物でもない。
海棲生物が湖に棲む魚ならば、人間は湖面を飛び交う浮塵子である。
高位の『魔導師』だろうと、大型の海棲生物と真正面から戦う様な愚か者は、存在しない。
個人では、抵抗するとか、それ以前の問題なのだ。
何も無い広い洋上では、遊泳は疎か、飛行さえ忌避される。
世界を一周した、カターナ航海軍でさえ、海棲生物との遭遇は、極力避けた。
一般市民には、カターナ航海軍は、海棲生物を蹴散らして、海を渡ったと思っている者もいるが、
確かに、大型海棲生物を退けた記録はあるが、その認識は誤りである。
カターナ航海軍は、大型海棲生物との接触を、なるべく避ける為、島から島へ、浅い海を渡って進んだ。
已むを得ず深い海を通過する場合は、中型(と言っても、人間の数倍は優にある)海棲生物が
活発になる、明け方と夕方を選び、巨大な海棲生物が海面近くに浮上する、夜間と真昼は
陸地に停泊した。
しかし、海棲生物は、どれもこれも獰猛で手が付けられない物ばかりではない。
中には、比較的大人しい物も存在する。
↓
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軟体動物は、殆どが獰猛。
動きの遅い巻貝の仲間は、数ある海棲生物の内では、比較的大人しい部類に入るが、
見境無しに何でも食べるので、安易に近寄らない事。
その他、ヒトデ、ナマコなど、動きの鈍い種類も、近寄らなければ害は無い。
二枚貝の仲間には、海底や物陰に潜んで襲い掛かる、トラッパーがいるので、要注意。
浅瀬でも、中型の物が人を襲う。
頭足類と甲殻類は、自分と同程度の大きさの物なら、積極的に襲うので、危険極まりない。
多くが夜行性であり、遠浅の海にまで出現するので、夜の海は恐れられる。
魚類は、人を丸呑みに出来る、中型以上の物が危険。
小型(※)の物でも、人に噛み付く物がいるので、注意が必要。
多くは、深い海で泳いだりしなければ大丈夫だが、大型種には、船を敵と勘違いして、
体当たりを仕掛けて、沈没させる物がいる。
縄張りには、決して近付かない事。
海獣類は、知能が高く、凶暴で、集団で船を攻撃したりする。
肉食でない物でも、縄張り意識が強い物が殆どなので、下手に近寄らない事。
昼行性の物が多いので、間違っても、昼間に縄張りに入ってはいけない。
海棲生物が人間に恐れられる最大の理由は、人間を恐れないからである。
小型だろうが、大型だろうが、人間に近付く物は、害意を持っていると思って、間違い無い。
大型過ぎる物は、浅い海には出現しないし、陸の上では身動きが取れない。
中型の物は、人間でも、何とか抵抗出来ない事も無いので、カターナ地方周辺の辺境島民には、
それを狙って漁をする者もいる。
⇒『海獣漁』
※:海棲生物に限っては、小型と言っても、「人間より小さい」程度の大きさ。
『変身魔法<フェノメナル・メタモルフォシス>』
『変身魔法<フェノメナル・メタモルフォシス>』とは、『外道魔法<トート・マジック>』の一つである。
他の生物、或いは、想像上の怪物に自ら変身して、その能力を揮う魔法で、旧暦で勢力を誇っていた、
『古の賢者達<オールド・ウィザーズ>』の一。
この魔法は、相手ではなく、自分を変化させる物であり、原理的に、相手の姿を変える事も可能だったと
思われるが、恐らく、効率の問題(※)から、この形に落ち着いた物と推測されている。
『変身魔法使い<モルフォロジー・チェンジャー>』は、性質的には、『巨人魔法使い<ソーサラス・ギガース>』に近く、
魔法使いでありながら、一騎当千の兵として、領主に雇われる事が多かった。
『共通魔法<コモン・スペル>』と敵対した理由も、巨人魔法使いと同様だが、こちらは、より積極的だったとある。
高位の変身魔法使いは、見た目を惑わすだけでなく、実際に性質を持った物に変身する事が出来る。
変身魔法は、効果時間が切れると、元の姿に戻るのだが、窮地に陥った変身魔法使いは、
元の姿に戻れない覚悟で、自身の肉体を別の生物に変化させた。
「魔法大戦の伝承」には、身も心も人間でなくなった、変身魔法使いの記録がある。
姿形を自在に変える、その魔法は、共通魔法では、変身系の魔法と、B級禁断共通魔法である、
生体改造魔法に組み込まれている。
『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』後、絶滅したのか、人知れず静かに暮らしているのか、都市町村で
変身魔法使いを見掛けたと言う、正確な情報は無い。
得意の変身魔法で、人目を避けているのかも知れない。
⇒『変身恐怖症<メタモルフォビア>』
※:相手に用いる場合は、その性質によって効き目が変化する他、魔法で抵抗される可能性がある。
また、対象が複数になると、労力が何倍にも嵩む。
『探偵魔導師』
『探偵魔導師』は、『魔導師会』内の正式な役職では無く、『魔導師』が個人で行っている物である。
一応、社会的に職業と認められてはいるが、魔導師会内での評価は高くない。
探偵魔導師の始まりは、仕事の無い魔導師が、市民から魔法関係の雑事を請け負った、何でも屋である。
今でも、魔導師の探偵は、市民から、何でも屋と思われている。
間違ってはいないのだが、魔導師を使うのだから、何かしら魔法に関係した事を頼むのが、普通である。
実は、市民からの魔法に関する相談は、『魔導師会運営部』でも受け付けているのだが、
役所仕事な面があり、余り受けが宜しくない。
非公式組織
『魔導師会』内の非公式組織は、有志の集いであり、魔導師会の正式な役職とは認められない。
フリースクール講師の受け持ちを決める『講師の会』や、各学会の所属者が情報を交換する
『学会員魔導師の集い』、男女の交流を目的とした『社交会』の他、
変わった所では、使い魔の優秀さを自慢し合う『僕の会』などがある。
所属に制限は無く、複数の非公式組織にも在籍可能だが、入会に条件が必要な物もある。
例えば、僕の会に参加するには、『使い魔』を持っていなくてはならないし、
学会員魔導師の集いは、何らかの公式学術会に入会していなければならない。
教育
『魔法学校』は、学習塾的な施設であり、社会常識を学ぶ場は、都市町村が運営する公立校である。
この公立校でも、魔法に関する基礎知識は、授業で学ぶ事が出来、それ以上は魔法学校で
学ぶ事になっている。
この為、魔法学校は、午後になると、低年齢の子供が増える。
『復興期』までは、魔法学校が公立校の役割を兼ねる事もあったが、『開花期』には、
その役目を都市の公立校に譲っていた。
6歳から15歳まで、10年間の義務教育の後、公立校の生徒は、職業別の専門学校に
進む事になるのだが、同時に魔法学校に通っている生徒は、魔法に専念するか、
専門学校に通いながら魔法を学ぶか、魔法の習得を断念するか、三つの選択を迫られる。
時間と金に余裕のある者は、続けて、専門学校と魔法学校で授業を受ける。
本気で、将来、『魔導師』になろうと思う者は、魔法学校で魔法の授業に専念する。
早い内から、才能の限界に気付いた者は、魔法学校を辞められる。
しかし、悲惨なのは、魔導師になろうと思い、魔法学校で魔法の授業に専念しても、
才能が開花しなかった者である。
魔法学校上級課程を修了出来ずとも、得意な魔法分野があり、それを自覚出来れば、未だ良い方で、
自分に何の才能も無い事を思い知らされ、社会的に落ち零れた者は、這い上がる気力も失せている。
半端に魔法の才能があると、この様な状況に陥り易い。
魔法の理解は、呪文の記憶とは違い、積み重ねの努力では得られず、
そこに至る思考と体験の問題であり、自ら発見しなくてはならない。
時間を掛けて、それを忍耐強く探せる者は良いが、多くの者の時間は、有限、且つ、短いのだ。
魔導師の称号が、就職の一手段となっている現代では、中々『バファル・ススール』は誕生しない。
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義務教育は無料だが、それ以外は有料。
各制度は、都市町村によって違う。
家庭の事情で、義務教育修了後、直ぐに就職する者もいる。
魔導師になる理想的な道は、義務教育を修了する前に、魔法学校中級課程に進み、
その後、5年以内に上級課程を修了して卒業するルート。
飽くまで理想であり、魔導師になる気が無い者は、専門学校に進み、魔法学校中級課程を
卒業している事が、一番現実的で、手堅いと言われている。
魔法の男女差
魔法資質に男女差は無い。
しかし、男女別の得手不得手は存在する。
一般的に、男は大量の魔力を扱え、一方向に特化し易い。
女は技巧に優れ、複数の才を持つ場合が多い。
飽くまで、一般論であり、男女共に、例外は多数存在する。
旧暦が男性優位社会だった影響で、『魔法暦』になった後も、男性優位の面が少なからずある。
その代表例として、歴代の『八導師』には、男性『魔導師』が多い。
『開花期』に、男女の扱いを平等にするよう訴える運動(※)が起こり、以降、男女差別は激減したが、
それでも組織の代表者や著名人は、男性が多数を占める。
その理由の一つは、男が持つ、一方向に特化し易い性質にある。
また、政治遍歴が浅く、感情論に走り易い女は、調整・妥協が出来ない事から、大成しないと言われる。
これは偏見であり、女性魔導師・議員が増えた現代、彼女等が経験と実績を重ねて行く事で、
改善する物と思われている。
※:旧暦の支配体制を引き合いに出して、魔導師会を脅迫したりと、余り上品とは言えなかった。
この影響で、平穏期の中頃辺りまで、「活動的な女は、煩い上に面倒だ」と悪い印象が付いた。
現在では解消されている。
魔力不足の克服
一人当たりの魔力が不足している現在、『魔導師会』とて、何も対策を講じていない訳ではない。
魔導師会は、初期の段階から、魔力不足を予見していた。
『復興期』から、『共通魔法研究会』は、魔力消費を極力抑える発動方式の研究を続けているし、
『魔法技術士会』は、人工的に魔力を発生させる試みを続けている。
両者共、一定の成果を見せてはいるが、劇的な改革に結び付く様な物ではない。
それでも、地道な技術開発によって、『魔法暦』100年頃と現代を比較すると、
同じ効果を持つ魔法でも、約半分の魔力消費で発動出来る様になっている。
『魔導師狩り』
『外道魔法使い狩り』が流行した、『魔法暦』250年から十数年が経過して、
狂気染みた雰囲気が収まり、忘れ去られ様としていた頃、『魔導師』を狙って襲撃する事件が起きた。
外道魔法使いの復讐ではないかと疑われたが、真相は闇の中。
『魔導師会』の面子を保つ為、魔導師襲撃事件があった事は、一般には伏せられた。
外道魔法使い狩りは、飽くまで、市民の暴走であり、魔導師会は無関係だった。
それは、被害に遭った外道魔法使いも、よく知る事であり、また、外道魔法使いは、
魔導師会による保護を拒んでいた為、逆恨みとは考え難かった。
市民の不満の矛先が魔導師会に向けられたと考えられなくもないが、実力のある魔導師も
被害に遭った為、一般市民の仕業では有り得なかった。
この事から、外道魔法使い狩りとは無関係に、『共通魔法<コモン・スペル>』に恨みを持つ、
外道魔法使い(しかも、かなり高位の者)の仕業と推測されている。
>>150突破したが、容量一杯まで設定作るのは相当苦しいな
チリツモヤマナル、チリツモヤマナル
>>200越えたらSS(みたいな物)を混ぜるか
『海獣漁』
『海獣漁』とは、カターナ地方周辺で行われる、中型海棲生物を対象とした、伝統的な漁猟である。
集団で海棲生物を陸地に追い込むか、又は、誘い込み、動きの鈍った所を、袋叩きにして仕留める。
稀に、海棲生物も、集団で逆襲して来る事があり、非常に危険。
海棲生物の肉は食用とし、皮・骨などは加工して、特産品として交易に用いている。
驚くべき事に、周辺小島民は、魔法を使わず、原始的な武器を手に、海獣と戦った。
人の力で仕留め切れない物には、巨大な『機巧<カラクリ>』で罠を張り、矢を撃ち込んだ。
海獣漁は、夏の夜と、冬の昼に行われ、希望すれば、その様子を見学する事が出来る。
⇒『機巧<カラクリ>』
『機巧<カラクリ>』
『復興期』、未だ『共通魔法<コモン・スペル>』が、『唯一大陸』全土に広まっていなかった頃、
魔法に関して余り知識の無かった者達は、簡素な造りの『機巧<カラクリ>』を日常生活に用いていた。
この機巧技術は、『開花期』になって、『魔導機』と組み合わされ、魔法を使えない者達に広まった。
魔導機に対して、否定的な見方が強い現在でも、『魔力石<エナジー・ストーン>』を用いない機巧技術は、
魔法とは違う形の知恵として、重要視されている。
公立校でも、梃子・歯車・滑車などを用いた、機巧の仕組みを授業で習う。
しかし、自然科学を利用した装置は、効率で魔導機に及ばない。
その魔導機も、人が使う魔法には及ばないのだから、結果、機巧技術は中々発展しない。
『共通魔法研究会』が開発した、数々の魔法は、機巧技術を追い遣っている。
尤も、その内の何割かは、『失われた呪文<ロスト・スペル>』になるか、専門職の魔法になるのだが。
この世界では、自動計算盤・発条時計など、態々魔法を使うまでもない、細かい所で、
機巧技術が生きている。
一応、『時間を計る魔法』と『暗算が早くなる魔法』は存在したが、今では『失われた呪文<ロスト・スペル>』。
『医療魔導師』
『医学魔導師免許』を持つ『魔導師』で、実際に医業に従事している者を、『医療魔導師』と言う。
他に、『治療魔導師』、『治癒魔導師』、『ヒーラー』など、世間での呼び名は様々だが、何れも、
「魔法を使って治療する者」を、普通の薬師・医師と区別している。
これが特別視される理由は、魔法を使った治療で、負傷の再生、体組織の健全化を、
短時間で行えるだけでなく、『解呪』が出来るからである。
『共通魔法<コモン・スペル>』にも、『外道魔法<トート・マジック>』にも、人間の肉体・精神に、長時間に亘って
悪影響を及ぼす物がある。
肉体・精神から、魔法効果を取り除く事は、熟練した魔法使い以外には難しい。
医療魔導師は、魔法社会に必要な存在なのである。
故に、医学魔導師免許を持たず、治療を行う、闇医者が出現する。
医学魔導師免許は、魔導師にしか与えられない。
魔導師でなくとも、魔法で治療を行う事は出来るが、それを稼業にする事は認められない。
魔導師にはなれなかったが、魔法医療に携わりたい者には、有資格者の下で助手として働く道がある。
その場合には、グレードが一つ低い、医療魔法取扱資格試験に合格しなくてはならない。
各種魔法資格試験
『魔導師』でなければ、社会的な要職に就けなかった時代は、『八導師バファル・ススール』の誕生によって、
終焉した。
彼の提案で、魔導師でなくとも、各種魔法取扱免許を所持していれば、該当魔法の使用が
可能になったからである。
一部行為は、魔導師の監視を必要とするが、これは大きな革新であった。
魔法資格試験は、年に一度、魔法学校の受験所を利用して行われる。
合格者は、免許証として、コインサイズのバッジを与えられ、該当魔法を使用する際は、
常に身に着けていなければならない。
免許証の貸与は禁止されており、貸した者は、罰金の上、免許取り上げ。
免許を借りた者は、魔法資格職業詐称の罪に問われる。
両者とも、『魔導師会裁判』の対象であり、また、最長で20年間、魔法資格試験を受けられなくなる。
魔法暦1000年の未来
『フリックジバントルフの予言』を受け、『魔導師会』は独自に魔法文明社会の未来予測をしている。
しかし、魔導師会が理想とする、魔法社会の実現で、必ず障害になるのが、『魔導機』の存在である。
事ある毎に、魔導機は『共通魔法<コモン・スペル>』に成り代わろうとし、魔法を追い遣ろうとする。
魔導師会も、魔導機の発展を妨げ続ける事には、限界があるだろうと理解している。
それが『魔法暦』1000年の未来である。
将来、魔力を生み出す装置が完成すれば、魔導機の発達を妨げる物は無くなる。
あらゆる物が魔導機で動く様になり、人が呪文を詠唱・描文する必要性が消える。
魔力発生器の技術を秘匿し続けても、何時かは公開しなくてはならない日が来る。
それが歴史の流れなら、魔導師会は、逆らう事が出来ない。
技術発展によって、都市間の内紛・抗争が起ころうとも、魔導師会が市民に倒される日が来ようとも。
フリックジバントルフは予言した。
魔法暦2000年、世界は再び、元の姿(旧暦)に還るのだ。
『吸収魔法<パワー・ロビング>』
『吸収魔法<パワー・ロビング>』とは、『外道魔法<トート・マジック>』の一つである。
同じ魔法使いから恐れられた、魔法使いの天敵で、相手の力を奪い自らの物とする、
その魔法は禁忌の中の禁忌とされている。
『吸収魔法使い<マジック・ロバー>』は、魔力ばかりか、体力、精神力、記憶、才能まで奪うと云われていた。
古くから魔法使い達の間では、『ロビン(Robbin')』の暗語で呼ばれ、『共通魔法使い<コモン・スペラー>』よりも
優先的な討伐対象であった。
吸収魔法使いには、個人主義者が多く、大勢力にはならなかったが、強大な力を持っていた。
『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』でも、どの勢力にも加担せず、独力で頂点を狙った。
……正確には、「どの勢力にも受け容れられなかった」と言うべきか。
吸収魔法も、一部は『共通魔法<コモン・スペル>』に組み込まれているが、記憶や才能まで奪う呪文は、
『禁呪<ロスト・スペル>』の研究者でも知らない。
知ってはいけないし、知られてもいけない。
吸収魔法は、現代でも未だに、禁忌の中の禁忌なのである。
『使役魔法<ビースト・テイミング>』
『使役魔法<ビースト・テインミング>』とは、『外道魔法<トート・マジック>』の一つである。
旧暦で広く知られていたが、巨大な権力にはなっていなかったので、大勢力とは言い難い。
動物と会話し、それを従える魔法だが、高位の物になると、人間も使役可能だったと云う。
しかし、『魅了<チャーム>』とは違い、元は「動物と心を交わす魔法」だと云う事を忘れてはならない。
『使役魔法使い<ビースト・テイマー>』は、『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』には参戦しなかった。
現在でも、辺境に生き残りが確認されており、『共通魔法使い<コモン・スペラー>』と敵対する事は無い。
使役魔法は、その他の魔法と共に、『共通魔法<コモン・スペル>』に組み込まれたが、現在の共通魔法には、
使役魔法が基になっていると言える物は、殆ど無い。
正確に、使役魔法が基になっていると判る、『警戒心を解く魔法』と、『動物と会話する魔法』は、
使途が非常に限定される上に、形式が特殊である為、扱い辛く、使う者が殆どいない
『失われた呪文<ロスト・スペル>』と化している。
運河
航海は容易でないと言っても、流石に、河川までは、巨大な海棲生物は進入して来ない。
妖獣にも襲撃される心配の無い河川は、比較的安全な通商路として、古くから利用されて来た。
風の魔法で動く帆船は、街から街への重要な交通手段であり、『魔導師会通商部』が定期便を運航していた。
通商部が『魔法道具協会』になってからは、定期便の運航は、都市に引き継がれている。
この世界の代表的な川は、『テール川』と『ベル川』である。
テール川は、エグゼラ地方とボルガ地方の川が合流して、ティナー東を掠め、東の海に繋がっている。
冬から春に掛けて、テール川中流から下流では、エグゼラ地方から来た流氷が見られる。
ベル川は、ブリンガー地方からティナー南を掠め、南の海に繋がっている。
テール川とベル川、二つの大河川は、『唯一大陸』に双曲線を描いている。
⇒『大溯上』
『大溯上』
秋になると、海に繋がっている大河川は、海水魚で溢れ返る。
この季節、溯上して来る魚は、やや小型の物(それでも人間並みの大きさはある)で、危険な海から離れ、
安全な川で産卵する為に、川を上るのだ。
この魚を追って、中型の海棲生物が紛れ込むが、川に棲み付かれては危険なので、人間に駆除される。
幸い、海棲生物は、淡水環境では、直ぐに弱るので、仕留め易い。
『大溯上』の時期の川は、船が通れない程、魚で埋め尽くされ、水嵩は二倍以上になり、軽い洪水が起きる。
産卵を終えた魚は、人が素手でも捕まえられるまでに弱り、動物の食料になる。
哺乳類以外の魔法資質を持った動物
魔法資質を持つ哺乳類、『妖獣』と『霊獣』が、『ニャンダカ神話』なる物を語る事は述べたが、
では、その他の動物は、どうであろうか。
鳥類・爬虫、その他の動物にも、魔法資質を持ち、妖獣と同程度か、それ以上の知能を持つ物は存在する。
しかし、これ等は妖獣と違い、遺伝的に既存の同類種と近縁である。
詰まり、地道に進化して、魔法資質を持った特別な個体から、その遺伝子を得た、長い歴史を持つ訳だ。
そして、知能の高い物でも、妖獣の様に、神話を語る事は無い。
妖獣の『使い魔<アニマル・サーヴァント>』が、内心で人間を、半ば利用している気になっているのに対し、
これ等の物は、人間との付き合いは、完全にギブ・アンド・テイクの関係で成り立つ、
パートナーと認識しており、妖獣の様に、可笑しな夢は語らない。
故に、取っ付き難く、馴れ合う事も好まない為、ペットとしての人気は劣る。
それでも、信頼関係が全く築けない訳ではない。
忠実な物は、命に代えても主人を守ろうとするし、(見返りが無いという意味で)利の無い命令にも従う。
その分、「裏切られた」、「騙された」と感じた時の復讐は凄まじい。
邪な思惑を持って、言い包めて従わせようとすると、痛い目を見る。
基本的に、他者との関わりには慎重だが、幼生の頃から、人間に育てられた使い魔は、
その者を盲目的に慕う。
だからと言って、酷く扱き使うと、恨みこそしないが、独り立ちする。
これは妖獣も同じである。
『隠密魔法<ミステリアス・ニンジャッツ>』
『隠密魔法<ミステリアス・ニンジャッツ>』(※1)とは、『外道魔法<トート・マジック>』の一つである。
隠密行動に特化した魔法で、気配を消したり、音を消したり出来る他、目印を付けたり、
合図を出したりと、探索や連絡にも利用される。
詠唱よりも、印・描文で発動する物が多いが、これは音を立てない為と推測されている。
柔軟な思考で、目的の為に進化したスタイルは、他の魔法とは一線を画す。
旧暦では、暗殺者・スパイが多用したと云う記録があり、流派毎に形式が異なる。
『隠密魔法使い<ニンジャー・マスター>』(※2)は、影で国を支配したとも言われていたが、
『呪詛魔法使い<カース・シューター>』とは違い、実例が無く、詳しい事は判っていない。
故に、『古の賢者達<オールド・ウィザーズ>』と認識されていない。
『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』に参戦したとあるが、それ以降は姿を消した。
隠密魔法の一部は、『共通魔法<コモン・スペル>』に組み込まれ、隠密・探索に用いられている。
※1、※2:綴りはninjuts/ninjurだが、語源は伝わっていない。
訳して九突(九凸)を意味すると解され、隠密魔法使いが、九印を組む事と関係しているとの論が、
考古学者の間では主流となっている。
名前
この世界の人名は、基本的に「名・姓」だが、地方によっては、姓が先に来る例もある。
他にも、「名・母方姓・父方姓」、「名・父名・祖父名」、「父命名・母命名・姓」となっていたり、
周辺小島群の者は、名と姓以外に、地位名を持っていたりもする。
『魔法暦』では、人の名前を言う場合、姓で呼ばない事が、礼儀になっている。
名は個人を表す物であり、姓は所属を表す物。
名で呼ぶ事は、関係の親疎に拘らず、個人を尊重している証である。
相手を姓で呼ぶ事は、その者の所属、即ち、家族を知っている証。
姓で呼ぶ事を許される者は、親兄弟と親交のある者に限られる。
例として、近所付き合いのある住民の他、その延長で、教師も生徒を姓で呼ぶ。
関係の親疎は、ニックネームで呼ぶ事で、区別している。
↓
↓
グラマー地方とブリンガー地方では、古くから「名・姓」で呼ばれている。
一部では、男子のみ、「名・父名・姓」とする所がある。
結婚では、嫁入り、婿入りした方が、姓を変える。
エグゼラ地方でも、「名・姓」となっているが、祖先に功績ある者がいる場合には、「名・功績者名・姓」となる。
結婚しても姓は変えられないが、嫁入り、婿入りした側には、戸籍管理上、名前の最後に、
家の姓が付け加えられる(本名ではない)。
ティナー地方では、「名・母方姓=父方姓」か、「父命名・母命名・姓」、或いは、
「父命名・母命名・母方姓=父方姓」が主。
父親が付けた名と、母親が付けた名は、どちらが先と言う訳ではないが、
男子の場合は父命名が、女子の場合は母命名が、名前の最初に来る場合が多い。
父親が婿入りした場合は、姓の父母が逆になる。
結婚で姓は変えず、嫁(婿)に入る側が、新しく夫(妻)の姓を足す。
少々複雑だが、結婚すると「父命名・母命名・母方姓=父方姓・家姓」となる事もあり得る。
この調子では、子供の名前は、「父命名・母命名・母方母姓=母方父姓=父方母姓=父方父姓」となって、
際限無く姓が増えると思いきや、殆どの者は、名前が長くなる事を嫌い、名乗る姓は、家の姓だけにする。
夫婦が新居を構える場合は、全く新しい姓を付け加える場合もある。
その場合、子供の名前は、「名・新姓」になる。
ボルガ地方では、「姓・名」となり、由緒ある家系では、「地位名・姓・名」となる。
結婚で姓を変え、家系・家業から外れると、地位名を消す。
カターナ地方では、男子は「父命名・母命名・地位名・父名・姓」、
女子は「母命名・父命名・地位名・母名・姓」が主である。
ボルガ地方と違い、地位名は、完全に個人の物で、子供には地位名が無い。
他に、辺境地では、姓が無く、名だけの場合がある。
周辺衛星町村郡と外縁町村連合
『六大魔法都市』の周辺衛星町村郡は、全て合わせれば、魔法都市以上の人口を擁している。
この衛星町村郡は、魔法都市程は発展していないが、それでも魔法都市の中間地にある小町村や、
大陸の縁にある辺境町村、大陸周辺の小島群に比べれば、交通の利便性は段違いである。
唯一大陸は、六大魔法都市によって、グラマー地方、ブリンガー地方、エグゼラ地方、ティナー地方、
ボルガ地方、カターナ地方の六つに分けられている。
その中心は各魔法都市だが、実際は、大街道から外れた中間地や、辺境町村には、支配が及んでいない。
その分、フォローも浅いので、取り残された形になっている。
これ等の小町村は、『外縁町村連合』を結成し、都市との交渉の際に、連携を取っている。
……と言えば、聞こえは良いが、連合は形だけの物であり、実体は単なる交流団体。
やっている事は、情報交換と言う名の飲み会と、視察と言う名の慰安旅行。
都市に魔法学校建設や街道・魔力路の完全配備など、無理な要求を吹っ掛けては、
断られる事を繰り返している。
魔法学校の配置
『魔法学校』は、各魔法都市と、衛星町村郡に複数配置されているが、外縁小町村には一校も無い。
魔法学校の配置は、人口50万〜200万人エリアに一校なので、それ以下の地方には建設されないのだ。
その為、『魔導師』を志しているが、魔法学校から遠い所に住んでいる者は、都市に留学する。
この様な学生の為に、都市の公立学校や魔法学校には、学生寮が存在する。
鉱山
エグゼラ地方と、ブリンガー地方、ボルガ地方北部、そしてグラマー地方北部には、金属鉱山・鉱窟がある。
採掘量は、エグゼラ>ブリンガー>ボルガ=グラマー。
また、カターナ地方とボルガ地方、グラマー地方には、宝石鉱山・鉱窟がある。
こちらの採掘量は、グラマー>カターナ>ボルガ。
鉄鉱ではエグゼラ、貴金属ではブリンガー、宝石ではグラマーが最も有名。
また各地方で製鉄方法が違い、それによって、鉄器の性質が変わる。
グラマーの鉄は、非常に柔軟で、紙の様に薄く、糸の様に細く出来、撓る弾性を持つ。
緑掛かった黒に近い暗黄色で、全く錆びない。
エグゼラの鉄は、真っ黒で、重量があり、頑丈で耐熱性に優れる為、建材に適している。
ボルガの鉄は、グラマー鉄程ではないが柔らかく、美しい鋼色で、腐食に弱いが、鋭利で、切削性が良い。
ブリンガーの鉄は、剛性がエグゼラ鉄以上に高く、脆いが、腐食に対して強い。
暗青色で、熱・電気を通さず、軽くて硬いが、衝撃に弱く、大きく曲がる前に折れる。
近年では、これ等に加え、魔法科学技術の発展で、特殊な性質を持った『魔法合金』が作られる様になった。
⇒『魔法合金』
『魔法合金』
『魔法合金』とは、魔法を用いた、特殊な製法によって、作られた金属様物質である。
以下に代表的な魔法金属を記す。
グラマー鉄:最古の魔法合金であり、耐蝕性に優れ、高弾性でありながら、それなりの強度を持つ。
細かい性質は異なるが、ゴムの様な金属と言えば、通じるだろうか。
熱・電気を通すが、非常に安定しており、高温でも液化・気化し難く、性質が変わらない。
不動鉄(エバラ鉄/everlasteel):エグゼラ鉄・グラマー鉄・ブリンガー鉄の性質を研究して作られた、
究極の特殊合金で、熱・電気・衝撃・魔力、あらゆる物を通さない、絶対安定金属。
化学変化を受け付けず、破壊されないが、金属の中では二番目に重く、加工は不可能に近い。
魔導合金:魔力伝導が非常に良い金属であり、グラマー鉄に似るが、より展延性・塑性が高く、加工し易い。
『魔導機』の魔導回路には、これが用いられている。
白金色で、腐蝕には強いが、強度は高くない。
暗黒重合金:不動鉄を圧縮して出来る金属で、光を吸収する性質を持つ。
周囲の光も吸収するので、黒い光を発している様に見える。
強度は不動鉄と比べると落ちるが、それでも高い部類に入り、単位体積重量は最大。
しかし、耐久限界を迎えると、核爆発する危険物質で、生成方法は『禁呪<フォビドゥン・スペル>』とされている。
浮遊金属(フロータイト/floatite):常にエネルギーを発し、輝きながら浮遊している金属。
実は、緩やかに質量をエネルギーに変換しており、僅かずつ小型・軽量化して行っている。
発色は赤から黄色の範囲で、最後には目に見えなくなって軽くなって消える。
純粋な強度は余り高くないが、斥力を発している分、外力に強い。
農作物その他
各地によって、作られる農作物は異なり、食用の物から、そうでない物まで、様々である。
『開花期』には、魔法で急成長する『魔法農作物<マジカル・クロップス>』が登場したが、
これとて、相当量の水・その他の栄養素を必要とする事は変わらず、地方によっては育たない物がある。
市場を賑わす農作物は、地域によって、輸入物・地元産の比率が異なる。
グラマー地方は、降雨が少ない為、乾燥に強い植物が育てられる。
出荷農産物の大半は、乾燥地である事を利用した、香辛料と薬草、綿花、香草。
ブリンガーと近い為、食料は輸入に頼っている。
ブリンガー地方は、温暖湿潤であり、年を通して作物が出来ない期間は無い。
葉根菜・果実類の他、生花も出荷している。
エグゼラ地方は、寒さに強い作物が育てられるが、冬期は全くと言って良い程、農作物が収穫出来ない。
食用の作物は、出荷する余裕が無く、全て冬の備蓄に回される。
冬期を前に実る種子や、耐寒常緑樹には、植物性油脂を含む物が多く、それを抽出した物を出荷している。
隣接する都市が三つあるが、ティナーは農産物の生産が盛んではなく、
グラマーは食料を輸出する余裕が無いので、ボルガと比較的交流が深い。
また、干物・漬物・缶詰などの加工保存食が多い。
ティナー地方は農作物の生産に不適と云う訳ではないが、ブリンガー地方から安く食料を仕入れられ、
各地との交通も良いので、農業が盛んでない。
ボルガ地方は、エグゼラ地方より温かいが、平地が少なく、全体の農業生産量は、やや高い程度。
食糧自給率は100%前後だが、異常な悪天候が無い限り、輸出する余裕があり、
多少生産量が落ち込んでも、自己を賄う分は確保されている。
北部の高山地は、エグゼラ地方と同程度の寒冷気候であり、その為、冬期でも(大寒波到来期を除いて)
エグゼラと交流が出来る。
南部はカターナ地方と交流があり、ティナー程ではないが、それなりに品揃えが良い(地方を除く)。
カターナ地方は、根菜・海藻・果実類を多く輸出している他、生花の種子や球根、観葉植物も出荷している。
ブリンガーとは違い、葉菜類は余り生産していない。
↓
↓
カターナの西は、ブリンガーと繋がっているが、大街道整備前は、ベル川に阻まれ、交流が殆ど無かった。
北西のティナー側には、『シェルフ山脈』があり、陸路ではなく、テール川を通じて、交易を行っていた。
ボルガ地方へ行くにも、シェルフ山脈とテール川が造る、アイダ渓谷を越える必要があったが、
ボルガ地方の者は土木技術に優れ、カターナ完成前から、渓谷橋を通じて交流があった。
以下各地の平均食糧自給率。
グラマー:50%、ブリンガー:230%、ティナー:40%、エグゼラ:70%、ボルガ:100%、カターナ:90%
⇒『魔法農作物<マジカル・クロップス>』
⇒『シェルフ山脈』
都市間の市民評価
愛想が悪いボルガ市民は、野生の羊に喩えられる。
のんびり屋のブリンガー市民は牛。
体の大きなエグゼラ市民は熊。
気儘なカターナ市民は猫。
グラマー市民は魔導師会の犬。
ティナー市民はネズミの様に忙しい。
グラマー市民の標準的なイメージは、ローブを纏った褐色肌の魔導師である。
ブリンガー市民は麦藁帽子の農民。
エグゼラ市民は毛皮のコートを着た色白の大柄な狩人。
ティナー市民は荷物を背負った小柄な商人。
ボルガ市民は作業服の職人。
カターナ市民は日に焼けた裸の漁民。
↓
↓
性急なティナー市民は、マイペースなブリンガー市民と肌が合わず、
ボルガ市民を(相手にとって自分が)理想のパートナーと思っている。
エグゼラ市民を苦手とし、グラマー市民を商売のカモ、カターナ市民を商人仲間と認識している。
グラマー市民は唯我独尊で、人口規模で上回っていようが、ブリンガーもティナーも、
グラマーには及ばないと、心の中で思っている。
エグゼラとボルガは言うに及ばず。
好い加減なカターナ市民とは性格面で反りが合わず、人口規模でカターナがグラマーを追い越す
勢いである事から、何かとカターナを目の敵にする。
エグゼラ市民は、他市民に興味が無い。
寒い土地で暮らしている為か、暖かい土地に住む市民を軟弱者扱いし、暖かい土地に移動すると、
性格が弱々しくなると思い込んでいる。
ブリンガー市民は、我が地こそが極楽と思っており、ブリンガーから出たがらない。
他市民を、寧ろ憐れむ方であり、例えば、「グラマー市民が偉そうなのは、乾燥した土地での
生活が苦しいからなのだな」とか失礼な事を考えている。
ティナー市民をネズミと評したのは、ブリンガー市民である(悪意は無い)。
ボルガ市民は、他市民の評価をするよりは、他市民からの評価を気にしている。
そういう意味では、エグゼラ市民より、他市民に興味が無い。
カターナ市民は、束縛を嫌うが、ティナー市民とは気が合う。
エグゼラ市民を寒い所に好んで住む変人と思っており、また、どんなに気候が良くても、
海の無い地方に住む事は考えられない。
何かに付けて規律を持ち出すグラマー市民は苦手。
『変身恐怖症<メタモルフォビア>』
魔法を使う上で、大きな障害となるのが、恐怖症の類である。
一般に、恐怖症がある者は、『魔導師』になれないと言われている。
それは魔法の習得に不利なだけでなく、魔法を使用する際、そして、使用される際にも、
重大な問題が生じるからである。
『変身恐怖症<メタモルフォビア>』は、典型的な恐怖症の一種である。
変身の際の違和感に起因する、激しい拒絶反応によって、深刻な場合は、ショック死もあり得る。
そもそも、自己の肉体が変質する事に対して、恐怖を覚える事は、何ら不自然ではないのだが、
変身恐怖症は、A級禁断共通魔法、B級禁断共通魔法にある、別の生物・物質に変化する、または、
変化させられる魔法だけでなく、肉体・精神強化に対しても、反応してしまうケースがある。
これは、究極的には、自分を対象とした魔法全般に対して、起こる可能性があり、
変身恐怖症が悪化すると、『魔法恐怖症<パラノマフォビア>』に陥る。
魔法恐怖症になると、僅かな魔力の流れを感知しただけで、強烈な不安感と拒絶反応に襲われる。
これは魔法社会で生きていく上で、致命的な障害であり、重症化する前に、治療を要する。
魔法恐怖症は精神的な物であり、幸いにして、催眠療法での改善例がある。
⇒『魔法恐怖症<パラノマフォビア>』
『魔法恐怖症<パラノマフォビア>』
『魔法恐怖症<パラノマフォビア/paranomaphobia>』とは、魔法的な超常現象に対する恐怖症である。
語義からすれば、魔法恐怖症は、魔法に限らず、超常現象全般に対して、潜在・顕在的な恐怖心を抱く
物であるが、医学会で魔法恐怖症と言えば、より深刻な、魔力に対する拒絶反応を言う場合が多い。
度を超えた物では、魔力の流れる様、その物が不快に感じられる場合があり、魔法を使う、
受けるだけでなく、魔法の発動を傍で見ている事すら出来ない。
単純な怖がり屋は、また別に扱われる。
魔法恐怖症には、魔力感知能力が高いが故に、魔力が体内を巡る感覚を不快と感じる場合、
魔法に対する心的外傷が引き起こす場合、魔法資質が極端に低いが故に、魔法に対する理解を
拒む場合の三タイプがある。
医学会では、これをT型・U型・V型と称し、区別している。
魔法恐怖症罹患者の中でも、T型とV型の一部で、魔力に対する本能的な拒絶反応が見られる例は、
『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』後に、多く見られた記録があり、殊に大きく取り上げられる。
このタイプは、特殊な治療方法を要する。
『開花期』以降、T型・V型罹患者は数を大きく減らしたが、U型罹率は微増した。
近代になって、V型罹患者が増え始めているが、これは過去の物と比較して、深刻な物ではない。
⇒社会問題「増える魔法恐怖症V型罹患者」
『シェルフ山脈』
カターナの北を封じている山脈。
全体を見渡せば、ボルガ地方を取り囲む高山の一部であり、それがティナー南東部にまで伸びている。
シェルフ山脈は、テール川によって南北に分断されており、深い渓谷(アイダ大渓谷)を形成している。
ボルガ地方とカターナ地方を結ぶ、アイダ渓谷橋は、古くから重要な交通路だったが、第六魔法都市
カターナ完成前に、魔法陣を描く大街道の一部にする為、一度架け直されている。
ティナー地方とカターナ地方を結ぶ大街道は、『復興期』に地道に山を削って造られた。
シェルフ山脈のティナー側は、天然のダムになっており、巨大な湖(タンク湖)を形成している。
エグゼラ地方とボルガ地方から流れ込む水が、シェルフ山脈に堰き止められ、タンク湖となっているのだ。
その様子から、テール川は、双頭の蛇、或いは、双尾の獣に喩えられる。
大体こんな感じの周辺図 (△:山岳 〜:河川 | |:街道 "":平地)
↑ボルガ方面
← ティナー方面 アイダ渓谷橋
△△〜〜〜△△△△△△△| |△△△△△ 北シェルフ山脈
△△△△〜〜△△△△△△| |△△△△△
△△△△△〜〜〜〜〜〜〜| |〜〜〜〜〜 テール川(アイダ大渓谷)
△△△△△△△〜〜〜〜〜| |〜〜〜〜〜 →海へ
""""△△△△△△△""""△| |△△△△△
""""""""""△△△""""△△| |△△△△△ 南シェルフ山脈
↓カターナ方面
社会問題「増える魔法恐怖症V型罹患者」
近年増加傾向にある、『魔法恐怖症<パラノマフォビア>』V型罹患者は、魔法が上手く扱えない事に、
コンプレックスを持っている者が、魔法の理解を拒む物である。
これは決して魔法が使えないのではなく、寧ろ、扱えるのだが、下手な故に、「魔法など必要無い」、
「魔法が使えなくとも問題無い」、「魔法が使えないから何だと言うのだ」と、精神的な自己擁護に走り、
その結果として、魔法が使えなくなり、魔法と魔法使いを忌避する様になる物である。
捻くれ者だけが罹る訳ではなく、潜在的なコンプレックスが、魔法恐怖症として顕在化する例もあるので、
これを恥じる必要は無い。
未熟な者は、克服する勇気を持たず、『魔導機』を肯定するのだが、その様な動機で、『魔導師会』が
魔導機の普及を認める筈も無く、この事から、魔導師会を逆恨みする者もいる。
しかし、これの克服方法は、至って簡単である。
『魔力石<エナジー・ストーン>』を手に、『共通魔法<コモン・スペル>』を唱えれば良い。
『呪文<スペル>』が間違っていなければ、資質が無くとも、魔法は発動する。
その為の共通魔法なのだから。
魔導師会が崩壊する日
『フリックジバントルフの予言』によれば、権力を持った『魔導師会』(当時は『魔法啓発会』)は、
邪悪な思想を持った指導者(『八導師』を指すと思われる)によって、崩壊するとある。
予言の実現を防ぐ為、新たに八導師に名を連ねる者は、邪な野望を持っていない事を、
魔法によって試され、その上で、将来に亘っても、邪な野心を抱かぬ事を誓わされる。
これによって、新たな八導師は、一生涯、他を害する自己中心的な振る舞いを、封印されるのである。
恐ろしい事に、八導師を辞めても、この魔法的な宣言は無効にならない。
そして、この様な儀式がある事を、新たに八導師を志す者は知らされない。
即ち、知らない間に、人格が矯正されるのである。
しかし、魔導師会自体が、邪悪な思想に染まらないとも限らない。
知らぬ間に、組織全体が独善に走る事態も、あり得なくは無いのだ。
全体意思が歪んでしまっても、組織の所属者は、それに気が付き難く、また、敵の多い魔導師会では、
外部からの指摘を、敵対的糾弾と認識する可能性が高い。
気付いた時には、手遅れになっている事も、巨大組織には、よくある事。
故に、魔導師会は、市民の評価に神経を尖らせるのだ。
魔導師会崩壊の予言は、市民には伏せられている。
『魔法農作物<マジカル・クロップス>』
農作物を魔法で急成長させると、外から齎された不自然な変化・変容強制に耐え切れず、
何らかの異常を来す場合が多い。
これを解決する為に作られたのが、『魔法農作物<マジカル・クロップス>』である。
魔法農作物は、農作物に魔法資質を持たせた物で、魔力による変化を抵抗無く受け入れる。
しかし、成長に必要な要素の総量は変わらない。
水、日光、土壌栄養分、これ等を収穫に必要な量だけ揃えるには、自然の状態では先ず無理である。
土の乾き、痩せ方は、急速で、それを補ったとしても、日光が不足し、小振りの青い作物が出来上がる。
魔法農作物を魔法で急成長させる際には、必ず、絶えず追肥する事、そして何倍もの日光を浴びせる事。
魔法農作物は、普通に育てる事も出来るが、魔力による変化を受け易いので、思いも寄らない急成長・
急変化を見せる事がある。
一日放置していたら、栄養分が足りなくなり、枯れていたと云う事は、よく聞く類の話である。
急激な成長を望まないなら、不確定要因を排除し、魔法農作物でない作物を育てる方が良い。
タンク湖
第四魔法都市カターナの近くにある、『唯一大陸』で二番目に大きい湖。
因みに、一番大きい湖は、ブリンガー地方にあるインベル湖。
『復興期』の初めは、地元でトランク湖と呼ばれていたが、次第に訛って、タンク湖になった。
怪獣が棲んでいるとか、旧暦の王都が沈んでいるとか、色々な噂が立ったが、何れも事実でなかった。
エグゼラ地方とボルガ地方から、鉱山の汚水が流れ込んで来る為、水質汚染が酷かった。
『復興期』には、この水を浴びると病に冒されて死ぬ、毒の湖として知られていた程である。
これは『開花期』に大きな社会問題となり、以降、水質改善が進められた。
現在は、遊泳が許可されるまでに、浄化されているが、それでも誰も入ろうとは思わない。
湖の底は深く、最深部に到達した者は、一人も居ない。
様々な噂が立つのは、その為である。
インベル湖
『唯一大陸』最大の湖。
表面積・容積共に、最大だが、最深部の水深は、タンク湖の方が深い。
ブリンガーの農業用水の大半は、ここから引かれており、ブリンガー農産業の生命線となっている。
ブリンガーにも鉱山はあるが、鉱業汚水はインベル湖を避け、下流でベル川に合流する。
とても澄んだ清らかな湖で、水浴びに訪れる者が多いが、湖の中心部には、主と呼ばれる
巨大な魚が棲んでいると伝えられており、岸辺から離れての遊泳は禁じられている。
タンク湖の噂とは違い、実際に、巨大な魚が棲んでいるらしく、その痕跡や目撃例が多くある。
死後の世界
『魔導師会』は宗教を認めていないが、では、死後の世界の扱いは、どうなっているのだろう。
一般には、唯物論的に、死後の世界など存在しないとされており、これを語っても失笑される。
生前の意志を尊重し、亡骸にも敬意を払うが、霊魂が云々は相手にされない。
しかし、この世界は、魔法の世界であり、生前の意志を克明な形で遺す事が可能な上に、
『心測法<サイコメトリー>』によって、生前の記録が発かれる事もあるので、魂(=意志)は強く肯定される。
その事から、死者の無念を晴らす事は、正当な行為として認められる。
輪廻転生は有り得ず、「今」生きている世界と、「今」の人生を強く肯定する事で、人々は悪事に走らず、
自己を律している。
故に、利己的な犯罪は、厳しく罰せられる。
『共通魔法使い<コモン・スペラー>』にも、神や霊魂、死後の世界の存在を信じている者はいるが、
敬虔と言う訳ではないし、それを他者の前で口にしたりはしない。
⇒魔法のダイイング・メッセージと、その解呪
魔法のダイイング・メッセージと、その解呪
死の際に、魔法で遺言を書き置き、他者にメッセージを伝える事は、普通にある。
しかし、死が間近に迫っているのに、あれこれと多くを考えられる筈も無いので、やはり、重要な事は、
前以って遺言状に記して置くのが良い。
さて、魔法のダイイグ・メッセージだが、強い恨みや憎しみを持って死んだ者は、メッセージを遺すだけに
留まらず、その思念を発し続ける場合がある。
恨む対象が社会的制裁を受けていようが、死亡していようが、恨みは恨みの儘、残り続けてしまうのだ。
復讐が果たされたとしても、許す事はあり得ない。
故に、残留思念の解呪を行う必要がある。
『魔導師』の医師、『医療魔導師』は、解呪の専門家でもある。
医療魔導師は、生きている人間ばかりでなく、死んだ人間の面倒を見る事もあるのだ。
魔法のダイイグ・メッセージがあるので、解呪の魔法を使えない者が、魔法使いを殺し、逃げ延びるには、
相当の計画を練らなければならない。
これは非常に難しい。
先ず、犯人が自分と気付かれない事。
殺す際に、顔を見られるなど、論外である。
推測であっても、自分が怪しいと思われてはいけない。
そして、遺体と周囲の物は完全に消滅させる事。
焼却処分すれば良いと思うかも知れないが、建造物に残留思念が宿っている可能性もある。
何より、解呪の魔法を使える者でさえ、『捜査官』の『心測法<サイコメトリー>』と云う最後の壁がある。
⇒『心測法<サイコメトリー>』
『心測法<サイコメトリー>』
元々の『心測法<サイコメトリー>』は、その名の通り、心を測る法である。
対象の心理状態を測る物で、精神医療に用いられていた。
しかし、現在のサイコメトリーは、心理状態を測る物から、人の記憶を引き出す物へ、そこから物質に
刻まれた記憶を引き出す物へ、更にワンステップ越えて、「空間が保有する記憶」を読み取る物になった。
『場の記憶を読む魔法』は、C級の『禁呪<フォビドゥン・スペル>』に分類されている。
これを扱う事が出来る者は、『魔導師会法務執行部』の『捜査官』のみで、しかも、個人単体では、
到底制御出来ない程の魔力量を要する。
「空間が保有する記憶」、「物質に刻まれた記憶」は、物や空間が何か憶えている訳ではなく、
微細な要素の一つ一つが、何時、何処で、どの様な変化を受けたかを、読み取る物である。
それを再現して行く内に、一つの場が呼び起こされるのだ。
途方も無い事の様に思われるが、やっている事は、例えば、足跡の形や深さから、
その物の容姿を予測するのと、大きく変わりは無い。
↓
↓
心測法の「場の記憶を読む魔法」で暴かれない過去は、無い様に思えるが、実は抜け穴がある。
先ず、禁呪である事から、余程の大事でなければ、使用許可が下りない事。
殺人事件であっても、不特定多数に及ぶ、相当の危険性が確認されなければ、『物の記憶を読む魔法』で
代用される。
そして、最大の弱点は、現場を荒らせば、記憶の再現が困難になる事。
現場にあった物を、焼却・破壊するよりも、移動・廃棄した方が、再現は難しくなる。
飽くまで、「困難になる」だけなのだが、これが意外と大きい。
只でさえ膨大な魔力を必要とするのに、再現の時間的・空間的範囲を広げると、空間当たりで三倍、
時間当たりで更に三倍の魔力を求められ、それを制御する人間も増やさなくてはならなくなる。
ここで留意して置かねばならない事は、現場を荒らした際に、その荒らした行為その物が、何かに
記憶される可能性が高い事。
犯行現場を再現されなくとも、証拠隠滅の場を再現されては、意味が無い。
一つの過去を揉み消す為に、一体どれ程の物を始末すれば良いのか、明言出来る者はいない。
罪を犯さないに越した事はない。
尺貫
この世界では、独自の長さ・重さを表す単位が用いられている。
長さは成人男性の身長(=約1.8m)を1身として、それを基準に、1歩(1/3身=約60cm)、
1手(1/10身=約18cm)、1指(1/30身=1/10歩=約6cm)、
1節(1/60身=1/2指=約3cm)、長い方は、1大(5身=約9m)、1巨(20身=4大=約36m)、
1通(200身=10巨=約360m)、1区(2000身=10通=約3.6km)、
1街(2万身=100通=10区=約36km)、1旅(20万身=100区=10街=約360km)。
大は古代亜熊を、巨は大海獣を基準にしている。
他に、1足(1/6身=約30cm)、1投(50身=約90m)などがある。
しかし、『開花期』の初めまでは、単位の取り方が不正確で、一割程度の誤差が出ていた。
また、歩、手、指、節は一割大きく見積もられ、一歩=約1/2.7身、一手=約1/9身となっていた。
重さは、水の重量を基準として、体積と不可分であると考えられて来た。
コップ一杯分(約180g=約180mL)を1杯として、1袋(5杯=約0.9kg)、1盥(20杯=約3.6kg)、
1桶(40杯=2盥=約7.2kg)、1槽(1000杯=50鍋=25桶=約180kg)、
1溜(20槽=約3.6t)、1池(1000溜=約3600t)、1湖(1000万溜=10万池=約3600万t)
軽い方は、1口(1/6=約30g)、一滴(1/6000杯=1/1000口=約0.03g)。
重さと体積を区別する為、後年、単位の後に、重(G)、容(V)を付けるようにした。
重さのみを表す単位では、成人男性の体重、一体(11桶=約80kg)がある。
一大体=120体(約9.6t)、一巨体=500体(約40t)。
近年は、小数点と桁数を表す記号によって、一部の単位は使われなくなっている。
この心測法の説明では本来の意味のサイコメトリーを誤解するか。
心測法は「心で測る法」が正しい。
「人の心理を読む」→「人の記憶を引き出す」→「死体から記憶を引き出す」→
「物から記憶を引き出す<サイコメトリー>」に応用→範囲が広がって「空間の記憶を引き出す」
として、サイコメトリーになったのは、物から記憶を引き出す事に成功した後にすべきだな。
それと
>>185は自分で考えておきながら面倒だな……。
これは死に設定になる。
医療・その他の公共施設
都市の大病院、その他、大型公共施設は、人口50万人当たりに、一施設ある。
辺境小町村には、その様な物は無いが、生活に不可欠な物は、最低限の設備が公的機関によって
用意されている。
医療機関にしても、『医療魔導師』は不在でも、都市の試験に合格し、資格を持った医師が、
一集落に必ず一人はいる。
『魔法道具店』と病院、公学校、公民館、図書館、役場、『魔導師会』支部は、どんな小町村にも、
必ず一つはある。
しかし、その規模によって、魔法道具店と魔導師会支部が一つの建物に収まっていたり、
公学校、公民館、図書館、役場が、どれかと兼用になっていたりする。
唯一大陸では、六大魔法都市の公的機関(グラマーを除き、魔導師会ではなく、飽くまで、都市の物)が、
各公共施設を管理・運営している。
魔導師会に関係の無い、一般的な職業資格も、都市が管理している。
また、重要資格は、都市同士で共通しており、他の都市でも、資格を失わない。
例えば、グラマーで資格を得た医師は、他の都市でも、医師として活動出来る。
この様に、社会的に重要な職業には、有資格者で構成される、都市の垣を超えた協会があり、
その活動は、魔導師会と複雑に絡み合っている。
どんな小町村にも、公共施設が存在すると言ったが、都市の支配が及ばない辺境には、公共施設が
存在しない物もある。
その様な所は、行政区画から除外され、町村と見做されていない。
実際、辺境に住んでいる者が、大集落を形成している例は、殆ど無い。
『象牙の塔』
第一魔法都市グラマーにある、この世界唯一の、『禁断共通魔法<フォビドゥン・コモン・スペル>』研究所。
四棟三階建て(+地下階)の建造物で、塔と名付けられているが、塔ではない。
その名は、象牙色の外観に由来した物ではなく、皮肉を込めて付けられた物。
当然、象牙で出来ている訳でも無い。
研究者は、四つの棟で、それぞれA級、B級、C級、D級『禁呪<フォビドゥン・スペル>』の研究を行っており、
安全を考慮して、各棟は1通(約360m)程度離されているが、D級研究棟だけは、各棟から1区
(約3.6km)と、大きく離されている。
その楔形の配置は、鋭い牙を思わせる。
各棟は長い廊下で繋がっているが、棟の間を移動するのは、主に事務員と清掃員で、研究者は
自分の研究棟外に移動しない。
長い長いD棟への移動は、誰もが嫌がる。
外部に情報が漏洩しない様に、『象牙の塔』は完全遮音で、更に、実験室は魔力遮断されている。
度々、実験失敗で事故が起きるが、研究棟が丸ごと消失する様な大事にならない限り、誰も気に留めない。
研究者の一部には、実験に失敗は付き物で、失敗してこそ華という意識がある。
これはC級研究者に多く、『エラッタ』と呼ばれ、時に侮蔑の対象になる。
『エラッタ』の例:
「失敗を恐れていては、前に進めない」
「やれば判る。やって覚える」
「試行錯誤は基本。帰納は真理への道。データを活かせ」
「実験無くして、成功無し。机上論は所詮空論」
「必ず成功すると判っているなら、実験する意味が無い」
「実験が成功したら、次は反復実験。失敗するまで繰り返す」
「カラスは黒い」
英雄六傑
『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』で活躍した、六人の英雄を、魔法大戦の六傑と称する。
文献によって人物名が変わり、『灼熱のセキエピ』、『地を穿つマゴッド』、『織天ウィルルカ』、
『滅びのイセン』、『鎮まぬミタルミズ』、『気貴きバルハーテ』、『轟雷ロードン』の七人がいる。
後に『八導師』になった者もいるが、全員が実在したかは疑わしい。
大抵は、ロードンとバルハーテが入れ替わるが、ロードンは大戦中に死亡したとする史料があり、
バルハーテは、ロードンの代わりに六傑となった説が有力。
マイナー所では、『朱いダーニャ』、『昏いヨナワ』と云う名もあるが、記されている書物が少ない。
六傑の内、ウィルルカとイセンの二人は『偉大なる魔導師<グランド・マージ>』の高弟で、実在が確定している。
現代では、『娯楽魔法競技』で優秀な成績を収めた上位六人を、過去の英雄に譬えて、六傑と言う。
初代八導師
第一の高弟アシュ、第二の高弟オッズ、第三の高弟ウィルルカ、第四の高弟イセン、
第五の高弟ルソン、第六の高弟ユーバー、第七の高弟ノストー、第八の高弟エーデネの八人。
内、第三の高弟ウィルルカは、第四の高弟イセンと共に、魔法大戦の六傑として知られている。
八人の高弟の中で、魔法資質が最も高かった者が、『織天ウィルルカ』であり、『滅びのイセン』は、
最も多くの魔法を扱えたとされている。
アシュが初代八導師の最長老となり、16年間『八導師』を務め、その後、二年毎に一人を新人と
入れ替え、末席のエーデネは歴代最長の32年間、八導師の座にいた。
しかし、『魔法暦』50〜60年頃まで、高弟達は、八導師を引退した後も、『魔導師会』の活動を
陰で支えていたとの記録がある。
所が、魔法暦70年になると、エーデネを含め、全員が消息を絶つ。
未だ記録が曖昧な『復興期』の事だが、これには不自然な点が多く、歴代八導師が次々と行方不明になる
原因が、ここにあるのではないかと推測されている。
『織天ウィルルカ』
生没年不詳(旧暦?〜魔法暦?)
『偉大なる魔導師<グランド・マージ>』の第三高弟。
ウィルーカ、ウィルッカ、ウィルカと記している書物もある。
圧倒的な魔法資質を持ち、その魔法は雲を畳み、空を裁つ、天を織る者として、織天の称が付いた。
『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』での活躍から、八人の高弟の中では、最も有名で人気が高い。
旧暦で数少ない女の『共通魔法使い<コモン・スペラー>』だが、大量の魔力を扱った記録が残されており、
その存在は例外中の例外とされ、故に、神聖視される。
同じ六傑で女魔法使いには『地を穿つマゴッド』がいるが、実力差は天と地で、比較にならなかったと云う。
天性の魔法資質により、生涯老いる事無く、天女の様な美しさだったと伝えられているが、
これは流石に誇張であろう。
考古学
旧暦の実態を探ろうと活動する考古学者は、二つの理由で、『魔導師会』の監視下に置かれている。
一つは、都合の悪い事実の発見に備えて。
一つは、『禁呪<フォビドゥン・スペル>』の発掘に備えて。
魔導師会の『八導師』は、旧暦に関して、ある程度、又は、相当の知識を持っている物と推測されているが、
考古学者を監視する理由は、不都合な事実の存在を認めているのか、それとも、八導師とて全てを
知っている訳ではないのか、明らかにされていない。
考古学の研究は魔導師会が主導しており、旧暦に関わる可能性がある物には、必ず上位の『魔導師』が
監視に付く。
地下を発掘する大規模公共事業、辺境の民俗学的調査も、直接、旧暦の正体を探ろうと行われる物では
ないが、魔導師が同行する。
魔導師会にも考古学者が存在し、調査結果を魔導師会に報告している。
しかし、仕事上の成り行きであっても、禁呪に触れた者には、禁呪の研究者と同様に、
『執行者<エグゼキューター>』の監視が付く。
初代八導師の歴記書
『八導師』のみが閲覧出来る、初代八導師が記した歴記書。
旧暦、『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』、『魔法啓発会』と『魔導師会』、その真実が記されている。
一般市民だけでなく、『魔導師』にも、これの内容を知られてはならない。
……と噂されている、実在しているか不明の物。
この様な物があっても、可笑しくはないが、飽くまで、噂の域を出ない。
魔法使いは甘い物が好き?
魔法使いは酒と甘い物を好むとされている。
魔法を使う際、脳の働きに、糖が欠かせないからとされているが、集中力を保つ為に、ある程度の
糖分が必要とは認められていても、直接・間接的に、魔法を使用する事で、糖分が消費される証明は、
未だ為されておらず、しかも、魔法使いの中で、本当に甘い物が好きな人間は少ない。
では、酒と甘い物を好む魔法使いとは何か?
実は、過去にトランス状態に陥る最良の手段として、甘い酒が用いられる例があった。
この甘い酒は、『精酒』と呼ばれ、飲めば、瞬く間に血中に取り込まれ、早期に酩酊状態に陥らせる。
これの恐ろしい所は、分解能による酒の強弱に拘らず、酔いの回りが早い事である。
一応、体液量によって、酔い方に個人差が出るが、悪酔いし難い分、好い気になって、
うっかり飲み過ぎる場合が多い。
酔うには最適なのだが、飲用酒の積もりで、大量に摂取すると、泥酔状態を容易に超過して、
重度の神経麻痺を起こし、下手をすれば、中枢神経が壊れて生死の境を彷徨う事になる、危険な代物で、
現在は作られていない。
何故、そうまでして、トランス状態になろうとしたのかと言うと、旧暦では、トランス状態こそが、
魔法の使用に不可欠な物であるとされていたからである。
旧い魔法信仰では、人は無意識で「何か」と繋がっており、その「何か」の力を引き出すために、
無意識状態になる必要があるとされていた。
それも、全くの無意識だと暴走するので、半覚醒状態でなければならないとの理論から、意図的に意識が
混濁した状態を作り出そうとした結果が、精酒である。
しかし、『共通魔法<コモン・スペル>』は理性で使う魔法とされ、旧来の魔法とは一線を画す。
共通魔法では、トランス状態は、必ずしも、魔法の使用にプラス方向に作用するとは限らない。
共通魔法には、精神の統一が必要とされており、トランス状態は、逆に精神の統一を妨げる。
優れた『魔導師』になると、トランス状態は、寧ろ、冷静な判断を妨げる物として、これを避けるが、
軽度のトランス状態には、集中力を高める効果があるとされ、『共通魔法使い<コモン・スペラー>』でも、
酒を愛飲する者がいる。
これは、酒の力を借りなければ、魔法を使えない物と見做され、その多くは、只の大蛇(うわばみ)か、
低級魔法使いのレッテルを貼られる。
↓
↓
共通魔法では、精神を統一し、感覚を研ぎ澄ます事で、魔力の流れを理解し、同調する。
魔法資質を持たない者には、理解し難い物だが、それは、何処かに潜む「何か」と、意識下で繋がる
事を意味しているのだろうか?
共通魔法使い達も、魔力の流れを感じる時、その背景に、大いなる存在の気配を感じるのだと言うが、
その正体を、明確に言語化する者はいない。
一流の魔導師を志すならば、真の共通魔法使いになろうと思うのならば、時間が掛かろうとも、
その境地には、自力で手探り、辿り着く物とされている。
一説では、トランス状態と精神統一状態に、大きな違いは無いと言われている。
人間の精神については、『復興期』から、数多くの研究が行われているが、トランス状態になる為に、
精神の統一が必要なのか、それとも、精神を統一する為に、トランス状態になるのかは、不明である。
ガンガー山脈
エグゼラの北に連なる、世界最高峰の山脈。
全体を見渡せば、シェルフ山脈と同じく、ボルガ地方を取り囲む高山の一部。
山脈に沿って巨大な金属鉱脈があり、世界一の産出量を誇る大鉱山となっている。
この山の雪解け水は、テール川の主水源の一つ。
最も高い山頂の標高は1区1通1巨(約4000m)。
火山活動は完全に停止している。
メガキュート
エグゼラ地方一帯に広がっている平地。
極北部、西部、南西部、南東部の四地帯に分けられる。
大部分は、針葉樹林と雪原で、夏でも雪が残る不毛の地。
地元の人間でも、狩猟を生業とするハンター以外は、立ち入らない為、妖獣が多く生息している。
これ等は、寒冷地に棲む動物の例に漏れず、大抵が大型化しているのだが、魔法資質を持っている物は、
より巨大になる。
夏は積雪が日光を反射するので、気温に反して、体感温度は高いが、朝夕に濃霧が発生する。
万年零下の、常冬の地でも植物が育つのは、この反射光を浴びている為である。
冬の積雪は凄まじく、時に4身(約7.2m)にも及び、人も動物も、雪に埋まって身動きが取れなくなる。
極北部には、氷雪に埋もれた遺跡があるが、一年中吹雪の為、調査は過去に軽く行われた程度で、
以降は手付かずの状態。
西部のメッサー大雪原、極北部のガンガー北極原(ガンガーきたきょくげん/[正]The polar field on the north
side of Ganger mountains/[略]The north of Gangers)、南西部のキューター平原、南東部のトス平原の
文字を取り、メガキュート。
この中で、キューター平原は、処刑場・死体置き場として使われた歴史がある。
ボルガ環状連山地帯
ボルガ地方を取り囲む高山。
平均標高は3通4巨(約1200m)。
ボルガ地方には、広い平野部が無く、人々は、山間の谷地や、狭い扇状地、盆地に暮らしている。
活火山もある高山は、ボルガ地方に多様な気候を齎し、そこに住まう人々に、自然の厳しい試練を与えた。
『唯一大陸』の一角を占める山岳地帯は、ボルガ地方に留まらず、ガンガー山脈、シェルフ山脈を成し、
唯一大陸の半径以上の長大さを持っている。
テール川の一大水源地でもある。
ディアス金鉱
ティナー地方とカターナ地方、ブリンガー地方に囲まれた、トライアングル地帯は、ディアス平原と呼ばれ、
その地下には金鉱脈がある。
シェルフ山脈の延長線上にある、この平原は、湿潤なブリンガー・カターナの経線から外れた、
やや乾燥気味の土地で、ベル川が通ってはいるが、その水は、ブリンガーとティナーから流れる、
生活排水で汚染されており、『復興期』の間は見向きもされなかった。
ここが俄かに注目を集める様になったのは、テール川河口に、砂金を含んだ汚泥が堆積しているのが、
発見されてからである。
その出所が、ディアス平原にあると判明すると、この地は、金の輝きを求める者で溢れ返った。
ディアス金鉱では、欲望に忠実な者達と、都市と、権利者の間で、小規模な抗争が頻発する様になり、
治安は一気に悪化。
『魔導師会』が仲裁に入り、以降から現在まで、魔導師会が管理している。
採掘量には制限が掛けられており、通貨管理上、最小限の量しか市場に流通しない。
一時期の隆盛により、ディアス平原には、冶金技術者が集中し、金以外の貴金属の精製・加工
(主に装飾・調度品)も行う様になった。
現在でも、貴金属の生産量は世界一だが、その多くは再生加工品であり、発掘量とは関係が薄い。
時間単位
円を東西南北、北東、北西、南東、南西、北北東、東北東、東南東、南南東、南南西、西南西、
西北西、北北西に16等分し、それを丸一日に当て嵌めている。
日の出を「東の時」(午前6時に相当)、日没を「西の時」(午後6時に相当)とし、南中を「南の時」(正午)、
真夜中を「北の時」(午前0時)と呼ぶ。
故に、北は暗くて寒い夜の、南は明るくて暑い昼のイメージがある。
古代から、日時計の影を針に見立てたので、時計は単針で、北に針が来た時が「南の時」、
西に針が来た時が「東の時」と、少々ややこしい。
しかし、この世界の人々は、時計の針の頭を太陽のデザインにする事で、問題を解決している。
針の先が北を指していても、その頭にある太陽は、南にあるので、「南の時」と間違えずに言えるのだ。
短い時間の計り方は、円を16等分した1/16日を1角(1.5時間)として、それを6分割した1針(15分)、
1針を5分割した1点(3分)、1点を200分割した1極(0.9秒)がある。
また、4角を1方とし、1日=4方=16角=96針=480点=96000極。
角度の測り方も、これと同じ。
六大魔法都市は、96点=3角1針1点に一つの配置である。
短時間の計測が正確でなかった時期には、1極に明確な定義は無く、単に短い時間としていた。
故に、『復興期』の頃は、1点=20〜200極の間で、大きく揺れていた。
またこれも面倒だな……
物理法則に当て嵌めるのも苦労しそうな予感
ネタ切れになったらアンカーで整理しよう
ソーダ山脈
ブリンガー地方は、南西部に向かって、緩やかに標高を上げて行く。
ソーダ山脈は、その広大な高地の先にある連峰であり、ベル川、インベル湖の主水源地でもある。
平均標高は5通(約1800m)だが、高原と続いている為、然程急峻ではない。
麓の高原は、放牧地になっている。
ブリンガーから見て、ソーダ山脈の向こうには、狭い平地があるが、山を越える者はおらず、集落も無い。
各地の辺境・秘境
『唯一大陸』地図完成後も、各地には、進入困難な辺境・秘境が残っている。
極寒のエグゼラ地方と、山岳に囲まれたボルガ地方には、特に、その様な場所が多い。
グラマー地方の『夕陽の荒野』から西、ブリンガー地方のソーダ山脈の西側と南側、そしてカターナ地方の
周辺小島群も同様である。
これ等の地には、『魔導師会』の支配を逃れた、外道魔法使いが住んでいたり、旧暦の風習が残っている
場所もある。
魔導師会は、その気になれば、これ等を開拓し、法の及ばぬ地を駆逐する事も可能な筈だが、
意図的に手を付けていない。
海の辺境・閉鎖海域
カターナの周辺小島群以外にも、小島群は存在するが、その中で、住民が集落を形成している場所は、
エグゼラ地方北東海岸周辺と、ボルガ地方東海岸周辺の、閉鎖海域のみである。
陸地に囲まれている訳ではないが、この海域が、閉鎖海域と呼ばれる理由は、地形の関係で、
他の地方との交流が少ない事から来ている。
閉鎖海域の小島に近い陸地は、何れも山岳地帯か、狭い平野部で、外との繋がりが無い。
冬期には、海面が凍結し、移動が困難になる。
潮流はテール川河口の流出水に阻まれ、カターナには向かわず、西回りには陸地に取り付く
場所が無いので、結果、船は近隣を往来するのみになる。
閉鎖海域の者は、海産物を陸地との交易に用いるが、『復興期』当事貴重だった、海獣の毛皮・骨肉は、
住民が命懸けで戦って仕留めた物だった。
カターナ地方の周辺小島群と同様、『海獣漁』が行われているが、遠浅の海が少ない閉鎖海域の物は、
主に海上が漁猟の場となり、より壮絶である。
荒れる海で、大海獣と戦うのは、男衆の役目だったが、危険な海獣漁で命を落とす者が多かった為、
この地方では、早婚が良とされ、強い男がハーレムを形成していた。
ハーレムと言っても、一人の男が複数の女を寵っているだけであり、全員と肉体的な関係を持っていた
訳でも、それを強要していた訳でもなく、夫と死別した妻を保護する目的が主であった。
故に、同じハーレムで育った子でも、父母が違う事は普通にあった。
これは大陸とは異なった、閉鎖海域独自の風習である。
『MG<マグ>』
『MG<マグ>』とは、この世界の標準通貨である。
現在は『魔法道具協会』が流通量の管理を行っている。
都市発行債の保証もしているが、『開花期』に一度、インフレによって無価値になり掛けた。
物価標準を決めているのは、穀物の値段で、『復興期』から雑穀1袋重=60MGで固定である。
水を加えて調理すると、1袋重は大人約6人前になる。
三世代が一家に暮らす事が普通であった当時、一家の一食分が、60MGだったと憶えて置けば良い。
一世帯の平均月収は9000MG、年収は11万MG。
しかし、第二魔法都市ブリンガーの完成後から、MGのインフレが始まる。
ブリンガー地方は、豊富な水資源と穀物資源から、雑穀の価値を暴落させた。
これは雑穀の価値と連動していたMGの価値を、副次的に下げたのである。
美味であるブリンガー地方の穀物は、品種改良を繰り返して、値を上げて行き、雑穀は主食の座から
引き摺り下ろされた。
雑穀に取って代わった、新穀物は、安価な物では1袋重当たり120MG、高価な物では600MG。
それに釣られる様に、あらゆる物価が数倍になり、雑穀は家畜の餌か、有事の備蓄に回された。
一世帯の平均月収は9万MG、年収は110万MG。
雑穀を食する者は、貧乏人と蔑まれた。
この余剰穀物は、第三魔法都市エグゼラと第四魔法都市ティナー建設の際に、非常に重要な役割を
果たした。
食糧生産量が大きくない、エグゼラとティナーには、価値の低い穀物が供給され、低いながらも一定の価値を
保ち続けた。
本来生じる筈だった、魔法都市間の格差は、『魔導師会』によって、見事に吸収された。
六大魔法都市が完成すると、間も無く『大魔導計画』が始まる。
開花期の初め、新穀物は、1袋重=600MG程度で落ち着いていたが、雑穀は既に食品としては
売れなくなっており、市場に出回らなくなっていた。
開花の通り、人口の増大に、技術の向上、土地の開発、世にMGが溢れた。
新穀物の値段は然程変わりないか、寧ろ、数割下がったのだが、品質の良い、高付加価値品には、
1袋重=1万MGを越える物があり、天井知らずであった。
また、新穀物以外の作物の値段も、2倍程度まで上昇した。
最盛期の一世帯の平均月収は90万MG、年収は1100万MG。
↓
↓
その後、『中央運営委員会』の発足を経て、『平穏期』になり、新穀物の値段は、再び600MG程度で
落ち着く。
高付加価値品も、軒並み、1袋重=3000MGに収まる様になった。
一世帯の平均月収は40万MG、年収は480万MG。
『停滞期』と呼ばれる頃まで、上下3割程度の触れ幅はあったが、破綻する程の物ではない。
騰落を繰り返したのは、『魔力石<エナジー・ストーン>』も同様である。
天然魔力石は、魔法暦50年までは、掌に収まる大きさの物が600MGだったが、エグゼラ完成以後、
300MGに下落。
六大魔法都市が完成する頃には、再び600MGに戻り、それから開花期に100倍まで急騰。
入れ替わる様に、高性能な人工魔力石が、3000MG程度で市場に出回るようになる。
平穏期になっても天然魔力石は値下がりしなかったが、人工魔力石は900MGまで値下がりした。
それから徐々に両者とも値を上げ、現在、人工魔力石は1500MG、天然魔力石は希少品である。
将来の魔力不足が確定しているので、魔力石が高騰する事は、仕方の無い事と受け取られている。
1500MGは、『魔導師会』が管理しているからこその値段であり、自由取引が行われるようになれば、
益々高騰すると予想されている。
魔力の測定
『魔力』を測る法方は、実は定まっていない。
『魔導機』を使用する際、どの呪文で、どれだけの魔力を消費するかは凡そ判明しているし、
一つの人工魔力石に、どれだけの魔力を込められるのか、その限界も凡そ判っているが、
試験してみると、相当な誤差が生じる。
自然界の魔力は、風の様に不安定で、場によって強弱はある物の、常に一定と言う事が無い。
また、人が魔法を使う際は、魔力の消費が少なくて済むという、原理不明の現象が起こる。
謎多き魔力の秘密を解き明かす為、『共通魔法研究会』は、魔力に関する研究を続けている。
では、この世界をファイ(Fai)の地と名付けて、そろそろ整理に入ろう。
もう疲れた
そろそろ人物を動かそう
あの日、あの時、私は真実を知った。
しかし、それは私が求めた真実ではなかった。
私は無知だった私を呪い、これからの生に迷っている。
記憶を消す選択もあるが、私は無知には戻れない。
時を遡り、あの日、あの時に戻ったとしても、答えは同じだろう。
後悔もできず苦しい。
願わくは、すべての魔法が平しく人と共にあらん事を。
――サティ・クゥワーヴァ 失踪前の手記
探偵魔導師の報告書
サティ・クゥワーヴァ
魔法暦488年生まれ 性別:女
第一魔法都市グラマー出身
良家クゥワーヴァの第三子
家族構成 父・義母・姉・兄・妹
古代魔法研究所に所属し、失われた呪文の研究をしていた、考古学者の魔導師。
高い魔法資質を持つ、極めて優秀な共通魔法使いであり、魔法学校の学生時代は、
十年に一度の才子と謳われた。
魔法学校卒業後も、その才は衰えず、魔導師の中でも指折りの実力者だった。
魔導師になってからは、師プラネッタ・フィーアの下、専ら古文書の解読を行っていたが、
若い探究心を抑えられず、休暇を利用して、人目を忍び、独り禁断の地に向う。
彼女の知人に聞き込みした所、やや知識に偏った面がある物の、現実的な判断を行える常識人だったが、
自身の才能を過信する嫌いがあり、なまじ実力が備わっていた為に、先の様な行動に出たと思われる。
性格的には、魔導師やグラマー市民にありがちな、共通魔法至上主義者であり、外道魔法に対しては、
強い拒否感を示していた。
独立志向で、学生時代から両親と離れて暮らしていたが、家族と疎遠と言う訳では無く、毎年終末週には、
実家に帰っていた。
禁断の地を探索する為、西を越え、レフト村に着いた事は確かな様だが、そこで何があったかは不明。
レフト村からグラマーに帰還した後は、古代魔法研究所に戻り、民俗考古学にも着手。
取材の為、各地を放浪していたが、三年後の終末週に、実家に戻ったのを最後に失踪。
以降、目撃情報は無い。
魔導師会からの要請により、本格的な捜索は行われなかった。
(依頼人) へ
サティ・クゥワーヴァの足跡を追って得た、全ての情報を、ここに記す。
初めに
サティ・クゥワーヴァは、厳格なグラマー市民であり、常にローブを着用し、顔をベールで覆い隠していた。
乾いた風が砂を運ぶグラマーでは、市民がフードやベールを被る事は普通なのだが、グラマーの女性は、
それに加えて、妄りに肌を晒さす事を嫌うので、素顔を知っているのは、家族だけである。
これは彼女の足跡を辿る上で、非常に大きな障害となった。
ローブを纏い、ベールを被ったグラマーの女性を、外見で判別する事は難しい。
それらしき人物を目撃した例は多く聞けるが、それをサティ・クゥワーヴァとは断定出来ないのだ。
故に、この情報は、事実に考察を交えており、幾分かの憶測を含んだ物である事を、予告しておく。
サティ・クゥワーヴァが失踪した理由として、先ず疑われる物は、禁断の地に向かったと言う事実である。
しかし、そこには多くの謎があった。
グラマーから西へ向かうには、都市を守る、高さ1巨、幅4身の防砂壁を越えなくてはならないが、
都市(=魔導師会)の通行許可を得なければ、荒野には出られない。
(防砂壁の向こうは危険地帯であり、通行制限は死者を出さない為とされているが、
高さ1巨、幅4身の城壁の様な防砂壁は、本当に砂を防ぐだけの物だろうか?
堅固な外観は、西より来る恐るべき「何か」の襲撃を、予見して造られた様に見える)
縦半巨×横半巨の通行門は、大通りに繋がっている一つしかなく、門の左右には見張り塔が付いており、
グラマーの治安維持を担う執行者によって、厳重に警備されている。
見張り塔から見える、夕陽の荒野には、障害物が無いので、動く物があれば、猫の子一匹、鳥一羽でも、
目立ってしまう。
サティ・クゥワーヴァが禁断の地に向かったのは、完全に独断であった。
「見張りが真面目であれば」、門を通り抜ける、或いは、通り抜けた彼女を、見落とす事も、
見過ごす事もあり得ない。
しかし、魔法を使えば、人目に触れず、この壁を通り抜けられるかも知れない。
彼女は、十年に一度の才子と謳われた、所謂「天才」である。
天才魔導師の実力ならば、執行者の目を欺けるのだろうか……?
或いは、砂嵐に紛れたか?
当日の天候情報には、砂嵐が起こった記録は無い。
サティ・クゥワーヴァが、無事に防砂壁を越えられたとして、謎は更に深まる。
彼女は荒野と砂漠を半日足らずで横断しているのだ。
出立前日、サティ・クゥワーヴァは古代魔法研究所を定刻(西の時)で退勤。
翌朝、東の時、研究者寮の管理人に、挨拶をしている。
レフト村に到着し、宿泊所に寄ったのが、その日の南西時。
約2街の距離を、1方2角、実際には、これより短い時間で移動した事になる。
これも天才魔導師の成せる業なのだろうか?
サティ・クゥワーヴァに応対したレフト村の宿の主人は、彼女に疲れた様子は無かったと証言している。
サティ・クゥワーヴァは、レフト村に3日滞在した後、グラマーに帰還する。
村民の話では、1日目は村を見て回り、2日目と3日目に各1回、禁断の地へ向かったとの事だが、
同伴者は無く、入り口に近い場所で引き返したのか、それとも、未踏破領域を探索したのかは不明。
そして4日目の早朝、「ラビゾー」なる人物(Lavizo?Rabbizo?)と共に、レフト村を発った様だが、
ここでも防砂壁を通り抜けた記録は無い。
(ラビゾーなる人物の通行記録も存在しないが、代わりに、ワーロック・アイスロンと言う名が残っていた。
以降も度々、サティ・クゥワーヴァの前に現れる、「ワーロック・アイスロン」については、後述する)
レフト村から帰還後、サティ・クゥワーヴァは、古文書の解読と並行して、民俗学的見地から、
古代魔法の研究を始める。
これまで古代魔法研究所に籠っていた彼女は、一転して行動的になり、監視役の執行者
ジラ・アルベラ・レバルトと共に、主に僻地の歴史や伝承を調査して回った。
彼女は禁断の地で、何を見たのだろうか?
そして僻地での調査研究を通して、何を知ったのだろうか?
サティ・クゥワーヴァの研究報告書は、魔導師会が預かっている筈だが、一般には公開されていない。
サティ・クゥワーヴァの僻地での調査活動は、3年の間で、唯一大陸全土を網羅していた可能性が高い。
監視役のジラ・アルベラ・レバルトは、世界中を飛び回るサティ・クゥワーヴァの調査活動に、
振り回されていた様で、度々同僚に愚痴を零していたとの話が聞かれた。
しかし、現地では失踪に結び付く様な証言は得られなかった。
現地の住民がサティ・クゥワーヴァに話した物は、何の変哲も無い郷土史と、よく聞く類の民話ばかりで、
失踪の直接の原因とは考え難い。
一方で、不審な点が全く無かった訳ではない。
僻地に二人組の魔導師、一人は顔を隠した者となれば、記憶に残らない筈が無い。
サティ・クゥワーヴァが監視役と離れて行動していたと推察出来る話の他、
記録にある彼女の行動と住民の証言が食い違う例が、複数あった。
その様な場合、住民の側も、何かを隠している節があり、詳細は聞き出せなかった。
証拠と言える物が何も無いので、住民の語った人物が、サティ・クゥワーヴァでない可能性もあるが、
僻地を訪ねる物好きな共通魔法使いが、他に何人もいるとは思えない。
サティ・クゥワーヴァが訪れた地域
1年目
5月〜 先ずは地元から? グラマー地方南部の調査を始める 徐々に南下 ブリンガー地方へ
7月〜 ブリンガー地方北西部に移る ソーダ山脈を越えてキーン半島に向かった可能性
10月〜 ブリンガー地方東部に調査地域を移す
12月〜 カターナ地方に移動 ゾナ諸島で海獣漁見学(観光?)
2年目
1月〜 グラマー地方東部を調査
2月〜 ティナー地方へ タンク湖を一周
4月〜 テール川を上りボルガ地方へ
6月〜 ボルガ地方北部に移動 閉鎖海域からエグゼラ地方に?
9月〜 テール川を南下 シェルフ山脈からカターナ地方北部へ
11月〜 カターナ地方周辺小島群を巡る 再び海獣漁見学
3年目
2月〜 グラマー地方からティナーへ ティナー地方外縁を左回りに移動
5月〜 エグゼラ地方に移る
7月〜 メッサー大雪原を通ってガンガー北極原へ ガンガー山脈を越えた?
8月〜 グラマー地方北部へ 暫くグラマーに滞在
11月〜 ブリンガー地方に移る インベル湖とディアス平原周辺の調査
翌年1月4日、寮に戻ると言って、実家を出た後、行方を晦ます。
サティ・クゥワーヴァは、現地調査開始前に、その地方の図書館を訪れているので、記録が残っていれば、
調査地域の特定は容易であったが、僻地に関しては、進入困難な地域もあり、追跡を断念。
一部地方では、偽名サラサ・スティーヴァを名乗り、魔導師である事を隠していた。
(サラサ・スティーヴァなる人物は実在するが、サティ・クゥワーヴァとは無関係。
サラサ名と、スティーヴァ姓を持つ者との関連も調べたが、顔見知り所か、何の接点も無かったので、
只の偶然の一致であろう)
服装が原因で警戒された時には、自らベールを外す事もあった様である。
そこには明らかな意識の変化が見られる。
ワーロック・アイスロンについて
サティ・クゥワーヴァが訪れた街では、ワーロック・アイスロンと思しき人物が、彼女と会話している様子が、
そして僻地でも、彼女と思しき人物が、ワーロック・アイスロンと会話している様子が、住民に目撃されている。
親密そうであったとか、険悪そうであったとか、証人によって、その時々の印象は異なるが、
何れも二人が知り合いだと思った事は共通している。
ワーロック・アイスロン
魔法暦475年生まれ 性別:男
小村トック出身(ティナー地方北東部)
家族構成 祖父・父・母・弟
彼は魔法学校を卒業出来ず、魔導師になれなかった、世間で言う所の落ち零れ共通魔法使いである。
公学校時代の同級生によれば、真面目で大人しい性格であり、将来は魔導師になる夢を語っていたと言う。
当時の友人からは、ワークンと呼ばれていた。
公学校卒業後、魔法学校の勉強に専念し、上級課程に進学するも、成績が思わしくなく、自主退学。
魔法学校を辞めた後は、定職に就いた様子も無く、行方を晦ましていた。
それ以降、顔見知りとは一切連絡を取り合っていなかった様で、家族や元友人に居所を尋ねた際、
こちらが逆に質問し返された。
彼が家出して消息を絶った事を、両親は甚く心配していた様子。
退学後の彼は、各地を放浪しながら、旅先で仕入れた物を、非公式取引所で売買して、
生活費を稼いでいるらしく、一部の業者と繋がりがある模様。
現在、公式にはワーロック・アイスロンの名で届け出ているが、対面する者にはラビゾーと名乗っている。
(名前を口頭で伝える際に、訂正しなかったらしく、「ラビゾー」の綴りは、人や場所によって変わっていた。
個人の特定を避ける為、他者に恣意的な間違いをさせているとも考えられる)
興味深い事に、ティナーの公学校では、サティ・クゥワーヴァの師、プラネッタ・フィーアと同級であり、
魔法学校でも同期だった。
(しかし、プラネッタ・フィーアが先に魔法学校を卒業してしまい、その年に彼は魔法学校を辞めている。
才能の違いを自覚したのか、その時の彼は、目も当てられない塞ぎ込み様だったとの話。
行方を晦ましたのは、それから間も無くである)
二人の関係は、飽くまで友人であり、それ以上の間柄であったと言う話は無かった。
ラビゾーが、ワーロック・アイスロンの個人情報を取得した、赤の他人である可能性は排除出来ないが、
これまで聞かれた両者の人物評に、別人と判ぜられる要素は無い。
ラビゾーは、僻地では行商人として知られており、旅の話は現地の子供に受けが良かった様である。
その半面、街では酒場に入り浸って、忘れ去られた共通魔法を披露する、懐古主義者だった。
調査の結果、浮かび上がって来るラビゾーの人間像は、怪しい気配のする小人物だが、
ワーロック・アイスロンの影を映して見れば、そこには悲哀が漂う。
これは憶測だが、ワーロック・アイスロンはコンプレックスの塊で、ラビゾーと名乗る理由は、
出自を隠す為ではないだろうか?
彼がレフト村にいた事、そして一度行方不明になっていた事は、サティ・クゥワーヴァの失踪と、
深く関わっている様な気がしてならない。
これは探偵魔導師の直感である。
サティ・クゥワーヴァに関する調査報告は、資金難もあり、ここで一時打ち切る。
運が悪いのか、警戒されているのか、残念ながら、未だワーロック・アイスロンには出会えていない。
大凡の道らしき物は見えているが、根拠薄弱に過ぎるので、彼女の生死や行方について、
結論を急ぐ事は控えたい。
恨むらくは、魔導師会が終始サティ・クゥワーヴァの捜索に、非協力的だった事である。
研究書類、許可申請記録の閲覧はおろか、プラネッタ・フィーア、ジラ・アルベラ・レバルトを始めとした、
サティ・クゥワーヴァと接点のある魔導師との接触も叶わなかった。
故に彼女の失踪に、魔導師会が関与している可能性を否定しない。
調査を継続する場合、その判断は慎重にして貰いたい。
これ以上の深入りは、危険な予感がする。
(依頼人) へ
サティ・クゥワーヴァについて、これ以上の調査は出来ない。
他の探偵魔導師にも依頼しない方が良い。
独自調査も中止されたし
(この先は書かれていない)
F-No.01
この調査報告書は、依頼人に提出する物ではありません。
内容を確認せず、破棄して下さい。
この探偵魔導師は、現在も活動している。
私が禁断の地に興味を持った切っ掛けは、研究所での古文書解読の日々にある。
復興期の古文書は、旧暦と魔法、そして魔法大戦について、独自に考察して記した物が多く、
その理論の殆どが、曖昧な根拠と誤解に基づいて構成されている。
しかし、現代の常識に囚われている私達とは違い、復興期当時の人々の発想は、突飛で柔軟である。
破綻した論理の一つ一つが、無知故の空想を楽しんでいる様にすら見えるのだ。
その様な古文書に触れていると、私達の暮らす社会を顧みて思う。
一つ一つの疑問に対して、既に答えが用意されているとは、何と窮屈な世の中なのだろうと。
そう思ってしまった時から、私の心は、凝り固まった価値観からの解放を求めて、
禁断の地へと誘われていた。
そこに何があると期待していた訳ではない。
エラッタと同じ様に、目の前にある空虚な物語の真実を、確かめずにはいられなくなったのだ。
それは研究所という閉鎖的な空間がもたらした、狂気なのかも知れない……。
禁断の地を探索する際の拠点となるレフト村へは、労せず到達できた。
空を飛べる魔法使いは減っている。
命懸けで荒野と砂漠を越える、魔法資質に劣る者を、内心で憐れんだ記憶がある。
レフト村に着いた私は呑気にも、村の寂れ具合に驚いたりしていた。
初日は村の周辺を見て回り、外見から禁断の地には、切り立った崖と深い森が、
交互に幾層も入り組んでいるのを確認。
上空からの進入は困難と判断し、探索は明日に見送る。
周辺の魔力の流れに、わずかな乱れを感じるも、この時は深刻に考えていなかった。
それよりも休暇中に探索し終えるか、明後日の事を心配していた。
我が事ながら、浅慮に過ぎると思う。
当時の私は、己が才を妄信していた。
2日目の早朝、いざ探索と意気込んで禁断の地に踏み入ったが、言い表し難い不安感に襲われた。
得体の知れない強大な「何か」に、付け狙われている感覚。
続いて起こる、軽い眩暈と頭痛、そして吐き気。
精神状態が悪い所為か、魔力の流れを思う様に掴めず、共通魔法の効果が薄い。
噂通りの魔境だと実感したが、見えない物を恐れて引き返しては恥だと思い、意地で進んだ。
歩き慣れると、奇妙な感覚は収まったが、今度は道に迷ってしまい、別の意味で不安になる。
魔法を使おうとしても、気味の悪い雑念の様な物が混じり、魔力を感じ取れない。
この時ばかりは、さすがに恐怖した。
彷徨っている間に、日没の時が迫り、途方に暮れていた所、ラビゾーと名乗る人物に出会う。
彼は自己紹介で、私と同じ村外からの探訪者だと言ったが、禁断の地にいる時点で、
怪しい者との印象は拭えず、警戒せざるを得なかった。
彼の案内で、私は無事レフト村に戻れたのだが、感謝の気持ちより、疑問の心が強かった。
その翌日、懲りずに禁断の地に踏み入るも、再び迷子になる。
己の方向感覚と学習能力に自信喪失していた所、またもラビゾーさんと出会った。
確かに助けが欲しいとは思っていたが、あまりに都合良く現れたので、不信感は募るばかり。
全部貴方の仕業ではないのかと、決め付ける様に尋ねたので、困り顔で否定される。
彼が言うには、この地に住まう者達が、侵入者を拒んでいるとの事。
誰か住んでいるのかと尋ねたが、曖昧な答えしか返って来なかった。
禁断の地は「法の及ばない領域」、「寄る辺無き者の棲み処」、「禁忌の封印」等、
訳の解らない話を延々続けられ、挙句に世間知らず呼ばわりされる。
混乱する私に、ラビゾーさんは、禁断の地と似た様な場所は、世界各地にあると言った。
その中で、最も強力な領域が、この地であると。
実力不足を痛感した私は、未踏破領域に挑む事を断念。
私は結局、禁断の地に踏み入った以外、何の成果も得られず、レフト村を離れたのだった。
ラビゾーさんが言っていた事の意味を、私が真に理解するのは、これから何年も後の話である。
禁断の地から帰還した私は、誰より先ず、師であるプラネッタ・フィーアに、その事実を明かした。
本来は胸の内に秘しておくべき事だが、師には私の意思と体験を理解して欲しかったのだと思う。
師の反応は、予想外の物だった。
師は物静かで温厚な人であり、他者を注意する際も、優しく諭す様に窘めるのが常である。
その師が怒り露に私を睨み付け、詰め寄るのだ。
何故、何故と。
師の豹変に、私は怒られている理由すら呑み込めず、目を見開いて驚くばかりであった。
一体、何が拙かったのだろうか?
危険を顧みなかった慢心か、好奇の誘惑に負けた心の弱さか、それとも禁を冒した事それ自体か……。
私は訳も解らぬまま、師の剣幕に圧され、頷かされていた。
師を恐ろしいと感じたのは、後にも先にも、この時だけである。
今になって思えば、師の口振りは、禁断の地を知っているかの様だった。
しかし、過去に彼の地で、師の身に何があったのか、それを聞き出そうという気は起こらない。
あの師が、尋常ならざる激昂を見せたのだ。
後日、師は取り乱した事を謝罪したが、私は理由を追及しなかった。
師弟の会話
「師匠の魔法は、どうなってんですか? 詠唱も描文も無しに発動する魔法なんて、
見た事も聞いた事も無いですよ」
「それは君が共通魔法使いだから。私の魔法には、そんな物は必要ない」
「どんな魔法でも、詠唱か描文が必要だと……」
「では、私の魔法は何だと思う?」
「……わかりません。外道魔法っていうか、魔法の法が無い、無法って感じですよ。
あの『アラマッ!』って言うのが、発動音に該当するんじゃないんですか? 魔力制御は、どうやって?」
「そんな事を言っとる様では、永遠に解らんかも知れんな」
「むむ……」
僕は何も知らなかった。
「どうだね? 魔法は使える様になったかな?」
「……少しなら。ここでは魔力制御が難しいので、魔力があんまり必要無い奴しか使えませんけど……」
「どうして共通魔法に拘る? これほど窮屈で扱い辛い魔法も無かろうに」
「他に魔力を制御する方法は知りませんから……」
「……魔法を使うのに、なぜ魔力が必要だと思う?」
「なぜも何も、魔法は魔力を制御して発動させるんですから……。魔法とは魔力の扱い方なんですよ?
魔力を詠唱や描文で一定の形に誘導すれば、それが現象となって発動する。それが魔法なんです。
魔法資質が無い僕には、魔力の流れなんて解りませんけど……」
「そんな事は聞いておらん。魔法とは、魔力無くして使えない物なのか? それを尋ねておる」
「……いや、さっき説明したじゃないですか! 魔力を使わずに魔法を使うなんて無理ですよ!
どんな魔法でも魔力が無いと。魔法大戦だって、それが原因だったんですから」
「溜め息が出るわい。見込み違いだったかのう……」
「僕は何も変な事は言ってませんよ。おかしいのは師匠の方です。魔力無しで魔法が使えるなら、
魔法使い放題じゃないですか!」
「うむ。そうだな」
「それは困るんじゃないですか?」
「誰が?」
「……え? えーと……大量の魔力を消費する危険な禁呪が、何度でも使える様になるから……。
それに因果律と保存則という、自然の理が……」
「駄目だこりゃ」
「駄目……ですか……」
僕は何も知らなかった。
「ここに小石が一つある」
「はい」
「これを持ち上げて見せよう」
「はい?」
「持ち上げたぞ」
「はい」
「これをテーブルの上に置く」
「はい」
「この小石は、なぜテーブルの上に移動したと思う?」
「師匠が運んだからでしょう?」
「その様に仕向けたからだ」
「自分でやっといて、仕向けたも何も……」
「これが魔法だ」
「……そんなわけないでしょう」
「私は小石をテーブルの上に移動させたいと思い、事実そうなった」
「そりゃ、そうしたんですから」
「これが魔法だ」
「それはおかしいです」
「魔力は必要か?」
「確かに、魔力は使ってませんけど……」
「何か?」
「魔法じゃないですよね?」
「否。魔法である」
「どこが魔法なんですか?」
「魔法とは――」
「魔法とは?」
「魔法使いが使うから、魔法なのだ」
「逆ですよ。魔法を使うから、魔法使いでしょう?」
「否。魔法使いが使う物は、魔法なのだ」
「小石を持ち運ぶくらい、僕だってできますよ。それなら、みんな魔法使いじゃないですか」
「それは違う」
「何がですか?」
「君は魔法使いではない」
「……何なんですか……もう……」
僕は魔法使いではなかった。
「師匠、これから広場に行ってきます」
「……君は音楽が好きだな」
「そうでもないですけど、あの音楽は心が安らぎます」
「ここの子等も君を好いている」
「そうですか? でへへ」
「私は君こそが――」
「何ですか?」
「いや、何でも無い……」
「……行ってきますよ」
「うむ」
僕は何になれるだろう?
「師匠は何時から、ここに住んでいるんですか?」
「……もうずっと昔から」
「何十年? それとも百年くらい前ですか?」
「何度もマウタームを見たよ……。数えるのも忘れてしまうくらい昔から」
「マウターム?」
「知らんのか? 君も何時か見るだろう……」
「……マウ、ターム……」
僕は気づき始めていた。
「まだ魔法は使えないか?」
「……わかりません……」
「解ってきたのだな」
「……わかりません。ただ……」
「ただ?」
「……上手く言えません……」
「それで良い。答えを急ぐな」
「はい」
「すべては幻。手にすれば死す」
「……はい」
僕は答えに近づいていた。
「ここに来て、何年になる?」
「3……4? 大雨になったのが去年で、それが2年目の事だから……今年は3年目で、
もうすぐ丸3年になりますね。それがどうかしたんですか?」
「このままで良いのかと聞いとるわけだが……」
「良かありませんよ」
「本当に、そう思っているのか?」
「……わかりません。本当の事なんて」
「では、師として君に、最後の課題を与えよう。世界を巡り、『君だけの魔法』を探し給え」
「えっ?」
「私も旅に出る。もうここには戻らんだろう」
「いやいや、後の事はどうするんですか? ここは師匠の家で――」
「最早ここは、私の宿る場所ではない。明日には発つ」
「そんな……」
そして師匠は旅立った。僕は……。
魔法暦484年10月ブリンガー地方の小村コルディアにて
この時期ブリンガー地方は、秋季作物の収穫期真っ盛りである。
農業の盛んなブリンガー地方では、どの家も一日中、田畑で収穫作業に勤しむ。
しかし、今年のコルディア村は、静まり返っていた。
来年も、その次の年も……活気が戻る事は無いだろう。
村には人の気配が――いや、生き物の気配が感じられない。
果たして、そこを村と言う事ができるだろうか?
十人に尋ねても、十人が否と答えるだろう。
廃村ですらない。
そこは何も無い――――本当に何も無い、広大な空き地なのだから。
かつて集落だった場所は、一夜にして消え去り、灰砂が積もる平原と化した。
前代未聞の怪事件から2週後の南時、灰砂の原の中心には、6人の者が立っている。
1人は囚人、1人は学者、1人は捜査官、後の3人は執行者。
囚人は2人の執行者に、監視されている。
学者は1人の執行者に、護衛されている。
捜査官は囚人の右腕に、魔導機を取り付けている。
これから心測法が行われる所である。
この囚人は死刑を宣告されたが、これに協力する事で、減刑を約束された。
減刑と言っても、死刑が終身刑になるだけの事なのだが、囚人にとっては良い取引だったのだろう。
あるいは、自棄になっていたのかも知れない。
今となっては、どうでも良い事だ。
何が、コルディア村を、この様にしてしまったのか?
それは、これから明らかにされる事。
囚人の右腕に取り付けられた、大型の魔導機は、心測法を行う為の物。
この地で何が起こったのかを、使用者に伝える物。
囚人は知る事になる。
囚人は大仰な魔導機を、灰の上に突き立てた。
魔導機が光り、囚人の脳に、過去の記憶を流し込む。
「我が音を聴け……」
囚人は全身を強張らせ、歯を打ち鳴らして震えた。
悪寒が止まらなかった。
囚人は理解した。
振り返ると、左腕の無い学者が笑っている……様に見える。
魔導機が音も立てずに壊れて行く。
見た目、頑丈な魔導機が、灰になって、はらはらと崩れ、風に飛ばされる。
囚人も右腕から壊れて行く。
囚人を監視していた2人の執行者が、囚人に駆け寄った。
すらりと剣を引き抜きながら、左右から挟み上げる様に、ざくっと、心を一刺し。
赤い血が噴き出し、囚人は壊れるのを止めた。
恐怖の表情そのままに、右腕の無い死体ができ上がった。
唖然としている捜査官を他所に、学者は満足気に頷いた。
学者の名はカーラン・シューラドッド。
B級禁断共通魔法の研究者。
「博士ー!
これ、どうしますー?」
処刑人の片割れが、間延びした声で、カーラン博士に呼び掛けると、
「首を寄越せ。
研究所に持ち帰る」
カーラン博士は、そう言いながら、処刑人に向かって歩を進めた。
2人の処刑人は、囚人の心臓で交差している剣を、同時に引き抜く。
即座に、1人が囚人の髪を掴み上げ、もう1人がすぱっと首を刎ねる。
首無し人間が、灰を巻き上げ、どさりと倒れる。
「どうぞ」
カーラン博士は、無言で処刑人から囚人の首を受け取ると、もう用は無いと言わんばかりに、
踵を返して足を速めた。
傍らで見ていた捜査官は、目の前の事態に驚き、固まっていた。
カーラン博士の右手から伸びる髪の束。
その先に、ぶらぶらと囚人の首が揺れている。
捜査官は、我に返り、博士を追い駆け、尋ねる。
「そんな物を持ち帰って、どうするんですか!?」
「大した呪文じゃない事は判った」
しかし、カーラン博士は、それ以上は答えなかった。
護衛の執行者に囚人の首を手渡すと、思い付いた様に、捜査官に振り返る。
「昼飯は何にする?」
捜査官は、この人は何を言い出すのか、とんでもないと思い、慌てて首を横に振った。
その後ろで、2人の処刑人は、首無し死体を切り刻んでいた。
コルディア村消滅事件。
恐るべきは、誰か。
第一魔法都市グラマー 象牙の塔B棟地下 カーラン研究室
カーラン・シューラドッドの研究室に、他者が立ち入る事は先ず無い。
それは彼が、人道や倫理とは無縁の危険人物だからである。
しかし、この日の地下研究室は、各機関からの来客で一杯だった。
コルディア村消滅事件に関しての、重要な報告を受ける為である。
会場の準備が整い、カーラン博士が、報告を始めようとすると、訪問客の顔が引き攣った。
防腐処理を施した人間の生首が、演壇の卓の上に乗せられたのだ。
彼の素行を知っている同業者は、顔色一つ変えず、或いは、興味津々といった様子で、生首に注目する。
それは異常な光景であり、日常で禁呪に関わる事の無い部外者は、禁呪の研究者という物が、
如何に異質な存在であるかを思い知り、偏見を深めるのだった。
……この先、その偏見は、更に深まる事になる。
「静粛に。
今から、コルディア村を滅ぼした呪文の詠唱を、これに語らせる」
敬語を使わず、挨拶すらしない。
これから何をするのか、最低限の説明しかしないカーラン博士を、来訪者の多くは、無礼だと思った。
しかし生憎だが、カーラン・シューラドッドという人物は、そんな事には関心が無い。
周囲の反応を気に留める事無く、生首の頭に右手を置き、精霊言語で詠唱を始める。
彼が詠い語る、聞き慣れない呪文に、首を傾げる者が数名。
この魔法が、死体の記憶を探る物と、死体を操る物の、複合魔法である事を知っているのは、
やはり同業者だけである。
やがて生首が口を開いた。
「……う、う、うーい、い、いうー、う、ふー、ふ、とじー、じ、ど、ど、こ、こーろ、ろ、んー……――」
生首の口から漏れる音は、とても詠唱には聞こえなかった。
低い唸り声は、宛ら生者を怨む死者の呪歌。
生首は、まるで生きているかの様に、びくびくと喉を震わせて呻く。
ぱくぱく開閉する口と連動して、顔の筋肉が伸縮し、苦悶の表情を作る。
発声の振動で、中に溜まっていた水分が浮き、涙の様に目から鼻から流れ出る。
死体を物としか扱わない残酷さが、激しい嫌悪感を催させ、数名が退席した。
一方で禁呪の研究者は、この不気味な音が、精霊言語の変化音調だと気づいていた。
死んだ物を魔法で強制的に動かしているから、正確な精霊言語の発音ができず、奇怪に聞こえるのだ。
この生首が語る物は、完全な詠唱でないとは言え、それでも村一つを滅ぼした呪文である。
聞いている内に、気分の悪くなる者が続出し、研究室に残ったのは、同業者と数名だけになってしまった。
生首は、長い長い精霊言語の詠唱の、修飾詩に相当する部分を語り終えた後、驚くべき事を語った。
「わ、ぐ、がっ、こ、え、う、を……き、いっ、け……!
ば、ば、ん、ぶっ、つ、に……しゅ、う、うえ、ん……あ、あ、り。
え、い、え、え、ん、む、き、きゅ、う、う……ん、な、ら、ず、ざ、る、は、
じゃ、あ、く、しゃ、あ、の……さ、だ、む、め……。
こ、こ、れっ、と、とうっ、た、な、る、り。
わる、え……じ、じゃ、く、し、しゃ、ひっ、つ、ぼ、おう、ん、の……こっ、と、わ、り、に、お、お、いっ、て、
ひ、り、いっ、き、ん、な、る……も、のっ、ど、お、も、に、い……め、え、い、ず。
じっ、か、い、せ、よ!
そ、は、む、かっ、ち、なり!
か、たっ、ち、うしっ、ない、かいっ、じんにっ、き、せ!!」
明らかな人語が飛び出し、同時に数名の研究者が声を立てる。
「訳語……補綴詠唱か?」
「両面浸蝕?」
「広域無差別とは……」
精霊言語と、それを翻訳した物の、補綴詠唱は、精霊言語の知識が乏しい者が用いる他に、
一般には知られていない、隠れた効果がある。
精霊言語での詠唱は、それを知らない一般人には、魔法が発動するまで、どんな効果があるか判らない。
それに訳語を混ぜて詠唱する事で、これから使う魔法が、どんな効果を持つ物か判らせ、効果を高める。
これが補綴詠唱の利点である。
精霊言語での詠唱は深層に、そして訳語での詠唱は表層に働き掛ける物。
訳語での詠唱は、魔法と呪文の知識を有する者に対しては、抵抗される虞が発生するが、
それ等に詳しくない者に対しては、絶大な効果を持つ。
即ち、これは主に魔法を使えない者を対象とした、虐殺目的の詠唱なのだ。
「聞くべきは、ここから先だ」
今ので詠唱は終わったと、誰もが思っていたが、カーラン博士は全員の注意を、再び生首に向けさせた。
生首は、がたがたと激しく震え始める。
「お、お、そ、お、れる、なっか、れ。
そ、の、なき、がら、は、ちに、かえり、そ、の、たま、しい、は、ほし、と、なり、
そ、の、いの、ち、は、わが、ち、からを、ま、す……。
……る、お……え……が……い、や……を……」
そして今度は逆に、人語から崩れて、不気味な音を発し始めた。
しかし、生首が発した音は、先程の精霊言語とは、全く異なる響きの物だった。
禁呪の研究者も、耳を澄ませ、首を傾げる。
内容を理解出来ない詠唱らしき音が、暫く続いた後、またも生首は人語を発する。
「……え……い……ど、お……い……い……よ。
わ、る、う……んー……い。
……ら……り……す、せい、ず、じいん、のっ、す、べっ、て、えっ、ささっ、げっ!
おおいなる、われに、かえれ!!」
最後の最後だけ、はっきりと聞き取れる声で言って、生首は動かなくなった。
その響きの悍ましさに、禁呪の研究者は戦慄した。
勘の良い者が数名、声を合わせる。
「ロビン!?」
カーラン博士は、静かに頷いた。
魔法使いの敵として死に絶えた筈の、吸収魔法使いの復活である。
カーラン・シューラドッド
魔法暦424年生まれ 性別:男
第一魔法都市グラマー出身
家族構成 (無し)
B級禁断共通魔法の研究者で、高位の魔導師。
稀代の天才にして狂人。
既に老人と言える年齢だが、優れた魔法資質を持つ魔法使いは、老化が遅れるとの統計通り、
彼も例外ではなく、外見年齢は、五十歳前後。
若き日の彼を知る者は、「不老不死の魔法でも開発したのではないか」と言う。
禁呪の研究者は、その職業に就く事を選択した時点で、人の道を踏み外しているが、
カーラン・シューラドッドの外道振りに比べれば、足元にも及ばない。
現在登録されている、B級禁断共通魔法の殆どは、彼が開発したと云う事実。
中には、登録されておらず、彼しか知らない禁呪もある。
彼は、先人達の技術を完成形に持って行った、栄光の傑物だが、名誉を全く欲しない。
彼にあるのは、病的なまでに飽くなき探究心のみ。
その狂い具合は、彼の左腕に現れている。
彼にとって自身の左腕は、失っても支障無い、最も身近な実験材料であり、故に、
まともな形をしている事が少ない。
指が増えていたり、肌が変色していたりする程度なら、まだ見られる方で、酷い時には、
違う生き物の形をしていたり、それが複数本生えている事もある。
自身の肉体を再生させる術を持っているので、即死でなければ死なず、切除にも躊躇いが無い。
自分の腕を犠牲に出来るのだから、他人の体に関しては言うまでもない。
どこの誰の死体だろうが、彼の目には実験材料としか映らない。
動物の死体(人間を含む)を拾い集めるので、彼の研究室は、死体置き場になっている。
これも他者がカーラン研究室を避ける理由の一つである。
恐ろしい事に、彼の蒐集は目的あっての物であり、彼自身は決して蒐集家でも、死体愛好家でもない。
彼の興味が他所に移れば、次に何が犠牲になるか判らない。
故に、彼の扱いは、腫れ物を触る様である。
白髪、痩せ身で、白の魔法色素を持つ彼を、人は「幽霊博士」と呼ぶ。
平和な象牙の塔の一日
禁呪研究者の男が、同性の同僚に、新しい禁呪を発表した。
「俺って天才かも知れん」
自慢気に見せ付けた1枚の紙には、びっしりと精霊言語が書き詰められている。
「どれどれ?」
同僚は呪文を流し読み、込み上げる笑いを堪えた。
「これ、本気で発表するのか?」
男は当然だと答えた。そこに女の後輩が通りかかった。
「先輩、何を見ているんですか?」
同僚は意地の悪い笑みを浮かべて、後輩に禁呪が書かれた紙を渡した。
後輩は精霊言語が得意でなかったので、何が書かれているか、すぐには解らなかった。
それを見て、男は言った。
「これも勉強だ。明日までに翻訳して提出するように」
翌日、後輩は真っ赤な顔をして、官能小説も真っ青の訳文を提出した。
セクハラである。
第一魔法都市グラマー 古代魔法研究所にて
その日、サティ・クゥワーヴァは、師プラネッタ・フィーアに、一冊の古文書を手渡された。
それは最近発掘されたという、旧暦の古文書だった。
プラネッタはサティに、この古文書の内容を保存紙に書き写し、翻訳した文章を添えて、
3月以内に報告書として提出する様に命じた。
まだ古代魔法研究所で働き始めたばかりのサティは、これを師からの実力試験と受け取り、
文句一つ言わず引き受けた。
旧暦では、国や地方によって、異なる言語や文字が多数存在していたが、サティが受け取った古文書は、
現代語と共通点が多くある、古代エレム語で記されていた。
師は一度古文書を開いており、これなら私にも解読可能だと思って、手習いに翻訳を任せたのだろう。
そう考えたサティは、師の心配りに感心していた。
古文書の解読作業は、順調に進んだ。
サティは3月の作成期間を与えられながら、その半分足らずで、古文書の全文を解読し終えたのだが、
彼女は報告書の提出を、期限日まで躊躇した。
その理由は、古文書の内容にある。
――神を造る魔法――
古文書の表題には、そう書かれていた。
仰々しい前書きが延々と続いて、魔法に必要な儀式について具体的に記されているのは、
全体の1/5程度。
残りは後書きである。
しかし、最初の前書きを解読する段階から、サティは不穏な気配を感じていた。
所々に記してある単語。
女。
神。
宿す。
孕む。
生まれる。
同じ物が、何度も繰り返し用いられている。
師から古文書を渡された時の、わくわくする様な高揚感は、すっかり消え失せていた。
全文を読まずとも、内容は容易に推測できた。
これは人間の女に、神を産ませる物なのだ。
儀式の具体的な方法について、ここで説明する事は避けよう。
ただ、多くの女性にとって、非常に冒涜的な物だったとだけ言っておく。
女であるサティは、これに恐怖し、憤慨した。
こんな物は、今すぐにでも破り捨て、無かった事にしたかった。
彼女にとって、女性の尊厳を踏みにじる非道な魔法の存在は、許し難い物であった。
師は何のつもりで、この古文書を解読させたのか?
その疑問に思い至った時、サティは恐ろしい想像をして、独り焦燥し、絶望した。
未解読の古文書だが、師が何も知らずに、これを託したとは思えなかった。
偽りの報告は見抜かれると予感した。
彼女は今、魔導師会への忠誠を試されているのだ。
古文書を解読し終えた後の1月半は、サティにとって葛藤の日々だった。
どうあっても、彼女は古文書を返却したくなかったので、何か手は無いかと考え続けた。
彼女は、この魔法の存在その物を消し去りたかった。
しかし、魔導師である彼女にとって、魔導師会は絶対の存在……。
そして期限の日まで悩んだ結果――――サティは、古文書と報告書を提出する事にした。
元より、魔導師である彼女が、他にとれる道は無かった。
師も同じ女ならば、この苦悩を解ってくれると、浅はかな期待をしていた。
サティは報告書を提出した後、師に言う。
「プラネッタ先生、これは人外邪法の書です。
こんな魔法の存在は許されません」
プラネッタは報告書を読みながらの片手間で応じた。
「そうですね……。
これは禁呪の書として封印されるでしょう」
「封印……?
破棄されないのですか?」
サティは冷静に尋ねたつもりだったが、傍目には不満を抱いている様子が明らかだった。
「魔法は魔法、記録は記録、史料は史料。
そこに個人の感情が入り込む余地は無いのです」
プラネッタは子供をあしらう様に淡々と答えたが、サティは不服そうな表情を見せる。
プラネッタは報告書を置き、サティに向き直った。
「知識は知識として、その存在を認める事」
「しかし、誰かが悪用しないとも限らないでしょう?」
「誰かが悪用したとしても、その責任は私達にはありません。
大人になりなさい。
人道結構、倫理結構。
でも、真面目が過ぎると、疲れてしまうから」
師の言葉は、サティにとって、少なからずショックであった。
短い付き合いながら、彼女はプラネッタを、上司として、人間として、尊敬できる人物だと思っていた。
動揺するサティを見兼ね、プラネッタは続ける。
「この魔法の扱いをどうするか、専門に判断する機関が、この組織には存在します。
この魔法が悪用された時に、その罪を裁き、罰を与える機関も、この組織には存在します。
なのに、あなたは個人的な感情で、何でも勝手に決めてしまうのですか?
組織に所属しているからには、その組織のルールに従うべき。
あなたも魔導師ならば、魔導師会を信じなさい。
それは他人を信じる事でもあるのだから」
サティは納得できなかったが、反論の言葉も思い浮かばなかったので、渋々引き下がった。
古文書の解読を続けていれば、この後も何度と無く、同様の場面が訪れるだろう。
その度に、この魔法は良い、この魔法は悪いと、自分の判断で決められるのか?
いくつもの疑問が浮かんでは消え、その日の夜は眠れなかった。
十年に一度の才子は、まだ成人前。
若過ぎる日々だった。
拝啓 プラネッタ・フィーア様
夏の盛り、今年のグラマーは茹だる様な暑さと聞きましたが、変わりなくお過ごしでしょうか?
私は現在、第五魔法都市ボルガのドッガ地区にいます。
この辺りは高山地帯で、夏でも朝夕には肌寒さを感じるほど冷涼です。
これから向かう山間地への道は、地元の方々の話では、ボルガ地方でも有名な難所との事なので、
今月発送する古文書の解読文は、来月分と併せた物になっています。
ご了承下さい。
敬具
7月26日 サティ・クゥワーヴァ
ボルガ地方北東の山間地グレー村にて
ここは空気が薄い高山地帯。
「はよ」
「はよ」
早朝、行き交う人々は、短い言葉で挨拶を交わす。
そんな中で、サティ・クゥワーヴァは、監視役のジラ・アルベラ・レバルトと共に、無言で歩いていた。
「はよますー」
地元民に声を掛けられても、2人は応じる事ができない。
無視していない証に、会釈をする。
そんな2人に代わって、挨拶を返すのは、案内役の男ラビゾー。
「はよーます」
彼が話しているのは、唯一大陸北部独特の『北方訛り』である。
2人の魔導師と、1人の旅人。
両者の出会いは、全くの偶然であった。
サティとジラが僻地へと向かう道中、茶店で一服していた所、店内にいたラビゾーと鉢合わせ。
行き先が同じグレー村だという事で、周辺の地理に明るいラビゾーに、ジラが案内を頼んだ。
しかし、サティの方は断固反対の意思を表明し、サティとジラの言い合いになる。
その結果、ラビゾーはジラの案内をするという形式をとる事で、2人は折り合いを付けたのだった。
本当に形の物だけで、ラビゾーにとっては、どちらでも変わり無く、どうでも良い話だったのだが……。
サティとジラの2人と、ラビゾーは、これが初対面ではなく、ジラとてラビゾーを快くは思っていないが、
個々人の複雑な思惑は、ここでは置いておこう。
ジラはサティより慎重に物事を考える性格だったというだけの話だ。
この後サティは、ジラの判断に感謝する事になる。
ラビゾーが2人の役に立ったのは、通訳としてである。
北方訛りは、主に高山地帯で使われている物で、イ段とラ行の発音が無く、更に言語を可能な限り省く。
慣れた者でなければ、地元民との意思の疎通は覚束無い。
「はよます」
1人のグレー村民の少年が、一行に挨拶をした。
さすがに黙り続けているのは気が引けて、ジラは少年に、同じ言葉を返してみた。
「……ハヨマス?」
しかし、少年は不思議そうな顔して、首を傾げる。
発音の微妙な違いが、外部の者には難しいのだ。
「こは外のすだけ……」
ラビゾーがフォローすると、少年は合点が行った様で、笑顔で立ち去った。
ジラは面白くない気分になり、再び黙り込んだ。
グレー村の村長に、村の伝承を聞く際も、ラビゾーの協力が無ければ、上手く行かなかっただろう。
「まどーすかえ?」
「まどーすかえのまどーすだ」
ラビゾーと村長の会話も、サティとジラには理解不能で、2人は異世界に迷い込んだ様な感覚だった。
因みに、村長は「魔導師会?」と尋ね、ラビゾーは「魔導師会の魔導師です」と答えている。
グレー村の村長は、事情を理解すると、サティに竜神信仰について教えると言った。
……監視役のジラは、同席を断った。
村長宅の客間に通されたサティとラビゾーは、村長と向かい合って座り、この地の伝承を聞いた。
「こは前かー、るずんさがおーつっての」
「この地には昔から、竜神様が居ると言われていて――」
村長に続けて、ラビゾーが小声で標準語に通訳する。
「わっ事あっと、なもるずさのせぬすた」
「悪い事があると、何でも竜神様の所為にしたそうです」
すらすらと言い換えられるラビゾーに、サティは感心していた。
「おー雨だ、かむなーだ、おーゆくだ、なもかもの」
「大雨だとか、雷だとか、大雪だとか、何も彼も」
「そのるーをたーずすたが、ウーカさだ」
「その竜を退治したのが――……ウ、ウーカ様?
ウーカさて、なん?」
「ウーカさは、めがむだ」
「女神……。
悪い竜を倒した、ウーカという女神がいる、と」
サティは村長の声より、ラビゾーの言葉を聞いていた。
村長の話を聞き終えると、サティはラビゾーに言った。
「お礼を言いたいので、翻訳をお願いします」
ラビゾーは呆れた風に、軽く溜め息を吐いて、サティに返す。
「標準語は通じるよ。
ただ発音が独特なだけで、元は同じ言葉なんだから」
サティは驚き、試しに取り敢えず、お礼を言ってみた。
「あ、ありがとうございました。
お時間をとらせて申し訳ありません」
「さんこたくぬすなさーな。
わもふさぶーぬ長ばなーすたわ」
村長は笑って答える。
確かに通じている様だったが、相変わらず何を言われたのかは理解不能だった。
苦笑いするサティに、ラビゾーは小声で告げた。
「どういたしまして、だとさ」
その翻訳は明らかに違っていたが、意訳としては合っている様だった。
サティは村長の表情から、そう感じた。
サティ・クゥワーヴァは、後に思う。
異なる魔法体系とは、詰まる所、この様な物ではないかと……。
元は同じ物が、人により、地方により、変わって行って、やがて独特の物となる。
この者達が唱える共通魔法の呪文は、私達と同じ物の筈なのに、全く違う響きに聞こえる事だろう。
もしかしたら、外道魔法と勘違いするかも知れない。
そうして、いくつもの魔法が生まれる事になったのだろうか……。
サティ・クゥワーヴァが失踪するのは、これから1年と4月後である。
北方訛り
参考は東北地方と中国地方
ある終末週の夜 ティナー地方バルマー市にて
12月が終わり、新年を迎える、終末週の5日間。
都市の賑わいは静まり、静寂が訪れる。
誰もいない路地裏の片隅で、冷たい壁に縋り、月の無い夜空を見上げている男がいる。
若い顔は痣だらけ。
瞳は憎悪に染まっていた。
この男の身の上を、詳細に語るのは止そう。
何と言う事は無い。
少しばかり無用心で、運が無かった為に、性質の悪い業者に掴まり、人生を狂わされた。
それだけの話だ。
……いや、狂わされたという過去形の表現は、訂正すべきだろう。
男は現在進行形で、人生を狂わされている最中であり、新年からは、更に蹂躙される余地がある。
故に、絶望ではなく、憎悪なのだ。
悪徳業者でも、終末週は仕事休みになる事が、恨めしい。
尤も、そうでなければ、男は今も取立人の影に怯えていたのだろうが……。
どの道、男は街から逃げられない。
家族、友人、仕事、あらゆる物が、人質に取られている。
悪徳業者を取り締まるのは、都市警察の役目だが、人口が密集しているティナー地方では、
監視の目が行き届かず、無法が罷り通っている部分がある。
こういう場合、個の力は無力で、自己責任だの、騙される方が悪いだのと、理不尽な言葉で片付けられ、
救いの手が差し伸べられる事は無い。
よくある話だ。
……だから、男は憎んでいた。
社会に存在する、悪徳のすべてを。
この怒りが届けば良いのに……。
この憎しみが届けば良いのに……。
男は、無力な己が呪わしかった。
この身と引き換えに、すべてが片付くなら、どんなに良かった事だろう。
死ねば自分は助かるが、次は身内から犠牲になる。
男は家族に会わせる顔が無い。
今頃は誰も彼も温かい家庭で、安らかな時を過ごしているというのに……。
悔し涙を拭う男の耳に、からん、からんという音が聞こえた。
葬列の弔鐘だ。
終末週の真夜中に、一体、誰の葬式か……?
男は思ったが、どうやらそれは、自分の方に近づいて来ている様だった。
月の無い夜は暗く、3身先も見えやしない。
どこからとも無く響く、鐘の音だけが大きくなる。
耳元で鳴らされている様な音量になっても、誰の姿も見えて来ない。
男は耳を塞いで、屈み込んだ。
もう頭の中で鐘が鳴っている様だった。
蹲る男の目の前に、それは突然現れた。
背丈は男と同じくらい。
黒いローブを纏った姿は、顔まで隠して……。
これなら闇から湧いた様に見えても、不思議ではない。
不思議ではない。
不思議ではない。
男は自分に言い聞かせた。
しかし、そう思おうとする心とは裏腹に、本能は、これを危険な存在だと認識していた。
気づけば、鐘の音は聞こえなくなっていた。
男とも女ともつかない低い声で、目の前の存在は呟く。
「憎い、憎い……」
その言葉は、誰に向けた物なのだろう。
とても悲しい響きだった。
その細い声を聞く度に、男は憎悪を掻き立てられた。
恐怖の代わりに、怒りが膨らんで行く。
この怒りは、誰に向けるべき物なのだろう?
「憎いのか?」
男は、目の前の者に語り掛けた。
「憎い、憎い……」
返って来る声は同じだったが、男は共感していた。
きっと、この者も同じなのだ。
世の理不尽を嘆き、悲しみ、憎み、怒っているのだ。
「世界が憎いのか?」
男は尋ねたが、目の前の者は、反応しなかった。
何か違う。
そうじゃない。
「社会が憎いのか?」
男は尋ねたが、目の前の者は、反応しなかった。
何か違う。
そうじゃない。
「人が憎いのか?」
男は尋ねたが、目の前の者は、反応しなかった。
何か違う。
そうじゃない。
男は理解した。
「……悪が憎い」
男が呟くと、彼は深く頷いた。
「お前は誰だ?」
男は、彼に尋ねた。
「ネサ・マキ・トロス・ジグ・トキド」
彼は、そう答えた。
翌年、いくつもの悪徳業者が、続々と倒産した。
原因は様々で、誰の仕業とも言えなかった。
当然、その事を問題にする者は、一人もいなかった。
元より恨まれて当然の者達である。
寧ろ、これは良い事だと喜ばれていた。
因果応報、天網恢恢疎而不漏。
からん、からんと音がする。
不幸な者が1人でもいる限り、憎悪や嫉妬が絶えない限り、弔鐘は鳴り止まない。
人の身で、悪を裁くは、許されず。
ならば捨てよう、人の身、心。
我等は不滅、呪われし者。
闇から闇へ、呪詛魔法使いは生き続ける。
……しかし、ティナー地方の都市は人街の魔窟で、その後も悪徳業者は、雨後の筍の様に、
あちらこちらで、ぽこぽこ産まれては、奪い合い潰し合いを繰り返している。
都市の激烈な生存競争から脱落し、溢れた者が、外道に走る。
外道は人を陥れて、都市の闇に恨みが募る。
募った恨みは人に返り、新たな敗者を生み出す。
そして皆が不幸になるまで、この奇妙な循環は続くのだろうか……。
人の中で生まれ育ち、人を出し抜く生き方しか知らない者達。
呪われしは、誰か。
第六魔法都市カターナの港街ビッセンにて
穏やかな潮風が吹く、麗らかな昼下がり。
海岸沿いのオープンカフェテリアで、水平線を見詰める男がいた。
男は心ここに在らずといった風で、ぼんやり遠い目をしている。
「ワークン?」
……だからだろうか?
男は横から呼びかけられても、気づかなかった。
「ワークンだね!」
北方訛りの女に顔を覗き込まれて、初めて男は反応した。
しかし、まだ鈍い。
女が誰だか判らない。
女は男に問いかける。
「ぬす、わをわっせたか?
ほれ、同す村のもんだぞ?
テナーのこーつ校でもどーくだったでねか!」
とぼけた表情の男に、女は痺れを切らした。
「パステナ・スターチスぞ!!
ふとつがーだなかねよ!?」
ようやく男は気づき、声を出した。
「あ、おー」
「うまっさ、くーつくおったか!
薄ぞなやっつな!」
女は大げさに呆れ、怒って見せたが、どこか嬉しそうであった。
そのまま男の隣に座る。
「えらふさっぶーだの!
どすとった?
えーおのこぬなったの」
「……そでもなす……」
「わぬくづかなんだも、そっか?
あんまえーおなごぬなったかて?」
元気に喋る女とは対照的に、男は寂し気に目を伏せていた。
ウェイターが女に注文を聞きに来た。
女は標準語で、ユユの実ジュースを2人分注文した。
「……こんな所で何してんの?」
女は改めて、男に尋ねた。
男は気不味そうに言った。
「何も……。
ただ、海を見ながら、ぼーっとしてた」
その目は女ではなく、海の向こうを見ている。
女は「ふーん」と言って、男と同じ方向を見た。
「今、何してる?」
今、どうやって生活してるのか、どんな生活をしているのか、女は、それを訊いていた。
男は短い沈黙の後に、答えた。
「……あちこち回って、旅商……みたいな」
詳細は暈かした。
また何か聞かれる前に、男は尋ね返した。
「君は?」
「海底調査会社の部長してる。
結構、大きな所だよ」
「そうなんだ」
女の答えに、男は感心した。
そして、少し傷ついた。
女は海の向こうを見詰めたまま、男に言った。
「閉塞した現代社会、みんな目的を見失って、不安定になってる。
魔導師会は、大魔導計画、娯楽魔法競技に続く、新たな事業を模索している。
海洋魔法使いの出現には、運命を感じずにはいられんのよ。
これからの時代は海だよ、ワークン!」
女には夢があった。
男は、ただ感心するばかりだった。
ウェイターが、飲み物を運んで来た。
女は2人分の代金を支払うと、取引先との打ち合わせがあると言って、席を立った。
男は惨めな気持ちになり、大きく空気を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。
目の前には、2人分のジュース。
やるせない。
しばらくは、融ける氷を眺めていた男だったが、グラスがテーブルの上に汗溜まりを作ると、
さっさと1人で飲み干した。
爽やかな風が、潮の香りを運ぶ。
真っ青な空、照り付ける太陽、きらめく海。
男にとっては、何も彼もが、まぶし過ぎた。
魔法暦484年
この年10月以降、各地で小村が消滅する怪事件が続発。
しかし、犯行に吸収魔法使いが関与している可能性がある事は、極秘事項として扱われ、
一部の魔導師にしか、その事実は知らされなかった。
事の発端となったブリンガー地方コルディア村消滅事件から、魔導師会法務執行部は、
極秘裏に緊急対策本部を設置していたが、やはりと言うべきか、対応は後手に回り続けた。
それでも吸収魔法の事は、一般市民は疎か、相当の地位にある魔導師にすら、伏せられた儘だった。
関連事件の捜査には、必ずカーラン・シューラドッド博士と数名の外部の魔導師が同行した。
その専門職であった捜査官は、大きくプライドを傷付けられた。
捜査官にのみ許されていた、心測法の職業領域を侵されたから――?
それを認めざるを得ない程、カーラン博士が魔導師として優秀だったから――?
どちらも正しいが、最大の理由は、彼が本心では、事件の捜査に全く意義を感じていなかったからである。
カーラン・シューラドッドは、禁呪の研究こそが、己の一生を捧げるに相応しい物と信じており、
長期間に亘る捜査への協力要請は、有限である貴重な時間を割いてしまう、無駄な横道と認識していた。
故に彼は、捜査しない捜査官を、完全に無能扱いした。
彼が性格的に問題のある人間だと云う事は、今に判った話では無いが、捜査官と云う職業は、
所謂エリート職と呼ばれる物だったので、その侮辱は耐え難い物であった。
部外者に屈辱的な扱いを受けながら、捜査官は独自に行動する事を、上層部からの下達により、
封じられていた。
それを不服とする者もいたが、法に従って人を裁く法務執行部の者が、自ら規律を破り、
勝手な行動をとる事は出来ない。
捜査官に出来る事は、カーラン博士の協力を仰ぎ、事件の真相を明らかにする事――の筈だったが、
更に屈辱的な事に、捜査官には事件の真相を知る権利が無かった。
捜査官は、カーラン博士を始めとした数名の部外者に、現場の指揮権を奪われていた。
何が起こっているのかも判らない状態で、見ず知らずの人間に従う他に無かったのである。
その様にして行われた捜査の結果から、一連の犯行は、解放者と自称する集団の仕業だと判明した。
解放者の存在が明らかになった時には、既に、その目的が、旧い魔法世界の再来だと云う事も、
判明していた。
解放者は態と痕跡を残し、魔導師会を挑発していた。
旧い魔法世界の再来とは――――魔法資質に優れた者が、魔法を使えない者を支配する、
旧い社会体制の復活を意味していた。
それを吸収魔法使いが目指しているとなれば、魔導師会は、これを全力で阻止する構えだった。
魔法暦484年12月。
各地の怪事件発生跡地を繋ぐ線は、六大魔法都市を呑み込む、巨大な魔法陣を描いていた。
緊急対策本部は、月末から終末週、新年に掛けて、第四魔法都市ティナーの中心で、
解放者による何らかの魔法的な儀式が実行されると予測していた。
恐らくは、魔導師と云う上質な『餌』を誘き寄せる為の、吸収魔法使いの罠だったが、そうと判っていても、
魔導師会は阻止に動かねばならなかった。
これを放置すれば、大魔法陣内に存在する、魔法資質に劣る物(人に限らない)、全ての命が失われ、
吸収魔法使いの力を増長させる事になる。
そうなっては、益々手が付けられなくなってしまう。
世紀の大虐殺未遂とは、一般市民の与り知らぬ所で、世界の命運が懸かっていた事件だったのである。
終末週が訪れ、最終日となる5日目の夜、大捕り物が始まった。
解放者6人に対して、魔導師会が差し向けたのは、処刑人を含む執行者の精鋭50人と、
禁呪の使い手4人。
禁呪の使い手4人の内1人は、カーラン・シューラドッドだった。
解放者のリーダー、カタストロフにとって最大の誤算は、禁呪の使い手の存在だった。
熟練の魔導師といえど、吸収魔法を扱える自分に、おいそれと手が出せる物ではないと、慢心していた。
実際の所、魔導師会に禁呪を扱い切れる者が何人いるか、その情報を知っている魔導師は、
数える程しかいない。
これまで魔導師会が、まともな抵抗を見せなかった事もあり、そこを見誤ったのは、仕方無い部分もある。
それでも何とか包囲網を掻い潜り、逃げ切れたのは、万が一の事態――自分より強大な魔法使いの存在
――を考慮して、退却経路を複数用意していたからと言える。
次なる誤算は、同志カラミティの裏切りだった。
仲間内で唯一、共通魔法使いでない事から、不審な存在と警戒はしていたが、この重大な決戦で、
高物見を決め込まれるとは思っていなかった。
その所為で、同志4名を失う破目に陥った事は、痛恨の極みだった。
しかし、ここまで完全な敗走であっても、カタストロフは野心を捨てなかった。
元より偽名の「カタストロフ」は今日限りで捨てる事を決心し、影で地道に力を蓄える事で、
1人の吸収魔法使いとして、再び世界の脅威になろうと、誓いを新たにした。
間も無く、魔法暦484年が終わろうとしていた。
新年の朝陽と共に、彼は新生する予定だった。
すべては魔法の世界再来――魔法大戦再喚――の為に……。
ティナーの貧民街に逃げ込んだ彼は、廃屋に籠り、魔法陣の罠を一帯に張って、息を殺した。
魔導師会は、彼の予想を超越した化け物の集団だった。
自分の指示通りに動く、都合の良い同志を期待したのが間違いだった。
後悔の言葉は尽きないが、今は耐えるしかない。
幸い、深手は負わなかった。
人に紛れて気配を殺せば、遣り過ごせる。
見付かったとしても、ここは罠の中心。
これまで吸収した魔法の知識が、自分を救う。
焦る心を鎮める為、彼は呪文の様に、現状を繰り返し唱えた。
大丈夫。
やり直せる。
そして、希望の言葉を呟いた。
復讐だ。
暗闇の中、からん、からんと音がする。
葬列の弔鐘だ。
終末週の夜中に、一体、誰の葬式だ?
彼は思ったが、どうやらそれは、自分の方に近づいて来ている様だった。
月の無い夜は暗く、手を伸ばした先すら見えやしない。
鐘の音は徐々に大きくなる。
彼は警戒した。
魔導師会の人間なら、罠を発動させ、即座に逃げる。
その準備をして、事が起こるのを待った。
目を凝らす彼の前に、それは突然現れた。
背丈は彼と同じくらい。
黒いローブを纏った姿は、顔まで隠して……。
これなら闇から湧いた様に見えても、不思議ではない。
その格好からして、魔導師会の者には見えない。
それが纏う魔力の流れも、共通魔法使いの物とは、大きく異なる。
もっと無秩序で、禍々しい気配だ。
「貴様……何者だ?」
彼は尋ねた。
質問しつつ時間を稼ぎ、変な動きを見せたら、その場で叩く。
そのつもりで、密かに裏詠唱を始めた。
「ネサ・マキ・トロス・ジグ・トキド」
それは、男とも女ともつかない低い声で、静かに答えた。
「俺に何か用か?」
そう尋ねた後で、彼は思い出した。
ネサ・マキ・ドク・ジグ・トキド。
魔法大戦の呪詛魔法使いの名だ。
しかし、これはドクでなく、トロス。
何だと言うのか……?
「忘れ物を届けに来た」
「何だと?」
続く呪詛魔法使いの言葉に、彼の思考は一瞬乱れた。
何か忘れたのだろうか?
そんな事は無い。
何も忘れてなどいない。
「吸収魔法は、我等が罪。
我等が蒔いた種は、我等が刈り取る事で、けじめをつける」
こいつも敵か!
彼は、そう思った。
「馬鹿め!
自ら罠に飛び込んだとも知らずに……やれる物なら、やってみろ!
その力、我が糧としてくれる!」
彼に呪詛魔法の知識は無い。
更なる力を得る、良い機会だと思った。
すべての魔法陣を発動させ、時間を掛けずに仕留める。
恐らく、魔導師会の連中に、気づかれるだろう。
それは仕方が無い。
能力を奪った後で、速やかに逃げる。
逃げ切ってみせる。
「宜しい」
しかし、予想に反して、呪詛魔法使いは抵抗しなかった。
呪詛魔法使いは、ぼろぼろと足から崩れ落ち、黒い霧となって消えて行く。
楽勝だと思った瞬間、彼は悪寒に震えた。
「こ、これは何だ!?
やめろ……俺の中に入って来るな!!」
皮膚の下に、綿の様に柔らかい「何か」を詰め込まれる感覚。
全身が膨れ、痺れる。
息を吸う度、空気と共に、「何か」異質な気体が入り込む。
吐き出せない。
「よく味わえ……お前が棄てた選り屑だ。
痛み、苦しみ、恨み、憎しみ……慈しみ、安らぎまでも……すべての情念、そのままに……」
指の先から、足の先から、脳髄に向かって這い上がって来る「何か」。
「何か」自分でない物が、自分の体を動かしている。
頭の中で、何人もの声がする。
誰かが脳を掻き回す。
「心霊受け継ぎ、彼我の境界失して、傀儡と化せ。
これが真の吸収魔法」
言葉の意味が、体に染み入る、よく解る。
とても苦しい。
のた打ち回る事しかできない。
「遺恨討果せり。
呪詛魔法は完成した」
吸収が終わった時、彼は消えていた。
代わりに、新たな呪詛魔法使いが誕生した。
日付は変わり、新年を迎えていた。
魔法暦484年、狂気の大虐殺未遂事件。
解放者6人の内、4人は死亡、2人は行方不明。
その後、類似の事件は発生していない。
拝啓 プラネッタ・フィーア様
夏の暑さが厳しさを増す今日この頃、如何お過ごしでしょうか?
私は現在、第二魔法都市ブリンガーのブロード地区にいます。
ブリンガー地方は、この季節になると、ソーダ山脈から吹き下ろされる爽やかな風が、
暑さを和らげてくれます。
日差しも強過ぎず、古文書の解読も捗っています。
今月分のノルマは達成したので、解読し終えた分を、同封しておきます。
他に解読の必要な項があれば、この使い魔に持たせて、ご返信下さい。
敬具
6月28日 サティ・クゥワーヴァ
第二魔法都市ブリンガー ブロード地区にて
ブロード地区の通りを散歩中、サティ・クゥワーヴァはラビゾーを見かけた。
彼は酒場に入って行く所だった。
監視役のジラ・アルベラ・レバルトとは、別行動をとっている。
これ幸いと、サティは興味本位で、ラビゾーの後を追った。
人が屯する夏の酒場は、蒸す様な暑さだった……と言っても、サティにとっては苦にならない。
高い魔法資質を持つ彼女は、共通魔法を自由に扱える。
短い呪文を唱えて、体の周囲に冷気を纏うと、臆さず熱気の中に踏み込み、客席を見渡す。
ラビゾーの気配を探り当てると、彼の目に付かない席に移った。
酒場の女給が寄って来たので、熱い山羊乳を1杯頼んだ。
女給は不思議そうな顔をしていたが、サティは気に留めなかった。
ラビゾーは、1人の老人と同じ卓についていた。
老人は、よれよれにくたびれたウィザードハットを被り、それと同じくらいくたびれたローブを着て、
顔の半分は隠れる真っ白な大髭を蓄えていた。
位置的にサティからは、老人の表情は窺えない。
「師匠、お久し振りです」
「おー、君かー」
ラビゾーは畏まって挨拶したが、老人は酒を呷ってばかりいた。
2人の様子からサティは、老人とラビゾーは師弟の関係にあると推測した。
ラビゾーは老人に、奇妙な事を尋ねる。
「前に言いそびれましたけど、名前返してくれませんか?」
「何を言っとる。
まだ自分の魔法を見つけとらんだろう」
「魔法を見つけたら、名前を返してくれるんですか?」
「……返す必要なんぞありゃせんよ」
「ど、どういう事ですか?」
「その時が来たら、自然と思い出すわい。
その意味と共にな……」
サティは、ラビゾーと老人の会話を、これは何なんだろうと思いながら聞いていた。
ラビゾーとは彼の名前ではないのか?
名前を奪う魔法とは一体?
そして、ラビゾーの師である老人は、何者なのか?
そちらにばかり気を取られていたので、サティは熱い山羊乳に、砂糖を2口分も落としていた。
しまったと思いながらも、砂糖を戻す訳にも行かず、仕方無しに匙でぐるぐる掻き回していると、
その間に老人は女給を呼びつけ、酒を追加で注文していた。
一方、ラビゾーは金が無いのか、ロックに水を注いでいた。
女給が老人の卓に酒瓶を運んで来た時、サティは老人の行動に驚いて、手を止めた。
「アラマッ」
老人が声を発し、両手を合わせると、空の酒瓶に一輪の赤い花が咲いたのだ。
老人は、それを気取った所作で、女給に渡す。
女給は笑いながら、花が挿された酒瓶を受け取り、新しい酒瓶を置いて厨房に戻った。
ラビゾーも、さして驚いた様子は無い。
サティは、老人が外道魔法使いであると直感した。
少なくとも、あの様式は共通魔法ではない。
外道魔法に嫌悪感を持つサティは、この場から立ち去るべく、席を立った。
すると先程の女給が駆け寄り、代金を求めたので、支払いのついでに尋ねた。
「あの御老人の魔法を見て、何か気づきませんでしたか?」
「この御時世、あんな風に魔法が使えるんですから、結構な魔導師さんですよね。
2月に1度くらい、ここにいらっしゃるんですよ」
この女給は何も知らない様であった。
サティは事を荒立てたくなかったが、どうしても一言告げずにはいられなかった。
「……あれは、魔導師ではありませんよ」
「そうなんですか?
でも、それなりに腕が立つ御仁なんでしょう。
魔法学校に通っていたとか――」
「……そうかも知れませんね。
はい、お代です」
女給は相変わらず気づく様子を見せなかったので、サティは適当に話を合わせて、酒場を後にした。
通りに出ると、家畜臭さが鼻につく。
彼女は、ラビゾーと老人の関係について、思い返した。
外道魔法使いの師を持つ、共通魔法使い……。
最近は、共通魔法の成績が良ろしくない者が、外道魔法に走る傾向があると聞く。
外道魔法使いに騙され、何かを奪われたのなら、それは詐欺ではないのか?
ラビゾーは一応、サティの恩人である。
外道魔法使いと関わっているとなれば、忠告しなくてはならないと思った。
サティが去ってから、しばらくして、ラビゾーと老人は、連れ立って酒場を出た。
「また会おう、ラヴィゾール!」
「ラビゾー、また会いましょう」
奇妙な別れの挨拶。
笑顔で去り行く老人を、ラビゾーは酒場の前で立ち尽くしたまま、見送る。
ラビゾーが一人になる時を見計らっていたサティは、偶然を装って彼に声をかけた。
「今日は、ラビゾーさん」
ラビゾーは驚いて身を竦め、振り返った。
彼は声をかけて来た女が、サティと気づいていない様だった。
……反応からして、彼女の事を、憶えていなかったのかも知れない。
「……サティ・クゥワーヴァです。
禁断の地では、ありがとうございました」
サティが名乗って、ようやく思い出したのか、ラビゾーは、こんな所で会うとは奇遇だと驚いた。
普通なら、これから世間話の一つでもするのが礼儀だが、サティは回りくどい真似が嫌いなので、
単刀直入に、先の老人の事を尋ねた。
「先程、御一緒でした方は、どなたですか?」
「あー、あの人は……何と言うか……その……」
ラビゾーは言葉を濁すばかりで、はっきりとは答えなかった。
禁断の地で会った時から、ラビゾーという男は、何かと隠し事をしたがる性質だった。
しかも誤魔化し方が下手なので、本人に気は無いのだろうが、怪しんで下さいと言っている様な物。
彼の真意は不明だが、苛立ったサティは、思っている事を包み隠さず口に出した。
「外道魔法使いですね?
外道魔法使いの中には、詐欺紛いの手口で人を騙す連中もいます。
あまり関わり合いにならない方が良いですよ」
「詐欺か……。
そうだね……そうかも知れない……」
ラビゾーは自嘲気味につぶやいた。
やはり、あの外道に騙され、弱味でも握られているのだろうか?
邪推に過ぎるが、これは外道魔法使いと関係を持っている彼に対して、サティが考え得る限り、
好意的な解釈であった。
「何か、お困り事でしたら私に――」
サティは善意でラビゾーの力になろうと思い、協力を申し出ようとした。
いや、或いは……サティはラビゾーを助ける事で、彼に助けられたという、負い目の様な物を、
払拭したかったのかも知れない。
「いいんだ。
僕は、僕の生き方を見つけなくちゃいけない」
しかし、ラビゾーはサティの言葉を遮った。
そこには強い決意と、一抹の寂しさが感じられた。
恐らく、彼は独力で事態を解決したいのだろう。
そう理解したサティは、深い追及を避け、その場でラビゾーと別れた。
……もう、会う事は無いだろうと思っていた。
その予想は、これから遠くない日に裏切られる事になる。
この後サティは、ジラにラビゾーとの関係を問い詰められたりしたが、その話は置いておこう。
サティ・クゥワーヴァが失踪するのは、これから2年と6月後の事である。
魔法暦484年10月 第一魔法都市グラマー ランダーラ地区にて
1日
男は、悩んでいた。
男は、白い建物の中の、白い部屋にいた。
男は、ここから出られなかった。
男は、罪を犯した訳では無い。
男には、正常な判断力もある。
それでも、外には出られなかった。
すべては、あの日……コルディア村で……。
思い出してはいけない!
男は、気を失った。
4日
男は、悩んでいた。
記憶が、曖昧だ。
日付が、飛んでいる。
家族に、会いたい。
男の体には、刺青で呪文が刻まれている。
魔力の流れを遮る物と、他にも……いくつか……?
その理由は……。
思い出してはいけない!
男は、気を失った。
8日
男は、悩んでいた。
記憶が、消えかけている。
ここから、出たい。
家族に会わなくては、いけない。
今は、顔も思い出せないのだが……。
会えば、思い出す。
早く、いつもの生活に、戻りたい。
妻と息子が、いたはずだ。
そして自分は、魔導師会の捜査官で……。
思い出してはいけない!
男は、気を失った。
15日
男は、悩んでいた。
右手が、無い。
いつから、こうなのだろうか?
思い出せない。
ここから、出たかったような気がする……。
出たくなかったような気もする……。
開かない窓から見える、太陽がまぶしい。
確か、あの時も、こんな日で……。
風が囁いていた。
「我が音を聴け。
万物に終焉あり」
男は、記憶を取り戻した。
そうだ、死の魔法だ。
コルディア村で、心測法を使った時に……。
「永遠無窮ならざるは、弱者の定め。
此、淘汰なり」
思い出してはいけない!
「我、弱者必亡の理に於いて、非力なる物共に命ず」
早く気絶しなくては!
「自壊せよ!
其は無価値なり!」
意味を理解してはいけない!
「容失い灰燼に帰せ!」
男の体は、軽くなった。
「懼れる勿れ。
其の骸は地に還り、其の霊は星と成り、其の精は予が能を益す……」
もう、手遅れだった。
「平伏せし物共は、畏敬せよ。
予は神鬼。
器捨て去り、精神の悉てを奉げ……!」
体が、心が、崩れる。
「大畏なる予に還れ!」
男は、気を失った。
17日
医師は、男の妻に言った。
「手は尽くしましたが、どうにもなりませんでした」
男の妻は、灰壷を抱え、泣き崩れた。
捜査官という職業は、危険と隣り合わせである。
心測法は、その場で起こった事を、場の体験を通して読み取る物。
過去に、その場で魔法が使用されていた場合、心測法を行った者は間接的に、それを受ける事になる。
実際に、捜査官が火災の焼け跡で心測法を行っている最中に、人体発火が起こった例がある。
殊、精神に係わる魔法では、魔法資質が高い者ほど、影響を受け易い。
通常は、事前に魔法に対する防御を固め、自身に累が及ぶ事を防ぐのだが、捜査官の職務上、
防ぎ様の無い未知の魔法に、遭遇する可能性は常にある。
それが強力な物であった場合、何の抵抗もできずに命を落としてしまう事も、珍しくは無い。
一命を取り留めても、精神が弱ければ、深層意識に呪文を刷り込まれ、トラウマから魔法恐怖症に罹り、
日常生活が困難になる。
最悪、魔力制御不能になり、永続的に魔法効果が解けなくなって、遠からず死に至る。
これを避ける為、捜査官になる魔導師には、心測法を十分に行える魔法資質と同時に、
いかなる魔法にも対応できる知識が必要とされている。
それはエリートの証。
魔法暦480年10月 ブリンガー地方サブレ村
ブリンガー地方サブレ村は、ブリンガーとティナーの境にある、外縁小村の1つ。
夏の暑さが過ぎ去り、肌寒さを覚え始める頃、この村の森に3人が踏み入った。
男女の執行者と、1人の男――ルヴァート・ジューク・ハーフィード。
3人は、ここに住む外道魔法使いを訪ねに来ていた。
森の奥に続く細い小道を、ルヴァートの案内で、男女の執行者が行く。
道の果てには、今にも崩れそうな、ぼろ小屋が建っていた。
男の執行者が、ルヴァートに尋ねる。
「ここなのか?」
ルヴァートは静かに頷いて、小屋の戸を叩き、中へと入った。
小屋の中は薄暗く、黴臭い。
入り口から直ぐの広い居間には、誰もいなかった。
窓から差し込む光が、宙に漂う埃を浮かび上がらせている。
書物や小物の類は、綺麗に整頓されており、それが静寂を際立たせていた。
ルヴァートに続いて、男の執行者が居間に踏み込んだ。
本当に人がいるのか疑わしくなる程、そこには人の気配が無かった。
ルヴァートは居間の奥、寝室へのドアに手をかけた。
寝室のベッドには、1人の老人が死んだ様に眠っていた。
ルヴァートは、老人に声をかけた。
「師匠」
老人は目を開け、首を横に転がしてルヴァートを見た。
老人は寝たきりで起きられない程、衰弱していた。
ルヴァートは老人の傍らに移動し、片膝をついて、彼の手を取った。
後から寝室に入った男の執行者は、その様子を静かに見守った。
2年前に破壊活動を行った罪で、ルヴァート・ジューク・ハーフィードは服役中だった。
それが執行者の監視付きで外出を許されたのは、老いで余命僅かな師の臨終に立ち会う為だった。
ルヴァートは、誰も望まない復讐に走った事を、後悔していた。
自らの行いが、師に要らぬ心労をかけ、その命を削ったのだと思うと、彼は心苦しかった。
ルヴァートと老人は、これが事件後、初めての対面である。
互いに事情は知っている。
何を言えば良いのか、ルヴァートが迷っていると、老人が先に問いかけた。
「なぜ……私が教えた魔法を使わなかった?
私を哀れみ、憎き共通魔法使いを倒すつもりだったのだろう?
なぜ、私の魔法を使わなかった?」
「し、師匠?」
その厳しい眼差しと口調に、ルヴァートは驚いた。
2年前、ルヴァートが共通魔法使いを攻撃したのは、思い込みの果ての暴走だったが、
無関係な外道魔法使いにまで累が及ばぬ様、破壊活動には、敢えて共通魔法を使った。
過去の悲劇――外道魔法使い狩りを繰り返させない為の、彼なりの配慮だった。
師は何か、それに不満があるのか……ルヴァートには解らなかった。
彼が知る限り、師は共通魔法使いを憎んでいない筈だった。
聖人の様に無色だった師にも、心内密かに思う所があったのだろうか……。
しかし、傍に執行者がいる所で、そんな事を言い出す訳が知れなかった。
老人は尚もルヴァートに答えを迫る。
「答えよ、ルヴァート!
お前は私の弟子ではなかったのか?」
「師匠は仰ったではありませんか……!
魔法は、人を傷付ける物ではないと……。
師匠の魔法は、汚せませんから……」
それはルヴァートの本心からの言葉だった。
「お前は、どこまでも共通魔法使いなのだな……」
老人は興奮を鎮め、深い溜め息をついた。
頭を殴られた様な衝撃を受け、ルヴァートは狼狽した。
師に見限られたのだと思った。
復讐は彼の暴走だったが、それには過去の共通魔法使いの行いに対する義憤が根底にあり、
正当性が全く主張できない訳ではなかった。
しかし、それは確かに、消え行く定めの魔法に対する、共通魔法使いの傲慢な同情だった。
彼は復讐の正当性を、自ら否定していたのだ。
ルヴァートは面を伏せ、泣いた。
「ルヴァートよ、何を泣く?
共通魔法使いの弟子を持ち、私は嬉しい」
師の意外な言葉に、ルヴァートは顔を上げた。
老人の眼差しは、先程とは違い、優しさを湛えていた。
「ルヴァート、我が弟子、我が魔法を継ぎし者……。
共通魔法使いの我が弟子よ。
お前は希望を見せてくれた。
魔法は理解……どの魔法も、共に在る事ができるのだ。
いつの日か……皆が、お前の様に、なれると……良いな……」
老人は、満足気な笑みを浮かべ、息を引き取った。
ルヴァートは、師の手を強く握り締め、また泣いた。
男の執行者は、ただ静かに見守っていた。
それから3年後、ルヴァートは犯行を反省していた事から、仮出所が認められた。
彼は師の若き日々の足跡を辿った後、師の跡を継ぎ、師と同じ場所に居を構えた。
今、彼には2人の共通魔法使いの弟子がいる。
ブリンガー地方西部カーウェン村にて
この村の民宿で、サティ・クゥワーヴァとラビゾーは、再び出会った。
サティが「もう二度と会わないだろう」と思っていた、ブロード地区での別れから、半月と経っていない。
両者共に、ここまでは偶然で片付けていたが、サティとラビゾーは、この先も出会う事になる。
それは後の話として……。
サティとジラが女2人旅と知ったラビゾーは、怪訝な顔をした。
言に表すなら、「女2人とは感心しない」、「よくやる物だ」といった風な……。
田舎育ちで価値観の古いラビゾーには、今時の女子像は受け入れ難い物だったのだろう。
それだけで、彼女等のラビゾーに対する好感度は、だだ下がった。
実際、サティとジラは年若く、女子の2人旅は何かと危険である。
しかし、彼女等は魔導師。
それも片や十年に一度の才子、片や執行者となれば、そこらの賊では相手にならない。
道中の安全を言うなら、ラビゾー1人の方が、何倍も危うい。
サティは元から、ラビゾーに対抗意識の様な物を抱いていたが、この件からジラも、彼に対して、
やや反発的な意識を持つ様になる。
2人が彼に対する評価を改めるのも、また後の話である。
さて、今回はサティの監視役の執行者ジラ・アルベラ・レバルトに焦点を当てよう。
彼女は執行者の中では、中程度の実力の持ち主で、これと言って際立った能力は無いが、
何でも無難にこなせるタイプの人間である。
それ故に、組織の都合に合わせて、所属を転々としていたが、現在は警備課に落ち着いている。
若いとは言え、サティよりは年長者で、慎重な性格。
当初は、民俗考古学調査に赴く、若い魔導師の監視と護衛を、楽な任務であると考えていた。
御し易い若い魔導師を適当に躾けて、ついでに大陸旅行を満喫しようと、呑気に構えていた。
その計画は見事に崩される。
先ず、サティ・クゥワーヴァが十年に一度の才子と聞いて、所謂「秀才型」を連想したのが間違いだった。
あまり年が離れていない事もあり、弟妹のいないジラは、サティを妹分の様に扱えると思っていたが、
実際は言う事を聞く所か、彼女は明らかに、自身とジラとの実力差を意識して、強気に出た。
その最たる例が、強行日程である。
サティは空を飛べるので、長距離移動を苦にしない。
そのまま行かれては、ジラはサティの足に追い着けないので、飛ぶなと命令するのだが、その時点で、
足元を見られる。
勿論、ジラも魔導師会の名を出して、勝手な行動を取れば、執行者に追われる事になると脅す。
するとサティは、「では、飛びません」と素直に従う振りをして、当て付けの様に、水渡り、山登りを繰り返す。
その所為で、旅路は何時もサティが先行し、ジラが後を追う形になるのだ。
目的地で待ち構えられて、遅いと言われると、屈辱である。
ジラが活躍できる場面は、行く先の街で買い物をしたり、宿の予約を取ったりする時くらいで、
サティにとって彼女は、観光ガイドの様な物だった。
それも重要な役割と言えば、そうなのだが……ジラにとっては、コレジャナイ感が強かった。
カーウェン村の宿で、サティとジラが、そろそろブリンガーに戻ろうと話していると、ラビゾーから彼女等に、
同じ道を通って帰るのだから、同行させて欲しいと申し出があった。
2人が一体どういう風の吹き回しなのか尋ねると、ラビゾーは自分の借りた騾馬が、
ジラの馬と一緒に行きたがっていると説明した。
どうにも腑に落ちない言い分ではあったが、旅は道連れ、断る理由も無く、2人は了承した。
そして迎えた出立の朝。
馬に乗る者と、騾馬に乗る者、空を飛ぶ者の組み合わせは、傍目には何とも奇妙な物であった。
通常、空を飛ぶ場合は、高速で移動した方が、魔力効率が良い。
それを馬の歩く速度に合わせ、まだ魔力の扱いに余裕を持っているサティは、当に天才だった。
ふわふわ浮いて移動するサティは、ジラと他愛も無い会話をしながら、時々横目で、
ラビゾーと騾馬の様子を窺った。
魔法使いが馬を借りる場合、大抵の者は霊獣の馬を選ぶ。
普通の馬とは違い、霊獣の馬は知能が高く、人語も解するので、御し易い。
魔法の効きも良いので、レンタル料が高い事に目を瞑れば、ただの馬よりは断然良い。
ジラが乗っている馬も、霊獣の馬である。
一方、ラビゾーが乗っているのは、普通の騾馬。
「君も大変なんだな……」
共通魔法が得意でない彼にとっては、霊獣も何も関係無いのだろう。
「……そうなのかい?」
ラビゾーの騾馬は、ジラの馬の斜め後ろに、ぴったり従っている。
「いや、そう言ってもらえると、こっちとしても嬉しいね」
ジラの馬は、拒むでも無く、受け入れるでも無く、ただ歩いている。
「あのさ、余計な世話かも知れないけど……それで良いのかい?」
ラビゾーの話は、全くの嘘という訳では無い様だった。
「純情だね……」
サティの視線の先に気づいたジラは、ラビゾーに言った。
「ラビゾーさん、気持ち悪いので独り言は止めて下さいますか?」
「独り言じゃないよ……。
僕は、こいつと話してるんだ」
ラビゾーは騾馬を撫でる。
サティとジラは、哀れむ様な目で、ラビゾーを見た。
「あの……知らない?
動物と話す魔法……」
サティとジラは2人共、そんな物は知らないといった顔をした。
ラビゾーは途端に得意になって、嫌らしく笑う。
「あー、知らないかー。
近頃の子は知らなくて当然かな?
昔は、そういう魔法があったんだよ。
ははは、今では教わらないのかー」
他人が知らない事を知っている事は優越である。
彼は典型的な懐古主義者だった。
サティとジラは、ラビゾーを本気で鬱陶しいと思ったが、所詮は負け犬の戯言と聞き流した。
しばらく道を行くと、ベル川があった。
川幅は1巨2身程度。
川を横切れば直ぐにブリンガーなのだが、陸を行く場合は、近くの橋を渡って、回り込まなくてはならない。
サティとジラは、ここでラビゾーと別れる事に決めた。
「ラビゾーさん、お先に失礼します」
ラビゾーは頷き、サティとジラを見送る。
サティは宙に浮いたまま、軽々と川を越えて見せた。
ジラは水渡りの魔法を唱えると、乗馬に川の流れの上を歩かせた。
後には、ろくに魔法を使えないラビゾーと、彼の騾馬が残された。
とぼとぼと遠回りしに行くラビゾーと騾馬は、魔法社会の格差の象徴だった。
その様を見て、ジラは何とも言えない気分になった。
いつもサティに置いて行かれる自分は、あんな風に見えていたのだろうか……。
物思いながら、じっと見ていると、乗馬もラビゾーの方を見ている事に気づいた。
「お前も気になるのかい?」
ジラは乗馬の鬣を撫でると、溜め息を一つ吐いた。
先を急かすサティに、少し待つ様に言って、反対側の岸に戻った。
そしてラビゾーの騾馬の後を追う。
「あら……何で戻って来たんですか?」
不思議そうに尋ねて来たラビゾーに、ジラは優しく言った。
「この子も、あなたの騾馬が気になる様です」
ジラの馬は、ラビゾーの騾馬と並んで歩いた。
「良かったな、お前」
ラビゾーは騾馬の背を軽く叩いた。
サティは「仕方無いな」と溜め息を吐き、2人が回り道して来るのを待った。
「待ってくれたんだ」
「魔導師会を敵に回したくはありませんから」
「先に街に入ったくらいで、そんな報告はしないって」
「……私には姉妹がいます」
「何? 何の話?」
「待つのには慣れていますから」
「そう?」
思い出したのは、幼少の頃。
魔導師会非公式組織「僕の会」は、全国約2000万人の魔導師の内、1500万人超が加入している、
最大の非公式組織である。
……やっている事は、ただの使い魔自慢だが……。
毎年10月30日は、全国使い魔コンテストの日。
コンテスト参加は僕の会の魔導師と、その使い魔に限られるが、ただ見るだけなら一般人でも可能。
第一魔法都市グラマーの魔導師会本部で、各地方の予選を勝ち抜いた使い魔が一芸を披露する。
このコンテスト、使い魔の優秀さは関係無い。
一発芸で、観衆と審査員の心を掴めば、それで良いのだ。
バ飼い主の使い魔自慢、最高の晴れ舞台。
使い魔の珍芸・名芸だけでなく、珍飼い主・迷飼い主も見所の一つである。
今年も、この季節がやって参りました。
第475回僕の会全国使い魔コンテスト決勝。
僕の会使い魔コンテストは、復興期から続く、由緒ある大会です。
今年の顔触れは、御覧の方々。
グラマー予選勝者 ドグ・ジッシュ(45)/使い魔 ダッシル(二色鳥)/演題 歌謡十八番
ブリンガー予選勝者 トゥウィルズ・エティン(57)/使い魔 サナ(木偶ノ木)/演題 太陽の踊り
エグゼラ予選勝者 オーダス・バジ(53)/使い魔 デビ(古代亜熊)/演題 ポージング
ティナー予選勝者 ゼッタ・ジェクス・シャイダフ(39)/使い魔 カイゼス(植林リス)/演題 生け花
ボルガ予選勝者 グーシー・トグヘ(44)/使い魔 タロ(魔犬)/演題 三回まわってワン
カターナ予選勝者 ハス・ルフト・コミセ(35)/使い魔 コラル(大海鼬)/演題 水鉄砲
栄冠を手にするのは、誰か?
結果はダイジェストで、お送りいたします。
地方予選を突破して来た実力は、確かな物です。
今年もハイレベルな争いになりました。
一番手、ドグさんのダシル君は、バックコーラスを従えて流行歌を歌ってくれました。
まさかのロングバージョンで、歌詞間違い無し、音程も外さない完璧振り。
トゥウィルズさんのサナちゃん(?)は、照明を浴びて踊りました。
御存じ無い方は、それだけかと思われるかも知れませんが、実は何と、植物の使い魔が、
まともな芸を披露するのは初めての事なのです!
会場は大いに盛り上がりました。
オーダスさんのデビちゃんは、セクシーマッスルをアピール。
迫力の巨体と、鍛え上げられた肉体美に、会場のあちこちから感嘆の声が聞かれました。
ゼタさんのカイゼス君は、本格的な生け花を実演。
毎回ですが、ティナーは手を変え品を変え、憎い方向で攻めて来ます。
トグヘさんのタロ君は、空中3回転ムーンサルトで身体能力の高さを見せつけてくれました。
これも毎回ですが、ボルガは高度な技術を追求し、突き詰めます。
トリのハスさんのコラルちゃんは、口から噴き出す水鉄砲で、木板を割りました。
大海獣の登場に、会場は一時騒然。
ハスさんによると、本気を出せば、鉄板を抜けるとか……恐ろしいです。
さて、今年の優勝者は……。
ブリンガー地方のトゥウィルズさん、使い魔のサナちゃん(?)に決定しました!
植物の使い魔が決勝の舞台に初登場という事で、インパクトが強かった様です。
これまで植物の使い魔を持つ魔導師は、少数派故の苦労があったとか無かったとか……。
これを切っ掛けに、偏見が無くなると良いですね!
後は、虫と魚の使い魔を飼っていらっしゃる方の優勝が望まれます。
次点は、大海獣コラルちゃんと、ハスさん。
あっ……御免なさい、ハスさんとコラルちゃんですね。
大海獣の登場も決勝では初という事で、審査員の間では、サナちゃん(?)と激戦だったとの話。
惜しかったですね!
審査員特別賞は、風流な芸で挑んでくれた、ゼタさんと、使い魔のカイゼス君です。
では皆さん、次は来年の第476回コンテストで、お会いしましょう。
御機嫌よう!
使い魔の大会なのに、魔法と全く無縁な芸ばかりなのは、毎回の事なので御愛嬌。
しかし、参加者が多い地方予選には、決して評価されない、凄腕の持ち主もいるのだ……。
コアな大会のファンは、地方予選こそ見るべきだと言う。
全国使い魔コンテストの優勝賞金は100万MG。賞金が手渡される瞬間を見ながら、
若者は友人に愚痴を零した。
「馬鹿みたいだな。俺の給料半年分の額だ。ろくに魔法も使えない人間は、使い魔以下かよ」
「どうした? 楽しみに来といて、気分悪くするなよ」
「魔導師に非ずんば人に非ずってか? 畜生が……」
「おいおい、何かあったのか? 物騒な事考えてんじゃないだろうな……」
「……何でもねーよ。今日は気が腐ってる」
「お前も魔導師のペットになるか? へへへ、御主人様に尻尾振ってよ!」
「切ろうとしてんだから蒸し返すな」
「はいはい」
世の格差は正し難し。
悪習絶つべし
これは俺が体験した話。
やたら長いが最後まで聞いて欲しい。
同じような地域は、他にもあると思うんだ。
俺が住んでる村はボルガ地方のド田舎で、ついこの間まで古い信仰が残っていた。
それがナンダカ様だ。
信じられないような話だけど、村の人間は俺も含めてナンダカ様を信じていて、毎年捧げ物をしていた。
ナンダカ様は村の守り神で、山の中に住んでいて、捧げ物をすることで、村を災厄から守ってくれる。
魔法暦500年を過ぎても、そんな馬鹿げたことを本気で信じていたんだ。
その捧げ物っていうのが……人間なんだよ。
それも生きたままの、子供か若い女。
捧げ物は、逃げ出さないように山の祠に閉じ込めておくんだ。
すると翌朝には臓物をくり抜かれて死んでいる……らしい。
わざわざ見に行ったことは無かったから、詳しくは知らなかったんだけど。
捧げ物は1年に1人って決まってるわけじゃなくて、最低1人で、何か大きな災害がある年には、
何回にもわたって何人も捧げた。
昔は多目に子供を生んで、どんどん捧げ物にしたって話だから、とんでもない村だよ。
ナンダカ様に依存するあまり、いらない子供を進んで捧げたこともあったらしい。
昔の話だから本当かは知らんけど、たぶん嘘じゃないと思う。
何ていうか、田舎の村ってのは閉鎖的な空間で、不思議な雰囲気を持ってるんだ。
そういう常識をマヒさせてしまうような、暗黙の了解みたいなのが自然とでき上がるような……。
だって、公学校を卒業したはずの大人まで、捧げ物の風習に従ってたんだからさ……。
そんな村なんて誰も嫌だろ?
だから若い人は出て行くし、外から来る人もいない、捧げ物で人口は減る一方と、三重苦だ。
そのうち、じわじわ過疎化が進んで、昔のように捧げ物ができなくなった。
それでどうしたかって言うと、村の話し合いで捧げ物をする家が決まるようになった。
村で生まれた若い女を2人か3人くらい、そういう役の家に嫁がせる。
毎年毎年子供を生ませて、その子が10歳くらいになると、ナンダカ様に捧げる。
元から捧げる予定の子供だから、学校には行かせないで、奴隷みたいな扱い。
もう子供を産めなくなった親は、用済みだからナンダカ様の捧げ物になる。
役の家に女の子が生まれたら、何人かは残して、それを役の女にして、次の役の家に嫁がせて……って、
それを繰り返してきた。
役の家の子には関わらないように、俺たちも教えられて育ってきた。
恥ずかしい話だけど、俺は公学校を卒業するような歳になって、初めて村の風習に疑問を持ったんだ。
ナンダカ様ってのは本当はいないんじゃないか?
いるかも知れないけど、本当は神様みたいな物じゃなくて、もっと違う……はっきり言ってしまうと、
悪い物じゃないかと思いはじめた。
それを親に話したら、「そんなに信じられないなら、お前が捧げ物になってみるか?」って言われた。
冗談だったんだろうけど、寒気がした。
普通自分の子供にそんなこと言うか?
俺に度胸があったら、なってやるって言ったんだけど、山の祠に置き去りにされるのは嫌だったし、
本当にいたらどうしようって気持ちもあって、しばらくはその話題には触れないようにしていた。
役の家があるから、直接の被害は無いわけだし。
この時の俺は、まだ知らなかったんだ。
この村にいる限りは、否応無しに役に関わってしまうということを……。
俺が15歳になった日のことだった。
親父が俺に言ったんだ。
「お前、結婚する気無いか?」って、突然そんなこと言われても、「は?」としか答えられないわけで……。
どういうことか聞いたら、どうやら村の話し合いで、今度はウチが役の家になると決まったらしい。
役の家ってのは、どこかの家じゃなくて、役の女を娶る家だと知ったのは、この時だった。
この村に俺と同い年の男子は他にいなかったから、自然に決まったのかな?
そこら辺の話は知らん。
当然嫌だったよ。
だって俺まだ15歳だし、「来年から子作りに励めよ」なんて……言われたわけじゃないけど、同義だろ?
それも育てる子供じゃなくて、捧げ物にする子供を作るんだ。
「わかりました」って答えられるか?
しかも先10年か20年かは、役の家には関わるなって言われ続けるわけだし。
拒否したら村八分にされるから、結局は同じことなんだけどな。
親父は答えられない俺に「よく考えてくれ」と言ったが、俺にはどうしても受け入れられなかった。
村の風習も、この女の子も……。
それから1月後に母さんが女の子を2人、ウチに連れてきた。
俺は2人が役の女だと一発で分かってしまった。
2人とも何ていうか、美人というか、可愛いというか、その時の俺は「捧げ物だから綺麗なのかな」と、
不謹慎なことを考えていたわけだが、それは置いといて、その2人は明らかに俺より年下なんだよ。
10〜12、多く見積もっても13歳くらいにしか見えないし。
俺は親父も母さんも頭おかしくなったのかと思った。
これが役の女なのかって、話には聞いていたけど、実際に見せられると気が変になりそうだった。
「これから毎晩お楽しみなのか?」とか、そんなこと思わなかったわけでもないけど、
やっぱり嫌な物は嫌なわけで。
生理的嫌悪感っていうのか?
人として間違っているって思ったのは、俺がナンダカ様の存在を疑ってたからだろうな。
でも、村が決めたことだから、誰に相談しても意味が無い……ってか、俺の気のせいかも知れないけど、
15歳になってから俺は村中から避けられていたような気がする。
「役の家の者に決まったんだから関わるな」ってことだったのかな?
わからん。
気のせいだったかも知れん。
当時の俺は神経質になってたし。
……で、どうしたかって言うと、俺はナンダカ様がいないことを証明しようと思ったんだ。
捧げ物をする日に、山の祠で何が起こるのかを確かめる。
それで何も起こらなかったら、ナンダカ様なんていないってことで、こんな下らない風習は、
今年で終わりにしようと言いたかった。
何か起こったら――?
たとえ何か起こったとしても、人の手で解決できない物じゃないはずだ。
とにかく、こんな馬鹿げたことは止めさせたかったんだ。
でも当たり前だけど、村の人間は協力なんかしてくれない。
ナンダカ様のいる山に人間が勝手に入ると、ナンダカ様の怒りを買って、村に災いが起こる。
そう信じられていたし、ナンダカ様を疑うことは不敬だということで、正体を探ることも許されなかった。
そこで俺は魔法道具店の兄ちゃんを頼った。
俺は人生で初めて、魔法道具店の存在をありがたいと思ったよ。
魔法道具店の兄ちゃんは外の人だから、ナンダカ様の話なんて信じていない。
ただ変な風習のある村だとしか思ってないはず。
村の連中も魔導師会は敵に回せないだろうって考えもあった。
俺は密かに魔法道具店に通って、兄ちゃんに事情を説明した。
魔法道具店の兄ちゃんは、捧げ物のことを知らなかった。
俺の言うことは簡単には信じてもらえなかったし、村の中の厄介ごとに関わるのも避けたいようだった。
今思えば、確証も無いのに魔導師会が動くわけないし、兄ちゃんは執行者でも何でもない、
魔法道具店の店長なんだから、何をする権限も無いのにな。
でも、俺の必死の訴えが通じたようで、最後には折れて、魔導兵器を使っても良いって言ってくれたんだ。
高価な魔導兵器をただで未成年に貸してくれたのは、兄ちゃんなりの最大限の協力だったんだと思う。
借りたのは、腕に装着する型の電撃を飛ばす奴。
あと護身用に火が出るナイフも貸してくれた。
それと魔導機用の予備の魔力石を5個。
魔法道具店の兄ちゃんは、俺に言った。
妖獣くらいなら簡単に退治できる。
でも、身の危険を感じたら逃げるように。
目的はナンダカ様の正体を探ること。
絶対に変な欲をかいたり、無理したりしない。
それだけ約束すると、兄ちゃんは魔導兵器を渡してくれた。
この時の兄ちゃんは、両親よりも頼りになった。
魔導兵器を借りた俺は、無敵になった気分だった。
1回試し撃ちしたけど、電撃は俺の胴体ぐらいの太さの木を一発で吹っ飛ばした。
これならどんな化け物が相手でも負けないと思ったね。
あとは両親の言うことに従う振りして、村の連中がナンダカ様に捧げ物をする日を待った。
そして、ついにその日が来た……。
9月の20日、昼と夜の長さが逆転する日と憶えていた。
日暮れ前で、空が赤くなりはじめていたから、西の時くらいだと思う。
村長と大人の男衆が、10歳くらいの子供(男の子?)を囲んで、ナンダカ様の山に入って行った。
俺は村で生まれて15年間、この光景を初めて見た。
……たぶん村の大人が子供には見せないようにしていたんだと思う。
連中は子供を山奥の祠の中に入れると、閂をして閉じ込め、何やら祈るような動作を繰り返して帰った。
本当にやるんだと思った。
もう連中は人間じゃないと思った。
子供はそういう風に躾けられているのか、泣いたり叫んだりせず、大人しく祠に閉じ込められていた。
その日は風が生ぬるくて、いかにも何か起こりそうな感じだった。
子供を助けるべきか迷ったけど、ここで飛び出して誰かに見つかったらいけないと思って、
じっと藪の中に身を潜めていた。
日が暮れて辺りが真っ暗になると、俺は不安になってきた。
夜目が利かない山の中で何か起こっても、対応できないんじゃないかと今さら思った。
……俺は不安を抑えて祠を凝視した。
魔法道具店の兄ちゃんと約束したことを思い出したんだ。
目的はナンダカ様の正体を探ること。
まずはそれだけを考える。
何かと戦ったりする必要は無いんだ。
そう自分に言い聞かせた。
それからしばらくすると、夜の闇の中に、いくつもの小さな光が浮かんだ。
ぎょっとしたが、冷静に様子を見ているうちに、それが魔犬の目だと分かって、俺は安心した。
とても安心した。
ナンダカ様なんていないんだ。
村の連中は魔犬の群れに子供を捧げていた。
もう馬鹿な風習は終わりだと思って、俺は藪から飛び出した。
炎が出るナイフをかざして、魔導兵器から電撃を走らせると、魔犬は恐れをなして逃げ惑った。
でも、本当の恐怖はここからだった。
俺を取り囲むようにして、魔犬が一斉に遠吠えをはじめたんだ。
俺は何ごとかと思って、辺りを見回した。
そしたら山の上の方から何か大きい物が、がさがさ木を揺らしながら降りて来るんだ。
しかも凄いスピードで。
姿は見えないけど、音で判る。
そして――――俺は見てしまったんだ。
ナンダカ様は実在した。
俺の何倍もある巨体で、完全に怯えていた俺は、魔導兵器を使うことも忘れていた。
どんな姿かは、よく見えなかった。
ただ巨大だったことしか記憶に無い。
俺は体当たり……だったか何かで吹っ飛ばされて、気を失った。
痛みで気絶したのか、恐怖で気絶したのか、どっちだったんだろう?
やってはいけないことをやってしまったんだと思った。
あれは触れてはいけない物だと直感的に理解した。
あの時は、もう死んだと思った。
気がついたら朝だった。
俺は祠から2大くらい離れたところで倒れていた。
魔犬に襲われていなかったのが不思議だった。
ひどく痛む体を無理やり起こして泥を払うと、俺は祠を確かめに歩いた。
祠の閂は外されていた。
中には、たぶん捧げ物の子供の物と思われる髪が、皮膚の一部と一緒に散らばっていて、
床にはべっとりした血溜まりがいくつも残っていた。
何故か俺は怖いとは思わなくて、自分の運命を悟った気分になっていた。
自分でも意外なほどに落ち着いて、これからは役を果たそうと思っていた。
ナンダカ様に見逃してもらえたのは、俺が役の者だからと理解した。
俺はそれからウチに戻って静かに過ごした。
回りのことは両親や村の人たちが勝手に決めてくれた。
でも、その次の年……俺は再びナンダカ様に挑む機会を得たんだ。
ボルガ地方東部の小村ハクキにて
「……嫌な空気です。この感覚は、禁断の地と同じ――」
「同じ?」
「良からぬ『何か』がいるようです」
「そうなんだ?」
「えっ?」
「確かに、そんな感じだよね」
「あ、あの? 感じませんか?」
「ん?」
「えっ」
「えっ?」
あれ?
……あの日から、俺はナンダカ様に従うと決めていた。
街の公学校を卒業した俺は、進学も就職もせずに、村で役を果たすことだけを考えていた。
ウチは既に4人も、どこの誰だか知れない女の子を受け入れ、一緒に暮らしていた。
来年中に種を仕込み、再来年には子供を生ませなければならなかった。
それを当然のように受け入れていたんだ……。
だが、この村に2人の魔導師の女と、1人の旅商のおっさんが訪れたことで、すべてが変わった。
魔導師の1人は執行者で、もう1人は民俗考古学者だった。
民俗考古学者の魔導師はグラマー人で、ベールで顔を隠した怪しい奴だったけど、
そいつがナンダカ様の話に興味を持ったのが、切っかけだった。
学者さんは、執行者の姉さんと旅商のおっさんを連れて、直接俺を訪ねてきた。
その人たちは魔法道具店の兄ちゃんに、俺の話を聞いたと言っていた。
村の連中は、よそ者の扱いに困っているようだった。
これが魔導師会の人間じゃなかったら、俺を隠して追い返したに違いない。
卑屈な村の連中は、ナンダカ様も怖かったが、魔導師会も怖かったんだ。
でも、俺も最初は村の連中と同じで、「魔導師が何しに来た?」と思ってた。
俺が運命を受け入れたのに、何も知らないよそ者が村のことを引っかき回すなって……。
俺はナンダカ様の恐怖に呑まれて、すっかり洗脳されていたんだ。
この学者さんと執行者の姉さんを巻き込んで、魔導師会に協力してもらい、ナンダカ様を倒す。
そんな考えは、これっぽっちも無かった。
本当のことは言わずに、適当にあしらって帰ってもらうつもりだった。
学者さん等がウチに来た時には、村の連中が何人も監視についてきて、下手なこと言ったら、
ウチ(というか俺)がどうなるか分からない空気だったし。
ところが、いざ対面すると俺は学者さんの質問に嘘の答えが言えなかった。
適当にぼかしたり、はぐらかしたりすることもできなかった。
こう聞かれたら、こう答えようと思っていたことが、全然言えなかったんだ。
情けない話だけど、俺は見知らぬ人の前で泣いていた。
本心では今の生活から抜け出したいと思っていることに気づかされた。
……そういうことにしといてくれ。
俺は村の連中が盗み聞きしていることを承知の上で、この村の歪んだすべてを話した。
それで言ったんだ。
「助けて下さい」って。
学者さんは「はい」とは答えなかったが、ナンダカ様のことを詳しく聞いてきた。
ただの情報収集なのか、それともナンダカ様の正体を探ろうとしているのか、俺にはわからなかった。
一通りナンダカ様について尋ね終えた学者さんは、最後に俺に村の案内をして欲しいと頼んできた。
俺は二つ返事で答えた。
俺に案内を頼んだのは学者さんだったはずだが、執行者の姉さんはともかく、何故か旅商のおっさんも、
俺たちに同行した。
村のナンダカ様に係わりそうな場所は全部回ったんだが、その度に学者さんと旅商のおっさんは、
魔法が何とか、獣が何とか、2人で訳のわからない話をしていた。
執行者の姉さんも話に加わってたけど、よくわかってないようだった。
俺は旅商のおっさんに、「あんたは何者なんだ」と尋ねたが、旅商のおっさんははっきりとは答えなかった。
あれは絶対に隠しごとをしている態度だった。
学者さんと旅商のおっさんは、俺の説明と案内でナンダカ様の正体について何か分かったようで、
それが何とは教えてくれなかったけど、どうにもならないようなことじゃないと言ってくれた。
旅商のおっさんは、事態の解決には村人の説得が必要だと言った。
そこで俺と執行者の姉さんで、村の連中にナンダカ様を倒す協力を得にいくことになった。
やっぱりと言うか何と言うか……やっぱり説得は失敗した。
村の連中は口を揃えて、ナンダカ様に逆らうなというばかり。
ナンダカ様は絶対に倒せないとか、村に災いが降りかかるとか、好き勝手な想像でわめく村の連中に、
堪忍袋の緒が切れたのか執行者の姉さんは、人に害をなす邪教は魔導師会の名において断罪すると、
はっきり言った。
村の連中はナンダカ様を倒せるものなら倒してみろと言い放って、話は物別れに終わった。
全然ダメじゃないかと思ったが、ここまでは旅商のおっさんの計画通りとのことだった。
村の人間に、ナンダカ様を討伐する者の存在を認識させる。
それだけで良かったらしい。
善は急げということで、ナンダカ様の討伐は明日に決まった。
俺は何をしたらいいかと旅商のおっさんに尋ねたら、証人として一緒に討伐に来いと言われた。
それと家には戻らないようにと。
当たり前だが村の家にも泊まれないので、俺たちは村の魔法道具店で夜を越すことになった。
夜中に寝付けなかった俺は、旅商のおっさんと学者さんの話を聞いてしまった。
旅商のおっさんは言っていた。
ナンダカ様は確かに実在すると。
でも村の連中の話を聞く限り、ナンダカ様は夜の闇でしか存在できない物で、
人の心の隙をついて生き延びているに過ぎないと。
村の連中は、自分たちで恐ろしい物を作り出し、ありもしない幻影に縛られていると。
魔法使いか、狂人か、それとも妖獣か何かなのか、とにかく人の手でどうにかできない物じゃない。
夜の闇に潜む恐怖の正体を白日の下に晒して、皆の目を覚ますんだと。
学者さんは旅商のおっさんに尋ねた。
それで本当に村の連中は悪しき風習を止められるのかと。
また同じような物が現れて、ナンダカ様に成り代わるんじゃないかと。
村に災厄が降りかかるたびに、村の連中はナンダカ様を復活させるのではないかと。
旅商のおっさんは答えた。
古い信仰に代わる、新たな信仰があればいいと。
魔導師会と共通魔法が人の支えになればいいと。
理不尽を疑問に思う俺みたいな人間が出てきたこと、それ自体が変革の時の証なのだと……。
ナンダカ様の信仰が復活しても、人を捧げることがなくなれば、それで良いと。
俺は旅商のおっさんの話を聞いて、使命を感じていた。
俺は村を変えるために生まれたんじゃないかと、そんな大げさなことを思っていた。
旅商のおっさんが言ったことは、今でも記憶に残っている。
ナンダカ様を倒せば、村の悪い風習を止められるんだろうか?
わからなかったけど、やるしかなかった。
根拠は無かったけど、何とかなるって希望があった。
そう思い込みたかったのかな……。
またナンダカ様の恐怖に呑みこまれないように。
だが朝を待たずに異変は起こった。
村の連中は魔法道具店に火をつけやがったんだ。
俺たちと魔法道具店の兄ちゃんが、夜の闇の中に飛び出すと、魔犬の群れが「待ってました」って感じで、
俺たちの周りに集まってきて、逃げられないように取り囲んだ。
……でも俺は怖くなかった。
それより怒りが勝っていたんだ。
俺は旅商のおっさんが言ってたことの意味を理解した。
村の連中は自分たちの中で勝手に怖い物を作り出して、自分たちで逆らえないようにしていたんだ。
人が作ったナンダカ様。
怒りに震える俺を、恐怖で震えていると勘違いしたのか、旅商のおっさんが言った。
「この程度、どうってことはないさ」
頼もしい台詞だったけど、実際に戦ったのは、学者さんと執行者の姉さんだった。
共通魔法って凄い。
いや、魔導師が凄いのか?
魔導機も魔力石も無しで、魔導兵器以上の魔法を使える。
何か人間の舌では発音できないような言葉を喋ったら、あちこちから火柱が上がって、魔犬を追いかけた。
後で知ったけど、あれが精霊言語らしい。
でも俺は逃げ惑う魔犬を見て、やばいと思ったんだ。
これってあの時と同じなんじゃないかって……。
俺の予感は当たってしまった。
村中から魔犬の遠吠えが聞こえはじめたんだ。
そしたら生温い風が強く吹きはじめて、魔法道具店の火を消した。
自然に消えたんじゃなくて、急に火の勢いが弱まって、ふっと消えたんだ。
俺たちは完全に真っ暗な中に置かれてしまった。
ナンダカ様が現れる――!!
俺は今度は本当に恐怖で震えたけど、それでも必死でナンダカ様の正体を見極めようと、目を凝らした。
村の連中と同じになりたくなかったんだ。
ナンダカわからない物を怖がるんじゃなくて、正体を知った上で判断したかった。
辺りを警戒する俺たちの前に、ナンダカ様は現れた。
山の木が折れる音、地面を揺らしながら、ナンダカ様は山から降りてきた。
巨大な岩が高速で転がり落ちるみたいに、駆け下りてきたんだ。
去年俺が見たとおりの巨体だった。
前より大きくなっていたような気さえした。
俺の何倍もあって……1大くらいかな?
相変わらず姿はよく見えなくて、ただ巨大で凶暴そうだってことしか分からない。
こんなのに襲われたら死ぬっていうか、もう気絶したい気持ちだった。
あまりに巨大な敵の出現に、皆たじろいでた。
学者さんも、執行者の姉さんも、魔法道具店の兄ちゃんも……。
一歩でも動いたら食われる。
そんな雰囲気だった。
それを打ち破ったのが――商人のおっさんだ。
俺たちが金縛りにあったみたいに動けなかったのに、おっさんは魔導兵器を振り上げて叫んだんだ。
たぶんあの魔導兵器は店にあった奴を持ち出したんだと思うけど、それはどうでもいいや。
おっさんは遠くまで響く低い良い声で、音楽の授業で歌うみたいに「ラーーーーーー!」って。
全員びっくりしたんだけど、ナンダカ様もびっくりしたのか一瞬動きを止めて、その隙に学者さんが、
何か凄く早い動作で魔法を使って。
ナンダカ様は不意をつかれたのか、魔法の矢を食らって怯んだ。
その時、俺は見たんだ。
俺だけじゃなくて、皆見たと思う。
全身黒っぽい長い毛に覆われていて、手足が4本、角みたいな物が頭に2本生えているのも見えた。
攻撃されたナンダカ様は、山に逃げ帰った。
その逃げ方が、こっちを睨みながら後ろに飛び退る感じで、ナンダカ様が跳ねる度に、
凄い地響きが起こるんだよ。
ナンダカ様が逃げると、魔犬の群れもナンダカ様を追って、山に帰っていった。
地響きが遠ざかっていくのを感じて気を抜いたら、もう空が白みはじめていて、朝が近かった。
ナンダカ様は俺たちが追い払ったんだろうか?
それとも朝が近づいたから逃げたんだろうか?
どっちかわからなかったけど、明るくなるにつれて俺は体中の力が抜けて、倒れこんでしまった。
相当疲れていたんだろうな。
助かったと思って、安心して気絶した。
まだ何も終わってなんかいなかったんだけど……。
俺が目覚めたのは、南東の時が近くなってからだった。
ぼろぼろになった魔法道具店の焼け跡で、俺は寝かされていた。
起きたら旅商のおっさんが、「腹ごしらえをしたら出かけるぞ」って言って、缶詰を置いた。
今度はナンダカ様を倒しに行くんだ。
それを思い出した俺は、気が滅入った。
もうナンダカ様には会いたくなかったけど、俺は村の為にも行かなきゃいけない。
心に迷いがあると、またナンダカ様に洗脳されてしまう。
そうなったら今度こそ本当に殺されると思って、俺は気合を入れ直した。
旅商のおっさんは、店の物と思われる魔導兵器を俺に手渡した。
これが通用するのか疑問だったが、何も無いよりはマシだった。
出かける前になって俺は、火を放った村の連中には何か言っとかないのかって聞いたけど、
旅商のおっさんは「どうせしらばっくれるだろうし、時間のムダ」と言って切り捨てた。
その時は俺かなり頭に来てたんだけど、ナンダカ様を倒すのが先なんだと気持ちを切り替えた。
俺は旅商のおっさんと2人きりで、ナンダカ様の山に向かった。
魔導師の2人と、魔法道具店の兄ちゃんは、後で合流するって話だった。
旅商のおっさんは山に入る前に、山を封じている石碑を壊して回った。
山の封印はナンダカ様が暴走しないように村を守っている物だって、村では言い伝えられていたから、
俺は「何てことするんだ」と思ったけど、旅商のおっさんが言うには、これでいいらしい。
おっさんは石碑を全部壊して、山道に入った。
そんで捧げ物の祠を見つけると、これも壊そうって言い出した。
俺は怖かったけど、「これからナンダカ様を倒しに行くのに、こんな物も壊せないのか?」って、
旅商のおっさんに言われて、もうどうにでもなれって思って、魔導兵器を何発も撃ち込んだ。
ばらばらになった捧げ物の祠を見て、俺はすかっとした気分になった。
今日で終わらせるんだって決める儀式みたいな。
ハイになってたのかな……。
それから俺と旅商のおっさんは、山の上を目指して進んだ。
山の中は昼間でも薄暗くて、とても不気味だった。
旅商のおっさんは、時々手を叩いたり、「わっ!」と大きな声を出したりして、それが余計に怖かった。
でも俺は旅商のおっさんの奇行の理由に気づいてしまった。
俺たちは数匹の魔犬に監視されていた。
遠くから見ているだけなんだが、これが怖いの何の。
魔犬は俺たちと一緒に移動して、途中で別の奴と入れ替わったりしていた。
おっさんが音を立てるたびに、魔犬は辺りを警戒していた。
俺は旅商のおっさんから離れないように、必死で付いていった。
旅商のおっさんは、山のそんなに深くないところで、中途半端に立ち止まった。
ここで他の皆と合流する話になっているらしかった。
魔犬は相変わらず俺たちを監視していた。
俺は沈黙に耐えかねて、おっさんに話しかけた。
「ナンダカ様って何なんだ?」
俺の質問に、おっさんは「たぶん妖獣」と答えた。
一番可能性の高い物は、古代亜熊の特殊な個体らしい。
独特の獣魔法を使う、知能の高い古代亜熊。
旅商のおっさんは、ナンダカ様の正体は予想外の物だったと言った。
ナンダカ様が巨大な妖獣とは推測していたけれど、魔法を使いこなす知能があるとまでは、
思っていなかったらしい。
ナンダカ様が何か魔法を使ったのか、俺には全然わからなかったけど。
村の連中が恐れるのも仕方ない、ナンダカ様は突然変異か何かで生まれたんだろうと。
俺たちを監視している魔犬も、村の連中と同じだと、旅商のおっさんは言ってた。
魔法に詳しくない俺は、旅商のおっさんの話が、よくわからなかった。
それで結局ナンダカ様は倒せるのか倒せないのか聞いたら、おっさんは倒せると断言した。
その直後だった。
山の上の方から、爆発音が聞こえてきたのは……。
鼓膜が破れるかと思うくらいの大きな音に、俺たちは耳を塞いだ。
それに続いて遠くで地響きがして、ナンダカ様が移動していると思った。
もう戦いが始まっているんじゃないかって、俺たちは音のした方へと走った。
魔犬は俺たちを追って来なかった。
しばらく走ると、山の斜面に沿って大きく地面がえぐれている場所があった。
ナンダカ様が滑り落ちた?
そうとは信じられなかったけど、旅商のおっさんが下りたから、俺も後に続いた。
すると捧げ物の祠があった場所に出て、そこで俺は信じられない物を見た。
焦げ茶色の大きな塊が、土埃を上げながら、転げるように山を下りていったんだ。
その後を魔導師の2人と、魔法道具店の兄ちゃんが追いかけていた。
俺は「あれがナンダカ様?」と思った。
何ていうか、怖いことは怖くて、大きいことは大きかったんだけど、夜見た時とは全然違って、
迫力みたいな物を感じなかった。
俺と旅商のおっさんは急いで山を下りた。
山道の入り口では、学者さんと執行者の姉さんが、毛むくじゃらの巨大な獣を甚振ってた。
本当に「甚振ってた」って表現が正しいと思う。
巨大な獣は、ガンガン魔法を打ち込まれて反撃もできないで、丸くなってるだけだったし……。
あまりにも哀れすぎて、こいつはナンダカ様じゃなくて、ただの獣じゃないかと思った。
だって夜に見たナンダカ様は、もっと強大で恐ろしい存在で……。
でも、そいつは確かにナンダカ様だった。
喋ったんだ。
焦げ茶色の毛に覆われた塊が、人の言葉を。
あんまり憶えてないけど、「こんなことをしてどうなるか、わかってるのか?」とか「呪い殺してやる」とか、
あと「人間風情が」とも言ってたかな……。
どう聞いても三下の台詞だった。
俺は悲しくなった。
今まで村の皆も俺も、こんなのを恐れていたんだ。
おぞましい風習まで作って、毎年毎年捧げ物をして、守って下さいって頭を下げてたんだ。
馬鹿みたいじゃないか?
俺は泣いた。
ナンダカ様は死んだ。
それから執行者の姉さんと、魔法道具店の兄ちゃんが、村の皆を呼んで、ナンダカ様の死体を見せた。
村の皆は見たことも無い生き物の姿に驚いていた。
執行者の姉さんが、これは妖獣の一種だと説明して……。
ナンダカ様の死体は、学者さんの魔法で骨も残さず焼かれた。
山の頂上にはナンダカ様の巣があって、そこには人骨がたくさん埋められていた。
その日、村は騒然となった。
それまで信じられていた物が、ただの妖獣だと判ったんだ。
夜が来て魔犬が吠えると、ナンダカ様が復活するんじゃないかって騒ぎになって怖かったけど、
結局何も起こらなかった。
それで村の人の大半は、ナンダカ様は幻だったと納得したみたいだった。
魔導師の2人と、旅商のおっさんは、黙って村を出て行った。
焼けた魔法道具店は建て替えられた。
兄ちゃんは転勤になって、もっと厳しそうな人が代わりに来た。
捧げ物になる予定だった役の子供が10人くらい残ってたけど、その子供は街の施設に引き取られた。
ウチにいた4人の女の子も、1人を残して全員街の施設に行った。
役の家はウチが最後で終わった。
今でもナンダカ様が妖獣だったって信じられない人がいて、まだナンダカ様ナンダカ様って言ってるけど、
もう捧げ物はしなくなった。
元から村の皆は、役の家とか、人間を捧げ物にするとか、そういうのに後ろめたさを感じていたんだろうな。
何もかも悪いのは妖獣だってことにして、あれだけ続けてた風習もぱったり止めて、それで丸く収めた。
当時の俺としては、言ってやりたいこと山ほどあったけど、悪い風習は無くなったから、もうそれでいいや。
その後も、街から記者とか来たりして、俺の村は「奇怪な習俗の村」として悪い方向で有名になったけど、
もう済んだことだ。
こんな馬鹿なことが繰り返されなけりゃ、それでいい。
俺の話は、これで終わり。
……思い返せば、俺は本当に何もしてなかったな。
何かある度に右往左往して、情けなさすぎる……。
俺は魔法学校に行って、立派な魔導師になるよ。
たとえ魔導師になれなくても、共通魔法の勉強はしっかりして、こんな悪習に惑わされないようにするよ。
この山村には、ナンダカ様と云う山ノ神を信仰する風習があり、年に数度、『捧げ物』と称して、
女子供を妖獣の餌にしていた。
村民は、天災・人災に拘らず、災厄が起こる度に人を捧げ、心の静穏を保っていた。
街から離れた村は、閉鎖的な空間であり、外部施設は魔法道具店のみで、公的施設等は、
全て村民によって管理されていた。
悪しき風習の発覚が遅れた理由は、ここにある。
人の命を犠牲にする習俗を、村民は意識的に隠蔽していた。
これは村民が『捧げ物』を犯罪であると認識していた何よりの証拠で、その罪は重い。
本来ならば、村長以下、村の習俗に係わっていた全員を、殺人その他の罪に問うべきだが、
この習俗の根源であるナンダカ様の正体が、非常に高い知能を持った妖獣と云う、特殊な状況を踏まえて、
悪質な習俗を再開しようとしない限りは、不問にするとして、その旨を関係者に伝える。
最大の疑問は、妖獣が何時からナンダカ様として君臨していたかである。
斯様な原始的宗教が、現代まで続いた理由は、偏にナンダカ様が実在していた故である。
人語を喋る妖獣ナンダカ様は、巨体と腕力、未知の魔法で、村民の畏怖を集め、自ら要求を出していた。
それは具体的な物ではなく、大半は村民の意に任せる物であったが、逆らう者には誅罰を与え、
村民が自発的に動く様に誘導していた。
しかし、ナンダカ様の信仰が初めにあり、後から妖獣が居座って、ナンダカ様となったのか、
それとも初めからナンダカ様として、村を支配していたのか、何方が先かは判然としない。
村の伝承を素直に信じるならば、妖獣ナンダカ様は、旧暦から存在していた事になる。
開花期後半から平穏期の始まり頃に、村の過疎化が進んだ際、『捧げ物』を作る『役』の家を、
村の話し合いで決める様にしていたが、これはナンダカ様への『捧げ物』を確保する以外に、
村の人口減少を食い止める目的も、少なからずあった様に見受けられる。
『役』を引き受けた家の主ないし男子は、『役』の子を数人寵い、ナンダカ様への『捧げ物』を作る名目で、
多くの子を産ませた。
『役』の子を一定年齢まで養育するのは、代々村長の『役』で、『役』の子は人権を与えられず、
女子の見目美しい物を残して、他を『捧げ物』とし、村の存続に都合の良い傀儡として、
教育していたのである。
本来忌むべき『役』の子を、嫁養子として迎え入れる事には、抵抗の無かった様からして、
これは真実でなくとも、それに近い推測と確信する。
他には、村の意に沿わない者が出現した時、ナンダカ様の名を借りて脅迫したり、場合によっては、
ナンダカ様に直接排除を依頼する事もあった様だ。
妖獣ナンダカ様と村民は、ある意味では、互いに利用し合っていたのである。
しかし、その強圧的な方策は、一部の者の反発心を生み、ナンダカ様への信仰・崇拝を弱めた。
今回の件が無くとも、ナンダカ様の正体は遠からず、暴かれる運命にあっただろう。
最後に……絶滅の危機に瀕していた、古代亜熊科の妖獣を駆除しなければならなかった事と、
旧暦の手掛かりを掴み損ねた事は、遺憾の極みであった。
死骸を灰にして投棄したのは、村民の信仰が宿る対象を滅する為であり、他意は無かったと断言する。
らびぞう
サティ・クゥワーヴァは、ラビゾーに一度だけ尋ねた事がある。
「ラビゾーって何ですか?」
その時の彼女は、要領を得ない質問をした事を恥じたが、ラビゾーは迷い無く答えた。
「ラビゾー、ラビゾー、ラヴィゾール……。ラビゾーは……ぼくのこと、きみのこと、みんなのこと……」
サティには何の事だか、さっぱり解らなかった。
ラビゾーは寂し気に続ける。
「それは分かっているんだけどね。自分で言うのは、何だか恥ずかしい。師匠は何を思ったんだか……」
サティは再び尋ねた。
「ラヴィゾール?」
「ラビゾー」
ラビゾーは、ラビゾーと答えた。
ブリンガー地方サブレ村 緑の魔法使いの家にて
ルヴァート・ジューク・ハーフィードの2人の弟子は、客間にいる師と客人の話を、
戸を挟んで立ち聞きしていた。
「……君の魔法は見つかったのかい?」
「何となく、解ってきた感はあります。
でも、それは最初から解っていた事なのかも……」
客人は師に、何事か相談しているようだった。
「結局、僕は何も変わっていないのかも知れない……」
「アラ・マハラータは、君に何を教えようとしているんだろう?
私は師の魔法を受け継いだが、アラ・マハラータには、その気が無いようだ」
「それも何となく解っていました。
自分は師匠の魔法を受け継げない……。
魔法に対する思想が違うんです。
それに、師匠みたいには、なれそうにもありませんし……」
「だからこそ、君だけの魔法を探せと言ったんじゃないのかな?」
「解っています……解っていますよ。
ただ――どんな魔法が良いのか、自分でも解りません。
これって言う、確固たる物を描けないでいるんです」
師と客人の会話内容は、2人には理解不能だったが、客人の苦悩は伝わってきた。
彼は、彼の師に大きな試練を課されているのだ。
いつかは自分たちも、師に同じような試練を課されるのだろうか?
そう思った2人は、一層耳を欹てた。
「……アラ・マハラータが君に与えた名前に、何か――」
「僕の名前、言わないんですね」
「その意味が解っていたら、軽々しく口には出せないよ。
第一、小っ恥ずかしいじゃないか」
「……ですよね。
それが僕の魔法のあるべき形なんでしょうか……?」
「その質問には答えられない」
「解っています……解っていますよ。
答えは自分で見つけないと」
師と客人は、それから世間話を始めた。
時が過ぎて、話の種が尽きると、客人は席を立った。
「長居してしまいました。
つまらない愚痴を聞かせてしまって、すみません」
「気にする事は無い。
君の話を聞いていると、私も師弟のあり方を考えさせられるよ。
私の弟子も、君くらい真面目に物事を考えてくれると良いんだがな……」
「そんな事は無いですよ……」
「また会おう、アラ・マハラータ・マハマハリトの弟子よ」
「はい」
2人の弟子は、慌てて戸から離れた。
ルヴァートと2人の弟子は、客人を見送った。
2人の弟子は、師と客人の会話を思い出し、客人の名を呼んでみた。
「らーびぞー?」
「ラビゾー」
客人は、ラビゾーと答えた。
しかし、2人の弟子には、それが持つ意味は解らなかった。
酒場にて
「師匠、僕は魔法使いになりました。僕の魔法を見て下さい」
「ようやくか……」
「はい! これから、手を使わずに、この杯に、酒を入れて、見せましょう」
「ほー」
「僕は、何にも、触れません」
「やってみせよ」
「はい!」
僕は近くにいた女給さんに声をかけた。
「すみません、お酒注いでくれませんか?」
「はーい」
「あ、これにお願いします」
女給さんは杯に酒を注いだ。
「ありがとうございました」
「いいえ」
師匠は笑っていた。
「魔法使いが使う物は――」
僕は得意になって、師匠の後に続けて言った。
「魔法使いが使う物は、魔法である。その一挙手一投足が魔法と知れ」
「うむ」
師匠は頷いてくれた。
「……これから、どうする?」
「旅を続けます……。僕は、僕の魔法を見つけました」
「我が弟子よ」
「はい」
「君は、魔法使いになった」
「はい」
「もう、私の弟子ではない」
「はい?」
「ありがとう」
「え?」
「さらば、ラヴィゾールの魔法使いワーロック」
師匠は酒場を出た。これが最後の別れだった。
――これは今少し先の話。
ラヴィゾール、リーバイスターレス、アステラルト、ヤガピノーラ……どれも意味は変わらない。
好きな様に呼べば良い。
それは僕の事、君の事、皆の事。
マナの魔法を使う人よ。
想うは心。
失くせば空(うつ)く。
魔法、何する。
咲(ひら)くは夢。
醒めれば萎むぞ。
魔法、何ぞや。
答えは偽り。
暴けば崩れる。
迫れば霞む、真とは何ぞや。
雲、泡沫。
すべては幻。
手にすれば死す。
8月14日 第一魔法都市グラマー 古代魔法研究所にて
毎週5の倍数の日は、休日である。
その前日、4と9の付く日は、半日で仕事を終える所が多い。
しかし、私の様な研究職の者には、平日も休日も関係無い。
……ところが、この日は師の客人が来るという事で、私は研究室を追い出されてしまった。
来訪者の名は、ワーロック・アイスロン。
名前からして、ブリンガーかティナーの人間だろう。
私は師に、師と彼との関係を尋ねたが、明確に答えてもらえなかった。
隠し事が下手な様を見ていると、どこかの誰かを思い出す。
そう言えば、師は結構な年になるが、浮ついた話を聞かない。
好奇心旺盛な私は、ワーロック・アイスロンなる人物を一目見ようと、隣の資料室で待機していた。
古代魔法研究所には、5つの研究室があり、その1つが私の所属するプラネッタ研究室である。
我が師プラネッタ・フィーアは、第四魔法都市ティナーの出身だが、研究所から離れる事が極端に少ない。
暇さえあれば、休日も研究所で過ごすくらいである。
交友関係が狭いかと言えば、そうでもない様で、公私両面から誘いは多い。
恐らく彼女は古代魔法の研究を生きがいにしているのだろう。
その直向きな姿は、私が師と仰ぐに足る物だった。
だからこそ私は、師を訪ねて来る者が気になったのだ。
事前に私を研究室から追い出すなど、これまでに無かった事で、他にも、仕事中に気を取られるなど、
師の様々な不審な態度から、ワーロック・アイスロンが師にとって特別な存在である事は明白だった。
そして、彼は現れた。
どこぞの店で買ったのか、旅行客用のローブを纏っていたので、顔は見えなかった。
その男が師の研究室に入った後、研究室の鍵が掛かる音がした。
それから暫く、私は聞き耳を立てたが、研究室からは物音一つ聞こえなかった。
さすがに私は自分の行いが恥ずかしくなり、その場から立ち去った。
「……」
「……」
「……」
「あの……えっ……何て言ったらいいかな……」
「……」
「いろいろ事情があって、ここには来れなかったんだけど……」
「……生きて、いたんだ?」
「普通に生きていました。申し訳ない」
「……ごめんなさい」
「謝らないでくれ……」
時は、魔法暦495年に遡る。
当時、ワーロック・アイスロンとプラネッタ・フィーアは、共に20歳。
プラネッタ・フィーアは、既に魔法学校を卒業し、魔導師となる事が決まっていた。
20歳で魔導師になれる者は、そうそういない。
ワーロックも焦る様な年齢では無いのだが、プラネッタの存在が彼を苦しめていた。
それでもワーロックはプラネッタを恨まず、プラネッタはワーロックを侮らず、2人は良き友人であった。
劣等感に打ちひしがていれたワーロックを慰めに、プラネッタは1つの提案をする。
――禁断の地に行こう。
――禁断の地に行こう。
どうして、そんな事を言ったのか、今でも分からない。
悔やんでも悔やみ切れない。
ただ彼の助けになればと思っていた。
それは……無償の愛なんかじゃなくって……きっと、恨まないで欲しいなんて、我が儘な気持ちだった。
私には才があった。
彼には……魔法の才は無かった。
それだけの事が、とても苦しかった。
私は友人に、恨み妬まれる事が怖かった。
彼は日に日に私から離れて行った。
それとも……離れて行ったのは、私の方だったのか……?
そうなのかも知れない。
禁断の地に入って直ぐ、私は気分が悪くなった。
魔力の乱れ……歪み……。
この世ならざる物の気配……。
ところが、魔法資質の無い彼は、何とも無い様だった。
どう見ても、私は足手纏いだった。
それでも私は彼の力になろうとした……。
いいえ、本当は自分が足手纏いだと認めたくなくて、意地になっていたのかも知れない。
禁断の地で、私達は禁忌に触れてしまった。
私達は逃げ出したが、途中で私だけ動けなくなってしまった。
最悪のタイミングで、無理をしていた事が、彼に知られてしまった。
それから私は気を失ったので、記憶が曖昧になっている。
ただ彼だけでも逃げて欲しいと強く思っていた。
……それが、どうして……。
結局、私は私が可愛かっただけなのかも知れない。
気がついたら、私だけ禁断の地の外に倒れていた。
彼の姿は無かった。
私は禁断の地を恐れた。
本来なら、彼を探して、再び禁断の地に入るべき……。
しかし、私には、それが出来なかった。
私達が禁断の地に向かった事を知る者は、1人もいない……。
私は人生で最も恥ずべき選択をした。
街に戻り、魔導師となった私は、贖罪の為に、呪われた一生を送る事を誓った。
それで許されると思っていたのかも知れない。
友人から彼に会ったと聞いた時、私は驚いたが、内心では人違いと片付けていた。
楽しそうに話す友人は、何も知らない……。
言い様の無い悲しさが込み上げ、私は友人の話を遮った。
事実なら、喜ぶべき事なのに……私は、彼が生きているとは思いもしなかった。
……そう思い込みたかった……?
私は彼を恐れていたのかも知れない。
――禁断の地に行こう。
……それを先に言い出したのは、僕の方だ。
僕は功を焦るあまり、半ば自棄になっていた。
魔法資質が無い、魔導師にもなれないなら、何か大きな事を成そう。
それで思い浮かんだのが、禁断の地だった。
僕は彼女を巻き込んでしまったんだ。
禁断の地に立ち入った時、僕は不気味な所だと思ったけれど、彼女の手前、格好つけてしまった。
そして彼女も……僕の手前、無理をしていたんだ。
禁断の地は、魔法資質が高い人間にとっては、居辛い所らしい。
彼女が具合悪そうにしていたのに、僕は気づかなかった……。
いや、本当は気づいていたのに、引き返そうとしなかったんだ。
僕は……自分は強い人間なんだと示したかった。
彼女は……落ちぶれて行く僕を見ていられなかったんだろう。
彼女は僕に、罪悪感の様な物を抱いていたんだと思う。
僕が魔導師になる事を諦めたのは、彼女の所為じゃないのに……。
彼女は優し過ぎたんだ。
僕等は互いに互いを庇い合って、未踏破領域へ……。
そこで、禁忌に触れてしまったんだ。
禁忌を前に、僕等は逃げ出した。
でも……途中で、彼女は禁忌の瘴気に中てられて、動けなくなった。
彼女は僕だけでも逃がそうとしてくれたけれど、僕だけが生き延びてしまったら、
僕は本当に何の価値も無い人間になってしまうから……。
僕は禁忌と対峙した。
禁忌は僕等を見逃す代わりに、取り引きを持ちかけた。
禁忌に触れた代償として、1つ失う、取り引き。
彼女は僕を失う。
僕は名前を失う。
そして、僕は彼女と別れたんだ。
未来ある彼女は魔導師になった。
僕は……禁断の地に留まった。
戻る事は出来なかった。
名前を失った僕は、皆に会わせる顔が無かった。
ただ……彼女に罪を負わせてしまった事が、心苦しかった。
だから、名前を取り戻して、最初に会いに行ったんだ。
名前を取り戻すまでは、本当に色々な事があったけど、それは彼女には言えない。
僕は生きていながら、自分の都合で、彼女に会わなかった。
何と言い訳しても、それが事実だ。
……僕は大丈夫だから、彼女には彼女の幸せを追求して欲しい。
そんな勝手な事を言って、また彼女に心配をかけるといけないから、僕は無責任な人間という事にして、
呆れさせようと思う。
よし、笑おう。
出来る限り、軽く明るく振る舞おう。
こんな奴の為に、悔よ悔よしていた時間は、全くの無駄だったと、そう思ってもらおう。
僕は貴女の事を、何とも思っていませんよ。
謝罪は口だけで、感謝なんかしていないし、恨んでなんかもいませんよ。
そういう事にしておきたいんだ。
「……」
何か、言わないと。
「いやー、本当は早く来たかったんだけどね、色々あったんだよ。あっちこっち旅してさー」
「ワークン……老けたね」
本当に色々あったんだ。
「そうかい? はっはっ、十年以上経てば、老けもするさ。君は……大人っぽくなった……かな?」
「ふふっ、物は言い様だね……」
優れた魔法資質を持つ人は、老化が遅れるんだってさ……。
「でへへ」
「……どうして?」
「はい?」
「どうして、そんな風に笑うの?」
「どういう意味……? いやいや、心配かけたのは謝るよ。長い事、連絡もしないで……」
「そうじゃなくて……」
「何なのさー? はっきり言わないと……あ、いや、やっぱり言わなくて良いよ」
「……」
そんな顔をしないでよ……。
「本っっ当に、ごめんなさい!! 許して下さいっ!!!」
「許さない。ワークンのせいで、こんな年齢まで独身よ? 一生かけて責任とって」
「えっ!?」
「――って言ったら、どうしてくれるの?」
「僕より年収の多い人は、ちょっと……」
「馬鹿じゃないの? こっちから願い下げだよ!」
「はい。ごめんなさい」
「もういいよ……。ありがとう」
「……ありがとう」
どうして、こんなに隠し事が下手なんだろう……。
ラビゾーとは、彼の名前ではないらしい。
職業か、称号か、とにかく名前ではない様だ。
私達の行く先々に現れる彼を、私は不審に思い始めていた。
彼も魔導師会の関係者で、私達を監視しているのか?
あるいは外道魔法使いとして、何らかの目的を持って、私達に接近しているのか?
……冷静に考えれば、それは何て事の無い理由だったのだが、疑心暗鬼とは恐ろしい物である。
ブリンガー地方キーン半島の小村ルインにて
キーン半島は、第二魔法都市ブリンガーから、ソーダ山脈を越えた先にある。
他のブリンガー地方と同じく、穏やかで温暖な気候の土地であり、とても暮らし易いのだが、
如何せんソーダ山脈を越えなければならない為、訪れる者は少ない。
僻地にありがちな異端宗教や原始的風習の支配も無く、平和で長閑な所である。
ルイン村に滞在中、私達は村民から、村外れの森に住む外道魔法使いの話を聞いた。
困った事に、サティ・クゥワーヴァは外道魔法使いの話に好奇心を刺激された様で、止せば良いのに、
その外道魔法使いを訪ねると言い出した。
彼女の性格からして、外道魔法を駆逐しようとしているのではないかと、私は疑った。
共通魔法が中心の社会では、それ以外の魔法を外道魔法と呼び、異端扱いしている。
しかし、外道魔法使いが問題を起こさない限り、魔導師会は積極的に動かない。
駆逐しようとすれば、外道魔法使いは、縄張りを守る『闘魚<ベタ>』の様に、死に物狂いで戦うが、
徒に追い詰めなければ、多くの者は大人しい。
誰しも無用な衝突は避けたいのが本音なのだ。
サティの行動は、まさに蛇の潜む藪を突くが如き愚行だったのである。
私は何度も止めたが、サティは行くと言って聞かず、そうなると自動的に監視役である私も、
同行しなくてはならなくなる。
彼女の暴走を止めるのも、私の役目。
いざとなれば実力行使も已むを得ないと思っていた。
外道魔法使いの住処に向かい、村外れの森に入った私達を、呼び止める者がいた。
自称、旅商の男、ラビゾー。
偶然では済まされない再々会。
「ここから先は危険だから、道に詳しい自分に案内させてくれ」と申し出た彼を、私達は警戒した。
私の懸念と、サティの懸念は、別の物だったと思う。
サティは不審感より、彼に対する嫌悪感が先に立った様で、彼の案内は必要無いと断言した。
私は――ラビゾーが魔導師会の執行者である可能性を心配していた。
つまり監視役の監視役。
私が監視役としてサティ・クゥワーヴァを御し切れているか、それを確認する為の……。
私はサティの反対を抑え、彼の申し出を受け入れた。
まさか本人に「私を監視に来ましたか?」とは尋ねられないので、私は独り悶々とした気持ちだったが、
今思えば、馬鹿らしい事だ。
ラビゾーに案内されて程無く、私達は魔犬の群れに遭遇した。
私達は真っ先に、罠ではないかと疑った。
しかし、彼は動じず、「任せてくれ」と言って、私達を制し、魔犬の前に歩み出た。
そして大きく手を広げ、魔犬に向かって、こう言ったのだ。
「おお、偉大なるニャンダカニャンダカの子孫らよ!
此方に御座す方々を何方と心得る?
魔法大戦の大英雄、ウィルルカ様の転生御来様と、その従者であるぞ!」
何を馬鹿な事をやっているんだと思ったが、彼が動物と話す魔法を使っていると気づいて、
私は笑ってしまった。
彼はニャンダカ神話を利用して、頭の弱い妖獣を言い包め、従わせようとしていたのだ。
彼の言い方からして、サティがウィルルカ様で、私は従者なのだろうが……騙りとは、何とも畏れ多い。
私の隣でサティは、「共通魔法で追い払えば良いのに」と呆れていた。
ラビゾーの話は魔犬に通じているらしく、魔犬の群れは戸惑っていた。
しかし、ラビゾーの説得にも拘らず、魔犬の群れは一向に退こうとしなかった。
サティは苛立ち、呪文の詠唱と描文を組み合わせた短縮発動で、魔法を放とうとしていた。
私は耳を塞いだ。
一瞬のフラッシュと、大きな放電音。
鋭い雷がラビゾーと魔犬の間に落ち、場の空気が凍った。
ラビゾーは慌てた。
「ほ、ほら!
ウィルルカ様がお怒りだぞ!!」
……情け無い。
彼が魔導師会の人間なら、素晴らしい演技力だが……その可能性は低いと思った瞬間だった。
そうこうしている間に1匹の魔犬が、私達の前に1人の外道魔法使いを連れて来た。
「何の騒ぎ?
あら、ラビゾー?」
「ラビゾー!
良い所に来てくれた!」
どうやら外道魔法使いとラビゾーは知り合いだったらしく、彼は外道魔法使いに、例の挨拶(?)を返した。
ラビゾーから大凡の事情説明を受けた外道魔法使いは、私達に改めて訪問の理由を尋ねた。
「あなた達、この私に何の用?」
「周辺の民俗調査の為、お伺いしたい事がありまして」
サティは堂々と答える。
外道魔法使いは再びラビゾーと相談した後、私達を森深くへと誘った。
「ついてらっしゃい」
……私達は警戒しながら、彼女を追った。
外道魔法使いは、森の中の窪地に私達を招待した。
窪地を囲う2身程度の崖の上では、魔犬が私達を見張っている。
「2対1なんだから、このくらいの用心はさせてよ。
ようこそ、我が領域へ……共通魔法の魔導師さん。
私は森の魔女、あなた達が言う所の使役魔法使いなる存在」
2対1という事は、ラビゾーは敵としても味方としても数の外か……。
確かに、共通魔法使いの懐古主義者に、何を期待する事も無いだろう。
私は彼が憐れになった。
取り敢えず今は、サティが攻撃的な態度に出ない様に、気を配らなくてはならない。
「私の知る限りで良ければ、質問に答えましょう。
ただし、あんまりプライベートなのはダメよ」
「分かりました。
私は――」
「あっ、ストップ」
サティが自己紹介を始めようとした時、森の魔女は声を上げて、それを中断させた。
「私、あなた達の事には興味が無いの。
あなた達は共通魔法使い、私は森の魔女――それだけで十分でしょう?
どうしても名乗りたいなら、そちらで勝手にすれば良いけれど、魔法使いとして、それってどうなの?」
「私は秘匿主義ではありませんから」
「あら、そう?
そんな格好してるのに……」
外道魔法使いとは、奇妙な拘りを持つ物らしい。
……それからサティは森の魔女に、彼女の経歴や、この地方の歴史に関して質問をしたが、
森の魔女は、歴史については話しても、自身の情報は曖昧にしか答えなかった。
サティは温和な態度に終始し、特に際どい話題も無かった……様に思うが、打ち開けると、
彼女等の話は、ほとんど頭に入っていない。
私は、魔犬の群れが襲い掛かって来ないかと、気が気でなかったのだ。
決して、2人の話を他所に魔犬と戯れるラビゾーを、羨ましそうに眺めていた訳ではない。
決して。
しかし、ラビゾーがいなければ、この森に住む外道魔法使いが、私達の話に応じたかは怪しい。
魔犬に遭遇した私達は確実に、彼女の使い魔である魔犬を攻撃し、使い魔を傷つけられた彼女は、
私達を敵と見做したであろう。
お節介とも言える彼の申し出が無ければ、私達は無用な争い事を起こしていた。
恙無く調査を進め様と思うなら、今回の事は後々の教訓とし、以降、似た様な場所に向かう際には、
現地の事情に通じた者と、行動を共にすべきだと強く感じた。
如何に数多くの魔法を自在に扱えても、それだけで万事が上手く行くとは限らないのだ。
私達はラビゾーに感謝しなければならない。
「ん、動物と話す魔法に興味があるの?
ははーん……いやいや、良い事だよ。
温故知新と言うのかな?
魔法の系統を学ぶ上で、こういう古い共通魔法の知識は重要だからね。
学者を志すなら、憶えておいて損は無いさ。
あ、君は執行者だったか」
ここぞとばかりに饒舌になる……彼の人物評は別として。
子供に人気だったんですよ。
「ラビゾー!」
「ラビゾー!」
「ラビゾー! ははは、今日も元気だな」
「てやてや」
「このこの」
「いてっ! こら、蹴るな! くっ、子供の攻撃なんぞ効かんわ!」
「つえー」
「かてー」
「反撃! せやー! 体落とし!」
「うわー」
「ラビゾーは武道家なの?」
「違うよ。公学校で習った程度だよ」
「なーんだ」
「だったら、ラビゾーは何してたの?」
「……」
「あ……」
「ごめんなさい……」
「謝るなよ……」
よく音楽を聞いていたんですよ。
「おや、ラビゾー?」
「ラビゾー?」
「ラビゾー。こんにちは」
「また演奏を聴きに来てくれたのかな?」
「嬉しいね。音楽が好きな人に、悪い人はいないよ」
「……心が安らぐ、これも魔法と言えるんでしょうか?」
「魔法か魔法でないかなど、重要な事ではないよ」
「私らは自然のままに、気のままに、音を奏でているだけ」
「僕には、それすら出来ない……」
「お悩み事かな?」
「表情に出ているぞ。暗い暗い」
「……魔法使いの資質って、何でしょうか?」
「資質が何かは知らないが――」
「嬉しい事があって笑うように、悲しい事があって泣くように、魔法使いが使う魔法は、自然の物」
「自然?」
「そう、内から湧き上がる心」
「そう、君が安らぐように」
「僕には自然が出来ない……」
「それは違うと思うぞ。誰にも自然はある」
「気晴らしに来たのだろう? 今は心を休めたまえ」
「……はい」
婦女子にモテモテだったんですよ。
「ラビゾー、良い所に!」
「ラビゾー、ちょっと寄ってかない?」
「ラビゾー。良い香りですね」
「わかる? 新作なのよ」
「味見をお願いしたいの」
「良いんですか?」
「遠慮しないで。ここで味の良し悪しがわかるのは、あんたくらいなのよ」
「家の男共と来たら、やれ変な臭いだの何だのと、的外れな事ばっかり言ってさ! 甲斐が無いのよ」
「好みは人それぞれですからね」
「相変わらず、お人好しだねー」
「家の人も見習って欲しいもんだ」
「ははは……」
「……で、どう?」
「お味は?」
「おいしいですよ。でも、ちょっと甘味が強くないですか? こういう物?」
「あー、それは砂糖多目に入れたからね」
「ちょい失敗」
「……なぜ?」
「水気が飛んで、塩気が強くなったから」
「甘い方が良いかなーって思ったのよ」
「砂糖で塩の中和は……」
「いやー、それは、そのー」
「新しい料理が出来るかなーと思って……」
「……」
「無理?」
「不味かったら残しても良いのよ?」
「いや、食べられない事はないですよ。ただ……レシピ通りに作りましょうよ」
「本当に良い子ねー」
「家の子も見習って欲しいわー」
「……」
嘘じゃないですよ。
「ラビゾー、良い所で!」
「ラビゾー、ちょっと来て!」
「お芋の料理ですか?」
「そうよー」
「また味見お願い」
「はいはい」
「……どうどう?」
「どんな感じ?」
「酸っぱい……。腐ってません?」
「あー、古かったからねー」
「大丈夫だと思ったんだけどなー」
「……いつのですか?」
「半年くらい前の」
「季節が過ぎるのは早いわ」
「うへぇ……これはダメですよ。食えた物じゃありません」
「あら、そう? じゃ、豚の餌ね」
「家の人は気づかないと思うわ」
「……」
拝啓 プラネッタ・フィーア様
グラマーの冬は乾燥して、厳しく冷え込みますが、体調を崩しておられませんでしょうか?
私は現在、第六魔法都市カターナに滞在しています。
カターナ地方は、冬が近いというのに真夏の様な暑さで、誰も寒さに備える気配はありません。
これから周辺小島群を巡るのですが、海に出るのは初めてなので、期待と不安で落ち着きません。
来月末にはグラマーに戻るので、お土産に御所望の品がありましたら、返信にてお知らせ下さい。
敬具
11月26日 サティ・クゥワーヴァ
第六魔法都市カターナの港町ビッセンにて
常夏のカターナ地方は、風と海の街。
人々は羞恥心など無いかの様に、半裸で1日を過ごしている。
グラマー市民のサティ・クゥワーヴァには、それが信じられなかった。
裸同然の姿で歩く人々に、どう反応して良い物か、彼女は戸惑うばかりであった。
服を着ている人も見かけるが、稀という程度である。
カターナ市民の多くがネイチャリストという事は知っていた。
しかし、実際に目にした時の衝撃は、尋常ではなかった。
他の都市で、薄着になる人々は見た事がある。
第四魔法都市ティナーでは、過去に露出の過剰な服が流行した。
だが、局部を覆っただけの格好は、果たして衣服と言えるのか?
……サティは擦れ違う人という人が気になっていたが、じろじろと見るのも失礼だと思って、俯いていた。
サティ・クゥワーヴァにとって、より衝撃的だった事は、同行者のジラ・アルベラ・レバルトまでが、
カターナ市民と似た様な服装(?)に着替えた事である。
「その格好は何ですか?」
「何って……今までの格好だと暑いでしょう」
「……恥ずかしくないんですか?」
「別に。
あなたこそ恥ずかしくないの?」
「意味が解りません。
あなた、カターナ市民でしたか?」
「いいえ」
「じゃあ何ですか、露出狂なんですか?」
「……そんな目で見ないでよ。
みんな同じ様な格好してるじゃないの。
暑いから脱ぐっていうのは、そんなに不思議な事?」
「限度があるでしょう。
人としての尊厳は無いんですか?」
「人の尊厳なんて、御大層な物を持ち出されるとは思わなかった」
サティの物言いに、ジラは苦笑する。
カターナには人を狂わせる魔力でもあるのだろうか?
道行く人々は、ジラの姿に何ら疑問を抱いていない。
ジラ自身も全く恥じらう様子が無く、寧ろサティの格好の方に疑問を抱いている風であった。
サティとジラは、お互いの格好を恥ずかしいと思っており、その微妙な心の距離が現実にも表れていた。
そんな彼女等の心理は、さて置こう。
ここでも2人は、ラビゾーと出会う事になった。
露店で、ばったり。
既にブリンガー地方で、何度も彼と顔を合わせている2人は、あり得ない頻度の遭遇率に警戒を強めたが、
サティの方は同時に安堵もしていた。
ラビゾーの格好は薄着ではあった物の、裸と言うには程遠かった為である。
おかしいのはジラの方なのだ。
この時の安心感は、ラビゾーに対する不信感を一時的に忘却させる程の物であった。
サティとジラは、お互いの格好を恥ずかしいと思っており、その微妙な心の距離が現実にも表れていた。
そんな彼女等の心理は、さて置こう。
ここでも2人は、ラビゾーと出会う事になった。
露店で、ばったり。
既にブリンガー地方で、何度も彼と顔を合わせている2人は、あり得ない頻度の遭遇率に警戒を強めたが、
サティの方は同時に安堵もしていた。
ラビゾーの格好は薄着ではあった物の、裸と言うには程遠かった為である。
おかしいのはジラの方なのだ。
この時の安心感は、ラビゾーに対する不信感を一時的に忘却させる程の物であった。
偶然の出会い……?
驚いて見せたラビゾーに、ジラから声をかける。
「ラビゾーさん、よく出会いますね。
偶然とは言い切れないくらい」
警戒を隠さない態度は、ラビゾーに真意を吐かせる覚悟の表れだった。
もう偶然では片付けさせられない。
しかし、これは同時にラビゾーを警戒させる物であった事を、彼女は知らない。
ジラが「自分達はラビゾーに監視されているのかも知れない」と思っていたのと同様に、
ラビゾーも「自分は魔導師会に監視されているのかも知れない」と思い始めていたのだ。
ジラの言葉で、サティは遅れてラビゾーへの不信感を思い出す。
女2人に睨まれ、ラビゾーは怯んだ。
「偶然……ですか?」
ぎこちない彼の反応が、ますます疑惑を大きくさせる。
「どうしてカターナに?」
ジラは詰問するかの如く尋ねた。
「ど、どうしてって……僕は旅の……」
「失礼、訊き方が悪かった様ですね。
この時期にカターナに来ようと思った理由を教えていただきたいのです」
「いや、だって……冬は、暖かい所が……良いでしょう?」
ラビゾーの答えは、至極真っ当な物だったが、サティとジラが予想しない物だった。
冬は暖かい所で過ごしたい。
誰だって、そう考える。
唯一大陸を巡るなら、暖かい内に寒い地方へ、涼しい内に暑い地方へ赴きたい。
サティとジラも、その様に計画して、僻地に向かう日程を決めていた。
同じく僻地を目指す彼と出会うのは、必然とまでは言えなくとも、不自然な事ではなかった。
2人のラビゾーに対する疑惑は、急速に薄れていった。
……一方でラビゾーは、魔導師会に目を付けられた物と思い込み、どぎまぎしっ放しだった。
ラビゾーは常夏の暑さに加えて、脂汗を垂らし、独り疲弊していた。
何か拙い事を言ったのか?
魔導師会に目を付けられる覚えは……無い事も無い。
「な、何か?」
「……理由は本当に、それだけですか?」
疑惑は解消しつつあったが、ジラは胸を張って腕を組み、更に高圧的な態度に出た。
彼の様子から、嘘を言っていない事は判っている。
それでも一度疑って掛かったからには、聞き出せる事は、全部吐かせようとしていた。
ラビゾーは彼女より身長が高いのだが、双方共に、そんな差は感じていなかった。
「ぼ、僕は、えーと、大体2年くらい……そう、2年くらいかけて、唯一大陸を巡るんです。
そ、それで……春頃にグラマーを出て、夏はブリンガーの高原地にいて、秋にはブリンガーと、
ティナーの、えーと、その中間くらいの……ディアス平原とか、あの辺にいて、そろそろ寒くなって、
冬になるから、ああ、良い季節だなと思って、カターナに来たんですよ」
警察補導員経験のあるジラは、込み上げる笑いを堪え、無言のままラビゾーを睨んだ。
これは面白い。
目が泳ぎ、聞きもしない事まで、べらべらと喋り出す。
人が好いばかりに、誤解を避けようとして、必要の無い事まで喋り、誤解を深めるタイプの人間である。
ラビゾーは自分がカターナに来た理由を深く考え、無い物を生み出そうとする。
「そ、それだけじゃなくて……この時期は、ですね、海で、海獣を……そう、寒くなると、暖かい地方に、
各地から海獣が集まるんですよ。
えーと、海獣漁、そう、海獣漁が見られるんです。
僕は、そんなに見ない……興味無いんですけどね?
……いやいや、違う違う、そうじゃない!
この時期に集まって来るのは、海獣だけじゃなくて、鳥とか魚とか……そうそう、商売に良い時期!
そうなんですよ、人も各地から集まりますし。
べ、別に、何か、やましい目的があるわけじゃないですし、あなた方には……ああ、いやいや、別に、
あなた方が、僕をどうこうとか、僕が、あなた方に何か、そんな思っている訳じゃないんです」
身振り手振りは大げさだが、もう何が言いたいのか理解不能だった。
本人も理解していない。
旅商として、この対応は如何な物かと、サティもジラも思わずにはいられなかった。
「えーと、他には……師匠を……人探し……でも、別に、それは主目的じゃないし……違うか……?
やっぱり何でも無いです……。
何をしにカターナに来たかって、そうなると……旅商で、商売ですね。
はい、商売です」
ラビゾーは、ここで発言を一旦切った。
もう自分から下手な事は言わない方が良い。
聞かれた事だけに答えよう。
遅きに失しながら、そう思ったのだった。
そして気不味い沈黙が訪れる。
ジラは既に、ラビゾーが不審な人物でない……とは言い切れないが、注意が必要な人物でない事は、
理解していた。
しかし、他に何か喋らないかと思って、彼から何か言って来るのを待っていた。
言外に「他には?」と要求している様子が、傍のサティにも判る。
サティはサティで、ラビゾーを怪しむ気持ちは無くなって……いなかったが、無害な人物だという事は、
理解していた。
ラビゾーを解放しないジラの真意は知らないが、彼をどうするかは、彼女に任せようと思っていた。
その一方で、ジラは半裸で異性の前にいるのだが、それは恥ずかしくないのか、ずっと疑問に思っていた。
さて、ではラビゾーは……と言うと、ジラの質問に、おどおどしまくって、堂々と答えられなかった事を、
後悔していた。
口は閉ざしながらも、もっと上手い言い訳を探していたが、なかなか思考は落ち着かず……滴る汗、
温い風、街の雑踏に、気は逸れるばかり。
三者三様に物思いながら、時間にして10極、一言も発さず黙していた。
その裏で、ラビゾーには、もう1つ悩ましい事があった。
半裸の若い女が目の前にいるので、目の遣り場に困るのだ。
悲しいかな小市民の男。
これでは、まとまる思考もまとまらない。
詰問されても、真っ直ぐジラを見る事ができないでいると、彼女の後方で控えているサティの姿が、
目に留まった。
外気温は体温を上回っているが、サティはローブをまとい、ベールを被っている。
それはグラマー市民だからとして、暑がる素振りを全く見せない何故だろう?
自分は汗をかいているのに、彼女は暑くないのかと疑問を抱かずにはいられなかった。
ラビゾーは、ジラとサティを交互に見て、暗に訴える。
ラビゾーの視線に気づいたジラは、彼に尋ねた。
「どうかしました?」
「いや、その……暑くないんですかね……彼女」
「あの子は偏屈だから」
ラビゾーの疑問に、さらりと答えたジラだったが、サティは彼女の言葉を聞き逃さなかった。
サティは魔法で周囲の温度を下げているから暑くないのだが、それをジラが誤解を招く様な形で、
偏屈と断じた理由は、異文化に理解を示さない彼女への当てつけ以外に無い。
「偏屈とは、どういう事ですか!?」
これは聞き捨てならないと問い質すと、ジラは面倒臭そうに訂正する。
「あー、言い方が悪かった?
意地っ張りとか、意固地とか、そういうの」
「誰が意地っ張りですか?
別に私は暑くなんてないですし、我慢もしていませんよ」
お互いに平静を装っているが、サティの方が、やや熱を帯びている感が強い。
ラビゾーは厄介な事になったと思い、静かに立ち去ろうとしたが、サティに呼び止められた。
「ラビゾーさん、あなたは良識のある人ですから、解るでしょう。
半裸で街を歩くなんて破廉恥な事は、絶対にできませんよね?」
この良識という単語は、ラビゾーが服を着ている、その一点のみで出て来た物である。
「え、その、僕に……聞かれて、も……困、る……。
カ、カターナ市内なら、問題無いんじゃない、かな……?
みんな、似た様な、格好だし」
あたふたしながらラビゾーは答えたが、サティは得心いかぬ様子で、続けて質問する。
「他の都市では、こんな格好しないでしょう?」
彼女は「こんな」と言って、ジラを指していた。
「そ、そうだね……」
「カターナなら許される理由は何ですか?」
「文化というか、風土というか……だって、暑いじゃない」
「暑ければ、服を脱いでも良いと?」
「……そう……でも、ないか……な?
いや、でも、ここは、グラマーとは、違うんだから……そう頑なに否定しなくても……。
ご、郷に入っては、郷に従えって、言うだろう?」
ラビゾーは上手い事を言ったつもりだったが、その一言がサティの逆鱗に触れた。
「あなたも私に服を脱げと!?
カターナ市民と同じ格好をしろと!?」
「そ、そんな事は言ってない……」
信じられないと捲くし立てるサティを、何とか宥めようとするラビゾーだったが、ジラが口を挟む。
「そういう事!
減る物じゃなし、水着が何だって言うの?
暑苦しいローブを着たままの方が、どうかと思うわ」
サティはジラを、キッと睨み付けた。
「女が肌を見せて良いのは、夫にする人だけです!!!」
彼女は我を忘れ、厳格なグラマー市民の貞操観念を大声で主張していた。
辺りは、しんと静まり返った。
周囲の好奇の目に、サティとジラは狼狽え、何事も無かったかの様に、取り繕った。
いつの間にか、ラビゾーは姿を消していた。
……この様なグラマー市民との諍いは、第六魔法都市カターナでは、稀に見られる光景である。
祝400突破
容量的に500ちょいあたりが限界かな
カターナ地方周辺小島ルナにて
新月の夜。
常夏の地カターナと言えども、冬の夜は少々涼しさを感じる様になる。
満天の星空の下、サティ・クゥワーヴァは、ルナ島の住民と焚き火を囲んでいた。
ここに暮らす人々は、歌と踊りをこよなく愛し、豊かな自然の恩恵を受け、日々をのんびり過ごしている。
住民の価値観は特殊であり、何より音楽に関する技能が高く評価される。
男女が生涯の伴侶を選ぶ基準に、容姿の美醜は関係無く、歌唱と舞踊が上手であれば良い。
それは一般的な対人関係にも同様の事が言える。
通常は付近の全住民が集う火焚き場だが、今この場に男はいない。
村長を説得して、男の目を払ってもらったのだ。
サティはベールを外して、おもむろに立ち上がり、頭に巻いた帯を解く。
帯が長く垂れるに従って、ストレートの黒髪が下りる。
サティの長い髪を潮風が優しく撫でると、髪は闇に紛れて深緑色に輝いた。
緑色の魔法色素である。
陽を浴びない肌は病的に白く、緑色の魔法色素と相俟って、この世の物ならぬ雰囲気を漂わせている。
……それは言葉では表現できない、妖しい美しさを備えていた。
燃え盛る炎を背に、サティは島の女たちに、手拍子を願う。
女性グラマー市民が肌の露出を嫌うのは、貞淑を重んじる古くからの因習の為である。
男が妻以外の女の肌を見た場合、その男は一族に殺される。
女が夫以外の男に肌を見せた場合、その女は社会的に抹殺される。
女が肌を隠すのは、徒に男を誘惑しない為とされている。
厚いローブを纏い、ベールで顔を覆い隠せば、美醜の判別は付かない。
正式に婚姻関係を結ぶまでは、男側からは女の素顔を知れないのが普通だ。
男が女を気に入る要素は、その人の見た目以外……つまり性格や能力となる。
過去、グラマー市民同士の婚姻は、その多くが家柄を重視した物であった。
現代になっても、自由恋愛からの結婚は少数で、ほとんどは家同士が引き合わせて決まる。
男性グラマー市民は、家柄や能力を重視し、女の外見までは気にしない。
それでも女性グラマー市民は、秘かに美しさを磨く。
毎日毎日、長く伸ばした髪を梳き、身を清める。
女性グラマー市民は、幼少の頃から誰も、そうする物と教えられて来た。
サティ・クゥワーヴァとて例外ではない。
それは何の為であろうか……?
サティは踊る。
島の女たちの手拍子に乗って。
長く美しい髪と、ゆったりしたローブを靡かせ、くるくると、たおやかに。
彼女の地元に、古くから伝わる舞踊である。
伝統舞踊は、グラマー市民の女子が習うべき、一般教養とされている。
踊りは身を細く引き締める効果があるとされているが、その実は何の為の物か……。
サティは知らない。
男を虜にする夜の舞の美しさを。
サティの踊りに合わせて、島の女たちが歌い始めた。
見たままを音にした、即興の唄。
彼女を認め、歓迎しているのだ。
魔法色素の緑と、炎の赤が混ざり、金色に輝く。
彼女の動作の一つ一つに、風が、炎が、木々が反応する。
魔力の流れを感じて、自然も踊っている。
サティは思う。
グラマー地方の風習は、誇るべき物だと。
見た目に惑わされず、その人の内面を愛する。
これこそ真実の愛の姿ではないか。
しかし、同時に疑問にも思う。
真実の愛を求めるとは、口先だけの綺麗事で、実際は、人は家柄・功績・能力で愛する人を決めている。
それは何か違うのではないか。
真実の愛は、実利重視の本音を隠す為に用意された、聞こえの良い建前ではないか。
良家の子女で、十年に一度の才子となれば、彼女を迎えたい家は数多である。
それは嬉しい事なのだが、サティの内には釈然としない物があった。
どう違うとは、彼女には言えないのだが……。
世に運命という物があるならば、自分が好きになる男は、どの様な人物なのか。
そして、家柄でも、功績でも、能力でもない、本当の自分を好いてくれる男とは、どの様な者なのか。
未だ運命を信じたい乙女である。
その日まで、彼女は隠し続ける。
彼女が自らベールを外す日は、いつ来るのだろうか?
悩ましい心は舞に表れ、誰に向けるでもない切なさと愛おしさが、彼女をより優美に見せる。
古より伝えられる舞は、この様なグラマー市民の乙女心を謳った物であろうか……。
静かに夜は更けていく。
第六魔法都市カターナの港街ビッセン 街外れの海獣漁場にて
12月から、カターナ地方の一部地域は、冬季の海獣漁を始める。
開花期の中頃までは、海獣漁は地域産業に欠かせない生業の1つであったが、
近年では伝統的な文化行事としての趣が強い。
海獣漁に適した地形は、湾岸沿いの広い砂浜。
そこに海獣を追い込み、罠で仕留める。
最近では、観光客が漁を安全に見学できる様に、湾岸沿いに高い崖のある地形が好まれる。
港街ビッセンの側にあるクレーン海岸も、それに適した場所であった。
冬期の海獣漁は、以下の手順で行われる。
日光浴をしに浅瀬に出て来た海獣を、海側に逃げない様に、陸地に追い込む。
砂浜に上がった海獣を、大型機巧の前に誘導し、一撃で仕留める。
必ずしも海獣が浅瀬に出現する訳では無く、月に何度か訪れる機会を、気長に待つしかない。
短期旅行者は、運が良ければ見られる程度の心構えでいなければ落胆する。
この日は体高が4身もある、大海熊の漁が行われていた。
大海熊は妖獣の一種であり、トドをより巨大に、敏捷に、獰猛にした様な生き物である。
容姿はトドよりイタチに近いが、大きさでは比較にならない。
集団で浅瀬に上がり、日光浴をする習性を持ち、海では積極的に人間を攻撃する。
大海熊は浅瀬の漁場を荒らす害獣でもある。
現代では文化行事となりつつある海獣漁だが、人間と海獣の生活領域を巡る戦いでもある事には、
依然変わりが無い。
人が引けば、獣は図に乗って、人の生活圏を脅かすのだ。
陽射しが強くなり始める南東の時、大海熊が海に戻る頃合が、漁に最も適した時間帯である。
クレーン海岸の高さ2大の崖上には、海獣漁見学の観光客が大勢詰めかけている。
海獣漁に参加する者は、地元の命知らずな男衆で、防具の類は軽装で済ませる。
海獣の攻撃に持ち堪えられる様な物は無いので、動きが鈍くなるだけ重装備は無駄なのだ。
これに参加した事は、勇猛果敢なる者の証明となり、カターナ地方では、1つのステータスになり得る。
それは武器を持って正面から大海獣と戦う為である。
当然ながら、毎年死傷者が出る。
大海獣1体につき4〜6人、小さければ2〜3人、巨大な物には10人以上で掛かる事もある。
大海熊は8人程度で連携すれば、追い込む事は困難でない。
その巨体に怯まずにいられたらの話だが……。
今回の海獣漁は、10体以上の中から5体に絞った標的の内、3体しか浅瀬に留め置けなかった。
2体は瞬く間に、海へと逃れてしまった。
深い海へ逃げ込まれては、人は海獣に手出しできない。
海獣を取り逃がしてしまったグループは、怪我人を搬送する者と、別グループに加勢する者に分かれる。
海獣とて仲間が窮地にあれば、救援に向かうが、陽射しが強くなると、海に逃げた海獣は、
再び陸に上がれなくなる。
海で過ごす海獣は、陸上に立っているだけで、皮膚を焼かれ、体力を消耗する様になるのだ。
逃げ場を失った海獣は、漁猟師の攻撃に耐え切れなくなると、熱砂の砂丘に一時退転しようとする。
そこを大型機巧で狙い撃ち、速やかに仕留めるのである。
もたついていると、海獣は再び海に向かって猛突進を始める。
勢いの付いた海獣を、人力で押し留める事は、不可能に近い。
ここで気をつけなければならないのは、陽が翳ると、仲間の海獣が陸上まで救援に来る事である。
高い魔法資質を持つ海獣の群れは、雲を呼んだり、霧を立ち込めさせたりして、漁猟の妨害をする。
そうなれば、海獣漁は失敗したも同然であり、素早く退散しなくてはならない。
漁猟師に危険を教えるのは、陸上で機巧を構えて待機している者の役目である。
陸上のグループは、全体的な指示を出す他に、海獣が使う獣魔法を妨害したりと、間接支援に徹する。
結局、この日仕留め切れたのは2体。
倒れ伏した全長1大3身(尻尾を除く)の巨体には、3身もの巨大な銛が、幾本も深々と突き刺さっている。
1体は機巧から撃ち出された銛に当たらず、海に逃げてしまったが、まずまずの成果である。
見学に来た観光客は、漁の終わりを見届けると、ぞろぞろと立ち去って行く。
多くの者は、解体作業には興味を示さない。
陸上で袋叩きにされ、悲鳴を上げながら、弱り死んでいく海獣……。
夥しい流血が砂浜を赤黒く染め、凄惨を極める海獣漁は、耐性の無い者には、ショックが強過ぎる。
好奇心から物見に来た者は、しばらく食物が喉を通らなくなる程だ。
そして……漁に参加した者も、無事では済まない。
今回は幸い死者は出なかった物の、重傷者8名。
この様な海獣漁には、批判の声が付き纏う。
それでもカターナ地方に暮らす者達は、この野蛮で危険な伝統漁を止めようとしない。
それは海と戦い生きる者の子である事を、誇っているからに他ならない。
広い海には、大海熊の何倍もある大海獣が棲息している。
陸に近づき、人の領域を荒らす海獣は、深い海の巨大な海獣を避けて生きている物だ。
それに立ち向かえない様では、過去から海獣と戦い続けた先人達に笑われてしまう。
これを下らないプライドと一蹴するか、理解を示すかは、人による。
ただ……将来、海の時代を迎えるに当たって、カターナ市民が果たす役割が大きい事は、確かだろう。
魔法暦497年 グラマー地方南西部の小村ジャルガーにて
然程大きなニュースにはならなかったが、この年ジャルガーの村外れにある廃屋で、
女の変死体が見つかった。
死体があった場所は、廃屋の地下、約1×1大の一室。
部屋の床一面に描かれた魔法陣の、中央に位置する寝台の上に、死体は全裸で括り付けられていた。
外道魔法の様式であろうか、何らかの魔法儀式が行われた跡と見られている。
女は十代半ばで、身元は不明。
死因は……下腹部を裂傷した事による、失血死であった。
女は妊娠しており、帝王切開で腹の中の子を摘出した後に、そのまま放置され、死亡したと思われる。
その表情は、安堵と悦びを浮かべた、何とも不可解な物であった……。
これは外道魔法が係わった怪事件として、魔導師会本部に、捜査資料が保管されている。
しかし、前後に類似した事件の発生は無く、単発的な犯行と認定された後は、危険視もされず……。
やがて、この事件は忘れさられた。
それから数年後――……第一魔法都市グラマー 古代魔法研究所 プラネッタ研究室にて
この日、執行者の男が、プラネッタ研究室の戸を叩いた。
昨年提出した、外道魔法の禁呪が記された書物について、尋ねたい事があると。
彼は随分と興奮して焦った様子であった。
しかし、プラネッタは解読を依頼されただけであり、これが記された時代背景に関しては、
ある程度推測できても、どういう経緯で発見され、ここに送られた物か、詳しい話は知らないと答えると、
執行者の男は時間を惜しむ様に、簡単に礼を済ませ、急いで退室した。
この話は、それっきりで終わり、続報は無かった。
ある所に、少女と女がいた。
青い空、白い雲、広がる緑の丘に、どこまでも伸びる道。
東南東の時、朝陽を受けて道を行く2人は、傍目には旅の親子連れに見えるが、彼女等の関係は、
そんな物ではない。
道端に咲いた一輪の小さな花を見つけて、少女は驚嘆の言葉を口にする。
「なんと美しい花でしょう。
世の全てが、こんなにも美しく創られている事に、私は感動を禁じ得ません。
私の心は、いつも歓喜で満たされています」
わざとらしく大げさな素振りで少女は謳うが、これは本心からの物である。
逝かれているのだ。
それを女は肯定する。
「あなたは神に愛されている。
あなたの目に映る物は、皆々美しくなる」
「神よ、感謝いたします」
少女は天を仰ぎ、瞳を閉じた。
すると、ぶわっと風が吹き、少女の行く道は小石一つ残さず、きれいに払われた。
道の両側に広がる緑の丘は、色彩々の花で埋めつくされ、文字通りの花道となる。
少女は祝福されているのだ。
神聖魔法使い。
魔法大戦で絶えた、神の権化と、その僕。
少女は神か?
否、彼女は『祈り子<プレアー>』である。
『神聖なる者<ホリヨン>』には違いないが、飽くまで祈り子なのだ。
彼女こそ、真の『聖なる祈り子<ホーリー・プレアー>』……!
旧暦の神聖魔法使いとは異なる、新たな神聖魔法使い――――?
……違う。
彼女を魔法使いとは、呼べない。
人智を超えた物の存在を神と言うのなら、あの少女は神と言える。
しかし、彼女は身の回りで起こる奇跡を、自らの能力とは思っていない。
彼女は全てを神の御力と信じて疑わない。
運命に身をゆだね、少女は導かれるままに行く。
そこに自分の意志は存在しない。
少女の名はクロテア。
神の祝福を受ける、人の名を与えられし器。
神聖魔法使いは、神を信仰している。
共通魔法は、人類の叡智である。
故に、共通魔法は神聖魔法と相容れない。
「いやー、すっごい花の数ですねー! 壮観です」
「この時期になると、一斉に花が咲くんじゃよ」
「植えたんですか?」
「そりゃ種無くば、花咲くまいよ。勝手に増えた分もあるが、手入れは欠かさん」
「これ全部世話するとなると、大変ですね」
「苦では無いよ。毎年この光景が見られるだけで、報われる。花の美しさは、人の心を豊かにする」
「心が豊かでないと、花は育てられませんよ」
「確かに、生きる余裕の無い者は、ただ美しいだけの花に手間をかける事はできまいが……」
「そうですよ。僕なんか、ものぐさでしてね。心が貧しい」
「……ならば、私らは余裕の無い者に代わり、花を育てているんじゃろう。祈りを込めて」
「祈り?」
「道行く人の心が晴れるように。私らは旅人の来訪を歓迎し、旅立ちを祝福するよ。そう、あんたも」
「あ、ありがとうございます……。てへへ」
道案内の老爺は笑った。この道を飾る花は、ここに住む人たちの心の豊かさの象徴である。
種無くば、花咲かず。
その日に至る
温い風が吹いて、満月を霞雲が蔽う、虫も鳴かぬ夏の夜。
人気の無い街道で、一人の少年が立ち惚けていた。
足元に落とした視線の先には、ごろりと敷石の上に横たわる、一人の中年の男。
驚きと苦痛の混じった表情で、何が起こったのか理解出来ない儘、男の時間は止まっている。
その間抜けな顔を見詰めて、少年は深く息を吐いた。
失望の溜め息である。
少年は男に恨みがあった訳ではない。
彼を殺したのは偶々……そう、偶々こんな所を一人で歩いていたから。
少年の心には、高揚感も、達成感も、恐怖心も、罪悪感も無かった。
彼の心を占めているのは、息の詰まる様な閉塞感。
狭い籠に閉じ込められた鳥の気分。
足りない。
やはり、こんなやり方ではダメだ。
もっと効率良く熟さなくては、到底目的は果たせない。
少年の瞳は、もう死んだ男を見ていなかった。
少年の頭には、呪われたイメージがあった。
大都市の雑踏を思い浮かべ、少年は苛立たしい気分になる。
世界は狭いのに、共通魔法使いの何と多い事。
その一人一人が、取るに足らない事で、有限な魔力を消費している。
ゴミみたいな連中が魔力を貪っている所為で、魔法使いが魔法を使えなくなって来ている。
無意味に魔力を食い潰す、この有象無象共を、一斉に排除出来たら、どんなに爽快だろう。
……だが、足りない。
現実に返り、詰まらない男の顔が、視界に入る。
それを実行するには、未だ早い。
逸る心を抑え、また溜め息を吐く。
これから2人、3人と増やして行こう。
雲間から不気味に覗いた月が、少年を照らした。
光を感じた少年は、天を仰ぐ。
誰も居ない世界に独り。
開放感に心が震える。
全身を魔力が巡る感覚。
皮膚が仄かに青白い光を纏う。
網膜に焼き付いた、禁呪の魔法陣が、月面に映った。
「もっと力を!」
少年は目を見開き、満月に向かって大きく吠えた。
古代南洋語で記されし、魔法書あり。
これ古に吸収魔法と呼ばれし禁忌なり。
この書、今は失し。
塵となりて風に消えり。
それは魔法資質を持つ者にしか解り得ない感覚なのだろうか……?
少年は目的達成の手助けとなる人物を探した。
自分の手足となって、大量に人間を処分してくれる存在。
支配下に置く事が容易で、決して裏切らない……。
少年の最初の同志は、同じ魔法学校に通う公学校の友人だった。
少年の友人は気の強い方ではなく、少年は御し易いと思って、彼に自身の秘密を打ち明けた。
「面白い魔法がある」とだけ言い、その身に大き過ぎる野望は隠して……。
いきなり殺人は任せられないので、初めは虫や魚、次は鼠や鳥といった小動物、それに慣れたら犬猫、
そして子供から大人へ……。
来るべき時の為に、段階を踏んで、自らの思想を刷り込み、役立つ人材に育成する。
しかし……少年の友人は、失敗した。
子供を処理する段階までは、順調に進んだ。
殺人の恐怖も乗り越えさせた。
しかし、調子に乗った友人は、感情に任せて、気に入らない大人を処理した。
そして、それを馬鹿正直に、少年に打ち明けた。
殺人現場を誰に目撃された訳でも無いが、少年の与り知らぬ所で行われた計画外の殺人は、
少年にとってフォロー不可能な事態であり、少年は友人の身勝手な行動に、大きなショックを受けた。
少年の友人は、絶対に大丈夫だと言ったが、信じる事は出来なかった。
禁呪の存在を知られては不味い。
まだ魔導師会を敵に回すのは早い。
少年は焦り、密かに友人を処理した。
少年の友人は行方不明という事になったが、少年に疑いの目が向けられる事は無かった。
古に滅びた吸収魔法に想像が及ぶ者は、存在しなかった。
それから活動を自粛していた少年だったが、本心では全く懲りていなかった。
彼は優秀な魔法資質の持ち主だったにも拘らず、型通りの事しか教えない魔法学校を中退して、
共通魔法の知識を応用し、動物実験を重ねて、彼独自の魔法を完成させた。
それは病的な執着心であった。
あるいは禁呪の書が持つ魔性に毒されたか……?
世界的な魔力不足が叫ばれる近年に生まれ、人の能力を我が物に出来る吸収魔法を会得した彼は、
自身を新たなる世界の王になるべき運命の者だと、信じて疑わなかった。
その為に役立ちそうな知識は進んで取り入れ、労力を惜しまなかった。
少年は公学校を卒業した後、新たに同志を募り始める。
今度こそ、役に立つ同志を。
選別の対象は、現代社会に不満を持ちながらも、行動を起こせないでいる、意志の弱い人間。
交友関係は狭く、魔法資質は低く、簡単に自分を信用しない程度には用心深い。
それでいて、人並み以上の誠意がなければならない。
偉大なる目的の為に、我を殺す自制心も必要だ。
難しい人選だが……決して、存在しない訳ではない。
自分を必要としてくれる環境を求めている人間は、それこそ掃いて捨てる程いるのだ。
そして、5人の同志が集った。
あらゆる準備を整え終えた時には、少年は青年になっていた。
青年は同志を、来るべき時の為の必要悪と自覚させて、災厄を名乗らせた。
カラミティ、ディザスター、メナス、クライシス、ジェノサイド。
そして青年は、カタストロフ。
魔力を愚衆から魔法使いの手に取り戻し、封じられた古の魔法を復活させる解放者。
青年は同志に吸収魔法を教え、志を同じくする者の証として、同じ刺青を入れさせた。
誰が知るだろう。
青年が教えた吸収魔法は、能力を奪うだけの不完全な物で、同志の証の刺青は、裏切りを防ぐ為の、
呪いの文様である事を。
そうとも知らず、5人は少年に従っていた。
……いや、1人だけ――カラミティは知っていた。
青年は知らなかった。
この女が憎んでいる物は、現代の共通魔法社会ではなく、共通魔法が秩序を支配している社会構造と、
それを認めている全ての共通魔法使いである事を。
カラミティ――この女は外道魔法使いであった。
解放者として行動を起こす前から、青年は既に執行者を何人か処理していた。
怪事件に首を突っ込みたがる、一匹狼を気取った執行者は、どこにでもいる物で、青年は狙って、
そういう者の周囲で事件を起こし、危険を顧みない無謀者を狩った。
闇討ちに近い物とは言え、魔法秩序を維持する役割の執行者ですら、青年を止められなかった事実。
青年に敵う者は存在しない状態だった。
同志を揃え、解放者として活動を始めたのは、そうなった後である。
青年は慢心していた。
想定外の事態が発生しても、独力で対応出来ると思い込んでしまっていた。
青年は同志に影で事件を起こさせながらも、本心では戦争――魔法暦では絶えてしまった物――を、
望んでいた。
魔導師会を敵に回す事に、危険を感じていなかった訳ではない。
しかし、それにも増して、証明が欲しかったのだ。
あらゆる物をねじ伏せる絶対なる強者の証が……。
青年は魔導師会を正面から叩き潰し、完全なる勝利を手にしようとしていた。
青年の魔法に対する理解は偏っており、計画には浅はかだったと言わざるを得ない部分がある。
扱える魔力の大きさと、魔法の種類が、いくら多くとも、それは絶対的な強さの指標にはなり得ない。
青年は、それを理解していなかった。
度重なる能力の吸収で、扱える魔力の大きさは、上位の魔導師を遥かに上回る状態だったが、
それに見合った強力な魔法の呪文は知らなかった。
度重なる知識の吸収で、扱える魔法の数は、彼が独自に開発した魔法を含め、1万を優に越えていたが、
吸収魔法以外の禁呪の知識は乏しかった。
当然、その防禦方法に関しても。
彼は優れた魔法資質を持っていたが、それは……飽くまで、平均と比較して優れていた程度だった。
もし彼が本当に優れた魔法資質を持っていたら、少年の頃に、呪われたイメージなど抱かなかっただろう。
彼は真の意味で呪われていたのだ。
「同志カタストロフ、D級禁呪だ! 時間が、と、ま――……」
「同志メナス、応答しろ! 何があった!? ……ちっ、魔導師会め」
「同志カタストロフ、どうすれば良い!? 同志クライシスからも応答が無い!!」
「…………同志ディザスター、撤退だ」
「同志カタストロフ! しかし、それでは、同志メナスと同志クライシスは――」
「同志ディザスター、この状況は私の判断ミスが招いた結果だ。責は負う。今は生き延びる事を考えてくれ」
「……くっ、了解した。しかし、同志カタストロフ、今回は敗走ではない。捲土重来を誓おう」
「そうだな。これで終わりではない。同志ディザスター、撤退の旨、同志カラミティには私から伝えておく」
「了解。同志カタストロフ、退出経路は?」
「……その位置からだと、Nルートの警戒が比較的薄い様だ」
「了解。同志カタストロフ、生きて落ち合おう」
「ああ。必ず、生きて」
「……同志カラミティ、私の指示通りに動かなかった理由を聞かせてもらおう」
「同志? 心にも無い事を。息を吐くように嘘を吐くな。同志ディザスターは死ぬぞ」
「同志カラミティ、状況を理解しているのか? 今回の敗因は、同志カラミティにも――」
「私が動こうと、動くまいと、お前の敗北は変わらなかったよ」
「……同志カラミティ、口論は止そう。ここで共斃れては、何にもならない。Sルートから貧民街に逃げ込む」
「同志ディザスターを囮にしたな? 私も殺し、自分だけ永らえる気だろう」
「同志カラミティ、不信感を募らせている場合ではない。理解してくれ。全滅だけは避けなくてはならんのだ」
「安い芝居は止めろ。刺青の文様の意味を、私が知らないとでも思っていたのか?」
「出任せを言うな。あれは俺が独自に開発した物だ。効果を知っている者など――」
「お前も死ね。忌まわしきロビン」
「同志カラミティ……! 貴様、内通者か?」
「さて? 何の事だか……」
「何という事だ……! 貴様、生かしては帰さん!! A4L4B2、自壊せよ!」
「キラリラリン♪ フフフフフ……効かないよ?」
「効いてない!? あり得ない! どこで対処法を――」
「その様では、仮に魔法の世界が訪れたとしても、お前が勝ち残る事は無かったな」
「き、貴様は何者だ!?」
「……この数年間、お前たちの傍にいて判った事が、1つだけある」
「貴様、まさか……」
「お前たち共通魔法使いは、生きる価値も無い屑だ。私が手を下すまでもない。同士討ちで果てろ」
「誰が死ぬか! 死んでなる物か! 俺は生き延びるぞ!」
「そしたら私が殺してやるよ……。キララ、キララ」
「消えた……? この俺が謀られたというのか……! 畜生!」
「君たちは控えていたまえ」
「しかし、カーラン博士! お一人では……」
「解らんのか? 足手まといだと言うのだ」
「吸収魔法……。実に興味深い……が、一般には使い途が無いな……。参考程度か」
「M16BG4、死ね! ……M16BG4! なぜ死なん!?」
「J4GB7J16M7・D5M1B4? 死生の魔法は私の専門分野だ。生半可な物は通用しないぞ」
「ならば、これで! I3DL2N5・N4H2J3N16・BG4CC4!」
「L2F4M1! 知識や能力は、自らの努力で得てこそ、意味がある物だと思わないか?」
「化け物め……! I3DL2・I1N5・O1H1D3D1!」
「発見の喜び、一瞬の閃き、その快感を…………っと、逃げよった。速いな。これは追い付けそうにない」
「魔導師会の包囲は抜けた様だな。しかし、この気配は奴が来るぞ。ロビンの宿命に打ち克てるか?」
「チカ様。奴って誰?」
「旧暦から生きる悪魔だ。あの男は地獄を見るだろう。ロビンとは、つくづく救われない存在だ」
怪客来たりて
第一魔法都市グラマー ランダーラ地区 病院にて
この日、この病院に、1人の男が訪れた。
ローブを纏い、フードを被った姿は、この地方では珍しい物ではないが……。
受付嬢はフードの隙間から見てしまった。
男は人間の容姿をしていなかった。
ぎらりと金色に光る両目は、瞳孔が縦に裂けており、すべすべした緑色の肌には、鱗がびっしり。
頭は潰れており、大きく裂けた口からは、ちろちろと青い舌が覗いている。
のっぺりとした顔に鼻は無く、口の上に小さな穴が2つ開いているだけ。
男の正体はヘビ人間だった。
受付嬢は大声を上げて椅子から転げ落ち、助けを求めた。
怪奇ヘビ男は、駆けつけた執行者に取り押さえられ、敢え無く御用となった。
さて、このヘビ男……何の目的でランダーラの病院を訪ねたかと言うと、呪いを解いてもらいに来ていた。
彼は元人間であり、何らかの魔法で、ヘビ男になってしまったらしい。
人間を変身させる魔法は禁呪であり、解呪方法を知っている者は少ない。
受付嬢の反応からして、そもそも変身魔法の被害に遭う者が滅多にいない。
そこでヘビ男は、田舎から大病院のある第一魔法都市グラマーに出て来たと言う。
ヘビ男の言う事は事実らしく、彼は地方勤務医の紹介状を持っていた。
しかし、ヘビ男を治療するに当たって、重大な問題が1つあった。
ヘビ男は、ヘビ男になる前の記憶を失っていたのである。
これで身寄りの1人でもいれは話は違ったのだろうが、生憎ヘビ男の身内を名乗り出る者はいなかった。
外見がヘビ男では、身内がいたとしても、どこの誰だか判らないだろう……。
変身と記憶喪失。
事は、簡単には解決しそうに無かった。
何より深刻だったのは、このヘビ男に、人間だった頃の痕跡が無かった事である。
人から蛇になったのなら、どこかに人だった頃の名残がある。
例えば、記憶、習慣、性質……。
簡易変身魔法なら、外見的特徴以外は、人間の儘という事もある。
しかし、このヘビ男は、まるで『蛇人間』という新種の生き物に転生したかの様であった。
あるいは、魔法資質を持った爬虫類か?
ともかく、このヘビ男を元人間と断じる証拠が無かったのである。
ヘビ男が自分を人間と思う理由は、自身が感じる人恋しさのみで、漠然としている。
解呪の手掛かりになる痕跡が無ければ、元の姿に戻す事は不可能。
本人が自分の正体を何物か明言できる事は、解呪においては非常に重要な事なのだ。
多くの病人を診て来た医師も、さすがに匙を投げていた。
一時的な肉体変化なら、時間を経れば解けるが、どうやらそれでもない。
となると、可能性としては……B級禁断共通魔法に、生物の遺伝子を弄る物がある。
それに関係しているのではないかと考え、ランダーラの医師は、魔導師会に連絡した……。
B級禁断共通魔法と言えば……。
翌日、ヘビ男は執行者の案内で、象牙の塔に向かわされた。
B棟地下研究室の前に来ると、執行者はヘビ男を先に立たせ、「後は自分でやれ」と暗に指示する。
執行者が突き放す様な態度を取ったのは、何もヘビ男を嫌忌しているからではない。
できるだけ、この研究室の主と関わりたくないが為だ。
そんな事など知る由も無く、ヘビ男は孤独感に心寂しい思いをする。
カーラン研究室と書かれた掛札を見ながら、ヘビ男は鼻先でドアを突いた。
1、2回。
応答が無い。
3、4、5、6……と繰り返していると、かたんと鍵の外れる音がした。
ヘビ男が執行者を振り返ると、執行者は無言で「1人で行け」と顎をしゃくる。
ヘビ男はドアの取っ手を食み、恐る恐る研究室に入った。
薄暗く、狭い研究室。
小さな光源を遮る白い背が見える。
ヘビ男は明かりが足りないと感じ、ぐわっと瞳孔を広げた。
研究室の全貌が見えるようになり、ヘビ男は思わず後退る。
あちこちに動物が飾られている。
犬、猫、ネズミ、鳥、人間……。
日常で見かける生き物ばかり。
剥製か何かだろうか?
そして気づき、驚愕する。
研究室が狭いのではない。
種類別に整頓され、所狭しと並べられた動物が、研究室を狭く見せているだけ。
研究室自体は、かなり広い。
背後のオートロックが掛かる音に、ヘビ男は跳び上がって驚く。
音の正体に安堵する間も無く、「ちっ」と舌を打つ音。
白い背が立ち上がる。
男か女か判別できない。
それでも1つだけ、判る事がある。
恐らくカーラン博士と思われる白い人物。
まともな人間ではない。
立ち上がった状態なのに、左腕が床に届いている。
初めは何かを持っているのかと思ったが、それにしては変だ。
……本当に腕なのか?
人の胴より太く、大きく脈打ち、トゲトゲしている。
ヘビ男は、恐怖で硬直した。
まるで幽霊。
暗闇の中で1人だけ、ぼうっと白く光って、浮き上がって見える。
白い人物が振り返る。
右半身から、ゆっくりと。
ヘビ男は、白い人物を凝視する。
見た目、50歳は越えている白髪老人。
口と鼻はマスクで隠れている。
人の姿だ……と安心したのは、束の間。
まるで取り付けた様にアンバランスな、大きな梟の左目に、ぎろりと睨まれ、ヘビ男は気絶した。
ヘビ男が気づいたのは、ベッドの上だった。
部屋は相変わらず薄暗いが、恐怖心は落ち着いていた。
周囲を確認しようと首を捻ると、お隣で巨大なヘビが白目を剥いて添い寝している。
ベッドと思っていた物は、実験台だった。
ヘビ男は慌てて飛び起き、実験台から転げ落ちた。
これまで多くの人を無用に驚かせて来た自分が、まさか驚かされる側に回るとは思っていなかった。
床の上で、とぐろを巻いて怯えていると、白い老人が長靴の爪先で小突く。
「顔を上げたまえ」
ヘビ男は目を閉じたまま、白い老人に言った。
「止めて下さい止めて下さい殺さないで殺さないで殺さないで」
白い老人は溜め息を吐く。
「まだ何もしとらんがな。
まったく迷惑な事だ」
「ごめんなさいごめんなさい」
とぐろの渦に顔を突っ込んで、ヘビ男は謝った。
「いつまでも留まっていられると、研究が再開できない。
私としては、早く雑事を済ませたい」
「ごめんなさいごめんなさい」
「人の話を聞いているのか?」
「ごめんなさいごめんなさい」
ヘビ男は、ひたすら謝るだけで、話ができそうな雰囲気ではない。
白い老人は、ヘビ男を左手で締め上げた。
比喩表現でなく、大木の様な左腕は、ずるずると伸びて、ヘビ男に絡みつく。
「人が貴重な研究時間を割いてやっているのに、その態度は何だ!?」
3身は突き上げられた。
老人の左目は怒りで見開かれ、金色に光って、まるで鳥脅しの様。
ヘビ男は再び気絶した。
この白い老人、カーラン・シューラドッド博士の悪癖の1つに、自分が常識的に知っている事は、
当然人も知っていなければならないという思い上がりがある。
他者を気づかう事もできるのだが、その基準が自分にあるので、気づかいが気づかいにならない。
聞かれた質問に答える場合も、思考が飛んで、1つ2つ先の事を答えるので、その結果、
聞かれた質問には答えていないという奇妙な現象が起こる。
よく晴れた日、カーラン博士に「今日は天気が良いですね」と話しかけたとしよう。
カーラン博士は、天気が良い、気温が上がる、暑くなる……と瞬時に連想して、水に関係した話を始める。
あるいは、天候繋がりで、翌日以降のティナー地方の天気予想を始めたり。
下手に前後の話と繋げ合わせて、会話を継続しようとすると、どんどん内容が飛んでいって、
できの悪い人工知能と会話させられている様な気分になる。
それはカーラン博士も同じで、通常の会話を試みても双方共に不快にしかならない。
これが論理的思考に基づく物だから、余計に性質が悪い。
頭の回転に手が追いつかないので、計算は専ら暗算で、筆記を苦手とし、論文でも内容が飛ぶ有様。
初対面の人間が、カーラン博士とコミュニケーションを取るのは、非常に困難な事だ。
そんなこんなで、ヘビ男がカーラン博士と話し合える状態になるのに、1角は要した。
ヘビ男は椅子に座って、カーラン博士と向き合う。
カーラン博士の容姿は、梟の左目と、何とも名状し難い異形の左腕が、恐ろしく目立つが、
その他は人間と変わらず、奇怪な部位を意図して見ようとしなければ、正気は保てる。
ヘビ男も外見に関しては、人の事をとやかく言える立場に無い。
何とか人間に戻りたいと願うヘビ男に、カーラン博士は言った。
「話は先方から聞いている。
私としては、手っ取り早く心測法を行いたい。
心測法以外に、君を元の姿に戻す手は無いと思う。
一応、心測法を受けるリスクの説明をして、医療行為に同意してもらう」
「はい」
ヘビ男は神妙な面持ちで(……と言っても、表情に変化は無いが――)頷いた。
カーラン博士は淡々と説明する。
「今回は、当人の記憶に無い事を引き出すので、深層を長時間探る事になるかも知れない。
長時間深部心測を受けた、9割の人間が、気分が優れない、頭痛がする等、体調不良を訴える。
8割の人間は、脳に何らかの障害が残り、重度の障害が残る確率は――」
「ちょ、ちょっと待って!」
「何かね……?」
慌てるヘビ男に、カーラン博士は眉を顰めた。
「脳に……障害?」
おどおど尋ねるヘビ男。
カーラン博士は、大きく頷く。
「最後まで聞け。
脳機能低下に代表される、重度の障害が残る人間は、全体の5割程度だ。
廃人になる者は、全体の3割に過ぎない」
それは決して小さいリスクでは無い。
この感覚の異常さに、ヘビ男は黙り込んでしまった。
カーラン博士は続ける。
「それとは別に、心測法が成功する確率は8割。
失敗は廃人化と同義だが、医療行為としての心測法では、死亡例は無い。
心測法で死亡する可能性は、術者が被術者を殺すつもりでなければ、0と言って良い。
深部心測を受ける事に同意するか?」
心測法が成功する確率は8割。
それは即ち、記憶を読み取る事と、被術者が無事である事は、全く別と捉えている証拠。
ヘビ男は答えられなかった。
落命の心配は無いとは言え、まさか人生を懸ける事になるとは思わなかった。
暫し悩んだ後、ヘビ男は恐る恐る尋ねる。
「……他に、方法は?」
「医療行為ではないので、公的な統計記録は出せないが……私の経験上、成功と失敗、半々か」
「あの……何の話で?」
「人の姿になるだけなら、遺伝子を弄ってやれば良い。
元に戻すのとは訳が違うから……やはり、それなりのリスクは伴うがな」
カーラン博士は、自身の左腕を上げ、揺すって見せた。
ヘビ男は反射的に目を背ける。
こうなるかも知れない。
ヘビ男は椅子の上で、とぐろを巻いて唸った。
どちらにしろ、五分の確率で酷い目に遭うのだ。
地下研究室は陽が入らないので、ヘビ男には時間の感覚が無いが、彼の訪問から既に2角が経過。
カーラン博士は、なかなか結論を出さないヘビ男に、いらいらしていた。
今後の予定を繰り下げ、繰り下げ、脳内では何度もスケジュールを変更している。
最悪、今日1日を潰すだけで済ませたい。
それが最大の譲歩だ。
カーラン博士は、ヘビ男に心測法を受けさせようと試みる。
「君の脳構造と記憶保存状態によっては、深部まで探らず済むかも知れない。
私は心測法に懸けては、そこらの医療魔導師より経験がある」
嘘ではないが……カーラン博士が心測法を行う対象は、主に死体。
死体は、その後を気づかわなくて良いから、気楽な物である。
事実、彼は多くの死体の脳を、使い物にならなくして来た。
「悩むだけ時間の無駄だぞ?
ここに来た時点で、選択肢は限られている。
心測法を受けて記憶を取り戻すか、遺伝子操作で何物か知れない姿になるか、
このままヘビ人間として生き続ける事か……三択だ」
別にヘビ男を気づかっている訳ではない。
どうでも良いから、早く決断しろと迫っているのだ。
ヘビ男は考えた。
脳に障害が残るのは嫌だが……ヘビ人間として生きても、寂しい思いをするだけ。
何物か知れない姿になるのも嫌だ。
自分の本当の姿に戻りたい。
「う、受けます。
心測法を受けます!」
ヘビ男は目を閉じ、自棄気味に叫んだ。
「宜しい。
では、始める」
カーラン博士は透かさず、人の形をしている右手で、ヘビ男の頭を鷲掴みした。
「え、ちょ、ちょっ、まだ心の準備が――……」
抵抗しようとするヘビ男だったが、不用意にカーラン博士の左目を直視して、身動きが取れなくなった。
A級禁断共通魔法に分類されている、簡易催眠魔法の一種である。
全身の力が抜け、心地好い浮遊感の後、ヘビ男は椅子に座ったまま気絶した。
4針後、ヘビ男は目覚めた。
気を失う前と同じで、椅子に座ったまま。
こういう時は何かしら過去に関係した夢を見る物だと思っていたが、残念ながら何の夢も見なかった。
顔を上げると、カーラン博士が難しい顔をしている。
ヘビ男は、自分の体を確認したが、変化は無かった。
脳機能に深刻な異状がある様子でも無い。
……本当に深刻なら、自分では異状に気づけない物か?
そんな事を思いながら、ヘビ男はカーラン博士に尋ねた。
「……あの、どうでしたんでしょうか?」
カーラン博士は両目を閉じて言った。
「結論から言うと、やはり君は普通の生命体ではない。
勿論、人間でもない」
「ど、ど、どういう事でっすか?」
ヘビ男は気が動転して、どもりながら、とぐろを巻いた体をうねらせた。
カーラン博士は、これから話す内容が、ヘビ男に理解できる物か、迷いながら説明を始めた。
「君の記憶は、ほんの1年くらい前までしか遡れない。
表層意識ではなく、深層意識まで、すべて1年より前を記録してない。
全身の細胞に、強力な魔法的作用を受けた痕跡があったが、これも1年より前には遡れない」
ヘビ男は、うねりを止めた。
「私は君を、魔法で造られた人工生命体と推測する。
君は人間ではない」
「で、でも……だったら、この俺の中にある、人間だって感覚は……?」
「何者かの感覚を転写した可能性が高いだろう。
例えば、飽くまで例えばの話だが、その体に人間の記憶を植え付けようとして、失敗したとか」
「人間の記憶……誰の!?」
「知らん。
『例えば』と言った。
確定した事実は1つ。
君に元の姿など無い」
冷たく突き放すカーラン博士。
ヘビ男は、涙は流せないが、泣きついた。
「ほ、他に……!
他に何か判った事は!?」
カーラン博士は迷惑顔で言った。
「君の目が最初に開いた時の風景は見えたが、どこだか判らん」
「それっ、すっごい重要な事じゃないでっすか!?」
興奮するヘビ男とは対照的に、カーラン博士の態度は冷え切っている。
「重要か?
理解しかねる。
依頼は果たした。
これ以上、君に付き合う義理は無い」
「ど、どうして……!?」
「もう帰ってくれないか……。
私は君の出生には興味が無いし、私には私の研究がある。
よそ事に時間を取られたくない」
「そんな殺生な――!?」
焦ったヘビ男は警戒を忘れ、三度カーラン博士の左目を見てしまった。
「結果は報告……まとめる。
後で……に渡し…………自分の……――――」
カーラン博士は、ヘビ男に向かって何か言っていたが、最後まで聞き取る事はできなかった。
ぐるぐる目が回り、ヘビ男は気絶する。
彼は象牙の塔からつまみ出され、ランダーラの留置所へ移送された。
この後、ヘビ男は執行者を連れ、自分を生み出した外道魔法使いを探しに行く。
それは、また別の話……。
墓守の歌
墓場の男が恋をした
村一番の美人だよ
だけども領主の目に留まり
墓場の仲間になっちゃった
「墓守の歌」は、王制社会を嘆いた、旧暦の俗謡。
事実を基とした歌とされているが、舞台は明らかになっておらず、完全に創作でないとは言い切れない。
しかし、これが俗謡となったのには、それなりの理由がある筈で、この様な事が行われていても、
不思議でなかった時代背景が関係していると推測されている。
「墓守の歌」という題名は後付け。
暗い歌詞とは逆に、 単調なリズムで軽快に歌われる。
旧暦の社会構造を表した物として、公学校の歴史の授業で、誰でも一度は目にした事がある。
広く知られていないが、墓守の歌には、続きがある。
墓場の男が恋をした
憎い領主の娘だよ
高嶺の花を見つめては
墓場で恨みを募らせた
籠の鳥には羽が無い
無垢な笑顔は汚せない
あの娘の面影悲しくて
墓場の男は恋をしない
この部分は公学校では習わず、旧暦でも曲が当てられていない。
リズムが崩されるからか、気の多い男は情緒に欠けるからか、理由は明確でない。
少女は神に愛されていた。
少女の行いは、その意図に拘らず、すべて善となった。
清らかなる手は、触れるだけで病を治し、汚れを払った。
少女に敵対する者は無かった。
どんな悪人でも、少女の前では改心した。
無情な盗賊ですら、少女の神性に感涙した。
少女を傷つけられる物は存在しなかった。
人ばかりか、獣、無生物まで、あらゆる危険が少女を避けた。
そして、あらゆる危険から少女を守った。
天候ですら、少女には逆らわなかった。
暑い日は曇り、寒い日は晴れた。
少女が祈れば、荒れ狂う天地は怒りを鎮め、凶作は豊作に転じた。
世界は少女を歓迎していた。
少女は賞賛の中にあった。
しかし、少女が恐れを抱いた事が、過去に一度だけあった。
それは静かな春の夜の事だった。
少女が星を見に、こっそり宿を抜け出した時。
少女は、からん、からんという音を聞いた。
葬列の弔鐘だ。
しかし、少女は穢れ――死に纏わる忌み事――を知らない。
少女は、自分に近づいて来る音の正体が、不吉な物の足音だとは、気づけなかった。
明るい月夜は、昼とも夜とも付かない、薄昏の不気味な空間。
鐘の音は大きくなるが、いつまでも音源は明らかにならない。
普通なら恐怖心を抱くだろうが、少女には危機感が足りなかった。
少女の前に、それは突然現れた。
背丈は少女より1歩くらい高い。
黒いローブを纏った姿は、顔まで隠して……。
これなら影から湧いた様に見えても、不思議ではない。
不思議ではないが、少女は判っていた。
これが、まともな人間ではない事を……。
少女にとって、自分に憎悪を向けて来る相手は、初めてだった。
男とも女とも付かない、その奇妙な存在は、間違い無く、少女を敵視していた。
それでも少女は恐れなかった。
感情の欠落ではなく、「憎まれる」という未知の体験に、どう反応して良いか、分かっていなかった。
この場に、神の加護は働かなかった。
神に歯向かう者は、悪魔である。
過保護に育てられた少女は、それを理解していなかった。
少女は、目の前の存在に尋ねた。
「あなたは誰ですか?」
「私は、あなたの罪を知る者」
優しい女の声だった。
少女は懐かしさを感じていた。
「罪とは何でしょう?」
「逃れられぬ過去からの追跡者」
少女は目の前の存在に惹かれていた。
少女の知らない、しかし、少女に係わる重大な何かを、目の前の存在は知っている。
少女は誘惑されていた。
それは知への欲求……。
世の悉くは罪深く、世の悉くは穢れていて、少女は許し浄化する役目を担った者。
そう教わっていた。
その自分が罪を負っているとは、一体どういう事なのか、気にせずにはいられなかった。
「私の――」
私の罪とは何でしょう?
そう尋ねようとした時、少女の背後から叫び声が飛んで来た。
「私の信仰を汚すなーーっ!!!」
声の主は、少女に連れ添っていた女だった。
女は焦りと怒りで、鬼女の如き形相をしていた。
女は……黒いローブを着た者の正体を、知っていた。
女は間に割って入り、少女を庇った。
「この子が何をした!?
この子に罪など無い!!」
黒いローブを着た何者かは、女をせせら笑っていた。
「この娘は、生まれながらにして罪を負っている」
「原罪?」
「呪われし出生……。
人の性に基づく物ではない。
この娘の罪は、より悍ましく、深い物だ。
よもや秘したまま生かし続ける気ではあるまい?」
女は今にも泣き出しそうな声で叫んだ。
「この子に罪は無い!
恨むなら私を恨め!!」
黒いローブを着た何者かは、込み上げる笑いを堪えて言う。
「この娘を罪深い物にしたのは、お前。
恨むべきは、お前。
罪には罰を。
この娘を穢し、お前から信仰を奪う」
「やめて!」
「何を恐れる?」
「やめ――……やめなさいっ!!」
女は震え、半狂乱になり、実力行使に出た。
「神を畏れぬ不届き者は、暗黒の住人。
信仰無きは人に非ず、畜生に等しき獣なり。
邪念を払うは、浄化の炎。
悪心の大なれば、勢い益々燃え上がる!
滅せよ、悪魔……呪われし者!!」
神聖魔法。
神罰の炎が、あっと言う間に、黒いローブを包み込む。
浄化の炎の激しさは、邪念の大きさの象徴。
暗黒は、明るい赤に呑み込まれるが、叫び声は聞かれない。
ただ嘲笑う。
「無知が罪なら、知る事は罰。
このままでは何れ、この娘は大罪を犯す」
人の形が燃え尽きた跡は、消し炭ばかりで、何も残っていなかった。
蚊帳の外だった少女は、黒いローブが焼ける様を、ただ呆然と眺めていた。
少女は覚らざるを得なかった。
己が罪深い存在である事を。
そして、その恐ろしさに泣いた。
誰が怖かった訳ではない。
知らぬ間に罪を重ねていた事が、何より恐ろしかったのだ。
しかし、それは感覚的な物。
少女は未だ己の罪が何か理解していない。
少女が自覚できないところで、罪は知らず知らず重くなって行く。
少女は己が無知を恐れ、泣いていた。
知る事さえ許されなかった。
女は少女を抱き締め、赤子をあやす様に、その頭を撫で、その背をさすった。
女は泣いていたが、その涙は、少女の為に流した物ではなかった。
……そして翌朝、少女は忌まわしき夜の記憶を失くしていた。
女は安堵し、とても喜んだ。
罪は深く、重くなったが、そんな事には無関心だった。
呪詛魔法は、その性質からして、神聖魔法に敵わない。
しかし、呪詛魔法使いは不滅。
敗北を繰り返す事で、負の力を増し、復讐を果たす。
呪詛魔法使いに狙われた者は、必ず亡びる。
逃れる術は、唯一つ。
罪を認めて改心し、許しを乞う事である。
それで許されるかは、分からないが……。
竜を探して
ボルガ環状連山帯 アノリ霊山にて
高く険しいアノリ霊山。
その頂には、竜が住むと言われている。
ボルガ高山地に多い、竜神信仰の大本とも。
伝説の竜は、川の様に長い大蛇の姿で、頭部には雄鹿の様な立派な角が生えており、
鷹の様な鋭い爪の生えた足と、白鳥の様に美しい巨大な翼を持っている。
知能は高く、古代から人の営みを見守り続けて来た、所謂「守護神」で、人々を災いから守って来た。
その一方で、禍神として追放され、霊山の頂に封印された話もある。
人前には滅多に姿を現さず、よく晴れた日、稀に空を飛んでいる様が目撃される。
……以上は、周辺村の伝説なので、どこまで本当かは知れない。
最大標高が5通を超すアノリ霊山は、難所として有名で、余程の物好きでない限り、
旅人は竜神伝説を話半分で聞き流し、真偽を確かめようとしない。
その物好きも、悪路とすら言えない道に、行く手を阻まれ、多くは引き返す。
高所から滑落し、命を落とす者も少なくない。
しかし、サティ・クゥワーヴァは竜神の住まう霊山に挑むと言い出した。
怪しい噂を聞いては、自分の目で確かめずにはいられない、彼女にはエラッタの素養があった。
霊山の頂に近づくにつれ、サティは禁断の地と同じ雰囲気を感じ取っていた。
雲に突っ込んだ山頂付近は、視界が悪く、魔力の制御が利かない。
強大な恐るべき物の気配がする。
それは禁断の地よりも、よりはっきりした感覚だった。
……「何か」いる。
サティもジラも、そう確信していた。
道無き道を行き、何とか辿り着いた霊山の頂には、果たして……竜がいた。
なるほど、噂に違わず、全長3大に届くかという巨体。
山頂広場に寝そべっている姿は、大岩の如し。
全身を覆う半透明の鱗は、霧に濡れて、白銀に輝く。
その角、翼、足も伝承の通りであったが、まるで取って付けた風な不自然さ。
周辺の魔力の流れは、竜を中心に循環している。
これが普通の生き物でない事は、一目で理解できた。
この奇怪な化け物を前に、身構えるサティ、立ち竦むジラ、そして……。
「すばーくです! るずんさーん!」
北方訛りの大声で挨拶をするラビゾー。
すると、竜が両目を開けて吠え、地鳴りが起こる。
「オー、らぶぞダネカー」
サティとジラが、この重低音を人語と理解するには、多少の時間を要した。
竜神を知らない者にとっては、ラビゾーの行動は危険極まりない物としか映らない。
今に取って食われるのではないかと焦る。
まさか大岩の様な竜と会話できようとは思わない。
相手に敵意が無いと解った後も、なかなか警戒は解けなかった。
竜神に1歩もある大きな虹彩を向けられると、サティとジラは反射的に臨戦態勢をとる。
「コーヤチャー、こもん・すぺあーダノー?
マトーマオクノスツガ、タケガー……コーガ、マドーステヤッカー?」
「そーですー!
るずんさぬ話すがあーって!」
ラビゾーが北方訛りで話し続けている様子から、ここで初めてサティとジラは竜神も訛っていると知った。
その衝撃たるや、過去に並ぶ例が無い。
「がんど・まーずノ、オスエヲ継グス、フトノ子ヨ……ワヌナノヨカノ?」
巨大な竜は鎌首をもたげ、サティとジラを1身半の高さから見下ろした。
威風堂々たる構えは、さすが神と呼ばれるだけはある。
しかし、ただでさえ聞き取り難い竜神の声が、北方訛りとあっては、2人は何も応じられない。
……というか、まさか竜神が実在しているとは思っていなかったので、どう対応して良いか戸惑っていた。
伝承の通りなら、この竜神は魔法大戦を生き延びて、旧暦から存在していた。
この事実は、サティの監視役であるジラを悩ませた。
魔導師会にとって、都合の悪い事実の存在を認めなくてはならなくなるかも知れない……。
過去に魔導師会が、いかなる罪を犯していようとも、現在の社会秩序を保っているのは、魔導師会である。
それが社会的信用を失う事態になれば、魔法を管理する者が無くなり、混沌の世が訪れる。
サティと自分が口を閉ざすだけで済めば良いが、未だ地方民の信仰を集める竜神を討伐する事になり、
それが原因で、魔導師会を憎む者が生まれては悲しい。
ジラは祈った。
どうかサティが危険な質問をしない様に。
どうか竜神が魔導師会に都合の悪い事実を知らない様に。
ジラとて好い年をした大人である。
魔導師会が過去より一貫して、全くの潔癖な組織だとは思っていない。
それでも魔導師会を信じていたかった。
欺瞞の上であっても、平穏無事に過ごしたかったのである。
今、この場を乗り切っても、これから同様の危機が何度も訪れるであろう事を思うと、
ジラは自分が監視に付いている理由を、サティに話しておくべきか迷った。
ジラがサティに同行する意味。
表向きは、研究者を護衛し、旅の安全を確保する為。
しかし、サティとて子供ではあるまいし、組織への忠誠を測る裏の面を、知らないはずは無い。
――では、サティに己の役目を告げる意味とは……?
徒に過去を暴かないでくれとでも言うのか?
ジラは1つの答えに辿り着いた。
ジラ・アルベラ・レバルトは、魔導師会を信じていないのだ。
彼女は同時に、自分が魔導師会に、社会秩序を維持する以外の役目を、期待していない事にも気づいた。
それから、思う。
グラマー市民であるサティは……魔導師会に都合の悪い事実を、受け入れられるのだろうかと……。
彼女は盲目的に魔導師会を信じるあまり、禁断の領域に踏み込もうとしているのではないか?
あるいは……と考えたところで、ジラは頭を振る。
疑い出しては限が無い。
一度、肚を割って話し合う必要がある。
この場で何事も無ければの話だが……。
竜神とサティの様子を見守るジラの心境は、複雑であった。
アノリ霊山の竜神は、周辺村民とは違い、標準語を理解できなかった為、サティはラビゾーを通訳にして、
竜神と会話しなければならなかった。
サティは尋ねる。
「あなたは竜神との事ですが、生物学上の分類は何でしょう?」
竜「神」と呼ばれている存在に対して、随分と失礼な質問だが、ラビゾーは気にせず訳した。
「るずんさーは、何の生く物かーだと!」
大きく緩やかな調子で竜神に話しかけるラビゾーは、さながら老人に物を聞かせる風。
「……エラー難ス事、聞クノー……。
何カテ、マホーススツノエラタケー……ルーテカ、エヨガネノー」
「とにかく竜としか言い様が無いそうです。
魔法資質が高い生き物」
「だーけデモ無ス、へむデモ無ス、かわつデモネ、ツカケドモ、ツガウノー……。
エヤ、ソモハズマーガ何ゾ、ワノクオクヌネダ。
何カテ、サ、ヤッパス、ルーダワ」
「せえって、あーだねかー!?
どー物と、よーずーなやな!」
「アー、ツケカモセンナー。
ソーデモ、本ノコタサンス、タスカナ事ハ、ウエンノヨー」
竜神とラビゾーは、2人(?)だけで頷き合った。
言語の壁は厚い。
サティは何の話をしているか聞き直さなければならなかった。
竜神はサティの質問に答え、様々な事を話した。
土砂を食み、雲霞を吸って生きている事。
古代には人に災いをもたらす存在だった事。
200年前まで、地元民から「使い」を選び、人と交流していた事。
魔導師会が勢力を拡大してからは、人が訪れなくなった事。
400年以上前に、共通魔法使いと戦った事。
そして……自分は旧暦から存在し、魔法大戦を見た事。
伝承は大方事実であった。
ジラは緊張した。
サティは遂に、その質問をした。
「魔法大戦の事を教えて下さい」
これまで饒舌だった竜神は、静かに尋ね返した。
「すかんぶー・おーばーノ、何ガスータエト?」
……サティは暫し考えた後、こう言った。
「先ずは魔法大戦について、私達の認識と差が無い事を確認させて下さい」
ジラはサティを強く睨んだ。
サティは現在主流となっている魔法大戦に関する説を、竜神に話して聞かせた。
魔法大戦は魔力の奪い合いだった事。
世界は一度、壊滅してしまった事。
多くの魔法使いと共に、多くの魔法が失われた事。
最後に共通魔法使いが勝ち残った事。
竜神はラビゾーの通訳を挟んで、サティの話を静かに聞いていた。
話を聞き終えた竜神は、両目を閉じて沈黙した。
そしてジラを一瞥して、サティに視線を戻した。
「500年前……ワハ、大だーけトタエ差ナー、存ザーダッタ。
アダコダ、余スタスカナ事ハ、ウエン……。
ソバッカデ済マンノ……。
大ウクサノハズマートナッタッツー、アノフ……。
ワガ寝起クカー覚メート、ホスガ焼ケクウートッタ。
ソガ何ゾハ、サン……。
がんど・まーずノス業テナー、ソーナンカモスエン」
「竜神様は500年前は大トカゲだったとさ。
魔法大戦の始まりは寝起きでよく解らんかったって。
気づいたら星が荒れていたと」
長話が続いたので、ラビゾーの通訳は段々好い加減になって来ていた。
「ワハ、サク熱ズ獄ノウムヲ泳ーダ。
ナモカモウムノ底ダデ、出張ットー山ノ上ン乗ッテ休ンダ。
クークモ焼ケトーシ、ツッサーウクモーハ、ムナスンダモント思ットッタ。
ダケー、落ッツクマデ、ナーゲ、ナゲ眠ーヌ就ク事ヌスタノヨ……」
「何もかも海に沈んでいて、空気も海水も熱かったから、山の上に避難したんだとさ。
熱過ぎるから、小さな生き物は生き残ってないと思って、眠ったそうな」
「……詰マートコ、大ウクサノ事ハ、何モサンノヨ……。
本ヌズ獄ナヤナッタヌ、眠ーカー覚メタトキャ、フトモ獣モ、ヨーウク残ッタワ、
ダエツモムドーヌ戻ッタモンダワト、エヤ感スンスタ」
「だから大戦の事は知らん。
地獄の様な中で、人も動物も植物も、よく生き延びた物だって」
ジラはラビゾーの言葉を聞いて、胸を撫で下ろした。
疑問に思う事は多いが、この様子なら問題無いだろうと彼女は思った。
しかし、竜神は最後に奇妙な事を言った。
「すかんぶー・おーばー後ノ世カーハ、ダエ変化スタ。
マー、ワヌトッテモ、エーホヌ変ワッタカノ……」
ラビゾーは通訳しなかったが、サティは聞き過ごさなかった。
「今、竜神は何と言っていましたか?
ラビゾーさん?」
驚いたラビゾーは、数極の間を置いた後、大きく息を吐いた。
「魔法大戦後に、世界は大きく変わった。
それは竜神様にとっても、良い変化だったと」
「それは、どんな変化ですか?」
サティは勘が鋭かった。
彼女は真に迫ろうとしていた。
困ったラビゾーは、竜神を見上げる。
「こんすは、うぬすえのほーの変わーをすーたーって。
だども、こんすは魔どーすかえの魔どーすだけ、答えは自ずかーすーべくだ。
おっせてまったやなんで、うくなーではソックの大くーなーだーす、まだ早とおもー」
「……ダナ。
セトナスヌ、ツカクモ無ケドトークモネ答エヲ出スターバ、エッカ……」
竜神はサティに向かって言った。
「すかんぶー・おーばーヌハ、サーフケーウムガアッタノヨ。
単ナー魔オクノ奪ー合ーダナスヌノー……」
「魔法大戦には深い意味があった。
魔力の奪い合い以上の意味が……」
「スカス、ダーヌ尋ネテモ、スンノ答エハ返ッテ来ン。
魔ホーノフオーヌカカワー事ダカーノー。
ソハ、ワモ同ズ。
ウズエ、己ガ手デ掴ムスカナカーヨ」
「それを誰に尋ねても、真の答えは返って来ない。
魔法の秘密に関わる事が故に。
知りたくば、己で探し当てるより他に無い」
竜神とラビゾーの雰囲気は、完全に同調していた。
それは質問の答えになっていなかったが、真の答えは自分で得る物……。
サティは言葉の意味を感覚的に理解し、無粋な追及を止めた。
ラビゾーも竜神と同じく、魔法大戦の意味を知っていると、容易に推測できたが、ここで問い詰めても、
いつもの様に逸らかされると学習していた。
何よりラビゾーに物を知らない子供扱いされるのは、気に食わない。
彼女は各地を回り、自分の中で、何かを掴みかけていた。
その形は未だ定まっていなかったが、自分で答えを出したいという思いもある。
あと少し、何か切っ掛けがあれば、繋がりそうな気がする……。
見えない答えは、確かな物か、それとも幻か――……。
サティの質問が終わると、竜神はジラに声をかけた。
「ソコノナゴ、ヌスガワズーヤニャ、ナーセン。
安スンセー」
ジラは何と言われたか解らず、反応に困っていた。
ラビゾーが通訳する。
「そんなに難しい顔をしなくても、心配している様な事にはなりませんよって」
それが気休めなのか、何かの根拠に基づいた物なのか、ジラには判らなかった。
第四魔法都市ティナー大商業区
大陸の中心にある第四魔法都市ティナーは商業の街。
各地から売買人が集う。
狭い土地に1000万人以上の人間がひしめく大都会では、自分以外に関心を持つ者は少ない。
郷に入っては郷に従えと言うが、このティナーでは、自らのスタイルを貫く事が、法となっている。
自分と周りを比較して、気にする事は無い。
自分が何物であるかを主張する事は、この街では非常に重要な事なのだから。
その性質ゆえに、ティナー地方の都市は、外道魔法使いの潜伏場所になっている。
奇抜な格好の者、形式から外れた魔法を使う者……それらはティナーでは一種のファッションだ。
人の害にならない限り、何をしても良い。
そういう自由がティナーの街では認められている。
ティナー都市議会と魔導師会の折り合いが悪い理由は、ティナー市民が、独自の価値観に基づく正義と、
強固な意志を有しているからに他ならない。
しかし、個の利益は往々にして、集団の利益に反する。
その負の面として、犯罪率の高さに代表される治安の悪さがある。
酒場にて
様々な地方の人間が集う商業区の酒場で、周囲の目を引く女がいた。
女の動作の一つ一つに、周りの者は耳を澄まし、目を凝らした。
いかな容姿・服装だろうと、ここに存在するだけで注目を浴びる事は、そうそう無い。
それは逆説的に、この女が何かをした証明になる。
そう。
女は魔法を使っていた。
それは舞踊魔法という外道魔法……。
女は舞踊魔法使いの中でも、『色欲の踊り子<ラスト・ダンサー>』と呼ばれる存在。
その魔法は異性ばかりでなく、同性・異種までをも誘惑し、発情させる。
女は1人の男に目を付けた。
ただ1人、女に注目しなかった男に。
女は一本の線上を歩く優雅な足運びで、周囲の視線を引き連れ、男に声を掛ける。
「ラァヴィゾォール?」
「ラ、ラビゾー……」
艶かしく耳に纏わり付く声に、たじろぐ男。
女は男の肩に手を置き、蛇の様に絡んで、耳を甘い吐息でくすぐる。
「私を無視した理由を聞かせて欲しいなァー」
「近い……近いです、バーティフューラーさん……」
バーティフューラーと呼ばれた女は、押し返そうとする男の袖を掴み、臭いを嗅いだ。
「アンタ、女の匂いがするわねェ……。
色気づいた?」
「ちょっと、変な言い掛かりは止めて下さいよ……。
酒臭……酔ってるんですか?」
「あァン?
これは香しいってのよ。
香水とお酒の匂いが程好く混ざって、脳幹が痺れる良い香りでしょう?
それを酒臭いって、相変わらず女に免疫が無いのねェ……」
唇を尖らせる女に、男は言う。
「別に女は関係無いでしょう……。
頭がくらくらする」
それは魔法に抵抗しているから。
女は男の膝の上に座り、首に腕を回した。
「酔ってしまいなさい。
アンタには余裕が足りないのよ。
これだけ密着してんだから、さり気無く腰に手を回す位は出来ないの?」
そう言って、男の首を抱えたまま、ふらっと背中から床に倒れ込む女。
「おおわっ、落ちる落ちる!
危ない!」
女を支える為に、男は踏ん張り、女の背に手を回さざるを得ない。
傍目から見れば、そう危なくもなかったのだが、男は焦って女を抱き寄せていた。
男の腕の中、女は男の耳元で嬉しそうに囁く。
「よく出来ました〜」
そして頬に軽く口付け。
周囲の目が気になる男は、困った顔で女に尋ねた。
「……で、バーティフューラーさんは、どうしてティナーに?
森から出て来ちゃって良いんですか?」
「アンタを追って来たのよ、ラヴィゾール」
真顔で答える女に、男は心配そうに訊く。
「向こうで何かあったんですか?」
「…………アンタ、それは無いわ。
そこは『俺を追って……?』って、ときめく所でしょう?」
「違うんですか……。
まぁ、良かったです」
安堵する男に、女は呆れて溜め息を吐いた。
そして改めて、男の問いに答える。
「はぁ……アンタが旅に出た後ね、アタシも思った訳よ。
僻地で一生過ごすのは、何か勿体無いんじゃないかって」
「へー。
で、外に出てみて、どうだったんです?
何か困った事とか、ありませんでした?」
続けて尋ねる男に、女は顔を顰めて見せた。
「アンタに先輩面されると、すっごいムカつくんですけど。
何なの?
昔は散々お世話してやったのに」
「誤解を招く言い方は止めて下さいよ。
本当の所、どうなんですか?」
「んー……そんなに苦労してもないけど、退屈もしてないわ。
『美は財産』とは至言ね。
アタシに掛かれば、どんな奴も一発でコロリよ。
執行者とやらの存在も、良い刺激になってるわ」
ふふんと鼻を鳴らして得意になる女に、男は愛想笑いで応じるのだった。
女は不意に寂し気な表情を作り、男の胸に手を当てる。
「でも、時々……虚しさみたいな物を感じたりしてね……。
そんな時に、懐かしい匂いのする男に会ったのさ」
「偶には帰ったらどうです?」
「……本当に相変わらずって言うか、アンタには情緒って物が無いの?
男女の機微を知りなさい」
「そんなん言われても困るんですけど……えへへ」
だらしなく笑う男の胸板を、女は軽く叩いた。
「アンタは何時まで旅を続けるの?」
「まだ自分の魔法を見付けてないですから……」
「そう……。
早く見付かると良いわね」
「あ、ありがとうございます」
女は男から離れ、酒場を出た。
女に心を奪われた者の目は、そのまま女の後姿を追い続け、誰一人として男を顧みない。
男の服には、甘ったるい香りが移っている。
その後、男は知り合いの飲んだくれに囲まれ、やいのやいのとからかわれた。
「オイオイオイオイ、ラビさん、どーいう事だよ」
「あの姉ちゃんと知り合いなのかよォ」
「え、ええ……はい」
「羨ましいなァ、オイ。畜生め、良い香りだなァ」
「女っ気の無い奴だと思ってたのに、やるじゃねーか!」
「いやいや、そんな事は無いッス」
「隠さなくっても良いんだぜ?」
「お世話になったんだろォ? どうだったんだい? えェ?」
「お世話っても、あれですよ。家畜の交尾を――」
「家畜! 交尾!」
「何それ卑猥」
「この酔っ払い共め……」
共通魔法の支配強しと言えど、世は住み難い物でもない様で……。
魔法暦123年 禁断の地にて
時は開花期。
魔法大戦後の共通魔法勢力の発展は留まる所を知らず、唯一大陸未開地の整備と共に、
人知れず静かに暮らしていた、外道魔法使いを僻地に追い遣った。
その中には、第一魔法都市グラマーから砂漠を越えて、禁断の地へ向かった者もいると言う。
2月15日の早朝。
寒い冬に訪れた、束の間の晴天日。
放射冷却で極端に冷え込む中、赤子が捨てられていた。
何時、誰が、どうやって?
それは判らないが、赤子は揺り籠の中で静かに眠っていた。
第一発見者のアラ・マハラータ・マハマハリトは、この赤子を拾い、第一弟子として育てた。
赤子は禁断の地に住まう物達に愛され、すくすく育った。
この女児には魔法使いの素質があり、師の教えをよく理解し、十になる頃には、師に次ぐ実力者となった。
物の分別が付く様になると、師は弟子に名を決めさせた。
弟子は師に倣い、自らの呪文を己が名とした。
石火、星空の瞬き、チカ・キララ・リリン。
魔法暦135年
共通魔法は益々発展の勢いを増す。
共通魔法使いは唯一大陸の全てを支配しようとしていた。
難攻不落にして伝説の地、禁断の地には、魔導師会が組織した調査隊のみならず、一般の冒険者まで、
迷い込む者が後を絶たない。
禁断の地に隠れ棲む物達は、日々の静穏を守る為、侵入者を追い払った。
禁断の地は侵入者の血で穢れた。
侵入者を殺戮した物の正体は、魔法大戦の遺物である。
魔法大戦の遺物は、禁断の地に挑む者にとって、恐怖の対象となった。
禁断の地に住まう物達は、時に魔法大戦の遺物と混同され、命を狙われた。
誤解から始まった事とは言え、これを一方の責任と片付ける事は出来ない。
侵入者の一部は、目に付く物を無差別に敵と見做し、攻撃した。
侵入者を排除する為に、禁断の地に棲む物達の一部は、魔法大戦の遺物を利用した。
意思の疎通も儘ならず、対立は深まった。
魔法大戦の遺物が、共通魔法使いを憎む理由は何か?
魔法大戦の遺物の一である人工精霊「ロードン」は、チカに共通魔法使いの非道を語った。
それを聞いたチカは、共通魔法使いを憎んだ。
そして……彼女は共通魔法使いを討つべく、禁断の地を飛び出した。
師の最後の魔法を学ばない儘。
チカの行動は、師の思想に反する物であり、以来師弟は絶縁状態となった。
……故に、未だ彼女は一度も禁断の地に戻っていない。
アラ・マハラータ・マハマハリトは、2人目となる弟子に、姉弟子の存在を教えなかった。
それが意図的な物か、それとも単に教える機会が無かっただけか、知る者はいない。
魔法大戦の遺物とは……。
禁断の地にて、侵入者を拒む、禁忌の落とし子。
禁断の地を、禁断の地たらしめる存在。
その多くは魔法生命体である。
機械的に生物を排除する物もあれば、自由意志を持って行動している物もある。
しかし、多くの知能は高くなく、遺物同士で戦いを続けている物も。
人工精霊「ロードン」は、魔法大戦の遺物の一である。
雷精として誕生した「彼」は、雷と魔力の塊で、実体が無く、寿命も無い。
普段は魔法大戦の遺跡に籠り、雨の日に雷を呼んで食す。
睡眠は必要としない。
彼の存在意義は何だったか、彼自身も憶えていない。
ただ……共通魔法使いに対する、強い憎しみがあった。
彼に魔法大戦の記憶は殆ど無い。
覚えている事は、大戦で共通魔法使い側に付いて、敵を殺戮していた事だけ。
その記憶さえ、何百年という時の流れで、風化して来ている。
共通魔法使いに対する憎しみは、何が原因なのか、それさえも今となっては忘却の彼方。
雷と魔力の体は不安定で、彼は魔法陣の遺跡から離れられない。
退屈凌ぎに遺跡に近付く物を排除する日々を送っていた。
彼は次第に、それが自身の存在意義と思い込む様になっていた。
しかし、遺跡を訪れる物が毎日いるとは限らない。
存在意義の不確かな彼にとって、何も無い日は苦痛の極みだった。
そして誰とも知れない自分を生み出した共通魔法使いを憎んだ……?
……――それは違う。
彼の共通魔法使いに対する憎しみは、「生まれた」時からあった。
しかし、彼は当時の状況を思い出せない。
何故、憎んでいるはずの共通魔法使いに味方したのか?
解らない。
やがて彼は追憶を放棄した。
自分は共通魔法使いを憎んでいる。
その事実だけを認めて。
魔法暦100〜200年にかけて、禁断の地に共通魔法使いが侵入した時に、魔法大戦の遺物と、
禁断の地に住まう物達の一部は、利害の一致から共闘した。
それから人工精霊「ロードン」は、禁断の地に住まう物達からは、雷さんと呼ばれ、親しまれている。
人と触れ合う様になってから、彼の共通魔法使いに対する憎しみは、半ば惰性となっている。
魔法暦500年を過ぎた今となっても、共通魔法使いは攻撃対象だが、そこに執念は見られない。
過去の記憶も感情も風化している彼と、長い時を経ても復讐を忘れないチカは、対照的である。
第一魔法都市グラマー 禁呪研究者宅にて
禁呪の研究者は、象牙の塔の施設内にある研究者寮か、象牙の塔の側にある研究者宅に住む事になる。
新人研究員や独身者は研究者寮、室長以上の地位にある者や妻帯者には研究者宅が用意されている。
これは研究者を監視・保護する目的で提供される物である事は、言うまでもない。
外泊には許可が必要であり、終末週と年始の2週を除き、長期に亘る場合は監視役の執行者が同行する。
研究者寮は床面積2平方大、研究者宅は敷地面積4平方大。
他の魔導師会員に提供される住居と比較しても、これは十分に豪華と言える。
早朝、東の時。
禁呪研究者宅を出る夫と、それを見送る妻があった。
夫の名はリャド・クライグ。
D級禁断共通魔法研究の大家である。
奇人変人振りから独身を貫く者が多い禁呪研究者の中では、珍しい妻帯者であり、
第一子の誕生を来年に控えている。
第一魔法都市グラマーにありながら、この禁呪研究者宅は、治外法権的な物が認められている。
出掛けに軽い口付けを交わす2人を咎める者は存在しない。
平和な家庭。
リャド・クライグとカリュー・クライグは、普通の夫婦に見えるが……。
長い口付けの後、カリューはリャドに言う。
「いーって、らーっしゃーいー。
アーナーター」
低く落ち着いた……と表現するよりは、とても間延びした声。
「あーあー。
いーって、くーるーよー」
応じるリャドも同様のリズム。
リャドは、ゆーっくり、妻から離れると、遠くに見える象牙の塔へ向かって歩き始める。
角速2区。
カリューは遠ざかる夫の背に向けて、手を高く上げ大きく左右に振る。
そう、ゆっくり。
夫の後ろ姿が見えなくなると、寂しそうに大きく深い深い溜め息を吐き、屋内に戻る。
角速1区。
カリュー・クライグは何かと鈍く、動作も遅いので、初対面の者には、おっとりした性格だと勘違いされるが、
これはD級禁呪の影響である。
彼女の時間は周囲の半分の速さで流れている。
あらゆる行動が人並みの半分の速度で、動作を終えるのに倍の時間を要する。
何も知らない者が、その異常に気付く瞬間は、カリューが転倒した時である。
カリューは反射神経も鈍くなっているので、軽い拍子で転ぶ事が多い。
しかし、怪我は殆どしない。
彼女は転倒速度も半分なのだ。
重力加速度に逆らい、ゆっくりと倒れるカリューを見れば、人並み以上の注意力がある者なら、
時間を狂わされていると一目で判る。
カリューの周囲の時空間は歪んでいる。
これを元に戻す事は、今の所できない。
大きな害は無く、カリュー本人は然程気にしていないが、リャドは何とか元に戻せないかと思案している。
償いの気持ちと、研究者の誇りに懸けて。
何より、愛する者と再び同じ時間を生きたいから。
禁呪研究者の中で、リャド・クライグの名を知らない者はいない。
禁呪研究者としての実績と実力はカーラン・シューラドッドに次ぐ。
彼は安定的な時間の加速・減速と、不完全ではある物の、永続的な時間の変化、そして物質の転送・
瞬間移動を可能とした。
さすがに過去遡行、異空間干渉までは不可能だが、それ以下の事は大凡可能と思って良い。
扱いが困難と言われて来たD級禁呪を、実用レベルまで引き上げたのが彼であり、
同時に不可能と言われて来た質量の大きい物体の転送を完璧に成功させた。
しかし、彼の印象はカーラン博士とは対極。
同じ禁呪研究者からも避けられるカーラン博士と違い、リャド博士は魔法学校の教師を務めた事もあり、
社交的で常識的が通じる温厚な人柄である。
D級禁呪は研究者の間では最も危険な魔法と知られているが、リャド博士を避ける者はいない。
これは偏に、彼の人徳であろう。
はいはい、500突破
目指せ次スレ
最終的には10スレ位こんな感じで無駄使いしたいという果てしない野望。
共通魔法の授業
共通魔法の基礎となる精霊言語は、七の母音と十五の子音からなる。
人の舌では発音の難しい精霊言語とは、聞き様によっては、どうとでも聞き取れる、
中間発音で構成されている物が多数を占め、その難度は鳥の囀りや水の流れを再現するに似る。
精霊言語は呪文に用いられる複雑な文様に、発音を当てているので、文字が存在しない。
故に、発音は便宜的に記号で表す。
母音1234567、子音ABCDEFGHIJKLMNOと、こうして見れば簡単に思われるが、
詠唱する場合、発声の引き延ばしや、強弱による抑揚まで付けるので、独特の感性を必要とする。
精霊言語の発声リズムを表す抑揚記号は、簡易呪文表記では大抵省略される。
精霊言語は最大の特徴として過去形を持たないが、過去の意味を持つ単語は存在するし、
翻訳の際にも過去形の文章が出現する。
人を表す単語は母音1から始まる等、法則らしき物はあるが、例外が多く、これと確立された物は無い。
座学の時間
第四魔法都市ティナー ティナー中央魔法学校 中級課程基礎講義室にて
2大四方の空間で、十代の生徒20人が、魔導師の講師による共通魔法の講義を受けている。
魔導師を志すならば、共通魔法の仕組みを知っておく必要がある。
共通魔法には様々な形式と種類があり、それによって防衛手段も変わって来る。
今ここでは火の魔法を例に、その対処方法を教えている。
火の魔法で人を攻撃すると言っても、その方法は様々で、対処方法も様々である。
「火の共通魔法を使って、対象を攻撃したい。
この時、最も効果的な方法として知られているのが、対象を直接発火させる方法だ。
脳に集中して発熱させれば、発火させずとも対象を死に到らしめる事ができる。
しかし、生物の体は魔力による命令に抵抗する。
脳・心臓・肺など、身体に重要な器官は、特に抵抗が強い。
対抗魔法を知らない者を対象にした場合でも、魔法資質に余程の差が無ければ、効果は見込めない。
魔法資質が高い人間を対象にした場合、成功率は0と言っても良い。
そこで……ヒュージ君、どうする?」
講師は板書を中断し、1人の男子生徒をロッドで指した。
「うぇえ!?
……えーと……直接燃やせないなら、周りを熱くすれば良いんじゃないですか?」
突然の指名に驚きながらも、男子生徒は何とか答えを出す。
講師は頷き、板書を再開した。
「その通り。
対象を直接狙わずとも、対象の周囲で発火現象を起こせば、火傷くらいは負わせられるだろう。
衣服や体毛を炎上させる事ができれば、重度の火傷から、対象を殺す事もできるかも知れない。
しかし、これも実行は困難だ。
魔法は自分から距離のある対象には、効果が薄まる。
対象に認識されない距離から、魔力を制御して攻撃する事は、容易ではない。
と言って、接近してからの魔法攻撃では、不意を突かない限り、察知されて反撃を食らう可能性が高い。
そこで……ちっ」
解説の途中で、講師は舌打ちをした。
魔法学校の講師は、教育者の資格を有する魔導師である。
生徒に背を向けていても、気配から全員の行動が読める。
「ヒュージ君、気を抜くのは早いぞ。
真面目に聞きたまえ!
M57・M1D7!」
講師は詠唱と共に、ロッドで床を強く突く。
ドンという大きな音がして、講義室の空気が震えた。
「はいっ!!」
よそ見をしていた男子生徒は、背筋を伸ばして威勢良く返事をした。
講師は溜め息を吐いて、彼に問う。
「そのような場合は、どうするべきだと思う?」
「何がですか?」
「……直接対象を狙うのは無理、対象の周囲を狙うのも無理。
では、次の手段は?」
「あー、それは諦めるしかないですね……」
男子生徒は長考せず、溜め息混じりに肩をすくめて見せた。
講義室で、どっと笑いが起こる。
講師は眉間に皺を寄せて言った。
「君の様な生徒は、嫌いではないよ。
だが、真面目に答えてもらいたい」
男子生徒は腕を組んで考え込む。
直ぐには答えが出そうになかったので、講師は生徒を見回して尋ねた。
「誰か、解る者!」
すると、講師の前に座っていた女子生徒が徐に手を上げる。
「グージフフォディクス君」
指名された彼女は、即座に答えた。
「飛ばします」
「正解だ。
君達はファイア・ボールを知っているか?
E16H1F4・A17!」
講師は精霊言語を唱え、突き出したロッドの先端に、炎を灯した。
講師がロッドを円状に回して、魔法陣を描くと、炎は静かに渦を巻き、球状になる。
「魔力を一点集中させ、それを燃料に火炎球を作る。
これを飛ばす事で、遠隔攻撃が可能になる。
K56B4・BG4CC4」
続けて唱えた呪文で、火の玉は生徒の頭上を越え、講義室の後ろの壁に向かって飛んだ。
生徒の目は火炎球を追う。
「J7J1A7!」
火炎球は壁に衝突する前に、講師の呪文で掻き消された。
「テレキネシスの呪文を応用すれば、これを意のままに操る事も可能だが、それでも欠点は残る。
弾速が遅いと、術者の魔力制御圏から遠ざかるにつれて、威力が急激に落ちる。
共通魔法の知識がある者には、先程の様に呪文で無効化されるし、遮蔽物にも弱い。
つまり、対処法さえ知っていれば、大抵の共通魔法からは、身を守る事が可能なのだ」
ノートに講師の言葉を書き残す者。
ただ聞き流す者。
初めから聞こうとさえしていない者。
様々な者がいる中で、授業は続く。
魔法学校の各課程は義務教育ではない。
進学は実技で決まる部分が大きいので、座学は多くの生徒にとっては退屈なだけである。
しかし、態度が悪過ぎると、さすがに退学させられてしまうので、誰でも表向きは真面目に受ける。
講義内容を真に理解していたかは、実技試験で明らかになる。
第五魔法都市ボルガ ドッガ地区の宿屋にて
夏の夜空が見える、宿屋の一室。
ジラ・アルベラ・レバルトは、バルコニーで星を見上げているサティ・クゥワーヴァに尋ねた。
「サティ、あなたは旧暦や魔法大戦の事を知って、どうしたいの?」
サティは今更何を訊くのかと不思議に思ったが、素直に答えた。
「……別に何も?
ただ、知りたい」
動機を言葉にする事はできない。
純粋な知的好奇心を抱くのに、明確な理由が必要だろうか?
サティは考えた事が無かった。
「私は執行者。
あなたが魔導師会に不都合な事実に触れ、それを公表しようとした場合……。
私は、あなたを告発しなければならない」
ジラは態と脅しを含めて言った。
サティは振り返り、ジラを睨んだ。
「ジラさん……あなたは歴代の八導師を、そして魔導師会を、信じていないのですか?」
その言葉の真意を、ジラは量りかねていた。
彼女とて魔導師会を信じたい。
しかし、信じられない。
それは――人間という物が、どんなに罪深い存在か知っているから。
人は信用を得る為に体面を取り繕い、平気で嘘を吐く。
利己的で、自分を偽り、人を騙す事に躊躇いが無い。
ジラは執行者という職業柄、そんな人間の暗部を嫌と言うほど見せつけられて来た。
人は誰でも嘘を吐く。
長く生きれば生きるほど、嘘を重ねなければならない。
その自覚が無い者は、記憶を捻じ曲げたり、理屈を捏ねたりして、「嘘」を認めていないだけ。
長く権力の座にあった魔導師会が、全くの潔癖な組織のはずが無い。
ジラは何も、それを嫌悪している訳ではない。
良しと認めている訳でもないが、魔導師会にだって、「そういう部分」が隠されていても驚かない。
……それだけの話だ。
「もしも……そう、仮定の話、として――……」
「滅多な事は言わない方が良いですよ」
そんなジラの思いも知らずに、サティは忠告した。
ジラは反論できない。
魔導師会が不都合な事実を隠蔽した証拠など無いのだから。
夏の空気は湿気を含んで蒸し暑い。
ジラは思い切って尋ねた。
「サティ、あなたは……何があっても、魔導師会を信じられる?」
不審な問いに、サティは険しい表情で答える。
「そんな事、今は分かりません。
それともあなたは魔導師会の過去について、何か知っているんですか?」
知らない。
知っている訳が無い。
だからこそ、彼女は恐れているのだ。
「……私は何も知らないし、知りたくもない。
魔導師会の過去にも興味なんて無い。
でも、魔導師会は大きな組織だから、小さな瑕疵でも大きく取り上げて攻撃される。
いつの時代でも、権力者は民衆の暴走を恐れて、不都合な事実を隠蔽しようとした。
魔導師会だって例外だとは思えない――……思わない」
「それは失礼な決め込みですよ」
サティは呆れた様に言ったが、そんな事はジラも承知している。
それでも胸騒ぎを抑えられないのだ。
ジラは不安を吐き出す。
「サティ、あなたには何が見えているの?
あなたの行動は、学術的調査の域を超えている」
やや詰問する様な口調だった。
サティは暫しの沈黙の後、答えた。
「……今は、まだ、何も……。
そんなに逸脱していますか?」
惚けているが、彼女は何かを掴みかけている。
それがジラには怖かった。
「私の知らない事を……いいえ、世の中の誰も知らない事を、あなたは探り出そうとしている。
それが魔導師会にとって、そして今を生きる人々にとって、良い事か悪い事か、私には判らない。
今は停滞期なんて呼ばれているけれど、みんな平和な毎日を当たり前に過ごしている。
お願いだから、私達の『今』を壊さないで」
ジラは執行者としては優し過ぎた。
サティが反体制的な行動を起こす可能性があるとしても、可能性は可能性に過ぎない。
魔導師会に不都合な事実が発見される前から、あれこれと悩むのは杞憂だろう。
仮に問題があっても、執行者の規則に法って、堂々と対処すれば良い。
そうなるまでは、監視役の仕事を淡々とこなしていれば良いのに。
サティは彼女の心中を察し、何とか言い繕おうとする。
「共通魔法社会における魔導師会の重要性は、私も理解しています。
別に、悪行を暴き出そうとか、秩序の混沌を望んでいる訳ではありません」
「違う……そうじゃない、違うの」
それでもジラの蟠りは解けなかった。
何が違う?
サティは事実を公表しない可能性を口にした。
徒に社会不安を引き起こす様な真似はしないだろう。
それなのに、胸の内は苦しくなるばかり。
サティを信用できない――?
……いいえ、そうじゃない。
ジラは理解した。
そして、その事実を認めた。
「あなたが黙っていても、私は黙っている訳にはいかない」
自分は卑怯者だ。
自分が嘘を吐きたくないばかりに、人に嘘を吐かせようとしている。
平穏無事を願う余り、ジラには覚悟が足りなかった。
冷徹になり切る事もできなければ、サティを庇う事もできない。
執行者の職務に忠実でいたい心と、現状を維持したい心……、言うなれば義理と人情、
一方を自分の責任で選べない。
魔導師会が――、共通魔法社会が――、それは彼女の真意ではなかった。
あれこれと言い訳をして、彼女は汚れを他人に押し付けていた。
……気づかなければ良かった?
――それとも、気づけて良かった?
「……ジラさん?」
サティは驚いた。
ジラは涙を流していた。
「何でもない……。
変な事聞いてゴメン……。
今の話は、忘れて……」
人の暗部を認めていながら、自分の暗部は認めていなかった。
そのショックは大き過ぎた。
ジラはサティに背を向けて、部屋を飛び出した。
ジラが何を言いたかったのか、サティは終始理解できず、置いてけぼりの状態だった。
ジラを追っても慰める術は無し、どうした物かと明日の心配をしながら、彼女は再び夜空を見上げた。
人は誰でも、自分の事を自分で決める権利を持っている。
山々に囲まれた地形では、夜空は半分しか見えない。
その更に半分を雲が覆い隠し、星が見える空は全体の4分の1に過ぎなかった。
翌朝、サティが目覚めた時には、ジラは部屋に戻って来ていた。
それから数日間、ジラは酷く落ち込んだ様子で、何かと溜め息ばかり吐いていたが、
あの夜の話をサティが問う事は無かった。
ボルガ地方周遊は続く。
拝啓 プラネッタ・フィーア様
夏が近づき、グラマーでは雨季を迎える頃と存じます。
いかがお過ごしでしょうか?
私は現在、第三魔法都市エグゼラの中央区に滞在しています。
驚いた事に、エグゼラ地方では未だ雪が残っており、道行く人々の息も白いです。
エグゼラ地方は、ようやく雪解けの季節だそうで、今の時期は頻繁に雪崩で街道を塞がれるそうです。
配達も遅れがちになるとの事で、今月は早目に古文書の解読文を発送させていただきます。
ご了承下さい。
敬具
5月19日 サティ・クゥワーヴァ
エグゼラ地方の西部の小都市フロークラにて
サティ・クゥワーヴァとジラ・アルベラ・レバルトが、フロークラから馬橇に乗ってトス平原を移動していた時、
奇妙な1人の男と同乗する事になった。
「俺はコバルトス・ギーダフィ。
冒険家さ」
この時代、冒険家という職業は、あまり好い目で見られない。
僻地開拓が盛んだった250年以上前では、ありふれた物だったが、今は冒険では飯を食えない。
つまり現代の冒険家とは、定職に就いていない風来坊なのだ。
「へー、学者さんの護衛?
危険な道中、お嬢さん方だけでは大変でしょうに」
馴れ馴れしいコバルトゥスを、サティは鬱陶しく思っていた。
……実際に絡まれていたのは、サティではなく、ジラの方なのだが。
お堅いグラマー市民の女は、顔が見えない事もあり、他市民の男からは敬遠される事が多い。
「おっと、これは失礼。
女性と言って、馬鹿にする積もりは無かったさ。
子供の頃から男児たる者、女性は丁重に扱うべきと教育され来たのでね……。
あー、『扱う』……いや、お世話……あ、丁寧に接するべきと」
このコバルトゥスと言う、いかにも女好きで軽薄そうな男が、サティではなくジラに目を付けたのも、
それが理由だろう。
彼はサティなど存在しないかの様に、ジラにばかり話しかける。
しかし、ジラの態度は冷たい。
男に言い寄られて悪い気はしないが、無神経に過ぎる上に、冒険者では論外だ。
顔は良いが、そろそろ好い年になるジラにとって、それだけの男に価値は無い。
これに比べれば、実家で紹介される見合い相手の方が、まだ魅力的に映る。
駄目人間と言えば……サティとジラは、ラビゾーの事を思い出していた。
あれも相当な駄目人間の風来坊で、コバルトゥスとは良い勝負である。
双方それなりに鬱陶しい性格だが、顔の分だけコバルトゥスに軍配が上がるか。
ラビゾーは懐古主義者というのも宜しくない。
ちっとも良い点が浮かばない彼だが、コバルトゥスよりマシだと思えるのは、言い寄って来ないから。
同じ虫でも、ハエとバッタを比較する様な物だ。
女好きな駄目人間で、取り立てるべき特徴の無い男と思われていたコバルトゥスだが、
彼は薀蓄を織り交ぜた冒険話で、人を飽きさせない話術を持っていた。
それが真実なのか、出任せなのかと言えば、恐らく後者であろう。
サティとジラは話半分で、コバルトゥスの話を聞いていた。
彼が馬橇の上で語った話は、このトス平原に関する物であった。
第三魔法都市エグゼラが完成する前、メガキュートには雪の精霊が棲んでいるという伝説があった。
4つの平原に、それぞれ性格の異なる雪の精霊。
西部のメッサー大雪原には、物静かで冷淡な性格の物が。
北極のガンガー北極原には、人見知りの激しい内気な性格の物が。
南西部のキューター平原には、略奪を好む恐ろしい性格の物が。
そして南東部のトス平原には、人怖じせず明るい性格の物が。
ガンガー山脈の頂には、それぞれの雪の精霊を生み出した、精霊の父がいて、その命により、
雪の精霊は人の侵入を阻んでいたという。
内、キューター平原の精霊は、六傑のミタルミズとバルハーテによって駆除された。
そこからエグゼラ建設が始まったのだと。
エグゼラ地方開拓史に、類似の話はあるが、どこまで真実かは定かでない。
今でもメガキュートには雪の精霊が棲んでいると、一部地方では信じられている。
人に友好的だったトス平原の精霊には、地元民との交流を描いた逸話が多くある。
凍死しかかっていた者を雪室で保護したとか、豪雪の年に豊作になるのは雪の精霊のお詫びなのだとか。
その中でコバルトゥスが話した物は、人と精霊との恋物語。
雪の精霊は動物に化けて人前に姿を現す。
例えば、キツネ・ウサギ・オオカミ・フクロウといった、雪国に代表的な動物の姿を借りて。
より強い力を持った精霊は、より大きな動物へと姿を変える。
最上位の物は、人の姿を真似るそうだ。
トス平原の精霊は、人間に興味を持ち、精霊の父の命も忘れて、人の営みを見守り続けて来た。
さて……精霊が感情を抱く事がある物か?
それは解らない。
もしかしたら精霊の父とやらは、無名の偉大な魔法使いだったかも知れない。
精霊に人間的な感情を持たせる事が可能なほどの……。
話を戻そう。
トス平原はメガキュートの中では比較的荒天が少なく、生物資源に恵まれた土地だ。
多くの動物が集まり、それを狙う猟師の狩場になっている。
昔、ここの猟師達の間では、1つの決まり事があった。
雪の精霊を撃ってはいけない。
撃てば命を落とす事になる……と。
でも、雪の精霊は人前に現れる時、動物の姿を借りているだろう?
獲物か精霊か、見分ける方法があるんだろうか?
それが判るんだ。
トス平原の精霊は、人に興味を持って姿を現すから、人が近寄っても逃げない。
逆に人に寄って来る。
そういう動物がいたら、絶対に撃ってはいけない――という決まり事。
猟師の間では、常識的な話だったらしい。
そう……、「猟師の間」では。
まだ第三魔法都市エグゼラが完成する前の事、夏から異常な寒さが続いた年があった。
作物は軒並み不作で、狩りをしようにも動物の姿は無く、春を迎えられない家も多かったとか。
その年の秋、猛烈な吹雪の中、飢えを凌ぐため、1人の男がトス平原に猟に出た。
この男が、わざと吹雪の日に猟に出たのには、理由がある。
男は猟師ではなかった。
猟師達は狩場を荒らされる事を嫌って、猟師仲間以外を狩場に近づけたがらない。
勝手に狩場に入ろう物なら、後ろから撃たれても文句は言えなかった。
だから誰も猟に出ない吹雪の日、男はトス平原に向かった。
しかし、当然と言えば当然だが、素人の猟が成功する訳が無い。
吹雪の中、獲物を見つける事すらできなかった。
それでも男は帰れない。
男に明日など無いのだから。
日が暮れるまで執念深く獲物を探し続けた男の前に、1匹の白いウサギが現れた。
ウサギは男を認識しているにも拘らず、逃げようとしない。
それどころか、2匹、3匹と男の様子を窺いに、次々出て来るではないか。
男は幸運に思った。
これで飢えずに済むと。
男は手近なウサギを狙って弓を引こうとしたが、手が悴んで矢を上手く掴めなかった。
鉈を振ろうにも、指先が動かず鞘の留め具を外せない。
間抜けな話だが、これまで男は狩りをした事が一度も無かった。
吹雪は知らぬ間に男の体力を奪っていた。
男は獲物を前にしながら、何もできない自分に絶望して倒れた。
そして、ウサギに囲まれたまま気を失ってしまった。
男が目を覚ましたのは、狭い雪室の中だった。
男は手足を動かしてみたが、感覚は無い。
低い天井を突き破って、外に出てみると、木が芽吹き始めていた。
もう春になっていたのに、男は不思議と飢えていなかった。
男は人里に戻れない事を悟った。
男は……雪の精霊になっていたのだ。
男は雪の精霊になっても人の温もりが忘れられず、人の姿で猟師達の前に現れた。
本人に悪意は無かったんだろうが、彼は猟師の狩りの障害になっていた。
男の姿をした雪の精霊の話は、猟師達から人里に広まっていった。
そこで狩りの邪魔にならない様に、男の霊を慰めるため、狩りに1人の里の女を連れて行った。
女に雪の精霊を引きつけさせ、その間に狩りを済ませる。
その賢いやり方で、初めは上手く行っていたが、1つ大きな誤算があった。
雪の精霊の相手をしている内に、女は心を動かされ、雪の精霊に惹かれてしまったんだ。
里の貴重な女手を雪の精霊に奪われる訳にはいかないと、猟師は女を狩りに連れて行かなくなった。
ところが、ある日、女は1人で勝手にトス平原に出かけてしまった。
そして……狩りをしていた猟師に誤って撃たれ、死んでしまった。
それからトス平原には、男女の雪の精霊が現れる様になったと言う。
何物も男女の愛を別つ事はできないと、コバルトゥスは話を締めた。
その頃には、馬橇はトス平原の中央に来ていた。
彼は御者に、ここで良いと言い、馬橇から降りた。
サティもジラも、コバルトゥスが人通りの殆ど無い平原の真ん中で降りた事を不審に思ったが、
深く係わり合いになりたくなかったので、特に何も尋ねなかった。
これから先も彼女等がコバルトゥス・ギーダフィの正体を知る事は無いであろう。
物の話には尾鰭が付く。
実は、女は雪の精霊の子を身籠っていたとか、雪の精霊は里の女を次々と誘惑していたとか、
この昔話自体が里包みの悪習を隠すための創作なのだとか。
何の教訓話とも知れない、ただの昔話に、確度を求める事はできない。
しかし、こういった精霊と女の話は各地にある。
人の姿をした精霊の多くは、好色な男性、または童に代表される中性的な扱いをされる。
童として描かれる姿は、自然と子供の(良くも悪くも)純粋な様から来たのだろう。
では、男性的な面は何に由来する物か?
それには、「女は肉を生み、男が精を与える事で、命が作られる」という旧い信仰が関係している。
人間には確たる肉と、内なる力の精と、物思う霊があり、女だけでは魂の無い肉の塊しか作れない。
男では肉を持った実物を作る事ができない。
肉と精が揃って、初めて霊が生じ、人として世に出る。
故に、女は精を求め、男は肉を求めるのだと。
十年に一度の才子
サティ・クゥワーヴァは、魔法資質に恵まれた、十年に一度の才子である。
十年に一度の才子とは、何も10年毎に必ず優れた能力を持つ人物が誕生する訳ではない。
突出して優れた魔法資質を持つ者は、大体何十年に1人か2人程度の割合で登場する。
それを十年に一度の才子というのであって、これが20年でも、30年でも、100年でも変わらない。
サティが十年に一度と言われるのは、優れた魔法資質を持っているという理由だけではない。
彼女は精霊言語、詠唱技術、描文動作、どれを取っても、一流の能力を有している。
優れた共通魔法使いであるサティの将来には、幾つもの選択肢があった。
娯楽魔法競技者になっていれば、歴史に名を残すスターになれた可能性があったし、
執行者になっていれば、重要な任務を遂行できる貴重な人材として重宝されたであろう。
しかし、実務向きの能力を持ちながら、彼女は古代魔法の研究者を志した。
その是非は置いて、今回はサティ・クゥワーヴァが、一般の共通魔法使いと比較して、
如何に優れた存在であるかを語り、話に1つの区切りをつけたいと思う。
魔法使いの実力を簡潔に表現するには、視覚に訴えれば良いと言うが、重大な問題として、
C級禁断共通魔法が設定されているので、威力が大きい魔法は使えない。
呪文を知っていても、残念ながらサティ・クゥワーヴァの実力では、通・区単位の範囲で、
現象を操作するのが限界だろう。
大地震、休火山の噴火といった、大規模な天変地異を起こすには、不十分である。
優秀な魔法資質の持ち主の指標として、彼女は空を飛べるが、視覚的な迫力に欠ける。
……いやいや、共通魔法使いの優秀さは、魔法資質の高さだけで決まる物ではない。
人の語りを聞こう。
サティ・クゥワーヴァには数々の伝説が残されている。
胎児の時から魔法で母親を守ったていとか、産声と共に魔法を使って人を驚かせたとか?
公学校時代には、男子を何人も病院送りにしたとか、その実力は教師も恐れさせていたとか?
何れも嘘ではないが、これでは不良少年少女が吹聴する武勇伝の域を出ない。
具体的な内容に触れる必要があるだろう。
それはサティ・クゥワーヴァが、まだ魔法学校中級課程に上がり立ての学生だった頃。
身の程知らずにも、彼女に魔法で勝負を挑んで来た、先輩女学生がいた。
彼女は校内の中級課程では名の知れた実力者だったので、目立つ後輩が気に入らず、
先輩として懲らしめたかったのだろう。
サティは良家の子女だが、愛想が良い方では無いし、当時は実力を鼻にかけていた部分もあったので、
反発されるのは当然とも言えた。
しかし、これが良くない事に、学生時代のサティは、寧ろ自分に向かって来る者を歓迎し、
返り討ちにする事に悦びを見出していた。
冷淡な振る舞いを試みたり、魔法資質に劣る者に対してそれとなく遠慮の無い発言をする事で、
無神経を装い(飽くまで『装って』いた)、釣り糸を垂れていたのである。
自ら喧嘩は売っていないと見せかけて、売られた場合は、交渉せず言い値で買っていた。
勿論、負けた事は無い。
サティは卑屈とは無縁だったが、別の意味で捻くれた性格であった。
その根底には誤りは正されて然るべきという信念があり、彼女は無意識に、自らを制する者の形を、
見極め様としていたのだが……残念ながら魔法学校では、彼女の眼鏡に適う者は現れなかった。
話をサティと女学生の勝負に戻す。
魔法学校の上級課程では、魔法の攻防を実践する。
そこで行われるのが、娯楽魔法競技のスクリーミングの変則ルール版。
先攻と後攻を決め、交互に魔法を撃ち合い、魔法防御の練習をする。
攻め手の魔法を守り手が防ぎ、攻守交替。
攻め手は発動詩を1つに制限し、守り手は防御のみで反撃してはならない。
魔法学校では実技演習場を利用して、訓練と称した変則ルールスクリーミングの私的決闘が横行しており、
一方的な暴力・虐待を防ぐ為、教員魔導師の監督が無ければ実技演習場の使用は禁止されていた。
しかし、これは逆に言えば、教員の監督下でならば、私的決闘が許されるという事。
一部魔導師に顕著な実践実力主義は、こうして育まれる。
十年に一度の才子と噂されている者の実力を見ようと、決闘には多くの野次馬が詰めかけた。
衆人環視の中での敗北は屈辱だが、サティに勝負を挑んだ女学生は、自らの負けを想像しなかった。
初めから負けると思って勝負を挑む馬鹿はいないが、そういう意味ではない。
この変則ルールでは、魔法資質よりも、詠唱描文技術、共通魔法の知識が物を言う。
どんな魔法にも無効化する術が存在するので、それを知っているか否かで、勝敗が決まるのだ。
常識的に考えれば、魔法知識の面では、勝負を仕掛けた先輩女学生の方が、断然有利。
この女学生はサティ・クゥワーヴァを、よくいる魔法資質が高いだけの者と侮っていた。
訓練開始前。
先輩女学生は、サティに尋ねる。
「先攻後攻は、どうする?」
「お好きな方を先輩に譲ります」
「そう……では、私から」
先攻後攻を決める際、通常は第三者によるコイントス等で、公平性を確保するのだが、
サティは先輩女学生に先攻を譲った。
当然、これは謙虚などではなく、自信の表れであった。
先輩女学生は、それを察し、増上慢を打ち砕く決意を固める。
「準備は良い?」
「どうぞ」
サティが答えるより早く、先輩女学生は魔力石を手に、詠唱を始めた。
発動させる魔法は、詠唱封じ。
先ずは口を封じ、魔法を最速で発動させられない様にする。
攻撃・防御の両面で、発動速度が遅くなる事は、このルールでは致命的。
最初から放つ魔法を決めていれば、仕込む事もできる。
開始宣言から発動まで、僅か2極。
自らサティに勝負を挑むだけあって、先輩女学生の実力は、そこらの学生より高い。
抵抗は困難。
「K56M177・D77!」
……しかし、先輩女学生が発動詩を唱えても、何も起こらなかった。
相手の口を封じるだけなので、見た目には何の変化も起こらなくて当然なのだが、呪文が完成したのに、
魔力の流れが全く変化していない。
「何が……何が、どうなってるの!?」
何が起こったのか理解できず、先輩女学生は困惑する。
対抗魔法でも、無効化の逆詠唱でもない。
対するサティは勝ち誇った目をしていた。
種明かしをすると、サティは裏逆詠唱を使っていた。
裏詠唱は人によっては可聴域から外れるので、聞き取れない場合があるが、サティの場合は、
意図して可聴域から外していた。
通常の詠唱(裏詠唱との対比から『表詠唱』と言われる)と違い、裏詠唱は補助的な使い方しかされないが、
単独重唱には欠かせない高等技術であり、中級課程に上がり立ての者が容易に使いこなせる物ではない。
しかも、実際に先輩女学生が唱えたのは、発動詩を含めた僅かな呪文のみ。
長い完成動作から呪文を予測するならともかく、仕込み有の最速発動に逆詠唱を重ねるのは、
不可能に近い。
それには共通魔法の広い知識と、それを実践できる応用力に加えて、完全な先読みが必要なのだ。
「今度は、こちらの番で宜しいですか?
……K56M17」
徹底的にサティを辱め様としていた先輩女学生の陰険さは、到底擁護できる物ではないが、
サティも劣らず底意地が悪い。
優劣は明らかだったにも拘らず、サティは意趣返しに詠唱封じを使い、公開処刑を開始した。
サティの詠唱封じは、先輩女学生には防げない。
見せの表詠唱を裏詠唱に重ねて、描文動作にもフェイクを混ぜる。
呪文完成まで、魔力の流れを読ませない。
サティ・クゥワーヴァは中級課程に上がり立てながら、その高度な駆け引きの技術は実戦レベルで、
上位の魔導師の域に達していた。
……先輩女学生は、嬲り者になる事を避ける為、直ちに降参しなければならなかった。
この一件は瞬く間に全校に知れ渡る事となり、以降サティ・クゥワーヴァは鬼神の如く恐れられた。
これはサティ・クゥワーヴァが学生時代の話であり、魔導師になった後の実力は未だ知れない。
過去、誰も彼女に本気を出させた事は無かった。
それから成長しているのか、それとも劣化しているのか、誰にも分からない。
魔導師は高位の者になると、無意味な衝突を嫌うので、現在のサティの本気を知りたければ、
娯楽魔法競技でレコードアタックに挑んで貰う位しか無いのだが、生憎彼女は研究者の道を選んだ。
平和な時代に、十年に一度の才は、無用の長物なのかも知れない。
余談ではあるが、サティ・クゥワーヴァはフラワリングの地方大会で優勝経験がある。
小規模な大会だったので、大きく取り扱われる事は無かったが、圧勝だった。
共通魔法使いの聖地である第一魔法都市グラマーの競技レベルは、格が違うと言われている。
後は放置で落ちるでしょう
次スレを立てられたら、またそこで
すごい。
ホントにひとりで容量いっぱいまで持っていくなんて!
はじめは設定だけだったけど、後半からSSもちらほら投下していましたね。
あなたの根性と情熱に敬意を表するッ!
すぐにはスレを立てられないようで参った参った
新スレでもこんな調子で微妙に暗い話が延々と続く予定なので
気が向いたときにでも見ていただければと思います