【長編文章】鬼子SSスレ2【巨大AA】

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105歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
「あたしがアンタくらいの頃の話さ。隣の家は両親とも共働きでね、あのおチビちゃんくらいの子どもがいたんだよ。私がお守役で、鞠つきやらゴム飛びやら、遊んだもんだよ。当然、ヤマメ釣りもね」
 おばあさんはひどくしみじみとした様子で昔を懐かしんでいた。
「そうだったんですか……。その方とはまだご近所でいらっしゃるのですか?」
 もしそうならば、きっと、その方も美しい老婦人になっていることだろう。
「いや、もう引っ越してしまったよ。この湖が出来るときにね」
「え……」
 山と山の合間に広がる水面の草原。この大きな大きな水の造形は、全て造られたものだというのだろうか? 公園も、道路も、そしてこの店たちも。
「私の家は、あの子の家より一段高いところに建っていたからね。立ち退きをされずに済んだのだけれども。……あの村は忘れ去られ、この湖が当たり前の存在として生きていくのかねえ」
「あの……ごめんなさい」
「ああ、いやいや。そんなつもりじゃあないんだよ。私は、こうしてここにやってくる人々が嬉しそうに笑ってくれれば、それでいいのさ」
 おばあさんは、今まで何を思ってこの店を続けてきたのだろうか。この真新しい木造の露店を見て、ふとそんなことを思った。
「ねぇねぇも一緒にたべよ!」
 無垢なこの子は、もう半分も食べてしまっている。まったく、食いしん坊なお姫様だ。
「おばあさん、ありがとうございました」
「いいえ。その子を大切にしてやって下さいな」
 お礼を言うと、おばあさんはにこやかにほほ笑んだ。目の尻に深いシワが刻み込まれていた。
「なにお話してたの?」
 こにぽんの隣に座ると、この子は嬉しそうに座ったままで飛び跳ねる。
「ん、とってもあったかいお話」
「きかせてきかせて!」
 それは、私の口から言ってもつまらないものだと思う。あのおばあさんの言葉だからこそ、伝わる意義がある気がする。
 でも、それを敢えて言葉にするのなら……。
   「振り返り さだめを渡る この鮎見 いづれか祓はん 水際(ミギワ)宿る木
さ、これを食べたら鬼を退治しに行きましょ」
「でも、忘れちゃいけないよ?」
 こにぽんは口に鮎の身を付けている。
   「ふりかえり〜あゆみ忘れず わたるならば〜 いづれか払わん 鮎のお値打ちぃ〜」
 あなたが駄々をこねたからでしょ……という愚痴は心の中で呟くだけにして、私も鮎を口にした。
 何故だかとっても、しょっぱかった。